説明

リン脂質のポリエチレングリコール誘導体に包み込まれたアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤

本発明は、治療有効量のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体、及び医薬上許容されるアジュバントを含む、静脈注射が可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤を提供する。形成されたナノミセル中に薬物を包み込んで、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤が製造される。アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質とリン脂質のポリエチレングリコール誘導体は、粒径が極めて均一であるナノミセルを形成している。ミセルにおいて、ポリエチレングリコール分子は、薬物を包み込んだ疎水核の周囲に親水性の保護層を形成し、薬物が血液中の酵素などのタンパク質分子と接触すること、及び体内の細網内皮系に識別・貪食されることを防止し、ミセルの体内の循環時間を延長している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質は、有効で広範な範囲を有する重要な抗腫瘍薬物であり、臨床上、白血病、リンパ腫、乳癌、肺癌、肝癌、及びその他多種の充実性癌などの各種腫瘍を治療することに広く用いられているものである。この種の抗腫瘍薬物は、主にアドリアマイシン(ドキソルビシン(Doxorubicin)、ADM)、ダウノルビシン(Daunorrubicin、DNR)、エピアドリアマイシン(エピルビシン(Epirubicin)、EPI)、ピラルビシン(Pirarubicin、THP-ADM)、アクラシノマイシン(Aclacinomycin、ACM)を含んでいる。しかしながら、これらの抗腫瘍薬物は他の細胞傷害性抗腫瘍薬物と同様、腫瘍組織に対する選択性に乏しく、用量依存性の重篤な急性毒性、臨床上の症状について言えば、悪心、嘔吐、脱毛、骨髄抑制がある。もっとひどいものになると、繰り返し投与による薬物蓄積に起因して、心臓組織において重篤な不可逆性心臓損傷が引き起こされることがある。アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質の副作用は、臨床上、それを腫瘍の長期間繰り返し治療に用いることを厳しく制限してきた。
【0003】
アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質の組織分布を変化させ、それの腫瘍組織に対する選択性を向上させることで、毒性を顕著に低下させることができる。アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質の脂質体製剤は、心臓における薬物蓄積を減少でき、腫瘍組織における薬物分布を増加できるので、用量依存性の急性毒性を軽減し、臨床上、各種腫瘍の治療に用いることが既に許可され、良好な治療効果が得られている。市販されているアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質脂質体製品には、ドキソルビシン脂質体、ダウノルビシン脂質体がある。また、中国において、中国国家薬品監督管理局の許可を得た脂質体製品には、アンフォテリシン脂質体、パクリタキセル脂質体が含まれている。しかしながら、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質脂質体にも多くの欠点が存在している。例えば、薬物が内水相中に包み込まれており、薬物が脂質体から釈放されないと、効果を発揮できない;脂質体の最小極限粒径が50nmであり、一般的に脂質体の細胞内への進入が融合と内呑メカニズムによりなされるので、薬物が脂質体に包み込まれた後では、その細胞傷害作用が遊離の薬物より弱い;脂質体の製造過程が複雑で、多種類の脂質成分の複合(少なくとも二種類の脂質成分)が必要であるので、粒径制限に対して特殊なデバイスと装置が必要である;貯蔵過程において凝集しやすい等が挙げられる。
【0004】
水の中で、両親媒性分子の濃度が臨界ミセル濃度を超えると、自発的に集積しミセルとなる。このような性質を利用し、薬物をミセルの疎水核の中に包み込む。薬物のミセル製剤は早くから臨床治療の実践に用いられてきた。例えば、デオキシコール酸ナトリウムがアンフォテリシンBの可溶化に用いられる等、が挙げられる。Kunらは、「ポリマー・ミセル:新規な一種の薬物担体」というタイトルで文章を発表している。当該文章中にはミセルの薬物担体への応用(Adv. Drug. Del. Rev., 21:107-116, 1976)が記述されている。最近、ポリマー・ミセルは、緩慢放出性、ターゲッティング性、長期循環性を有する薬物担体として注目を集めており、ドラッグ・デリバリー・システム研究のホットスポットとなっている。Yokoyamaらは、ミセルを形成可能なポリマーで抗腫瘍物質を包み込み、その抗充実性癌活性と細胞傷害性、及びその血液中の長期循環性(Cancer res. 51:3229-3236(1991))について検討しており、ポリエチレングリコール−リン脂質で修飾された脂質体が動物中及び人体中で長期循環性を有し、かつ、それが安全に臨床治療に用いられることを証明した(Gregoriadis、G.. TIBTECH、13:527−537,1995)。ポリエチレングリコール−リン脂質ミセルが難溶性薬物の担体として使用されることが研究者によって詳しくまとめられている(Torchilin、V. P. J. controlled Release、73:137−172)。
