説明

ペプチドの固定化方法

【課題】 ペプチドチップを用いる測定系において、結合シグナルを増幅しながら生体分子の非特異的吸着を抑制することにある。特に表面プラズモン測定に用いた際に、信頼性の高いデータを得ることのできるペプチドチップを得る。
【解決手段】表面にアミノ基を有するチップの基板と式(I)で表される化合物:


(式中、Rは水素原子またはSO3-(1/nMn+)(Mn+はn価のカチオンを示す。nは1又は2を示す。)である)を反応させてチップの基板にマレイミド基を導入する工程、チオール基を有するペプチドと該マレイミド基を反応させてペプチドを固定化する工程、必要に応じてさらに基板上に残存するマレイミド基をブロッキングする工程を含む、ペプチドを固定化したチップの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質相互作用の解析系に用いられるペプチドチップの製造方法に関する。より詳細には、特定の低分子量化合物を架橋剤として用いることにより、物質間の結合シグナルを増大させ、非特異的な影響も低減することの可能なペプチドチップの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体分子の相互作用解析、発現分子のプロファイリング、もしくは診断に用いるバイオチップが注目を集めている。基板上に生体分子が固定化されることで操作が容易になり、場合によっては非常に多くの物質の相互作用を解析することができる。特に比較的分子量の小さなペプチドを基板上に固定化したペプチドアレイは、蛋白質のような変性の問題が比較的少なく、またコンビナトリアルケミストリーの側面が強いことから、近年酵素の基質探索や、あるいはインヒビターの探索などに広く用いられるようになってきている。
【0003】
しかしながら、相互作用を観察する際に問題になるのが非特異的吸着による影響である。非特異的吸着とは、本来であれば相互作用しない分子へ対象物質が非特異的に吸着する場合のことを言う。その結果、擬陽性の判定を与えるため好ましくない。非特異的な吸着を抑制するために、デキストラン、ポリエチレングリコール(PEG)などの親水性高分子が表面に固定化されたバイオチップが開発されている。これらの親水性高分子には生体分子の非特異的吸着を抑制する効果があることが知られている。
バイオセンサー表面に親水性高分子のゲルマトリックスを形成することで非特異的吸着を抑制したバイオセンサーが示されている。この方法ではゲルマトリックスに官能基が導入されており、その官能基を利用し共有結合によって生体分子を固定化している。具体的にはカルボキシメチルデキストランのカルボキシル基を水溶性カルボジイミド(EDC)とN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)で活性化し、形成したスクシンイミド基と生体分子を固定化することに成功している(非特許文献1)。しかしながら、デキストランのような大きな分子を介してペプチドなどの生体分子を固定化した場合、デキストラン等の影響が大きく、ペプチドの性質の測定に悪影響を及ぼす可能性がある。
【非特許文献1】Anal.Biochem.198,268,1991
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、生体分子の非特異的吸着を抑制して、なおかつ標的物質における結合シグナルを増大下、ペプチドチップを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示すような手段により、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
1.表面にアミノ基を有するチップの基板と式(I)で表される化合物:
【0006】
【化1】

(式中、Rは水素原子またはSO3-(1/nMn+)(Mn+はn価のカチオンを示す。nは1又は2を示す。)である)
を反応させてチップの基板にマレイミド基を導入する工程、チオール基を有するペプチドと該マレイミド基を反応させてペプチドを固定化する工程、必要に応じてさらに基板上に残存するマレイミド基をブロッキングする工程を含む、ペプチドを固定化したチップの製造方法。
2.チップ表面が金であることを特徴とする項1記載の方法。
3.チップの基板が透明基板であることを特徴とする項1又は2に記載の方法。
4.2種類以上のペプチドが同一チップ上に固定化されることを特徴とする項1〜3のいずれか記載の方法。
5.固定化されるペプチドの少なくとも一方の末端がシステイン残基であり、該システイン残基のSH基がマレイミド基と反応することを特徴とする項1〜4のいずれかに記載の方法。
6.チップが表面プラズモン共鳴(SPR)解析に用いられることを特徴とする項1〜5のいずれかに記載の方法。
7.下記式
【0007】
【化2】

