説明

ラジアルローラベアリング、ラジアルローラベアリングを用いた回転機械、ラジアルローラベアリングの設計方法

【課題】潤滑油の特性を利用し、ローラ部材の真円度が過剰品質になることを防止しつつ、単体回転時の騒音を低減させ、ひいては回転機械の騒音を抑制する。
【解決手段】本発明に係るラジアルローラベアリングは、外輪部材30Aと、複数のローラ部材30Bと、保持器とを具備し、外輪部材30Aまたは回転軸とローラ部材30Bとの間に潤滑油Oが供給されるラジアルローラベアリングにおいて、前記ローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面における真円度ΔRが、潤滑油Oにより形成される油膜の最小油膜厚さhmin以下に設定されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動圧縮機のように、高速で回転し、尚且つ作動時の静粛性が要求される回転機械に適用されて好適なラジアルローラベアリングの設計方法、ラジアルローラベアリング、およびこれを用いた回転機械に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラジアルローラベアリングは、主に回転軸のラジアル方向(径方向)に加わる荷重を担うベアリングであり、外輪部材と、その内周面を転動する複数のローラ部材(ころ)とを備えて構成されている。さらに、各ローラ部材の間隔を等間隔に保つ、籠状に形成された保持器(リテーナ)を有する場合が多い。なお、ローラ部材の径寸法をDとし、軸寸法をLとした場合に、L/Dが1を大きく上回り、尚且つローラ部材の外径が、軸支される軸径よりも格段に細いものが特にラジアルニードルベアリングと呼ばれている。このようなラジアルニードルベアリングを具備した回転機械としては、例えば、カーエアコンにおいて冷媒を圧縮するためのコンプレッサが知られている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
上記のコンプレッサのような快適装備を構成する回転機械にあっては、その作動時に発生する騒音を極力低減させることが要求される。従来では、特許文献2に開示されているように、回転軸のスラスト方向の荷重を支持するスラストニードルベアリングにおいて、ローラ部材の転動面から少なくとも一方の端面にかけて先窄まりとなるクラウニング部を形成し、径方向に断面を取った時に、前記転動面の真円度を所定値以下とし、且つ軸線方向に断面を取った時に、前記転動面がローラ部材の軸線に平行な直線部を含むようにすることにより、ローラ部材の転動を安定させて騒音を低く抑えた技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−293523号公報
【特許文献2】特開2005−308138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、ラジアルローラベアリングでもスラストローラベアリングでも、その作動時には潤滑油が供給され、回転軸とローラ部材との間、およびローラ部材と外輪部材(または軌道輪部材)との間に油膜が形成される。例えば、カーエアコンや一般のエアコンシステムにおいては、コンプレッサで圧縮される冷媒に所定の割合で専用の潤滑油が混合されており、コンプレッサの内部を冷媒が通過する際にベアリングや圧縮機構部等が潤滑されるようになっている。通常、潤滑油の供給量は回転軸の回転速度が高くなるほど多くなる。そして、潤滑油が供給されることにより、その油膜がローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度をある程度まで補ってくれることが判明している。
【0006】
一方、特許文献2に開示されているベアリングは、上記のようなローラ部材と潤滑油との関係を考慮していないため、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が必要以上に高くなってしまい、ベアリングの価格、さらにはコンプレッサ等の回転機械の価格を高める原因となっていた。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、潤滑油の特性を利用し、ローラ部材の真円度が過剰品質になることを防止しつつ、単体回転時の騒音を低減させ、ひいては回転機械の騒音を抑制することのできるラジアルローラベアリング、ラジアルローラベアリングを用いた回転機械、ラジアルローラベアリングの設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
即ち、本発明に係るラジアルローラベアリングの第1の態様は、外輪部材と、前記外輪部材の内周面を転動する複数のローラ部材と、保持器とを具備し、前記外輪部材または回転軸と前記ローラ部材との間に潤滑油が供給されるラジアルローラベアリングであって、前記ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が、前記潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さ以下に設定されていることを特徴とする。
