説明

マイクロ流体デバイスおよびそれを用いた分析装置

【課題】従来から用いられているマイクロポンプとマイクロミキサーには次のような課題がある。機械的あるいは流体力学的な方法は、流路内の構造が複雑で目詰まりしやすく、製造コストが高く、デッドボリュームが多い。また、電気的方法は流路の構造がシンプルではあるが、医用やバイオで重要な生理食塩水濃度の液体で動作しなかった。
【解決手段】電極間ギャップが鉛直に設置された電極対に交流電圧を印加し、電極間ギャップに沿って反重力方向への流体の流れを発生させて上記課題を解決する。特に、電極間ギャップに沿って鉛直方向へマイクロ流路11を形成することによりマイクロポンプ43,44が実現でき、電極間ギャップに直交する水平方向へマイクロ流路11を形成することによりマイクロミキサー41が実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス基板やプラスティック基板にマイクロサイズの流路を掘り、その中でわずかな量の試料を用いて分析や反応を実施するマイクロ流体デバイスに係わり、特に流路内で液体を駆動し流路軸方向に流れを発生させるマイクロポンプと、旋回流を発生させて攪拌や混合を行うマイクロミキサーに係わる。さらには液体あるいは液体中を浮遊流動する粒子状物質を試料とし、試薬との反応経過情報の計測や反応生成物の回収をおこなう分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料の少量化と手間の軽減を目指して、近年、マイクロ流体デバイスを利用する反応装置や分析方法が普及してきた。マイクロ流体デバイス内の液体を搬送する方法としては、電気浸透流や圧力流れが広く使われている。しかしマイクロ流路が複雑になると、多くの高圧電源やポンプが必要となり、周辺の装置の規模が大きくなるという欠点がある。また、流路のマイクロ化により使用する試料の量は少なくなったが、電気浸透流や圧力流れでは無駄になる試料の割合が小さくならないこと(デッドボリューム問題)などの課題が残されている。
【0003】
装置全体をコンパクト化するためにマイクロ流体デバイス内に形成するポンプ、例えば、特許文献1のようなダイヤフラムを使う機械的ポンプや、非特許文献1のような交流電気浸透流の作用を利用する電気的ポンプが考案されている。しかし機械的ポンプは、圧電体やバイメタルなどの特殊材料が必要で、製作工程数が多く、そのため製造コストが高く、構造も複雑でデッドボリュームが多いという欠点がある。また目詰まりを起こしやすく、振動する流れ(脈流)を発生することも問題である。一方、電気的ポンプは構造がシンプルというメリットがあるが、メディカル用途やバイオ分野で重要な生理食塩水の導電率(1.6S/m)では動作せず、最大でも生理食塩水の百分の1(約10ミリS/m)あるいはそれ以下の導電率の液体しか使用できない。
【0004】
一方、マイクロ流体デバイスには、拡散律速である化学反応がサイズ効果により速くなり、微少量を密封状態で扱うため環境汚染が防止でき、温度制御の応答が速く温度分布の無い反応場が得られ、毒物や不安定爆発性の試料も安全な環境条件下で管理できるなどの特徴があることから、マイクロ化学リアクターとしての期待も大きい。しかし、反応場である流路が短いという制限があるため、必要な反応時間の確保が難しいという課題がある。
【0005】
反応時間を速めるために、特許文献2のような流路内に障害物を設置する流体力学的ミキサー(カオティックミキシング)や、非特許文献2や特許文献3のようなエレクトロサーマル効果や交流電気浸透流などを使う電気的ミキサーが考案されている。しかし流体力学的ミキサーは特別な微細加工技術が必要で、製作工程数も多いため製造コストが高いだけでなく、流路構造が複雑で目詰まりし易く、流れの力を攪拌に使用するため流路抵抗が大きいなどの欠点がある。一方、電気的ミキサーは、既にポンプでも述べたように構造がシンプルというメリットがあるが、メディカル用途やバイオ分野で重要となる生理食塩水の導電率では動作せず、最大でも生理食塩水の百分の1あるいはそれ以下の導電率の液体しか使用できない。
【特許文献1】国際公開第98/51929号パンフレット
【特許文献2】国際公開第03/011443号パンフレット
【特許文献3】特開2006−320877号公報
【非特許文献1】A. B. D. Brown, C. G. Smith, and A. R. Rennie:“Pumping of water with ac electric fields applied to asymmetric pairs of microelectrodes”, Physical Review E, vol.63, 016305 (2000).
