説明

マイクロ波化学反応装置

【課題】 TE10モードのマイクロ波を伝送する方形導波管の中心軸に沿って反応対象を流すことにより、反応対象の化学反応を高効率かつ均一に行わせる新しい装置を提供する。
【解決手段】 化学反応装置は、TE10モードのマイクロ波を伝送する方形導波管1と、化学反応を行わせる流動性の反応対象3を流通させるために導波管内に配置される流通路2とを具備する。流通路2は、マイクロ波を透過させる物質で作られ、導波管1の軸方向に延伸する。流通路2の断面において電界に平行な辺は電界に垂直な辺より長い長方形状で、長さ方向の大半が導波管の中心軸付近に配置される。流通路の上流端から反応対象を流し込み、下流端から流出させる間に、反応対象にマイクロ波を照射して化学反応を起こさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、マイクロ波を照射することにより化学反応を促進する化学反応装置に係り、空胴共振器を用いないで、液体、気体、粉体等の被化学反応対象を高効率でほぼ均一に加熱できるマイクロ波化学反応装置に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロ波は、電子レンジを始め、産業用加熱炉の熱源として広く利用されている。マイクロ波は、物質に含まれる水を加熱するだけでなく、極性を持った誘電物質に作用してこれを直接、かつ選択的に加熱できるので、従来の加熱手段のように外部から被加熱物を加熱する装置に比較して、短時間で効率よくこれを加熱できる特徴を持っている。
近年、化学反応を行わせたい物質(以下「反応対象」という)にマイクロ波を照射すると、化学反応を大幅に促進できる現象が見出され、単なる加熱装置に留まらず、短時間で化学反応を行う化学反応装置への適用が大きく開けつつある。
マイクロ波化学反応装置は、現状、殆どの装置が実験装置レベルであり、プラントへの適用はまだ未成熟で、これから開発が進められる状況にある。
化学反応実験装置には、大別して、終端に整合負荷を接続した整合導波管型、終端を短絡した短絡導波管型、および、空胴共振器を用いた空胴共振器型がある。
一般に化学反応実験は、これらの装置内に反応対象を置いて行われる。均一に化学反応を行うには、均一な電界分布が必要である。一般に物質を収容する容器は殆どが試験管やフラスコであって、これらの容器は導波管型の場合、導波管の軸方向の限定された一部に配置される。このため、通常、効率が低くなるという問題を抱えている。整合導波管型の化学反応実験装置としては、特許文献1,特許文献2に記載されたものが知られている。短絡導波管型の化学反応実験装置は、整合導波管型の無反射終端器の部分を短絡器に置き換えたもので、整合導波管型が進行波のエネルギーしか利用できないのに比し、短絡型では反射波のエネルギーも利用できるので効率が高くなるが、効率を上げるために反応対象の近傍で定在波を最大にする必要がある。そのため、短絡位置を調整しなければならないので、使用上、手数がかかるという問題を持っている。空胴型は、マイクロ波を空胴壁で多重反射させるので、その分、マイクロ波の吸収が高まり、結果として効率が高くなるが、同調を取る必要があって、それだけ装置が複雑となり、これも使用上、手数がかかるという欠陥がある。空胴型で、特にマルチモードを利用する装置では、必ずしも同調を取る必要はないが、マイクロ波が励起される空間内の電磁界の分布に山と谷が発生し、これを平均化するために、ターンテーブルの上に反応対象を載せて移動させながらマイクロ波を照射したり、マイクロ波が励起されている空間の一部にスタラーと呼ばれる回転反射板を置いて均一化を図ったり、空間内にらせん状の細管を設けてその中に反応対象を流すことにより均一化を図る等の手法を用いている。いずれも、それだけ装置が複雑になるという問題がある。シングルモードの空胴を用いる場合、電界分布が比較的均一になるという利点を持っているが、同調が必須で、同様に機構が複雑なるだけでなく使用上も手数がかかるという欠点がある。
【特許文献1】特開2002−79078号公報
【特許文献2】特開2005−13901号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
この発明は、短絡導波管型や空胴共振器型の高効率特性と、整合導波管型の簡便さを合わせ持ち、特にプラントに適する、構造が単純で、使用上、簡便であり、高効率の化学反応装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
