説明

交流電動機の駆動制御装置

【課題】制御モードを切り替えることなくシームレスで交流電動機を駆動制御することができる駆動制御装置を提供する。
【解決手段】制御目標である基準電圧信号Vanを正弦波信号と矩形波信号の加算信号として修正し、矩形波の度合いを角度パラメータDeltaで調整する。Deltaを0から60まで連続的に変化させることで、修正された基準電圧信号も正弦波信号から矩形波信号に変化する。修正された基準電圧信号をPWM変調してインバータを駆動することで、磁束軌跡は円形から六角形まで連続的に変化し、単一制御モードで駆動される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は交流電動機(ACモータ)のシームレスな単一モード制御に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車両や電気自動車に搭載される駆動源としての交流電動機を、制御モードを適宜切り替えて駆動制御する構成が知られている。例えば、2つの制御モードを切り替える方法、あるは3つの制御モードを切り替える方法がある。2つの制御モードを切り替える方法では、低回転域では通常のPWM制御を行い、高回転域では矩形波制御を行う。3つの制御モードを切り替える方法では、これらの制御モードに加え、過変調制御モードが用いられる。回転数及びトルクが小さい領域から順に、変調率が1以下の正弦波制御モード、変調率が1を超える過変調制御モード、矩形波制御モードに順に切り替える。
【0003】
図18(a)〜(c)に、これら3つの制御モードを模式的に示す。図18(a)の正弦波制御モードでは、三角波比較によるPWM制御における三角波の振幅以下の振幅で正弦波状の出力電圧指令値を生成してPWM信号に変換する。図18(b)の過変調制御モードでは、三角波の振幅を超えた振幅で正弦波状の出力電圧指令値を生成してPWM信号に変換する。図18(c)の矩形波制御モードでは、ハイレベル期間及びローレベル期間の比が1:1の矩形波信号を生成する。低回転低トルク領域においては正弦波制御モードを用いることで電動機を応答性よく制御するとともに、低回転域であっても滑らかな回転を得ることができる。また、高回転高トルク領域において矩形波制御モードを用いることで、直流電源の電圧利用率を向上させて高回転域での出力を向上させるとともに、銅損の発生やスイッチング損失を抑えてエネルギ効率を向上させることができる(特許文献1,2参照)。これら3つの制御モードでは、予め用意されたメモリに記憶された制御モード設定用マップを参照しつつ、回転数及び出力トルクに応じて順次切り替えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−165326号公報
【特許文献2】特開2008−253000号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、回転数及び出力トルクに応じて3つの制御モードを切り替える方法は、これを実現するための装置構成が比較的複雑なものとなる。また、制御モードをある制御モードから次の制御モードに切り替える際にトルク変動が生じる可能性がある。
【0006】
なお、交流電動機の駆動制御として、空間ベクトル変調(SPM)も提案されているが、基準電圧を生成するためにリアルタイムで複雑な方程式を解かなくてはならない、あるいはより多くの電動機パラメータに依存する等の問題がある。
【0007】
本発明の目的は、制御モードを切り替えることなくシームレスで交流電動機を駆動制御することができる駆動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、交流電動機の駆動制御装置であって、制御目標である基準電圧信号を生成する生成手段と、前記生成手段からの前記基準電圧信号を、交流電動機の速度に応じて正弦波信号と矩形波信号を加算した信号として修正して出力する修正手段と、前記修正手段で修正された基準電圧信号をPWM変調してインバータのスイッチング素子に供給する変調手段とを備え、前記修正された基準電圧信号を用いた単一制御モードで制御することを特徴とする。
【0009】
本発明の1つの実施形態では、交流電動機の速度あるいはトルクに応じ、交流電動機の速度あるいはトルクが増大する程その値が増大する角度パラメータDelta(但し、0≦Delta≦60)を演算する手段を備え、前記修正手段は、角度パラメータDeltaを用いて、Delt領域を正弦波信号、60−Delta領域を矩形波領域として、交互に正弦波領域と矩形波領域が出現するように前記基準電圧信号を修正する。
