説明

人工皮革用基材およびその製造方法

【課題】極細繊維束からなる緻密な不織布構造体、および、この不織布構造体に含浸された高分子弾性体からなり、高分子弾性体が不織布構造体の厚さ方向中央部に偏って分布する人工皮革用基材およびそのような人工皮革基材を簡便に製造する方法を提供する。
【解決手段】高密度不織布構造体にその両面から高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は極細繊維束からなる不織布構造体および該不織布構造体に含有された高分子弾性体からなる人工皮革用基材およびその製造方法に関する。より詳しくは、極細繊維束からなる緻密な不織布構造体および該不織布構造体に含有された高分子弾性体からなり、該高分子弾性体が不織布構造体厚み方向中間部に偏って分布している人工皮革用基材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工皮革は、軽さ、取り扱い易さなどが天然皮革より優れていることが消費者に認められてきており、衣料、一般資材、スポーツ製品などに幅広く利用されるようになっている。従来の一般的な人工皮革用基材は、概略、溶解性を異にする2種の重合体からなる極細繊維発生型繊維をステープル化し、カード、クロスラッパー、ランダムウェバー等を用いてウェブ化し、ニードルパンチ等により極細繊維発生型繊維を互いに絡ませて不織布化した後、溶剤に溶解させたポリウレタンなどの高分子弾性体を付与し、そして該極細繊維発生型繊維中の一成分を除去することにより極細化する方法によって製造されている。
【0003】
良好な風合い、高耐磨耗性、高強度など、人工皮革に要求される特性を達成するために、一般的に、不織布中にポリウレタンなどの高分子弾性体を一定量含浸させることが行われている。品質向上、安定化や製造コスト削減のためには、不織布中の高分子弾性体含浸量や不織布厚み方向の高分子弾性体分布を制御することが重要であり、これまでに以下のような方法が提案されている。
【0004】
特許文献1は、糊剤のマイグレーション現象(表裏面に糊剤が移行する現象)を利用してゴム状弾性重合体の分布を制御することを提案している。まず、ゴム状弾性重合体を付与する前に糊剤溶液(ポリビニルアルコール水溶液等)を繊維シートに含浸させ、乾燥により糊剤を表面層と裏面層にマイグレーションさせ、糊剤が表面層と裏面層に多く分布し、中間層には少量の糊剤が分布している繊維シートを得、ついで、この繊維シートにゴム状弾性重合体溶液を含浸し固化させることによりゴム状弾性重合体が中間層に多く分布する繊維シートを得ている。
しかし、この方法では、0.34g/cm3以上の高密度不織布においてはマイグレーション制御が困難である。
【0005】
特許文献2では、不織布の片面から高分子物質を含浸するか、不織布の両面から高分子物質を含浸した後に不織布を厚さ方向に垂直にスライスすることにより、高密度層と低密度層からなる立毛繊維シートを得ている。
しかし、高分子物質溶液を不織布片面のみから含浸させる場合、含浸分布は溶液粘度によって著しく変化し、また、不織布厚み方向の浸透深さを制御することが難しく、品質バラツキを生じ易い。不織布両面から含浸させた後にスライスする場合も同様の問題を有する。
【0006】
特許文献3は、3次元交絡シートを構成する極細繊維の空隙部分に高分子弾性体Bが充填されており、かつ、3次元交絡シー表層部付近には高分子弾性体Cが偏在して極細繊維を接着しているシート状物を開示している。このシート状物は、極細繊維を3次元的に交絡して得たシートの空隙部分に高分子弾性体Bを含浸して湿式凝固し、次いで、シート表面を研削起毛した後に、高分子弾性体Cを付与し乾式凝固させることにより製造されている。
しかし、この方法では、2段階の高分子弾性体含浸、凝固工程が必要なので、工程が複雑化し製造コストが上昇する。また、高分子弾性体、特に高分子弾性体Bの分布を意図的に制御することに関し何も記載されていないし、検討もされていない。
【0007】
特許文献4は、マイグレーションがなく、かつ、繊維間に充填した水系ウレタン樹脂が均一なマイクロポーラス層を形成している繊維シート状複合物を開示している。該繊維シート状複合物は(A)カルボキシル基とノニオン性親水基を含有する水系ウレタン樹脂、及び/又は、分子内にカルボキシル基を含有するウレタン樹脂をノニオン性乳化剤で強制分散してなる水系ウレタン樹脂、(B)無機塩、(C)曇点を持つノニオン性界面活性剤とから成る水系樹脂組成物を繊維材料基体に含浸又は塗布し、スチームで感熱凝固させることにより製造されている。
しかし、この方法では複雑な組成の水系樹脂組成物が必要であり製造方法が複雑である。さらに、この方法により0.34g/cm3以上の高密度不織布の厚さ方向に水系ウレタン樹脂を意図した分布状態で存在させることは困難である。
【0008】
特許文献5は、表面側を構成する弾性重合体の見掛け密度Aと、裏面側を構成する弾性重合体の見掛け密度Bとが、0.07+B≧A≧0.01+Bを満たす人工皮革用基体を開示している。基体層へのポリウレタン樹脂の含浸方法として、上面より表面側を構成するポリウレタン樹脂、下面より裏面側を構成するポリウレタン樹脂を浸透させる方法、基体裏面側に裏面側用ポリウレタン樹脂を充填し、次いで、基体表面側に表面側用ポリウレタン樹脂を塗布し、これを基体表面の内部まで浸透させる方法、不織布全体に裏面側用ポリウレタン樹脂を充填した後、裏面側用ポリウレタン樹脂を塗布し基体に浸透させる方法が記載されている。いずれの方法においても、基体表面の過剰ポリウレタン樹脂はナイフ等で掻き取ることが記載されている。