【0005】
ポリエチレングリコール(polyethylene glycol、PEG)は、生理条件下で安定的に存在できる水溶性ポリマーである。その空間構造が血漿タンパク質の接近を阻止できることから、それはリン脂質、タンパク質類薬物の性質を改変する用途に広く用いられてきた。微粒子投薬システムにおいて、PEGは、微粒子の表面に親水性の保護層を形成して微粒子の集積を防止し、体内における細網内皮系に識別・貪食されることを回避することができる。したがって、薬物の血液循環における滞留時間を延長して、長期循環の目的を達する。
【0006】
リン脂質のPEG誘導体から調製されたナノミセルは、一般的なナノ微粒子の利点を有するだけではない;即ち粒径が小く、基本的に10nm〜50nmの範囲にあると、動力学的に安定な系である。それは、一面では脂質体などのほかの微粒子投薬系が塊に集積しやすい欠点を回避しているが、他方、それは、より病変部位に深く入りやすく、薬物の分布を向上し、薬物の腫瘍組織へのターゲッティング性を高めている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤を提供することを目的とする。該ナノミセル製剤は、動力学的に安定な系であり、良い安定性を有し、体内でのターゲッティング作用を有し、薬物の腫瘍組織における分布を増加するので、治療効果を向上させ、毒性を低下させることができる。
さらに本発明は、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤を提供するものであって、該ナノミセル製剤は、治療有効量のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体、及び医薬上許容されるアジュバントを含んでいる。
一の実施形態において、リン脂質のポリエチレングリコール(PEG)誘導体を主要なアジュバントとし、適当な製法を採用して生成される、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤を提供するものであって、該ナノミセル製剤は、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体、及び医薬上許容されるアジュバントを含んでいる。
本発明によれば、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質とリン脂質のポリエチレングリコール誘導体のモル比は1:0.5〜1:10であり、好ましくは1:1〜1:3である。
【0010】
本発明において、前記のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質は、ドキソルビシン、ダウノルビシン、エピルビシン、ピラルビシン、アクラシノマイシンからなる群から選ばれた1種又は複数の薬物である。
一の実施形態において、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体は、ポリエチレングリコール分子が共有結合でリン脂質分子中の窒素含有塩基と結合してなるものである。
【0011】
もう一つ別の実施形態において、本発明のリン脂質は、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体であり、その構造中、リン脂質部分の脂肪酸に含まれる炭素数が10〜24個であり、好ましいのは、12、14、16、18、20、22、24個の炭素原子である。脂肪酸鎖は飽和であっても良いし、部分飽和であっても良い。特に指摘しておきたいのは、脂肪酸がラウリン酸(炭素数12)、ミリスチン酸(炭素数14)、パルミチン酸(炭素数16)、ステアリン酸又はオレイン酸又はリノール酸(炭素数18)、アラキン酸(炭素数20)、ベヘン酸(炭素数22)、リグノセリン酸(炭素数24)である。
【0012】
さらにもう一つ別の実施形態において、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体は、そのリン脂質部分がホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルセリン(PS)、ジホスファチジルグリセロール、アセタールホスファチド、リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)等であっても良い。
【0013】
もう一つ別の形態において、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体におけるリン脂質がホスファチジルエタノールアミンであることが好ましく、特にジステアリルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミンであることが好ましい。