(式中、「Substrate」はチップの基板を示し、「Peptide」はチップに固定化されるペプチド(結合に関与するCys残基を除く)を示し、S(Cys)は該ペプチドのCys残基のSH基に由来するSであることを示す。)
で表される構造を有するペプチドを固定化したチップ。
8.S(Cys)が、ペプチドの末端のCys残基のSH基に由来するSである項7に記載のチップ。
【発明の効果】
【0008】
本発明における低分子化合物を架橋剤に用いることにより、標的シグナルを向上させ、更に非特異的吸着が抑制された精度のよいペプチドチップを用いた測定系を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、チオール基を介してペプチドをチップに固定化することを特徴とする。
チオール基(SH)は、ペプチド中のシステイン残基に由来するのが好ましい。
固定化されるペプチドに関しては、1種類のみであってもよいし、2種類以上であってもよい。ここで、ペプチドとは一般的に用いられる意味のものを指し、アミノ酸が2個以上ペプチド結合により連結されたものである。そのアミノ酸残基の数は特に限定されないが、通常は5〜60残基程度であり、10〜25残基程度がより好ましい。分析する目的に応じて、アミノ酸残基のうち1乃至数残基において化学的な修飾を加えられたアミノ酸が含まれていてもよい。また特に限定されるものではないが、特定の酵素に対して基質としての機能を有しているペプチドを少なくとも1種は含むことが好ましい。
システイン残基は固定化されるペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列として必須な残基として存在している場合であっても、あるいはペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列に対してさらに付加された場合であってもよい。固定化されるペプチドにおけるシステイン残基の存在位置は特に限定されないが、好ましくは少なくとも一方の末端に、より好ましくは一方の末端(N末端もしくはC末端)のみに付加されてなる方がよい。一方の末端にシステイン残基を付加させる場合、システイン残基のみを付加してもよいが、固定化されたペプチドの自由度を上げることにより作用させる物質との相互作用の効率を高めるためにスペーサーとして1乃至数残基のアミノ酸配列をシステイン残基と目的のペプチドの間にさらに付加させてもよい。スペーサー部分のアミノ酸配列は特に限定されないが、なかでもグリシン残基及び/又はアラニン残基もしくはセリン残基が1乃至数個の配列を付加させることが特に好ましい。
【0010】
また、固定化されるペプチドに対して、チオール基を有する化合物が1箇所以上のいずれかのアミノ酸残基において化学結合され、この付加された化合物のチオール基を介してマレイミド基と結合してもよい。該化合物の結合箇所も特に限定はされないが、いずれかの末端のアミノ酸残基に結合されていることが好ましい。
【0011】
本発明においては、ペプチドの固定化に際して、スクシンイミド(NHS)基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型架橋剤として、RがHである式(I)に示す化合物Succinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SMCCと示す。)もしくはRがSO3-(1/nMn+)(M,nは前記に定義されるとおりである)である式(I)に示す化合物Sulfosuccinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SSMCCと示す。)を架橋剤として用いることを特徴としている。なお、本発明において用いる架橋剤は、式(I)に示す化合物と完全に同一構造のものだけを指すのではなく、その機能を損なわない範囲でアナログ化された化合物をも包含する。また、本発明においてはSMCC及びSSMCCのいずれも適用することが可能であるが、水に対する溶解性の点からは、緩衝液のような水系で反応させる場合においてはSSMCCを用いる方がより好ましい。
【0012】
【化2】

(式中、Rは水素原子またはSO3-(1/nMn+)(Mn+はn価のカチオンを示す。nは1又は2を示す。)である)
1/nMは、H,Na,K,Li,Cs等のアルカリ金属(n=1)、NH4,N(Me)4等のC1〜C4のアルキル基で置換されていてもよい四級アンモニウム(n=1)、1/2Ca,1/2Mg,1/2Ba等のアルカリ土類金属(n=2)等が挙げられ、好ましくはアルカリ金属、より好ましくはNaである。
【0013】
上述したような式(I)の架橋剤を適用することにより、特に高分子量の架橋剤と比べて、ペプチドのチップへの固定化効率が格段に高くなるため標的物質との結合効率も向上して、結合によるシグナルがより鮮明になるという効果を奏するものである。また、非特異的な影響に関してもほとんど問題とならず、いわゆるS/N比を大きくすることができる。
【0014】
