説明

ミシン

【課題】部品について過剰に高精度な寸法精度、部品について過剰に高精度な組付精度が要請されることが軽減される利点が得られるミシンを提供する。
【解決手段】送り歯22が針板29の上面29uよりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングを報知するためのタイミング情報が設定されたタイミング設定部12bと、タイミング設定部12bの退避開始タイミングに関するタイミング情報を検知し、その検知信号を制御部に出力するセンサ14とが設けられている。タイミング設定部12bにおいては、送り歯22が針板29の上面29uよりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングについて、退避開始タイミングを速く検知するように、タイミング情報は前倒しされて設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は布などの被裁縫物を送り方向に送る送り歯を有するミシンに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1として、ミシン速度が、予め設定してある基準速度以上か否かを判別する判別手段を備え、ミシン速度が基準速度以上と判別されたときには、被裁縫物の送り終わりを第一のタイミングとする高速時制御を行い、ミシン速度が基準速度未満と判別されたときには、被裁縫物の送り終わりを、前記第一のタイミングより速い第二のタイミングとする低速時制御を行うミシンが開示されている。
【0003】
特許文献2としては、機枠に取り付けられたサーボモータに対して、エンコーダを組付ける為のエンコーダ組付けモードを備え、エンコーダ組付けモードでは、サーボモータのステータに対してロータと基準位置に位置決めする制御を行う。位置決めされた状態でエンコーダをエンコーダ軸に対して回転させ、位置決めされたステータとロータに対応する角度信号がエンコーダから出力されると、一致信号を出力する、エンコーダ組付け機能を有するミシンが開示されている。
【0004】
特許文献3として、モータエンコーダによって回転角度に応じたパルスを発生させ、ミシン針位置の検出信号を基準としてエンコーダパルスをカウントし、モータの回転力をミシン主軸に伝達するベルトのプーリ比を乗じてミシン主軸の回転角度を検知する技術が知られている。その回転角度が予め設定されたアクチュエータを駆動する主軸角度と一致した時点でアクチュエータを駆動させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−279666号公報
【特許文献2】特開2001−293276号公報
【特許文献3】特開平6−205888号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許献1によれば、被裁縫物の送り機構に用いられるステッピングモータは、ミシン最高速度で送り駆動可能な区間で送り動作を完了できる能力が必要であり、ステッピングモータの小型化には貢献できない。
【0007】
特許文献2によれば、エンコーダ組み付け時に、サーボモータやエンコーダに制御と信号検出のために通電が必要であり、組付け工程が複雑になる。この場合、部品について高精度な寸法精度、部品について高精度な組付精度が要請される。
【0008】
特許文献3によれば、エンコーダがミシンの主軸ではなくモータに取り付けられており、ベルトを介して回転力を伝達しているため、布に針が貫通する時の針棒を介した主軸への抵抗発生時や、速度変化時には、ベルトに撓みや張りの変化が生じ、モータと主軸のタイミングのずれが生じ、それが各種アクチュエータの動作タイミングのずれに繋がる。この場合、部品について高精度な寸法精度、部品について高精度な組付精度が要請される。
【0009】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、制御部が、送り歯の退避が開始される退避開始タイミングをより速く検知することができ、従って、制御部、アクチュエータ、送り歯運動機構等の応答遅れなどに起因して遅延動作が発生するときであっても、送り歯運動機構の作動を開始する指令をアクチュエータに速やかに出力し、これにより送り歯運動機構の作動を速やかに開始でき、さらに、部品について過剰に高精度な寸法精度、部品について過剰に高精度な組付精度が要請されることが軽減される利点が得られるミシンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るミシンは、ミシン本体と、ミシン本体に取り付けられた回転可能な上軸と、上軸の回転に伴い昇降すると共に針を取り付ける針棒と、ミシン本体に取り付けられた針板と、針板の上面よりも上方に突出すると共に針板の上面よりも下方に退避する運動を行うことにより針板上の被裁縫物を送り方向に送る送り歯と、送り歯に対して上下方向に沿った運動および水平方向に沿った運動をさせることにより、送り歯を針板の上面よりも上方に突出させると共に針板の上面よりも下方に退避させる運動を送り歯に行わせる送り歯運動機構と、送り歯の送り量を調整する送り調整器と、送り調整器の送り量調整用の動力源となるアクチュエータと、少なくともアクチュエータを制御する制御部と、上軸に装備され、送り歯が針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングを報知するためのタイミング情報が設定されたタイミング設定部と、タイミング設定部の退避開始タイミングに関するタイミング情報を検知し、その検知信号を制御部に出力するセンサとを具備しており、
タイミング設定部においては、送り歯が針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングについて、退避開始タイミングを速く検知するように、タイミング情報は上軸回転角度0°側に向けて前倒しされて設定されている。
【0011】