【0014】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体は、そのポリエチレングリコールの分子量範囲が200〜20000(ポリエチレングリコール長鎖上のエトキシ基の数と関係がある)であり、好ましいポリエチレングリコールの分子量範囲が500〜10000であり、より好ましい範囲が1000〜10000(エトキシ基の数が22〜220である)であり、最も好ましいポリエチレングリコール分子量が2000である。
【0015】
本発明の一つの好ましい実施形態によれば、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体はポリエチレングリコール2000誘導化ジステアリルホスファチジルエタノールアミンである。
本発明に係るアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤は、必要に応じて、溶液形態であっても良いし、凍結乾燥形態であっても良い。
【0016】
本発明のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤において、ミセルの粒径の範囲が5〜100nmであり、好ましくは10nm〜50nmであり、最も好ましくは10nm〜20nmである。アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質の用量が1mg/ml〜10mg/mlであり、好ましくは1mg/ml〜3mg/mlである。リン脂質のポリエチレングリコール誘導体の用量が1mg/ml〜500mg/mlであり、好ましくは10mg/ml〜30mg/mlである。
さらにもう一つ別の態様において、前記リン脂質のポリエチレングリコール誘導体は、ポリエチレングリコール分子が共有結合でリン脂質分子と結合してなるものである。
【0017】
本発明に係るアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤は、リン脂質のPEG誘導体を担体として、又は他のリン脂質と併用することで、一定の製剤学手段により、既に形成されたナノミセル中に治療量のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を包み込み、必要に応じ、一定の酸化防止剤、浸透圧調節剤、pH調節剤を添加してもよい。
【0018】
さらにもう一つ別の態様において、ミセル製剤は、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、両親媒性分子、及び医薬上許容される酸化防止剤、浸透圧調節剤、pH調節剤を含んでいる。前記の両親媒性分子がリン脂質のポリエチレングリコール誘導体と他のリン脂質である。他のリン脂質材料として、ホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロール、大豆レシチン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ヒドロレシチン等が挙げられる。
【0019】
本発明のミセル製剤において、リン脂質のPEG誘導体はリン脂質の合計に対して、そのモル比の範囲が20%〜100%であり、好ましくは6 0%〜100%である。
ミセルの最終製剤は溶液の形態であっても良く、それは1mg/ml〜10mg/mlのアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質と1mg/ml〜500mg/mlの総リン脂質を含んでいる。他の添加剤の濃度は0.01%〜5%である。
【0020】
ミセルの最終製剤は凍結乾燥粉末の形態であっても良く、それは0.02重量%〜50重量%のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、50重量%〜95重量%の総リン脂質、及び10重量%〜90重量%の他の添加剤を含んでいる。
アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、リン脂質は皆酸化されやすいので、必要に応じて、本発明に係るアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のミセル製剤はさらに酸化防止剤を含み、酸化防止剤としては、例えば、水溶性酸化防止剤(アスコルビン酸、亜硫酸水素ナトリウム、EDTA、使用量範囲0.01重量%〜1.0重量%)と脂溶性酸化防止剤(トコフェロール、BHA、没食子酸プロピル、使用量範囲0.01重量%〜1.0重量%)が挙げられる。
【0021】
必要に応じて、本発明のミセル製剤にpH調節剤(各種類の緩衝系として、例えば、クエン酸−クエン酸ナトリウム、酢酸−酢酸ナトリウム、リン酸塩など)を添加しても良い。その使用量範囲は1mM〜100mMであり、薬液のpH値を3.0〜8.0に調節する。その最適なpH値範囲は6〜7.5である。
必要に応じて、本発明のミセル製剤に浸透圧調節剤(塩化ナトリウム、グルコース、マンニトール)を添加しても良い。前記の浸透圧調節剤とは、等張を調節するための、薬学上に許容される各種の塩と炭水化物を意味し、それが浸透圧を人体と等張又はやや高張(人体液の浸透圧範囲290〜310mmol/L)に調節する。
【0022】
