説明

ラックアシスト式電動パワーステアリング装置

【課題】減速比の設計自由度を向上させると共に、高出力化、且つ小型化が可能なラックアシスト式電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】ラックアシスト式電動パワーステアリング装置10は、電動モータ34と、ボールねじ機構33との間に配置されて、ラック軸31、電動モータ34、およびボールねじ機構33と同軸的に組み込まれる減速機32を有する。減速機32は、二対のトロコイド系波形状溝によって構成されるボール減速機である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置に関し、より詳細には、自動車等の車両の操舵力を電動モータで助力するラックアシスト式電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の操舵系では、電動モータを動力源として操舵アシストを行なう電動パワーステアリング装置(Electric Power Steering、以下EPSとも記す)が広く採用されている。EPSは、電動モータの電源に車載バッテリを用いるために、直接的なエンジンの駆動損失が無く、また電動モータが操舵アシスト時にのみに起動されるため走行燃費の低下も抑えられる他、電子制御が極めて容易に行える等の特長がある。
【0003】
一方、乗用車用のステアリングギヤとしては、高剛性かつ軽量であること等から、現在ではラック&ピニオン式が主流となっている。そして、ラック&ピニオン式ステアリングギヤ用のEPSとしては、ステアリングシャフトやピニオン自体を駆動するべくコラム側部に電動モータを配置したコラムアシスト式等の他、電動式のボールねじ機構によりラック軸を駆動するラックアシスト式も用いられている。ラックアシスト式EPSでは、アシスト力がピニオンとラックとの噛合面に作用しないため、摩耗や変形の要因となる両部材間の接触面圧が比較的小さくなる。
【0004】
ラックアシスト式EPSでは、ラック軸に形成されたボールねじ軸の雄ねじ溝と、ボールねじナットに形成された雌ねじ溝とが、多数個の循環ボール(鋼球)を介して係合しており、ラック軸と同軸あるいは別軸に配置された電動モータによってボールねじナットが回転駆動され、これにより、ラック軸が軸方向に移動する。また、別軸式のラックアシスト式EPSにおける電動モータとボールねじナットとの間の動力伝達方法としては、ギヤ式、タイミングベルト式等が一般的である。
【0005】
電動モータがラック軸と同軸に配置されたラックアシスト式EPSでは、減速機を設けずに電動モータが直接ボールねじナットを駆動する場合、モータを高トルク型にする必要があり、ベルト減速等を用いる別軸式のラックアシスト式EPSと比べ、電動モータが大型化してコスト高になるという課題がある。
【0006】
このため、同軸式のラックアシスト式EPSとしては、ラック軸と、操舵補助用の電動モータと、ボールねじナットの回転運動を直線運動に変換してラック軸に伝達するボールねじ機構と、電動モータの回転力をボールねじナットに伝達する転動ボール形差動減速機とを同軸的に配置して、電動モータの突き出しを小さくすると共に、伝達トルクを高めるようにしたものが考案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0007】
特許文献1に記載のEPS100は、図5および図6に示すように、ラック歯101が形成されたラック軸102と、ラック軸102の周りに同軸的に配置された電動モータ103と、ラック軸102の周りに同軸的に配置されて電動モータ103の回転力をラック軸102の軸方向への移動力に変換する動力変換機構104と、電動モータ103および動力変換機構104間においてラック軸102の周りに同軸的に配置された転動ボール形差動減速機105とを備える。
【0008】
動力変換機構104は、ラック軸102の外周面に設けられた螺旋溝106と、螺旋溝106に係合する複数のボール107と、回転可能且つ軸方向移動が拘束されて、ボール107を保持する保持環108を備えるボールねじ機構である。また、転動ボール形差動減速機105は、電動モータ103のロータ109に形成された偏心筒111に公転可能に支持される入力環112と、入力環112の一方の側面に対向配置されてボールねじ機構の保持環108に連結される出力部材113と、入力環112の他方の側面に対向配置される静止部材114とを備える。
【0009】
入力環112および出力部材113の互いに対向する面には、それぞれハイポサイクロイド曲線の案内溝115、エピサイクロイド曲線の案内溝116が形成されており、両案内溝115、116間に複数の転動ボール117が保持される。また、入力環112および静止部材114の互いに対向する面には、それぞれ環状の凹部(図示せず)と複数の凹部118が形成されており、複数の転動ボール119が凹部118に係合して転動ボール形差動減速機105が構成されている。
