説明

ポリ乳酸繊維の捺染加工方法

【課題】 色再現性の向上、および耐光堅牢度、洗濯堅牢度、酸性・アルカリ汗堅牢度の向上を図るポリ乳酸繊維の捺染加工方法を提供する。
【解決手段】 本発明のポリ乳酸繊維の捺染加工方法は、ポリ乳酸繊維を、アクリルポリマーと紫外線カット剤と天然糊剤、および分散染料を調整・混合した色糊で印捺する印捺工程1と、印捺されたポリ乳酸繊維を、温度約110℃、湿度75%の高温多湿の環境下で処理時間は15分蒸熱(HT)処理する蒸熱(HT)処理工程2と、色糊を水洗して脱糊する水洗工程3と、水洗後ポリ乳酸繊維の調整を行う風合調整工程4と、風合い調整を施したポリ乳酸繊維を乾熱処理する仕上げ加工工程5を少なくとも備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリ乳酸繊維に対する捺染加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維などの石油系の合成繊維および布帛は染色する際に、堅牢な染色・プリント(捺染)が可能であり、また、石油系合成繊維は溶解して再繊維化して使用するリサイクルに適していた。
しかし、リサイクルのための溶解に際し、石油系の合成繊維は溶解温度が高いため、使用エネルギー量を多く必要とした。さらに、発色性の向上、堅牢な染色性を得るためにはハロゲンが使用されているため、焼却による排気処理時においては、ダイオキシンが発生して環境汚染に繋がる不都合があった。
また、石油資源は有限であり、合成繊維の多用は自然資源の枯渇に拍車を掛ける結果となっている。
【0003】
これに対し、ポリ乳酸繊維は二酸化炭素を吸収し光合成を繰り返して成長するトウモロコシに代表される植物を原料としているので、貴重な石油資源の節約になるとともに、二酸化炭素の増加を抑制する。さらに、ポリ乳酸は土壌に埋めると生分解して土に還る自然循環型の素材であって、ポリ乳酸より分離排出される乳酸は抗菌性を有し、きわめて安全性の高いポリマーである。ポリ乳酸を繊維化したポリ乳酸繊維は、脂肪族ポリエステル繊維に分類され、合成繊維としての特性を有していながら光沢性・生分解性をもった自然環境に優しい繊維として注目を集めている。さらに、ポリ乳酸の分解性は性分解性プラスチックの中でもっとも遅い部類に属しており、通常の保管条件ではほとんど分解しないため、衣料やタオルなどの生活資材に適している。
【0004】
ここで、ポリ乳酸繊維と石油系合成繊維であるポリエステル、ナイロンの繊維物性を下記の表1に示す。
【表1】

【0005】
上記の繊維の物性でも示されているように、ポリ乳酸繊維は融解温度が比較的低いため、染色・プリント(捺染)条件が限られ、堅牢度、発色性を高めることが困難であった。
また、ポリ乳酸繊維は染料分子が入り易い結晶構造を有しているが、その反面、一端入った染料分子は出易い構造でもあるため、湿潤状態における染色堅牢度が低く、特に中濃度領域以上の濃度領域における色再現が低い傾向がある。ポリエステルの捺染に用いる分散染料を、ポリ乳酸繊維に使用した開発中でのテストにおいて、前記の傾向が確認された。
上記のことから、分散染料で染色したポリ乳酸繊維をインナーウエアやアウターウエアとして着用するとき、発汗や雨により他の衣料を汚染したり、洗濯時に色落ちする危惧がある。
【0006】
そこで、ポリ乳酸繊維の染色堅牢度を向上させる染色方法が下記の特許文献1に提案されている。この文献に記載されている染色法は分散染料を用いているが、使用されているハロゲンが燃焼時にダイオキシンを発生させて環境汚染を引き起こす危惧がある。
また、特許文献2にはポリ乳酸繊維と天然繊維などで形成された布帛の染色すべき部位に所望の色模様デザインを印刷した昇華染料転写材を密着させ、熱転写させる転写捺染方法が提案されている。
【0007】
【特許文献1】特開2003−49374号公報
