説明

交番磁場を利用した非破壊検査装置および非破壊検査方法

【課題】 従来の磁気を利用した非破壊検査装置では、表皮効果により検査対象が被検体の表層部に限られ、厚肉構造の被検体の内部や裏面の探傷検査ができなかった。
【解決手段】 被検体に誘起される渦電流による磁場の検出出力から被検体表層部の検出出力をキャンセルする外部信号を与えることにより表皮効果の影響を除外した。これにより、被検体表層部の検出出力によってマスキングされていた被検体内部の検出出力を取り出すことができ、被検体の内部や裏面の探傷および肉厚検査などができるようになった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性の被検体に交番磁場を印加し、被検体に生ずる渦電流による磁場を検出することにより被検体の探傷を行う電磁誘導を利用した装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
このような従来の電磁誘導を利用した渦流探傷の一例として、特許第3753499号公報(特許文献1)に開示されたものがある。特許文献1では、励磁コイルと直交するように配置した2個の検出コイルに誘起された検出信号の間の出力差および位相差の少なくとも何れかを検出するように構成することにより、検出出力を高めることができて、建築物内部の耐火被覆に覆われた鉄骨表面の亀裂などの損傷状況を、被覆材を剥ぐことなく検査できるようにしている。しかしながら、このように構成されたものにあっては、表皮効果により、磁場が被検体(鉄骨)の深さ方向に向かうに従い指数関数的に減少するために、損傷の検出が被覆材に覆われた被検体(鉄骨)の表面に限られ、被検体の内部や裏面の損傷を検査できないという問題点があった。この問題点は、特許文献1に限らず、数多くの電磁誘導を利用した渦流探傷装置や渦流探傷方法および探傷プローブ(センサ)が提案されているが、これ等に共通する深刻な問題点である。
【0003】
また、従来の検査装置の他の例として、特許第3266128号公報(特許文献2)に開示された漏洩磁束を検出して探傷を行うものがある。特許文献2では、磁化器の磁化方向に沿って複数の磁気センサを設け、被検体上の同一位置に対応する漏洩磁束を検出し、複数の磁気センサの測定結果を演算することによって、ノイズを低減させて被検体の内部欠陥を検出するようにしたものである。しかしながら、このように構成されたものにあっては、磁化器の端面が被検体面に対して略垂直ではなく被検体に沿って配置されているが、これでは、被検体には磁化器の磁場の一部だけが、しかも被検体に対して斜め方向に印加されるため、磁化器の磁場は被検体に対し有効には印加されない。さらに重要なことは、検出センサが被検体の裏面側に配置されているため、検出センサは被検体を通過してきた磁場(漏洩磁束)を検出することになるが、表皮効果により、磁場が被検体の深さ方向に向かうに従い指数関数的に減少するために、この漏洩磁束はかなり微弱なものとなることである。また複数の磁気センサを配置し、磁化条件を変えて測定した結果を演算しなければならないなど、検査が相当に煩雑になる。この様な漏洩磁束を検出して検査するものにあっては、上述した理由により、漏洩磁束は表皮効果により微弱なものとなるため検査は限定的にならざるを得ない。特許文献2の実施例では、1mm厚の薄鋼板が検査対象であり、リフトオフ(被検体と検出センサ間の距離)は1mmしかとれていない。この様に、漏洩磁束を検出して検査するものにあっては、表皮効果により、検査対象が薄肉材に限定され、厚肉材の内部や裏面の探傷には到底適用できないという問題点があった。
【0004】
また、従来の検査装置の他の例として、被検体の内部を透過する透過磁束を利用して探傷を行うと云う提案が、特開2010−48552号公報(特許文献3)に開示されている。特許文献3では、被検体の内部を透過する透過磁束の2点間における磁位差(特許文献3では磁位という用語を使っているが、特許文献3における図1及びそれを模式化した図3の磁気回路に印加電流が流れるコイルの鎖交があるため、電位のようには扱えず、特許文献3で云う磁位という概念は物理的に意味が無い)を測定することにより被検体の内部欠陥を検出すると云うものである。特許文献3における図3に概略図を示してその検出原理が次のように説明されている。