【0010】
入力環112および出力部材113に形成された一対のサイクロイド系波形状の案内溝115、116によって、公転する入力環112に自転力を発生させると共に、伝動手段120によって入力環112の公転によるラジアル方向への変位を吸収し、入力環112の自転力を出力部材113に伝達している。
【特許文献1】特開2003−261048号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1に開示されているEPS100の転動ボール形差動減速機105によると、減速比が制約されるため、設計自由度が得難いという問題点がある。例えば、減速比を小さく設定するには,波形状溝間に入れる転動ボールの数を減らす必要があり、このためには、係合する転動ボールのピッチ円直径を小さくするか、転動ボールの間隔を離間させる必要がある。しかし、転動ボール形差動減速機がラックアシスト式EPSに用いられる場合、ラック軸が転動ボール形差動減速機中心を貫通するため、係合する転動ボールのピッチ円直径を小さくすることは困難である。また、転動ボールの間隔を確保するためには、保持器が必要になり、コスト的に不利となる。更に、転動ボールの球数を減らすことによって、面圧が増大し、それに伴って耐久性が低下する虞がある。
【0012】
逆に、減速比を大きく設定するには、転動ボールの数を増やす必要があるため、係合する転動ボールのピッチ円直径が大きくなる。従って、ラックアシスト式EPSの外形も大きくなって、車両搭載性が低下する問題があり、改善の余地があった。
【0013】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、減速比の設計自由度を向上させると共に、高出力化、且つ小型化が可能なラックアシスト式電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 電動モータがラック軸に同軸に配置され、且つ減速機が前記電動モータと前記ラック軸に同軸的に配置されたラックアシスト式電動パワーステアリング装置において、
前記減速機は、二対のトロコイド系波形状溝の組み合わせで構成されるボール減速機であることを特徴とするラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
(2) 前記ラック軸と、前記ラック軸の周囲に配置されたボールねじナットと、前記ラック軸に形成された雄ねじ部と前記ボールねじナットに形成された雌ねじ部との間に介装される複数のボールと、によってボールねじ機構が構成され、
前記電動モータは、偏芯円筒部を有するロータを備え、
前記ボール減速機は、ハウジングに固定された静止部材と、前記偏心円筒部に自転可能に支持された入力回転部材と、前記ボールねじナットに結合された出力回転部材と、を備えることを特徴とする上記(1)に記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
(3) 前記二対のトロコイド系波形状溝の一方の対は、前記静止部材の溝形状がエピトロコイド曲線、前記入力回転部材の静止部材側溝形状がハイポトロコイド曲線の組み合わせであり、前記二対のトロコイド系波形状溝の他方の対は、前記入力回転部材の出力回転部材側溝形状がエピトロコイド曲線、前記出力回転部材の溝形状がハイポトロコイド曲線の組み合わせであることを特徴とする上記(2)に記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
(4) 前記二対のトロコイド系波形状溝の一方の対は、前記静止部材の溝形状がハイポトロコイド曲線、前記入力回転部材の静止部材側溝形状がエピトロコイド曲線の組み合わせであり、前記二対のトロコイド系波形状溝の他方の対は、前記入力回転部材の出力回転部材側溝形状がハイポトロコイド曲線、前記出力回転部材の溝形状がエピトロコイド曲線の組み合わせであることを特徴とする上記(2)に記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
(5) 前記二対のトロコイド系波形状溝は、係合する転動ボールのピッチ円直径が互いに異なることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
