説明

レーザ光用光学ミラー

【課題】従来のレーザ光用光学ミラーにおいては、Au膜もしくはAg膜あるいはAu膜もしくはAg膜の上にさらに増反射膜もしくは表面保護膜が形成されていたが、Au膜もしくはAg膜はレーザ光用光学ミラーを凹面形状に変形させるため好ましくなく、また、増反射膜にて凸面形状に変形させた構成ではレーザ耐力を低下させるという問題があった。
【解決手段】基材層と、基材層の上に形成され基材層を凸面形状に変形させる応力調整膜と、この応力調整膜基材の上に形成された反射膜を有するミラー基板を用い、レーザ耐力を低下させることなく、基材層の変形を抑制したレーザ光用光学ミラーを実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーザ光を反射して、そのレーザ光の照射位置を調整するガルバノミラーなどに使用されるレーザ光用光学ミラーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ光による穴あけや印字においては、レーザ光をガルバノミラーと呼ばれる光学ミラーによりスキャンし、所望の位置にレーザ光を照射している。このレーザ光の照射位置を調整するガルバノミラーは、高速駆動するために、できる限り軽量化することが求められる。そのため、ミラー基板の基材層を構成する材料として、原子番号が小さく、一定の剛性を確保した上で軽量化が容易なベリリウム(Be)や炭化硼素(BC)、炭化珪素(SiC)などが用いられ、さらに、ミラー基板を薄くした上で、特許文献1に示すように、その裏面に補強構造を配置している。
【0003】
【特許文献1】特開2001−116911号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、ミラー基板の具体的な構成は開示されていないが、発明者らの調査によれば、基材層の表面にAu膜またはAg膜、あるいはAu膜またはAg膜の上にさらに増反射膜または表面保護膜がコーティングされた構成を有していると考えられる。通常、反射膜を蒸着する前の基材層は、入射レーザ光に対し、全体的に緩やかな凸面形状を有しているが、発明者らが基材層の裏面に、中央補強部材と、この中央補強部材に交差する補強リブを有する補強構造を備えたレーザ光用光学ミラーを試作したところ、Au膜、Ag膜は基材層に弱い引張り応力を与え、中央補強部材と平行な方向には、緩やかな凸面形状が残るが、補強リブと平行な方向では、基材層に凹面形状の変形を生じさせることが干渉計により確認された。
【0005】
ガルバノミラーには、照射されるレーザ光の位置を精度良く制御することが求められるが、中央補強部材に平行な方向と、補強リブに平行な方向とで逆向きの変形状態を持つと、レーザ光の正確な位置制御が困難となる。なお、増反射膜を構成する膜として、硫化亜鉛(ZnS)のような圧縮応力を有する膜を用いると、基材層に圧縮応力が付与され、補強リブと平行な方向にのみ凹面形状の変形を生じることはないが、Au膜の上に増反射膜を設けると、レーザ耐力が低下するという問題があった。
【0006】
この発明は、必要なレーザ耐力を有し、しかも中央補強部材に平行な方向と、補強リブに平行な方向とで逆向きの変形状態が生じる問題を改善することのできるレーザ光用光学ミラーを提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の第1の観点によるレーザ光用光学ミラーは、ミラー基板、およびこのミラー基板の裏面側に配置された補強構造を備え、前記ミラー基板の表面側において、レーザ光を反射するレーザ光用光学ミラーであって、前記補強構造は、中央補強部材と、この中央補強部材に交差するように延びる複数のリブとを有し、前記ミラー基板の裏面を補強しており、前記ミラー基板は、表面と裏面を有する基材層と、この基材層の表面に接合する応力調整膜と、この応力調整膜の上に形成された反射膜とを有し、前記基材層は、その裏面に前記補強部材を有し、前記反射膜はレーザ光を反射し、また、前記応力調整膜は、前記基材層の表面が凸面形状となるような応力を前記基材層に付与することを特徴とする。
【0008】
また、この発明の第2の観点によるレーザ光用光学ミラーは、ミラー基板、およびこのミラー基板の裏面側に配置された補強構造を備え、前記ミラー基板の表面側において、レーザ光を反射するレーザ光用光学ミラーであって、前記補強構造は、中央補強部材と、この中央補強部材に交差するように延びる複数のリブとを有し、前記ミラー基板に裏面を補強しており、前記ミラー基板は、表面と裏面を有する基材層と、この基材層の表面に接合する反射膜と、この反射膜の上に形成された応力調整膜とを有し、前記基材層は、その裏面に前記補強部材を有し、前記反射膜はレーザ光を反射し、また、前記応力調整膜は、前記レーザ光の波長をλとしたときに、λ/4より薄い膜厚を有し、前記基材層の表面が凸面形状となるような応力を前記基材層に付与することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
この発明の第1の観点によるレーザ光用光学ミラーによれば、基材層と反射膜との間に、基材層の表面が凸面形状となるように基材層に応力を付与する応力調整膜を設けたので、基材層の表面が凸面形状を保持し、しかも必要なレーザ耐力を有するレーザ光用光学ミラーを実現することができる。
また、この発明の第2の観点によるレーザ光用光学ミラーによれば、反射膜の上に、基材層の表面が凸面形状となるように基材層に応力を付与する応力調整膜をλ/4よりも薄い膜厚で設けたので、レーザ耐力を低下させることなく、基材層の表面に凸面形状を保持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下図面を参照し、この発明によるレーザ光用光学ミラーのいくつかの実施の形態について説明する。
【0011】
実施の形態1.