この方法では、表面と裏面それぞれにポリウレタン樹脂含浸操作を行うことが必要であり製造工程が煩雑である。また、0.34g/cm3以上の高密度不織布を使用する場合、ナイフにより表面近傍の高分子弾性体を充分に掻き取ることは難しく、搾液不十分となり、表面が凹凸状態となって品質のバラツキを生じやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平05−078986号公報
【特許文献2】特公昭48−32302号公報
【特許文献3】特開平06−330473号公報
【特許文献4】特開平11−335975号公報
【特許文献5】特開2005−97763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、極細繊維からなる不織布、特に高密度不織布に高分子弾性体をその厚さ方向に意図した分布状態、例えば、厚さ方向中間部に偏った分布状態で存在させる簡便な方法は知られていなかった。本発明は高分子弾性体が不織布の厚み方向中間部に偏って分布している人工皮革用基材およびそのような人工皮革用基材を簡便に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、不織布構造体に高分子弾性体溶液または分散液を含浸した直後に不織布構造体を特定の変形率でロール・ニップ処理することにより、高分子弾性体が不織布構造体の厚み方向中間部に偏って分布することを見出し本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、極細繊維束からなる緻密な不織布構造体、および、該不織布構造体に含有された高分子弾性体からなり、下記式で表される高分子弾性体の厚さ方向偏在度Xが−30%以上、−10%未満である人工皮革用基材に関する。
偏在度X=A−B
式中、Aは表面層中の高分子弾性体の平均面積比率(%)、Bは中間層中の高分子弾性体の平均面積比率(%)を表し、前記各平均面積比率は、人工皮革用基材の厚み方向に平行な任意の断面の走査型電子顕微鏡写真を画像処理し、次いで、画像解析して得た高分子弾性体の厚み方向分布チャートから求めた。
【0013】
さらに本発明は、下記の工程(a)〜(e):
(a)海成分が水溶性ポリマーおよび島成分が熱収縮性ポリマーからなる海島型繊維を繊維ウェブにする工程、
(b)前記繊維ウェブを絡合処理して不織布構造体を得る工程、
(c)前記不織布構造体を湿熱処理して密度が0.34g/cm3以上の緻密化不織布構造体を得る工程、
(d)前記緻密化不織布構造体にその両面から高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させて高分子弾性体含有不織布構造体を得る工程、および
(e)前記高分子弾性体含有不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分を水または水溶液により抽出除去し、海島型繊維を極細繊維束に変成させて人工皮革用基材を得る工程、
または、下記の工程(a)〜(c)、(f)および(g):
(a)海成分が水溶性ポリマーおよび島成分が熱収縮性ポリマーからなる海島型繊維を繊維ウェブにする工程、
(b)前記繊維ウェブを絡合処理して不織布構造体を得る工程、
(c)前記不織布構造体を湿熱処理して密度が0.34g/cm3以上の緻密化不織布構造体を得る工程、
(f)前記緻密化不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分を水または水溶液により抽出除去し、海島型繊維を極細繊維束に変成させて極細化不織布構造体を得る工程、
(g)前記極細化不織布構造体にその両面から高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させて人工皮革用基材を得る工程
を含む人工皮革用基材の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、高分子弾性体が不織布構造体の厚み方向中間部に偏って分布する人工皮革用基材を簡便な方法で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】高分子弾性体溶液を含浸した不織布構造体をロール・ニップ処理する工程を示す概略図である。
【図2】人工皮革用基材の断面における高分子弾性体の厚さ方向分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の人工皮革用基材は極細繊維からなる不織布および該不織布に含浸させた高分子弾性体からなり、例えば、以下の工程(a)〜(e)を順次実施することにより得ることができる。
【0017】
工程(a)
島成分に熱収縮性ポリマー、海成分に水溶性ポリマーを用い、海成分ポリマーと島成分ポリマーを複合紡糸用口金から押出し、海島型長繊維を溶融紡糸する。
複合紡糸用口金は、海成分ポリマー中に島成分ポリマーが8〜70個分散した断面状態を形成することができるノズル孔が直線状に多数並んだ列が並列状に複数列配置された構造のものが好ましい。
得られる繊維の断面において面積比(即ちポリマー体積比)で海/島=5/95〜60/40の比率となるように海成分ポリマーと島成分ポリマーの相対的な供給量または供給圧力を調節しつつ口金温度180〜350℃で各溶融ポリマーを口金から吐出する。
得られる海島型長繊維の断面積は70〜350μm2が好ましく、単繊維繊度は、例えば、島成分ポリマーがポリエチレンテレフタレート、海成分ポリマーが水溶性熱可塑性ポリビニルアルコールであれば、複合するポリマーの比率にもよるが、0.9〜4.9dtexが好ましく、より好ましくは1.9〜3.9dtexである。
