説明

レンズ鏡筒及びそれを有する光学機器

【課題】 反射防止機能を有する微細凹凸構造体を光入出射面の少なくとも一方の面に設けたレンズ(光学素子)を鏡筒内に偏心が少なく、高精度に軸出して保持することができるレンズ鏡筒を得ること。
【解決手段】 一方の面の最表面に波長以下の微細構造からなる凹凸が形成された反射防止素子を有する光学素子と、
該光学素子を保持するレンズ保持構造を有するレンズ鏡筒であって、
該光学素子は、その微細構造の面を進行方向側にして突き当てで挿入されている事。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ鏡筒及びそれを有する光学機器に関し、例えば銀塩フィルム用カメラ、デジタルスチルカメラ、ビデオカメラ、TVカメラ、観察系、投射系等の光学機器に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
各種の光学機器の光学系に用いられているレンズやフィルター等の光学素子の光入出射面には、表面反射による透過光の損失を低減させるために反射防止構造体が設けられている。
【0003】
例えば可視光に対する反射防止構造体として、薄膜の誘電体膜を複数層重ねた多層膜(反射防止膜)が知られている(特許文献1、2)。
【0004】
この多層膜は、透光性の基板表面に例えば真空蒸着やスパッタリング法等により金属酸化物等の誘電体薄膜を成膜して形成されている。
【0005】
この他、レンズに用いる反射防止構造体としてレンズ面上に可視光の波長(波長400nm〜700nm)よりも短いピッチの微細凹凸形状より成る微細部を複数配列した微細凹凸構造体が知られている(特許文献3)。
【0006】
特許文献3では、微細凹凸構造体として花弁状透明アルミナ膜を次の各ステップによって形成している。
【0007】
(イ)ガラス基板を洗浄
(ロ)Alゾル塗布液をディップコート法で塗布,乾燥
(ハ)500℃10分間焼成
(ニ)約100℃の熱水中に約0.5乃至2時間程度浸漬
(ホ)約100℃10分間の乾燥
(ヘ)400℃10分程度の焼成
これらの各ステップにより、花弁状透明アルミナ膜(微細凹凸構造体)をガラス基板上に形成した、反射低減膜を開示している。又、特許文献3ではこのような各ステップを用いて得た微細凹凸構造体が分光透過性に優れ、優れた反射低減性を示すことを開示している。
【特許文献1】特開平10−268103号公報
【特許文献2】特開2006−3562号公報
【特許文献3】特開平09−202649号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
レンズ面上に可視光の波長よりも短いピッチの複数の微細部を形成した微細凹凸構造体は、広い波長域で、かつ広い入射角度範囲で低い反射率を有する。
【0009】
このため、この微細凹凸構造体をレンズやプリズム等の光学素子を用いると、波長帯域性が少ない光学系が得られる。
【0010】
しかしながら微細凹凸構造体を有する光学素子(レンズ)を鏡筒内に収納し、保持する際には、偏心がない状態で精度良く保持されることが重要になってくる。
【0011】
特許文献3に開示されているように、レンズ面に微細凹凸構造体としての花弁状透明アルミナ膜を形成する際には、まずレンズ面にゾルを塗工する。
【0012】
その際に、レンズのコバ部に液ダマリなどのムラができる場合がある。そのため、元のレンズの外形寸法に、液ダマリでのムラによる寸法の増加を見込んで、鏡筒のレンズを保持する部分を勘合寸法の余裕分だけ大きくする必要がある。さらに、液ダマリのムラはレンズ全周囲に均等に付くわけではなく、偏りを生じる場合がある。
【0013】
そのため、外形寸法公差により、レンズを鏡筒内に保持するとき偏心が生じることが多い。このときのレンズ偏心量を軽減するには、鏡筒を高精度に製造しなくてはならない。一般に鏡筒内にレンズを偏心なく保持することは大変困難である。
【0014】
微細凹凸構造体を最表面(レンズ面)に有しているレンズを鏡筒内にカシメを行って保持する際には光学面を摺動させることができず、高精度の軸出しが大変困難であった。
【0015】
このため、微細凹凸構造体を有するレンズを鏡筒内に収納保持し、レンズ鏡筒を構成するときは、レンズの偏心を軽減することが困難で、特にレンズの偏心敏感度が高くなる光学系には微細凹凸構造体を有する光学素子の適用が大変困難であった。
【0016】
