説明

ポリアクリロニトリルの製造方法

【課題】
生産性の低下、コストアップを伴うことなく、分子量の揃ったおよび/または平均分子量の高いポリアクリロニトリルを製造する方法を提供する。
【解決手段】
アクリロニトリルが少なくとも85mol%含まれる単量体を、少なくとも2種のラジカル開始剤により重合するポリアクリロニトリルの製造方法であって、各々のラジカル開始剤は、互いにラジカル発生温度が少なくとも5℃異なる、ポリアクリロニトリルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子量の揃ったポリアクリロニトリルおよび/または分子量の高いポリアクリロニトリルを製造する方法に関するものである。さらには、特に炭素繊維の前駆体繊維に適用した場合、糸切れ、毛羽発生が抑制され、安定して炭素繊維が製造できる、ポリアクリロニトリルを、生産性よく簡便に製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル繊維は、優れた機械的性能、耐薬品性、耐光性などを有しており、衣料用繊維、産業用繊維、炭素繊維前駆体繊維などとして、広く用いられている。
【0003】
ポリアクリロニトリルは、ラジカル重合、アニオン重合などにより製造でき、工業的には、重合速度の点で有利なラジカル重合が広く採用されている。しかしながら、ラジカル重合は、一般に重合時の反応を精密に制御することが難しく、得られる重合体の分子量分布も広くなりがちである。分子の末端は繊維中において欠陥となることから、分子量分布を狭く制御し、低分子量成分を減らすことが、得られるポリアクリロニトリル繊維の機械的物性を向上させる上で重要である。また、分子の末端を減らすという意味では、平均分子量を上げる、すなわち高分子量化することも有効であり、これまで、ポリアクリロニトリルにおいて分子量分布を制御する技術や高分子量化する技術がいくつかの提案がなされている。
【0004】
ポリアクリロニトリルの分子量分布を制御する技術としては、例えば、特許文献1には、水系懸濁重合法において、油溶性触媒を適用する技術が開示されている。しかしながら、この技術で達成されている分子量分布の程度は、分子量分布の広がりの指標である重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比、すなわちMw/Mnが3.9であり、格別分子量分布が狭いとは言えないものである。
【0005】
また、特許文献2には、有機溶媒と水の混合溶媒中で重合し、得られる重合体スラリーをただちに冷却し、かつ空気を吹き込む技術が開示されている。本技術では確かに、Mw/Mnが2.0〜2.5と分子量分布が狭い重合体が得られている。しかしながら、その製造方法は、重合を途中で中断することにより、重合終盤での分子量分布の拡大を止めているに過ぎず、重合率が低下するため生産効率が低下することが避けられないものである。
【0006】
さらに、特許文献3には、ラジカルスカベンジャーおよび/または潜在性安定ラジカル源を使用する技術が開示されている。本技術では、確かに、Mw/Mnが1.3〜2.0と非常に分子量分布が狭い重合体が得られており、また、その際の重合率も86〜88%と比較的良好である。しかしながら、ここで用いられているラジカルスカベンジャーや潜在性安定ラジカル源は、非常に高価であり、現実的には工業的に使用することが困難である。
【0007】
上記のように、生産性低下、コストアップを伴うことなく、分子量分布を制御する技術は、いまだ見出されていないのが実状である。
【0008】
一方、ポリアクリロニトリルを高分子量化する技術としては、水系懸濁重合を用いる方法(例えば特許文献4)、重合系中のアクリロニトリル濃度を高めて重合する技術(例えば特許文献5)、添加剤を加えて重合する技術(例えば特許文献6)などが提案されている。これらの従来技術は、重量平均分子量として100万を越えるような非常に高分子量の重合体が得られるものの、その重合率は30〜60%と低く、工業的に実施した場合には、高コストとならざるを得ないのが現状である。本発明者らの検討したところによると、重合率の上昇すなわち重合の進展に伴い、平均分子量の低下が生じ、重合率を高めようとすると、分子量が低下してしまうという問題があった。
【特許文献1】特開昭61−97415号公報
【特許文献2】特開平3−234720号公報
【特許文献3】特開2002−161114号公報
【特許文献4】特開昭59−199809号公報
【特許文献5】特開昭63−182317号公報
【特許文献6】特開平3−210309号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、生産性の低下およびコストアップを伴うことなく、分子量の揃ったおよび/または平均分子量の高い、特に炭素繊維前駆体繊維に好適なポリアクリロニトリルを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するため、本発明のポリアクリロニトリルの製造方法は次の構成を有する。すなわち、アクリロニトリルが少なくとも85mol%含まれる単量体を、少なくとも2種のラジカル開始剤により重合するポリアクリロニトリルの製造方法であって、各々のラジカル開始剤は、互いにラジカル発生温度が少なくとも5℃異なる、ポリアクリロニトリルの製造方法である。
