二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化を阻害し腫瘍成長を阻害する組成物及び方法
本発明は、治療に先立ち、又は治療と同時に、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つの阻害物質を含んでいる、哺乳動物対象における病気を防止及び治療するための組成物及び方法であって、治療の結果、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される組成物及び方法に関する。本発明の組成物及び方法は、PKR−Iによるリン酸化の阻害をさらに促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含んでいる。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
[技術分野]
[0001]本発明は、治療に先立ち、又は治療と同時に、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つの阻害物質を含んでいる、哺乳動物対象における病気を防止及び治療するための組成物及び方法であって、治療の結果、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される組成物及び方法に関する。本発明の組成物及び方法は、PKR−Iによるリン酸化の阻害をさらに促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含んでいる。
【0002】
[発明の背景]
[0002]悪液質は、普通、癌、敗血症、うっ血性心不全、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患及びヒト免疫不全ウイルス感染症など、重症及び慢性の炎症性疾患に伴う急性炎症過程を包含するいくつかの疾患状態を伴う。悪液質は、さらに、筋肉が消耗する他の公知の疾患及び障害(例えば、筋肉減少症、加齢に伴う筋肉量の減少)を伴う。全癌患者の死亡の10%〜22%、並びに最初の外傷性事象後、数日から数週間にわたる敗血症性臓器不全及び栄養不良により起きる外傷死のおよそ15%は、悪液質が原因である。
【0003】
[0003]癌患者、とりわけ消化管癌患者は、進行性の骨格筋萎縮又は悪液質を呈し、これは、その結果として、患者の生活の質及び生存時間を低減する。患者における癌性悪液質は、食欲不振症、体重減少、早期満腹感、無力症(実際には力は低下していなくても脱力感を感じること)、除脂肪体重の減少及び多臓器不全を特徴とする。癌性悪液質に伴う除脂肪体重の減少は、個体を衰弱させて毎日の生活活動を困難にするだけでなく、化学療法及び/又は放射線療法を受ける力をもたないほどまで患者を衰弱させることがある。
【0004】
[0004]悪液質は、タンパク質合成の低下(同化低下)と内因性タンパク質の分解(異化)の上昇とが組み合わさり、その結果生じるアミノ酸が酸化することが原因である(O’Keefe,S.J.D.ら、Cancer Res.、50、1226〜1230、1990)。タンパク質分解増加の機序は、ユビキチン−プロテアソームタンパク質分解経路の発現増加に起因している。Khal,J.ら、Int.J.Biochem.Cell.Biol.、37、2196〜2206、2005。癌性悪液質においてタンパク質合成の維持ができないことの根底にある機序は未だ解明されていない。しかし、悪液質におけるタンパク質合成の低下及び筋原繊維タンパク質分解の増加を説明し得る機序が提案されたのは最近までである。この機序には、自己リン酸化による二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の活性化が関わっている。PIF(タンパク質分解誘導因子)及びAng II(アンギオテンシンII)などの薬剤によりPKRが活性化されると真核開始因子2α(eIF2α)のリン酸化が引き起こされ、その結果、GDP結合状態から活性なGTP結合形態へのeIF2の変換の変換を防止するグアニンヌクレオチド交換因子eIF2Bとの競合により、翻訳開始が阻害される。Russell,S.T.ら、Cell.Signalling、19、1797〜1806、2007。
【0005】
[0005]翻訳開始を介したタンパク質合成の制御
翻訳開始の制御には、(i)開始メチオニルトランファーRNA(met−tRNA)をリボソームの40sサブユニットに結合させること及び(ii)mRNAを43s開始前複合体に結合させることが関与している。第1段階中に、met−tRNAは、真核開始因子2(eIF2)及びグアノシン三リン酸(GTP)との三元複合体としてリボソームの40sサブユニットに結合する。この段階に次いで、GTPが加水分解してグアノシン二リン酸(GDP)となり、三元複合体からeIF2が放出される。eIF2は、開始ラウンドにもう1回関与するには、GDPをGTPに交換しなければならない。この交換は、eIF2上でのグアニンヌクレオチド交換を媒介する別の真核開始因子2、eIF2Bの作用により行われる。eIF2Bは、eIF2のαサブユニットにおけるeIF2のeIF2Bリン酸化により制御され、これによりeIF2は、基質からeIF2Bの競合阻害物質に変換される。
【0006】
[0006]第2段階では、43s開始前複合体へのmRNAの結合は、eIF4Fと総称される一群のタンパク質、すなわちeIF4A(RNAヘリカーゼ)、eIF4B(eIF4Aと連動して機能してmRNAの5’非翻訳領域における二次構造をほどく)、eIF4E(mRNAの5’末端に存在するm7GTPキャップに結合する)及びeIF4G(eIF4E、eIF4A及びmRNAのための足場として機能する)から成るマルチサブユニット複合体が必要である。eIF4F複合体は一体となって、mRNAを、認識し、ほどき、43s開始前複合体に誘導するように働く。eIF4EがeIF4F複合体の形成に使われる状態にあるかどうかは、翻訳抑制因子eIF4E結合タンパク質1(4E−BP1)により制御されるようである。今度は、4E−BP1が、eIF4Gと競合してeIF4Eに結合し、eIF4Eを不活性な複合体中へ捕捉できる。4E−BP1の結合は、ラパマイシンの哺乳動物標的(mTOR)というキナーゼによるリン酸化を通じて制御され、このとき、リン酸化が増加していると、eIF4Eに対する4E−BP1の親和性が低下する結果となる。
【0007】
[0007]PIF及びAng IIによるユビキチン−プロテアソーム経路の誘導には、転写因子である核因子−κB(NF−κB)の活性化が必要である。Wyke,S.M.及びTisdale,M.J.、Br.J.Cancer、92、711〜721、2005。PKRは、阻害タンパク質IκBの分解を結果としてもたらすであろう上流のキナーゼであるIκBキナーゼを活性化することが示されている。IκBが分解されると、今度はNF−κBの放出がもたされるであろう。放出されたNF−κBは核に移動し、その結果、特定の遺伝子が転写活性化されるであろう(Zamanian−Daryoush,M.ら、Mol.Cell Biol.、20、1278〜1290、2000)。変異体のPKRを含有する筋管は、PIF又はAng IIのいずれかに応答してNF−κBを活性化することはなく、ユビキチン−プロテアソーム経路を誘導することもなかった。こうした結果から、PKRによるユビキチン−プロテアソーム経路の誘導にはNF−κB活性が必要であることが示唆された。
【0008】
[0008]アミノ酸
20種のアミノ酸のうち9種はヒトにおいて必須と見なされるが、その理由は、こうしたアミノ酸を体は作ることができないからである。この9種のアミノ酸は、個体の食餌を通じて得なければならない。1種又は複数種のアミノ酸が欠乏すると、負の窒素バランスが生じる可能性があり、この状態では、タンパク質は作られているより速く分解するので、摂取されるより多くの窒素が排泄されることにより、酵素活性の破壊及び筋肉量の減少が生じることがある。
【0009】
[0009]インスリン、インスリン様成長因子及びアミノ酸などの同化因子は、タンパク質合成を増やし筋肉の肥大の原因となることが知られている。分枝鎖アミノ酸、とりわけロイシンは、翻訳開始を調節するシグナル伝達経路(mTOR及びeIF2が含まれることが多い)を開始させることができる。一例として、アミノ酸欠乏は、eIF2−αリン酸化の増加及びタンパク質合成の低下につながると考えられる。
【0010】
[0010]悪液質を有する患者においては、遊離アミノ酸の血漿レベルが一般に低下している。最大の低下は、ロイシン、イソロイシン及びバリンなどの分枝鎖アミノ酸(BCAA)について見られることが多い。筋タンパク質中の全アミノ酸の14〜18%を構成するBCAAは、タンパク質合成の構成要素及び調節因子として機能する。本明細書中で言及する3つのBCAAのうち、ロイシンは、筋タンパク質合成の刺激因子において最も強力であり、残りの2つの有効性はそれより低い。Anthony,J.C.ら(J.Nutr.、130、139〜145、2000)により報告されているように、タンパク質合成を刺激する機序は、4E−BP1(eIF4E結合タンパク質1)の過剰リン酸化による、翻訳開始におけるmRNA結合段階の活性化を経ており、この結果、今度は、不活性な4E−BPI−eIF4E複合体からeIF4Eが放出される。次に、放出されたeIF4EはeIF4Gと結合して活性のあるeIF4F複合体を形成する。eIF4F複合体の形成が増加すると、mRNAへの43S開始前複合体の移動及び動員が促進され、これによりペプチド鎖開始が促進される。
【0011】
[0011]PKR活性化に及ぼすBCAAの効果は未だ完全に研究されてはいないものの、Eleyらは、最近、ロイシン及びバリンなどのBCAAは、悪液質誘導性の腫瘍(MAC−16)を保有するマウスの体重減少を顕著に抑制し、その結果、タンパク質合成の増加及び分解の減少により骨格筋の湿重量が顕著に増加すると報告した。Eley,H.L.ら、Biochem J.、407(1)、113〜120、2007。PKRリン酸化に及ぼすロイシンのこの効果は、PPI(タンパク質ホスファターゼI)の発現増加によるものと思われ、PPIは、PKRのN末端制御領域に結合し自己リン酸化を阻害することが示されている(Tan,S.L.ら、J.Biol.Chem.、277、36109〜36117、2002。Eleyらによるこの研究は、MAC−16腫瘍保有マウスの骨格筋中及びPIFに暴露されたマウス筋管中のPKR及びeIF2αのリン酸化をロイシンが低減できることを示す初めての報告である。in vitroで用いられたロイシンの濃度(2mmole/l)は、Anthonyら(J.Nutr.、130、2413〜2419、2000)により以前報告された、体重1kg当たり1.35gでロイシンを投与した際のラットの血清中の濃度と同じである。
【0012】
[0012]一方、MAC−16腫瘍保有マウスにおける体重減少は、Eleyらにより報告されたように、eIF4Eの結合タンパク質である4E−BPIに結合しているeIF4Eの量の増加、及び4E−BPIの低リン酸化による活性なeIF4G−eIF4E複合体の進行性の減少と関連があった。これは、mTOR(ラパマイシンの哺乳動物標的)のリン酸化の低下に起因し得る。mTORリン酸化の低下は、p70S6k(70kDaリボソームS6キナーゼ)のリン酸化の減少の原因であり得る。eEF2(真核伸長因子2)が5倍増加することが認められ、そのような増加により、翻訳伸長の減少を通じてタンパク質合成も減少する。ロイシン処置は、この効果を、(1)mTOR及びp70S6kを増加させること、(2)4E−BPIの過剰リン酸化を引き起こすこと、(3)eIF4Eと結合する4E−BPIの量を減らすこと、(4)eIF4G−eIF4E複合体の形成の増加を引き起こすこと、並びに(5)それぞれタンパク質合成の増加及びタンパク質分解の増加の低減の原因となるelF2αリン酸化及びPKR活性化を低下させることにより、逆転させる。
【0013】
[0013]上記に基づき、PKRに対する阻害物質と分枝鎖アミノ酸などの栄養補助食品との組合せを一緒に用いて、癌性悪液質、又は他の疾患に伴う悪液質を治療及び防止できる。
【0014】
[0014]一方、本発明者らは最近、国際公開第2007/064618号パンフレット中で、哺乳動物における筋肉減少の治療において1つ又は複数の分枝鎖アミノ酸(BCAA)、BCAA前駆体、BCAA代謝産物、BCAAの豊富なタンパク質、BCAA含有量が豊富になるように操作されたタンパク質又はその任意の組合せの投与に関する研究について記載している。そのような投与に適した栄養製剤についても記載した。
【0015】
[0015]悪液質及び食欲不振症の防止及び治療は、未だ、医学界にとって現存する問題である。癌又は任意の疾患を保有する宿主において十分な筋肉量減少に対する栄養補助食品による補給は、ほとんど効果がないままである。したがって、化学療法、又は栄養及び化学療法を組み合わせて施す任意の形態の細胞傷害性の抗新生物療法の有効性を高めるための臨床的アプローチの改良の必要性が残っている。
【0016】
[発明の概要]
[0016]本発明は、治療に先立ち、又は治療と同時に、哺乳動物における二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つの阻害物質を含んでいる、病気を治療するための組成物及び方法であって、治療の結果、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される組成物及び方法に関する。加えて、本発明の組成物及び方法は、哺乳動物において、PKR−Iによるリン酸化の阻害を促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含んでいる。さらに、本発明は、化学療法剤を使用する癌症状、自己免疫又は他の障害を治療又は改善するうえで化学療法剤の有効性を高めるための組成物及び方法であって、少なくとも1つのPKR−Iを、少なくとも1つの栄養化合物を伴い又は伴わずに使用する組成物及び方法に関する。
【0017】
[0017]本発明の一特徴では、病気としては、癌、炎症性疾患、敗血症、うっ血性心不全、リウマチ性障害(強直性脊椎炎を非限定的に含む)、線維筋痛症、リウマチ性の臓器疾患(すなわち、心臓、肺、腎臓及び血管炎)、ループス(全身性エリテマトーデスなど)、側頭動脈炎及びリウマチ性多発筋痛症、シェーグレン症候群、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、ヒト免疫不全ウイルス感染症、免疫関連の病気(アレルギー状態を非限定的に含む)、喘息状態、及び臓器移植、移植又は輸血に関わる状態、糖尿病、乾癬性障害、皮膚疾患、細胞の老化、クッシング病、リウマチ熱及び早老症を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0018】
[0018]本発明の別の特徴では、少なくとも1つの増強物質は、PKR−Iと一緒に、罹患した哺乳動物における前述の病気の1つの重症度の改善又は軽減を促進する。
【0019】
[0019]本発明のまた別の特徴では、PKR−Iは、天然のものでも合成のものでもよく、単独、又は少なくとも1つの増強物質との組合せのいずれかで、経腸的又は非経口的に投与されてもよい。非経口投与経路は、皮下、静脈内、筋肉内又は局所の経路である。経腸投与に関しては、鼻腔内、口腔内、経鼻胃、経口胃、又は胃ポート、空腸ポート若しくは回腸ポートを経由するかいずれかによる投与であってもよい。
【0020】
[0020]本発明の別の特徴では、この組成物は栄養組成物である。増強物質は、PKRに対する阻害物質、PKR−I類似体、PKRのリン酸化阻害物質、化学療法剤、血管新生剤、血管拡張剤、カテキン−フラバノール、生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸、アミノ酸類似体、ヌクレオチド、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック、シンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA、MUFA及び抗酸化物質であってもよい。増強物質は、少なくとも1つのL−グルタミン作動薬、例えばL−テアニンであってもよい。ヌクレオチドは、RNA、例えば、アデニン、グアニン、ウラシル又はシトシンであってもよい。化学療法剤の例は、5−フロウロウラシル(Flourouracil)又はゲムシタビンである。アミノ酸の例は、ノルロイシン、アルギニン、L−シトルリン、L−テアニン又はグルタミンであってもよい。生物活性剤は、TGF−β1、TGF−β2、TGF−β3、TGF−β4又はTGF−β5であってもよい。
【0021】
[0021]PKR−Iは、哺乳動物における細胞成長又は細胞複製の阻害物質として機能できる。治療は、放射線療法又は化学療法の形態のいずれかであってもよい。
【0022】
[0022]本発明の組成物は、タンパク質ホスファターゼ−1α(PP1−A)の少なくとも1つの修飾物質をさらに含んでいてもよく、その際、PP1−Aは、リン酸化された形態のPKRを脱リン酸化する。加えて、少なくとも1つの修飾物質は分枝鎖アミノ酸であり、そのようなアミノ酸は、ロイシン、イソロイシン又はバリンである。
【0023】
[0023]さらに、本発明は、哺乳動物における病気を治療する方法であり、本明細書中に前述した組成物を哺乳動物に投与することを包含し、治療の結果、治療対象の哺乳動物における二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される方法も包含する。
【0024】
[0024]本発明の他の特徴及び利点は、この後の詳細な説明において明らかである。しかし、この詳細な説明は、本発明の実施形態を示すものではあるとはいえ、限定ではなく例証のためにのみ記載するものであることは理解されるべきである。当業者であれば、本発明の範囲内の多様な変化形及び改変形が、この詳細な説明から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0025】
[0025]本発明のこれらの特徴及び他の特徴は、本発明の多様な実施形態を示す添付の図面と併せて、以下の本発明の多様な態様の説明から、より容易に理解されよう。
【0026】
【図1】PKR活性化を介した、骨格筋中のタンパク質合成の低下及びタンパク質分解の増加に至る経路を示す図である。
【図2】PKR阻害物質の濃度増加が、MAC16腫瘍(黒ダイヤモンド)及びMAC13腫瘍(黒四角)のin vitroでの成長に及ぼす効果を示すグラフである。実験は3回繰り返した。対照との差をc(p<0.001)として示す。
【図3A−3B】MAC16腫瘍(レーン1〜3)及びMAC13の腫瘍(レーン4〜6)におけるリン酸化形態及び全形態のPKR(3A)及びelF2α(3B)の発現を示すウエスタンブロッティングである。濃度測定分析は、リン酸化形態(pH)対全形態(tot)の比率を示し、3つの別々のウェスタンブロットの平均を表す。MAC16腫瘍との差をb(p<0.01)又はc(p<0.001)として示す。
【図4A−4B】溶媒(DMSO:PBSが1:20)対照(レーン1〜3)、又は1mgkg−1(レーン4〜6)若しくは5mgkg−1(レーン7〜9)の濃度のPKR阻害物質のいずれかをsac.注射により毎日投与する形でのMAC16腫瘍保有マウスの処置(Eleyら、2007)が、PKR(4A)及びeIF2α(4B)のリン酸化に及ぼす効果を示す図である。各群におけるマウスの数:n=6。濃度測定分析は、リン酸化形態(pH)対全形態(tot)の比率を示し、3つのウェスタンブロットの平均を表す。対照との差をc(p<0.001)として示す。
【図5A−5E】MAC16(5A及び5C)細胞及びMAC13(5B及び5D)細胞中でのPKR(5A及び5B)の自己リン酸化及び20Sプロテアーゼのαサブユニット(5C及び5D)の発現に対するPKR阻害物質の濃度の効果を示すグラフである。濃度測定分析は、リン酸化形態(pH)対全形態(tot)の比率を示し、3つの別々のウェスタンブロットの平均を表す。対照との差をa(p<0.05)、b(p<0.01)又はc(p<0.001)として示す。(5E)は、(5C)に示すPKR阻害物質の濃度で処置したMAC16細胞中で濃度測定により測定した20Sプロテアーゼのαサブユニットの発現と、(5A)中に示すリン酸化PKRのレベルとの間の関係。相関係数は0.957である。
【図6】方法の項に記載する、MAC13細胞及びMAC16細胞中における4時間の期間にわたるin vitroでのタンパク質合成を示すグラフである。MAC16腫瘍との差をc(p<0.001)として示す。
【図7A−7B】EMSAにより定量された、MAC16腫瘍中及びMAC13腫瘍中(7A)、並びに5mgkg−1のPKR阻害物質で4日間処置したマウス又は溶媒対照で処置したマウスから得たMAC16腫瘍中(7B)におけるNF−κBの核蓄積を示す図である。濃度測定分析は、3つの別々のブロットの平均を表す。(7A)におけるMAC16腫瘍との差はb(p<0.01)として示し、(7B)における溶媒対照との差はc(p<0.001)として示す。
【図8】5FUが、
【数1】
にて、単独で、又は100nM及び200nMのPKR阻害物質(PKR)と組み合わせた場合にin vitroにおけるMAC16細胞の成長に及ぼす効果、並びにゲムシタビンが、
【数2】
にて、単独で、又はPKR阻害物質と組み合わせた場合にMAC16細胞の成長に及ぼす効果を示すグラフである。100nM及び200nMでのPKR阻害物質単独の効果も示す。対照との差をb(p<0.01)又はc(p<0.001)として示し、PKR阻害物質の存在下での差をe(p<0.01)又はf(p<0.001)として示す。
【0027】
[好ましい実施形態の詳細な説明]
[0034]本発明は、二本鎖RNAタンパク質キナーゼ(PKR−I)の阻害物質を使用して癌を治療するうえで化学療法剤の有効性を高めるための方法であって、栄養化合物を伴う又は伴わない方法に関する。
【0028】
[0035]PKR阻害物質を使用することにより、タンパク質合成の低下は完全に低減し、eIF2αリン酸化の誘導が防止された(図1も参照)。PKR阻害物質は、PIF及びAng IIの両方により誘導されるタンパク質合成の低下も低減させ、マウス及びヒトの悪液質モデル両方におけるプロテアソームの発現及び活性の増加が防止された。PKRの自己リン酸化を介した、筋の悪液質におけるタンパク質合成の低下及びタンパク質分解の増加を明らかにする、提唱されている機序を図1にまとめる。Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.、282、7087〜7097、2007;Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、Br,J.Cancer、96、1216〜1222、2007;及びEley,H.L.ら、Br.J.Cancer、98(2)、443〜449、2008。このような知見に基づき、PKR阻害物質は、癌患者における、さらには悪液質を伴う他の疾患における筋萎縮を治療的に防止するために使用してもよい。
【0029】
[0036]例えば、本発明者らにより観察されたように、PKR及びeIF2α両方のリン酸化された形態のレベルは、PKR及びeIF2αの量に関わらず体重が減少しているヒト癌患者の筋肉において大きく高まった。PKRのリン酸化とeIF2αのリン酸化との間には線形関係が認められ、このことから、PKRがリン酸化した結果、eIF2αがリン酸化したことが示唆された。しかし、体重減少のレベルが増すにつれミオシンのレベルは減少した。ミオシン発現とeIF2αのリン酸化の程度との間における同様の線形関係。こうした知見から、PKRのリン酸化は癌患者における筋萎縮の重要な発動因子である可能性が示唆される。Eley,H.L.ら、Br.J.、Cancer、98(2)、443〜449、2008。
【0030】
[0037]本発明を何ら特定の機序に限定するものではないが、本発明の発明者らは、PKR−Iの投与は、化学療法剤(例えば、5−フルオロウラシル又はゲムシタビン)と組み合わせたほうが、どちらかを単独で使用した場合より有効に腫瘍細胞の成長を低下させることを見出している。結果として、PKR−Iの投与は、それが化学療法を増強することにおいては、直接的又は間接的であってもよい。5−フルオロウラシル又はゲムシタビンは両方とも、新生物の成長(例えば大腸癌)の治療に一般的に使用される化学療法化合物である。理論に拘束されるものではないが、極めて特定の濃度(最大効果は200nMにおいてであり、それより低濃度及びそれより高濃度では効果は低下する)で導入すると、PKR−Iは癌細胞の成長を低下させると考えられる。加えて、PKRを阻害すると、化学療法薬に暴露された癌細胞の増殖がさらに減少した。細胞の阻害は、いずれかの化合物単独の場合に観察される阻害と比較して相乗効果であるように思われる(図8を参照)。PKRI化合物と構造的に無関係の特定の栄養化合物を投与した場合も、癌細胞の成長を低下させ癌性悪液質を防止すると考えられる。しかし、栄養化合物は、Jammiら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、308、50〜57、2003により以前記載されたPKR−I化合物とは異なる機序により振舞う。
【0031】
[0038]本明細書中で使用する場合、用語「増強物質」又は「増強する」は、別の薬剤及び/又は栄養化合物と組み合わせて使用した場合に両方の薬剤/化合物の相乗効果を生み、その相乗効果がそれぞれ単独で使用した場合の効果の合計を超える化合物又は薬剤に関する。本発明によれば、増強物質としては、PKRに対する阻害物質、PKR−I類似体、PKRのリン酸化阻害物質、栄養補助食品又は栄養化合物、化学療法剤、血管新生剤、血管拡張剤、カテキンフラバノール、生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸又はアミノ酸類似体、ヌクレオチド又はRNA、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック又はシンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA及び/又はMUFA並びに抗酸化物質を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0032】
[0039]本明細書中で使用する場合、用語「治療」及び「治療する」は、予防的又は防止的な治療及び治癒的又は疾患緩和的な治療の両方を指し、これには、疾患に罹患するリスクがあるか、又は疾患に罹患している疑いのある患者、並びに病的状態であるか、又は疾患若しくは病態を有していると診断されている患者の治療が含まれる。これらの用語は、さらに、疾患に罹患してはいないが、窒素アンバランス又は筋肉減少などの不健康状態を生じやすい可能性のある個体における健康の維持及び/又は促進も指す。したがって、「有効量」は、個体における疾患若しくは病態を治療する量、又はより一般的には、個体に栄養的、生理的又は医学的な利益をもたらす量である。加えて、用語「個体」及び「患者」は、本明細書中ではヒトを指すために使用することが多いが、本発明を限定するものではない。したがって、用語「個体」及び「患者」は、当該治療から利益を得ることのできる一切の動物を指す。
【0033】
[0040]悪液質
悪液質又は消耗は、貧血(ヘモグロビン量の落込み)、食欲不振症(食欲の欠如又は重度の減退)、体重減少及び筋萎縮を特徴とする重度の栄養不良及び負の窒素バランスの状態である。悪液質における生理的変化、代謝的変化及び行動上の変化は、脱力感、疲労、胃腸障害、睡眠/覚醒障害、疼痛、だるさ、息切れ、嗜眠、鬱、倦怠感、並びに家族及び友人の負担になっているという不安といった患者の愁訴を伴う。悪液質は、いくつかの疾患において見られ、そのような疾患としては、AIDS、癌、股関節骨折後、慢性心不全、慢性閉塞性肺疾患及び慢性閉塞性肺性疾患などの慢性肺疾患、肝硬変、腎不全、関節リウマチ及び全身性ループスなどの自己免疫疾患、敗血症、結核、嚢胞性線維症、クローン病及び重度の感染症が挙げられるが、これらに限定されない。このような慢性の感染症及び悪性疾患に加え、悪液質は、広範な外傷受傷後の患者及び成長障害症候群を有する高齢者においても確認されている。
【0034】
[0041]癌性悪液質は、(1)食欲減退及び(2)栄養摂取不足のみから予測されるであろうより高速で優先的に筋肉減少を引き起こすストレスへの代謝応答という2つの主要素が原因である。したがって、癌患者における筋肉量の減少の速度を改善するための栄養補助食品があれば、そうした食品は重要な臨床的影響をもつことになろう。
【0035】
[0042]癌性悪液質は、腫瘍の局所的効果であるだけではない。タンパク質、脂肪及び炭水化物の代謝の変化が一般に生じる。例えば、炭水化物代謝の異常としては、総グルコースの代謝回転速度の増加、肝臓の糖新生増加、耐糖能障害及び血糖値高値が挙げられる。脂肪分解の増加、遊離脂肪酸及びグリセロールの代謝回転の増加、高脂血症、及びリポタンパク質リパーゼ活性の低下が観察されることが多い。0 癌性悪液質に伴う体重減少は、体脂肪貯蔵の低下によるだけでなく、広範な骨格筋消耗を伴う全身のタンパク質量の減少によっても引き起こされる。タンパク質代謝回転の増加、及びアミノ酸酸化の制御が不十分であることも重要である可能性がある。癌に応答して産生される宿主由来因子、例えば、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)又はカケクチン、インターロイキン−1(IL−1)、IL−6、γ−インターフェロン(γ−IFN)及びプロスタグランジン(PG、例えばPGE2など)の存在が悪液質の原因因子として関係付けられている。
【0036】
[0043]体重減少は、肺及び消化管の上皮性悪性腫瘍に罹患している患者においては普通であり、それが原因で体脂肪及び筋タンパク質の両方が大量に減少しても、筋肉以外のタンパク質は影響を受けないままである。エネルギー貯蔵の観点からは体脂肪の減少は重要であるが、動けなくなり、最終的に呼吸筋機能障害が生じて、沈下性肺炎から死に至る結果をもたらすのは、骨格筋タンパク質の減少である。悪液質は、食欲不振症を伴うことが多いが、栄養補給のみでは安定体重を維持できず、体重が増えたとしても、それは除脂肪体重ではなく、脂肪組織及び水の増加によるものである。
【0037】
[0044]二本鎖(ds)RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)
