リン酸カルシウム層の導入された複合材料及びその製造方法
【課題】リン酸カルシウム層の導入された複合材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されていることを特徴とする複合材料、及びアパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有することを特徴とする複合材料、及びその製造方法。
【効果】上記複合材料は、生体適合材料、環境浄化材料として有用である。
【解決手段】アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されていることを特徴とする複合材料、及びアパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有することを特徴とする複合材料、及びその製造方法。
【効果】上記複合材料は、生体適合材料、環境浄化材料として有用である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウム層の導入された複合材料及びその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、細菌、ウイルス、タンパク質や悪臭物質等を吸着する環境浄化材料並びに人工骨や人工歯根等の生体材料として用いられる、アパタイトの析出性を容易に向上させることを可能にするリン酸カルシウム系化合物を導入した複合材料、アパタイト担持複合材料、及びそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン酸カルシウム系のセラミックスであるアパタイトには、(1)細菌、ウイルス、タンパク質や悪臭物質等に対する吸着作用、(2)生体組織との親和性及び結合性に代表される生体親和性作用、がある。これらの性質を利用するために、他の材料とアパタイトの複合化が行われている。例えば、アパタイトの吸着作用と二酸化チタンに代表される光触媒の分解作用を複合化した材料がある。この複合材料は、二酸化チタンからなる表面を持つ基材を、アパタイトに対して過飽和な溶液に浸漬し、その表面に多孔質なアパタイトを析出させて調製される。ここで使用されるアパタイトの析出用溶液には、ヒトの血漿の無機イオン組成を基にアパタイトが析出し易いように成分調整されたものが使用されている(特許文献1参照)。しかしながら、この種の方法には、二酸化チタンの結晶状態や膜厚がアパタイトの析出性に影響を与えるという問題点がある。つまり、二酸化チタンの状態によって、アパタイトが全く析出しないことがあり、また、アパタイトが析出したとしても結晶が疎らになるなどの問題があり、アパタイトを早く、安定して、且つ均一な状態で析出させることは困難であった。
【0003】
また、セルロース繊維などのフィルター材料の上にアパタイトを担持させた複合フィルターを製造する方法において、アパタイトの核生成サイトを導入して、効率的にアパタイトを析出させる方法として、例えば、(1)生体活性ガラスとともにカルシウムイオンとリン酸イオンを含む溶液に浸漬する方法(特許文献2参照)、(2)基材をリン酸エステル化し、カルシウムと水酸化物イオンを含む溶液に浸漬する方法(特許文献3参照)、(3)材料をカルシウムイオンとリン酸イオンを含む溶液に浸漬後、乾燥する方法(特許文献4参照)、(4)材料をカルシウムイオンを含む溶液に浸漬後、乾燥し、次いで、リン酸イオンを含む溶液に浸漬し、乾燥する方法(特許文献5参照)、等が提案されている。
【0004】
しかし、上記(1)の生体ガラス法は、核形成の操作が煩雑であり、核形成に時間がかかり、核形成にムラがあるなどの問題点を有する。また、上記(2)のリン酸エステル法には、リン酸基の導入処理が必要であり、高温(130℃)が必要であり、核形成に長時間(1〜10日)を要する等の問題点がある。また、上記(3)の浸漬乾燥法(一段)には、核形成のために、浸漬後に乾燥工程が必要であり、更に、上記(4)の浸漬乾燥法(二段)は、複数の浸漬工程が必要であり、浸漬後に乾燥工程で必要である等の問題点がある。
【0005】
一方、アパタイトの生体親和作用を利用した材料の例では、チタン及びチタン合金がある。これらは、生体に対する毒性が低く、耐食性に優れるなどの理由から、人工関節や人工歯根などの生体骨と接触する医用材料(インプラント材料)として利用されている。しかし、チタン及びチタン合金には、生体骨と直接接合しないという問題点がある。つまり、これらは、骨との固定に長時間を要し、生体内での長期間にわたる使用中にズレや緩みといった問題が発生し、再手術が必要になってしまう。インプラント材料が生体骨と直接接合するための条件は、生体内において、人工材料の表面にアパタイト層を形成することである。アパタイトは、生体親和性に優れ、生体骨と直接結合するという性質を有している。
【0006】
そこで、チタン及びチタン合金を、アパタイトでコーティングして複合化し、生体親和性を付与させる技術(以下、生体親和性材料コーティング法)が提案されている。このアパタイトのコーティング法には、プラズマスプレー法、スパッタリング法などがあるが、前者は、厚膜形成に適しているが残留歪等のため、剥離のおそれがあり、後者は厚膜形成に適していない。また、信頼性の高いコーティング層を形成するためには、処理プロセスが複雑になり、高価な装置が必要となるため、製造コストが高くなるという問題点がある。 更に、ファイバー、メッシュ、多孔質状など、特殊形状の構造体へのアパタイトのコーティングは、難しいという問題がある。
【0007】
そこで、複雑な形状のチタン又はチタン合金に簡単に生体親和性を付与する方法として、チタン又はチタン合金よりなる基材表面を、アルカリ水溶液で処理した後、加熱処理を行い、表面に非晶質チタン酸ナトリウム層を形成する方法(以下、アルカリ・加熱処理法)が、提案されている(非特許文献1参照)。しかし、この非晶質チタン酸ナトリウム層を有するチタン材料への骨類似アパタイト形成には日単位の時間を要する。
【0008】
ここで、該方法によって提案されているアパタイトの形成機構について、上記の非晶質チタン酸ナトリウム層を例にして説明する。非晶質チタン酸ナトリウム層をヒトの体液とほぼ等しい無機イオンから成る擬似体液(SBF)に浸漬すると、(1)表面からNa+イオンを溶出し、代わりにH3O+イオンを取り込んで、多数のTi−OH基を形成する。(2)このTi−OH基は負に帯電し、その結果、SBF中の正に荷電したカルシウムイオンと結合し、非晶質チタン酸カルシウムを形成する。(3)カルシウムイオンの集積が進むと、表面が正に荷電するので、今度はSBF中の負に荷電したリン酸イオンと結合し、Ca/P比の小さい非晶質リン酸カルシウム層を形成する。この層は、準安定相なので、次々とカルシウムイオンとリン酸イオンを取り込み、アパタイト相を形成させる(非特許文献2参照)。本発明では、上記(1)〜(3)の非晶質リン酸カルシウム層の形成までを、アパタイトの核形成と呼ぶことにする。他のアパタイト形成能を有する材料でも、基本的な核形成機構は同じであると考えられる。先のアルカリ・加熱処理法で得られた非晶質チタン酸ナトリウム層への骨類似アパタイト形成に時間がかかる原因は、前述の(1)〜(3)までのアパタイトの核形成が不十分であるためであると推測される。
【0009】
そこで、非晶質チタン酸ナトリウム層のアパタイトの核形成を促進するため、カルシウムを含む溶液で処理し、非晶質チタン酸ナトリウム層のナトリウムイオンとカルシウムイオンを交換し、核形成能を高くする方法(以下、アルカリ・加熱・カルシウム導入処理法)が提唱されている(特許文献6参照)。この処理により、前述の核形成における上記(2)の非晶質チタン酸カルシウム形成を促進することが可能になる。その結果、核形成が促進され、アパタイト形成能が高くなって生体活性が増すと考えられる。この方法により得られたチタン金属材料を生体内に埋め込んで形成されたアパタイト層は、材料と化学的に結合しており、骨と十分な強度で接合する。しかし、十分な核形成を促進のためのカルシウム導入処理には、24時間という長時間を要し、また、表面に均一にアパタイトを析出させることが難しいという問題点がある。
【0010】
別の研究グループでは、酸−塩基処理でエッチングしたチタン金属の表面に、リン酸カルシウムを導入し、核形成を促進させる試みが行われている。これは、前述の核形成の説明における上記(3)の段階まで進めるという方法である。具体的には、酸−塩基処理でエッチングしたチタン金属を、0.5M Na2HPO4溶液に一晩浸漬し、次いで、飽和水酸化カルシウム溶液に5時間浸漬することにより、表面にリン酸カルシウムを導入するという方法である。この方法で得られるリン酸カルシウムは、SEM−EDXで検出できないことから、非常に微量であると報告されている。つまり、該方法では、効率的にリン酸カルシウムを導入できていないと考えられる。なにより、この方法は、複数の処理溶液を必要とし、なにより処理時間が長いという問題がある。(非特許文献3参照)
【0011】
【特許文献1】特許第3275032号明細書
【特許文献2】特開平6−293506号公報
【特許文献3】特許第2653423明細書
【特許文献4】特開平10−287411号公報
【特許文献5】特開2000−140586号公報
【特許文献6】特開2000−93498号公報
【非特許文献1】J. Biomed. Material. Res,32,409−417(1996)
【非特許文献2】セラミックス、38、2−10(2003)
【非特許文献3】Biomaterials,18,1471−1478(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上の例より、溶液から基材上にアパタイトを析出させる技術において、その律速段階は、アパタイトの核形成の段階にあるといえる。これは、不均一核形成におけるアパタイトの核形成のエネルギー障壁が高いため、容易に核形成が起きないためである。核形成が起きない場合は、アパタイトが析出せず、核形成が不十分な場合は、結晶が疎らに析出するといった問題点がある。つまり、光触媒アパタイトの場合では、複合化がうまく行われないことになる。また、生体材料の場合は、析出したアパタイトを介して骨と接合するので、アパタイトが析出しないと、生体活性が低くなるという問題がある。故に、溶液からアパタイトを析出させて基材と複合化する技術や生体親和性を付与する技術における問題点のほとんどは、アパタイトの核形成を効率よく誘導する技術により解決することが可能となると考えられる。しかし、効率的にアパタイトの核形成を誘導するための簡単で有効な処理技術はないのが実情である。
【0013】
このような状況下において、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上述の諸問題を解決することが可能な新しい材料を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、材料表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入することにより所期の目的を達成し得ることを見出し、更に研究を重ねて、本発明を完成するに至った。本発明は、基材上に予めアパタイト核形成を促進する場を導入することによりアパタイトの析出性を高くし、環境浄化材料においては、他材料との複合化を十分に行った材料を提供すること、ならびに、医療分野の生体活性材料においては、より高い生体活性を有する材料を提供することを目的とするものである。また、本発明は、基材上に予めアパタイト核形成を促進する場を導入した材料及びその簡便な製造方法を提供することを目的とするものである。更に、本発明は、上記材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するための本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されていることを特徴とする複合材料、である。また、本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有することを特徴とする複合材料、である。本複合材料は、(1)アパタイトを析出させることが出来る官能基が、水酸基、カルボキシル基、リン酸基、又はこれらの水素イオンが金属イオンと置換されたものであること、(2)基材が、金属、セラミックス、プラスチック、又はガラスであること、(3)金属が、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウム、鉄、ステンレス、又はコバルト−クロム合金であること、(4)基材が、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有するセラミックスで被覆した材料からなること、(5)セラミックスが、二酸化チタン、二酸化ケイ素、ジルコニア、酸化ニオブ、酸化タンタル、安定化ジルコニア、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト又はそれらのいずれかから成るコンポジットであること、(6)リン酸カルシウム系化合物が、カルシウム及びリン酸を主成分とし、Ca/P比が0.8〜2の範囲にあること、を好ましい態様としている。また、本発明は、上記の複合材料からなることを特徴とする生体適合部材、である。また、本発明は、上記の複合材料からなることを特徴とする環境浄化部材、である。また、本発明は、フィルター部材である上記の環境浄化部材、である。
【0015】
また、本発明は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面の一部又は全部に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層を導入することを特徴とする表面処理方法、である。本方法は、(1)60〜90℃に昇温させて溶解度を下げること、(2)マイクロ波加熱手段を用いて昇温させること、(3)昇温速度を制御して、リン酸カルシウム系化合物層を導入する処理時間を短縮すること、を好ましい態様としている。