図1は、この発明によるレーザ光用光学ミラーの実施の形態におけるミラー基板を示す断面図である。この実施の形態1のレーザ光用光学ミラーは、ガルバノミラーであり、そのミラー基板10は、相対向する表面10aと裏面10bを有する。このミラー基板10は、基材層11と、応力調整膜12と、反射膜13とを含む。応力調整膜12と、反射膜13は、基材層11上に積層されている。
【0012】
基材層11は、表面11aと裏面11bを有し、裏面11bが、ミラー基板10の裏面10bを形成する。応力調整膜12は、基材層11の表面11aに接合するように、その表面11a上に形成される。反射膜13は、さらに、応力調整膜12上に、この応力調整膜12と接合するように形成される。応力調整膜12は、基材層11と反射膜13との間に、それらに接合するように配置される。
【0013】
基材層11は、炭化硼素(BC)、または炭化珪素(Sic)を主成分とする炭化物セラミックス、またはベリリウム(Be)を用いて構成される。具体的には、実施の形態1では、炭化硼素(BC)を主成分とする炭化物セラミックスを用いて、基板層11を構成した。この基材層11には、表面11aの平滑性を確保するために、表面11aに表面研磨が行なわれる。図2は、干渉計により、この表面研磨後の基材層11の形状を観察したものである。基材層11は剛性が高く、通常は、前記表面研磨により、表面11aが、図2に示すように、レーザ光RLを反射する側で全体的に緩やかな凸面形状を呈する。図2において、その上面が表面11aであり、この表面11aが、入射するレーザ光RLに対して、緩やかな凸面形状となっている。基材層11は、例えば、長径が50mm、短径が40mmの楕円形状に形成され、その厚さは約3mmである。
【0014】
応力調整膜12は、基材層11の表面11aが、その全域において凸面形状となるような応力を、基材層11に圧縮応力を付与する。この圧力調整膜11は、硫化亜鉛(ZnS)、酸化セリウム(CeO)、酸化珪素(SiO)、または酸化タンタル(Ta)の少なくとも1つ材料から構成される。これらの材料を混合して、圧力調整膜12を構成することもできる。反射膜13は、レーザ光RLを反射する。この反射膜13は、Au膜またはAg膜で構成される。具体的には、実施の形態1では、反射膜13はAu膜で構成された。
【0015】
ミラー基板10の裏面10bには、図3に示す補強構造20が配置される。この補強構造20は、中央補強部材21と、複数のリブ22と、枠部材23を一体に有する。この補強構造は、ミラー基板10の裏面10bに形成される。中央補強部材21は、楕円形状の基材層11の長径の方向に延びるようにして、その中央部分に設けられる。複数のリブ22は、楕円形状の基材層11の短径の方向に延びるように形成され、中央補強部材21に直交する。枠部材23は、各補強リブ22の外周端を結ぶように、楕円形状とされ、楕円形状の基材層11の裏面11bの外周部に形成される。なお、枠部分23は、必ずしも必要なものではなく、削除することも可能である。
【0016】
基材層11の表面11aに応力調整膜12を設けずに、直接、反射膜13を形成した場合、この反射膜13を構成するAu膜は、基材層11の表面11aに引張応力を与える。基材層11は、前述の通り、表面11aに対する表面研磨の結果、表面11aが、レーザ光RLに対して緩やかな凸面形状となっているが、基材層11の裏面11bに、補強構造20を設け、また、圧力調整膜12を設けずに、直接、反射膜13を基材層11の表面11aに形成すると、基材層11の表面11aにおいて、中央補強部材21に平行な方向では、レーザ光RLに対して緩やかな凸面形状が維持されるが、補強リブ22に平行な方向では、レーザ光RLに対して凹面形状の変形部が形成される。すなわち、中央補強部材21が補強リブ22に比較して、充分な強度を有するため、この中央補強部材21に平行な方向では、基材層11の表面研磨による緩やかな凸面形状が維持されるのに対し、補強リブ22の強度が小さいため、この補強リブ22に平行な方向では、反射膜13からの引張応力が優勢となり、レーザ光RLに対して凹面形状の変形部が形成される。