上記SMCCもしくはSSMCCをチップ上に導入させてマレイミド表面を形成させるためには、SMCCにおけるもう一方の端に有するスクシンイミド基あるいはSSMCCにおけるもう一方の端に有するスルホン酸スクシンイミド基と反応性を有する官能基、具体的にはアミノ基を予めチップ上に導入させておく必要がある。チップ上にアミノ基を導入する手段は特に限定されるものではない。基板表面に分子を整列させる自己組織化表面の手法、反応試薬を用いて導入する方法、官能基を有する物質をチップ上にコーティングする手段などが挙げられる。また、表面に導入しておいた官能基を起点として、架橋剤を用いてアミノ基を導入する手段なども含まれる。
本発明の方法の第一工程は、アミノ基を有するチップの基板と式(I)の化合物とを反応させ、式(I)の化合物のコハク酸イミド部分(スルホン酸基またはその塩を有していてもよい)を脱離させてアミド結合を形成し、マレイミド基を基板に導入する。
該反応は、基板上のアミノ基1モルに対して1モルから過剰量の式(I)の架橋剤の水溶液(Rがスルホン酸又はその塩の場合)または有機溶媒(Rが水素原子の場合)溶液を基板上に塗布するか、或いは基板を式(I)の架橋剤の水溶液又は有機溶媒溶液に浸漬することにより、行うことができる。反応は、例えば10〜60℃程度(好ましくは室温)の温度下に、1〜24時間程度反応させることで有利に進行する。
次に、第二工程では、チオール基を有するペプチドと式(I)の化合物に由来する基板にアミド結合を介して導入されたマレイミド基を反応させる。反応は、マレイミド基1モルに対しチオール基を有するペプチドを1モルから過剰量使用し、溶媒中で、10〜60℃程度(好ましくは室温)の温度下に、1〜24時間程度反応させることで有利に進行する。溶媒としては、水、含水有機溶媒(含水エタノール、含水メタノール、含水プロパノールなどの含水アルコール、含水THF、含水アセトン、含水THFなど)、低級アルコール、DMF,ジメチルアセトアミド、DMSOなどの水混和性の有機溶媒が例示される。
【0015】
得られたペプチドを固定化したチップにおいて、マレイミド基が残存している可能性がある。この残存マレイミド基はそのまま残されていてもよいが、チオール基を有する化合物とさらに反応させて、残存マレイミド基を除いておくことが望ましい。この反応条件は、溶媒としてより極性の低い有機溶媒を使用できる点を除いて第二工程のチオール基を有するペプチドとの反応と同様な条件で実施することができる。
【0016】
本発明におけるペプチドチップの固定化方法はさまざまな用途に応用可能である。一般にアレイにおける検出手段としてよく用いられている蛍光性物質、化学発光性物質、放射性物質等による検出系においても有効であるが、特に表面プラズモン共鳴(SPR)や和周波発生(SFG)、局在プラズモン共鳴(LPR)、エリプソメトリなどの光学的検出方法に絶大な効果を発揮する。なかでも、SPRによる解析系において特に有用である。一般的なチップ、アレイにおいては、相互作用の検出方法として蛍光物質や放射線同位体によるラベル手段による検出が用いられる。この場合、最終的にラベル物質が結合したかどうかだけを検出することができ、相互作用に関係のない物質が非特異的に吸着しても、誤って検出されることはない。従って、相互作用する対象物質がネガティブコントロールに対して非特異的に吸着してなければ、正確に測定できているものと判断することができる。
【0017】
しかし、ラベルフリーな光学的検出方法においては、どのような物質がチップ上に吸着してもシグナルとして検出される。すなわち、測定対象ではない物質が非特異的に吸着するのと、特異的な吸着を区別することが難しい。よって、よりシビアに非特異的な吸着を抑制する手段が求められるため、本発明の固定化方法は非常に効果的である。
【0018】
ELISA法やラベル物質を用いる相互作用解析方法においてはブロッキング方法として牛血清アルブミンやカゼインなどによる物理吸着が一般的に選択されている。物理吸着の方法は容易ではあるが、安定しておらず、経時的にチップ表面から脱離する場合がある。上記の光学的検出方法にはブロッキング剤の脱離さえも検出するため、共有結合によるブロッキングを行うことが好ましい。特に未反応のマレイミド基表面をブロッキングする場合は、チオール基を有する化合物を用いるのが好ましく、特にPEG(ポリエチレングリコール)の誘導体が好適に用いられる。
【0019】
SPR、SFG、LPR、エリプソメトリにおいては、金属基板が使用される。本発明において、基板の素材は、酸・アルカリ・有機溶媒などに非常に安定な金が好ましい。実際、金は上記光学的検出方法で多用される物質である。また、金を支持する物質は透明である方が好ましく、透明なガラスであるとより好ましい。透明なガラスは容易に入手できるだけでなく、SPRやLPRの測定に極めて適しているからである。
【0020】