本発明はさらには、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤の製造方法であって、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体から形成されたナノミセル中にアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を包み込んで、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤を製造する方法を提供する。
【0023】
一の個々の実施形態において、本発明のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤の製造方法は、以下の工程を含んでいる:
(1)アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質とリン脂質のポリエチレングリコール誘導体を有機溶媒に溶解させる;
(2)有機溶媒を除去し、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を含むポリマー脂膜を製造・取得する;
(3)前記(2)で得られたポリマー脂膜中に水又は緩衝溶液を加え、25℃〜60℃下で水和させる;
(4)振盪攪拌又は超音波処理により、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を包み込んだリン脂質のポリエチレングリコール誘導体ナノミセルを得る。
【0024】
本発明の方法の工程(1)における有機溶媒は、メタノール、エタノール、クロロホルム、又はそれらの混合物である。
本発明の方法の工程(2)において、減圧により及び/又は真空条件下で有機溶媒を除去する。
本発明の方法の工程(3)における緩衝溶液は、クエン酸又はリン酸緩衝溶液である。
【0025】
本発明の方法の工程(3)において、25℃〜60℃、好ましくは35℃〜45℃の水浴中で1〜2時間水和を行う。
本発明の方法の工程(4)において、振盪攪拌又は超音波処理は1〜5分間行う。
【0026】
一の実施形態において、本発明の方法は、得られたミセル溶液のpH値をpH調節剤で3.0〜8.0、好ましく6.5〜7.4に調節することをさらに含む。
もう一つ別の実施形態において、本発明の方法は、得られたミセル溶液を凍結・乾燥し、凍結乾燥の形態の製剤を製造することをさらに含む。
【0027】
具体的には、本発明に係るミセル製剤は、以下の製造方法により製造してなる:アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体、及び脂溶性添加剤を有機溶媒に溶解し、茄子状瓶に入れ、ロータリーエバポレータにより有機溶媒を揮発させ、茄子状瓶の表面に薄く均一なポリマー脂膜を形成し、水溶性添加剤(水溶性酸化防止剤、浸透圧調節剤、pH調節剤)を水に溶解し、該水溶液を茄子状瓶に入れ、振蕩・水和し、0.22μmのミリポアフィルターを通過させて、ろ過・除菌し、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のミセル製剤を製造する。形成されたナノミセルの粒径は10〜50nmの範囲にあり、好ましくは10〜30nmの範囲にある。必要に応じ,懸濁液形態であっても良いし、凍結乾燥形態であっても良い。
【0028】
本発明の内容のより良く理解することを目的として、以下に専門用語を説明しておく。
【0029】
「ミセル」:両親媒性分子の水溶液における濃度が臨界ミセル濃度(CMC)を超えると、自発的に集合してミセルを形成する。ミセルの構造は脂質体と異なり、脂質二重層の構造特徴を有していない。一般的には、ミセルの構造は、その疎水部分が内方を向いて疎水核を形成し、親水部分が外方を向いて親水表面を形成している。ミセル粒径は小さく、その平均粒径は10〜20nm程度である。それ故、それは熱力学的な安定系だけではなく、動力学的にも安定な系である。又、ミセル粒子は集積・層化しにくく、包み込み容量が大である、即ち、低濃度でも比較的多量の薬物を包み込むことができる。
【0030】
「リン脂質」:その分子構造は脂肪に似ているが、これはそのグリセロール分子上に二つの脂肪酸のみを結合しており、三個目の水酸基がリン酸と結合してエステルになっている。リン脂質はこのような構造により両親媒性分子となって、そのリン酸又はリン酸エステル端が極性を有し、水と親和しやすく、リン脂質分子の親水性頭部を構成するが、その脂肪酸端が非極性であり、水と親和せず、リン脂質分子の疎水性尾部を構成する。本発明に係るリン脂質は、主にリン脂質のポリエチレングリコール誘導体である。本発明において、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体は他のリン脂質と併用されても良い。
【0031】
「治療上有効量」:アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質が治療効果を産生する用量を意味する。本発明によれば、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質の単位用量は5〜100mgであり、好ましい単位用量は10〜20mgであり、最も好ましい単位用量は20mgである。その用量は、各個別個体の需要に応じて調整される。
【0032】
