説明

ペプチドの分解方法、ペプチドの分析方法、ペプチドの分解装置、ペプチドの分析装置

【課題】ペプチドの分離状態を維持したまま断片化反応を行う。
【解決手段】電気泳動により分離された複数のペプチド画分を流路に用意する(S110)。ついで、用意したペプチド画分を流路ごとに乾燥させる(S111)。その後、乾燥させたペプチド画分にプロテアーゼを接触させる(S112)。そして、プロテアーゼを接触させたペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜を流路上で形成する(S113)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチドの分解方法、その方法を利用した分析方法、及び、ペプチドの分解装置、この装置を利用したペプチドの分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、プロテオミクス技術の飛躍的な進展を受けて、いわゆるテーラーメード医療の実現が期待されている。テーラーメード医療とは、個人に発現しているタンパク質・ペプチドを調べ、ゲノム情報からは得られない翻訳後修飾、RNAプロセシング、蛋白プロセシングの情報を活用して、疾患の病態解析し、その治療・予防を行うというものである。現在、このテーラーメード医療の実現に向けた基礎的研究が、活発に行われている。
【0003】
中でも、血清蛋白質の解析法につき、精力的な研究が行われている。また、タンパク質の形態・量など実サンプルから得られるデータと他の診断情報とを統合してマイニングする研究も盛んに行われつつある。血液には、疾患のマーカーとなりうるタンパク質・ペプチドが含まれていることが期待される。また、血清蛋白質の解析による診断方法は、血液を採取すればよく、個人の肉体的・精神的負担が少ないというメリットもある。
【0004】
さらに、血清サンプルを扱うこと目的として、極微量のサンプルを使用し、高速、かつ、高分離能を実現するタンパク質分離装置が開発されている。これにより、分離・精製された個々のタンパク質・ペプチドの定量およびデータベースへの帰属を行うことが重要となりつつある。
【0005】
血清蛋白質の解析は、一般的に、以下の手順で行われる。まず、血清サンプルから分離・精製された個々のタンパク質およびペプチドは、断片化される。ついで、各断片の質量が分析され、その結果がデータベースに照合される。これにより、タンパク質及びペプチドの帰属が行われる。
【0006】
ここで、分離精製したタンパク質およびペプチドの断片化は、アミノ酸特異的な酵素(トリプシン、リジルエンドペプチダーゼ、V8プロテアーゼなど)によって行うことができる。断片化反応は、溶液中で行われるか、または、ゲル担体に保持された状態で行われるのが一般的である。
【0007】
データベースの照合は、分子量の実測値がデータベースの配列情報からえられ得る断片の理論分子量とマッチングさせることにより行う。質量分析計を利用する場合は、ペプチド断片にガスをあてて更なる断片化を行い、データベースの配列上から得られる理論分子量とマッチングさせる。このように、ペプチド断片の実測分子量をアミノ酸の配列情報ともマッチングさせることで帰属の確からしさを向上させている。
【0008】
現在、蛋白質やペプチドを分析する方法として各種の提案がある(例えば、特許文献1、2参照)。
【特許文献1】国際公開第2005/078447号パンフレット
【特許文献2】特開2004−294431号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の技術では、ペプチドの分離状態を維持したままで断片化を行うには、煩雑な分取作業が必要とされた。そのため、ペプチドの断片化反応には、労力・時間を要していた。また、サンプルの散逸・コンタミネーションを起こすことも問題となっていた。したがって、サンプルの散逸・混合を伴わず労力のかからない断片化方法の確立が望まれていた。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ペプチドの分離状態を維持したまま断片化反応を行うことを可能とするペプチドの分解方法、その方法を使用するペプチドの分解装置、及び、このペプチドの分解方法を用いたペプチドの分析方法、並びに、その方法を使用するペプチドの分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、分離した2以上のペプチド画分を担体に用意するステップと、
前記ペプチド画分を前記担体ごとに乾燥させるステップと、
乾燥させた前記ペプチド画分にプロテアーゼを接触させるステップと、
前記プロテアーゼを接触させた前記ペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜を前記担体ごとに形成するステップと、
を含むことを特徴とするペプチドの分解方法
が提供される。
【0012】
また、本発明によれば、上記のペプチドの分解方法により分解されたペプチド画分を質量分析することを特徴とするペプチドの分析方法
が提供される。
【0013】
また、本発明によれば、分離した2以上のペプチド画分と、前記ペプチド画分に接触させたプロテアーゼと、を含む乾燥した混合試料を搭載する担体を保持する試料保持部と、
前記混合試料に水蒸気を供給する蒸気供給部と、
前記水蒸気により、前記プロテアーゼを接触させた前記ペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜が形成されたことを前記流路ごとに検知するセンサと、
を有するペプチド分解装置
が提供される。
【0014】
さらに、本発明によれば、上記のペプチドの分解装置で分解されたペプチド画分を質量分析する質量分析部を有することを特徴とするペプチドの分析装置
が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ペプチドの分離状態を維持したまま断片化反応を行うことを可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0017】
図1は、本実施形態のペプチドの分解方法を説明するフローチャートである。まず、分離された複数のペプチド画分を流路に用意する(S110)。ついで、用意したペプチド画分を流路ごとに乾燥させる(S111)。その後、乾燥させたペプチド画分にプロテアーゼを接触させる(S112)。そして、プロテアーゼを接触させたペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜を流路上で形成する(S113)。
