説明

マイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置

【課題】簡単な構成で作製に手間がかからないマイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置を提供する。
【解決手段】貫通孔11を少なくとも1つ形成した形状記憶合金シート12と、チューブ状の弾性部材13と、形状記憶合金シート12に電流を流すための電極14,15と、電極14,15に電圧を印加して電流を制御する制御部16と、を備え、弾性部材13は、形状記憶合金シート12の貫通孔11に挿入されて、固定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置に関し、特に、化学、生物学、医学、ナノテクノロジー等の研究分野で用いられる、微量な流体を制御して送液するマイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、チップ上で化学反応を進行させ分析を行う微小化学分析システム(μTAS)、あるいは、ガラス等の小さな基板に微細な溝やくぼみを刻んだチップに、化学反応、細胞培養、分離検出等のラボプロセス(実験室での工程)を集積化させたラボ・オン・チップ(実験室チップ、Lab on a Chip)の研究が、活発に行われている。これは、上述のように、従来の分析システムあるいは化学実験室を、手のひらに乗る程度まで微小化しようとするものである。
【0003】
分析システム等を微小化することにより、(1)サンプル、試薬量の微量化、(2)応答の高速化、(3)ハイスル−プット化、などの効果が実現される。これら微小化された分析システム(以下、微小システムという)の用途はさまざまであるが、このような微小システム上では、微量な流体を制御して送液することが必要となる。特に、すべての要素が集積化された送液装置の実現が期待される。
【0004】
微量な流体を制御して送液する装置として、機械的なマイクロポンプ、マイクロバルブの研究が進められており、ピエゾ素子を利用したもの、静電応力による変位を利用したもの、形状記憶合金を利用したもの、電極表面の濡れ性の変化(エレクトロウェッテイング)を利用したもの、空気圧制御によるもの等、多数開発されている。これらについては、幾つかのレビューで紹介されている(非特許文献1)。
【0005】
上記のマイクロポンプのうち、形状記憶合金をマイクロポンプの駆動用のアクチュエータとして用いられるものは、形状記憶合金がシンプルな構造で出力エネルギー密度が高いため、いくつか提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0006】
特許文献1では、形状記憶合金コイルばねと弾性を有するパイプと一方向弁とを組み合わせ、構造が簡単で小型化が容易な微量液体を搬送するマイクロポンプを開示している。そのマイクロポンプは、シリコンゴム等の弾性体からなるパイプの壁中に、パイプと同心状で一体に形状記憶合金コイルばねを埋め込み、パイプの吸入口と排出口に吸入側一方向弁と排出側一方向弁を取り付け、形状記憶合金コイルばねの両端の通電加熱用電極に電流を通電、停止することにより、形状記憶合金コイルばねを埋め込んだパイプを収縮、伸長するものである。
【0007】
特許文献2では、開閉弁を不要とし、脈流を抑えて微量流体を供給することができる、メンテナンスの良いマイクロポンプを開示している。そのマイクロポンプは、流体の流れる流路を構成するパイプと、パイプを保持し、流体の入口を構成する第1筐体および流体の出口を構成する第2筐体と、パイプの内部に長手方向に向かって所定の間隔を介して配置されると共に、形状記憶合金などで構成された複数個のリング状からなるアクチュエータと、アクチュエータにそれぞれ独立して接続されると共に、アクチュエータを個別に動作させることができるよう、熱電素子などの駆動源と駆動源を個別に制御するためのコントローラとより構成されている。
【0008】
特許文献3では、簡単な構成で比較的大きな圧送圧力により流体を微量で送ることができ、しかも冷却性が高く応答速度に優れた形状記憶合金等の形状記憶性を有するコイルを駆動源とした小型ポンプが開示されている。その小型ポンプは、形状記憶性を有するコイルと、絶縁性を有し且つ高硬度の耐熱部材、チューブ状の弾性部材、チューブ状の弾性部材の両端に設けられた吸入部と排出部、吸入部と排出部にそれぞれ設けられた吸入弁と排出弁及びコイルへの通電を制御する制御回路からなるとともに、耐熱部材は弾性部材とコイルとの間にあり、弾性部材を取り囲むように配置されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平6−159250号公報
