説明

リニアベアリング

【課題】 潤滑油を介在させなくても円滑な作動を維持するリニアベアリングを提供する。
【解決手段】 軌道方向に延びるレール21と、このレール21にスライド自在に係合するスライドブロック31とを備え、レール21に対してスライドブロック31が軌道方向に移動するリニアベアリング1において、レール21とスライドブロック31に互いに摺接するレール部22とフォロワ部32をそれぞれ形成し、レール部22とフォロワ部32の各表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜29,39をそれぞれ形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば工作機械のテーブルサドルやマシニングセンター等のスライド面、あるいは搬送装置の搬送面等にレール装置の一部として使用されるリニアベアリングの改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種のリニアベアリングとして、例えば特許文献1に開示されたものがある。このリニアベアリングは、レールにスライド自在に係合するベアリング本体としてのスライドブロックと、レールに接触して転走しながらスライドブロックの内外をスライドブロック長さ方向に循環する多数のボール等を備えている(詳細構造は例えば特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平11−33665号公報
【特許文献2】特開昭55−72912号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来のリニアベアリングにあっては、ボールに対するレールとスライドブロックの接触部が摩耗する可能性があるため、潤滑油の介在が不可欠であり、円滑な作動を維持することが難しい。
【0004】
本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、潤滑油を介在させなくても円滑な作動を維持するリニアベアリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、軌道方向に延びるレールと、このレールにスライド自在に係合するスライドブロックとを備え、レールに対してスライドブロックが軌道方向に移動するリニアベアリングに適用する。
【0006】
そして、レールとスライドブロックに互いに摺接するレール部とフォロワ部をそれぞれ形成し、このレール部とフォロワ部の少なくとも一方の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜を形成したことを特徴とするものとした。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、リニアベアリングは互いに摺接するレール部とフォロワ部の少なくとも一方の表面にDLCコーティング膜を形成する構造のため、摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜によって両者の摺接部に働く摩擦力を低減し、スライドブロックを移動させる力を小さく抑えられ、円滑な作動性を保つことができる。
【0008】
リニアベアリングはレール部またはフォロワ部の軌道面に高硬度のDLCコーティング膜を形成する構造のため、軌道面の形状が維持され、スライドブロックの軌道が変化することを抑えられる。これにより、リニアベアリングが工作機械のテーブルサドルやマシニングセンター等に用いられた場合、これら工作機械の加工精度を維持できる。
【0009】
そして、リニアベアリングは摺動部分の摩耗が抑えられるため、摩耗粉の発生を抑制できる。さらに、リニアベアリング1は潤滑油を供給しなくても円滑な作動性が確保されるため、無給油状態で作動させることが可能となる。この結果、リニアベアリングは潤滑油から塵埃が発生することを回避し、例えばクリーンルーム内で使用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0011】
図1に示すように、リニアベアリング1は、軌道方向に延びるレール21と、このレール21にスライド自在に係合するスライドブロック31とを備え、レール21に対してスライドブロック31が軌道方向に移動する。
【0012】
本実施形態では、レール21は断面V字形の溝状に窪むレール部22を有する一方、スライドブロック31は同じく断面V字形に突出するフォロワ部32を有し、レール部22に対してフォロワ部32が摺接する。
【0013】
そして本発明の要旨とするところであるが、互いに摺接するレール部22の表面とフォロワ部32の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜29,39をそれぞれ形成する。DLCコーティング膜29,39の厚さは、例えば数μ程度以下の寸法である。
【0014】
DLCコーティング膜29,39は、アンバランスマグネトロンスパッタ法(以下、「UBMスパッタ法」と称する)によって形成される。
【0015】
スパッタの原理は、図3に示すように、アルゴン等の不活性ガスを導入した真空中でターゲット41を陰極として陽極の間でグロー放電させてプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンをターゲット41に衝突させてターゲット41の原子を弾き飛ばし、この原子をターゲット41と対向して配置されたレール21またはスライドブロック31上に堆積させて皮膜を形成するようになっている。
【0016】
UBMスパッタ法は、スパッタ蒸発源10にターゲット41の中心部と周辺部で異なる磁気特性を有する磁石42,43が配置されて、プラズマを形成しつつ強力な磁石42により発生する磁力線の一部がレール21またはスライドブロック31の近傍に達し、レール21またはスライドブロック31にバイアス電圧を印加することによって、ターゲット材41を構成する物質がレール21またはスライドブロック31上に堆積される。
【0017】
図4は、UBMスパッタ装置50の基本構成を示す。真空チャンバ51に4つのスパッタ蒸発源40a〜40dが設けられ、その中央に配置された自公転式ワークテーブル56上にレール21またはスライドブロック31が置かれ、レール21またはスライドブロック31にコーティングが行われる。スパッタ蒸発源40a〜40dには皮膜材料となる平板状ターゲットが取り付けられる。真空チャンバ51にはアルゴン等の不活性ガスとメタンガス等の炭化水素ガスが所定量充填される。
【0018】
スパッタ蒸発源40a,40cにはターゲットとしてグラファイトを使用し、スパッタ蒸発源40b,40dにはターゲットとして金属を使用する。