即ち、励磁コアと被検体およびピックアップコアとが磁束の通路を構成するとし、励磁コアから被検体に印加された磁束がこの通路の中を流れ、被検体の内部に欠陥があると被検体の磁気抵抗が大きくなるから、ピックアップコアに設けられた磁位差測定手段(検出コイル)の出力が変化する。これによって被検体の内部欠陥を検出できるとしている。しかしながら、励磁コアから被検体に印加された磁場(磁束)は、表皮効果により、被険体内を一様には流れず、被検体への印加表面で最も大きく、被検体の内部に向かって進むに従い指数関数的に減衰する。特許文献3における図3で画かれているような被検体の内部を流れる一様な透過磁束は、通常の交番磁場を利用する限り、存在しない。印加された磁場は被検体の表面で最大強度を持つ。印加磁束の周波数を低くすることで被険体内の磁束の減衰をある程度抑えられるが、被険体内に一様な透過磁束を通すのは極めて困難である。仮に1Hzを遥かに下回る超低周波数を印加して何とか透過させることができたとしても、コイルの検出出力が印加周波数の自乗に比例するため、検出効率が極端に低下する。例えば、1kHzで検出出力が1Vであるとすると、0.1Hzでは0.01μVとなり、ノイズに埋もれてしまい検出信号の処理が極めて困難になる。さらに、超低周波数に起因して装置の電子回路に超低周波数対応が求められ、その上、データ捕捉時間が長くなって迅速な測定ができなくなるなど、全く実用にならない。この様に、透過磁束を利用して検査するものにあっては、表皮効果により透過磁束が被険体内に一様に流れず、被検体の内部や裏面の探傷には適用できないという問題点があった。
【0005】
また、従来の検査装置の他の例として特許第3896489号公報(特許文献4)では、測定対象に交流磁場を印加して磁気センサの磁気応答信号を調べることにより、測定対象に含まれる金属導体などの異物を検出している。磁気センサの検出信号は、印加交流磁場が磁気センサの位置に作る磁場と、測定対象に含まれる金属導体に発生する渦電流による磁場(印加交流磁場に対して位相が90度遅れる)とから構成され、金属導体などの異物の検出には、前者の印加交流磁場が磁気センサの位置に作る磁場が雑音(ノイズ)となる。この交流磁場をキャンセルコイルによって取り除くことにより、金属導体に発生する渦電流による磁場の検出感度を高めて、測定対象に含まれる金属導体などの異物の有無検査を可能にしている。このように特許文献4では、印加交流磁場が磁気センサの位置に作る磁場をキャンセルコイルによって取除くことにより、測定対象に含まれる金属導体に生ずる渦電流による磁場の検出感度を高めたものであり、金属導体などの異物の有無検査が目的で、測定対象に含まれる金属導体の内部を検査しようとするものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3753499号公報
【特許文献2】特許第3266128号公報
【特許文献3】特開2010−48552号公報
【特許文献4】特許第3896489号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
渦流探傷に代表される磁場を利用した非破壊検査では、被検体に交番磁場を印加する。これにより、被検体には表皮効果に応じて渦電流が誘起され、この渦電流が発する磁場を検出コイルで検出する。表皮効果により印加磁場の浸透が被検体の深さ方向に指数関数的に減少するため、被検体表面に流れる渦電流による磁場の出力が強大で、被検体内部の渦電流による磁場の出力は極微弱である。検出コイルで検出される信号(交流信号)には、これ等の出力がミキシングされて検出される。即ち、被検体表層部の大出力よって被検体内部の微小出力はマスキングされている。検出出力(交流信号)は、評価のために、電子回路で整流・検波されて直流電圧に変換されるが、この整流・検波後の直流電圧には、マスキングされた被検体内部の微小出力は殆んど反映されない。このことが、厚肉材などの被検体の内部や裏面の探傷検査に対して未だ解決に至っていない本質的な問題点であり、解決が渇望されている課題である。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みて上記課題を解決するために提案されたもので、その目的とするところは被検体の内部や裏面の探傷を可能にする技術を提供することにある。