【0017】
図4は、基材層11の裏面10bに補強構造20を設け、その表面11aに、応力調整膜12を設けずに、直接、反射膜13を形成した場合におけるミラー基板10の表面形状を干渉計により観察したものである。図4の例では、図2の例と同じに、基材層11は炭化硼素(BC)を主成分とする炭化物セラミックスで楕円形状に構成され、その長径は50mm、短径は40mm、厚さは約3mmとされ、反射膜13は、Au膜を1000Åの厚さで、基材層11の表面11aに真空蒸着された。図4において、奥行きの方向が、中央補強部材21に平行な方向であり、また、左右の方向が、補強リブ22に平行な方向である。図4における左右の方向の外端、すなわち補強リブ22の方向の外端に、凹面形状が見られる。ミラー基板10がこのような形状を呈した場合、凹面形状の変形部に入射したレーザ光RLをガルバノミラーで正確な位置に照射することが困難となる。
【0018】
これに対し、実施の形態1のレーザ光用光学ミラーでは、基材層11の表面11aが凸面形状となるような圧縮応力を付与する応力調整膜12を、基材層11と反射膜13との間に配置している。この応力調整膜12を設けることにより、基材層11の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が発生するのを防ぐことが可能となる。
【0019】
図5、図6は、実施の形態1のレーザ光用光学ミラーについて、反射膜13の蒸着の前後における形状変化を示す。図5は、反射膜13の蒸着前に、基材層11の表面11a上に応力調整膜12を形成したミラー基板10の形状を干渉計で観察したものである。図6は、その後に、応力調整膜12上に、反射膜13を蒸着した後のミラー基板10の形状を
干渉計で観察したものである。基材層11は炭化硼素(BC)を主成分とする炭化物セラミックスで構成し、応力調整膜12は、硫化亜鉛(ZnS)により、4000Åの厚さに形成し、反射膜13はAu膜で、1000Åの厚さに形成している。図5、図6から、反射膜13の蒸着の前後で、ミラー基板10の表面形状に大きな変化が生じないことが理解され、とくに、反射膜13を蒸着した状態において、図4に示すような、補強リブ22に平行な方向の外端にも、凹面形状の変形部が発生せず、ミラー基板10の表面10aが、全体として緩やかな凸面形状を持つことが理解される。
【0020】
なお、通常の真空蒸着による成膜を行った場合に引張り応力を呈することが知られている膜は、例えば、反射膜として用いられるAu、Agのような金属膜の他、弗化マグネシウム(MgF)、酸化チタン(TiO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化ジルコニウム(ZrO)など多数あり、逆に圧縮応力を有することが知られている膜は、例えば、硫化亜鉛(ZnS)、酸化セリウム(CeO)、酸化珪素(SiO)、酸化タンタル(Ta)が代表として挙げられる。
【0021】
従来のAu膜もしくはAg膜の上に、硫化亜鉛(ZnS)のような基材層11に圧縮応力を付与する膜を、増反射膜として形成した場合にも、基材層11の変形が抑制されることが確認されている。しかしながら、誘電体にて増反射膜を形成する場合、光の干渉作用を利用するため、入射レーザ光の波長の1/4の光学的な膜厚とすることが一般的に行なわれる。この場合、入射レーザ光の電界強度が最も高くなる位置が誘電体の膜界面と一致することになる。レーザ光のようなパワーの強い光が入射すると、この強い電界強度の形成により、膜がダメージを受ける場合がある。通常は、この膜がダメージを受けるときの入射レーザパワーが、レーザ耐力に相当する。従って、誘電体にて形成された増反射膜は、通常、膜界面にて損傷を生じる。一方、表面に増反射膜を有しない金属膜の場合、反射は極く表層で生じるため、上記したような界面での膜損傷は生じ難い。以上のことから、表面に誘電体にて構成された増反射膜が設けられた場合、Au膜単独もしくはAg膜単独の場合に比してレーザ耐力が低下する。
