説明

メタリックブラック色の評価方法、メタリックブラック色の評価装置

【課題】黒系のメタリック色について、白とびの新たな評価手法を提供する。
【解決手段】メタリックブラック色の白とび評価方法は、まず、メタリック材の量と、明度、彩度および色相とを変化させた複数のカラーパッチを用意する。次に、カラーパッチの各々について、正反射方向と非正反射方向とで測色して、非正反射方向の明度と、正反射方向と非正反射方向との間での色差とを取得し、その関係をプロットする。次に、カラーパッチの各々について、白とびの発生の有無を評価する。次に、プロットの結果を、評価の結果に基づいて、白とびありの集合と、白とびなしの集合とに分類し、白とびの判定基準を、非正反射方向の明度と、色差との関係によって設定する。次に、評価対象の色について測色し、非正反射方向の明度と、色差とを取得して、取得した明度および色差の値と、設定した判定基準との関係から、白とびを評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタリックブラック色の評価技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、塗装や印刷の分野において、高級感や付加価値の演出のために、製品の色彩にメタリック感を付与する技術が開発されている。メタリック感が付与されたメタリック色は、金属光沢のような輝きを持った色彩に見える。また、メタリック色は、光の入射角度や観察角度によって、明るさや色合いが変化する。かかるメタリック色は、要求レベルに応じて、発現するメタリック感の程度を調節することができる。発現するメタリック感が小さい場合、あるいは、全く発現しない場合には、白とびが生じることがある。ここでの白とびとは、正反射の方向から観察する場合、光源の光の映り込みのために、メタリック特有の光輝感が失われて視認されることをいう。いわゆる光沢の発生によって、メタリック感のない白として知覚される現象を指す。
【0003】
この白とびとメタリック感による輝きとの違いは、色合いがほとんどない黒基調のメタリック色の場合、色合いや再現されるメタリック感の程度によっては、分かりにくいことがあった。そこで、製品の品質管理などの観点から、黒を基調とするメタリック色の白とびを評価する手法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−122335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の問題の少なくとも一部を踏まえ、本発明が解決しようとする課題は、黒を基調とするメタリック色について、白とびの新たな評価手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]メタリック感を発現するメタリック材が使用されたメタリックブラック色であって、黒、または、該黒と白との間で明度のみが変化した黒系色に対して、所定の範囲の彩度および色相を有するメタリックブラック色について、白とびを評価するメタリックブラック色の評価方法であって、
(1)前記メタリック材の量と、(2)前記黒、または、黒と白と間の明度の階調と、(3)前記所定の範囲の彩度および色相の階調と、のうちの少なくとも1つを変化させた複数のカラーパッチを用意する第1の工程と、
前記カラーパッチの各々について、所定の正反射方向と所定の非正反射方向とで測色して、前記所定の非正反射方向の明度と、前記所定の正反射方向と前記所定の非正反射方向との間の色差とを取得し、該明度と該色差との関係をプロットする第2の工程と、
前記カラーパッチの各々について、前記白とびの発生の有無を評価する第3の工程と、
前記評価の結果に基づいて、前記プロットの結果を、前記白とびがあると評価された第1の集合と、前記白とびがないと評価された第2の集合とに分類し、該分類に基づいて、前記白とびの判定基準を、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差との関係によって設定する第4の工程と、
前記白とびの評価対象の前記メタリックブラック色について測色し、該メタリックブラック色の前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差とを取得して、該取得した明度および色差の値と、前記設定した判定基準との関係から、前記白とびを評価する第5の工程と
を備えたメタリックブラック色の評価方法。
【0008】
黒を基調とする色において、非正反射方向の明度は、その色の特徴を顕著に表す。また、正反射方向と非正反射方向との色差は、メタリック色と、メタリック感を発現しない非メタリック色との特徴の違いを顕著に表す。メタリック色では、色合いとメタリック材の使用量とに応じて、正反射方向と非正反射方向との色差が大きく変化するのに対して、非メタリック色では、色差は、比較的小さな変化となる。かかる非正反射方向の明度と、色差との関係は、白とびの発生の有無と強い相関を有することとなる。適用例1の方法によれば、この相関関係を利用して、黒を基調とするメタリック色について、白とびを精度良く評価することができる。