(6) 前記出力回転部材のトロコイド系波形状溝の最外径は、前記ボールねじナットを支持する軸受の外輪内径よりも小さいことを特徴とする上記(2)〜(5)のいずれかに記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明のラックアシスト式電動パワーステアリング装置によれば、電動モータおよびラック軸に同軸的に配置された減速機が、二対のトロコイド系波形状溝の組み合わせで構成されるボール減速機であるので、減速比の設定自由度が向上し、EPSの高出力化や、小型化が可能となる。例えば,ボール減速機の減速比を大きく設定することで、電動モータを高回転低トルク型として電動モータの小型化が可能となる。
【0016】
また、従来のラックアシスト式EPSでは、電動モータとボールねじ機構の間に減速機を用いないため、ユニットとして減速比をかせぐために、ボールねじのリードを5〜7mm程度に設定するのが一般的である。これに対し、本発明のEPSでは、ボール減速機の減速比を任意に設定可能であるので、ボールねじのリードを大きくすることが可能となる。これにより、任意の転舵速度におけるボールねじナットの回転数を抑えることができ、静音化が図れる。また、ボール減速機の寸法を大きく変更することなく減速比を変更することが可能なため、電動モータ、ボールねじの諸元を変更することなく、ラックアシスト式EPSの諸元を変更することができ、多くの部品の共通化が図れ、コスト低減が可能となる。
【0017】
また、ボール減速機が、ハウジングに固定された静止部材、電動モータのロータに形成された偏心円筒部に公転可能に支持された入力回転部材、およびボールねじ機構のボールねじナットに結合された出力回転部材を備えて構成されるので、ボール減速機をコンパクトにラック軸と同軸的に配置することができ、EPSの小型化が可能となり車両搭載性が向上する。
【0018】
二対のトロコイド系波形状溝の一方の対は、静止部材の溝形状がエピトロコイド曲線、入力回転部材の静止部材側溝形状がハイポトロコイド曲線の組み合わせであり、他方の対は、入力回転部材の出力回転部材側溝形状がエピトロコイド曲線、出力回転部材の溝形状がハイポトロコイド曲線の組み合わせである。或いは、一方の対は、静止部材の溝形状がハイポトロコイド曲線、入力回転部材の静止部材側溝形状がエピトロコイド曲線の組み合わせであり、入力回転部材の出力回転部材側溝形状がハイポトロコイド曲線、出力回転部材の溝形状がエピトロコイド曲線の組み合わせである。これにより、ボール減速機の入力回転部材を公転させることによって、出力回転部材に減速比の大きな自転を発生させることができる。また、各々の溝形状及び二対の組み合わせを変更することによって、ボール減速機の外形寸法を大きく変更することなく、減速比を自由に設定することが可能となる。
【0019】
二対のトロコイド系波形状溝は、係合する転動ボールのピッチ円直径を任意に設定できるため、例えば、出力回転部材に係合する転動ボールのピッチ円直径を静止部材に係合する転動ボールのピッチ円直径より小さくすることによって、ボールねじナットに出力回転部材を結合した状態で、ボールねじ支持軸受をハウジングに組付けることが可能になり、組み付け工程を簡素化することができる。また、静止部材側の転動ボールのピッチ円直径を大きくすることにより、偏心円筒部からの入力を阻害することなく、任意の減速比が得られる。
【0020】
更に、出力回転部材のトロコイド系波形状溝の最外径は、ボールねじナットを支持する軸受の外輪内径よりも小さくすることで、ボールねじナットに出力回転部材を結合した状態で、ボールねじ支持軸受をハウジングに組付けることが可能になり、組み付け工程を簡素化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明に係るラックアシスト式電動パワーステアリング装置(ラックアシスト式EPS)の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1は本実施形態に係るラックアシスト式EPSの縦断面図、図2は図1に示すラックアシスト式EPSの要部拡大図、図3は図1に示すボール減速機の分解斜視図、である。
【0022】
図1に示すように、ラックアシスト式EPS10は、ハウジング30、ラック軸31、ボール減速機32、ボールねじ機構33、電動モータ34、およびピニオン部35を備える。ハウジング30は、ボール減速機32とボールねじ機構33などを収容する第1ハウジング30Aと、電動モータ34などを収容する第2ハウジング30Bとからなり、ラック軸31を軸方向に移動可能、且つ回転を阻止した状態で支持する。ラック軸31には、ボール減速機32、ボールねじ機構33、および電動モータ34が同軸的に配置されており、ハウジング30の両側から突出する両端には、タイロッド(図示せず)が連結される。
【0023】