金属基板を形成する方法としては、金属薄層をコーティングする方法が好ましい。金属をコーティングする方法は特に限定されるものではないが、一般的に蒸着法、スパッタリング法、イオンコーティング法などが選択される。光学的な検出方法に供するために、金属薄層の厚みをナノレベルでコントロールする必要がある。金属薄層の厚みも特に限定されるものではないが、一般的には30nmから80nmの範囲で選択される。金属薄層の剥離を抑制するため、0.5nmから10nmのクロム層やチタン層を予め基板にコーティングしておいてもよい。
【0021】
このSPRを応用したSPRイメージング法は、広範囲に偏光光束を照射し、その反射像を解析することで、物質間の相互作用の様子を画像処理技術等を駆使することによりモニター化する方法であり、複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することが可能である。
【0022】
SPRイメージング法においては、反射像を解析するためにチップに広範囲で偏光光束を照射し、かつ光束の照度を十分に確保するための手段が必要である。偏光光束の照度は明るいほどセンサーの感度が上昇してより好ましい。
【0023】
光源の種類は特に限定されるものではないが、SPR共鳴角の変化が特に敏感になる近赤外光を含む光を用いるのが好ましい。具体的には、メタルハライドランプ、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、白熱灯などの広範囲に光を照射することのできる白色光源を用いることができるが、なかでも得られる光の強度が十分に高く、光の電源装置が簡易で安価なハロゲンランプが特に好ましい。
【0024】
通常の白色光源はフィラメント部に光の明暗ムラが生じる欠点がある。光源の光をそのまま照射すると、反射して得られる像に明暗ムラが生じ、スクリーニングやモルホロジー変化を評価するのが困難となる。したがって、チップに均一に光を照射する手段として、光をピンホールに通してから平行光にする方法が好ましい。ピンホールを通す手段は、明るさの均一な光束を得る手段としては好ましいが、そのままピンホールに光を通すと照度が低下する欠点がある。そこで、十分な照度を確保する手段として、ピンホールと光源の間に凸レンズを設置し、集光してピンホールを通す方法を用いることが好ましい。
【0025】
白色光源は放射光であるため、集光する前に凸レンズを用いて平行光にする必要がある。凸レンズの焦点距離近傍に光源を設置することで、平行光を得ることができる。もう一枚凸レンズを設置し、そのレンズの焦点距離近傍にピンホールを設置することで集光した光をピンホールに通すことが可能である。ピンホール内で交差し、通過した光はカメラ用のCCTVレンズで平行光とするが、その際に得られる平行光束の断面積は10〜1000mm2に調節するのが好ましい。この方法によって広範囲にわたるスクリーニングやモルホロジー観察が可能となる。
【0026】
相互作用をモニターする際に、上記偏光光束は物質あるいは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射される。上記偏光光束は物質もしくは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射され、その反射光束が得られる。金属薄膜からの反射光束は近赤外波長の光干渉フィルターを通し、ある波長付近の光のみを透過させてからCCDカメラで撮影される。
【0027】
光干渉フィルターの中心波長は、SPRの感度が高い600〜1000nmが好ましい。光干渉フィルターの透過率が極大時の半分になる波長の波長幅を半値巾と呼ぶが、半値巾は小さい方が波長の分布がシャープとなり好ましく、具体的には半値巾100nm以下が好ましい。光干渉フィルターを通してCCDカメラで撮影された像はコンピュータに取り込まれ、ある部分の明るさの変化をリアルタイムで評価することや、画像処理により全体像の評価が可能である。こうして複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することができる。
【0028】
本発明において用いるSPR用のチップは好ましくは透明な基板上に金属薄膜が形成された金属基板からなり、上記金属薄膜上に直接的もしくは間接的に、化学的もしくは物理的に、物質もしくは物質の集合体が固定化されているスライドが用いられる。基板の素材は特に限定されるものではないが、透明なものを用いるのが好ましい。具体的にはガラス、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、アクリルなどのプラスチック類が挙げられる。中でもガラスが特に好ましい。
【0029】
基板の厚さは0.1〜20mm程度が好ましく1〜2mm程度がより好ましい。金属薄膜からの反射像を評価する目的を達成するために、SPR共鳴角はできるだけ小さい方が撮影される画像がひしゃげる恐れがなく解析がしやすい。したがって、透明基板あるいは透明基板とそれに接触するプリズムの屈折率nDは1.5以上であることが好ましい。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