【0018】
ここで、本実施形態のペプチドの分解方法は、図2で手順を示すペプチドの分析方法に用いることができる。この分析方法は、測定対象となる試料(蛋白質またはペプチド)を流路に導入し、電気泳動を行う(S101)。ついで、電気泳動により分離したペプチド画分の断片化反応を行う(S102)。その後、断片化したペプチド画分の質量分析を行う(S103)。そして、データベースの配列情報とマッチングを行うことにより、アミノ酸配列を同定する(S104)。
【0019】
本実施形態のペプチドの分解方法は、図2で示すペプチドの断片化反応(S102)に適用されるものである。まず、電気泳動を行うステップ(S101)について説明する。
【0020】
蛋白質またはペプチドを含む試料溶液を適当な流路内に導入する。ついで、等電点電気泳動を行い、試料を2以上のペプチド画分に分離する。
【0021】
その後、各ペプチド画分を流路に保持させたまま乾燥を行い、溶媒を揮発させる。乾燥は凍結乾燥により行うことが好ましい。この際、溶媒にバッファーを添加することができる。バッファーの量は、質量分析に影響が出ない程度の量を用いるとよい。バッファーとしては、炭酸水素アンモニウム、トリス塩酸バッファーを例示することができる。これにより、後述のように各ペプチド画分にプロテアーゼを接触させる際、プロテアーゼの自己消化による失活を抑えることが可能となる。
【0022】
得られた乾燥ペプチドにプロテアーゼを接触させる。プロテアーゼとして、たとえば、トリプシン、リジルエンドペプチダーゼ、V8プロテアーゼを用いることができる。プロテアーゼとは、ペプチド中の特定のアミノ酸部位におけるペプチド結合を加水分解する酵素である。したがって、プロテアーゼが水存在下ペプチドに作用することにより、ペプチドの断片化が起こる。そのため、プロテアーゼによるペプチドの断片化反応には、水は必須の因子であり、水のない状況下でプロテアーゼとペプチドとを作用させても断片化反応は起こらない。したがって、乾燥ペプチドとプロテアーゼとを接触させる際は、できるたけ水が存在しない環境で行うことが好ましい。やむを得ず、水の存在を必要とする場合は、プロテアーゼの至適温度以外の環境で作業することが好ましい。
【0023】
ペプチド画分のプロテアーゼの接触方法として、以下の態様が考えられる。
(1)乾燥ペプチドの表面にプロテアーゼ溶液を塗布する方法
(2)乾燥ペプチドにプロテアーゼ粉末を混合させる方法
以下、各態様について、順に説明する。
【0024】
(1)乾燥ペプチドの表面にプロテアーゼを塗布する方法
まず、プロテアーゼが溶解したプロテアーゼ溶液を調整する。ついで、各ペプチド画分にプロテアーゼ溶液を塗布する。その後、プロテアーゼ溶液が塗布されたペプチド画分を乾燥させる。
【0025】
ここで、プロテアーゼ溶液を塗布する際、各ペプチド画分が混合しないよう、速やかに溶媒を蒸散させる必要がある。そのため、プロテアーゼは揮発性有機溶媒に溶解させてプロテアーゼ溶液を調整することが好ましい。揮発性有機溶媒としては、たとえば、アセトニトリルやメタノールを用いることができる。揮発性有機溶媒のみでプロテアーゼが溶解しない場合は、適宜水を添加してもよい。
【0026】
また、プロテアーゼ溶液には、無機塩を含ませてもよい。無機塩として、たとえば、炭酸水素アンモニウムを用いることができる。これにより、後述する断片化反応の際、プロテアーゼに適切なpHを反応場に実現することができる。プロテアーゼ溶液を塗布後、速やかに溶媒を揮発させることで自己消化による失活を抑制することができる。
【0027】
(2)乾燥ペプチドのプロテアーゼ粉末を混合させる方法
まず、プロテアーゼを凍結乾燥させることによりプロテアーゼ粉末を調整する。ついで、各ペプチド画分にプロテアーゼ粉末を混合させる。
【0028】
ここで、プロテアーゼ粉末は、揮発性有機溶媒にプロテアーゼを溶解して液体窒素など極低温とし、乳鉢などを利用して凍結粉体として調整することができる。このように調整されたプロテアーゼ粉末を流路内に投入し、常温(25℃)〜100℃に加温する。こうすることにより、プロテアーゼ粉末の溶解と蒸発とをほぼ同時に実行することができる。その結果、プロテアーゼ・ペプチド混合乾燥物を調整することができる。
【0029】
プロテアーゼ粉末中に含まれる溶媒は、各ペプチド画分を混合させないよう、速やかに蒸散させる必要がある。そのため、プロテアーゼは揮発性有機溶媒に溶解させることが好ましい。揮発性有機溶媒としては、たとえば、アセトニトリルやメタノールを用いることができる。揮発性有機溶媒のみでプロテアーゼが溶解しない場合は、適宜水を添加してもよい。
【0030】
プロテアーゼ粉末を調整する際、適当な無機塩を含ませてもよい。無機塩として、炭酸水素アンモニウムを例示することができる。これにより、後述する断片化反応の際、プロテアーゼに適切なpHを反応場に実現することが可能となる。
【0031】
以上のように、プロテアーゼと接触させた乾燥ペプチドは、流路ごと図3に示すペプチド分解装置1内にセットすることができる。
【0032】
図3に示すペプチド分解装置は、電気泳動により分離した複数のペプチド画分と、ペプチド画分に接触されたプロテアーゼと、を含む乾燥した混合試料を搭載する流路を保持する試料保持部11と、流路に水蒸気を供給する蒸気供給部12と、供給された水蒸気により、プロテアーゼを接触させたペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜が形成されたことを流路ごとに検知するセンサ13と、を有する。
【0033】
ペプチド分解装置1は、恒温槽15内に蒸気供給部12及びチャンバー14(反応槽)を備えている。チャンバー14は試料保持部11を備えている。高温槽15内の温度を制御することにより、試薬槽105から蒸気として供給される試薬温度を制御することができ、ペプチド画分への試薬の蒸着または揮発を行うことができる。
【0034】
試料保持部11は、ペルチェ素子101を備えることができる。これにより、流路を加温したり、冷却したりすることができる。したがって、流路の温度を制御することができ、試薬槽105から蒸気として供給される試薬をペプチド画分に蒸着させたり、揮発させたりすることができる。流路は、プロテアーゼの至適温度に加温すると好ましい。こうすることにより、液膜が形成されたとき速やかに反応を開始させることができる。また、試料保持部11は、耐食性のブロック102を有する。これにより、腐食による不揮発性物質の形成およびサンプルへのコンタミネーションを予防することができる。ブロック102は、図3で示すように、流路を備える電気泳動チップ110を搭載することができる。