【0022】
実施の形態1によるレーザ光用光学ミラーに対し、波長10.6μmの炭酸ガスレーザを照射し、レーザ耐力を確認したところ、反射膜13を構成するAu膜の上に、増反射膜が形成されたGe/ZnS/Au/BCの4層構成に比較して、実施の形態1によるAu膜/ZnS/BCの3層構成では、レーザ耐力が約300%となることが分かった。なお、Au膜/ZnS/BCの4層構成と、Au膜/BCの2層構成とを比較すると、両者に、レーザ耐力に差異は認められなかった。
【0023】
なお、実施の形態1においては反射膜13としてAu膜を用いたが、反射膜13としてAg膜を用いた場合にも、図4に示すと同様の凹面形状の変形部が生じることが確認されており、反射膜13としてAg膜を用いた場合にも、この反射膜13と基材層11との間に、応力調整膜12を配置する構成を採用することで、ミラー基板10の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が生じるのを抑制した上で、高レーザ耐力を実現することができる。
【0024】
また、実施の形態1においては、反射膜13を構成するAu膜の上に保護膜等は形成されていないが、Au膜の上に、弗化マグネシウム(MgF)または弗化イットリウム(YF)、弗化イッテルビウム(YbF)のような保護膜を形成しても構わない。発明者らの試作によれば、この保護膜を1000Åの厚さで、反射膜13を構成するAu膜の表面に形成した場合、反射率、レーザ耐力とも、Au膜のみの構成の場合と差異は認められなかった。
【0025】
実施の形態1においては、応力調整膜12として、硫化亜鉛(ZnS)を4000Åの
厚さで形成した場合を示したが、硫化亜鉛(ZnS)は、これより薄くても効果があることが確認されており、例えば、3000Å、2000Å、1000Åの膜厚の硫化亜鉛(ZnS)を形成した場合においても、ミラー基板10の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が生じるのが抑制されることが確認された。
【0026】
さらに、実施の形態1においては、基材層11として、炭化硼素(BC)、炭化珪素(SiC)、ベリリウム(Be)を代表例として示したが、基材層11としては、これら材料に限られることなく、所定の剛性および表面平滑性を保持できるものであればどのようなものでも構わない。
【0027】
また、実施の形態1においては、照射レーザ光が炭酸ガスレーザ光である場合について説明したが、照射レーザ光は、炭酸ガスレーザ光に限られることはなく、例えば、YAGレーザやエキシマレーザ等、印字や加工に使用することができるレーザ光であればいずれに対しても同様の効果が得られることは言うまでもない。
【0028】
以上のように、実施の形態1と前述の各変形例によれば、ミラー基板10が、基材層11の表面11aに接合する応力調整膜12と、この圧力調整膜12の上に形成された反射膜13を有し、応力調整膜12が、基材層11の表面11aが凸面形状となるような応力を基材層11に付与することにより、必要なレーザ耐力を保持しながら、基材層11の変形、すなわち基材層11の凹面形状の変形が生じるのを抑制したレーザ光用光学ミラーを容易に実現することができる。
【0029】
実施の形態2.