溶融紡糸された海島型長繊維をカットすることなくランダムな配向状態でネット等の捕集面状に集積するか、または、カットして短繊維にし、カード、クロスラッパー、ランダムウェッバーなどを用いて、所望の目付、好ましくは10〜1000g/m2の繊維ウェブを製造する。
【0018】
工程(b)
前記繊維ウェブを、必要に応じてクロスラッパー等を用いて厚さ方向に複数層重ね合わせた後、少なくとも6バーブのニードルを用い、かつ該ニードルの少なくとも1つ以上のバーブが貫通する条件で、両面から同時または交互にニードルパンチングして繊維同士を三次元絡合させ、厚さ方向に平行な断面において海島型繊維が400〜2000個/mm2の密度で存在する、海島型繊維が極めて緻密に集合した不織布構造体を得る。繊維ウェブにはその製造後かつ絡合処理までのいずれかの段階で帯電防止効果を有する油剤やニードルとの摩擦抵抗をコントロールするための油剤、繊維同士の摩擦抵抗をコントロールするための油剤などを単一あるいは複数種付与してもよい。
【0019】
工程(c)
工程(b)により得られた不織布構造体を、海成分ポリマーが可塑化し、かつ島成分ポリマーが収縮するような条件で湿熱処理して、また、必要に応じて熱プレス処理を追加して行うことで、厚さ方向に平行な断面において、断面にほぼ直交する海島型繊維の断面の存在密度が1000〜3500個/mm2になるまで緻密化する。前記湿熱処理としては、飽和水蒸気を連続供給している雰囲気中へ導入する方法、海成分ポリマーが所望の程度まで膨潤・可塑化するに足る量の水を不織布構造体に付与した後、加熱エアーや赤外線などの電磁波により不織布構造体中の水分を加熱する方法、あるいはそれらを組み合わせた方法などが挙げられる。前記熱プレス処理は、繊維構造を緻密にする効果に加え、不織布構造体の形態を固定化する効果、あるいは表面を平滑化する効果も期待できる。
工程(c)により得られる緻密化不織布構造体の平均見掛け密度は、例えば、島成分ポリマーがポリエチレンテレフタレート、海成分ポリマーが水溶性熱可塑性ポリビニルアルコールであれば、0.34g/cm3以上、好ましくは0.34〜0.85g/cm3、より好ましくは0.45〜0.65g/cm3である。なお、平均見掛け密度は、圧縮させるような荷重を掛けない方法、例えば電子顕微鏡等での断面観察による方法により求めることが出来る。緻密化不織布構造体の目付は100〜2000g/m2あるのが好ましい。
【0020】
工程(d)
前記緻密化不織布構造体にその両面から高分子弾性体の水溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させて高分子弾性体含有不織布構造体を得る。
【0021】
工程(e)
前記高分子弾性体含有不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分ポリマーを水または水溶液により抽出除去し、海島型繊維を極細繊維束に変成させて人工皮革用基材を得る。
【0022】
また、前記工程(d)と(e)の順序を逆にして、下記工程(f)および(g)のようにしてもよい。
【0023】
工程(f)
工程(c)で得た緻密化不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分を水または水溶液により抽出除去し、海島型繊維を極細繊維束に変成させて極細化不織布構造体にする。
【0024】
工程(g)
前記極細化不織布構造体にその両面から高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させて人工皮革用基材を得る。
【0025】
以下、本発明をより詳しく説明する。
本発明の不織布構造体を構成する海島型繊維とは、少なくとも2種類のポリマーからなる多成分系複合繊維であって、繊維断面において繊維外周部を主として構成する海成分ポリマー中に、これとは異なる種類の島成分ポリマーが分布した断面形態の繊維のことである。本発明の島成分ポリマーは、表面張力の作用、および海成分ポリマーと島成分ポリマーとの比率を好適に選ぶことによって、略円形の断面形状で分布する。なお、ここでいう略円形とは、文字通り円に近い形状をいい、円形かそれに近い多角形形状や楕円形状を言う。この海島型繊維は、高分子弾性体を含浸し凝固させる工程の前または後の適当な段階で海成分ポリマーを抽出または分解して除去することで、残った島成分ポリマーからなり元の海島型繊維より細い複数本の繊維が集束した繊維束を生成可能である。このような海島型繊維は、従来公知のチップブレンド(混合紡糸)方式や複合紡糸方式で代表される多成分系複合繊維の紡糸方法を用いて得ることができる。海島型繊維は、繊維断面において海成分ポリマーが繊維外周部を主として構成しているので、繊維外周を複数成分が交互に構成するような花弁形状や重畳形状などの剥離分割型複合繊維に比べると、ニードルパンチ処理で代表的される繊維絡合処理時の割れ、折れ、切断などの繊維損傷を極めて少なくすることができ、即ち絡合による緻密化度合いをより高めることができる。また、海島型繊維は、剥離分割型複合繊維に比べると、繊維軸に垂直な面内方向における異方性がより少なく、また、個々の極細繊維の繊度、即ち断面積の均一性が高い極細繊維束が得られるので、不織布構造体において非常に多くの繊維束を従来にない緻密さで集合させることができる。従って、本発明の不織布構造体は、花弁形状や重畳形状などの剥離分割型複合繊維では得られないようなこれらの効果を得るために、海島型繊維を用いて製造する。
【0026】