本明細書中で使用する場合、用語「PKR」は、タンパク質の機能を有し、以下のタンパク質の名で呼ばれることもあるタンパク質を指す:「二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ」、二本鎖RNA依存性eIF−2αキナーゼ」、「DAI」(Jimenez−Garciaら、J.Cell Sci.、106、11〜12、1993)、「dSI」、「p68(ヒト)又はp65(マウス)キナーゼ」(Leeら、J.Interferon Cytokine Res.16、1073〜1078、1996)又はdsRNA−PK。Clemensら、J.Interferon Res.、13、241、1993も参照のこと。PKRは、キナーゼ活性を有することが知られる唯一同定された二本鎖RNA結合タンパク質である。PKRは、セリン/トレオニンキナーゼであり、その酵素的な活性化には、二本鎖RNA結合及びその結果生じる自己リン酸化が必要である(Galabru,J.&Hovanessian,A.、J.Biol.Chem.、262、15538〜15544、1987;Meurs,E.ら、Cell、62、379〜390、1990)。最もよく特徴付けされたPKRのin vivoでの基質は、真核開始因子−2(eIF−2α)のαサブユニットであり、これは一旦リン酸化されると、最終的には細胞及びウイルスのタンパク質合成を阻害することになる(Hershey,J.W.B.、Ann.Rev.Biochem.、60、717〜755、1991)。PKRのこの特定の機能は、IFN−α及びIFN−βの抗ウイルス活性及び抗増殖活性の媒介に関与する機序の1つとして提唱されている。PKRについての追加的な生物学的機能は、シグナル伝達物質としての推定される役割である。Kumarらは、PKRはIκBαをリン酸化することができ、その結果、核因子κB(NF−κB)の放出及び活性化がもたらされることを実証した(Kumar,A.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、91、6288〜6292、1994)。IFN−bプロモーター中のよく特徴付けられたNF−κB部位であれば、この部位は、PKRがIFN−b転写の二本鎖RNA活性化を媒介する機序を表すことができる(Visvanathan,K.V.&Goodbourne,S.、EMBO J.、8、1129〜1138、1989)。
【0038】
[0045]PKRの活性化には、二本鎖RNAに縦並びで結合する2つの分子が関わっており、次に、分子内の事象において互いにリン酸化する。(Wuら、1997、J.Biol.Chem、272、1291〜1296)。PKRは、in vivoでの制御機序としてアポトーシスに依存する過程(抗ウイルス薬活性、細胞成長制御及び腫瘍形成など)において関係があるとされている(Donzeら、EMBO J.、14、3828〜3834、1995;Leeら、Virology、199、491〜496、1994;Jagusら、Int.J.Biochem.Cell.Biol.、1989、第9巻、1576〜86)。
【0039】
[0046]PKR阻害物質(PKR−I)
PKRは、さまざまな細胞過程に関与しており、そのような過程としては、シグナル伝達、分化及びアポトーシスが挙げられる。PKR阻害物質(PKR−I)は、本発明によれば、異常な細胞応答、例えば、神経変性障害(例えば、ハンチントン病、アルツハイマー病及びパーキンソン病)に伴う障害を治療するために使用してもよい。本発明の組成物、キット及び方法における使用に適していると考えられるPKR阻害物質には、以下の中に記載のものが含まれる:Shimazawaら、Neurosci.Lett.、409、192〜195、2006、Peel、J.Neuropathol.Exp.Neurol.、63、97〜105、2004、Bandoら、Neurochem.Int.、46、11〜18、2005、Peelら、Hum.Mol.Genet.、10、1531〜1538、2001、及びChangら、J.Neurochem.、83、1215〜1225、2002。
【0040】
[0047]PKR−I類似体としては以下を挙げることもできるが、これらに限定されない:2−アミノプリン(2−AP)、9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、リン酸塩、9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、塩化水素塩、6−ブロモ−9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−ブロモ−9−(4−ブロモ−3,5−ジメチル−1−オキシピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、2−(2−アミノ−6−クロロプリン−9−イルメチル)−3,5−ジメチルピリジン−4−オール、9−(4−アリルオキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−[4−(2−エトキシエトキシ)−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル]−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(4−シクロプロピルメトキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(4−イソブトキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(4−クロロ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン及び6−ブロモ−9−(4−メトキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、リン酸塩。PKR阻害物質類似体は、Jammiら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、308、50〜57、2003中に記載がある(Calbiochem Cat.No.527450)。
【0041】
[0048]用語「PKR発現」は、PKRコード核酸配列の転写及び翻訳を指し、その産物としては、前駆体RNA、mRNA、ポリペプチド、翻訳後処理されたポリペプチド及びそれらの誘導体が挙げられ、マウス又はサルの酵素など、他の種に由来するPKRも含まれる。例として、PKR発現のためのアッセイとしては、自己リン酸化アッセイ(Der及びLau、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、92、8841〜8845、1995)、eIF2αリン酸化のためのアッセイ(Zamanian−Daryoush,M.ら、Oncogenes、18、315〜326、1999)、PKRの免疫沈降により実施するキナーゼアッセイ及びキナーゼのためのin vitroアッセイ(Zamanian Daryoush,M.ら、Mol.Cell.Biol.、20、1278〜1290、2000)が挙げられる。PKRの発現及び/又は産生のための例示的なアッセイとしては、ウェスタンブロット等のタンパク質アッセイ、及び、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)アッセイ、ノーザンブロット分析、ドットブロット分析、又はPKRコード核酸配列に基づき適切に標識されたプローブを使用するin situでのハイブリダイゼーション分析などのPKR mRNAのためのアッセイが挙げられる。
【0042】
[0049]先に述べたように、PKRは、体内又は細胞内でタンパク質の分解に関与する一連の他の細胞タンパク質をリン酸化するタンパク質である。分解標的となるこれらのタンパク質は横紋筋タンパク質に限定されず、構造タンパク質又は制御タンパク質のいずれかである細胞タンパク質(例えば、酵素及びシグナル伝達タンパク質、アクチンフィラメントなど)も含まれる。その結果、PKRタンパク質を阻害すると、細胞タンパク質の分解を制御する機序が変質することが示されている。PKRを阻害すると正常なタンパク質代謝が妨げられ、新しいタンパク質の分解及び合成が両方とも制限されると考えられる。
【0043】
[0050]本発明によるPKR−Iの投与から得られる用途及び利益について、以下に検討する。
【0044】
[0051]癌療法適用において:PKR阻害物質(PKR−I)は、ユビキチンが介在するプロテオソーム経路に関連するタンパク質分解を阻害することが示されていることから、PKR−Iは、本明細書中に記載の実施例により実証するように、腫瘍細胞の複製を減らし、それにより腫瘍成長を遅らせると考えられる。PKR−Iを使用すると、腫瘍細胞数の減少も促進できる。腫瘍阻害の機序は、完全には解明されていないが、細胞の完全性を維持するために必要な細胞複製サイクルを制御するタンパク質並びに細胞内タンパク質の妨害を挙げることができる。
【0045】
[0052]先に報告したように、PKR−Iは、癌性悪液質において上方制御されていることの多い骨格筋のタンパク質分解を阻害するために使用できる。癌性悪液質は、典型的には、痩せた筋組織を非常に急速に減少させ、ひいては患者が死亡するリスクを高める結果となる。
【0046】
[0053]全身投与に対し、腫瘍の中へのPKR−Iの局所注射は、細胞内のタンパク質代謝の制限を通じて腫瘍細胞の成長を制限しながら、正常な骨格筋代謝(タンパク質分解を含む)を保持すると考えられる。
【0047】
[0054]自己免疫疾患において:過剰炎症の結果、炎症応答を制御する過剰なタンパク質が産生されることが多い。過剰炎症は筋肉減少、及び外傷からの回復遅延化に直接関係があることから、炎症応答を調節することが望ましい。その結果、PKR−Iの投与により利益がもたらされて炎症調節タンパク質(例えば、急性期タンパク質(CRP)、インターロイキン(IL−6、IL−1など))を産生する細胞の過剰な生成が制限されると考えられる。
【0048】
[0055]バランスがとれ制御された様式での自己免疫は、可能性のある新生物細胞の免疫監視にとって必要である。自己免疫は、いくらか副作用を有するが、それでもやはり、重要で自然な過程である。したがって、タンパク質性のサイトカインの産生に関与する免疫細胞が過剰に作られることを防止すれば、免疫応答が制限され、自己免疫疾患が防止されると予想される。
【0049】
[0056]例えば、全身性エリテマトーデス(SLE)においては、活性化したSLE T細胞中でPKRが過剰発現し、それに相関してeIF2αリン酸化が増加する。PKRの高度な発現、それに次ぐeIF2αのリン酸化は、少なくとも部分的には、SLE患者のT細胞におけるマイトジェンに対する翻訳性及び増殖性の応答障害の原因になりがちと考えられる。Grolleau,A.ら、J.Clin.Invest.、106(12)、1561〜1568、2000。
【0050】
[0057]アレルギーにおいて:多様な抗原又はエフェクターに対するアレルギー反応には、タンパク質性の免疫グロブリンE(IgE)が介在するが、IgEは、B細胞が抗原(例えば花粉)に接触したときにB細胞により産生される。したがって、PKR−Iを使用すると、B細胞の制限を通じてIgEの産生を減らすことによりその者に利益がもたらされると考えられる。このことは、オマリズマブ(ゾレア(Xolair)(登録商標)、Novartis)と呼ばれる異なる型の化合物によりもたらされる機能に類似している。タンパク質分解阻害物質と対照的に、オマリズマブは、アレルギー性過敏症を軽減させる目的で行われるアレルギー関連の喘息療法において使用されるモノクローナル抗体である。
【0051】
[0058]慢性閉塞性肺疾患(COPD)において:COPD(「慢性気管支炎」を含む)に伴う状態は、粘液を産生する気道の杯細胞の過形成及び肥大に関連する場合が多いことから、PKR−Iを使用するとCOPDに伴う症状が軽減されると考えられる。したがって、気道閉塞の原因となる粘液の分泌を減らせば、PKR−Iによる治療を受ける者に有益と考えられる。加えて、COPDは炎症を伴い、それに次ぎ、気道を狭める組織の瘢痕化及びリモデリングが生じる。
【0052】
[0059]局所施用において:PKR−Iは、さまざまな皮膚疾患にとって有益であると考えられ、そのような疾患としては、アトピー性皮膚炎、湿疹及び乾癬が挙げられるが、これらに限定してはならない。アトピー性皮膚炎では、炎症を起こし、刺激され及び荒れた皮膚を生じさせる免疫系による過剰な反応があるが、これをPKR−I投与により制御できる。
【0053】
[0060]免疫栄養において:セカンドジェネレーションインパクト(Second Generation Impact)(登録商標)などの免疫栄養を使用して炎症を調節し感染症を低減させることは、癌の外科手術を受ける患者においては普通である。PKR−Iによりサイトカイン産生をさらに制御すると、炎症性サイトカインの過剰発現が低下すると予想される。
【0054】
[0061]化学療法において:最近の調査から、乳から単離された特定の生物活性ペプチドは、G0期(細胞老化)において細胞周期が停止すると細胞保護特性を有することが示唆されている。PKR−Iは、細胞周期を制御するタンパク質の分解を変化させると考えられる。結果として、能動的な化学療法及び放射線療法中の細胞複製を制限すると、健康な細胞が保護されると考えられる。
【0055】
[0062]糖尿病において:I型の場合は、自己免疫の場合と同様、前述のとおりである。II型の場合は、完全にインスリン依存性の成人発症型糖尿病の最終段階の前に、膵臓のβ細胞が過剰なインスリンを分泌する。その結果、PKR−Iは、インスリンの過剰分泌を防止するための限局投与において有用であろうと考えられる。
【0056】
[0063]クッシング病において:クッシング病は、過剰なコルチゾールの分泌を促進する脳下垂体中に腫瘍が存在することにより生じる。その結果、PKR−Iを局所投与及び/又は全身投与すると、腫瘍成長が防止され、恐らくコルチゾールの合成が減るであろうと考えられる。追加的な利点は、コルチゾールが除脂肪体重減少を促進する他の慢性のストレス応答においても見ることができる。
【0057】
[0064]臓器移植において:PKR−Iを使用すると、異質な抗原提示に反応することにより臓器拒絶反応を誘発する免疫タンパク質の発現が低下する。
【0058】
[0065]リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患において:リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患は、A群レンサ球菌への感染により生じる未治療又は治療が不十分な連鎖球菌感染症の稀な合併症として生じることがある炎症性疾患である。リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患の正確な原因は解明されていないが、医学研究では、特定の型の連鎖球菌により産生される抗原に対する異常な免疫系応答に注目してきた。感染症により生じる抗原応答の結果、臓器、筋肉及び関節を誤って攻撃する抗体が産生される。リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患には治療法がないが、この疾患に対する医学的治療には、レンサ球菌感染症を治療し、将来的な感染を防止するための抗生物質投薬が含まれ、他の薬物は疾患の症状を緩和する。したがって、抗体の産生を一時的に減少させて抗生物質療法のための時間を作ることが、PKR−Iを介したタンパク質合成の阻害により達成されると考えられる。
【0059】
[0066]早老症において:早老症(Progeria)(ギリシャ語で「高齢」)は、具体的には、ハッチンソン−ギルフォード早老症症候群、又は全般には、他の老化加速疾患を指す。早老症は、老化のいくつかの側面が全般に加速する極めて稀な疾患で、この疾患に罹患して13歳を超えて生存する子供はほとんどいない。この疾患は遺伝子疾患であるが、散発的に起こり、家族内で遺伝しない。早老症の公知の治療法はないが、いくつか発見はあった。成長ホルモン(Sadeghi−Nejad,A.ら、J.Pediatr.Endocrinol.Metab.、20(5)、633〜637、2007)及びファルネシル転移酵素阻害物質(Meta,M.ら、Trends Mol.Med.、12(10)、480〜487、2006)を用いた治療が提案されている。2003年には、M.Erikssonらにより、早老症は新規の優性形質であり、新しく宿った子供における、又は両親のうち一方の配偶子における細胞分裂中に生じる可能性があることが報告された。この疾患の原因は、染色体1上のLMNA(ラミンA)遺伝子における突然変異である。早老症では、プレラミンAを切断してラミンAにするのに酵素(プロテアーゼ)が必要な認識部位が突然変異する。ラミンAは、産生できず、プレラミンAは核膜上に蓄積し、それが原因で、特徴的な、核の小疱形成が生じる(Lans,H.ら、Nature、440(7080)、32〜34、2006)。この結果、早老症の早期老化症状となる。早老症患者の細胞をLMNAの若年及び高齢のヒト対象の皮膚細胞と比較した試験では、一定の核タンパク質の下方制御、DNA損傷の増加、及びヘテロクロマチンの減少の原因となるヒストンの脱メチル化など、早老症及び高齢者の細胞においては同様の欠陥が見出された。核ラミナの機能異常に関与するタンパク質(例えばプレラミンA)などのタンパク質の発現を低下させるためにPKR阻害物質を使用すると、結果として早期老化が生じることが報告されている。
【0060】
[0067]用語「アミノ酸」は、本明細書中で使用する場合、特に明記しない限り、少なくとも1つの必須アミノ酸、例えば、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、トリプトファン、バリン若しくはヒスチジン;条件付きで必須アミノ酸、例えば、チロシン、システイン、アルギニン若しくはグルタミン;又は非必須アミノ酸、例えば、グリシン、アラニン、プロリン、セリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、アスパラギン、タウリン若しくはカルニチンを指す。
【0061】
[0068]用語「必須アミノ酸」(EAA)は、本明細書中で使用する場合、特に明記しない限り、以下のアミノ酸のうち1つの少なくとも源を指す:イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、トリプトファン、バリン及びヒスチジン。
【0062】
[0069]加えて、アミノ酸の、アルギニン、システイン、グリシン、グルタミン及びチロシンは、条件付きで必須と考えられるが、その意味は、これらのアミノ酸は食餌中では普通必要ではないが、十分な量で合成されない特定の集団には外因的に補給しなければならないということである。
【0063】
[0070]本明細書中で使用する場合、「分枝鎖アミノ酸」は、例えば、ロイシン、イソロイシン又はバリンなどのアミノ酸のうちの少なくとも1つを指す。
【0064】
[0071]L−テアニン又はγ−エチルアミノ−L−グルタミン酸(サンテアニン(Suntheanine)(商標)としても知られる)は、茶の葉、例えば、紅茶、ウーロン茶及び緑茶(茶の煎じ汁)中においてのみ見出される独特のアミノ酸である。テアニンは、グルタミンに関連があり、血液脳関門を通過できる。テアニンは、脳に入ることができるので、精神活性特性を有する。テアニンは、精神的及び身体的なストレスを低下させることが示されており、くつろぎの感情を生じさせることができ、カフェインと組み合わせて摂取すると認知及び気分が改善される。L−テアニンは、くつろぎの指標であるα脳波の発生を促進することが示されている。微生物感染症及び恐らくさらには腫瘍に対する自然な抵抗力を高める可能性もある。50〜200mgの用量により、くつろぎ効果をもたらすことができる。免疫系機能促進のためのL−テアニンの用量は提案されていないが、予備研究におけるボランティアは、1日およそ600mLの茶を摂取した。
【0065】
[0072]本明細書中で使用する場合、「プレバイオティック」は、宿主又は対象の消化管に供給されると、病原性の細菌種に対し1つ若しくは限定数の有益な細菌種の成長及び/又は活性を選択的に刺激する非消化性の食品成分である。プレバイオティックとしては、酵母、酵母培養物、真菌培養物、並びに多糖及びオリゴ糖(フルクトオリゴ糖(FOS)など)などの公知の食物繊維並びにグアーゴム、特に部分的に加水分解されたグアームゴム(PHGG)及びペクチンが挙げられる。「プロバイオティック」は、宿主又は対象の消化管に導入されると、事実上コロニー形成し有益な効果をもたらす実際の細菌種である。好ましくは、プロバイオティックは、乳酸菌及びビフィズス菌のうち1つ又は複数を包含する。用語「シンバイオティック」は、プレバイオティックとプロバイオティックとの混合物で、宿主又は対象の消化管中で、生きた微生物性の栄養補助食品の生着及び植付けを向上させることにより宿主に有益に作用するものを指す。
【0066】
[0073]「必須脂肪酸」又は「EFA」は、体が使用でき、飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸又は一不飽和脂肪酸のいずれかに分類できる任意の脂肪酸で、自然において見出すことができるか、又は合成により作製できるものを指し得る。EFAとしては、コレステロール、プロスタグランジン、レシチン、コリン、イノシトール、共役リノレン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、α−リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサン酸(docosahexanoic acid)、リノレン酸、γ−リノレン酸、ω−3脂肪酸、ω−6脂肪酸、ω−9脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、長鎖多価不飽和脂肪酸、アラキドン酸、一不飽和脂肪酸、脂肪酸前駆体及び脂肪酸誘導体を挙げることができるが、これらに限定されない。本発明による、悪液質又は食欲不振症を防止又は治療するための有用な組成物としては、少なくとも1つのEFAの混合物の組合せを挙げることができる。
【0067】
[0074]前述した栄養分の毎日の投与量は、個体又は対象の体重、性別、年齢及び/又は病態に応じて変化させてもよい。
【0068】
[0075]栄養介入
能動的な放射線療法及び/又は化学療法による治療の間に、又は本発明によるPKR−Iと組み合わせて使用して所望の効果を得る間に細胞傷害性を高めるための標的の栄養分の使用は、以下のとおりである。
【0069】
[0076]細胞傷害性において:フリーラジカルを誘導する栄養分は、疾患に罹った細胞及び腫瘍細胞への損傷を増加させると考えられる。例としては、
a.鉄、亜硝酸塩/硝酸塩
b.低濃度のビタミンE、C、Bの複合体及びセレン及び他の抗酸化物質
c.グルタミンの取込みを遮断するための高フィチン酸塩(二価のキレート剤)、L−テアニン
が挙げられる。
【0070】
[0077]細胞保護においては、以下の栄養分は、化学療法中の免疫攻撃並びに細胞の損傷及び傷害から正常な細胞を守ると考えられる:
a.抗酸化物質:グルタミン、システイン、ビタミンA、C、E及びセレン
b.同化のためのリシン→ノルロイシン(BCAA類似体)
c.同化のためのヌクレオチド(又は循環しているヌクレオチド断片)
d.高多価不飽和脂肪酸(PUFA)/一不飽和脂肪酸(MUFA):膜の流動性を高め、反応性オキシダントによる損傷を防止する
e.シアル酸オリゴ糖:腸細胞の健康を改善し病原性の生物及び化合物の侵入を減らす。
【0071】
[0078]プロバイオティック、プレバイオティック及びシンバイオティックなどの製品の使用については十分実証されている。例えば、プロバイオティックは、(a)抗生物質、ロタウイルス感染、化学療法に伴う下痢、及びより低い程度の旅行者の下痢の頻度及び持続期間を低下させること、(b)細胞性免疫及び体液性免疫を刺激すること並びに(c)アンモニウム及び発癌促進性の酵素など、大腸中の望ましくない代謝産物を減少させることが知られている。プロバイオティックは、癌防止において役割を有する可能性がある。Schrezenmeir,J.ら、Am.J.Clin.Nutr.、73(付録)、361S〜364S、2001を参照。本明細書中で使用する場合、用語「プロバイオティック」は、宿主の区画中の微生物叢を変化させ(植付け又はコロニー形成により)、それによりこの宿主において有益な効果を発揮する十分な数で生存可能な規定微生物を含有する調製物又は製品を指す。用語「プレバイオティック」は、1つ若しくは限定数の細菌の、大腸中での成長及び/又は活性を選択的に刺激することにより、宿主に有益に作用する非消化性の食品成分を指す。例えば、ビフィズス菌であれば、フルクトオリゴ糖、イヌリン、トランスガラクトシル化オリゴ糖及び大豆オリゴ糖などの物質の摂取により促進されると考えられる。製品がプロバイオティックとプレバイオティックとを含有する場合は、用語「シンバイオティック」を使用する。「シンバイオティック」という用語は相乗作用の意味を感じさせるので、プレバイオティック化合物がプロバイオティック化合物に選択的に有利に働く製品については、その用語の使用を控える。厳密に言うと、シンバイオティックは、オリゴフルクトースと、ビフィズス菌を増殖させるプロバイオティック菌とを含有する製品のことである。Schrezenmeir,J.ら、2001、上記を参照。
【0072】
[0079]栄養化合物と共に用いるか否かに関わらず、キナーゼ阻害物質を使用すると、癌腫瘍の治療における化学療法剤の有効性は増強される。追加的な利点としては、筋肉減少、具体的には癌性悪液質を制御する代謝経路の栄養調節が挙げられる。
【0073】
[0080]PKR−Iの投与時には、二本鎖RNAタンパク質キナーゼをリン酸化すると、細胞(MAC16固形腫瘍)の成長は、化学療法剤(例えば、5−フルオロウラシル又はゲムシタビン)と組み合わせたほうが、いずれかを単独で使用した場合より有効に低下する結果となった。
【0074】
[0081]加えて、PKR阻害物質の投与は、炎症促進性サイトカインである核因子−κ−B(NF−κB)の活性型を減らすために用いてもよい。NF−κBは、化学療法薬、例えばゲムシタビン(Arlt,A.ら、Oncogene、22(21)、3243〜3251、2003)及び5−FU(Uetsuka,H.ら、Exp Cell Res.、289(1)、27〜35、2003)に対するある種の腫瘍細胞による抵抗性に関連があると考えられる。結果として、PKR阻害物質の投与は、それが化学療法を増強する能力においては直接的又は間接的的であってもよい。前述の化学療法薬は両方とも、新生物の成長(例えば大腸癌)の治療において普通に使用される化合物である。
【0075】
[0082]本発明者らは、PKR阻害物質は極めて特定の濃度(最大効果は200nMにおいてであり、それより低濃度及びそれより高濃度では効果は低下する)で導入すると、癌細胞の成長を低下させることを示した。加えて、PKRを阻害すると、化学療法薬に暴露された癌細胞の増殖がさらに減少した。細胞の阻害は、いずれかの化合物単独の場合に観察される阻害と比較して相乗効果であったように思われる(図8を参照)。PKR阻害物質化合物と構造的に無関係の特定の栄養化合物の投与によっても、癌細胞の成長は低下し癌性悪液質は防止されると考えられる。しかし、栄養化合物は、以前記載されたPKR阻害物質(複数可)化合物(Jammiら、2003)とは異なる機序により作用する。
【0076】
[0083]化学療法による免疫抑制の栄養的緩和
免疫抑制を生じさせるいくつかの化学療法剤が知られており、2つの例として、5−フロウロウラシル及びゲムシタビンが挙げられる。
【0077】
[0084]5−フロウロウラシル(5−FU)は、腸、胸、胃及び食道の癌などいくつかの型の癌の治療薬として提供される一般的な化学療法薬である。5−FUの使用に伴う合併症は、感染症に対する抵抗性の低下である。5−FUは、骨髄による白血球の産生を減少させ、患者の感染症へのかかりやすさを増す可能性がある。
【0078】
[0085]ゲムシタビンは、非小細胞肺癌、膵臓癌、膀胱癌及び乳癌の治療薬として提供される化学療法薬である。ゲムシタビンも、骨髄による白血球の産生を減少させ、感染症に対する患者の感受性を高める可能性がある。免疫機能の顕著な低下は、典型的には治療薬投薬の7日後に始まり、感染症に対する抵抗性は、典型的には、化学療法の10〜14日後の間が最も低い。血球は、多くの場合、着実に増加し、化学療法の次回のコース予定の前に正常レベルに戻ることになる。
【0079】
[0086]グルタミンは、免疫機能を支えることにより、化学療法を受けている患者に利益をもたらすと考えられる。栄養分と化学療法との相互作用は、これまでに提唱されている。抗酸化薬は、細胞内の薬物を早すぎる段階で分解することにより化学療法の有効性を低下させるが、このことは、健康な細胞には有益であるが腫瘍細胞中では望ましくない。アミノ酸のグルタミンは、細胞間の抗酸化薬グルタチオン(GSH)の成分であることから、化学療法薬の分解を促進することがある(Rouse,K.ら、Annals Surge.、221(4)、420〜426、1995)。したがって、アミノ酸のL−テアニンを用いての細胞によるグルタミンの取込み遮断が、ドキソルビシンの場合における化学療法を増強するための方法として提案されている(Sugiyama,T.及びAdzuki,Y.、Biochip.Biophys.Act、1653(2)、47〜59、2003)。しかし、全ての調査がグルタミンに対するこの主張を支持するわけではない(Rubio,I.T.ら、Ann Surg.、227(5)、772〜778、1998)。GSHは、細胞を保護しようとして化学療法化合物の分解を促進することがあるが、グルタミンは適切な免疫細胞機能の重要な構成要素でもある。グルタミンの減少を示唆すると思われる証拠に関わらず、免疫機能の効果は患者の健康及び回復を損なうと考えられる。
【0080】
[0087]免疫栄養:化学療法の有効性(PKR阻害物質を用いた場合の)を誇示しようとすると、患者に対する感染症のリスクを高めがちである。感染症及び感染症リスクにより、首尾よい治療に必要な積極的な用量の化学療法を施したいという癌専門医の意向は低下するかもしれない。加えて、感染症は、患者の、強力な治療レジメンに耐える能力、並びに治療に関連する並存症又は外科手術の創傷からの回復/治癒をも損なう可能性がある。抗炎症性の脂肪酸(例えば、エイコサペンタン酸(eicosapentanoic acid)及びドコサヘキサン酸)、アミノ酸L−アルギニン及びその前駆体、L−シトルリン及びリボ核酸などの成分入りの栄養分の補給は、T細胞の活性化、成熟、及び炎症低下により、免疫健康を促進できる。