本発明によれば、送り歯の送り量を変化させるにあたり、送り歯運動機構の作動を開始し、送り歯の送り量を調整する。この場合、制御部は、タイミング設定部のうち、送り歯が針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングを検知すると、送り歯運動機構の作動を開始する指令をアクチュエータに出力する。これにより送り歯運動機構の作動が開始され、送り歯の送り量が調整される。
【0012】
ところで、送り歯の送り量の調節は、送り歯が針板の上面よりも下方に退避している状態において実行されることが好ましい。ここで、制御部の回路上の事情により、信号伝達時間を必要とし、ミリ秒またはマイクロ秒単位であるが、ある程度の応答時間を要する。さらに、アクチュエータ、送り歯運動機構についても寸法公差および組付公差等の関係で、ある程度、応答に時間を要する問題がある。応答を高速とするためには、制御部の場合、高速応答性を必要とし、制御部が高価となる問題がある。さらに、アクチュエータおよび送り歯運動機構についても、寸法公差および組付公差等を極めて小さくさせる必要があり、部品コストおよび組付コストが必要以上に高価となる問題がある。さらに寸法公差および組付公差が極めて小さくなるため、アクチュエータおよび送り歯運動機構の組付作業も面倒となる問題がある。
【0013】
この点について本発明は、送り歯が針板の上面よりも下方に退避する退避が開始される退避開始タイミングを制御部がより速く検知することを目指す。このため本発明によれば、送り歯が針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングの検知にあたり、退避開始タイミングをできるだけ速く検知するように、タイミング設定部において、退避開始タイミングに関するタイミング情報は、上軸回転角度0°側に向けて前倒しされて設定されている。このため、送り歯の退避が開始される退避開始タイミングを制御部がより速く検知することができる。従って、制御部、アクチュエータ、送り歯運動機構の応答遅れなどに起因して遅延動作が発生するときであっても、送り歯運動機構の作動を開始する指令を制御部はアクチュエータに速やかに出力する。これにより送り歯運動機構の作動が速やかに開始され、送り歯の送り量が速やかに調整される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、タイミング設定部においては、送り歯が針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングについて、退避開始タイミングを速く検知するように、タイミング設定部のタイミング情報は、上軸回転角度0°側に向けて前倒しされて設定されている。従って本発明によれば、制御部、アクチュエータ、送り歯運動機構の応答遅れなどに起因して遅延が発生するときであっても、送り歯運動機構の作動を開始する指令をアクチュエータに速やかに出力する。これにより送り歯運動機構の作動が速やかに開始され、送り歯の送り量が速やかに調整される。
【0015】
理論上、送り調整器およびアクチュエータが駆動可能な時間範囲は、送り歯が針板の上面よりも下方に退避しているときである。この点について本発明によれば、遮蔽板等のタイミング設定部において、送り歯の退避が開始される退避開始タイミングに関するタイミング情報は、上軸回転角度0°側に向けて前倒しされて設定されているため、送り調整器およびアクチュエータが駆動可能な時間範囲をより長く設定できる。
【0016】
本発明によれば、遮蔽板等のタイミング設定部において、退避開始タイミングに関するタイミング情報は上軸回転角度0°側に向けて前倒しされて設定されている。このため広がった設定範囲に相当する分の誤差を、ミシンの部品の精度や組付精度の緩和に反映させることができる。この結果、部品の過剰に高精度な寸法精度、部品の過剰に高精度な組付精度が要請されることが軽減される。即ち、寸法精度がより粗い部品でも、組付精度がより粗い組付けでも、従来と同じミシン動作を保障できるようになる。従って部品単価を低下させたり、組付作業性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明を実施したミシンの要部を示した斜視図である。
【図2】本発明を実施した送り機構の要部を示した斜視図である。
【図3】本発明を実施した送り機構の正面図である。
【図4】本発明を実施した送り機構のIV−IV線に沿った断面図である。
【図5】本発明を実施した送り機構のV−V線に沿った断面図である
【図6】本発明を実施した送り機構の背面図である。
【図7】本発明を実施例におけるミシンの制御部のブロック図である
【図8】針棒の上下動軌跡と送り歯の上下動軌跡と送り切替のタイミング設定との関係を示すグラフである。
【図9】(A)は従来技術の送りタイミング用の遮蔽板とセンサとの関係を示す図であり、(B)は本発明の送りタイミング用の遮蔽板とセンサとの関係を示す図である。
【図10】他の実施形態にかかり、針棒の上下動軌跡と送り歯の上下動軌跡と送りタイミングとの関係を示すグラフである。
【図11】別の実施形態に係り、針棒の上下動軌跡と送り歯の上下動軌跡と送りタイミングとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
タイミング設定部を機械的な遮蔽板とすることができる。タイミング設定部において、送り歯の退避が開始される退避開始タイミングに関するタイミング情報は、前倒しされて設定されているため、次の(1)〜(4)の効果を期待できる。
(1)この場合、ミシンの上軸の回転速度に関わらず必ず発生する応答遅れ時間(例えば、センサの信号出力の時刻からアクチュエータの動作信号の出力の時刻までの時間)を、遮蔽板(タイミング設定部)に設定角度(物理情報)として予め設定することができる。この場合、送り調整器の駆動源であるアクチュエータの実際の動作タイミングの遅れによる不具合を低減することができる。
(2)理論上、送り調整器およびアクチュエータが駆動可能な時間範囲は、送り歯が針板の上面よりも下方に退避しているときである。設計上で設定される送り調整器およびアクチュエータが駆動可能な範囲を設定する際に、従来、動作遅れ誤差として含まれていたセンサ信号伝達時間(センサからアクチュエータまでに信号が伝達される時間)の遅れによる弊害を排除することができる。この場合、送り調整器およびアクチュエータが駆動可能な時間範囲をより長く設定できる。