海島型繊維の島成分を構成するポリマーは、熱収縮ポリマーであることが重要である。例えば、ポリエチレンテレフタレート(以下、PETと略記する。)、ポリトリメチレンテレフタレート(以下、PTTと略記する。)、ポリブチレンテレフタレート(以下、PBTと略記する。)、ポリエステルエラストマー等のポリエステル系樹脂またはその変性物、熱収縮性ポリアミド系樹脂またはその変性物、熱収縮性ポリオレフィン系樹脂またはその変性物など、従来公知の繊維形成能を有する種々の熱収縮性ポリマーが好適である。これらの中でも、PET、PTT、PBT、あるいはこれらの変性ポリエステル等のポリエステル系樹脂を用いることで、熱収縮により本発明が目的とするような極細繊維束が緻密に集合した不織布構造体からなる人工皮革用基材を得ることができ、緻密な表面感、充実感のある風合いなどの感性面での特徴や、耐磨耗性、耐光性、あるいは形態安定性などの実用的な性能が良好な人工皮革製品とすることができる点で特に好ましい。島成分ポリマーは、融点(以下、Tmと略記する。)が160℃以上であるのが好ましく、Tmが180〜330℃の繊維形成性結晶性樹脂であるのがより好ましい。島成分ポリマーのTmが160℃未満の場合には、得られた極細繊維の形態安定性が本発明が目的とするレベルに達することができず、特に人工皮革製品の実用的な性能の点から好ましくない。本発明において、Tmは、示差走査熱量計(以下、DSCと略記する。)を用いて、窒素雰囲気下、昇温速度10℃/分で室温からポリマー種類に応じて300〜350℃まで昇温後、直ちに室温まで冷却し、再度直ちに昇温速度10℃/分で300〜350℃まで昇温したときに観測される吸熱ピークのピークトップ温度を採用した。本発明において、極細繊維を構成するポリマーには、紡糸段階で着色剤、紫外線吸収剤、熱安定剤、消臭剤、防かび剤、抗菌剤その他各種安定剤などが添加されていてもよい。
【0027】
海島型繊維の海成分を構成するポリマーは、水溶性ポリマーであることが重要である。そして、海島型繊維を極細繊維束に変成させる必要があるので、採用した島成分ポリマーとは溶剤または分解剤に対する溶解性または分解性を異にする必要があり、紡糸安定性の点から島成分ポリマーとは親和性が小さいポリマーであって、かつ紡糸条件下では溶融粘度が島成分ポリマーより小さいポリマーであるか、あるいは表面張力が島成分ポリマーより小さいポリマーであることが好ましい。具体例としては、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、あるいはスルホン酸アルカリ金属塩を含有する化合物などを共重合した変性ポリエステル、ポリエチレンオキシドなどの水溶性ポリマーが好ましく、ポリビニルアルコール単独重合体、ポリビニルアルコール系共重合体などのポリビニルアルコール系樹脂(以下、PVAと総称する。)が最適である。ここで、水溶性ポリマーとは、水またはアルカリ性水溶液、酸性水溶液などの水溶液により、加熱、加圧などの条件下で溶解除去または分解除去できるポリマーのことを指す。海成分としてこれらの水溶性ポリマーを用いることで、不織布構造体を湿熱処理する際に、海成分ポリマーが瞬時に膨潤、可塑化し、島成分ポリマーの収縮を殆ど阻害することがなく、本発明が目的とするような極細繊維束が緻密に集合した不織布構造体からなる人工皮革用基材を得ることができ、緻密な表面感、充実感のある風合いなどの感性面での特徴や、耐磨耗性、耐光性、あるいは形態安定性などの実用的な性能が良好な人工皮革製品とすることができる点で特に好ましい。
【0028】
前記PVAは、ビニルエステル単位を主構成単位として有するポリマーをケン化することにより得られる。ビニルエステル単位を形成するためのビニル化合物単量体としては、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、バレリン酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニルおよびバーサティック酸ビニル等が挙げられ、これらの中でもPVAを容易に得る点からは酢酸ビニルが好ましい。
【0029】
前記PVAは、ホモPVAであっても共重合単位を導入した変性PVAであってもよいが、溶融紡糸性、水溶性、繊維物性の観点からは、変性PVAを用いることが好ましい。変性に用いる共重合モノマーの種類を適宜選択することで、PVAの水溶性を低下させることなく、海島型繊維を安定に製造することができる。共重合単量体の種類としては、共重合性、溶融紡糸性および繊維の水溶性の観点からエチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン等の炭素数4以下のα−オレフィン類;および、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、イソプロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル類が好ましい。PVA中の共重合単位含有量は、1〜20モル%が好ましく、4〜15モル%がより好ましく、6〜13モル%がさらに好ましい。さらに、共重合単位がエチレンであると繊維物性が高くなるので、エチレン変性PVAが特に好ましい。エチレン変性PVA中のエチレン単位含有量は、好ましくは4〜15モル%、より好ましくは6〜13モル%である。
【0030】
前記PVAは、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法などの公知の方法で製造される。その中でも、無溶媒あるいはアルコールなどの溶媒中で重合する塊状重合法や溶液重合法が通常採用される。溶液重合の溶媒として使用されるアルコールとしては、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールなどの低級アルコールが挙げられる。共重合には、a、a’−アゾビスイソブチロニトリル、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチル−バレロニトリル)、過酸化ベンゾイル、n−プロピルパーオキシカーボネートなどのアゾ系開始剤または過酸化物系開始剤などの公知の開始剤が使用される。重合温度については特に制限はないが、0℃〜150℃の範囲が適当である。