請求項1に記載された発明においては、上記課題を解決するため、方形導波管内に伝送されるTE01の電界を、この導波管の中に配設される流通路に流れる反応対象に作用させ、その化学反応を促進する。流通路は、断面において電界に平行な辺が電界に垂直な辺より長い長方形状とし、長さ方向の大半が導波管の中心軸付近に位置するように配置する。
【0005】
請求項2に記載された発明は、請求項1に記載のマイクロ波化学反応装置において、導波管の短絡部を貫通して流通路を導波管から導出することにより、化学反応が進んだ反応対象を電波漏れを防ぎながら安全に取り出す手段を提供する。
【0006】
請求項3に記載された発明は、請求項1または2に記載のマイクロ波化学反応装置において、反応対象の流通路を導波管内の少なくとも一部を上方に開放し、かつ化学反応によって気化したガスを導波管の外部に排出するための排気装置を付設する構成を採用する。
【0007】
請求項4および5に記載された発明は、請求項1または2に記載のマイクロ波化学反応装置において、流通路の下流部分において反応対象を機械的に吸引し、または押し流すための吸引装置または送出装置を付設する構成を採用する。
【発明の効果】
【0008】
請求項1に記載された発明においては、反応対象の化学反応をほぼ均一に進行させるとともに、特に反応対象を流す流通路の長さが十分長いときに伝送されるマイクロ波の殆どを吸収できるようにした。同調を取ることなく、高効率でほぼ均一な化学反応を促進するマイクロ波化学反応装置を提供できる。
【0009】
請求項2に記載された発明においては、殆ど電波漏れを生じない簡易な装置を提供できる。
【0010】
請求項3に記載された発明においては、不要な反応生成物を効率よく除去でき、それによって反応をより効率よく進行させることができる。
【0011】
請求項4および5に記載された発明においては、化学反応によって粘性が増加することによる反応対象の流れの滞留を是正し、停滞させることなく反応対象を流出させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図面を参照してこの発明の一実施形態を説明する。図1は本発明の化学反応装置の基本構造を示す側面図、図2は図1におけるII−II断面図、図3は図1におけるIII−III断面図、図4は図1におけるIV−IV断面図、図5は図1におけるV−V断面図、図6は他の実施形態の化学反応装置を示す断面図、図7は反応対象の流通路の他の実施形態を示す断面図、図8,図9は反応対象の送出装置の実施形態を示す説明図である。
【0013】
図3において、方形導波管1のほぼ中心に方形管状の流通路2があり、その中に反応対象3が流れている。流通路2は、マイクロ波の吸収が少ない誘電体で構成され、方形導波管1の短辺方向(左右方向)に長く長辺方向(上下方向)に短い方形断面を有する。方形導波管1内に何も挿入しない場合に、その内部に伝送される電磁波モードはTE10であり、このモードの電界は方形導波管1の短辺方向(左右方向)に向かい、強度は長辺方向(上下方向)に対して正弦波状に変化し、導波管1の側壁1c,1dでゼロ、中心部で極大値をとる。左右方向に対して強度は変化しない。方形導波管1内に誘電体等が挿入された場合、通常、電界の分布は若干変化するが、図3に示される配置では、誘電体である反応対象3の上下の境界面、すなわち流通路2の上下面が電界と平行であるから、誘電体内外の電界の大きさは同じである。この境界条件を満たす結果、誘電体を挿入した場合、電界に若干の変化は生じるが、電磁解析を行ってみると、誘電体である反応対象3の上下方向の厚さがあまり大きくない限り、全体として、誘電体内部の電界は、誘電体を挿入しない場合の電界と大きい差を生じないことが判る。反応対象3内の電界分布はほぼ均一であるので、均一な化学反応を期待できる点が重要である。言うまでもなく、境界条件が不適切な場合は、誘電体内外の電界分布が大きく乱れ、誘電体内の電界の強度も低くなる。
【0014】
この結果、反応対象3内部のマイクロ波電界の強さは、図1の左右方向でほぼ均一となる。反応対象3内部のマイクロ波電界の強さは上下方向で正弦波状に変化するが、反応対象3が極大値の近傍である導波管1のほぼ中央に位置するため、その上下方向の厚さが導波管1の上下方向寸法に比較して十分小さい場合、ほぼ均一である。
【0015】
