説明

ホットプレス部材及びその製造方法

【課題】ホットプレス部材及びその製造方法において、低めっき付着量でも優れた耐食性を確保するとともに、生産性を向上させる。
【解決手段】本発明によれば、表面に、FeAl、FeAl、FeAl、FeAl及びAl固溶α−Feからなる群より選択される少なくとも2種以上の金属間化合物を含有する被覆層を有し、前記被覆層は、Al濃度が所定濃度超の領域中に、Al濃度が所定濃度以下の領域が分散された単層構造であるホットプレス部材が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットプレス部材及びその製造方法に関し、特に、塗装後耐食性及び生産性に優れるホットプレス部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用鋼板の用途(例えば、自動車のピラー、ドアインパクトビーム、バンパービーム等)などにおいて、高強度と高成形性を両立する鋼板が望まれており、これに対応するものの1つとして、残留オーステナイトのマルテンサイト変態を利用したTRIP(Transformation Induced Placiticity)鋼がある。このTRIP鋼により、成形性の優れた1000MPa級程度の強度を有する高強度鋼板を製造することは可能であるが、さらに高強度、例えば1500MPa以上といった超高強度鋼で成形性を確保することは困難である。
【0003】
このような状況で、高強度及び高成形性を両立するものとして最近注目を浴びているのが、ホットプレス(熱間プレス、ホットスタンプ、ダイクエンチ、プレスクエンチ等とも呼称される。)である。このホットプレスは、鋼板を800℃以上のオーステナイト域で加熱した後に熱間で成形することにより高強度鋼板の成形性を向上させ、成形後の冷却により焼きを入れて所望の材質を得るというものである。
【0004】
ホットプレスは、超高強度の部材を成形する方法として有望であるが、通常は大気中で鋼板を加熱する工程を有しており、この際、鋼板表面に酸化物(スケール)が生成するため、スケールを除去する工程が必要であった。ところが、このような後工程には、スケールの除去能や環境負荷等の観点からの対応策の必要性等の問題があった。
【0005】
これを改善する技術として、ホットプレス用の鋼板としてAlめっき鋼板を使用することにより、加熱時のスケールの生成を抑制する技術が提案されている(例えば、特許文献1〜3を参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平9−202953号公報
【特許文献2】特開2003−181549号公報
【特許文献3】特開2003−49256号公報
【特許文献4】特開2007−314874号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1〜3に記載された技術は、炉加熱のような昇温速度が緩やかな加熱条件を前提としている。このような加熱条件の場合、塗装後耐食性を確保するためには、高めっき付着量とすることが必要であった。付着量が多過ぎると熱間での成形時にめっきが剥離する懸念があり、また、金型にAl−Fe粉が付着する場合もあり、これらによりホットプレス工程自体の生産性が低下する、という問題があった。
【0008】
また、炉加熱の場合には、通常、鋼板の昇温速度3〜5℃/秒程度であり、ホットプレスにより成形できる鋼板は2〜4個/分程度と非常に生産性が低い。これに対して、ホットプレスの生産性を向上させるために、通電加熱や誘導加熱等のような電気を使用する加熱方式で急速加熱を行うと、所謂ピンチ効果が働く。このピンチ効果により、めっき鋼板表面において、溶融しためっきが局部的に盛り上がるような現象(以降、この現象を「寄り」と称する。)が発生して局部的にめっき厚みが厚くなるなど、めっき厚みが不均一になる、という問題があった。このようなめっき厚みが不均一なめっき鋼板は、プレス時に型に噛みこんだり、凝着したりするため、生産性を阻害していた。
【0009】