【特許文献2】特開2004−218170号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は環境に優しいポリ乳酸繊維の色再現性の向上、および耐光堅牢度、洗濯堅牢度、酸性・アルカリ汗堅牢度の向上を図る捺染加工方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のポリ乳酸繊維の捺染加工方法は、ポリ乳酸繊維を、少なくとも、アクリルポリマーと紫外線カット剤と天然糊剤、および分散染料を調整・混合した色糊で印捺する印捺工程と、印捺されたポリ乳酸繊維を、温度約110℃、湿度75%の高温多湿の環境下で処理時間は15分蒸熱(HT)処理する蒸熱(HT)処理工程と、色糊を水洗して脱糊する水洗工程と、水洗後ポリ乳酸繊維の調整を行う風合調整工程と、風合い調整を施したポリ乳酸繊維を乾熱処理する仕上げ加工工程、を少なくとも備えていることを基本構成としている。
【0010】
さらに、水洗工程において、冷水にて脱糊した後、還元洗浄を約20分間行なうこと、また、風合い調整工程において、水洗後のポリ乳酸繊維をアミノ酸水溶液内に浸漬させて保湿性、表面の潤滑性を付与すること、仕上げ加工工程において、温度約110℃〜120℃、処理時間30秒〜50秒間の乾熱処理を施すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の捺染加工方法は、簡単な工程によりポリ乳酸繊維の耐光・洗濯堅牢度、および酸性・アルカリ汗堅牢度の向上、および発色性の向上を達成する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための最良の形態を図面を参照して詳細に説明する。
図1は本発明におけるポリ乳酸繊維へのプリント(捺染)工程を示している。
【0013】
本発明の捺染加工工程における捺染繊維としては、ポリ乳酸繊維を単独で用いても良いし、ポリ乳酸繊維に他の繊維を混用しても良い。また、形態としては綿・糸の形態、あるいは織物、編み物、不織布などの布帛形状の形態のいずれにも用いることができる。
ポリ乳酸繊維と混用する他の繊維としては、綿、絹、麻、獣毛等の天然繊維、ビスコースレーヨン、ポリノジック、キュプラなどの再生セルロース系繊維、リヨセルなどの溶剤紡糸セルロース繊維などを挙げることができる。
【0014】
印捺工程1
ポリ乳酸繊維を分散染料とUV(紫外線)カット剤およびPH調整のいらない弱酸性の合成糊料で調整した色糊にて捺染する。
糊剤、染料を調整・混合した色糊によりスクリーン紗型、スケージを用いてプリントする。
糊剤は、アクリルポリマーと天然糊剤(アルギン)との混合物45gを、イオン水に溶解して1000gとして処方した。アクリルポリマーと天然糊剤の混合糊は後の工程において、水洗により効果的に脱糊できる。
使用する染料は、分散染料(ノンハロゲン)とした。染料は耐光堅牢度、洗濯堅牢度の向上に寄与する分散染料、特に染料メーカーが推奨するポリ乳酸繊維に適している染料を使用することが好ましい。
また、ポリ乳酸繊維は透明度が高く時間経過とともに光の透過による色褪せがでるが、紫外線カット剤を用いることにより、耐光堅牢度を向上させることができる。
色糊の調整は、処方された糊剤1000gに分散染料を直接振り込み、高速で撹拌して色糊を作る。このとき、糊剤のpH値は約6であり、酢酸などによるpH調整は行なわない。
捺染したポリ乳酸繊維は捺染台の熱・風により乾燥させる。
【0015】
蒸熱(HT)工程2
所定の環境下に置いて染料を固着させる。
固着させる環境としては高圧蒸熱(HP)、高温蒸熱(HT)、乾熱(サームゾル)などがあるが、本発明においては、高温蒸熱(HT)環境にて固着させた。
湿度75%、温度110℃の環境下で、15分間スチーミングを行なう。
スチーミング後のポリ乳酸繊維は高温多湿を嫌うため、除湿冷却により、湿度を抑えた上がりを保持する。この場合、圧力はかけない。
【0016】
水洗工程3
印捺した色糊を脱糊する。スチーミング後、24時間以内に冷水にて脱糊する。脱糊は、冷水をオーバーフローさせた水槽中に浸漬する。水をオーバーフローしながら十分に脱糊させた後に、還元洗浄を行なう。還元洗浄水の温度は60℃、時間は20分間とする。
還元洗浄において、使用する洗浄剤としては、
ハイドロサルファイト 2g/L
アルカリ(重曹) 1g/L
分散染料用ソーピング剤 1g/L