【0019】
DLCコーティング膜29,39は、図2に示すように、ワークとしてレール21またはスライドブロック31の表面にニッケルメッキ層61を形成し、このニッケルメッキ層61の表面にボンド層62、中間層63、トップ層64が順に積層して形成される。
【0020】
図5は、上記DLCコーティング膜29,39を形成するのにあたって、ターゲット出力が変化する様子を示している。
【0021】
ボンド層62は、金属ターゲット40b,40dのみをスパッタして、金属膜として形成される。このボンド層62を形成するのにあたって、図5に示すように、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲット出力を100%とし、スパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲット出力を0%と一定にして、所定時間だけスパッタが行われる。
【0022】
中間層63は、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲットとスパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲットを同時にスパッタし、ターゲット出力を次第に変化させて金属と炭素の傾斜組成膜として形成される。この中間層63を形成するのにあたって、図5に示すように、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲット出力を100%から一次的に減少させる一方、スパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲット出力を0%から一次的に増加させて、所定時間だけスパッタが行われる。
【0023】
トップ層64は、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲットとスパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲットを同時にスパッタし、ターゲット出力を略一定にしてスパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲットとスパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲットのスパッタ率を所定範囲に保って、所定時間だけスパッタが行われる。
【0024】
このトップ層64を形成するのにあたって、図5に示すように、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲット出力を10%程度とし、スパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲット出力を90%程度と一定にして、トップ層64に含まれる金属の比率は3〜18%の範囲に設定する。さらに望ましくは、トップ層64に含まれる金属の比率を3〜12%の範囲に設定する。
【0025】
以上のように構成されて、次に作用について説明する。
【0026】
ステンレス製のレール21またはスライドブロック31の表面にニッケルメッキ層61を形成した後、金属の比率を100%にしたボンド層62を設けることにより、母材に対するDLCコーティング膜29,39の結合強度を高められる。
【0027】
金属の比率を100%にしたボンド層62上に金属の比率を次第に減らす金属と炭素の傾斜組成膜からなる中間層63を設け、中間層63の上に炭素を主成分とするトップ層64を設けることにより、DLCコーティング膜29,39におけるトップ層64の結合強度を高められる。
【0028】
トップ層64の金属の比率を3〜18%の範囲に設定することにより、トップ層64の密着性や靱性を高められ、高荷重によってレール21またはスライドブロック31が変形するような場合、割れや、剥離が生じることを防止できる。そして、トップ層64の硬度の低下を抑えられ、耐摩耗性を確保できる。
【0029】
図6にトップ層64に含まれる金属の比率と靱性及び硬度の関係を示すように、金属の比率を3〜18%の範囲に設定することにより、トップ層64の靱性と硬度の両方を高められる。さらにトップ層64に含まれる金属の比率を3〜12%の範囲に設定することにより、トップ層64の靱性と硬度の両方を著しく高められる。
【0030】
これに対して従来は、トップ層に含まれる金属の比率が0%になっていたため、密着性や靱性が不足し、トップ層に割れや剥離が生じやすいという問題点があった。
【0031】
この結果、高荷重を受けるレール21またはスライドブロック31の表面にDLCコーティング膜29,39を形成しても、DLCコーティング膜29,39の割れや剥離が生じることを回避し、実用化が可能となる。
【0032】
以上のように、リニアベアリング1は互いに摺接するレール部22とフォロワ部32の表面にDLCコーティング膜29,39を形成する構造のため、摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜29,39によって両者の摺接部に働く摩擦力を低減し、スライドブロック31を移動させる力を小さく抑えられ、円滑な作動性を保つことができる。
【0033】
リニアベアリング1は互いに摺接するレール部22とフォロワ部32の表面に高硬度のDLCコーティング膜29,39を形成する構造のため、レール部22とフォロワ部32の軌道面の形状が維持され、スライドブロック31の軌道が変化することを抑えられる。これにより、リニアベアリング1が工作機械のテーブルサドルやマシニングセンター等に用いられた場合、これら工作機械の加工精度を維持できる。
【0034】
そして、リニアベアリング1は摺動部分の摩耗が抑えられるため、摩耗粉の発生を抑制できる。さらに、リニアベアリング1は潤滑油を供給しなくても円滑な作動性が確保されるため、無給油状態で作動させることが可能となる。この結果、リニアベアリング1は潤滑油から塵埃が発生することを回避し、例えばクリーンルーム内で使用することが可能となる。
【0035】
図7に示す他の実施形態では、レール21は断面矩形をし、その上部をレール部23とする。一方、スライドブロック31は同じく断面矩形の溝状に窪むフォロワ部33を有し、レール部23に対してフォロワ部33が摺接する。
【0036】
そして、互いに摺接するレール部23の表面とフォロワ部33の表面にDLCコーティング膜29,39をそれぞれ形成する。
【0037】
