説明

リン酸エステル系重合体の製造方法

【課題】水硬性組成物に対して、優れた分散効果、粘性低減効果を付与できる水硬性組成物用分散剤を、工業的に実用性のあるレベルで再現性良く安定に製造できる方法を提供する。
【解決手段】ポリオキシアルキレン基を有する特定の単量体1とリン酸モノエステル系単量体2とリン酸ジエステル系単量体3とを10〜50℃の温度で混合して混合溶液を調製する混合工程、ならびに単量体1〜3を、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、ホスホン酸系キレート剤の存在下、pH7以下で共重合する共重合工程を有し、混合工程の後72時間以内に共重合工程を開始し、且つ共重合工程を開始するまでの間、前記混合溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持するリン酸エステル系重合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸エステル系重合体の製造方法及び水硬性組成物用分散剤の製造方法に関する。更に本発明は、リン酸エステル系重合体、それを含有する水硬性組成物用分散剤及びさらにそれを含有する水硬性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
水硬性組成物用混和剤の中で、流動性付与効果の大きい高性能減水剤と呼ばれているものがある。その代表的なものに、ナフタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物塩(ナフタレン系)、メラミンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物塩(メラミン系)、ポリオキシアルキレン鎖を有するポリカルボン酸系等がある。
【0003】
近年、代表的な水硬性組成物であるコンクリートの高耐久化指向が強まってきており、例えば、コンクリートに使用される水量を低減して高強度化することが行われており、この傾向は今後も増加するものと予測される。水量を低減するのに減水性と流動保持性に優れるポリカルボン酸系減水剤を使用することが主流となっている。しかし、水量の低減に伴い、フレッシュ・コンクリート粘性(以下、コンクリート粘性ともいう)が増加し、ポンプ圧送、打ち込み、型枠への充填といった作業性、施工性が低下するという問題もある。この粘性増大の問題については、ポリカルボン酸系減水剤でもまだ十分解決されておらず、よりコンクリート粘性低減効果の高い添加剤が望まれている。
【0004】
また、特許文献1には、水の配合比にかかわらず優れた流動特性と高い分散効果と早い凝結性を発現できるセメント用分散剤を得るために、ポリアルキレングリコール鎖を有するモノエステル又はモノエーテルと、不飽和結合及び燐酸基を有する単量体との重合物を用いることを提案している。
【0005】
溶媒の存在下でのラジカル重合反応によるセメント分散剤の製造方法は、例えば特許文献2には、ポリアルキレングリコール(メタ)アクリレート及び/又はポリアルキレングリコール(メタ)アリルエーテルと(メタ)アクリル酸及び/又はマレイン酸とを、溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgの重合溶媒を用いて反応させることによって製造された共重合が開示される。
【0006】
また、特許文献3には、ホスホン酸系キレート剤の存在下で、ポリアルキレングリコール系単量体と、カルボン酸系単量体を含有する単量体とを共重合反応させるセメント分散剤の製造方法が開示されている。
【0007】
ポリカルボン酸系分散剤などのように共重合反応で得られる水硬性組成物用分散剤は、得られる重合体の組成比(モル比)が同じであっても分子量が異なるだけで、得られる性能に大きな影響を及ぼすことがある。実験室レベルでの分子量の調整は、連鎖移動剤の種類や量、重合開始剤の種類や量により制御可能であるが、工業的にみると不確定要素が多く、分子量の振れが大きくなる傾向にある。
【0008】
またポリカルボン酸系重合体の製造において、水溶性チオール化合物を連鎖移動剤として用いると、悪臭の残存する場合が多く、貯蔵中にも腐敗等を起こし易く、これらを防止するためには煩雑な精製が必要である。
【0009】
従来の水硬性組成物用混和剤は、使用されるまでに貯蔵槽で貯蔵されることが多い。貯蔵槽に水硬性組成物用混和剤のような有機物が停滞すると次第に嫌気性条件となり、嫌気性菌が多量に生育し、貯蔵槽を汚染し腐敗臭を発生する。さらにポリカルボン酸系減水剤のような共重合体では、その反応工程で連鎖移動剤が用いられることが多く、水溶性チオール化合物を連鎖移動剤として用いると、悪臭の残存する場合が多く、貯蔵中にも腐敗等を起こし易く、これらを防止するためには煩雑な精製が必要である。特許文献4には、変質防止剤や硫化水素発生防止剤が提案されている。
【特許文献1】特開2000−327386号公報
【特許文献2】特開2001−146447号公報
【特許文献3】特開2001−146450号公報
【特許文献4】特開2003−12357号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献2、特許文献3の方法は、何れも、いわゆるポリカルボン酸系の重合体に関する技術であり、また、水硬性粉体を含む水硬性組成物に対して、優れた分散効果あるいは粘性低減効果、更にこれら両方の優れた効果を付与でき、性能の良好な水硬性組成物用分散剤に使用できるリン酸エステル系重合体を、工業的に実用性のあるレベルで再現性よく安定(製造ロットによる分子量変動が少ない等)に製造できる方法について何ら言及していない。
【0011】
本発明は、水硬性粉体を含む水硬性組成物に対して、優れた分散効果、粘性低減効果を付与でき、性能の良好な水硬性組成物用分散剤となる共重合体を、工業的に実用性のあるレベルで再現性よく安定(製造ロットによる分子量変動が少ない等)に製造できる方法を提供することである。
【0012】
本発明はさらに貯蔵中に腐敗することなく安定に貯蔵できる共重合体を製造できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、下記一般式(1)で表される単量体1と、下記一般式(2)で表される単量体2および下記一般式(3)で表される単量体3とを含む混合溶液を調整する混合工程ならびに単量体1、単量体2および単量体3を共重合する共重合工程を含むリン酸エステル系重合体の製造方法であって、混合工程は単量体1、2および3を10〜50℃の温度で混合する工程であり、共重合工程は25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、ホスホン酸系キレート剤の存在下、pH7以下で共重合する工程であり、混合工程の後72時間以内に共重合工程を開始し、且つ共重合工程を開始するまでの間、前記混合溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持するリン酸エステル系重合体の製造方法である。
【0014】
【化5】

【0015】
〔式中、R1、R2は、それぞれ水素原子又はメチル基、R3は水素原子又は-COO(AO)nX、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基又はオキシスチレン基、nはAOの平均付加モル数であり、3〜200の数、Xは水素原子又は炭素数1〜18のアルキル基を表す。〕
【0016】
【化6】

【0017】
〔式中、R4は水素原子又はメチル基、R5は炭素数2〜12のアルキレン基、m1は1〜30の数、Mは水素原子、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を表す。〕
【0018】
【化7】