【0010】
本発明の他の実施形態では、前記修正手段は、前記生成手段からの3相の前記基準電圧信号をそれぞれVan、Vbn、Vcnとし、
電圧値Vm={Van+(Vbn−Vcn)/3}1/2
を演算する手段と、前記Van、Vbn、Vcnの絶対値Absが、
Vm・sin(π/6−Delta/2)≦Abs≦Vm・sin(π/6+Delta/2)
を満たすか否かを判定し、満たす場合に前記正弦波信号を前記電圧値Vmを振幅とする前記矩形波信号に置換する手段と、
Abs>Vm・sin(π/2−Delta/2)
を満たすか否かを判定し、満たす場合に前記正弦波信号を前記電圧値Vmを振幅とする前記矩形波信号に置換する手段とを備える。
【0011】
また、本発明の他の実施形態では、前記生成手段は、スカラー制御あるいはベクトル制御のいずれかにより前記基準電圧信号を生成する。すなわち、本発明は、スカラー制御、ベクトル制御によらずいずれの制御方法にも適用できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、制御モードを切り替えることなくシームレスで交流電動機を駆動制御することができる。従って、本発明によれば制御モードの切り替えに起因するトルク変動を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態の基本システム構成図である。
【図2】モータ速度に応じた磁束軌跡の変化説明図である。
【図3】基準電圧信号Vab及び磁束軌跡説明図である。
【図4】基準電圧信号Van及び磁束軌跡説明図である。
【図5】基準電圧信号Vanの波形説明図である。
【図6】従来のPWM変調器の構成図である。
【図7】修正されたPWM変調器の構成図である。
【図8】基準電圧信号演算器の演算処理フローチャートである。
【図9】スカラー制御の駆動制御装置のシステム構成図である。
【図10】ベクトル制御の駆動制御装置のシステム構成図である。
【図11】Van、Vbn、Vcnの波形説明図である。
【図12】VanとPWM変調信号の波形説明図である。
【図13】VabとPWM変調信号の波形説明図である。
【図14】Vab、Vbc、VcaのPWM変調信号の波形説明図である。
【図15】Delta=0における磁束軌跡説明図である。
【図16】Delta=30における磁束軌跡説明図である。
【図17】Delta=60における磁束軌跡説明図である。
【図18】従来の制御モードの切替説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づき本発明の実施形態について説明する。
【0015】
図1に、本実施形態における基本システム構成図を示す。システムは、バッテリ1と、このバッテリ1に接続される昇圧コンバータ2と、昇圧コンバータ2に接続されるインバータ3と、インバータ3に接続される交流モータ4から構成される。インバータ3は、3相の各相がそれぞれ互いに直列接続された2個のスイッチングトランジスタから構成される。インバータ3の合計6個のスイッチングトランジスタのゲート端子に制御信号が供給され、直流電圧を変換して交流モータ4を駆動制御する。
【0016】
交流モータ4を駆動制御する際に、既述したように正弦波制御から矩形波制御に順次切り替えて制御する際には、制御モードの切り替え時においてトルク変動が生じる。トルク変動を抑制するためには、正弦波制御から矩形波制御までシームレスに制御を遷移させることが必要となる。
【0017】
図2(a)〜(f)に、正弦波制御における基準電圧信号(出力電圧指令値)、これに対応するPWM変調信号及び生じる磁束、矩形波制御における基準電圧信号(出力電圧指令値)、これに対応するPWM変調信号及び生じる磁束を示す。
【0018】
図2(a)は制限波制御における基準電圧信号(出力電圧指令値)であり、3相をそれぞれa相、b相、c相とした場合の、各相間の電圧信号VabRef、VbcRef、VcaRefを示す。ここで、例えばVabRefは、a相とb相間の基準電圧信号を示す。
【0019】