(3)上記した(2)により、アクチュエータの駆動時間が従来のミシンよりも長くできる。よって、アクチュエータの能力を抑え、応答性が高速ではないものの廉価なステッピングモータ等のアクチュエータを使用できる。ひいては廉価なミシンを提供できる。
(4)上記した(2)により、広がった設定範囲に相当する分の誤差を、ミシンの部品の部品精度や組付精度の緩和として反映させることができる。従って、部品の過剰に高精度な寸法精度、部品の過剰に高精度な組付精度が要請されることが軽減される。即ち、寸法精度がより粗い部品や組付けでも、従来と同じミシン動作を保障できるようになる。従って部品単価を低下させたり、組付作業性を向上させることができる。
【0019】
本発明の一視点によれば、横軸を上軸回転角度を示す軸とし、縦軸を送り歯の上下動量を示す軸とするとき、上軸回転角度を示す軸において、送り歯が針板の上面よりも実際に下方に退避する退避状態が開始される退避開始タイミングをrsoとし、送り歯の退避状態が実際に終了する退避終了タイミングをrfoとし、更に、送り歯の退避状態が開始されるタイミング設定部の退避開始タイミングを報知するタイミング情報をrs1とし、送り歯の退避状態が終了するタイミング設定部の退避終了タイミングを報知するタイミング情報をrf1とする。このとき、上軸回転角度を示す軸において、上軸回転角度0°側から進行方向に向けて、rso、rs1,rf1,rfoの順に配列されている形態が採用できる(図8の特性線W1参照)。
【0020】
本発明の一視点によれば、上軸回転角度を示す軸において、rsoとrs1との間の角度差をΔαとし、rf1とrfoとの間の角度差をΔβとするとき、ΔαはΔβ(Δα<Δβ)よりも小さくされている形態が採用できる。
【0021】
本発明の一視点によれば、単位時間あたりの上軸回転数に関する物理情報を検知する上軸回転数検知手段が設けられており、前記センサが検知してからアクチュエータを動作させる信号を出力するまでの時間がΔT[秒]とされるとき、上軸回転数検知手段が検知した上軸回転数が相対的に低速であるときにおけるΔTは、上軸回転数が相対的に高速であるときにおけるΔTよりも大きくできる形態が採用できる。この場合、上軸回転数の変化に対応できる。本発明の一視点によれば、上軸回転角度を示す軸において、上軸回転角度0°側から進行方向に向けて、rso、rs1,rf1,rfoの順ではなく、rs1、rso,rf1,rfoの順で配列されていても良い。
【0022】
(実施形態1)
図1〜図10は実施形態1の概念を示す。図1は本発明を実施したミシンの要部を示した斜視図である。ミシンは機枠1をもつ。上軸2はこれの軸線が横方向に延びる横軸形であり、図示されない機枠1に図示されない軸受けによって回転自在に支持されている。上軸2の一端2eには、ハンドホイール3、プーリ4が固着されている。プーリ4には、大径部の従動プーリ4aと図示しないが第1のタイミングプーリ4bが形成されている。機枠1にはメインモータ5が固着されている。メインモータ5に固着されたモータプーリ6と従動プーリ4aには、エンドレス状の駆動ベルト7が掛けられている。メインモータ5の回転は減速されて上軸2に伝えられる。上軸2の他端2fには、周知のように針棒クランク8更にはクランクロッド9が固定されている。クランクロッド9により針棒10が矢印Y1,Y2方向に上下動する。針棒10は図示しない針棒腕によって上下摺動可能に保持されている。針棒10には針留め10cを介して針10dが取り付けられている。
【0023】
また上軸2の一端2eには、等分割されたスリット12aが形成された円板12xと、送り調整器13の動作タイミングを検出する遮蔽板12bと、図示しない振り幅機構の動作タイミングを検出するための遮蔽板12cとからなるエンコーダ12(上軸回転数検出手段)が固着されている。円板12xのスリット12aを検出するセンサ14aと、遮蔽板12bを検出するセンサ14bと、遮蔽板12cを検出するセンサ14cが設けられている。センサ14はセンサ14a,14b,14cを有しており、機枠1に固定されている。エンコーダ12は、単位時間あたりの上軸2の回転数を検出する上軸回転数検出手段として機能する。
【0024】
下軸15はこれの軸線が横方向に沿っている横軸形であり、機枠1に固着された軸受けにより回動自在に支持されている。下軸15の一端15eには第2のタイミングプーリ16が止めねじ17により固着されている。第2のタイミングプーリ16と第1のタイミングプーリ4bとは、同一歯数に設定されている。一方、下軸15の他端15fには図示しないがねじ歯車および釜が固着されており、図示しない釜が2倍に増速されて回転する。第1のタイミングプーリ4bと第2のタイミングプーリ16には、エンドレス状のタイミングベルト19が巻き掛けられている。上軸2と下軸15は通常は等速回転する。第1のタイミングプーリ4bと第2のタイミングプーリ16との間には、テンションプーリ20がタイミングベルト19の緩み側に外側から設置されている
下軸15の他端15fには、下軸15の回転力を駆動力とする送り機構21(送り歯運動機構)が設けられている。送り機構21は図2〜図6に示されている。図2〜図6に示されているように、送り機構21は、針板29の上面29u上の布等の被裁縫物をミシンの前後方向(図2に示す矢印FR方向)に搬送する送り歯22と、送り歯22を支持する送り台23とを有する。図2から理解できるように、水平送り腕24の下端24dは機枠1に対し軸24kによって回転自在に保持されている。送り台23は、水平送り腕24の上端24uに回転自在に組みつけられている。送り歯22は、下軸15の他端15fに固定された偏心カム25の一側面に円筒端面をカム面とする上下送りカム25aと上下送りリンク26とを介して連動している。従って、送り歯22は、下軸15の回転に応じて変化するカムリフト量に対応して上下動(矢印Y1,Y2方向)を行う。
【0025】