【0019】
〔式中、R6、R8は、それぞれ水素原子又はメチル基、R7、R9は、それぞれ炭素数2〜12のアルキレン基、m2、m3は、それぞれ1〜30の数、Mは水素原子、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を表す。〕
【0020】
なお、一般式(2)のR5および一般式(3)のR7、R9は炭素数2〜12のアルキレン基であり、トリメチレン基、テトラメチレン基等のポリメチレン基を含む。
【0021】
また、本発明は、上記本発明の製造方法によって得られたリン酸エステル系重合体を含有する水硬性組成物分散剤に関する。更に、本発明は、上記本発明の製造方法によって得られたリン酸エステル系重合体、水硬性粉体ならびに水を含む水硬性組成物に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ジエステル体の多いリン酸エステルを含む単量体を用いた場合でも、架橋による高分子量化や性能低下を抑制できる水硬性組成物用の分散剤として好適なリン酸エステル系重合体を再現性良く安定に製造できる方法が提供される。しかも、本発明の製造方法では、リン酸エステル系重合体の水硬性組成物用分散剤としての特性を損なうこともない。本発明の製造方法により得られたリン酸エステル系重合体を含有する分散剤は、水硬性粉体を含む水硬性組成物に対して、優れた分散効果、粘性低減効果を付与でき、性能が良好である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明者等は、本発明の課題の一つである水硬性組成物の粘性低減に、特定のリン酸エステル由来の重合体が有用であることを見出した。更に、かかる重合体を得るための工業化に適した製造方法を見出した。
【0024】
以下、単量体1〜3を用いたリン酸エステル系重合体の製造方法について説明する。
【0025】
本発明の製造方法では上記単量体1と、リン酸エステル単量体である単量体2と単量体3とを25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、pH7以下で共重合する〔以下、これらをまとめて要件(I)という〕。
また、本発明の製造方法では上記単量体1と、リン酸エステル単量体である単量体2と単量体3とをホスホン酸系キレート剤の存在下で共重合する〔以下、要件(II)という〕。
また、本発明の製造方法では、上記単量体1と、上記単量体2と、上記単量体3とを含む混合溶液を用いるが、前記混合溶液は、単量体1〜3を10〜50℃の温度で混合して得られたものであり、単量体1〜3の混合後72時間以内に重合を開始し、且つ重合を開始するまでの間、前記混合溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持する〔以下、これらをまとめて要件(III)という〕。
【0026】
本発明の製造方法は、上記の要件(I)〜(III)の要件を全て満たすものである。
【0027】
工業的には、通常、リン酸エステル単量体は、モノエステル体(単量体2)とジエステル体(単量体3)を含む混合物として入手される。このうち、ジエステル体は架橋により高分子量化(ゲル化)しやすいため、その性質を利用した分野、例えば増粘剤、接着剤、被覆剤等の用途では、このような混合物を製造上の制限をあまり受けることなく好適に使用できる。一方、水硬性組成物用の混和剤(分散剤、減水剤等)では、リン酸基を含む共重合体は水硬性物質に対する吸着力に優れるため好ましいが、高分子量化すると分散性や粘性低減化効果が低下し、取り扱い性の点でも好ましくない。しかしながら、水硬性組成物の用途や経済的な性質からして、かかるリン酸エステルの混合物からモノエステル体とジエステル体とを分離して原料とすることは工業的に不利である。
【0028】
単量体3を含有する単量体原料は、一般にゲル化が著しいと予想されるため、通常は水硬性組成物用分散剤のための重合体の製造原料としては適さないと考えられる。しかし、本発明の製造方法では、要件(I)〜(III)を全て具備することで、単量体3によるゲル化がよりいっそう抑制され、水硬性組成物用分散剤として好適なリン酸エステル系重合体を、例えば、単量体重量の合計が10トンを超える大きなスケールの製造においても再現性よく安定的に工業的に実用性のあるレベルで製造することができる。
【0029】
前記の要件(I)〜(III)の要件を満たす本発明の製造方法により、ジエステル体を含む原料を用いても架橋(高分子量化、ゲル化)の発生なく重合体を再現性良く安定に製造でき、しかもリン酸エステル系重合体の水硬性組成物用分散剤としての優れた性能を維持できるため、この製造方法は水硬性組成物の分野では極めて有利である。
【0030】
本発明の要件(I)は、上記一般式(1)で表される単量体1と、上記一般式(2)で表される単量体2と、上記一般式(3)で表される単量体3とを、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、pH7以下で共重合することを規定するものである。
【0031】
すなわち、本発明の製造方法では、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kg、好ましくは0.05〜2.5mg/kgである重合溶媒を反応開始時に用いる。ここで、溶存酸素濃度は、蛍光式酸素計(FO-960:株式会社A.S.R製)により25℃において測定されたものをいう。なお、重合溶媒に単量体を添加後、窒素置換等を行う場合には、単量体をも含んだ系の溶存酸素濃度とする。なお、水系溶液とは、水もしくは水を50重量%以上含有する溶液であり、水と均一に混合し得るメタノール、イソプロパノール等の低級アルコールやアセトン、メチルエチルケトン等のケトン類が混合されていても良い。
【0032】
重合溶媒の溶存酸素濃度の調整は、重合反応槽で行ってもよく、予め溶存酸素量を調整したものを用いてもよく、これらの場合は、撹拌下窒素を十分に流通させる、減圧と窒素置換とを十分に繰り返す、等の方法により行うことができる。運転効率の点より、重合溶媒を重合槽に移送する配管内で窒素を混合して溶存酸素濃度を調整するのが好ましく、特に配管の途中に静止型混合機を設置するのが好ましい。この静止型混合機としては、ニュースタティックミキサー(東京日進ジャバラ株式会社製)、ラモンドスーパーミキサー(環境科学工業株式会社製)、ノリタケスタティックミキサー(株式会社ノリタケリミテド製)等の市販のものを用いることができる。
【0033】
重合反応が完了するまで、窒素置換等により25℃に相当する溶存酸素濃度を0.01〜4.0mg/kgに維持することが好ましい。
【0034】
本発明の製造方法では、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgの重合溶媒を用いて反応を開始し、反応中もこの溶存酸素濃度を維持するために不活性ガス雰囲気下、例えば窒素雰囲気下で反応を行うことが好ましい。また、反応前の雰囲気を不活性ガスで置換することが好ましい。不活性ガスとして窒素ガスを用いる場合、反応中に窒素ガスを気相部1Lあたり0.01〜0.3L/hrの割合で反応槽に導入することで、重合溶媒中の溶存酸素濃度が前記範囲に維持される。このような操作は、ジエステル体を含む原料を用いても架橋(高分子量化、ゲル化)の発生が抑制され、しかもリン酸エステル系重合体の水硬性組成物用分散剤としての優れた性能を維持できるという、本発明の製造方法においてより好ましいものである。
【0035】
なお、反応中の重合溶媒中の溶存酸素濃度は、上記のような不活性ガスの導入下であれば反応開始時とほぼ同じになるため特段の検知は不要であるが、適切な測定手段により反応中の重合溶媒の溶存酸素濃度を直接測定することも可能である。例えば、耐酸性の溶存酸素計電極を備えた装置であれば、本発明のpH領域でも反応中の重合溶媒の溶存酸素濃度を測定することができる。
【0036】
要件(II)は、上記一般式(1)で表される単量体1と、上記一般式(2)で表される単量体2と、上記一般式(3)で表される単量体3とを、ホスホン酸系キレート剤の存在下で共重合することを規定するものである。
【0037】
工業的な重合体の製造方法において、重合反応系中に遷移金属イオン(鉄イオン等)が混入すると、錯体を経由して重合が開始され、重合が進行し、分子量に変動が生じる。遷移金属イオン(鉄イオン)の混入は、単量体原料由来、希釈水由来、または原料貯槽タンク、反応槽、配管の腐食由来などが考えられるが、その混入量の予想は非常に困難である。このような場合であっても、本発明では、ホスホン酸系キレート剤の存在下で重合することで、分子量の変動を抑制することができる。
【0038】
また、本発明に係るリン酸エステル系重合体を、水溶性チオール化合物を連鎖移動剤として使用して製造する場合、得られた共重合体は、悪臭や腐敗を低減するために、水溶性チオール化合物の失活処理が行われる。失活処理は、反応生成物に過酸化水素を添加することで可能であり、これにより悪臭や腐敗の問題はなくなる。その反面、過酸化水素を添加することにより、過酸化水素と遷移金属イオンが反応して、架橋反応が進行し、分子量の変動につながることがある。このような機構により生じる分子量の変動も、本発明のように、ホスホン酸系キレート剤の存在下で重合することで抑制することができる。
【0039】
要件(II)に関して、本発明の製造方法では、少量でもキレート能が高く重合反応系中の遷移金属イオンを捕捉できる観点から、ホスホン酸系キレート剤が用いられる。これらは、下記一般式(a)〜(d)で表されるホスホン酸又はその塩が好ましい。
【0040】
【化8】