本発明は、反射防止機能を有する微細凹凸構造体を光入出射面の少なくとも一方の面に設けたレンズ(光学素子)を鏡筒内に偏心が少なく、高精度に軸出して保持することができるレンズ鏡筒及びそれを有する光学機器の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明のレンズ鏡筒は、一方の面の最表面に波長以下の微細構造からなる凹凸が形成された反射防止素子を有する光学素子と、
該光学素子を保持するレンズ保持構造を有するレンズ鏡筒であって、
該光学素子は、その微細構造の面を進行方向側にして突き当てで挿入されている事を特徴としている。
【0018】
この他、本発明のレンズ鏡筒は、光入出射面の一方の面に、平均ピッチが可視域の波長以下で凹凸形状の微細部を複数有し、反射防止機能を有する微細凹凸構造体を有する光学素子が鏡筒内に保持されているレンズ鏡筒であって、
該光学素子は、該微細凹凸構造体が形成されている面、又は該面側の一部が該鏡筒のレンズ保持部に当接するように挿入されて該鏡筒内に保持されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、反射防止機能を有する微細凹凸構造体を光入出射面の少なくとも一方の面に設けたレンズ(光学素子)を鏡筒内に偏心が少なく、高精度に軸出して保持することができるレンズ鏡筒が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の好ましい実施の形態を、添付の図面に基づいて詳細に説明する。
【0021】
本発明のレンズ鏡筒は、一方の面の最表面に波長以下の微細構造からなる凹凸が形成された反射防止素子(微細凹凸構造体)を有する光学素子と、光学素子を保持する熱可塑性樹脂から成るレンズ保持構造を有している。
【0022】
光学素子は、その微細構造の面を進行方向側にして突き当てで鏡筒内に挿入されている。光学素子は、熱カシメによりレンズ保持構造に保持されている。このとき熱カシメによるカシメ部は、光学素子の微細構造の面を進行方向側にして圧入する形状より成っている。
【0023】
この他、本発明のレンズ鏡筒は熱可塑性樹脂より成る鏡筒の一部のレンズ保持部に、レンズやフィルター等の光学素子が熱カシメされて保持されている。
【0024】
光学素子は、光入出射面の一方の面に、平均ピッチが可視域の波長以下で凹凸形状の微細部を複数形成した、反射防止機能を有する微細凹凸構造体を有している。
【0025】
光学素子は、微細凹凸構造体が形成されている面、又はその面側の一部(有効面の外周部)が鏡筒のレンズ保持部に当接するように挿入されて鏡筒内に保持されている。
【0026】
ここで凹凸形状とは、多角錐(但し頂点が一部削除されている形状も含む)、円錐、円柱状、角柱状等の形状を含む。微細凹凸構造体は可視域又は可視域と赤外域の双方において反射防止機能を有する。
【実施例1】
【0027】
図1は本発明の実施例1のレンズ鏡筒の要部構成図である。
【0028】
図1において、101はレンズ鏡筒である。レンズ鏡筒101は第1のレンズ1と第2のレンズ2と、鏡筒5を有している。
【0029】
第1レンズ1のレンズ面1Rと第2レンズ2のレンズ面2Rにはそれぞれ、波長(可視光)以下のピッチより成る微細部を複数配列した微細凹凸構造体からなる反射防止構造体3a、3bが形成されている。
【0030】
第1レンズ1のレンズ面1Fと第2レンズ2のレンズ面2Fには通常の誘電体による反射防止多層膜4a、4bが形成されている。
【0031】
図3は、微細凹凸構造体3a、3bからなる反射防止構造体の要部概略図である。
【0032】
図3において、酸化物の誘電体より成る微細部Raの平均ピッチは可視域(波長400nm〜波長700nm)の波長以下であり、花弁のような構造をしている。
【0033】
この反射防止構造体はレンズを基盤7として、その一方の面に酸化アルミニウムを含有する材料からなり、平均ピッチが400nm以下の微細部Raを複数有する微細凹凸構造体3a、3bが平均厚さ300nmで形成されている。
【0034】
微細凹凸構造体3a、3bの製法に関しては特許文献3と同様である。例えば微細凹凸構造体はスピンコート法により形成されたものである。
【0035】
微細凹凸構造体3a、3bの密度は基盤7近傍で最も高く、基盤7より離れ空気側にいくに従って密度が低くなる。
【0036】
図4は、微細凹凸構造体3a、3bの断面厚み方向での有効屈折率の変化の説明図である。
【0037】
図4において膜厚0の位置は基板7側の面に相当する。有効屈折率は図4で示すように、密度と同様、基盤近傍で最大となり基盤から離れるに従って連続的に低くなり空気と接する面(膜厚Da)では空気の屈折率(=1)と等しくなる。