このように、洗浄液のアルカリ使用量は非常に少量となっている。
その後十分に冷水にて洗浄剤を洗い落とす。
【0017】
風合調整工程4
水洗後の調整をおこなう。
アミノ酸水溶液の中にポリ乳酸繊維を浸漬(パリング)させる。これはポリ乳酸繊維に染着した分散染料のうちの繊維から離脱しやすい分散染料の繊維表面への移行を防止する。そして、帯電防止性能(保湿性)と表面の滑り(潤滑性)効果を付与する。その後、100℃のシリンダー中を通過させて乾燥する。
【0018】
仕上げ加工工程5
風合い調整加工などを施し乾燥させた後に、110℃〜120℃の温度で30秒〜50秒間乾熱処理をする。例えば、テンターにてシワなどの回復、セットをする。短時間の乾熱処理は温度管理と時間管理が重要である。乾熱処理温度が110℃を超えると、繊維が徐々に脆化して風合いが悪化する傾向にあり、120℃を上限とし、処理時間を短くしている。例えば、処理温度120℃の場合は、処理時間を30秒とし、処理温度110℃の場合は、処理時間を50秒する。
この短時間の乾熱処理と風合調整工程におけるシリコン系柔軟剤に代わるアミノ酸の使用は、ポリ乳酸繊維に染着した分散染料の離脱の防止に寄与する。
【0019】
そのほか、布帛を捺染する場合は、丸巻き仕上げ工程6(捺染した布帛を丸巻きする工程)を要する。
これは機械的に振り落としたものを丸巻きとする。
【0020】
このようにして捺染加工されたポリ乳酸繊維は、仕上げ加工工程において、110℃、50秒の処理条件では、中濃度領域以上の濃度領域の着色性が良好で、色にじみもなく、固着率が高い。また、湿潤時及び乾燥時における洗濯堅牢度は高くなった。また、120℃、30秒の処理条件では、中濃度領域からの発色性が特に良好となった。
【0021】
以上説明したように、本発明の融解温度が低いポリ乳酸繊維の捺染加工方法は、蒸熱(HT)処理工程においては、蒸熱(HT)温度約110℃とし、蒸熱(HT)工程の時間は通常の反応染時の蒸熱(HT)時間に比べ5分ほど長く約15分とすることにより、確実な色の固着が実行される。また、色糊は酢酸などの調整剤によるpH調整をすることなく、終始pH6の状態、弱酸性を維持して発色される。それに伴って、弱酸性の色糊の洗浄時に使用するアルカリの使用量も低レベルに抑えることができるので、洗浄廃液を下水に流すことが可能となる。
【0022】
さらに仕上げ工程において、通常は3分〜8分程度の巾出しのための作業が必要であるが、本発明のポリ乳酸繊維の捺染加工方法では、仕上げ加工工程に要する乾熱処理時間が30秒〜50秒程度の加熱処理ですみ、捺染に要する時間を短縮化することが可能となる。また、捺染工程のシンプル化により、光熱費などの削減が果たせる。
ポリ乳酸繊維は土に埋めるとバクテリアの作用により、生分解が始まり、土に還える。そのとき、ポリ乳酸は乳酸が出て抗菌性を発揮する。また、ポリ乳酸繊維自体はダイオキシンの発生が少なく、かつ染料は焼却時のダイオキシンの発生がないノンハロゲンの分散染料を使用しているので、染色したポリ乳酸繊維物の焼却時のダイオキシンの発生の危惧が無い低カロリーでの焼却が可能となる。
このように、染色を施したポリ乳酸繊維は廃棄処分において、環境汚染の心配がない。
なお、この実施の形態では染料を分散染料としているが、反応染料を用いた場合、ここで使用している元糊は、反応染でのオーバープリント(捺染)用としても共用できる。
【実施例】
【0023】
次に分散染料の捺染法を用いて、下記の糊剤(元糊)・染料による染色の実験を実行した。なお、固着には高圧蒸熱(HT)・高温蒸熱(HT)・乾熱などがあるが、この実施例では高温蒸熱(HT)でおこなった。
○ 糊剤(元糊)
アルギン酸主体の元糊と一般的な分散染料捺染に適用されるCMC・ガム系・加工澱粉糊剤とで発色濃度を比較した。
○ 分散染料
発色性・ブリード性・汚染性などの適正を考慮して、三原色とNavy・Blackの染料を選択した。
○ 併用補助剤
染料の促染剤・濃染剤
pH調整剤
還元防止剤
○ 高温蒸熱(HT)法による固着
ポリ乳酸繊維の特性である融点の低さから、170℃、2〜5分のスチーミングは繊維の耐熱安定性に大きなリスクが生じた。