【0041】
〔式中、nは1〜8の数であり、Xは下記一般式(e)
【化9】

【0042】
で表されるホスホン酸基又はホスホン酸塩基を示す。M、M’はそれぞれ独立に水素原子、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アンモニウム、水酸基が置換していていもよいモノ、ジ又はトリアルキルアンモニウムを示す。〕
【0043】
中でも一般式(a)、(c)、(d)のものが好ましく、特に一般式(c)、(d)のものが好ましく、更にはn=2の一般式(c)、(d)のものが好ましい。また、一般式(e)で表されるホスホン酸塩基中のM、M’(対イオン)は、水素原子、ナトリウム、カリウムが好ましい。これら一般式(a)〜(d)で表される化合物は、例えばSolutia社の「デイクエスト(DEQUEST)」シリーズ、具体的には、デイクエスト2006〔アミノトリ(メチレンホスホン酸)5Na塩〕、デイクエスト2010(1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸)、デイクエスト2041〔エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)〕、デイクエスト2066〔ジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)7Na塩〕等として入手可能である。
【0044】
ホスホン酸系キレート剤は、重合反応系に対して1〜10000mg/kg、特に50〜800mg/kgの比率で添加することが好ましい。また、その添加時期は、反応前でも反応中でも何れでも良いが、反応前に添加しておくことが好ましい。
【0045】
要件(III)は、本発明で用いられる上記一般式(1)で表される単量体1と、上記一般式(2)で表される単量体2と、上記一般式(3)で表される単量体3とを含む混合溶液が、単量体1〜3を10〜50℃の温度で混合して得られたものであり、単量体1〜3の混合後72時間以内に重合を開始し、且つ重合を開始するまでの間、前記混合溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持することを規定するものである。
【0046】
本発明では、単量体1〜3を全て含む混合溶液を、単量体1〜3の共重合反応に用いる。その際、その他の条件の考慮の下で、反応中のpHを7以下とすることが好ましい。このため、混合溶液のpHは7以下であることが好ましい。また、ゲルが生成しない等、反応全体に影響を及ぼさない範囲であれば、反応初期に一時的にpHが7を超える場合があってもよい。
【0047】
本発明では、反応中の反応系のpHを7以下にするために、混合溶液のpHが7以下であることが好ましい。ここで、当該混合溶液は、pH測定上、含水系(すなわち、溶媒が水を含むこと)である事が好ましいが、非水系の場合には必要量の水を加えて測定しても良い。混合溶液の均一性、ゲル化防止、性能低下の抑制の観点で、pHは7以下であり、0.1〜6が好ましく、更に0.2〜4.5が好ましい。
【0048】
本発明の製造方法では、上記単量体1〜3を10〜50℃で混合して混合溶液を調製(混合工程)し、該混合溶液の重合を行う(重合工程)。且つ、重合を開始するまでの間、該混合溶液の温度を10〜50℃に維持する。すなわち、本発明は、単量体1〜3の3者が共存してから重合を開始するまでの間、単量体1〜3を10〜50℃の温度に維持(該温度環境下におく)して重合反応を行う製造方法である。混合溶液を得るための成分が加熱されている場合は、10〜50℃となったものを用いる。例えば、単量体1は加熱して水に溶解して用いることが取り扱いの上で好ましいが、その場合は、10〜50℃に冷却してから、単量体2、3との混合に用いられる。また、混合溶液の製造に用いる溶媒も、予め10〜50℃に温度を調整しておき、混合することが好ましい。混合温度が10℃以上であれば単量体1の凝固点が現れる可能性が低く、また、50℃以下であれば単量体2、3の加水分解を抑制でき、得られたリン酸エステル系重合体の分散効果、粘性低減効果が良好となる。
【0049】
本発明では、単量体1〜3をはじめ、溶媒、連鎖移動剤等、混合溶液を得るためのすべての成分の温度が10〜50℃の範囲にあることが好ましい。
【0050】
また、重合を開始するまでの間、混合溶液の温度は10〜45℃、さらに10〜35℃に維持することが好ましい。なお、混合溶液の調製温度と重合を開始するまでの間に維持する温度は同じでも異なっていてもよい。
【0051】
混合溶液は、単量体1を含有する溶液と、単量体2及び単量体3を含有する溶液を混合して調製することが好ましい。その際、それぞれの溶液の温度は、10〜50℃であることが好ましい。
【0052】
混合溶液の温度は、反応開始前で曇点以下の温度であることが好ましい。曇点以下の温度で用いることにより、反応系でのモノマー分布が均一状態となり、部分的に高分子量体が生成し同一単量体成分だけが重合することを抑制でき、意図した組成比の重合体を得ることができる。
【0053】
混合溶液は、反応系への導入(例えば滴下)を容易にする目的から、粘度が500mPa・s以下であることが好ましい。このような粘度には、水で希釈して調整することが好ましく、さらに反応系導入時の均一な溶解性もしくは分散性の点から、300mPa・s以下が好ましく、200mPa・s以下がより好ましい。
【0054】
また、混合溶液は、単量体の加水分解抑制の観点から、その調製後、72時間以内に重合を開始する。例えば、水を含む反応系に72時間以内に該混合溶液を導入することが好ましい。さらに48時間以内が好ましく、特に24時間以内が好ましい。
【0055】
混合溶液の溶媒は、水、あるいは水とメタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン及びメチルエチルケトン等とを含有する水−溶剤系溶媒等が挙げられる。反応系に用いられる溶媒と同一でも異なっていても良いが、混合溶液の導入の影響を考慮して選定することが好ましい。特に、混合溶液の溶媒と反応系の溶媒は同一であることが好ましい。
【0056】
本発明の製造方法の一例を示す。反応容器に所定量の水を仕込み、撹拌下で窒素を十分に流通させる、減圧と窒素置換とを十分に繰り返す、等の方法により、水の25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgとし、更に、窒素等の不活性気体で雰囲気を置換し昇温する。予め所定温度で単量体1〜3及びホスホン酸系キレート剤を水に混合溶解した混合溶液と、重合開始剤を水に溶解したものとを用意し、これらと、連鎖移動剤とを、単量体混合溶液調製後72時間以内に反応容器に滴下を開始する。更に滴下は、0.5〜5時間かけて行うことが好ましい。滴下完了は単量体混合溶液調製後72時間以内であることが好ましい。更には48時間以内、特に24時間以内に完了させることが好ましい。滴下を待つ混合溶液の温度は10〜50℃に維持する。その際、ホスホン酸系キレート剤は、予め反応容器に添加しておいてもよい。また、単量体の混合溶液を予め反応容器に仕込み、連鎖移動剤、重合開始剤等を滴下することも可能である。すなわち、連鎖移動剤、重合開始剤、その他の添加剤は、単量体溶液とは別に添加剤溶液として添加しても良いし、単量体溶液に配合して添加してもよいが、重合の安定性の観点からは、単量体溶液とは別にそのまま或いは添加剤溶液として反応系に供給することが好ましい。何れの場合も、単量体2及び/又は単量体3を含有する溶液はpH7以下が好ましい。また、酸等により、pHを7以下に維持して共重合反応を行い、好ましくは所定時間の熟成を行う。なお、重合開始剤は、全量を単量体と同時に滴下しても良いし、分割して添加しても良いが、分割して添加することが未反応単量体の低減の点では好ましい。例えば、最終的に使用する重合開始剤の全量中、1/2〜2/3の重合開始剤を単量体と同時に添加し、単量体滴下終了後1〜2時間熟成した後、残部を添加することが好ましい。必要に応じ、熟成終了後に更にアルカリ剤(水酸化ナトリウム等)で中和し、本発明に係るリン酸エステル系重合体を得る。中和の後、過酸化水素による後処理を行い、更に防腐剤の添加を行い、本発明に係るリン酸エステル系重合体を得ることができる。本発明の製造方法は、上記本発明のリン酸エステル系重合体を含有する水硬性組成物用分散剤の製造方法として好適である。
【0057】
本発明に係るリン酸エステル系重合体は、上記一般式(1)で表されるオキシアルキレン基を有する単量体1と、リン酸基を有する上記一般式(2)、(3)で表される単量体2、3とを、要件(I)〜(III)を満たす条件で共重合して得られる重合物である。
【0058】
本発明に用いられる単量体1〜3の好ましいものはそれぞれ以下の通りであり、また市販品や反応生成物を使用することもできる。
【0059】
[単量体1]
単量体1について、一般式(1)中のR3は水素原子が好ましく、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基が好ましく、エチレンオキシ基(以下、EO基)を含むことがより好ましく、EO基が全AO中70モル%以上、更に80モル%以上、更に90モル%以上、特に全AOがEO基であることが好ましい。また、Xは水素原子又は炭素数1〜18、更に1〜12、更に1〜4、更に1、2のアルキル基が好ましく、特にメチル基が好ましい。具体的には、ω−メトキシポリオキシアルキレンメタクリル酸エステル、ω−メトキシポリオキシアルキレンアクリル酸エステル等を挙げることができ、ω−メトキシポリオキシアルキレンメタクリル酸エステルがより好ましい。ここで、(1)式中のnは、平均付加モル数である。重合体の水硬性組成物に対する分散性と粘性付与効果の点で、nは3〜200であり、好ましくは4〜120である。また、平均n個の繰り返し単位中にAOが異なるもので、ランダム付加又はブロック付加又はこれらの混在を含むものであっても良い。AOは、EO基以外にもプロピレンオキシ基等を含むこともできる。
【0060】
[単量体2]
単量体2としては、有機ヒドロキシ化合物のリン酸モノエステルが挙げられる。具体的には、ポリアルキレングリコールモノ(メタ)アクリレートアシッドリン酸エステル等が挙げられる。例えば、リン酸モノ−〔(2−ヒドロキシエチル)メタクリル酸〕エステル、リン酸モノ−〔(2−ヒドロキシエチル)アクリル酸エステル〕等が挙げられる。中でも、製造の容易さ及び製造物の品質安定性の観点から、リン酸モノ−〔(2−ヒドロキシエチル)メタクリル酸〕エステルが好ましい。
【0061】
[単量体3]
単量体3としては、有機ヒドロキシ化合物のリン酸ジエステルが挙げられる。具体的には、ポリアルキレングリコールジ(メタ)アクリレートアシッドリン酸ジエステル等が挙げられる。例えば、リン酸ジ−〔(2−ヒドロキシエチル)メタクリル酸〕エステル、リン酸ジ−〔(2−ヒドロキシエチル)アクリル酸〕エステル等が挙げられる。中でも、製造の容易さ及び製造物の品質安定性の観点から、リン酸ジ−〔(2−ヒドロキシエチル)メタクリル酸〕エステルが好ましい。
【0062】
単量体2、3の何れも、塩であってもよく、これらの化合物のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩などであっても良い。
【0063】
単量体2のm1及び単量体3のm2、m3は、それぞれ1〜20が好ましく、1〜10が更に好ましく、1〜5が特に好ましい。
【0064】
また、本発明の製造方法では、単量体2及び単量体3を含む混合単量体を用いることができる。
【0065】
このような単量体2及び単量体3を含む混合単量体としては、モノエステル体とジエステル体とを含む市販品を使用することができ、例えば、ホスマーM、ホスマーPE、ホスマーP(ユニケミカル)、JAMP514、JAMP514P、JMP100(何れも城北化学)、ライトエステルP−1M、ライトアクリレートP−1A(いずれも共栄社化学)、MR200(大八化学)、カヤマー(日本化薬)、Ethyleneglycol methacrylate phosphate(アルドリッチ試薬)などとして入手できる。
【0066】
また、単量体2、単量体3を含む混合単量体は、例えば、一般式(4)で表される有機ヒドロキシ化合物と、無水リン酸(P25)、オルトリン酸等のリン酸化剤及び水を所定の仕込み比で反応させることで、反応生成物として製造することもできる。
【0067】
【化10】