【非特許文献2】Marin Sigurdson, Dazhi Wang, and Carl D. Meinhart:“Electrothermal stirring for heterogeneous immunoassays”, Lab on a Chip, vol.5, pp.1366−1373 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上の背景技術で述べたように、従来から用いられているマイクロポンプとマイクロミキサーには次のような欠点がある。機械的あるいは流体力学的な方法は、流路内の構造が複雑で目詰まりしやすく、製造コストが高く、デッドボリュームが多い。また、電気的方法はシンプルではあるが、医用やバイオで重要な生理食塩水濃度の液体では動作しないことが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、2枚が対となる平板状電極を電極間ギャップが鉛直方向又は斜めを向くように配置し、交流電圧を印加し、電極間ギャップに沿って反重力方向へ上昇する速い流れを発生させて上記課題を解決する。従来は水平面上に横にして使用していたチップ状のマイクロ流体デバイスを、本発明では垂直に立てて使用する点に違いがある。特にマイクロ流路を、電極間ギャップに沿って鉛直方向へ形成することによりマイクロポンプが実現し、電極間ギャップを直角に横切る水平方向へ形成することによりマイクロミキサーが実現する。
【発明の効果】
【0008】
本発明が提供するマイクロ流体デバイスは、シンプルな構造が利点である交流電極を用いる方法で、従来、動作しなかった生理食塩水などの高導電率の液体でも充分な性能を発揮するマイクロポンプやマイクロミキサーを実現する。
【0009】
また本発明によるマイクロポンプは、電極に印加する交流電圧の制御により精度の良い設定ができるだけでなく、閉じた循環流路でも動作が可能で、循環流路内2ヶ所にマイクロポンプを形成することも可能である。このような構成とすることにより、時計回り、反時計回りの循環方向の選択と流れの速度と停止位置の制御が、簡単な電気回路を用いて自由自在に精度良くおこなえ、扱いやすいマイクロポンプが実現する。
【0010】
また本発明によるマイクロミキサーは、流路方向の流れを止めた状態でも動作が可能である。流れを止めた状態では、発生する2つの渦の大きさ(流路の幅の4倍程度)に相当する非常に短い距離内でのミキシングを任意の時間続行することができ、試料消費量が少ない高性能のミキシングが実現する。
【0011】
さらに、本発明によるマイクロポンプとマイクロミキサーを使って構成したマイクロ流体デバイスを使うことにより、デッドボリュームの少ない分析装置が実現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明のマイクロ流体デバイスによるマイクロポンプとマイクロミキサーの実施例、および、分析装置を構成する実施例について詳細に述べる。
【実施例1】
【0013】
まず、交流電極からの作用で誘起されるマイクロ流体の流れについて説明する。マイクロサイズの空間内で流体を流動させる電気的方法として非特許文献2に示されたエレクトロサーマル効果、あるいは特許文献3に示された交流電気浸透流の現象を使う方法が知られている。
【0014】
図1は、従来例であるマイクロ流体デバイスの部分拡大図である。従来のマイクロ流体デバイスは、基板100、電極対40、交流電源31、及びマイクロ流路を形成する側壁18から構成される。我々は、図1に示すような構造の、マイクロ流路に接する電極対40が水平平面を成すように設置した従来から使われているマイクロ流体デバイスを用い、様々な導電率(濃度にほぼ比例)の食塩水を導入し、5MHzの交流電圧を印加する実験をおこなった。導電率が数十ミリS/m以上の食塩水では、前述した2つの現象(エレクトロサーマル効果と交流電気浸透流)に相当する流れが観測されず、代りに、これら2つの現象から予想される方向とは逆の方向に回転する、かなり遅い(数μm/秒、あるいはそれ以下の)流れが観測された。
【0015】