そこで、本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、ホットプレス部材及びその製造方法において、低めっき付着量でも優れた耐食性を確保するとともに、生産性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、めっき付着量、めっき鋼板の加熱速度及びプレス前のめっき鋼板の最高到達板温を適切に制御することにより、低めっき付着量でも優れた耐食性を確保するとともに、生産性を向上させることができることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の要旨とするところは、以下の通りである。
(1) 表面に、FeAl、FeAl、FeAl、FeAl及びFeAlSi化合物からなる群より選択される少なくとも2種以上の金属間化合物を含有する被覆層を有し、前記被覆層は、Al濃度が40質量%超の領域中に、Al濃度が40質量%以下の領域が分散された単層構造であることを特徴とする、ホットプレス部材。
(2) 前記被覆層の厚みは、10μm以上25μm以下であることを特徴とする、(1)に記載のホットプレス部材。
(3) 前記加熱は、600℃から最高到達板温より10℃低い温度までの平均昇温速度が50℃/秒以上となるような条件で行われることを特徴とする、(1)または(2)に記載のホットプレス部材。
(4) 前記最高到達板温は、900℃以上であることを特徴とする、(3)に記載のホットプレス部材。
(5) 鋼成分として質量%でC:0.1〜0.4%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.5〜3%、Ti:0.01〜0.1%、B:0.0001〜0.01%、Cr:0.01〜1%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、付着量が片面60g/m以下となるようにAlめっきが施されたAlめっき鋼板を、600℃から最高到達板温より10℃低い温度までの平均昇温速度が50℃/秒以上となる条件で加熱することを特徴とする、ホットプレス部材の製造方法。
(6) 前記最高到達板温は、900℃以上であることを特徴とする、(5)に記載のホットプレス部材の製造方法。
(7) 前記加熱は、通電加熱または誘導加熱により行われることを特徴とする、(5)または(6)に記載のホットプレス部材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ホットプレス部材及びその製造方法において、めっき付着量、めっき鋼板の加熱速度及びプレス前のめっき鋼板の最高到達板温を適切に制御して、鋼板表面に所定の単層構造を有する被覆層を形成することにより、低めっき付着量でも優れた耐食性を確保するとともに、生産性を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0014】
[本発明に係るホットプレス部材の概要]
上述したように、上記特許文献1〜3に記載された技術では、塗装後耐食性を確保するためには、高めっき付着量とすることが必要であるが、めっき付着量が多過ぎると加工性が低下するという問題があった。また、ホットプレスの生産性を向上させるために、通電加熱等により急速加熱を行うと、所謂ピンチ効果により、鋼板表面に溶融しためっきの寄りが発生するという問題もあった。ここで、ピンチ効果とは、フレミング左手の法則(Fleming’s left hand rule)などの電磁気の法則から判るように、電流が同一方向に流れる導体には、一般的に相互に引き寄せ合う力が働く。この力により電流の導通電路が収縮する現象のことをいう。溶融したアルミめっき層のように、電流を流す導体が流動体であると、相互引力により、流動体が電路の収縮位置に収縮される。その結果、アルミめっき層の厚みは、収縮位置では厚くなり、他の部位では薄くなり、均一でなくなる。すなわち、ピンチ効果により、めっき鋼板表面において、溶融しためっきが局部的に盛り上がるような現象(寄り)が発生して局部的にめっき厚みが厚くなるなど、めっき厚みが不均一になる。
【0015】
本発明者らの検討の結果によれば、このめっきの寄りを防止するためには、めっき付着量を減らせば良いことがわかっている。例えば、Alめっき鋼板を使用して昇温速度を50℃/秒以上で昇温温度900〜1200℃とした場合には、めっき付着量が片面で30g/mでは、めっきの寄りが発生せずに平滑な表面となるが、めっき付着量が片面で70g/mでは、ピンチ効果により溶融しためっきの寄りが発生するという実験例が得られている。一方、めっきの寄りを防止するために、めっき付着量を減らすと、十分な塗装後耐食性を確保することができない。すなわち、生産性の向上と耐食性の確保とはトレードオフの関係にあるため、従来は、優れた耐食性と優れた生産性を兼ね備えるホットプレス部材は得られていなかった。