【0068】
〔式中、R10は水素原子又はメチル基、R11は炭素数2〜12のアルキレン基、m4は1〜30の数を表す。〕
【0069】
すなわち、上記一般式(4)で表される有機ヒドロキシ化合物とリン酸化剤とを反応させて得られるリン酸エステルを用いることができる。
【0070】
リン酸化剤としては、オルトリン酸、五酸化リン(無水リン酸)、ポリリン酸、オキシ塩化リン等が挙げられ、オルトリン酸、五酸化リンが好ましい。これらは単独でも2種以上を組み合わせて用いることも出来る。また、後記のリン酸化剤(Z)も好ましい。本発明において、有機ヒドロキシ化合物とリン酸化剤とを反応させる際のリン酸化剤の量は目的とするリン酸エステル組成に応じ適時決めることができる。
【0071】
単量体2、3は、不飽和結合とヒドロキシル基を有する単量体のリン酸エステル化物であり、上記の市販品や反応生成物にはモノエステル体(単量体2)とジエステル体(単量体3)以外の化合物を含んでいる事が確認されている。それらの他の化合物は、重合性、非重合性のものが混在していると考えられるが、本発明ではこのような混合物(混合単量体)をそのまま使用することができる。
【0072】
混合単量体中の単量体2、3の含有量は、31P−NMRの測定結果に基づき算出することができる。
31P-NMR測定条件>
・逆ゲート付きデカップリング法(inverse-gated-decoupling method)
・測定範囲6459.9Hz
・パルス遅延時間30sec
・観測データポイント10336
・パルス幅(5.833μsec)35°パルス
・溶媒CD3OH(重メタノール)(30重量%)
・積算回数128
【0073】
この条件では、得られたチャートのシグナルは以下の化合物に帰属するので、その面積比から相対的な量比を決めることが可能である。
【0074】
例えば、有機ヒドロキシ化合物が「メタクリル酸2−ヒドロキシエチル」のリン酸化物の場合、以下のように帰属できる。
・1.8ppm〜2.6ppm:リン酸
・0.5ppm〜1.1ppm:単量体2(モノエステル体)
・-0.5ppm〜0.1ppm:単量体3(ジエステル体)
・-1.0ppm〜-0.6ppm:トリエステル体
・-11.1ppm〜-10.9ppm、-12.4ppm〜-12.1ppm:ピロリン酸モノエステル
・-12.0ppm〜-11.8ppm:ピロリン酸ジエステル
・-11.2ppm〜-11.1ppm:ピロリン酸
・それ以外のピーク:不明物
【0075】
本発明では、混合単量体中のリン酸含量を定量して、混合単量体中の単量体2及び単量体3の比率を決める。具体的には以下のようにして算出する。
【0076】
ガスクロマトグラフィーによって試料中のリン酸含量の絶対量(重量%)を求める。31P-NMRの結果から試料中のリン酸、モノ体、ジ体の相対モル比が求まるので、リン酸の絶対量を基準にして、モノ体、ジ体の絶対量を算出する。
【0077】
[リン酸含量]
ガスクロマトグラフィーの条件は以下の通り。
サンプル:ジアゾメタンによりメチル化
例)0.1gの試料にジアゾメタンのジエチルエーテル溶液1〜1.5ccを加えてメチル化するカラム:Ultra ALLOY、15m×0.25mm(内径)×0.15μmdfキャリアガス:He、スプリット比50:1カラム温度:40℃(5min)(保持)→10℃/min(昇温)→300℃到達後15min保持
注入口温度:300℃
検出器温度:300℃
上記条件で9分前後にリン酸由来のピークが検出され、検量線法により未知試料中のリン酸含量を算出する事が出来る。
【0078】
流動性及び粘性低減性の観点からは、モノエステル体を多く含有しているリン酸エステルの混合物を用いる方が良好であるが、ジエステル体を多く含有する場合でも、単量体1との共重合モル比を制御することで、流動性や粘性低減性を調整することができる。
【0079】
単量体の共重合に際しては、単量体1と、単量体2、3とのモル比は、単量体1/(単量体2+単量体3)=5/95〜95/5、更に、10/90〜90/10が好ましい。また、単量体1と単量体2と単量体3のモル比は、単量体1/単量体2/単量体3=5〜95/3〜90/1〜80/、更に5〜96/3〜80/1〜60(ただし合計は100である)が好ましい。なお、単量体2と単量体3については、酸型の化合物に基づきモル比やモル%を算出するものとする(以下、同様)。
【0080】
また、本発明では、単量体3の比率を、反応に用いる全単量体中、1〜60モル%、更に1〜30モル%とすることができる。
【0081】
また、単量体2と単量体3のモル比を、単量体2/単量体3=99/1〜4/96、更に99/1〜5/95とすることができる。
【0082】
以下、ゲル化抑制、好適分子量の調整及び水硬性組成物用分散剤の性能設計の観点から、更に好ましい製造条件を説明する。このような観点から、本発明では、共重合の際に、単量体1〜3の合計モル数に対して4モル%以上、更に6モル%以上、特に8モル%以上の連鎖移動剤を使用することが好ましい。また、連鎖移動剤の使用量の上限は、単量体1〜3の合計モル数に対して好ましくは100モル%以下、より好ましくは60モル%以下、更に好ましくは30モル%以下、特に好ましくは15モル%以下とすることができる。総合的に連鎖移動剤の使用量は4〜100モル%が好ましく、6〜60モル%がより好ましく、8〜30モル%がさらに好ましい。
【0083】
更に詳しくは、
(1)単量体1のnが3〜30の場合で、
(1−1)単量体2と単量体3の単量体1〜3中のモル比が50モル%以上の場合は、連鎖移動剤は、単量体1〜3に対して6〜100モル%、特に8〜60モル%を用いるのが好ましく、
(1−2)単量体2と単量体3の単量体1〜3中のモル比が50モル%未満の場合は、連鎖移動剤は、単量体1〜3に対して4〜60モル%、特に5〜30モル%を用いるのが好ましく、
(2)単量体1のnが30超の場合は、連鎖移動剤は、単量体1〜3に対して6〜50モル%、特に8〜40モル%を用いるのが好ましい。
【0084】
本発明の製造方法においては、単量体2と3の反応率は60%以上、更に70%以上、更に80%以上、更に90%以上、特に95%以上を目標に行うことが好ましく、連鎖移動剤の使用量は、この観点から選定することができる。ここに、単量体2と3の反応率は、下記の式によって算出する。
【0085】
【数1】