図7は、この発明によるレーザ光用光学ミラーの実施の形態2におけるミラー基板を示す断面図である。この実施の形態2におけるミラー基板10Aは、実施の形態1におけるミラー基板10に置き換えて使用される。その他は実施の形態1と同じに構成され、ミラー基板10Aの裏面10bにも、図3に示す補強構造20が形成される。
【0030】
実施の形態2におけるミラー基板10Aでは、基材層11の表面11a上に、イオンアシストにより作成された応力調整膜12Aが形成され、この応力調整膜12A上に、反射膜13が形成される。この応力調整膜12Aは、実施の形態1における応力調整膜12と同様に、基材層11Aの表面11aが、凸面形状となるような圧縮応力を基材層11に付与する。基材層11、および反射膜13は、実施の形態1と同じに構成される。イオンアシストにより作成された応力調整膜12Aは、膜充填率が高くなることから圧縮応力を示す場合が多く、実施の形態1にて示した膜の他、通常の真空蒸着にては引張り応力を示す酸化アルミニウム(Al)、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化チタン(TiO)などの膜がイオンアシストにより圧縮応力を示すことが知られている。
【0031】
実施の形態2においては、基材層11と、反射膜13を構成するAu膜の間に、イオンアシストによる応力調整膜12Aを設けることにより、基材層11の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が生じるのを抑制し、ミラー基板10Aの変形を抑制した。応力調整膜12Aとして用いたのは、イオンアシストによる酸化チタン(TiO)であり、その膜厚は2000Åとした。この構成により、実施の形態1と同様な効果を得ることができた。
【0032】
なお、ここでは、応力調整膜12Aとしてイオンアシスト膜を用いる場合について説明したが、圧力調整膜12Aはイオンアシスト膜に限られることはなく、プラズマアシスト膜、イオンプレーティング膜、スパッタ膜など物理的なアシストにより、圧縮応力を示す膜であれば、いずれの膜でも同様の効果を生じることは言うまでもない。
【0033】
以上、実施の形態2によれば、実施の形態1に示した効果に加え、基材層11が入射レーザ光に対し凸面形状を呈するような応力を付与する応力調整膜12Aの選択肢がより広がり、実用性が向上する。
【0034】
実施の形態3
図8は、この発明によるレーザ光用光学ミラーの実施の形態3におけるミラー基板10Bを示す断面図である。このミラー基板10Bは、実施の形態1におけるミラー基板10に置き換えて使用される。その他は、実施の形態1と同じに構成され、ミラー基板10Bの裏面10bにも、図3に示す補強構造20が配置される。
【0035】
実施の形態3のミラー基板10Bにおいては、基材層11の表面11aに接合するように、反射膜13を構成するAu膜が形成され、この反射膜13の上に、入射レーザ光RLに対し、基材層11の表面11aが凸面形状を呈するような圧縮応力を付与する応力調整膜12Bが形成される。基材層11、反射膜13は、実施の形態1と同じにされ、また、応力調整膜12Bの材料も、実施の形態と同じにされる。
【0036】
この実施の形態3における応力調整膜12Bは、あくまで、基材層11の変形を抑制するためのものであり、増反射膜のように厚く形成する必要はない。実施の形態1にて示したように、発明者らの試作により、炭酸ガスレーザ光を入射レーザ光とし、反射膜13を構成するAu膜を1000Åとし、応力調整膜12Bに硫化亜鉛(ZnS)を使用した場合、硫化亜鉛(ZnS)は、厚み1000Å以上あれば、基材層11の変形、すなわち基材層11の凹面形状の変形が生じるのを抑制することが判明している。応力調整膜12Bの厚みが、前述したように、入射するレーザ光RLの波長をλとしたとき、λ/4の光学的な膜厚となると、膜界面に強度の高い電界が形成され、レーザ耐力を低下させるため、実施の形態3では、応力調整膜12Bの膜厚をλ/4の光学的な膜厚よりも、薄くしたものである。応力調整膜12Bの膜厚は、λ/4の光学的な膜厚よりも、できるだけ薄くすることが望ましい。
【0037】
実施の形態3では、具体的には、応力調整膜12Bの膜厚は、λ/8以下とすることが望ましい。この実施の形態3で使用された応力調整膜12Bは、基材層11の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が生じるのを抑制することを目的とするものであり、膜厚は薄くてもよく、膜界面にレーザ耐力の低下に繋がる強い電界を生じないようにすることが重要である。実施の形態1にて示したように、反射膜13を構成するAu膜の上に増反射膜を形成すると、レーザ耐力は低下するが、基材層11の表面11aに接合して反射膜13を構成するAu膜の表面に、1000Åの応力調整膜12Bを形成した場合、基材層11の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が生じるのを抑制した上で、反射率、レーザ耐力ともに低下することはないことが確認された。なお、入射レーザ光RLは、炭酸ガスレーザであり、その波長λは、10.6μmである。
【0038】