【0009】
本発明の発明者らは、ラジアルローラベアリングに供給される潤滑油の油膜によってローラ部材の真円度が補われるため、ローラ部材の真円度をある程度劣化させても騒音面ではデメリットが生じないことを突き止めた。そして、上記第1の態様に係るラジアルローラベアリング、即ちローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が、潤滑油の最小油膜厚さ以下に設定されていることにより、ローラ部材の真円度を必要最低限の精度にすることができることを実験により導き出した。このラジアルローラベアリングによれば、ローラ部材の真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ラジアルローラベアリングの単体回転時の騒音を低減させ、ひいては回転機械の騒音を抑制することができる。
【0010】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの第2の態様は、前記第1の態様において、前記最小油膜厚さhminは次の式から求められていることを特徴とする。
min=R*2.65G0.54*U0.7*W−0.13
但し、Rは相対曲率半径、Gは潤滑油の材料パラメータ、Uはローラ部材の速度パラメータ、Wはローラ部材の荷重パラメータである。
【0011】
上記のラジアルローラベアリングによれば、ラジアルローラベアリングの形状や使用状況に対応した最小油膜厚さが正確に算出される。このため、最小油膜厚さの範囲内にローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が納まり、ラジアルローラベアリングの騒音が大きくなることを確実に防止しながら、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止することができる。
【0012】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの第3の態様は、前記第2の態様において、前記速度パラメータUは、前記ラジアルローラベアリングが用いられる回転機械における常用使用回転速度域の最小値から算出されていることを特徴とする。
【0013】
前述したように、ラジアルローラベアリングへの潤滑油の供給量は回転軸の回転速度が高くなるほど多くなる。したがって、潤滑油の油膜厚さが最も小さくなるのは、回転軸の常用使用回転速度域における回転速度が最小の時である。このため、常用使用回転速度域の最小値から速度パラメータUを算出して最小油膜厚さを設定し、この最小油膜厚さ以下にローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を設定すれば、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を必要最低限の精度としながら、回転機械の作動回転速度域の全域においてラジアルローラベアリングの単体回転時の騒音を低減させることができる。
【0014】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの第4の態様は、前記第1から第3のいずれかの態様において、前記ローラ部材の先端部付近の外周面と、前記外輪部材の内周面または前記回転軸の外周面との接触部に応力集中が生じないよう、前記ローラ部材の外径が軸方向中央部側から先端部側に向かって僅かに窄まるように前記ローラ部材の外周面の軸方向母線が湾曲し、該ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度は、該ローラ部材の軸方向中央部側から先端部側に向かって劣化していることを特徴とする。
【0015】
一般に、ラジアルローラベアリングは、ローラ部材の端部における外周面と、ローラ部材の軌道(外輪部材の内周面または回転軸の外周面)との接触部に応力集中が生じないようにすることを主な目的として、ローラ部材の外径が、軸方向中央部側から先端部側に向かって僅かに窄まるようにローラ部材の外周面の軸方向母線が湾曲している。このローラ部材を備えたラジアルローラベアリングにおいては、回転軸の回転速度が高くなる程、ローラ部材が微小に傾斜し、ローラ部材の軸方向中央部付近よりも、軸方向先端部側の外周面での接触率が高くなる。
【0016】
そして、前述の通り、回転軸の回転速度が高くなるにつれて潤滑油の供給量が多くなり、油膜が厚くなるため、ローラ部材の軸方向の先端部側ではその真円度が低くても、厚く形成された油膜によって真円度の低さが補われ、騒音の発生率が低くなる。したがって、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を、ローラ部材の軸方向中央部側から先端部側に向かって劣化させても騒音レベルが高くなる虞はなく、これによってローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ラジアルローラベアリングの騒音を低下させることができる。
