説明

マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤

【課題】 MMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)を阻害する新たな有効成分とその供給源を開発する。
【解決手段】 下記の構造式(I)で示される化合物であるアルテピリンCを含有することを特徴とするマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)阻害剤。好ましい態様に従えば、MMP阻害剤を構成するアルテピリンCはアレクリンに由来し、別の好ましい態様に従えば、プロポリス、特にブラジル産のプロポリスに由来する。該阻害剤を含有する飲食用または口腔用組成物として利用される。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックスメタロプロテアーゼ(matrix
metalloproteinase:以下、MMPと略記することがある)阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
MMPは細胞外マトリックスを分解する酵素群で、19種のヒトMMPが報告されている〔岡田保典 産科と婦人科9 (7): 1115-1124,
2000(非特許文献1)〕。例えば、ゼラチナーゼであるMMP2は細胞外マトリックスの構成要素であるゼラチン、ラミニン、アグリカン、コラーゲン、フィブロネクチンおよびエラスチンを分解する酵素であり、この酵素の働きを阻害することにより癌細胞の浸潤と転移が抑制されることが報告されている〔Imren S.他、Cancer Res 56:
2891-2895, 1996(非特許文献2)〕。
【0003】
MMP2は特に乳癌の転移に深く関与している〔中島元夫 日本婦人科腫よう学会雑誌16巻:2号1998年(非特許文献3)〕。マトリライシンと呼ばれるMMP7は癌細胞特異的に産生され、MMP2と同様にゼラチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチンおよびエラスチンを分解する。胃癌や大腸癌ではMMP7の発現と癌転移との相関が報告されている。また、細胞膜と結合するMT1−MMPはプロテオグリカン、ゼラチン、ラミニン、コラーゲンおよびフィブロネクチンを分解し、大腸癌細胞や乳癌細胞の遊走を引き起こすことが知られている〔Koshikawa N.他、J Cell Biol
148: 615-624, 2000(非特許文献4)〕。
【0004】
細胞外マトリックスは哺乳動物の組織において細胞間のすきまを埋めている生体高分子であるが、この細胞外マトリックスの代謝はこれらのMMPとMMP阻害因子(TIMP:tissue inhibitors of matrix metalloproteinase)とのバランスにより調節されている。細胞外マトリックス成分の構造異常や、合成・分解の代謝バランスの崩れは、腫瘍転移、アレルギー(例:関節炎疾患、慢性関節リウマチ)、骨吸収疾患(例:骨粗鬆症)、歯周病、角膜腫瘍、皮膚の潰瘍化、糖尿病に付随するコラーゲン崩壊などの疾患の原因となる。よって、MMP(MMP活性)を阻害する物質は、これら6つの疾患に対する治療または予防薬として利用できる可能性がある。
【0005】
これまでにMMPを阻害する物質が幾つか報告されている。例として、ヒドロキサム誘導体〔特開平8−81443(特許文献1)〕、フラボノイド類〔特開平8−104628(特許文献2)、特開2000−80035(特許文献3)〕、エスクレチン誘導体〔特開平8−183785(特許文献4)〕、スルホニルアミノ酸誘導体〔特開平9−309875(特許文献5)〕、テルペン類〔特開平11−139947(特許文献6)〕、タンニン類〔特開2000−344672(特許文献7)〕などが知られている。その他、有効成分は特定できていないが、ユーカリなどの植物エキスに、MMPの阻害作用があることも報告されている〔特開2001−64192(特許文献8)、特開2001−192316(特許文献9)〕。
【特許文献1】特開平8−81443
【特許文献2】特開平8−104628
【特許文献3】特開2000−80035
【特許文献4】特開平8−183785
【特許文献5】特開平9−309875
【特許文献6】特開平11−139947
【特許文献7】特開2000−344672
【特許文献8】特開2001−64192
【特許文献9】特開2001−192316
【非特許文献1】岡田保典 産科と婦人科9(7): 1115-1124, 2000
【非特許文献2】Imren S.他、Cancer Res 56: 2891-2895, 1996
【非特許文献3】中島元夫 日本婦人科腫よう学会雑誌16巻:2号1998年