【0038】
図8、図9は本実施例の微細凹凸構造体の入射角0度と入射角60度のときの分光反射率の説明図である。
【0039】
図8、図9に示すように、波長約550nm程度の使用波長の中心波長で最も良好な反射防止特性を示すとともに、可視光の全域において低い反射率となっている。また、図9に示すように入射角60度でも反射率は低く入射角度特性も良好である。
【0040】
図2は鏡筒5へ第2レンズ2と第1レンズ1を挿入し、組み立てる際の方向を表す模式図である。
【0041】
鏡筒5は樹脂(熱可塑性樹脂)からなり、第2のレンズ2の面2Rには平均ピッチが波長以下の微細部より成る微細凹凸構造体3bが形成され、面2Rを進行方向側にして鏡筒5内に鏡筒5の一部より成るレンズ保持部5aに当接するように挿入している。
【0042】
その際に、第2レンズ2と反対の面2Fをベルクランプ等の治具で面押しすることで第2レンズ2の光学軸が鏡筒5の光学軸に合致する様に装着される。
【0043】
そして、第2レンズ2を鏡筒5のカシメ部5cに熱カシメして保持する。第2レンズ2自体を加工して時に生じた光学軸とレンズ外形寸法の差異は鏡筒5の塑性変形により吸収される。
【0044】
それは、第2レンズ2のレンズ面2Fで面押しする際に、面との摺動により軸が揃う方向に力が加えられることになる。その力によって、鏡筒5がその方向に塑性変形させられるためである。
【0045】
第2レンズ2の面2Rに形成されている微細凹凸構造体は、該第2レンズ2の芯取り後に形成されたものである。
【0046】
第2レンズ2と同様に第1レンズ1は微細凹凸構造体3a側から鏡筒5に挿入している。このとき、鏡筒5の一部のレンズ保持部5bに当接するようにしている。また、その際に、それと反対の面1F側を面押しする事で第1レンズ1の光学軸が鏡筒5の光学軸に合致する様に熱カシメされて装着される。
【0047】
これにより、第1レンズ1と第2レンズ2の光軸同士を揃えている。
【0048】
以上のように本実施例によれば、反射防止機能を有する微細凹凸構造体(反射防止素子)を形成したレンズ(光学素子)を鏡筒内に偏心誤差の軽減を図りつつ、高精度に保持することができる。
【0049】
この結果、光学素子を鏡筒に組立保持する際の偏心敏感度の高い光学系においても、光学性能を良好に維持しつつ、鏡筒のレンズ保持部に保持することができる。
【0050】
このレンズ鏡筒を用いれば、フレアやゴーストの少ない良好な光学系が得られる。
【実施例2】
【0051】
図5は本発明の実施例2のレンズ鏡筒の要部構成図である。
【0052】
図5において、102はレンズ鏡筒であり、第1のレンズ1と第2のレンズ2と第1の鏡筒6aと、第2の鏡筒6bを有している。
【0053】


第1レンズ1のレンズ面1Fと第2レンズ2のレンズ面2Fにはそれぞれ、実施例1と同様な平均ピッチが波長以下のピッチより成る微細部を複数配列した微細凹凸構造体からなる反射防止構造体3a、3bが形成されている。
【0054】
第1レンズ1のレンズ面1Rと第2レンズ2のレンズ面2Rには通常の誘電体による反射防止多層膜が配置されている。
【0055】
微細凹凸構造体3a、3bからなる反射防止構造体は実施例1と同様である。即ち、酸化物の誘電体より成る微細部は、その平均ピッチが可視光の波長以下であり、花弁のような構造をしている。
【0056】
第1、第2鏡筒6a、6bは樹脂からなる。本実施例では、図6に示すように、第1のレンズ1を微細凹凸構造体3aが形成された面1Fを進行方向側にして、第1の鏡筒6aにレンズ保持部6a1に当接するまで挿入している。その際に、それと反対の面1Rを面押しする事で第1レンズ1の光学軸が第1の鏡筒6aの光学軸に合致する様にカシメ部6a2に熱カシメして装着される。
【0057】
実施例1と同様に、第1レンズ1自体を加工して時に生じた光学軸とレンズ外形寸法の差異は第1の鏡筒6aの塑性変形により吸収される。
【0058】
同様に第2のレンズ2は微細凹凸構造体3bが形成されている面2Fを進行方向側にして第2の鏡筒6bにレンズ保持部6b1に当接するように挿入している。
【0059】
第1の鏡筒6aと第2の鏡筒6bは図7に示すように勘合される。これにより、第1のレンズ1と第2のレンズ2の光軸同士も揃えることができるレンズ鏡筒102を得ている。
【0060】
以上の構成により、実施例1と同様の効果を有するレンズ鏡筒を得ている。
【0061】
次に本発明のレンズ鏡筒を用いたデジタルスチルカメラ(撮像装置)(光学機器)の実施例を、図10を用いて説明する。