【0009】
[適用例2]適用例1記載のメタリックブラック色の評価方法であって、前記判定基準は、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差とを座標軸とする座標系において、該所定の非正反射方向の明度と、該色差との関係を表す直線または曲線の判定線として表され、前記第5の工程は、前記座標系における、前記評価対象のメタリックブラック色について取得した明度および色差の値が表す点と、前記判定線との距離に基づいて、前記白とびの程度を評価する工程を含むメタリックブラック色の評価方法。
【0010】
かかるメタリックブラック色の評価方法によれば、白とびの程度について、絶対的な値で定量評価することができる。
【0011】
[適用例3]適用例1または適用例2記載のメタリックブラック色の評価方法であって、前記判定基準は、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差とを座標軸とする座標系において、該所定の非正反射方向の明度と、該色差との関係を表す直線または曲線の判定線として表され、前記第5の工程は、前記座標系において、前記評価対象のメタリックブラック色について取得した明度および色差の値を表す点が、前記判定線に対していずれの側に位置するかによって、前記白とびの有無を判断する工程を含むメタリックブラック色の評価方法。
【0012】
かかるメタリックブラック色の評価方法によれば、試料について取得した明度および色差の値を表す点と、判定線との位置関係によって、白とびの有無を精度良く評価することができる。
【0013】
[適用例4]前記判定線は、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差との関係が一次式で表される直線である適用例2または適用例3記載のメタリックブラック色の評価方法。
【0014】
かかるメタリックブラック色の評価方法によれば、判定線が一次式で表せるため、適用例2または適用例3の評価を単純な演算によって容易に行うことができる。
【0015】
[適用例5]適用例4記載のメタリックブラック色の評価方法であって、
前記一次式で表される判定線は、前記第1の集合と前記第2の集合とを判別する線形判別関数の傾きを有し、前記第1の集合の平均値を表す点と、前記第2の集合の平均値を表す点とを結ぶ線分上に位置する点であって、該第1の集合と該第2の集合との間でマハラノビス汎距離が均等となる点を通るように設定されたメタリックブラック色の評価方法。
【0016】
かかるメタリックブラック色の評価方法によれば、判定線は、マハラノビス汎距離が均等となる点を通るように、線形判別関数が補正されたものとなる。したがって、判定線は、一次式でありながら、第1の集合および第2の集合の判別を第1の集合および第2の集合の分布をある程度反映させて実現することができる。その結果、白とびを精度良く評価することができる。
【0017】
[適用例6]前記色差は、前記明度、前記彩度および前記色相で表される所定の色空間における、該明度、該彩度および該色相の重み付きユークリッド距離である適用例1ないし適用例5のいずれか記載のメタリックブラック色の評価方法。
【0018】
かかるメタリックブラック色の評価方法によれば、評価対象となるメタリックブラック色の特徴を色差の値に良好に反映させることができる。その結果、メタリックブラック色の白とびを精度良く評価することができる。
【0019】
また、本発明は、メタリックブラック色の評価方法としてのほか、適用例7のメタリックブラック色の評価装置、そのプログラム、当該プログラムをコンピューターが読み取り可能に記録した記憶媒体等の形態でも実現することができる。
【0020】
[適用例7]メタリック感を発現するメタリック材が使用されたメタリックブラック色であって、黒、または、該黒と白との間で明度のみが変化した黒系色に対して、所定の範囲の彩度および色相を有するメタリックブラック色について、白とびを評価するメタリックブラック色の評価装置であって、前記白とびの評価対象の前記メタリックブラック色について、所定の非正反射方向の明度と、所定の正反射方向と前記所定の非正反射方向との間の色差とを取得して、該取得した明度と色差の値とに基づいて、前記白とびを評価する白とび評価部と、前記評価の結果を出力する出力装置とを備えたメタリックブラック色の評価装置。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施例としてのメタリックブラック色の評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図2】測色における幾何学的条件と、取得する色彩データとを示す説明図である。
