説明

ラクチドの回収方法

【課題】ポリ乳酸とポリカーボネートを含む樹脂組成物から、ポリ乳酸を選択的に分解し、原料であるラクチドを効率的に回収する方法を提供する。
【解決手段】ポリ乳酸と芳香族ポリカーボネートなどのポリカーボネート類を含む耐衝撃性が改良された樹脂組成物に、酸化スズ及び/又は有機アルミニウム化合物などのエステル交換触媒を添加し、好ましくは200〜330℃に加熱して、ポリ乳酸を選択的に分解し、原料であるラクチドを効率的に回収することからなるラクチドの回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ乳酸とポリカーボネートを含有する組成物から、ポリ乳酸の原料であるラクチドを回収する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境問題に対する意識の高まりから、実質的に炭酸ガスを放出しない再生可能なバイオマス由来の材料の開発が活発に展開されてきている。とりわけ、多糖類から発酵および化学合成手法によって製造されるポリ乳酸は、化石資源由来の汎用ポリマーの代替が期待されている。
【0003】
ポリ乳酸は、高い透明性を持った材料としても知られている。しかしながら、ポリ乳酸には耐衝撃強度が低いという欠点があり、この欠点を改良するために、さまざまな方策、例えば、柔軟性を持ったポリマーとの均一又は不均一ブレンド、耐衝撃性に優れたポリマーとのブレンドあるいはグラフト化などがなされてきた。それらの中で最も効果的な方法として、芳香族ポリカーボネートとのブレンドによる耐衝撃強度の改善方法が広く知られている。
【0004】
芳香族ポリカーボネートは、耐衝撃性と高い透明性を持った材料としてCDやDVDの基板素材として広く利用されている。しかし、化石資源由来の材料であるため、焼却に伴う炭酸ガスの発生をいかに抑制するかが課題となっている。ポリ乳酸と芳香族ポリカーボネートとをブレンドすることによって、ポリ乳酸の耐衝撃性が改良され、芳香族ポリカーボネートの炭酸ガス発生抑制が可能となり、様々な分野へのこのブレンド材料の応用が広がってきている(特許文献1及び非特許文献1参照)。
【0005】
最近、炭酸ガスの発生抑制がさらに強く要求されるようになり、このポリ乳酸−ポリカーボネート複合材料のリサイクルが望まれるようになってきている。しかし、ポリ乳酸は繰り返し溶融成型プロセスの中で分子量が減退しやすく、ポリカーボネートとのブレンド材料の再溶融成型によるマテリアルリサイクルは、本質的に難しい。特許文献2には、使用後のポリ乳酸−芳香族ポリカーボネート樹脂成型体のマテリアルリサイクル方法が開示されており、1)凍結粉砕工程、2)ポリ乳酸の融点以下での加熱工程、及び3)170〜230℃での成型工程の3工程からなる方法が示されている。しかしながら、この方法は、ポリ乳酸の分解を最小限にくい止め、かつ再結晶化を促進して、再成型する方法であり、効率的とはいえず、さらに繰り返し再成型することは不可能である。
【0006】
また、特許文献3には、耐湿性を向上させる樹脂配合により、マテリアルリサイクル性が向上したポリ乳酸−芳香族ポリカーボネート樹脂組成物が開示されている。しかしながら、ポリ乳酸の使用時の加水分解や溶融成型時の熱分解を抑制し、マテリアルリサイクルを行うには限界がある。
【0007】
そこで、ポリ乳酸の容易に原料に戻る性質を活かして、ケミカルリサイクルを行う技術開発が活発に行われている。例えば、特許文献4には、アルカリ土類金属触媒を用いて、ポリ乳酸及びポリ乳酸とポリオレフィンとのブレンドからの、ポリ乳酸の選択的な分解技術が開示されている。また特許文献5には、水酸化アルミニウム触媒を用いて、ポリ乳酸とポリスチレンとのブレンドから、ポリ乳酸を選択的に分解する技術が開示されている。しかしながら、ポリ乳酸とポリカーボネートの混合物(組成物)の場合には、ポリカーボネートもまた、ポリ乳酸のエステル結合に類似したカーボネート結合を有しているため、ポリ乳酸を選択的に分解し、原料に戻すことは難しく、従来、この選択的なケミカルリサイクル技術に関する開示はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−144075号公報
【特許文献2】特開2008−274222号公報
【特許文献3】特開2008−037965号公報