【0016】
ここで、本発明者らは、比較的めっき付着量が少なくても良好な塗装後耐食性を得ることができるホットプレス部材を得るために鋭意検討を行っている。その結果、特許文献4(特開2007−314874号公報)に記載されているように、加熱条件を適切に制御することにより、Alめっき鋼板を加熱した際の適正な合金層の構造として、表面にFeAl、FeAl、FeAl、FeAl及びAl固溶α−Feから成る被覆層を有し、この被覆層の組織が3層構造であるめっき鋼板が、比較的めっき付着量が少なくても良好な塗装後耐食性を得ることができるという知見を既に得ている。
【0017】
しかしながら、この特許文献4に記載された技術においても、実施例等に示すように、600℃〜850℃の間の昇温速度が2.5〜5.5℃/秒程度と低く、生産性の向上という観点からは不十分なものであり、また、ピンチ効果によるめっきの寄り等によるめっき厚みの不均一性については検討されていない。従って、上記特許文献4に記載された技術においても、優れた耐食性と優れた生産性を兼ね備えるホットプレス部材を得ることはできていない。
【0018】
そこで、本発明者らは、優れた耐食性と優れた生産性を兼ね備えるホットプレス部材を得るために鋭意検討を行った結果、めっき付着量及びめっき鋼板の加熱条件を適切に制御することにより、上記特許文献4に記載された被覆層とは異なる構造を有する合金層の構造を得ることができる、という知見を得た。
【0019】
[本発明に係るホットプレス部材の構成]
すなわち、本発明によれば、表面に、FeAl、FeAl、FeAl、FeAl及びFeAlSi化合物からなる群より選択される少なくとも2種以上の金属間化合物を含有する被覆層を有し、この被覆層が、Al濃度が40質量%超の相中に、Al濃度が40質量%以下の相が分散された単層構造であるホットプレス部材を得ることができる。以下、このような本発明に係るホットプレス部材の構成について詳細に説明する。
【0020】
(鋼板について)
ホットプレスが金型によるプレスと焼入を同時に行うものであることから、本発明に係るホットプレス部材の母材となる鋼板としては、焼入されやすい成分である必要がある。具体的には、鋼板中の鋼成分として、質量%で、C:0.1〜0.4%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.5〜3%、Ti:0.01〜0.1%、B:0.0001〜0.01%、Cr:0.01〜1%であることが好ましい。C量については、焼入性の向上という観点から0.1%以上であることが好ましく、また、C量が多過ぎると鋼板の靭性の低下が著しくなるため、0.4質量%以下であることが好ましい。また、Siを0.6%超添加するとAlめっき性が低下し、0.01%未満とすると疲労特性が劣るため好ましくない。また、Mnは焼入性に寄与する元素で0.5%以上の添加が有効であるが、焼入後の靭性の低下という観点からは3%を超えることは好ましくない。また、Tiはアルミめっき後の耐熱性を向上させる元素で0.01%以上の添加が有効であるが、過剰に添加するとCやNと反応して鋼板強度を低下させてしまうため、0.1%を超えることは好ましくない。また、Bは焼入性に寄与する元素で0.0001%以上の添加が有効であるが、熱間での割れの懸念があるため、0.01%を超えることは好ましくない。Crは強化元素であるとともに焼入れ性の向上に有効である。しかし、0.01%未満ではこれらの効果が得られ難い。逆に、1%超含有すると製造時および熱延時の製造性に悪影響を及ぼすため好ましくない。また、鋼板中の成分として、他に、P、S、Al、N、Mo、Nb、Ni、Cu、V、Sn、Sb等が含有されうる。通常は、質量%で、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下である。
【0021】
(一般的な合金層の構造について)
