説明

マイクロ流体デバイスにおける気泡除去装置及び方法

【課題】 混入したり生成した気泡を、簡便かつ確実にマイクロ流路内から取り除く技術を提供する。
【解決手段】 この気泡除去装置は、1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイス10と、このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置30と、これらマイクロ流体デバイスおよび送液装置を制御するマイクロ反応システムを有する。この気泡除去装置によれば、運用開始時に試薬をマイクロ流路14に導く際や、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、送液装置30を制御して送液出力を時系列的に変動させることにより、マイクロ流路14内の気泡の除去を促進する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガラス、樹脂、もしくは金属材料を用いて10mm以下のマイクロな流路断面寸法であるマイクロ流体デバイスにより構成されたマイクロリアクター、および/またはμTAS(マイクロトータルアナリシスシステム)において、合成や分析開始時において、液体である試薬をマイクロ流体デバイス内に導入する際、および/またはマイクロ流路中における各種反応により流路内で気泡が発生したことを起因とする、流路内に存在している気泡を迅速・確実にマイクロチップ外へ排出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、10mm以下の微小な流路断面積の流路(微小流路)を用いて試薬溶液を流通させながら種々の微小化学反応を起こさせるマイクロチャネルチップが注目されている。このようなマイクロチャネルチップには、例えば、流路断面積が微小であることから、試薬溶液、検体の体積が少量で十分であることに加え、流路を流れる比表面積(単位体積当たりの表面積)が大きくなるので、熱交換効率が極めて高く、また、温度制御を迅速に行うことが容易であるため、反応生成物の立体化学、幾何異性、および位置異性に対して高い選択性が得られ、反応を効率的に行わせることができる等のメリットがある。このためマイクロチャネルチップは、所定物質の生産を目的とした合成反応(マイクロリアクションシステム)、あるいは検査を目的とした試薬溶液と検査体との反応を行わせる(マイクロトータルアナリシスシステム、μTAS)ために使用されることが多い。
【0003】
またマイクロリアクションシステム特有の反応を得るため、もしくはμTASにおける分析時間や分析精度の向上を図るために、年々マイクロチップ内の流路は、より微細でより複雑な形状へと開発が進んでいる。
【0004】
なお、上記説明において、微小流路とは、断面寸法が10mm以下の流路を意味する。現在の加工技術に照らし合わせた条件で望ましくは、500μm〜100nmの断面寸法の流路である。微小流路の加工技術進歩により加工費用の低下、および加工精度の向上が図られた場合には、試薬を分子レベルで制御するために、1μm〜100nmの断面寸法の流路がさらに望ましい。
【0005】
しかしながら、マイクロチャネルチップのようなマイクロ流体デバイスにおいては、様々な問題も顕在化している。すなわち、マイクロ領域では表面張力が支配的となるため、マイクロ流路に留まった気泡を取り除くことは難しい。よってマイクロ流体デバイス運用においては、運用開始時に試薬を流路内に連通する際に気泡を除去する技術、マイクロ流路内で気泡を発生させない技術、さらに化学反応などによって不可避に発生した気泡をマイクロ流路内から取り除く技術が求められている。本発明によるものは前記の中の、運用開始時に試薬を流路内に連通する際に気泡を除去する技術、および運用時にマイクロ流路内で発生した気泡を流路から取り除く技術に関するものである。
【0006】
例えば、試薬AとBの混合反応を行う一般的なY字形の流路62を持つマイクロ流体デバイス60を図10に示す。このような単純な流路のデバイスであれば、仮に流路において気泡などが発生しても、送液時に排出されるため大きな問題にならなかった。しかしより高機能化するために、マイクロ流体デバイスを複雑な流路で設計・製作した際には、流路中に気泡が存在して排出されず、デバイスは当初予定通りの性能を発揮できない場合がある。
【0007】
例えば、図5に示すように、複数の流入流路18a,18bから混合流路16へ流入させるような流路を設計した場合を仮定する。流入流路18a,18bの一部に気泡などが存在してしまうと、気泡の影響により気泡が存在する流入流路18a,18bの抵抗が増大するため、他の流入流路18a,18bへしか試薬が供給されない。よって結果として気泡が排出されず存在し続けるため、マイクロ流体デバイスとして当初予定通りの性能を発揮することができなくなるような事象が発生する。