図2は、本発明によるマイクロポンプの拡大図である。このマイクロポンプの基本構造は従来のマイクロ流体デバイスと同一であるが、配置する向きが異なる。図2に示すようにマイクロ流体デバイスを垂直に立て、電極対40の電極間ギャップの方向を鉛直方向へ向けて設置して実験したところ、マイクロ流路11内に矢印の方向へ移動する速い流れ(数百μm/秒から数mm/秒)が発生することを発見した。この流れは、前述した、従来から知られている2つの現象とは異なり導電率が数十ミリS/m以上の食塩水で発現し、電極間の液体が常に反重力方向へ流れることから、食塩水内のジュール熱で誘起される浮力流れ(Buoyant flow)であると推測した。
【0016】
図3は、マイクロポンプを搭載したマイクロ流体デバイスの立面図である。図3に、閉じた循環型のマイクロ流路11と、鉛直方向を向いた電極対40を組み合わせて、マイクロポンプ10を構成した実施例を示す。
【0017】
図4は、マイクロポンプ流入口付近の流線を可視化した写真である。図4は、図3に示したマイクロ流体デバイスに、流れを可視化するために蛍光ビーズ(粒径6μm)を分散した生理食塩水(導電率1.6S/m)を導入し、電極対40より下の部分の流れを観測した画像の1枚である。ただしこの画像は、撮影したビデオ映像を5秒間重畳したもので、蛍光ビーズの軌跡を得るための画像処理が施されている。
【0018】
図5は、マイクロポンプの特性を示すグラフである。図5は、図4に示したような蛍光ビーズの軌跡の長さから速度を計測し、電極対へ印加した電圧に対する特性を求めた結果を示す。2つの特性はそれぞれ、深さ650μm、幅850μmの流路断面(○)と、深さ225μm、幅320μmの流路断面(◆)の、2つの循環型閉ループ流路で計測した結果である。5MHz、10Vの交流印加電圧に対して、それぞれ約400μm/秒、150μm/秒の流速が得られる。また、循環型閉ループ流路内の流れは、速度分布が流路中心で最大速度となる放物線状(ハーゲン・ポアズイユ流れ)であり、層流であることがわかる。したがって図2、図3のマイクロ流体デバイスは、かなり速い速度(数百μm/秒)の、しかも乱流の無い滑らかな流れを誘起するマイクロポンプとして働くことが確認された。
【実施例2】
【0019】
図6は、本発明によるマイクロミキサーの拡大図である。さらに、図6に示すように鉛直方向の電極対40に水平方向の流路が横切って交差する構造のデバイスを製作して実験をおこなったところ、電極間ギャップを挟み2つの渦が発生することを見出した。
【0020】
図7は、マイクロミキサーを搭載したマイクロ流体デバイスの立面図である。図7に示すような流入路2つのY字流路を製作し、第1の流入口12から生理食塩水、第2の流入口13から実験観察用の蛍光ビーズを入れた生理食塩水を流入して実験を行ったところ、層流状態で流路の下側壁面付近を流れていた蛍光ビーズが電極対40の電極間ギャップ(50μm)を通過する際に速いスピードで流路逆側の上側壁面付近まで移動した。このことから、2つの渦の間で流路を横断する流れは非常に速く、マイクロミキサー30として使えることが分かった。
【0021】
本発明によるマイクロミキサー30は、流路方向の流れの有無に関わらず渦を発生することができる。したがって2つの渦の長さ分の距離(約、流路幅の4倍)内に試料を留めた状態で流れを停止すれば、長い時間をかけて混合、攪拌を続けることができる。
【0022】
図8は、マイクロミキサーの渦を可視化した写真である。図8は、流れを止めた状態で誘起される渦を蛍光ビーズで可視化した写真画像である。この図8からもわかるように、本発明によるマイクロミキサーを使えば、流路幅の4倍程度の長さに相当する少量の試料プラグを扱うことができるため、デッドボリュームの少ない反応装置や検査装置、分析装置を容易に実現できる。
【0023】
図9は、水平方向に流れがある場合のマイクロミキサーの渦を可視化した写真である。図9は同じマイクロミキサーを5μL/分の流れの存在下で撮影した写真である。この図9に示したように、本実施例であるマイクロミキサーは、流れの存在下でも動作することは明らかであり、連続するオンラインプロセスの一部として使うことはもちろん可能である。
【0024】
以上2つの実施例では、電極対40と接する部分のマイクロ流路の方向が電極対40の電極間ギャップと平行か直交、すなわち0度か90度で交差する2つの例を示したが、本発明はこの2つの角度に限定されるものではない。交差する角度を0度より大きく90度より小さい任意の角度とする場合には、流路内の流体を流路の軸方向へポンピングし、かつ、流路内の流体を鉛直方向へ軸移動させてミキシングする2つの機能を同時に兼ね備えたデバイスが実現できる。
【0025】