次に、上述したような鋼板表面に形成される被覆層の構造について説明する前に、その前提として、図1を参照しながら、一般的な合金層の構造について説明する。なお、図1は、Alめっき鋼板を加熱合金化した後の断面組織の構造の一般的な例を示す光学顕微鏡写真である。
【0022】
ホットプレス前のAlめっき鋼板のめっき層は、表層よりAl−Si層及びFeAlSi合金層から成る。このめっき層は、ホットプレス工程で900℃程度に加熱されることでAl−Siと鋼板中Feとの相互拡散が起こり、全体がAl−Fe化合物へ変化する。このとき、Al−Fe化合物中に部分的にSiを含有する相も生成する。
【0023】
ここで、図1に示すように、Alめっき鋼板を加熱合金化した後のFe−Al合金層は、一般に5層構造となることが多い。これら5層を図1では、めっき鋼板表面から順に、1層〜5層で表している。第1層、第3層の層中のAl濃度は約50質量%、第2層中のAl濃度は約30質量%、第4層、第5層中のAl濃度はそれぞれ15〜30質量%、1〜15質量%の幅を持つ組成となる。残部はFe及びSiである。第4層と第5層の界面付近にボイドの生成が観察されることもある。このような合金層の耐食性はAl含有量にほぼ依存し、Al含有量が高いほど耐食性に優れる。従って、第1層、第3層が最も耐食性に優れている。なお、第5層の下部の組織は鋼素地であり、マルテンサイトを主体とする焼入組織となっている。
【0024】
図2に、Fe−Alの二元系状態図を示す。この図2を参照すれば、第1層、第3層はFeAlを主成分とし、第4層、第5層はそれぞれFeAl、αFeに対応するものと判断できる。また、第2層はFe−Al二元系状態図から説明できないSiを含有する層でその詳細な組成は明らかではないが、本発明者らは、FeAlとFe−Al−Si化合物が微細に混じりあったようなものであると推定している。
【0025】
(本発明に係る被覆層の構造について)
一方、本発明に係る被覆層は、上述したように、FeAl、FeAl、FeAl、FeAl及びFeAlSi化合物からなる群より選択される少なくとも2種以上の金属間化合物を含有し、Al濃度が40質量%超の領域中に、Al濃度が40質量%以下の領域が分散された単層構造を有するものである。
【0026】
ここで、上記被覆層における組織の構造としては、プレス工程前の加熱工程において生成する合金層の組織の構造を規定する。この組織は、プレス工程によって変化しないため最終的な部材の組織と一致する。
【0027】
上記被覆層は、上述した一般的な合金層と同様に、表面にAlめっきが施されたAlめっき鋼板を加熱することにより生成される(ただし、加熱条件は全く異なる)。すなわち、上記被覆層は、加熱工程前にはAlめっきであるが、加熱工程において表面までFeが拡散して金属間化合物に変化することにより生成される。この場合、部材表面の被覆層中には金属Alは存在しないが、このことは、例えば、表面からX線回折でのAlのピークを検出することにより容易に確認することができる。
【0028】
また、「単層構造」とは、図1に示すような5層構造とは異なるもので、代表的な組織の構造を図3に示す。図1と図3との対比から判るように、図3の組織は、図1の第2層及び第4層の双方が分断され、5つの層が積層された層状構造から単層構造へと変化したものである。ここで、塗装後耐食性を担保するという観点から、本発明に係る被覆層は、図1の第2層及び第4層が単に分断されただけの構造ではなく、図1の第2層及び第4層の分断が進み(さらには体積分率も低下し)、図1の第1層及び第3層に相当するAl濃度が高い海状の領域(以下、「高Al領域」という。)中に、図1の第2層及び第4層に相当するAl濃度が低い島状の領域(以下、「低Al領域」という。)が分散された海島構造を有することが必要である。この高Al領域は、Alの濃度が40質量%超の領域であり、低Al領域は、Al濃度が40質量%以下の領域である。また、高Al領域中の組成としては、45〜55質量%であり、低Al領域中の組成としては、15〜35質量%であることが多い。このような被覆層の組成や結晶構造は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)、走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分析装置(SEM−EDS)、透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いて分析することにより特定することができる。なお、図4に示すように、加熱条件によっては図3に示した合金層と鋼板の界面に層状のα−Fe層を有する場合もある。