【0008】
上記の気泡除去に関する技術として、例えば特許文献1に記載の技術が挙げられる。この文献に記載された技術は、マイクロ流体デバイスを構成する際に、試薬に対して疎水性および通気性を有した中間部材を用いて流路を形成するものである。しかしながら、マイクロ流体デバイスの流路に連通させる試薬は、様々な合成もしくは分析に用いるために多種多様であり、マイクロ流体デバイスの流路壁面に用いる材料は、これらに対して耐腐食性や耐薬品性が求められるため、通気性および疎水性を有した材料を用いることができない場合が多く、汎用性のある技術とは呼べない。
【0009】
また特許文献1以外にも、あらかじめ流路を大気圧より低い状態にした後に送液する(真空引き)、もしくは表面処理技術を用いて流路を化学修飾して疎水性もしくは親水性にすることによって、気泡が流路に存在することを防ぐ技術はある。しかしいずれも大掛かりな装置や、前処理が必要であるため簡便な方式とは言えない。これらマイクロ流体デバイスの気泡除去に関する問題に対して広く汎用性を持った技術は見当たらない。
【特許文献1】特開2005-181095号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来技術では前記のような問題があったため、流路のマイクロ化に制約があったり、デバイス内の流路を複雑化に制約があったりし、また、通気性や疎水性の材料を用いた場合には使用できる試薬に制限があった。
【0011】
本発明はこれらの問題を鑑みてなされたものであり、特別の素材を用いなくても、運用開始時に試薬を流路内に連通させる際に流路内に残存してしまった気泡や、化学反応などによって不可避に発生した気泡を、簡便かつ確実にマイクロ流路内から取り除く技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の気泡除去装置は、1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスと、このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置と、これらマイクロ流体デバイスおよび送液装置を制御するマイクロ反応システムにおいて、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、前記送液装置を制御して送液出力を時系列的に変動させることにより、マイクロ流路内の気泡の除去を促進することを特徴とする。
【0013】
請求項1に記載の発明においては、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、送液装置を制御して送液出力を時系列的に変動させることにより、簡便かつ確実に、マイクロ流路内の気泡の除去が行われる。
【0014】
請求項2に記載の気泡除去装置は、1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスにおいて、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、マイクロ流路の壁を変位させて、一時的に流路を拡大することによって気泡の除去を行うことを特徴とする。
請求項2に記載の発明においては、マイクロ流路の壁を変位させて、一時的に流路を拡大することによって、気泡の除去が行われる。
【0015】
請求項3に記載の気泡除去装置は、請求項1又は請求項2に記載の発明において、前記流路内の気泡の存在および位置を特定するために、顕微鏡(マイクロスコープ)システムを用いていることを特徴とする。
請求項4に記載の気泡除去装置は、請求項1又は請求項2に記載の発明において、前記流路内の気泡の存在および位置を特定するために、流路の画像を分析する画像分析手段を用いていることを特徴とする。
【0016】
請求項5に記載の気泡除去方法は、1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスと、このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置と、これらマイクロ流体デバイスおよび送液装置を制御するマイクロ反応システムにおいて、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、前記送液装置を制御して送液出力を時系列的に変動させることにより、マイクロ流路内の気泡の除去を促進することを特徴とする。
【0017】