また上記2つの実施例では、循環する流れの閉ループ型と流入端から流出端へ流れる開ループ型の、2つの細長い流路例について述べた。しかし、本発明の主旨は流路の幅に制限を設けるものでは無く、本発明によるマイクロポンプ、マイクロミキサーの動作が有効な構造であるならば、どのような流路であっても構わない。
【0026】
図10は、平行平板間スペースで攪拌するマイクロ流体デバイスの立面図である。例えば図10は、表面に試料を塗布し固定化した試料基板45と、表面に電極対40を光リソグラフィーによりパターンニングした電極基板46の2枚の平面基板を対向させ、数十μmから数百μm程度のスペーサー47を挟んで形成される平行平板間スペースを流路とする例である。
【0027】
この図10の例のように2次元的広がりを持つ流路では、電極対40の電極ギャップに沿って上昇した液体の流れは、電極対40から離れた位置で下降する流れとなり、平行平板間スペース内を循環する。生体試料の分析では、遺伝子のハイブリダイゼーションや酵素の反応、抗原抗体反応など、長時間の反応を必要とするプロセスも多い。電極対40を備えた図10の構成のマイクロ流体デバイスを用いれば、平行平板間スペース内の少量の試料でも攪拌が可能となり、攪拌によって反応速度が速くなり、検査や分析のプロセスの時間短縮が実現する。特に、遺伝子チップやプロテインチップなどの生体物質分析用のアレイチップに有効である。
【0028】
以上の実施例で述べたように、本発明により、シンプルな構造で、制御も容易な、10ミリS/m以上の導電率の液体(生理食塩水を含む)で動作するマイクロポンプ、マイクロミキサーが実現する。さらに本発明は、マイクロポンプ、マイクロミキサーを用いることが可能な全てのマイクロ流体デバイスに適用されるものであり、さらには使用可能な全ての検査装置や分析装置に適用されるものである。以下に具体例を示す。
【実施例3】
【0029】
図11は、本発明によるマイクロ流体デバイスを備えた分析装置の全体構成図である。ここでは特に、血小板凝集塊サイズを計測する血小板凝集能検査に応用した例を示し、その構成と動作を説明する。
【0030】
検査の前処理として、3.8%クエン酸採血を行った被検者の血液から多血小板血漿(PRP)あるいは貧血小板血漿(PPP)の血小板試料を作成し、図には示されていない試料リザーバー内で、体温と同じ37℃にてインキュベートする。一方、血小板凝集惹起剤として、エピネフリン(Epinephrine)0.3μMを作成し、送液ポンプ16に備えられた凝集惹起剤用リザーバーにセットする。
【0031】
インキュベートした血小板試料の血漿を生理食塩水で置換したのち少量をピペットでマイクロ流体デバイス1に設けられた開放型のウェルに滴下する。このマイクロ流体デバイス1は垂直に立てて顕微鏡32の試料台にセットされており、血小板凝集惹起剤を送り込むための送液ポンプ16、廃液等を吸い出すための吸引ポンプ17がチューブを介して接続され、マイクロポンプ、マイクロミキサーを駆動するための交流電源31が3系統に分かれた電線を介して接続されている。
【0032】
またマイクロ流体デバイス内の血小板の状態および変化は、顕微鏡32に設置したCCDカメラ33で電気信号化され、画像解析、画像処理、画像蓄積などを担うデータ収集解析装置34に入力される。プロセス制御装置35は送液ポンプ16、吸引ポンプ17、交流電源31、データ収集解析装置34とのインターフェースを介して、検査に必要なプロセスをプログラムに沿って制御する。
【0033】
図12は、分析装置用マイクロ流体デバイスの立面図である。本実施例で用いるマイクロ流体デバイスの構造を、図12を用いて説明する。第1の流入口12は開放型のウェルであり、試料はここからピペットによる滴下などの方法で注入される。第2の流入口13と流出口14はそれぞれ図11の送液ポンプ16と吸引ポンプ17に接続されている。
【0034】
マイクロ流路11は循環する流路の構成になっていて、第1の流入口12と第2の流入口13からの流路とで構成する十字状交差流路15、本発明の実施例2で述べたマイクロミキサー41、本発明による時計回り循環用のマイクロポンプ43、流出口14へ通じるT字交差流路19、本発明による反時計回り循環用のマイクロポンプ44が順に並ぶ。
【0035】