【0029】
このような本発明に係る被覆層の組織を得るためには、合金層の構造を律する600℃から最高到達板温より10℃低い温度(例えば、850℃程度)までの温度域において、所定の速度以上で昇温することにより、海状の高Al領域中に、島状の低Al領域が分散された海島構造を有することができる。加熱方式については特に限定しないが、本発明では、例えば50℃/秒以上の昇温速度で急速加熱を行うことが必要であるため、通電加熱や高周波誘導加熱等の電気を用いる加熱方式を使用することが好ましい。本発明者らは、従来のような炉加熱や特許文献4に記載されたような近赤外線を用いた加熱等とは異なり、通電加熱や高周波誘電加熱等では熱が鋼板内部から発生するため、この熱の発生の仕方が影響して上述したような海島構造をとりやすくなるものと推定している。
【0030】
なお、本発明における被覆層の厚みは、例えば、加熱工程後のめっき鋼板の断面の電子顕微鏡写真を画像解析する等の手法により測定することができる。また、被覆層と鋼板(母材)との界面は、例えば、2〜3体積%のナイタールエッチングをすることで容易に判別することができる。
【0031】
(Alめっきについて)
本発明に係るホットプレス部材は、表面にAlめっきが施されたAlめっき鋼板を加熱することにより製造されるが、本発明における鋼板へのAlめっきの方法については特に限定するものでなく、溶融めっき法を初めとして電気めっき法、真空蒸着法、クラッド法等が可能である。現在工業的に最も普及しているのは溶融めっき法であり、通常、めっき浴として、Alに3質量%〜15質量%のSiを含有するものを使用することができ、これに不可避的不純物のFe等が混入している。これ以外の添加元素として、Mn、Cr、Mg、Ti、Zn、Sb、Sn、Cu、Ni、Co、In、Bi、ミッシュメタル等があり得るが、めっき層がAlを主体とする限り、適用可能である。Zn、Mgの添加は赤錆を発生し難くするという意味で有効であるが、蒸気圧の高いこれら元素の過剰な添加はZn、Mgのヒューム発生、表面へのZn、Mg起因の粉体状物質の生成等があり、Zn:60質量%以上、Mg:10質量%以上の添加は好ましくない。
【0032】
また、本発明において、Alめっきのめっき前処理、後処理等については特に限定するものではない。めっき前処理としてNi、Cu、Cr、Feプレめっき等もありうるが、これも適用可能である。また、めっき後処理としては一次防錆、潤滑性を目的としてクロメート処理、樹脂被覆処理等を施してもよい。ただし、クロメート処理については、近年の6価クロム規制を考慮すると、電解クロメート等の3価の処理皮膜が好ましい。その他、無機系のクロメート以外の後処理も適用可能である。潤滑性を付与するため、アルミナ、シリカ、MoS等を用いて予め表面処理することも可能である。
【0033】
本発明において、加熱工程前のAlめっき鋼板は、表層に位置するAlめっき層と、このAlめっき層と鋼板(母材)との界面に存在するFe−Al合金層とを有する。このとき、Alめっき層とFe−Al合金層との界面の平均粗さRaが0.5μm以上3μm以下であることが好ましい。Alめっき層とFe−Al合金層との界面の粗度をこの範囲とすることにより、物理的な合金層の凹凸形状が溶融したAlの移動を阻害することで、加熱工程において、ピンチ効果による溶融しためっきの寄りを防止して、被覆層の厚みが不均一となることを防止することができる。
【0034】
[本発明に係るホットプレス部材の製造方法]
以上、本発明に係るホットプレス部材の構成について詳細に説明したが、続いて、このような構成を有する本発明に係るホットプレス部材の製造方法について詳細に説明する。
【0035】
本発明に係るホットプレス部材は、鋼成分として、上述したように、質量%でC:0.1〜0.4%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.5〜3%、Ti:0.01〜0.1%、B:0.0001〜0.01%を含有し、付着量が60g/m以下となるようにAlめっきが施されたAlめっき鋼板を、600℃から最高到達板温より10℃低い温度までの平均昇温速度が50℃/秒以上となる条件で加熱することにより製造する。付着量を60g/m以下とするのは、上述したように、ピンチ効果によるめっきの寄りを防止するためである。なお、めっき付着量が60g/mとは、平均のめっき厚みで約22μmに相当する。重量換算の付着重量とめっき厚みとは比例関係にあり、本願発明でのめっき厚みとは付着厚みの平均値を言う。