請求項6に記載の気泡除去方法は、1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスにおいて、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、マイクロ流路の壁を変位させて、一時的に流路を拡大することによって気泡の除去を行うことを特徴とする。
【0018】
請求項7に記載のマイクロ流体反応システムは、1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスと、このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置と、流路内における気泡の発生を検知する気泡検知手段と、気泡発生を検知した時に、前記送液装置の送液出力を時系列的に変動させて前記マイクロ流路内の気泡の除去を促進する制御装置とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
請求項1ないし請求項7に記載の発明によれば、運用開始時に試薬を流路内に連通させる際に流路内に残存してしまった気泡や、化学反応などによって不可避に発生した気泡を、簡便かつ確実にマイクロ流路内から取り除くことができ、ひいては、流路寸法設計の自由度を大きくし、複雑なデバイス内の複雑な流路設計を可能として、マイクロ流体デバイスの利点を最大限活かすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、添付図面を参照して、この発明の実施の形態のマイクロ反応システムを説明する。
図1は、この実施の形態のマイクロ反応システムの全体構成を示すもので、マイクロ流体デバイス(反応系)10と、これに2つの原料液を供給する給液系30と、マイクロ流体デバイス10の状態を監視し、その動作を制御する制御系50を備えている。給液系30は、異なる試薬を供給する試薬タンク32a,32bと、それぞれの試薬タンク32a,32bから反応原料(試薬)を供給する2つの送液ポンプ34a,34bを備えている。制御系50は、例えばパーソナルコンピュータからなる制御装置52と、マイクロスコープ54等からなる監視装置や流路に設置した圧力センサ56a,56b,56cを備えている。
【0021】
この実施の形態のマイクロ流体デバイス10は、図2に示すように、3枚の板状部材12a,12b,12cにより構成され、マイクロ流体デバイス10の本体部である反応流路14は中央の部材12bに形成されている。反応流路14は、この実施の形態では、魚の骨状に形成され、中央の混合流路16と、これに両側から異なる試薬を供給する第1および第2の流入流路18a,18bが交互に合流して構成されている。その結果、混合流路16の下流部分では、2液が幅方向に多層流れを形成して、試薬の混合を促すように設計されている。第1および第2の流入流路18a,18bは、長さが異なるように形成され、外端部の底部を貫通する導入孔が、それぞれ異なるライン上に揃うように形成されている。
【0022】
下側の板状部材12cは試薬供給部材であり、それぞれの試薬タンク32a,32bに配管20a,20b等を介して接続された共通供給流路22a,22b(試薬槽)22a,22bが形成されている。これらの共通供給流路22a,22bは、反応流路14の流入流路18a,18b底部に形成された導入孔の下部に位置しており、これを介してそれぞれの試薬が流入流路18a,18bに導入されるようになっている。なお、混合流路16の下流側は、配管20cを介して製品タンク23に接続されている。
【0023】
このマイクロ流体デバイス10は、試薬に対して耐食性が有る素材から構成され、必要に応じて、予熱や反応促進のための温度調整手段や温度センサを設置している。反応流路14の上側には、上面を覆う蓋部材12aが設置され、これは流路を監視できるように透明素材で構成されている。なお、気泡の監視手段として、光学的手段以外に、例えば、圧力センサ56a,56b,56cによって流路の前後の差圧を測定する方法を用いることができる。図3には、共通供給流路(試薬槽)22a,22bの圧力を検知する圧力センサ56a,56bと、混合流路16の圧力を検知する圧力センサ56cが示されている。この場合には蓋部材12aを透明素材で構成する必要は無い。また、流量センサを適宜の位置に設置してもよい。
【0024】
この実施の形態では、制御装置52は、マイクロスコープ54で得られた流入流路18a,18bの画像を分析し、気泡が存在するかを判断する。気泡の形状は円、楕円あるいは長円形の特徴があり、それを流路の形状や寸法とともに制御装置52に記憶させておく。そして、適時に、画像上の図形と記憶された形状を比較して、気泡の有無を判定する。特に、観測した円の径や楕円の短径が流路幅と等しいか、楕円の長軸の向きが流入流路18a,18bに沿っているかを判断すれば、より正確に判定できる。また、制御装置52は、圧力センサ56a,56b,56cや流量センサの測定値を補助的に用いることができる。