また図5から理解できるように、偏心カム25には水平送りロッド27の下面27dが当接している。水平送りロッド27の他端27fは水平送り腕24の高さ方向の中間部24mに軸部27rを介して矢印Y1,Y2方向に回転自在に連結されている。図2に示すように、水平送りロッド27のうち偏心カム25側には水平送りロッド軸28が固着されている。水平送りロッド軸28は、送り調整器13の角駒13aに嵌合されている。ここで、下軸15がこれの軸線回りで回転すると、偏心カム25がカム面25cと共に回転する。これにより水平送りロッド27(図2参照)が矢印Y1,Y2方向に上下動し、送り調整器13の角駒13aに嵌合した水平送りロッド軸28が、角駒13aに規制された状態で、水平送りロッド27が上下動する。角駒13aの傾きにより水平送りロッド27の軸部27rは図5のFR方向に移動させられることになる。ひいては水平送りロッド27が軸27rを中心として送り調整器13の角駒13aに沿って上下動する。これにより水平送りロッド27の水平方向の移動量を規制し、軸部27rは水平送りロッド27の水平方向移動量を水平送り腕24を介して送り台23に伝達する。
【0026】
前述した上下送りカム25aによる上下方向(Y1,Y2方向)の往復運動と、偏心カム25および送り調整器13による水平方向の往復運動とを組み合わせることで、送り歯22が略矩形の運動軌跡を描きことができる。この軌跡上の上部では、送り歯22の先端が針板29の上面29uに突出するため、送り調整器13によって規制された送り量だけ被裁縫物を送り歯22で送り方向に送ることができる。搬送した後、送り歯22は針板29の上面29uよりも下に退避する。また送り調整器13の角駒13aの矢印U1,U2方向への角度によって、正逆の反転や送り量を調整、あるいは送り量を0にすることなどは周知の技術である。
【0027】
送り歯22の矩形運動の回転数は下軸15の回転数と一致しており、且つ、下軸15の回転数は上軸2の回転数と前述のとおり一致している。このため、送り歯22が針板29の上面29uに浮上する周期と、針棒10の上下動の周期と、上軸2の回転の周期とは一致している。この場合、図8は、針棒10の針棒上死点を0°とするとき、横軸の回転角度を上軸回転位相(上軸回転角度)として、針棒10(ミシン針先端)の上下軌跡と、送り歯22の上下軌跡とをそれぞれ示す。図8から理解できるように、針先端が針板29の上面29uより下にある状態、すなわち、被裁縫物に針が刺さった状態で、被裁縫物を送り歯22で送ると、針10dが折れてしまうおそれがある。これを防止するため、送り歯22が針板29の上面29uより上方に浮上してさらに送り歯22が水平方向に移動するタイミングは、少なくとも針10dの先端が針板29の上面29uより上にある範囲となるように設定されている。本実施形態では、針10dの先端が針板29の上面29uよりも下方に存在する領域は、針棒上死点を0°とするとき、上軸回転角度が107.5°(図8に示すタイミングra)〜269°(図8に示すタイミングrb)の範囲である。また、送り歯22が針板29の上面29uより下方に退避している領域は、上軸回転角度が134°(図8に示すタイミングrso)〜297°(図8に示すタイミングrfo)のときに設定されている。
【0028】
続いて、送り調整器13の送り量の調整機構について説明を加える。本実施形態によれば、図2〜図6に示すように、送り調整器13は、前述した水平送りロッド軸28に嵌合する角駒13aと、角駒13aの中心に固定された送り調整器軸13bと、送り調整器13の駆動力源である送り調整用のステッピングモータ30(アクチュエータ)のモータ軸に固定された送りモータギア31と、送りモータギア31の歯部に噛み合うギア部13cとから成る。送り調整器軸13bは、機枠に固定された送り調整器ブッシュ32に回転自在に取り付けられている。送り調整用のステッピングモータ30の回転量に応じて、仮想水平線に対する角駒13aの傾き角度が変化する。角駒13aが図5に示す一点鎖線のような角度とされているとき、送り歯22はミシン本体のうちの前側で針板29の上面29uよりも浮上し、ミシン後方へ被裁縫物を搬送させ、さらに針板29の上面29uの下方へ退避する(正送り)。また、角駒13aが図5の実線の角度に保持されているときには、送り歯22はミシン本体のうちの後側で針板29の上面29uに浮上し、ミシン前方へ被裁縫物を搬送する。このように針板29の下へ退避する(逆送り)。ジグザグミシンにおいては、一針毎に前述の正送りと逆送りと、針棒10の左右方向(矢印LR方向)の振幅を組み合わせて様々な模様を形成することが周知の技術として知られている。
【0029】
図7は制御系を示す。図7に示すように、CPU33aおよびメモリ33cをもつ制御部33には、送り設定入力装置34,ボタンホール切替検出手段35,エンコーダ12,押え金上下位置検出手段36,送りタイミング用のセンサ14からの信号が入力される。制御部33からの制御信号は、表示装置37に出力され,幅出し用モータ駆動回路38を介して幅出し用モータ41に出力され、送り量調整用モータ駆動回路39を介してステッピングモータ30に出力され、メインモータ駆動回路40を介してメインモータ5に出力される。
【0030】
図8は、ミシンにおける針棒10の軌跡と送り歯22の軌跡とタイミング設定との関係を示すグラフである。図8では、横軸は上軸回転角度を示すとされ、縦軸は送り歯22および針棒10の上下動量を示す軸とされている。図8において特性線B1は針棒10の上下動軌跡を示し、特性線B2は送り歯22の上下動軌跡を示す。図8に示す上軸回転角度を示す軸において、送り歯22が針板29の上面29uよりも実際に下方に退避する退避状態が開始される退避開始タイミングをrsoとする。送り歯22の退避状態が実際に終了する退避終了タイミングをrfoとする。更に、図8の特性線W10として示すように、従来の遮蔽板12bにおいて、送り歯22の退避状態が開始される退避開始タイミングを報知するタイミング情報をrs10とし、送り歯22の退避状態が終了する退避終了タイミングを報知するタイミング情報をrf10とする。
【0031】