また、図2(b)は、図2(a)に示す各基準電圧信号を三角波と比較してPWM変調した後のPWM変調信号である。図2(c)は、図2(b)に示すPWM変調信号でインバータ3をスイッチング制御したときの磁束を示す。インバータ3のスイッチングモードの組み合わせ(a相(あるいはu相)、b相(あるいはv相)、c相(あるいはw相)の各スイッチのオンオフ)に応じて電圧ベクトルは8種類存在する。すなわち、v0(000)、v1(100)、v2(110)、v3(010)、v4(011)、v5(001)、v6(101)、v7(111)である。これらの中で、v0(000)及びv7(111)はゼロベクトルであり、他は非ゼロベクトルである。磁束ベクトルは、電圧ベクトルの積分として表現される。電圧降下が小さいものとすると、磁束の軌跡は、インバータ電圧ベクトルの方を向く。インバータ3の出力が非ゼロベクトルのいずれかであると、磁束は出力電圧に比例した速度で移動する。ゼロベクトルの場合には、移動速度はとても小さく近似的にゼロとみなすことができる。従って、電圧ベクトルを適当に選択することによって、磁束は特定の軌跡に沿って移動する。インバータ電圧ベクトルは、π/3のステップで周期的に変化する。基準電圧信号が正弦波信号の場合、磁束の軌跡はd軸とq軸からなるd−q平面において円形となる。
【0020】
一方、図2(d)は、矩形波制御における基準電圧信号(出力電圧指令値)であり、3相をそれぞれa相、b相、c相とした場合の、各相間の電圧信号VabRef、VbcRef、VcaRefを示す。
【0021】
また、図2(e)は、図2(d)に示す各基準電圧信号を三角波と比較してPWM変調した後のPWM変調信号である。図2(f)は、図2(e)に示すPWM変調信号でインバータ3をスイッチング制御したときの磁束を示す。基準電圧信号が矩形波信号の場合、磁束の軌跡はd−q平面において六角形となる。
【0022】
このように、基準電圧信号が正弦波の場合には磁束の軌跡は円形となり、基準電圧信号が矩形波信号の場合には磁束の軌跡は六角形となる。従って、基準電圧信号として、制限波と矩形波を加算した加算基準電圧信号を想定すると、加算して得られた新たな基準電圧信号により生じる磁束の軌跡は、円形と六角形の組み合わせとなる。すなわち、新たな基準電圧信号として、正弦波領域と矩形波領域が交互に存在するような信号とすると、磁束の軌跡は、正弦波に対応する円形領域と、矩形波に対応する六角形領域が交互に出現する。
【0023】
図3に、基準電圧信号としてVabRefを例にとり、正弦波信号と矩形波信号を加算した場合の磁束の軌跡を示す。図3(a)は矩形波状の基準電圧信号であり、図3(b)はこれに対応するPWM変調信号である。また、図3(c)は正弦波状の基準電圧信号であり、図3(d)はこれに対応するPWM変調信号である。図3(e)は、これら2つの信号を加算した信号(正弦波信号+矩形波信号)により生じる磁束の軌跡である。矩形波信号部分では、図2(f)に示すような六角形の軌跡を反映した直線状の軌跡となる。一方、正弦波信号部分では、図2(c)に示すような円形の軌跡を反映した円弧状の軌跡となる。従って、矩形波信号の領域を規定する角度パラメータをDelta、正弦波信号の領域を規定する角度パラメータを60−Delta度とすると、Deltaの角度で直線状の軌跡となり、60−Deltaの角度で円弧状の軌跡となる。矩形波信号の領域では、インバータ電圧ベクトルは切り替えられずにそのまま維持されるため結果として六角形状となるから、Deltaはインバータ電圧べクトルの非切替領域を規定するパラメータともいえる。
【0024】
図において、矩形波信号により生じる磁束軌跡部分を「Square Wave」、正弦波信号により生じる磁束軌跡部分を「Sin Wave」として示す。Deltaを0度から60度まで連続的に変化させることで、基準電圧信号は正弦波信号から矩形波信号に連続的に変化することとなり、これに応じて磁束の軌跡も円形から六角形に連続に変化していく。
【0025】
図4に、a相の基準電圧信号の例を示す。図4(a)はa相の基準電圧信号であり、正弦波信号と矩形波信号を加算した加算基準電圧信号である。図4(b)は、これに対応するPWM変調信号である。図4(c)は、加算基準電圧信号により生じる磁束の軌跡である。矩形波信号の占有する角度をDelta度、正弦波信号成分の占有する部分を60−Delta度とすると、Deltaの角度で直線状の軌跡となり、60−Deltaの角度で円弧状の軌跡となる。図において、矩形波信号により生じる磁束軌跡部分を「Square Wave」、正弦波信号により生じる磁束軌跡部分を「Sin Wave」として示す。Deltaを0度から60度まで連続的に変化させることで、基準電圧信号は正弦波信号から矩形波信号に連続的に変化することとなり、これに応じて磁束の軌跡も円形から六角形に連続に変化していく。
【0026】