【特許文献2】特開2003−184755号公報
【特許文献3】特開2007−154791号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】D.J Laser et al. J.Micromech. Microeng. 14(2004)R35.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来、マイクロフルーイディックデバイスにおける送液制御では、マイクロシリンジポンプ等の外部装置を接続する必要があった。また、ポンプ、バルブをチップ上に集積化、複合化する試みもあるが、多数のポンプ、バルブを集積化、複合化するのは容易ではない。また、市販されているポンプ、バルブに匹敵する性能を実現するのも容易ではない。そして、特許文献1〜3に開示される従来のマイクロポンプにおいては、作製に手間がかかるという問題があった。例えば、特許文献1に開示されるマイクロポンプでは、シリコンゴム等の弾性体からなるパイプの壁中に、パイプと同心状で一体に形状記憶合金コイルばねを埋め込む必要がある。また、特許文献2に開示されるマイクロポンプでは、形状記憶合金などで構成された複数個のリング状からなるアクチュエータを用いる必要がある。さらに、特許文献3に開示されるマイクロポンプでは、形状記憶合金をコイル状にする必要がある。
【0012】
本発明の目的は、上記の課題に鑑み、簡単な構成で作製に手間がかからないマイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るマイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置は、上記の目的を達成するため、次のように構成される。
第1のマイクロポンプ(請求項1に対応)は、貫通孔を少なくとも1つ形成した形状記憶合金シートと、チューブ状の弾性部材と、形状記憶合金シートに電流を流すための電極と、電極に電圧を印加して電流を制御する制御部と、を備え、弾性部材は、形状記憶合金シートの貫通孔に挿入されて、固定されていることを特徴とする。
第2のマイクロポンプ(請求項2に対応)は、上記の構成において、好ましくは、形状記憶合金シートの両端は、接続端子によって導線へと接続され、導線は電源とスイッチ等からなる制御部に接続されており、制御部は、形状記憶合金シートへの電気的導通を制御し、形状記憶合金シートに電流を流したとき加熱し、電流を流さないとき自然冷却して相変態を起こすことにより弾性部材を変形させ送液動作を行うことを特徴とする。
第3のマイクロポンプ(請求項3に対応)は、第1または第2のマイクロポンプを複数個配列し、順次動作させることにより、溶液を連続的に送液することを特徴とする。
第1のマイクロバルブ(請求項4に対応)は、貫通孔を少なくとも1つ形成した形状記憶合金シートと、チューブ状の弾性部材と、形状記憶合金シートに電流を流すための電極と、電極に電圧を印加して電流を制御する制御部と、を備え、弾性部材は、形状記憶合金シートの貫通孔に挿入されて、固定されていることを特徴とする。
第2のマイクロバルブ(請求項5に対応)は、上記の構成において、好ましくは、形状記憶合金シートの両端は、接続端子によって導線へと接続され、導線は電源とスイッチ等からなる制御部に接続されており、制御部は、形状記憶合金シートへの電気的導通を制御し、形状記憶合金シートに電流を流したとき加熱し、電流を流さないとき自然冷却して相変態を起こすことにより弾性部材を変形させ開閉動作を行うことを特徴とする。
第1の送液制御装置(請求項6に対応)は、2つの流路を有し、一方の流路は、他方の流路にT字型に連結し、一方の前記流路の端部には、上記第1〜第3のいずれかに記載のマイクロポンプが接続され、他方の流路の端部にも、上記第1〜第33のいずれかに記載のマイクロポンプが接続されており、一方の流路を流れ、T字型連結部に液体プラグが位置したときに2つのマイクロポンプの動作を制御することにより、液体プラグの分割、混合、計量のいずれかを行うことを特徴とする。