【非特許文献4】Koshikawa N.他、J Cell Biol 148: 615-624, 2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、MMP阻害物質の各種分野における利用を促進するために、MMPを阻害する新たな有効成分とその供給源を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、研究を重ねた結果、或る種のプロポリスやその起源植物に含有されていることがあるアルテピリンCにきわめて優れたMMPの阻害能があることを見出し本発明を導き出した。
【0008】
かくして、本発明は、下記の構造式(I)で示される化合物であるアルテピリンCを含有することを特徴とするマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)阻害剤を提供するものである。
【0009】
【化1】

【0010】
本発明の好ましい態様に従えば、本発明のMMP阻害剤を構成するアルテピリンCはアレクリンに由来する。本発明の別の好ましい態様に従えば、本発明のMMP阻害剤を構成するアルテピリンCはプロポリス、特にブラジル産のプロポリスに由来する。
さらに、本発明に従えば、上記のごとき本発明のMMP阻害剤の用途として該阻害剤を含有する飲食用または口腔用組成物が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、これまでに認識されていなかったアルテピリンCから成る新しいタイプのMMP阻害剤とそれを含有する各種組成物を可能にするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に従うMMP阻害剤を構成するアルテピリンC(3,5−ジピレニル−4−ヒドロキシケイ皮酸)は、既述の式(I)で表わされるように、クマル酸などとともにケイ皮酸(桂皮酸)の類縁体であるが、驚くべきことに、クマル酸やケイ皮酸に比べて、著しく高いMMP阻害能を有することが本発明者によって見出され、この事実はこれまでに認識されていなかった。
【0013】
アルテピリンCは、合成によっても得ることはできるが、プロポリス(特にブラジル産プロポリス)およびその起源植物に一つであるアレクリン(Baccharis dracunculifolia)の抽出物に含有されていることが知られており〔例えば、Y.K. Park他、J. Agri. Food.
Chem., Vol.52, No.5: 1100-1103, 2004(非特許文献5)〕、これらを原料とすることが好ましい。
【非特許文献5】Y.K. Park他、J. Agri. Food. Chem., Vol.52, No.5:1100-1103, 2004
【0014】
プロポリスはブラジル、中国、オーストラリア、ヨーロッパなど世界各国で採取されているが、その地域に生育しているプロポリスの源となる植物が異なるため、プロポリスに含まれる成分の種類や量に差がある場合もある〔熊澤茂則:ミツバチ科学、22(1): 1-8, 2001(非特許文献6)〕。ブラジル産プロポリスは、一般に、アレクリンを起源植物としており、アルテピリンCの入手源として好適である。
【非特許文献6】熊澤茂則:ミツバチ科学、22(1):1-8, 2001
【0015】
プロポリスまたはアレクリンからアルテピリンCを得るには、一般に、それらを抽出操作に供して抽出物とする。抽出は、アルコール、疎水性有機溶媒、または超臨界状態の二酸化炭素などを用いて行なうことができるが、本発明者は、エタノール80%と水20%(体積比)とから成る抽出剤を用いることにより、プロポリス(特にブラジル産)またはアレクリン(特にその新芽もしくは葉)からアルテピリンCが効率的に抽出できることを見出している。
【0016】
以上のようにして得られるプロポリス抽出物またはアレクリン抽出物は精製または濃縮または希釈して、あるいはそのままの状態で各種の組成物、特に飲食用または口腔用組成物の成分として用いられるのに好適である。界面活性剤を用いて水に乳化させて使用することもできるし、単独または副原材料と混合してカプセルや錠剤に包含して製剤化することもできる。プロポリス抽出物またはアレクリン抽出物を混合して得られた飲食組成物(例:菓子、パン、飴、ガム、飲料水など)は癌転移などの疾病予防を目的として利用できる。また、プロポリス抽出物やアレクリン抽出物を歯磨き粉またはうがい液等に混合して得られた口腔組成物は歯周病予防のために利用することもできる。プロポリスおよびアレクリンの成分であるアルテピリンCも如上のプロポリス抽出物やアレクリン抽出物と同様の仕様・態様で利用できる。
【0017】