【図3】測色結果に基づいて、非正反射方向の明度と、正反射方向と非正反射方向との間での色差との関係をプロットした図である。
【図4】白とびの官能評価の結果を例示する説明図である。
【図5】白とびの程度を表す指標IVの概念を示す説明図である。
【図6】白とびの評価結果を例示する説明図である。
【図7】本発明の実施例としてのメタリックブラック色評価装置200の概略構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
A.第1実施例:
本発明のメタリックブラック色の評価方法の実施例について説明する。以下に説明する評価方法は、メタリックブラック色の白とびを評価するものである。白とびの評価とは、白とびの有無の評価と、白とびの程度の評価とを含む。評価対象の試料としては、例えば、メタリック色で印刷された印刷物や、メタリック色で塗装された電子機器の筐体、自動車のボディ部材など、種々の塗装品とすることができる。以下では、印刷物を評価対象試料として用いるものとして説明する。
【0023】
また、本願において、メタリックブラック色とは、以下の2つの条件を満たす色である。
第1の条件:メタリック感を発現するメタリック材が使用されている。
第2の条件:黒、または、黒と白との間で明度のみが変化した黒系色に対して、所定の範囲の彩度および色相を有する。
【0024】
第1の条件については、メタリック材が使用されていれば、人間の視覚によって視認可能なメタリック感が実際に発現しているか否かは問わない。メタリック材は、公知の物質であるため、詳しい説明は省略するが、例えば、メタリック色の印刷に使用されるメタリックインクを例示することができる。メタリックインクは、例えば、金属顔料と有機溶剤と樹脂とを含む油性インク組成物とすることができる。このような金属顔料としては、例えば、アルミニウムやアルミニウム合金とすることができる。
【0025】
第2の条件では、黒を基調とする色を特定している。具体的には、黒(L*=0、a*=0、b*=0)、または、黒(L*=0、a*=0、b*=0)と白(L*=100、a*=0、b*=0)との間で明度のみが変化した黒系色に対して、所定の範囲の彩度および色相を有する色を特定している。第2の条件は、例えば、L***表色系を用いれば、−2≦a*≦2、かつ、−2≦b*≦2を満たす白(L*=100、a*=0、b*=0)以外の任意の色と定義できる。
【0026】
実施例としてのメタリックブラック色の評価の手順を図1に示す。図示するように、メタリックブラック色の白とびの評価においては、まず、カラーチャートを用意する(ステップS10)。本実施例では、カラーチャートは、インクジェット式プリンターによって印刷媒体に印刷して作成する。このカラーチャートは、複数のカラーパッチを備えている。カラーパッチの各々には、1つの色彩が再現される。各々のカラーパッチに再現される色彩は、相互に異なるものである。具体的には、各々のカラーパッチには、メタリック材(ここでは、メタリックインク)の量と、明度、彩度および色相の階調とを四次元的に変化させた色彩が再現される。
【0027】
カラーチャートにおける、メタリックインクの量と、明度、彩度および色相の階調の変化の範囲は、評価対象としたいメタリックブラック色の範囲に応じて、適宜設定すればよい。本実施例においては、メタリックインクの量は、インクデューティを0%以上30%以下の範囲で、均等の間隔で変化させるものとした。インクデューティとは、全ての画素位置に対するインクを吐出する画素の割合である。明度は、値0以上値100以下の範囲で、均等の間隔で変化させるものとした。彩度と色相とは、上述した第2の条件の所定範囲で、それぞれ均等の間隔で変化させるものとした。なお、詳しくは後述するが、カラーチャートは、白とびの評価の判定基準を作成するための測色データを取得するために用いるものである。このため、偏りの少ない測色データを取得するために、メタリックインク、明度、彩度および色相の変化量は、均等間隔で設定することが望ましい。ただし、例えば、白とびが発生しにくいことが明らかな階調範囲では、間隔を大きくしてもよい。もとより、必ずしも均等間隔とする必要はない。なお、複数のカラーパッチが一体化されたカラーチャートに代えて、各々が別体となった複数のカラーパッチを用いてもよいことは勿論である。
【0028】
カラーチャートを用意すると、次に、カラーチャートを構成するカラーパッチの各々を測色して、所定の非正反射方向DDの明度と、所定の正反射方向SDと所定の非正反射方向DDとの間の色差とを取得し、当該明度と当該色差との関係をプロットする(ステップS20)。この工程は、本実施例においては、分光測色計を用いて測色を行い、L***値を取得して行うものとした。すなわち、分光立体角反射率を測定し、その測定結果から三刺激値X,Y,Zを求め、さらに、公知の変換式によって、L***値を取得した。本願において、正反射方向SDのL*,a*,b*の測定値を、それぞれLs,As,Bsともいう。また、非正反射方向DDのL*,a*,b*の測定値を、それぞれLd,Ad,Bdともいう。また、正反射方向SDと非正反射方向DDとの間の色差を色差CDs−dともいう。なお、測色方法は、特に限定するものではなく、例えば、光電色彩計を用いて、3刺激値直読法によって測色してもよい。