この場合も、リニアベアリング1は互いに摺接するレール21とスライドブロック31の両表面にDLCコーティング膜29,39を形成する構造のため、高い硬度を有するとともに摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜29,39によってレール部23とフォロワ部33の軌道面の形状が維持され、両者の摺接部に働く摩擦力を低減し、スライドブロック31を移動させる力を小さく抑えられ、円滑な作動性を保つことができる。
【0038】
図8に示す他の実施形態では、レール21は断面矩形をし、その上面をレール部24とする。一方、スライドブロック31は断面矩形をし、その下面をフォロワ部34とし、レール部24に対してフォロワ部34が摺接する。
【0039】
そして、リニアベアリング1はレール部24のみにDLCコーティング膜29を形成し、フォロワ部34にDLCコーティング膜を形成しない金属面とする。
【0040】
この場合、高硬度のDLCコーティング膜29によってレール部24の軌道面の形状が維持され、スライドブロック31の軌道が変化することを抑えられる。これにより、リニアベアリング1が工作機械のテーブルサドルやマシニングセンター等に用いられた場合、これらの加工精度を維持できる。
【0041】
そして、摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜29によって金属表面のフォロワ部34の摩耗が抑えられるとともに、スライドブロック31を移動させる力を小さく抑えられ、円滑な作動性を保つことができる。
【0042】
さらに、リニアベアリング1は潤滑油を供給しなくても円滑な作動性が確保されるため、無給油状態で作動させることが可能となる。この結果、リニアベアリング1には潤滑油から塵埃が発生することを回避し、例えばクリーンルーム内で使用することが可能となる。
【0043】
図9に示す他の実施形態では、レール21は断面T字形をし、その上部をレール部25とする。一方、スライドブロック31はレール部25を囲む断面C字形をし、その下部をフォロワ部35とし、レール部25に対してフォロワ部35が摺接する。
【0044】
そして、リニアベアリング1はレール部25のみにDLCコーティング膜29を形成し、フォロワ部35にDLCコーティング膜を形成しない金属面とする。
【0045】
この場合、高硬度のDLCコーティング膜29によってレール部24の軌道面の形状が維持され、スライドブロック31の軌道が変化することを抑えられる。これにより、リニアベアリング1が工作機械のテーブルサドルやマシニングセンター等に用いられた場合、これらの加工精度を維持できる。
【0046】
そして、摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜29によって金属表面のフォロワ部35の摩耗が抑えられるとともに、スライドブロック31を移動させる力を小さく抑えられ、円滑な作動性を保つことができる。
【0047】
さらに、リニアベアリング1は潤滑油を供給しなくても円滑な作動性が確保されるため、無給油状態で作動させることが可能となる。この結果、リニアベアリング1には潤滑油から塵埃が発生することを回避し、例えばクリーンルーム内で使用することが可能となる。
【0048】
本発明は上記の実施形態に限定されずに、その技術的な思想の範囲内において種々の変更がなしうることは明白である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、例えば工作機械のテーブルサドルやマシニングセンター等のスライド面、あるいは搬送装置の搬送面等にレール装置の一部として使用されるものや、その他種々の機械に取り付けられるリニアベアリングに利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施形態を示すリニアベアリングの断面図。
【図2】同じくDLCコーティング膜の断面図。
【図3】同じくスパッタ法の原理を示す説明図。
【図4】同じくUBMスパッタ装置の構成図。
【図5】同じくターゲット出力が変化する様子を示す特性図。
【図6】同じくトップ層に含まれる金属の比率と靱性及び硬度の関係を示す特性図。
【図7】本発明の他の実施形態を示すリニアベアリングの断面図。
【図8】本発明の他の実施形態を示すリニアベアリングの断面図。
【図9】本発明の他の実施形態を示すリニアベアリングの断面図。
【符号の説明】
【0051】
1 リニアベアリング
21 レール
22 レール部
29 DLCコーティング膜
31 スライドブロック
32 フォロワ部
39 DLCコーティング膜
40a〜40d スパッタ蒸発源
50 UBMスパッタ装置
61 メッキ層
62 ボンド層
63 中間層
64 トップ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道方向に延びるレールと、このレールにスライド自在に係合するスライドブロックとを備え、レールに対してスライドブロックが軌道方向に移動するリニアベアリングにおいて、
前記レールと前記スライドブロックに互いに摺接するレール部とフォロワ部をそれぞれ形成し、このレール部とフォロワ部の少なくとも一方の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜を形成したことを特徴とするリニアベアリング。
【請求項2】
前記レール部と前記フォロワ部の一方に前記DLCコーティング膜を形成し、他方を金属面としたことを特徴とする請求項1に記載のリニアベアリング。
【請求項3】
前記DLCコーティング膜は、前記レール部と前記フォロワ部の少なくとも一方の表面に金属ターゲットのみをスパッタしてボンド層を形成し、このボンド層上に金属ターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタしかつターゲット出力を次第に変化させることにより中間層を形成し、この中間層上に金属ターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタしかつターゲット出力を略一定にすることにより金属の比率を3〜18%の範囲にしたトップ層を形成したことを特徴とする請求項1または2に記載のリニアベアリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−29463(P2006−29463A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−209757(P2004−209757)
【出願日】平成16年7月16日(2004.7.16)
【出願人】(000000929)カヤバ工業株式会社 (2,151)
【Fターム(参考)】