【0031】
前記PVAの粘度平均重合度(以下、重合度と略記する。)は、200〜500が好ましく、250〜470がより好ましく、300〜450がさらに好ましい。重合度が200以上だと、溶融粘度が安定的に複合化させるのに十分高い値を示し、重合度が500以下だと、溶融粘度が紡糸ノズルから容易に吐出させるのに十分低い値を示す。また、重合度500以下の、いわゆる低重合度PVAを用いることで、水または水溶液によって除去する際の溶解速度が速くなるという利点が有る。PVAの重合度は、JIS−K6726に準じて次式により求められる。
P=([η]×103/8.29)(1/0.62)
(Pは粘度平均重合度、[η]はPVAを再ケン化し、精製した後、30℃の水中で測定した極限粘度である。)
【0032】
前記PVAのケン化度は、90〜99.99モル%が好ましく、93〜99.77モル%がより好ましく、95〜99.55モル%がさらに好ましく、97〜99.33モル%が特に好ましい。ケン化度が90モル%以上だと、熱安定性が良好であり、溶融紡糸時に熱分解やゲル化をしにくくなり、ケン化度が99.99モル%以下であれば、PVAは安定に製造することが可能である。
【0033】
前記PVAのTmは、紡糸性を考慮すると160℃以上が好ましく、170〜230℃がより好ましく、175〜225℃がさらに好ましく、180〜220℃が特に好ましい。Tmが160℃以上であると、結晶性低下によるPVAの繊維強度低下を避けることができる。また、PVAの熱安定性が良好であり、繊維形成性が良好である。Tmが230℃以下であると、溶融紡糸温度をPVAの分解温度より十分低くすることができ、極細繊維束形成性繊維(海島型繊維)を安定に製造することができる。
【0034】
海島型繊維中に占める海成分ポリマーの比率は、繊維断面における面積比率で5〜60%が好ましく、10〜50%がより好ましい。海島型繊維中の海成分ポリマー比率が5%より小さくなると、海島型繊維の紡糸安定性が低下するので工業的生産性が劣る。また、海成分が少ないことにより、海島型繊維を湿熱収縮させる際に、島成分同士の摩擦や干渉を緩和させる効果が不足し、目的とする収縮状態、緻密化が得られなかったり、また、不織布構造体に高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸、固化させ、次いで、海成分を除去した後に極細繊維束と高分子弾性体との間に形成される空隙が不十分であったりする。その結果、膨らみ感や充実感、緻密な表面感などの本発明が目的とする効果が得られ難くなってしまう。一方、海成分ポリマー比率が60%を超えると、海島型繊維の断面における島成分の形状や分布状態が不規則になって、品質安定性が劣るばかりか、海島型繊維を湿熱収縮させる際に、収縮能を有する島成分が相対的に不足するため、目的とする収縮状態、緻密化が得られなくなるケースも見られる。その結果、やはり本発明が目的とする効果が得られ難くなってしまう。また、海成分ポリマーの比率は高いほど、人工皮革用基材中の極細繊維量が少なくなるので、形態安定性を付与するために必要な高分子弾性体の量が顕著に増大する傾向にある上、除去した海成分ポリマーを回収するために必要なエネルギーやコストの面で工業生産上の負荷が増大するばかりか、地球環境への負荷も当然ながら増大する。従って、本発明の効果が得られる範囲で、海成分ポリマーの比率はより低くするのが好ましい。
【0035】
本発明において海島型繊維は長繊維でも短繊維でもよいが、本発明の効果をより確実に得るためには長繊維を用いることが好ましい。長繊維とは、短繊維(繊維長10〜50mm)のように意図的に切断されていない繊維である。長繊維の繊維長は一概には特定できないが、本発明の効果を奏するためには、海島型長繊維の繊維長は、100mm以上が好ましく、また、技術的に製造可能であって、かつ、物理的に切れない限りは、数m、数百m、数km、あるいはそれ以上の繊維長であってもよい。
【0036】
海島型繊維の紡糸には複合紡糸用口金を用いる。複合紡糸用口金には、複数のノズル孔が並列状または同心円状に等間隔で配置されている。各ノズル孔には8〜70個の島成分ポリマー用流路が均等に配置されており、島成分ポリマー用流路を取り囲むように海成分ポリマー用流路が設けられている。海成分ポリマーと島成分ポリマーからなる溶融状態の海島型複合繊維が個々のノズル孔から連続的に吐出される。ノズル孔直下から後述する吸引装置までの間の何れかの段階で冷却風により実質的に冷却固化しながら、エアジェット・ノズルなどの吸引装置を用いて高速気流を作用させ、複合繊維が目的の繊度にてなるよう均一に牽引細化する。高速気流は、通常の紡糸における機械的な引取り速度に相当する平均紡糸速度が1000〜6000m/分となるように作用させる。さらに、得られる繊維ウェブの地合いなどに応じて複合繊維を衝突板や気流等により開繊させながら、コンベヤベルト状の移動式ネットなどの捕集面上に、ネットの反対面側から吸引しながら、捕集・堆積させることで繊維ウェブを形成する。
【0037】