[実施例1]
(ペプチド固定化)
末端官能基がチオール基である4armPEG(日本油脂製SUNBRIGHT PTE−100SH)を1mMの濃度で7mlのエタノール:水=6:1の混合溶液に溶解させた。4armPEGの分子量は10000であり、中心からほぼ同等の長さのPEG鎖が4つ存在する分子であり親水性が非常に高い。また、PEGの4つの末端はすべてチオール基であり、特に金に対する金属結合性を示す。
【0031】
18mm四方、2mm厚のSF15ガラススライドにクロムを3nm蒸着し、金を45nm蒸着した金蒸着スライドを、上記4armPEGチオール溶液に3時間浸漬させ、金基板全体に4armPEGチオールを結合させた。
【0032】
このスライドの上にフォトマスクを載せ、500W超高圧水銀ランプ(ウシオ電機製)で2時間照射し、UV照射部の4armPEGチオールを除去した。フォトマスクは500μm四方の正方形の穴が96個有し(8個×12個のパターンからなる。)、穴の中心間のピッチは1mmに設計されている。フォトマスクの穴があいている部分はUV光が透過し、スライドに照射されてパターン化される。照射されなかった部分は4armPEGが残り、チップのバックグラウンド(Background)部分としてレファレンス部として機能する。
【0033】
8−Amino−1−Octanethiol, Hydrochrolide(8−AOT,同仁化学研究所製)の1mMエタノール溶液に1時間浸漬し、UV照射部に8−AOTの自己組織化表面を形成させた。SSMCC(ピアス製)をリン酸緩衝液(20mM リン酸、150mM NaCl;pH7.2)に0.4mg/mlで溶解し、金表面の8−AOTに15分間反応させた。8−AOTのアミノ基とSSMCCのNHS基が反応し、未反応のMAL基を表面に導入することができた。
【0034】
上記のようにして得られた表面に、図1下部に示したように、プロテインキナーゼAの基質となるアミノ酸配列からなるペプチド(PKA)、プロテインキナーゼA基質のネガティブコントロール(nPKA;セリン残基がアラニン残基に置換)、プロテインキナーゼA基質のポジティブコントロール(pPKA;セリン残基がリン酸化)、cSrcキナーゼの基質となるアミノ酸配列からなるペプチド(cSrc)を、いずれもリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に1mg/mlで溶解して、MultiSPRinterスポッター(東洋紡績製)を用いて10nlずつスポッティングを行った。その後、ウェットな環境下で室温、16時間静置させて固定化反応を行った。アレイの表面に形成させたマレイミド基と基質ペプチド末端のシステイン残基が有するチオール基とが反応し、基質ペプチドを共有結合的に表面に固定化することができる。
(未反応マレイミド基のブロッキング)
基質ペプチドを固定化した表面をリン酸緩衝液で洗浄した後、未反応のマレイミド基をブロッキングするために、上記TEG−SH(HS-(CH2CH2O)4-CH3)を1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、250μlをチップ上に注出し、室温で1時間反応させた。また比較例として、片末端の官能基がチオール基、もう一方の官能基がメトキシ基であるPEGチオール(日本油脂製SUNBRIGHT MESH−50H)を1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、250μlをチップ上に注出し、室温で1時間反応させた。ここで用いたPEGチオールの分子量は5,000である。
(SPR解析によるPKAリン酸化の検出)
上記のようにブロッキングを行ったアレイを用いてPKAによるリン酸化を行った。PKA溶液400μlをアレイ上にドロップして、30℃、4時間反応を行った。PKA溶液の組成は、PKA触媒サブユニット(プロメガ製)1μl、50mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)375μl、1M塩化マグネシウム溶液20μl、10mM ATP4μlとした。その後、PBS及び水で3回ずつアレイの洗浄を行い、アレイ表面を乾燥した後、SPRイメージング機器(MultiSPRinter:東洋紡績製)にセットし、ランニングバッファーとして50mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)を100μl/minの速度でフローセル内に流した。SPRからのシグナルが安定したのを確認した後に、リン酸化セリン抗体PSR−45(シグマ製)をSPR装置内のセルへ注入して作用させた。抗体は上記のランニングバッファーで4000倍、2000倍、1000倍希釈した溶液を用いて希釈倍率の高いものから順に作用させた。シグナル上昇がプラトー状態になった時点で再度ランニングバッファーを送液して洗浄を行った。その際のSPRシグナルの変化を観察した。シグナル変化の観察は、各基質のスポット部位に加え、Backgroundにおいても実施した。