【0035】
蒸気供給部12は、試薬槽105、電磁弁106a、106b、不活性ガス管107、ペルチェ素子108、試薬蒸気送気ライン109を備えている。電磁弁106aは、不活性ガスの流量を制御する。これにより試薬槽105から蒸気として供給される試薬が、ペプチド画分に蒸着し、または、ペプチド画分から揮発させることが可能となる。また、電磁弁106bは、不活性ガスの供給量とともに水蒸気の供給量を制御することができる。
【0036】
試薬槽105に水を投入し、ペルチェ素子108に電流を流して試薬槽105を加温することができる。こうすることにより、蒸気供給部12は、チャンバー14内に、水蒸気を供給することができる。
【0037】
試薬槽105には、塩基性または酸性の揮発性有機溶媒を添加することもできる。この際、塩基性含窒素芳香化合物を用いると特に好ましい。塩基性含窒素化合物として、ピリジン、コリジンなどのヘテロ環化合物を例示することができる。こうすることにより、断片化反応のpH条件をプロテアーゼの至適pHとなるように、制御することができる。また、脱塩工程を加える手間が省かれ、質量分析を行う際に良好なS/N比を実現することが可能となる。塩基性または酸性の揮発性有機溶媒として、たとえばピリジン・酢酸バッファー、ピリジン・コリジン・酢酸バッファーなどを用いることができる。これらのバッファーを水蒸気とともに供給することで、ペプチド画分に酸性または塩基性の揮発性有機溶媒を含む液膜を形成させることができる。これにより、各ペプチド画分を好適なpH環境下におくことができ、ペプチド画分の拡散・コンタミネーションを回避しつつ、効率的に断片化反応を進行させることができる。
【0038】
また、不活性ガス管107からは、不活性ガスを投入することができる。こうすることにより、蒸気供給部12は、チャンバー14内に、不活性ガスを供給することができる。
【0039】
また、電磁弁106a、106bを調節することにより、蒸気供給部12は、チャンバー14内に、水蒸気とともに不活性ガスを供給することもできる。こうすることにより、不活性ガスをキャリアガスとして、水蒸気を流路に投入することが可能となる。液膜は反応が進行するための十分量の水分子を含むように形成させる。また、各ペプチド画分の拡散・サンプル同士のコンタミネーションが生じない限度において、液膜の膜厚を制御する。キャリアガスに含まれる水蒸気量をコントロールすることでこの膜厚を容易に制御することが可能となる。
【0040】
不活性ガスとしては、窒素ガス、アルゴンガスを例示することができる。
【0041】
センサ13は、たとえばCCDカメラとすることができる。この場合、最適な液膜の膜厚を記憶させ、液膜の大きさが適当になった状態を検知させるとよい。また、センサ13は、蒸気濃度を検知するものであってもよい。この場合、適当な大きさの液膜形成に必要な蒸気量を、実験または計算によりあらかじめ取得しておく。そして、チャンバー14内が適当な蒸気量となったことをセンサ13に検知させる。センサ13が、液膜の大きさが適当になったこと、または、チャンバー14内の蒸気量が適当になったこと、を検知した際、電磁弁106aを動作させて、アルゴンガスの投入を中止し、チャンバー14内を閉鎖状態とするように設定しておくこともできる。この際、試料保持部11を自動的に昇温させてもよい。
【0042】
ペプチド分解装置1にセットされた乾燥ペプチドは、以下の手順により、断片化反応を進行させることができる。
【0043】
まず、蒸気供給部12から水蒸気を発生させて、チャンバー14内に水蒸気を投入する。このとき、蒸気供給部12は、不活性ガスとともに水蒸気を供給することができる。これにより、チャンバー14内に適量の水蒸気を供給して、各ペプチド画分の表面に液膜を形成させることができる。水蒸気が過剰に供給されると、2以上のペプチド画分にわたって、液膜が形成されてしまう。そうなると、ペプチド画分同士のコンタミネーションが生じるため、好ましくない。
【0044】
一方、液膜の厚みが不十分な場合も好ましくない。なぜなら、ペプチドの断片化反応は、加水分解反応によって進行するためである。したがって、反応に必要な量の水分子を含む液膜を形成させることが原理的には適当である。
【0045】
供給する水蒸気の量は、たとえば、ペプチド画分の表面に蒸着する蒸気粒の大きさに従って決定することができる。具体的には、蒸気粒同士の融合により拡大する蒸気粒の粒径がサンプルの分離状態を乱さないこと、またはサンプルの空間的濃度を測定限界以下に希釈せしめてしまわない程度、とすることができる。
【0046】
ついで、センサ13が、各ペプチド画分の表面にそれぞれ独立した液膜が形成されたことを検知すると、チャンバー14を密閉して、液膜の形成を保持する。具体的には、センサ13は、液滴の付着後、ある程度液滴が成長したことを検知すると、電磁弁106aを調整して不活性ガスの流量を増やす等して、不活性ガス中に含まれる水蒸気量を減らす。これによりチャンバー14内に不活性ガスとともに水蒸気が充満される。また、チャンバー14内の温度は、形成した液膜が蒸散しない程度に設定してもよい。たとえば、試料保持部11のペルチェ素子101を至適温度からやや高めに設定することもできる。こうすることで、液膜の温度を上昇させることができ、キャリアガスでの蒸気量を制御しなくても、蒸気粒の粒径が拡大せず、縮小もしないようにすることができる。その後、電磁弁106bを閉じることでチャンバー14内に流路を密閉させ、液膜の形成を保持する。このようにして、形成させた液膜の大きさを維持することができ、ペプチド画分の拡散及びコンタミネーションを防ぎつつ、断片化反応を進行させることができる。
【0047】
そして、所定時間、溶媒の液膜の形成が保持されることにより、各ペプチド画分においてプロテアーゼがペプチドに作用し、断片化反応が進行する。断片化反応は実用的には10分ほどで達成される。しかしながら、水分の量を適切にコントロールする限りにおいて、保持時間は、任意の時間に拡張することができる。
【0048】
このように任意の保持時間の経過後、電磁弁106cを開いてチャンバー14を開放し、不活性ガスを供給しながら溶媒を蒸発させて液膜を除去する。電磁弁106cを開放することにより、チャンバー14中の気体は排気ラインに流出することとなる。これにより、乾燥状態が取り戻され、断片化反応を停止させることができる。この際、ペルチェ素子101に流れる電流を制御することで、試料保持部11の温度を一定以上に上げることもできる。これにより、プロテアーゼを失活させることができる。また、残留する塩が揮発性の場合や熱による分解を受けやすい性質の場合、温度を分解温度以上にあげて任意の時間固定することにより脱塩を達成することも可能である。
