説明

ラッピング加工方法および加工装置

【課題】ラッピング処理能率を向上することのできる球体のラッピング加工方法および加工装置を提供する。
【解決手段】ラッピング加工方法は、窒化ケイ素セラミックスやサイアロンセラミックスよりなる球状の加工サンプル7の表面を砥石2a、3aによりラッピング加工する球体のラッピング加工方法であって、砥石2a、3aは加工サンプル7よりも高硬度の砥粒を含んでいる。加工サンプル7にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を含む加工液を加工サンプル7と砥石2a、3aとの間に供給してラッピング加工する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラッピング加工方法および加工装置に関し、より特定的には、窒化ケイ素セラミックスまたはサイアロンセラミックスよりなる被加工物の表面を研磨材料によりラッピング加工するラッピング加工方法および加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化ケイ素セラミックスやサイアロンセラミックスは、高強度、高硬度、高耐熱性、および高耐食性という優れた機械的性質を有しているため、軸受やエンジン部品などの機械部品として使用されている。一方で、上記のように優れた機械的強度を有しているために、窒化ケイ素セラミックスやサイアロンセラミックスは加工面から見て難研削性を有している。このため、窒化ケイ素セラミックスやサイアロンセラミックスの研削加工にはダイヤモンドやCBNなどの高硬度の砥石や砥粒が用いられ、その加工能率や加工速度はあまり速くない。
【0003】
セラミックス材料に致命的欠陥を生じることなく加工能率を向上する技術として、特開平7−132448号公報(特許文献1)には、研削砥石の作業面の周速度および送り速度を最適化する技術が開示されている。具体的には、研削砥石の作業面の周速度を50〜300m/秒とし、かつ研削砥石の作業面の作業方向への送り速度を50〜200m/分とする技術が開示されている。
【0004】
しかし、たとえば球状のセラミックス材料に仕上げのラッピング処理を施す場合、砥石と被加工物の相対速度が250m/分以下の比較的遅い条件が適用される。上記特許文献1の技術は、比較的速い加工速度でセラミックスを研削加工する場合を想定したものであるので、セラミックス材料に仕上げのラッピング処理を施す際の加工条件には適用することができなかった。
【0005】
また、特開2000−210862号公報(特許文献2)には、セラミック球の加工方法として、同軸配置された一対の円盤の対向する研磨面間に球体を挟持し、いずれか一方の円盤を他方に対して相対的に軸回転させて球体を研磨する研磨方法において、研磨効果の異なるラップ液を使用することが開示されている。この技術では、遊離砥粒を混入したラップ液が砥石定盤の目立て作用に関与して研磨量を増加させることができる。しかし、砥石の目詰まりによる加工能率の低下は防止できるものの、原理的に加工能率を向上させるものではない。また遊離砥粒の作用によって砥石定盤の磨耗を促進してしまうことから、ランニングコストに問題がある。
【0006】
また、特開平5-84656号公報(特許文献3)や特開平8-257897号公報(特許文献4)には、磁気流体を用いた研磨方法が開示されている。この方法では高能率のラッピング加工を行なうことができるが、磁気流体を用いるために装置構成が複雑であり、また1ロットの加工個数が少ないことから量産加工には不向きである。特に球体のラッピング加工では球体の平均直径にばらつきがないことが要求されるが、この方法では多数の球体を製造する場合、ロット間の平均直径を揃える必要があり工程管理が極めて困難である。
【0007】
セラミックス材料のラッピング処理の能率を向上し得るさらに別の技術として、特開2003−145416号公報(特許文献5)には、トライボケミカル反応を利用した技術が開示されている。具体的には、セラミック焼結体で構成されている研磨材料であって、その焼結体の粒界、粒内、気孔の1種以上の部分に被研磨セラミックスを溶解反応させる
元素を含んでいる研磨材料を用いて、セラミック材料を水中で研磨する技術が開示されている。これにより、水中でセラミックス材料の磨耗を促進させることができるので、ラッピング処理の能率を向上することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−132448号公報
【特許文献2】特開2000−210862号公報
【特許文献3】特開平5-84656号公報
【特許文献4】特開平8-257897号公報