【0029】
色差CDs−dは、正反射方向SDと非正反射方向DDとの間での明度、彩度および色相の違いを表す指標である。本実施例では、色差CDs−dは、正反射方向SDのL***値と非正反射方向DDのL***値との重み付きユークリッド距離とした。つまり、色差CDs−dは、以下に示す式(1)で表される。式(1)において、k1〜k3は重み付け係数である。本実施例では、係数k1を係数k2,k3よりも大きく設定するものとした。メタリックブラック色は、a*値とb*値とが小さいので、このように設定すれば、評価対象となるメタリックブラック色の特徴を色差の値に良好に反映させることができる。
【0030】
【数1】

【0031】
なお、色差CDs−dは、必ずしも重み付けを行う必要はない。色差CDs−dは、正反射方向SDのL***値と非正反射方向DDのL***値とのユークリッド距離としてもよい。つまり、上記の式(1)において、k1=k2=k3=1としてもよい。
【0032】
ステップS20の測色における幾何学的条件を図2に示す。図示するように、本実施例では、測色対象の試料SAMの法線方向を0°、時計回りを正とすると、光源110からの入射は−45°である。このため、正反射方向SD(受光部130が受光する方向)は45°である。また、非正反射方向DD(受光部120が受光する方向)は、0°である。
【0033】
ステップS20によって明度Ldと色差CDs−dとの関係をプロットして作成した散布図の具体例を図3に示す。この例では、直交座標系の横軸を明度Ldとし、縦軸を色差CDs−dとして、明度Ldと色差CDs−dとの関係をプロットしている。なお、横軸を色差CDs−dとし、縦軸を明度Ldとしてもかまわない。また、座標系は、特に限定するものではなく、例えば、斜交座標系であってもかまわない。図3では、「◆」と「□」とでプロットした状態を示しているが、その意味については後述する。
【0034】
黒を基調とする色において、明度Ldは、その色の特徴を顕著に表す。また、色差CDs−dは、メタリック色と、メタリック感を発現しない非メタリック色との特徴の違いを顕著に表す。メタリック色では、色合いとメタリック材の使用量とに応じて、色差CDs−dが大きく変化するのに対して、非メタリック色では、色差CDs−dは、比較的小さな変化となる。かかる明度Ldと、色差CDs−dとの関係は、白とびの発生の有無と強い相関を有することとなる。このようなことから、ステップS20では、明度Ldと色差CDs−dとの関係をプロットしている。
【0035】
明度Ldと色差CDs−dとの関係をプロットすると、次に、測色対象としたカラーパッチの各々について、白とびの発生の有無を官能評価する(ステップS30)。官能評価は、複数の被験者を用いて、統計的に行うことができる。具体的には、例えば、被験者を10人用意し、各被験者に、評価対象のカラーパッチについて、白とびの有無の判断を行わせる。そして、白とびありと判断した確率が所定値より大きい場合に、評価対象となったカラーパッチの評価を「白とびあり」と決定する。
【0036】
官能評価の結果の具体例を図4に示す。図示するように、この例では、No.1〜10の10人の被験者のうち、7人が「白とびあり」と判断し、3人が「白とびなし」と判断している。その結果、「白とびあり」の確率は値0.7となっている。本実施例では、「白とびあり」と評価する評価基準を、「白とびあり」の確率が値0.5よりも大きいことと定めた。したがって、図4のケースでは、「白とびあり」と評価される。かかる評価は、評価対象のカラーパッチごとに行われる。なお、この評価基準は、値0.5に限られるものではない。この官能評価の結果は、後述する白とびの指標の基礎となるものである。したがって、評価基準の値は、その指標に与えたい特性を考慮して、適宜設定すればよい。例えば、白とびが確実に発生しないことを主眼とした指標を作りたい場合には、値1.0としてもよい。あるいは、顕著な白とびのみを排除することを主眼とした指標を作りたい場合には、値0.3などとしてもよい。
【0037】
官能評価を行うと、次に、官能評価の結果に基づいて、上記ステップS20でのプロット結果を、白とびがあると評価された集合S1と、白とびがないと評価された集合S2とに分類する。そして、この分類結果に基づいて、白とびの判定基準を設定する(ステップS40)。この判定基準は、明度Ldと色差CDs−dとの関係によって設定される。
【0038】