【0086】
なお、反応開始時と反応終了時の反応系中のリン含有化合物中の単量体2と単量体3の割合(モル%)は、1H−NMRの測定結果に基づき算出することができる。
【0087】
なお、本発明の第1のリン酸エステル系重合体は、下記条件の1H−NMRにより、単量体由来の二重結合が消失していることから、単量体1、2、3にそれぞれ由来する構成単位を有することが示唆される。
1H−NMR条件]
水に溶解した重合体を減圧乾燥したものを3〜4重量%の濃度で重メタノールに溶解し、1H−NMRを測定する。二重結合の残存率は、5.5〜6.2ppmの積分値により測定される。なお、1H−NMRの測定は、Varian社製「Mercury 400 NMR」を用い、データポイント数42052、測定範囲6410.3Hz、パルス幅4.5μs、パルス待ち時間10S、測定温度25.0℃の条件で行う。
【0088】
すなわち、上記のようなMwを持つ本発明の第1のリン酸エステル系重合体は、その構成単位として、単量体1由来の構成単位、単量体2由来の構成単位及び単量体3由来の構成単位を含む。これらの構成単位は、単量体1、2、及び3のエチレン性不飽和結合が開裂して付加重合することにより重合体中に取り込まれた各単量体由来の構成単位である。重合体中のこれら構成単位の比率は、仕込み比率に依存し、共重合に用いる単量体が単量体1〜3のみの場合、各構成単位のモル比は、単量体の仕込みモル比とほぼ一致すると考えられる。
【0089】
分散性発現の観点から、反応生成物中、未反応の単量体2と単量体3の含有量が、単量体2と単量体3の仕込量の合計に対して5モル%以下であることが好ましく、3モル%以下であることがより好ましく、2モル%以下であることが特に好ましい。
【0090】
本発明に係るリン酸エステル系重合体の製造においては、上記単量体1〜3の他に、共重合可能なその他の単量体を用いることもできる。共重合可能な他の単量体としては、不飽和基を有するスルホン酸又はカルボン酸及びこれらの塩が挙げられる。例えば、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、これら何れかのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、又はアミン塩を挙げることができる。また、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、シトラコン酸などのアクリル酸系単量体を挙げることができ、またこれらの何れか1種以上のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、アミン塩、メチルエステル、エチルエステルや無水マレイン酸などの無水化合物であっても良い。更に、(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、2−(メタ)アクリルアミド−2−メタスルホン酸、2−(メタ)アクリルアミド−2−エタンスルホン酸、2−(メタ)アクリルアミド−2−プロパンスルホン酸、スチレン、スチレンスルホン酸などが挙げられる。全単量体中、単量体1〜3の合計の割合は、30〜100モル%、更に50〜100モル%、特に75〜100モル%が好ましく、更に、本発明の第1、第2のリン酸エステル系重合体に記載した分散剤としての性能を達成する観点からは、95モル%超〜100モル%、更に97〜100モル%である。
【0091】
共重合可能なその他の単量体は、混合溶液に含有させて反応系に導入しても、混合溶液とは別に反応系に導入しても、更に、これらを組み合わせて反応系に導入しても、何れで用いても良い。
【0092】
反応系の単量体1、2、3及び共重合可能なその他の単量体の総量は、反応系中5〜80重量%が好ましく、10〜65重量%がより好ましく、20〜50重量%が特に好ましい。
【0093】
本発明の製造方法において、単量体1〜3の反応温度は、40〜100℃、更に60〜90℃が好ましく、反応圧力はゲージ圧で101.3〜111.5kPa(1〜1.1atm)、更に101.3〜106.4kPa(1〜1.05atm)が好ましい。
【0094】
本発明の製造方法では、適当な溶媒により調製した単量体2及び/又は単量体3を含有する単量体溶液を、好ましくは所定量の連鎖移動剤の存在下で、単量体1を含む他の単量体と、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、pH7以下で共重合させる。また、共重合可能な他の単量体や重合開始剤等を用いても良い。
【0095】
本発明では、単量体1、単量体2、単量体3を、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、pH7以下で反応させる。本発明では、反応途中(反応開始時〜反応終了時)で採取した反応液の20℃でのpHを、反応中のpHとする。通常は、反応中のpHが7以下となることが明らかな条件(単量体比率、溶媒、その他の成分等)で反応を開始すればよい。
【0096】
なお、反応系が非水系の場合は、pH測定可能な量の水を反応系に加えて測定することができる。
【0097】
本発明の対象とする単量体1〜3では、以下の(1)、(2)に例示した条件で反応を行えば、その他の条件の考慮の下で、通常は、反応中のpHも7以下になると考えられる。また、ゲルが生成しない等、反応全体に影響を及ぼさない範囲であれば、反応初期に一時的にpHが7を超える場合があってもよい。
(1)単量体1〜3を全て含むpH7以下の単量体溶液を、単量体1〜3の共重合反応に用いる。
(2)単量体1〜3の共重合反応をpH7以下で開始する。すなわち、単量体1〜3を含む反応系を、pH7以下にした後、反応を開始する。
【0098】
具体的には、例えば次の製造方法が挙げられる。ただし、以下例示の方法においても、要件(II)、要件(III)を具備する。
(i)単量体1〜3を含む単量体溶液のpHを7以下に調整して共重合反応を開始する。
(ii)単量体1〜3を含む単量体溶液(pHは任意であるが7以下が好ましい。)を、反応系(25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒)に滴下する。
(iii)上記を適宜組み合わせて25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中で反応を行う。例えば、単量体1〜3を含む単量体溶液(pHは任意であるが7以下が好ましい。)の一部を反応系に仕込んでおき、残りの単量体溶液を反応系に滴下する。
【0099】
上記、(iii)では、設定した単量体モル比から逸脱せぬよう、滴下する単量体溶液の滴下条件を制御する必要がある。また、上記(ii)〜(iii)では、滴下した単量体1〜3を含む反応系のpHが7以下、好ましくは4以下となるよう、その他の反応条件を考慮する。
【0100】
なお、反応系のpHは、必要に応じて、無機酸(リン酸、塩酸、硝酸、硫酸等)や、NaOH、KOH、トリエタノールアミンなどを用いて調整できる。
【0101】
上記のように、本発明では、反応中の反応系のpHを7以下にするために、反応に用いる単量体溶液のうち、単量体2、単量体3の少なくとも一方を含む単量体溶液のpHが7以下であることが好ましい。当該pH7以下の単量体溶液は、単量体2、単量体3の少なくとも一方を含むものであり、単量体1を含むもの、更には連鎖移動剤、その他の単量体を含むものであってもよい。ここで、単量体2及び/又は単量体3を含む単量体溶液は、pH測定上、含水系(すなわち、溶媒が水を含むこと)である事が好ましいが、非水系の場合には必要量の水を加えて測定しても良い。単量体溶液の均一性、ゲル化防止、性能低下の抑制の観点で、pHは7以下であり、0.1〜6が好ましく、更に0.2〜4.5が好ましい。また、単量体1もpH7以下の単量体溶液として用いることが好ましい。このpHは、20℃のものである。
【0102】
最終的に単量体が仕込まれた反応前の反応系(重合系)のpHは、重合体の分子量を制御する際の安定性、反応時のpH制御の容易性の観点から、20℃で6以下である事が好ましく、より好ましくは5以下、更に好ましくは4以下、特に好ましくは2以下となる事である。好ましくは、単量体2及び/又は単量体3を含む単量体溶液のpH(反応開始時の反応系のpH)、反応途中の反応系のpH、反応終了時の反応系のpHが何れも7以下であることである。
【0103】
なお、これら単量体1〜3を含水状態で用いない(つまり液体成分としてそのまま滴下する)場合は、必然的に重合系のpHは7以下となるので、このような方法も好適である。中和前の最終重合系のpHは6以下、更に5以下、更に4以下、特に2以下となる事が好ましい。
【0104】
[連鎖移動剤]
連鎖移動剤は、ラジカル重合における連鎖移動反応(成長しつつある重合体ラジカルが他の分子と反応してラジカル活性点の移動が起こる反応)をもたらす機能を有し、連鎖単体の移動を目的として添加される物質である。
【0105】
連鎖移動剤は、ゲル化抑制、及び好適分子量の調整の観点から、単量体1〜3の合計モル数に対して4モル%以上、更に6モル%以上、特に8モル%以上使用することが好ましい。
【0106】
連鎖移動剤としては、チオール系連鎖移動剤、ハロゲン化炭化水素系連鎖移動剤等が挙げられ、チオール系連鎖移動剤が好ましい。
【0107】
チオール系連鎖移動剤としては、−SH基を有するものが好ましく、特に一般式HS−R−Eg(ただし、式中Rは炭素原子数1〜4の炭化水素由来の基を表し、Eは−OH、−COOM、−COOR’または−SO3M基を表し、Mは水素原子、一価金属、二価金属、アンモニウム基または有機アミン基を表し、R’は炭素原子数1〜10のアルキル基を表わし、gは1〜2の整数を表す。)で表されるものが好ましく、例えば、メルカプトエタノール、チオグリセロール、チオグリコール酸、2−メルカプトプロピオン酸、3−メルカプトプロピオン酸、チオリンゴ酸、チオグリコール酸オクチル、3−メルカプトプロピオン酸オクチル等が挙げられ、単量体1〜3を含む共重合反応での連鎖移動効果の観点から、メルカプトプロピオン酸、メルカプトエタノールが好ましく、メルカプトプロピオン酸が更に好ましい。これらの1種または2種以上を用いることができる。
【0108】
ハロゲン化炭化水素系連鎖移動剤としては、四塩化炭素、四臭化炭素などが挙げられる。
【0109】
その他の連鎖移動剤としては、α−メチルスチレンダイマー、ターピノーレン、α−テルピネン、γ−テルピネン、ジペンテン、2−アミノプロパン−1−オールなどを挙げることができる。連鎖移動剤は、1種又は2種以上を用いることができる。
【0110】