第2の送液制御装置(請求項7に対応)は、上記の構成において、好ましくは、他方の流路は、菱形の区画が連続的に連なった構造を有していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、簡単な構成で作製に手間がかからないマイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置を提供することができる。そして、本発明を用いれば、単純かつ強力で、確実に動作するマイクロポンプが実現できる。しかも、構造が単純であるため、他の機能、例えばセンシング機能との集積化、複合化も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の本実施形態に係るマイクロポンプの外観図である。
【図2】本発明の本実施形態に係るマイクロポンプの外観図である。
【図3】本発明の本実施形態に係るマイクロポンプの作用について説明する図である。
【図4】本発明の本実施形態に係るマイクロポンプを用いた送液制御装置の模式図である。
【図5】形状記憶合金(SMA)シートとチューブの組み合わせによるいくつかの異なった動作モードを示す図である。
【図6】形状記憶合金(SMA)の特性を調べるために行った示差走査熱量測定(DSC)の測定結果を示すグラフである。
【図7】それぞれのSMAシートにパルス電力を印加したときの液体プラグのメニスカスの変位を示すグラフである。
【図8】2つのSMAシートにパルス電力を印加したときの液体プラグのメニスカスの変位を示すグラフである。
【図9】図4で示された送液制御装置を用いての実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の好適な実施形態(実施例)を添付図面に基づいて説明する。
【0017】
図1と図2は、本発明の本実施形態に係るマイクロポンプの外観図である。図1は、後述の制御部16のスイッチ16aをオフにした状態を示す図であり、図2は、後述の制御部16のスイッチ16aをオンにした状態を示す図である。マイクロポンプ10は、貫通孔11を少なくとも1つ形成した形状記憶合金シート12と、シリコーンチューブ等のチューブ状の弾性部材13と、形状記憶合金シート12に電流を流すための電極14,15と、電極14,15に電圧を印加して電流を制御する制御部16を備えている。
【0018】
形状記憶合金シート12の両端は、接続端子(電極14,15)によって導線17,18へと接続され、導線は電源とスイッチ等からなる制御部16に接続されている。その制御部16は、形状記憶合金シート12への電気的導通を制御し、形状記憶合金シート12に電流を流したとき加熱し、電流を流さないとき自然冷却して相変態を起こすことにより弾性部材13を変形させ送液動作を行う。なお、この制御部16にはスイッチ16aのオンオフを自動的に制御できるリレー等を設けることができる。
【0019】
シリコーンチューブ等のチューブ状の弾性部材13は、形状記憶合金シート12の貫通孔に挿入されて、固定されている。
【0020】
次に、上記構成をした本実施形態に係るマイクロポンプの動作原理について図3を参照して説明する。まず、制御部16のスイッチ16aをオンすると、形状記憶合金シート12に電気が導通するようになり、これ自体が抵抗体でもあることから加熱される。すると、形状記憶合金シート12は、マルテンサイト相からオーステナイト相への相変態温度まで上昇すると平板状になり、形状記憶された状態に戻ることになる。このとき、形状記憶合金シート12により、貫通孔を形成しているブリッジ部19によってチューブ状の弾性部材13は押し潰される(図3(b))。
【0021】
一方、スイッチ16aをオフにすると、形状記憶合金シート12への電気的導通は停止され、形状記憶合金シート12のチューブ状の弾性部材13に接している部分以外は大気中に曝されている状態なので急速に冷却される。すると、形状記憶合金シート12は徐々にオーステナイト相から低い抗張力からなるマルテンサイト相へと相変態して伸長していくようになり、ブリッジ部19によりチューブ状の弾性部材13を内側へ圧縮する力は弱くなっていく。これにより、圧縮されていたチューブ状の弾性部材13は蓄積していた弾性エネルギーを発散させるように外側へ徐々に膨張していき、元の形状へ戻っていく。
【0022】
ところで、チューブ状の弾性部材13が圧縮したときには、この中の容積は小さくなるとともに圧力は高くなるため、チューブ状の弾性部材13内に入っていた気体や液体は、排出部へ排出される。一方、チューブ状の弾性部材13が膨張したときには、この中の容積は大きくなるとともに圧力は低くなるため、吸入部にあった気体や液体は、チューブ状の弾性部材13内へ吸入される。
【0023】