【特許文献5】特開2003−145416号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献5の技術では研磨材料がセラミックス焼結体よりなっている。このため、研磨材料を製造するために、被研磨セラミックスとなる材料を混合して加圧成形および希ガス雰囲気における焼結などを行なう必要があり、研磨材料の製造するのに複雑な製造工程を経る必要がある。また、研磨材料がセラミックス焼結体よりなっているため、研磨材料のサイズや形状にも制約がある。その結果、研磨材料を量産加工することが困難であるので、球体のラッピング処理能率を向上することは困難であった。
【0010】
したがって、本発明の目的は、球体のラッピング処理能率を向上することのできるラッピング加工方法および加工装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のラッピング加工方法は、窒化ケイ素セラミックスまたはサイアロンセラミックスよりなる被加工物の表面を研磨材料によりラッピング加工する球体のラッピング加工方法であって、研磨材料は被加工物よりも高硬度の砥粒を含んでいる。被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子(以下、上記粒子と記すこともある)を含む液体を
被加工物と研磨材料との間に供給してラッピング加工する。
【0012】
本発明のラッピング加工装置は、窒化ケイ素セラミックスまたはサイアロンセラミックスよりなる被加工物の表面を研磨材料によりラッピング加工する球体のラッピング加工装置であって、被加工物よりも高硬度の砥粒を含む研磨材料と、被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を含む液体を被加工物と研磨材料との間に供給するための供給部と、被加工物を含む液体を研磨材料から排出するための排水部と、第1槽と第2槽とを有する筐体とを備えている。第1槽には排水部から排出された液体が供給され、かつ第2槽には第1槽から溢れた液体が流れ込み、かつ第2槽の液体が供給部から供給される。
【0013】
本願発明者は、窒化ケイ素セラミックス球体やサイアロンセラミックス球体のラッピング処理の能率向上および低コスト化に有効な手段について鋭意検討した結果、被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を含む液体を、被加工物と被加工物より高硬度の砥粒を含む研磨材料との間に供給することが有効であることを見出した。すなわち、本発明のラッピング加工方法および加工装置によれば、被加工物の摩擦面でトライボケミカル反応が起こり、被加工物の反応生成物が生じる。研磨材料は、この反応生成物を除去すると同時に被加工物を機械的に除去し、新たな被加工物の表面を作り出す。そして、新たな被加工物の表面においてトライボケミカル反応が再び起こり、被加工物の反応生成物が生じる。本発明ではこのような作用が繰り返し起こる。その結果、被加工物の表面を化学的・機械的に除去することができるので、ラッピング処理能率を向上することができる。
【0014】
ここで、トライボケミカル反応とは、被加工物に対して摩擦を加えることにより、その
摩擦エネルギにより摩擦面で化学反応が進んで反応生成物が生じる現象である。トライボケミカル反応によれば、表面の化学反応が進まない温度および雰囲気でも化学反応を起こすことができる。被加工物の反応生成物は通常、元の被加工物よりも軟らかいため、被加工物そのものよりも除去しやすい。
【0015】
また、本発明のラッピング加工方法および加工装置によれば、研磨材料がセラミックス焼結体よりなっている必要がないため、研磨材料を製造するために複雑な製造工程を経る必要がなく、研磨材料のサイズや形状にも制約がない。また上記液体は、被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を液体に添加することにより容易に得られる。したがって、ラッピング所理能率を向上することができる。また研磨材料の劣化を抑止することができる。
【0016】
また、本発明のラッピング加工方法および加工装置によれば、研磨材料に被加工物よりも硬質な砥粒を選択するため、研磨の際の研磨材料の変形を抑止することができ、研磨精度を向上することができる。また、研磨によって削り取られた研磨材料は上記液体により除去されるので、研磨材料が目詰まりしにくくなり、ラッピング処理能率が向上する。
【0017】
加えて、本発明のラッピング加工装置によれば、第1槽に供給された上記液体に含まれる異物(研磨粉や脱落した砥粒など)の粒径は被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子の粒径に比べて大きいので、上記異物の沈降速度は上記粒子の沈降速度に比べて速い。このため、上記異物は第1槽の底部に滞留し第2槽に流れ込み難くなるが、上記粒子は第1槽において均一に分散し第1槽とほぼ同一の濃度で第2槽に流れ込む。その結果、上記異物のみを除去した上記液体を再び供給することができ、上記液体をリサイクルして使用することができる。