【0016】
また、本発明は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が形成された複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法、である。本方法は、酸化チタン又は酸化チタンからなる表面をもつ基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が部分的に形成された複合材料を得ること、を好適な態様としている。更に、本発明は、上記の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法、である。本方法は、上記の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ること、を好ましい態様としている。
【0017】
次に、本発明について更に説明する。
本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、アパタイトの核形成を促進するための1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料を製造し、提供することを特徴とするものである。本発明の該複合材料は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材を、少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、溶液温度を上昇させるという簡便な処理方法を用いて、基材表面にアパタイトの核形成を促進するためのリン酸カルシウム系化合物層の形成を行うことにより製造される。形成されるリン酸カルシウム系化合物は、カルシウム及びリン酸を主成分とするもので、Ca/P比が0.8〜2の範囲であり、溶液中の陽イオン(H+、Na+、K+、Mg2+、Sr2+など)又は陰イオン(OH−、CO3−、F−、Cl−など)を含有するものも含まれる。また、本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有する複合材料を製造し、提供することを特徴とするものである。本発明の該複合材料は、前述の表面処理を行った複合材料を、アパタイトに対して過飽和な溶液に浸漬し、材料表面に、短時間で、安定して、且つ均一にアパタイトを析出させることにより製造される。ここで、アパタイトとは、式Ca10(PO4)6(OH)2で示されるリン酸カルシウム化合物を示すが、Caの一部がMg、Sr等の陽イオン、また、PO4、OHの一部がCO3、Cl、F等の陰イオンで置換されたものを含む。
【0018】
本発明において、基材としては、表面にアパタイトの結晶を析出させることが出来る官能基を有するものであれば使用可能であり、好適には、例えば、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する金属、セラミックス、プラスチック、ガラス、又はセラミックスで被覆した複合材料が例示される。この場合、上記金属としては、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウム、鉄、ステンレス、又はコバルト−クロム合金が例示される。また、上記セラミックスとしては、好適には、例えば、二酸化チタン、二酸化ケイ素、ジルコニア、酸化ニオブ、酸化タンタル、安定化ジルコニア、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト、又はそれらのいずれかから成るコンポジットが例示される。しかし、これらの材料に制限されるものではなく、同効のものであれば同様に使用することができる。また、その官能基としては、水酸基(−OH)、カルボキシル基(−COOH)、リン酸基(−PO4H2)、又はこれらの官能基の水素イオン(H+)が金属イオン(Na+、Ca+など)と置換されたもの、が例示されるが、本発明では、特に好ましい官能基として、Ti−OH基が使用される。
【0019】
本発明の上記複合材料は、例えば、環境浄化部材、生体適合部材、フィルター部材等の用途に用いられる。環境浄化材料、生体材料、フィルター材料等として有用であるが、これらのうち、例えば、環境浄化材料に適用するために、光触媒とアパタイトを複合化させる場合に使用する材料としては、例えば、酸化チタン、基材に酸化チタンを担持させたものなど、表面に酸化チタンを含有するものが例示される。また、基材としては、例えば、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト、セラミックス、金属、プラスチック等が例示されるが、光を透過するという点でシリカゲルやガラスが望ましい。
【0020】
上記基材の形状には制限はないが、好適には、例えば、表面積を大きくとるために、スポンジのような連通孔を有する三次元構造が例示される。上記基材への酸化チタンの担持は、例えば、蒸着、PVD、CVD、スパッタリング、ゾルゲル法等による酸化チタンゾルのコーティング、超微粒子酸化チタンの固着等の方法により行われる。
【0021】
また、酸化チタンについては、二酸化チタンだけでなく、チタンと酸素が不定比の酸化チタン、窒素ドープ型の酸化チタン、酸素欠損型の酸化チタン、金属イオンをドープした酸化チタン等が好適なものとして例示される。その酸化チタンの結晶形は、光触媒として高性能であるという点で、アナターゼ型であることが好ましい。ルチルやブルッカイト、非晶質(アモルファス)のものは、光触媒としての活性が低いため、好ましくない。また、酸化チタンの表面に、白金やロジウム、ルテニウム、パラジウム、銀、銅、亜鉛等の金属が担持されたものでも使用可能であり、それによって、光触媒活性が大きくなるという利点が得られる。
【0022】
次に、上記複合材料を生体材料に適用するために、生体材料の生体活性を高くする場合に使用する材料について説明すると、生体材料のうち、生体活性金属に使用する金属としては、表面にアパタイトの結晶を析出することができる官能基を形成できるものであれば、特に種類を選ばないが、好適には、例えば、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウムなどが例示される。チタン合金としては、Ti−6Al−4V、Ti−29Nb−13Ta−4.6Zr等を用いることが好ましい。また、ステンレス鋼などの他材料に前述の金属をコーティングした材料も使用することが出来る。
【0023】
これらの材料に形成される官能基は、Ti−OH基、Ta−OH基、Zr−OH基などが例示される。これらの官能基としては、金属を加熱処理して酸化物層を形成した後、水蒸気処理や水熱処理を行うことによって形成されたものも使用することができるが、金属をアルカリ溶液に浸漬したもの、又はアルカリ溶液に浸漬した後に加熱処理したものが好適である。
【0024】
材料がセラミックスの場合も、表面にアパタイトの結晶を析出することができる官能基を形成できるものであれば、特に種類を選ばないが、好適には、例えば、二酸化チタン(TiO2)、二酸化ケイ素(SiO2)、ジルコニア(ZrO2)、酸化ニオブ(Nb2O5)、酸化タンタル(Ta2O5)、アルミナ(Al2O3)などの金属酸化物が例示される。また、人工関節の骨頭に使用されているアルミナと複合化した安定化ジルコニアのように、他のセラミックスとのコンポジットを用いても良い。更に、前述のセラミックスだけから構成される材料でも良いし、他材料の基材表面に前述のセラミックスを担持させた材料でも良い。
【0025】
次に、上記複合材料をフィルター材料に適用するために、アパタイトを担持させたフィルター材の調製に用いる場合の材料について説明すると、この材料も、アパタイトを形成させることが出来る官能基を有する化合物が存在するものであれば、特に種類を選ばないが、フィルターに使用される基材には、そのような官能基を有するものが少ない。そこで、アパタイトを形成させることが出来る化合物を基材上に担持する必要がある。その化合物として、前述の生体材料の場合に記載した、二酸化チタン、二酸化ケイ素などを用いることが出来る。これらは、Ti−OH基やSi−OH基などを形成することが出来るので、好適である。また、基材への担持方法は、前述の光触媒の場合に説明したように、種々の方法により行うことが出来る。更に、基材には、アルミナ、シリカゲル、ゼオライトなどのセラミックスに加え、様々な金属材料、プラスチックなどの合成有機高分子、及び天然有機高分子も使用することが出来る。その形状にも制限はないが、スポンジのような連通孔を有する三次元構造や、基材が繊維の場合は、不織布などの形状でも使用することが出来る。
【0026】
本発明では、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、アパタイトの核形成を促進することが出来るナノオーダーの厚さを有するリン酸カルシウム系化合物を均一に又は部分的に形成させた複合材料を調製した後、この複合材料が生体部材の場合は、生体内に埋め込んだ条件でアパタイトが析出するので必ずしも必要ないが、光触媒−アパタイト担持複合材料やアパタイト担持フィルター材の場合は、更に、この複合材料を、アパタイトに対して過飽和である少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬して、材料表面にアパタイトの結晶を析出させたアパタイト担持複合材料を調製する。
【0027】
次に、本発明の表面処理方法について説明すると、本方法は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面の一部又は全部に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層を導入することを特徴とするものである。この場合、好適には、マイクロ波加熱手段を用いて60〜90℃に昇温させて溶解度を下げることでリン酸カルシウム系化合物層の形成が促進される。また、昇温速度を制御して、リン酸カルシウム系化合物層を導入する処理時間を大幅に短縮することができる。
【0028】
次に、本発明の上記複合材料の製造方法について説明すると、本方法は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が形成された複合材料を得ることを特徴とするものである。また、本方法は、酸化チタン又は酸化チタンからなる表面をもつ基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が部分的に形成された複合材料を得ることを特徴とするものである。
【0029】
本発明の複合材料の製造に使用される、材料を浸漬するための水溶液としては、少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液が例示される。該水溶液は、塩化カルシウム等のカルシウム塩や、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等のリン酸塩や、リン酸を水に溶解させて調製することが出来るが、この場合、溶解しているカルシウムイオン及びリン酸イオン濃度を高くするために、塩化ナトリウムを添加することが望ましい。更に、溶液から簡単にリン酸カルシウムが析出しないように、塩化マグネシウムなどのマグネシウム塩を安定化のために添加することが、更に好ましい。また、上記水溶液には、前述以外の陽イオン、陰イオン、例えば、カリウムイオン、炭酸イオン、硫酸イオン、フッ素イオンなどが含有されていても良いし、溶液に緩衝能が求められる場合は、トリス((CH3OH)3CNH2)などの緩衝液の成分が含有されていても良い。
【0030】
本発明で用いられる上記水溶液中のカルシウムイオンの濃度は0.5〜50mM、リン酸イオンの濃度は1〜50mM、ナトリウムイオン及び塩化物イオン濃度は50〜250mM、マグネシウムイオンの濃度は、0.1〜5mMであることが望ましい。カルシウムイオン及びリン酸イオンの濃度が、この範囲より低いと、昇温処理をしても材料表面に形成されるリン酸カルシウム系化合物の量が少なくなり、場合によっては、形成されなくなる。また、上記カルシウムイオン及びリン酸イオンの濃度が、この範囲より高いと、完全に溶解しないことが多くなり、水溶液の調製が難しくなる。完全に溶解していない白く濁った溶液を用いて処理を行うと、材料表面に形成されるリン酸カルシウム系化合物量が著しく少なくなる。また、ナトリウムイオン濃度が、この範囲より低いと、カルシウム塩とリン酸塩の溶解される量が少なくなり、透明な水溶液を得ることが難しくなり、前述のように、白濁した溶液を使用すると、形成量が著しく少なくなる。マグネシウムイオンは、一度溶解したカルシウム塩とリン酸塩が簡単に析出して溶液が白濁することを抑制し、溶液を安定化させる働きがあるため、前述の濃度より低い場合は、溶液が不安定になり、それより高いと、形成抑制作用が強くなって、昇温処理をしても、形成されるリン酸カルシウム系化合物量が少なくなってしまう。また、水溶液のpHは、6〜11、特に7.2〜7.5が好ましい。pHが、6以下や9以上になると、材料表面に均一にリン酸カルシウム層が形成されにくくなる。
【0031】