このように、形状記憶合金シート12に電流を流し、加熱する。形状記憶合金シート12に平坦な形状を記憶させておけば、これによりシリコーンチューブ等のチューブ状の弾性部材13は押し潰される。シリコーンチューブ等のチューブ状の弾性部材13の一端を閉じ、中に液体または空気を満たすと、この変化により液体を移動させたり、加圧することができる。
【0024】
以上のことから、制御部16のスイッチ16aのオンオフ動作を連続的に繰り返すことによりこれに呼応したポンプ駆動源としての形状記憶合金シート12の連続的な伸縮動作を得ることができ、これに伴って結果的にチューブ状の弾性部材13の弾性により伸縮運動へとつながっていく。これにより、ある一定の流量の流体を一定の圧力で移動させるポンプとしての機能を果たすことができるようになる。なお、スイッチ16aのオンオフに至る時間間隔を制御することにより、マイクロポンプ10の流量を調整することができる
【0025】
なお、上記の実施形態では、1つのマイクロポンプ10を説明したが、マイクロポンプを複数個配列し、順次動作させることにより、溶液を連続的に送液するようにしても良い。そのときには、複数のマイクロポンプそれぞれに、電流を流すことを制御する制御部を統合的に制御する制御装置を設けることにより、複数のマイクロポンプを連動して制御することができる。
【0026】
次に、図4を参照してマイクロポンプを応用した送液制御装置について説明する。
【0027】
近年、微小化学分析システム(μTAS)中での溶液処理において、液体プラグを用いる方法が注目を集めている。液体プラグは微小流路中に存在する液体の断片であり、プラグ間は空気や油など疎水性の物質で隔てられている。従来の連続流体を用いる方式と比べ、試薬量の大幅な低減、多種類の溶液の効率的操作、混合の迅速化等の利点がある。
【0028】
図4で示すマイクロポンプ10を応用した送液制御装置30は、2つの流路31,32を有し、一方の流路31は、他方の流路32にT字型に連結した連結部33を有している。一方の流路31の端部34には、複数のマイクロポンプ10からなるポンプ部Aが接続されている。また、他方の流路32の端部35にも、複数のマイクロポンプ10からなるポンプ部Bが接続されている。さらに、一方の流路31には、液体の注入や抽出を行う開口部36が設けられている。なお、図4では、マイクロポンプ10を複数設けているが、端部34と端部35にそれぞれ1つずつのマイクロポンプ10を設けるようにしても良い。そのとき、流路を形成しているチップ40上にシリコーンゴムなどの弾性体を挿入してマイクロポンプの形状記憶合金シートを固定することにより、チップ上に搭載することができる。このときのシリコーンゴムなどの弾性体は、形状記憶合金シートのオンオフで変形したときにもチップとの固定を保つための緩衝部としての役割を持つ。一方の流路31は、例えば、幅600μm、高さ40〜520μmである。
【0029】
また、他方の流路32は、菱形の区画が連続的に連なった構造を有している。予めこの一つ一つの菱形の容積を定まった一定のものとしておくことにより、液体が何個の菱形の区画に溜まったかを計数することにより高精度の微量計量を可能とした。
【0030】
この送液制御装置30では、一方の流路31を流れ、T字型連結部33に液体プラグ50が位置したときにポンプ部A,Bのマイクロポンプ10の動作を制御することにより、液体プラグの連結、分割、混合、計量のいずれかを行うことができる。
【0031】
次に、この送液制御装置30を用いての液体プラグの計量、分割、混合を説明する。液体プラグの計量は、まず、開口部36から液体プラグ50を注入する。次に、マイクロポンプを動作させ、液体プラグ50をT字型連結部33まで引き込む。液体プラグ50がT字型連結部33に到達したら、ポンプ部Bのマイクロポンプ10を動作させ、他方の流路32に液体プラグ50を引き込む。液体プラグ50が何個の菱形の区画に溜まったかを計数する。溜まった個数と菱形区画の容積を掛けることにより液体プラグの計量をすることができる。
【0032】
液体プラグの分割は、まず、一方の流路31に導入された液体プラグ50をポンプ部Aのマイクロポンプ10によってT字型連結部33まで引き寄せ、液体プラグ50がT字型連結部33に位置するときに、ポンプ部Bのマイクロポンプ10を動作することにより液体プラグ50の一部分をこの他方の流路32に引き込み、その状態で一方の流路31に残る液体をポンプ部Aのマイクロポンプ10を動作することにより移動させることにより行う。
【0033】
また、T字型連結部33に位置する2つの液体プラグ50,50間の空気をポンプ部Bのマイクロポンプ10を動作することによって引き抜くことによって混合も可能となる。