【0081】
[0088]生物活性乳由来タンパク質:生物活性乳由来タンパク質は、健康な細胞における細胞周期の各時期を減速又は一時的に停止させる生物活性ペプチド(例えば、形質転換成長因子−β(アイソフォーム1〜3)源を供給する。こうした生物活性タンパク質は、酸性化などの加工により活性化させる必要があることから、標準的な乳は適さない。乳由来のこうした生物活性タンパク質の投与により、口腔、食道及び胃腸の上皮などのタンパク質と接触する細胞が保護されると考えられる。生物活性ペプチドは、化学療法剤(PKR阻害物質と共に使用するか否かを問わない)による損傷に対し急速に分裂する細胞の感受性を低下させることにより働く。
【0082】
[0089]ヌクレオチド(例えばリボ核酸):この化合物(例えば、アデニン、グアニン、シトシン)は、化学療法を受けている癌患者、特に、化学療法レジメンがPKR阻害物質(複数可)などの増強物質と組み合わせて提供される場合に免疫系を支えると考えられる。ヌクレオチドは、赤血球及びT細胞(免疫細胞)の両方の成熟を包含する、骨髄の造血活動及びその産生物を支える。加えて、ヌクレオチドは、薬剤の吸収を促進する可能性について調査されていることから、ヌクレオチドの栄養補給は、腫瘍細胞による化学療法剤の取込みを増やし免疫機能を支える点で有益なことと考えられる。
【0083】
[0090]血管新生及び血管拡張する栄養分:血管新生及び血流を促進する栄養分も、代謝活性組織への化学療法剤の送達を増やす。アミノ酸L−アルギニン及び/又はL−シトルリン並びにカテキンフラバノール化合物(癌の化学予防剤と見なされる)の栄養投与は、癌患者においては推奨されないが、その理由は、こうした化合物は血管新生、急速な成長を伴う浸潤性腫瘍の特性を促進する可能性があるからである。しかし、特異的に腫瘍への血液送達が増えれば、細胞傷害性の化学療法剤の取込みも増すと考えられる。
【0084】
[0091]癌性悪液質の軽減に向けたPKR阻害物質の投与(特定の栄養分と併用するか否かを問わない)。
癌性悪液質、心臓の悪液質、及び恐らくは、筋肉減少症、HIV/AIDSなど他の疾患における筋タンパク質減少は、サブユニットの結合、及び/又はプロテオソーム産生の上方制御により制御される。この過程における段階の1つには、真核開始因子2−α(eIF2a)の活性化が含まれる。リン酸化を介したeIF2aの活性化により、プロテオソームのタンパク質分解が促進される。PKR阻害物質を投与すると、eIF2a分子の活性化(リン酸化)が減少し、それによりプロテオソームの活性化が低下し、筋タンパク質の分解が低下する。
【0085】
[0092]化学療法の強度を高め、PKR阻害物質の投与(追加的な栄養分と共に投与するか否かを問わない)により癌性悪液質の過程を阻害すると、腫瘍細胞に及ぶ化学療法薬の効果を高めることが示されている。本発明の利点は、臨床関連の効果を引き出すのに必要な時間の長さ又は用量数を低減できることである。PKRを阻害する化合物を評価するための調査は以前行われたが、PKRを阻害すれば癌治療の利益が得られることは、これまでに実証されていない。追加的な利益は、PKR阻害物質、及びアミノ酸、脂肪酸、核酸など、化学療法をさらに増強し、毒性を伴う療法を軽減するための特定の栄養化合物を投与する場合にも得ることができる。
【0086】
[0093]PKR阻害物質は、癌性悪液質、及び療法に対する腫瘍抵抗性に関与するPKRのリン酸化を遮断する。本発明者らの結果から、癌療法におけるこのような化合物の心躍る可能性が実証される。加えて、PKRのリン酸化を低下させるために別々のタンパク質(PPI)又はPKRに直接作用する特定の栄養分の使用により、そのような栄養分が癌治療において補助治療剤としての可能性を有することも示唆される。医薬用の化合物と比較した場合の栄養分(アミノ酸、ポリフェノール類)の利点は以下のとおりである:代替性のある作用機序、価格、安全性、及び代替性のある小売販路による入手しやすさ。
【0087】
[0094]本明細書中で使用する場合、用語「活性剤」、「活性成分」、「活性化合物」又は場合により「化合物」の意味は、同等であると理解されたい。
【0088】
[0095]用語「PKRの生物活性」及び「生物学的に活性のあるPKR」は、PKR、又はPKRの断片、誘導体若しくは類似体に付随する任意の生物活性(酵素活性など)を指し、具体的には、真核翻訳開始因子2(elF−2)などの基質、及びNF−κBなどの転写因子のリン酸化を含む自己リン酸化活性及びキナーゼ活性が挙げられることになる。
【0089】
[0096]「ex vivo」とは、生物の体の外側であって、そこから細胞若しくは複数の細胞が得られるか、又はそこから細胞系統が単離される場所を意味する。ex vivo施用は、完全な細胞の使用を含んでもよく、又は溶菌液などの無細胞系(すなわち、in vitroでの)を用いてもよい。
【0090】
[0097]「in vivo」とは、生物の体内であって、そこから細胞が得られたか、又はそこから細胞系統が単離される場所を意味する。
【0091】
[0098]「ヒト細胞」とは、発達の任意の段階でヒトから単離される細胞を意味する。
【0092】
[0099]「患者又は対象」とは、任意の動物を意味する。
【0093】
[00100]動物としては鳥類及び哺乳動物が挙げられるがこれらに限定されず、哺乳動物としては、齧歯動物(ネズミ科の動物)、水棲哺乳動物、イヌ、オオカミ、ウサギ及びネコなどの飼育動物、ヒツジ、ブタ、ウシ、ヤギ(ヒルクリン(hircrine)及びウマなどの家畜、並びにヒトが挙げられるが、これらに限定されない。動物又は哺乳動物又はその複数形の用語を使用する場合、その内容が、一節の文脈により表され又は表されることを意図した効果を得ることができる任意の動物にも適用されることを企図している。本発明の方法、組成物及びキットを用いて治療できる他の動物としては、トカゲ、ヘビ、魚及び鳥が挙げられる。
【0094】
[00101]「哺乳動物」とは以下を意味するが、これらに限定されない:齧歯動物(ネズミ科の動物)、水棲哺乳動物、イヌ、オオカミ、ウサギ及びネコなどの飼育動物、ヒツジ、ブタ、ウシ、ヤギ(ヒルクリン)及びウマなどの家畜、並びにヒト。哺乳動物という用語を使用する場合、その内容が、「哺乳動物」により表され又は表されることを意図した効果を得ることができる他の動物にも適用されることを企図している。
【0095】
[00102]用語「残基」又は「アミノ酸残基」又は「アミノ酸」は、本明細書中で使用する場合、タンパク質、ポリペプチド又はペプチド(集合的には「ペプチド」)中に組み込まれるアミノ酸を指す。アミノ酸は、天然に存在するアミノ酸であってもよく、特に限定しない限り、天然に存在するアミノ酸と同様の様式で機能できる天然のアミノ酸の公知の類似体を包含することがある。
【0096】
[00103]用語「癌」は、多様な型の悪性の新生物を指し、その大部分は周囲組織に浸潤でき、異なる部位に転移することがある(PDR Medical Dictionary第1版(1995))。
【0097】
[00104]用語「新生物」及び「腫瘍」は、細胞増殖により正常なものと比較して急速に成長し、増殖を開始させた刺激を取り除いた後も成長し続ける異常な組織を指す(PDR Medical Dictionary第1版(1995))。そのような異常な組織は、構造機構の、及び正常な組織との機能的な協調の部分的又は完全な欠如を示し、良性(すなわち良性腫瘍)又は悪性(すなわち悪性腫瘍)のいずれであってもよい。
【0098】
[00105]「異常な細胞増殖に伴う障害を治療する」という言い回しは、対象における新生物の成長の防止、又は対象における既存の新生物の成長の低下を包含することを意図したものである。阻害は、1つの部位から別の部位への新生物の転移の阻害であってもよい。一態様では、新生物は、本明細書中に記載の1つ又は複数の翻訳開始阻害物質に感受性がある。本発明が包含することを意図する新生物の型の例としては、胸部、皮膚、骨(骨髄及び造血組織を含む)、前立腺、卵巣、子宮、子宮頸部、肝臓、肺、脳、喉頭、胆嚢、膵臓、直腸、副甲状腺、甲状腺、副腎、免疫系、神経組織、頭部及び頸部、大腸、胃、気管支及び/又は腎臓の癌に関連するような新生物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0099】
[00106]本明細書中で使用する場合、「テスト試料」は、関心対象から得た生体試料を指す。例えば、テスト試料は、生体液試料(例えば、血清、痰、尿)、組織試料(例えば生検)又は細胞試料(例えば、頬擦過)であってもよい。本明細書中で使用する場合、「正常試料」又は「標準試料」は、健康な(すなわち非悪性の)生体液試料、組織試料又は細胞試料から得た生体試料を指す。本明細書中で使用する場合、用語「生体試料」は、対象から単離された組織、細胞及び生体液、並びに対象において存在する組織、細胞及び体液を包含することを意図したものである。生体試料は、任意の生体組織又は体液又は細胞のものであってもよい。典型的な生体試料としては、痰、リンパ液、血液、血球(例えば白血球)、脂肪細胞、子宮頸部細胞、頬細胞、咽頭細胞、乳房細胞、筋細胞、皮膚細胞、肝細胞、脊髄細胞、骨髄細胞、組織(例えば、筋組織、子宮頸部組織、皮膚組織、脊髄組織、肝組織など)、細針生検試料、尿、脳脊髄液、腹水及び胸水、又はそれらから得られた細胞が挙げられるが、これらに限定されない。生体試料は、組織学的な目的のために採取した凍結切片などの組織片を包含することもある。生体試料は哺乳動物から得てもよく、哺乳動物としては、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウサギ、モルモット、ラット、マウス、スナネズミ、非ヒト霊長動物及びヒトが挙げられるが、これらに限定されない。生体試料は、微生物(例えば、細菌細胞、ウイルス性細胞、酵母細胞など)由来の細胞及びその一部を包含することもある。
【0100】
[00107]MAC16腫瘍は、確立されたシリーズ(MAC)の、化学的に誘導され移植可能な大腸腺癌に由来し、1989年3月8日付でPublic Health Laboratory Service Centre for Applied Microbiology and ResearchのEuropean Collection of Animal Cell Cultures(ECACC)、Porton Down、Salisbury、Wiltshire、英国に仮受託番号8903016として現時点で寄託されている特定の細胞株により作製されている。
【0101】
[00108]MAC16腫瘍は、中程度に高分化の腺癌であり、マウスにおいて何年にもわたり連続継代されてきたものである。この腫瘍は、特に、少ない腫瘍量で(1%体重未満)、食物又は水のいずれの摂取も減らさずに相当な体重減少を生じることがよく見られた限りでは、ヒト患者において悪液質を引き起こす腫瘍についてのより満足な実験モデルとなりそうなことが見出されている。
【0102】
[00109]医薬組成物
本明細書中に記載の本発明の化合物又は薬剤は、例えば、eIF2α又はPKRリン酸化の阻害により、eIF2α若しくはPKRリン酸化に影響するか、又はeIF2α若しくはPKRリン酸化に影響する化合物又は薬剤を増強する化合物又は薬剤である。本発明の化合物又は薬剤は、投与に適した医薬組成物中に組み込むことができる。
【0103】
[00110]少なくとも1つのPKR−I阻害物質、少なくとも1つのPKR−Iリン酸化阻害物質及び/又はPKR−I増強物質を包含する本発明の化合物は、経腸的又は非経口的に投与してもよい。非経口投与は、皮下投与、静脈内投与、筋肉内投与及び局所投与から成る群から選択してもよい。経腸投与は、錠剤、液体、ゲル、サシェ、粉末、ドロップ、フィルム、ガム及びカプセルの形態で行ってもよい。加えて、経腸投与法の経路は、鼻腔内、内部、経鼻胃、経口胃、胃ポート、空腸ポート及び回腸ポートから成る群から選択してもよい。
[00111]本発明の化合物は、前述の化合物(複数可)及び薬学上許容される担体を典型的に含んでもよい。本明細書中で使用する場合、用語「薬学上許容される担体」は、ありとあらゆる溶媒、分散媒、コーティング、抗菌剤及び抗真菌剤、等張剤及び吸収遅延剤など、医薬の投与に適合するものを包含することを意図したものである。薬学的活性のある物質用にそのような媒体及び薬剤を使用することは、当技術分野では周知である。従来の任意の媒体又は薬剤が活性剤に適合しない場合を除き、組成物中でのその使用を企図する。本発明の組成物中に栄養補給剤を組み込むこともできる。
【0104】
[00112]本発明の医薬組成物は、意図された投与経路に適合するように製剤される。例えば、非経口、皮内又は皮下の施用に使用される溶液又は懸濁液としては、以下の成分を挙げることができる:注射用水、生理食塩溶液、固定油、ポリエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール又は他の合成溶媒などの滅菌済み希釈剤;ベンジルアルコール又はメチルパラベンなどの抗菌剤;アスコルビン酸又は亜硫酸水素ナトリウムなどの抗酸化薬;エチレンジアミン四酢酸などのキレート化剤;酢酸塩、クエン酸塩又はリン酸塩などの緩衝液、及び塩化ナトリウム又はデキストロースなど張性調節用の薬剤。pHは、塩酸又は水酸化ナトリウムなどの酸又は塩基で調節できる。非経口調製物は、ガラス製又はプラスチック製のアンプル、使い捨ての注射器又は複数用量バイアル中に封入できる。
【0105】
[00113]注射剤の用途に適した医薬組成物としては、滅菌済みの水溶液(水溶性の場合)又は分散系、及び滅菌済みの注射溶液又は分散系を即席で調製するための滅菌済み粉末が挙げられる。静脈内投与の場合、適当な担体としては、生理食塩水、静菌水、クレモホル(Cremophor)EL(商標)(BASF、Parsippany、N.J.)又はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が挙げられる。全ての場合において、組成物は滅菌済みでなくてはならず、容易な注射可能性が存在する程度まで流動性のあるものであるべきである。組成物は、製造条件及び保管条件下で安定でなくてはならず、細菌及び真菌などの微生物が混入しようとする動きに対して保護されなくてはならない。担体は、例えば、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール及び液体ポリエテイレン(polyetheylene)グリコールなど)を含有する溶媒又は分散媒、並びにその適当な混合物であってもよい。妥当な流動性は、例えば、レシチンなどのコーティングの使用、分散系の場合における必要な粒子サイズの維持及び界面活性剤の使用により維持できる。微生物の作用の防止は、多様な抗菌剤及び抗真菌剤、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸、チメロサールなどにより達成できる。多くの場合、組成物中に、等張剤、例えば、糖、マニトール(manitol)、ソルビトールなどのポリアルコール、塩化ナトリウムが含まれることが好ましいと考えられる。注射用組成物の持続的吸収は、吸収を遅らせる薬剤、例えば、モノステアリン酸アルミニウム及びゼラチンを組成物中に含ませることにより実現できる。
【0106】
[00114]滅菌済みの注射用溶液は、適切な溶媒中に、必要に応じ、上に列挙した1つの成分又は複数成分の組合せと共に、必要な量で活性剤を組み込み、次いで濾過滅菌を行うことにより調製できる。一般に、分散系は、基礎分散媒と、上に列挙したもののうち必要な他の成分とを含有する滅菌済みのビヒクル中に活性剤を組み込むことにより調製する。滅菌済みの注射用溶液を調製するための滅菌済み粉末の場合、好ましい調製方法は真空乾燥及び凍結乾燥であり、こうした方法を用いると、先に滅菌濾過しておいた溶液から、活性成分に所望の任意の追加成分が加わった粉末が得られる。
【0107】
[00115]経口組成物は、一般に、不活性な希釈剤又は食用担体を含んでいる。こうした組成物は、ゼラチンカプセル内に封入するか、又は圧縮して錠剤にすることができる。経口での治療的投与の目的のために、活性剤は、賦形剤と共に組み込み、錠剤、トローチ又はカプセルの形態で使用することができる。経口組成物は、洗口液として使用するために液体担体を用いて調製することもでき、こうした洗口液では、液体担体中の薬剤を経口施用し激しく動かしてから吐き出し又は飲み込む。薬学的に適合する結合剤及び/又は補助物質を組成物の一部として含ませることができる。錠剤、丸剤、カプセル、トローチなどは、以下の原料又は同様の性質の薬剤のいずれかを含有できる:微結晶性セルロース、トラガカントゴム又はゼラチンなどの結合剤;デンプン又は乳糖などの賦形剤、アルギン酸、プリモゲル(Primogel)又はトウモロコシデンプンなどの崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム又はステローツ(Sterotes)などの滑沢剤;コロイド状二酸化ケイ素などの流動促進剤;ショ糖又はサッカリンなどの甘味剤;又はペパーミント、サリチル酸メチル若しくはオレンジ香味料などの香味剤。
【0108】
[00116]一実施形態では、本発明の化合物は、制御放出製剤(インプラント及びマイクロカプセル化した送達系を含む)など、体からの急速な排出に対し薬剤を保護することになる担体を用いて調製する。酢酸エチレンビニル、ポリ無水物、ポリグリコール酸、コラーゲン、ポリオルトエステル及びポリ乳酸など、生分解性の生体適合性ポリマーを使用できる。そのような製剤の調製方法は、当業者には自明であろう。材料は、Alza Corporation及びNova Pharmaceuticals,Inc.から商業的に入手することもできる。リポソーム懸濁液(ウイルス抗原に対するモノクローナル抗体を有する、感染細胞を標的としたリポソームを含んでいる)を薬学上許容される担体として使用することもできる。こうした製剤は、当業者に公知の方法、例えば、米国特許第4,522,811号明細書に記載のような方法により調製してもよく、同文献は参照によりその全体が本明細書中に組み込まれる。
【0109】
[00117]栄養組成物
化学療法及び放射線療法は、癌細胞を破壊するうえで有効なだけでなく、こうした細胞の成熟前の死亡を引き起こすことから非癌細胞にとっても有害である。加えて、本発明の化合物は、PKRのリン酸化を阻害することにより腫瘍細胞の成長を阻害できるだけでなく、癌患者において化学療法剤の有効性を高めることもできる。これまでに論じたように、本発明の化合物は、少なくとも1つのPKRIを、単独又は少なくとも1つの増強物質との組合せのいずれかで含んでいる。医薬目的で製剤される以外に、こうした化合物は、これまでに論じたように、所望の目的を達成するために栄養製品として製剤できる。
【0110】
[00118]本発明による栄養組成物は、食餌の手段、例えば、栄養補助食品の形態、又は栄養製剤、例えば、医療用の食品又は飲料製品の形態、例えば、完全食の形態、食品添加物又は溶解用粉末として食事の一部の形態をとっていてもよい。粉末は、液体、例えば、水又は乳若しくはフルーツジュースなど他の液体と組み合わせてもよい。
【0111】
[00119]場合により、栄養製剤は、本発明の化合物を含んでいるだけでなく、栄養的に完全であってもよく、すなわち、1日に必要な量のビタミン、ミネラル、炭水化物、脂肪及び/又は脂肪酸、タンパク質などを本質的に全て供給する単一の栄養源として使用できるように、ミネラル、ビタミン、微量元素及び脂肪及び/又は脂肪酸源を含んでいてもよい。
【0112】
[00120]したがって、本発明の栄養組成物は、例えば、経口又は経管栄養補給に適した栄養的にバランスのとれた完全食の形態で、例えば、経鼻胃、経鼻十二指腸、食道瘻造設術、胃瘻造設術又は空腸瘻造設術による管、又は末梢若しくは全身用の非経口栄養を用いて供給してもよい。好ましくは、本発明の組成物は、経口投与用である。
【0113】
[00121]本発明の栄養組成物は、筋タンパク質合成の促進、又は悪液質(例えば癌性悪液質)など腫瘍により引き起こされる体重減少の制御に有用と考えられる。この組成物は、化学療法剤を使用する自己免疫疾患又は他の障害に罹患している患者のための栄養補助食品としても有用と考えられる。
【0114】
[00122]本発明の一特徴では、栄養組成物は以下をさらに含んでいてもよいが、これらに限定されない:生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸又はアミノ酸類似体、ヌクレオチド又はRNA、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック又はシンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA及び/又はMUFA、食用油及び抗酸化物質。
【0115】
[00123]食用油は、本発明の栄養組成物の調製において使用してもよい。食用油としては、キャノーラ油、中鎖トリグリセリド油(MCT)、魚油、大豆油、大豆レシチン油、トウモロコシ油、ベニバナ油、ヒマワリ油、高オレイン酸ヒマワリ油、高オレイン酸ベニバナ油、オリーブ油、ルリヂサ油、クロスグリ油、月見草油及び亜麻仁油が挙げられるが、これらに限定されない。
【0116】
[00124]本発明の栄養組成物は、例えば、寒天、アルギン酸塩、カルビン、ペクチン及びその誘導体(例えば、果物及び野菜に由来するペクチン、並びにより好ましくは柑橘類の果物及びリンゴに由来するペクチン)、β−グルカン(オーツ麦のβ−グルカンなど)、カラギーナン(例えば、κ、λ及びιカラギーナン)、フルセララン、イヌリン、アラビノガラクタン、セルロース及びその誘導体、スクレログルカン、オオバコ(オオバコの種子殻など)、粘液及びゴムといった可溶性繊維をさらに含んでいてもよい。本発明によれば、ゴム及び粘液は、好ましくは植物の浸出物である。とりわけ、用語「ゴム」は、本明細書中で使用する場合、普通に入手できる植物性のゴム、より詳細には、コンニャクゴム、キサンタンゴム、グアーゴム(グアランゴム)、イナゴマメゴム、タラマメゴム、トラガカントゴム、アラビアゴム、カラヤゴム、ガッティゴム、ジェランゴム及び他の関連するステルクリアゴム、アルファルファ、クローバー、コロハ、タマリンドの細粉を指す。天然及び改変された(例えば加水分解された)可溶性繊維を、本発明により使用してもよい。本発明によれば、好ましくはグアーゴム(例えば加水分解グアーゴム)を使用してもよい。
【0117】
[00125]これまでに述べた任意選択的な栄養分の毎日の投与量は、個体の体重、性別、年齢及び/又は病態により変化させてもよい。
【0118】
[00126]本発明の栄養組成物は、1つ又は複数の脂肪酸(例えば多価不飽和脂肪酸)、プレバイオティック又はプロバイオティック、又はプレバイオティックとプロバイオティックとの組合せ(シンバイオティック)及び生物活性のある化合物又は抽出物を含んでいてもよい。
【0119】
[00127]この栄養組成物は、ビタミン及びミネラルについては、1日用量当たり、米国RDAの少なくとも100%(例えば100%)の、例えば、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、リン、ビタミンD、ビタミンKを供給してもよい。この組成物は、抗酸化物質を含有してもよく、こうした物質としてはグルタミン、システイン、ビタミンA、C、E及びセレンが挙げられるが、これらに限定されない。この組成物は、とりわけ、大量のビタミンEを含有してもよく、ビタミンEは、筋タンパク質合成の促進又は悪液質(例えば癌性悪液質)など腫瘍により引き起こされる体重減少の制御のために、組成物中で有用である。
【0120】
[00128]本発明による栄養組成物は、医療用の食品又は飲料製品として(例えば経口栄養の形態で)、例えば健康飲料として、そのまま飲める飲料として、場合により清涼飲料(ジュース、ミルクセーキ、ヨーグルト飲料、スムージー又は大豆ベース飲料など)として、バーに入った形で、又は焼いた製品、シリアルバー、乳製品のバー、スナックフード、スープ、朝食用シリアル、ミューズリー、キャンディー、タブ、クッキー、ビスケット、クラッカー(煎餅など)及び乳製品など任意の種類の食品中に分散した形で提供されてもよい。
【0121】
[00129]好ましくは、本発明の組成物は、栄養製剤として、例えば、食事の一部として、例えば健康飲料の形態で、例えば即時使用可能な飲料として、投与してもよい。
【0122】
[00130]経口用の固形剤形は、それ自体が公知の様式で、例えば、従来の混合、造粒、糖衣加工、溶解又は凍結乾燥のプロセスを用いて調製する。
【0123】
[00131]本明細書中で言及又は引用した論文、特許及び特許出願及び他の全ての文書並びに電子的に入手可能な情報の内容は、それぞれ個々の刊行物が参照により組み組まれるものと具体的且つ個別に指示がある場合と同程度に、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。出願人は、そのような任意の論文、特許、特許出願又は他の文書からのありとあらゆる資料及び情報を本明細書中に物理的に組み込む権利を留保する。
【0124】
[00132]本明細書中に例証的に記載された本発明は、本明細書中で具体的に開示されない、1つ又は複数の要素、1つ又は複数の制限が一切なくても適切に実行される場合がある。したがって、例えば、用語「含む」、「包含する」、「含有する」などは、拡張的に、制限を加えずに読まれるべきである。加えて、本明細書中で用いる用語及び表現は、制限ではなく説明の用語として用いてあり、そのような用語及び表現の使用においては、示し説明した特徴又はその部分に相当するもの一切を除外する意図はなく、特許請求した本発明の範囲内で多様な改変形が可能であることは認識される。したがって、本発明は好ましい実施形態及び任意選択的な特徴により具体的に開示してはあるものの、本明細書中に開示された当該箇所中に包含される本発明の改変及び変形が当業者により用いられることがあり、そのような改変形及び変形は本発明の範囲内にあると見なされることは理解されるべきである。
【0125】
[00133]本発明は、本明細書中で広く包括的に説明してある。包括的な開示内に属する、より狭い種、及び類の下位に当たる分類のそれぞれも、本発明の一部を形成する。本明細書は、類から任意の対象を除外する条件又は消極的限定を有する本発明の包括的な説明を包含し、除かれる構成要素が本明細書中で具体的に列挙されているか否かを問わない。
【0126】
[00134]加えて、本発明の特徴又は態様がマーカッシュ群について説明されている箇所では、本発明がそれによりマーカッシュ群の任意の個々の構成要素又は構成要素の下位群についても説明していることが当業者には認識されるであろう。
【実施例】
【0127】
[00135]以下の実施例中で、本開示をさらに明確にする。この実施例は、好ましい実施形態を示してはいるものの、例証目的のみで記載するものであることは理解されるべきである。前述の論考及びこの実施例から、当業者は本開示の好ましい特徴を確認でき、本開示の精神及び範囲から逸脱することなく、多様な変更及び改変を行って、同開示を多様な用途及び条件に適合させることができる。
【0128】
[00136]材料:
ウシ胎仔血清(FCS)及びRPMI1640組織培養培地をInvitrogen(Paisley、スコットランド)から購入した。L−[2,6−3H]フェニルアラニン(比活性度2.00TBqmmol−1)、ハイボンド(Hybond)Aニトロセルロース膜及び増強化学発光(ECL)発生キットは、Amersham Biosciences(Bucks、UK)製であった。リン酸化PKR及び全PKRに対するウサギモノクローナル抗体は、New England Biolabs(Herts、UK)から購入した。リン酸eIF2αに対するウサギポリクローナル抗血清は、Abcam(Cambridge、UK)製、全eIF2αに対するウサギポリクローナル抗血清はSanta Cruz Biotechnology(CA)製であった。ペルオキシダーゼ結合ヤギ抗ウサギ抗体は、Dako Ltd(Cambridge、UK)から購入した。PKR阻害物質及びホスホセーフ(PhosphoSafe)(商標)抽出試薬はMerck Eurolab Ltd(Leics、UK)製であった。EMSA(電気泳動移動度シフトアッセイ)のゲルシフトアッセイキットは、Panomics(CA、USA)製であった。ゲムシタビン(ゲムザール(Gemzar)(登録商標))は、Eli Lilly and Co(Basingstoke、UK)からの寄贈品であった。5−フルロウラシル(Flurouracil)は、Sigma Aldridge(Dorset、UK)から購入した。
【0129】
[00137]腫瘍の維持
MAC16は、Cowenら(J.Natl.Cancer Inst.、64、675〜681、1980)により最初に記載されたものであり、確立されたシリーズ(MAC)の、化学的に誘導された移植可能な大腸腺癌を保有する純粋なNMRIマウス系である。MAC16腫瘍は、中程度に高分化の腺癌であり、マウスにおいて何年にもわたり連続継代されてきたものである。MAC16は、特に、少ない腫瘍量(1%体重未満)で、食物又は水のいずれの摂取も減らさずに相当な体重減少を生じさせることがよく見られた限りでは、ヒト患者において悪液質を引き起こす腫瘍についてのより満足な実験モデルとなる(Bibby,M.C.ら、J.Natl.Cancer Inst.、78、539〜546、1987)。
【0130】
[00138]MAC16腫瘍及びMAC13腫瘍は、10%FCSを含有するRPMI1640培地中で、空気中5%CO2の雰囲気下で37℃にてin vitro増殖させた。細胞成長アッセイ用に、1ウェル当たり0.5×105細胞(MAC13)又は1ウェル当たり1×105細胞(MAC16)のいずれかで24ウェルのマルチウェルの皿の中に細胞を播種し、薬物の添加に先立ち24時間蓄積させた。細胞数を3日後に定量したところ、細胞は指数関数的に成長していた。
【0131】
[00139]MAC16腫瘍及びMAC13腫瘍は両方とも、Bibbyら、J.Natl.Cancer Inst.、78(3)、539〜546、1987に記載の要領で、断片を側腹部中に皮下移植(皮下注射)することによりNMRIマウスにおいてin vivo継代させた。悪液質を維持するため、体重減少が確認されたドナー動物から継代用のMAC16腫瘍を選別し、平均体重減少が5%の時点で処置を開始した。動物を無作為に6匹の群とし、溶媒(DMSO(ジメチルスルホキシド):PBS(リン酸緩衝生理食塩水)が1:20)又は1mg/kg及び5mg/kgのPKR阻害物質を皮下注射により毎日投与した。体重減少が20%に達した時点で、子宮頸部の除去により動物を屠殺した。全ての動物実験は英国内務省に認可された厳密なプロトコールに従っており、従った倫理的ガイドラインは、UKCCRガイドライン(Workman,P.ら、Br.J.Cancer、77、1〜10、1998)に要求される基準を満たす。