【0025】
制御装置52は、ポンプ34a,34bの動作を制御することによって、マイクロ流体デバイス10内の流量及びそれに伴い圧力を変化させることができる。これにより、後述するように、マイクロ流体デバイス10流路内の気泡を排除するようになっている。この実施の形態では、マイクロ流体デバイス10内の圧力が許容上限近傍であるときには、圧力をそれ以上上昇しないように制御する方法を採用するので、そのためにマイクロ流体デバイス10の許容圧力を事前に記憶させておく。例えば、ガラス製のマイクロ流体デバイス10では、許容圧力は4MPa程度のものが有る。許容圧力は、通常はマイクロ流体デバイス10の材質、加工法、および接合法などによって、それぞれに固有の許容圧力を設定することが望ましい。
【0026】
以下、このように構成されたマイクロ反応システムの動作を、図4のフロー図を参照しつつ説明する。なお、以下のような気泡検知・排出動作を行う必要が有るのは、特に、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際であるので、そのような所定のタイミングだけ行うようにしてもよいが、勿論、定常的に行っても良い。
【0027】
制御装置52は、監視装置54の出力を分析し、流入流路18a,18bに気泡が存在するかどうかを判定する(ステップ1)。気泡が存在しない場合には、気泡排除の動作は行わず、適当なタイミングでステップ1を繰り返して監視を継続する。気泡が存在する場合は、圧力センサ56a,56b,56cの測定値を先に記憶した許容圧力と比較し、許容範囲内か否かを判定する(ステップ2)。許容範囲内であるときは、ポンプ34a,34bの流量を事前に設定した所定の値だけ増加させるように、ポンプ34a,34bの動作を制御する(ステップ3)。
【0028】
次に、制御装置52は、気泡が存在するかどうかを、監視装置54の出力分析により、ステップ1と同様に行い(ステップ4)、NOであれば、排出されたものと判断し(ステップ5)、ポンプ34a,34b流量を平常運転条件に戻す(ステップ6)。ここで、運用開始時だけ気泡排出動作を行う場合には、監視動作を終了するが、定常的に行う場合には、破線で示すように、ステップ1の監視動作態勢に戻る。
【0029】
ステップ4で気泡が残留する場合には、ステップ2〜ステップ4を繰り返して行い、さらに気泡を排出させる。さらに圧力を増加して、ステップ2において、マイクロ流体デバイス10内の圧力が許容範囲内でないと判定された場合には、圧力上昇による気泡排出はできないと判定する(ステップ7)。これは、例えばガラスで製作されたマイクロ流体デバイス10の許容圧力が4MPaであった場合に、ポンプ34a,34bの出力を調整してマイクロ流体デバイス10内の圧力をそれ以上にしてしまうと、マイクロ流体デバイス10の破損などを生じる危険があるからである。
【0030】
この場合は、以下のステップにおいて、圧力を上昇させずに気泡を排出させる方法を採用する。すなわち、給液系30の装置を用いて気泡の前後の圧力差を周期的に変動させる(ステップ8)。具体的には、流量が、その時点の流量値と、それより下のある流量値との間を所定周期で変動するように、給液系30を制御する。この制御は、ポンプ34a,34b流量の調整だけでなく、例えば流量制御弁を設置してその開度を調整することにより行っても良い。
【0031】
流量の変動により、気泡前後の圧力差が変動するため流入流路18a,18bに存在している気泡は、流量(圧力)の変動に応じて変形する。気泡の変形に伴い気泡と流入流路18a,18b壁面との接触角θ(図6参照)が変動するため、気泡を流入流路18a,18b内に留めようとする表面張力が変動する。よって一時的に気泡を留めようとする力τ(図5参照)が小さくなり、気泡は下流側へ移動することになる。
【0032】
制御装置52は、気泡が存在するかどうかを、監視装置54の出力分析により、ステップ1と同様に行い(ステップ9)、NOであれば、排出されたものと判断し(ステップ10)、ポンプ34a,34bの運転動作を平常運転条件に戻す(ステップ11)。その後、先の場合と同様に、監視動作を終了するか、再度監視動作態勢に戻る。ステップ9において、気泡が検出される場合には、ステップ8〜ステップ10を繰り返して行い、気泡を排出させる。もし、所定回数繰り返し、あるいは所定時間排出動作を行っても排出されない場合には、警報を表示したり、警報音を発したり、あるいは装置を停止する等の措置を執る。
【0033】
ここで、上記のような工程を行うことによって気泡が排出される過程を説明する。