より詳しくは、検出コイルの検出出力に被検体表層部の検出出力をキャンセルする外部信号を与えて、被検体表層部の検出出力にマスキングされていた被検体内部の検出出力をとり出すことにより、被検体の内部や裏面の探傷および肉厚変化などの検査を可能にするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の第1の形態は、信号波形生成器と被検体に交番磁場を印加可能な励磁コイルと、前記励磁コイルの近傍位置に配置され測定対象から発せられる渦電流による磁場を検知する検出コイルと、前記検出コイルの検出信号に対し振幅がほぼ等しく逆位相の正弦波信号を生成する回路を備えて該逆位相正弦波生成回路出力と前記検出コイルの検出信号との和を出力する回路を備え、或は検出コイルの検出信号と振幅がほぼ等しく同位相の正弦波信号を生成する回路を備えて該同位相正弦波生成回路出力と前記検出コイルの検出信号との差を出力する回路を備え、該和信号出力或は該差信号出力の残余の信号を検波する回路手段を備えて、表皮効果による被検体表層部の検出出力をキャンセルして該被検体表層部の検出出力によってマスキングされていた被検体の内部や裏面の出力を検出することを特長とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の第1の形態によれば、前記検出コイルの検出出力信号のうち、その支配的成分である被検体表層部の渦電流による検出出力をキャンセルすることができる。検出コイルの検出出力(電圧)は、被検体に誘起される全ての渦電流による検出電圧がミキシングされた和として観測されるが、被検体表面で発生した渦電流による磁場の検出出力が最も大きく、被検体の内部に向かう程、そこで発生する渦電流による磁場の検出出力は、その振幅値が被検体表面に対して指数関数で減少するとともに位相遅れが生じる。この位相遅れは励磁角周波数と被検体の導電率および透磁率の積の平方根に比例する。被検体の表面近傍では、振幅値の減少が小さくまた位相遅れは小さい。この被検体表層部における検出出力の和(足し算)が検出コイルの検出出力の支配的成分として反映される。したがって、検出コイルの検出出力に対し、これと同振幅逆位相の外部正弦波信号を印加して和をとる、或は同振幅同位相の外部正弦波信号を印加して差をとることにより、検出コイルの検出出力から被検体表層部の検出出力分をキャンセルでき、表層部の検出出力分によってマスキングされていた被検体内部の検出分を簡便にして効果的に取り出すことができる。このようにして得られた被検体内部の検出分を示す和信号、乃至差信号は、検出コイルの検出出力とは位相が異なった小信号出力であるが、表層部の大出力を取り除いているため、増幅回路で必要に応じた高利得での増幅が可能となり、検査したい被検体内部の検出分だけを検査に必要となる十分な大きさの信号にまで増幅して得ることができる。また、この和信号、乃至差信号は、検出コイル出力に対して同振幅逆位相の外部正弦波信号、或は同振幅同位相の外部正弦波信号を印加して和或は差をとった演算信号であり、この演算信号の生成時の位置における検出コイル出力に対して、新しい検査位置(例えば走査等により被検体上で検出コイルを移動した場所)の表層部に亀裂などの損傷がある場合には、表層部に誘起される渦電流のルート変更によって表層部に対する検出出力が変化するため、和信号或は差信号の生成時に与えた外部正弦波信号との間に差異が生じる。したがってこの表層部の亀裂をも検出できる。即ち、検出コイル出力に対して同振幅逆位相の外部正弦波信号、或は同振幅同位相の外部正弦波信号を印加して和或は差をとった演算信号を生成することにより、被検体の厚みや裏面の損傷などの被検体内部の検査を高性能で行えると同時に、被検体表面の損傷をも検出することができる。更に、検出出力はリフトオフ(検出センサから被検体までの距離)にともなって減少するため、従来はリフトオフを大きく取れないという問題があったが、本発明では、検出出力から表層部の大出力を取り除いているため、高利得での増幅が可能となり、リフトオフを飛躍的に大きくとることが可能になった。即ち、後述の実施例で詳述するように、従来不可能であった二重管の内側配管の内壁の損傷を外側の配管表面から検出可能であることが示された。また、肉厚が10mmを超える炭素鋼配管の肉厚の変化をリフトオフ下で然も高精度に検出することが可能になった。