説明

中空ピストンに振動抑制手段を組み込んだ制動装置

【課題】ブレーキディスクがパッドに挟まれて回転するとき、ディスクに接するパッドの摩擦面の各部に作用するディスクからの摩擦接触に基づく牽引力は、経時的に一様に推移するものではなく、ディスクの回転と共にばらつき、パッドに対しこれを種々の方向に傾ける変動モーメントとして作用し、振動が惹起されることに対し、ピストンが中空ピストンであることと関連してこれを抑制する。
【解決手段】中空ピストンの室空間内に質量部材を装填し、中空ピストンの中心軸線に沿って質量部材とパッドとの間に延在し双方向に振動を伝播する棒状部材によりパッド中心部を質量部材に連結する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空ピストンによりパッドを回転するディスクに押し付けて該ディスクの回転を制動するようになっている制動装置に係る。
【背景技術】
【0002】
自動車等の制動装置としてピストンによりパッドを回転するディスクに押し付けて該ディスクの回転を制動する制動装置が知られており、またかかる制動装置に於いて、装置の軽量化のためにピストンを内部に室空間を備えた中空ピストンとして形成することが知られている。
【0003】
制動装置はその制動作動時に振動や騒音を発生することがあることに対処し、特に中空ピストンを用いた制動装置に於いて、中空ピストンの内部の室空間内に重錘を装填して振動を減衰させようとするものが、下記の特許文献1に記載されている。また下記の特許文献2には、マスタシリンダに液圧配管を介して接続される作動シリンダのピストンに形成されて作動シリンダの液圧室に小径部にて連通する段付内孔と、この段付内孔に軸方向へ移動可能に組付けられた段付ピストンと、この段付ピストンの小径部と前記段付内孔の小径部間をシールするシールリングと、前記段付内孔の大径部に組付けられて前記段付ピストンの軸方向移動量を規定するストッパと、前記段付ピストンを前記段付内孔の段部に向けて付勢するダンパースプリングとにより構成された液圧振動吸収装置が記載されている。
【特許文献1】特開2002-213506
【特許文献2】特開平5-87169
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
パッドを回転するディスクに押し付けて該ディスクの回転を制動するようになっている制動装置に於ける制動時の振動や騒音の発生には種々のメカニズムが考えられるが、その主要な一つとして、ディスクがパッドに挟まれて回転するとき、ディスクに接するパッドの摩擦面に作用するディスクからの摩擦接触に基づく牽引力は、摩擦面の各部に於いて経時的に一様に推移するものではなく、ディスクの回転と共にばらつくものであり、一方、パッドの支持部はパッドの摩擦面と同一面上にあるのではなく、摩擦面よりそれに垂直に隔たる位置にあることから、パッド摩擦面の各部に作用するディスクからの摩擦牽引力のばらつきは、パッドに対しこれを種々の方向に傾ける変動モーメントとなってパッドに作用し、かかる傾動モーメントが振動的に変化することによりパッドが励振されることによるものが考えられる。
【0005】
本発明は、回転するディスクがその周縁部に押し付けられるパッドにより制動されるようになっている制動装置に於ける上記の振動発生メカニズムに着目し、かかる振動発生メカニズムに対して、ディスクにパッドを押し付けるピストンが中空ピストンであることと関連して、制動時の振動および騒音の発生を抑制することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するものとして、本発明は、内部に室空間を有する中空ピストンによりパッドを回転するディスクに押し付けて該ディスクの回転を制動するようになっている制動装置にして、前記中空ピストンの室空間内に設けられた質量部材と、前記中空ピストンの中心軸線に沿って前記質量部材と前記パッドとの間に延在し双方向に振動を伝播する棒状部材とを含む振動減衰手段が設けられていることを特徴とする制動装置を提案するものである。
【0007】
前記棒状部材は一端部にて前記パッドに開けられた孔を通って該パッドのディスク係合面まで延在していてよい。この場合、前記棒状部材は前記パッドと同じ材料よりなっていてよい。
【0008】
前記棒状部材はその両端部にて前記パッドと前記質量部材とに固定されており、前記質量部材は前記中空ピストン内に固定されており、前記中空ピストンが前記パッドを前記ディスクに当接させる位置より後退するとき、前記パッドは前記中空ピストンの後退に追随するよう、前記質量部材および前記棒状部材を経て前記中空ピストンにより牽引されるようになっていてよい。
【発明の効果】
【0009】
