説明

一重項酸素消去剤、及びそれを用いた皮膚外用剤

【課題】 一重項酸素消去能を有する新規な剤及び皮膚外用剤を提供する。
【解決手段】 コエンザイムQ10からなる一重項酸素消去剤、及びこれを有効成分として含有する皮膚外用剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な一重項酸素消去剤、それを有効成分として含有する皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、広義の活性酸素種として、スーパーオキサイド、ヒドロキシラジカル、過酸化水素及び一重項酸素、ならびにこれらの金属や脂質との反応生成物が知られている。しかし、活性酸素種の中には、例えば、基底状態酸素とは電子の数が異なる、スーパーオキサイド、過酸化水素及びヒドロキシラジカル等の還元分子種もあれば、基底状態酸素と電子の数は同じであるが励起状態にある、励起分子種である一重項酸素もあり、その電子状態の違いに基づく、活性酸素種という枠組みでは捉えられない固有の特性をそれぞれ有する。また、従来、活性酸素種の検出には、電子スピン共鳴(ESR)が広く利用されている(例えば特許文献1)。ESRは、スーパーオキサイドやヒドロキシラジカル等のラジカル種の検出には有効であるが、ラジカル種でない一重項酸素を検出することはできない。また、一重項酸素の水中における寿命は約4μ秒と短く、感度、特異性を兼ね備えた検出方法は限られている(例えば特許文献2)。従って、従来、広義に活性酸素種が関与している反応と報告されているものや、活性酸素種の捕獲に有効な剤と報告されているものも、その検出方法等を検討すると、一重項酸素については明確ではないものがほとんどである。
【0003】
近年、活性酸素種それぞれの反応性が研究され、対象分子に対してそれぞれ特異な反応性を示すことがわかってきた。例えば、スーパーオキサイドやヒドロキシラジカルは、タンパク質と反応して容易にその断片化を引き起こす。一方、一重項酸素はタンパク質に架橋を形成し、タンパク質を重合させるという、スーパーオキサイド等とは全く異なる特異な反応性を示す(例えば、非特許文献1)。また、一重項酸素が、紫外線の照射により健康な皮膚表面に発生し、様々な皮膚トラブルの原因となる皮脂の過酸化を引き起していることも明らかとなった(例えば、非特許文献2)。この様な背景の下、従来、活性酸素種が関与しているといわれていた疾病や老化についても、一重項酸素の寄与が重要視されてきている。従って、一重項酸素を消去し得る剤があれば、これらの疾病や老化の防止に有効である。また、従来、一重項酸素消去剤として知られているものは、その物質自体の化学的安定性が悪いために経時保存中に劣化し、一重項酸素消去能が低下するものが多く、効果の持続性の点で改良が望まれている。
【0004】
一方、コエンザイムQ10を含有する化粧料が種々提案され、中には、コエンザイムQ10が抗酸化作用を示すことが開示されている(例えば、特許文献3及び4)。しかし、一重項酸素との関係についてはなんら記載がない。
【0005】
【特許文献1】特開2001−10954号公報(5頁、実施例9)
【特許文献2】特開平7−159325号公報
【特許文献3】特開平6-199687号公報
【特許文献4】特開2004−107262号公報
【非特許文献1】J.Soc.Cosmet.Chem.Japan.Vol.28,No.2 1994,p.163−171。
【非特許文献2】日本香粧品科学会誌 vol.19 No.1 1995年、p.1−6。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、良好な一重項酸素消去能を長期的に維持する剤を提供することを課題とする。また、本発明は、一重項酸素によって引き起こされる様々な反応を抑制し得る一重項酸素消去剤及び組成物を提供することを課題とする。また、本発明は、皮膚に適用することによって、一重項酸素が関与する反応が一因となって起こる、皮膚の老化、皮膚の黒化及び皮膚の損傷等を防止し得る、一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は前記課題を解決するため、コエンザイムQ10からなる一重項酸素消去剤を提供する。本発明の一態様として、一重項酸素消去定数が1.0×107-1-1以上である上記一重項酸素消去剤;が提供される。本発明の一重項酸素消去剤又はこれを有効成分として含有する皮膚外用剤は、一重項酸素が関与する様々な反応を抑制するのに利用することができ、コラーゲン架橋形成抑制剤、即時黒化抑制剤、酵素失活抑制剤、脂質過酸化抑制剤、細胞老化抑制剤又は色素褪色抑制剤に利用することができる。