【0017】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの第5の態様は、前記第1から第4のいずれかの態様において、前記ラジアルローラベアリングがカーエアコンの電動圧縮機に用いられ、前記ローラ部材の回転速度が12000〜43000rpmの範囲で使用される場合において、前記真円度が少なくとも0.8μm以下に設定されていることを特徴とする。
【0018】
上記構成の場合、カーエアコンの電動圧縮機に用いられるラジアルローラベアリングでは、前述の回転速度域(12000〜43000rpm)において、潤滑油の油膜厚さが概ね0.8μm以下になることがないため、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を0.8μm以下に設定しておけば、電動圧縮機の常用使用回転速度域の全域においてローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度の値が油膜厚さを超えることがなくなる。これにより、ラジアルローラベアリング騒音レベルが高くなることを抑制できる。
【0019】
また、本発明に係る回転機械は、前記第1から第5のいずれかの態様に係るラジアルローラベアリングを軸受部に用いたことを特徴とする。
【0020】
上記の回転機械によれば、潤滑油の特性を利用し、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ラジアルローラベアリングの単体回転時の騒音を低減させ、回転機械の騒音を抑制することができる。
【0021】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法の第1の態様は、外輪部材と、前記外輪部材の内周面を転動する複数のローラ部材と、保持器と、を具備し、前記外輪部材と前記ローラ部材との間に潤滑油が供給されるラジアルローラベアリングの設計方法であって、前記ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を、前記潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さ以下に設定することを特徴とする。
【0022】
上記設計方法によれば、潤滑油の特性を利用して、ローラ部材の真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ラジアルローラベアリングの単体回転時の騒音を低減させ、ひいては回転機械の騒音を抑制することができる。
【0023】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法の第2の態様は、前記第1の態様において、前記最小油膜厚さhminは次の式から求めることを特徴とする。
min=R*2.65G0.54*U0.7*W−0.13
但し、Rは相対曲率半径、Gは潤滑油の材料パラメータ、Uはローラ部材の速度パラメータ、Wはローラ部材の荷重パラメータである。
【0024】
上記設計方法によれば、ラジアルローラベアリングの形状や使用状況に対応した最小油膜厚さを正確に算出することができる。このため、最小油膜厚さの範囲内にローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が納まり、ラジアルローラベアリングの騒音が大きくなることを確実に防止しながら、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止することができる。
【0025】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法の第3の態様は、前記第2の態様において、前記速度パラメータUは、前記ラジアルローラベアリングが用いられる回転機械における常用使用回転速度域の最小値から算出することを特徴とする。
【0026】
上記設計方法によれば、速度パラメータUが、潤滑油の油膜厚さが最も小さくなる、常用使用回転速度域において回転速度が最小の時を基準に算出される。このため、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を必要最低限の精度としながら、回転機械の作動回転速度域の全域においてラジアルローラベアリングの単体回転時の騒音を低減させることができる。
【0027】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法の第4の態様は、前記第1から第3のいずれかの態様において、前記ローラ部材の先端部付近の外周面と、前記外輪部材の内周面または前記回転軸の外周面との接触部に応力集中が生じないよう、前記ローラ部材の外径が軸方向中央部側から先端部側に向かって僅かに窄まるように前記ローラ部材の外周面の軸方向母線を湾曲させ、該ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を、該ローラ部材の軸方向中央部側から先端部側に向かって劣化させることを特徴とする。