【特許文献4】国際公開第2003/091238号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2005/105775号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】ファインケミカル、Vol.36、No.11、2007年、pp.47−52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む樹脂組成物から、ポリ乳酸を選択的に分解し、原料であるラクチドを効率的に回収する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ポリ乳酸とポリカーボネートを含有する組成物に、エステル交換触媒を添加し加熱することによってポリ乳酸を分解し、その原料であるL,L−ラクチドを効率的に回収する方法である。
【0012】
上記本発明において、加熱温度は200〜330℃であるのが好ましく、エステル交換触媒としては、酸化スズ及び/又は有機アルミニウム化合物が好ましく、ポリカーボネートとしては、芳香族ポリカーボネートが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明において、エステル交換触媒は、ポリ乳酸の主鎖を構成しているエステル結合に優先的に作用し、これを切断する反応を促進する。その一方で、ポリカーボネートの主鎖を構成するカーボネート結合に対しては、有意の差で反応性が低いため、ポリ乳酸とポリカーボネートの樹脂組成物中のポリ乳酸成分を優先的に分解し、その原料であるラクチドに変換する。この作用により、ポリ乳酸成分とポリカーボネート成分は効率的に分離され、高分子量を維持しているポリカーボネート成分は、マテリアルリサイクルが可能となる。
以上の特性によって、ポリ乳酸成分は原料のラクチドに戻され、再びポリ乳酸として再生可能であるため、無限の繰り返し利用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ポリ乳酸とポリカーボネート、及び酸化スズからなる各組成物のTG曲線。
【図2】ポリ乳酸とポリカーボネート、及び酸化スズからなる各組成物の熱分解−ガスクロマトグラフ/質量分析結果。
【図3】ポリ乳酸とポリカーボネート、及びATIPからなる各組成物のTG曲線。
【図4】ポリ乳酸とポリカーボネート、及びATIPからなる各組成物の熱分解−ガスクロマトグラフ/質量分析結果。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ポリ乳酸とポリカーボネートを含有する組成物に、エステル交換触媒を添加し加熱、好ましくは、ポリ乳酸成分の選択的分解温度範囲で加熱することによってポリ乳酸を選択的に分解し、その原料であるL,L−ラクチドを効率的に回収する方法である。
【0016】
本発明において、ポリ乳酸とは、乳酸エステル構造を基本ユニットとする重合体であり、特にL−乳酸エステル構造ユニットが全ユニットの90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上のポリマーである。L−乳酸エステル構造ユニット以外の成分としては、D−乳酸エステルユニット、ラクチドと共重合可能なラクトン類、環状エーテル類、環状アミド類、環状酸無水物類などに由来する共重合成分ユニットが存在することが可能である。好適に用いられる共重合成分としては、カプロラクトン、バレロラクトン、β−ブチロラクトン、バラジオキサノンなどのラクトン類;エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、ブチレンオキサイド、スチレンオキサイド、フェニルグリシジルエーテル、オキセタン、テトラヒドロフランなどの環状エーテル類;ε-カプロラクタムなどの環状アミド類;琥珀酸無水物、アジピン酸無水物などの環状酸無水物類などである。
【0017】
更に、開始剤成分として、ポリ乳酸又はその誘導体中に共存しうるユニットとして、アルコール類、グリコール類、グリセロール類、その他の多価アルコール類、カルボン酸類、及び多価カルボン酸類、フェノール類などが用いられる。好適に用いられる開始剤成分を具体的に例示すれば、エチルヘキシルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリン、オクチル酸、乳酸、グリコール酸などである。
【0018】