(観察の結果と考察)
SPRシグナル変化をグラフ化したセンサグラムの結果を図1に示した。センサグラムはスポットごとにおけるシグナルの平均値をプロットしている。Backgroundについては、基質ペプチドのスポット部分以外の任意に選択した箇所を測定ポイントとして得たシグナルの平均値をプロットしている。ポジティブコントロールに対しては非常に強い抗体結合シグナルの上昇を確認されており、PKA基質においてもある程度の結合シグナルの上昇を認めることができる。一方、ネガティブコントロール、cSrc基質、ブランク及びBackgroundに関してはほとんどシグナル変化を認めることができない。したがって、この方法により、非常に特異的にPKA基質のリン酸化を検出することができている。
[比較例1]
金表面に8−AOTを導入した後、SSMCCの替わりに、分子量3400の末端にスクシンイミド(NHS)基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型ポリエチレングリコール(NHS−PEG−MAL,Nektar社製)を作用させる点を除き、全て実施例1と同様にして検討した。NHS−PEG−MALはリン酸緩衝液(20mM リン酸、150mM NaCl;pH7.2)に10mg/mlで溶解し、金表面の8−AOTに2時間反応させた。結果を図2に示す。
【0035】
この場合は、全体的に結合シグナル自体が弱くなっている。更にPKA基質以外においても非特異的なシグナルが確認されており、特異性の点でも好ましくない結果である。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の方法により、ペプチドチップにおける結合シグナルを増幅させることができつつ、非特異的吸着に関しては抑制することができ、より正確な測定が可能となる。また処理方法も非常に容易であり、産業界に大きく寄与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施例1におけるSPR解析の結果を示す図である。
【図2】比較例1におけるSPR解析の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にアミノ基を有するチップの基板と式(I)で表される化合物:
【化1】

(式中、Rは水素原子またはSO3-(1/nMn+)(Mn+はn価のカチオンを示す。nは1又は2を示す。)である)
を反応させてチップの基板にマレイミド基を導入する工程、チオール基を有するペプチドと該マレイミド基を反応させてペプチドを固定化する工程、必要に応じてさらに基板上に残存するマレイミド基をブロッキングする工程を含む、ペプチドを固定化したチップの製造方法。
【請求項2】
チップ表面が金であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
チップの基板が透明基板であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
2種類以上のペプチドが同一チップ上に固定化されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の方法。
【請求項5】
固定化されるペプチドの少なくとも一方の末端がシステイン残基であり、該システイン残基のSH基がマレイミド基と反応することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
チップが表面プラズモン共鳴(SPR)解析に用いられることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
下記式
【化2】

(式中、「Substrate」はチップの基板を示し、「Peptide」はチップに固定化されるペプチド(結合に関与するCys残基を除く)を示し、S(Cys)は該ペプチドのCys残基のSH基に由来するSであることを示す。)
で表される構造を有するペプチドを固定化したチップ。
【請求項8】
S(Cys)が、ペプチドの末端のCys残基のSH基に由来するSである請求項7に記載のチップ。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−47017(P2006−47017A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226000(P2004−226000)
【出願日】平成16年8月2日(2004.8.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ゲノム研究成果産業利用のための細胞内シグナル網羅的解析技術」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】