説明

リン酸リチウム焼結体の製造方法およびスパッタリングターゲット

【課題】マクロサイズの内部欠陥がなく、高密度なバルク体を得ることができるリン酸リチウム焼結体の製造方法およびスパッタリングカソードを提供する。
【解決手段】本発明は、Li3PO4の原材料粉を仮焼する工程と、仮焼した原材料粉を分級する工程と、分級した原材料粉を所定形状に焼結する工程とを有するリン酸リチウム焼結体の製造方法であって、原材料粉の仮焼温度を650℃以上850℃未満とすることによって、原材料粉に吸着している水分を効果的に除去し、焼結工程で得られるバルク体(焼結体)へのマクロサイズの内部欠陥の発生を抑制する。仮焼温度が650℃未満の場合、原材料粉の仮焼処理が不十分なため、マクロな内部欠陥の発生を効果的に抑制できない。特に、400μm以下の粉砕、篩い分けを容易に行える仮焼温度として、650℃以上750℃以下が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば薄膜リチウム二次電池を構成する固体電解質の作製に供されるリン酸リチウム焼結体の製造方法およびスパッタリングターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、無機固体電解質を用いた薄膜リチウム二次電池の開発が進められている。無機固体電解質として有望視されているものに、LiPON薄膜が挙げられる。LiPON膜は、リン酸リチウム(Li3PO4)の窒素(N2)ガス雰囲気下における反応性スパッタリングによって形成することができる。
【0003】
スパッタリング成膜は、物理蒸着(PVD)の一種で、真空装置内でスパッタリングガスを直流(DC)あるいは交流(RF、AC)で放電させ、そのイオンをスパッタリングターゲットに衝突させて基板上にターゲット成分を成膜する方法である。このとき用いられるターゲットの材料には、単一金属、合金、酸化物、化合物などがある。一般的に、スパッタリングターゲットの製造方法には、溶解鋳造によって製造する方法(例えば特許文献1参照)と、原料粉末を焼き固めて(焼結して)製造する方法(例えば非特許文献1参照)がある。
【0004】
スパッタリングターゲットの品質に関しては、以下の条件が要求されている。第1に、結晶組織分布が微細かつ均一で、組成分布が均一であること、第2に、純度が制御されていること、そして第3に、粉末を原料とする場合には相対密度が95%以上と高密度であることである。ここで、相対密度とは、多孔質体の密度とそれと同一組成の材料の気孔のない状態における密度との比をいう(以下同じ)。
【0005】
ところで、リチウム電池、リチウムイオン電池では、水分の吸着による影響を極力避けなければならない。固体電解質形成用のLi3PO4自体は通常、室温では、5H2O分、水和することが知られており、灼熱加熱しないと水分の除去が難しい。更に、Li3PO4自体は、容易に加水分解するので、スパッタリングに供するターゲット用のバルクの製造、及び、その後のバルクの保管に際しても、極力、水分の吸着を抑制しなければならない。
【0006】
粉末を原料としてバルクを形成する手法として焼結法が用いられる。
原料粉末が金属および金属−非金属系の場合には粉末冶金法と称され、加熱と加圧を同時に負荷する場合(熱間等方圧加圧法(Hot Isostatic Pressing:HIP法)やホットプレス法(Hot Pressing:HP法))と、加圧による予備成形体を形成した後、加熱のみ負荷する場合とがある(この場合を「シンタリング(Sintering)法」と称する場合が多く、本明細書でもシンタリング法と称する)。何れの場合も、加熱工程中に焼結が進行し焼結体の密度・強度が向上する。
【0007】
熱間等方圧加圧法は、図8Aに示すように、原料粉末をキャニング材(金属の薄板、箔を用いた容器)中に充填・脱ガスした後に密閉し、大形状の加圧容器中でアルゴンなどの不活性ガスで物体Sを静水圧的に加熱・加圧して成形体を得る方法である。ホットプレス法は、図8Bに示すように、原料粉末をカーボン製または金属製の型中に粗充填し所定温度で加圧することにより焼結を進行させ成形体Sを得る方法である。大気中でも可能であるが、型材の劣化と脱ガスの容易性を考慮して、真空ポンプを用いて形成された真空雰囲気下あるいはアルゴンガス等に置換された雰囲気下で行う場合が多い。シンタリング法は、図8Cに示すように、原料粉末を金型プレスや冷間等方圧加圧(CIP)法により予備成形体Sを形成した後、その予備成形体Sを高温保持することにより焼結体を得る方法である。大気圧下や、大気圧に酸素を導入した雰囲気下で行われる。