本発明のポリ乳酸は、重量平均分子量(Mw)が2,000〜1,000,000の範囲であり、50,000〜500,000の範囲であることがより好ましく、100,000〜300,000の範囲であることがさらに好ましい。また、数平均分子量(Mn)が1,000〜500,000の範囲であり、25,000〜250,000の範囲であることがより好ましく、50,000〜150,000の範囲であることがさらに好ましい。かかる範囲の場合、ポリ乳酸の溶融成型特性と物性のバランスの取れた材料が得られる。重量平均分子量が1,000,000を超える場合、その溶融粘度が高すぎて、ポリカーボネートの溶融粘度調節剤としてのポリ乳酸の機能を低減させてしまう。一方、数平均分子量が1,000に満たないばあい、固体としての形状を保持できなく場合があり、ポリカーボネートとの樹脂組成物を調整する際に問題となる。なお、重量平均分子量は、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC(GPC))や光散乱といった方法により判定することができ、数平均分子量は、SEC(GPC)、末端基滴定、蒸気圧オスモメトリー及び浸透圧法などの公知の方法により測定することができる。
【0019】
本発明のポリ乳酸は、固体状態を維持し成形体を形成するために、結晶性が有効に作用している。重合体を構成するユニットが高い光学純度を有していた場合、すなわちL−乳酸エステルユニットが90%以上を占めていた場合、重合体の結晶化は容易であるが、90%を下回ると結晶化が難しくなる場合がある。L−乳酸エステルユニットは、加熱やアルカリ金属の作用により容易に光学異性体であるD−乳酸エステルユニットに変換される。これはラセミ化といわれる異性化反応である。ラセミ化の程度を確認する方法として、核磁気共鳴スペクトル法(NMR法)、光学異性体分割カラムを装着したガスクロマトグラフィー法(GC法)及び高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)、熱分解−ガスクロマトグラフィー−質量分析法(熱分解−GC/MS法)などが挙げられる。これらNMR法、GC法、HPLC法、及び熱分解−GC/MS法などについては従来公知の方法・条件が適用可能である。
【0020】
本発明においてポリカーボネートとは、カーボネート結合をその主鎖中に繰り返し有する重合体である。カーボネート結合同志をつなぐ化学構造としては、脂肪族及び/又は芳香族からなる有機基から構成されるものであれば、なんら制限なく本発明が適用可能である。好適に用いられるポリカーボネートとしては、芳香環をその主鎖中に含む芳香族ポリカーボネート類;主鎖が脂肪族炭化水素のみからなる脂肪族ポリカーボネート類があげられる。
【0021】
芳香族ポリカーボネート類とは、芳香族二価フェノール系化合物とホスゲン、または炭酸ジエステルとを反応させることにより得られる芳香族ホモ又はコポリカーボネートなどの芳香族ポリカーボネート類が挙げられ、前記の芳香族二価フェノール系化合物としては、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ブタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジフェニル)ブタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジエチルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジエチルフェニル)プロパン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、1−フェニル−1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン等が使用でき、これら単独あるいは混合物として使用することができる。
【0022】
前記脂肪族ポリカーボネート類としては、ポリエチレンカーボネート、ポリプロピレンカーボネート、トリメチレンカーボネート、及びヘキサメチレンカーボネートなどの鎖状脂肪族ポリカーボネート類、および2,6−ジオキサビシクロ[3.3.0]オクタン環及びその有機基置換誘導体を主鎖中に有する環状脂肪族ポリカーボネート類などがあげられる。
これらのポリカーボネートの中でも、耐熱性などの点で芳香族ポリカーボネートが最も好ましく用いられる。
【0023】