【0036】
鋼組成については上述したので、その説明を省略する。以下、Alめっき鋼板の加熱条件について詳細に説明する。
【0037】
本発明者らは、本発明に係る被覆層(合金層)の構造を主に律するのは、600℃から最高到達板温より10℃低い温度までの温度域における昇温速度(℃/秒)であると考えている。到達板温よりも10℃低い温度としたのは、到達板温近傍では昇温速度が小さくなることから、終点を正確に定めるのが困難なためである。本発明では、この温度域において、50℃/秒以上の昇温速度で急速加熱を行う。このような加熱を行うことにより、上述したような海島構造を有する被覆層の組織を生成することができる。加熱方式については特に限定しないが、本発明では50℃/秒以上の昇温速度で急速加熱を行うことが必要であるため、通常の炉加熱や輻射熱を用いる近赤外線方式の加熱方式ではなく、昇温速度50℃/秒以上の急速加熱を行うことが可能な、通電加熱や高周波誘導加熱等の電気を用いる加熱方式を使用することが好ましい。昇温速度の上限は特に規定しないが、上記の通電加熱や高周波誘導加熱等の加熱方式を使用する場合には、その装置の電源容量、つまりは初期コストに依存するが、通常300℃/秒程度が上限となることが多い。
【0038】
最高到達温度については、熱間プレスの原理より、少なくともオーステナイト領域で加熱する必要がある。850℃以下では十分な焼入れ硬度が得られない可能性があり好ましくない。また、Alめっき層はAl−Fe合金層に変化する必要があり、この意味からも850℃以下は好ましくない。1000℃を超える温度で合金化が進行し過ぎると、Al−Fe合金層中のFe濃度が上昇して塗装後耐食性の低下を招くことがある。これは昇温速度、Alめっき付着量にも依存するため一概には言えないが、経済性を考慮しても1100℃以上の加熱は好ましくない。ホットプレス部材の最高到達板温を900℃以上とすれば、鋼板を確実にオーステナイト域まで変態させるとともに、表面まで十分に合金化を進行させることができる。
【0039】
ホットプレス後の部材は、溶接、化成処理、電着塗装等を経て最終製品となる。通常は、カチオン電着塗装が用いられることが多く、その膜厚は1〜30μm程度である。電着塗装の後に中塗り、上塗り等の塗装が施されることもある。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。
【0041】
(実施例1)
通常の熱延工程及び冷延工程を経た、表1に示すような鋼成分の冷延鋼板(板厚1.2mm)を材料として、溶融Alめっきを行った。溶融Alめっきは無酸化炉−還元炉タイプのラインを使用し、めっき後ガスワイピング法でめっき付着量を調節し、その後冷却した。この際のめっき浴組成としてはAl−9%Si−2%Feであった。浴中のFeは、浴中のめっき機器やストリップから供給される不可避のものである。めっき外観は不めっき等がなく良好であった。この鋼板を大気中で加熱し、約700℃の温度まで大気中で冷却して、その後、厚さ50mmの金型間で圧着することで急冷した。このときの金型間での冷却速度は約150℃/秒であった。Alめっきのめっき付着量と、鋼板の加熱条件を変えて試料を作成して、これらの試料の塗装後耐食性を評価した。なお、加熱速度の影響を見るために加熱方法としては通電加熱、高周波誘導加熱法、近赤外線加熱、電気炉輻射加熱という4種類の方法を使用した。合金層構造を確認するため3%ナイタールエッチング後の断面からの光学顕微鏡組織を観察した。
【0042】
加熱した後の鋼板について、ピンチ効果によるめっきの厚みの不均一性を評価するため加熱前後の板厚変化を測定した。
【0043】
【表1】

【0044】
塗装後耐食性の評価に当たっては、日本パーカライジング(株)製化成処理液PB−SX35Tで化成処理を施し、その後、日本ペイント(株)製カチオン電着塗料パワーニクス110を約20μm厚みで塗装した。その後、カッターで塗膜にクロスカットを入れ、自動車技術会で定めた複合腐食試験(JASO−M609)を180サイクル(60日)行ない、クロスカットからの膨れ幅(片側最大膨れ幅)を測定した。