【0008】
これらの焼結手法は、原料粉末が非金属の場合や化合物の場合も同様に適用されるが、酸化物や化合物の場合には吸着ガスが多い場合があり、また、酸化物や化合物の場合には解離が生じる場合があり、密閉容器に封入する熱間等方圧加圧法や真空雰囲気下でのホットプレス法を適用し難い場合が多いため、シンタリング法を適用する場合が多い。
【0009】
【特許文献1】特開2005−36268号公報
【非特許文献1】「Effects of sputtering pressure on the characteristics of lithium ion conductive lithium phosphorous oxynitride thin film(リチウムイオン伝導性のリチウム燐酸化窒化物薄膜の諸特性に対するスパッタリング圧力の影響)」、Ho Young Park, et al, J Electroceram, 2006, 17:1023-1030
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
さて、上述したように、焼結体で構成されるスパッタリングターゲットに要求される品質として、高密度(95%以上)であることが挙げられる。相対密度が95%未満の焼結体では、気孔は連続的に連なってしまい、かつ、真空に曝される焼結体の比表面積も増大することから放出ガス量も増加し、真空装置内の到達真空圧力までの排気時間が長くなる。また、比表面積の増大に伴って増加する吸着水がスパッタリング成膜中に放出されると、膜中に水分を含有してしまい、要求される品質の膜を安定して得ることができなくなる。特に、薄膜電池用のリチウム材料をスパッタリング成膜により形成する上で、水分吸着に起因する弊害(LI3PO4の局部溶解、長時間排気、膜質の低下)を抑制するためには、高密度のバルクを形成することが必須となる。
【0011】
ところが、シンタリング法では焼結体中に極端な粗密が生じてしまい、他方、真空ホットプレス法では直径数ミリメートル(mm)以上のサイズを有する内部欠陥が存在することが判明した。
【0012】
具体的に、平均粒径7μmである市販のLi3PO4粉末を用いて、プレス成形後に大気中あるいは酸素雰囲気中で加熱して焼結体を作製したところ、得られたサンプル中に比較的多数のマクロな気孔が残存しており、相対密度を測定できるほどのレベルではなかった。このサンプルの外観を図7に示す。また、上記粉末よりも粒径の大きい市販の顆粒状原料粉末を用いて上記工程と同様の工程を施したところ、同一温度条件での相対密度は80%程度であった。
【0013】
一方、酸化物の焼結には通常不適と考えられる真空ホットプレス法を用いて焼結体サンプルを得た。ここでは、ガス分除去を目的として昇温途中に脱ガス保持工程を導入し、昇温工程全般を長時間に設定した。その結果、加圧・保持温度を800℃として試作したLi3PO4板のサンプルにおいて、99%の相対密度が得られた。しかし、当該サンプルを用いてスパッタリングターゲットを準備するため、サンプルを機械加工により薄厚化したところ、本バルク板中に直径数ミリメートルサイズの内部欠陥(気孔)が残存していることが判明した。また、他のサンプルを8mm厚から5mm厚へ機械加工中に同様の欠陥が数個から数十個存在することが確認された。内部欠陥の例を図6A〜Cに示す。ここでは欠陥の種類を外観形状で分類した。Aは円形欠陥、Bは楕円形欠陥、Cは線状欠陥である。
【0014】
これらの事実は、焼結工程中に、原料粉末に付着、吸着あるいは水和したガスに起因して、シンタリング法では軽石状態に(図7)、真空ホットプレス法では直径数ミリメートルの円形、楕円形あるいは線状の欠陥(図6)が点在する結果に至ったと推察される。
【0015】