この芳香族ポリカーボネートの重量平均分子量は、耐熱性や耐衝撃性の面から、好ましくは10,000〜100,000であり、機械的物性などのバランスの面から、さらに好ましくは15,000〜50,000である。なお、重量平均分子量は、サイズ排除クロマトグラフを用いて、ポリスチレン換算分子量として求めることができ、粘度平均分子量(Mv)は、ウベローデ型粘度計を用いて、20℃
における塩化メチレン溶液の粘度を測定し、これより極限粘度[η]を求め、[η]=1.23×10-5Mv0.83 の式により算出することができる。
【0024】
本発明において、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物とは、組成物成分として、少なくともポリ乳酸とポリカーボネート成分を50重量%以上で含有するものであり、この樹脂組成物を溶融成型し、必要な物性を発現するのに悪影響を与えないいかなる添加剤を含んでいてもよい。
【0025】
一般に好適に用いられる樹脂組成物中のポリ乳酸と芳香族ポリカーボネートの含有割合は、90:10〜5:95重量比の範囲、より好ましくは60:40〜10:90重量比の範囲、さらに好ましくは40:60〜15:85重量比の範囲である。
【0026】
該樹脂組成物中に共存可能な添加剤としては、加水分解抑制剤、結晶化促進剤、滑剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、離型剤などである。これらの添加剤は、本樹脂組成物から溶融成型によって得られる成形体の実用物性に顕著な影響を及ぼさない範囲で添加可能であり、通常、ポリ乳酸とポリカーボネート成分100重量部に対して50重量部以下、好ましくは20重量部以下、さらに好ましくは10重量部以下で使用される。
【0027】
本発明において、エステル交換触媒とは、エステルの合成反応に触媒作用を発揮しうる化合物である。ポリ乳酸のエステル結合に対して、優先的に作用する触媒であれば、なんら制限なく用いることが可能である。
【0028】
好適に用いられるエステル交換触媒としては、オクチル酸スズ、オクチル酸ジブチルスズ、ジブチルスズオキシド、モノブチルスズオキシド、モノブチルスズクロライド、モノブチルスズオクトエート、モノブチルスズトリクロライド、ジブチルスズジクロライド、テトラフェニルスズ、テトラブチルスズ、テトラブチル
1,3−ジアセトキシジスタノキサンなどの有機スズ化合物類;酸化スズなどの無機スズ化合物類;アルミニウムイソプロポキサイド、アルミニウムトリス(エチルアセトアセトナート)、環状アルミニウムオキサイドイソプロポサイドなどの有機アルミニウム化合物類;チタニウムイソプロポキサイド、チタニウムジイソプロポキシドビス(アセチルアセトナート)、チタニウムテトラキス(アセチルアセトナート)、チタニウムジヒドロキシドビスラクテートなどの有機チタニウム化合物;ジルコニウムテトラキス(n−プロポキシド)、ジルコニウムテトラキス(アセチルアセトナート)、ジルコニウムトリ−n−ブトキシドアセチルアセトナート、ステアリン酸ジルコニウム、酢酸ジルコニウムなどの有機ジルコニウム化合物類;酸化ジルコニウムなどの無機ジルコニウム化合物類;およびヘキソエート亜鉛、ステアリン酸亜鉛、ナフテン酸亜鉛などの有機亜鉛化合物類などが好適に用いられる。これらのエステル交換触媒の中でも、とりわけ、酸化スズおよび有機アルミニウム化合物が、ポリ乳酸への選択性の高さの点で優れており好ましい。
【0029】
エステル交換触媒は、ポリ乳酸の合成反応にも使用されているが、その使用量は、通常、合成されたポリ乳酸に対して100ppm以下であり、本発明のポリ乳酸の選択分解反応には十分な機能を発揮しえない。これらのエステル交換触媒は、ポリ乳酸とポリカーボネートの組成物100重量部に対して、0.1〜10重量部、好ましくは0.2〜3重量部、さらに好ましくは、0.3から3重量部の範囲で添加される。0.1重量部に満たない場合、その効果は限定的であり、十分な選択性が得られない場合がある。一方、10重量部を超える範囲では、その効果は既に飽和しており、2次的な反応などの弊害が生じる場合がある。
【0030】
本発明において、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物にエステル交換触媒を混合する方法としては、公知の混合の手段が特に限定されず利用可能である。本発明において重要な点は、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物中に、エステル交換触媒が均一に分散して存在することが不可欠な要因と考えられるため、エステル交換触媒がより均一に分散しやすい手段が好適に実施される。好適に用いられる添加混合方法としては、溶融混合法、溶液混合法、粉体混合後溶融分散法、マスターバッチ法などである。ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物が成形品となっている場合には、あらかじめこれを粉砕した後、エステル交換触媒と混合するのが良い。