(財)日本健康・栄養食品協会の「健康補助食品の摂取量、取扱方法表示の手引き」によれば、飲用組成物としてプロポリス抽出物の1日当りの摂取量は20ミリグラムから100ミリグラム(体重50キログラム当り)であることが望ましいとされる。プロポリス抽出物含有飲食品は国内において10年以上の販売実績があり、食経験上および科学的に安全であることが認められている。実際、急性毒性試験を実施し、大人の一度の経口摂取量が乾重量8グラムを超えない限り安全性に問題がないことを確認している。
【0018】
プロポリス抽出物に対するアルテピリンCの含有比率を考慮すると、飲食用組成物として利用する場合、アルテピリンCの1日当りの経口摂取量は3ミリグラムから15ミリグラムが望ましい。アレクリン抽出物を飲食用組成物に使用する場合も、アルテピリンCの摂取量が同様の基準になるようにするのが好ましい。
【0019】
プロポリス抽出物、アレクリン抽出物またはアルテピリンCを歯磨き粉等に混合して得られた口腔組成物を歯周病予防のために利用する場合、歯磨き粉に対するプロポリス抽出物、アレクリン抽出物またはアルテピリンCの含有率は特に限定されるものではないが、十分な効果を期待するためには少なすぎるのは好ましくなく、例えば、プロポリス抽出物濃度は3%(W/W)以上が望ましい。
以下に、本発明の特徴を更に具体的に示すため実施例を記すが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0020】
桂皮酸類縁体によるMMP阻害活性測定
市販されている高純度アルテピリンCおよびその類似体であるクマル酸や桂皮酸を入手した(入手先:和光純薬工業(株))。それらを用いて3種のMMP〔マトリライシン(MMP−7)、膜結合型のMT1−MMP、およびゼラチナーゼ(MMP−2)〕に対する阻害率を測定した。これらのMMPの活性型タンパク質の調製は公知の方法(特許文献7:特開2000−344672)に従って大略次のように行なった。
まず、これら3種のcDNAを発現ベクターに組み込み、大腸菌に感染させ、その大腸菌内で大量発現させた。発現したタンパク質をアフィニティーカラムで精製し、再構成(リフォールディング)を行った。MMP−7とMT1−MMPはトリプシンと反応させて、活性型のタンパク質を調整した。一方、MMP−2についてはp‐AMPA(p-aminophenylmercuric
acetate:p−アミノフェニル酢酸第二水銀)と反応させ、活性型のタンパク質を調整した。
【0021】
次に、アルテピリンC、3種のクマル酸(オルト−クマル酸、メタ−クマル酸、パラ−クマル酸の構造異性体)、桂皮酸を50%エタノールで10mg/mlに調製した。次にこれらの3標品を2倍ずつ1024倍まで希釈し、それぞれの標品ごとに11サンプルを調製した。これに、上記のように調製した活性型MMPのそれぞれを加え、37℃で15分間プレインキュベーション後、蛍光性ペプチド基質のMOCAc/DNPペプチド120μl(4.16μM)を加えて、37℃に保ちながら蛍光マイクロプレートリーダー(検出条件:励起波長320nm、蛍光波長390nm)で15分ごとに、120分間経時的に測定を行なった。測定後に20mM EDTA20μlを加えて反応を停止させ、蛍光UV検出器付HPLCに5μl注入してペプチドの検出を行なった(検出条件:70%アセトニトリル/0.1%TFA/30nm、UV280nm、流量1.0ml/分)。なお、阻害率の算出は次の計算法に従った。
【0022】
阻害率: HPLCによる分析結果から算出した阻害率
阻害率(%)=(A−B)/A×100
A=MT1−MMPのピーク高さ
B=各サンプルのピーク高さ
【0023】
さらに、MMP阻害活性の程度を定量的に比較評価するため、各サンプルの阻害率からIC50を算出し、評価指標として用いた。IC50とは「一定条件下でMMPの活性を50%阻害するために必要な検体の濃度」であり、この数値が小さいほど阻害活性が高いと言える。結果を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1に示すように、クマル酸や桂皮酸と比較して、アルテピリンCは著しく高いMMP阻害活性があることを発見した。特に、MT1−MMPとMMP7に対しては、桂皮酸には阻害活性がないが、アルテピリンCはクマル酸に比べて3〜8倍の阻害効果を有している。また、MMP2に対しても優れた阻害活性を有している。したがって、アルテピリンCは、MMP阻害物質として既述のように特定の疾患に対する治療または予防の効果が期待できる。
【実施例2】
【0026】
プロポリス抽出物によるMMP阻害活性測定
ブラジル産プロポリス原塊1グラムを粉砕し、木屑などのゴミを除去した後、抽出剤として(A)エタノール99.5%+残部水、(B)エタノール80%+水20%、(C)エタノール50%+水50%、(D)水、または(E)グリセリン80%+水20%(ミセル化抽出液)のそれぞれ3mlを用いて、すり鉢で磨り潰し、3日間室温で攪拌した。その混合物を絞り、フィルターろ紙(6μmメッシュ)して得られた上清を各プロポリス抽出物とした。その抽出物を濃縮後、エタノールで希釈することにより固形分濃度が20%(W/W))になるように調整した。市販されているアルテピリンCを標品として、HPLCによる分析を行い、これら5種のプロポリス抽出物に含まれるアルテピリンCを定量した。