上述したように、Li3PO4のバルク板(焼結体)をスパッタリングターゲットとして用いる上で、マクロサイズ(mmφ)以上の内部欠陥がないこと、相対密度が95%以上であることは、LiPON膜の安定した成膜と成膜工程の効率化の観点から非常に重要である。しかし、この課題を解決するためには、原材料粉の改質処理と工程条件の最適化が必要である。
【0016】
なお、非特許文献1には、実験用に製作したLi3PO4焼結体ターゲットの製造工程に関する記述が認められる。具体的には、850℃以上で仮焼した原料粉末を粉砕して粒子サイズを一定以下に調整し、プレス後、950℃で焼結させている。しかしながら、この方法には仮焼・粉砕工程に多大な労力が必要であるという問題がある。すなわち、粉末の仮焼温度が高温になるほど粉末粒子は硬化し、その後の粉砕工程を適正に行うことが困難になる。その結果、得られるバルク体の相対密度の低下を引き起こすことが考えられる。
【0017】
本発明は上述の問題に鑑みてなされ、マクロサイズの内部欠陥がなく、高密度なバルク体を得ることができるリン酸リチウム焼結体の製造方法およびスパッタリングカソードを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
以上の課題を解決するに当たり、本発明のリン酸リチウム焼結体の製造方法は、Li3PO4の原材料粉を仮焼する工程と、仮焼した原材料粉を分級する工程と、分級した原材料粉を所定形状に焼結する工程とを有するリン酸リチウム焼結体の製造方法であって、原材料粉の仮焼温度を650℃以上850℃未満とすることを特徴とする。
【0019】
本発明では、原材料粉の仮焼温度を規定することによって、原材料粉に吸着している水分を効果的に除去し、焼結工程で得られるバルク体(焼結体)へのマクロサイズの内部欠陥の発生を抑制する。仮焼温度が650℃未満の場合、原材料粉の仮焼処理が不十分なため、マクロな内部欠陥の発生を効果的に抑制できない。また、仮焼温度は高温であるほど高い効果が得られるが、処理温度が高温になるほど原材料粉が硬化し、粉砕及び分級に支障をきたすおそれがあるため、仮焼温度の上限は850℃未満とする。特に、400μm以下の粉砕、篩い分けを容易に行える仮焼温度として、650℃以上750℃以下が好ましい。
【0020】
焼結工程は、シンタリング法のようにプレス成形工程と加熱工程の2工程で行ってもよいし、ホットプレス法のように1工程で行ってもよい。プレス成形工程は、例えばCIP法が適用可能である。雰囲気条件としては、大気雰囲気および真空雰囲気のいずれでもよいが、シンタリング法の場合は大気雰囲気、ホットプレス法の場合は真空雰囲気が好ましい。加熱温度に関しては、シンタリング法の場合は900℃以上1000℃以下、ホットプレス法の場合は850℃以上1000℃以下が好ましい。
【0021】
以上のようにして製造されるリン酸リチウム焼結体によれば、95%以上という高い相対密度が得られると同時に、水分吸着に起因する内部欠陥の発生を抑えることができる。したがって、この焼結体をスパッタリングカソードとして用いることにより、成膜時における水分の放出を防止できるとともに、放電特性の安定性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0022】
以上述べたように、本発明によれば、水分吸着に起因する内部欠陥がほとんどない高密度なリン酸リチウム焼結体を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されることはなく、本発明の技術的思想に基づいて種々の変形が可能である。
【0024】
図1は本発明の実施形態によるリン酸リチウム焼結体の製造方法を説明する工程フローである。本実施形態のリン酸リチウム焼結体の製造方法は、Li3PO4の原材料粉を仮焼する工程(S1)と、仮焼した原材料粉(仮焼粉)を分級する工程(S2)と、分級した仮焼粉を所定形状に焼結する工程(S3)とを有する。得られたリン酸リチウム焼結体は、例えば、LiPON膜の成膜用スパッタリングターゲットとして用いられる。
【0025】
<仮焼工程>