【0031】
本発明において、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物を、エステル交換触媒の存在下に加熱することよって、ポリ乳酸が選択的にラクチドに変換される。ここで加熱とは、ポリ乳酸が選択的にあるいは極めて高い割合で優先的に分解され、ラクチドを発生する温度帯での加熱を意味する。
【0032】
通常、ポリ乳酸の熱分解は、ポリ乳酸の融点を超えた温度域で進行し、温度の上昇とともに、様々の副反応が進行しやすい。この副反応によって、ラクチド以外の分解生成物や、ラセミ化による光学異性化が進行する。また、通常、ポリ乳酸よりも熱的に安定な芳香族ポリカーボネート類も、高温では熱分解が進行し、脱炭酸反応、フェノール生成反応などを起こしやすい。従って、エステル交換触媒によるポリ乳酸の選択的分解反応を効率的に実施するには、上記のような熱だけによる多様な分解反応が進行する温度よりも低い温度で実施するのが好ましい。
【0033】
本発明において、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物とエステル交換触媒との混合物は、ポリ乳酸の溶融温度以上で330℃以下の温度範囲、好ましくは200〜320℃において熱分解され、高い光学純度のラクチドが選択的に回収される。ポリ乳酸の溶融温度以下では、ポリ乳酸の熱分解は殆ど進行せず、また330℃を超える温度では、ランダム分解が進行して、オリゴマーが生成したり、ポリ乳酸中の乳酸エステル構造ユニットや発生したラクチド中のエステル構造ユニットのラセミ化が起こり易くなって結果として得られるラクチドの光学純度が低下しやすい。また、330℃を超える温度では、ポリカーボネートの熱分解も進行しやすくなる。さらに好ましい温度範囲は200〜310℃であり、最も好適には、用いるエステル交換触媒の種類や添加量、ポリカーボネートの種類に応じた最適温度範囲が用いられる。例えば、芳香族二価フェノール系化合物として、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンから合成された芳香族ポリカーボネートとポリ乳酸の50:50重量比の組成物に、エステル交換触媒として酸化スズを0.5重量%用いた場合、200〜310℃の温度範囲が好適である。
【0034】
この温度範囲は、さらにポリ乳酸の分子量にも若干依存する。一般に、分子量の低いポリマーほど、より低温領域で分解が進行する傾向にある。しかしながら、乳酸エステル構造ユニットのラセミ化は、分子量に関係なく330℃を超える温度で顕著になる。このようなポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物に、エステル交換触媒を添加したものの選択分解作用と温度に依存する分解特性についての知見は、本発明において初めて見出されたものである。
【0035】
本発明において、光学純度の高いラクチドを回収する方法として、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物を、例えば、200〜330℃の温度範囲に設定された熱分解反応器中に投入することが望ましいが、より低温から高速で昇温する方法も選択可能である。好適に利用される熱分解反応器としては、バッチ式、連続式のいずれも実施可能である。好適に用いられる反応器としては、エクストルーダー、オートクレーブ、流動床式反応器などである。エクストルーダーを用いる場合、シリンダーの各ブロックの温度設定とスクリューの回転数、スクリューの形状、一軸/二軸スクリューなどの形式によって、熱分解温度や熱分解速度の制御及び昇温速度を、本発明のラクチド回収に最適の温度範囲に設定することが可能である。
【0036】