次に、材料を浸漬した後の処理条件について説明すると、本材料の処理原理は、リン酸カルシウムの溶解度が溶液温度の上昇にともなって減少することを利用したものである。より詳しくは、前述の水溶液に材料を浸漬した後、溶液温度を上げて溶解度を低下させ、溶液中及び材料表面に、リン酸カルシウム系化合物を析出させるものである。つまり、透明な溶液がリン酸カルシウム系化合物の析出により白濁するように、溶液温度を十分上昇させる必要がある。この昇温処理の開始温度は、溶液の安定性に影響され、開始時に白濁していないことが重要である。具体的には、50℃以下、特に20〜30℃が望ましい。また、終了温度は、溶液が白濁を開始する温度より高いことが必要であり、十分にリン酸カルシウムを形成させるためには、白濁開始温度より10〜30℃程度高い温度まで昇温させるがこと好ましい。通常は100℃を超えるような条件は必要なく、大気圧下で60〜90℃のような温度で十分である。この昇温速度は、5〜10℃/min程度で十分である。6℃/minの昇温速度では、30℃〜90℃まで10分間の短時間で処理時間を終了させることが出来る。通常、前述のように、6℃/minの昇温速度で10分間の処理を行った場合、二酸化チタンの表面には、全面にリン酸カルシウム層の形成が観察される。もし一回の処理で形成されたリン酸カルシウム層だけで不十分な場合は、昇温処理を繰返すことによりリン酸カルシウム層を増すことが出来る。
【0032】
材料を光触媒として利用する場合は、全面に形成されたリン酸カルシウム層のために、光触媒活性が著しく低下してしまう。そこで、本処理を光触媒に使用するためには、部分的にリン酸カルシウム層を形成させる必要がある。具体的には、溶液の白濁が開始される温度より5〜10℃高いところで、昇温を終了させる。このような条件では、リン酸カルシウム層の形成が不十分なため、部分的にリン酸カルシウム層が形成された材料を得ることが出来る。これを後述のアパタイト析出用の溶液に、改めて浸漬すれば、部分的に形成されたリン酸カルシウム層がアパタイトの核形成を促進し、アパタイトが島状に担持された光触媒−アパタイト担持複合体を得ることが出来る。このアパタイト担持材料は、リン酸カルシウム層やアパタイトに覆われていない二酸化チタン表面をもつため、全くアパタイトを担持していないものと比較すると、光触媒活性が低下するものの、光触媒活性を維持したまま複合化を行うことが可能である。以上のようにして、各種材料の表面に、リン酸カルシウム系化合物層を形成させた複合材料を得ることが出来る。
【0033】
次に、本発明のアパタイト担持複合材料の製造方法について説明すると、本方法は、上記複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とするものである。また、本方法は、上記複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とするものである。人工関節などのように、生体内に埋め込んだ条件でアパタイトを析出させる場合は、このリン酸カルシウム層が生体内でアパタイトの核形成を促進し、速やかにアパタイトの結晶が成長して生体活性を示す。それに対して、生体外でアパタイトを析出させてアパタイト担持複合材料を調製する場合には、複合化する材料をアパタイトに対して過飽和である少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する別の溶液に浸漬する必要がある。
【0034】
このアパタイト担持複合材料の製造に使用される溶液としては、例えば、特許第3275032号(特許文献1)に例示されている溶液(Na+ 153.1、K+ 4.2、 Mg2+ 0.5、Ca2+ 0.9、Cl− 142.4、HPO42− 9.6(mM))、Journal of Biomedical Material Research、24巻、721‐734(1990)に記載されている擬似体液(SBF)(Na+ 142.0、K+ 5.0、 Mg2+ 1.5、Ca2+ 2.5、Cl− 148.8、HCO3− 4.2、HPO42− 1.0、HSO42− 0.5(mM))、更に、よりアパタイトを析出しやすくした1.5倍濃度の擬似体液(1.5×SBF)(Na+ 213.0、K+ 7.5、 Mg2+ 2.3、Ca2+ 3.8、Cl− 221.7、HCO3− 6.3、HPO42− 1.5、HSO42− 0.8(mM))のようなアパタイトに対して過飽和な溶液を用いることが出来るが、これらに限定されるものでなく、これらと同効のものであれば同様に使用することが出来る。
【0035】
アパタイトを析出させる場合、マグネシウムイオンや炭酸イオンは析出のインヒビターとなるので、可能な限り濃度を低くする方が好ましい。リン酸カルシウム層が形成された複合材料を、これらの溶液に浸漬する際の温度条件は、35〜60℃の範囲であり、通常は40℃前後である。基材にアパタイトの核形成を促進するリン酸カルシウム層が形成されているので、上記浸漬により、速やかに核形成が終了してアパタイト結晶の成長が始まり、高温に維持しなくても、数時間から長くても一日でアパタイトの析出が完了する。生成されるアパタイトとしては、好適には、ヒドロキシアパタイトCa10(PO4)6(OH)2が例示されるが、その他に、第3リン酸カルシウム、第2リン酸カルシウム、オクタカルシウムホスフェート、テトラカルシウムホスフェート等が例示される。
【0036】
以上のようなプロセスで、基材表面の形状に沿って、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が均一に又は不均一に形成されている複合材料及び該複合材料の表面にアパタイトが析出した構造を有するアパタイト担持複合材料を作製することができる。また、本発明の方法により、昇温速度を制御して、大幅に処理時間を短縮することが可能であり、例えば、5〜30分の短時間でリン酸カルシウム層の導入処理が完了する。本発明では、基材表面への上記リン酸カルシウム系化合物層の導入方法及びその形態、及び上記複合材料の表面へのアパタイトの析出方法及びその形態は、それらの使用目的に応じて任意に変更及び設計することが可能である。
【発明の効果】
【0037】
本発明により、(1)リン酸カルシウム系化合物層の導入された複合材料が得られる、(2)予めリン酸カルシウム層を形成させた材料を用いることにより、アパタイトの析出性を高くすることができる、(3)その材料が、環境浄化材料の中の光触媒とアパタイトの複合材料の場合は、アパタイトを安定して、短時間に析出することが可能となるので、その複合材料の性能向上及び製造コストの削減が可能となる、(4)担体にアパタイトを担持させたフィルター材などの環境浄化材料においては、前述の光触媒とアパタイトの複合材料の場合と同様に、性能向上及び製造コストの削減が可能となることに加えて、従来の技術ではアパタイトを析出させることが困難であった材料との複合化が可能となり、新規のアパタイト担持フィルターの提供が可能となる、(5)生体材料の場合は、従来の生体材料に応用すると生体活性を高くすることが可能となり、その性能及び品質を向上させることが出来る、(6)従来の核形成促進処理に比較して、短時間でリン酸カルシウムの導入処理が可能であるため、製造コストの削減などの経済的効果が期待できる、(7)従来の方法では、極めて不十分な生体活性しか示さなかった材料に応用することで、高い生体活性を示す新規生体材料を提供することが可能となる、という効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例よって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
本実施例では、チタン金属板上に形成された二酸化チタン層の上にリン酸カルシウム系化合物層を形成させた例を示す。
(1)二酸化チタン層でコーティングしたチタン金属の調製
市販のチタニウムテトライソプロポキシド、エタノール及びジエタノールアミンからなるコーティング液(PSA−02、光触媒研究所製)と、純チタン金属(15×10×1mm、99.9% Niraco製)を用いて、ディップコートを行い、上記コーティング液をチタン金属に被覆し、これを550℃で2時間焼成し、アナターゼ型二酸化チタンで被覆されたチタン基材を調製した。これを2回繰返して行い、チタン板上に約0.5μmのアナターゼ型二酸化チタン層が形成されたチタン基材(以下、チタン基材#1)を得た。
【0040】
(2)リン酸カルシウム系化合物の導入処理(以下、昇温処理)
組成1の溶液(Na+158、Mg2+0.5、Ca2+1、Cl−143、HPO42−10(mmol/L))に、チタン基材#1を浸漬し、室温から90℃まで溶液温度を10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液からチタン基材#1を取り出し、蒸留水で洗浄して乾燥させた。
【0041】
(3)リン酸カルシウム系化合物層の確認
この基材を、FE−SEMに供し、10万倍で観察を行った。上記(1)で得られた無処理の二酸化チタンのコーティング層は、微視的には多孔体であり、20〜30nm前後の二酸化チタン粒子が観察された(図1左)。それに対して、上記(2)の昇温処理を行ったチタン基材#1は、二酸化チタン粒子が別の化合物で被覆され、その輪郭が不明瞭になり、粒子表面が被覆されていた(図1右)。更に、FE‐SEM‐EDXにより元素分析を行ったところ、カルシウムとリンが1.3の比で検出され、先の被覆層がリン酸カルシウムであることが確認された(図2右)。無処理の基材からは、カルシウムもリンも検出されなかった(図2左)。
【実施例2】
【0042】
本実施例では、スライドガラス上に形成された二酸化チタン薄膜の上にリン酸カルシウム系化合物層を形成させた例を示す。
(1)二酸化チタン層をコーティングしたスライドガラスの調製
実施例1−(1)のチタン金属板に換えて、スライドガラスを用いて、約0.3μmのアナターゼ型二酸化チタン層が形成されたスライドガラス基材を調製した(以下、スライドガラス基材#1)。
【0043】
(2)リン酸カルシウム系化合物の導入処理
組成1の溶液に、スライドガラス基材#1を浸漬し、室温から90℃まで溶液温度を10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液から基材#1を取り出し、蒸留水で洗浄して乾燥させた。
【0044】
(3)リン酸カルシウム系化合物層の確認
この基材を、FE−SEMに供し、10万倍で観察を行った。上記(1)で得られた無処理の二酸化チタンのコーティング層は、微視的には多孔体であり、20〜30nm前後の二酸化チタン粒子が観察された(図3)。それに対して、上記(2)の昇温処理を行ったスライドガラス基材は、二酸化チタン粒子がリン酸カルシウム系化合物で被覆され、その輪郭が不明瞭になっていた(図4)。
【0045】
また、処理の前後で、スライドガラス基材の光触媒活性を確認したところ、処理基材の光触媒活性は著しく低下し、ほとんど検出されなかった。これは、二酸化チタン層がリン酸カルシウム系化合物で覆われたためと考えられる。更に、被覆層の厚みを調べるために、処理基材の断面試料を作製し、TEMで観察したところ、極めて薄い約10nmの明瞭な層が確認された(図5)。TEM−EDXによる分析では、表面にCa/P比1.1のリンとカルシウムに富んだ層があることが示され、先の層が、リン酸カルシウムから成ることが確認された。
【0046】
比較例1(実施例2との比較)
実施例2−(1)のスライドガラス基材#1を、そのまま40℃の組成2の溶液(Na+153.1、K+4.2、Mg2+0.5、Ca2+0.9、Cl−142.4、HPO42−9.6(mmol/L))に浸漬し、先行技術(特許文献1)に準じた従来法によるアパタイトの析出を行った。その結果、一部の二酸化チタン粒子表面では、アパタイトの核形成が起き、その部分からアパタイトの結晶成長が観察された(図6)。しかし、実施例1、2と異なり、二酸化チタン粒子表面に、リン酸カルシウム系化合物の被覆層は全く観察されなかった。このことから、リン酸カルシウム系化合物の被覆層の形成には、昇温処理が必要であることがわかる。
【実施例3】
【0047】
本実施例では、生体活性金属としてチタンを用いた場合の実施例を示す。
(1)アルカリ・加熱処理チタンの調製
純チタン金属(15×10×1mm、99.9% Niraco製)を、#1000の耐水ペーパーで研磨し、アセトン及び蒸留水で洗浄して乾燥させた。その後、これを、60℃の5MのNaOH中に24時間浸漬し、蒸留水中で洗浄後、乾燥させた。これを、電気炉で600℃の加熱して、アルカリ・加熱処理チタン材料を得た。
【0048】
(2)アルカリ・加熱処理チタン材へのリン酸カルシウム系化合物の被覆層の形成
組成1の溶液に、アルカリ・加熱処理チタン材を浸漬し、溶液温度を室温から90℃まで10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液から上記チタン材を取り出し、蒸留水で洗浄し、乾燥させた。以下、アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材という。
【0049】
(3)リン酸カルシウム系化合物層の確認
この基材を、FE−SEMに供し、10万倍で観察を行った。上記(1)で得られたアルカリ・加熱処理チタン材の表面は、非晶質チタン酸ナトリウム層で覆われ、スポンジ状の構造をしていた(図7)。それに対して、上記(2)のアルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材は、非晶質チタン酸ナトリウムが別の化合物で被覆され、その骨格が太くなっていた(図8)。
【0050】
このアルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材を、FE−SEM−EDXに供し、表面の元素分析を行ったところ、カルシウムとリンが1.8の比で検出され、非晶質チタン酸ナトリウム層上にリン酸カルシウムが形成されたことが確認された。一方、昇温処理をしていないアルカリ・加熱処理チタン材からは、カルシウム及びリンは検出されなかった。
【0051】
(4)生体活性の評価