ラック軸31には、ピニオン部35に内蔵されるラック&ピニオン機構を構成するラック歯38と、ボールねじ機構33を構成する雄ねじ部39が設けられている。ピニオン部35は、ステアリングホイール(図示せず)からの操舵力が入力される入力軸36、ピニオン(図示せず)、およびトルク検出装置37を備えており、トルク検出装置37のトーションバー(図示せず)を介して入力軸36とピニオンとが結合されている。このピニオンはラック軸31設けられたラック歯38と噛合する。
【0024】
図2に示すように、ボールねじ機構33は、ラック軸31の外周面に形成された雄ねじ部39、ラック軸31の周囲に配置され、複列アンギュラ玉軸受(以下、単に軸受と記す)40を介して回動自在、且つ軸方向移動が拘束されてハウジング30に保持されるボールねじナット41、および雄ねじ部39とボールねじナット41の内周面に形成された雌ねじ部42との間に介装される複数のボール43とを備え、ラック軸31と同軸的に配置されている。軸受40の内輪44は、ボールねじナット41に螺合するナット45によってボールねじナット41に固定され、また、軸受40の外輪46は、ハウジング30に螺合するナット47によってハウジング30に固定されている。
【0025】
電動モータ34は、ハウジング30内に固定されるステータ50と、該ステータ50の内周面およびラック軸31の外周面間に回転可能に支持されるロータ51と、を備え、ラック軸31と同軸的に配置されたブラシレスモータである。ステータ50から軸方向に突出するロータ51の両端は、軸受52、53によってハウジング30に回転自在に支持されている。
【0026】
ボール減速機32は、電動モータ34とボールねじ機構33との間に、ラック軸31および電動モータ34と同軸的に配置されている。ボール減速機32は、ロータ51の一端に、ロータ51の軸心に対して偏心して形成された偏心円筒部61と、該偏心円筒部61に軸受62を介して自転可能に支持された入力回転部材63と、ボールねじナット41に嵌合固定されると共に、入力回転部材63の一側面に対向配置された環状の出力回転部材64と、ハウジング30に固定されて入力回転部材63の他側面に対向配置された環状の静止部材65とを備える。
【0027】
図2及び図3に示すように、入力回転部材63の一側面(出力回転部材64側)には、エピトロコイド曲線の波形状溝67(図2参照。)が形成され、出力回転部材64の入力回転部材63側の側面には、ハイポトロコイド曲線の波形状溝68が形成されている。これら両波形状溝67、68は、係合する転動ボール71のピッチ円直径D1に対応して互いに等しい径方向位置に配置される。
【0028】
エピトロコイドの波形状溝67の波数は、ハイポトロコイド曲線の波形状溝68の波数よりも2個だけ少ない。本実施例の場合には、ハイポトロコイド形状である出力回転部材64の波形状溝68の波数をNとし、エピトロコイド形状である入力回転部材63の一側面の波形状溝67の波数を「N−2」としている。そして、入力回転部材63の波形状溝67と、出力回転部材64の波形状溝68との間には、「N−1」個の転動ボール71が配置されている。
【0029】
また、入力回転部材63の他側面(静止部材65側)には、ハイポトロコイド曲線の波形状溝69が形成され、静止部材65の入力回転部材63側の側面には、エピトロコイド曲線の波形状溝70が形成されている。両波形状溝69、70は、係合する転動ボール72のピッチ円直径D2に対応して互いに等しい径方向位置に配置される。
【0030】
エピトロコイドの波形状溝70の波数は、ハイポトロコイド曲線の波形状溝69の波数よりも2個だけ少ない。本実施例の場合には、ハイポトロコイド形状である入力回転部材63の他側面の波形状溝69の波数をMとし、エピトロコイド形状である静止部材65の波形状溝70の波数を「M−2」としている。そして、入力回転部材63の波形状溝69と、静止部材65の波形状溝70との間には、「M−1」個の転動ボール72が配置されている。
【0031】
なお、エピトロコイド曲線とは、所定の径寸法の大径円に、小径円を外接させた状態で転動させたときに小径円の一点が描く曲線である。また、ハイポトロコイド曲線とは、所定の径寸法の大径円に、小径円を内接させた状態で転動させたときに小径円の一点が描く曲線である。
【0032】
尚、二対の波形状溝67、68、および69、70の断面形状を、それぞれゴシックアーチ状として、波形状溝67、68と転動ボール71との接触部、および波形状溝69、70と転動ボール72との接触部の滑りの要素を大きく設定するようにしてもよい。
【0033】
静止部材65、入力回転部材63、および出力回転部材64間には、ナットなどの予圧付加機構66によって定位置予圧または定圧予圧による予圧が付与されている。これによって、波形状溝67、68と転動ボール71との転がり接触部、および波形状溝69、70と転動ボール72の転がり接触部が、がたつくことはない。
【0034】