ステップS40について、上述した図3を用いて説明する。図3の「◆」と「□」とでのプロットは、集合S1および集合S2の分類に対応している。「◆」は、上記ステップS30において白とびがあると評価された測色データであり、その各要素は、集合S1に属している。「□」は、上記ステップS30において白とびがないと評価された測色データであり、その各要素は、集合S2に属している。ステップS40においては、まず、図3に示したように、プロット結果を集合S1と集合S2とに分類する。そして、集合S1と集合S2とを判別する基準、すなわち、白とびの判定基準を表す判定関数JFを設定する。
【0039】
判定関数JFは、本実施例においては、まず、集合S1,S2をもとに、線形判別関数を求める。線形判別関数は、公知の数学理論であるため、詳しい説明は省略するが、事前に与えられた複数のデータが、異なる集合に分類される場合に、新たに与えられたデータが、いずれの集合に属するかを判別するために、各集合のデータから求められる一次関数である。本実施例では、判定関数JFの傾きとして、線形判別関数の傾きを採用するものとした。
【0040】
また、判定関数JFを設定するために、本実施例では、マハラノビス汎距離の理論を取り入れている。マハラノビス汎距離は、公知の数学理論であるため、詳しい説明は省略するが、簡単に言えば、分散を用いて正規化されたユークリッド距離であると理解することができる。つまり、マハラノビス汎距離を用いれば、事前に与えられた複数のデータが、異なる集合に分類される場合に、新たに与えられたデータが、いずれの集合に近いものであるかを、各集合の分布特性を反映して決定することができる。本実施例においては、図3の座標系において、集合S1の平均値を表す点と、集合S2の平均値を表す点とを結ぶ線分上に位置する点であって、集合S1と集合S2との間でマハラノビス汎距離が均等となる点を通るように判定関数JFを設定するものとした。なお、平均値とは、明度Ldの単純平均値と、色差CDs−dの単純平均値とをいう。この条件と、上述した線形判別関数の傾きとによって、判定関数JFは、一意の線形に定まる。
【0041】
このように、判定関数JFを一次式で設定することによって、後述する指標IVの算定が容易となる。その結果、白とびの評価を容易に行うことができる。しかも、判定関数JFは、マハラノビス汎距離の理論を一部に取り入れることで、単純な一次式でありながら、集合S1および集合S2の分布を、ある程度反映することができる。その結果、判定関数JFは、白とびを精度良く評価する判定基準となる。ただし、判定関数JFの設定方法は、上述の例に限るものではなく、適宜設定すればよい。例えば、線形判別関数を判定関数JFとして採用してもよい。あるいは、集合S1と集合S2との間でマハラノビス汎距離が均等となる曲線を判定関数JFとして採用してもよい。
【0042】
判定関数JFを設定すると、次に、白とびの評価対象となる試料SAMを測色し、その結果と判定関数JFとの関係から、試料SAMの白とびを評価する(ステップS50)。この評価は、図3に示した座標系において、試料SAMの測色によって取得された明度Ldと色差CDs−dとが表す点と、判定関数JFが表す線形との距離に基づいて、白とびの程度を表す指標IVを算出することによって行う。
【0043】
指標IVの概念を図5に示す。図5では、試料SAMの測色によって取得された明度Ldと色差CDs−dとが表す点を、点P1,P2として、2点例示している。図示するように、指標IVは、点P1,P2と、判定関数JFが表す線形との距離D1,D2で表される。換言すれば、指標IVは、点P1,P2から、判定関数JFの線形への垂線の長さである。ここで、指標IVは、正負の概念を有している。点P1のように、図中において、判定関数JFの線形よりも上方(色差CDs−dが大きい方向)に位置する場合には、指標IVの値は正の値となる。一方、点P2のように、判定関数JFの線形よりも下方に位置する場合には、指標IVの値は負の値となる。つまり、指標IVは、図3に示した座標系において、取得された明度Ldと色差CDs−dとが表す座標値を(x0,y0)とし、判定関数JFをax+by+c=0とすると、次式(2)によって表すことができる。ここで、kは、次式(3),(4)によって定まる係数である。
【0044】
【数2】

【数3】

【数4】

【0045】
こうして算出される指標IVは、その値が正の数である場合には、試料SAMの明度Ldおよび色差CDs−dが集合S1に属することを意味している。その場合、試料SAMに白とびは発生していないと評価することができる。一方、指標IVの値が負の値である場合には、試料SAMの明度Ldおよび色差CDs−dが集合S2に属することを意味している。その場合、試料SAMに白とびが発生していると評価することができる。
【0046】