図5に、a相の基準電圧信号の波形をより詳しく示す。正弦波信号と矩形波信号を加算して生成されるものである。矩形波信号の占有する角度をDelta度、正弦波信号成分の占有する部分を60−Delta度として、矩形波領域と正弦波領域が交互に出現する。0度から順に説明すると、0度から(60−Delta)/2度までは正弦波領域であり、次にDelta度の間は矩形波領域となり、次に、60−Delta度の間は正弦波領域であり、その後、Delta度の間は矩形波領域となる。以後、これを繰り返す。b相、c相の基準電圧信号についても同様である。Deltaを連続的に0度から60度まで変化させることで、基準電圧信号の波形は正弦波信号から矩形波信号に連続的に変化する。すなわち、Delta=0度では正弦波信号であり、Delta=60度では矩形波信号となる。図2に示すように、3つの制御モードを切り替えることで低回転低トルクの場合の円形軌跡から高回転高トルクの場合の六角形軌跡まで変化する。これに対し、本実施形態では、基準電圧信号を正弦波信号と矩形波信号を加算した信号とし、この加算の割合を示す角度Deltaなるパラメータを連続的に変化させることで、磁束の軌跡を円形軌跡から六角形軌跡まで連続的に変化させることができる。従って、本実施形態により制御モードを切り替えることなくシームレスな制御が可能となる。本実施形態では、このように制御モードを切り替える必要がないので、制御モード切替に伴うトルク変動も生じない。
【0027】
以下、本実施形態の駆動制御装置の構成について、具体的に説明する。
【0028】
図6に、従来のPWM変調器の構成を示す。a相、b相、c相各相の基準電圧信号(出力電圧指令値)Van、Vbn、VcnがPWM変調器10に供給される。PWM変調器10では、供給された基準電圧信号と所定の三角波とを比較して、PWM変調信号PWM1、PWM2、PWM3として出力し、インバータ3のスイッチングトランジスタをオンオフ制御する。
【0029】
一方、図7に、本実施形態におけるPWM変調器12の構成を示す。PWM変調器12は、従来のPWM変調器10と、このPWM変調器10の前段に設けられる基準電圧信号演算器11から構成される。基準電圧信号演算器11には、基準電圧信号(出力電圧指令値)Van、Vbn、Vcnが供給される。基準電圧信号演算器11は、基準電圧信号Van、Vbn、Vcnから角度パラメータDeltaを用いて新たな基準電圧信号VanNew、VbnNew、VcnNewを生成してPWM変調器10に出力する。新たな基準電圧信号VanNewは、図5に示すような信号であり、正弦波信号と矩形波信号をDeltaを用いて加算(あるいは混合)した信号である。
【0030】
図8に、図7における基準電圧信号演算器11における演算処理のフローチャートを示す。a相の基準電圧信号の生成について示すが、b相、c相についても同様である。まず、入力したVan、Vbn、Vcnに対し、
Vm={Van+(Vbn−Vcn)/3}1/2
により電圧値Vmを演算する(S101)。
【0031】
次に、角度パラメータのDeltaを用いてVm・sin(π/6−Delta/2)を演算し、これとVanの絶対値Abs(Van)とを大小比較する。
【0032】
すなわち、
Abs(Van)>Vm・sin(π/6−Delta/2)
であるか否かを判定する(S102)。
【0033】
そして、Abs(Van)がVm・sin(π/6−Delta/2)より大きい場合には、次に、Vanの絶対値とVm・sin(π/6+Delta/2)とを大小比較する。すなわち、
Abs(Van)<Vm・sin(π/6+Delta/2)
であるか否かを判定する(S103)。
【0034】
S102でYESであり、かつ、S103でYESの場合、すなわち、
Vm・sin(π/6−Delta/2)≦Abs(Van)≦Vm・sin(π/6+Delta/2)
の場合には、新たな基準電圧信号VanNewとして、
VanNew=Vm・sign(Van)
とする(S106)。ここで、sign(Van)は、Vanの符号がプラスであればプラス、Vanの符号がマイナスであればマイナスとなる関数である。これは、Vanのこの部分を矩形波で置換することに対応する。
【0035】
一方、S102でNO、あるいはS103でNOの場合には、さらに、Vanの絶対値とVm・sin(π/2−Delta/2)を大小比較する。すなわち、
Abs(Van)>Vm・sin(π/2−Delta/2)
であるか否かを判定する(S104)。
【0036】
S104でYESの場合には、同様に新たな基準電圧信号VanNewとして、