【0008】
また、別の観点から、本発明によって、上記一重項酸素消去剤を有効成分として含有する皮膚外用剤;上記一重項酸素消去剤又はこれを有効成分として含有する組成物を皮膚に適用することによって、コラーゲン架橋形成、即時黒化、酵素失活、脂質過酸化、細胞老化及び色素褪色のいずれかを抑制する方法;上記一重項酸素消去剤又はこれを有効成分として含有する組成物を皮膚に適用することによって、皮膚の老化を防止する方法;コエンザイムQ10を添加する工程を含む皮膚外用剤の調製方法;が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、良好な一重項酸素消去能を長期的に維持する一重項酸素消去剤を提供することができる。また、本発明によれば、一重項酸素によって引き起こされる様々な反応を抑制し得る一重項酸素消去剤及び組成物を提供することができる。また、本発明によれば、皮膚に適用することによって、一重項酸素が関与する反応が一因となって起こる、皮膚の老化、皮膚の黒化及び皮膚の損傷等を防止し得る、一重項酸素消去剤及び組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、コエンザイムQ10からなる一重項酸素消去剤に関する。本発明で使用するコエンザイムQ10は、ユビキノンのイソプレノイド側鎖の数が10の化合物であり、別名、ユビキノン10、ユビデカノレン及び補酵素Q10とも呼ばれている。本発明では、天然物から抽出したものを使用してもよいし、合成品を使用してもよい。
【0011】
本発明の一重項酸素消去剤は、一重項酸素消去定数が1.0×107-1-1以上であるのが好ましく、1.0×108-1-1以上であるのがより好ましい。本明細書において、「一重項酸素消去定数」とは、Stern−Vormerの式(Io/I=1+kq・τ・Cq)の反応速度定数(kq)をいう。具体的には、一重項酸素を恣意的に発生させ、一重項酸素の遷移に伴う発光が観測される系に、一重項酸素消去剤を種々の濃度(Cq)で添加し、その発光強度(I)を測定し、加えなかった時の発光強度(Io)との比(Io)/(I)を算出して、それぞれの濃度(Cq)に対してプロットすることにより、前記Stern−Vormer式から算出することができる。前記式において、τは一重項酸素の寿命であり系の溶媒によって異なる定数である。また、濃度Cqは金属の濃度であって、単位はmol/Lである。この一重項酸素消去定数の算出に用いられる実験系、及び発光の検出装置については、特許第3356517号公報に記載のものを利用することができる。
【0012】
本発明の一重項酸素消去剤は、一重項酸素が存在することによって引き起こされる又は促進される反応を抑制する用途に利用することができる。例えば、一重項酸素は、真皮構成成分であるコラーゲンを架橋させることが知られている(J.Soc.Cosmet.Chem.Japan.Vol.28,No.2 1994,p.163−171)。コラーゲンの架橋は、皮膚の弾力性及び柔軟性を低下させ、皮膚の老化の一因となる。本発明の一重項酸素消去剤を皮膚に適用することにより、コラーゲンの架橋が形成されるのを抑制することができ、皮膚の老化を防止し、若々しい皮膚を維持することができる。即ち、本発明の一重項酸素消去剤は、コラーゲン架橋抑制剤として利用することができる。
【0013】
また、例えば、一重項酸素は、UV−Aの照射によって皮膚表面に多く発生し、ドーパの酸化により非酵素的に起こる即時黒化に関与していること、及び皮表脂質の過酸化に関与していることが知られている(日本香料品科学会誌 vol.19 No.1 1995年、p.1−6)。従って、本発明の一重項酸素消去剤を皮膚に適用することにより、皮膚の即時黒化や皮表脂質の過酸化を抑制する抑制剤として利用することができる。なお、本発明の一重項酸素消去剤を、即時黒化抑制剤として使用する場合は、一重項酸素消去剤の一重項酸素消去定数がドーパより大きい、即ち、6.8×108-1-1以上であるのがより好ましい。また、例えば、一重項酸素は、生体内反応を担っている数多くの酵素の失活を引き起こす又は促進することが知られている。従って、本発明の一重項酸素消去剤は、酵素失活抑制剤として利用することができる。なお、本発明の一重項酸素消去剤を、酵素の失活抑制剤として利用する場合は、一重項酸素消去剤の一重項酸素消去定数が、その酵素の一重項酸素消去定数より大きいことがより好ましい。