このように構成されたボール減速機32においては、入力回転部材63の公転に伴って波形状溝67、68と転動ボール71、および波形状溝69、70と転動ボール72との係合位置が変化することにより、出力回転部材64が減速された自転運動を行う。このときの減速比は、波形状溝67と68、および波形状溝69と70の波数によって決まるので、減速比を任意に設定可能である。
【0035】
尚、入力回転部材63の一側面と出力回転部材64、および入力回転部材63の他側面と静止部材65にそれぞれ形成される波形状溝67、68、69、70の形状(エピトロコイド、ハイポトロコイド)は、上記した形状と互いに逆であってもよい。
【0036】
入力回転部材63の波形状溝67の波数Nおよび波形状溝69の波数Mは、N<Mに設定されており、これにより波形状溝67、68に係合する転動ボール71のピッチ円直径D1<波形状溝69、70に係合する転動ボール72のピッチ円直径D2となっている。このように、二対の波形状溝67、68、および69、70に係合する転動ボール71,72のピッチ円直径D1、D2を異ならせて(N≠M)、任意の減速比を得ることができる。
【0037】
また、図4に示すように、出力回転部材64の波形状溝68の最外径D3は、ボールねじナット41を支持する軸受40の外輪46の内径D4よりも小さく設定されている。
【0038】
ボールねじ機構33およびボール減速機32のハウジング30への組付けは、図4(a)に示すように、ボールねじ機構33のボールねじナット41に、出力回転部材64を例えば圧入して固定すると共に、軸受40を外嵌させた後、ナット45をボールねじナット41の雄ねじ部に螺合させて内輪44をボールねじナット41に固定する。
【0039】
次いで、図4(b)に示すように、軸受40が組み付けられたボールねじ機構33をハウジング30Aに挿入して外輪46を内嵌させた後、ナット47をハウジング30Aに螺合させて外輪46を固定する。このとき、出力回転部材64の波形状溝68の最外径D3は、ボールねじナット41を支持する軸受40の外輪46の内径D4よりも小さいので、ナット47の締め付け作業が出力回転部材64によって阻害されることがなく、ハウジング30Aの開口側(図中右側)から容易に作業することができる。
【0040】
更に、図4(c)に示すように、ボール減速機32をハウジング30に挿入して、ナット(予圧付加機構)66をハウジング30Aに螺合させて、静止部材65、入力回転部材63、および出力回転部材64間に定位置予圧による予圧を付与する。上記したように、ボールねじ機構33およびボール減速機32を軸方向の一方側(図4においては右側)からハウジング30に組み込むことができ、組み付け工程を簡素化することができる。
【0041】
本実施形態の作用を説明する。図1に示すように、不図示のステアリングホイールが操作されると、入力軸36にその回転が伝達され、トーションバーをねじりながらこれを介してピニオンを回転させる。ピニオンの回転はラック歯38が噛合するラック軸31に伝達されてラック軸31を軸方向(図1の上下方向)に移動させる。
【0042】
一方、トーションバーのねじり量は、トルク検出装置37によって検出され、ねじり量に対応する出力信号が不図示の制御装置に入力され、電動モータ34が制御装置からの回転指令に基づいて回転する。電動モータ34(ロータ51)の回転は、ボール減速機32の偏心円筒部61に自転可能に支持された入力回転部材63を公転させ、この入力回転部材63の公転及び自転に伴って波形状溝67、68と転動ボール71、および波形状溝69、70と転動ボール72との係合位置が変化することにより、出力回転部材64が減速された自転運動を行う。
【0043】
出力回転部材64の回転は、出力回転部材64に固定されたボールねじナット41を回転させるので、ボールねじ機構33の作用によりラック軸31が軸方向に移動する。ラック軸31の移動方向は、ピニオンによって駆動される方向と同一方向であり、これによってピニオンがラック軸31を動かそうとする力を補助する。
【0044】
上記したように、本実施形態のラックアシスト式EPS10によれば、電動モータ34およびラック軸31に同軸的に配置された減速機が、二対のトロコイド系波形状溝67、68、および69、70の組み合わせで構成されるボール減速機32であるので、減速比の設定自由度が向上し、EPS10の高出力化や、小型化が可能となる。また、ボール減速機32の減速比を任意に設定可能であるので、ボールねじ機構33のリードを大きくしてボールねじナット41の回転数を抑え、これによって静音化が図れる。また、ボール減速機32の外形寸法を大きく変更することなく、減速比を変更することが可能なため、電動モータ34、ボールねじの機構33の諸元を変更することなく、ラックアシスト式EPSの諸元を変更することが可能となって多くの部品の共通化が可能となり、コストを削減することができる。