【0011】
また、上記の目的を達成するため、本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法は次の構成を有する。すなわち、前記した製造方法で得られるポリアクリロニトリルを繊維化する炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、生産性低下とコストアップを伴うことなく、分子量の揃ったおよび/または平均分子量の高いポリアクリロニトリルを製造することができる。また、それにより、炭素繊維となす際の工程通過性に優れた炭素繊維前駆体繊維を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明をより詳細に説明する。本発明者らは、従来のラジカル重合では、残存モノマー濃度と発生ラジカル濃度の比が、重合反応の進展に伴い大きく変化することに着目し、鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達したものである。すなわち、ラジカル発生温度が異なるラジカル開始剤を少なくとも2種類用いれば、重合の初期から終盤にかけて、かかる残存モノマー濃度と発生ラジカル濃度の比を一定に制御でき、それにより各時点において発生する重合体の分子量を一定に制御することにより、最終的に分子量の揃ったポリアクリロニトリルを得ることができるのである。一般に、分子量が揃っている度合いを表す指標として、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比、すなわちMw/Mnを用いることができる。該Mw/Mnが1に近づくほど、分子量が揃っていることを示す。本発明の製造方法によれば、Mw/Mnが3を下回る分子量の揃ったポリアクリロニトリルを、重合率を低下させることなく、また高価な化合物を適用することなく、容易に製造することができるのである。 また、平均分子量を高くしようとする場合、従来重合方法では重合の進展に伴い、重合の初期から終盤にかけて残存モノマー濃度と発生ラジカル濃度の比が変化し、重合の後半ほど低分子量の重合体が生成し、結果として平均分子量が低下するという問題があった。本発明のポリアクリロニトリルの製造方法では、上記したように、重合の初期から終盤にかけて残存モノマー濃度と発生ラジカル濃度の比を一定に制御できることにより、重合率を高めても高分子量の重合体を得ることができるのである。
本発明では、アクリロニトリルが少なくとも85mol%含まれる単量体を、少なくとも2種のラジカル開始剤により重合する。単量体としては、アクリロニトリルの他に、アクリロニトリルと共重合可能な単量体を含んでもよい。特に、炭素繊維前駆体繊維に適用する場合には、耐炎化反応を、速やかに進める目的から、耐炎化促進作用を有する単量体を少なくとも0.1mol%以上含ませるのが好ましい。耐炎化促進作用を有する単量体としては、カルボキシル基またはアミド基を一つ以上有するものが好ましく例示され、その具体例としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸、アクリルアミドおよびメタクリルアミドなどが挙げられる。得られるポリアクリロニトリルの耐熱性を維持するには、耐炎化促進効果の高い単量体を少量用いることが好ましく、アミド基よりもカルボキシル基を有する単量体を用いることが好ましい。また、含有されるアミド基とカルボキシル基の数は、1つよりも2つ以上であることがより好ましく、その観点からは、耐炎化促進作用を有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸およびメサコン酸が好ましく、イタコン酸、マレイン酸およびメサコン酸がより好ましく、中でも、イタコン酸が最も好ましい。また、本発明では、前記した耐炎化促進作用を有する単量体以外にも、得られるポリアクリロニトリルの製糸性を向上させる目的から、アクリレートやメタクリレートなどの単量体を共重合してもよい。
本発明においてアクリロニトリルを重合するための重合方法は、単量体中にラジカル開始剤を混合した状態で重合する塊状重合、溶液中に単量体およびラジカル開始剤を均一に溶解して重合する溶液重合、水溶液中に単量体を分散させ、そこにラジカル開始剤を加えた状態で重合する水系懸濁重合など、アクリロニトリルをラジカル開始剤で重合する重合方法であれば、いずれの方法でもよい。塊状重合および水系懸濁重合は、重合後、紡糸する際に、洗浄、乾燥、再溶解などの操作が必要になることから、生産性という観点からは、かかる操作が不要な溶液重合を用いるのが、より好ましい。