【0028】
上記設計方法により設計されたラジアルローラベアリングでは、回転軸の回転速度が高くなる程、ローラ部材が微小に傾斜し、ローラ部材の軸方向中央部付近よりも、軸方向先端部側の外周面での接触率が高くなり、これと共に潤滑油の供給量が多くなり、油膜が厚くなる。このため、ローラ部材の軸方向の先端部側ではその真円度が低くても、厚く形成された油膜によって真円度の低さが補われ、騒音の発生率が低くなる。したがって、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を、ローラ部材の軸方向中央部側から先端部側に向かって劣化させても騒音レベルが高くなる虞はなく、これによってローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ラジアルローラベアリングの騒音を低下させることができる。
【0029】
また、本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法の第5の態様は、前記第1から第4のいずれかの態様において、前記ラジアルローラベアリングがカーエアコンの電動圧縮機に用いられ、前記ローラ部材の回転速度が12000〜43000rpmの範囲で使用される場合において、前記真円度を少なくとも0.8μm以下に設定することを特徴とする。
【0030】
上記の設計方法によれば、カーエアコンの電動圧縮機に組み込まれたラジアルローラベアリングでは、前述の回転速度域(12000〜43000rpm)において、潤滑油の油膜厚さが概ね0.8μm以下になることがないため、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を0.8μm以下に設定しておけば、電動圧縮機の常用使用回転速度域の全域においてローラ部材の真円度の値が油膜厚さを超えることがなくなる。これにより、ラジアルローラベアリング騒音レベルが高くなることを抑制できる。
【発明の効果】
【0031】
以上のように、本発明に係るラジアルローラベアリング、ラジアルローラベアリングを用いた回転機械、ラジアルローラベアリングの設計方法によれば、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を、潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さ以下に設定することにより、潤滑油の特性を利用して、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止しつつ、単体回転時の騒音を低減させ、ひいては回転機械の騒音を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態に係るラジアルニードルベアリングを具備した電動圧縮機の縦断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るラジアルニードルベアリングの一部を切り欠いて示す斜視図である。
【図3】本発明の一実施形態に係るラジアルニードルベアリングを分解して示す図であって、(a)は外輪部材の一部を示す斜視図、(b)は保持器を示す斜視図、(c)はローラ部材を示す平面図である。
【図4】本発明の一実施形態を示す、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度と油膜厚さとの関係を示す縦断面図である。
【図5】本発明の効果を示す、ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度と、ローラ部材の回転速度と、油膜厚さと、騒音レベルとの相関関係を示すグラフであり、(a)はベアリング単体時の騒音レベルを示す図であり、(b)はベアリングが組み込まれた電動圧縮機の騒音レベルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の一実施形態について、図1〜図5を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るラジアルニードルベアリング(ラジアルローラベアリング)を具備した電動圧縮機の縦断面図である。この電動圧縮機1は、カーエアコンにおいて冷媒を圧縮するためのコンプレッサであり、外殻を構成する円筒状のハウジング2を備えている。このハウジング2は、それぞれお椀状に成形されたアルミダイカスト製の圧縮機ハウジング3とモータハウジング4とから構成され、そのフランジ部3A,4A同士を、Oリング6を介してボルト5で一体に結合することにより構成されている。
【0034】
モータハウジング4の外周上面には、インバータ収容部7が一体に設けられ、高電圧電源から供給される直流電力を三相交流電力に変換し、モータハウジング4内に設けられている電動モータ10にガラス密封端子8を介して給電する図示省略のインバータ装置が収容設置されている。なお、インバータ装置は、公知のものでよく、ここでは詳細な説明を省略する。