【0014】
また、我々は、生体の老化現象を捉えるために細胞老化評価系を用い、細胞老化に一重項酸素が関与していることを報告している(J. Jpn. Cosmet. Sci. Soc. Vol.26, 2002, p.79-85)。つまり、細胞を一重項酸素に曝露させると細胞寿命の短縮という特徴的な老化現象がみられたのである。そして、この現象は一重項酸素消去剤であるヒスチジンを細胞に与えることにより抑制された。すなわち、一重項酸素消去剤は、細胞老化を抑制し、その結果生体の老化を遅らせる効果があることを示唆している。即ち、本発明の一重項酸素消去剤を細胞老化抑制剤として利用することができる。
【0015】
また、一重項酸素は、化粧料や食品等に配合されている植物エキス等の色素の褪色又は変色を引き起こす又は促進することが知られている。また、褪色及び変色を伴わない場合であっても、一重項酸素の存在によって皮膚外用剤等に配合される薬効剤の分解を引き起す又は促進する場合がある。本発明の一重項酸素消去剤を配合すると、一重項酸素消去能及びこれに付随する上記効果が得られるのみならず、ともに配合されている他の剤の分解を抑制するという効果も得られる。即ち、本発明の一重項酸素消去剤は、色素褪色防止剤として利用することができ、また褪色のみならず他の薬効剤の保存剤として利用することもできる。
【0016】
本発明の一重項酸素消去剤を有効成分として含有する組成物は、医薬品、医薬部外品、化粧料、食品等の種々の目的に利用することができる。一重項酸素は、常に酸素に接触し、紫外線に暴露されている皮膚表面上に多く存在するので、本発明の一重項酸素消去剤を含有する組成物は、皮膚外用剤としてより有用である。また、一重項酸素の消去によって抑制される反応は、皮膚の老化、皮膚の黒化、皮膚の損傷の一因となる反応であるので、その様な反応を抑制できる本発明の一重項酸素消去剤及びこれを有効成分として含有する組成物は、皮膚の老化防止、美白、美肌を目的とする皮膚用化粧料として特に有用である。
【0017】
本発明の一重項酸素消去剤を単独で、又は1種以上の公知の外用医薬用添加剤又は皮膚化粧料用添加剤とともに常法に従って配合することによって、皮膚用外用剤を調製することができる。本発明の一重項酸素消去剤の配合量は、外用剤の剤形、使用目的等の他、一重項酸素消去剤の一重項酸素消去能によっても異なるが、一般的には、コエンザイムQ10の濃度は最終組成物中に、好ましくは1μmol/L〜5mmol/L、より好ましくは10μmol/L〜1mmol/Lである。この範囲内であれば、コエンザイムQ10を安定に配合することができ、優れた薬効を発揮することができる。
【0018】
本発明の一重項酸素消去剤は単独で皮膚外用剤として用いることができ、又は1種又は2種以上の添加剤と混合することによって皮膚外用剤を調製することもできる。必要に応じて添加される添加剤としては、皮膚用化粧料や外用医薬品の製剤に一般的に用いられる、水(精製水、温泉水、深層水等)、アルコール、油剤、界面活性剤、金属セッケン、ゲル化剤、粉体、アルコール類、水溶性高分子、皮膜形成剤、樹脂、紫外線防御剤、包接化合物、抗菌剤、香料、消臭剤、塩類、pH調整剤、清涼剤、動物・微生物由来抽出物、植物抽出物、血行促進剤、収斂剤、抗脂漏剤、美白剤、抗炎症剤、本発明の一重項酸素消去剤以外の活性酸素消去剤、細胞賦活剤、保湿剤、キレート剤、角質溶解剤、酵素、ホルモン類、ビタミン類等が挙げられる。皮膚外用剤の調製は、常法に従って行うことができ、前記添加剤の配合量も本発明の効果を損なわない範囲で、常法に従って決定することができる。
【0019】
前記皮膚用外用剤の形態については限定されず、乳液、クリーム、化粧水、美容液、パック、洗顔料、メーキャップ化粧料等の皮膚用化粧料に属する形態;シャンプー、ヘアートリートメント、ヘアースタイリング剤、養毛剤、育毛剤等の頭髪化粧料に関する形態;及び分散液、軟膏、エアゾール、貼付剤、パップ剤、リニメント剤等の外用医薬品の形態;のいずれであってもよい。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
[例1]