溶液重合を用いる場合の溶液は、アクリロニトリルおよびポリアクリロニトリルを溶解できる溶媒であれば、どのような溶媒でもよい。具体的には、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、塩化亜鉛水溶液、チオシアン酸ナトリウム水溶液などが好ましく例示できる。中でも、溶解性の観点からジメチルスルホキシドがより好ましい。溶液中の単量体濃度は、高いほど生産性が高くなり好ましいが、重合時の発熱速度が高くなったり、得られる重合体粘度が高くなりすぎるため、5〜40重量%が好ましく、10〜30重量%がより好ましい。
本発明において、単量体およびラジカル開始剤の他に、分子量を調節する目的で、連鎖移動剤を加えて重合を行ってもよい。
【0014】
本発明では、少なくとも2種のラジカル開始剤を用いるとともに、各々のラジカル開始剤が、互いにラジカル発生温度が少なくとも5℃、好ましくは少なくとも10℃異なることが必須である。本発明において、ラジカル開始剤のラジカル発生温度とは、ラジカル開始剤の10時間半減期温度のことをいう。用いるラジカル開始剤の各々のラジカル発生温度の差異が小さすぎると、本発明の効果が得られない。一方、該温度の差異は、それが大きくなり過ぎると、重合中の残存モノマー濃度と発生ラジカル濃度の比を一定に制御するという、本発明の目的を達成しにくくなるため、50℃以下、好ましくは40℃以下であるのが良い。
【0015】
本発明において、使用するラジカル開始剤の種類は、少なくとも2種類が必須であり、より好ましくは少なくとも3種類、さらに好ましくは少なくとも4種類である。ラジカル発生温度の異なるラジカル開始剤の種類が多いほど、より精密な制御が可能となるが、重合作業や重合設備が煩雑となることがあるため、その上限は10種類が好ましく、両者のバランスを勘案し決定するのがよい。
【0016】
ラジカル開始剤としては、アゾ系化合物、過酸化物などのラジカル開始剤であって、安全面からの取り扱い性および工業的に効率よく重合を行うという観点から、ラジカル発生温度が30〜150℃、好ましくは、40〜100℃の範囲のものを用いるのが望ましい。ラジカル開始剤の具体例としては、2,2'-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)(ラジカル発生温度30℃)、2,2'-アゾビス (2,4-ジメチルバレロニトリル) (ラジカル発生温度51℃)、2,2'-アゾビスイソブチロニトリル(ラジカル発生温度65℃)、ジメチル2,2'-アゾビス(2-メチルプロピオネート) (ラジカル発生温度66℃)、2,2'-アゾビス(2-メチルブチロ二トリル) (ラジカル発生温度67℃)、1,1'-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル) (ラジカル発生温度88℃)、2,2'-アゾビス[N-(2-プロペニル)-2-メチルプロピオンアミド] (ラジカル発生温度96℃)、[(シアノ-1-メチルエチル)アゾ]ホルムアミド(ラジカル発生温度104℃)、2,2'-アゾビス(N-ブチル-2-メチルプロピオンアミド) (ラジカル発生温度110℃)、2,2'-アゾビス(N-シクロヘキシル-2-メチルプロピオンアミド) (ラジカル発生温度111℃)などの油溶性アゾ系化合物、2,2'-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロライド(ラジカル発生温度44℃)、2,2'-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジサルフェートジハイドレート(ラジカル発生温度46℃)、2,2'-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)ジハイドロクロライド(ラジカル発生温度56℃)、2,2'-アゾビス[N-(2-カルボキシエチル)-2-メチルプロピオンアミジン]ハイドレート(ラジカル発生温度57℃)、2,2'-アゾビス{2-[1-(2-ヒドロキエチル)-2-イミダゾリン-2-イル]プロパン}ジハイドロクロライド(ラジカル発生温度60℃)、2,2'-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン] (ラジカル発生温度61℃)、2,2'-アゾビス(1-イミノ-1-ピロリジノ-2-エチルプロパン)ジハイドロクロライド(ラジカル発生温度67℃)、アゾビスシアノ吉草酸(ラジカル発生温度68℃)、2,2'-アゾビス{2-メチル-N-[1,1-ビス(ヒドロキシメチル)-2-ヒドロキシエチル]プロピオンアミド}(ラジカル発生温度80℃)、2,2'-アゾビス[2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミド] (ラジカル発生温度87℃)などの水溶性アゾ系化合物、ジイソブチリルパーオキサイド(ラジカル