そこで、蒸熱(HT)温度110℃〜130℃とし、蒸熱(HT)時間を変えて捺染試験を行なった。
【0024】
(1) 糊剤(元糊)についての結果
アルギン酸元糊での発色性は低い。CMC・ガム系・加工澱粉糊剤などの単品、混合品での発色性はやや向上し、酸調整に問題はなかった。
(2) 分散染料について
上記の条件では鮮明さに欠け、ややブリードするものがあった。さらに、染色された布帛は耐光堅牢度、摩擦堅牢度が低かった。さらに、蒸熱(HT)における温度を低く設定したため、発色濃度が著しく低くなった。発色濃度を補足するため、促染剤(尿素・界面活性剤)を使用してみたが、摺れ汚れやブリードが生じた。濃染剤を試したが蒸熱(HT)温度が低いため、大きな効果は無かった。
(3) 併用補助剤についての結果
期待する効果は生じなかった。
(4) 高温蒸熱(HT)法による固着性
蒸熱(HT)温度130℃、蒸熱(HT)時間30分で処理した場合は、風合いが悪く、布帛の収縮がおきた。
蒸熱(HT)度110℃でも同様な結果であった。そこで、蒸熱(HT)時間を短縮して15分で行なったところ、風合い、収縮ともに改善され、染料の固着が向上した。
【0025】
以上の試験から、ポリ乳酸繊維に対する捺染方法は分散染料を用いた場合、蒸熱(HT)温度110℃、蒸熱(HT)時間15分以内で蒸熱(HT)固着をしたとき、染色性・色相・堅牢度が向上することがわかった。また、アルギン酸と合成糊剤との調整糊は脱糊しやすく、発色性の向上が見られた。
【0026】
なお、この実施例においては、スクリーン紗型を用いた手捺染法を説明したが、インクジェット、ロータリー、オートプリントなどの機械捺染の手法を用いたとしても蒸熱(HT)温度を110℃、蒸熱(HT)時間を15分とすることにより、同様の染色性・色相・堅牢度の向上がみられる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】捺染加工工程説明図
【符号の説明】
【0028】
1 印捺工程
2 蒸熱(HT)処理工程
3 水洗工程
4 風合調整工程
5 仕上げ処理工程
6 巾出し工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸繊維を糊剤と染料を調整・混合した色糊で印捺する印捺工程と、
前記工程で印捺されたポリ乳酸繊維を高温多湿の環境下で処理する蒸熱(HT)処理工程と、
ポリ乳酸繊維から印捺されている色糊を水洗して脱糊する水洗工程と、
水洗後ポリ乳酸繊維の調整を行う風合調整工程と、
風合い調整を施したポリ乳酸繊維を乾熱処理する仕上げ加工工程、
を少なくとも備え、
前記印捺工程において、色糊は、少なくとも、アクリルポリマーと天然糊剤と紫外線カット剤、および分散染料を調整・混合してなり、
蒸熱(HT)処理工程において、蒸熱(HT)環境は温度約110℃、湿度75%、処理時間は15分以内であることを特徴とするポリ乳酸繊維の捺染加工方法。
【請求項2】
前記水洗工程において、冷水にて脱糊した後、還元洗浄を約20分間行なうことを特徴とする請求項1記載のポリ乳酸繊維の捺染加工方法。
【請求項3】
前記風合い調整工程において、水洗後のポリ乳酸繊維をアミノ酸水溶液内に浸漬させて保湿性、潤滑性を付与することを特徴とする請求項1または2記載のポリ乳酸繊維の捺染加工方法。
【請求項4】
前記仕上げ加工工程において、温度約110℃〜120℃、処理時間30秒〜50秒間の乾熱処理を施すことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のポリ乳酸繊維の捺染加工方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−132029(P2006−132029A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−321737(P2004−321737)
【出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(503278980)株式会社マジープレシオン (2)
【Fターム(参考)】