【0049】
ついで、断片化されたペプチド画分は、マトリックスを混入させて、質量分析を行う。
【0050】
ここで、断片化したペプチド画分の乾燥物に対して、マトリックスをあらかじめ混入させて調整した有機溶媒を含む水溶液を塗布することができる。その後、速やかに該有機溶媒水溶液を乾燥させることで、該ペプチド由来消化断片ペプチドとマトリックスの混合物結晶を調整することができる。
【0051】
また、断片化したペプチド画分の乾燥物に対して、マトリックス粉末を断片化したペプチド画分の乾燥物に載せることもできる。マトリックス粉末は、有機溶媒を含む水溶液にマトリックスを溶解し、液体窒素などを利用して低温にして固体とし、さらに、この凍結体を乳鉢などを利用して凍結粉体とすることで調整することができる。マトリックス粉末は、断片化したペプチド画分の乾燥物の表面に均一にのせ、速やかに温度を常温(25℃)〜100℃に加温することで、断片化したペプチド画分との溶融および有機溶媒水溶液の速やかなる揮発を生じせしめる。こうすることで、断片化したペプチド画分とマトリックスとの混合物結晶を調整することが出来る。
【0052】
また、ペプチド分解装置1は、ペプチド画分を質量分析する質量分析計を接続させて、ペプチド分析装置とすることもできる。
【0053】
なお、本実施の形態の方法は、電気泳動により分離されたペプチド画分以外にも適用することが可能である。また、本実施の形態の断片化反応は電気泳動の流路以外の環境でも実施することが可能である。たとえば、あらかじめ何らかの方法で分離させた2以上のペプチドをMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)−TOF(Time Of Flight)−MS(Mass Spectrometry)のサンプルプレートに用意されたペプチド画分に適用することもできる。これにより、質量分析の試料として、プレート上に置かれたペプチドをロスなく断片化することが可能となる。
【0054】
次に、本実施形態のペプチドの分解方法の作用効果について説明する。この方法によれば、電気泳動により分離した2以上のペプチド画分を流路ごとに乾燥させ、これにプロテアーゼを接触させる。そして、そのペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜を流路上で形成する。これにより、各ペプチド画分の表面に形成された液膜が溶媒の役割をし、プロテアーゼがペプチドに作用することが可能となる。したがって、ペプチド画分ごとに独立して断片化反応を進行させることが可能となり、ペプチドの分離状態を維持したまま、短時間で効率よく断片化を行うことができる。
【0055】
また、この方法によれば、電気泳動により分離された各ペプチド画分の表面に溶媒の液膜を形成させることができる。これにより、溶媒の量を制限することが可能となり、ペプチド画分の拡散・散逸を実用レベルに抑えることができる。また、ペプチド、プロテアーゼ及び水の接触面が稼げることにより、反応が効率的に進み、反応時間を短縮させることができる。そして、効率よく断片化されることにより、質量分析の感度及び精度が向上し、試料となるペプチド又はタンパク質の同定作業を全体として、効率化させることが可能となる。
【0056】
従来、ペプチドをプロテアーゼを用いて断片化する際、ペプチドの分離状態を維持したままで断片化を行うことは煩雑な分取作業を必要としていた。そのため、ペプチドの断片化反応は、労力・時間を要していた。また、サンプルの散逸・コンタミネーションの原因ともなり、問題点が多かった。したがって、サンプルの散逸・混合を伴わず労力のかからない断片化方法の確立が望まれていた。
【0057】
一方、本実施の形態の方法によれば、断片化処理の際、プロテアーゼ及びペプチドをあらかじめ乾燥状態で混合させることができる。そして、この乾燥状態のプロテアーゼ・ペプチド混合物に溶媒の液膜を形成させることができる。これにより、サンプルの流動・拡散を抑えることが可能となる。
【0058】
液膜の形成は、原理的には、たとえば、マイクロピペット等を用いて、各ペプチドの画分の表面に手動で形成させることも可能である。しかしながら、水蒸気を用いて液膜を形成させることにより、ペプチド画分に適当な水分量を供給しつつ、各画分を加温することもできる。そのため、プロテアーゼの至適温度の範囲内で断片化反応を行うことが可能となる。したがって、よりいっそう断片化反応を効率よく進行させることができる。
【0059】
さらに、本実施の構成は、ゲルフリーの電気泳動により好適に用いることができる。ゲルフリーの電気泳動では、泳動中の拡散を防ぐために若干の粘性を持たせた溶液を使用して、泳動後は速やかに凍結乾燥を行う。このようなゲルフリーでの電気泳動により分離をおこなったタンパク質に対して酵素による断片化を行う際には分離したペプチド画分の拡散が生じやすい。しかしながら、本実施の形態では、乾燥させたペプチド画分にプロテアーゼを接触させて、そのペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜を形成する。これにより、各ペプチド画分の表面に形成された液膜が溶媒の役割をし、プロテアーゼがペプチドに作用することが可能となる。したがって、ペプチド画分ごとに独立して断片化反応を進行させることが可能となり、ペプチドの分離状態を維持したまま、短時間で効率よく断片化を行うことができる。
【0060】
すなわち、本実施の形態のペプチドに対する効果的な酵素的加水分解方法では、ペプチドに対するプロテアーゼの断片化反応に必要とされる水分を反応開始時は反応系から除去しておき、最適反応温度を保ちながら反応系に水分を水蒸気の形で供給する。この水分の供給量は反応を進めるために必要な量を制御しながら供給し、かつ、反応系が必要以上に水分を保持して、流動性を高めることがないように制御する。こうすることにより、ペプチド画分の拡散や隣接するペプチド画分同士が互いにコンタミネーションすることを抑えることができる。したがって、高感度の質量分析を達成することができる。
【0061】