連鎖移動剤は溶液として用いることが好ましいが、重合を開始するまでの間、該溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持することが、より好ましい。連鎖移動剤を、単量体2及び/又は単量体3を含む単量体溶液もしくは単量体1〜3の混合溶液に共存させて、重合を開始するまでの間、該溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持することもできる。
【0111】
[重合開始剤]
本発明の製造方法では、重合の開始、反応率の向上、重合時間の短縮等の重合効率の観点から、重合開始剤を使用することが好ましく、特に、単量体1〜3の合計モル数に対して重合開始剤を5モル%以上、更に7〜50モル%、特に10〜30モル%使用することが好ましい。重合開始剤は、単量体2及び/又は単量体3を含む単量体溶液や単量体1〜3の混合溶液とは別に反応系に導入することが好ましい。
【0112】
水系の重合開始剤としては、過硫酸のアンモニウム塩又はアルカリ金属塩あるいは過酸化水素、2,2’−アゾビス(2−アミジノプロパン)ジヒドロクロライド、2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオンアミド)ジハイドレート等の水溶性アゾ化合物が使用される。また、重合開始剤と併用して、亜硫酸水素ナトリウム、アミン化合物などの促進剤を使用することもできる。
【0113】
[溶媒]
本発明の製造方法は、溶媒重合法で実施される。その際に使用される溶媒ては、25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kg、好ましくは0.05〜2.5mg/kgのものであり、具体的には、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、メチルエチルケトン等の水溶性有機溶媒が挙げられる。取り扱いと反応設備から考慮すると、水が好ましい。特に水系溶液を用いる場合、単量体2及び/又は単量体3を含む単量体溶液をpH7以下、更に0.1〜6、特に0.2〜4で反応に用いて共重合反応を行うことが、モノマー混液の均一性(取り扱い性)、モノマー反応率の観点や、リン酸系化合物のピロ体の加水分解により架橋を抑制する点で好ましい。本発明の製造方法において、反応系に用いられる溶媒は、単量体総重量に対して、0.1〜5重量倍、特に0.5〜4重量倍の比率で用いることが好ましい。
【0114】
ここで水系溶液とは、水もしくは水を50重量%以上含有する溶液であり、水と均一に混合し得るメタノール、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコールやアセトン、メチルエチルケトン等のケトン類が混合されていても良い。
【0115】
また、本発明の製造方法では、共重合工程後の反応液に、過酸化水素と防腐剤とを添加することが好ましい。これにより、腐敗や悪臭の発生が抑制され、しかもリン酸エステル系重合体の水硬性組成物用分散剤としての優れた性能を維持できるため、水硬性組成物の分野では極めて有利な製造方法となる。特に、水溶性チオール化合物のような連鎖移動剤を用いる場合、該化合物を失活させるために好ましい。
【0116】
具体的には、上記共重合反応後の反応液1kgに対して50〜3000mgの過酸化水素を添加し、その後、更に反応液1kgに対して100〜3000mgの防腐剤を添加することが好ましい。
【0117】
特に、連鎖移動剤の存在下で単量体1〜3を共重合する場合は、共重合反応後の反応液に、該反応液1kgあたり50〜3000mgの過酸化水素を添加することにより、残存する連鎖移動剤が失活されて、防腐剤を添加した場合の効果が損なわれないため、好ましい。
【0118】
過酸化水素の添加は、共重合体を中和する前でも後でも何れで行っても良いが、中和後が好ましい。過酸化水素を添加する反応液のpHは、連鎖移動剤を完全に失活できるという観点から、4.5〜7.0の範囲が好ましい。過酸化水素は、反応液に対して50〜3000mg/kgの比率で添加されるのが好ましく、50〜2500mg/kg、さらに80〜2000mg/kg、特に100〜1800mg/kgの比率で添加することが好ましい。過酸化水素の量がこの範囲であれば、残存する連鎖移動剤を完全に失活することができ、防腐剤を添加した場合の効果が損なわれない。また、余剰の過酸化水素が貯蔵中に分解して、酸素ガスが発生するおそれもない。過酸化水素による処理は、所定濃度の過酸化水素水を反応液中に添加し、所定温度(好ましくは40〜90℃)に所定時間(好ましくは0.5〜2.0時間)保持することで行うことができる。連鎖移動剤を完全に失活できるという観点から、過酸化水素を添加する反応液の温度は50〜70℃が好ましく、また、過酸化水素を添加してから20〜30分間攪拌することが好ましい。
【0119】
なお、共重合反応後とは、単量体1〜3の合計の残存量が単量体総量の10モル%以下(反応率90%以上)の時点をいい、好ましくは5モル%以下、より好ましくは3モル%以下の時点をいう。
【0120】
最終的な反応液中の過酸化水素の残存量は、酸素ガス発生抑制の観点から、100gm/kg未満が好ましい。
【0121】
本発明では、反応液に過酸化水素を添加し混合した後、更に反応液1kgに対して100〜3000mgの防腐剤を添加することが好ましい。防腐剤の添加量は、反応液1kgに対して200〜2500mg、さらに300〜2000mg、特に500〜1500mgが、防腐効果の持続性の点で好ましい。本発明では、過酸化水素により連鎖移動剤が失活されているため、防腐効果は高いものの連鎖移動剤の存在下では効果が発現しにくいとされるチアゾリン系防腐剤を使用した場合でも、十分な防腐効果が得られる。このため、防腐剤としてはチアゾリン系防腐剤を用いることが好ましい。チアゾリン系防腐剤としては、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、2−メチル−4,5−トリメチレン−4−イソチアゾリン−3−オン等が挙げられ、単独もしくは複数を組み合わせて使用することが好ましい。具体的には、トップサイド240、トップサイド250(パーマケム・アジア製)やファインサイド C−7A、ファインサイド C−3800(東京ファイン製)等が挙げられる。
【0122】
防腐効果を持続させるのに好適であるという観点から、防腐剤を添加する反応液の温度は20〜40℃が好ましく、また、防腐剤を添加してから10〜20分間攪拌することが好ましい。
【0123】
<リン酸エステル系重合体>
本発明の製造方法により得られるリン酸エステル系重合体は、酸型のままでも水硬性組成物用分散剤として使用することができるが、酸性によるエステルの加水分解を抑制する観点から、アルカリによる中和によって塩の形にすることが好ましい。このアルカリとしては、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、モノ、ジ又はトリアルカノール(炭素数2〜6が好ましい)アミン等を挙げることができる。
【0124】
本発明の製造方法によって、次に述べる第1のリン酸エステル系重合体及び第2のリン酸エステル系重合体を得ることができる。
【0125】
《第1のリン酸エステル系重合体》
本発明の第1のリン酸エステル系重合体は、単量体1と、単量体2及び単量体3を含む混合単量体とを、要件(I)〜(III)を満たす本発明の製造方法で得られるリン酸エステル系重合体である。共重合反応物を過酸化水素で後処理する工程を有することが好ましい。単量体1〜3の好ましい構造は、上記の通りである。
【0126】
本発明の第1のリン酸エステル系重合体は、重量平均分子量(以下Mwと表記する)が10,000〜150,000であることが好ましい。分散効果の発現や粘性低減効果の観点から、Mwが10,000以上であり、好ましくは12,000以上、さらに好ましくは13,000以上、より好ましくは14,000以上、特に好ましくは15,000以上で、架橋による高分子量化、ゲル化の抑制や性能面では分散効果や粘性低減効果の観点から、150,000以下であり、好ましくは130,000以下、さらに好ましくは120,000以下、より好ましくは110,000以下、特に好ましくは100,000以下であり、前記両者の観点から、好ましくは12,000〜130,000、より好ましくは13,000〜120,000、さらに好ましくは14,000〜110,000、特に好ましくは15,000〜100,000である。
【0127】
本発明の、第1のリン酸エステル系重合体のMwは、下記条件のゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法で測定されたものである。
[GPC条件]
カラム:G4000PWXL+G2500PWXL(東ソー)
溶離液:0.2Mリン酸バッファー/CH3CN=9/1
流量:1.0mL/min
カラム温度:40℃
検出:RI
サンプルサイズ:0.2mg/mL
標準物質:ポリエチレングリコール換算
【0128】
また、上記条件でのGPC法で得られる分子量分布を示すチャートのパターンにおいて、分子量10万以上の面積が当該チャート全体の面積の5%以下であることが、水硬性粉体の分散性(必要添加量低減)や水硬性組成物の粘性低減効果の点でより好ましい。
【0129】
《第2のリン酸エステル系重合体》
本発明は、以下の(X)と(Y)とを、要件(I)〜(III)を満たす本発明の製造方法で共重合して得られるリン酸エステル系共重合体(第2のリン酸エステル系重合体)を提供する。共重合反応物を過酸化水素で後処理する工程を有することが好ましい。単量体1の好ましい構造及びリン酸エステル(Y)の好ましい構造は上記の説明を参照できる。また、第2のリン酸エステル系重合体も、上記と同様のMwを有することが好ましい。
(X)前記一般式(1)で表される単量体1。
(Y)前記一般式(4)で表される有機ヒドロキシ化合物とリン酸化剤とを反応させて得られる単量体2と3とを含むリン酸エステル。
【0130】
一般式(4)中のm4は、1〜20が好ましく、1〜10が更に好ましく、1〜5が特に好ましい。
【0131】
このリン酸エステル(Y)は、一般式(4)で表される有機ヒドロキシ化合物をリン酸化剤でリン酸化することで得られる。
【0132】
リン酸化剤としては、オルトリン酸、五酸化リン(無水リン酸)、ポリリン酸、オキシ塩化リン等が挙げられ、オルトリン酸、五酸化リンが好ましい。これらは単独でも2種以上を組み合わせて用いることも出来る。また、後記のリン酸化剤(Z)も好ましい。本発明において、有機ヒドロキシ化合物とリン酸化剤とを反応させる際のリン酸化剤の量は目的とするリン酸エステル組成に応じ適時決めることができる。
【0133】
リン酸エステル(Y)は、有機ヒドロキシ化合物とリン酸化剤とを、下記式(I)で定義された比率が2.0〜4.0、更に2.5〜3.5、特に2.8〜3.2の条件下に反応させることで得られたものが好ましい。
【0134】
【数2】