また、金属製の外装被覆材と数十ミリ厚の防露材でカバーされた鋼製配管の肉厚や配管内壁の損傷を被覆材のカバー付き防露材の外側から高精度で検査することが可能になった。さらに、ステンレス鋼と炭素鋼の異材継手配管内壁の溶接部直近に生じた微小傷の検出が可能になった。これ等は本発明の非破壊検査装置による実施例のほんの一部であり、本発明の磁場を利用した非破壊検査装置を用いることにより、年来の懸案事項であった配管を含む厚肉材の内部や裏面の探傷を高リフトオフ下で検査することが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明における非破壊検査装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の一実施例を示すもので、二重構造のステンレス鋼板の上側鋼板の外面から下側鋼板の裏面につけた人工溝を検出する試験の様子を説明した模式図である。
【図3】上側鋼板の外面から下側鋼板の裏面につけた人工溝の検出例を示す図である。
【図4】本発明のその他の実施例を示すもので、ステンレス鋼配管内壁の微小傷の検出試験に用いたテストピースを模式的に説明した図である。
【図5】ステンレス鋼配管内壁の微小傷の検出例を示す図である。
【図6】本発明のその他の実施例を示すもので、炭素鋼配管の肉厚測定に使用したテストピースの形状と測定箇所を説明した模式図である。
【図7】炭素鋼配管の肉厚測定の結果を示す図である。
【図8】本発明のその他の実施例を示すもので、ステンレス鋼薄板の表面から間隙を介して真下に置かれたステンレス鋼配管の肉厚測定を行った様子を模式的に説明した図である。
【図9】配管の肉厚測定の結果を示す図である。
【図10】本発明のその他の実施例を示すもので、ステンレス鋼と炭素鋼の異材継手配管内壁の溶接部直近に設けた微小傷の検出事例を説明する模式図である。
【図11】異材継手配管内壁の溶接部直近に設けた微小傷の検出結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態について図面を用いて説明する。
【0013】
図1は、本発明の磁場を利用した非破壊検査装置30の構成を示すブロック図である。同図に示すように、本実施形態の磁場を利用した非破壊検査装置は、コンピュータ11と、信号波形生成器1と、移相器2と、パワーアンプ3と、励磁印加手段4と、検出手段5と、ポテンショメータ6と演算回路7と、増幅回路8と、増幅回路9と、検波回路10とから構成される。
【0014】
被検体20は、磁場を利用した非破壊検査装置30の検査対象であり、炭素鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、銅、インコネル、ジルコニウム等、導電性を有する材料であれば何であってもよい。
【0015】
コンピュータ11は、図示しない操作者などの入力指示に従い、信号波形生成器1が発生する交流信号の電圧や位相および周波数などを制御することに加えて、増幅回路8の出力を調べるチェック端子TP−2や増幅回路9の出力を調べるチェック端子TP−1、さらに検波回路10の出力を調べるチェック端子TP−3を表示させるとともに、コンピュータ11にインストールされた図示しないアプリケーションソフトに従って検波回路10の出力などを演算処理するなど、様々な処理を行う。なお、前記検波回路10は、同期検波回路であることが望ましい。
【0016】
信号波形生成器1は、少なくとも2つの信号波形を同時に出力することができ(図1ではBとAの2つの出力が示されている)、これ等少なくとも2つの信号波形出力は、波形の種類、周波数、電圧、位相などを、コンピュータ11の指示に従って或は信号波形生成器1が有する機能に従って、それぞれ別々に決定されることができ、その出力の一つBはパワーアンプ3に供給され、別の一つの出力Aはリファレンス信号として増幅回路9およびスイッチSのS2接点を介してポテンショメータ6に供給される。前記増幅回路8および前記増幅回路9は、直流から測定に使用する周波数を含む広い周波数帯域に亘って、振幅特性が一定で位相推移のない直流結合増幅回路であることが望ましい。また、測定に使用する周波数を含む広い周波数帯域に亘って、振幅特性が一定で位相推移のない交流結合増幅回路も使用可能であるが、後述する走査等の測定手段により検出信号が変化する場合の過渡応答特性を考慮すると、直流結合増幅回路を使用するほうがより望ましいことは言うまでもない。また前記増幅回路9は、後述する位相比較を容易にするため、その出力段において、矩形波等の位相情報のみを保持した信号への波形整形等の手段が含まれる。