発生温度33℃)、ジ−n−プロピルパーオキシジカーボネート(ラジカル発生温度40℃)、t-ブチルパーオキシネオデカノエート(ラジカル発生温度46℃)、t-ブチルパーオキシピバレート(ラジカル発生温度55℃)、ジラウロイルパーオキサイド(ラジカル発生温度62℃)、2,5-ジメチル-2,5-ジ(エチルヘキサノイルパーオキシ)ヘキサン(ラジカル発生温度66℃)、ジ(4-メチルベンゾイル)パーオキサイド(ラジカル発生温度71℃)、ジベンゾイルパーオキサイド(ラジカル発生温度74℃)、1,1-ジ(t-ブチルパーオキシ)-2-メチルシクロヘキサン(ラジカル発生温度83℃)、1,1-ジ(t-ブチルパーオキシ)シクロヘキサン(ラジカル発生温度91℃)、t-ブチルパーオキシマレイン酸(ラジカル発生温度96℃)、t-ヘキシルパーオキシベンゾネート(ラジカル発生温度99℃)などの過酸化物が好ましく例示できる。中でも、分解時に重合を阻害する酸素発生の懸念がないアゾ系化合物が好ましく用いられ、溶液重合で重合する場合には、溶解性の観点から油溶性アゾ化合物が好ましく用いられる。また、過酸化物を用いる場合、還元剤を共存させラジカル発生を促進させてもよい。
【0017】
ラジカル開始剤の総量は、所望するポリアクリロニトリルの平均分子量に合わせて設定することができる。単量体の量に対して、ラジカル開始剤の総量を多くするほど、得られるポリアクリロニトリルの平均分子量は小さくなる。
【0018】
本発明では、温調した重合槽に原料を連続的に供給し重合する連続重合、予め重合槽に原料を装填した後、加熱し一定時間熱処理し重合する、バッチ重合のいずれを用いてもよい。単量体とラジカル開始剤の濃度が均一となり重合反応を制御しやすいことから、バッチ重合を用いるのがより好ましい。
【0019】
重合時の加熱は、使用するラジカル開始剤の中で、最も低いラジカル発生温度以下から昇温し、一定の温度で保持することにより行うことができる。昇温および保持を複数回繰り返し、保持温度を上げながら多段で熱処理すると、ラジカル開始剤濃度が低下してくる重合後期の重合速度を高められ生産効率の点では好ましいが、分子量の揃ったポリアクリロニトリルを得る目的からは、一回の昇温の後、単一の温度で保持し、重合を完了させることがより好ましい。昇温過程においては、ラジカル開始剤のラジカル発生が不均一となりやすく、その際に生成する重合体の分子量も不均一となりやすいため、昇温過程を最低限に抑えることが好ましい。
【0020】
本発明において、ラジカル開始剤のラジカル発生が不均一となる昇温過程を、できるだけ短時間とするには、重合時の昇温速度をできるだけ大きくする方が好ましいが、あまりに大きすぎると暴走反応が生じやすくなることがあるため、かかる昇温速度は、5〜50℃/時間、好ましくは10〜45℃/時間、より好ましくは20〜40℃/時間の範囲で設定するのがよい。
【0021】
また、本発明において、重合時の保持温度は、高いほど重合反応が促進され生産効率が向上し好ましいが、重合時の発熱速度が大きくなり暴走反応を生じやすくなるため、両者を勘案し、また使用するラジカル開始剤のラジカル発生温度に応じて設定するのがよい。通常、30〜100℃の範囲で設定するのが好ましい。
【0022】
本発明において、重合時の熱処理時間は、重合率が少なくとも80%に達するまで行うことが好ましい。重合率が低いと、生産効率が低下するのはもちろんのこと、未反応単量体を除去する過程での負荷が大きくなる。ここで、重合率とは、重合開始前の全単量体量をM0、重合開始後、任意の時間における重合体生成量をMとすると、次式で定義される。
【0023】
重合率(%)=M/M0×100
本発明により、このようにして得られたポリアクリロニトリルは、繊維、フィルムなどに成型され、衣料用途、産業用途に用いることができる。繊維に成形し用いた場合には、引張強度などの機械的物性、耐熱性などの向上が期待できる。
【0024】
特に本発明で得たポリアクリロニトリルを、繊維化して製造される炭素繊維前駆体繊維は、耐熱性が低く欠陥となりやすい極端な低分子量部分や、ゲル化や過多な絡み合いにより欠陥となりやすい極端な高分子量成分の割合が低く、製糸工程のみならず焼成工程における延伸性を向上させることができる。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法は、前記した方法により製造されるポリアクリロニトリルを、繊維化することにより製造することができる。繊維化の方法は、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法、溶融紡糸法など、繊維化できる方法であればいずれでもよいが、引張強度に優れた炭素繊維を得るためには、緻密な前駆体繊維とすることが重要であり、その観点からは、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法を採用するのがより好ましい。