複合紡糸用口金が同心円状配置の場合、一般的には1つの口金に対して1つのノズル状吸引装置が使用される。このため吸引の際に多数の海島型繊維が同心円の中心点に集束してしまう。一般的には、複数の口金を直線状に並べて所望の紡糸量を得ているので、隣接する2つの口金から吐出される海島型繊維の束の間には、繊維が殆ど存在していない。従って、繊維ウェブの地合いを均一にするためには開繊することが重要になる。複合紡糸用口金が並列状配置であれば、口金に対向した直線的なスリット状の吸引装置が使用される。このため、並列に配置された列間からの海島型繊維が吸引の際に集束するので、同心円状配置の口金を採用した場合に比べるとより均一な地合いの繊維ウェブが得られる。この点で、同心円状配置に比べると並列状配置の方がより好ましい。
【0038】
得られた繊維ウェブは、後工程において必要とする形態安定性の程度に応じて、引き続きプレス、エンボス等により部分的に加熱または冷却しつつ圧着することも好ましい。海成分ポリマーの溶融粘度が島成分ポリマーより小さい場合には、溶融温度までの高温を付与せずとも、60〜120℃程度の温度で加熱または冷却することにより、繊維ウェブを構成する海島型繊維の断面形状を大きく損なうことなく、繊維ウェブの地合いをその後の工程でも十分に保持することができる。さらに、繊維ウェブの形態安定性を、巻き取りなどの取り扱いが可能なレベルにまで向上させることも可能である。
【0039】
本発明の製造方法によれば、繊維径が極めて細い繊維を用いることが可能であり、さらには、捲縮を付与する必要がなく、繊維自体が嵩高くならないので、機械的に集積させる段階から、従来の不織布構造体より極めて緻密な状態が安定的に得られ、また後述する方法も組み合わせることで、従来の人工皮革では実現不可能であった極めて高い品位の人工皮革を得ることができるのである。
【0040】
本発明の製造方法では、断面積が100μm2以下の極めて細い海島型繊維であっても使用可能であるが、本発明が目的とする不織布構造の緻密さを得るためには、断面積は70〜350μm2が好ましく、後工程での形態安定性、取り扱い性も考慮すると80〜300μm2がより好ましい。このような断面積の海島型繊維を使用することで、得られた繊維ウェブは、厚さ方向と平行な任意の断面において、該断面とほぼ直交する海島型繊維の断面が、好ましくは100〜600個/mm2、より好ましくは150〜500個/mm2の存在密度で存在する繊維分布状態が得られ、後工程での絡合や収縮等により最終的に本発明の緻密な不織布構造体を得ることが可能となる。
【0041】
本発明では、得られる人工皮革用基材を構成する不織布構造体の緻密性が重要であり、とりわけ人工皮革用基材の表層部を構成する不織布構造の緻密性を向上させる必要がある。このため、海島型繊維から海成分ポリマーを除去することで得られる極細繊維束の断面積は、700μm2以下であるのが好ましい。極細繊維束の断面積700μm2以下は、例えば極細繊維を構成するポリマーがポリエチレンテレフタレートであると、極細繊維束の繊度が約10dtex以下であることに相当する。極めて高品位な立毛調人工皮革や、緻密な折れシボの銀付調人工皮革が得られるような人工皮革用基材とするためには、このような太さの繊維束によって得られる不織布構造体の緻密さが必要である。とりわけヌバック調のような極細繊維立毛が短くて緻密な表面感を有する人工皮革を目的とする場合には、極細繊維束の断面積は500μm2以下が好ましく、400μm2以下がより好ましい。極細繊維束の断面積の下限値は、上記した上限値ほど人工皮革用基材の特性に影響するものではないが、細くし過ぎると人工皮革の強度や表面摩擦耐久性などが顕著に低下することもあること、及び人工皮革の製造工程上の制約などから、極細繊維束の断面積は170μm2以上が好ましく、180μm2以上であるのがより好ましく、さらに好ましくは190μm2以上である。
【0042】
本発明では、1つの極細繊維束を構成する極細繊維の本数は、極細繊維束の易屈曲性、即ち不織布構造体内での易絡合性や最終的に得られる人工皮革用基材の易屈曲性などの点から8本以上であり、極細繊維束の易屈曲性や断面形状における変形性、さらには最終的に得られる人工皮革用基材の発色性などの点から70本以下である。また、極細繊維の本数は、10〜60本がより好ましく、12〜45本がさらに好ましい。極細繊維の本数が7本以下だと、極細繊維束の易屈曲性に劣るばかりか、拘束率、即ち極細繊維束中の極細繊維総数に対する繊維束外周に位置する極細繊維数の比率が多くなるので、高分子弾性体によって極細繊維束の易屈曲性が阻害され易く、少量の高分子弾性体でも風合いが硬化し易い。従って、高分子弾性体の含有状態の斑が人工皮革用基材の風合いの斑として顕在化し易いので、工業製品としての価値が低下する。一方、極細繊維の本数が70本を超えると、1本1本の極細繊維の易屈曲性は優れるが、極細繊維束内での極細繊維同士の接触面積の増大し、極細繊維束の易屈曲性がむしろ劣ってくる傾向にある。また、繊維軸に直角な方向からの圧縮力によって極細繊維束が扁平化し易く、また、極細繊維の間隔が広がって繊維束が嵩高くなり、不織布構造体の緻密化が制限される。このような嵩高性は海島型繊維においても同様であり、海島型繊維が扁平化し易いと不織布構造体中の海島型繊維の充填率が低下し、本発明が目的とする緻密化は得られない。
【0043】
このような理由から、極細繊維束が扁平化し難くなるように繊維束中の極細繊維の数は70本以下であるのが好ましい。最終的に得られる人工皮革用基材における極細繊維束の扁平率は4.0以下であるのが好ましく、より好ましくは3.0以下である。また、極細繊維束の扁平化による弊害は、特に人工皮革用基材の表面において顕著であり、表面から見たときの極細繊維束の幅、即ち極細繊維束の投影サイズは、10〜60μmであるのが好ましく、15〜45μmがより好ましい。極細繊維束の投影サイズが60μmを超えると、繊維束の緻密化が不十分で、特に立毛調人工皮革としたときに立毛を形成可能な極細繊維束が少なくなり、外観品位が高い立毛表面が得られ難くなる。一方、極細繊維束の投影サイズが10μm未満だと、極細繊維束の緻密化は非常にし易いが、極細繊維束が細過ぎて、全く扁平化していなくても、起毛処理による極細繊維束の切断が頻発し、良好な立毛外観が得られ難くなるばかりか、表面の耐磨耗性にも劣るものとなってしまう。