【0132】
[00140]タンパク質合成の測定
Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.Chem.、282(10)、7087〜7097、2007に記載の要領で、L−[2,6−3H]フェニルアラニンをタンパク質中に組み込むことにより、MAC16細胞及びMAC13細胞におけるタンパク質合成を4時間の期間にわたり定量した。組織培養培地の除去により反応を終わらせ、氷冷の滅菌済みPBSで3回洗浄した。PBSを除去し、氷冷の0.2M過塩素酸を加え、次いで4℃で20分間インキュベーションした。過塩素酸の除去に次いで、0.3M NaOHを加えてから、次いで4℃で30分間インキュベーションした。37℃で20分間のさらなるインキュベーションにより反応を進行させてから、0.2M過塩素酸を加えた。この混合物をさらに20分間氷上に放置した。4℃で5分間の700gでの遠心分離に次いで、タンパク質を含有するペレットを0.3M NaOH中で溶解させ、放射能を定量した。標準的な比色定量タンパク質アッセイ(Sigma)を用いて、タンパク質含有量を分析した。
【0133】
[00141]ウェスタンブロット分析
腫瘍の試料(およそ10mg)は、ホスホセーフ(商標)抽出試薬500μl中でホモジナイズし、4℃で15分間、15,000gで遠心分離した。細胞質タンパク質の一部(10μg)を10%ドデシル硫酸ナトリウム/ポリアクリルアミドゲル(SDS/PAGEはeIF2αの場合6%)上で分離させた。分離したタンパク質を、0.45μmのニトロセルロース膜上に転写した後、pH7.5、4℃のトリス緩衝生理食塩水中の5%マーヴェル(Marvel)で一晩ブロッキングした。次に、一次抗体の添加に先立ち、0.5%ツィーン(Tween)緩衝生理食塩水又はTBSツィーン中で膜を15分間洗浄した。希釈率1:1000で一次抗体を使用したが、リン酸eIF2αは例外で、1:500で使用した。緩衝液を5分毎に交換しながら、一次抗体を15分間、0.1%TBSツィーンを用いて膜から洗い落とした。希釈率1:1000で二次抗体を使用し、45分後に洗い落とした。現像はECLにより行い、3〜6分間フィルムを現像した。濃度計によりブロットを走査して、差を定量化した。
【0134】
[00142]電気泳動移動度シフトアッセイ(EMSA)
DNA結合タンパク質を低張溶解により腫瘍試料から単離し、次いで、Andrews及びFallerの方法により核の高塩抽出を行った(Nucleic Acids Res.、19(9)、2499、1991)。Panomics EMSA「ゲルシフト」キットを使用し、製造者による取扱い説明に従ってEMSAを実施した。
【0135】
[00143]統計分析
少なくとも3回の反復実験について、平均値±SEMで結果を表す。一元配置分散分析(ANOVA)により群間の平均値の差を定量し、次いで、Tukey−Kramer多重比較検定を行った。0.05未満のP値を有意と見なした。
【0136】
[00144]結果
癌患者においては、体重減少は、生存時間短期化の独立した予測因子であるだけでなく、治療への応答も低下させ、同時に、治療に由来する毒性があることを予測させるものでもある(Ross,P.J.ら、Br.J.Cancer、90(10)、1905〜1911、2004)。体重減少は、サイトカイン、並びにタンパク質分解誘導因子(PIF)及び脂質動員因子(LMF)などの腫瘍因子により誘導される骨格筋及び脂肪組織の進行性萎縮によるものである(Tisdale,M.J.、Curr.Opin.Clin.Nutr.Metab.Care、5(4)、401〜405、2002)。そのような因子は、宿主の組織中だけでなく、原発腫瘍及び転移において代謝に影響することがある。したがって、LMFは、腫瘍中の、フリーラジカルの解毒に関与していると考えられる脱共役タンパク質(UCP)2の発現を誘導し、このタンパク質が、フリーラジカルによる損傷を生じさせる細胞傷害薬から腫瘍細胞を保護する(Sanders,P.M.及びTisdale,M.J.、Br.J.Cancer、90(6)、1274〜1278、2004)。乳癌細胞中のPIFコアペプチドであるデルミシジン(dermicidin)の発現は、細胞の成長及び生存を促進し、血清依存性を低下させる(Porter,D.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、100、10931〜10936、2003)。PIFは、自己リン酸化による二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼPKRの活性化が関与する機序により、転写因子である核因子−κB(NF−κB)の活性化を通じて筋萎縮を促進することが示されている(Eley及びTisdale、2007)。悪液質誘導性のMAC16腫瘍を保有するマウスにおいて低分子量のPKR阻害物質を使用する最近の研究(Eleyら、2007)により、PKR阻害物質は筋萎縮を軽減するだけでなく、腫瘍成長も阻害することが示された。これは驚くべきことであったが、その理由は、悪液質を誘導するヒト腫瘍と同様、MAC16腫瘍は高度に化学療法抵抗性だからである(Double,J.A.及びBibby,M.C.、J.Natl.Cancer Inst.、81(13)、988〜994、1989)。これは、PKRを阻害すると腫瘍成長阻害が誘導され、この効果の機序に迫る研究により、化学療法抵抗性の腫瘍の治療につながる深い理解が得られる可能性があることを示す最初の報告である。
【0137】
[00145]PKRと腫瘍成長との間を結び付ける1つの可能性には、NF−κBの活性化が含まれる。NF−κBの活性化は、腫瘍細胞の生存及び増殖、並びに浸潤及び血管新生、腫瘍転移にとっての決定的に重要な事象と結び付いていた(Karin,M.、Nature、441(7092)、431〜436、2006)。NF−κBは、直腸結腸の上皮性悪性腫瘍(Kojima,M.ら、Anticancer Res.、24(2B)、675〜681、2004)、膵臓腺癌(Wang,W.ら、Clin.Cancer Res.、5、119〜127、1999)及び肝細胞癌(Tai,D.I.ら、Cancer、89、2274〜2281、2000)などいくつかの腫瘍型において構成的に活性化されることが報告されている。NF−κBの構成的活性化の原因となる因子としては、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)、インターロイキン−1(IL−1)、pH及び低酸素症が挙げられる(Baldwin,A.S.、J.Clin.Invest.、107(3)、241〜243、2001)。悪液質誘導性の腫瘍によるPIFの産生は、悪液質の動物の骨格筋中で起きることから、NF−κBの構成的な活性化にもつながりかねない可能性がある(Wyke,S.M.ら、Br.J.Cancer、91(9)、1742〜1750、2004)。レスベラトロールにより骨格筋中でのNF−κB活性化を阻害すると、MAC16腫瘍保有マウスにおける腫瘍成長も阻害されたが、この機序については調査されなかった。NF−κBは、カスパーゼ活性の制御を通じて、アポトーシスを抑制する遺伝子の転写を活性化できる(Karin,M.ら、Nat.Immunol.、3(3)、221〜227、2002)。NF−κBによりアポトーシスを阻害すると、化学療法及び放射線照射に対し腫瘍が抵抗性になる(Bharti,A.C.及びAggarwal,B.B.、Ann.NY Acad.Sci.、973、392〜395、2002)ので、悪液質を生じさせる腫瘍が療法に対してなぜそれほど抵抗性であるかを説明できるであろう。
【0138】
[00146]この試験は、MAC16腫瘍の成長に対するPKR阻害物質の有効性を、MAC16腫瘍と組織学的に類似しているが悪液質を誘導しないMAC13腫瘍に対する有効性と比較し(Beck,S.A.及びTisdale,M.J.、Cancer Res.、47、5919〜5923、1987)、腫瘍成長阻害の機序を調査するものである。
【0139】
[00147]以前の研究(Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.、282、7087〜7097、2007)では、マウスにおける悪液質誘導性のMAC16腫瘍の成長を低減させるための低分子量のPKR阻害物質(8−[1−(1H−イミダゾール−4−イル)メト−(Z)−イリデン]−6,8−ジヒドロチアゾール[5,4−e]インドール−7−オン)を示した。図2に示す結果は、この阻害物質はin vitroでのMAC16腫瘍の成長も阻害し200nMで最大効果が得られたが、MAC13腫瘍の成長に対しては最大1000nMの濃度であっても効果がなかったことを示すものである。両方の腫瘍は、1,2−ジメチルヒドラジンの長期投与により誘導されたマウスの大腸の腺癌である(Cowen,D.M.ら、J.Natl.Cancer Inst.、64(3)、675〜681、1980)が、MAC16は悪液質を誘導する(Bibby,M.C.ら、J Natl Cancer Inst.、78(3)、539〜546、1987)一方、MAC13は誘導しない。図2の結果は、MAC16腫瘍ではリン酸化PKR(図3A)及びリン酸eIF2α(図3B)は両方とも高レベルで発現するが、MAC13腫瘍では発現しないことを示すものである。しかし、PKR及びeIF2αの両方の総量値は2つの腫瘍型において同様であった。PKR阻害物質を用いてMAC16腫瘍保有マウスを処置すると、PKR(図4A)及びeIF2α(図4B)の両方のリン酸化の増加が完全に低減する結果となったが、PKR及びeIF2αの総量値には影響がなかった。PKR阻害物質でMAC16細胞を処置すると、200nMの濃度で細胞成長が最大に阻害され、濃度が高くなるほど阻害の有効性は低下した(図2)。この効果がPKRの自己リン酸化の阻害と相関するかどうかを見るために、阻害物質がリン酸化PKR及び全PKRに及ぼす効果を、MAC16細胞及びMAC13細胞の両方において定量した(図5)。マウスにおける固形腫瘍と同様、MAC16細胞は高レベルのリン酸化PKRを示したが、MAC13は非常に低レベルを示した。PKR阻害物質は、MAC16細胞中のPKRの自己リン酸化を阻害し200〜300nMの間で最大効果が得られたが、それより高い濃度では有効性は低下した(図5A)。MAC13細胞におけるPKRの低レベルの自己リン酸化に対してはPKR阻害物質の効果はなかった(図5B)。いずれの細胞株においても、細胞における全PKRに対して阻害物質の効果はなかった。PKR活性化は骨格筋における20Sプロテアソームの発現を誘導することが示されていることから(Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.、282、7087〜7097、2007)、阻害物質の効果を定量した。MAC16(図5C)及びMAC13(図5D)の細胞は両方とも20Sプロテアソームを発現したが、発現は、MAC13細胞におけるよりもMAC16細胞において高かった。さらに、PKR阻害物質は、MAC16細胞における20Sプロテアソームの発現を低減させた(図5C)が、MAC13細胞においては低減させなかった(図5D)。そのうえ、異なる濃度のPKR阻害物質では、20Sプロテアソームの発現(図5C)とPKRの発現(図5A)との間に線形相関(相関係数0.957)があり(図5E)、このことから、MAC16細胞においては、20Sプロテアソームの発現はPKRの発現によっても制御される可能性が示唆される。
【0140】
[00148]MAC16腫瘍におけるタンパク質合成は、MAC13腫瘍と比較すると有意に抑制された(図6)が、恐らくそれは、eIF2αのリン酸化の増加によるものである。このことから、PKRのリン酸化はMAC16腫瘍の生存にとって重要である可能性が示唆される。PKRの機能の1つは、NF−κBの活性化の能力を有することである(Zamanian−Daryoush,M.ら、Mol.Cell Biol.、20、1278〜1290、2000)。図7A中のデータは、MAC16腫瘍においてNF−κBは高レベルに構成的に活性化されるがMAC13腫瘍においては活性化されないことを示す。MAC16腫瘍保有マウスをPKR阻害物質で処置すると腫瘍におけるNF−κBの構成的な活性化が低減するが、このことから、NF−κBの構成的な活性化はPKRの活性化から生じたことが示唆される。
【0141】
[00149]NF−κBの活性化は、ゲムシタビンに対する膵臓癌の化学療法抵抗性(Arlt,A.ら、Oncogene、22(21)、3243〜3251、2003)、及び5−フルロウラシル(5−FU)に対する胃癌の化学療法抵抗性(Uetsuka,H.ら、Exp Cell Res.、289(1)、27〜35、2003)において重要な役割を果たすことが示されている。PKR阻害物質によるNF−κBの下方制御がゲムシタビン及び5FUに対するMAC16細胞の感受性を増加させるか否かを確認するために、単独、又はPKR阻害物質(100nM又は200nMで)との組合せで薬剤が細胞成長に及ぼす効果を定量した(図8)。5FU単独では、1〜10μMの間の濃度でMAC16細胞の成長が有意に阻害され、この効果は、両方の濃度のPKR阻害物質により有意に増強された。同様に、ゲムシタビンに誘導されるMAC16細胞成長阻害も、両方の濃度のPKR阻害物質により増強された。この結果から、PKR阻害物質は細胞傷害剤に対するヒト腫瘍の化学感作において有用となる可能性が示唆される。
【0142】
[00150]考察
初期の研究により、PKRは腫瘍抑制因子として作用することが示唆されたが、その理由は、触媒的に不活性な突然変異型のPKRを3T3細胞に形質移入すると、細胞の形質転換がもたらされた(Koromilas,A.E.ら、Science、257、1685〜1689、1992)が、M1骨髄性白血病細胞において野生型PKRの活性を上方制御した結果、形質転換された表現型の逆転又はアポトーシスが生じた(Raveh,T.ら、J.Biol.Chem.、271(41)、25479〜25484、1996)からである。しかし、最近の研究(Kim,S.H.ら、Oncogene、19(27)、3086〜3094、2000;Yang,Y.L.ら、EMBO J.、14(24)、6095〜6106、1995)は、この仮説に疑問を投げかけている。例えば、PKRが欠損している遺伝子導入マウスは正常であり、腫瘍発生率の増加を示さない(Yangら、1995)。加えて、PKRの自己リン酸化及びeIF2αのリン酸化は、胸部の上皮性悪性腫瘍細胞株に由来する溶菌液中では、形質転換されていない上皮細胞株に由来するものと比較して 〜40倍高く(Kim,S.H.ら、Oncogene、19(27)、3086〜3094、2000)、培養物中においても、形質移入されていないメラニン形成細胞と比較してメラノーマ細胞中におけるほうが高い(Kim,S.H.ら、Oncogene、21(57)、8741〜8748、2002)。加えて、大腸の正常な粘膜から腺腫及び上皮性悪性腫瘍への形質転換は、PKR発現の増加と同時に生じた(Kimら、2002)。非形質転換細胞株におけるPKR活性のほうが低いのは、一部はPKRタンパク質レベルがより低いことによるものであり、一部は、細胞のPKR阻害物質として公知のP58の存在によるものであった(Kim,S.H.ら、2000)。
【0143】
[00151]本試験は、悪液質を有するマウスの腫瘍における自己リン酸化PKRの発現が上方制御されていることを示すものである。PKRの活性化はNF−κBの核結合の増加と関連があり、NF−κBの核結合の増加はPKR活性化の阻害により低減した。そのような腫瘍におけるNF−κBの活性化は、悪液質が炎症促進状態であることを示す臨床データと相関すると考えられる(McMillan,D.C.ら、Nutr.Cancer、31(2)、101〜105、1998)。マウスの腫瘍対(MAC16/MAC13)においては、低分子量のPKR阻害物質で処置すると、MAC16の増殖速度が阻害され、これにより、PKRリン酸化が上方制御されることが示されたが、MAC13腫瘍には効果がなく、MAC13はPKRの活性化を示さなかった。この結果から、PKRの活性化を示す悪液質誘導性の腫瘍のほうがPKR阻害物質の抗腫瘍効果を受けやすい可能性が示唆される。驚くべき観察は、PKR阻害物質はPKRを阻害するうえでは200nMの濃度で最大に有効であり、濃度が高くなると阻害効果が低下することであった。同様のことが、PIFの存在下でのマウスの筋管において観察された(Eley及びTisdale、2007)。PKR阻害物質は、PKRにおけるATP結合部位に向かい、同様のことは、無細胞翻訳アッセイにおいて別のATP結合部位に向けた阻害物質2−アミノプリンを用いた場合にも観察されている(Jammiら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、308、50〜57、2003)。この効果は、翻訳機構の他の構成要素の非特異的な阻害に起因するものであった。しかし、より高い濃度の阻害物質は、立体配座の変化を開始するPKRに結合し、これにより、ATPにより誘導される場合と同じように自己リン酸化が誘導される可能性がある(Lemaire,P.A.ら、J.Mol.Biol.、345(1)、81〜90、2005)。
【0144】
[00152]以前の研究(Zamanian−Daryoushら、2000)により、PKRはNF−κBを活性化できることが示されている。PKRは、物理的に、その触媒ドメインを通じて、上流のキナーゼIKKと相互作用し、それによりIκBにおける決定的に重要なセリン残基がリン酸化される結果、セリン残基が分解されて遊離NF−κBが放出され、次いで、遊離NF−κBが、核中のDNA上の特異的な結合部位に移動できる。PKRによるIKKの活性化は、直接的なリン酸化によってではなく、IKKβの自己リン酸化を刺激するタンパク質−タンパク質相互作用により生じるようである(Bonnet,M.C.ら、Mol.Cell.Biol.、20(13)、4532〜4542、2000)。しかし、αサブユニット上でのeIF2のリン酸化はNF−κBを活性化することも示されている(Jiang,J.Y.ら、Mol.Cell.Biol.、23(16)、5651〜5663、2003)。これにより、PKRの阻害がNF−κBの活性化を下方制御するのに役立つ可能性があると考えられる別の機序が示唆される。PKR阻害物質によるNF−κBの構成的な活性化の阻害は、少なくとも部分的には腫瘍成長速度の阻害に関与しているようである。PKRは、eIF2αのリン酸化及びNF−κBの活性化を通じて多くの異なる刺激により誘導されるアポトーシスを媒介する(Gil,J.及びEsteban,M.、Apoptosis.、5(2)、107〜114、2000)。しかし、PKRは、やはりNF−κBが介在する、アポトーシスを遅らせる生存経路も活性化する(Donze,O.ら、EMBO J、23、564〜571、2004)。したがって、NF−κBと同様、PKRは腫瘍細胞の生存又は死亡を促進すると考えられる。成長を促進することに加え、NF−κBは、血管内皮成長因子などの血管新生促進因子の発現を増加させることにより、腫瘍の血管新生の可能性を高め(Xiong,H.Q.ら、Int.J.Cancer、108(2)、181〜188、2004)、NF−κBにより制御された遺伝子産物は、癌細胞の遊走及び浸潤を促進する(Yebra,M.ら、Mol.Biol.Cell、6、841〜850、1995)。NF−κBは150を超える標的遺伝子の制御に関与しているが、PKR自己リン酸化の阻害によりその活性化を阻害するとマウスにおいて毒性は生じず、このことから、癌治療のための新しい治療レジメが示唆された。最近の研究(Kunnumakkara,A.B.ら、Cancer Res.、67(8)、3853〜6861、2007)では、NF−κB活性化の阻害物質であるクルクミンは、in vitroでのヒト膵臓癌細胞株の成長を阻害し、in vivoでのゲムシタビンの抗腫瘍活性を増強することが示されている。NF−κBは、膵臓癌におけるゲムシタビン抵抗性を促進するうえで(Arltら、2003)、並びにヒト胃癌細胞株における5−FU及びゲムシタビンに対する化学療法抵抗性において(Uetsukaら、2003)中心的役割を果たすことが示されている。このことから、PKR阻害物質は、化学療法薬に対する化学療法抵抗性の腫瘍を感作するうえで有用である可能性が示唆される。本試験では、PKR阻害物質は5−FU及びゲムシタビン両方の細胞傷害効果に対しMAC16細胞を感作することが示されており、このことから、そのような薬剤の別の治療的役割の可能性が示唆される。
【0145】
[00153]一部の腫瘍の増殖速度が遅く、この場合こうした腫瘍は化学療法及び放射線照射に対し非感受性になる理由を、PKRの活性化から明らかにできる。NF−κBの活性化に加え、PKRは、eIF2αのリン酸化も誘導し、これにより、eIF2.GDPをeIF2.GTPに変換するグアニンヌクレオチド交換因子eIF2Bの競合的阻害により翻訳開始が阻害される(Rowlands,A.G.ら、J.Biol.Chem.、263(12)、5526〜5533、1988)。しかし、ヒト乳癌細胞においては、タンパク質合成は高度のeIF2αリン酸化によっては阻害されず、その理由は恐らく、この細胞が、より高レベルのeIF2Bを含有しているからである(Kimら、2000)。
【0146】
[00154]本試験の結果から、PKR阻害物質の存在下におけるPKRのリン酸化レベルと20Sプロテアソームのαサブユニットの発現レベルとの間の直接的な関係が示される。このことから、腫瘍成長阻害の別の機序が得られると考えられる。2つの19S制御サブユニットと20Sのαサブユニットとの組合せにより形成される26Sプロテアソームは、p27及びp21など細胞周期制御に関与するタンパク質を分解する(Blagosklonny,M.V.ら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、227(2)、564〜569、1996)。ジペプチドであるボロン酸類似体PS−341(ベルケード(Velcade))で26Sプロテアソームを標的化阻害すると、ヒト膵臓癌細胞及び異種移植片において、増殖が遮断され、アポトーシスが誘導されることが示されている(Shah,S.A.ら、J.Cell Biochem.、82(1)、110〜122、2001)。PS−341は、ゲムシタビンに対しヒト膵臓癌細胞を感作させることも示されている(Bold,R.J.ら、J.Surge.Res.、100(1)、11〜17、2001)。したがって、PKR自己リン酸化阻害物質による腫瘍中でのプロテアソーム発現の阻害は、腫瘍成長の低減、及び標準的な化学療法剤に対する感受性の増加に関与している可能性がある。
【0147】
[00155]用語「約」は、本明細書中で使用する場合、数の範囲における両方の数を指すことは一般に理解されるべきである。さらに、本明細書中の全ての数的範囲には、その範囲内の全整数それぞれが含まれると理解されるべきである。
【0148】
[00156]本発明が、本明細書中で例証及び記載されたとおりの正確な構成に限定されるものでないことは理解されたい。したがって、本明細書中に記載の開示内容から、又はその内容から慣例的な実験法により当業者が容易に達成できる好都合な改変形は全て、添付の特許請求の範囲により規定されるとおり、本発明の精神及び範囲内にあるものと見なされる。
【発明の詳細な説明】
【0001】
[技術分野]
[0001]本発明は、治療に先立ち、又は治療と同時に、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つの阻害物質を含んでいる、哺乳動物対象における病気を防止及び治療するための組成物及び方法であって、治療の結果、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される組成物及び方法に関する。本発明の組成物及び方法は、PKR−Iによるリン酸化の阻害をさらに促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含んでいる。
【0002】
[発明の背景]
[0002]悪液質は、普通、癌、敗血症、うっ血性心不全、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患及びヒト免疫不全ウイルス感染症など、重症及び慢性の炎症性疾患に伴う急性炎症過程を包含するいくつかの疾患状態を伴う。悪液質は、さらに、筋肉が消耗する他の公知の疾患及び障害(例えば、筋肉減少症、加齢に伴う筋肉量の減少)を伴う。全癌患者の死亡の10%〜22%、並びに最初の外傷性事象後、数日から数週間にわたる敗血症性臓器不全及び栄養不良により起きる外傷死のおよそ15%は、悪液質が原因である。
【0003】
[0003]癌患者、とりわけ消化管癌患者は、進行性の骨格筋萎縮又は悪液質を呈し、これは、その結果として、患者の生活の質及び生存時間を低減する。患者における癌性悪液質は、食欲不振症、体重減少、早期満腹感、無力症(実際には力は低下していなくても脱力感を感じること)、除脂肪体重の減少及び多臓器不全を特徴とする。癌性悪液質に伴う除脂肪体重の減少は、個体を衰弱させて毎日の生活活動を困難にするだけでなく、化学療法及び/又は放射線療法を受ける力をもたないほどまで患者を衰弱させることがある。
【0004】
[0004]悪液質は、タンパク質合成の低下(同化低下)と内因性タンパク質の分解(異化)の上昇とが組み合わさり、その結果生じるアミノ酸が酸化することが原因である(O’Keefe,S.J.D.ら、Cancer Res.、50、1226〜1230、1990)。タンパク質分解増加の機序は、ユビキチン−プロテアソームタンパク質分解経路の発現増加に起因している。Khal,J.ら、Int.J.Biochem.Cell.Biol.、37、2196〜2206、2005。癌性悪液質においてタンパク質合成の維持ができないことの根底にある機序は未だ解明されていない。しかし、悪液質におけるタンパク質合成の低下及び筋原繊維タンパク質分解の増加を説明し得る機序が提案されたのは最近までである。この機序には、自己リン酸化による二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の活性化が関わっている。PIF(タンパク質分解誘導因子)及びAng II(アンギオテンシンII)などの薬剤によりPKRが活性化されると真核開始因子2α(eIF2α)のリン酸化が引き起こされ、その結果、GDP結合状態から活性なGTP結合形態へのeIF2の変換の変換を防止するグアニンヌクレオチド交換因子eIF2Bとの競合により、翻訳開始が阻害される。Russell,S.T.ら、Cell.Signalling、19、1797〜1806、2007。
【0005】
[0005]翻訳開始を介したタンパク質合成の制御
翻訳開始の制御には、(i)開始メチオニルトランファーRNA(met−tRNA)をリボソームの40sサブユニットに結合させること及び(ii)mRNAを43s開始前複合体に結合させることが関与している。第1段階中に、met−tRNAは、真核開始因子2(eIF2)及びグアノシン三リン酸(GTP)との三元複合体としてリボソームの40sサブユニットに結合する。この段階に次いで、GTPが加水分解してグアノシン二リン酸(GDP)となり、三元複合体からeIF2が放出される。eIF2は、開始ラウンドにもう1回関与するには、GDPをGTPに交換しなければならない。この交換は、eIF2上でのグアニンヌクレオチド交換を媒介する別の真核開始因子2、eIF2Bの作用により行われる。eIF2Bは、eIF2のαサブユニットにおけるeIF2のeIF2Bリン酸化により制御され、これによりeIF2は、基質からeIF2Bの競合阻害物質に変換される。
【0006】
[0006]第2段階では、43s開始前複合体へのmRNAの結合は、eIF4Fと総称される一群のタンパク質、すなわちeIF4A(RNAヘリカーゼ)、eIF4B(eIF4Aと連動して機能してmRNAの5’非翻訳領域における二次構造をほどく)、eIF4E(mRNAの5’末端に存在するm7GTPキャップに結合する)及びeIF4G(eIF4E、eIF4A及びmRNAのための足場として機能する)から成るマルチサブユニット複合体が必要である。eIF4F複合体は一体となって、mRNAを、認識し、ほどき、43s開始前複合体に誘導するように働く。eIF4EがeIF4F複合体の形成に使われる状態にあるかどうかは、翻訳抑制因子eIF4E結合タンパク質1(4E−BP1)により制御されるようである。今度は、4E−BP1が、eIF4Gと競合してeIF4Eに結合し、eIF4Eを不活性な複合体中へ捕捉できる。4E−BP1の結合は、ラパマイシンの哺乳動物標的(mTOR)というキナーゼによるリン酸化を通じて制御され、このとき、リン酸化が増加していると、eIF4Eに対する4E−BP1の親和性が低下する結果となる。
【0007】
[0007]PIF及びAng IIによるユビキチン−プロテアソーム経路の誘導には、転写因子である核因子−κB(NF−κB)の活性化が必要である。Wyke,S.M.及びTisdale,M.J.、Br.J.Cancer、92、711〜721、2005。PKRは、阻害タンパク質IκBの分解を結果としてもたらすであろう上流のキナーゼであるIκBキナーゼを活性化することが示されている。IκBが分解されると、今度はNF−κBの放出がもたされるであろう。放出されたNF−κBは核に移動し、その結果、特定の遺伝子が転写活性化されるであろう(Zamanian−Daryoush,M.ら、Mol.Cell Biol.、20、1278〜1290、2000)。変異体のPKRを含有する筋管は、PIF又はAng IIのいずれかに応答してNF−κBを活性化することはなく、ユビキチン−プロテアソーム経路を誘導することもなかった。こうした結果から、PKRによるユビキチン−プロテアソーム経路の誘導にはNF−κB活性が必要であることが示唆された。
【0008】
[0008]アミノ酸
20種のアミノ酸のうち9種はヒトにおいて必須と見なされるが、その理由は、こうしたアミノ酸を体は作ることができないからである。この9種のアミノ酸は、個体の食餌を通じて得なければならない。1種又は複数種のアミノ酸が欠乏すると、負の窒素バランスが生じる可能性があり、この状態では、タンパク質は作られているより速く分解するので、摂取されるより多くの窒素が排泄されることにより、酵素活性の破壊及び筋肉量の減少が生じることがある。
【0009】