【0018】
本発明のラッピング加工方法および加工装置において好ましくは、上記液体はエマルジョン型の水溶性切削油またはソリューション型の水溶性切削油である。
【0019】
これにより、上記液体がラップ液としての役割を果たすとともに、上記粒子の分散溶媒としての役割を果たす。また、研磨材料の目詰まりを防止することができる。さらに、エマルジョン型の水溶性切削油またはソリューション型の水溶性切削油を用いることにより、上記粒子を上記液体中に均一に分散させることができる。
【0020】
本発明のラッピング加工方法および加工装置において好ましくは、上記液体は水または水溶液よりなっており、かつ上記液体のpHが9以上12以下である。
【0021】
これにより、上記液体がラップ液としての役割を果たすとともに、上記粒子の分散溶媒としての役割を果たす。また、水または水溶液中に粒子を均一に分散させるためには、表面電位を正または負に帯電させることが望ましい。pH5以上pH9未満の中性領域では、粒子の表面電位が0付近となり粒子同士の凝集が起こりやすく望ましくない。pH5未満の酸性領域では粒子の分散はしやすくなるものの、加工装置や研磨材料が腐食するという問題や液体の取り扱いの安全性への懸念がある。pH9以上pH12以下のアルカリ性領域では、粒子の分散が良好で、かつ加工装置や研磨材料の腐食の問題がなく液体の取り扱いの安全性もあまり問題にならない。pHが12より大きいアルカリ性領域では、加工装置や研磨材料が腐食するという問題や液体の取り扱いの安全性への懸念がある。
【0022】
本発明のラッピング加工方法および加工装置において好ましくは、上記粒子の硬度は被加工物の硬度以下である。
【0023】
これにより、上記粒子によって被加工物がトライボケミカル反応を起こすとともに、上
記粒子によって被加工物に無用な加工傷や欠陥が生じることを防止できる。
【0024】
本発明のラッピング加工方法および加工装置において好ましくは、上記粒子は、ケイ素、鉄、クロム、およびチタンからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の元素の酸化物よりなっている。
【0025】
これらの酸化物は、セラミックスのトライボケミカル反応を促進させる効果を有するので上記粒子として適している。
【0026】
本発明のラッピング加工方法および加工装置は、上記砥粒はダイヤモンド、CBN、および炭化ホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種以上の材料よりなっており、かつ上記砥粒の粒度が400番より小さい場合に特に有効である。
【0027】
上記の材料は、優れた硬度を有しているため砥粒として適している。また、上記砥粒の粒度が400番より細粒、好ましくは800番より細粒である条件で加工される場合においては、トライボケミカル反応による被加工物の反応生成物の除去量が、機械的に除去される被加工物の除去量に対して相対的に大きくなるため、化学的な除去と機械的な除去との大きな相乗効果を得ることができる。
【0028】
本発明のラッピング加工方法において好ましくは、少なくとも一方に前記研磨材料を取り付けた同軸配置された一対の円盤において、互いに対向する研磨材料面に球体を挟持するとともに、前記円盤の一方を回転させることにより前記球体を研磨する球体の加工方法である。より好ましくは、少なくとも一方の前記円盤の前記研磨材料を取り付けた面に、球体が転動する溝が回転軸と同軸に形成された球体のラッピング加工方法である。
【0029】
これにより、球状の被加工物に対してラッピング処理を行なうことができる。
本発明のラッピング加工方法および加工装置において好ましくは、液体は室温より高く80℃以下、より好ましくは60℃以下の温度である。
【0030】
液体の温度を室温よりも高くすることで、トライボケミカル反応が促進され、ラッピング加工処理能率をさらに向上することができる。また、液体の温度を80℃以下、より好ましくは60℃以下とすることで、作業の安全性や管理の容易性を確保することができる。
【0031】
本発明のラッピング加工装置において好ましくは、供給部から供給する液体の温度を制御するための制御装置がさらに備えられている。
【0032】
これにより、ラッピング加工処理に適する温度に液体の温度を制御することができるので、ラッピング加工処理能率をさらに向上することができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明のラッピング加工方法および加工装置によれば、ラッピング処理能率を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施の形態における球体のラッピング加工装置の主な構成を示す斜視図である。
【図2】本発明の一実施の形態におけるラッピング加工装置のタンクの構成を示す断面図である。