図13A〜図13Dは、分析装置用マイクロ流体デバイスの動作を説明する図である。次にこの分析装置の動作として、図11のプロセス制御装置にプログラミングされた手順にそって説明する。図12のマイクロ流体デバイスの全流路が、あらかじめ生理食塩水20で満たされた段階から説明を開始する。この生理食塩水で満たす手順として種々の方法が考えられるが、ここでは省略する。また、使用した循環流路の断面は幅400μm、深さ320μmの矩形である。
【0036】
まず、第1の流入口12である開放型ウェルに、ピペットから血小板試料22を一滴(20〜50μL)滴下し、検査プロセスを開始する。開始時の十字状交差流路15付近の状態を図13Aに示す。
【0037】
次に、送液ポンプ16(2μL/分)と吸引ポンプ17(2μL/分)を同時にONすると、生理食塩水20は流出口14から流出し、同じ体積分の血小板凝集惹起剤23が第2の流入口13から流入し、6秒後には図13Bに示すように、十字状交差流路15を中心にした1500μmの血小板凝集惹起剤23のプラグができる。
【0038】
次に(6秒後の状態で)、送液ポンプ16のみOFFにすると、今度は開放型ウェルである第1の流入口12から血小板試料22が十字状交差流路を通って注入され、3秒後には図13Cに示すように、1500μmの長さの血小板凝集惹起剤23の真ん中に750μmの血小板試料22がサンドイッチされたプラグができる。この段階で吸引ポンプ17もOFFにする。
【0039】
次に、交流電源31の、反時計回り循環用のマイクロポンプ44に接続した端子をONにし、試料を含むプラグをマイクロミキサーに向けて移動させる。この状態を図13Dに示す。
【0040】
試料を含むプラグがマイクロミキサー41に到達した時点で、交流電源31の、マイクロミキサー41に接続した端子をONにし、血小板試料22と血小板凝集惹起剤23の混合と攪拌を開始する。
【0041】
図14は、分析装置検出部の部分拡大図である。血小板の凝集塊の大きさが攪拌する時間とともに変化する様子は、図14に示すように顕微鏡32、CCDカメラ33を介し、モニター36で観察することができ、同時に測定、分析を進めることができる。
【0042】
図15は、分析結果を示すグラフである。図15は、血小板試料と凝集惹起剤との混合を開始した時点の血小板凝集塊の粒径分布と、混合後3分における血小板凝集塊の粒径分布を比較した分析例である。
【0043】
ここでは述べなかったが、時計回り循環用のマイクロポンプ43は、反時計回り循環用のマイクロポンプ44と対で使用することにより、試料プラグの位置とマイクロミキサー41の電極間ギャップが正確に一致させるような場合の微妙な位置制御、あるいは全流路を生理食塩水で満たす準備期間に発生する空気プラグや特定の反応生成物のプラグを抜き取るために流出口のT字流路へ導く場合など、特に正確な位置制御が必要な場合に役立つ。
【0044】
本実施例で測定に使われた血小板試料と血小板凝集惹起剤の体積は、それぞれ0.1μLと0.2μLである。このように本発明によれば、試料消費量とデッドボリュームが極めて少ない分析装置を実現することができる。
【0045】
本発明による分析装置の実施例では、血小板試料を例とした凝集能検査装置を開示したが、本提案のマイクロ流体デバイスの応用対象となる生体物質は血小板に限定されるものではなく、遺伝子、抗体、たんぱく質、ウイルス、細胞、血液、バクテリアなど、マイクロサイズあるいはそれ以下のサイズの生化学物質や生体試料の全てを含むものである。
【0046】
また本提案の主旨によれば、分析装置の対象試料は生体物質に限られるものではなく、マイクロチャネル内で反応させるためのミキサーを要するあらゆる化学物質が対象であり、さらにマイクロチャネル内でポンプによる搬送が必要なあらゆる溶液や分散液を対象とすることが可能である。
【0047】
図16と図17は、図10で示した例と同じように、薄いスペーサー47で隔てられた平行な2つの壁面の(電極基板46と対向基板50に挟まれた)隙間からなる構造のマイクロ流体デバイスの例である。一般的な性質として、このような流路内部の流体は、隙間が狭くなるほど流れ難くなる。それは、平面方向に広がる流体が壁面から受ける粘性抗力(2次元)と流体の体積(3次元)との比が隙間が狭くなるほど大きくなるためであり、流れを生じさせるには非常に大きな力や圧力の印加が必要になる。しかし我々は、この壁面に電極対を設置した場合、以下に挙げる2つの特性が発現することを見出した。
【0048】