[0009]インスリン、インスリン様成長因子及びアミノ酸などの同化因子は、タンパク質合成を増やし筋肉の肥大の原因となることが知られている。分枝鎖アミノ酸、とりわけロイシンは、翻訳開始を調節するシグナル伝達経路(mTOR及びeIF2が含まれることが多い)を開始させることができる。一例として、アミノ酸欠乏は、eIF2−αリン酸化の増加及びタンパク質合成の低下につながると考えられる。
【0010】
[0010]悪液質を有する患者においては、遊離アミノ酸の血漿レベルが一般に低下している。最大の低下は、ロイシン、イソロイシン及びバリンなどの分枝鎖アミノ酸(BCAA)について見られることが多い。筋タンパク質中の全アミノ酸の14〜18%を構成するBCAAは、タンパク質合成の構成要素及び調節因子として機能する。本明細書中で言及する3つのBCAAのうち、ロイシンは、筋タンパク質合成の刺激因子において最も強力であり、残りの2つの有効性はそれより低い。Anthony,J.C.ら(J.Nutr.、130、139〜145、2000)により報告されているように、タンパク質合成を刺激する機序は、4E−BP1(eIF4E結合タンパク質1)の過剰リン酸化による、翻訳開始におけるmRNA結合段階の活性化を経ており、この結果、今度は、不活性な4E−BPI−eIF4E複合体からeIF4Eが放出される。次に、放出されたeIF4EはeIF4Gと結合して活性のあるeIF4F複合体を形成する。eIF4F複合体の形成が増加すると、mRNAへの43S開始前複合体の移動及び動員が促進され、これによりペプチド鎖開始が促進される。
【0011】
[0011]PKR活性化に及ぼすBCAAの効果は未だ完全に研究されてはいないものの、Eleyらは、最近、ロイシン及びバリンなどのBCAAは、悪液質誘導性の腫瘍(MAC−16)を保有するマウスの体重減少を顕著に抑制し、その結果、タンパク質合成の増加及び分解の減少により骨格筋の湿重量が顕著に増加すると報告した。Eley,H.L.ら、Biochem J.、407(1)、113〜120、2007。PKRリン酸化に及ぼすロイシンのこの効果は、PPI(タンパク質ホスファターゼI)の発現増加によるものと思われ、PPIは、PKRのN末端制御領域に結合し自己リン酸化を阻害することが示されている(Tan,S.L.ら、J.Biol.Chem.、277、36109〜36117、2002。Eleyらによるこの研究は、MAC−16腫瘍保有マウスの骨格筋中及びPIFに暴露されたマウス筋管中のPKR及びeIF2αのリン酸化をロイシンが低減できることを示す初めての報告である。in vitroで用いられたロイシンの濃度(2mmole/l)は、Anthonyら(J.Nutr.、130、2413〜2419、2000)により以前報告された、体重1kg当たり1.35gでロイシンを投与した際のラットの血清中の濃度と同じである。
【0012】
[0012]一方、MAC−16腫瘍保有マウスにおける体重減少は、Eleyらにより報告されたように、eIF4Eの結合タンパク質である4E−BPIに結合しているeIF4Eの量の増加、及び4E−BPIの低リン酸化による活性なeIF4G−eIF4E複合体の進行性の減少と関連があった。これは、mTOR(ラパマイシンの哺乳動物標的)のリン酸化の低下に起因し得る。mTORリン酸化の低下は、p70S6k(70kDaリボソームS6キナーゼ)のリン酸化の減少の原因であり得る。eEF2(真核伸長因子2)が5倍増加することが認められ、そのような増加により、翻訳伸長の減少を通じてタンパク質合成も減少する。ロイシン処置は、この効果を、(1)mTOR及びp70S6kを増加させること、(2)4E−BPIの過剰リン酸化を引き起こすこと、(3)eIF4Eと結合する4E−BPIの量を減らすこと、(4)eIF4G−eIF4E複合体の形成の増加を引き起こすこと、並びに(5)それぞれタンパク質合成の増加及びタンパク質分解の増加の低減の原因となるelF2αリン酸化及びPKR活性化を低下させることにより、逆転させる。
【0013】
[0013]上記に基づき、PKRに対する阻害物質と分枝鎖アミノ酸などの栄養補助食品との組合せを一緒に用いて、癌性悪液質、又は他の疾患に伴う悪液質を治療及び防止できる。
【0014】
[0014]一方、本発明者らは最近、国際公開第2007/064618号パンフレット中で、哺乳動物における筋肉減少の治療において1つ又は複数の分枝鎖アミノ酸(BCAA)、BCAA前駆体、BCAA代謝産物、BCAAの豊富なタンパク質、BCAA含有量が豊富になるように操作されたタンパク質又はその任意の組合せの投与に関する研究について記載している。そのような投与に適した栄養製剤についても記載した。
【0015】
[0015]悪液質及び食欲不振症の防止及び治療は、未だ、医学界にとって現存する問題である。癌又は任意の疾患を保有する宿主において十分な筋肉量減少に対する栄養補助食品による補給は、ほとんど効果がないままである。したがって、化学療法、又は栄養及び化学療法を組み合わせて施す任意の形態の細胞傷害性の抗新生物療法の有効性を高めるための臨床的アプローチの改良の必要性が残っている。
【0016】
[発明の概要]
[0016]本発明は、治療に先立ち、又は治療と同時に、哺乳動物における二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つの阻害物質を含んでいる、病気を治療するための組成物及び方法であって、治療の結果、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される組成物及び方法に関する。加えて、本発明の組成物及び方法は、哺乳動物において、PKR−Iによるリン酸化の阻害を促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含んでいる。さらに、本発明は、化学療法剤を使用する癌症状、自己免疫又は他の障害を治療又は改善するうえで化学療法剤の有効性を高めるための組成物及び方法であって、少なくとも1つのPKR−Iを、少なくとも1つの栄養化合物を伴い又は伴わずに使用する組成物及び方法に関する。
【0017】
[0017]本発明の一特徴では、病気としては、癌、炎症性疾患、敗血症、うっ血性心不全、リウマチ性障害(強直性脊椎炎を非限定的に含む)、線維筋痛症、リウマチ性の臓器疾患(すなわち、心臓、肺、腎臓及び血管炎)、ループス(全身性エリテマトーデスなど)、側頭動脈炎及びリウマチ性多発筋痛症、シェーグレン症候群、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、ヒト免疫不全ウイルス感染症、免疫関連の病気(アレルギー状態を非限定的に含む)、喘息状態、及び臓器移植、移植又は輸血に関わる状態、糖尿病、乾癬性障害、皮膚疾患、細胞の老化、クッシング病、リウマチ熱及び早老症を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0018】
[0018]本発明の別の特徴では、少なくとも1つの増強物質は、PKR−Iと一緒に、罹患した哺乳動物における前述の病気の1つの重症度の改善又は軽減を促進する。
【0019】
[0019]本発明のまた別の特徴では、PKR−Iは、天然のものでも合成のものでもよく、単独、又は少なくとも1つの増強物質との組合せのいずれかで、経腸的又は非経口的に投与されてもよい。非経口投与経路は、皮下、静脈内、筋肉内又は局所の経路である。経腸投与に関しては、鼻腔内、口腔内、経鼻胃、経口胃、又は胃ポート、空腸ポート若しくは回腸ポートを経由するかいずれかによる投与であってもよい。
【0020】
[0020]本発明の別の特徴では、この組成物は栄養組成物である。増強物質は、PKRに対する阻害物質、PKR−I類似体、PKRのリン酸化阻害物質、化学療法剤、血管新生剤、血管拡張剤、カテキン−フラバノール、生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸、アミノ酸類似体、ヌクレオチド、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック、シンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA、MUFA及び抗酸化物質であってもよい。増強物質は、少なくとも1つのL−グルタミン作動薬、例えばL−テアニンであってもよい。ヌクレオチドは、RNA、例えば、アデニン、グアニン、ウラシル又はシトシンであってもよい。化学療法剤の例は、5−フロウロウラシル(Flourouracil)又はゲムシタビンである。アミノ酸の例は、ノルロイシン、アルギニン、L−シトルリン、L−テアニン又はグルタミンであってもよい。生物活性剤は、TGF−β1、TGF−β2、TGF−β3、TGF−β4又はTGF−β5であってもよい。
【0021】
[0021]PKR−Iは、哺乳動物における細胞成長又は細胞複製の阻害物質として機能できる。治療は、放射線療法又は化学療法の形態のいずれかであってもよい。
【0022】
[0022]本発明の組成物は、タンパク質ホスファターゼ−1α(PP1−A)の少なくとも1つの修飾物質をさらに含んでいてもよく、その際、PP1−Aは、リン酸化された形態のPKRを脱リン酸化する。加えて、少なくとも1つの修飾物質は分枝鎖アミノ酸であり、そのようなアミノ酸は、ロイシン、イソロイシン又はバリンである。
【0023】
[0023]さらに、本発明は、哺乳動物における病気を治療する方法であり、本明細書中に前述した組成物を哺乳動物に投与することを包含し、治療の結果、治療対象の哺乳動物における二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼの活性化が阻害される方法も包含する。
【0024】
[0024]本発明の他の特徴及び利点は、この後の詳細な説明において明らかである。しかし、この詳細な説明は、本発明の実施形態を示すものではあるとはいえ、限定ではなく例証のためにのみ記載するものであることは理解されるべきである。当業者であれば、本発明の範囲内の多様な変化形及び改変形が、この詳細な説明から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0025】
[0025]本発明のこれらの特徴及び他の特徴は、本発明の多様な実施形態を示す添付の図面と併せて、以下の本発明の多様な態様の説明から、より容易に理解されよう。
【0026】
【図1】PKR活性化を介した、骨格筋中のタンパク質合成の低下及びタンパク質分解の増加に至る経路を示す図である。
【図2】PKR阻害物質の濃度増加が、MAC16腫瘍(黒ダイヤモンド)及びMAC13腫瘍(黒四角)のin vitroでの成長に及ぼす効果を示すグラフである。実験は3回繰り返した。対照との差をc(p<0.001)として示す。
【図3A−3B】MAC16腫瘍(レーン1〜3)及びMAC13の腫瘍(レーン4〜6)におけるリン酸化形態及び全形態のPKR(3A)及びelF2α(3B)の発現を示すウエスタンブロッティングである。濃度測定分析は、リン酸化形態(pH)対全形態(tot)の比率を示し、3つの別々のウェスタンブロットの平均を表す。MAC16腫瘍との差をb(p<0.01)又はc(p<0.001)として示す。
【図4A−4B】溶媒(DMSO:PBSが1:20)対照(レーン1〜3)、又は1mgkg−1(レーン4〜6)若しくは5mgkg−1(レーン7〜9)の濃度のPKR阻害物質のいずれかをsac.注射により毎日投与する形でのMAC16腫瘍保有マウスの処置(Eleyら、2007)が、PKR(4A)及びeIF2α(4B)のリン酸化に及ぼす効果を示す図である。各群におけるマウスの数:n=6。濃度測定分析は、リン酸化形態(pH)対全形態(tot)の比率を示し、3つのウェスタンブロットの平均を表す。対照との差をc(p<0.001)として示す。
【図5A−5E】MAC16(5A及び5C)細胞及びMAC13(5B及び5D)細胞中でのPKR(5A及び5B)の自己リン酸化及び20Sプロテアーゼのαサブユニット(5C及び5D)の発現に対するPKR阻害物質の濃度の効果を示すグラフである。濃度測定分析は、リン酸化形態(pH)対全形態(tot)の比率を示し、3つの別々のウェスタンブロットの平均を表す。対照との差をa(p<0.05)、b(p<0.01)又はc(p<0.001)として示す。(5E)は、(5C)に示すPKR阻害物質の濃度で処置したMAC16細胞中で濃度測定により測定した20Sプロテアーゼのαサブユニットの発現と、(5A)中に示すリン酸化PKRのレベルとの間の関係。相関係数は0.957である。
【図6】方法の項に記載する、MAC13細胞及びMAC16細胞中における4時間の期間にわたるin vitroでのタンパク質合成を示すグラフである。MAC16腫瘍との差をc(p<0.001)として示す。
【図7A−7B】EMSAにより定量された、MAC16腫瘍中及びMAC13腫瘍中(7A)、並びに5mgkg−1のPKR阻害物質で4日間処置したマウス又は溶媒対照で処置したマウスから得たMAC16腫瘍中(7B)におけるNF−κBの核蓄積を示す図である。濃度測定分析は、3つの別々のブロットの平均を表す。(7A)におけるMAC16腫瘍との差はb(p<0.01)として示し、(7B)における溶媒対照との差はc(p<0.001)として示す。
【図8】5FUが、
【数1】
にて、単独で、又は100nM及び200nMのPKR阻害物質(PKR)と組み合わせた場合にin vitroにおけるMAC16細胞の成長に及ぼす効果、並びにゲムシタビンが、
【数2】
にて、単独で、又はPKR阻害物質と組み合わせた場合にMAC16細胞の成長に及ぼす効果を示すグラフである。100nM及び200nMでのPKR阻害物質単独の効果も示す。対照との差をb(p<0.01)又はc(p<0.001)として示し、PKR阻害物質の存在下での差をe(p<0.01)又はf(p<0.001)として示す。
【0027】
[好ましい実施形態の詳細な説明]
[0034]本発明は、二本鎖RNAタンパク質キナーゼ(PKR−I)の阻害物質を使用して癌を治療するうえで化学療法剤の有効性を高めるための方法であって、栄養化合物を伴う又は伴わない方法に関する。
【0028】
[0035]PKR阻害物質を使用することにより、タンパク質合成の低下は完全に低減し、eIF2αリン酸化の誘導が防止された(図1も参照)。PKR阻害物質は、PIF及びAng IIの両方により誘導されるタンパク質合成の低下も低減させ、マウス及びヒトの悪液質モデル両方におけるプロテアソームの発現及び活性の増加が防止された。PKRの自己リン酸化を介した、筋の悪液質におけるタンパク質合成の低下及びタンパク質分解の増加を明らかにする、提唱されている機序を図1にまとめる。Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.、282、7087〜7097、2007;Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、Br,J.Cancer、96、1216〜1222、2007;及びEley,H.L.ら、Br.J.Cancer、98(2)、443〜449、2008。このような知見に基づき、PKR阻害物質は、癌患者における、さらには悪液質を伴う他の疾患における筋萎縮を治療的に防止するために使用してもよい。
【0029】
[0036]例えば、本発明者らにより観察されたように、PKR及びeIF2α両方のリン酸化された形態のレベルは、PKR及びeIF2αの量に関わらず体重が減少しているヒト癌患者の筋肉において大きく高まった。PKRのリン酸化とeIF2αのリン酸化との間には線形関係が認められ、このことから、PKRがリン酸化した結果、eIF2αがリン酸化したことが示唆された。しかし、体重減少のレベルが増すにつれミオシンのレベルは減少した。ミオシン発現とeIF2αのリン酸化の程度との間における同様の線形関係。こうした知見から、PKRのリン酸化は癌患者における筋萎縮の重要な発動因子である可能性が示唆される。Eley,H.L.ら、Br.J.、Cancer、98(2)、443〜449、2008。
【0030】
[0037]本発明を何ら特定の機序に限定するものではないが、本発明の発明者らは、PKR−Iの投与は、化学療法剤(例えば、5−フルオロウラシル又はゲムシタビン)と組み合わせたほうが、どちらかを単独で使用した場合より有効に腫瘍細胞の成長を低下させることを見出している。結果として、PKR−Iの投与は、それが化学療法を増強することにおいては、直接的又は間接的であってもよい。5−フルオロウラシル又はゲムシタビンは両方とも、新生物の成長(例えば大腸癌)の治療に一般的に使用される化学療法化合物である。理論に拘束されるものではないが、極めて特定の濃度(最大効果は200nMにおいてであり、それより低濃度及びそれより高濃度では効果は低下する)で導入すると、PKR−Iは癌細胞の成長を低下させると考えられる。加えて、PKRを阻害すると、化学療法薬に暴露された癌細胞の増殖がさらに減少した。細胞の阻害は、いずれかの化合物単独の場合に観察される阻害と比較して相乗効果であるように思われる(図8を参照)。PKRI化合物と構造的に無関係の特定の栄養化合物を投与した場合も、癌細胞の成長を低下させ癌性悪液質を防止すると考えられる。しかし、栄養化合物は、Jammiら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、308、50〜57、2003により以前記載されたPKR−I化合物とは異なる機序により振舞う。
【0031】
[0038]本明細書中で使用する場合、用語「増強物質」又は「増強する」は、別の薬剤及び/又は栄養化合物と組み合わせて使用した場合に両方の薬剤/化合物の相乗効果を生み、その相乗効果がそれぞれ単独で使用した場合の効果の合計を超える化合物又は薬剤に関する。本発明によれば、増強物質としては、PKRに対する阻害物質、PKR−I類似体、PKRのリン酸化阻害物質、栄養補助食品又は栄養化合物、化学療法剤、血管新生剤、血管拡張剤、カテキンフラバノール、生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸又はアミノ酸類似体、ヌクレオチド又はRNA、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック又はシンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA及び/又はMUFA並びに抗酸化物質を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0032】
[0039]本明細書中で使用する場合、用語「治療」及び「治療する」は、予防的又は防止的な治療及び治癒的又は疾患緩和的な治療の両方を指し、これには、疾患に罹患するリスクがあるか、又は疾患に罹患している疑いのある患者、並びに病的状態であるか、又は疾患若しくは病態を有していると診断されている患者の治療が含まれる。これらの用語は、さらに、疾患に罹患してはいないが、窒素アンバランス又は筋肉減少などの不健康状態を生じやすい可能性のある個体における健康の維持及び/又は促進も指す。したがって、「有効量」は、個体における疾患若しくは病態を治療する量、又はより一般的には、個体に栄養的、生理的又は医学的な利益をもたらす量である。加えて、用語「個体」及び「患者」は、本明細書中ではヒトを指すために使用することが多いが、本発明を限定するものではない。したがって、用語「個体」及び「患者」は、当該治療から利益を得ることのできる一切の動物を指す。
【0033】
[0040]悪液質
悪液質又は消耗は、貧血(ヘモグロビン量の落込み)、食欲不振症(食欲の欠如又は重度の減退)、体重減少及び筋萎縮を特徴とする重度の栄養不良及び負の窒素バランスの状態である。悪液質における生理的変化、代謝的変化及び行動上の変化は、脱力感、疲労、胃腸障害、睡眠/覚醒障害、疼痛、だるさ、息切れ、嗜眠、鬱、倦怠感、並びに家族及び友人の負担になっているという不安といった患者の愁訴を伴う。悪液質は、いくつかの疾患において見られ、そのような疾患としては、AIDS、癌、股関節骨折後、慢性心不全、慢性閉塞性肺疾患及び慢性閉塞性肺性疾患などの慢性肺疾患、肝硬変、腎不全、関節リウマチ及び全身性ループスなどの自己免疫疾患、敗血症、結核、嚢胞性線維症、クローン病及び重度の感染症が挙げられるが、これらに限定されない。このような慢性の感染症及び悪性疾患に加え、悪液質は、広範な外傷受傷後の患者及び成長障害症候群を有する高齢者においても確認されている。
【0034】
[0041]癌性悪液質は、(1)食欲減退及び(2)栄養摂取不足のみから予測されるであろうより高速で優先的に筋肉減少を引き起こすストレスへの代謝応答という2つの主要素が原因である。したがって、癌患者における筋肉量の減少の速度を改善するための栄養補助食品があれば、そうした食品は重要な臨床的影響をもつことになろう。
【0035】
[0042]癌性悪液質は、腫瘍の局所的効果であるだけではない。タンパク質、脂肪及び炭水化物の代謝の変化が一般に生じる。例えば、炭水化物代謝の異常としては、総グルコースの代謝回転速度の増加、肝臓の糖新生増加、耐糖能障害及び血糖値高値が挙げられる。脂肪分解の増加、遊離脂肪酸及びグリセロールの代謝回転の増加、高脂血症、及びリポタンパク質リパーゼ活性の低下が観察されることが多い。0 癌性悪液質に伴う体重減少は、体脂肪貯蔵の低下によるだけでなく、広範な骨格筋消耗を伴う全身のタンパク質量の減少によっても引き起こされる。タンパク質代謝回転の増加、及びアミノ酸酸化の制御が不十分であることも重要である可能性がある。癌に応答して産生される宿主由来因子、例えば、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)又はカケクチン、インターロイキン−1(IL−1)、IL−6、γ−インターフェロン(γ−IFN)及びプロスタグランジン(PG、例えばPGE2など)の存在が悪液質の原因因子として関係付けられている。
【0036】
[0043]体重減少は、肺及び消化管の上皮性悪性腫瘍に罹患している患者においては普通であり、それが原因で体脂肪及び筋タンパク質の両方が大量に減少しても、筋肉以外のタンパク質は影響を受けないままである。エネルギー貯蔵の観点からは体脂肪の減少は重要であるが、動けなくなり、最終的に呼吸筋機能障害が生じて、沈下性肺炎から死に至る結果をもたらすのは、骨格筋タンパク質の減少である。悪液質は、食欲不振症を伴うことが多いが、栄養補給のみでは安定体重を維持できず、体重が増えたとしても、それは除脂肪体重ではなく、脂肪組織及び水の増加によるものである。
【0037】
[0044]二本鎖(ds)RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)
本明細書中で使用する場合、用語「PKR」は、タンパク質の機能を有し、以下のタンパク質の名で呼ばれることもあるタンパク質を指す:「二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ」、二本鎖RNA依存性eIF−2αキナーゼ」、「DAI」(Jimenez−Garciaら、J.Cell Sci.、106、11〜12、1993)、「dSI」、「p68(ヒト)又はp65(マウス)キナーゼ」(Leeら、J.Interferon Cytokine Res.16、1073〜1078、1996)又はdsRNA−PK。Clemensら、J.Interferon Res.、13、241、1993も参照のこと。PKRは、キナーゼ活性を有することが知られる唯一同定された二本鎖RNA結合タンパク質である。PKRは、セリン/トレオニンキナーゼであり、その酵素的な活性化には、二本鎖RNA結合及びその結果生じる自己リン酸化が必要である(Galabru,J.&Hovanessian,A.、J.Biol.Chem.、262、15538〜15544、1987;Meurs,E.ら、Cell、62、379〜390、1990)。最もよく特徴付けされたPKRのin vivoでの基質は、真核開始因子−2(eIF−2α)のαサブユニットであり、これは一旦リン酸化されると、最終的には細胞及びウイルスのタンパク質合成を阻害することになる(Hershey,J.W.B.、Ann.Rev.Biochem.、60、717〜755、1991)。PKRのこの特定の機能は、IFN−α及びIFN−βの抗ウイルス活性及び抗増殖活性の媒介に関与する機序の1つとして提唱されている。PKRについての追加的な生物学的機能は、シグナル伝達物質としての推定される役割である。Kumarらは、PKRはIκBαをリン酸化することができ、その結果、核因子κB(NF−κB)の放出及び活性化がもたらされることを実証した(Kumar,A.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、91、6288〜6292、1994)。IFN−bプロモーター中のよく特徴付けられたNF−κB部位であれば、この部位は、PKRがIFN−b転写の二本鎖RNA活性化を媒介する機序を表すことができる(Visvanathan,K.V.&Goodbourne,S.、EMBO J.、8、1129〜1138、1989)。
【0038】
[0045]PKRの活性化には、二本鎖RNAに縦並びで結合する2つの分子が関わっており、次に、分子内の事象において互いにリン酸化する。(Wuら、1997、J.Biol.Chem、272、1291〜1296)。PKRは、in vivoでの制御機序としてアポトーシスに依存する過程(抗ウイルス薬活性、細胞成長制御及び腫瘍形成など)において関係があるとされている(Donzeら、EMBO J.、14、3828〜3834、1995;Leeら、Virology、199、491〜496、1994;Jagusら、Int.J.Biochem.Cell.Biol.、1989、第9巻、1576〜86)。
【0039】
[0046]PKR阻害物質(PKR−I)
PKRは、さまざまな細胞過程に関与しており、そのような過程としては、シグナル伝達、分化及びアポトーシスが挙げられる。PKR阻害物質(PKR−I)は、本発明によれば、異常な細胞応答、例えば、神経変性障害(例えば、ハンチントン病、アルツハイマー病及びパーキンソン病)に伴う障害を治療するために使用してもよい。本発明の組成物、キット及び方法における使用に適していると考えられるPKR阻害物質には、以下の中に記載のものが含まれる:Shimazawaら、Neurosci.Lett.、409、192〜195、2006、Peel、J.Neuropathol.Exp.Neurol.、63、97〜105、2004、Bandoら、Neurochem.Int.、46、11〜18、2005、Peelら、Hum.Mol.Genet.、10、1531〜1538、2001、及びChangら、J.Neurochem.、83、1215〜1225、2002。
【0040】
[0047]PKR−I類似体としては以下を挙げることもできるが、これらに限定されない:2−アミノプリン(2−AP)、9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、リン酸塩、9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、塩化水素塩、6−ブロモ−9−(4−ブロモ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−ブロモ−9−(4−ブロモ−3,5−ジメチル−1−オキシピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、2−(2−アミノ−6−クロロプリン−9−イルメチル)−3,5−ジメチルピリジン−4−オール、9−(4−アリルオキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−6−クロロ−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−[4−(2−エトキシエトキシ)−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル]−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(4−シクロプロピルメトキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(4−イソブトキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(4−クロロ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、6−クロロ−9−(3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン及び6−ブロモ−9−(4−メトキシ−3,5−ジメチルピリジン−2−イルメチル)−9H−プリン−2−イルアミン、リン酸塩。PKR阻害物質類似体は、Jammiら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、308、50〜57、2003中に記載がある(Calbiochem Cat.No.527450)。
【0041】
[0048]用語「PKR発現」は、PKRコード核酸配列の転写及び翻訳を指し、その産物としては、前駆体RNA、mRNA、ポリペプチド、翻訳後処理されたポリペプチド及びそれらの誘導体が挙げられ、マウス又はサルの酵素など、他の種に由来するPKRも含まれる。例として、PKR発現のためのアッセイとしては、自己リン酸化アッセイ(Der及びLau、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、92、8841〜8845、1995)、eIF2αリン酸化のためのアッセイ(Zamanian−Daryoush,M.ら、Oncogenes、18、315〜326、1999)、PKRの免疫沈降により実施するキナーゼアッセイ及びキナーゼのためのin vitroアッセイ(Zamanian Daryoush,M.ら、Mol.Cell.Biol.、20、1278〜1290、2000)が挙げられる。PKRの発現及び/又は産生のための例示的なアッセイとしては、ウェスタンブロット等のタンパク質アッセイ、及び、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)アッセイ、ノーザンブロット分析、ドットブロット分析、又はPKRコード核酸配列に基づき適切に標識されたプローブを使用するin situでのハイブリダイゼーション分析などのPKR mRNAのためのアッセイが挙げられる。
【0042】