リン酸リチウム(Li3PO4)からなる原材料粉は、室温での水分吸着性が高く、仮焼せずに焼結を行うと、得られるバルク体(焼結体)中に直径数ミリメートル以上のマクロな内部欠陥が数多く発生し、高密度化が図れない。これを防止するために、原材料粉は、焼結の前に仮焼処理が施される。好適な仮焼処理温度は、後述するように、650℃以上850℃未満、より好ましくは、650℃以上750℃以下である。また、処理時間も特に制限されないが、好適には、保持温度到達後0.5〜1時間程度以上とされる。
【0026】
<粉砕・分級工程>
高温での仮焼処理は原材料粉の焼結を容易に進行させるため、粉末サイズの大型化が阻止できなくなる。一方、粉末サイズが小さい方が、一般的に焼結はより低温で進行するので、焼結に際しては仮焼処理を施した粉末を適宜のサイズに粉砕および篩い分けする必要が生じる。仮焼粉の粉砕は、ロールミルやボールミル等の公知の粉砕機を用いることができる。粉末サイズの分級は、適宜の開口面積を備えたフィルタを用いることができる。例えば、粉末の最大粒径を400μm以下に揃える場合には、32メッシュ(#32)のフィルタを用いる。
【0027】
<焼結工程>
焼結工程は、シンタリング法のようにプレス成形工程と加熱工程の2工程で行ってもよいし、ホットプレス法のように1工程で行ってもよい。プレス成形工程は、例えばCIP法が適用可能である。雰囲気条件としては、大気雰囲気および真空雰囲気のいずれでもよいが、シンタリング法の場合は大気雰囲気、ホットプレス法の場合は真空雰囲気が好ましい。
【0028】
加熱温度に関しては、シンタリング法の場合は900℃以上1000℃以下が好ましい。900℃未満では、相対密度95%以上の高密度な焼結体が得られにくくなり、1000℃を越えると、焼結体の結晶組織の粗大化が生じ易くなり、また、粉末の融点に接近するため溶融のおそれがあるからである。一方、ホットプレス法の場合は850℃以上1000℃以下が好ましい。850℃未満では、相対密度95%以上の高密度な焼結体が得られにくくなり、1000℃を越えると粉末の溶融のおそれがあるからである。処理時間に関しては、2時間以上6時間以下が好ましく、より好ましくは、2時間以上4時間以下である。
【0029】
次に、仮焼処理の最適温度条件について以下、検討する。
【0030】
内部欠陥の発生要因は、原材料粉の特性に依存する。仮焼処理は、原材料に付着、吸着あるいは水和したガス分、及び、凝集粒の影響を除去する目的で行われる、原材料粉の改質処理である。そこで、この仮焼処理の最適条件を特定する目的で、原料粉末の熱重量測定、昇温脱離試験を行うとともに、仮焼粉のXRD(X線回折)解析を行った。原料粉末としては、平均粒径が7μmのアルドリッチ(Aldrich)社製Li3PO4粉末(製品番号:338893)(以下、サンプルAという。)および顆粒状の関東化学社製Li3PO4粉末(製品番号:24137−01)(以下、サンプルBという)を用いた。
【0031】
図2および図3に、サンプルAについて行った熱重量測定および昇温脱離試験の結果をそれぞれ示す。図2において「TG」はサンプルの熱重量変化を示している。図3において「全圧」とは、昇温されるサンプルが置かれた真空容器の圧力であり、「イオン電流」とは、昇温されるサンプルから放出される水分(H2O)量に対応して質量分析計で計測されるイオン電流値を示している。
【0032】
図2に示す原料粉末の熱重量測定結果からは、450℃から600℃の間で急激に重量が減少していることがわかる。他方、図3に示す昇温脱離試験の結果から、500℃を放出ピークとし、400℃から600℃の温度範囲で大量の水分(H2O)を放出することが判明した。
【0033】
また、原料粉末と、それを500℃〜950℃の所定の温度で仮焼処理した仮焼粉についてXRDプロファイル(線源:Cu)を測定し、X線の原料粉末への照射角をθとした場合に回折が検出される角度2θ=22.3°〜22.4°にあるメインピーク((012)配向)の半値幅を調べた。その結果、図4に示すように、サンプルA,Bのいずれについても、処理温度の高い仮焼粉ほどピーク半値幅が小さくなる。特に、サンプルBについては、無処理(R.T.:室温)の原料粉末では0.28°であったのに対して、500℃仮焼粉で0.27°、600℃仮焼粉で0.22°、700℃仮焼粉で0.17°であった。