【0044】
上記したような特徴を有する極細繊維束を形成することにより、厚さ方向と平行な任意の断面において、断面とほぼ直交する極細繊維束の断面が1500〜3000個/mm2の高密度で存在する、従来にない極めて緻密な不織布構造体が得られる。1500個/mm2未満の場合、極細繊維束の存在密度が少なく、極細繊維束が存在しない空間が生じる。存在密度が少ないと、極細繊維束は均一に分散せず密集した密な領域と殆ど存在しない疎な領域とに分かれて存在しやすい。また、極細繊維束間の空間が大きくなると極めて大きな粗密斑によって表面外観や表面物性に劣るものとなってしまう。3000個/mm2を越える場合、より緻密な不織布構造体が得られるが、熱プレス等によって不織布構造体を厚さ方向に強制的に圧縮しただけの構造や、不織布構造体に貼り合わせた収縮性の織編物等の収縮力によって長さ方向や幅方向に強制的に圧縮しただけの構造に似た構造であり、極細繊維束が圧縮された方向に潰れて扁平化しているので、物性低下や風合いが硬くなる。好ましくは、2000〜2700個/mm2である。
【0045】
従来の人工皮革用基材製造のための不織布構造体では、極細繊維束に変成したときの断面積が300〜600μm2程度になるような太い極細繊維束形成性繊維が使用されている。従って、極細化処理前の不織布構造体の緻密化は不充分であり、極細化処理後の不織布構造体断面における極細繊維束断面の存在密度は高々200〜600個/mm2程度、多くても750個/mm2程度であった。仮に、従来の技術において極細繊維束断面の存在密度が750個/mm2を超える不織布構造体を得ようとした場合、過剰なニードルパンチ処理、熱プレス等による強制的な圧縮処理などが必要である。しかし、過剰なニードルパンチ処理は繊維束を損傷し、圧縮処理は極細繊維束の断面形状を大きく変形させ、このような処理のみでは極細繊維束間の空隙の斑が大きい構造しか得られず、本発明で目的とする人工皮革用基材は得られない。また、極細繊維束断面の存在密度が高々200〜600個/mm2程度の従来の不織布構造体では極細繊維束間の空隙が大きいので、含有させる量にもよるが、含有させた高分子弾性体が厚い連続皮膜を形成する。従って、不織布構造体の風合いが必要以上に硬くなるだけでなく、極細繊維束または高分子弾性体が緻密に集合して存在する領域と極細繊維束も高分子弾性体も殆ど存在しない領域とがそれぞれ処々に点在する極めて大きな粗密斑のある構造になる。これに対して、本発明の不織布構造体は、極細繊維束が極めて緻密かつ均一に集合した超緻密構造を有するので、極細繊維束間に高分子弾性体の薄い連続皮膜が形成される。また高分子弾性体に囲まれたセルもより小さく、均一に分布するので、人工皮革用基材内部に顕著な粗密斑が発生するのを抑制することが可能となる。
【0046】
本発明では、前記したような要件を満足する極細繊維束により不織布構造体が構成されていれば、極細繊維の繊維径は特に限定されるものではない。本発明が目的とする優美な外観やタッチを有するような立毛面を形成させるためには、少なくとも立毛部分の極細繊維の繊維径は0.8〜15μmであることが好ましく、より好ましくは1.0〜13μmであり、さらに好ましくは1.2〜10μmであり、1.5〜8.5μmであるのが最も好ましい。極細繊維の繊維径が15μmを超えると、立毛調人工皮革としたときの外観品位に悪影響、例えば表面の立毛色に斑が発生したり、タッチの滑らかさが阻害されたりすることがあるので好ましくない。一方、極細繊維の繊維径が1.0μm未満だと、立毛調人工皮革としたとき、立毛感は緻密になるものの、トータルでの外観品位や表面物性に悪影響を生じるようになる。例えば、表面の立毛色が白っぽくなってしまったり、耐ピリング性などの表面の耐磨耗性が悪化したりすることがある。
【0047】
得られた繊維ウェブの目付けや厚さが不足している場合は、所望の目付け、厚さになるようにラッピング(1枚の繊維ウェブを工程の流れ方向に対して直行する方向から供給し、ほぼ幅方向に折り畳むか、工程の流れ方向に対して平行な方向から供給したウェブをその長さ方向に折り畳むこと)や積重(複数枚の繊維ウェブを重ねること)を行って調整する。海島型繊維からなる不織布構造体の形態安定性や繊維の緻密性が不足している場合や、不織布構造体の海島型繊維の厚さ方向への配向を調節する場合には、ニードルパンチ法などの公知の方法により機械的な絡合処理を行う。これにより、繊維ウェブを構成する繊維同士、特にラッピングや積重した層状の繊維ウェブの隣接する層の繊維同士を三次元絡合させる。ニードルパンチ法により絡合処理する場合は、ニードルの種類(ニードルの形状や番手、バーブの形状や深さ、バーブの数や位置など)、ニードルのパンチ数(ニードルボードに植針されたニードルの密度と該ボードを繊維ウェブの単位面積当たりに作用させるストローク数を掛け合わせた単位面積当たりのニードルパンチ処理密度)、ニードルのパンチ深さ(繊維ウェブに対してニードルを作用させる深さ)など各種処理条件を適宜選択して実施する。
【0048】
ニードルの種類は、従来の人工皮革製造において用いられるものと同様のものも適宜用いることが可能であるが、本発明の効果を得る上でニードルの番手、バーブの深さ、バーブの数が特に重要であり、後述するような種類のニードルを主として用いるのが好ましい。