なお、流通路2の中心は必ずしも方形導波管1の中心と一致する必要はなく、必要に応じて少し偏心させて配置してもかまわない。若干、電界強度が変化するが、偏心の程度が小さい場合、均一性はそれほど阻害されない。また流通路2の中心軸と導波管1の中心軸は必ずしも平行でなくてもかまわない。要は、流通路2の上下の側壁2c,2dが電界と平行で、軸方向に亘って、流通路2内の大部分が、電界が極大となる導波管の中心軸付近にあることである。
【0016】
流通路内を流れる反応対象3は、図1、2の左方向に移動する。マイクロ波もこの方向に伝送されるので両者は互いに並進しながら下流に向かって流れる。マイクロ波の伝播速度が反応対象3の移動速度より極めて速いので、反応対象3は流れの方向に対して平均的に同じ強さのマイクロ波照射を受け、化学反応は流れの方向に均一に進行する。マイクロ波のエネルギーは、軸方向に進むにつれ反応対象3に消費され、反応対象3の流出部に達したときには殆どのエネルギーが消費されるようにする。あるいは流出部の付近に、マイクロ波を遮断し、反射する短絡板を設け、マイクロ波が反射して上流端に戻るまでに殆どのマイクロ波のエネルギーが消費されるようにしてもよい。
以上の説明は、導波管1と流通路2が直線状に伸びる場合を想定してなされているが、両者が、幾分、曲がっていても、導波管1が、流通路2を内蔵している限り、問題はない。
【0017】
流通路2の上流端には、流入管4,5を介して反応対象3が流入する。図示の実施形態において、流入管4,5は、断面が上下方向に扁平な長円形状をしている。このような形状の流入管だと、流通路2の上流端で反応対象3が滞留するおそれがない。しかし、流入管4,5の断面形状はこれに限定されない。流入管4,5の導波管1内に位置する部分は、通常、マイクロ波損失の少ない誘電体で作られ、一方、導波管1外に位置する部分は金属で作られるか、またはマイクロ波がカットオフの状態になるような形状の管状の金属性部品で覆われる。
【0018】
反応対象3の流出部の一例を図5に示す。マイクロ波は反応対象と併進する間に大部分が消費され、終端部ではかなり弱くなっている。導波管1は終端部において平板状の短絡板6で短絡される。短絡板6は、中心に流通路2が貫通する方形の開口6aを持つ。マイクロ波はカットオフの状態になるので、短絡板6の厚さが適切であればマイクロ波の漏洩は、安全上まったく問題を起こさないレベルに抑えられる。短絡板6で反射されたマイクロ波は上流に向かって伝播するが、この過程でもエネルギーは反応対象に吸収されるので、上流端に達したときは問題なく微弱な値になっている。すなわち極めて効率の良い化学反応装置を提供できることを意味する。
流通路2は、短絡板6を貫通して導波管1から導出され、反応を終えた反応対象3を所要の場所に導く。
【0019】
図6は流通路2の他の実施形態を示す。この実施形態において、流通路2は、上部が開放した、深さ寸法より幅寸法が大きい溝型断面を有する。なお、境界条件の関係で底面の大部分が電界と平行になるように配置される。
化学反応では、反応水のような不要生成物が生じることが少なくない。生成された反応水は水蒸気となって流通路2の上部から導波管1内に放出される。導波管1内の水蒸気等のガスを排出するために、短絡板6あるいは、例えば導波管上壁1cを貫通するように排気管(図示せず)を設け、排気ポンプにつないで吸引する。排気管やその貫通部は、マイクロ波に対して遮断条件を満足するように設計される。
【0020】
化学反応が進むと粘性が増す場合が少なくない。その場合、反応対象の流れに滞留が起きる可能性があるので、強制的に流れを促進、向上させる必要が生じる。導波管1と流通路2を傾斜するように配置するのもひとつの選択肢であるが、それだけでは不十分の場合が多い。
滞留が起きると液面が上昇する。そこで図7に示すように、溝型の流通路2の上部を蓋7で覆うようにする。これによって、流通路2の下流側(矢印先端側)端部は、上下、左右が閉じた管状になる。下流端で反応対象が一体となって流出するようにポンプで吸引する。うまくバランスをとれば、このような方法で粘性が増した反応対象を取り出すことができる。
【0021】