【0034】
なお、目視確認では600℃処理粉に関して未処理粉との差異はほとんどなかったが、XRD回折結果からは有意差が認められた。また、700℃の仮焼処理を施した粉末に関しては、焼結が進行して凝集しているだけでなく、半値幅が小さくなっていることから結晶粒がより安定した状態、即ち、結晶が成長した状態であることが確認できた。
【0035】
ところが、600℃仮焼処理粉末を800℃の真空ホットプレス法で成形体を得たところ、相対密度は99%であったが内部欠陥が発生するという結果が繰り返された。この結果から、図2に示す熱重量測定結果に基づく600℃仮焼処理は、原材料粉の改質処理としては不十分であると判断せざるを得ない。
【0036】
一方、XRD解析結果に基づく700℃仮焼粉を用いて900℃の真空ホットプレス法で成形体を得た。このとき、700℃仮焼処理では焼結が進行しているため、ロールミルを用いた粉砕処理と、32メッシュ(#32)のフィルタを用いて篩いがけ(分級)をし、仮焼粉の最大粒径を400μm程度に揃えた。得られた成形体(焼結体)の相対密度は97%であったが、ミリメートルサイズを越える内部欠陥は確認されず、確認された内部欠陥は最大で0.3mmφであった。
【0037】
一般に、粉末サイズが小さい方が焼結は低温で進行するので、仮焼処理による焼結・粒成長は、できるだけ進行しないことが望ましい。500℃、600℃仮焼粉を用いた場合には、低温度(800℃)の真空ホットプレスで焼結工程を実施すると、内部欠陥は存在するものの、最高の相対密度(99%)に達していた。他方、700℃仮焼粉を用いた真空ホットプレスの場合には、プレス温度が高温になるに従い相対密度の向上が認められ、950℃で最高相対密度(99%)に到達した。この焼結体にはマクロな気孔(ミリメートルサイズの内部欠陥)は存在しなかった。
【0038】
なお、シンタリング法による焼結工程では、原材料粉を仮焼処理せずにそのまま用いた場合、粗密が生じて低密度な焼結体しか得られなかった。しかし、原材料粉を700℃仮焼処理、粉砕および篩いがけした粉末を用いることにより、より高い相対密度が得られる可能性が現れた。すなわち、700℃仮焼処理により、予備的に水分が放出されるとともに、幾分かの結晶成長により結晶自体が安定して吸着水分が少なくなり、その後の焼結時に良好な焼結体を得易くなると考えられる。実際に、700℃仮焼、粉砕および篩いがけ(#32)をした後、196MPa(2トン/cm2)でCIP成形し、加熱工程(950℃)でバルク板を製作したところ、相対密度約96%を達成した。また、650℃仮焼処理粉を用いた場合でも、相対密度95%を達成し、ミリメートルサイズを超える内部欠陥は確認されなかった。
【0039】
以上のように、高密度な焼結体が得られ、かつ、ミリメートルサイズを越えるマクロな内部欠陥を生じさせない仮焼工程の処理温度の下限は、650℃である。この条件は、図4に示したように、XRD解析結果における22.3°〜22.4°に現れる(012)配向を示すピークの半値幅が0.19°以下となる温度範囲と一致する。すなわち、上記半値幅が0.19°以下(0.16°以上0.19°以下)の範囲内であれば、一次結晶粒自体のサイズは小さく、焼結の進行を比較的容易に促進させる状況を維持でき、真空ホットプレス法及びシンタリング法の何れでも、マクロな内部欠陥を生じさせずに高い相対密度を有する焼結体を作製することが可能となる。
【0040】
したがって、本実施形態によれば、650℃以上の温度でLi3PO4原材料粉を仮焼することにより、十分に脱水できるだけでなく、焼結が進行して粒成長することにより安定状態の原料粉末を準備することができる。かかる処理を経た原料粉末を用いて製作されたリン酸リチウム焼結体は、バルク中にマクロな内部欠陥を形成させずに高い相対密度を実現することができる。
【0041】