図6に、指標IVの算出結果の具体例を示す。図示するように、No.1〜5の試料SAMでは、指標IVは正の値となっている。したがって、「白とびなし」と評価できる。一方、No.6〜No.8の試料SAMでは、指標IVは、負の値となっている。したがって、「白とびあり」と評価できる。また、指標IVを用いれば、白とびの程度を絶対的な値で定量評価することもできる。本実施例における判定関数JFは、白とびが人間の目で視認される確率が値0.5となる境界を表しているので、判定関数JFからの乖離の程度は、白とびの程度を表していると捉えることができる。つまり、指標IVの値がその値が大きいほど、白とびはより視認されにくくなり、その値が小さいほど、白とびが顕著に視認されやすくなる。例えば、図6の例では、指標IVの値が最も大きいNo.5の試料SAMが、白とびが最も視認されにくいと言える。また、指標IVの値が最も小さいNo.7の試料SAMが、白とびが最も顕著に視認されやすいと言える。
【0047】
また、白とびの評価は、定量評価に限らず、白とびの有無の2値で定性的に評価してもよい。この場合、指標IVを算出して、その値の正負のみで、白とびの有無を評価してもよい。もとより、訂正評価を行う場合には、必ずしも指標IVを算出する必要はない。上述した式(3),(4)の条件、つまり、y0−(ax0+by0+c)の値の正負によって、白とびの有無を評価してもよい。なお、本実施例では、本実施例における判定関数JFは、官能評価に基づく白とびが人間の目で視認される確率が値0.5となる境界を表しているので、「白とびなし」との評価は、白とびが絶対に視認されない、という意味ではない。確率的に、白とびが視認されない蓋然性が高いという意味である。官能評価に基づく白とびが人間の目で視認される確率が値1.0となる境界として判定関数JFを設定すれば、「白とびなし」との評価は、白とびが絶対に視認されない、という意味に近づけることができる。
【0048】
以上説明したメタリックブラック色の評価方法によれば、明度Ldと色差CDs−dとの相関関係を利用して、試料SAMに付与された黒を基調とするメタリック色について、白とびを精度良く評価することができる。白とびの評価は、白とびの有無について定性的に行うことも、白とびの程度について定量的に行うことも可能である。なお、上述したステップS10〜S50は、それぞれ、請求項の第1〜第5の工程に該当する。
【0049】
B.第2実施例:
本発明の第2実施例について説明する。第2実施例としてのメタリックブラック色評価装置200の概略構成を図7に示す。メタリックブラック色評価装置200は、第1実施例で説明したメタリックブラック色の評価方法を利用して、試料SAMの白とびを評価する装置である。図7に示すように、メタリックブラック色評価装置200は、測定装置210、制御部220、出力装置230を備えている。
【0050】
測定装置210は、セットされた試料SAMを測色する測色装置である。本実施例では、測定装置210として、分光測色計を採用している。この測定装置210は、第1実施例で説明した幾何学的条件で試料SAMを測色し、Ls,As,BsおよびLd,Ad,Bdを制御部220に出力する。なお、測定装置210は、必須ではない。ユーザーがメタリックブラック色評価装置200とは別体の測色装置を用いて試料SAMを測色し、得られたLs,As,BsおよびLd,Ad,Bdをメタリックブラック色評価装置200に入力し、メタリックブラック色評価装置200がその入力を受け付けて、Ls,As,BsおよびLd,Ad,Bdを取得してもよい。
【0051】
制御部220は、CPU、ROM、RAMを含み、メタリックブラック色評価装置200の動作全体を制御する。ROMには、第1実施例で説明した指標IVの算出式が記録されている。この制御部220は、測定制御部221、白とび評価部222としても機能する。測定制御部221は、測定装置210に制御信号を送出して、測定装置210の測色動作を制御する。また、測定制御部221は、制御部220の測色結果を取得する。具体的には、測定制御部221は、試料SAMのLs,As,BsおよびLd,Ad,Bdを測定装置210から取得する。
【0052】
白とび評価部222は、測定制御部221が取得したデータに基づいて、試料SAMの白とびについて評価する。具体的には、評価部222は、取得したLs,As,BsおよびLd,Ad,Bdから、明度Ldと色差CDs−dとを求め、指標IVの算出式を用いて、指標IVを算出する。なお、測定装置210が明度Ldと色差CDs−dとを求めて、制御部220に出力してもよい。あるいは、測定装置210が指標IVを求めて、制御部220に出力してもよい。
【0053】