【0034】
なお、上記実施形態では、2つの流路31,32で説明したが、2つ以上の流路を設け、マイクロポンプ10もポンプ部A,Bの2カ所のみではなく、より多数の位置にマイクロポンプを設け、多数集積化、複合化をするようにしても良い。
【0035】
また、マイクロポンプ10は、流路の途中に設けることにより、バルブ(マイクロバルブ)としても用いることができる。バルブとして用いたときの動作原理について図3を参照して説明する。まず、制御部16のスイッチ16aをオンすると、形状記憶合金シート12に電気が導通するようになり、これ自体が抵抗体でもあることから加熱される。すると、形状記憶合金シート12は、マルテンサイト相からオーステナイト相への相変態温度まで上昇すると平板状になり、形状記憶された状態に戻ることになる。このとき、形状記憶合金シート12により、貫通孔を形成しているブリッジ部19によってチューブ状の弾性部材13は押し潰される(図3(b))。
【0036】
一方、スイッチ16aをオフにすると、形状記憶合金シート12への電気的導通は停止され、形状記憶合金シート12のチューブ状の弾性部材13に接している部分以外は大気中に曝されている状態なので急速に冷却される。すると、形状記憶合金シート12は徐々にオーステナイト相から低い抗張力からなるマルテンサイト相へと相変態して伸長していくようになり、ブリッジ部19によりチューブ状の弾性部材13を内側へ圧縮する力は弱くなっていく。これにより、圧縮されていたチューブ状の弾性部材13は蓄積していた弾性エネルギーを発散させるように外側へ徐々に膨張していき、元の形状へ戻っていく。
【0037】
ところで、チューブ状の弾性部材13が圧縮したときには、チューブ状の弾性部材13によって形成されていた流路が閉じられ、チューブ状の弾性部材13内を流れていた気体や液体は、流れなくなる。一方、チューブ状の弾性部材13が膨張したときには、チューブ状の弾性部材13によって形成されていた流路が開かれ、チューブ状の弾性部材13内を気体や液体が流れるようになる。
【0038】
このように、形状記憶合金シート12に電流を流したり、電流を流さないようにすることによって流路を閉じたり開いたりすることができるバルブ(マイクロバルブ)として用いることができる。
【0039】
図5は、形状記憶合金(SMA)シートとチューブの組み合わせによるいくつかの異なった動作モードを示す図である。図5Aで示される配置で、単一のSMAシート60が用いられ、チューブ61の片端がクリップ62により閉じられる。チューブ61が潰されているとき、チューブ61の中の溶液は前方(矢印63の方向)に移動する(図5A(2))。他方では、潰れているチューブ61が原形に回復されるとき溶液は後ろ(矢印64の方向)へ移動する(図5A(3))。単一のSMAシートによってもたらされる変位は、それほど大きくないが、複数のSMAシートを使用することによって溶液がもたらされる変位を大きくすることができる。
【0040】
図5Bは、2つのSMAシートを使用する構成を示す図である。ここでは、2つのSMAシートP1,P2だけを使用した例を示すが、2つ以上のSMAシートを用いた構成でも良い。SMAシートP1は、チューブ67を完全に閉じるのにバルブとして使用される。SMAシートP2は、マイクロポンプ10のようにプッシュプル運動を引き起こすために使用される。
【0041】
まず、溶液を前方へ動かせるために、SMAシートP1が完全に閉じられる(図5B(2))。電流がSMAシートP2に流されると、SMAシートP2は加熱され、形状が変化しチューブ67を潰し、溶液が矢印68の方向に移動する(図5B(3))。その後、両方のSMAシートP1,P2に流す電流をオフし、冷却され、チューブ67による流路が開かれる(図5B(4))。上記手順を繰り返すことによって、溶液を同じ方向により遠くに、そして、より遠くに動かすことができる。
【0042】
溶液を逆方向に動かすためには、SMAシートP2が最初に、チューブ67を潰すために加熱される(図5B(6))。次に、SMAシートP1が閉じられる(図5B(7))。次に、SMAシートP2の電流をオフし、チューブ67をあけることにより溶液が矢印69の方向に移動する(図5B(8))。その後、SMAシートP1に流れる電流をオフし、チューブ67による流路を開く(図5B(9))。上記手順を繰り返すことによって、溶液を逆の同じ方向により遠くに、そして、より遠くに動かすことができる。
【0043】
次に、本実施形態に係るマイクロポンプに関する実験結果を示す。