なお、仮焼温度が高いほど、Li3PO4粉末のXRD解析におけるピーク半値幅は狭くなる傾向にある(図4)。したがって、仮焼温度は高温であるほど、脱水効果が高まり、内部欠陥の発生防止効果が高まると推察される。しかし、仮焼温度が高くなると、仮焼処理による焼結、粒成長が促進される結果、原料粉末の粒子サイズが肥大化するとともに、粒子の硬化が進行し、更には、凝集塊が形成される。この場合、焼結前の分級工程において、粒子サイズの微細化処理が困難になり、安定して所望の粒子サイズに原料粉末を分級することができなくなる結果、高密度な焼結体を得るための材料使用率(歩留まり)の低下や、処理工程の長時間化が不可避となる。このため、本実施形態では、仮焼温度の上限を850℃未満とする。これにより、仮焼粉の安定かつ容易な破砕、分級を確保することができる。より好ましくは、仮焼温度の上限を750℃とする。
【0042】
また、本実施形態によれば、製作された焼結体に吸着されている水分量がきわめて少ないため、変質や溶解が防止され、保管も容易となる。また、この焼結体をスパッタリング用ターゲットとして使用した場合、成膜時の水分放出がほとんど生じることはなく、膜質の優れたリチウム化合物薄膜を安定して成膜することができるとともに、内部欠陥が存在しないことから放電特性の安定化を図ることができる。
【0043】
図5は、一般的なマグネトロンスパッタ装置(特開平6−10127号公報)の要部概略構成図である。図において、1はターゲット、2はカソード電極としてのバッキングプレート、3a〜3cはターゲット1の表面に磁力線を形成するための永久磁石、4はアノード電極、5はアースシールドである。このような構成のターゲットユニットは、図示しない真空チャンバ内に被成膜基板に対向して設置される。
【0044】
ターゲット1としては、本発明に係る方法によって製造されるリン酸リチウム焼結体が用いられる。ターゲット1は、焼結体(バルク板)を所定厚に機械加工することによって製作される。バッキングプレート2に対するターゲット1の固定には、インジウム(In)などの低融点金属のろう材が用いられる。
【0045】
本実施形態によれば、マクロサイズの内部欠陥のほとんどない高密度なターゲット材を製造することができるので、バッキングプレート2へのろう接の際に、熱衝撃によるターゲット材の破損あるいは破断を防止することができる。リン酸リチウム焼結体からなるターゲット1は、減圧下の窒素ガス雰囲気中においてスパッタされることによって、被成膜基板上に、リチウムイオン伝導性のリチウム燐酸化窒化物薄膜(LiPON)を形成することができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0047】
以下の実施例および比較例の条件で、Li3PO4原材料粉(上記サンプルA)の仮焼、分級および焼結を行って焼結体を作製し、その相対密度と、内部欠陥の有無を評価した。なお、欠陥は目視にて確認し、拡大鏡を用いてサイズを同定した。マクロ欠陥はメジャーで測定した。その結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
<実施例1−1>
原材料粉を大気中で650℃、3時間仮焼した。仮焼粉をロールミルで粉砕し、#32のフィルタを用いて篩い分けた後、196MPa(2トン/cm2)でCIP処理した。その後、900℃、950℃、1000℃の各温度条件で大気中加熱し、300mmφのバルク板を作製した。その後、得られたバルク板を機械加工によって薄厚化し、スパッタリング用ターゲットとした。
【0050】
その結果、900℃では、相対密度は95%であり、機械加工中において0.3mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。950℃では、相対密度は96%であり、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。また、1000℃では、相対密度は97%であり、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。
【0051】
<実施例1−2>
仮焼処理温度を700℃とし、焼結工程における加熱温度を900℃とした以外は、実施例1−1と同様の条件でターゲット板を作製した。その結果、相対密度は95%であり、機械加工中において0.3mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。
【0052】