本発明のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤は、リン脂質のポリエチレングリコール(PEG)誘導体を主要基質とし、ナノミセルが体内の細網内皮系に貪食されることを防止し、ナノミセルの血液循環における滞留時間を延長し、同時に薬物の体内分布の動力学特性を改変し、さらに治療効果を増強し、毒性を低下させることができる。
【0033】
前述の通り、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質には、用量依存性の重篤な急性毒性が存在しており、腫瘍組織に対する選択性が乏しい。体内に通常のアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質注射液を注入してから、薬物が心臓組織に蓄積して、重篤な不可逆性心臓損傷を引き起こしている。アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質の副作用は、臨床上、それで腫瘍の長期繰り返し治療を行うことを厳しく制限している。アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質脂質体は、薬物の心臓における蓄積を減少し、薬物の腫瘍組織における分布を増加し、それによって用量依存性の急性毒性を軽減し、臨床上、各種の腫瘍を治療するための許可が得られており、良い治療効果を獲得している。しかしながら、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質脂質体にも多くの欠点が存在している。例えば、薬物が内水相中に包み込まれており、脂質体から釈放されないと、効果を発揮できない;脂質体の最小極限粒径が50nmであり、一般的に脂質体の細胞への進入は融合と呑食メカニズムにより完成されるので、薬物が脂質体に包み込まれた後では、その細胞傷害作用が遊離の薬物より弱い;脂質体の製造過程が複雑で、多種類の脂質成分の複合(少なくとも二種類の脂質成分)が必要であるので、粒径制限に対して特殊なデバイスと装置が必要である;貯蔵過程において凝集しやすい等、が挙げられる。
【0034】
前記製剤の欠点を克服するために、本発明ではリン脂質のポリエチレングリコール誘導体を主要担体とし、又は他のリン脂質を併用することによって、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のミセル製剤を製造する。その薬物の包み込み率は90%以上になる。本発明の主要な技術的優位は、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体が水溶液の中で極めて均一な粒径を有するナノミセルを自動的に形成できることを利用することにある。ナノミセルの粒径は10〜30nmの範囲にある。
【0035】
ミセルにおいて、ポリエチレングリコール分子が薬物を包み込んだ疎水核外に親水性保護層を形成し、薬物が血液中の酵素などのタンパク質分子と接触すること、及び体内の細網内皮系に識別・貪食されることを防止し、ミセルの体内における循環時間を延長する。薬物がミセルの疎水核中に包み込まれているので、薬物が外部要素(水、酸素、光)にて破壊されることを防止し、薬物の保存過程における安定性を大幅に向上する。その外、ミセル製剤が薬物の体内分布の動力学特性を改変し、腫瘍組織における薬物分布を増加し、さらに治療効果を増強し、毒性を低下させることができる。
【実施例】
【0036】
以下の実施例は本発明をさらに詳しく説明することが目的であり、本発明の範囲を制限するものではない。
実施例1:アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤の調製
その処方を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
調製工程:前記処方の比率に従って秤量されたADM、DNR 、EPI、THP-ADM、ACMを、エタノール中に溶解させた(1-5mg/ml)。これとは別にポリエチレングリコール2000ジステアリルホスファチジルエタノールアミン(PEG2000-DSPE)を秤量して、それを適量のクロロホルムに溶解させ、100mlの茄子状瓶に入れ、ロータリーエバポレータにて有機溶媒を揮発させ、茄子状瓶の表面に薄く均一なリン脂質膜を形成させた。リン酸緩衝溶液を茄子状瓶に添加し、37℃で1時間振蕩・水和し、窒素ガスの保護下、0.22μmのミリポーアフィルターを通過させてろ過・除菌し、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のミセル製剤を製造した。得られたサンプルは、外観がタンゲリン色の外観を呈した透明懸濁液であり、その平均粒径は15nmで、粒径分布は10nm〜20nmの間にあり、包み込み率は90%を超えていた。
【0039】
実施例2:ADM-PEG2000-DSPEミセルの包み込み効率
その処方を表2に示す。
【表2】

【0040】
調製工程:前記処方における脂質・薬物比率に従って、ADMを秤量し、それをエタノール中に溶解させ(2mg/ml)、PEG2000-DSPEを秤量して、それを適量のクロロホルムに溶解させ、100mlの茄子状瓶に入れ、ロータリーエバポレータにより全ての有機溶媒を除去し、茄子状瓶の表面に薄く均一なリン脂質膜を形成させていた。リン酸緩衝溶液を茄子状瓶に添加し、37℃下で1時間振蕩・水和し、窒素ガスの保護下、0.22μmのミリポーアフィルターを通過させてろ過・除菌し、静脈注射可能なドキソルビシン・ミセル製剤を製造した。得られたサンプルは、タンゲリン色の外観を呈した透明溶液であり、その平均粒径は15nmで、粒径分布は10nm〜20nmの間にあった。