【0045】
【表2】

【0046】
表2に、加熱条件と組織並びに特性評価結果をまとめた。番号1のように電気炉加熱よりも、番号2、3のように近赤外線を用いた方が塗装後耐食性は改善される傾向があるが、番号4〜7、9のように本発明を用いることで、より塗装後耐食性は改善される。本発明において、めっき厚が大きいとピンチ効果によりめっきの寄りが若干認められた。この意味から付着量は上限30μmとすることが好ましい。また、番号8は昇温速度が速く、かつ到達温度が低いために表面に合金化していないAlが残存した場合である。このときには、残存したAlが優先的に腐食するために塗装後耐食性は大きく低下した。番号9はやや到達温度が高く、単層の底部に2μm程度のα−Fe生成が認められたものである。このときにも特に問題のない特性が得られた。
【0047】
(実施例2)
第3表に示した様々な鋼成分を持つ冷延鋼板(板厚1.2mm)に実施例1と同じ要領で溶融Alめっきを施した。めっき付着量は片面40g/mとした。これらのAlめっき鋼板を、通電加熱により600〜890℃間の昇温速度75℃/秒,到達温度900℃で加熱し、その後金型焼入した。焼入後の硬度(ビッカース硬度、荷重10kg)を測定した結果も第3表に示しているが,鋼中C量が低いと焼入後の硬度が低下するため,C量として0.05質量%以上あることが好ましいことがわかる。
【0048】
【表3】

【0049】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】Alめっき鋼板を加熱合金化した後の断面組織の構造の一般的な例を示す光学顕微鏡写真である。
【図2】Fe−Alの二元系状態図を示す説明図である。
【図3】本発明に係る被覆層の断面組織の構造の一例を示す光学顕微鏡写真である。
【図4】本発明に係る被覆層の断面組織の構造の別の例を示す光学顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に、FeAl、FeAl、FeAl、FeAl及びFeAlSi化合物からなる群より選択される少なくとも2種以上の金属間化合物を含有する被覆層を有し、
前記被覆層は、Al濃度が40質量%超の領域中に、Al濃度が40質量%以下の領域が分散された単層構造であることを特徴とする、ホットプレス部材。
【請求項2】
前記被覆層の厚みは、10μm以上25μm以下であることを特徴とする、請求項1に記載のホットプレス部材。
【請求項3】
前記加熱は、600℃から最高到達板温より10℃低い温度までの平均昇温速度が50℃/秒以上となるような条件で行われることを特徴とする、請求項1または2に記載のホットプレス部材。
【請求項4】
前記最高到達板温は、900℃以上であることを特徴とする、請求項3に記載のホットプレス部材。
【請求項5】
鋼成分として質量%でC:0.1〜0.4%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.5〜3%、Ti:0.01〜0.1%、B:0.0001〜0.01%、Cr:0.01〜1%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、付着量が片面60g/m以下となるようにAlめっきが施されたAlめっき鋼板を、600℃から最高到達板温より10℃低い温度までの平均昇温速度が50℃/秒以上となる条件で加熱することを特徴とする、ホットプレス部材の製造方法。
【請求項6】
前記最高到達板温は、900℃以上であることを特徴とする、請求項5に記載のホットプレス部材の製造方法。
【請求項7】
前記加熱は、通電加熱または誘導加熱により行われることを特徴とする、請求項5または6に記載のホットプレス部材の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−263692(P2009−263692A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−111752(P2008−111752)
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】