【0035】
モータハウジング4内に設けられる電動モータ10は、ステータ11とロータ12とから構成され、ステータ11は、モータハウジング4の内周面に圧入等により固定されている。ステータ11とモータハウジング4との間には、円周方向の複数箇所に軸方向に貫通する冷媒流路(図示せず)が設けられており、この冷媒流路を介してモータハウジング4の後端部(図3の右端部)に設けられている冷媒吸入ポート(図示せず)からモータハウジング4の底面と電動モータ10の端面との間の空間14に吸入された冷媒を軸方向に沿って前方側(図1の左側)へと流通させることができるようになっている。冷媒には潤滑油が所定の割合で混合されており、後述する後部軸受16、主軸受18、スクロール圧縮機構20、そして本発明に係るラジアルニードルベアリング30等が潤滑されるようになっている。
【0036】
ロータ12には、回転軸(クランク軸)15が一体に結合されており、この回転軸15の後端部がモータハウジング4の底面部に設けられている後部軸受16に、前端部が軸受支持部材17に設けられている主軸受18に、それぞれ回転自在に支持されている。回転軸15の前端には、回転軸15の軸心から所定寸法だけ偏心した位置にクランクピン15Aが設けられている。なお、軸受支持部材17は、ボルト41を介してモータハウジング4に固定支持されている。
【0037】
一方、圧縮機ハウジング3内には、スクロール圧縮機構20が設けられている。このスクロール圧縮機構20は、一対の固定スクロール21と旋回スクロール22とを噛み合わせて構成される公知の圧縮機構であり、両スクロール21,22間に形成される圧縮室23が旋回スクロール22の公転旋回運動により外周側から中心側へと容積を減少しながら移動されることで冷媒ガスを圧縮するものである。
【0038】
固定スクロール21は、圧縮機ハウジング3の底面側にボルト24により固定設置されており、その端板背面と圧縮機ハウジング3の底面との間に吐出チャンバ25が形成されている。一方、旋回スクロール22は、その端板背面が軸受支持部材17のスラスト面により摺動自在に支持されるとともに、端板背面に設けられているボス部29にラジアルニードルベアリング30とドライブブッシュ31とを介して回転軸15のクランクピン15Aが回転自在に挿入されている。
【0039】
電動モータ10が作動して回転軸15が回転すると、クランクピン15Aが偏心回転し、旋回スクロール22が固定スクロール21に対して公転旋回駆動され、図示しない冷媒吸入ポートから吸入された冷媒が、固定スクロール21と旋回スクロール22との間の圧縮室23の内部に充填され、ここで高温高圧に圧縮された冷媒ガスが、吐出孔26、吐出弁27、吐出チャンバ25、吐出ポート28を経て外部へと吐き出されるように構成されている。なお、旋回スクロール22は、端板背面と軸受支持部材17との間に介装されたオルダムリング32により自転が阻止されるようになっている。また、ドライブブッシュ31には、旋回スクロール22の旋回駆動に伴うアンバランス荷重を相殺するためのバランスウェイト33が一体に設けられている。
【0040】
高速で偏心回転する旋回スクロール22を軸支するラジアルニードルベアリング30からは、その特有の負荷特性に起因した騒音が発生し易い。ここから騒音が発生すると、特に静粛性の高い電動車両やハイブリッド車両等の車内では非常に耳障りなものとなるため、騒音の発生を抑制することが課題となっている。
【0041】
図2は、ラジアルニードルベアリング30の一部を切り欠いて示す斜視図であり、図3(a),(b),(c)はラジアルニードルベアリング30を分解して示す図である。ラジアルニードルベアリング30は、円筒状に成形された外輪部材30Aと、外輪部材30Aの内部に配置されて外輪部材30Aの内周面を転動する複数の細い円柱状(またはころ状あるいは針状)のローラ部材30Bと、これらローラ部材30Bを所定のピッチで保持する保持器30Cとにより構成されている。本実施形態におけるラジアル隙間は、例えば10μm〜30μmに設定されている。
【0042】
外輪部材30Aとローラ部材30Bとの間、およびローラ部材30Bとドライブブッシュ31の外周面との間には、前述したように冷媒に含まれる潤滑油が供給され、各部材30A,30B,31の間が潤滑される。なお、外輪部材30Aは、金属塊から削り出されたものでも板金材料を塑性変形させたものでもよい。また、保持器30Cは公知の構成のものでよく、ここでは外輪部材30Aと共に詳細な説明を省略する。
【0043】
図3(c)に示すように、ローラ部材30Bは、その軸方向の両端部に、外径が軸方向中央部側から先端部側に向かって僅かに窄まる曲率部30Dが形成されている。この曲率部30Dは、ローラ部材30Bの両端面30Eから、例えばローラ部材30Bの全長に対して10%〜20%の所まで形成されており、これらの曲率部30Dの間の、外径が一定の区間が転動面30Fとなっている。曲率部30Dは、転動面30Fの端部から端面30Eにかけて、ローラ部材30Bの外周面の軸方向母線が例えば樽状に先窄まりとなるように湾曲する形状である。つまり、曲率部30Dの外周面は略球面状(3次曲面)となっている。この曲率部30Dは、ローラ部材30Bの先端部付近の外周面と、外輪部材30Aの内周面または回転軸15の外周面との接触部に応力集中が生じないようにするためのものである。