【0135】
本発明では、式(I)においては、リン酸化剤を便宜的にP25・n(H2O)として扱うものとする。
【0136】
特に、リン酸化剤は、五酸化リン(Z−1)並びに水、リン酸及びポリリン酸からなる群から選ばれる少なくとも一種(Z−2)を含むリン酸化剤〔以下、リン酸化剤(Z)という〕が好ましく、この場合も、式(I)においては、五酸化リン(Z−1)と、水、リン酸及びポリリン酸からなる群から選ばれた少なくとも一種(Z−2)とを含むリン酸化剤(Z)を、便宜的にP25・n(H2O)として扱うものとする。
【0137】
また、式(I)で定義されたリン酸化剤のモル数とは、原料として反応系に導入されるリン酸化剤、特にリン酸化剤(Z)に由来するP25単位の量(モル)を示す。また、水のモル数とは、原料として、反応系に導入されるリン酸化剤(Z)に由来する水(H2O)の量(モル)を示す。即ち、水には、ポリリン酸を(P25・xH2O)と、オルトリン酸を〔1/2(P25・3H2O)〕として表した場合の水を含めた反応系内に存在する全ての水が含まれることになる。
【0138】
また、有機ヒドロキシ化合物にリン酸化剤を添加する際の温度は20〜100℃が好ましく、40〜90℃がさらに好ましい。また、反応系へのリン酸化剤の添加に要する時間(添加開始から添加終了までの時間)は0.1時間〜20時間が好ましく、0.5時間〜10時間がさらに好ましい。
【0139】
リン酸化剤投入後の反応系の温度は20〜100℃が好ましく、40〜90℃がさらに好ましい。なお、共重合は、前述のリン酸エステル系重合体の製造方法に基づき行うことができる。
【0140】
リン酸化反応終了後は、生成したリン酸の縮合物(ピロリン酸結合を有する有機化合物やリン酸)を加水分解により低減しても良く、又加水分解を行わなくても、本発明のリン酸エステル系重合体製造用のモノマーとしては好適である。
【0141】
《水硬性組成物用分散剤》
本発明の製造方法で得られるリン酸エステル系重合体は、水硬性組成物用分散剤として、各種セメントを始めとし、水和反応によって硬化性を示すあらゆる無機系の水硬性粉体に使用することができる。本発明の重合体を含有する水硬性組成物用分散剤は粉末状でも液体状でもよい。液体状の場合は、作業性、環境負荷低減の観点から、水を溶媒ないし分散媒とするもの(水溶液等)が好ましい。本発明の分散剤中、本発明の重合体の含有量は、固形分中、好ましくは10〜100重量%、より好ましくは15〜100重量%、更に好ましくは20〜100重量%である。また、液体状の場合、固形分濃度は、製造容易性、作業性の観点から、好ましくは5〜40重量%、より好ましくは10〜40重量%、更に好ましくは20〜35重量%である。また、本発明の分散剤は、水硬性粉体100重量部に対し、重合体の固形分濃度で0.02〜1重量部、0.04〜0.4重量部の比率で用いられることが、分散効果の点で好ましい。本発明のリン酸エステル系重合体は、エステル結合の加水分解抑制の観点から、保存温度は15〜50℃の範囲であることが好ましい。また、保存温度が50℃を超える場合は、保存期間を3ヶ月以内にすることが好ましい。
【0142】
セメントとして、普通ポルトランドセメント、早強ポルトランドセメント、超早強ポルトランドセメント、エコセメント(例えばJIS R5214等)が挙げられる。セメント以外の水硬性粉体として、高炉スラグ、フライアッシュ、シリカヒューム等が含まれてよく、また、非水硬性の石灰石微粉末等が含まれていてよい。セメントと混合されたシリカヒュームセメントや高炉セメントを用いてもよい。
【0143】
本発明の水硬性組成物用分散剤は、その他の添加剤(材)を含有することもできる。例えば、樹脂石鹸、飽和もしくは不飽和脂肪酸、ヒドロキシステアリン酸ナトリウム、ラウリルサルフェート、アルキルベンゼンスルホン酸(塩)、アルカンスルホネート、ポリオキシアルキレンアルキル(フェニル)エーテル、ポリオキシアルキレンアルキル(フェニル)エーテル硫酸エステル(塩)、ポリオキシアルキレンアルキル(フェニル)エーテルリン酸エステル(塩)、蛋白質材料、アルケニルコハク酸、α−オレフィンスルホネート等のAE剤;グルコン酸、グルコヘプトン酸、アラボン酸、リンゴ酸、クエン酸等のオキシカルボン酸系、デキストリン、単糖類、オリゴ糖類、多糖類等の糖系、糖アルコール系等の遅延剤;起泡剤;増粘剤;珪砂;AE減水剤;塩化カルシウム、亜硝酸カルシウム、硝酸カルシウム、臭化カルシウム、沃化カルシウム等の可溶性カルシウム塩、塩化鉄、塩化マグネシウム等の塩化物等、硫酸塩、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸塩、チオ硫酸塩、蟻酸(塩)、アルカノールアミン等の早強剤又は促進剤;発泡剤;樹脂酸(塩)、脂肪酸エステル、油脂、シリコーン、パラフィン、アスファルト、ワックス等の防水剤;高炉スラグ;流動化剤;ジメチルポリシロキサン系、ポリアルキレングリコール脂肪酸エステル系、鉱油系、油脂系、オキシアルキレン系、アルコール系、アミド系等の消泡剤;防泡剤;フライアッシュ;メラミンスルホン酸ホルマリン縮合物系、アミノスルホン酸系、ポリマレイン酸系を含むポリカルボン酸系等の高性能減水剤;シリカヒューム;亜硝酸塩、燐酸塩、酸化亜鉛等の防錆剤;メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等のセルロース系、β−1,3−グルカン、キサンタンガム等の天然物系、ポリアクリル酸アミド、ポリエチレングリコール、オレイルアルコールのエチレンオキシド付加物もしくはこれとビニルシクロヘキセンジエポキシドとの反応物等の合成系等の水溶性高分子;(メタ)アクリル酸アルキル等の高分子エマルジョンが挙げられる。
【0144】
また、本発明の水硬性組成物用分散剤は、生コンクリート、コンクリート振動製品分野の外、セルフレベリング用、耐火物用、プラスター用、石膏スラリー用、軽量又は重量コンクリート用、AE用、補修用、プレパックド用、トレーミー用、地盤改良用、グラウト用、寒中用等の種々のコンクリートの何れの分野においても有用である。
【0145】
《水硬性組成物》
また、本発明の分散剤の対象となる水硬性組成物は、水/水硬性粉体比〔水硬性組成物中の水と水硬性粉体の重量百分率(重量%)、以下、W/Pと表記する。〕が65%以下、更に10〜60%、より更に12〜57%、特に低粘性効果が発揮される点で、15〜55%、更に20〜55%であってもよい。
【0146】
また、本発明の水硬性組成物は、水及び水硬性粉体(セメント)を含有する、ペースト、モルタル、コンクリート等であるが、骨材を含有してもよい。骨材として細骨材や粗骨材等が挙げられ、細骨材は山砂、陸砂、川砂、砕砂が好ましく、粗骨材は山砂利、陸砂利、川砂利、砕石が好ましい。用途によっては、軽量骨材を使用してもよい。なお、骨材の用語は、「コンクリート総覧」(1998年6月10日、技術書院発行)による。
【実施例】
【0147】
実施例1
攪拌機付き反応槽を窒素置換した(減圧13.0kPaにし、常圧101.3kPaまで窒素で戻した)。そして、窒素気流下(3.0Nm3/h気相)で、70℃温水10731kgを静止型混合機(東京日進ジャバラ株式会社製)により窒素と混合しながら仕込み、25℃における水の溶存酸素濃度を0.1mg/kgとした(窒素雰囲気下で25℃まで冷却して測定した値)。次いで78℃まで昇温した。
【0148】
<混合工程>
一方、ω−メトキシポリエチレングリコールモノメタクリレート(エチレンオキサイドの平均付加モル数23)10975kg(有効分60.8%、水分35%)とリン酸モノ(2−ヒドロキシエチル)メタクリル酸エステルとリン酸ジ(2−ヒドロキシエチル)メタクリル酸エステルの混合物であるリン酸エステル化物(A)1744kgを混合溶液槽内で混合し、得られた混合物にディクエスト2066(ホスホン酸系キレート剤、Solutia社製、有効分25%)9kgをさらに混合し、混合溶液を調整した。混合時の各成分の温度は何れも30℃であった。
【0149】
なお、ここで使用したリン酸エステル化物(A)は、反応容器中にメタクリル酸2-ヒドロキシエチル200gと85%リン酸(H3PO4)36.0を仕込み、5酸化2リン(無水リン酸)(P2O5)89.1gを温度が60℃を超えないように冷却しながら徐々に添加し、反応温度を80℃に設定し、6時間反応させ、冷却して得たものである。
【0150】
<共重合工程>
混合溶液槽内で調製後30℃2時間保持した混合溶液と、過硫酸アンモニウム205kgを水821kgに溶解した水溶液と、3−メルカプトプロピオン酸111kgの3者を、それぞれ1.5時間かけて、78℃に保持した反応槽に滴下した。その際、混合溶液は、反応系中に導入するまで温度を30℃に維持した。滴下終了後、水700kgを混合溶液槽に仕込み、その水を反応槽に速やかに導入した。その後、78℃に保持した反応槽に過硫酸アンモニウム45kgを水180kgに溶解した水溶液を30分かけて滴下し、滴下終了後80℃で1時間熟成した。熟成終了後に冷却しながら30%水酸化ナトリウム溶液1542kgで中和、さらにpHを確認しながら30%水酸化ナトリウムを投入し、pH5.8のリン酸エステル系重合体の水溶液を得た。反応生成物中、未反応の単量体2と単量体3の含有量は、単量体2と単量体3の仕込量の合計に対して、0.5モル%であった。
【0151】
<後処理工程>
得られたリン酸エステル系重合体の水溶液を70℃まで冷却し、35%過酸化水素11kg(反応液1kgに対して400mg)添加後、70℃で60分間混合攪拌した。混合攪拌後の残存過酸化水素量は、100mg/kg未満であった。さらに60℃以下になるまで冷却し、60℃以下になったことを確認後、トップサイド240(防腐剤、パーマケム・アジア社製)27kg(反応液1kgに対して1000mg)を添加し、さらに10分間混合し、共重合体を含有する混合物(共重合体混合物)を得た。
【0152】
実施例2
後処理工程を行わなかった以外は、実施例1と同様にして共重合体混合物を得た。
【0153】
実施例3
共重合工程で、混合溶液槽内で調製後30℃2時間保持した混合溶液の代わりに、30℃11.5時間保持した混合溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして共重合体混合物を得た。
【0154】
実施例1〜3で得られた共重合混合物(リン酸エステル系重合体)の重量平均分子量(Mw)と換算粘度を表1に示す。実施例1、2については、共重合を複数行った場合のリン酸エステル系重合体の重量平均分子量(Mw)を表1に示した。
【0155】
【表1】