これらの熱分解反応器を用いて、ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物の熱分解を実施する場合、生成したラクチドは気相中に揮発してくるため、気相成分を取り出すプロセスが不可欠である。上記した各反応器は、気相成分を取り出すための排出口、及び/又は、気相成分を押出し置換するための窒素ガスなどの不活性ガスの注入口を有する。例えば、エクストルーダー反応器の場合、ベント口が排出口として好適に用いられる。ベント口より気相成分を取り出す際に、一般的には、減圧下に取り出す方法が好適に実施される。減圧度及び/又は排気速度は、気化成分の量や温度に応じて設定することができるが、通常、500mmHg以下、好ましくは200mmHg以下の減圧度で好適に実施される。
【0037】
このようにして、本発明の方法を実施し、ケミカルリサイクルによって、高光学純度のラクチドを得ることができる。得られたラクチドの光学純度の評価は、従来公知の方法を用いることができる。例えば、一つの乳酸エステル構造ユニットでラセミ化が生じ、続いてラクチド単位での脱離が生じた場合、メソ−ラクチドが生成する。連続する二つの乳酸エステル構造ユニットでラセミ化が生じ、その二つの乳酸エステル構造ユニットがラクチドとして脱離した場合、元のポリ乳酸とは逆の光学異性ラクチドが生成する。一般的に、ラセミ化反応がランダムに進行した場合、メソ−ラクチドが主な分解産物として生成する。これらのメソ−ラクチドおよびL,L−ラクチド、D,D−ラクチドの割合は、ガスクロマトグラフ分析によって確認することができる。ただし、光学分割が不可能なカラムを利用した場合、D,D−ラクチドとL,L−ラクチドとは、同一フラクションとして検知されるため、ラセミ化の評価は、メソ−ラクチドの生成割合を指標として利用することができる。従って、メソ−ラクチドの生成割合が、得られたラクチド中の10モル%以下、好ましくは5モル%以下、より好ましくは2モル%以下であるのが良い。
【0038】
本発明により、選択的にラクチドを回収することができるが、得られるラクチドの光学純度は、用いるポリ乳酸の光学純度に依存する。即ち、用いるポリ乳酸の光学純度が高ければ高いほど、得られるラクチドの光学純度も高くなる。従って、ポリ乳酸の光学純度が、80%e.e.以上、好ましくは90%e.e.以上、より好ましくは95%e.e.以上であれば、ケミカルリサイクルによって得られるラクチドの光学純度も、比例して高くなる。なお、ここで、%e.e.とは、enantiometric excessという鏡像異性体からなる混合物中に存在する、ひとつの鏡像異性体の過剰量を百分率で表したものである。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明の範囲を制限するものではない。
【0040】
<実施例1〜5、比較例1、酸化スズによるポリ乳酸の優先分解とラクチド回収>
ポリ乳酸(Mn=71,000、Mw=140,000)15.01mgと2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンから合成された芳香族ポリカーボネート(Mn=11,200、Mw=33,100)14.92mg、及びエステル交換触媒として酸化スズ1.43mg(0.5重量部)を混合した。これらの混合物をクロロホルム20mLに溶かして、2時間攪拌した。ポリマー成分が完全に溶解し、酸化スズが均一分散したことを確認し、この溶液をフラットシャーレに移し、水平台上でキャストフィルムを作成した。
【0041】
キャストフィルムは、真空乾燥機中、40℃で20時間、完全乾燥を行った。次に、得られたフィルム(PLLA/PC/SnO)から、一回につき約5mgのサンプルを切り出し、SEIKO製熱天秤/示差熱分析装置TG/DTA6200を用いて、窒素雰囲気下、室温〜600℃までの温度範囲で、9℃/minの昇温速度で加熱した。比較として、ポリ乳酸単独(PLLA)、芳香族ポリカーボネート単独(PC)、および酸化スズを含まないポリ乳酸/芳香族ポリカーボネート50/50(重量比)のフィルム(PLLA/PC)も、実施例1〜5のフィルムと同様にして作成し、TG/DTA6200を用いて、同じ条件で加熱した。その結果、ポリ乳酸とポリカーボネートが熱分解し、それぞれ異なる重量減少挙動が示された(図1)。図1の結果から、50/50重量比ブレンドフィルムに酸化スズを添加することにより、ポリ乳酸とポリカーボネートとの熱分解温度域が離れ、ポリ乳酸成分の選択的分解がより容易になったことを示している。
【0042】