コエンザイムQ10(シグマ社製)の一重項酸素消去定数を、Stern−Vormerの式(Io/I=1+kq・τ・Cq)を用いる上述の方法により算出した。一重項酸素検出装置は、特許第3356517号公報に記載(詳細は同公報の第0026欄に記載)の装置を用いた。フローセル中には、ローズベンガルの200μMの水溶液を、20mL/分の速度で循環させた。このセルに、ローズベンガルの吸収波長である514.5nmの波長のレーザーを照射すると、一重項酸素の遷移に伴う発光が観察され、その発光ピークは波長1268nmであった。次に、コエンザイムQ10の溶液をそれぞれ種々の濃度(コエンザイムQ10の濃度100〜1000μmol/Lの範囲で溶媒はエタノールの溶液)で添加し、それぞれ発光強度(I)を測定して、無添加時の発光強度(I0)との強度比(Io)/(I)を算出して、それぞれの濃度(Cq:コエンザイムQ10の濃度)に対してプロットした。前記Stern−Vormerの式から、一重項酸素消去定数(kq)を算出した。結果を以下に示す。
コエンザイムQ10の一重項酸素消去定数 : 1.52×108-1-1
【0021】
従来、活性酸素種消去剤又は一重項酸素消去剤として知られている種々の化合物について同様に一重項酸素消去定数を算出したところ、アスコルビン酸は8.3×106-1-1、ヒポタウリンは1×106-1-1、及びマンニトールは1×104-1-1であった。この結果より、コエンザイムQ10は、従来活性酸素種消去剤又は一重項酸素消去剤として知られている化合物と比較して、同等もしくはそれ以上の優れた一重項酸素消去能を示すことが実証された。
【0022】
[例2:化粧水]
下記成分(3)、(4)、及び(8)〜(10)を混合溶解した溶液と、下記成分(1)、(2)、(5)〜(7)及び(11)を混合溶解した溶液とを混合して均一にし、化粧水を得た。
(成分) (%)
(1)グリセリン 5.0
(2)1,3−ブチレングリコール 6.5
(3)ポリオキシエチレン(20E.O.)ソルビタン 1.2
モノラウリン酸エステル
(4)エチルアルコール 8.0
(5)コエンザイムQ10*1 0.05
(6)乳酸 0.05
(7)乳酸ナトリウム 0.1
(8)パラメトキシケイ皮酸−2−エチルヘキシル 3.0
(9)防腐剤 適量
(10)香料 適量
(11)精製水 残量
*1:シグマ社製
【0023】
[例3:乳液]
下記成分(8)〜(9)を成分(12)に添加し膨潤後、成分(10)を加えて混合し加熱して70℃に維持し水相を調製した。下記成分(1)〜(6)を70℃に加熱混合し、これを前記水相に添加して、乳化した。この乳化物を室温まで冷却し、下記成分(7)、(11)及び(13)を添加し、均一に混合して乳液を得た。
(成分) (%)
(1)ポリオキシエチレン(10E.O.)ソルビタン 1.0
モノステアレート
(2)ポリオキシエチレン(60E.O.)ソルビット 0.5
テトラオレエート
(3)グリセリルモノステアレート 1.0
(4)ステアリン酸 0.5
(5)ベヘニルアルコール 0.5
(6)スクワラン 8.0
(7)コエンザイムQ10*1 0.1
(8)防腐剤 0.1
(9)カルボキシビニルポリマー 0.1
(10)水酸化ナトリウム 0.05
(11)エチルアルコール 5.0
(12)精製水 残量
(13)香料 適量
*1:シグマ社製
【0024】
調製した化粧水及び乳液は、いずれも変色・変臭および沈殿物などがなく、安定であり、皮膚に適用可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の一重項酸素消去剤又はこれを有効成分として含有する皮膚外用剤は、一重項酸素消去能を有するので、一重項酸素が関与する反応、特に、一重項酸素が関与する、皮膚の老化、即時黒化、皮膚の損傷等の一因となる様々な反応を抑制するのに有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コエンザイムQ10からなる一重項酸素消去剤。
【請求項2】
一重項酸素消去定数が1.0×107-1-1以上である請求項1に記載の一重項酸素消去剤。
【請求項3】
コラーゲン架橋形成抑制剤、即時黒化抑制剤、酵素失活抑制剤、脂質過酸化抑制剤、細胞老化抑制剤又は色素褪色抑制剤として用いられる請求項1又は2の一重項酸素消去剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の一重項酸素消去剤を有効成分として含有する皮膚外用剤。


【公開番号】特開2006−213660(P2006−213660A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−28967(P2005−28967)
【出願日】平成17年2月4日(2005.2.4)
【出願人】(000145862)株式会社コーセー (734)
【Fターム(参考)】