【0156】
表1中、実施例1、2の重合反応は1〜3回目を連続して行わず、日を変えて行い、更に各単量体のロットも異なる原料を用いた。
【0157】
また、得られたリン酸エステル重合体の水硬性組成物用分散剤としての性能のばらつきを評価した。評価は、分散性及び粘性を、以下の方法で行った。結果を表3に示す。
【0158】
<性能評価>
(1)モルタル配合
【0159】
【表2】

【0160】
表2中の使用材料は以下のものである。
C:普通セメント(太平洋セメント株式会社製普通ポルトランドセメントと住友大阪セメント株式会社製普通ポルトランドセメントの重量比1:1混合物)
W:イオン交換水
S:千葉県君津産山砂(3.5mm通過品)
W/C:水(W)とセメント(C)の重量百分率(重量%)(以下同様)
【0161】
(2)モルタルの調製
容器(1Lステンレスビーカー:内径120mm)に、表2に示す配合の約1/2量のSを投入し、次いでCを投入、さらに残りのSを投入し、撹拌機としてEYELA製Z−2310(東京理化器械、撹拌棒:高さ50mm、内径5mm×6本/長さ110mm)を用い、200rpmで空練り25秒後、予め混合しておいた分散剤と水の混合溶液を5秒かけて投入し、投入後30秒間で壁面や撹拌棒の間の材料を掻き落し、水を投入後から3分間200rpmで混練し、モルタルを調製した。なお、必要に応じて消泡剤を添加し、連行空気量が2%以下となるように調整した。
【0162】
(3)評価
(3−1)分散性(流動性)
上部開口径が70mm、下部開口径が100mm、高さ60mmのコーンを使用し、モルタルフロー値が200mmとなるのに必要な共重合体の添加量(対セメント有効分重量%)により流動性を評価した。なお、このモルタルフロー値の200mmは、モルタルフロー値の最大値と、該最大値を与える線分の1/2の長さで直交する方向で測定したモルタルフロー値との平均値である。添加量が小さい程、分散性が強いことを現す。
【0163】
(3−2)粘性(換算粘度)
図1に示すトルク試験機に記録計を接続し、混練直後の20℃のモルタルのトルクを測定した。予め、図2に示すポリエチレングリコール(Mw20,000)で作成した20℃におけるトルク−粘度の関係式より、モルタルのトルクから粘性を算出した。ポリエチレングリコールのトルク−粘度関係式作成時に、モニター出力60W、出力信号DC0−5Vにより、記録計からトルク出力電圧値(mV)が記録される。なお、モルタルフロー200mmのトルクを測定した。
【0164】
【表3】

【0165】
実施例1及び2では、分子量変動が少なく、結果として得られる性能(必要添加量、モルタル粘性)も再現性良く同様の性能が得られた。実施例1は防腐剤の性能が発揮されると推定される。また、混合溶液槽内で調製後11.5時間保持した実施例3の分子量及び性能(必要添加量、モルタル粘性)は2時間保持した実施例1とほぼ同等であった。混合溶液槽内で調製後、72時間程度、少なくとも36時間程度は、再現性良く同様の性能の重合体が得られると推定される。
【図面の簡単な説明】
【0166】
【図1】図1は実施例で粘性の測定に用いたトルク試験機と記録計の概略図である。
【図2】図2は実施例で粘性の算出に用いたポリエチレングリコール(Mw20,000)によるトルク−粘度の関係式を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される単量体1と、下記一般式(2)で表される単量体2および下記一般式(3)で表される単量体3とを含む混合溶液を調整する混合工程ならびに単量体1、単量体2および単量体3を共重合する共重合工程を含むリン酸エステル系重合体の製造方法であって、混合工程は単量体1、2および3を10〜50℃の温度で混合する工程であり、共重合工程は25℃における溶存酸素濃度が0.01〜4.0mg/kgである重合溶媒中、ホスホン酸系キレート剤の存在下、pH7以下で共重合する工程であり、混合工程の後72時間以内に共重合工程を開始し、且つ共重合工程を開始するまでの間、前記混合溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持するリン酸エステル系重合体の製造方法。
【化1】


〔式中、R1、R2は、それぞれ水素原子又はメチル基、R3は水素原子又は-COO(AO)nX、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基又はオキシスチレン基、nはAOの平均付加モル数であり、3〜200の数、Xは水素原子又は炭素数1〜18のアルキル基を表す。〕
【化2】


〔式中、R4は水素原子又はメチル基、R5は炭素数2〜12のアルキレン基、m1は1〜30の数、Mは水素原子、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を表す。〕
【化3】


〔式中、R6、R8は、それぞれ水素原子又はメチル基、R7、R9は、それぞれ炭素数2〜12のアルキレン基、m2、m3は、それぞれ1〜30の数、Mは水素原子、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を表す。〕
【請求項2】
前記単量体2及び3が、下記一般式(4)で表される有機ヒドロキシ化合物とリン酸化剤とを反応させて得られるものである請求項1記載の製造方法。
【化4】


〔式中、R10は水素原子又はメチル基、R11は炭素数2〜12のアルキレン基、m4は1〜30の数を表す。〕
【請求項3】
前記単量体1〜3を、連鎖移動剤の存在下で共重合する請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記連鎖移動剤を、単量体1〜3の合計モル数に対して4モル%以上使用する、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
前記連鎖移動剤を含む溶液を、共重合工程までの間、該溶液の温度を10〜50℃の範囲に保持する請求項3又は4記載の製造方法。
【請求項6】
前記重合溶媒が、該重合溶媒と窒素ガスとを静止型混合機を用いて混合することにより前記溶存酸素濃度を調整されたものである請求項1〜5いずれか記載の製造方法。
【請求項7】
共重合工程後の反応液1kgに対して50〜3000mgの過酸化水素を添加し、その後、更に反応液1kgに対して100〜3000mgの防腐剤を添加する工程を有する請求項1〜6いずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7いずれかに記載の製造方法によって得られたリン酸エステル系重合体を含有する水硬性組成物分散剤。
【請求項9】
請求項1〜7いずれかに記載の製造方法によって得られたリン酸エステル系重合体、水硬性粉体ならびに水を含む水硬性組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−115238(P2008−115238A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−298542(P2006−298542)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】