[0049]先に述べたように、PKRは、体内又は細胞内でタンパク質の分解に関与する一連の他の細胞タンパク質をリン酸化するタンパク質である。分解標的となるこれらのタンパク質は横紋筋タンパク質に限定されず、構造タンパク質又は制御タンパク質のいずれかである細胞タンパク質(例えば、酵素及びシグナル伝達タンパク質、アクチンフィラメントなど)も含まれる。その結果、PKRタンパク質を阻害すると、細胞タンパク質の分解を制御する機序が変質することが示されている。PKRを阻害すると正常なタンパク質代謝が妨げられ、新しいタンパク質の分解及び合成が両方とも制限されると考えられる。
【0043】
[0050]本発明によるPKR−Iの投与から得られる用途及び利益について、以下に検討する。
【0044】
[0051]癌療法適用において:PKR阻害物質(PKR−I)は、ユビキチンが介在するプロテオソーム経路に関連するタンパク質分解を阻害することが示されていることから、PKR−Iは、本明細書中に記載の実施例により実証するように、腫瘍細胞の複製を減らし、それにより腫瘍成長を遅らせると考えられる。PKR−Iを使用すると、腫瘍細胞数の減少も促進できる。腫瘍阻害の機序は、完全には解明されていないが、細胞の完全性を維持するために必要な細胞複製サイクルを制御するタンパク質並びに細胞内タンパク質の妨害を挙げることができる。
【0045】
[0052]先に報告したように、PKR−Iは、癌性悪液質において上方制御されていることの多い骨格筋のタンパク質分解を阻害するために使用できる。癌性悪液質は、典型的には、痩せた筋組織を非常に急速に減少させ、ひいては患者が死亡するリスクを高める結果となる。
【0046】
[0053]全身投与に対し、腫瘍の中へのPKR−Iの局所注射は、細胞内のタンパク質代謝の制限を通じて腫瘍細胞の成長を制限しながら、正常な骨格筋代謝(タンパク質分解を含む)を保持すると考えられる。
【0047】
[0054]自己免疫疾患において:過剰炎症の結果、炎症応答を制御する過剰なタンパク質が産生されることが多い。過剰炎症は筋肉減少、及び外傷からの回復遅延化に直接関係があることから、炎症応答を調節することが望ましい。その結果、PKR−Iの投与により利益がもたらされて炎症調節タンパク質(例えば、急性期タンパク質(CRP)、インターロイキン(IL−6、IL−1など))を産生する細胞の過剰な生成が制限されると考えられる。
【0048】
[0055]バランスがとれ制御された様式での自己免疫は、可能性のある新生物細胞の免疫監視にとって必要である。自己免疫は、いくらか副作用を有するが、それでもやはり、重要で自然な過程である。したがって、タンパク質性のサイトカインの産生に関与する免疫細胞が過剰に作られることを防止すれば、免疫応答が制限され、自己免疫疾患が防止されると予想される。
【0049】
[0056]例えば、全身性エリテマトーデス(SLE)においては、活性化したSLE T細胞中でPKRが過剰発現し、それに相関してeIF2αリン酸化が増加する。PKRの高度な発現、それに次ぐeIF2αのリン酸化は、少なくとも部分的には、SLE患者のT細胞におけるマイトジェンに対する翻訳性及び増殖性の応答障害の原因になりがちと考えられる。Grolleau,A.ら、J.Clin.Invest.、106(12)、1561〜1568、2000。
【0050】
[0057]アレルギーにおいて:多様な抗原又はエフェクターに対するアレルギー反応には、タンパク質性の免疫グロブリンE(IgE)が介在するが、IgEは、B細胞が抗原(例えば花粉)に接触したときにB細胞により産生される。したがって、PKR−Iを使用すると、B細胞の制限を通じてIgEの産生を減らすことによりその者に利益がもたらされると考えられる。このことは、オマリズマブ(ゾレア(Xolair)(登録商標)、Novartis)と呼ばれる異なる型の化合物によりもたらされる機能に類似している。タンパク質分解阻害物質と対照的に、オマリズマブは、アレルギー性過敏症を軽減させる目的で行われるアレルギー関連の喘息療法において使用されるモノクローナル抗体である。
【0051】
[0058]慢性閉塞性肺疾患(COPD)において:COPD(「慢性気管支炎」を含む)に伴う状態は、粘液を産生する気道の杯細胞の過形成及び肥大に関連する場合が多いことから、PKR−Iを使用するとCOPDに伴う症状が軽減されると考えられる。したがって、気道閉塞の原因となる粘液の分泌を減らせば、PKR−Iによる治療を受ける者に有益と考えられる。加えて、COPDは炎症を伴い、それに次ぎ、気道を狭める組織の瘢痕化及びリモデリングが生じる。
【0052】
[0059]局所施用において:PKR−Iは、さまざまな皮膚疾患にとって有益であると考えられ、そのような疾患としては、アトピー性皮膚炎、湿疹及び乾癬が挙げられるが、これらに限定してはならない。アトピー性皮膚炎では、炎症を起こし、刺激され及び荒れた皮膚を生じさせる免疫系による過剰な反応があるが、これをPKR−I投与により制御できる。
【0053】
[0060]免疫栄養において:セカンドジェネレーションインパクト(Second Generation Impact)(登録商標)などの免疫栄養を使用して炎症を調節し感染症を低減させることは、癌の外科手術を受ける患者においては普通である。PKR−Iによりサイトカイン産生をさらに制御すると、炎症性サイトカインの過剰発現が低下すると予想される。
【0054】
[0061]化学療法において:最近の調査から、乳から単離された特定の生物活性ペプチドは、G0期(細胞老化)において細胞周期が停止すると細胞保護特性を有することが示唆されている。PKR−Iは、細胞周期を制御するタンパク質の分解を変化させると考えられる。結果として、能動的な化学療法及び放射線療法中の細胞複製を制限すると、健康な細胞が保護されると考えられる。
【0055】
[0062]糖尿病において:I型の場合は、自己免疫の場合と同様、前述のとおりである。II型の場合は、完全にインスリン依存性の成人発症型糖尿病の最終段階の前に、膵臓のβ細胞が過剰なインスリンを分泌する。その結果、PKR−Iは、インスリンの過剰分泌を防止するための限局投与において有用であろうと考えられる。
【0056】
[0063]クッシング病において:クッシング病は、過剰なコルチゾールの分泌を促進する脳下垂体中に腫瘍が存在することにより生じる。その結果、PKR−Iを局所投与及び/又は全身投与すると、腫瘍成長が防止され、恐らくコルチゾールの合成が減るであろうと考えられる。追加的な利点は、コルチゾールが除脂肪体重減少を促進する他の慢性のストレス応答においても見ることができる。
【0057】
[0064]臓器移植において:PKR−Iを使用すると、異質な抗原提示に反応することにより臓器拒絶反応を誘発する免疫タンパク質の発現が低下する。
【0058】
[0065]リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患において:リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患は、A群レンサ球菌への感染により生じる未治療又は治療が不十分な連鎖球菌感染症の稀な合併症として生じることがある炎症性疾患である。リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患の正確な原因は解明されていないが、医学研究では、特定の型の連鎖球菌により産生される抗原に対する異常な免疫系応答に注目してきた。感染症により生じる抗原応答の結果、臓器、筋肉及び関節を誤って攻撃する抗体が産生される。リウマチ熱及びリウマチ性の臓器疾患には治療法がないが、この疾患に対する医学的治療には、レンサ球菌感染症を治療し、将来的な感染を防止するための抗生物質投薬が含まれ、他の薬物は疾患の症状を緩和する。したがって、抗体の産生を一時的に減少させて抗生物質療法のための時間を作ることが、PKR−Iを介したタンパク質合成の阻害により達成されると考えられる。
【0059】
[0066]早老症において:早老症(Progeria)(ギリシャ語で「高齢」)は、具体的には、ハッチンソン−ギルフォード早老症症候群、又は全般には、他の老化加速疾患を指す。早老症は、老化のいくつかの側面が全般に加速する極めて稀な疾患で、この疾患に罹患して13歳を超えて生存する子供はほとんどいない。この疾患は遺伝子疾患であるが、散発的に起こり、家族内で遺伝しない。早老症の公知の治療法はないが、いくつか発見はあった。成長ホルモン(Sadeghi−Nejad,A.ら、J.Pediatr.Endocrinol.Metab.、20(5)、633〜637、2007)及びファルネシル転移酵素阻害物質(Meta,M.ら、Trends Mol.Med.、12(10)、480〜487、2006)を用いた治療が提案されている。2003年には、M.Erikssonらにより、早老症は新規の優性形質であり、新しく宿った子供における、又は両親のうち一方の配偶子における細胞分裂中に生じる可能性があることが報告された。この疾患の原因は、染色体1上のLMNA(ラミンA)遺伝子における突然変異である。早老症では、プレラミンAを切断してラミンAにするのに酵素(プロテアーゼ)が必要な認識部位が突然変異する。ラミンAは、産生できず、プレラミンAは核膜上に蓄積し、それが原因で、特徴的な、核の小疱形成が生じる(Lans,H.ら、Nature、440(7080)、32〜34、2006)。この結果、早老症の早期老化症状となる。早老症患者の細胞をLMNAの若年及び高齢のヒト対象の皮膚細胞と比較した試験では、一定の核タンパク質の下方制御、DNA損傷の増加、及びヘテロクロマチンの減少の原因となるヒストンの脱メチル化など、早老症及び高齢者の細胞においては同様の欠陥が見出された。核ラミナの機能異常に関与するタンパク質(例えばプレラミンA)などのタンパク質の発現を低下させるためにPKR阻害物質を使用すると、結果として早期老化が生じることが報告されている。
【0060】
[0067]用語「アミノ酸」は、本明細書中で使用する場合、特に明記しない限り、少なくとも1つの必須アミノ酸、例えば、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、トリプトファン、バリン若しくはヒスチジン;条件付きで必須アミノ酸、例えば、チロシン、システイン、アルギニン若しくはグルタミン;又は非必須アミノ酸、例えば、グリシン、アラニン、プロリン、セリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、アスパラギン、タウリン若しくはカルニチンを指す。
【0061】
[0068]用語「必須アミノ酸」(EAA)は、本明細書中で使用する場合、特に明記しない限り、以下のアミノ酸のうち1つの少なくとも源を指す:イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、トリプトファン、バリン及びヒスチジン。
【0062】
[0069]加えて、アミノ酸の、アルギニン、システイン、グリシン、グルタミン及びチロシンは、条件付きで必須と考えられるが、その意味は、これらのアミノ酸は食餌中では普通必要ではないが、十分な量で合成されない特定の集団には外因的に補給しなければならないということである。
【0063】
[0070]本明細書中で使用する場合、「分枝鎖アミノ酸」は、例えば、ロイシン、イソロイシン又はバリンなどのアミノ酸のうちの少なくとも1つを指す。
【0064】
[0071]L−テアニン又はγ−エチルアミノ−L−グルタミン酸(サンテアニン(Suntheanine)(商標)としても知られる)は、茶の葉、例えば、紅茶、ウーロン茶及び緑茶(茶の煎じ汁)中においてのみ見出される独特のアミノ酸である。テアニンは、グルタミンに関連があり、血液脳関門を通過できる。テアニンは、脳に入ることができるので、精神活性特性を有する。テアニンは、精神的及び身体的なストレスを低下させることが示されており、くつろぎの感情を生じさせることができ、カフェインと組み合わせて摂取すると認知及び気分が改善される。L−テアニンは、くつろぎの指標であるα脳波の発生を促進することが示されている。微生物感染症及び恐らくさらには腫瘍に対する自然な抵抗力を高める可能性もある。50〜200mgの用量により、くつろぎ効果をもたらすことができる。免疫系機能促進のためのL−テアニンの用量は提案されていないが、予備研究におけるボランティアは、1日およそ600mLの茶を摂取した。
【0065】
[0072]本明細書中で使用する場合、「プレバイオティック」は、宿主又は対象の消化管に供給されると、病原性の細菌種に対し1つ若しくは限定数の有益な細菌種の成長及び/又は活性を選択的に刺激する非消化性の食品成分である。プレバイオティックとしては、酵母、酵母培養物、真菌培養物、並びに多糖及びオリゴ糖(フルクトオリゴ糖(FOS)など)などの公知の食物繊維並びにグアーゴム、特に部分的に加水分解されたグアームゴム(PHGG)及びペクチンが挙げられる。「プロバイオティック」は、宿主又は対象の消化管に導入されると、事実上コロニー形成し有益な効果をもたらす実際の細菌種である。好ましくは、プロバイオティックは、乳酸菌及びビフィズス菌のうち1つ又は複数を包含する。用語「シンバイオティック」は、プレバイオティックとプロバイオティックとの混合物で、宿主又は対象の消化管中で、生きた微生物性の栄養補助食品の生着及び植付けを向上させることにより宿主に有益に作用するものを指す。
【0066】
[0073]「必須脂肪酸」又は「EFA」は、体が使用でき、飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸又は一不飽和脂肪酸のいずれかに分類できる任意の脂肪酸で、自然において見出すことができるか、又は合成により作製できるものを指し得る。EFAとしては、コレステロール、プロスタグランジン、レシチン、コリン、イノシトール、共役リノレン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、α−リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサン酸(docosahexanoic acid)、リノレン酸、γ−リノレン酸、ω−3脂肪酸、ω−6脂肪酸、ω−9脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、長鎖多価不飽和脂肪酸、アラキドン酸、一不飽和脂肪酸、脂肪酸前駆体及び脂肪酸誘導体を挙げることができるが、これらに限定されない。本発明による、悪液質又は食欲不振症を防止又は治療するための有用な組成物としては、少なくとも1つのEFAの混合物の組合せを挙げることができる。
【0067】
[0074]前述した栄養分の毎日の投与量は、個体又は対象の体重、性別、年齢及び/又は病態に応じて変化させてもよい。
【0068】
[0075]栄養介入
能動的な放射線療法及び/又は化学療法による治療の間に、又は本発明によるPKR−Iと組み合わせて使用して所望の効果を得る間に細胞傷害性を高めるための標的の栄養分の使用は、以下のとおりである。
【0069】
[0076]細胞傷害性において:フリーラジカルを誘導する栄養分は、疾患に罹った細胞及び腫瘍細胞への損傷を増加させると考えられる。例としては、
a.鉄、亜硝酸塩/硝酸塩
b.低濃度のビタミンE、C、Bの複合体及びセレン及び他の抗酸化物質
c.グルタミンの取込みを遮断するための高フィチン酸塩(二価のキレート剤)、L−テアニン
が挙げられる。
【0070】
[0077]細胞保護においては、以下の栄養分は、化学療法中の免疫攻撃並びに細胞の損傷及び傷害から正常な細胞を守ると考えられる:
a.抗酸化物質:グルタミン、システイン、ビタミンA、C、E及びセレン
b.同化のためのリシン→ノルロイシン(BCAA類似体)
c.同化のためのヌクレオチド(又は循環しているヌクレオチド断片)
d.高多価不飽和脂肪酸(PUFA)/一不飽和脂肪酸(MUFA):膜の流動性を高め、反応性オキシダントによる損傷を防止する
e.シアル酸オリゴ糖:腸細胞の健康を改善し病原性の生物及び化合物の侵入を減らす。
【0071】
[0078]プロバイオティック、プレバイオティック及びシンバイオティックなどの製品の使用については十分実証されている。例えば、プロバイオティックは、(a)抗生物質、ロタウイルス感染、化学療法に伴う下痢、及びより低い程度の旅行者の下痢の頻度及び持続期間を低下させること、(b)細胞性免疫及び体液性免疫を刺激すること並びに(c)アンモニウム及び発癌促進性の酵素など、大腸中の望ましくない代謝産物を減少させることが知られている。プロバイオティックは、癌防止において役割を有する可能性がある。Schrezenmeir,J.ら、Am.J.Clin.Nutr.、73(付録)、361S〜364S、2001を参照。本明細書中で使用する場合、用語「プロバイオティック」は、宿主の区画中の微生物叢を変化させ(植付け又はコロニー形成により)、それによりこの宿主において有益な効果を発揮する十分な数で生存可能な規定微生物を含有する調製物又は製品を指す。用語「プレバイオティック」は、1つ若しくは限定数の細菌の、大腸中での成長及び/又は活性を選択的に刺激することにより、宿主に有益に作用する非消化性の食品成分を指す。例えば、ビフィズス菌であれば、フルクトオリゴ糖、イヌリン、トランスガラクトシル化オリゴ糖及び大豆オリゴ糖などの物質の摂取により促進されると考えられる。製品がプロバイオティックとプレバイオティックとを含有する場合は、用語「シンバイオティック」を使用する。「シンバイオティック」という用語は相乗作用の意味を感じさせるので、プレバイオティック化合物がプロバイオティック化合物に選択的に有利に働く製品については、その用語の使用を控える。厳密に言うと、シンバイオティックは、オリゴフルクトースと、ビフィズス菌を増殖させるプロバイオティック菌とを含有する製品のことである。Schrezenmeir,J.ら、2001、上記を参照。
【0072】
[0079]栄養化合物と共に用いるか否かに関わらず、キナーゼ阻害物質を使用すると、癌腫瘍の治療における化学療法剤の有効性は増強される。追加的な利点としては、筋肉減少、具体的には癌性悪液質を制御する代謝経路の栄養調節が挙げられる。
【0073】
[0080]PKR−Iの投与時には、二本鎖RNAタンパク質キナーゼをリン酸化すると、細胞(MAC16固形腫瘍)の成長は、化学療法剤(例えば、5−フルオロウラシル又はゲムシタビン)と組み合わせたほうが、いずれかを単独で使用した場合より有効に低下する結果となった。
【0074】
[0081]加えて、PKR阻害物質の投与は、炎症促進性サイトカインである核因子−κ−B(NF−κB)の活性型を減らすために用いてもよい。NF−κBは、化学療法薬、例えばゲムシタビン(Arlt,A.ら、Oncogene、22(21)、3243〜3251、2003)及び5−FU(Uetsuka,H.ら、Exp Cell Res.、289(1)、27〜35、2003)に対するある種の腫瘍細胞による抵抗性に関連があると考えられる。結果として、PKR阻害物質の投与は、それが化学療法を増強する能力においては直接的又は間接的的であってもよい。前述の化学療法薬は両方とも、新生物の成長(例えば大腸癌)の治療において普通に使用される化合物である。
【0075】
[0082]本発明者らは、PKR阻害物質は極めて特定の濃度(最大効果は200nMにおいてであり、それより低濃度及びそれより高濃度では効果は低下する)で導入すると、癌細胞の成長を低下させることを示した。加えて、PKRを阻害すると、化学療法薬に暴露された癌細胞の増殖がさらに減少した。細胞の阻害は、いずれかの化合物単独の場合に観察される阻害と比較して相乗効果であったように思われる(図8を参照)。PKR阻害物質化合物と構造的に無関係の特定の栄養化合物の投与によっても、癌細胞の成長は低下し癌性悪液質は防止されると考えられる。しかし、栄養化合物は、以前記載されたPKR阻害物質(複数可)化合物(Jammiら、2003)とは異なる機序により作用する。
【0076】
[0083]化学療法による免疫抑制の栄養的緩和
免疫抑制を生じさせるいくつかの化学療法剤が知られており、2つの例として、5−フロウロウラシル及びゲムシタビンが挙げられる。
【0077】
[0084]5−フロウロウラシル(5−FU)は、腸、胸、胃及び食道の癌などいくつかの型の癌の治療薬として提供される一般的な化学療法薬である。5−FUの使用に伴う合併症は、感染症に対する抵抗性の低下である。5−FUは、骨髄による白血球の産生を減少させ、患者の感染症へのかかりやすさを増す可能性がある。
【0078】
[0085]ゲムシタビンは、非小細胞肺癌、膵臓癌、膀胱癌及び乳癌の治療薬として提供される化学療法薬である。ゲムシタビンも、骨髄による白血球の産生を減少させ、感染症に対する患者の感受性を高める可能性がある。免疫機能の顕著な低下は、典型的には治療薬投薬の7日後に始まり、感染症に対する抵抗性は、典型的には、化学療法の10〜14日後の間が最も低い。血球は、多くの場合、着実に増加し、化学療法の次回のコース予定の前に正常レベルに戻ることになる。
【0079】
[0086]グルタミンは、免疫機能を支えることにより、化学療法を受けている患者に利益をもたらすと考えられる。栄養分と化学療法との相互作用は、これまでに提唱されている。抗酸化薬は、細胞内の薬物を早すぎる段階で分解することにより化学療法の有効性を低下させるが、このことは、健康な細胞には有益であるが腫瘍細胞中では望ましくない。アミノ酸のグルタミンは、細胞間の抗酸化薬グルタチオン(GSH)の成分であることから、化学療法薬の分解を促進することがある(Rouse,K.ら、Annals Surge.、221(4)、420〜426、1995)。したがって、アミノ酸のL−テアニンを用いての細胞によるグルタミンの取込み遮断が、ドキソルビシンの場合における化学療法を増強するための方法として提案されている(Sugiyama,T.及びAdzuki,Y.、Biochip.Biophys.Act、1653(2)、47〜59、2003)。しかし、全ての調査がグルタミンに対するこの主張を支持するわけではない(Rubio,I.T.ら、Ann Surg.、227(5)、772〜778、1998)。GSHは、細胞を保護しようとして化学療法化合物の分解を促進することがあるが、グルタミンは適切な免疫細胞機能の重要な構成要素でもある。グルタミンの減少を示唆すると思われる証拠に関わらず、免疫機能の効果は患者の健康及び回復を損なうと考えられる。
【0080】
[0087]免疫栄養:化学療法の有効性(PKR阻害物質を用いた場合の)を誇示しようとすると、患者に対する感染症のリスクを高めがちである。感染症及び感染症リスクにより、首尾よい治療に必要な積極的な用量の化学療法を施したいという癌専門医の意向は低下するかもしれない。加えて、感染症は、患者の、強力な治療レジメンに耐える能力、並びに治療に関連する並存症又は外科手術の創傷からの回復/治癒をも損なう可能性がある。抗炎症性の脂肪酸(例えば、エイコサペンタン酸(eicosapentanoic acid)及びドコサヘキサン酸)、アミノ酸L−アルギニン及びその前駆体、L−シトルリン及びリボ核酸などの成分入りの栄養分の補給は、T細胞の活性化、成熟、及び炎症低下により、免疫健康を促進できる。
【0081】
[0088]生物活性乳由来タンパク質:生物活性乳由来タンパク質は、健康な細胞における細胞周期の各時期を減速又は一時的に停止させる生物活性ペプチド(例えば、形質転換成長因子−β(アイソフォーム1〜3)源を供給する。こうした生物活性タンパク質は、酸性化などの加工により活性化させる必要があることから、標準的な乳は適さない。乳由来のこうした生物活性タンパク質の投与により、口腔、食道及び胃腸の上皮などのタンパク質と接触する細胞が保護されると考えられる。生物活性ペプチドは、化学療法剤(PKR阻害物質と共に使用するか否かを問わない)による損傷に対し急速に分裂する細胞の感受性を低下させることにより働く。
【0082】
[0089]ヌクレオチド(例えばリボ核酸):この化合物(例えば、アデニン、グアニン、シトシン)は、化学療法を受けている癌患者、特に、化学療法レジメンがPKR阻害物質(複数可)などの増強物質と組み合わせて提供される場合に免疫系を支えると考えられる。ヌクレオチドは、赤血球及びT細胞(免疫細胞)の両方の成熟を包含する、骨髄の造血活動及びその産生物を支える。加えて、ヌクレオチドは、薬剤の吸収を促進する可能性について調査されていることから、ヌクレオチドの栄養補給は、腫瘍細胞による化学療法剤の取込みを増やし免疫機能を支える点で有益なことと考えられる。
【0083】
[0090]血管新生及び血管拡張する栄養分:血管新生及び血流を促進する栄養分も、代謝活性組織への化学療法剤の送達を増やす。アミノ酸L−アルギニン及び/又はL−シトルリン並びにカテキンフラバノール化合物(癌の化学予防剤と見なされる)の栄養投与は、癌患者においては推奨されないが、その理由は、こうした化合物は血管新生、急速な成長を伴う浸潤性腫瘍の特性を促進する可能性があるからである。しかし、特異的に腫瘍への血液送達が増えれば、細胞傷害性の化学療法剤の取込みも増すと考えられる。
【0084】
[0091]癌性悪液質の軽減に向けたPKR阻害物質の投与(特定の栄養分と併用するか否かを問わない)。
癌性悪液質、心臓の悪液質、及び恐らくは、筋肉減少症、HIV/AIDSなど他の疾患における筋タンパク質減少は、サブユニットの結合、及び/又はプロテオソーム産生の上方制御により制御される。この過程における段階の1つには、真核開始因子2−α(eIF2a)の活性化が含まれる。リン酸化を介したeIF2aの活性化により、プロテオソームのタンパク質分解が促進される。PKR阻害物質を投与すると、eIF2a分子の活性化(リン酸化)が減少し、それによりプロテオソームの活性化が低下し、筋タンパク質の分解が低下する。
【0085】
[0092]化学療法の強度を高め、PKR阻害物質の投与(追加的な栄養分と共に投与するか否かを問わない)により癌性悪液質の過程を阻害すると、腫瘍細胞に及ぶ化学療法薬の効果を高めることが示されている。本発明の利点は、臨床関連の効果を引き出すのに必要な時間の長さ又は用量数を低減できることである。PKRを阻害する化合物を評価するための調査は以前行われたが、PKRを阻害すれば癌治療の利益が得られることは、これまでに実証されていない。追加的な利益は、PKR阻害物質、及びアミノ酸、脂肪酸、核酸など、化学療法をさらに増強し、毒性を伴う療法を軽減するための特定の栄養化合物を投与する場合にも得ることができる。
【0086】
[0093]PKR阻害物質は、癌性悪液質、及び療法に対する腫瘍抵抗性に関与するPKRのリン酸化を遮断する。本発明者らの結果から、癌療法におけるこのような化合物の心躍る可能性が実証される。加えて、PKRのリン酸化を低下させるために別々のタンパク質(PPI)又はPKRに直接作用する特定の栄養分の使用により、そのような栄養分が癌治療において補助治療剤としての可能性を有することも示唆される。医薬用の化合物と比較した場合の栄養分(アミノ酸、ポリフェノール類)の利点は以下のとおりである:代替性のある作用機序、価格、安全性、及び代替性のある小売販路による入手しやすさ。
【0087】
[0094]本明細書中で使用する場合、用語「活性剤」、「活性成分」、「活性化合物」又は場合により「化合物」の意味は、同等であると理解されたい。
【0088】
[0095]用語「PKRの生物活性」及び「生物学的に活性のあるPKR」は、PKR、又はPKRの断片、誘導体若しくは類似体に付随する任意の生物活性(酵素活性など)を指し、具体的には、真核翻訳開始因子2(elF−2)などの基質、及びNF−κBなどの転写因子のリン酸化を含む自己リン酸化活性及びキナーゼ活性が挙げられることになる。
【0089】
[0096]「ex vivo」とは、生物の体の外側であって、そこから細胞若しくは複数の細胞が得られるか、又はそこから細胞系統が単離される場所を意味する。ex vivo施用は、完全な細胞の使用を含んでもよく、又は溶菌液などの無細胞系(すなわち、in vitroでの)を用いてもよい。
【0090】
[0097]「in vivo」とは、生物の体内であって、そこから細胞が得られたか、又はそこから細胞系統が単離される場所を意味する。
【0091】
[0098]「ヒト細胞」とは、発達の任意の段階でヒトから単離される細胞を意味する。
【0092】
[0099]「患者又は対象」とは、任意の動物を意味する。
【0093】
[00100]動物としては鳥類及び哺乳動物が挙げられるがこれらに限定されず、哺乳動物としては、齧歯動物(ネズミ科の動物)、水棲哺乳動物、イヌ、オオカミ、ウサギ及びネコなどの飼育動物、ヒツジ、ブタ、ウシ、ヤギ(ヒルクリン(hircrine)及びウマなどの家畜、並びにヒトが挙げられるが、これらに限定されない。動物又は哺乳動物又はその複数形の用語を使用する場合、その内容が、一節の文脈により表され又は表されることを意図した効果を得ることができる任意の動物にも適用されることを企図している。本発明の方法、組成物及びキットを用いて治療できる他の動物としては、トカゲ、ヘビ、魚及び鳥が挙げられる。
【0094】
[00101]「哺乳動物」とは以下を意味するが、これらに限定されない:齧歯動物(ネズミ科の動物)、水棲哺乳動物、イヌ、オオカミ、ウサギ及びネコなどの飼育動物、ヒツジ、ブタ、ウシ、ヤギ(ヒルクリン)及びウマなどの家畜、並びにヒト。哺乳動物という用語を使用する場合、その内容が、「哺乳動物」により表され又は表されることを意図した効果を得ることができる他の動物にも適用されることを企図している。
【0095】
[00102]用語「残基」又は「アミノ酸残基」又は「アミノ酸」は、本明細書中で使用する場合、タンパク質、ポリペプチド又はペプチド(集合的には「ペプチド」)中に組み込まれるアミノ酸を指す。アミノ酸は、天然に存在するアミノ酸であってもよく、特に限定しない限り、天然に存在するアミノ酸と同様の様式で機能できる天然のアミノ酸の公知の類似体を包含することがある。
【0096】
[00103]用語「癌」は、多様な型の悪性の新生物を指し、その大部分は周囲組織に浸潤でき、異なる部位に転移することがある(PDR Medical Dictionary第1版(1995))。
【0097】
[00104]用語「新生物」及び「腫瘍」は、細胞増殖により正常なものと比較して急速に成長し、増殖を開始させた刺激を取り除いた後も成長し続ける異常な組織を指す(PDR Medical Dictionary第1版(1995))。そのような異常な組織は、構造機構の、及び正常な組織との機能的な協調の部分的又は完全な欠如を示し、良性(すなわち良性腫瘍)又は悪性(すなわち悪性腫瘍)のいずれであってもよい。
【0098】
[00105]「異常な細胞増殖に伴う障害を治療する」という言い回しは、対象における新生物の成長の防止、又は対象における既存の新生物の成長の低下を包含することを意図したものである。阻害は、1つの部位から別の部位への新生物の転移の阻害であってもよい。一態様では、新生物は、本明細書中に記載の1つ又は複数の翻訳開始阻害物質に感受性がある。本発明が包含することを意図する新生物の型の例としては、胸部、皮膚、骨(骨髄及び造血組織を含む)、前立腺、卵巣、子宮、子宮頸部、肝臓、肺、脳、喉頭、胆嚢、膵臓、直腸、副甲状腺、甲状腺、副腎、免疫系、神経組織、頭部及び頸部、大腸、胃、気管支及び/又は腎臓の癌に関連するような新生物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0099】