【0044】
ローラ部材30Bの真円度は、潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さ以下となるように設計される。具体的には、図4に示すように、ローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面を見た場合に、厳密にはローラ部材30Bの輪郭線Pは完全な真円でないことから凹凸がある(図4では凹凸量が増幅されて描かれている)。この輪郭線Pに内接する最大径の円の半径R1と、この円と同心であって、輪郭線Pに外接する最小径の円の半径R2との差がローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面における真円度ΔR(単位:μm)となる。この真円度ΔRが、外輪部材30Aとローラ部材30Bとの間に供給される潤滑油Oの最小油膜厚さhminと同等か、hminよりも小さくなるように、ローラ部材30Bの真円度を設計する(即ちとΔR≦hminなるように設計する)。なお、以下の説明において、ローラ部材30Bの「真円度」とは、全てローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面における真円度(ΔR)のことを指すものとする。
【0045】
最小油膜厚さhminは、次の式(1)から求められる(Dowson-Higginsonの式)。
min=R*2.65G0.54*U0.7*W−0.13・・・(1)
【0046】
ここで、Rは相対曲率半径である。Gは潤滑油の材料パラメータであり、G=αE’で示される。Uはローラ部材30Bの速度パラメータであり、U=η0u/E’Rで示される。Wはローラ部材30Bの荷重パラメータであり、W=w/E’Rで示される。上記のE’は等価弾性係数であり、次の式(2)で表わされる。
I/E’=0.5{(1−ν)/E+(1−ν)/E}・・・(2)
ここで、Eは縦弾性係数、νはポアソン比である。
【0047】
さらに、速度パラメータUは、電動圧縮機1における常用使用回転速度域の最小値から算出する。即ち、電動圧縮機1の回転軸15の回転速度が例えば2400〜8400rpmであるとすると、ローラ部材30Bの回転速度は12000〜43000rpmとなり、この時の速度パラメータUは回転軸15の回転速度が2400rpm時におけるローラ部材30Bの回転速度、即ち12000rpmで算出される。一般に、ローラ部材30Bの回転速度が12000rpm付近における最小油膜厚さは凡そ0.8μm程度となる。
【0048】
より具体的には、一般的な電動圧縮機1において、ローラ部材30Bの回転速度は上記のように凡そ12000〜43000rpmの範囲とされるが、この回転速度範囲において、ローラ部材30Bの真円度は少なくとも0.8μm以下に設定するのが好ましい。
【0049】
さらに、曲率部30Dの基部側から先端側に向かって真円度の精度を低下させてもよい。例えば、ローラ部材30Bの軸方向中央部の中心軸線CLに直交する断面における真円度を0.6μmとした場合に、曲率部30Dの先端側では真円度を0.8μm〜1.2μm程度に設定する。
【0050】
以上のように、ローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面における真円度ΔRを、潤滑油Oにより形成される油膜の最小油膜厚さhmin以下に設定することにより、潤滑油Oの油膜によってローラ部材30Bの真円度が補われる。このため、ローラ部材30Bの真円度ΔRの精度をある程度まで低下させても騒音面ではデメリットが生じない。したがって、ローラ部材30Bの真円度を必要最低限の精度にすることができ、ローラ部材30Bの真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ラジアルニードルベアリング30の単体回転時の騒音を低減させ、ひいては電動圧縮機1の騒音を抑制することができる。
【0051】
また、最小油膜厚さhminを、Dowson-Higginsonの式(1)から算出するため、ラジアルニードルベアリング30の形状や使用状況に対応した最小油膜厚さhminを正確に算出することができる。このため、最小油膜厚さhminの範囲内にローラ部材30Bの真円度ΔRを納めて、ラジアルニードルベアリング30の騒音が大きくなることを確実に防止しながら、ローラ部材30Bの真円度が過剰品質になることを防止することができる。
【0052】