生体活性の評価は、擬似体液(SBF)(Na+142.0、K+5.0、Mg2+1.5、Ca2+2.5、Cl−148.8、HCO3−4.2、HPO42−1.0、HSO42−0.5(mmol/L))に基材を浸漬し、36.5℃で保持した場合の骨類似性アパタイトの析出状態により評価した。なお、SBFの調製は、文献(Journal of Biomedical Material Research、24巻、721‐734(1990))に従って行った。
【0052】
アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材を、SBFに3日間浸漬し、取り出して、光学顕微鏡及び電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、表面は層状の骨類似アパタイトに覆われていた(図9)。アパタイトが層状に観察されたのは、基材表面で無数のアパタイトの核形成が誘起されて、均一なアパタイトの成長が起きたためと考えられる。これにより、この材料の生体活性が高いことが確認された。
【0053】
比較例2(実施例3との比較)
実施例3−(1)で調製したアルカリ・加熱処理チタン材を、SBFに3日間浸漬しても、骨類似アパタイトはほとんど析出しなかった(図10)。わずかに析出した部分もあったが、表面の結晶は疎らであった。この材料では、アパタイトの核形成がほとんど起きなかったと考えられる。これにより、この材料の生体活性が低いことが確認された。
【0054】
比較例3(実施例3との比較)
また、アルカリ・加熱処理チタン材を、80℃の15mM 水酸化カルシウム溶液に24時間浸漬して、非晶質チタン酸ナトリウム層のナトリウムとカルシウムを置換し、このカルシウムを導入した材料を、SBFに3日間浸漬した。カルシウムが導入されたため、比較例2に比べると核形成が促進され、その結果、材料の表面はドーム状の骨類似アパタイトで覆われていた(図11)。ここで、ドーム状のアパタイトの数だけ核形成が起きたとすると、その数は、実施例3に比べて少なく、この材料の生体活性は、実施例3の材料よりも低いと思われる。
【実施例4】
【0055】
本実施例では、生体活性セラミックスの例を示す。
(1)二酸化チタン層でコーティングしたガラス基材の調製
市販のチタニウムテトライソプロポキシド、エタノール及びジエタノールアミンからなるコーティング液(PSA−02、光触媒研究所製)とスライドガラスを用いて、ディップコートを行い、これを550℃で2時間焼成し、アナターゼ型二酸化チタンで被覆させた。これを3回繰返して行い、約0.75μmのアナターゼ型二酸化チタン層が形成されたスライドガラス基材(以下、スライドガラス基材#2)を得た。
【0056】
(2)スライドガラス基材の二酸化チタン層へのリン酸カルシウム系化合物の被覆層の形成
組成1の溶液に、スライドガラス基材#2を浸漬し、室温から90℃まで溶液温度を10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液から上記基材#2を取り出し、蒸留水で洗浄した。
【0057】
(3)生体活性の評価
生体活性の評価は、実施例3と同様の方法で行った。昇温処理を行ったスライドガラス基材#2を、SBFに浸漬したところ、わずか一日の浸漬により、その表面に無数のドーム状の骨類似アパタイトが確認された(図12)。この結果から、この材料の生体活性が非常に高くなったと判断される。
【0058】
比較例4(実施例4との比較)
実施例4−(1)のスライドガラス基材#2を、無処理のままSBFに浸漬したところ、14日経過しても、表面にアパタイトの形成は確認されなかった(図13)。この結果から、無処理の場合、この材料の生体活性が極めて低いと言える。
【実施例5】
【0059】
本実施例では、光触媒とアパタイトを複合化させた場合の例を示す。
アパタイトと複合化させる基材には、スライドガラス上に0.2μmのアナターゼ型二酸化チタン層をディップコート法により作製した市販の光触媒サンプル(SG1A、光触媒研究所製)を使用した。このSG1Aは、比較例4に示すように、従来技術ではアパタイトを析出させることが困難な二酸化チタン層を持つ材料である。本発明の方法を光触媒に応用する場合、リン酸カルシウムの被覆処理において、実施例1や2のように、90℃まで温度を上げると、二酸化チタンの表面全体が被覆され、光触媒活性が失われてしまう。そこで、リン酸カルシウム層の部分的な被覆を行って光触媒活性を維持するために、SG1Aを、組成1の溶液に浸漬し、室温から60℃まで溶液温度を5分間で上昇させ、直ちに蒸留水で洗浄した。この処理を行った材料を、FE‐SEMで観察すると、部分的にリン酸カルシウムが被覆されていた。
【0060】
続いて、この昇温処理を行ったSG1Aを、40℃に保温した組成2の溶液に浸漬し、24時間静置してアパタイトを析出させた。その後、SG1Aを取り出して、表面を観察したところ、昇温処理を行った部分には、アパタイトが析出していた(図14、右)。更に、SEMで表面を観察すると、アパタイトは、二酸化チタン表面に島状に析出しており、下地の二酸化チタンの表面も見られた(図15)。そして、この材料の光触媒活性は、アパタイトを被覆したために低下するものの、維持されていた。
【0061】
比較例5(実施例5との比較)
実施例5で用いたSG1Aを、無処理のまま、従来法に従って、40℃の組成2の溶液に24時間浸漬したところ、全くアパタイトの析出は観察されなかった(図14、左)。
【実施例6】
【0062】
本実施例では、光触媒とアパタイトを複合化させた場合の他の例を示す。
アパタイトと複合化させる基材には、スライドガラス上に無数の細孔(ポアサイズ)約0.3μmを持つアナターゼ型二酸化チタン層をディップコート法により作製したスライドガラス基材#3を使用した。コーティング液には、市販のPSA−015P(光触媒研究所製)を使用した。このスライドガラス基材#3も、比較例5に示すように、従来技術ではアパタイトを析出させることが困難な二酸化チタン層を持つ材料である。
【0063】
このスライドガラス基材#3を、組成1の溶液に浸漬し、室温から70℃まで溶液温度を7分間で上昇させた。直ちに基材を取り出し、蒸留水で洗浄した。この基材を、40℃に保温した新しい組成2の溶液に浸漬し、24時間静置してアパタイトの析出を試みた。その後、表面を観察したところ、昇温処理を行った部分にはアパタイトが析出しており、光触媒とアパタイトの複合化が完了していた(図16、右)。
【0064】
比較例6(実施例6との比較)
実施例6で調製した細孔をもつ光触媒層を形成したスライドガラス基材#3を、無処理のまま、従来法に従って、40℃の組成2の溶液に24時間浸漬した。その後、表面を観察したが、全くアパタイトの析出は観察されなかった(図16、左)。
【産業上の利用可能性】
【0065】
以上詳述した通り、本発明は、リン酸カルシウム系化合物層の導入された複合材料及びその製造方法に係るものであり、本発明は、基材表面にアパタイトを析出させた複合材料を安定して、短時間に作製することが可能なアパタイト担持複合材料の製造方法及びその製品を提供することを可能とするものである。本アパタイト担持複合材料では、アパタイトが基材表面に均一に、全面に析出するので、本発明により、均質なアパタイト部材を製造し、提供することが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】左:無処理のチタン板上に形成された二酸化チタン層(10万倍)、右:昇温処理後のチタン基材#1の表面(10万倍)、を示す。
【図2】左:無処理のチタン基材#1のFE−SEM−EDXによる元素分析結果、右:昇温処理後のチタン基材#1のFE−SEM−EDXによる元素分析結果、を示す。
【図3】スライドガラス基材#1の表面(無処理のスライドガラス上に形成された二酸化チタン層)(10万倍)を示す。
【図4】昇温処理後の二酸化チタン層(10万倍)を示す。
【図5】昇温処理後のスライドガラス基材#1のTEMによる断面観察の結果を示す。
【図6】無処理のスライドガラス基材#1を、組成2の溶液に浸漬し,アパタイトを析出させた場合(10万倍)を示す。
【図7】アルカリ・加熱処理チタン材の表面(10万倍)を示す。
【図8】アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材(10万倍)を示す。
【図9】アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材(実施例5)を、SBFに3日間浸漬した結果(1000倍)を示す。
【図10】アルカリ・加熱処理チタン材(比較例4)を、SBFに3日間浸漬した結果(1000倍)を示す。
【図11】アルカリ・加熱・カルシウム導入処理チタン材(比較例5)を、SBFに3日間浸漬した結果(1000倍)を示す。
【図12】リン酸カルシウム導入処理を行ったスライドガラス基材#2を、SBFに1日浸漬した結果(5000倍)を示す。
【図13】無処理のスライドガラス基材#2を、SBFに14日間浸漬した結果(5000倍)を示す。
【図14】左:無処理のままSG1Aを、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトの析出を試みた例、右:リン酸カルシウム導入処理を行ったSG1Aを、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトを析出させた例、を示す。
【図15】SG1Aを処理後、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトを析出させた場合(1万倍)を示す。
【図16】左:無処理のままスライドガラス基材#3を、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトの析出を試みた例、右:リン酸カルシウム導入処理を行ったスライドガラス基材#3を、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトを析出させた例、を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウム層の導入された複合材料及びその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、細菌、ウイルス、タンパク質や悪臭物質等を吸着する環境浄化材料並びに人工骨や人工歯根等の生体材料として用いられる、アパタイトの析出性を容易に向上させることを可能にするリン酸カルシウム系化合物を導入した複合材料、アパタイト担持複合材料、及びそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン酸カルシウム系のセラミックスであるアパタイトには、(1)細菌、ウイルス、タンパク質や悪臭物質等に対する吸着作用、(2)生体組織との親和性及び結合性に代表される生体親和性作用、がある。これらの性質を利用するために、他の材料とアパタイトの複合化が行われている。例えば、アパタイトの吸着作用と二酸化チタンに代表される光触媒の分解作用を複合化した材料がある。この複合材料は、二酸化チタンからなる表面を持つ基材を、アパタイトに対して過飽和な溶液に浸漬し、その表面に多孔質なアパタイトを析出させて調製される。ここで使用されるアパタイトの析出用溶液には、ヒトの血漿の無機イオン組成を基にアパタイトが析出し易いように成分調整されたものが使用されている(特許文献1参照)。しかしながら、この種の方法には、二酸化チタンの結晶状態や膜厚がアパタイトの析出性に影響を与えるという問題点がある。つまり、二酸化チタンの状態によって、アパタイトが全く析出しないことがあり、また、アパタイトが析出したとしても結晶が疎らになるなどの問題があり、アパタイトを早く、安定して、且つ均一な状態で析出させることは困難であった。
【0003】
また、セルロース繊維などのフィルター材料の上にアパタイトを担持させた複合フィルターを製造する方法において、アパタイトの核生成サイトを導入して、効率的にアパタイトを析出させる方法として、例えば、(1)生体活性ガラスとともにカルシウムイオンとリン酸イオンを含む溶液に浸漬する方法(特許文献2参照)、(2)基材をリン酸エステル化し、カルシウムと水酸化物イオンを含む溶液に浸漬する方法(特許文献3参照)、(3)材料をカルシウムイオンとリン酸イオンを含む溶液に浸漬後、乾燥する方法(特許文献4参照)、(4)材料をカルシウムイオンを含む溶液に浸漬後、乾燥し、次いで、リン酸イオンを含む溶液に浸漬し、乾燥する方法(特許文献5参照)、等が提案されている。
【0004】
しかし、上記(1)の生体ガラス法は、核形成の操作が煩雑であり、核形成に時間がかかり、核形成にムラがあるなどの問題点を有する。また、上記(2)のリン酸エステル法には、リン酸基の導入処理が必要であり、高温(130℃)が必要であり、核形成に長時間(1〜10日)を要する等の問題点がある。また、上記(3)の浸漬乾燥法(一段)には、核形成のために、浸漬後に乾燥工程が必要であり、更に、上記(4)の浸漬乾燥法(二段)は、複数の浸漬工程が必要であり、浸漬後に乾燥工程で必要である等の問題点がある。
【0005】
一方、アパタイトの生体親和作用を利用した材料の例では、チタン及びチタン合金がある。これらは、生体に対する毒性が低く、耐食性に優れるなどの理由から、人工関節や人工歯根などの生体骨と接触する医用材料(インプラント材料)として利用されている。しかし、チタン及びチタン合金には、生体骨と直接接合しないという問題点がある。つまり、これらは、骨との固定に長時間を要し、生体内での長期間にわたる使用中にズレや緩みといった問題が発生し、再手術が必要になってしまう。インプラント材料が生体骨と直接接合するための条件は、生体内において、人工材料の表面にアパタイト層を形成することである。アパタイトは、生体親和性に優れ、生体骨と直接結合するという性質を有している。
【0006】