【0041】
実施例3:ダウノルビシン・ミセル製剤の調製
その処方を表3に示す。
【表3】

【0042】
調製工程:前記処方に従ってDNRを秤量し、それをエタノール中に溶解させ(2mg/ml)、PEG2000-DPPE、ホスファチジルグリセロール(PG)、ビタミンE(VE)を秤量して、それらを適量のクロロホルムに溶解させ、100mlの茄子状瓶に入れ、ロータリーエバポレータにより全ての有機溶媒を除去し、茄子状瓶の表面に薄く均一なリン脂質膜を形成させた。EDTA含有水溶液を茄子状瓶に添加し、窒素ガスの保護下、37℃で1時間振蕩・水和し、0.22μmのミリポーアフィルターを通過させてろ過・除菌し、静脈注射可能なダウノルビシン・ミセル製剤を製造した。得られたサンプルは、タンゲリン色の外観を呈した透明懸濁液であり、その平均粒径は15nmで、粒径分布は10.0nm〜20nmの間にあり、包み込み率は90%を超えていた。前記ミセル溶液を凍結乾燥して凍結乾燥粉を得た。
【0043】
実施例4:ドキソルビシン・ミセル製剤の体外細胞傷害性試験
体外細胞傷害性試験と体内腫瘍生長抑制試験を採用して、本発明で調製されたアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤の抗腫瘍効果を検証した。
96ウェルの板にA549細胞を接種し(8.0×103個/各ウェル)、オーバーナイトで培養した。そして培地を洗浄・除去した後、ドキソルビシン濃度が異なる以下のサンプルをそれぞれ5μlずつ添加した(三つの二重ウェルに一種類のサンプルずつ添加)。前記サンプルは、遊離ドキソルビシンとポリエチレングリコールジステアリルホスファチジルエタノールアミン・ミセルに包み込まられたドキソルビシンである。各ウェルに10%胎牛血清を含む培地100μlを添加し、37℃、5%CO2の培養器で、引き続き24h、48h培養した。設定された各時刻に細胞を取り出し、各ウェルに20μlの MTT(5mg/ml)を添加し、再び4h培養した後、各ウェルに150μlのDMSOを添加して溶解し、酵素標識機に置き、波長590nmの光でその最大吸光度を測定し、各濃度群生長曲線をプロットした。その結果を図1に示した。
【0044】
実施例5:ドキソルビシン・ミセル製剤の体内腫瘍生長抑制試験
良好に生長していたLewis肺癌のマウスを脱臼死させ、ヨードチンキで皮膚を消毒し、75%のエタノールで脱ヨウ素し、腫瘍を剥離し、無菌の生理食塩水中に置き、研磨し、各マウスの背中皮下に0.2mlを接種した。腫瘍にかかったマウスを無作為に三つの群に分けた(10匹/群)。第1群が塩酸ドキソルビシン溶液(5mg/ml)群である。第二群がドキソルビシン・ナノミセル(5mg/ml)群であり、そのドキソルビシンとポリエチレングリコール2000ジステアリルホスファチジルエタノールアミンのモル比が1:2で、その投与量が5.0mg/kgである。第三群が生理食塩水対照群で、生理食塩水の投与量が0.2ml/匹である。腫瘍接種後第3日目に、尾静脈に一回投薬した。投薬した後、腫瘍の体積とマウスの体重を毎日測定した。投薬後第15日目にマウスを殺し、腫瘍を剥離し秤量した。その結果を図2に示した。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ドキソルビシン・ミセル製剤の体外細胞傷害性試験結果を示す。
【図2】ドキソルビシン・ミセル製剤の体内腫瘍生長抑制試験結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質、リン脂質のポリエチレングリコール誘導体、及び医薬上許容されるアジュバントを一緒に含む、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤。
【請求項2】
アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質とリン脂質のポリエチレングリコール誘導体のモル比が1:0.5〜1:10であり、好ましくは1:1〜1:3である、請求項1に記載のミセル製剤。
【請求項3】
アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質がアドリアマイシン、ダウノルビシン、エピアドリアマイシン、ピラルビシン、アクラシノマイシンからなる群から選ばれた1種又は複数の薬物である、請求項1に記載のミセル製剤。
【請求項4】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体が、ポリエチレングリコール分子が共有結合でリン脂質分子にある窒素含有塩基と結合して形成される、請求項1に記載のミセル製剤。
【請求項5】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体中、リン脂質部分の脂肪酸が10〜24個の炭素原子を含み、脂肪酸鎖が飽和又は部分飽和であり、脂肪酸がラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、アラキン酸、ベヘン酸またはリグノセリン酸である、請求項4に記載のミセル製剤。