本実施形態のミシンは以上のように構成されており、その動作は次の通りである。即ち、送り歯22が布等の被裁縫物を持ち上げて送る送り方向の切り替えや布の送り量を調整するためには、送り調整器13の角駒13aを矢印U1,U2方向(図5参照)に揺動操作させる必要がある。この揺動操作の時期的タイミングは、送り歯22が布等の被裁縫物から離れた状態、すなわち、送り歯22の上端が針板29の上面29uより下方に退避した状態で行われなければならない。このため、送り調整器13およびステッピングモータ30が駆動できる時間範囲は、理論的には、従来のミシンによれば、図8の特性線B2から理解できるように、上軸回転位相(上軸回転角度)で134°〜297°の範囲(図8に示す範囲A,つまりタイミングrsoとタイミングrfoとの間)でなければならない。図8に示す範囲Aは、送り歯22が針板29の上面29よりも下方に存在する範囲を示す。従来のミシンによれば、送り調整用のステッピングモータ30(アクチュエータ)の動作タイミングは、図9(A)(B)に示す遮蔽板12b(タイミング設定部)の端12b1,12b2の設定角度(物理情報)として検出されていた。図9(A)は従来の遮蔽板12bの設定角度を示す。図9(B)は本発明の遮蔽板12bの設定角度を示す。この遮蔽板12bの端12b1,12b2の設定角度(図9(A)(B)参照)は、針棒上死点を0°として、上軸2の回転角度(回転位相)により決定される。しかしながら実際の設計および組付けにおいては、部品の組付精度や部品の寸法精度に起因してセンサ14の検出タイミング誤差、遮蔽板12bの取付誤差、上軸2と下軸15との組付誤差、下軸15と偏心カム25との取付角度誤差などが発生するおそれがある。かかる誤差の発生を考慮すると、従来のミシンでは、図8の特性線W10として示すように、送り調整用のステッピングモータ30(アクチュエータ)の実際の駆動範囲は、図8の範囲Aより小さくなる。即ち、従来のミシンでは、149°〜281°の範囲(図8に示す範囲B)内とすることが好ましい。従って、従来のミシンでは、図9(A)に示すように、遮蔽板12bにおいて、針棒軌跡の上死点(0°)から端12b1までの角度(図8に示すタイミングrs10,s:start)は149°に設定され、且つ、針棒軌跡の上死点(0°)から端12b2までの角度(図8に示すタイミングrf10,f:finish)は281°に設定されていた。これは図8の特性線W10に相当する。
【0032】
上記した事情を考慮すると、従来技術において、送り調整用のステッピングモータ30の駆動能力としては、ミシンの上軸2の最高回転数でのステッピングモータ30の駆動範囲(図8に示す範囲B)に相当する時間の間に、送り調整器13の角駒13aの角度調整(図5の矢印U1,U2方向)を完了できる能力が必要となる。これについて本実施形態によれば、上軸2の最高回転数が750rpmであると仮定すると、上軸2がこれの軸線回りで1回転するときに要する時間は、1/(750/60)=0.08[秒]である。このうち、送り調整用のステッピングモータ30が駆動できる駆動時間は、0.08[秒]×(281°−149°)/360°=0.029[秒]=29[ミリ秒]である。このためステッピングモータ30の高速化が要請されるが、ステッピングモータ30が高価となる。
【0033】
あるいはステッピングモータ30の駆動範囲をできるだけ広く利用するためには、各部品の寸法精度を一般的な寸法精度以上に高めた上で、組付時にタイミング調整できる箇所を設け、動作確認を行いながら、タイミングがほぼ一致するように厳密に組み付けなければならず、高い組付精度が必要とされる問題がある。
【0034】
上記したミシンにおいて、上軸2の最高回転数が750rpmと仮定される場合には、わずか0.001[[秒]] =1[ミリ秒]の間に、上軸2が4.5°(4.5°=360°/0.08×0.001)も回転するため、わずかなタイミングのずれも許されない。このような設計においては、前述したようにステッピングモータ30として高い性能をもつ高価なものとなる問題がある。あるいは、ステッピングモータ30は能力を抑えたより小型のものを採用したとしても、センサ関連やカム関連の部品には、より厳密な寸法精度および組付精度を要求される問題がある。さらに、厳密な調整が必要な組付工程によって、トータルでミシンのコストアップになってしまう問題がある。
【0035】
この点について本実施形態は上記した問題を鑑みなされたものであり、過度な部品精度や組付け精度を要求せず、かつ、従来よりも小型で過剰な応答性能が要請されないステッピングモータ30(アクチュエータ)の採用を可能とするものである。
【0036】
前述の通り、送り調整器13を駆動させるステッピングモータ30の駆動タイミングは、基本的には、上軸2に固定された遮蔽板12bの端12b1が上軸2と共に同方向に回転し、センサ14のセンサ14bを遮蔽するタイミングによって決定される。上軸2に固定された遮蔽板12bがセンサ14bを遮蔽すると、センサ14bから制御部33に検知信号が入力される。この後、制御部33のCPU33cは、送り量に関するステッピングモータ30のステップ数を決定する。さらに制御部33は送り量調整用のモータ駆動回路39に制御信号を出力し、その後、ステッピングモータ30の駆動が開始される。すなわち、センサ14bが遮蔽板12bの端12b1のタイミング(rs10)を検知してから、ステッピングモータ30が動作開始するまでの時間ΔTは、ステッピングモータ30の仕様、駆動するステップ数などによるが、0.030[秒]=30[ミリ秒]程度は必要であると一般的には考えられている。
【0037】
ところがこの時間内には、(i)前述した遮蔽板12bがセンサ14bの端14b1を遮断してセンサ14bからセンサ信号が出力され、(ii)さらに信号が制御部33内で処理され、(iii)さらに制御部33がステッピングモータ30を駆動する指令が出力されるまでにかかる時間が含まれている。すなわち、0.003〜0.005[秒]=3〜5[ミリ秒]の時間が含まれている。これは信号が流れるのに要する時間であり、ステッピングモータ30が実際に駆動し始めるまでに必要される時間であり、基本的には、ミシンの回転数に関係なく発生する。
【0038】