【0017】
励磁手段4は、励磁コア41と励磁コイル42から構成され、パワーアンプ3から供給される電流に応じて被検体20に磁場を印加する。励磁コア41の形状は、例えばコの字形状をなし、その両脚の軸方向がともに被検体に対して略垂直に配置される。励磁コイル42は励磁コア41の外周に沿って巻かれる。この励磁コイル42は励磁コア41の全周に亘って巻かれてもよいが、部分的に巻かれてもよい。図1では、励磁コアの一部に巻かれた場合を示している。部分的に巻かれるその他の例として、例えばコの字形状の両脚にそれぞれ巻かれる場合は、片脚を右回りで巻かれた場合には他脚を左回りで巻かれ、片脚の巻き終わりと他脚の巻き始めを結合して連続した一本の巻線として構成する。即ち、励磁コイル42に電流が印加された場合のある瞬間における励磁コア41内の磁場の向きが一方向となるように構成される。
【0018】
検出手段5は、検出コア51と検出コイル52から構成され、励磁手段4によって被検体20に印加された磁場により被検体には渦電流が誘起されるが、この渦電流によって発生する磁場を検出する。検出コア51の形状は、例えばコの字状で、その両脚の軸方向がともに被検体に対して略垂直に配置される。検出コイル52は検出コア51の外周に沿って巻かれる。この検出コイル52は検出コア51の全周に亘って巻かれてもよいが、部分的に巻かれてもよい。部分的に巻かれる場合、例えばコの字形状の両脚にそれぞれ巻かれる場合は、片脚を右回りで巻いた場合には他脚を左回りで巻き、片脚の巻き終わりと他脚の巻き始めを結合して連続した一本の巻線として構成する。
【0019】
次に、図1に基づき、本発明の磁場を利用した非破壊検査装置30を用いて検査を行う際の動作について説明する。なお、以下では、検出コイル出力と同振幅逆位相の電圧信号との和(足し算)をとることにより、検出コイル出力の支配成分をキャンセルする方法および装置について説明する。これはまた、検出コイル出力と同振幅同位相の電圧信号との差(引き算)をとって検出コイル出力の支配成分をキャンセルするように構成してもよい。この場合は、以下で説明する検出出力とリファレンス信号との位相調整において、検出コイル出力の位相をリファレンス信号に対して同位相に設定した上で、リファレンス信号の振幅値を検出コイル出力の振幅値に等しくなるように設定し、検出コイル出力とリファレンス信号の差を取ることによって得られる。以下、検出コイル出力と同振幅逆位相のリファレンス信号との和をとって、検出コイル出力の支配成分をキャンセルする方法および装置について説明する。
【0020】
まず、スイッチSをS1側にする。これにより、信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)は増幅回路9だけに供給され、ポテンショメータ6には供給されない。
【0021】
信号波形生成器1の周波数を決定する。出力B、出力Aとも同じ周波数にする。周波数は、被検体の材質、検査場所などを勘案して決定する。
【0022】
信号波形生成器1の出力のうち、出力Bはパワーアンプ3で電流増幅されて励磁コイル42に送られ、励磁コイルに交番電流が流れることによって交番する励磁磁場が発生する。励磁磁場の大部分は励磁コア41に集められ、その端面から被検体20の表面に向けて印加される。ある瞬間における励磁コア41内の磁場の向きは一方向である。例えば、励磁コア41がコの字形状をなし、その両脚の軸方向がともに被検体20の表面に対して略垂直に配置されている場合は、被検体20からみて、片脚の端面から印加される磁場と他脚の端面から印加される磁場の向きが逆で、励磁コア内の磁場の向きは片脚から他脚に向かう。その向きは印加磁場が交流であるから交番する。
【0023】