出力装置230は、白とび評価部222の評価結果を出力する。本実施例では、出力装置230は印刷装置である。ただし、出力装置230は、ディスプレイなどの表示装置であってもよい。あるいは、出力装置230は、ネットワークを介して評価結果を送信する送信手段や、可搬式の記憶媒体に評価結果を記録する記録手段などであってもよい。本実施例では、出力装置230として、インクジェット式プリンターを採用した。本実施例においては、出力装置230は、図6に示した態様で、複数の試料SAMの指標IVと、白とびの有無とを一覧表示した表形式の印刷物を出力するものとした。ただし、出力装置230が出力する印刷物の態様は、種々設定することができる。例えば、指標IVと、白とびの有無とのうちの一方のみを出力してもよいし、指標IVをグラフ化またはチャート化して出力してもよい。あるいは、メタリックブラック色評価装置200が備えるメモリに判定関数JFを記憶しておき、試料SAMの明度Ld,色差CDs−dと判定関数JFとの座標系での位置関係を図示してもよい。勿論、図3に示したように、判定関数JFの設定のもととなった基礎データも併せて表示してもよい。
【0054】
かかるメタリックブラック色評価装置200によれば、試料SAMの白とびを容易に評価することができる。メタリックブラック色評価装置200は、製品の品質管理などに有効に利用することができる。
【0055】
C.変形例:
上述の実施形態の変形例について説明する。
C−1.変形例1:
上述の実施形態においては、測色して取得したL***値に基づいて、明度Ldと色差CDs−dとを算出して、指標IVを算出したが、使用する表色系はL***に限られるものではない。例えば、L***を用いてもよい。使用する表色系は、デバイスに依存しない表色系であって、明度と色合いとを要素とするものであればよい。
【0056】
C−2.変形例2:
カラーチャートおよび試料SAMを測色する際の幾何学的条件は、上述の例に限られるものではない。カラーチャートと試料SAMとの条件を揃えれば、正反射方向SDおよび非正反射方向DDは、適宜設定すればよい。
【0057】
C−3.変形例3:
上述の実施形態においては、1つの判定関数JFを用いて、白とびの評価を行ったが、複数の判定関数JF1,JF2を用いて、白とびの評価を行ってもよい。具体的には、官能評価において、白とびありと評価する基準を2種類設定し、それぞれに対して、判定関数JF1,JF2を設定してもよい。この場合、判定関数JF1,JF2に対応する指標IV1,IV2を設定すればよい。官能評価における白とびありと評価する基準は、例えば、確率値1と確率値0.5と設定することができる。こうして、設定された指標IV1,IV2の両方を使用すれば、白とびの発生について、より的確な評価を行うことができる。
【0058】
C−4.変形例4:
上述したメタリックブラック色の評価方法は、色のデザイン設計にも適用することができる。例えば、設計段階において製品の色を決定する際に、上述の評価方法によって算出された指標IVに基づいて、所定の色の採用の可否を決定してもよい。かかる指標IVの利用は、例えば、以下のようにして行うことができる。まず、メタリックブラック色の階調値を複数設定し、上述したメタリックブラック色の評価方法によって、各々の階調値に対応する指標IVを事前に算出しておく。次に、メタリックブラック色の階調値と、その階調値に対応する指標IVの値とを対応付けて、色のデザイン設計を行うコンピューターに記憶しておく。なお、指標IVの値は、当該階調値に代えて、または、加えて、定義された色の名前と対応付けて記憶しておいてもよい。そして、コンピューターは、ユーザー操作に基づいて、採用する色として、ある階調値、または、ある色の名前の選択を受け付けた際に、受け付けた情報に対応する指標IVの値をディスプレイに表示する。こうすれば、ユーザーは、選択したメタリックブラック色について、白とびの評価を知ることができる。その結果、白とびの発生を回避した色のデザイン設計を行うことができる。
【0059】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上述した実施形態における構成要素のうち、独立クレームに記載された要素に対応する要素以外の要素は、付加的な要素であり、適宜省略、または、組み合わせが可能である。また、本発明はこうした実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を脱しない範囲において、種々なる態様で実施できることは勿論である。例えば、本発明は、メタリックブラック色の評価方法としてのほか、メタリックブラック色の評価装置、そのプログラム、当該プログラムをコンピューターが読み取り可能に記録した記憶媒体等としても実現することができる。
【符号の説明】
【0060】
110…光源
120…受光部
130…受光部
200…メタリックブラック色評価装置
210…測定装置
220…制御部
221…測定制御部
222…白とび評価部
230…出力装置
SD…正反射方向
DD…非正反射方向
SAM…試料
S1,S2…集合
JF…判定関数
P1,P2…点
D1,D2…距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタリック感を発現するメタリック材が使用されたメタリックブラック色であって、黒、または、該黒と白との間で明度のみが変化した黒系色に対して、所定の範囲の彩度および色相を有するメタリックブラック色について、白とびを評価するメタリックブラック色の評価方法であって、