【0044】
図6は、形状記憶合金(SMA)の特性を調べるために行った示差走査熱量測定(DSC)の測定結果を示すグラフである。横軸は、温度を示し、縦軸は、熱流を示す。曲線C11は、温度を増加するときのDSC曲線であり、曲線C12は、温度を減少させるときのDSC曲線である。形状記憶合金は、温度の増加で、主にオーステナイトから成る変化が、50℃(As)で始まり、55℃(Af)で終わることが分かる。また、形状記憶合金は、マルテンサイト変態が、温度の減少とともに、50℃(Ms)で始まり、45℃(Mf)で終わることが分かる。
【0045】
次に、本実施形態に係るマイクロポンプの性能を示す。マイクロポンプ10は、溶液の変位が小さく制限される。また、電流をオフした後の冷却ステップで完全に冷却するためには数10秒かかる。この問題を解決するために、溶液の移動運動を引き起こすために複数のSMAシートを使用する。このことを確かめるために、2つのSMAシートを1.3mmの離して使用した。
【0046】
図7は、それぞれのSMAシートにパルス電力を印加したときの液体プラグのメニスカスの変位を示すグラフである。横軸は、時間を表し、縦軸は、液体プラグのメニスカスの変位を示す。バーBは、5.0mmの変位の長さを示している。曲線C21は、符号P11で示す1.6Wの電力をSMAシートに5秒間印加して5秒間オフにするというサイクルを繰り返し行ったときの液体プラグのメニスカスの変位を示す。曲線C22は、符号P12で示す3.2Wの電力をSMAシートに2.5秒間印加して7.5秒間オフにするというサイクルを繰り返し行ったときの液体プラグのメニスカスの変位を示す。曲線C23は、符号P13で示す8.0Wの電力をSMAシートに1秒間印加して9秒間オフにするというサイクルを繰り返し行ったときの液体プラグのメニスカスの変位を示す。符号P11,P12,P13で示すサイクルの平均電力は、同じである。符号P11で示すサイクルの電力を繰り返し印加したとき、液体プラグのメニスカスの変位は、飽和し、数サイクル後に変位の変化がほとんど観測されなくなった。また、符号P11,P12,P13のサイクルの電力の繰り返しの印加による液体プラグのメニスカスの変位の変化は、異なっていることが分かり、符号P13で示すより短いパルスでは、符号P11で示すパルスの印加に比べて液体プラグの変位の変化の飽和がし難くなっていることが分かる。
【0047】
図8は、2つのSMAシートにパルス電力を印加したときの液体プラグのメニスカスの変位を示すグラフである。横軸は、時間を表し、縦軸は、液体プラグのメニスカスの変位を示す。バーDは、10mmの変位の長さを示している。曲線C31は、SMAシートP1、P2にそれぞれ符号P21、P22で示すパルス電力を印加したときの液体プラグのメニスカスの変位を示す。図8中の符号(1)〜(9)は、図5B(1)〜(9)で示したSMAシートP1、P2の状態のときに対応する液体プラグのメニスカスの変位である。2つのSMAシートを用いて符号P21,P22で示すパルス電力を与えたとき、単一のマイクロポンプのものよりはるかに速く液体プラグを移動させることができることを示している。また、単一のSMAシートのマイクロポンプと異なって、チューブの中の液体プラグを一方向に輸送できることが分かる。このことは、液体プラグの位置を調整するために利用することができる。
【0048】
図9は、図4で示された送液制御装置30を用いての実験結果を示す図である。装置の中央のT字路は液体プラグの測定や、分離や、合併や、ソーティングや、調整や、格納などを行うことができる。ここでは、2つの液体プラグ混合を例として示す。この実験では、液体プラグの位置はマイクロポンプのオンオフにより、目視検査によって調整された。まず最初に、溶液を比較的長い液体コラムとして注入ポートから装置に導入された。液体コラムの1つが操作用流路(Handling flow channel)の入口に動かされた(図8(1))。液体プラグの一部が操作用流路に吸引された(図8(2))。メイン流路(Main flow channel)で残っていた液体が、動かされて、操作用流路による部分が切り離された(図8(3))。次に、新しい液体プラグとして操作用流路による部分をメイン流路に戻した(図8(4))。別の液体コラムがプラグと同じ方法で吸引され、切り離された(図8(5)〜(7))。最終的に、前の手順で形成されたプラグの1つが操作用流路の入口に動かされて、操作用流路による液体の一部が混合された(図8(8)、(9))。これにより、2つの液体プラグの混合を行うことができることが分かった。