励磁手段4によって被検体20に磁場が印加されることにより、被検体20には渦電流が誘起され、この渦電流による磁場が発生する。被検体20に誘起される渦電流は、励磁コア41の形状が、例えばコの字形状をなし、その両脚の軸方向がともに被検体に対して略垂直に配置されている場合には、コの字状の励磁コア41の両端面が対向する位置を中心に被検体20の二箇所で誘起され、それらの渦電流の向きは逆向きである。これは、励磁コア41の両端面から被検体20に印加される磁場の向きが逆向きであることによる。これら二箇所で誘起される渦電流によって、それぞれ逆向きの磁場が発生する。
【0024】
被検体20の二箇所で発生する磁場は、励磁手段4の近傍に配置された検出手段5によって検出され、検出コイルには電圧が誘起される。検出手段5がコの字状の検出コア51とその両脚にそれぞれ逆向きに巻かれ、片方の巻線の終端を他方の巻線の始点と結合して一本の巻線とした検出コイル52で構成される場合は、被検体20の二箇所で発生する磁場の向きが逆向きであるから、検出コア51の片脚に入った磁場は他脚に向かい(交流であるから交番する)、検出コイル52には両脚に巻かれた巻線数の和に比例した電圧が誘導される。
【0025】
検出コイル52の出力電圧は、増幅回路8で適宜増幅され、その出力はチェック端子TP−2で確認できる。一方、信号波形生成器1の出力のうち、出力A(リファレンス信号)は増幅回路9で適宜増幅され、その出力はチェック端子TP−1で確認できる。チェック端子TP−1およびチェック端子TP−2の出力は、コンピュータ11で水平軸を時間、垂直軸を電圧にとって、同時にオシロスコープ表示される。表示に際し、トリガ機能を使ってトレースは固定される。コンピュータ計測に際して必要となるADコンバータは、コンピュータ11にサウンドボードが装備されている場合にはサウンドボード内に内蔵されているものでもよいが、外付けのものでもよい。また、コンピュータ11にインストールされたADコンバータを具備した計測ソフトを使って行ってもよい。さらに、チェック端子TP−1およびチェック端子TP−2の出力表示は、コンピュータ計測に限らず、計測器のオシロスコープを用いて水平軸を時間、垂直軸を電圧にとって表示させてもよいことは勿論である。
【0026】
コンピュータ11のオシロスコープ表示上で、チェック端子TP−2の時間波形がチェック端子TP−1に対して逆位相となるように、信号波形生成器1の出力Bの位相を移相器2によって調整する。以上で、検出コイル出力電圧と信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)とは互いに逆位相に設定される。
【0027】
次に、スイッチSをS2接点に切り替える。これにより、信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)は、増幅回路9並びにポテンショメータ6の両方に供給される。
【0028】
信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)のうちスイッチS2を通りポテンショメータ6を介して演算回路7に供給された信号出力は、検出コイル52の出力電圧との和(足し算)がなされる。演算回路7による演算結果は増幅回路8で増幅された後、コンピュータ11のオシロスコープ表示上でチェック端子TP−2の出力として表示される。コンピュータ11のオシロスコープ表示上には、チェック端子TP−2の出力とともに、チェック端子TP−1の出力が表示される。
【0029】
ポテンショメータ6のボリュームの摘みを回して抵抗値を連続的に変え、信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)からスイッチSのS2接点を介して演算回路7に入力されるリファレンス信号の振幅値を調整する。検出コイル52の出力電圧と信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)とは既に互いに逆位相になるように設定されているから、スイッチSのS2接点を介して分岐された出力A(リファレンス信号)の振幅値を調整してチェック端子TP−2の電圧波形の波高値をほぼ零にする(調整開始時の支配位相成分がキャンセルされ、位相が異なる小振幅の電圧が残る)ことにより、スイッチSのS2接点を介して分岐された出力A(リファレンス信号)の振幅値を検出コイル出力の振幅値に一致させることができる。検出コイル52の出力からその支配位相成分をキャンセルした後に残る位相が異なる小振幅の電圧信号は、被検体20の表層部に誘起された強大な渦電流による磁場の検出信号にマスキングされた被検体20の内部に誘起された渦電流による磁場の検出信号である。