前述の通り、例えば、上軸2の回転数が750rpmである場合には、0.001[秒] =1[ミリ秒]の間に、上軸2は4.5°回転するため、0.003[秒] =3[ミリ秒]では、上軸2は13.5°(4.5°×3=13.5°)回転する。すなわち、センサ14が検知してから送り調整器13の角駒13aが動き始めるまでに13.5°のずれがステッピングモータ30の駆動ステップ数に関係なく発生する。
【0039】
そこで本実施形態では、前述のセンサ14bが遮蔽板12bの端12b1を検知してから送り調整器13の角駒13aが動き始めるまでに必要な時間によって発生する動作タイミングずれ(ステッピングモータ30の動作タイミングずれ)を、遮蔽板12bの端12b1の設定にあたり、上軸回転角度0°側(針棒上死点側,図8の矢印X1方向)に向けて予め前倒しで組込んでいる。このような本実施形態によれば、ステッピングモータ30の動作タイミングの実際の遅れによる問題を軽減でき、送り調整器13およびステッピングモータ30の駆動時間範囲を広げることができる。具体的には、上軸2の回転数をR[rpm]とし、センサ14bが遮蔽板12bの端12b1を検知してから、ステッピングモータ30を駆動させる制御指令がステッピングモータ30に出力されるまでに要する時間をΔT[秒]とする。ΔT[秒]の間に回転する上軸2の回転量をΔr[°]とする。この場合、基本的には、式(1)が成立する。
Δr=360°×(R/60)×ΔT……式(1)
図8を用いて説明を加えると、従来では、図8の特性線W10として示すように、従来の遮蔽板12bの端12b1,12b2のタイミング設定が149°〜281°(図8に示す範囲B)とされている。この場合、実際の動作タイミングについては、前述のセンサ14bが遮蔽板12bの端12b1の角度(物理情報)を検知してから、ステッピングモータ30を駆動させる指令がステッピングモータ30に出力されるまでの時間(ΔT)がかかるため、ΔTを考慮し、従来では、図8の特性線W11として示すように、162.5°(149°+13.5=162.5°)〜281°の範囲(図8に示す範囲C)となる。
【0040】
この点について本実施形態によれば、図8の特性線W1として示すように、タイミング設定部として機能する遮蔽板12bの端12b1について、即ち、送り歯22が針板29の上面29uよりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングについて、退避開始タイミングをより速く検知するように、遮蔽板12bの端12b1の角度(物理情報)は、従来に係るタイミングrs10よりも、針棒上死点側に向けて(つまり、上軸回転角度0°側に向けて、換言すると、図8および図9(B)における矢印X1側に向けて)、ΔTぶん前倒しされて設定されている。
【0041】
このような本実施形態によれば、図8に示すように、横軸を上軸回転角度を示す軸とし、縦軸を送り歯22の上下動量を示す軸とするとき、上軸回転角度を示す軸において、送り歯22が針板29の上面29uよりも実際に下方に退避する退避状態が開始される退避開始タイミングをrso(s:start)とし、送り歯22の退避状態が実際に終了する退避終了タイミングをrfo(f:finish)とする。更に、図8に示すように、送り歯22の退避状態が開始される退避開始タイミングを報知する遮蔽板12bの端12b1のタイミングをrs1とする。送り歯22の退避状態が終了する退避終了タイミングを報知する遮蔽板12bの端12b2のタイミングをrf1とする。この場合、本実施形態によれば、図8の特性線W1から理解できるように、上軸回転角度を示す軸において、0°側から進行方向(矢印X2方向)に向けて、rso,rs1,rf1,rfoの順に配列されている。
【0042】
ここで、本実施形態に係る図8の特性線W1によれば、上軸回転角度を示す軸において、rsoとrs1との間の角度差をΔαとし、rf1とrfoとの間の角度差をΔβとするとき、ΔαはΔβ(Δα<Δβ)よりも小さくされている。Δα<(0.4〜1.0)×Δβとされている。上記したように本実施形態によれば、遮蔽板12bの端12b1の角度(物理情報)が上軸回転角度0°(針棒上死点)側に向けて(矢印X1方向に向けて)、前倒しされて設定されているためである。なお、Δβは、寸法公差および組付公差等に起因する応答遅れを考慮したものである。
【0043】
このような本実施形態によれば、図9(B)に示すように、針棒上死点(0°)から、遮蔽板12bの端12b1までのタイミング設定が135.5°である。針棒上死点(0°)から、遮蔽板12bの端12b2までのタイミング設定が281°である。結果として、この場合、図8の特性線W2として示すように、送り調整器13およびステッピング30の実際の駆動範囲は、図8の範囲Dとなり、149°〜281°となる。本実施形態に係る実際の遮蔽板12bの形状は図9(B)に示す如くである。
【0044】
このように本実施形態では、従来、ミシンの部品の組付誤差やステッピングモータ30などの動作遅れとして設計マージンに含まれていた時間、即ち、センサ1bが遮蔽板12bの端12b1を検知してから、ステッピングモータ30を駆動する指令が出力されるまでの時間ΔT[秒]と、ΔT[秒]に回転する上軸2の回転量をΔr[°]とを、遮蔽板12bにおける端12b1のタイミング設定において、前倒しで、上軸回転角度0°側(前回の針棒上死点側)に予め盛り込んでいる。このような本実施形態によれば、ステッピングモータ30の駆動タイミング遅れ等の遅れ動作が発生するとしても、遅れ動作による不具合を軽減するとともに、特性線W2と特性線W11との比較から理解できるように、送り調整器13およびステッピングモータ30の駆動時間をほぼΔTぶん増やすことができる。従って本実施形態によれば、従来品よりも応答速度が必ずしも速くない廉価なステッピングモータ30を採用することができ、ミシンコストを低減できる。あるいは、ステッピングモータ30の応答速度および能力を従来同様に維持しつつも、送り調整器13およびステッピングモータ30の駆動時間をほぼΔTぶん増やすことができるため、部品の寸法精度や組付精度を従来よりも緩和させることができ、部品の寸法公差および組付公差を増大でき、部品をより一層加工しやすくしたり、組付けし易くすることができる利点が得られる。
【0045】
(実施形態2)