以上のように、本実施の形態の方法によれば、例えばタンパク質分離用チップ上のペプチド画分同士が近接分離された状態においても、それらの分離状態を保持したままプロテアーゼをペプチド画分に対して働かせることが可能となる。また通常の断片化反応より短時間で反応を進行させることも可能となる。また、流路内で断片化反応ができるため、直接質量分析にかけることができ、タンパク質のデータベース検索を効率よく行うことができる。さらに分離状態が保持されているため、高い感度・精度での蛋白質解析が可能となる。
【0062】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0063】
たとえば、本発明は、以下の態様も適用可能である。
(1)解析対象とするペプチドをプロテアーゼを用いて加水分解する手法の一つであり、少なくとも反応系に乾燥状態で共存するペプチドとプロテアーゼに対して反応の進行する適切な温度を保つことが出来、該反応系に対して任意の溶媒から形成される蒸気を直接あるいは不活性ガスとともに供給することにより該反応系に保持される溶媒の絶対量の規制・制御を行い、該規制・制御の効果により該ペプチドの加水分解を反応産物の拡散およびサンプル間のコンタミネーションを抑制して実施することを特徴とするペプチドの加水分解方法。
(2)ペプチドの加水分解を進行させる該溶媒は揮発性有機溶媒を含む水溶液を用いることを特徴とする(1)に記載のペプチドの加水分解方法。
(3)ペプチドの加水分解を進行させる該揮発性有機溶媒に塩基性含窒素芳香族化合物を含むことを特徴とする(2)に記載のペプチドの加水分解方法。
(4)反応産物の拡散を抑制するために実施される上記溶媒量の規制・制御に際し、該溶媒と反応系の温度差を利用することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載のペプチドの加水分解方法。
(5)反応産物の拡散を抑制するために実施される上記溶媒量の規制・制御に際し、溶媒蒸気を反応系に送気する不活性ガスの量を増減させることにより不活性ガス中に存在する溶媒蒸気の濃度をコントロールして反応系で保持され作用する溶媒量を適切に制御することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のペプチドの加水分解方法。
(6)反応産物の拡散を抑制するために実施される上記溶媒量の規制・制御に際し、溶媒蒸気を供給する溶媒の温度を増減させることにより不活性ガス中に存在する溶媒蒸気の濃度を制御して反応系で作用する溶媒量を適切に制御することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のペプチドの加水分解方法。
(7)プロテアーゼにはトリプシンを用いることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載のペプチドの加水分解方法。
(8)反応系にはタンパク質分離用の等電点電気泳動チップを用いることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載のペプチドの加水分解方法。
(9)プロテアーゼの供給方法にはあらかじめ適切な濃度のバッファーに希釈したプロテアーゼを溶媒とともに塗布して、速やかに溶媒を揮発させペプチドとプロテアーゼの乾燥混合物を作成すると同時に反応系から溶媒を除去することを特徴とする(8)に記載のペプチドの加水分解方法。
(10)プロテアーゼの供給方法には、あらかじめ適切な濃度のバッファーに希釈したプロテアーゼを冷却して固体とし、不活性ガス雰囲気下水分を排除して水分の蒸着を防止した環境にて該固体を粉体として、同温度に冷却しておいた乾燥ペプチドと該粉体を不活性ガス雰囲気下混合し、短時間に温度を上昇させて、バッファーの溶解と同時にプロテアーゼとペプチドを溶液状態として、ついで、該溶媒を速やかに蒸発せしめて、プロテアーゼとペプチドの乾燥混合体を調整することを特徴とする(8)に記載のペプチドの加水分解方法。
【0064】
さらに、本発明は、以下の態様も適用可能である。
(11)プロテアーゼを用いてペプチドを分解する方法であって、乾燥状態で共存するペプチド及びプロテアーゼに対して任意の溶媒から形成される蒸気を供給して、前記プロテアーゼが前記ペプチドを分解する分解工程と、を有し、
前記分解工程で用いられる前記蒸気の量を制御することを特徴とするペプチドの分解方法。
(12)前記蒸気の量が、前記プロテアーゼ及び前記ペプチドに蒸着する蒸気粒の大きさにしたがって決定され、前記蒸気粒の大きさが前記プロテアーゼ及び前記ペプチドの拡散を抑えられる大きさであることを特徴とする(11)に記載のペプチドの分解方法。
(13)前記蒸気を、不活性ガスとともに供給することを特徴とする(11)または(12)に記載のペプチドの分解方法。
(14)前記溶媒が、揮発性有機溶媒を含む水溶液であることを特徴とする(11)〜(13)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(15)前記揮発性有機溶媒が、塩基性含窒素芳香族化合物を含むことを特徴とする(14)に記載のペプチドの分解方法。
(16)前記蒸気の量が、前記ペプチド及び前記プロテアーゼの温度と、前記溶媒の温度との差を利用して決定されることを特徴とする(11)〜(15)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(17)前記不活性ガスの量を制御することによって、前記供給工程で供給する前記蒸気の量を制御することを特徴とする(11)〜(16)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(18)前記蒸気の温度を制御することによって、前記分解工程で用いられる前記蒸気の量を制御することを特徴とする(11)〜(17)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(19)前記分解工程を、等電点電気泳動チップの流路内で行うことを特徴とする(11)〜(18)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(20)前記ペプチドが、前記等電点電気泳動チップの流路内で泳動されたものであることを特徴とする(11)〜(19)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(21)前記プロテアーゼを前記緩衝溶液に溶解する溶解工程と、前記緩衝溶液と前記ペプチドを混合する混合工程と、前記プロテアーゼと前記ペプチドとを含む前記緩衝溶液を揮発させて、乾燥状態で共存する前記ペプチド及び前記プロテアーゼを形成する揮発工程と、を有することを特徴とする(11)〜(20)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(22)前記プロテアーゼを緩衝溶液に溶解する溶解工程と、前記緩衝溶液を冷却して固体化プロテアーゼを形成する冷却工程と、前記固体化プロテアーゼと前記ペプチドとを混合する混合工程と、前記固体化プロテアーゼに含まれる前記緩衝溶液を溶解して、前記プロテアーゼと前記ペプチドを前記緩衝溶液中で混合する溶解工程と、前記プロテアーゼと前記ペプチドとを含む前記緩衝溶液を揮発させて、乾燥状態で共存する前記ペプチド及び前記プロテアーゼを形成する揮発工程と、を有することを特徴とする(11)〜(21)のいずれかに記載のペプチドの分解方法。