【0062】
図10において20はカメラ本体、21は本発明のレンズ鏡筒を用いた光学系(撮影光学系)である。22はカメラ本体に内蔵され、撮影光学系21によって形成された被写体像を受光するCCDセンサやCMOSセンサ等の固体撮像素子(光電変換素子)である。
【0063】
23は撮像素子22によって光電変換された被写体像に対応する情報を記録するメモリ、24は液晶ディスプレイパネルなどによって構成され、固体撮像素子22上に形成された被写体像を観察するためのファインダーである。
【0064】
このように本発明のレンズ鏡筒をデジタルスチルカメラなどの撮像装置の光学系に適用することにより、高い光学性能を有する撮像装置を実現している。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の実施例1のレンズ鏡筒の要部断面図
【図2】鏡筒へレンズを挿入する際の方向を表す模式図
【図3】微細凹凸構造体からなる反射防止構造体を示す模式図
【図4】微細凹凸構造体の屈折率の断面を示す模式図
【図5】本発明の実施例2のレンズ鏡筒の要部断面図
【図6】鏡筒へレンズを挿入する際の方向を表す模式図
【図7】鏡筒同士の勘合を示す模式図
【図8】反射防止構造体の入射角0度に対する反射率の分光特性
【図9】反射防止構造体の入射角60度に対する反射率の分光特性
【図10】本発明の光学機器の要部断面図
【符号の説明】
【0066】
1:第1のレンズ
2:第2のレンズ
3a:微細凹凸構造体
3b:微細凹凸構造体
4a:誘電体による反射防止多層膜
4b:誘電体による反射防止多層膜
5a:レンズ保持部
5b:レンズ保持部
6a:第1のレンズ鏡筒
6b:第2のレンズ鏡筒
6aa:レンズ保持部
6bb:レンズ保持部
7:基板
20:カメラ本体
21:撮影光学系
101:レンズ鏡筒
102:レンズ鏡筒
R:微細凹凸構造体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の面の最表面に波長以下の微細構造からなる凹凸が形成された反射防止素子を有する光学素子と、
該光学素子を保持するレンズ保持構造を有するレンズ鏡筒であって、
該光学素子は、その微細構造の面を進行方向側にして突き当てで挿入されている事を特徴とするレンズ鏡筒。
【請求項2】
レンズ保持構造は熱可塑性樹脂から成り、
前記光学素子は、熱カシメによりレンズ保持構造に保持されており、
熱カシメによるカシメ部は、
前記鏡筒の一部であって、該光学素子の微細構造の面を進行方向側にして圧入する形状より成る事を特徴とする請求項1のレンズ鏡筒。
【請求項3】
前記凹凸は、スピンコート法によって形成されたものである事を特徴とする請求項2のレンズ鏡筒。
【請求項4】
前記光学素子は微細構造からなる反射防止素子を形成する前に、芯取りをされたものである事を特徴とする請求項3のレンズ鏡筒。
【請求項5】
光入出射面の一方の面に、平均ピッチが可視域の波長以下で凹凸形状の微細部を複数有し、反射防止機能を有する微細凹凸構造体を有する光学素子が鏡筒内に保持されているレンズ鏡筒であって、
該光学素子は、該微細凹凸構造体が形成されている面、又は該面側の一部が該鏡筒のレンズ保持部に当接するように挿入されて該鏡筒内に保持されていることを特徴とするレンズ鏡筒。
【請求項6】
前記鏡筒は、熱可塑性樹脂から成り、前記光学素子は該鏡筒のカシメ部で熱カシメされて保持されていることを特徴とする請求項5のレンズ鏡筒。
【請求項7】
前記光学素子に形成されている前記微細凹凸構造体はスピンコート法により形成されたものであることを特徴とする請求項5又は6のレンズ鏡筒。
【請求項8】
前記光学素子に形成されている前記微細凹凸構造体は、該光学素子の芯取り後に形成されたものであることを特徴とする請求項5、6又は7のレンズ鏡筒。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項のレンズ鏡筒を有することを特徴とする光学機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−72053(P2010−72053A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−236321(P2008−236321)
【出願日】平成20年9月16日(2008.9.16)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】