そこで、チタン及びチタン合金を、アパタイトでコーティングして複合化し、生体親和性を付与させる技術(以下、生体親和性材料コーティング法)が提案されている。このアパタイトのコーティング法には、プラズマスプレー法、スパッタリング法などがあるが、前者は、厚膜形成に適しているが残留歪等のため、剥離のおそれがあり、後者は厚膜形成に適していない。また、信頼性の高いコーティング層を形成するためには、処理プロセスが複雑になり、高価な装置が必要となるため、製造コストが高くなるという問題点がある。 更に、ファイバー、メッシュ、多孔質状など、特殊形状の構造体へのアパタイトのコーティングは、難しいという問題がある。
【0007】
そこで、複雑な形状のチタン又はチタン合金に簡単に生体親和性を付与する方法として、チタン又はチタン合金よりなる基材表面を、アルカリ水溶液で処理した後、加熱処理を行い、表面に非晶質チタン酸ナトリウム層を形成する方法(以下、アルカリ・加熱処理法)が、提案されている(非特許文献1参照)。しかし、この非晶質チタン酸ナトリウム層を有するチタン材料への骨類似アパタイト形成には日単位の時間を要する。
【0008】
ここで、該方法によって提案されているアパタイトの形成機構について、上記の非晶質チタン酸ナトリウム層を例にして説明する。非晶質チタン酸ナトリウム層をヒトの体液とほぼ等しい無機イオンから成る擬似体液(SBF)に浸漬すると、(1)表面からNa+イオンを溶出し、代わりにH3O+イオンを取り込んで、多数のTi−OH基を形成する。(2)このTi−OH基は負に帯電し、その結果、SBF中の正に荷電したカルシウムイオンと結合し、非晶質チタン酸カルシウムを形成する。(3)カルシウムイオンの集積が進むと、表面が正に荷電するので、今度はSBF中の負に荷電したリン酸イオンと結合し、Ca/P比の小さい非晶質リン酸カルシウム層を形成する。この層は、準安定相なので、次々とカルシウムイオンとリン酸イオンを取り込み、アパタイト相を形成させる(非特許文献2参照)。本発明では、上記(1)〜(3)の非晶質リン酸カルシウム層の形成までを、アパタイトの核形成と呼ぶことにする。他のアパタイト形成能を有する材料でも、基本的な核形成機構は同じであると考えられる。先のアルカリ・加熱処理法で得られた非晶質チタン酸ナトリウム層への骨類似アパタイト形成に時間がかかる原因は、前述の(1)〜(3)までのアパタイトの核形成が不十分であるためであると推測される。
【0009】
そこで、非晶質チタン酸ナトリウム層のアパタイトの核形成を促進するため、カルシウムを含む溶液で処理し、非晶質チタン酸ナトリウム層のナトリウムイオンとカルシウムイオンを交換し、核形成能を高くする方法(以下、アルカリ・加熱・カルシウム導入処理法)が提唱されている(特許文献6参照)。この処理により、前述の核形成における上記(2)の非晶質チタン酸カルシウム形成を促進することが可能になる。その結果、核形成が促進され、アパタイト形成能が高くなって生体活性が増すと考えられる。この方法により得られたチタン金属材料を生体内に埋め込んで形成されたアパタイト層は、材料と化学的に結合しており、骨と十分な強度で接合する。しかし、十分な核形成を促進のためのカルシウム導入処理には、24時間という長時間を要し、また、表面に均一にアパタイトを析出させることが難しいという問題点がある。
【0010】
別の研究グループでは、酸−塩基処理でエッチングしたチタン金属の表面に、リン酸カルシウムを導入し、核形成を促進させる試みが行われている。これは、前述の核形成の説明における上記(3)の段階まで進めるという方法である。具体的には、酸−塩基処理でエッチングしたチタン金属を、0.5M Na2HPO4溶液に一晩浸漬し、次いで、飽和水酸化カルシウム溶液に5時間浸漬することにより、表面にリン酸カルシウムを導入するという方法である。この方法で得られるリン酸カルシウムは、SEM−EDXで検出できないことから、非常に微量であると報告されている。つまり、該方法では、効率的にリン酸カルシウムを導入できていないと考えられる。なにより、この方法は、複数の処理溶液を必要とし、なにより処理時間が長いという問題がある。(非特許文献3参照)
【0011】
【特許文献1】特許第3275032号明細書
【特許文献2】特開平6−293506号公報
【特許文献3】特許第2653423明細書
【特許文献4】特開平10−287411号公報
【特許文献5】特開2000−140586号公報
【特許文献6】特開2000−93498号公報
【非特許文献1】J. Biomed. Material. Res,32,409−417(1996)
【非特許文献2】セラミックス、38、2−10(2003)
【非特許文献3】Biomaterials,18,1471−1478(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上の例より、溶液から基材上にアパタイトを析出させる技術において、その律速段階は、アパタイトの核形成の段階にあるといえる。これは、不均一核形成におけるアパタイトの核形成のエネルギー障壁が高いため、容易に核形成が起きないためである。核形成が起きない場合は、アパタイトが析出せず、核形成が不十分な場合は、結晶が疎らに析出するといった問題点がある。つまり、光触媒アパタイトの場合では、複合化がうまく行われないことになる。また、生体材料の場合は、析出したアパタイトを介して骨と接合するので、アパタイトが析出しないと、生体活性が低くなるという問題がある。故に、溶液からアパタイトを析出させて基材と複合化する技術や生体親和性を付与する技術における問題点のほとんどは、アパタイトの核形成を効率よく誘導する技術により解決することが可能となると考えられる。しかし、効率的にアパタイトの核形成を誘導するための簡単で有効な処理技術はないのが実情である。
【0013】
このような状況下において、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上述の諸問題を解決することが可能な新しい材料を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、材料表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入することにより所期の目的を達成し得ることを見出し、更に研究を重ねて、本発明を完成するに至った。本発明は、基材上に予めアパタイト核形成を促進する場を導入することによりアパタイトの析出性を高くし、環境浄化材料においては、他材料との複合化を十分に行った材料を提供すること、ならびに、医療分野の生体活性材料においては、より高い生体活性を有する材料を提供することを目的とするものである。また、本発明は、基材上に予めアパタイト核形成を促進する場を導入した材料及びその簡便な製造方法を提供することを目的とするものである。更に、本発明は、上記材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するための本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されていることを特徴とする複合材料、である。また、本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有することを特徴とする複合材料、である。本複合材料は、(1)アパタイトを析出させることが出来る官能基が、水酸基、カルボキシル基、リン酸基、又はこれらの水素イオンが金属イオンと置換されたものであること、(2)基材が、金属、セラミックス、プラスチック、又はガラスであること、(3)金属が、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウム、鉄、ステンレス、又はコバルト−クロム合金であること、(4)基材が、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有するセラミックスで被覆した材料からなること、(5)セラミックスが、二酸化チタン、二酸化ケイ素、ジルコニア、酸化ニオブ、酸化タンタル、安定化ジルコニア、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト又はそれらのいずれかから成るコンポジットであること、(6)リン酸カルシウム系化合物が、カルシウム及びリン酸を主成分とし、Ca/P比が0.8〜2の範囲にあること、を好ましい態様としている。また、本発明は、上記の複合材料からなることを特徴とする生体適合部材、である。また、本発明は、上記の複合材料からなることを特徴とする環境浄化部材、である。また、本発明は、フィルター部材である上記の環境浄化部材、である。
【0015】
また、本発明は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面の一部又は全部に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層を導入することを特徴とする表面処理方法、である。本方法は、(1)60〜90℃に昇温させて溶解度を下げること、(2)マイクロ波加熱手段を用いて昇温させること、(3)昇温速度を制御して、リン酸カルシウム系化合物層を導入する処理時間を短縮すること、を好ましい態様としている。
【0016】
また、本発明は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が形成された複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法、である。本方法は、酸化チタン又は酸化チタンからなる表面をもつ基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が部分的に形成された複合材料を得ること、を好適な態様としている。更に、本発明は、上記の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法、である。本方法は、上記の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ること、を好ましい態様としている。
【0017】
次に、本発明について更に説明する。
本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、アパタイトの核形成を促進するための1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料を製造し、提供することを特徴とするものである。本発明の該複合材料は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材を、少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、溶液温度を上昇させるという簡便な処理方法を用いて、基材表面にアパタイトの核形成を促進するためのリン酸カルシウム系化合物層の形成を行うことにより製造される。形成されるリン酸カルシウム系化合物は、カルシウム及びリン酸を主成分とするもので、Ca/P比が0.8〜2の範囲であり、溶液中の陽イオン(H+、Na+、K+、Mg2+、Sr2+など)又は陰イオン(OH−、CO3−、F−、Cl−など)を含有するものも含まれる。また、本発明は、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有する複合材料を製造し、提供することを特徴とするものである。本発明の該複合材料は、前述の表面処理を行った複合材料を、アパタイトに対して過飽和な溶液に浸漬し、材料表面に、短時間で、安定して、且つ均一にアパタイトを析出させることにより製造される。ここで、アパタイトとは、式Ca10(PO4)6(OH)2で示されるリン酸カルシウム化合物を示すが、Caの一部がMg、Sr等の陽イオン、また、PO4、OHの一部がCO3、Cl、F等の陰イオンで置換されたものを含む。
【0018】
本発明において、基材としては、表面にアパタイトの結晶を析出させることが出来る官能基を有するものであれば使用可能であり、好適には、例えば、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する金属、セラミックス、プラスチック、ガラス、又はセラミックスで被覆した複合材料が例示される。この場合、上記金属としては、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウム、鉄、ステンレス、又はコバルト−クロム合金が例示される。また、上記セラミックスとしては、好適には、例えば、二酸化チタン、二酸化ケイ素、ジルコニア、酸化ニオブ、酸化タンタル、安定化ジルコニア、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト、又はそれらのいずれかから成るコンポジットが例示される。しかし、これらの材料に制限されるものではなく、同効のものであれば同様に使用することができる。また、その官能基としては、水酸基(−OH)、カルボキシル基(−COOH)、リン酸基(−PO4H2)、又はこれらの官能基の水素イオン(H+)が金属イオン(Na+、Ca+など)と置換されたもの、が例示されるが、本発明では、特に好ましい官能基として、Ti−OH基が使用される。
【0019】
本発明の上記複合材料は、例えば、環境浄化部材、生体適合部材、フィルター部材等の用途に用いられる。環境浄化材料、生体材料、フィルター材料等として有用であるが、これらのうち、例えば、環境浄化材料に適用するために、光触媒とアパタイトを複合化させる場合に使用する材料としては、例えば、酸化チタン、基材に酸化チタンを担持させたものなど、表面に酸化チタンを含有するものが例示される。また、基材としては、例えば、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト、セラミックス、金属、プラスチック等が例示されるが、光を透過するという点でシリカゲルやガラスが望ましい。