次に、サンプラー付き熱分解装置(フロンティアラボ社製PY2020D、Shimadzu製GC−17A+GCMS-QP5050)に不活性ガス(He)を通しながら、60℃に予熱した熱分解オーブンの中に、ポリ乳酸/芳香族ポリカーボネート/酸化スズ触媒組成物の約0.1mgをすばやく投入した。その後、9℃/分で所定の温度まで昇温した。各温度範囲での熱分解生成物をサンプラーを用いて分取し、ガスクロマトグラフ−質量分析器(GCMS)にかけて分析した。分析の結果を図2に示した。
【0043】
図2の保持時間が約13分に現れるピークがL,L-ラクチドであり、約12分に現れるピークがメソラクチド、17分と24−25分近辺に現れるピークがポリカーボネートに由来するフェノール系の分解生成物である。各ピークの面積を求めて、その面積比(TIC%)から、生成物の生成比率を計算した。計算結果を表1に示した。表1より、310℃までは、熱分解生成物は完全にL,L-ラクチドのみであることが確認された(実施例1〜3)。320℃でポリカーボネートの分解生成物であるフェノール誘導体が初めて確認され(実施例4〜5)、340℃になるとフェノール誘導体の量が10%を超えた(比較例1)。
【0044】
【表1】

【0045】
<実施例6〜7、比較例2、アルミニウムイソプロポキシドによるポリ乳酸の優先分解とラクチド回収>
ポリ乳酸(Mn=71,000、Mw=140,000)15.01mgと2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンから合成された芳香族ポリカーボネート(Mn=11,200、Mw=33,100)15.12mg、及びエステル交換触媒としてアルミニウムイソプロポキシド(ATIP)1.49mg(0.5重量部)を表2に示した量添加した。これらの混合物をクロロホルム20mLに溶かして、2時間攪拌した。成分が完全に溶解したことを確認し、この溶液をフラットシャーレに移し、水平台上でキャストフィルムを作成した。
【0046】
キャストフィルムは、真空乾燥機中、40℃で20時間、完全乾燥を行った。次に、得られたフィルム(PLLA/PC/ATIP)から、一回につき約5mgのサンプルを切り出し、SEIKO製TG/DTA6200を用いて、窒素雰囲気下、室温〜600℃までの温度範囲で、9℃/minの昇温速度で加熱した。比較として、ポリ乳酸単独、芳香族ポリカーボネート単独、およびATIPを含まないポリ乳酸/芳香族ポリカーボネート50/50(重量比)のフィルムも、実施例6〜7のフィルムと同様にして作成し、TG/DTA6200を用いて、同じ条件で加熱した。その結果、ポリ乳酸とポリカーボネートが熱分解し、それぞれ異なる重量減少挙動が示された(図3)。図3の結果から、ATIPを添加することにより、ポリ乳酸とポリカーボネートとの熱分解温度域が離れ、ポリ乳酸成分の選択的分解がより容易になったことを示している。
【0047】
次に、実施例1〜5と同様にして、ポリ乳酸/芳香族ポリカーボネート/ATIP触媒組成物を、熱分解−ガスクロマトグラフ−質量分析器(GCMS)にかけて分析した。分析の結果を図4に示した。図4の結果から、生成物の生成比率を計算した。計算結果を表2に示した。これらの結果より、280℃までは、熱分解生成物は完全にL,L-ラクチドのみであることが確認された(実施例6)。330℃でポリカーボネートの分解生成物であるフェノール誘導体がわずかに確認され(実施例7)、350℃になるとフェノール誘導体の量が10%を超えた(比較例2)。
【0048】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸とポリカーボネートを含む組成物に、エステル交換触媒を添加し加熱することを特徴とするラクチドの回収方法。
【請求項2】
加熱温度が200〜330℃であることを特徴とする請求項1記載のラクチドの回収方法。
【請求項3】
エステル交換触媒が、酸化スズ及び/又は有機アルミニウム化合物であることを特徴とする請求項1又は2記載のラクチドの回収方法。
【請求項4】
ポリカーボネートが、芳香族ポリカーボネートであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載のラクチドの回収方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−162480(P2011−162480A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−27084(P2010−27084)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】