【図3】本発明の実施例3における加工液温度と加工速度比の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の一実施の形態について、図面を用いて説明する。
図1は本発明の一実施の形態における球体のラッピング加工装置の構成を示す斜視図である。図1を参照して、本実施の形態における球体のラッピング加工装置1は、2つの定盤2および3と、供給管4と、排水管5と、タンク6とを主に備えている。タンク6の構造については後述する。定盤2および3はともに円の平面形状を有しており、定盤2およ
び3の各々の表面に装着された砥石に溝2aおよび3aが形成されている。2つの定盤に形成された溝2aおよび3aは複数の加工サンプル7の各々を挟むように、向かい合って
配置されている。定盤3の回転軸はプーリと接続されており、モータ、プーリ、およびベルト(いずれも図示せず)によって構成される回転機構によって定盤3は駆動される。一方、定盤2は、油圧シリンダ(図示せず)などの押圧機構によって定盤3の方向へ適切な圧力で押圧される。
【0036】
定盤2および3の間には、供給管4の一端が接続されている。供給管4はポンプ(図示せず)を介してタンク6内へ延在している。供給管4によって加工液8(図2)が加工サンプルと砥石との間に供給される。また、定盤2および3の下には排水管5が接続されており、排水管5はタンク6内へ延在している。加工液8は排水管5を介してタンク6内へ排水され、タンク6から供給管4を介して定盤2および3の間に供給される。
【0037】
なお、ロータリーコンベア(図示せず)上の加工サンプル7は、シュート9を介して定盤2の溝2aと定盤3の溝3aとの間に供給され、溝2aおよび3aの砥石によって研磨された後、シュート10を介してコンベア上へ排出される。
【0038】
砥石2a、3aは、加工サンプル7よりも高硬度の砥粒を含んでいる。具体的には、ダイヤモンド、CBN、または炭化ホウ素などよりなる砥粒を含んでいる。砥粒の粒度は400番より小さく、好ましくは800番より小さい。これは、細粒で加工するほど、トライボケミカル反応による被加工物の反応生成物の除去量が、機械的に除去される被加工物の除去量に対して相対的に大きくなるため、より化学的な除去と機械的な除去との大きな相乗効果を得ることができるからである。また、砥石2a、3aは、たとえばレジンボンド、ビドリファイドボンド、メタルボンド、または電着ボンドなどの結合材を用いて定盤2、3に固定されている。
【0039】
図2は本発明の一実施の形態におけるラッピング加工装置のタンクの構成を示す断面図である。図2を参照して、本実施の形態における球体のラッピング加工装置1は、筐体としてのタンク6をさらに備えている。タンク6は3つの滞留槽11a〜11cを有しており、滞留槽11a〜11cの各々にはいずれも加工液8が満杯に入っている。加工液8の液面の高さは、滞留槽11a(第1槽)が最も高く、次いで滞留槽11bが二番目に高く、滞留槽11c(第3槽)がもっとも低い。これにより、滞留槽11aの上部から溢れ出した加工液8は滞留槽11bへ流れ込み、滞留槽11bの上部から溢れ出した加工液8は滞留槽11cへ流れ込む。また、排水管5の他端は滞留槽11a内に差し込まれており、これにより滞留槽11aには排水管5から排出された加工液8が供給される。さらに、供給管4の他端はポンプ14を介して滞留槽11c内に差し込まれており、これにより滞留槽11cの加工液8がポンプ14の動力により供給管4から砥石2a,3aへ供給される。つまり、加工液8はタンク6などを通じて循環して使用される。
【0040】
また、滞留槽11c内には温度計13が設けられている。また、タンク6の外周にはヒータ14aが取り付けられており、供給管4の外周にはヒータ14bが取り付けられている。温度計13、ヒータ14aおよび14bの各々は、温度制御装置12と電気的に接続されている。温度制御装置12は、温度計13で測定された温度に基づいてヒータ14aおよび14bを加熱し、それにより加工液8の温度を制御する。その結果、適切な温度の加工液8を砥石2a,3a上へ供給することができる。加工液8の温度は室温より高く80℃以下であることが好ましく、60℃以下であることがより好ましい。加工液8の温度を室温より高くすることで、トライボケミカル反応が促進され、ラッピング加工処理能率をさらに向上することができる。また、加工液8の温度を80℃以下、より好ましく60℃以下とすることで、作業の安全性や管理の容易性を確保することができる。
【0041】
さらに、滞留槽11a内には滞留槽11aの水位を測定するための水位計17が設けられており、滞留槽11a上には滞留槽11a内に溶媒(たとえば水)を供給するための給水源15が設けられている。水位計17および給水源15の各々は水位制御装置16に電気的に接続されている。水位制御装置16は、滞留槽11aの水位が低いことを検知した場合には、給水源15から滞留槽11aへ水を供給する。その結果、滞留槽11a〜11cの水位を一定に保つことができる。