図10は実施形態2を示す。本実施形態は前記した実施形態1と基本的には同様の構成、同様の作用効果を奏するため、図1〜図7、図9を準用できる。但し、上軸2が高速回転する場合と低速回転する場合とを使い分けている。図10は、本実施形態のミシンにおける針棒10の軌跡と送り歯22の軌跡とタイミング設定との関係を示すグラフである。具体的には、上軸2の回転数をR[rpm]とし、センサ14bが遮蔽板12の端12b1の角度(物理情報)を検知してから、制御部33がステッピングモータ30を駆動させる指令を出力されるまでに要する時間をΔT[秒]とする。ΔT[秒]の間に上軸2が回転する回転量をΔr[°]とすると、基本的には、前述したように式(1)が成立する。Δr[°]=360°×(R/60)×ΔT……式(1)
図10を用いて説明すると、上軸2が高速回転のとき、上軸回転数R=750[rpm]、ΔT=0.003[秒]=3[ミリ秒]と仮定した場合には、ΔT[秒]の間に回転する上軸2の回転量をΔr1とすると、上記した式(1)により、Δr1=13.5°となる。この場合、送り調整器13およびステッピングモータ30が実際に駆動するタイミングは149°(135.5°+13.5°=149°)〜281°の範囲(図10に示す範囲G)となる。
【0046】
このように本実施形態では、上軸2が高速回転の場合には、遮蔽板12bの端12b1,12b2のタイミング設定が135.5°〜281°であり、図10において特性線W1として示される。この場合、Δr1(Δr1=13.5°)を考慮しているため、135.5°+13.5°=149°が成立する。すなわち、図10において特性線W2highとして示されるように、Δr1を考慮し、送り調整器13およびステッピングモータ30の実際の駆動範囲は149°〜281°(図10の範囲G)である。
【0047】
これに対して上軸2が低速回転のときには、上軸回転数R=75[rpm]、ΔT=0.003[秒]=3[ミリ秒]と仮定した場合には、ΔT[秒]の間に回転する上軸2の回転量をΔr2とすると、上記した式(1)により、Δr2=1.35°(Δr2<Δr1)となる。ここで、本実施形態では、図9(B)に示すように遮蔽板12bの端12b1,12b2のタイミング設定が135.5°〜281°であり、これは図10の特性線W3(=特性線W1)として示されている。このように上軸2が低速回転の場合には、送り調整器13およびステッピングモータ30の駆動範囲は範囲Hとして示され、Δr2(Δr2=1.35°)を考慮しているため、135.5°+1.35°=136.85°が成立する。この場合、駆動範囲は136.85°〜281°である。この結果、送り調整器13およびステッピングモータ30の実際の駆動範囲(図10に示す範囲H)の始期Hsは、タイミングrso(送り歯22が針板29の上面29uよりも下方となるタイミング)よりも早めとなるおそれがある。
【0048】
そこで本実施形態によれば、エンコーダ12によって検出された上軸回転数に応じて、制御部33からの指令によって上軸回転角度の補正値Δr3を算出する。補正値Δr3は、上軸2の回転速度が低速である程、大きく設定されており、メモリ33cのエリアに格納されている。あるいは、式(2)に基づいてΔr3を演算する。あるいは、Δtをメモリ33cのエリアから取り出しても良い。
Δt=(Δr3/360°)×(60/R)……式(2)
この結果、上軸2が低速回転である場合には、センサ14bが遮蔽板12の端12b1の角度(物理情報)を検知してから、ステッピングモータ30はΔr2+Δr3(Δt+ΔT[秒])遅れて動作を開始するように補正する。ここで、Δt+ΔT[秒]は、上軸回転角度に直すと、Δr2+Δr3(=Δr1)である。このように補正された場合、図10における特性線W5lowに示す動作タイミングとなり、送り調整器13およびステッピングモータ30の実際の駆動範囲(図10に示す範囲K)となる。
【0049】
1例として、上軸回転数R=75[rpm]と低速とし、ΔT=0.003[秒]=3[ミリ秒]の場合には、上記した式(1)により、Δr2=1.35°である。これに対して、上軸回転数R=750[rpm]と高速とした場合には、Δr1=13.5°であった。この差は、13.5°−1.35°=12.15°となるため、上記した式(2)に基づけば、ΔT=0.027[秒]=27[ミリ秒]となる。よって、センサ14bが遮蔽板12bの端12b1を検出してから、0.003[秒]+0.027[秒]後に、即ち、0.03[秒]後に、ステッピングモータ30が動き始めることになるが、0.03[秒]間において、上軸2は1.35°+12.15°=13.5°回転しているため、ステッピングモータ30の動作範囲は149〜281°となるのである(図10に示す範囲K)。
【0050】
このように本実施形態においても、前記した実施形態と同様に、従来、組付誤差や動作遅れとして設計マージンに含まれていた時間、即ち、センサ1bが遮蔽板12bを検知してから、ステッピングモータ30を駆動する指令が出力されるまでの時間を、遮蔽板12bにおける端12b1のタイミング設定に予め前倒しで盛り込んでいる。これによりステッピングモータ30の駆動タイミング遅れが発生するとしても、当該駆動タイミング遅れを軽減するとともに、図13においてステッピングモータ30の駆動時間を増やすことができる。すなわち、従来よりも小型のステッピングモータ30を採用することができ、製造コストを低減できる。あるいは、ステッピングモータ30の能力は従来同様としつつも、部品の加工精度や組付けの精度を緩和させ、より一層加工しやすくしたり、組付けしやすくすることができる
(実施形態3)
図11は実施形態3を示す。本実施形態は前記した実施形態1,2と基本的には同様の構成、同様の作用効果を奏するため、図1〜図7、図9を準用できる。図11は、本実施形態のミシンにおける針棒10の軌跡と送り歯22の軌跡とタイミング設定との関係を示すグラフである。図11に示すように、上軸回転角度を示す軸において、0°側から上軸回転角度0°側から進行方向に向けて(矢印X2方向に向けて)、タイミングはrso、rs1,rf1,rfoの順ではなく、rs1、rso,rf1,rfoの順で配列されている。