以下、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法を適用する場合を例にとり、本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法について説明する。
まず、前記したポリアクリロニトリルを、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどのポリアクリロニトリルが可溶な溶媒に溶解し、紡糸原液とする。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、得られたポリアクリロニトリルを分離し紡糸溶媒に再溶解する工程が不要となる。紡糸原液中の該ポリアクリロニトリルの濃度は、原液安定性の観点から、5〜30重量%であることが好ましい。
【0025】
本発明では、高強度な炭素繊維を得るため、かかる紡糸原液を紡糸する前に目開き1μm以下のフィルターに通し、ポリアクリロニトリル原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。
【0026】
紡糸原液を、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により口金から紡出し、凝固浴に導入して繊維を凝固せしめる。得られる炭素繊維前駆体繊維の緻密性を高め、また得られる炭素繊維の力学物性を高める目的からは、乾湿式紡糸法を用いることが、より好ましい。
【0027】
本発明において、前記凝固浴には、紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリルを溶解せず、かつ紡糸原液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。
【0028】
凝固浴中に紡糸した繊維糸条を導入して凝固せしめた後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程、乾燥熱処理工程およびスチーム延伸工程を経て、炭素繊維前駆体繊維が得られる。
【0029】
ただし、凝固浴処理後の糸条は、水洗工程を省略して直接浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。かかる浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことが好ましい。延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、より好ましくは2〜4倍である。
【0030】
浴中延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることができる。
【0031】
前記した水洗工程、浴中延伸工程および油剤付与工程の後、乾燥熱処理およびスチーム延伸を行うことにより、炭素繊維前駆体繊維が得られる。
【0032】
本発明において、乾燥熱処理は、160〜200℃の温度で行うことが好ましい。乾燥熱処理は、糸条を加熱されたローラーに直接接触させても、加熱された雰囲気を走行させ非接触で乾燥させてもよいが、乾燥効率という観点からは、加熱されたローラーに直接接触させることが好ましい。
【0033】
また、本発明において、スチーム延伸は、加圧スチーム中において、少なくとも3倍以上、より好ましくは4倍以上、さらに好ましくは5倍以上延伸することが好ましい。前記した水洗工程、浴中延伸工程とスチーム延伸工程を含めたトータルの延伸倍率は、11〜15倍以上であることが好ましい。トータルの延伸倍率は、より好ましくは12〜14.5倍であり、さらに好ましくは13〜14倍である。
【0034】
このようにして得られる炭素繊維前駆体繊維は、製糸工程ならびに焼成工程の延伸性に優れるため、両工程における糸切れや毛羽発生が生じにくく、また、高い延伸比を設定できるため、引張強度、引張弾性率に優れた炭素繊維を、生産性、品位を損なうことなく、製造することができる。
【実施例】
【0035】
次に、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、本発明で用いる特性は、具体的に次のようにして測定することができる。
【0036】
<重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mn>
測定しようとするポリマーをその濃度が0.1重量%となるように、ジメチルホルムアミド(0.01N−塩化リチウム添加)に溶解し、検体溶液を得る。得られた検体溶液について、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(以下、単にGPCという)装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線より、分子量分布曲線を求め、Mn,Mwを算出する。
【0037】
カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
流速 :1ml/min
温度 :40℃
試料濾過 :メンブレンフィルター(0.5μmカット)
注入量 : 0.1ml
検出器 :示差屈折率検出器
なお、MwおよびMnは、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも3種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成し、該検量線上において、該当する溶出時間に対応する分子量を読み取ることにより求める。
【0038】
なお、本実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC10を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)を、ジメチルホルムアミドおよび塩化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.5μ−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000、1300000のものを、それぞれ用いた。
【0039】
[実施例1]
アクリロニトリル100重量部(単量体中のアクリロニトリル濃度99mol%)、イタコン酸2.5重量部、ラジカル開始剤として、ラジカル発生温度が51℃である2,2'-アゾビス (2,4-ジメチルバレロニトリル)(以下ADVNと表す)を0.2重量部およびラジカル発生温度が65℃である2,2’-アゾビスイソブチルニトリル(以下AIBNと表す)0.4重量部、連鎖移動剤として、オクチルメルカプタン0.1重量部を、ジメチルスルホキシド380重量部に均一に溶解し、還流管、攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を窒素置換した後、下記の条件の熱処理を撹拌しながら行い、重合体溶液を得た。
(1)室温から60℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)60℃で4時間保持
(3)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)80℃で6時間保持
得られた重合体溶液を約10g取り、水に注いでポリマーを沈殿させ、それを95℃の温水で2時間洗浄後、70℃で4時間乾燥して、乾燥ポリマーを得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。
得られたポリアクリロニトリルの重合体溶液を、重合体濃度が17重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸原液を作製した。得られた紡糸原液を、目開き0.5μmのフィルター通過後、45℃の温度で、単孔の直径0.15mm、孔数4,000の紡糸口金を用い、一旦空気中に吐出し、約3mmの空間を通過させた後、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。この凝固糸条を、常法により水洗した後、温水中で3.0倍に延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与した。この浴中延伸糸を、170℃の温度に加熱したローラーを用いて乾燥熱処理を行い、次に150〜190℃の温度の加圧スチーム中で、4.7倍延伸し、トータル延伸倍率14倍、単繊維繊度0.7dtex、フィラメント数4,000の炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は良好であった。
[実施例2]
重合時の熱処理を、下記の条件に変更した以外は、実施例1と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は良好であった。
(1)室温から70℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)70℃で10時間保持
[実施例3]
ラジカル開始剤を、ADVN0.1重量部、AIBN0.2重量部、ラジカル発生温度が88℃である1,1'-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル)0.3重量部(以下ACCNと表す)に変更した以外は実施例2と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は良好であった。
【0040】
[実施例4]
重合時の熱処理を、下記の条件に変更した以外は、実施例3と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は良好であった。
(1)室温から70℃へ昇温(昇温速度40℃/時間)
(2)70℃で10時間保持
[比較例1]