【0042】
本実施の形態においては、上記のラッピング加工装置1を用いて、以下の方法により加工サンプルが加工される。
【0043】
まず、加工サンプル7にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を含む加工液8を砥石2a,3a上に供給する。加工液8中の粒子の硬度は加工サンプル7の硬度以下であり、加工液8中の粒子は、たとえば酸化ケイ素、酸化鉄、酸化クロム、または酸化チタンなどよりなっている。これにより、加工サンプルのトライボケミカル反応を促進することができるとともに、上記粒子によって被加工物が機械的に除去される。また加工液8の溶媒は、たとえばエマルジョン(乳濁液)型の水溶性切削油、ソリューション(固溶)型の水溶性切削油、水、または水溶液などよりなっており、加工液の溶媒のpHは9以上12以下である。これにより、加工液8がラップ液としての役割を果たすとともに、上記粒子の分散溶媒としての役割を果たす。また、砥石2a,3aの目詰まりを防止することができる。さらに、上記粒子を加工液8中に均一に分散させることができる。なお、「エマルジョン型」とは、水溶性切削油成分がコロイド状に分散して存在することのできる液体であり、「ソリューション型」とは、水溶性切削油成分が溶解して存在することのできる液体を意味している。加工液8のpH調整には、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などの無機塩基や、エチレンジアミン、エタノールアミンなどの有機塩基などを用いることができる。
【0044】
上記粒子の添加量は0.2質量%以上15質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以上5質量%以下であることがより好ましい。上記粒子の添加量を0.2質量%とすることにより、加工サンプル7にトライボケミカル反応が起こりやすくなる。上記粒子の添加量を15質量%以下とすることにより、上記粒子が砥石2a,3aによる加工サンプル7の機械的な除去の妨げになることを抑止することができ、加工速度の低下を抑止することができる。
【0045】
また、上記粒子の平均粒径は3μm以下であることが好ましく、1μm以下であることがより好ましい。上記粒子の平均粒径を3μm以下とすることにより、加工サンプル7への接触頻度を高め、上記粒子の単位堆積あたりのトライボケミカル反応の反応効率を高めることができる。また溶媒中で上記粒子が沈殿しにくくなり、溶媒中での分散状態を維持することができる。これにより、加工サンプル7の表面における加工生成物の生成効率を高め、加工速度を十分に向上することができる。また、上記粒子の粒度は砥石2a,3aの粒度と同等以下であることが好ましい。上記粒子の粒度を砥石2a,3aの粒度と同等以下とすることにより上記粒子が砥石2a,3aによる加工サンプル7の機械的な除去の妨げになることを抑止することができ、加工速度の低下を抑止することができる。
【0046】
加工サンプル7と砥石2a,3aとの間から流れ出した加工液8には、研磨粉や脱落した砥粒などの異物が含まれている。異物が含まれている加工液8は、排水管5を介してタンク6の滞留槽11aの底部に供給される。滞留槽11aへの加工液8の供給により、滞留槽11a内の加工液8が滞留槽11aと滞留槽11bとを隔てる隔壁の上部から溢れ出し、滞留槽11bへ流れ込む。このとき、滞留槽11aに供給された加工液8に含まれる異物の粒径は上記粒子の粒径に比べて大きいので、滞留槽11bに含まれる異物の沈降速度は上記粒子の沈降速度に比べて速い。このため、加工液8に含まれる異物は滞留槽11
aの底部に滞留し滞留槽11bに流れ込み難くなるが、滞留槽11aから滞留槽11bへ流れ込む加工液8に含まれる上記粒子の濃度はほとんど変わらない。これにより、加工液8に含まれる異物が除去される。同様に、滞留槽11cを設けることで加工液8に含まれる異物が一層除去される。そして、異物のみが除去された加工液8が供給管4を介して再び供給される。
【0047】
なお、本実施の形態においては、滞留槽が3個(3段)である場合について示したが、滞留槽の個数は任意であり、2個(2段)以上8個(8段)以下であることが好ましい。2個以上とすることにより比較的大きな粒径の異物を沈降させることができ、8個以下とすることにより上記粒子自体が沈降して上記粒子の濃度が低下することを抑止することができる。
【0048】
本実施の形態のラッピング加工方法および加工装置1によれば、加工サンプル7の摩擦面でトライボケミカル反応が起こり、加工サンプル7の反応生成物が生じる。砥石2a、3aは、この反応生成物を除去すると同時に加工サンプル7の表面も機械的に除去し、新たな加工サンプル7の表面を作り出す。そして、新たな加工サンプル7の表面においてトライボケミカル反応が再び起こり、加工サンプル7の反応生成物が生じる。本実施の形態ではこのような作用が繰り返し起こる。その結果、加工サンプル7の表面を化学的・機械的に除去することができるので、ラッピング処理能率を向上することができる。