図2、図3のように複数の流入流路18a,18bより混合流路16へ流入するように設計されたマイクロ流体デバイス10を、簡略化して模式的に図5に示す。このマイクロ流体デバイス10では、流路は共通供給流路22a,22bを介して複数の流入流路18a,18bに分岐し、また混合流路16で合流する構造であり、1液のみに簡略化しているが、2液又はそれ以上でも同様に考察できる。
【0034】
この状態で試薬を試薬槽から混合流路16まで送液する為に、図示していないポンプ34a,34bを作動させ、試薬槽の静圧を上昇させる。作動中の試薬槽の静圧をP、混合流路16の静圧をPとすると、流入流路18a,18bにおいては、
【数1】

の関係が成立つ。ここで、λ:損失係数、L:流入流路18a,18b長さ、D:流路直径、ρ:流体(試薬)密度、およびV:流入流路18a,18bにおける流速である。
【0035】
また細い管内で自由表面を有する液体においては、図6に示すように、表面張力の影響によっていわゆる毛細管現象が生じる。この表面張力による力については、次式2のような関係が成立つ。
【数2】

ここでS:液体の表面張力、g:重力加速度、およびh:液体の水位差である。つまり見かけ上、細い管の自由表面を上方へ持ち上げ支えようとする力τが作用することになる。
【0036】
これと同様に、図5に示すマイクロ流体デバイス10においても、気泡が存在する流入流路18a,18bにおいては、液体の表面張力の影響で、流れを妨げる方向にせん断力τが作用する。流入流路18a,18b径Dを0.1mm(100μm)、液体を水として表面張力を72.75×10-3N/m、およびθを10°として試算すると式2より、最大で
【数3】

の圧力抵抗が生じる。
【0037】
以上により、本発明の細い管に存在する気泡を排出するには、以下の条件を満たすように、給液系30を制御すれば良い。
【数4】

式3より以下の施策が有効であることが分かる。
(1)一時的にポンプ34a,34b吐出圧を上げ、試薬槽の静圧Pを上げることによって上式3の条件を満たす条件にして、気泡排出を行う。(ステップ3)
(2)ポンプ34a,34b吐出圧を周期的に変動させ、試薬槽の静圧Pを周期的に変動させる。その影響で、流入流路18a,18b内の気泡形状が周期的に変動する。気泡の形状が変動することによって、気泡が壁面と接触する角度θが変動して表面張力による力を減少させ、徐々に気泡を排出する。(ステップ8)
【0038】
流入流路18a,18b内に気泡が存在する場合に、(1)の工程を用いて気泡を排出する際に必要な条件を試算する。これらマイクロ流体デバイス10内における1mm以下の断面寸法の流路における損失係数λは、以下の式4によって表される。
【数5】

ただしここで:レイノルズ数、およびν:液体の動粘性係数である。
上記の式1〜式4より、
【数6】

上式5の条件を満たせば気泡は排出される。水の動粘性係数νを10-6m2/s、および流入流路18a,18b長さLを10mmとして気泡排出に必要な流入流路18a,18bにおける流速の条件を試算すると、
【数7】

となる。よって気泡が存在していない流入流路18a,18bにおける流速を一時的に約0.36m/s以上になるようにポンプ34a,34b吐出圧を調整すれば、試薬槽の静圧Pが上がり上記の条件を満たすため気泡が排出される。
【0039】
図7は、(2)の方法、図4におけるステップ8の方法を確認するために行った実験例を説明するもので、図3のマイクロ流体デバイス10において,インクにより青色に着色した水と通常の水を用いて、ある条件のもとに運転している時の写真である。なお、流入流路18a,18bの幅は100μm、また混合流路16の幅は300μm、深さはいずれも40μmである。気泡が滞在している流入流路は,試薬が供給されないため,見かけ上閉塞した流路になっている。この状態において、3本の流入流路18a,18bに存在する気泡に対してステップ的に1Hzの周波数で1分間、ポンプ34a,34b出力のOn−Offを繰り返したところ、気泡の排出に成功した。なお今回は矩形波でポンプ34a,34bの出力を変動させたが、本技術におけるポンプ34a,34b出力の時系列的な変動には、正弦波、三角波、および台形波等のあらゆる波形を用いても良い。
なお、上記の実施の形態では、(1)の方法と(2)の方法を併用したが、状況に応じて、いずれか一方のみを用いるようにしてもよい。
【0040】
図8は、この発明の他の実施の形態のマイクロ反応システムを模式的に示すもので、気泡の排出をより迅速に行いたい、もしくはポンプ34a,34bの出力を一時的に増大することや時系列的に変動させるのは運用上好ましくない場合に、好適に採用されるものである。
【0041】