VanNew=Vm・sign(Van)
とする(S106)。他方、S104でNOの場合には、今のVanをそのまま新たなVanNewとする(S105)。これは、Vanのこの部分をそのまま正弦波として残すことに対応する。
【0037】
以上のようにして、正弦波状のVanが、正弦波と矩形波が結合した新たな基準電圧信号VanNewとして生成され出力される。図8の処理から分かるように、Deltaが0度の場合には、常に、
sin(π/6−Delta/2)=sin(π/6+Delta/2)
=sin(π/6)
であり、S102あるいはS103のいずれかでNOと判定され、さらにS104でもNOと判定されるため、S105でVanがそのままVanNewとして生成される。これは、新たな基準電圧信号VanNewが正弦波のままであることを意味する。
【0038】
また、Deltaが60度の場合には、
sin(π/6−Delta/2)=sin(0)
sin(π/6+Delta/2)=sin(60)
であり、
sin(π/2−Delta/2)=sin(60)
であるから、S103あるいはS104でYESと判定され、S106で矩形波が生成される。これは、新たな基準電圧信号VanNewが矩形波であることを意味する。
【0039】
図7に示す本実施形態のPWM変調器12(以下、これを適宜、修正PWM変調器と称する)は、種々のモータ駆動制御装置に適用することが可能である。例えば、図9に示すスカラー制御のモータ駆動装置に適用でき、あるいは図10に示すベクトル制御のモータ駆動装置に適用できる。
【0040】
図9において、モータ駆動制御装置は、スカラー制御器20と、修正PWM変調器12と、インバータ3と、基本コンポーネント演算器22と、Delta演算器24を備える。
【0041】
スカラー制御器20は、目標速度ωr*が入力され、これに基づいて基準電圧信号(出力電圧指令値)Van、Vbn、Vcnを演算して出力する。スカラー制御であるから、フィードバック成分は存在しない。
【0042】
修正PWM変調器12は、図7に示すPWM変調器12であり、入力されたVan、Vbn、Vcnから新たなVanNew、VbnNew、VcnNewを生成して出力する。修正PMW変調器12は、Delta演算器24から供給された角度パラメータDeltaに基づいて新たな基準電圧信号VanNew、VbnNew、VcnNewを生成する。
【0043】
基本コンポーネント演算器22は、目標速度ωr*と現在のモータ速度ωcとに基づいて基本係数fcを演算する。基本コンポーネント演算器22は、差分器及び比例積分器を有し、目標速度ωr*と現在の速度ωcとの差分を演算し、その誤差を比例積分器で比例積分して基本係数fcを演算する。
【0044】
Delta演算器24は、基本係数fcに基づいて角度パラメータDeltaを演算する。具体的には、
fc=1/π{8sin(Delta/2)+π−3Delta}
の関係にあり、この関係式を用いてDeltaを演算する。基本係数fcが増大するほど、Deltaもこれに応じて増大していく。基本係数fcが1の場合、Deltaは0度である。
【0045】
図10において、モータ制御駆動装置は、トルク補償器30と、磁束演算器32と、d−q変換器34と、2相/3相変換器36と、修正PMW変調器12と、インバータ3と、基本コンポーネント演算器22と、Delta演算器24と、評価器42とを備える。
【0046】
トルク補償器30は、Delta演算器24で演算される角度パラメータDeltaに基づいて目標トルクTe*を補正する。具体的には、
補償トルク=π/3・Te*{Delta−cos(Delta/2)Ln{(1+sin(Delta/2))/(1−sin(Delta/2))}}
により目標トルクTe*を補正する。要するに、Deltaが増大するに従って目標トルクTe*が増大するように補正する。なお、目標トルクTe*は、目標速度ωr*と現在の速度ωcとの誤差をPI部で比例積分して得られる。
【0047】
磁束演算部32は、予め用意されたマップを用いてモータ速度ωcに対応する目標磁束Ψ*を演算して出力する。
【0048】
d−q変換器34は、目標トルクTe*と現在のトルクTeとの差、及び目標磁束Ψ*と現在の磁束Ψとの差を用いた比例積分により、d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vqを演算して出力する。
【0049】