(23)(11)〜(22)のいずれかに記載のペプチドの分解方法によって分解されたペプチドを、質量分析装置を用いて分析することを特徴とするペプチドの分析方法。
(24)プロテアーゼを用いてペプチドを分解する装置であって、乾燥状態で共存するペプチド及びプロテアーゼを保持する試料保持部と、前記ペプチド及び前記プロテアーゼに対して任意の溶媒から形成される蒸気を供給する蒸気供給部と、を有し、前記蒸気供給部が前記蒸気の量を制御することを特徴とするペプチド分解装置。
【0065】
なお、当然ながら、上述した実施の形態および複数の変形例は、その内容が相反しない範囲で組み合わせることができる。また、上述した実施の形態および変形例では、各部の構造などを具体的に説明したが、その構造などは本願発明を満足する範囲で各種に変更することができる。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明の範囲は、かかる実施例により何ら限定されるものではない。
【0067】
<実施例1>
本発明の有効性を検証する目的で、等電点電気泳動用チップを用いて市販品の馬由来アポミオグロビンまたは牛由来カーボニックアンハイドラーゼを流路に導入した。その後、凍結乾燥を行い乾燥タンパク質を調整した。こうして得られた流路内での乾燥タンパク質に対して、トリプシン溶液(水:アセトニトリル=3:7、炭酸水素アンモニウム0.5mM)をふりかけ、該等電点電気泳動用チップを80℃にあらかじめ加熱した。こうすることで溶媒を速やかに乾燥させ、流路内でタンパク質・トリプシン乾燥混合物を調整した。得られたタンパク質・トリプシン乾燥混合物に対して水蒸気を適量供給することで、酵素反応を進行させつつ、反応産物の拡散を回避した。
【0068】
本実施例では、馬由来アポミオグロビンや牛由来カーボニックアンハイドラーゼを解析対象とした。そして、等電点電気泳動用チップを利用して、その流路内にタンパク質を導入乾燥した後、トリプシンを有機溶媒に溶解して塗布し、速やかに乾燥させ、酵素・タンパク質乾燥混合物を調整した。その後、本発明の方法でペプチド断片を生成し、生成されたペプチド断片の分子量を測定した。以下、本実施例について、詳細に説明する。
【0069】
(等電点電気泳動チップによる乾燥タンパク質の調整)
市販されている馬由来のアポミオグロビン標品について、3μg/μLの濃度でアポミオグロビン鎖部分のみを含有するペプチド水溶液を調製した。このペプチド水溶液を、タンパク質等電点電気泳動用チップの流路に導入し、−25℃にて凍結させて、凍結乾燥を行い乾燥ペプチドとした。また市販されている牛由来のカーボニックアンハイドラーゼ標品について、4μg/μLの濃度でカーボニックアンハイドラーゼ鎖部分のみを含有するペプチド水溶液を調製した。このペプチド水溶液を、タンパク質等電点電気泳動用チップの流路に導入し、−25℃にて凍結させて、凍結乾燥を行い乾燥ペプチドとした。
【0070】
(トリプシンアセトニトリル水溶液の調整)
一方、トリプシンは60ng/μLのアセトニトリル水溶液(アセトニトリル:水=7:3)を氷温で調整した。このアセトニトリル水溶液には炭酸水素アンモニウムを0.5mMとなるようにあらかじめ混入させておいた。
【0071】
(トリプシンとアポミオグロビン、トリプシンとカーボニックアンハイドラーゼの混合乾燥物の調整)
上記乾燥ペプチドに対して上記トリプシン溶液を流路あたり約10μL塗布した。この際、タンパク質等電点電気泳動用チップの温度は80℃とし、トリプシンのアセトニトリル溶液を速やかに乾燥させた。
【0072】
(水蒸気の供給、酵素反応)
図3に示す装置を用い、上記トリプシン・ペプチド混合乾燥物に対して水蒸気を供給した。キャリアガスとしてアルゴンを使用し、流量は約0.5L/minとした。タンパク質等電点電気泳動用チップを試料保持部11に保持させ、試料保持部11の温度は37℃とし、これを約2Lの体積をもつチャンバー14にいれて蒸気供給部12から水蒸気を供給した。具体的には、蒸気供給部12の試薬槽105に水をいれ、試薬槽105の温度は57℃に設定した。ペプチド画分ごとに独立した溶媒の液膜の形成を検知した後、ペプチド分解装置1内の温度は終始60℃に維持した。実測値は58℃であった。タンパク質等電点電気泳動用チップの表面に水蒸気がつき曇りだした時点でアルゴンガスの供給を止め、チャンバー14を閉鎖し、閉鎖状態を16時間保った。その後アルゴンガスの供給を再開し、試薬槽105の温度を15℃として、水蒸気の供給を止めることでタンパク質等電点電気泳動チップを乾燥状態に戻した。
【0073】
(マトリックスの塗布)
シナピン酸のアセトニトリル水溶液(アセトニトリル:水=7:3、0.05%トリフルオロ酢酸(TFA)含有)を調合し、上記酵素反応の終了したタンパク質等電点電気泳動用チップに塗布した。塗布する間タンパク質等電点電気泳動用チップを80℃に保ち、速やかに溶媒を揮発させた。
【0074】
(質量分析)
上記シナピン酸の塗布が終了したタンパク質等電点電気泳動用チップをMatrix assisted laser desorption ionization time of flight mass (MALDI−TOF MS)にかけペプチド断片の質量を測定した。
【0075】
(結果)
図4に馬由来アポミオグロビンから得られたトリプシンによる断片化ペプチドのスペクトルを示す。また、図5には牛由来カーボニックアンハイドラーゼからえられたトリプシンによる断片化ペプチドのスペクトルを示す。図5中、Cは、カーボニックアンハイドラーゼ由来のピークを示し、Tは,トリプシン由来のピークを示している。また、図10は、馬由来アポミオグロビンのアミノ酸配列および馬由来アポミオグロビンをトリプシンで切断した際に得られる断片ならびにこれらのその分子量(MH)を記載した図である。また、図11は、牛由来カーボニックアンハイドラーゼのアミノ酸配列および牛由来カーボニックアンハイドラーゼをトリプシンで切断した際に得られる断片ならびにこれらの分子量(MH)を記載した図である。図4と図10とを比較すると、図10で示すペプチド断片の分子量と一致する分子量が図4のスペクトルにおいて実測されていることがわかる。また、図5と図11とを比較すると、図11で示すペプチド断片の分子量と一致する分子量が図5のスペクトルにおいて実測されていることがわかる。したがって、図4及び図5いずれもペプチド由来消化断片ペプチドが観測されており、本発明の手法が有効に機能していることが示された。