さらに、上記のDowson-Higginsonの式(1)から最小油膜厚さhminを算出するにあたり、その速度パラメータUを、ラジアルニードルベアリング30が用いられる電動圧縮機1において潤滑油Oの油膜厚さhminが最も小さくなる常用使用回転速度域の最小値から算出するようにしたため、この最小油膜厚さhmin以下にローラ部材30Bの真円度ΔRを設定すれば、ローラ部材30Bの真円度を必要最低限の精度としながら、電動圧縮機1の作動回転速度域の全域においてラジアルニードルベアリング30の単体回転時の騒音を低減させることができる。
【0053】
また、ローラ部材30Bの軸方向中央部側から先端部側に向かって、中心軸線CLに直交する断面における真円度の精度を低下させた場合には、下記の作用・効果が得られる。即ち、一般に、ローラ部材30Bと、その軌道との接触部の端部に生じる応力集中を防ぐことを主な目的として、ローラ部材30Bの軸方向両端部に曲率部30Dが形成されたラジアルニードルベアリング30においては、回転軸であるクランク軸15の回転速度が高くなる程、ローラ部材30Bが微小に傾斜し、ローラ部材30Bの転動面30Fよりも曲率部30Dの先端側での接触率が高くなる。そして、クランク軸15の回転速度が高くなるにつれて潤滑油の供給量が多くなり、油膜が厚くなる。
【0054】
このため、曲率部30Dの先端側ではその真円度の精度が低くても、厚く形成された油膜によって真円度の悪さが補われ、騒音の発生率が低くなる。したがって、曲率部30Dの先端側に向かって真円度の精度を低くしても騒音レベルが高くなる虞はなく、これによってラジアルニードルベアリング30の騒音レベルが高くなることを抑制しつつ、ローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面における真円度が過剰品質になることを防止してラジアルニードルベアリング30の製造コスト、ひいては電動圧縮機1の製造コストを低下させることができる。
【0055】
図5は、ローラ部材30Bの真円度と、ローラ部材30Bの回転速度と、油膜厚さと、騒音レベルとの相関関係を示すグラフであり、(a)はベアリング単体時の騒音レベルを示す図、(b)はベアリングが組み込まれた電動圧縮機の騒音レベルを示す図である。図中に示す円形部の直径が音量の大きさを概念的に示している。これらの結果は、発明者らにより行われた実験に基づくものである。図5(a),(b)とも、ローラ部材30Bの回転速度が高まるにつれて油膜厚さが0.8μm〜0.9μmに増加していくことが確認されている。
【0056】
図5(a)に示すように、ラジアルニードルベアリング30の単体での実験においては、ローラ部材30Bの端面30Eから10%〜30%の長さの部分(曲率部30D)における、中心軸線に直交する断面の真円度を、0.18μm,0.36μm,0.62μm,1.10μm,1.27μm,1.47μmと変化させたラジアルニードルベアリング30の単体音を計測したところ、曲率部30Dの真円度が発生油膜厚さ(0.8μm〜0.9μm)以下の場合の騒音値は、同じく真円度が発生油膜厚さ以上の場合の騒音値に比べて約7dB(A)[AVE]低い騒音値となった。
【0057】
一方、図5(b)に示すように、上記と同様にクラウニング部における真円度を数段径に変化させたラジアルニードルベアリング30を電動圧縮機に組み込んで同様に騒音計測をしたところ、ローラ部材30Bの中心軸線に直交する断面における真円度が発生油膜厚さ(0.8μm〜0.9μm)以下のベアリングを搭載した電動圧縮機の騒音値は、真円度が発生油膜厚さ以上のベアリングを搭載した電動圧縮機の騒音値に比べて約3.5dB(A)[AVE]低い騒音値となった。
【0058】
以上のように、本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法、ラジアルローラベアリング、およびこれを用いた電動圧縮機によれば、ローラ部材30Bの中心軸線CLに直交する断面における真円度を、潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さhmin以下に設定することにより、潤滑油の特性を利用して、ローラ部材30Bの真円度が過剰品質になることを防止しつつ、ベアリング単体回転時の騒音を低減させ、ひいては電動圧縮機の騒音を抑制して品質を高めることができる。
【0059】
なお、本発明は上記の実施形態の構成のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において適宜変更や改良を加えることができ、このように変更や改良を加えた実施形態も本発明の権利範囲に含まれるものとする。例えば、上記実施形態では、ラジアルローラベアリングの一例として、ラジアルニードルベアリングを例示しているが、他の種のラジアルローラベアリングに対しても本発明に係るラジアルローラベアリングの設計方法を適用することができる。
【0060】
また、本発明によって設計されたラジアルローラベアリング(ラジアルニードルベアリング)は、電動圧縮機に限らず、他の幅広い種類の回転機械にも適用することができ、これら各種類の回転機械においても、ラジアルローラベアリングから発生する騒音を効果的に低下させることができる。
【符号の説明】
【0061】
1 電動圧縮機(回転機械)
15 回転軸