その第1の特性は、隙間が200μm以下になっても電極間ギャップに生じる上昇流れの速度が低下しないことである。それだけではなく、条件によっては速度が上昇する場合もある。そして第2に、平行な壁面の向き(垂直方向)を維持しつつ、壁面上の電極対の電極間ギャップを斜め(垂直方向から回転させた方向)に向くよう配置すると、上述の電極ギャップ間に発生する流れは、斜めを向いた電極間ギャップに沿って、やはり斜め方向に流れることである。ただし流れの速度は、垂直からの角度が大きくなるほど遅くなり、水平(垂直から90度)の向きでほとんど動かなくなる。
【実施例4】
【0049】
図16は、平行平板間スペースで流れを集束するマイクロ流体デバイスの立面図である。次に、上述した2つの特性を利用したデバイスの例を以下に示す。図16に示した実施例は、逆Y字状に配置した構成の電極対が発現する作用により、幅広い流れの集束を実現するものである。
【0050】
本実施例での電極対の構成は、垂直方向を向いた第1電極対51の下端に、斜めに開いた形で第2電極対52と第3電極対53が配置されている。これ等3つの電極対全てに交流電圧が印加されていると、第2、第3電極対52、53の電極間ギャップには、その垂直方向との角度に応じてベクトル分配された速度で流れる斜め方向の流れが生じており、また第1電極対51には速い垂直上昇流れが生じている。この様な動作の組合せにより、第2、第3電極対52、53による比較的遅い斜めの流れは、さらにゆっくりと流れる平面状流路内の流れを束ね、流れの速い第1電極対51間に送り込む漏斗のような作用を与えることができる。
【0051】
図17は、平行平板間スペースで流れを分配するマイクロ流体デバイスの立面図である。図17に示した実施例は、前記の実施例の電極配置を上下逆にし、第1電極対51間の速い流れに運ばれた試料に関する何かしらの情報に応じて、流れに選択的な分配/切替を施す機能を実現するものである。この実施例の場合には、例えば、蛍光を発色した粒子を光学的に検知し、その情報に基づき、粒子が通過するタイミングを見計らって第2、第3電極対52、53への印加電圧をオン/オフあるいはスイッチングし、必要な粒子のみを特定の層流位置に集めることができる。図17では、第3電極対53に印加される交流電圧はOFF、第1電極対51と第2電極対52がONの状態を示しており、流れが電圧を印加されている電極に導かれて右上方へ向かう例である。
【0052】
なお上記の図16と図17の実施例では、いずれもデバイスの4辺のうち2辺をスペーサーで閉じ、他の2辺はオープン状態とし、流体自身の毛管力で流体を支える構造のデバイスを示した。しかし、本発明は使用するスペーサーの構成や数に関わらず成り立つものであり、したがって図10の実施例で示したようなデバイス周囲を囲む形のスペーサーでもよく、他のどのような形のスペーサーであっても構わない。
【0053】
以上の実施例で述べたように、本発明によれば、平行な2平面に挟まれた狭い隙間からなる流路内に、隔壁を設けることなく、壁面にパターンニングした電極に沿って流れを集め、速い流れで導き、分配あるいは分類するシンプルな構造のマイクロ流体デバイスが実現できる。また、細い流路を用いる従来のマイクロ流体デバイスとは異なった流体のマニピュレーションが可能となることから、マイクロ流体デバイスの設計の自由度をさらに広げることができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上述べたように本発明は、シンプルな構造のマイクロポンプとマイクロミキサーを実現し、さらに、これらを基本パーツとするマイクロ流体デバイスを提供する。また本発明は、化学分析装置や生体物質検査装置(μTAS)、マイクロ化学リアクター、マイクロマシン(MEMS)などのマイクロ流体デバイスが使われるあらゆる装置や機械に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】従来例であるマイクロ流体デバイスの部分拡大図
【図2】本発明によるマイクロポンプの拡大図
【図3】マイクロポンプを搭載したマイクロ流体デバイスの立面図
【図4】マイクロポンプ流入口付近の流線を可視化した写真
【図5】マイクロポンプの特性を示すグラフ
【図6】本発明によるマイクロミキサーの拡大図
【図7】マイクロミキサーを搭載したマイクロ流体デバイスの立面図
【図8】マイクロミキサーの渦を可視化した写真
【図9】水平方向に流れがある場合のマイクロミキサーの渦を可視化した写真
【図10】平行平板間スペースで攪拌するマイクロ流体デバイスの立面図