上記の如くパッドに対しこれを種々の方向に傾ける変動モーメントが作用すると、特にパッドが中空ピストンにより周縁部にて支持されたパッドであると、パッドは微小な振動的傾動ではあるが中空ピストンの周縁部による環状支持部に沿ったどこかを支点として傾動する。これに対し、中空ピストンの室空間を利用して該室空間内に質量部材を設け、この質量部材とパッドとを中空ピストンの中心軸線に沿って延在する棒状部材によりその間に双方向に振動を伝播するように連結しておけば、中空ピストンの周縁部による環状支持部に沿ったどの位置を支点としてパッドが傾動してもパッドの中心部には必ず現れる振動偏倚をその往復動の双方に於いて中断なく捉え、これを質量部材に伝達し、質量部材の慣性によりパッドに対し制振作用を及ぼすことができる。この場合、棒状部材は中空ピストンの中心軸線に沿って質量部材とパッドとの間に延在しているので、パッドが中空ピストンの環状開口端に沿ってどの位置を支点として振動的に傾動しても、またその支点位置が中空ピストンの環状開口端の環に沿ってどのように動的に移動しても、質量部材の慣性による制振力が棒状部材を経てパッドに作用する着力点は支点に対し等距離を保ち、かかる制振力が支点距離の変化に共鳴して逆に振動を強めるような逆効果が生ずる虞れは確実に回避される。また棒状部材は質量部材とパッドとの間に双方向に振動を伝播するので、振動体に制振部材を片方から押し当てる単方向の制振に比してより高い制振効果を得ることができる。
【0010】
前記棒状部材が一端部にて前記パッドに開けられた孔を貫通って該パッドのディスク係合面まで延在していれば、パッドの厚み方向のどの部分に振動が生じても、それを前記質量部材により制振することができる。この場合、前記棒状部材がパッドと同じ材料よりなっていれば、パッド内に生ずる振動がそのまま棒状部材を横切って伝播するので、パッド内に生ずる振動を棒状部材によりよりよくピックアップすることができる。
【0011】
更に、前記棒状部材がその両端部にて前記パッドと前記質量部材とに固定されており、前記質量部材が前記中空ピストン内に固定されており、前記中空ピストンが前記パッドを前記ディスクに当接させる位置より後退するとき、前記パッドが前記中空ピストンの後退に追随するよう、前記質量部材および前記棒状部材を経て前記中空ピストンにより牽引されるようになっていれば、かかる棒状部材にてパッドと中空ピストン内質量部材とを連結する制振構造は、制振効果に加えて、非制動時にパッドをディスクより確実に引き離し、ブレーキの引き摺りを防止する効果を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は本発明による制動装置の一つの実施の形態を示す幾分解図的断面図であり、図2は図1に於ける切断線2−2によるパッド部の断面図である。図示の制動装置は車輌用のディスクブレーキである。図に於いて、10はディスクであり、図にはその周縁部のみが示されており、図には現れていない下方に位置する中心軸線の周りに回転するよう、図には示されていない回転軸(車軸)により支持されている。12および14はディスク10の周縁部を両側から挟み込んで制動する一対のパッドである。
【0013】
16はキャリパであり、図には示されていない支持手段によりディスク10に対し図にて左右に変位可能に支持されている。パッド12はキャリパ16の一端部に裏金18およびシム20を介して支持されている。キャリパ16の他端部にはシリンダボア22が形成されており、該シリンダボア内には中空のピストン24がその中心軸線に沿って摺動可能に装着されている。パッド14は裏金26およびシム28を介してピストン24によりその環状の周縁部にて支持されている。シリンダボア22内には、その端壁と中空ピストン24の閉じた端壁との間に油圧室30が形成されており、この油圧室に図には示されていない油圧導管により油圧が選択的に供給されることにより、ピストン24はシリンダボア22より押し出される方向に駆動され、それに伴ってパッド12および14がディスク10の周縁部を両側から挟み込んでその回転を制動するようになっている。32はシリンダボア22とピストン24の摺動部に液蜜性を保つ環状シールであり、34はこの環状シールを横切って漏洩してくる油を捕捉する管状の蛇腹である。
【0014】
中空ピストン24の内部には室空間が形成されており、この室空間内に図示の例ではそれを閉じた端壁部から開放端の近くまで密に充填する質量部材36が設けられている。質量部材36はゴム状弾性材等よりなっていてよく、シリンダボア22の周壁に焼付けまたは接着剤により固定されていてよい。図示の例では、質量部材36の中空ピストン開口端に面する端面には金属板38が焼付けまたは接着剤により固定されている。
【0015】
そして、図示の例では、この金属板38に環状リブ40にて一端部を固定されて、中空ピストン24の中心軸線に沿って延在するよう、棒状部材42が設けられており、その他端部はシム28、裏金26、パッド14のそれぞれの中心部に開けられた孔44、46、48を通ってパッド14のディスク係合面50まで達している。パッド14は一般に銅、錫の如き柔らかい金属の粉末、炭素繊維、合成樹脂等の混合物を焼結した材料より作られるが、棒状部材42はパッド14の孔48に通されたその先端部に於いてパッド14と同時にディスク10に当接するので、該当接部にてパッド14と同じように摩耗するよう、パッド14と同じ材料により作られるのが好ましい。棒状部材42はパッド14の孔48に通された部分にてパッド14に焼付けまたは接着により固定されてよい。