【0045】
尚、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
例えば、本実施形態においては、入力回転部材63の波形状溝67の波数Nおよび波形状溝69の波数Mは、N<Mとして説明したが、波数N、Mはこれに限定されず、任意(N≧M)に設定することができ、これによって減速比も任意に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本実施形態のラックアシスト式EPSの縦断面図である。
【図2】図1に示すラックアシスト式EPSの要部拡大図である。
【図3】図1に示すボール減速機の分解斜視図である。
【図4】ボール減速機の組み付け手順を示す断面図である。
【図5】従来のEPSの要部断面図である。
【図6】図5に示す転動ボール形差動減速機の分解斜視図である。
【符号の説明】
【0047】
10 ラックアシスト式電動パワーステアリング装置(ラックアシスト式EPS)
30(30A、30B) ハウジング
31 ラック軸
32 ボール減速機
33 ボールねじ機構
34 電動モータ
41 ボールねじナット
61 偏心円筒部
63 入力回転部材
64 出力回転部材
65 静止部材
67,68,69,70 トロコイド系波形状溝
D1 トロコイド系波形状溝に係合する転動ボールのピッチ円直径
D2 トロコイド系波形状溝に係合する転動ボールのピッチ円直径
D3 出力回転部材のトロコイド系波形状溝の最外径
D4 外輪内径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータがラック軸に同軸に配置され、且つ減速機が前記電動モータと前記ラック軸に同軸的に配置されたラックアシスト式電動パワーステアリング装置において、
前記減速機は、二対のトロコイド系波形状溝を備えたボール減速機であることを特徴とするラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記ラック軸と、前記ラック軸の周囲に配置されたボールねじナットと、前記ラック軸に形成された雄ねじ部と前記ボールねじナットに形成された雌ねじ部との間に介装される複数のボールと、によってボールねじ機構が構成され、
前記電動モータは、偏芯円筒部を有するロータを備え、
前記ボール減速機は、ハウジングに固定された静止部材と、前記偏心円筒部に自転可能に支持された入力回転部材と、前記ボールねじナットに結合された出力回転部材と、を備えることを特徴とする請求項1に記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記二対のトロコイド系波形状溝の一方の対は、前記静止部材の溝形状がエピトロコイド曲線、前記入力回転部材の静止部材側溝形状がハイポトロコイド曲線の組み合わせであり、前記二対のトロコイド系波形状溝の他方の対は、前記入力回転部材の出力回転部材側溝形状がエピトロコイド曲線、前記出力回転部材の溝形状がハイポトロコイド曲線の組み合わせであることを特徴とする請求項2に記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記二対のトロコイド系波形状溝の一方の対は、前記静止部材の溝形状がハイポトロコイド曲線、前記入力回転部材の静止部材側溝形状がエピトロコイド曲線の組み合わせであり、前記二対のトロコイド系波形状溝の他方の対は、前記入力回転部材の出力回転部材側溝形状がハイポトロコイド曲線、前記出力回転部材の溝形状がエピトロコイド曲線の組み合わせであることを特徴とする請求項2に記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記二対のトロコイド系波形状溝は、係合する転動ボールのピッチ円直径が互いに異なることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
前記出力回転部材のトロコイド系波形状溝の最外径は、前記ボールねじナットを支持する軸受の外輪内径よりも小さいことを特徴とする請求項2から請求項5のいずれかに記載のラックアシスト式電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−132162(P2010−132162A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−310813(P2008−310813)
【出願日】平成20年12月5日(2008.12.5)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】