【0020】
上記基材の形状には制限はないが、好適には、例えば、表面積を大きくとるために、スポンジのような連通孔を有する三次元構造が例示される。上記基材への酸化チタンの担持は、例えば、蒸着、PVD、CVD、スパッタリング、ゾルゲル法等による酸化チタンゾルのコーティング、超微粒子酸化チタンの固着等の方法により行われる。
【0021】
また、酸化チタンについては、二酸化チタンだけでなく、チタンと酸素が不定比の酸化チタン、窒素ドープ型の酸化チタン、酸素欠損型の酸化チタン、金属イオンをドープした酸化チタン等が好適なものとして例示される。その酸化チタンの結晶形は、光触媒として高性能であるという点で、アナターゼ型であることが好ましい。ルチルやブルッカイト、非晶質(アモルファス)のものは、光触媒としての活性が低いため、好ましくない。また、酸化チタンの表面に、白金やロジウム、ルテニウム、パラジウム、銀、銅、亜鉛等の金属が担持されたものでも使用可能であり、それによって、光触媒活性が大きくなるという利点が得られる。
【0022】
次に、上記複合材料を生体材料に適用するために、生体材料の生体活性を高くする場合に使用する材料について説明すると、生体材料のうち、生体活性金属に使用する金属としては、表面にアパタイトの結晶を析出することができる官能基を形成できるものであれば、特に種類を選ばないが、好適には、例えば、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウムなどが例示される。チタン合金としては、Ti−6Al−4V、Ti−29Nb−13Ta−4.6Zr等を用いることが好ましい。また、ステンレス鋼などの他材料に前述の金属をコーティングした材料も使用することが出来る。
【0023】
これらの材料に形成される官能基は、Ti−OH基、Ta−OH基、Zr−OH基などが例示される。これらの官能基としては、金属を加熱処理して酸化物層を形成した後、水蒸気処理や水熱処理を行うことによって形成されたものも使用することができるが、金属をアルカリ溶液に浸漬したもの、又はアルカリ溶液に浸漬した後に加熱処理したものが好適である。
【0024】
材料がセラミックスの場合も、表面にアパタイトの結晶を析出することができる官能基を形成できるものであれば、特に種類を選ばないが、好適には、例えば、二酸化チタン(TiO2)、二酸化ケイ素(SiO2)、ジルコニア(ZrO2)、酸化ニオブ(Nb2O5)、酸化タンタル(Ta2O5)、アルミナ(Al2O3)などの金属酸化物が例示される。また、人工関節の骨頭に使用されているアルミナと複合化した安定化ジルコニアのように、他のセラミックスとのコンポジットを用いても良い。更に、前述のセラミックスだけから構成される材料でも良いし、他材料の基材表面に前述のセラミックスを担持させた材料でも良い。
【0025】
次に、上記複合材料をフィルター材料に適用するために、アパタイトを担持させたフィルター材の調製に用いる場合の材料について説明すると、この材料も、アパタイトを形成させることが出来る官能基を有する化合物が存在するものであれば、特に種類を選ばないが、フィルターに使用される基材には、そのような官能基を有するものが少ない。そこで、アパタイトを形成させることが出来る化合物を基材上に担持する必要がある。その化合物として、前述の生体材料の場合に記載した、二酸化チタン、二酸化ケイ素などを用いることが出来る。これらは、Ti−OH基やSi−OH基などを形成することが出来るので、好適である。また、基材への担持方法は、前述の光触媒の場合に説明したように、種々の方法により行うことが出来る。更に、基材には、アルミナ、シリカゲル、ゼオライトなどのセラミックスに加え、様々な金属材料、プラスチックなどの合成有機高分子、及び天然有機高分子も使用することが出来る。その形状にも制限はないが、スポンジのような連通孔を有する三次元構造や、基材が繊維の場合は、不織布などの形状でも使用することが出来る。
【0026】
本発明では、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、アパタイトの核形成を促進することが出来るナノオーダーの厚さを有するリン酸カルシウム系化合物を均一に又は部分的に形成させた複合材料を調製した後、この複合材料が生体部材の場合は、生体内に埋め込んだ条件でアパタイトが析出するので必ずしも必要ないが、光触媒−アパタイト担持複合材料やアパタイト担持フィルター材の場合は、更に、この複合材料を、アパタイトに対して過飽和である少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬して、材料表面にアパタイトの結晶を析出させたアパタイト担持複合材料を調製する。
【0027】
次に、本発明の表面処理方法について説明すると、本方法は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面の一部又は全部に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層を導入することを特徴とするものである。この場合、好適には、マイクロ波加熱手段を用いて60〜90℃に昇温させて溶解度を下げることでリン酸カルシウム系化合物層の形成が促進される。また、昇温速度を制御して、リン酸カルシウム系化合物層を導入する処理時間を大幅に短縮することができる。
【0028】
次に、本発明の上記複合材料の製造方法について説明すると、本方法は、基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が形成された複合材料を得ることを特徴とするものである。また、本方法は、酸化チタン又は酸化チタンからなる表面をもつ基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が部分的に形成された複合材料を得ることを特徴とするものである。
【0029】
本発明の複合材料の製造に使用される、材料を浸漬するための水溶液としては、少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液が例示される。該水溶液は、塩化カルシウム等のカルシウム塩や、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等のリン酸塩や、リン酸を水に溶解させて調製することが出来るが、この場合、溶解しているカルシウムイオン及びリン酸イオン濃度を高くするために、塩化ナトリウムを添加することが望ましい。更に、溶液から簡単にリン酸カルシウムが析出しないように、塩化マグネシウムなどのマグネシウム塩を安定化のために添加することが、更に好ましい。また、上記水溶液には、前述以外の陽イオン、陰イオン、例えば、カリウムイオン、炭酸イオン、硫酸イオン、フッ素イオンなどが含有されていても良いし、溶液に緩衝能が求められる場合は、トリス((CH3OH)3CNH2)などの緩衝液の成分が含有されていても良い。
【0030】
本発明で用いられる上記水溶液中のカルシウムイオンの濃度は0.5〜50mM、リン酸イオンの濃度は1〜50mM、ナトリウムイオン及び塩化物イオン濃度は50〜250mM、マグネシウムイオンの濃度は、0.1〜5mMであることが望ましい。カルシウムイオン及びリン酸イオンの濃度が、この範囲より低いと、昇温処理をしても材料表面に形成されるリン酸カルシウム系化合物の量が少なくなり、場合によっては、形成されなくなる。また、上記カルシウムイオン及びリン酸イオンの濃度が、この範囲より高いと、完全に溶解しないことが多くなり、水溶液の調製が難しくなる。完全に溶解していない白く濁った溶液を用いて処理を行うと、材料表面に形成されるリン酸カルシウム系化合物量が著しく少なくなる。また、ナトリウムイオン濃度が、この範囲より低いと、カルシウム塩とリン酸塩の溶解される量が少なくなり、透明な水溶液を得ることが難しくなり、前述のように、白濁した溶液を使用すると、形成量が著しく少なくなる。マグネシウムイオンは、一度溶解したカルシウム塩とリン酸塩が簡単に析出して溶液が白濁することを抑制し、溶液を安定化させる働きがあるため、前述の濃度より低い場合は、溶液が不安定になり、それより高いと、形成抑制作用が強くなって、昇温処理をしても、形成されるリン酸カルシウム系化合物量が少なくなってしまう。また、水溶液のpHは、6〜11、特に7.2〜7.5が好ましい。pHが、6以下や9以上になると、材料表面に均一にリン酸カルシウム層が形成されにくくなる。
【0031】
次に、材料を浸漬した後の処理条件について説明すると、本材料の処理原理は、リン酸カルシウムの溶解度が溶液温度の上昇にともなって減少することを利用したものである。より詳しくは、前述の水溶液に材料を浸漬した後、溶液温度を上げて溶解度を低下させ、溶液中及び材料表面に、リン酸カルシウム系化合物を析出させるものである。つまり、透明な溶液がリン酸カルシウム系化合物の析出により白濁するように、溶液温度を十分上昇させる必要がある。この昇温処理の開始温度は、溶液の安定性に影響され、開始時に白濁していないことが重要である。具体的には、50℃以下、特に20〜30℃が望ましい。また、終了温度は、溶液が白濁を開始する温度より高いことが必要であり、十分にリン酸カルシウムを形成させるためには、白濁開始温度より10〜30℃程度高い温度まで昇温させるがこと好ましい。通常は100℃を超えるような条件は必要なく、大気圧下で60〜90℃のような温度で十分である。この昇温速度は、5〜10℃/min程度で十分である。6℃/minの昇温速度では、30℃〜90℃まで10分間の短時間で処理時間を終了させることが出来る。通常、前述のように、6℃/minの昇温速度で10分間の処理を行った場合、二酸化チタンの表面には、全面にリン酸カルシウム層の形成が観察される。もし一回の処理で形成されたリン酸カルシウム層だけで不十分な場合は、昇温処理を繰返すことによりリン酸カルシウム層を増すことが出来る。
【0032】
材料を光触媒として利用する場合は、全面に形成されたリン酸カルシウム層のために、光触媒活性が著しく低下してしまう。そこで、本処理を光触媒に使用するためには、部分的にリン酸カルシウム層を形成させる必要がある。具体的には、溶液の白濁が開始される温度より5〜10℃高いところで、昇温を終了させる。このような条件では、リン酸カルシウム層の形成が不十分なため、部分的にリン酸カルシウム層が形成された材料を得ることが出来る。これを後述のアパタイト析出用の溶液に、改めて浸漬すれば、部分的に形成されたリン酸カルシウム層がアパタイトの核形成を促進し、アパタイトが島状に担持された光触媒−アパタイト担持複合体を得ることが出来る。このアパタイト担持材料は、リン酸カルシウム層やアパタイトに覆われていない二酸化チタン表面をもつため、全くアパタイトを担持していないものと比較すると、光触媒活性が低下するものの、光触媒活性を維持したまま複合化を行うことが可能である。以上のようにして、各種材料の表面に、リン酸カルシウム系化合物層を形成させた複合材料を得ることが出来る。
【0033】
次に、本発明のアパタイト担持複合材料の製造方法について説明すると、本方法は、上記複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とするものである。また、本方法は、上記複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とするものである。人工関節などのように、生体内に埋め込んだ条件でアパタイトを析出させる場合は、このリン酸カルシウム層が生体内でアパタイトの核形成を促進し、速やかにアパタイトの結晶が成長して生体活性を示す。それに対して、生体外でアパタイトを析出させてアパタイト担持複合材料を調製する場合には、複合化する材料をアパタイトに対して過飽和である少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する別の溶液に浸漬する必要がある。
【0034】
このアパタイト担持複合材料の製造に使用される溶液としては、例えば、特許第3275032号(特許文献1)に例示されている溶液(Na+ 153.1、K+ 4.2、 Mg2+ 0.5、Ca2+ 0.9、Cl− 142.4、HPO42− 9.6(mM))、Journal of Biomedical Material Research、24巻、721‐734(1990)に記載されている擬似体液(SBF)(Na+ 142.0、K+ 5.0、 Mg2+ 1.5、Ca2+ 2.5、Cl− 148.8、HCO3− 4.2、HPO42− 1.0、HSO42− 0.5(mM))、更に、よりアパタイトを析出しやすくした1.5倍濃度の擬似体液(1.5×SBF)(Na+ 213.0、K+ 7.5、 Mg2+ 2.3、Ca2+ 3.8、Cl− 221.7、HCO3− 6.3、HPO42− 1.5、HSO42− 0.8(mM))のようなアパタイトに対して過飽和な溶液を用いることが出来るが、これらに限定されるものでなく、これらと同効のものであれば同様に使用することが出来る。
【0035】
アパタイトを析出させる場合、マグネシウムイオンや炭酸イオンは析出のインヒビターとなるので、可能な限り濃度を低くする方が好ましい。リン酸カルシウム層が形成された複合材料を、これらの溶液に浸漬する際の温度条件は、35〜60℃の範囲であり、通常は40℃前後である。基材にアパタイトの核形成を促進するリン酸カルシウム層が形成されているので、上記浸漬により、速やかに核形成が終了してアパタイト結晶の成長が始まり、高温に維持しなくても、数時間から長くても一日でアパタイトの析出が完了する。生成されるアパタイトとしては、好適には、ヒドロキシアパタイトCa10(PO4)6(OH)2が例示されるが、その他に、第3リン酸カルシウム、第2リン酸カルシウム、オクタカルシウムホスフェート、テトラカルシウムホスフェート等が例示される。