【0049】
また、本実施の形態のラッピング加工方法および加工装置1によれば、砥石2a、3aがセラミックス焼結体よりなっている必要がないため、砥石を製造するために複雑な製造工程を経る必要がなく、砥石のサイズや形状にも制約がない。また加工液8は、加工サンプル7にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を液体に添加することにより容易に得られる。したがって、ラッピング所理能率を向上することができる。また砥石の劣化を抑止することができる。
【0050】
加えて、本実施の形態のラッピング加工装置1によれば、滞留槽11aに供給された加工液8に含まれる異物の粒径は加工サンプル7にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子の粒径に比べて大きいので、上記異物の沈降速度は上記粒子の沈降速度に比べて速い。このため、上記異物は滞留槽11aの底部に滞留し滞留槽11bおよび11cに流れ込み難くなるが、上記粒子は滞留槽11aにおいて均一に分散し滞留槽11cとほぼ同一の濃度で滞留槽11bおよび11cに流れ込む。その結果、上記異物のみを除去した加工液8を再び供給することができ、加工液8をリサイクルして使用することができる。特に、従来のフィルタを用いて上記粒子の除去を行なうと、上記粒子がフィルタに捕獲され加工液8中の上記粒子の濃度が低下するという問題や、上記粒子によってフィルタが頻繁に目詰まりするなどの問題が生じる。
【実施例1】
【0051】
本実施例では、砥石粒度および加工液がラッピング加工の加工速度に及ぼす影響について調べた。具体的には、図1に示すラッピング加工装置を用いて、窒化セラミックスよりなる加工サンプルをラッピング加工した。加工サンプルとしては1/4インチの直径を有
する球形状のものを使用した。砥石としてはダイヤモンド砥石を使用し、粒度が170番〜800番の範囲で変化させてそれぞれラッピング加工した。砥石は2つの両方の定盤にそれぞれ取り付け、砥石面に被加工物が転動する回転軸と同心の複数の溝を設けた。比較例A1および本発明例A2では170番の粒度のダイヤモンドを使用し、比較例B1および本発明例B2では400番の粒度のダイヤモンドを使用し、比較例C1、比較例C2、および本発明例C3〜C9では800番の粒度のダイヤモンドを使用した。比較例D1では砥石を使用せず、定盤(鋳物定盤)にて加工サンプルをラッピング加工した。砥石と定盤との間の結合材としてはレジンボンドを使用した。また、加工液としては以下のものを
使用した。
【0052】
比較例A1、比較例B1、および比較例C1:従来の加工液である白灯油系の油性加工液を使用した。
【0053】
比較例C2:粒子を混合することなくエマルジョン型の水溶性切削油をそのまま使用した。
【0054】
本発明例A2、本発明例B2、本発明例C3、および比較例D1:エマルジョン型の水溶性切削油と、2質量%相当のシリカ微粒子が添加されたコロイダルシリカ水溶液(フジミインコーポレーティッド製、COMPOLAD50)とを混合した混合加工液(以下、エマルジョン混合加工液と記す)を使用した。
【0055】
本発明例C4〜本発明例C7:エマルジョン型の水溶性切削油に2質量%の酸化ケイ素(シーアイ化成製、Nanotek)、酸化鉄(戸田工業製、100ED)、酸化クロム(日本化学工業製、クロメックスS−1)、または酸化チタン(シーアイ化成製、Nanotek)をそれぞれ分散させた加工液を使用した。
【0056】
本発明例C8:ソリューション型の水溶性切削油と、2質量%相当のシリカ微粒子が添加されたコロイダルシリカ水溶液とを混合した混合加工液(以下、ソリューション混合加工液と記す)を使用した。
【0057】
本発明例C9:2質量%相当のシリカ微粒子が添加されたコロイダルシリカ水溶液を使用した。
【0058】
それぞれの試料についての同一砥石粒度の比較例に対するラッピング加工の加工速度比を表1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1を参照して、特に400番以上の粒度の細かい砥石を用いた場合に、本発明例の加工速度は比較例の加工速度に比べて大きく向上している。一方、比較例D1ではエマルジョン混合加工液を使用しているにも関わらず加工速度が低くなっている。したがって、本発明例の加工速度の向上は、砥石の硬度と加工液との相乗効果によるものであると考えられる。
【0061】
また、本発明例C3と本発明例C9とを比較して、コロイダルシリカ水溶液を単独で使