ラジカル開始剤を、AIBN0.6重量部に変更した以外は、実施例1と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維は、毛羽の発生が認められ、良好な品位とは言えないものであった。
【0041】
上記した実施例および比較例により、ラジカル発生温度が異なる複数のラジカル開始剤を使用することで、得られるポリアクリロニトリルの分子量分布が狭くなることがわかる。また、その効果は、ラジカル開始剤が2種類よりも3種類、保持温度が2種類よりも単一、また昇温速度が高いほど、高まることがわかる。
【0042】
[実施例5]
ラジカル開始剤を、ADVN0.05重量部、AIBN0.05重量部、ACCN0.05重量部に変更した以外は、実施例3と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は良好であった。
【0043】
[実施例6]
ラジカル開始剤を、ADVN0.03重量部、AIBN0.03重量部、ACCN0.03重量部に変更し、紡糸原液中のポリアクリロニトリル重合体濃度を12重量%とした以外は、実施例3と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は良好であった。
【0044】
[比較例2]
ラジカル開始剤を、AIBN0.15重量部に変更した以外は、実施例3と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維は、毛羽の発生が認められ、良好な品位とは言えないものであった。
【0045】
[比較例3]
ラジカル開始剤を、AIBN0.09重量部に変更した以外は、実施例3と同様にして乾燥ポリマーおよび炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた乾燥ポリマーについて重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを測定した結果を表1に示す。また、得られた炭素繊維前駆体繊維は、毛羽の発生が認められ、良好な品位とは言えないものであった。
【0046】
【表1】

【0047】
ここで、熱処理A、熱処理Bおよび熱処理Cは、次のような処理を意味する。
熱処理A
(1)室温から60℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)60℃で4時間保持
(3)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)80℃で6時間保持
熱処理B
(1)室温から70℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)70℃で10時間保持
熱処理C
(1)室温から70℃へ昇温(昇温速度40℃/時間)
(2)70℃で10時間保持
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明のポリアクリロニトリルの製造方法により、分子量の揃ったおよび/または平均分子量の高いポリアクリロニトリルを、生産性の低下、コストアップを伴うことなく、製造することができる。本発明により、得られる分子量の揃ったポリアクリロニトリルは、繊維、フィルムなどに成型され、衣料用途、産業用途に用いることができる。繊維に成形し用いた場合には、引張強度などの機械的物性、耐熱性などの向上が期待できる。また、特に炭素繊維前駆体繊維として用いた場合には、製糸工程のみならず焼成工程における延伸性の向上が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリルが少なくとも85mol%含まれる単量体を、少なくとも2種のラジカル開始剤により重合するポリアクリロニトリルの製造方法であって、各々のラジカル開始剤は、互いにラジカル発生温度が少なくとも5℃異なる、ポリアクリロニトリルの製造方法。
【請求項2】
使用するラジカル開始剤の最も低いラジカル発生温度以下から昇温し、単一の一定温度で保持する請求項1に記載のポリアクリロニトリルの製造方法。
【請求項3】
昇温に際する昇温速度が5〜50℃/時間である、請求項1または2に記載のポリアクリロニトリルの製造方法。
【請求項4】
重合が溶液重合である請求項1〜3のいずれかに記載のポリアクリロニトリルの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法で得られるポリアクリロニトリルを繊維化する炭素繊維前駆体繊維の製造方法。

【公開番号】特開2007−197672(P2007−197672A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−327874(P2006−327874)
【出願日】平成18年12月5日(2006.12.5)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】