【0036】
以上のようなプロセスで、基材表面の形状に沿って、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が均一に又は不均一に形成されている複合材料及び該複合材料の表面にアパタイトが析出した構造を有するアパタイト担持複合材料を作製することができる。また、本発明の方法により、昇温速度を制御して、大幅に処理時間を短縮することが可能であり、例えば、5〜30分の短時間でリン酸カルシウム層の導入処理が完了する。本発明では、基材表面への上記リン酸カルシウム系化合物層の導入方法及びその形態、及び上記複合材料の表面へのアパタイトの析出方法及びその形態は、それらの使用目的に応じて任意に変更及び設計することが可能である。
【発明の効果】
【0037】
本発明により、(1)リン酸カルシウム系化合物層の導入された複合材料が得られる、(2)予めリン酸カルシウム層を形成させた材料を用いることにより、アパタイトの析出性を高くすることができる、(3)その材料が、環境浄化材料の中の光触媒とアパタイトの複合材料の場合は、アパタイトを安定して、短時間に析出することが可能となるので、その複合材料の性能向上及び製造コストの削減が可能となる、(4)担体にアパタイトを担持させたフィルター材などの環境浄化材料においては、前述の光触媒とアパタイトの複合材料の場合と同様に、性能向上及び製造コストの削減が可能となることに加えて、従来の技術ではアパタイトを析出させることが困難であった材料との複合化が可能となり、新規のアパタイト担持フィルターの提供が可能となる、(5)生体材料の場合は、従来の生体材料に応用すると生体活性を高くすることが可能となり、その性能及び品質を向上させることが出来る、(6)従来の核形成促進処理に比較して、短時間でリン酸カルシウムの導入処理が可能であるため、製造コストの削減などの経済的効果が期待できる、(7)従来の方法では、極めて不十分な生体活性しか示さなかった材料に応用することで、高い生体活性を示す新規生体材料を提供することが可能となる、という効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例よって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
本実施例では、チタン金属板上に形成された二酸化チタン層の上にリン酸カルシウム系化合物層を形成させた例を示す。
(1)二酸化チタン層でコーティングしたチタン金属の調製
市販のチタニウムテトライソプロポキシド、エタノール及びジエタノールアミンからなるコーティング液(PSA−02、光触媒研究所製)と、純チタン金属(15×10×1mm、99.9% Niraco製)を用いて、ディップコートを行い、上記コーティング液をチタン金属に被覆し、これを550℃で2時間焼成し、アナターゼ型二酸化チタンで被覆されたチタン基材を調製した。これを2回繰返して行い、チタン板上に約0.5μmのアナターゼ型二酸化チタン層が形成されたチタン基材(以下、チタン基材#1)を得た。
【0040】
(2)リン酸カルシウム系化合物の導入処理(以下、昇温処理)
組成1の溶液(Na+158、Mg2+0.5、Ca2+1、Cl−143、HPO42−10(mmol/L))に、チタン基材#1を浸漬し、室温から90℃まで溶液温度を10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液からチタン基材#1を取り出し、蒸留水で洗浄して乾燥させた。
【0041】
(3)リン酸カルシウム系化合物層の確認
この基材を、FE−SEMに供し、10万倍で観察を行った。上記(1)で得られた無処理の二酸化チタンのコーティング層は、微視的には多孔体であり、20〜30nm前後の二酸化チタン粒子が観察された(図1左)。それに対して、上記(2)の昇温処理を行ったチタン基材#1は、二酸化チタン粒子が別の化合物で被覆され、その輪郭が不明瞭になり、粒子表面が被覆されていた(図1右)。更に、FE‐SEM‐EDXにより元素分析を行ったところ、カルシウムとリンが1.3の比で検出され、先の被覆層がリン酸カルシウムであることが確認された(図2右)。無処理の基材からは、カルシウムもリンも検出されなかった(図2左)。
【実施例2】
【0042】
本実施例では、スライドガラス上に形成された二酸化チタン薄膜の上にリン酸カルシウム系化合物層を形成させた例を示す。
(1)二酸化チタン層をコーティングしたスライドガラスの調製
実施例1−(1)のチタン金属板に換えて、スライドガラスを用いて、約0.3μmのアナターゼ型二酸化チタン層が形成されたスライドガラス基材を調製した(以下、スライドガラス基材#1)。
【0043】
(2)リン酸カルシウム系化合物の導入処理
組成1の溶液に、スライドガラス基材#1を浸漬し、室温から90℃まで溶液温度を10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液から基材#1を取り出し、蒸留水で洗浄して乾燥させた。
【0044】
(3)リン酸カルシウム系化合物層の確認
この基材を、FE−SEMに供し、10万倍で観察を行った。上記(1)で得られた無処理の二酸化チタンのコーティング層は、微視的には多孔体であり、20〜30nm前後の二酸化チタン粒子が観察された(図3)。それに対して、上記(2)の昇温処理を行ったスライドガラス基材は、二酸化チタン粒子がリン酸カルシウム系化合物で被覆され、その輪郭が不明瞭になっていた(図4)。
【0045】
また、処理の前後で、スライドガラス基材の光触媒活性を確認したところ、処理基材の光触媒活性は著しく低下し、ほとんど検出されなかった。これは、二酸化チタン層がリン酸カルシウム系化合物で覆われたためと考えられる。更に、被覆層の厚みを調べるために、処理基材の断面試料を作製し、TEMで観察したところ、極めて薄い約10nmの明瞭な層が確認された(図5)。TEM−EDXによる分析では、表面にCa/P比1.1のリンとカルシウムに富んだ層があることが示され、先の層が、リン酸カルシウムから成ることが確認された。
【0046】
比較例1(実施例2との比較)
実施例2−(1)のスライドガラス基材#1を、そのまま40℃の組成2の溶液(Na+153.1、K+4.2、Mg2+0.5、Ca2+0.9、Cl−142.4、HPO42−9.6(mmol/L))に浸漬し、先行技術(特許文献1)に準じた従来法によるアパタイトの析出を行った。その結果、一部の二酸化チタン粒子表面では、アパタイトの核形成が起き、その部分からアパタイトの結晶成長が観察された(図6)。しかし、実施例1、2と異なり、二酸化チタン粒子表面に、リン酸カルシウム系化合物の被覆層は全く観察されなかった。このことから、リン酸カルシウム系化合物の被覆層の形成には、昇温処理が必要であることがわかる。
【実施例3】
【0047】
本実施例では、生体活性金属としてチタンを用いた場合の実施例を示す。
(1)アルカリ・加熱処理チタンの調製
純チタン金属(15×10×1mm、99.9% Niraco製)を、#1000の耐水ペーパーで研磨し、アセトン及び蒸留水で洗浄して乾燥させた。その後、これを、60℃の5MのNaOH中に24時間浸漬し、蒸留水中で洗浄後、乾燥させた。これを、電気炉で600℃の加熱して、アルカリ・加熱処理チタン材料を得た。
【0048】
(2)アルカリ・加熱処理チタン材へのリン酸カルシウム系化合物の被覆層の形成
組成1の溶液に、アルカリ・加熱処理チタン材を浸漬し、溶液温度を室温から90℃まで10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液から上記チタン材を取り出し、蒸留水で洗浄し、乾燥させた。以下、アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材という。
【0049】
(3)リン酸カルシウム系化合物層の確認
この基材を、FE−SEMに供し、10万倍で観察を行った。上記(1)で得られたアルカリ・加熱処理チタン材の表面は、非晶質チタン酸ナトリウム層で覆われ、スポンジ状の構造をしていた(図7)。それに対して、上記(2)のアルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材は、非晶質チタン酸ナトリウムが別の化合物で被覆され、その骨格が太くなっていた(図8)。
【0050】
このアルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材を、FE−SEM−EDXに供し、表面の元素分析を行ったところ、カルシウムとリンが1.8の比で検出され、非晶質チタン酸ナトリウム層上にリン酸カルシウムが形成されたことが確認された。一方、昇温処理をしていないアルカリ・加熱処理チタン材からは、カルシウム及びリンは検出されなかった。
【0051】
(4)生体活性の評価
生体活性の評価は、擬似体液(SBF)(Na+142.0、K+5.0、Mg2+1.5、Ca2+2.5、Cl−148.8、HCO3−4.2、HPO42−1.0、HSO42−0.5(mmol/L))に基材を浸漬し、36.5℃で保持した場合の骨類似性アパタイトの析出状態により評価した。なお、SBFの調製は、文献(Journal of Biomedical Material Research、24巻、721‐734(1990))に従って行った。
【0052】
アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材を、SBFに3日間浸漬し、取り出して、光学顕微鏡及び電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、表面は層状の骨類似アパタイトに覆われていた(図9)。アパタイトが層状に観察されたのは、基材表面で無数のアパタイトの核形成が誘起されて、均一なアパタイトの成長が起きたためと考えられる。これにより、この材料の生体活性が高いことが確認された。
【0053】
比較例2(実施例3との比較)
実施例3−(1)で調製したアルカリ・加熱処理チタン材を、SBFに3日間浸漬しても、骨類似アパタイトはほとんど析出しなかった(図10)。わずかに析出した部分もあったが、表面の結晶は疎らであった。この材料では、アパタイトの核形成がほとんど起きなかったと考えられる。これにより、この材料の生体活性が低いことが確認された。
【0054】
比較例3(実施例3との比較)
また、アルカリ・加熱処理チタン材を、80℃の15mM 水酸化カルシウム溶液に24時間浸漬して、非晶質チタン酸ナトリウム層のナトリウムとカルシウムを置換し、このカルシウムを導入した材料を、SBFに3日間浸漬した。カルシウムが導入されたため、比較例2に比べると核形成が促進され、その結果、材料の表面はドーム状の骨類似アパタイトで覆われていた(図11)。ここで、ドーム状のアパタイトの数だけ核形成が起きたとすると、その数は、実施例3に比べて少なく、この材料の生体活性は、実施例3の材料よりも低いと思われる。
【実施例4】
【0055】
本実施例では、生体活性セラミックスの例を示す。
(1)二酸化チタン層でコーティングしたガラス基材の調製
市販のチタニウムテトライソプロポキシド、エタノール及びジエタノールアミンからなるコーティング液(PSA−02、光触媒研究所製)とスライドガラスを用いて、ディップコートを行い、これを550℃で2時間焼成し、アナターゼ型二酸化チタンで被覆させた。これを3回繰返して行い、約0.75μmのアナターゼ型二酸化チタン層が形成されたスライドガラス基材(以下、スライドガラス基材#2)を得た。
【0056】
(2)スライドガラス基材の二酸化チタン層へのリン酸カルシウム系化合物の被覆層の形成
組成1の溶液に、スライドガラス基材#2を浸漬し、室温から90℃まで溶液温度を10分間で上昇させた。昇温処理後、溶液から上記基材#2を取り出し、蒸留水で洗浄した。
【0057】
(3)生体活性の評価
生体活性の評価は、実施例3と同様の方法で行った。昇温処理を行ったスライドガラス基材#2を、SBFに浸漬したところ、わずか一日の浸漬により、その表面に無数のドーム状の骨類似アパタイトが確認された(図12)。この結果から、この材料の生体活性が非常に高くなったと判断される。
【0058】
比較例4(実施例4との比較)
実施例4−(1)のスライドガラス基材#2を、無処理のままSBFに浸漬したところ、14日経過しても、表面にアパタイトの形成は確認されなかった(図13)。この結果から、無処理の場合、この材料の生体活性が極めて低いと言える。
【実施例5】
【0059】
本実施例では、光触媒とアパタイトを複合化させた場合の例を示す。
アパタイトと複合化させる基材には、スライドガラス上に0.2μmのアナターゼ型二酸化チタン層をディップコート法により作製した市販の光触媒サンプル(SG1A、光触媒研究所製)を使用した。このSG1Aは、比較例4に示すように、従来技術ではアパタイトを析出させることが困難な二酸化チタン層を持つ材料である。本発明の方法を光触媒に応用する場合、リン酸カルシウムの被覆処理において、実施例1や2のように、90℃まで温度を上げると、二酸化チタンの表面全体が被覆され、光触媒活性が失われてしまう。そこで、リン酸カルシウム層の部分的な被覆を行って光触媒活性を維持するために、SG1Aを、組成1の溶液に浸漬し、室温から60℃まで溶液温度を5分間で上昇させ、直ちに蒸留水で洗浄した。この処理を行った材料を、FE‐SEMで観察すると、部分的にリン酸カルシウムが被覆されていた。
【0060】
続いて、この昇温処理を行ったSG1Aを、40℃に保温した組成2の溶液に浸漬し、24時間静置してアパタイトを析出させた。その後、SG1Aを取り出して、表面を観察したところ、昇温処理を行った部分には、アパタイトが析出していた(図14、右)。更に、SEMで表面を観察すると、アパタイトは、二酸化チタン表面に島状に析出しており、下地の二酸化チタンの表面も見られた(図15)。そして、この材料の光触媒活性は、アパタイトを被覆したために低下するものの、維持されていた。