2相/3相変換器36は、d軸、q軸の2相をa相、b相、c相の3相に変換し、Vd*及びVq*からVan、Vbn、Vcnを演算して出力する。2相/3相変換器36は、2相電圧信号を3相電圧信号に変換する際に、評価器42で演算される位相角ρsを用いる。評価器42は、モータのロータ角θr及びモータ速度ωcに基づいて位相角ρsを演算する。
【0050】
基本コンポーネント演算器22は、目標トルクTe*と現在のトルクTeとの差、及び目標速度ωr*と現在のモータ速度ωcとに基づいて基本係数fcを演算する。基本コンポーネント演算器22は、差分器及び比例積分器を有し、これらの信号の誤差を比例積分器で比例積分して基本係数fcを演算する。
【0051】
Delta演算器24は、基本係数fcに基づいて角度パラメータDeltaを演算する。具体的には、
fc=1/π{8sin(Delta/2)+π−3Delta}
の関係にあり、この関係式を用いてDeltaを演算する。
【0052】
修正PWM変調器12は、図7に示すPWM変調器12であり、入力されたVan、Vbn、Vcnから新たなVanNew、VbnNew、VcnNewを生成して出力する。修正PMW変調器12は、Delta演算器24から供給された角度パラメータDeltaに基づいて新たな基準電圧信号VanNew、VbnNew、VcnNewを生成する。
【0053】
このように、本実施形態の修正PWM変調器12は、スカラー制御、ベクトル制御のいずれにも用いることができる。
【0054】
以下に、本実施形態における新たな基準電圧信号を用いてインバータ3を制御した場合のコンピュータシミュレーション結果を示す。
【0055】
図11は、修正PWM変調器12で生成される新たな基準電圧信号であり、図11(a)はa相の基準電圧信号VanNew、図11(b)はb相の基準電圧信号VbnNew、図11(c)はc相の基準電圧信号VcnNewである。
【0056】
図12は、a相の基準電圧信号とこれに対応するPWM変調信号であり、図12(a)は基準電圧信号VanNewであり、図12(b)はそのPMW変調信号である。
【0057】
図13は、a相とb相間の基準電圧信号(ライン間基準電圧信号)とこれに対応するPWM変調信号であり、図13(a)は基準電圧信号VabNew、図13(b)はそのPWM変調信号である。
【0058】
図14は、a相とb相間、b相とc相間、c相とa相間の基準電圧信号をPWM変調した信号をまとめて示したものであり、図14(a)はVabNewの変調信号、図14(b)はVbcNewの変調信号、図14(c)はVcaNewの変調信号である。
【0059】
図15は、角度パラメータDelta=0度の場合の、VabNew、VbcNew、VcaNewの各PWM変調信号と磁束軌跡であり、図15(a)はVabNewのPWM変調信号、図15(b)はVbcNewのPWM変調信号、図15(c)はVcaNewのPWM変調信号、図15(d)はこのときの磁束軌跡である。Delta=0度の場合、磁束軌跡はd軸、q軸の2次元平面において円形となる。
【0060】
図16は、角度パラメータDelta=30度の場合の、VabNew、VbcNew、VcaNewの各PWM変調信号と磁束軌跡であり、図16(a)はVabNewのPWM変調信号、図16(b)はVbcNewのPWM変調信号、図16(c)はVcaNewのPWM変調信号、図16(d)はこのときの磁束軌跡である。Delta=30度の場合、磁束軌跡は円形軌跡と直線軌跡の混合となる。
【0061】
図17は、角度パラメータDelta=60度の場合の、VabNew、VbcNew、VcaNewの各PWM変調信号と磁束軌跡であり、図17(a)はVabNewのPWM変調信号、図17(b)はVbcNewのPWM変調信号、図17(c)はVcaNewのPWM変調信号、図17(d)はこのときの磁束軌跡である。Delta=60度の場合、磁束軌跡は六角形となる。
【0062】
既述したように、Deltaは、基本係数fcが増大するに従って0度から順次60度まで増加していく。モータ速度との関係では、低速域では基本係数fcは小さいため、これに応じてDeltaも小さく、磁束軌跡は図15のように円形である。モータ速度が大きくなると、基本係数fcも大きくなり、これに応じてDeltaも順次増大し、磁束軌跡は図16のように一定ではなく変動する。さらにモータ速度が大きくなる高速域では基本係数fcもさらに大きくなり、これに応じてDeltaも60度近傍となり、磁束軌跡は図17のように六角形となる。
【0063】