これは、上述した式3より、導き出される以下の結論に基づいて考案されたものである。
(3)一時的に流路の径Dを大きくすれば、表面張力による力τを小さくして気泡排出を促進することができる。式3および式4より流路を拡大すれば表面張力の影響は確実に小さくなるため、通常運転時のポンプ34a,34b吐出圧条件でも、気泡は排出されやすくなる。
【0042】
そこで、この実施の形態では、超弾性の特性を示す材料(形状記憶合金)などの素材で反応流路14を形成することによって、流路断面積を制御するようにした。すなわち、このマイクロ流体デバイス10の流入流路18a,18bは、定常動作温度では、図8(a)のようにストレートな流路形状を維持するが、これより高い気泡排出動作温度では、図8(b)のように、中央部が外側へ張り出す形状となる。但し、この図では張り出し度合いを誇張している。この場合の形状記憶合金としては、Au-Cd(金−カドミウム)合金、Ti-Ni(チタン−ニッケル)合金、およびCu-Al-Ni(銅−アルミニウム−ニッケル)合金等の材料を用いることができる。また、このマイクロ流体デバイス10には、各流入流路18a,18bを局所的に温度調整することが可能なヒータ(温調装置)24が設置されている。
【0043】
この実施の形態のマイクロ流体デバイス10において、流入流路18a,18bに気泡が存在していると判定されると、制御装置52は、その流入流路18a,18bを特定し、その部分の温調装置24を作動して、流路を局所的に加熱し、気泡排出動作温度にする。すると、図8(b)のように形状が変化して、気泡が存在する部分の流路断面積が増加し、さらに流路が広がることにより流路抵抗も低減するため、拡大した流入流路18a,18bの流量が増してそれらの相乗効果によって気泡の排出が行なわれる。先の場合と同様に、気泡の排出を確認したら、温調装置24の動作を止め、定常運転に戻る。なお、温度の上昇によって、反応自体が変化し、生成物が製品とならない場合には、この動作中の生成物を製品タンク23とは別の容器に向けて排出するようにする。
【0044】
なお、温調装置24は、流入流路ごとに設置しなくても、全体として温調するようなものでもよい。その場合は、全部の流路が張り出す形状になるが、流路間隔を充分とっておけば、問題は無い。また、流路部分を全て超弾性素材で作成することにより、局所的に多少の変形が生じても亀裂や破損などの心配は無い。従って、シール(試薬漏洩)の問題は生じない。
【0045】
図9(a)は、図8の実施の形態の変形例であって、形状記憶合金の替わりに、弾性材料を用いて、マイクロ流体デバイス10の流入流路18a,18bを形成したものである。そして、各流入流路18a,18b周囲には、ヒータ24の替わりに、密閉された隔壁空間26を設け、各隔壁空間26には圧力調整機構(例えば真空ポンプやコンプレッサー)28を設けている。弾性材料としては、通常の運転動作での圧力では大きく変形することがない程度の剛性を有しているもので、金属、樹脂(ゴム)材料等が適宜に採用される。
【0046】
この実施の形態のマイクロ反応システムでは、気泡が存在したと判定された流入流路18a,18bの周囲の隔壁空間26内の圧力を圧力調整機構28により減圧する。これにより、図9(b)に示すように、流路が膨張して、流路断面積が増大する。これにより、先の実施の形態と同様に流量の増大および表面張力の減少の相互作用によって気泡の排出が可能となる。なお、これと同時に気泡が存在しない流入流路18a,18bを囲む圧力隔壁内の圧力を逆に上げるようにしてもよい。これにより、これらの流路の断面積を縮小することによって、気泡が存在する流路への流量増大作用を得るため、気泡の排出が促進されるからである。
【0047】
なお、この実施の形態の場合も、流路全体に対して変形部分は少ない領域であること、および全体が弾性体の一体構造で製作されていることによって、亀裂や破損などの心配は無く、シール(試薬漏洩)の問題は生じない。
【0048】
以上説明したように、本発明には、多様な変形例が可能である。従って、それぞれの態様に応じて、各種の仕様を個別に設定することが、良い効果を得るために、必要である。例えば、マイクロ流体デバイス10の材質、反応流路14の加工法、流路表面の状態(粗さ、表面修飾、および界面に作用する各種の力)、および用いる試薬の物性等を考慮して、気泡排出に必要な好適運用条件を規定することが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】この発明の実施の形態のマイクロ反応システムの全体構成を示す斜視図である。
【図2】マイクロ流体デバイスの構成を示す図である。
【図3】この発明の実施の形態のマイクロ反応システムの全体構成を示すブロック図である。
【図4】この発明の実施の形態のマイクロ反応システムの動作を示すフロー図である。