【0076】
<実施例2>
牛由来カーボニックアンハイドラーゼについては市販のCy3蛍光色素(GEヘルスケア社製)で全量の5%ほどを染色してから、タンパク質等電点電気泳動用チップの流路に導入した。電圧をかけて等電点に収束させてから凍結乾燥を施し、流路中のある1点に乾燥タンパク質を調整した。なお今回使用したCy3蛍光色素はタンパク質の等電点に影響を与えないことがメーカにより保障されているものを使用した。すなわち蛍光で検出さる流路上でのタンパク質は全体の5%ではあるが、色素で標識されていない残り95%のタンパク質も蛍光が検出された等電点部分に集積していることが担保されている。
【0077】
(牛由来カーボニックアンハイドラーゼのCy3による蛍光標識)
市販の牛由来カーボニックアンハイドラーゼを市販のCy3により蛍光標識、脱塩を行い、1μg/μLとなるよう調整した。
【0078】
(Cy3標識カーボニックアンハイドラーゼの等電点電気泳動チップによる等電点電気泳動)
上記Cy3標識カーボニックアンハイドラーゼを2μL、cIEFゲル(ベックマンコールター社製)を47μL、キャリアアンフォライト(pI3−10)1μLを混合し、0.25μLを等電点電気泳動チップの流路にいれて等電点電気泳動を行った。このとき用いた等電点電気泳動チップを図6に示す。図示するように、A,B、C、Dの4チャンネル分の流路があり、それぞれの流路をサンプルが泳動できるように構成されている。各チャンネルの泳動位置を指定するため、61等分して左から0、1、2、・・・60と称して指定されている。両端の2.5mmは測定対象外のため、番号付けはされていない。図6中では、Aの流路のA10、A12のみを図示している。
【0079】
等電点電気泳動を行った後、チップごと凍結乾燥した。図7(a)は、この凍結乾燥後、蛍光顕微鏡により流路に沿ってスキャンした結果を示す。図7では、A流路とB流路の結果があわせて示されている。A流路では流路位置12付近、B流路では流路位置10付近にカーボニックアンハイドラーゼが収斂していることがわかった。
【0080】
(トリプシンアセトニトリル水溶液の調整)
トリプシンは60ng/μLのアセトニトリル水溶液(アセトニトリル:水=7:3)を氷温で調整した。このアセトニトリル水溶液には炭酸水素アンモニウムを0.5mMとなるようにあらかじめ混入させておいた。
【0081】
(トリプシンとカーボニックアンハイドラーゼの混合乾燥物の調整)
上記乾燥ペプチドに対して上記トリプシン溶液を流路あたり約10μL塗布した。この際、タンパク質等電点電気泳動用チップの温度は80℃とし、トリプシンアセトニトリル溶液の溶媒は速やかに揮発・乾燥させた。
【0082】
(水蒸気の供給、酵素反応)
図3に示すような装置を用い、上記トリプシン・ペプチド混合乾燥物に対して水蒸気を供給した。恒温槽15の温度は60℃に設定した。実測値は58℃であった。キャリアガスとしてアルゴンを使用し、流量は約0.5L/minとした。タンパク質等電点電気泳動用チップを試料保持部11に保持させ、試料保持部11の温度は37℃とし、これを約2Lの体積をもつチャンバー14にいれて蒸気供給部12から水蒸気を供給した。具体的には、試薬槽105に水をいれ、試薬槽の温度は57℃に設定した。ペプチド画分ごとに独立した溶媒の液膜の形成を検知した後、タンパク質等電点電気泳動用チップの表面に水蒸気がつき曇りだした時点で試薬槽の温度を15℃として、水蒸気の供給を止め、タンパク質等電点電気泳動チップを乾燥状態に戻した。実質的には約15分ほどトリプシン・ペプチド混合乾燥物は供給された水蒸気により37℃で湿った状態を維持した。乾燥状態に戻ったタンパク質等電点電気泳動用チップを取り出して、蛍光顕微鏡により流路にそってスキャンした結果を図7(b)に示す。トリプシンアセトニトリル溶液の塗布および水蒸気の供給により収斂状態は若干ゆるんではいるが中心の位置はずれていなかった。
【0083】
(マトリックスの塗布)
シナピン酸のアセトニトリル水溶液(アセトニトリル:水=7:3、0.05%TFA含有)を調合し、上記酵素反応の終了したタンパク質等電点電気泳動用チップに塗布した。塗布する間タンパク質等電点電気泳動用チップは80℃に保ち速やかに溶媒を揮発させた。
【0084】
(質量分析)
上記シナピン酸の塗布が終了したタンパク質等電点電気泳動用チップをMatrix assisted laser desorption ionization time of flight mass (MALDI−TOF MS)にかけ反応産物の質量を測定した。
【0085】
(結果)
図8に、流路位置A10付近のペプチド画分から得られた質量分析のスペクトル図を示す。図8中、Cは、カーボニックアンハイドラーゼ由来のピークを示し、Tは,トリプシン由来のピークを示している。また、図8では、A流路とB流路の結果があわせて示されている。この付近は図7の結果から流路Bにおいてカーボニックアンハイドラーゼが収斂していたことがわかっているが、カーボニックアンハイドラーゼのトリプシン消化により得られたペプチド断片のシグナルも流路Bの方から強く観測されていることがわかる。図9には流路位置12付近のペプチド画分から得られた質量分析のスペクトル図を示す。図9中、Cは、カーボニックアンハイドラーゼ由来のピークを示し、Tは,トリプシン由来のピークを示している。また、図9では、A流路とB流路の結果があわせて示されている。この付近は図7の結果から流路Aにおいてカーボニックアンハイドラーゼが収斂していたことがわかっているが、カーボニックアンハイドラーゼのトリプシン消化により得られたペプチド断片のシグナルも流路Aの方から強く観測されていることがわかる。以上の結果より、ペプチド画分の拡散を抑制した状態でトリプシンによるカーボニックアンハイドラーゼの消化・断片化反応が約15分で進行していることが示された。本実施例では水蒸気の供給は1回のみであったがより少ない時間を複数回実施することにより収斂状態を乱すことなく酵素反応をより確実に実施することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】実施の形態に係るペプチドの分解方法を説明するフローチャートである。