<実施例1−3>
仮焼温度を750℃とし、焼結工程における加熱温度を900℃とした以外は、実施例1−1と同様の条件でターゲット板を作製した。その結果、相対密度は95%であり、機械加工中において0.3mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。
【0053】
<実施例2−1>
原材料粉を大気中で650℃、3時間仮焼した。仮焼粉をロールミルで粉砕し、#32のフィルタを用いて篩い分けた後、真空ホットプレス法(19.6MPa(0.2トン/cm2))によって、850℃、900℃、950℃、1000℃の各温度条件で、300mmφのバルク板を作製した。その後、得られたバルク板を機械加工によって薄厚化し、スパッタリング用ターゲットとした。
【0054】
その結果、850℃では、相対密度は95%であり、機械加工中において0.3mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。900℃では、相対密度は97%であり、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。950℃では、相対密度は99%と最高値に到達し、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。1000℃でも、相対密度は99%であり、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。
【0055】
<実施例2−2>
仮焼温度を700℃とし、真空ホットプレス温度を900℃とした以外は、実施例2−1と同様の条件でターゲット板を作製した。その結果、相対密度は97%であり、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。
【0056】
<実施例2−3>
仮焼温度を750℃とし、真空ホットプレス温度を900℃とした以外は、実施例2−1と同様の条件でターゲット板を作製した。その結果、相対密度は97%であり、機械加工中において0.1mmφ以上の内部欠陥は認められなかった。
【0057】
<比較例1−1>
焼結工程における加熱温度を850℃とした以外は、実施例1−1と同様の条件でターゲット板を作製した。その結果、機械加工中において0.3mmφ以上の内部欠陥は認められなかったが、相対密度は91%と低い値であった。
【0058】
<比較例1−2>
仮焼温度を600℃とし、焼結工程における加熱温度を850℃とした以外、実施例1−1と同様の条件でバルク板を作製した。その結果、粗密部分が分離した軽石状態(図7参照)のバルク板が得られた。
【0059】
<比較例1−3>
仮焼処理を施さずに、原材料粉を196MPa(2トン/cm2)でCIP処理した。その後、850℃で大気中加熱し、300mmφのバルク板を作製した。その結果、粗密部分が分離した軽石状態(図7参照)のバルク板が得られた。
【0060】
<比較例2−1>
仮焼処理を施さない原材料粉を用いて、真空ホットプレス法(19.6MPa(0.2トン/cm2))により、700℃、750℃、800℃、850℃および900℃の各温度条件で、300mmφのバルク板を作製した。その後、得られたバルク板を機械加工によって薄厚化し、スパッタリング用ターゲットとした。
【0061】
その結果、加熱温度が700℃の場合、相対密度は95%であったが、機械加工中に数ミリメートル級のマクロな内部欠陥(図6参照)が確認された。加熱温度が750℃の場合、相対密度は97%であったが、同様に、機械加工中にマクロな内部欠陥が確認された。また、加熱温度が800℃、850℃および900℃の場合、相対密度はいずれも99%であったが、同様に、機械加工中にマクロな内部欠陥が確認された。
【0062】
<比較例2−2>
500℃の仮焼処理を施した原材料粉を用いて真空ホットプレス法(19.6MPa(0.2トン/cm2))により、800℃および900℃の各温度条件で、300mmφのバルク板を作製した。その後、得られたバルク板を機械加工によって薄厚化し、スパッタリング用ターゲットとした。その結果、いずれの温度条件においても相対密度は99%であったが、機械加工中に数ミリメートル級のマクロな内部欠陥が確認された。