図8,9は反応対象が本来流れるべき速度で流れるようにする他の実施例である。粘性の増した反応対象3は、送出装置8により、へら状の羽根板で機械的に押し流される。図8では、送出装置8は、複数の水車9で構成される。また、図9では、送出装置8は、プーリーに掛け回された羽根板付きの無端ベルト10で構成される。押し出された反応対象3は、収容槽11に流入する。無端ベルト10は、導波管1の短絡板6を貫通するが、開口6aがマイクロ波をカットオフ状態にできる程度の大きさに設定されるので、短絡板6の厚さを実効的に厚くすれば、電磁波漏洩の問題を生じない。これらの実施例のポイントは機械的に反応対象を押し出す送出装置8を付設することである。送出装置8は、少なくとも導波管1内に位置する大部分はマイクロ波損失が少なく誘電率も小さい誘電体で構成される。送出装置8が付設される導波管1の下流側端部付近では、マイクロ波がかなり弱くなっているので、例えば、羽根板やその主要支持機構を石英で構成し、軸受けには一部、金属を使用してもかまわない。温度はかなり上がるので、耐熱性、耐磨耗性などについてはそれなりの工夫を必要とする。
【0022】
コンパクトな化学反応装置を構成できるので、必要に応じこれを複数個並列に配列することで、より大量の反応対象の処理を行えるようにシステムアップしても、大きな設置スペースを要しない。
【産業上の利用可能性】
【0023】
この発明は、比較的大量の流体の化学反応を工業的に効率よく行うための化学反応装置に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の化学反応装置の基本構造を示す側面図である。
【図2】図1におけるII−II断面図である。
【図3】図1におけるIII−III断面図である。
【図4】図1におけるIV−IV断面図である。
【図5】図1におけるV−V断面図である。
【図6】他の実施形態の化学反応装置を示す断面図である。
【図7】反応対象の流通路の他の実施形態を示す断面図である。
【図8】反応対象の送出装置の実施形態を示す説明図である。
【図9】反応対象の送出装置の他の実施形態を示す説明図である。
【符号の説明】
【0025】
1 方形導波管
2 流通路
3 反応対象
4 流入管
5 流入管
6 短絡板
6a 開口
7 蓋
8 送出装置
9 水車
10 無端ベルト
11 収容槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TE10モードのマイクロ波を伝送する方形導波管と、化学反応を行わせる流動性の反応対象を流通させるために前記導波管内に配置される流通路とを具備し、
前記流通路は、マイクロ波を透過させる物質で作られ、導波管の軸方向に延伸し、軸に直角な断面において電界に平行な辺が電界に垂直な辺より長い長方形状で、長さ方向の大半が導波管の中心軸付近に位置するように配置され、
前記流通路の上流端から反応対象を流し込み、下流端から流出させる間に、反応対象にマイクロ波を照射して化学反応を起こさせることを特徴とするマイクロ波化学反応装置。
【請求項2】
前記流通路の下流側で、マイクロ波の漏洩が十分抑制されるように前記導波管が短絡され、この短絡部を貫通して前記流通路が前記導波管から導出されることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ波化学反応装置。
【請求項3】
前記流通路が、前記導波管内の少なくとも一部において上方に開放しており、前記導波管には、化学反応によって前記流通路内の反応対象から気化したガスを外部に排出するための排気装置が付設されていることを特徴とする請求項1または2に記載の化学反応装置。
【請求項4】
前記流通路は、少なくとも下流側において方形管状に構成され、下流端には、反応対象を吸引する吸引装置が付設されることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の化学反応装置。
【請求項5】
前記流通路の下流側には、下流に向けて反応対象を機械的に押し流すためのマイクロ波低損失材料で構成された送出装置が付設されることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の化学反応装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−272055(P2006−272055A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−91313(P2005−91313)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(505004640)株式会社IDX (11)
【Fターム(参考)】