【図2】実施の形態に係るペプチドの分析方法を説明するフローチャートである。
【図3】実施の形態に係るペプチドの分解装置を示す模式図である。
【図4】馬由来アポミオグロビンから得られたトリプシンによる断片化ペプチドのスペクトルを示す図である。
【図5】牛由来カーボニックアンハイドラーゼからえられたトリプシンによる断片化ペプチドのスペクトルを示す図である。
【図6】タンパク質分離チップの概略図である。
【図7】Cy3蛍光色素で標識した牛由来カーボニックアンハイドラーゼを等電点電気泳動チップにかけて濃縮をかけ、流路上をスキャンした結果の図である。図7(a)は、電気泳動直後に凍結乾燥を行いその後計測した図である。図7(b)は、トリプシン反応後に計測した図である。
【図8】流路位置A10付近のペプチド画分から得られた質量分析のスペクトル図である。
【図9】流路位置A12付近のペプチド画分から得られた質量分析のスペクトル図を示す。
【図10】馬由来アポミオグロビンのアミノ酸配列と馬由来アポミオグロビンをトリプシンで切断した際に得られる断片とその分子量(MH)を記載した図である。
【図11】牛由来カーボニックアンハイドラーゼのアミノ酸配列と牛由来カーボニックアンハイドラーゼをトリプシンで切断した際に得られる断片とその分子量(MH)を記載した図である。
【符号の説明】
【0087】
10 流路位置
11 試料保持部
12 蒸気供給部
13 センサ
14 チャンバー
15 恒温槽
101 ペルチェ素子
102 ブロック
105 試薬槽
106a 電磁弁
106b 電磁弁
106c 電磁弁
107 不活性ガス管
108 ペルチェ素子
109 試薬蒸気送気ライン
110 電気泳動チップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離した2以上のペプチド画分を担体に用意するステップと、
前記ペプチド画分を前記担体ごとに乾燥させるステップと、
乾燥させた前記ペプチド画分にプロテアーゼを接触させるステップと、
前記プロテアーゼを接触させた前記ペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜を前記担体ごとに形成するステップと、
を含むことを特徴とするペプチドの分解方法。
【請求項2】
前記担体は、電気泳動の流路であって、前記ペプチド画分は、前記流路を泳動することにより分離されることを特徴とする請求項1に記載のペプチドの分解方法。
【請求項3】
水蒸気を発生させて、前記ペプチド画分の表面に前記液膜を形成させることを特徴とする請求項1または2に記載のペプチドの分解方法。
【請求項4】
不活性ガスとともに水蒸気を充満させたチャンバー内に前記ペプチド画分を密閉させて、前記液膜の形成を保持することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載のペプチドの分解方法。
【請求項5】
不活性ガスを供給しながら前記溶媒を蒸発させるステップをさらに含むことを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載のペプチドの分解方法。
【請求項6】
前記溶媒が揮発性有機溶媒を含むことを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載のペプチドの分解方法。
【請求項7】
前記揮発性有機溶媒が塩基性窒素化合物を含むことを特徴とする請求項6に記載のペプチドの分解方法。
【請求項8】
前記プロテアーゼが溶解したプロテアーゼ溶液を調整するステップと、
前記ペプチド画分に前記プロテアーゼ溶液を塗布するステップと、
前記プロテアーゼ溶液が塗布された前記ペプチド画分を乾燥させるステップと、
を含むことを特徴とする請求項1乃至7いずれかに記載のペプチドの分解方法。
【請求項9】
前記プロテアーゼを凍結乾燥させてプロテアーゼ粉末を調整するステップと、
前記ペプチド画分に前記プロテアーゼ粉末を混合させるステップと、
を含むことを特徴とする請求項1乃至8いずれかに記載のペプチドの分解方法。
【請求項10】
請求項1乃至9いずれかに記載のペプチドの分解方法により分解されたペプチド画分を質量分析することを特徴とするペプチドの分析方法。
【請求項11】
分離した2以上のペプチド画分と、前記ペプチド画分に接触させたプロテアーゼと、を含む乾燥した混合試料を搭載する担体を保持する試料保持部と、
前記混合試料に水蒸気を供給する蒸気供給部と、
前記水蒸気により、前記プロテアーゼを接触させた前記ペプチド画分の表面に、それぞれ独立した溶媒の液膜が形成されたことを前記流路ごとに検知するセンサと、
を有するペプチド分解装置。
【請求項12】
前記担体は、電気泳動の流路であって、前記ペプチド画分は、前記流路を泳動することにより分離されることを特徴とする請求項11に記載のペプチドの分解装置。
【請求項13】
前記混合試料を密閉するチャンバーを有し、
前記蒸気供給部は、前記チャンバー内に、前記水蒸気を供給することを特徴とする請求項11または12に記載のペプチドの分解装置。
【請求項14】
前記混合試料を密閉するチャンバーを有し、
前記蒸気供給部は、前記チャンバー内に、不活性ガスを供給することを特徴とする請求項11乃至13いずれかに記載のペプチドの分解装置。
【請求項15】
前記混合試料を密閉するチャンバーを有し、
前記蒸気供給部は、前記チャンバー内に、前記水蒸気とともに不活性ガスを供給することを特徴とする請求項11乃至14いずれかに記載のペプチドの分解装置。
【請求項16】
前記溶媒が揮発性有機溶媒を含むことを特徴とする請求項11乃至15いずれかに記載のペプチドの分解装置。
【請求項17】
前記揮発性有機溶媒が塩基性窒素化合物を含むことを特徴とする請求項16に記載のペプチドの分解装置。
【請求項18】
請求項11乃至17いずれかに記載のペプチドの分解装置で分解されたペプチド画分を質量分析する質量分析部を有することを特徴とするペプチドの分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−32219(P2010−32219A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191432(P2008−191432)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】