なお、図15と図17を比較すれば明らかなように、磁束軌跡が六角形状に変化すると平均トルクが減少する。このため、Deltaに応じて減少する平均トルクを補償する必要がある。上記のトルク補償器30が存在する所以である。図9に示すスカラー制御の場合にも、同様にDeltaに応じて目標速度ωr*をDeltaに応じて補正してもよい。
【0064】
以上より、基準電圧信号として正弦波信号と矩形波信号を、角度パラメータDeltaを用いて加算(あるいは混合ないし結合)し、この加算基準電圧信号をPWM変調して得られる信号でインバータ3をスイッチング制御することで、シームレスに磁束軌跡を円形から六角形に遷移させることができる。従って、車両の低回転低トルク域から高回転高トルク領域にわたって、制御モードを切り替えることなく、角度パラメータDeltaを連続的に変化させるだけで対応することができ、制御モードの切り替えにより生じるトルク変動を防止できる。
【0065】
また、本実施形態では、従来のように複数モードの制御を切り替えるのではなく、角度パラメータDeltaを用いた単一制御モードによりモータ4を駆動制御できるので、構成がよりシンプルとなる。
【0066】
さらに、本実施形態の修正PWM変調器12は、供給される出力電圧指令値あるいは基準電圧信号から角度パラメータDeltaを用いて新たな基準電圧信号を生成するものであり、供給される出力電圧指令値あるいは基準電圧信号がスカラー制御で生成されたのか、あるいはベクトル制御で生成されたのかは問わない。すなわち、本実施形態の修正PWM変調器12は、スカラー制御及びベクトル制御のいずれにも適用できる汎用性を備えている。
【符号の説明】
【0067】
1 バッテリ、2 昇圧コンバータ、3 インバータ、4 モータ、10 PWM変調器、11 基準電圧信号演算器、12 修正PWM変調器、24 Delta演算器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電動機の駆動制御装置であって、
制御目標である基準電圧信号を生成する生成手段と、
前記生成手段からの前記基準電圧信号を、交流電動機の速度に応じて正弦波信号と矩形波信号を加算した信号として修正して出力する修正手段と、
前記修正手段で修正された基準電圧信号をPWM変調してインバータのスイッチング素子に供給する変調手段と、
を備え、前記修正された基準電圧信号を用いた単一制御モードで制御することを特徴とする交流電動機の駆動制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の装置において、
交流電動機の速度あるいはトルクに応じ、交流電動機の速度あるいはトルクが増大する程その値が増大する角度パラメータDelta(但し、0≦Delta≦60)を演算する手段
を備え、
前記修正手段は、角度パラメータDeltaを用いて、Delta領域を正弦波信号、60−Delta領域を矩形波領域として、交互に正弦波領域と矩形波領域が出現するように前記基準電圧信号を修正する
ことを特徴とする交流電動機の駆動制御装置。
【請求項3】
請求項2記載の装置において、
前記修正手段は、
前記生成手段からの3相の前記基準電圧信号をそれぞれVan、Vbn、Vcnとし、
電圧値Vm={Van+(Vbn−Vcn)/3}1/2
を演算する手段と、
前記Van、Vbn、Vcnの絶対値Absが、
Vm・sin(π/6−Delta/2)≦Abs≦Vm・sin(π/6+Delta/2)
を満たすか否かを判定し、満たす場合に前記正弦波信号を前記電圧値Vmを振幅とする前記矩形波信号に置換する手段と、
Abs>Vm・sin(π/2−Delta/2)
を満たすか否かを判定し、満たす場合に前記正弦波信号を前記電圧値Vmを振幅とする前記矩形波信号に置換する手段と、
を備えることを特徴とする交流電動機の駆動制御装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の装置において、
前記生成手段は、スカラー制御あるいはベクトル制御のいずれかにより前記基準電圧信号を生成することを特徴とする交流電動機の駆動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2012−50173(P2012−50173A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−187285(P2010−187285)
【出願日】平成22年8月24日(2010.8.24)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】