用した本発明例C9でも加工速度は向上しているものの、エマルジョン混合加工液を使用した本発明例C3の方が加工速度の向上が大きい。一方、比較例C2と本発明例C3とを比較して、エマルジョン型水溶性切削油を単独で使用した比較例C2では加工速度があまり向上していないことから、本発明例C3の加工速度の向上は、エマルジョン型水溶性切削油とコロイダルシリカとの相乗効果によるものであると考えられる。
【0062】
また、比較例C1と本発明例C4〜本発明例C7とを比較して、本発明例C4〜本発明例C7の加工速度はいずれも2.9倍〜3.1倍程度まで大きく向上している。このことから、エマルジョン混合加工液を使用する代わりに、所定の酸化物粒子をエマルジョン型水溶液に添加しても加工速度が向上することがわかる。
【0063】
さらに、比較例C1と本発明例C8とを比較して、本発明例C8の加工速度は3.22倍にまで大きく向上している。このことから、エマルジョン混合加工液を使用する代わりに、ソリューション混合加工液を使用しても加工速度が向上することがわかる。
【実施例2】
【0064】
本実施例では、実施例1で使用した加工液とは異なる加工液を使用し、砥石粒度および加工液がラッピング加工の加工速度に及ぼす影響について調べた。具体的には、実施例1と同様のラッピング加工方法および加工装置を用いて、窒化セラミックスよりなる加工サンプルをラッピング加工した。砥石としては、比較例E1および本発明例E2では170番の粒度のダイヤモンドを使用し、比較例F1および本発明例F2では400番の粒度のダイヤモンドを使用し、比較例G1および本発明例G2〜G6では800番の粒度のダイヤモンドを使用した。比較例H1では砥石を使用せず、定盤(鋳物定盤)にて加工サンプルをラッピング加工した。本実施例の加工液としては以下のものを使用した。
【0065】
比較例E1、比較例F1、および比較例G1:従来の加工液である白灯油系の油性加工液を使用した(実施例1の比較例A1、比較例B1、および比較例C1とそれぞれ同じ)。
【0066】
本発明例E2、本発明例F2、本発明例G2、および比較例H1:2質量%相当のシリカ微粒子が添加されたコロイダルシリカ水溶液を準備し、水で希釈することによりコロイダルシリカ水溶液のpH11に調整して使用した。
【0067】
本発明例G3〜本発明例G6:0.001mol/lの濃度のKOH水溶液に2質量%の酸化ケイ素、酸化鉄、酸化クロム、または酸化チタンをそれぞれ分散させた加工液を使用した。
【0068】
それぞれの試料についての同一砥石粒度の比較例に対するラッピング加工の加工速度比を表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
表2を参照して、特に400番以上の粒度の細かい砥石を用いた場合に、本発明例の加工速度は比較例の加工速度に比べて大きく向上している。一方、比較例H1ではコロイダルシリカ水溶液を使用しているにも関わらず加工速度が低くなっている。したがって、下本発明例の加工速度の向上は、砥石の硬度と加工液との相乗効果によるものであると考えられる。
【0071】
また、比較例G1と本発明例G3〜本発明例G6とを比較して、本発明例G3〜本発明例G6の加工速度はいずれも1.8倍〜2倍程度まで大きく向上している。このことから、コロイダルシリカ水溶液を使用する代わりに、所定の酸化物粒子を水溶液に添加しても加工速度が向上することがわかる。
【0072】
なお、本発明例G2〜G6のラッピング加工を行なう際に、加工液のpHを2〜13の範囲で変化させ、酸化ケイ素、酸化鉄、酸化クロム、または酸化チタンよりなる粒子の加工液中での分散状態を評価した。具体的には、KOH水溶液に上記粒子を添加し、ビーカ
で10分間攪拌し、5時間放置した後の状態を観察した。その結果、pH5〜pH9では粒子は凝集沈殿し再分散させることは困難であったが、pH2〜pH5およびpH9〜pH13では粒子は分散状態を保持しているか、あるいは沈殿していても再分散が可能であった。
【実施例3】
【0073】
本実施例では、ラッピング加工の加工速度に及ぼす加工液の温度の影響について調べた。具体的には、実施例1と同様の方法を用いて、窒化セラミックスよりなる加工サンプルをラッピング加工した。砥石としては800番の粒度のダイヤモンドを使用し、砥石と下側の定盤との結合材としてはレジンボンドを使用した。また、加工液としては、エマルジョン型の水溶性切削油と、2質量%相当のシリカ微粒子が添加されたコロイダルシリカ水溶液(上記本発明例C3の加工液)を使用した。加工液の温度については10℃〜80℃の範囲で変化させてそれぞれの温度での加工速度を測定した。加工液温度とラッピング加工の加工速度比との関係を図3に示す。なお、図3の加工速度比は、加工液の温度が20℃(室温)の場合の加工速度を1とした場合の値である。
【0074】
図3を参照して、加工液の温度上昇とともに加工速度が向上している。この結果より、加工液の温度を室温より高くすることによって加工能率が一層向上することがわかる。
【0075】