【0049】
以上説明したように、本発明によれば、チップ上にも搭載可能なマイクロポンプ、マイクロバルブが容易に実現でき、しかもこれらを多数集積化、複合化することができるため、酵素反応解析、タンパク質やDNAの分析で必要な複雑な溶液操作も容易に行えるようになる。
【0050】
以上の実施形態で説明された構成、形状、大きさおよび配置関係については本発明が理解・実施できる程度に概略的に示したものにすぎず、また数値および各構成の組成(材質)等については例示にすぎない。従って本発明は、説明された実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示される技術的思想の範囲を逸脱しない限り様々な形態に変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係るマイクロポンプ、マイクロバルブおよび送液制御装置は、対象物を局所に注入する等の医学、生物学の基礎研究、DNA、タンパク質等の微小分析システムや、細胞培養・分離検出等の実験室を微小化して集積化させた実験室チップや、センサ、マイクロリアクター等に利用される。
【符号の説明】
【0052】
10 マイクロポンプ
11 貫通孔
12 形状記憶合金シート
13 チューブ状の弾性部材
14 電極
15 電極
16 制御部
17 導線
18 導線
19 ブリッジ部
30 送液制御装置
31 流路
32 流路
33 T字型連結部
34 端部
35 端部
50 液体プラグ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
貫通孔を少なくとも1つ形成した形状記憶合金シートと、
チューブ状の弾性部材と、
前記形状記憶合金シートに電流を流すための電極と、
前記電極に電圧を印加して電流を制御する制御部と、
を備え、
前記弾性部材は、前記形状記憶合金シートの前記貫通孔に挿入されて、固定されていることを特徴とするマイクロポンプ。
【請求項2】
前記形状記憶合金シートの両端は、接続端子によって導線へと接続され、導線は電源とスイッチ等からなる制御部に接続されており、前記制御部は、前記形状記憶合金シートへの電気的導通を制御し、前記形状記憶合金シートに電流を流したとき加熱し、電流を流さないとき自然冷却して相変態を起こすことにより前記弾性部材を変形させ送液動作を行うことを特徴とする請求項1記載のマイクロポンプ。
【請求項3】
請求項1または2記載のマイクロポンプを複数個配列し、順次動作させることにより、溶液を連続的に送液することを特徴とするマイクロポンプ。
【請求項4】
貫通孔を少なくとも1つ形成した形状記憶合金シートと、
チューブ状の弾性部材と、
前記形状記憶合金シートに電流を流すための電極と、
前記電極に電圧を印加して電流を制御する制御部と、
を備え、
前記弾性部材は、前記形状記憶合金シートの前記貫通孔に挿入されて、固定されていることを特徴とするマイクロバルブ。
【請求項5】
前記形状記憶合金シートの両端は、接続端子によって導線へと接続され、導線は電源とスイッチ等からなる制御部に接続されており、前記制御部は、前記形状記憶合金シートへの電気的導通を制御し、前記形状記憶合金シートに電流を流したとき加熱し、電流を流さないとき自然冷却して相変態を起こすことにより前記弾性部材を変形させ開閉動作を行うことを特徴とする請求項4記載のマイクロバルブ。
【請求項6】
2つの流路を有し、一方の流路は、他方の流路にT字型に連結し、
一方の前記流路の端部には、請求項1〜3のいずれか1項に記載のマイクロポンプが接続され、
他方の前記流路の端部にも、請求項1〜3のいずれか1項に記載のマイクロポンプが接続されており、
前記一方の流路を流れ、T字型連結部に液体プラグが位置したときに前記2つの小型ポンプの動作を制御することにより、前記液体プラグの分割、混合、計量のいずれかを行うことを特徴とする送液制御装置。
【請求項7】
前記他方の流路は、菱形の区画が連続的に連なった構造を有していることを特徴とする請求項6記載の送液制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−226358(P2011−226358A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96171(P2010−96171)
【出願日】平成22年4月19日(2010.4.19)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】