30 ラジアルニードルベアリング(ラジアルローラベアリング)
30A 外輪部材
30B ローラ部材
30C 保持器
30D 曲率部
30E 端面(軸方向端部)
min 最小油膜厚さ
O 潤滑油
ΔR 真円度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪部材と、
前記外輪部材の内周面を転動する複数のローラ部材と、
保持器と、を具備し、
前記外輪部材または回転軸と前記ローラ部材との間に潤滑油が供給されるラジアルローラベアリングであって、
前記ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度が、前記潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さ以下に設定されていることを特徴とするラジアルローラベアリング。
【請求項2】
前記最小油膜厚さhminは次の式から求められていることを特徴とする請求項1に記載のラジアルローラベアリング。
min=R*2.65G0.54*U0.7*W−0.13
但し、Rは相対曲率半径、Gは潤滑油の材料パラメータ、Uはローラ部材の速度パラメータ、Wはローラ部材の荷重パラメータ。
【請求項3】
前記速度パラメータUは、前記ラジアルローラベアリングが用いられる回転機械における常用使用回転速度域の最小値から算出されていることを特徴とする請求項2に記載のラジアルローラベアリング。
【請求項4】
前記ローラ部材の先端部付近の外周面と、前記外輪部材の内周面または前記回転軸の外周面との接触部に応力集中が生じないよう、前記ローラ部材の外径が軸方向中央部側から先端部側に向かって僅かに窄まるように前記ローラ部材の外周面の軸方向母線が湾曲し、該ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度の精度は、該ローラ部材の軸方向中央部側から先端部側に向かって低下していることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のラジアルローラベアリング。
【請求項5】
前記ラジアルローラベアリングがカーエアコンの電動圧縮機に用いられ、前記ローラ部材の回転速度が12000〜43000rpmの範囲で使用される場合において、前記真円度が少なくとも0.8μm以下に設定されていることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のラジアルローラベアリング。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のラジアルローラベアリングを軸受部に用いたことを特徴とする回転機械。
【請求項7】
外輪部材と、
前記外輪部材の内周面を転動する複数のローラ部材と、
保持器と、を具備し、
前記外輪部材と前記ローラ部材との間に潤滑油が供給されるラジアルローラベアリングの設計方法であって、
前記ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度を、前記潤滑油により形成される油膜の最小油膜厚さ以下に設定することを特徴とするラジアルローラベアリングの設計方法。
【請求項8】
前記最小油膜厚さhminは次の式から求めることを特徴とする請求項7に記載のラジアルローラベアリングの設計方法。
min=R*2.65G0.54*U0.7*W−0.13
但し、Rは相対曲率半径、Gは潤滑油の材料パラメータ、Uはローラ部材の速度パラメータ、Wはローラ部材の荷重パラメータ。
【請求項9】
前記速度パラメータUは、前記ラジアルローラベアリングが用いられる回転機械における常用使用回転速度域の最小値から算出することを特徴とする請求項8に記載のラジアルローラベアリングの設計方法。
【請求項10】
前記ローラ部材の先端部付近の外周面と、前記外輪部材の内周面または前記回転軸の外周面との接触部に応力集中が生じないよう、前記ローラ部材の外径が軸方向中央部側から先端部側に向かって僅かに窄まるように前記ローラ部材の外周面の軸方向母線を湾曲させ、該ローラ部材の中心軸線に直交する断面における真円度の精度を、該ローラ部材の軸方向中央部側から先端部側に向かって低下させることを特徴とする請求項7から9のいずれかに記載のラジアルローラベアリングの設計方法。
【請求項11】
前記ラジアルローラベアリングがカーエアコンの電動圧縮機に用いられ、前記ローラ部材の回転速度が12000〜43000rpmの範囲で使用される場合において、前記真円度を少なくとも0.8μm以下に設定することを特徴とする請求項7から10のいずれかに記載のラジアルローラベアリングの設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−96485(P2013−96485A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239056(P2011−239056)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】