【0063】
<比較例2−3>
600℃の仮焼処理を施した原材料粉を用いて真空ホットプレス法(19.6MPa(0.2トン/cm2))により、800℃および900℃の各温度条件で、300mmφのバルク板を作製した。その後、得られたバルク板を機械加工によって薄厚化し、スパッタリング用ターゲットとした。その結果、いずれの温度条件においても相対密度は99%であったが、機械加工中に数ミリメートル級のマクロな内部欠陥が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の実施形態によるリン酸リチウム焼結体の製造方法を説明する工程フローである。
【図2】Li3PO4の一原材料粉サンプルの熱重量測定の結果を示す図である。
【図3】Li3PO4の一原材料粉サンプルの昇温脱離試験の結果を示す図である。
【図4】粉末形態の異なる2つのLi3PO4サンプルのX線回折解析結果におけるピーク値の半値幅と温度との関係を示す図である。
【図5】マグネトロンスパッタカソードの概略構成図である。
【図6】リン酸リチウム焼結体の内部欠陥のサンプル写真である。
【図7】軽石状態のリン酸リチウム焼結体のサンプル写真である。
【図8】粉末の焼結方法を説明する概略図であり、Aは熱間静水圧プレス法、Bは真空ホットプレス法、Cはシンタリング法を示している。
【符号の説明】
【0065】
1 ターゲット
2 バッキングプレート
3 永久磁石
4 アノード電極
5 アースシールド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li3PO4の原材料粉を仮焼する工程と、仮焼した前記原材料粉を分級する工程と、分級した前記原材料粉を所定形状に焼結する工程とを有するリン酸リチウム焼結体の製造方法であって、
前記原材料粉の仮焼温度を650℃以上850℃未満とする
ことを特徴とするリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項2】
前記原材料粉の仮焼温度を650℃以上750℃以下とする
ことを特徴とする請求項1に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項3】
前記原材料粉の焼結工程は、プレス成形工程と加熱工程からなる
ことを特徴とする請求項1に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項4】
前記原材料粉の焼結工程における加熱温度を900℃以上1000℃以下とする
ことを特徴とする請求項3に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項5】
前記原材料粉の焼結工程は、ホットプレス工程からなる
ことを特徴とする請求項1に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項6】
前記原材料粉の焼結工程における加熱温度を850℃以上1000℃以下とする
ことを特徴とする請求項5に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項7】
前記原材料粉の最大粒子サイズを400μm以下とする
ことを特徴とする請求項1に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法。
【請求項8】
請求項1に記載のリン酸リチウム焼結体の製造方法によって製造されるリン酸リチウム焼結体からなるスパッタリングターゲットであって、
相対密度が95%以上であることを特徴とするスパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−46340(P2009−46340A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−212756(P2007−212756)
【出願日】平成19年8月17日(2007.8.17)
【出願人】(000192372)アルバックマテリアル株式会社 (21)
【Fターム(参考)】