【0051】
このように本実施形態においても、従来、組付誤差や動作遅れとして設計マージンに含まれていた時間、即ち、センサ1bが遮蔽板12bを検知してから、ステッピングモータ30を駆動する指令が出力されるまでの時間を、遮蔽板12bにおける端12b1のタイミング設定に予め前倒しで盛り込んでいる。これによりステッピングモータ30の駆動時間を増やすことができる。この場合、ステッピングモータ30の駆動タイミング遅れが発生するとしても、当該駆動タイミング遅れによる不具合を軽減できる。本実施形態においても、従来よりも小型のステッピングモータ30を採用することができ、製造コストを低減できる。あるいは、ステッピングモータ30の能力は従来同様としつつも、部品の加工精度や組付けの精度を緩和させ、より一層加工しやすくしたり、組付けしやすくすることができる利点が得られる。図11に示すように、rsoとrs1との間の角度差をΔαとし、rf1とrfoとの間の角度差をΔβとするとき、ΔαはΔβ(Δα<Δβ)よりも小さくされている。場合によってはΔα=Δβ、Δα≒Δβとしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は布等の被縫製物を送り送り歯を有するミシンに利用することができる。
【符号の説明】
【0053】
1は機枠、10は針棒、12はエンコーダ(上軸回転数検出手段)、12bは遮蔽板(タイミング設定部)、12b1は端、12b2は端、13は送り調整器、14はセンサ、15は下軸、2は上軸、21は送り機構(送り歯運動機構)、22は送り歯、24は水平送り腕、27は水平送りロッド、29は針板、29uは上面、30はステッピングモータ(アクチュエータ)、33はCPUを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミシン本体と、
前記ミシン本体に取り付けられた回転可能な上軸と、
前記上軸の回転に伴い昇降すると共に針を取り付ける針棒と、
前記ミシン本体に取り付けられた針板と、
前記針板の上面よりも上方に突出すると共に前記針板の上面よりも下方に退避する運動を行うことにより前記針板上の被裁縫物を送り方向に送る送り歯と、
前記送り歯に対して上下方向に沿った運動および水平方向に沿った運動をさせることにより、前記送り歯を前記針板の上面よりも上方に突出させると共に前記針板の上面よりも下方に退避させる運動を送り歯に行わせる送り歯運動機構と、
前記送り歯の送り量を調整する送り調整器と、
前記送り調整器の送り量調整用の動力源となるアクチュエータと、
少なくとも前記アクチュエータを制御する制御部と、
前記上軸と共に回転するように前記上軸に装備され、前記送り歯が前記針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する退避開始タイミングを報知するためのタイミング情報が設定されたタイミング設定部と、
前記タイミング設定部の前記退避開始タイミングに関する前記タイミング情報を検知し、その検知信号を前記制御部に出力するセンサとを具備しており、
前記タイミング設定部においては、前記送り歯が前記針板の上面よりも下方に退避する退避状態を開始する前記退避開始タイミングについて、前記退避開始タイミングを速く検知するように、前記タイミング情報は、上軸回転角度0°側に向けて前倒しされて設定されているミシン。
【請求項2】
請求項1において、横軸を前記上軸回転角度を示す軸とし、縦軸を前記送り歯の上下動量を示す軸とするとき、前記上軸回転角度を示す軸において、前記送り歯が前記針板の上面よりも下方に退避する退避状態が開始される退避開始タイミングをrsoとし、前記送り歯の退避状態が終了する退避終了タイミングをrfoとし、更に、前記送り歯の退避状態が開始される前記退避開始タイミングを報知する前記タイミング設定部の前記タイミング情報をrs1とし、前記送り歯の退避状態が終了する退避終了タイミングを報知する前記タイミング設定部のタイミング情報をrf1とするとき、前記上軸回転角度を示す軸において、上軸回転角度0°側から進行方向に向けて、rso,rs1,rf1,rfoの順に配列されているミシン。
【請求項3】
請求項2において、前記上軸回転角度を示す軸において、rsoとrs1との間の角度差をΔαとし、rf1とrfoとの間の角度差をΔβとするとき、ΔαはΔβ(Δα<Δβ)よりも小さくされているミシン。
【請求項4】
請求項1〜3のうちの一項において、単位時間あたりの上軸回転数に関する物理情報を検知する上軸回転数検知手段が設けられており、前記センサが検知してから前記制御部が前記アクチュエータを動作させる信号を出力するまでの時間がΔT[秒]とされるとき、
前記上軸回転数検知手段が検知した前記上軸回転数が相対的に低速であるときにおけるΔTは、上軸回転数が相対的に高速であるときにおけるΔTよりも大きくすることを特徴とするミシン。
【請求項5】
請求項1,3または4において、横軸を前記上軸回転角度を示す軸とし、縦軸を前記送り歯の上下動量を示す軸とするとき、前記上軸回転角度を示す軸において、前記送り歯が前記針板の上面よりも下方に退避する退避状態が開始される退避開始タイミングをrsoとし、前記送り歯の退避状態が終了する退避終了タイミングをrfoとし、更に、前記送り歯の退避状態が開始される前記退避開始タイミングを報知する前記タイミング設定部の前記タイミング情報をrs1とし、前記送り歯の退避状態が終了する退避終了タイミングを報知する前記タイミング設定部のタイミング情報をrf1とするとき、上軸回転角度を示す軸において、rs1はrsoよりも早く設定されており,上軸回転角度0°側から進行方向に向けて、rs1,rso,rf1,rfoの順に配列されているミシン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−19976(P2012−19976A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160426(P2010−160426)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】