【0016】
以上の如き構成により、図示の状態から油圧室30内へ油圧が供給され、ピストン24がシリンダボア22より押し出される方向に駆動され、キャリパ16を介してパッド12と14とがディスク10の周縁部の両側に押し付けられた制動時に、パッド、特に中空ピストン24の環状周縁部にて支持されたパッド14がその摩擦面の各部でディスク10との摩擦係合により及ぼされる摩擦牽引力のばらつきにより環状支持部のどこかを支点とする変動モーメントを及ぼされ、パッド14が環状支持部のどこかを支点として振動的に傾動することに対し、質量部材36はその慣性により棒状部材42を介してパッド14の中央部の偏倚を抑制し、パッドに対し制振作用を与える。この場合、特に棒状部材42は中空ピストン24の中心軸線に沿って質量部材とパッド14との間に延在しており、パッド14が中空ピストン24の環状開口端に沿ってどの位置を支点として振動的に傾動しても、質量部材36の慣性による制振力が棒状部材42を経てパッド14に作用する着力点は支点に対し等距離にある。従って、パッド14に生ずる振動がその傾動方向を経時的に変化させ、パッド14対する中空ピストン24の環状開口端の支点位置が中空ピストン24の環状開口端に沿って動的に移動しても、支点に対する制振力が隔置距離は変わらず、パッドの傾動に対する質量部材36の慣性による制振モーメントは変化しない。これによって、制振モーメントの変化がパッドの振動に共鳴し、かかる制振構造が逆に振動を強めるような逆効果が生ずる虞れは確実に回避される。棒状部材42は質量部材36とパッド14との間に双方向に振動を伝播するので、本件出願人と同一の出願人による特願2007−103131に於ける如く振動体に制振部材が片方から押し当てられる単方向の制振に比して、より高い制振効果が得られる。
【0017】

また質量部材36が焼き付けまたは接着材等により中空ピストン24に固定され、パッド14も棒状部材42に焼き付けまたは接着材等により固定され、パッド14がピストン中心軸線に沿う方向の動きに対し棒状部材42により質量部材36に固定的に連結されているときには、制動解除時に中空ピストン24が制動時の押出し位置より後退するとき、パッド14は棒状部材42を介して中空ピストン24により引っ張られてディスク10より確実に引き離され、ブレーキ解除時に解除不完全によるブレーキの引き摺りが生ずることが確実に防止される。
【0018】
以上に於いては本発明を一つの実施の形態について詳細に説明したが、かかる実施の形態について本発明の範囲内にて種々の変更が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明による制動装置を一つの実施の形態に於いて示す幾分解図的断面図。
【図2】図1に於ける切断線2−2によるパッド部の断面図。
【符号の説明】
【0020】
10…ディスク、12,14…パッド、16…キャリパ、18…裏金、20…シム、22…シリンダボア、24…ピストン、26…裏金、28…シム、30…油圧室、32…環状シール、34…蛇腹、36…質量部材、38…金属板、40…環状リブ、42…棒状部材、44…シム28の孔、46…裏金26の孔、48…パッド14の孔、50…パッドのディスク係合面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に室空間を有する中空ピストンによりパッドを回転するディスクに押し付けて該ディスクの回転を制動するようになっている制動装置にして、前記中空ピストンの室空間内に設けられた質量部材と、前記中空ピストンの中心軸線に沿って前記質量部材と前記パッドとの間に延在し双方向に振動を伝播する棒状部材とを含む振動減衰手段が設けられていることを特徴とする制動装置。
【請求項2】
前記棒状部材は一端部にて前記パッドに開けられた孔を通って該パッドのディスク係合面まで延在していることを特徴とする請求項1に記載の制動装置。
【請求項3】
前記棒状部材は前記パッドと同じ材料よりなっていることを特徴とする請求項2に記載の制動装置。
【請求項4】
前記棒状部材はその両端部にて前記パッドと前記質量部材とに固定されており、前記質量部材は前記中空ピストン内に固定されており、前記中空ピストンが前記パッドを前記ディスクに当接させる位置より後退するとき、前記パッドは前記中空ピストンの後退に追随するよう、前記質量部材および前記棒状部材を経て前記中空ピストンにより牽引されるようになっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の制動装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−36337(P2009−36337A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−202684(P2007−202684)
【出願日】平成19年8月3日(2007.8.3)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】