なお、YAGレーザの基本波(1.06μm)を照射レーザ光Rとする場合、硫化亜鉛(ZnS)(n=2.3)を応力調整膜12Bとして用いた場合、λ/8は576Å(物理膜厚)であるため、反射膜13を構成するAu膜3の上に形成する応力調整膜12Bは576Å以下の膜厚とすることが好ましい。発明者らが、炭化硼素(BC)を用いた基材層11上に、反射膜13を構成する1000ÅのAu膜を形成し、さらにその上に、500Åの硫化亜鉛(ZnS)膜を形成したところ、基材層11の変形、すなわち基材層11に凹面形状の変形が生じるのが抑制されることが確認された。また、このレーザ光用光学ミラーに対しレーザ照射試験を実施したが、Au/BCの2層構造の光学ミラーにおけるレーザ耐力と同等のレーザ耐力を有することを確認している。
【0039】
以上のように、実施の形態3では、ミラー基板10Bが、基材層11の表面11aに接
合する反射膜13と、この反射膜13の上に形成された応力調整膜12Bを有し、応力調整膜12Bが、λ/4より薄い膜厚を有し、基材層11の表面11aが凸面形状となるような応力を基材層11に付与することにより、レーザ耐力を低下させることなく、基材層11の変形、すなわち基材層11の凹面形状の変形が生じるのを抑制したレーザ光用光学ミラーを容易に実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】この発明によるレーザ光用光学ミラーの実施の形態1におけるミラー基板を示す断面図である。
【図2】従来の蒸着前のミラー基板の形状を説明する斜視図である。
【図3】実施の形態1における補強構造の構成を説明する斜視図である。
【図4】従来の反射膜の蒸着後のミラー基板の形状を説明する斜視図である。
【図5】実施の形態1における反射膜の蒸着前のミラー基板の形状を説明する斜視図である。
【図6】実施の形態1における反射膜の蒸着後のミラー基板の形状を説明する斜視図である。
【図7】この発明によるレーザ光用光学ミラーの実施の形態2におけるミラー基板を示す断面図である。
【図8】この発明によるレーザ光用光学ミラーの実施の形態3におけるミラー基板を示す断面図である。
【符号の説明】
【0041】
10、10A、10B:ミラー基板、11:基材層、11a:表面、11b:裏面、
12、12A、12B:応力調整膜、13:反射膜、20:補強構造、21:中央補強部材、22;補強リブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミラー基板、およびこのミラー基板の裏面側に配置された補強構造を備え、前記ミラー基板の表面側において、レーザ光を反射するレーザ光用光学ミラーであって、
前記補強構造は、中央補強部材と、この中央補強部材に交差するように延びる複数のリブとを有し、前記ミラー基板の裏面を補強しており、
前記ミラー基板は、表面と裏面を有する基材層と、この基材層の表面に接合する応力調整膜と、この応力調整膜の上に形成された反射膜とを有し、前記基材層は、その裏面に前記補強部材を有し、前記反射膜はレーザ光を反射し、また、前記応力調整膜は、前記基材層の表面が凸面形状となるような応力を前記基材層に付与することを特徴とするレーザ光用光学ミラー。
【請求項2】
請求項1記載のレーザ光用光学ミラーであって、前記基材層が、炭化硼素(BC)または炭化珪素(SiC)を主成分とする炭化物セラミックスにより形成されていることを特徴とするレーザ光用光学ミラー。
【請求項3】
請求項1または2記載のレーザ光用光学ミラーであって、前記応力調整膜が、硫化亜鉛(ZnS)、酸化セリウム(CeO2)、または酸化珪素(SiO2)のいずれかを含んでいることを特徴とするレーザ光用光学ミラー。
【請求項4】
請求項1または2記載のレーザ光用光学ミラーであって、前記応力調整膜が、イオンもしくはプラズマを含む物理的なアシストにより形成されたことを特徴とするレーザ光用光学ミラー。
【請求項5】
ミラー基板、およびこのミラー基板の裏面側に配置された補強構造を備え、前記ミラー基板の表面側において、レーザ光を反射するレーザ光用光学ミラーであって、
前記補強構造は、中央補強部材と、この中央補強部材に交差するように延びる複数のリブとを有し、前記ミラー基板に裏面を補強しており、
前記ミラー基板は、表面と裏面を有する基材層と、この基材層の表面に接合する反射膜と、この反射膜の上に形成された応力調整膜とを有し、前記基材層は、その裏面に前記補強部材を有し、前記反射膜はレーザ光を反射し、また、前記応力調整膜は、前記レーザ光の波長をλとしたときに、λ/4より薄い膜厚を有し、前記基材層の表面が凸面形状となるような応力を前記基材層に付与することを特徴とするレーザ光用光学ミラー。
【請求項6】
請求項5記載のレーザ光用光学ミラーであって、前記応力調整膜の膜厚が前記レーザ光のλ/8以下であることを特徴とするレーザ光用光学ミラー。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−116263(P2009−116263A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−292196(P2007−292196)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】