【0061】
比較例5(実施例5との比較)
実施例5で用いたSG1Aを、無処理のまま、従来法に従って、40℃の組成2の溶液に24時間浸漬したところ、全くアパタイトの析出は観察されなかった(図14、左)。
【実施例6】
【0062】
本実施例では、光触媒とアパタイトを複合化させた場合の他の例を示す。
アパタイトと複合化させる基材には、スライドガラス上に無数の細孔(ポアサイズ)約0.3μmを持つアナターゼ型二酸化チタン層をディップコート法により作製したスライドガラス基材#3を使用した。コーティング液には、市販のPSA−015P(光触媒研究所製)を使用した。このスライドガラス基材#3も、比較例5に示すように、従来技術ではアパタイトを析出させることが困難な二酸化チタン層を持つ材料である。
【0063】
このスライドガラス基材#3を、組成1の溶液に浸漬し、室温から70℃まで溶液温度を7分間で上昇させた。直ちに基材を取り出し、蒸留水で洗浄した。この基材を、40℃に保温した新しい組成2の溶液に浸漬し、24時間静置してアパタイトの析出を試みた。その後、表面を観察したところ、昇温処理を行った部分にはアパタイトが析出しており、光触媒とアパタイトの複合化が完了していた(図16、右)。
【0064】
比較例6(実施例6との比較)
実施例6で調製した細孔をもつ光触媒層を形成したスライドガラス基材#3を、無処理のまま、従来法に従って、40℃の組成2の溶液に24時間浸漬した。その後、表面を観察したが、全くアパタイトの析出は観察されなかった(図16、左)。
【産業上の利用可能性】
【0065】
以上詳述した通り、本発明は、リン酸カルシウム系化合物層の導入された複合材料及びその製造方法に係るものであり、本発明は、基材表面にアパタイトを析出させた複合材料を安定して、短時間に作製することが可能なアパタイト担持複合材料の製造方法及びその製品を提供することを可能とするものである。本アパタイト担持複合材料では、アパタイトが基材表面に均一に、全面に析出するので、本発明により、均質なアパタイト部材を製造し、提供することが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】左:無処理のチタン板上に形成された二酸化チタン層(10万倍)、右:昇温処理後のチタン基材#1の表面(10万倍)、を示す。
【図2】左:無処理のチタン基材#1のFE−SEM−EDXによる元素分析結果、右:昇温処理後のチタン基材#1のFE−SEM−EDXによる元素分析結果、を示す。
【図3】スライドガラス基材#1の表面(無処理のスライドガラス上に形成された二酸化チタン層)(10万倍)を示す。
【図4】昇温処理後の二酸化チタン層(10万倍)を示す。
【図5】昇温処理後のスライドガラス基材#1のTEMによる断面観察の結果を示す。
【図6】無処理のスライドガラス基材#1を、組成2の溶液に浸漬し,アパタイトを析出させた場合(10万倍)を示す。
【図7】アルカリ・加熱処理チタン材の表面(10万倍)を示す。
【図8】アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材(10万倍)を示す。
【図9】アルカリ・加熱・リン酸カルシウム導入処理チタン材(実施例5)を、SBFに3日間浸漬した結果(1000倍)を示す。
【図10】アルカリ・加熱処理チタン材(比較例4)を、SBFに3日間浸漬した結果(1000倍)を示す。
【図11】アルカリ・加熱・カルシウム導入処理チタン材(比較例5)を、SBFに3日間浸漬した結果(1000倍)を示す。
【図12】リン酸カルシウム導入処理を行ったスライドガラス基材#2を、SBFに1日浸漬した結果(5000倍)を示す。
【図13】無処理のスライドガラス基材#2を、SBFに14日間浸漬した結果(5000倍)を示す。
【図14】左:無処理のままSG1Aを、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトの析出を試みた例、右:リン酸カルシウム導入処理を行ったSG1Aを、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトを析出させた例、を示す。
【図15】SG1Aを処理後、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトを析出させた場合(1万倍)を示す。
【図16】左:無処理のままスライドガラス基材#3を、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトの析出を試みた例、右:リン酸カルシウム導入処理を行ったスライドガラス基材#3を、組成2の溶液に浸漬し、アパタイトを析出させた例、を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されていることを特徴とする複合材料。
【請求項2】
アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有することを特徴とする複合材料。
【請求項3】
アパタイトを析出させることが出来る官能基が、水酸基、カルボキシル基、リン酸基、又はこれらの水素イオンが金属イオンと置換されたものである請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項4】
基材が、金属、セラミックス、プラスチック、又はガラスである請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項5】
金属が、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウム、鉄、ステンレス、又はコバルト−クロム合金である請求項4記載の複合材料。
【請求項6】
基材が、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有するセラミックスで被覆した材料からなる請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項7】
セラミックスが、二酸化チタン、二酸化ケイ素、ジルコニア、酸化ニオブ、酸化タンタル、安定化ジルコニア、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト又はそれらのいずれかから成るコンポジットである請求項4記載の複合材料。
【請求項8】
リン酸カルシウム系化合物が、カルシウム及びリン酸を主成分とし、Ca/P比が0.8〜2の範囲にある請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の複合材料からなることを特徴とする生体適合部材。
【請求項10】
請求項2に記載の複合材料からなることを特徴とする環境浄化部材。
【請求項11】
フィルター部材である請求項10記載の環境浄化部材。
【請求項12】
基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面の一部又は全部に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層を導入することを特徴とする表面処理方法。
【請求項13】
60〜90℃に昇温させて溶解度を下げる請求項12に記載の表面処理方法。
【請求項14】
マイクロ波加熱手段を用いて昇温させる請求項12に記載の表面処理方法。
【請求項15】
昇温速度を制御して、リン酸カルシウム系化合物層を導入する処理時間を短縮する請求項12に記載の表面処理方法。
【請求項16】
基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が形成された複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項17】
酸化チタン又は酸化チタンからなる表面をもつ基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が部分的に形成された複合材料を得る請求項16に記載の複合材料の製造方法。
【請求項18】
請求項16に記載の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項19】
請求項17に記載の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得る請求項18に記載の複合材料の製造方法。
【請求項1】
アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されていることを特徴とする複合材料。
【請求項2】
アパタイトを析出させることが出来る官能基を有する基材表面に、1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層が形成されている複合材料の表面に、アパタイトが析出した構造を有することを特徴とする複合材料。
【請求項3】
アパタイトを析出させることが出来る官能基が、水酸基、カルボキシル基、リン酸基、又はこれらの水素イオンが金属イオンと置換されたものである請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項4】
基材が、金属、セラミックス、プラスチック、又はガラスである請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項5】
金属が、チタン、チタン合金、タンタル、ジルコニウム、鉄、ステンレス、又はコバルト−クロム合金である請求項4記載の複合材料。
【請求項6】
基材が、アパタイトを析出させることが出来る官能基を有するセラミックスで被覆した材料からなる請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項7】
セラミックスが、二酸化チタン、二酸化ケイ素、ジルコニア、酸化ニオブ、酸化タンタル、安定化ジルコニア、アルミナ、シリカゲル、ゼオライト又はそれらのいずれかから成るコンポジットである請求項4記載の複合材料。
【請求項8】
リン酸カルシウム系化合物が、カルシウム及びリン酸を主成分とし、Ca/P比が0.8〜2の範囲にある請求項1又は2記載の複合材料。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の複合材料からなることを特徴とする生体適合部材。
【請求項10】
請求項2に記載の複合材料からなることを特徴とする環境浄化部材。
【請求項11】
フィルター部材である請求項10記載の環境浄化部材。
【請求項12】
基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面の一部又は全部に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物層を導入することを特徴とする表面処理方法。
【請求項13】
60〜90℃に昇温させて溶解度を下げる請求項12に記載の表面処理方法。
【請求項14】
マイクロ波加熱手段を用いて昇温させる請求項12に記載の表面処理方法。
【請求項15】
昇温速度を制御して、リン酸カルシウム系化合物層を導入する処理時間を短縮する請求項12に記載の表面処理方法。
【請求項16】
基材を、少なくともカルシウムイオン及びリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、昇温させることによって、その表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が形成された複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項17】
酸化チタン又は酸化チタンからなる表面をもつ基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を導入して基材表面に1〜100nmの範囲のナノオーダーの厚さのリン酸カルシウム系化合物が部分的に形成された複合材料を得る請求項16に記載の複合材料の製造方法。
【請求項18】
請求項16に記載の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイトを析出させ、その表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得ることを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項19】
請求項17に記載の複合材料を、アパタイトに対して過飽和な少なくともカルシウムイオンとリン酸イオンを含有する溶液に浸漬し、材料表面にアパタイト層を形成させたアパタイト担持複合材料を得る請求項18に記載の複合材料の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2006−151729(P2006−151729A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−343201(P2004−343201)
【出願日】平成16年11月26日(2004.11.26)
【出願人】(000180313)四国計測工業株式会社 (13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年11月26日(2004.11.26)
【出願人】(000180313)四国計測工業株式会社 (13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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