【図11】本発明による分析装置の全体図
【図12】分析装置用マイクロ流体デバイスの立面図
【図13】分析装置用マイクロ流体デバイスの動作を説明する図
【図14】分析装置検出部の部分拡大図
【図15】分析結果を示すグラフ
【図16】平行平板間スペースで流れを集束するマイクロ流体デバイスの立面図
【図17】平行平板間スペースで流れを分配するマイクロ流体デバイスの立面図
【符号の説明】
【0056】
1 マイクロ流体デバイス
10 マイクロポンプ
11 マイクロ流路
12 第1の流入口
13 第2の流入口
14 流出口
15 十字状交差流路
16 送液ポンプ
17 吸引ポンプ
18 側壁
20 生理食塩水
22 血小板試料
23 血小板凝集惹起剤
30 マイクロミキサー
31 交流電源
32 顕微鏡
33 CCDカメラ
34 データ収集解析装置
35 プロセス制御装置
36 モニター
40 電極対
41 マイクロミキサー
42 マイクロポンプ
43 時計回り循環用のマイクロポンプ
44 反時計回り循環用のマイクロポンプ
45 試料基板
46 電極基板
47 スペーサー
50 対向基板
51 第1電極対
52 第2電極対
53 第3電極対
100 基板


【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体を挟み対向して配置される第1及び第2基板と、
該第1基板の流体が接する面に、対向して配置される電極対と
を備え、該電極対の電極間ギャップが鉛直方向を向いており、前記電極対に交流電圧が印加されることにより前記電極間ギャップに沿って反重力方向に前記流体が流れることを特徴とするマイクロ流体デバイス。
【請求項2】
前記電極対に接して鉛直方向に前記流体を流すマイクロ流路が形成されていることを特徴とする請求項1記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項3】
前記電極対に接して水平方向に前記流体を流すマイクロ流路が形成されていることを特徴とする請求項1記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項4】
前記第1及び第2基板の間において前記流体が循環して流れることを特徴とする請求項1記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項5】
請求項1乃至4いずれかに記載のマイクロ流体デバイスを用いることを特徴とする分析装置。
【請求項6】
流体を挟み対向して配置される第1及び第2基板と、
該第1基板の流体が接する面に、対向して配置される電極対と
を備え、該電極対の電極間ギャップが鉛直方向に対して斜めに向いており、前記電極対に交流電圧が印加されることにより前記電極間ギャップに沿って反重力方向斜めに前記流体が流れることを特徴とするマイクロ流体デバイス。
【請求項7】
前記電極対として、
前記電極間ギャップが鉛直方向を向いている第1電極対と、
前記電極間ギャップが鉛直方向に対して斜めに向いている第2電極対と、
前記電極間ギャップが鉛直方向に対して前記第2電極の電極間ギャップとは逆の斜めに向いている第3電極対と
を備え、これら3つの電極対の端が近接して配置され、三叉状に構成されていることを特徴とする請求項6記載のマイクロ流体デバイス。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13A】
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【図13B】
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【図13C】
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【図13D】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−175812(P2008−175812A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−324005(P2007−324005)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(304015760)有限会社フルイド (10)
【Fターム(参考)】