この調整作業はさらに、チェック端子TP−3でモニタリングされる検波回路10の出力を表示するチェック端子TP−3が限りなくゼロになるまで、ポテンショメータ6の抵抗値を調整することで、被検体表面の渦電流による磁場の検出成分をほぼ確実にキャンセルできる。検波回路10は同期検波回路であることがより望ましい。この場合、検波回路10の出力は、演算回路7の出力を増幅回路8で増幅された電圧信号の信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)に対する方向余弦を与えるから、検波回路10の出力が限りなくゼロに近づくようにポテンショメータ6の抵抗値を調整することにより、被検体表層部の渦電流による磁場の検出成分に対して演算回路7で取り残した僅かな残余成分をほぼ確実に取り除くことができる。このようにして,ポテンショメータ6の出力を設定することにより,表皮効果による被検体表層部の強大な検出出力をキャンセルすることができ、該被検体表層部の検出出力によってマスキングされていた被検体内部の出力を検出することができる。
【0030】
これにより、信号波形生成器1の出力A(リファレンス信号)からスイッチSのS2接点を介して演算回路7に入力されるリファレンス信号のポテンショメータ6の出力は、検出コイル52の出力に対して振幅が等しく位相が逆の電圧信号に設定される。結果、検出コイル52の出力電圧からその支配成分である被検体表層部に誘起される渦電流による磁場の検出分を効果的にキャンセルできる。
【実施例1】
【0031】
図2は、二枚のステンレス鋼板を隙間を設けて重ねて配置した二重構造のステンレス鋼板を用いて、上側の鋼板の外表面から下側鋼板の裏面に人工的につけた溝を検出する試験を行った様子を説明した模式図である。鋼板サイズは、上側、下側とも、幅600mm、長さ400mmで、板厚は上側鋼板が5mm、下側鋼板が10mmである。下側の鋼板裏面には、鋼板の中央(長手方向端面から300mmの位置)に幅4mm、深さ3mm、長さ400mmの溝を人工的に加工した。鋼板間の隙間は、市販のNRスポンジゴムを用いて、10mmから30mmまで5mm毎に可変にした。
【0032】
図3に本発明の非破壊検査装置を用いて行った検出結果を示す。上側鋼板(5mm厚)の外表面上から下側鋼板(10mm厚)の裏面の人工溝(幅4mm、深さ3mm)を検出できた。上側鋼板と下側鋼板の間隙が小さいほど明瞭に検出するが、間隙が30mmであっても十分に検出できることが示された。この試験結果は、二重管の内側配管の内壁の損傷を外側の配管の外表面から検出可能であることを示しており、非破壊検査の新しい検査対象を開拓するものとして期待される。
【実施例2】
【0033】
図4は、ステンレス鋼配管内壁の微小傷の検出試験に用いたテストピースを模式的に説明した図である。ステンレス鋼配管は、150Aスケジュール管(Sch40)で板厚は7.1mmである。配管の内壁の周方向に、放電加工により、幅0.5mm、深さ3.5mm、長さ20mmのスリット状の微小傷を加工し、この微小傷を配管の外表面からリフトオフを設けて本発明の非破壊検査装置で検出試験を行った。
【0034】
図5にステンレス鋼配管内壁の微小傷の検出試験の結果を示す。板厚が7.1mmのステンレス鋼配管内壁のスリット状の微小傷(幅0.5mm、深さ3.5mmMax、長さ20mm)を20mmのリフトオフを設けて配管の外表面から明瞭に検出できた。
【実施例3】
【0035】
図6は、炭素鋼配管の肉厚測定に使用したテストピースの形状と測定箇所を説明した図である。テストピースは、肉厚の異なる4本の300A炭素鋼配管(長さ400mm)で、肉厚はそれぞれ、6.4mm、10.3mm、14.3mm、および17.4mmである。各管とも、サイズを指定して購入した市販の配管をそのまま使用し、何等の加工を加えていない。測定箇所は、各管とも配管の中央(配管端面から200mmの位置)の外周に沿って8等分する地点で、各地点とも配管表面から6mmのリフトオフを設けて測定した。
【0036】