【図5】この発明の実施の形態のマイクロ反応システムの作用を説明するための図である。
【図6】同じく、この発明の実施の形態のマイクロ反応システムの作用を説明するための図である。
【図7】この発明の実施の形態のマイクロ反応システムの作用を説明するための実験例を示す図である。
【図8】この発明の他の実施の形態のマイクロ反応システムの要部を模式的に示す図である。
【図9】この発明の他の実施の形態のマイクロ反応システムの要部を模式的に示す図である。
【図10】従来のマイクロ反応システムの要部を示す図である。
【符号の説明】
【0050】
10 マイクロ流体デバイス
12a 蓋部材
12b 板状部材
12c 板状部材
14 反応流路(マイクロ流路)
16 混合流路
18a,18b 流入流路
20a,20b 配管
22a,22b 共通供給流路(試薬槽)
24 温調装置(ヒータ)
26 隔壁空間
28 圧力調整機構
30 給液系(送液装置)
32a,32b 試薬タンク
34a,34b 送液ポンプ
50 制御系
52 制御装置
54 マイクロスコープ(監視装置)
56a,56b,56c 圧力センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスと、このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置と、これらマイクロ流体デバイスおよび送液装置を制御するマイクロ反応システムにおいて、
運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、前記送液装置を制御して送液出力を時系列的に変動させることにより、マイクロ流路内の気泡の除去を促進することを特徴とするマイクロ流体デバイスにおける気泡除去装置。
【請求項2】
1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスにおいて、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、マイクロ流路の壁を変位させて、一時的に流路を拡大することによって気泡の除去を行うことを特徴とするマイクロ流体デバイスにおける気泡除去装置。
【請求項3】
前記流路内の気泡の存在および位置を特定するために、顕微鏡(マイクロスコープ)システムを用いていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の気泡除去装置。
【請求項4】
前記流路内の気泡の存在および位置を特定するために、流路の画像を分析する画像分析手段を用いていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の気泡除去装置。
【請求項5】
1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスと、このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置と、これらマイクロ流体デバイスおよび送液装置を制御するマイクロ反応システムにおいて、
運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、前記送液装置を制御して送液出力を時系列的に変動させることにより、マイクロ流路内の気泡の除去を促進することを特徴とするマイクロ流体デバイスにおける気泡除去方法。
【請求項6】
1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスにおいて、運用開始時に試薬をマイクロ流路に導く際に、および/または、流路内に気泡が発生して流路が閉塞した場合に、マイクロ流路の壁を変位させて、一時的に流路を拡大することによって気泡の除去を行うことを特徴とするマイクロ流体デバイスにおける気泡除去方法。
【請求項7】
1mm以下の流路断面寸法を持つマイクロ流体デバイスと、
このマイクロ流体デバイスに送液するための送液装置と、
流路内における気泡の発生を検知する気泡検知手段と、
気泡発生を検知した時に、前記送液装置の送液出力を時系列的に変動させて前記マイクロ流路内の気泡の除去を促進する制御装置とを有することを特徴とするマイクロ流体反応システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−245038(P2007−245038A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−73738(P2006−73738)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】