以上に開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考慮されるべきである。本発明の範囲は、以上の実施の形態および実施例ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての修正や変形を含むものと意図される。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、軸受転動体やボールバルブなどに使用される窒化ケイ素セラミックス球やサイアロンセラミックス球の加工に好適である。
【符号の説明】
【0077】
1 ラッピング加工装置、2,3 定盤、2a,3a 砥石(溝)、4 供給管、5 排水管、6 タンク、7 加工サンプル、8 加工液、9,10 シュート、11a〜11c 滞留槽、12 温度制御装置、13 温度計、14 ポンプ、14a,14b ヒータ、15 給水源、16 水位制御装置、17 水位計。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化ケイ素セラミックスまたはサイアロンセラミックスよりなる被加工物の表面を研磨材料によりラッピング加工する球体のラッピング加工方法であって、
前記研磨材料は前記被加工物よりも高硬度の砥粒を含み、
前記被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を含む液体を前記被加工物と前記研磨材料との間に供給してラッピング加工することを特徴とする、ラッピング加工方法。
【請求項2】
前記液体はエマルジョン型の水溶性切削油またはソリューション型の水溶性切削油であることを特徴とする、請求項1に記載のラッピング加工方法。
【請求項3】
前記液体は水または水溶液よりなり、かつ前記液体のpHが9以上12以下であることを特徴とする、請求項1に記載のラッピング加工方法。
【請求項4】
前記粒子の硬度は前記被加工物の硬度以下であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のラッピング加工方法。
【請求項5】
前記粒子は、ケイ素、鉄、クロム、およびチタンからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の元素の酸化物よりなることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のラッピング加工方法。
【請求項6】
前記砥粒はダイヤモンド、CBN、および炭化ホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種以上の材料よりなり、かつ前記砥粒の粒度が400番より小さいことを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のラッピング加工方法。
【請求項7】
少なくとも一方に前記研磨材料を取り付けた同軸配置された一対の円盤において、互いに対向する研磨材料面に球体を挟持するとともに、前記円盤の一方を回転させることにより前記球体を研磨することを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載のラッピング加工方法。
【請求項8】
前記液体は室温より高く80℃以下の温度であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載のラッピング加工方法。
【請求項9】
窒化ケイ素セラミックスまたはサイアロンセラミックスよりなる被加工物の表面を研磨材料によりラッピング加工するラッピング加工装置であって、
前記被加工物よりも高硬度の砥粒を含む前記研磨材料と、
前記被加工物にトライボケミカル反応を起こさせるような粒子を含む液体を前記被加工物と前記研磨材料との間に供給するための供給部と、
前記被加工物を含む前記液体を前記研磨材料から排出するための排水部と、
第1槽と第2槽とを有する筐体とを備え、
前記第1槽には前記排水部から排出された前記液体が供給され、かつ前記第2槽には前記第1槽から溢れた前記液体が流れ込み、かつ前記第2槽の前記液体が前記供給部から供給されることを特徴とする、ラッピング加工装置。
【請求項10】
前記供給部から供給する液体の温度を制御するための制御装置をさらに備える、請求項9に記載のラッピング加工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−56081(P2012−56081A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−278545(P2011−278545)
【出願日】平成23年12月20日(2011.12.20)
【分割の表示】特願2006−47015(P2006−47015)の分割
【原出願日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】