[00106]本明細書中で使用する場合、「テスト試料」は、関心対象から得た生体試料を指す。例えば、テスト試料は、生体液試料(例えば、血清、痰、尿)、組織試料(例えば生検)又は細胞試料(例えば、頬擦過)であってもよい。本明細書中で使用する場合、「正常試料」又は「標準試料」は、健康な(すなわち非悪性の)生体液試料、組織試料又は細胞試料から得た生体試料を指す。本明細書中で使用する場合、用語「生体試料」は、対象から単離された組織、細胞及び生体液、並びに対象において存在する組織、細胞及び体液を包含することを意図したものである。生体試料は、任意の生体組織又は体液又は細胞のものであってもよい。典型的な生体試料としては、痰、リンパ液、血液、血球(例えば白血球)、脂肪細胞、子宮頸部細胞、頬細胞、咽頭細胞、乳房細胞、筋細胞、皮膚細胞、肝細胞、脊髄細胞、骨髄細胞、組織(例えば、筋組織、子宮頸部組織、皮膚組織、脊髄組織、肝組織など)、細針生検試料、尿、脳脊髄液、腹水及び胸水、又はそれらから得られた細胞が挙げられるが、これらに限定されない。生体試料は、組織学的な目的のために採取した凍結切片などの組織片を包含することもある。生体試料は哺乳動物から得てもよく、哺乳動物としては、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウサギ、モルモット、ラット、マウス、スナネズミ、非ヒト霊長動物及びヒトが挙げられるが、これらに限定されない。生体試料は、微生物(例えば、細菌細胞、ウイルス性細胞、酵母細胞など)由来の細胞及びその一部を包含することもある。
【0100】
[00107]MAC16腫瘍は、確立されたシリーズ(MAC)の、化学的に誘導され移植可能な大腸腺癌に由来し、1989年3月8日付でPublic Health Laboratory Service Centre for Applied Microbiology and ResearchのEuropean Collection of Animal Cell Cultures(ECACC)、Porton Down、Salisbury、Wiltshire、英国に仮受託番号8903016として現時点で寄託されている特定の細胞株により作製されている。
【0101】
[00108]MAC16腫瘍は、中程度に高分化の腺癌であり、マウスにおいて何年にもわたり連続継代されてきたものである。この腫瘍は、特に、少ない腫瘍量で(1%体重未満)、食物又は水のいずれの摂取も減らさずに相当な体重減少を生じることがよく見られた限りでは、ヒト患者において悪液質を引き起こす腫瘍についてのより満足な実験モデルとなりそうなことが見出されている。
【0102】
[00109]医薬組成物
本明細書中に記載の本発明の化合物又は薬剤は、例えば、eIF2α又はPKRリン酸化の阻害により、eIF2α若しくはPKRリン酸化に影響するか、又はeIF2α若しくはPKRリン酸化に影響する化合物又は薬剤を増強する化合物又は薬剤である。本発明の化合物又は薬剤は、投与に適した医薬組成物中に組み込むことができる。
【0103】
[00110]少なくとも1つのPKR−I阻害物質、少なくとも1つのPKR−Iリン酸化阻害物質及び/又はPKR−I増強物質を包含する本発明の化合物は、経腸的又は非経口的に投与してもよい。非経口投与は、皮下投与、静脈内投与、筋肉内投与及び局所投与から成る群から選択してもよい。経腸投与は、錠剤、液体、ゲル、サシェ、粉末、ドロップ、フィルム、ガム及びカプセルの形態で行ってもよい。加えて、経腸投与法の経路は、鼻腔内、内部、経鼻胃、経口胃、胃ポート、空腸ポート及び回腸ポートから成る群から選択してもよい。
[00111]本発明の化合物は、前述の化合物(複数可)及び薬学上許容される担体を典型的に含んでもよい。本明細書中で使用する場合、用語「薬学上許容される担体」は、ありとあらゆる溶媒、分散媒、コーティング、抗菌剤及び抗真菌剤、等張剤及び吸収遅延剤など、医薬の投与に適合するものを包含することを意図したものである。薬学的活性のある物質用にそのような媒体及び薬剤を使用することは、当技術分野では周知である。従来の任意の媒体又は薬剤が活性剤に適合しない場合を除き、組成物中でのその使用を企図する。本発明の組成物中に栄養補給剤を組み込むこともできる。
【0104】
[00112]本発明の医薬組成物は、意図された投与経路に適合するように製剤される。例えば、非経口、皮内又は皮下の施用に使用される溶液又は懸濁液としては、以下の成分を挙げることができる:注射用水、生理食塩溶液、固定油、ポリエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール又は他の合成溶媒などの滅菌済み希釈剤;ベンジルアルコール又はメチルパラベンなどの抗菌剤;アスコルビン酸又は亜硫酸水素ナトリウムなどの抗酸化薬;エチレンジアミン四酢酸などのキレート化剤;酢酸塩、クエン酸塩又はリン酸塩などの緩衝液、及び塩化ナトリウム又はデキストロースなど張性調節用の薬剤。pHは、塩酸又は水酸化ナトリウムなどの酸又は塩基で調節できる。非経口調製物は、ガラス製又はプラスチック製のアンプル、使い捨ての注射器又は複数用量バイアル中に封入できる。
【0105】
[00113]注射剤の用途に適した医薬組成物としては、滅菌済みの水溶液(水溶性の場合)又は分散系、及び滅菌済みの注射溶液又は分散系を即席で調製するための滅菌済み粉末が挙げられる。静脈内投与の場合、適当な担体としては、生理食塩水、静菌水、クレモホル(Cremophor)EL(商標)(BASF、Parsippany、N.J.)又はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が挙げられる。全ての場合において、組成物は滅菌済みでなくてはならず、容易な注射可能性が存在する程度まで流動性のあるものであるべきである。組成物は、製造条件及び保管条件下で安定でなくてはならず、細菌及び真菌などの微生物が混入しようとする動きに対して保護されなくてはならない。担体は、例えば、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール及び液体ポリエテイレン(polyetheylene)グリコールなど)を含有する溶媒又は分散媒、並びにその適当な混合物であってもよい。妥当な流動性は、例えば、レシチンなどのコーティングの使用、分散系の場合における必要な粒子サイズの維持及び界面活性剤の使用により維持できる。微生物の作用の防止は、多様な抗菌剤及び抗真菌剤、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸、チメロサールなどにより達成できる。多くの場合、組成物中に、等張剤、例えば、糖、マニトール(manitol)、ソルビトールなどのポリアルコール、塩化ナトリウムが含まれることが好ましいと考えられる。注射用組成物の持続的吸収は、吸収を遅らせる薬剤、例えば、モノステアリン酸アルミニウム及びゼラチンを組成物中に含ませることにより実現できる。
【0106】
[00114]滅菌済みの注射用溶液は、適切な溶媒中に、必要に応じ、上に列挙した1つの成分又は複数成分の組合せと共に、必要な量で活性剤を組み込み、次いで濾過滅菌を行うことにより調製できる。一般に、分散系は、基礎分散媒と、上に列挙したもののうち必要な他の成分とを含有する滅菌済みのビヒクル中に活性剤を組み込むことにより調製する。滅菌済みの注射用溶液を調製するための滅菌済み粉末の場合、好ましい調製方法は真空乾燥及び凍結乾燥であり、こうした方法を用いると、先に滅菌濾過しておいた溶液から、活性成分に所望の任意の追加成分が加わった粉末が得られる。
【0107】
[00115]経口組成物は、一般に、不活性な希釈剤又は食用担体を含んでいる。こうした組成物は、ゼラチンカプセル内に封入するか、又は圧縮して錠剤にすることができる。経口での治療的投与の目的のために、活性剤は、賦形剤と共に組み込み、錠剤、トローチ又はカプセルの形態で使用することができる。経口組成物は、洗口液として使用するために液体担体を用いて調製することもでき、こうした洗口液では、液体担体中の薬剤を経口施用し激しく動かしてから吐き出し又は飲み込む。薬学的に適合する結合剤及び/又は補助物質を組成物の一部として含ませることができる。錠剤、丸剤、カプセル、トローチなどは、以下の原料又は同様の性質の薬剤のいずれかを含有できる:微結晶性セルロース、トラガカントゴム又はゼラチンなどの結合剤;デンプン又は乳糖などの賦形剤、アルギン酸、プリモゲル(Primogel)又はトウモロコシデンプンなどの崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム又はステローツ(Sterotes)などの滑沢剤;コロイド状二酸化ケイ素などの流動促進剤;ショ糖又はサッカリンなどの甘味剤;又はペパーミント、サリチル酸メチル若しくはオレンジ香味料などの香味剤。
【0108】
[00116]一実施形態では、本発明の化合物は、制御放出製剤(インプラント及びマイクロカプセル化した送達系を含む)など、体からの急速な排出に対し薬剤を保護することになる担体を用いて調製する。酢酸エチレンビニル、ポリ無水物、ポリグリコール酸、コラーゲン、ポリオルトエステル及びポリ乳酸など、生分解性の生体適合性ポリマーを使用できる。そのような製剤の調製方法は、当業者には自明であろう。材料は、Alza Corporation及びNova Pharmaceuticals,Inc.から商業的に入手することもできる。リポソーム懸濁液(ウイルス抗原に対するモノクローナル抗体を有する、感染細胞を標的としたリポソームを含んでいる)を薬学上許容される担体として使用することもできる。こうした製剤は、当業者に公知の方法、例えば、米国特許第4,522,811号明細書に記載のような方法により調製してもよく、同文献は参照によりその全体が本明細書中に組み込まれる。
【0109】
[00117]栄養組成物
化学療法及び放射線療法は、癌細胞を破壊するうえで有効なだけでなく、こうした細胞の成熟前の死亡を引き起こすことから非癌細胞にとっても有害である。加えて、本発明の化合物は、PKRのリン酸化を阻害することにより腫瘍細胞の成長を阻害できるだけでなく、癌患者において化学療法剤の有効性を高めることもできる。これまでに論じたように、本発明の化合物は、少なくとも1つのPKRIを、単独又は少なくとも1つの増強物質との組合せのいずれかで含んでいる。医薬目的で製剤される以外に、こうした化合物は、これまでに論じたように、所望の目的を達成するために栄養製品として製剤できる。
【0110】
[00118]本発明による栄養組成物は、食餌の手段、例えば、栄養補助食品の形態、又は栄養製剤、例えば、医療用の食品又は飲料製品の形態、例えば、完全食の形態、食品添加物又は溶解用粉末として食事の一部の形態をとっていてもよい。粉末は、液体、例えば、水又は乳若しくはフルーツジュースなど他の液体と組み合わせてもよい。
【0111】
[00119]場合により、栄養製剤は、本発明の化合物を含んでいるだけでなく、栄養的に完全であってもよく、すなわち、1日に必要な量のビタミン、ミネラル、炭水化物、脂肪及び/又は脂肪酸、タンパク質などを本質的に全て供給する単一の栄養源として使用できるように、ミネラル、ビタミン、微量元素及び脂肪及び/又は脂肪酸源を含んでいてもよい。
【0112】
[00120]したがって、本発明の栄養組成物は、例えば、経口又は経管栄養補給に適した栄養的にバランスのとれた完全食の形態で、例えば、経鼻胃、経鼻十二指腸、食道瘻造設術、胃瘻造設術又は空腸瘻造設術による管、又は末梢若しくは全身用の非経口栄養を用いて供給してもよい。好ましくは、本発明の組成物は、経口投与用である。
【0113】
[00121]本発明の栄養組成物は、筋タンパク質合成の促進、又は悪液質(例えば癌性悪液質)など腫瘍により引き起こされる体重減少の制御に有用と考えられる。この組成物は、化学療法剤を使用する自己免疫疾患又は他の障害に罹患している患者のための栄養補助食品としても有用と考えられる。
【0114】
[00122]本発明の一特徴では、栄養組成物は以下をさらに含んでいてもよいが、これらに限定されない:生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸又はアミノ酸類似体、ヌクレオチド又はRNA、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック又はシンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA及び/又はMUFA、食用油及び抗酸化物質。
【0115】
[00123]食用油は、本発明の栄養組成物の調製において使用してもよい。食用油としては、キャノーラ油、中鎖トリグリセリド油(MCT)、魚油、大豆油、大豆レシチン油、トウモロコシ油、ベニバナ油、ヒマワリ油、高オレイン酸ヒマワリ油、高オレイン酸ベニバナ油、オリーブ油、ルリヂサ油、クロスグリ油、月見草油及び亜麻仁油が挙げられるが、これらに限定されない。
【0116】
[00124]本発明の栄養組成物は、例えば、寒天、アルギン酸塩、カルビン、ペクチン及びその誘導体(例えば、果物及び野菜に由来するペクチン、並びにより好ましくは柑橘類の果物及びリンゴに由来するペクチン)、β−グルカン(オーツ麦のβ−グルカンなど)、カラギーナン(例えば、κ、λ及びιカラギーナン)、フルセララン、イヌリン、アラビノガラクタン、セルロース及びその誘導体、スクレログルカン、オオバコ(オオバコの種子殻など)、粘液及びゴムといった可溶性繊維をさらに含んでいてもよい。本発明によれば、ゴム及び粘液は、好ましくは植物の浸出物である。とりわけ、用語「ゴム」は、本明細書中で使用する場合、普通に入手できる植物性のゴム、より詳細には、コンニャクゴム、キサンタンゴム、グアーゴム(グアランゴム)、イナゴマメゴム、タラマメゴム、トラガカントゴム、アラビアゴム、カラヤゴム、ガッティゴム、ジェランゴム及び他の関連するステルクリアゴム、アルファルファ、クローバー、コロハ、タマリンドの細粉を指す。天然及び改変された(例えば加水分解された)可溶性繊維を、本発明により使用してもよい。本発明によれば、好ましくはグアーゴム(例えば加水分解グアーゴム)を使用してもよい。
【0117】
[00125]これまでに述べた任意選択的な栄養分の毎日の投与量は、個体の体重、性別、年齢及び/又は病態により変化させてもよい。
【0118】
[00126]本発明の栄養組成物は、1つ又は複数の脂肪酸(例えば多価不飽和脂肪酸)、プレバイオティック又はプロバイオティック、又はプレバイオティックとプロバイオティックとの組合せ(シンバイオティック)及び生物活性のある化合物又は抽出物を含んでいてもよい。
【0119】
[00127]この栄養組成物は、ビタミン及びミネラルについては、1日用量当たり、米国RDAの少なくとも100%(例えば100%)の、例えば、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、リン、ビタミンD、ビタミンKを供給してもよい。この組成物は、抗酸化物質を含有してもよく、こうした物質としてはグルタミン、システイン、ビタミンA、C、E及びセレンが挙げられるが、これらに限定されない。この組成物は、とりわけ、大量のビタミンEを含有してもよく、ビタミンEは、筋タンパク質合成の促進又は悪液質(例えば癌性悪液質)など腫瘍により引き起こされる体重減少の制御のために、組成物中で有用である。
【0120】
[00128]本発明による栄養組成物は、医療用の食品又は飲料製品として(例えば経口栄養の形態で)、例えば健康飲料として、そのまま飲める飲料として、場合により清涼飲料(ジュース、ミルクセーキ、ヨーグルト飲料、スムージー又は大豆ベース飲料など)として、バーに入った形で、又は焼いた製品、シリアルバー、乳製品のバー、スナックフード、スープ、朝食用シリアル、ミューズリー、キャンディー、タブ、クッキー、ビスケット、クラッカー(煎餅など)及び乳製品など任意の種類の食品中に分散した形で提供されてもよい。
【0121】
[00129]好ましくは、本発明の組成物は、栄養製剤として、例えば、食事の一部として、例えば健康飲料の形態で、例えば即時使用可能な飲料として、投与してもよい。
【0122】
[00130]経口用の固形剤形は、それ自体が公知の様式で、例えば、従来の混合、造粒、糖衣加工、溶解又は凍結乾燥のプロセスを用いて調製する。
【0123】
[00131]本明細書中で言及又は引用した論文、特許及び特許出願及び他の全ての文書並びに電子的に入手可能な情報の内容は、それぞれ個々の刊行物が参照により組み組まれるものと具体的且つ個別に指示がある場合と同程度に、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。出願人は、そのような任意の論文、特許、特許出願又は他の文書からのありとあらゆる資料及び情報を本明細書中に物理的に組み込む権利を留保する。
【0124】
[00132]本明細書中に例証的に記載された本発明は、本明細書中で具体的に開示されない、1つ又は複数の要素、1つ又は複数の制限が一切なくても適切に実行される場合がある。したがって、例えば、用語「含む」、「包含する」、「含有する」などは、拡張的に、制限を加えずに読まれるべきである。加えて、本明細書中で用いる用語及び表現は、制限ではなく説明の用語として用いてあり、そのような用語及び表現の使用においては、示し説明した特徴又はその部分に相当するもの一切を除外する意図はなく、特許請求した本発明の範囲内で多様な改変形が可能であることは認識される。したがって、本発明は好ましい実施形態及び任意選択的な特徴により具体的に開示してはあるものの、本明細書中に開示された当該箇所中に包含される本発明の改変及び変形が当業者により用いられることがあり、そのような改変形及び変形は本発明の範囲内にあると見なされることは理解されるべきである。
【0125】
[00133]本発明は、本明細書中で広く包括的に説明してある。包括的な開示内に属する、より狭い種、及び類の下位に当たる分類のそれぞれも、本発明の一部を形成する。本明細書は、類から任意の対象を除外する条件又は消極的限定を有する本発明の包括的な説明を包含し、除かれる構成要素が本明細書中で具体的に列挙されているか否かを問わない。
【0126】
[00134]加えて、本発明の特徴又は態様がマーカッシュ群について説明されている箇所では、本発明がそれによりマーカッシュ群の任意の個々の構成要素又は構成要素の下位群についても説明していることが当業者には認識されるであろう。
【実施例】
【0127】
[00135]以下の実施例中で、本開示をさらに明確にする。この実施例は、好ましい実施形態を示してはいるものの、例証目的のみで記載するものであることは理解されるべきである。前述の論考及びこの実施例から、当業者は本開示の好ましい特徴を確認でき、本開示の精神及び範囲から逸脱することなく、多様な変更及び改変を行って、同開示を多様な用途及び条件に適合させることができる。
【0128】
[00136]材料:
ウシ胎仔血清(FCS)及びRPMI1640組織培養培地をInvitrogen(Paisley、スコットランド)から購入した。L−[2,6−3H]フェニルアラニン(比活性度2.00TBqmmol−1)、ハイボンド(Hybond)Aニトロセルロース膜及び増強化学発光(ECL)発生キットは、Amersham Biosciences(Bucks、UK)製であった。リン酸化PKR及び全PKRに対するウサギモノクローナル抗体は、New England Biolabs(Herts、UK)から購入した。リン酸eIF2αに対するウサギポリクローナル抗血清は、Abcam(Cambridge、UK)製、全eIF2αに対するウサギポリクローナル抗血清はSanta Cruz Biotechnology(CA)製であった。ペルオキシダーゼ結合ヤギ抗ウサギ抗体は、Dako Ltd(Cambridge、UK)から購入した。PKR阻害物質及びホスホセーフ(PhosphoSafe)(商標)抽出試薬はMerck Eurolab Ltd(Leics、UK)製であった。EMSA(電気泳動移動度シフトアッセイ)のゲルシフトアッセイキットは、Panomics(CA、USA)製であった。ゲムシタビン(ゲムザール(Gemzar)(登録商標))は、Eli Lilly and Co(Basingstoke、UK)からの寄贈品であった。5−フルロウラシル(Flurouracil)は、Sigma Aldridge(Dorset、UK)から購入した。
【0129】
[00137]腫瘍の維持
MAC16は、Cowenら(J.Natl.Cancer Inst.、64、675〜681、1980)により最初に記載されたものであり、確立されたシリーズ(MAC)の、化学的に誘導された移植可能な大腸腺癌を保有する純粋なNMRIマウス系である。MAC16腫瘍は、中程度に高分化の腺癌であり、マウスにおいて何年にもわたり連続継代されてきたものである。MAC16は、特に、少ない腫瘍量(1%体重未満)で、食物又は水のいずれの摂取も減らさずに相当な体重減少を生じさせることがよく見られた限りでは、ヒト患者において悪液質を引き起こす腫瘍についてのより満足な実験モデルとなる(Bibby,M.C.ら、J.Natl.Cancer Inst.、78、539〜546、1987)。
【0130】
[00138]MAC16腫瘍及びMAC13腫瘍は、10%FCSを含有するRPMI1640培地中で、空気中5%CO2の雰囲気下で37℃にてin vitro増殖させた。細胞成長アッセイ用に、1ウェル当たり0.5×105細胞(MAC13)又は1ウェル当たり1×105細胞(MAC16)のいずれかで24ウェルのマルチウェルの皿の中に細胞を播種し、薬物の添加に先立ち24時間蓄積させた。細胞数を3日後に定量したところ、細胞は指数関数的に成長していた。
【0131】
[00139]MAC16腫瘍及びMAC13腫瘍は両方とも、Bibbyら、J.Natl.Cancer Inst.、78(3)、539〜546、1987に記載の要領で、断片を側腹部中に皮下移植(皮下注射)することによりNMRIマウスにおいてin vivo継代させた。悪液質を維持するため、体重減少が確認されたドナー動物から継代用のMAC16腫瘍を選別し、平均体重減少が5%の時点で処置を開始した。動物を無作為に6匹の群とし、溶媒(DMSO(ジメチルスルホキシド):PBS(リン酸緩衝生理食塩水)が1:20)又は1mg/kg及び5mg/kgのPKR阻害物質を皮下注射により毎日投与した。体重減少が20%に達した時点で、子宮頸部の除去により動物を屠殺した。全ての動物実験は英国内務省に認可された厳密なプロトコールに従っており、従った倫理的ガイドラインは、UKCCRガイドライン(Workman,P.ら、Br.J.Cancer、77、1〜10、1998)に要求される基準を満たす。
【0132】
[00140]タンパク質合成の測定
Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.Chem.、282(10)、7087〜7097、2007に記載の要領で、L−[2,6−3H]フェニルアラニンをタンパク質中に組み込むことにより、MAC16細胞及びMAC13細胞におけるタンパク質合成を4時間の期間にわたり定量した。組織培養培地の除去により反応を終わらせ、氷冷の滅菌済みPBSで3回洗浄した。PBSを除去し、氷冷の0.2M過塩素酸を加え、次いで4℃で20分間インキュベーションした。過塩素酸の除去に次いで、0.3M NaOHを加えてから、次いで4℃で30分間インキュベーションした。37℃で20分間のさらなるインキュベーションにより反応を進行させてから、0.2M過塩素酸を加えた。この混合物をさらに20分間氷上に放置した。4℃で5分間の700gでの遠心分離に次いで、タンパク質を含有するペレットを0.3M NaOH中で溶解させ、放射能を定量した。標準的な比色定量タンパク質アッセイ(Sigma)を用いて、タンパク質含有量を分析した。
【0133】
[00141]ウェスタンブロット分析
腫瘍の試料(およそ10mg)は、ホスホセーフ(商標)抽出試薬500μl中でホモジナイズし、4℃で15分間、15,000gで遠心分離した。細胞質タンパク質の一部(10μg)を10%ドデシル硫酸ナトリウム/ポリアクリルアミドゲル(SDS/PAGEはeIF2αの場合6%)上で分離させた。分離したタンパク質を、0.45μmのニトロセルロース膜上に転写した後、pH7.5、4℃のトリス緩衝生理食塩水中の5%マーヴェル(Marvel)で一晩ブロッキングした。次に、一次抗体の添加に先立ち、0.5%ツィーン(Tween)緩衝生理食塩水又はTBSツィーン中で膜を15分間洗浄した。希釈率1:1000で一次抗体を使用したが、リン酸eIF2αは例外で、1:500で使用した。緩衝液を5分毎に交換しながら、一次抗体を15分間、0.1%TBSツィーンを用いて膜から洗い落とした。希釈率1:1000で二次抗体を使用し、45分後に洗い落とした。現像はECLにより行い、3〜6分間フィルムを現像した。濃度計によりブロットを走査して、差を定量化した。
【0134】
[00142]電気泳動移動度シフトアッセイ(EMSA)
DNA結合タンパク質を低張溶解により腫瘍試料から単離し、次いで、Andrews及びFallerの方法により核の高塩抽出を行った(Nucleic Acids Res.、19(9)、2499、1991)。Panomics EMSA「ゲルシフト」キットを使用し、製造者による取扱い説明に従ってEMSAを実施した。
【0135】
[00143]統計分析
少なくとも3回の反復実験について、平均値±SEMで結果を表す。一元配置分散分析(ANOVA)により群間の平均値の差を定量し、次いで、Tukey−Kramer多重比較検定を行った。0.05未満のP値を有意と見なした。
【0136】
[00144]結果
癌患者においては、体重減少は、生存時間短期化の独立した予測因子であるだけでなく、治療への応答も低下させ、同時に、治療に由来する毒性があることを予測させるものでもある(Ross,P.J.ら、Br.J.Cancer、90(10)、1905〜1911、2004)。体重減少は、サイトカイン、並びにタンパク質分解誘導因子(PIF)及び脂質動員因子(LMF)などの腫瘍因子により誘導される骨格筋及び脂肪組織の進行性萎縮によるものである(Tisdale,M.J.、Curr.Opin.Clin.Nutr.Metab.Care、5(4)、401〜405、2002)。そのような因子は、宿主の組織中だけでなく、原発腫瘍及び転移において代謝に影響することがある。したがって、LMFは、腫瘍中の、フリーラジカルの解毒に関与していると考えられる脱共役タンパク質(UCP)2の発現を誘導し、このタンパク質が、フリーラジカルによる損傷を生じさせる細胞傷害薬から腫瘍細胞を保護する(Sanders,P.M.及びTisdale,M.J.、Br.J.Cancer、90(6)、1274〜1278、2004)。乳癌細胞中のPIFコアペプチドであるデルミシジン(dermicidin)の発現は、細胞の成長及び生存を促進し、血清依存性を低下させる(Porter,D.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、100、10931〜10936、2003)。PIFは、自己リン酸化による二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼPKRの活性化が関与する機序により、転写因子である核因子−κB(NF−κB)の活性化を通じて筋萎縮を促進することが示されている(Eley及びTisdale、2007)。悪液質誘導性のMAC16腫瘍を保有するマウスにおいて低分子量のPKR阻害物質を使用する最近の研究(Eleyら、2007)により、PKR阻害物質は筋萎縮を軽減するだけでなく、腫瘍成長も阻害することが示された。これは驚くべきことであったが、その理由は、悪液質を誘導するヒト腫瘍と同様、MAC16腫瘍は高度に化学療法抵抗性だからである(Double,J.A.及びBibby,M.C.、J.Natl.Cancer Inst.、81(13)、988〜994、1989)。これは、PKRを阻害すると腫瘍成長阻害が誘導され、この効果の機序に迫る研究により、化学療法抵抗性の腫瘍の治療につながる深い理解が得られる可能性があることを示す最初の報告である。
【0137】
[00145]PKRと腫瘍成長との間を結び付ける1つの可能性には、NF−κBの活性化が含まれる。NF−κBの活性化は、腫瘍細胞の生存及び増殖、並びに浸潤及び血管新生、腫瘍転移にとっての決定的に重要な事象と結び付いていた(Karin,M.、Nature、441(7092)、431〜436、2006)。NF−κBは、直腸結腸の上皮性悪性腫瘍(Kojima,M.ら、Anticancer Res.、24(2B)、675〜681、2004)、膵臓腺癌(Wang,W.ら、Clin.Cancer Res.、5、119〜127、1999)及び肝細胞癌(Tai,D.I.ら、Cancer、89、2274〜2281、2000)などいくつかの腫瘍型において構成的に活性化されることが報告されている。NF−κBの構成的活性化の原因となる因子としては、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)、インターロイキン−1(IL−1)、pH及び低酸素症が挙げられる(Baldwin,A.S.、J.Clin.Invest.、107(3)、241〜243、2001)。悪液質誘導性の腫瘍によるPIFの産生は、悪液質の動物の骨格筋中で起きることから、NF−κBの構成的な活性化にもつながりかねない可能性がある(Wyke,S.M.ら、Br.J.Cancer、91(9)、1742〜1750、2004)。レスベラトロールにより骨格筋中でのNF−κB活性化を阻害すると、MAC16腫瘍保有マウスにおける腫瘍成長も阻害されたが、この機序については調査されなかった。NF−κBは、カスパーゼ活性の制御を通じて、アポトーシスを抑制する遺伝子の転写を活性化できる(Karin,M.ら、Nat.Immunol.、3(3)、221〜227、2002)。NF−κBによりアポトーシスを阻害すると、化学療法及び放射線照射に対し腫瘍が抵抗性になる(Bharti,A.C.及びAggarwal,B.B.、Ann.NY Acad.Sci.、973、392〜395、2002)ので、悪液質を生じさせる腫瘍が療法に対してなぜそれほど抵抗性であるかを説明できるであろう。
【0138】