図7に300A炭素鋼配管の肉厚測定の結果を示す。各肉厚の配管毎に8点の測定値を図示するとともに、肉厚毎に測定値から平均値と標準偏差を算出して結果を図中に示した。平均値と標準偏差の単位は電圧[V]である。板厚が厚くなる程、分散が大きくなる傾向があるが、配管肉厚と検出出力との間に極めて高い相関(相関係数r=0.996)が認められる。これにより、従来不可能であった厚肉の炭素鋼配管の肉厚の検出が可能となった。減肉率30%を96%以上の確率で、減肉率40%を99%以上の確率で検出可能である。
【実施例4】
【0037】
図8は、ステンレス鋼薄板の表面から間隙を介して真下に置かれたステンレス鋼配管の肉厚測定を行った様子を模式的に説明した図である。配管は、150A Sch80 SUS304配管(肉厚11mm、1.5m長)を用い、その両端面から各々500mm長の肉厚を切削加工し、7mm、9mm、11mmの肉厚からなるテストピースを製作した。上面の薄板には、板厚0.1mmのSUS304鋼板を用いた。薄板と配管との間隙は、市販のNRスポンジゴムを用いて、25mmから105mmまでを20mm毎に可変にした。なお、上面の薄板に対するセンサのリフトオフは0.2mmである。
【0038】
図9に配管の肉厚測定の結果を示す。センサによる検出出力と配管の肉厚との間には極めて高い相関が認められた。この高い相関関係は、上側の薄板と検査すべき配管との間隙量(25mm〜105mm)に関係なく配管肉厚と検出出力との間にr=0.99以上の相関係数が得られており、配管肉厚と検出出力との間に線形従属関係が認められる。この試験結果は、金属製の外装被覆材と数十ミリ厚の防露材でカバーされた鋼製配管の肉厚の変化を、被覆材のカバー付き防露材の外側から高精度で検査できることを示している。
【実施例5】
【0039】
図10は、ステンレス鋼と炭素鋼との異材継手配管内壁の溶接部直近に設けた微小傷の検出事例を説明する図で、テストピース並びに試験の様子を模式的に説明したものである。テストピースは、150ASUS304/SS400異材継手配管内壁のSUS側HAZ部(熱影響部)に、放電加工によりスリット状の傷(幅0.5mm、深さ2mmMax、長さ20mm)を付けたものを用いた。測定は、配管の内側につけたスリット傷の真上の配管の外表面上を配管の周方向に走査した。
【0040】
図11に異材継手配管内壁の溶接部直近に設けた微小傷の検出結果を示す。微小傷の位置に対応してセンサの検出出力に明らかな変化(下に凸)が認められる。これは、センサが配管内壁の溶接部直近の微小傷を配管の外側から検出し得たことを示している。
【符号の説明】
【0041】
1 信号波形生成器
2 移相器
3 パワーアンプ
4 励磁手段
5 検出手段
6 ポテンショメータ
7 演算回路
8 増幅回路
9 増幅回路
10 検波回路
11 コンピュータ
20 被検体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号波形生成器と被検体に交番磁場を印加可能な励磁コイルと、前記励磁コイルの近傍位置に配置され被検体から発せられる渦電流による磁場を検知する検出コイルと、前記検出コイルの検出信号に対し振幅がほぼ等しく逆位相の正弦波信号を生成する回路を備えて該逆位相正弦波生成回路出力と前記検出コイルの検出信号との和を出力する回路を備え、或は検出コイルの検出信号と振幅がほぼ等しく同位相の正弦波信号を生成する回路を備えて該同位相正弦波生成回路出力と前記検出コイルの検出信号との差を出力する回路を備え、該和信号出力或は該差信号出力の残余の信号を検波する回路手段を備えて、表皮効果による被検体表層部の検出出力をキャンセルして該被検体表層部の検出出力によってマスキングされていた被検体内部の出力を検出することを特長とする交番磁場を利用した非破壊検査装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−173281(P2012−173281A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49580(P2011−49580)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【特許番号】特許第4756409号(P4756409)
【特許公報発行日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【出願人】(306013717)大日機械工業株式会社 (2)
【Fターム(参考)】