それぞれの抽出剤を用いて得られたプロポリス抽出物の有効成分の量を表2に示し、さらに、アルテピリンCの含有量を図1に示す。なお、表2に示す各成分の量は次のようにして求めたものである。
【0027】
【表2】

【0028】
抽出剤として(エタノール80%+水20%)を用いた場合に、特にアルテピリンCが効率的に抽出された。そこで、このプロポリス抽出物を用いて、実施例1と同様の手法により、MMP(MT1−MMP)に対する阻害率およびIC50を求めた。なお、阻害率は、実施例1と同様にHPLCによる分析結果から算出した。表2における回収率とは、原料であるプロポリス原塊の重量に対する、得られた抽出物の重量比である。ブラジル産プロポリス抽出物のIC50(mg/ml)は0.038であった。
【実施例3】
【0029】
アレクリン抽出物によるMMP阻害活性測定
アレクリンの新芽1グラムに抽出剤として3mlのエタノール80%と水20%を加え、すり鉢で磨り潰し、3日間室温で攪拌した。その混合物を絞り、フィルターろ紙(6μmメッシュ)して得られた上清をアレクリン抽出物(1番絞り)とした。さらに、その絞り残渣に前記抽出剤を加え、同様に抽出した(2番絞り)。最終的に、これらの抽出物を混合し、試験用のアレクリン抽出物とした。実施例1と同様にしてMMP活性の阻害率を測定し、MT1−MMPに対するIC50(mg/ml)を算出したところ、0.047であった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により、プロポリス抽出物またはその起源植物アレクリンの抽出物含有成分であるアルテピリンCを用いて、マトリックスメタロプロテアーゼの活性を阻害することが可能になった。これらを阻害剤として用いることにより、腫瘍転移、アレルギー、骨吸収疾患、歯周病、角膜潰瘍、皮膚の潰瘍化、糖尿病に付随するコラーゲン崩壊などのマトリックスメタロプロテアーゼ関連疾患の予防または治療効果の期待できる組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】各種の抽出剤を用いてプロポリスを抽出した場合のアルテピリンCの含有量を示す。ただし、各サンプル中のプロポリス抽出物の固形分としての濃度は20%(W/W)に調整した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の構造式(I)で示される化合物であるアルテピリンCを含有することを特徴とするマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤。
【化1】

【請求項2】
アルテピリンCがアレクリンに由来することを特徴とする請求項1のマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤。
【請求項3】
アルテピリンCがエタノール80%と水20%とから成る抽出液を用いてアレクリンの新芽または葉を抽出して得られたものであることを特徴とする請求項2のマトリックスプロテアーゼ阻害剤。
【請求項4】
アルテピリンCがプロポリスに由来することを特徴とする請求項1のマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤。
【請求項5】
プロポリスがブラジル産であることを特徴とする請求項4のマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤。
【請求項6】
アルテピリンCが、エタノール80%と水20%とから成る抽出液を用いてプロポリスを抽出して得られたものであることを特徴とする請求項5のマトリックスプロテアーゼ阻害剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかのマトリックスメタロプロテアーゼ活性阻害剤を含有することを特徴とする飲食用または口腔用組成物。


【図1】
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【公開番号】特開2006−143685(P2006−143685A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−338616(P2004−338616)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(592207809)森川健康堂株式会社 (14)
【出願人】(598174406)
【出願人】(504433814)
【Fターム(参考)】