[00146]この試験は、MAC16腫瘍の成長に対するPKR阻害物質の有効性を、MAC16腫瘍と組織学的に類似しているが悪液質を誘導しないMAC13腫瘍に対する有効性と比較し(Beck,S.A.及びTisdale,M.J.、Cancer Res.、47、5919〜5923、1987)、腫瘍成長阻害の機序を調査するものである。
【0139】
[00147]以前の研究(Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.、282、7087〜7097、2007)では、マウスにおける悪液質誘導性のMAC16腫瘍の成長を低減させるための低分子量のPKR阻害物質(8−[1−(1H−イミダゾール−4−イル)メト−(Z)−イリデン]−6,8−ジヒドロチアゾール[5,4−e]インドール−7−オン)を示した。図2に示す結果は、この阻害物質はin vitroでのMAC16腫瘍の成長も阻害し200nMで最大効果が得られたが、MAC13腫瘍の成長に対しては最大1000nMの濃度であっても効果がなかったことを示すものである。両方の腫瘍は、1,2−ジメチルヒドラジンの長期投与により誘導されたマウスの大腸の腺癌である(Cowen,D.M.ら、J.Natl.Cancer Inst.、64(3)、675〜681、1980)が、MAC16は悪液質を誘導する(Bibby,M.C.ら、J Natl Cancer Inst.、78(3)、539〜546、1987)一方、MAC13は誘導しない。図2の結果は、MAC16腫瘍ではリン酸化PKR(図3A)及びリン酸eIF2α(図3B)は両方とも高レベルで発現するが、MAC13腫瘍では発現しないことを示すものである。しかし、PKR及びeIF2αの両方の総量値は2つの腫瘍型において同様であった。PKR阻害物質を用いてMAC16腫瘍保有マウスを処置すると、PKR(図4A)及びeIF2α(図4B)の両方のリン酸化の増加が完全に低減する結果となったが、PKR及びeIF2αの総量値には影響がなかった。PKR阻害物質でMAC16細胞を処置すると、200nMの濃度で細胞成長が最大に阻害され、濃度が高くなるほど阻害の有効性は低下した(図2)。この効果がPKRの自己リン酸化の阻害と相関するかどうかを見るために、阻害物質がリン酸化PKR及び全PKRに及ぼす効果を、MAC16細胞及びMAC13細胞の両方において定量した(図5)。マウスにおける固形腫瘍と同様、MAC16細胞は高レベルのリン酸化PKRを示したが、MAC13は非常に低レベルを示した。PKR阻害物質は、MAC16細胞中のPKRの自己リン酸化を阻害し200〜300nMの間で最大効果が得られたが、それより高い濃度では有効性は低下した(図5A)。MAC13細胞におけるPKRの低レベルの自己リン酸化に対してはPKR阻害物質の効果はなかった(図5B)。いずれの細胞株においても、細胞における全PKRに対して阻害物質の効果はなかった。PKR活性化は骨格筋における20Sプロテアソームの発現を誘導することが示されていることから(Eley,H.L.及びTisdale,M.J.、J.Biol.、282、7087〜7097、2007)、阻害物質の効果を定量した。MAC16(図5C)及びMAC13(図5D)の細胞は両方とも20Sプロテアソームを発現したが、発現は、MAC13細胞におけるよりもMAC16細胞において高かった。さらに、PKR阻害物質は、MAC16細胞における20Sプロテアソームの発現を低減させた(図5C)が、MAC13細胞においては低減させなかった(図5D)。そのうえ、異なる濃度のPKR阻害物質では、20Sプロテアソームの発現(図5C)とPKRの発現(図5A)との間に線形相関(相関係数0.957)があり(図5E)、このことから、MAC16細胞においては、20Sプロテアソームの発現はPKRの発現によっても制御される可能性が示唆される。
【0140】
[00148]MAC16腫瘍におけるタンパク質合成は、MAC13腫瘍と比較すると有意に抑制された(図6)が、恐らくそれは、eIF2αのリン酸化の増加によるものである。このことから、PKRのリン酸化はMAC16腫瘍の生存にとって重要である可能性が示唆される。PKRの機能の1つは、NF−κBの活性化の能力を有することである(Zamanian−Daryoush,M.ら、Mol.Cell Biol.、20、1278〜1290、2000)。図7A中のデータは、MAC16腫瘍においてNF−κBは高レベルに構成的に活性化されるがMAC13腫瘍においては活性化されないことを示す。MAC16腫瘍保有マウスをPKR阻害物質で処置すると腫瘍におけるNF−κBの構成的な活性化が低減するが、このことから、NF−κBの構成的な活性化はPKRの活性化から生じたことが示唆される。
【0141】
[00149]NF−κBの活性化は、ゲムシタビンに対する膵臓癌の化学療法抵抗性(Arlt,A.ら、Oncogene、22(21)、3243〜3251、2003)、及び5−フルロウラシル(5−FU)に対する胃癌の化学療法抵抗性(Uetsuka,H.ら、Exp Cell Res.、289(1)、27〜35、2003)において重要な役割を果たすことが示されている。PKR阻害物質によるNF−κBの下方制御がゲムシタビン及び5FUに対するMAC16細胞の感受性を増加させるか否かを確認するために、単独、又はPKR阻害物質(100nM又は200nMで)との組合せで薬剤が細胞成長に及ぼす効果を定量した(図8)。5FU単独では、1〜10μMの間の濃度でMAC16細胞の成長が有意に阻害され、この効果は、両方の濃度のPKR阻害物質により有意に増強された。同様に、ゲムシタビンに誘導されるMAC16細胞成長阻害も、両方の濃度のPKR阻害物質により増強された。この結果から、PKR阻害物質は細胞傷害剤に対するヒト腫瘍の化学感作において有用となる可能性が示唆される。
【0142】
[00150]考察
初期の研究により、PKRは腫瘍抑制因子として作用することが示唆されたが、その理由は、触媒的に不活性な突然変異型のPKRを3T3細胞に形質移入すると、細胞の形質転換がもたらされた(Koromilas,A.E.ら、Science、257、1685〜1689、1992)が、M1骨髄性白血病細胞において野生型PKRの活性を上方制御した結果、形質転換された表現型の逆転又はアポトーシスが生じた(Raveh,T.ら、J.Biol.Chem.、271(41)、25479〜25484、1996)からである。しかし、最近の研究(Kim,S.H.ら、Oncogene、19(27)、3086〜3094、2000;Yang,Y.L.ら、EMBO J.、14(24)、6095〜6106、1995)は、この仮説に疑問を投げかけている。例えば、PKRが欠損している遺伝子導入マウスは正常であり、腫瘍発生率の増加を示さない(Yangら、1995)。加えて、PKRの自己リン酸化及びeIF2αのリン酸化は、胸部の上皮性悪性腫瘍細胞株に由来する溶菌液中では、形質転換されていない上皮細胞株に由来するものと比較して 〜40倍高く(Kim,S.H.ら、Oncogene、19(27)、3086〜3094、2000)、培養物中においても、形質移入されていないメラニン形成細胞と比較してメラノーマ細胞中におけるほうが高い(Kim,S.H.ら、Oncogene、21(57)、8741〜8748、2002)。加えて、大腸の正常な粘膜から腺腫及び上皮性悪性腫瘍への形質転換は、PKR発現の増加と同時に生じた(Kimら、2002)。非形質転換細胞株におけるPKR活性のほうが低いのは、一部はPKRタンパク質レベルがより低いことによるものであり、一部は、細胞のPKR阻害物質として公知のP58の存在によるものであった(Kim,S.H.ら、2000)。
【0143】
[00151]本試験は、悪液質を有するマウスの腫瘍における自己リン酸化PKRの発現が上方制御されていることを示すものである。PKRの活性化はNF−κBの核結合の増加と関連があり、NF−κBの核結合の増加はPKR活性化の阻害により低減した。そのような腫瘍におけるNF−κBの活性化は、悪液質が炎症促進状態であることを示す臨床データと相関すると考えられる(McMillan,D.C.ら、Nutr.Cancer、31(2)、101〜105、1998)。マウスの腫瘍対(MAC16/MAC13)においては、低分子量のPKR阻害物質で処置すると、MAC16の増殖速度が阻害され、これにより、PKRリン酸化が上方制御されることが示されたが、MAC13腫瘍には効果がなく、MAC13はPKRの活性化を示さなかった。この結果から、PKRの活性化を示す悪液質誘導性の腫瘍のほうがPKR阻害物質の抗腫瘍効果を受けやすい可能性が示唆される。驚くべき観察は、PKR阻害物質はPKRを阻害するうえでは200nMの濃度で最大に有効であり、濃度が高くなると阻害効果が低下することであった。同様のことが、PIFの存在下でのマウスの筋管において観察された(Eley及びTisdale、2007)。PKR阻害物質は、PKRにおけるATP結合部位に向かい、同様のことは、無細胞翻訳アッセイにおいて別のATP結合部位に向けた阻害物質2−アミノプリンを用いた場合にも観察されている(Jammiら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、308、50〜57、2003)。この効果は、翻訳機構の他の構成要素の非特異的な阻害に起因するものであった。しかし、より高い濃度の阻害物質は、立体配座の変化を開始するPKRに結合し、これにより、ATPにより誘導される場合と同じように自己リン酸化が誘導される可能性がある(Lemaire,P.A.ら、J.Mol.Biol.、345(1)、81〜90、2005)。
【0144】
[00152]以前の研究(Zamanian−Daryoushら、2000)により、PKRはNF−κBを活性化できることが示されている。PKRは、物理的に、その触媒ドメインを通じて、上流のキナーゼIKKと相互作用し、それによりIκBにおける決定的に重要なセリン残基がリン酸化される結果、セリン残基が分解されて遊離NF−κBが放出され、次いで、遊離NF−κBが、核中のDNA上の特異的な結合部位に移動できる。PKRによるIKKの活性化は、直接的なリン酸化によってではなく、IKKβの自己リン酸化を刺激するタンパク質−タンパク質相互作用により生じるようである(Bonnet,M.C.ら、Mol.Cell.Biol.、20(13)、4532〜4542、2000)。しかし、αサブユニット上でのeIF2のリン酸化はNF−κBを活性化することも示されている(Jiang,J.Y.ら、Mol.Cell.Biol.、23(16)、5651〜5663、2003)。これにより、PKRの阻害がNF−κBの活性化を下方制御するのに役立つ可能性があると考えられる別の機序が示唆される。PKR阻害物質によるNF−κBの構成的な活性化の阻害は、少なくとも部分的には腫瘍成長速度の阻害に関与しているようである。PKRは、eIF2αのリン酸化及びNF−κBの活性化を通じて多くの異なる刺激により誘導されるアポトーシスを媒介する(Gil,J.及びEsteban,M.、Apoptosis.、5(2)、107〜114、2000)。しかし、PKRは、やはりNF−κBが介在する、アポトーシスを遅らせる生存経路も活性化する(Donze,O.ら、EMBO J、23、564〜571、2004)。したがって、NF−κBと同様、PKRは腫瘍細胞の生存又は死亡を促進すると考えられる。成長を促進することに加え、NF−κBは、血管内皮成長因子などの血管新生促進因子の発現を増加させることにより、腫瘍の血管新生の可能性を高め(Xiong,H.Q.ら、Int.J.Cancer、108(2)、181〜188、2004)、NF−κBにより制御された遺伝子産物は、癌細胞の遊走及び浸潤を促進する(Yebra,M.ら、Mol.Biol.Cell、6、841〜850、1995)。NF−κBは150を超える標的遺伝子の制御に関与しているが、PKR自己リン酸化の阻害によりその活性化を阻害するとマウスにおいて毒性は生じず、このことから、癌治療のための新しい治療レジメが示唆された。最近の研究(Kunnumakkara,A.B.ら、Cancer Res.、67(8)、3853〜6861、2007)では、NF−κB活性化の阻害物質であるクルクミンは、in vitroでのヒト膵臓癌細胞株の成長を阻害し、in vivoでのゲムシタビンの抗腫瘍活性を増強することが示されている。NF−κBは、膵臓癌におけるゲムシタビン抵抗性を促進するうえで(Arltら、2003)、並びにヒト胃癌細胞株における5−FU及びゲムシタビンに対する化学療法抵抗性において(Uetsukaら、2003)中心的役割を果たすことが示されている。このことから、PKR阻害物質は、化学療法薬に対する化学療法抵抗性の腫瘍を感作するうえで有用である可能性が示唆される。本試験では、PKR阻害物質は5−FU及びゲムシタビン両方の細胞傷害効果に対しMAC16細胞を感作することが示されており、このことから、そのような薬剤の別の治療的役割の可能性が示唆される。
【0145】
[00153]一部の腫瘍の増殖速度が遅く、この場合こうした腫瘍は化学療法及び放射線照射に対し非感受性になる理由を、PKRの活性化から明らかにできる。NF−κBの活性化に加え、PKRは、eIF2αのリン酸化も誘導し、これにより、eIF2.GDPをeIF2.GTPに変換するグアニンヌクレオチド交換因子eIF2Bの競合的阻害により翻訳開始が阻害される(Rowlands,A.G.ら、J.Biol.Chem.、263(12)、5526〜5533、1988)。しかし、ヒト乳癌細胞においては、タンパク質合成は高度のeIF2αリン酸化によっては阻害されず、その理由は恐らく、この細胞が、より高レベルのeIF2Bを含有しているからである(Kimら、2000)。
【0146】
[00154]本試験の結果から、PKR阻害物質の存在下におけるPKRのリン酸化レベルと20Sプロテアソームのαサブユニットの発現レベルとの間の直接的な関係が示される。このことから、腫瘍成長阻害の別の機序が得られると考えられる。2つの19S制御サブユニットと20Sのαサブユニットとの組合せにより形成される26Sプロテアソームは、p27及びp21など細胞周期制御に関与するタンパク質を分解する(Blagosklonny,M.V.ら、Biochem.Biophys.Res.Commun.、227(2)、564〜569、1996)。ジペプチドであるボロン酸類似体PS−341(ベルケード(Velcade))で26Sプロテアソームを標的化阻害すると、ヒト膵臓癌細胞及び異種移植片において、増殖が遮断され、アポトーシスが誘導されることが示されている(Shah,S.A.ら、J.Cell Biochem.、82(1)、110〜122、2001)。PS−341は、ゲムシタビンに対しヒト膵臓癌細胞を感作させることも示されている(Bold,R.J.ら、J.Surge.Res.、100(1)、11〜17、2001)。したがって、PKR自己リン酸化阻害物質による腫瘍中でのプロテアソーム発現の阻害は、腫瘍成長の低減、及び標準的な化学療法剤に対する感受性の増加に関与している可能性がある。
【0147】
[00155]用語「約」は、本明細書中で使用する場合、数の範囲における両方の数を指すことは一般に理解されるべきである。さらに、本明細書中の全ての数的範囲には、その範囲内の全整数それぞれが含まれると理解されるべきである。
【0148】
[00156]本発明が、本明細書中で例証及び記載されたとおりの正確な構成に限定されるものでないことは理解されたい。したがって、本明細書中に記載の開示内容から、又はその内容から慣例的な実験法により当業者が容易に達成できる好都合な改変形は全て、添付の特許請求の範囲により規定されるとおり、本発明の精神及び範囲内にあるものと見なされる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の少なくとも1つの阻害物質の組成物であって、治療が前記組成物により促進される組成物。
【請求項2】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の前記少なくとも1つの阻害物質がリン酸化阻害物質である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の阻害物質を増強する少なくとも1つの化合物の組成物であって、治療が前記組成物により促進される組成物。
【請求項4】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の阻害物質を増強する前記化合物が、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)のリン酸化阻害物質を増強する化合物である、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記促進が前記治療の増強である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項6】
前記促進が、前記治療の少なくとも1つの副作用の発生及び/又は重症度の低減である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項7】
前記阻害物質が経腸的又は非経口的に投与される、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項8】
前記阻害物質が栄養組成物である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項9】
前記阻害物質が細胞成長阻害物質である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項10】
前記阻害物質が細胞複製阻害物質である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項11】
タンパク質ホスファターゼ1α(PP1a)の少なくとも1つの修飾物質をさらに含む、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項12】
前記PP1aが、リン酸化されたPKRを脱リン酸化する、請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記PP1aが分枝鎖アミノ酸である、請求項11に記載の組成物。
【請求項14】
前記PP1aがロイシンである、請求項11に記載の組成物。
【請求項15】
前記PP1aが少なくとも1つの栄養化合物である、請求項11に記載の組成物。
【請求項16】
代謝活性組織への治療の送達を促進する薬剤をさらに含む、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項17】
前記薬剤が、アルギニン及びシトルリンのうち少なくとも1つである、請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
細胞複製阻害物質の組成物をさらに含む、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項19】
栄養組成物が形質転換成長因子−β(TGF−β)を含む、請求項18に記載の組成物。
【請求項20】
前記治療が化学療法である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項21】
前記治療が放射線療法である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項22】
請求項1、2、3又は4のいずれか一項に記載の組成物の使用。
【請求項23】
前記治療が悪性腫瘍の治療である、請求項22に記載の使用。
【請求項24】
前記治療が自己免疫疾患の治療である、請求項22に記載の使用。
【請求項25】
前記促進が前記治療の増強である、請求項22に記載の使用。
【請求項26】
前記促進が、前記治療の少なくとも1つの副作用の発生及び/又は重症度の低減である、請求項22に記載の使用。
【請求項27】
前記阻害物質が栄養組成物である、請求項22に記載の使用。
【請求項28】
タンパク質ホスファターゼ1α(PP1a)の少なくとも1つの修飾物質をさらに含む、請求項22に記載の使用。
【請求項29】
前記PP1aが分枝鎖アミノ酸である、請求項28に記載の使用。
【請求項30】
代謝活性組織への治療の送達を促進する薬剤をさらに含む、請求項1に記載の使用。
【請求項31】
前記薬剤が、アルギニン及びシトルリンのうち少なくとも1つである、請求項30に記載の使用。
【請求項32】
細胞複製阻害物質の使用をさらに含む、請求項22に記載の使用。
【請求項33】
前記細胞複製阻害物質が形質転換成長因子−β(TGF−β)を含む、請求項32に記載の使用。
【請求項34】
前記治療が化学療法である、請求項22に記載の使用。
【請求項35】
前記治療が放射線療法である、請求項22に記載の使用。
【請求項36】
請求項1、2、3又は4のいずれか一項に記載の組成物の製造。
【請求項37】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つのリン酸化阻害物質を含む、病気を治療するための組成物であって、治療が前記病気のためである組成物。
【請求項38】
前記哺乳動物にて前記PKR−Iによるリン酸化の阻害をさらに促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含む、請求項37に記載の組成物。
【請求項39】
前記病気が、癌、癌性悪液質、食欲不振症、炎症性疾患、敗血症、うっ血性心不全、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、ヒト免疫不全ウイルス感染症、糖尿病、皮膚疾患、細胞の老化、クッシング病、リウマチ熱及び早老症から成る群から選択される、請求項37に記載の組成物。
【請求項40】
前記促進が、前記病気の重症度の改善又は軽減である、請求項37に記載の組成物。
【請求項41】
前記少なくとも1つの増強物質が、PKRに対する阻害物質、PKR−I類似体、PKRリン酸化阻害物質、化学療法剤、血管新生剤、血管拡張剤、カテキンフラバノール、生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸、アミノ酸類似体、ヌクレオチド、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック、シンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA、MUFA及び抗酸化物質から成る群から選択される、請求項37に記載の組成物。
【請求項1】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の少なくとも1つの阻害物質の組成物であって、治療が前記組成物により促進される組成物。
【請求項2】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の前記少なくとも1つの阻害物質がリン酸化阻害物質である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の阻害物質を増強する少なくとも1つの化合物の組成物であって、治療が前記組成物により促進される組成物。
【請求項4】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)の阻害物質を増強する前記化合物が、二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR)のリン酸化阻害物質を増強する化合物である、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記促進が前記治療の増強である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項6】
前記促進が、前記治療の少なくとも1つの副作用の発生及び/又は重症度の低減である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項7】
前記阻害物質が経腸的又は非経口的に投与される、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項8】
前記阻害物質が栄養組成物である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項9】
前記阻害物質が細胞成長阻害物質である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項10】
前記阻害物質が細胞複製阻害物質である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項11】
タンパク質ホスファターゼ1α(PP1a)の少なくとも1つの修飾物質をさらに含む、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項12】
前記PP1aが、リン酸化されたPKRを脱リン酸化する、請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記PP1aが分枝鎖アミノ酸である、請求項11に記載の組成物。
【請求項14】
前記PP1aがロイシンである、請求項11に記載の組成物。
【請求項15】
前記PP1aが少なくとも1つの栄養化合物である、請求項11に記載の組成物。
【請求項16】
代謝活性組織への治療の送達を促進する薬剤をさらに含む、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項17】
前記薬剤が、アルギニン及びシトルリンのうち少なくとも1つである、請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
細胞複製阻害物質の組成物をさらに含む、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項19】
栄養組成物が形質転換成長因子−β(TGF−β)を含む、請求項18に記載の組成物。
【請求項20】
前記治療が化学療法である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項21】
前記治療が放射線療法である、請求項1及び3に記載の組成物。
【請求項22】
請求項1、2、3又は4のいずれか一項に記載の組成物の使用。
【請求項23】
前記治療が悪性腫瘍の治療である、請求項22に記載の使用。
【請求項24】
前記治療が自己免疫疾患の治療である、請求項22に記載の使用。
【請求項25】
前記促進が前記治療の増強である、請求項22に記載の使用。
【請求項26】
前記促進が、前記治療の少なくとも1つの副作用の発生及び/又は重症度の低減である、請求項22に記載の使用。
【請求項27】
前記阻害物質が栄養組成物である、請求項22に記載の使用。
【請求項28】
タンパク質ホスファターゼ1α(PP1a)の少なくとも1つの修飾物質をさらに含む、請求項22に記載の使用。
【請求項29】
前記PP1aが分枝鎖アミノ酸である、請求項28に記載の使用。
【請求項30】
代謝活性組織への治療の送達を促進する薬剤をさらに含む、請求項1に記載の使用。
【請求項31】
前記薬剤が、アルギニン及びシトルリンのうち少なくとも1つである、請求項30に記載の使用。
【請求項32】
細胞複製阻害物質の使用をさらに含む、請求項22に記載の使用。
【請求項33】
前記細胞複製阻害物質が形質転換成長因子−β(TGF−β)を含む、請求項32に記載の使用。
【請求項34】
前記治療が化学療法である、請求項22に記載の使用。
【請求項35】
前記治療が放射線療法である、請求項22に記載の使用。
【請求項36】
請求項1、2、3又は4のいずれか一項に記載の組成物の製造。
【請求項37】
二本鎖RNA依存性タンパク質キナーゼ(PKR−I)の少なくとも1つのリン酸化阻害物質を含む、病気を治療するための組成物であって、治療が前記病気のためである組成物。
【請求項38】
前記哺乳動物にて前記PKR−Iによるリン酸化の阻害をさらに促進する少なくとも1つの増強物質をさらに含む、請求項37に記載の組成物。
【請求項39】
前記病気が、癌、癌性悪液質、食欲不振症、炎症性疾患、敗血症、うっ血性心不全、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、ヒト免疫不全ウイルス感染症、糖尿病、皮膚疾患、細胞の老化、クッシング病、リウマチ熱及び早老症から成る群から選択される、請求項37に記載の組成物。
【請求項40】
前記促進が、前記病気の重症度の改善又は軽減である、請求項37に記載の組成物。
【請求項41】
前記少なくとも1つの増強物質が、PKRに対する阻害物質、PKR−I類似体、PKRリン酸化阻害物質、化学療法剤、血管新生剤、血管拡張剤、カテキンフラバノール、生物活性タンパク質、分枝鎖アミノ酸、必須アミノ酸、アミノ酸、アミノ酸類似体、ヌクレオチド、ビタミン、グルタミン、シアル酸オリゴ糖、L−テアニン、プレバイオティック、プロバイオティック、シンバイオティック、必須脂肪酸、PUFA、MUFA及び抗酸化物質から成る群から選択される、請求項37に記載の組成物。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図5E】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図5E】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8】
【公表番号】特表2011−504879(P2011−504879A)
【公表日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−534990(P2010−534990)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【国際出願番号】PCT/US2008/078667
【国際公開番号】WO2009/070378
【国際公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(599132904)ネステク ソシエテ アノニム (637)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【国際出願番号】PCT/US2008/078667
【国際公開番号】WO2009/070378
【国際公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(599132904)ネステク ソシエテ アノニム (637)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]