【請求項6】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体におけるリン脂質がホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、ジホスファチジルグリセロール、アセタールホスファチド、リゾホスファチジルコリン、又はリゾホスファチジルエタノールアミンである、請求項4に記載のミセル製剤。
【請求項7】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体におけるリン脂質がジステアリルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミンである、請求項6に記載のミセル製剤。
【請求項8】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体におけるポリエチレングリコールが、200〜20000ダルトン、好ましくは500〜10000ダルトン、より好ましくは1000〜10000ダルトン、最も好ましくは2000ダルトンの分子量を有する、請求項4に記載のミセル製剤。
【請求項9】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体がポリエチレングリコール2000誘導化ジステアリルホスファチジルエタノールアミンである、請求項4に記載のミセル製剤。
【請求項10】
ミセル製剤は、懸濁液又は凍結乾燥の形態である、請求項1に記載のミセル製剤。
【請求項11】
医薬上許容されるアジュバントが医薬上許容される酸化防止剤、浸透圧調節剤、またはpH調節剤である、請求項1に記載のミセル製剤。
【請求項12】
pH調節剤がクエン酸−クエン酸ナトリウム、酢酸−酢酸ナトリウム、リン酸塩、又はそれらの組み合わせである、請求項11に記載のミセル製剤。
【請求項13】
リン脂質のポリエチレングリコール誘導体から形成されたナノミセル中にアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を包み込んで、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤を製造することを含む、請求項1に記載の、静脈注射可能なアンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質のナノミセル製剤の製造方法。
【請求項14】
以下の工程を有する、請求項13に記載の方法:
(1)アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質とリン脂質のポリエチレングリコール誘導体を有機溶媒に溶解させる;
(2)有機溶媒を除去し、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を含むポリマー脂膜を製造・取得する;
(3)工程(2)で得られたポリマー脂膜中に水又は緩衝溶液を加え、25℃〜60℃の下で水和させる;
(4)振盪攪拌又は超音波処理により、アンスラサイクリン系抗腫瘍抗生物質を包み込んだリン脂質のポリエチレングリコール誘導体ナノミセルを得る。
【請求項15】
工程(1)における有機溶媒がメタノール、エタノール、クロロホルム、又はそれらの混合物である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
工程(2)において、減圧下又は真空条件下で有機溶媒を除去する、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
工程(3)における緩衝溶液がクエン酸又はリン酸緩衝溶液である、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
工程(3)の水和を、25℃〜60℃、好ましく35℃〜45℃の温度の水浴中にて1〜2時間行う、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
工程(4)の振盪攪拌又は超音波処理を1〜5分間行う、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
得られたミセル溶液のpH値をpH調節剤で3.0〜8.0、好ましく6.5〜7.4に調節することをさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項21】
得られたミセル懸濁液を凍結・乾燥し、凍結乾燥の形態の製剤を製造することをさらに含む、請求項13に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2008−534525(P2008−534525A)
【公表日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−503348(P2008−503348)
【出願日】平成17年6月24日(2005.6.24)
【国際出願番号】PCT/CN2005/000919
【国際公開番号】WO2006/102800
【国際公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(302037630)中国科学院生物物理研究所 (3)
【Fターム(参考)】