(1)前記メタリック材の量と、(2)前記黒、または、黒と白と間の明度の階調と、(3)前記所定の範囲の彩度および色相の階調と、のうちの少なくとも1つを変化させた複数のカラーパッチを用意する第1の工程と、
前記カラーパッチの各々について、所定の正反射方向と所定の非正反射方向とで測色して、前記所定の非正反射方向の明度と、前記所定の正反射方向と前記所定の非正反射方向との間の色差とを取得し、該明度と該色差との関係をプロットする第2の工程と、
前記カラーパッチの各々について、前記白とびの発生の有無を評価する第3の工程と、
前記評価の結果に基づいて、前記プロットの結果を、前記白とびがあると評価された第1の集合と、前記白とびがないと評価された第2の集合とに分類し、該分類に基づいて、前記白とびの判定基準を、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差との関係によって設定する第4の工程と、
前記白とびの評価対象の前記メタリックブラック色について測色し、該メタリックブラック色の前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差とを取得して、該取得した明度および色差の値と、前記設定した判定基準との関係から、前記白とびを評価する第5の工程と
を備えたメタリックブラック色の評価方法。
【請求項2】
請求項1記載のメタリックブラック色の評価方法であって、
前記判定基準は、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差とを座標軸とする座標系において、該所定の非正反射方向の明度と、該色差との関係を表す直線または曲線の判定線として表され、
前記第5の工程は、前記座標系における、前記評価対象のメタリックブラック色について取得した明度および色差の値が表す点と、前記判定線との距離に基づいて、前記白とびの程度を評価する工程を含む
メタリックブラック色の評価方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載のメタリックブラック色の評価方法であって、
前記判定基準は、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差とを座標軸とする座標系において、該所定の非正反射方向の明度と、該色差との関係を表す直線または曲線の判定線として表され、
前記第5の工程は、前記座標系において、前記評価対象のメタリックブラック色について取得した明度および色差の値を表す点が、前記判定線に対していずれの側に位置するかによって、前記白とびの有無を判断する工程を含む
メタリックブラック色の評価方法。
【請求項4】
前記判定線は、前記所定の非正反射方向の明度と、前記色差との関係が一次式で表される直線である請求項2または請求項3記載のメタリックブラック色の評価方法。
【請求項5】
請求項4記載のメタリックブラック色の評価方法であって、
前記一次式で表される判定線は、
前記第1の集合と前記第2の集合とを判別する線形判別関数の傾きを有し、
前記第1の集合の平均値を表す点と、前記第2の集合の平均値を表す点とを結ぶ線分上に位置する点であって、該第1の集合と該第2の集合との間でマハラノビス汎距離が均等となる点を通るように設定された
メタリックブラック色の評価方法。
【請求項6】
前記色差は、前記明度、前記彩度および前記色相で表される所定の色空間における、該明度、該彩度および該色相の重み付きユークリッド距離である請求項1ないし請求項5のいずれか記載のメタリックブラック色の評価方法。
【請求項7】
メタリック感を発現するメタリック材が使用されたメタリックブラック色であって、黒、または、該黒と白との間で明度のみが変化した黒系色に対して、所定の範囲の彩度および色相を有するメタリックブラック色について、白とびを評価するメタリックブラック色の評価装置であって、
前記白とびの評価対象の前記メタリックブラック色について、所定の非正反射方向の明度と、所定の正反射方向と前記所定の非正反射方向との間の色差とを取得して、該取得した明度と色差の値とに基づいて、前記白とびを評価する白とび評価部と、
前記評価の結果を出力する出力装置と
を備えたメタリックブラック色の評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−242312(P2012−242312A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−114425(P2011−114425)
【出願日】平成23年5月23日(2011.5.23)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】