【0049】
ニードルの番手は、処理後に得られる緻密性や表面品位に影響を与える因子であって、少なくともブレード部(ニードル先端のバーブが形成されている部分)のサイズが30番(断面形状が正三角形であれば高さが、また円形であれば直径が0.73〜0.75mm程度)より小さい(細い)ことが好ましく、より好ましくは32番(0.68〜0.70mm程度)から46番(0.33〜0.35mm程度)、さらに好ましくは36番(高さ0.58〜0.60mm)から43番(高さ0.38〜0.40mm程度)である。ブレード部のサイズが30番より大きい(太い)ニードルは、バーブの形状や深さの自由度が高く、ニードルの強度や耐久性においても好ましい反面、不織布構造体の表面に大きな孔径のニードルパンチ跡が残り、本発明が目的とする緻密な繊維集合状態や表面品位を得ることが困難である。また、繊維ウェブ中の繊維とニードルとの摩擦抵抗が大きくなり過ぎるので、ニードルパンチ処理用油剤を過剰に付与する必要があるので好ましくない。一方、ブレード部のサイズが46番より小さいニードルは、強度や耐久性において工業生産に向かないばかりでなく、本発明において好適な深さのバーブを設定することが困難となる。ブレード部の断面形状は、繊維の引っ掛かり易さや摩擦抵抗の小ささなどの点から、正三角形が好ましい。
【0050】
バーブ深さとはバーブの最深部からバーブ先端までの高さのことである。一般的な形状のバーブでは、ニードル側面より外側に突き出したバーブの先端までの高さ(キックアップということもある)とニードル側面より内側に形成されたバーブの最深部までの深さ(スロートデプスということもある)とを合わせた高さを指す。バーブ深さは、少なくとも海島型繊維の直径以上であり、好ましくは120μm以下である。バーブ深さが海島型繊維の直径未満だと、海島型繊維がバーブに極めて引っ掛かり難くなるので好ましくない。一方、バーブ深さが120μmを超えると、繊維は極めて引っ掛かり易い反面、不織布構造体の表面に大きな孔径のニードルパンチ跡が残り易く、本発明が目的とする緻密な繊維集合状態や表面品位を得ることが困難となる。また、バーブ深さは海島型繊維の直径に対して1.7〜10.2倍であるのが好ましく、より好ましくは2.0〜7.0倍である。バーブ深さが1.7倍未満だと、海島型繊維がバーブに引っ掛かり難いため、パンチ数を増やしても、それに見合った絡合効果が得られない場合がある。一方、10.2倍を超えても海島型繊維の引っ掛かり易さが向上するよりは、むしろ海島型繊維の切断や割れなどの損傷が増大する傾向が強くなるので好ましくない。
【0051】
バーブの数は、1〜9個までの範囲で所望の絡合効果が得られるように適宜選択すればよいが、本発明の緻密な不織布構造体を得るためには、ニードルパンチ絡合処理に主として用いるニードル、即ち後述するパンチ数の50%以上のパンチングに用いられるニードルのバーブ数は6個であるのが好ましい。本発明においては、ニードルパンチ絡合処理に用いるニードルのバーブの数は1種類である必要はなく、例えば1個と6個、3個と6個、6個と9個、1個と6個と9個などの異なるバーブ数のニードルを適宜組み合わせ、任意の順序で使用してもよい。複数個のバーブを有する場合、それぞれのバーブの位置は、ニードル先端側からの距離が全て異なっていてもよいし、同じであってもよい。後者のニードルとしては、例えばブレード部の断面形状が正三角形であって、3つの頂角それぞれにバーブが1個ずつ先端から同じ距離に付いたニードルなどが挙げられる。本発明においては、絡合処理に主として用いるニードルは、前者のニードルを用いる。これは、同じ距離に複数のバーブを有するニードルは、見かけ上ニードルのブレード部が太く、またバーブ深さが大きい効果を有しているので、絡合効果は高いものの、その一方でブレード部が太く、またバーブが深すぎる場合にみられる不都合が顕著に現れるからである。さらには、後者のニードルを用いたニードルパンチ処理を過剰に行うと、1箇所で十数本から数十本という多数の繊維が束になって不織布構造体の厚さ方向に配向した箇所が多くなり過ぎるので、本発明が目的とするような緻密な構造が得られにくくなる傾向がみられる。即ち、不織布構造体の厚さ方向と平行な任意の断面において、断面にほぼ平行に配向した繊維が多数存在し、断面とほぼ直交する繊維の密度が極端に減少する傾向がある。ただし、少ないパンチ数でも強い絡合効果が得られるので、絡合処理の一部に、後者のニードルを用いることも好ましい。例えば、絡合処理の初期段階から中期段階までの任意の段階で、目標の緻密構造を阻害しない程度に後者のニードルで絡合処理し、次いで、前者のニードルを用いて目標の緻密構造にする方法が好ましい態様の1つとして挙げられる。なお、本発明においてバーブ数が6個というのは、ニードル先端の不織布構造体を貫通するバーブと貫通せずとも不織布構造体に実質的に作用するバーブの合計個数のことであり、不織布構造体には作用しないバーブは含まない。例えば、ニードルに形成されるバーブ数が9個であっても、ニードルが一番深く突き刺さった時点で不織布構造体の外にバーブが3個残るような絡合処理条件の場合、バーブ数は6個である。
【0052】
ニードルの合計パンチ数は、800〜4000パンチ/cm2が好ましく、より好ましくは1000〜3500パンチ/cm2である。前記した同じ距離に複数のバーブを有するニードルを用いたニードルパンチ処理のパンチ数は、300パンチ/cm2程度以下、好ましくは10〜250パンチ/cm2程度である。同じ距離に複数のバーブを有するニードルを用いて300パンチ/cm2を超えるようなニードルパンチング処理を行うと、繊維が厚さ方向に多く配向してしまうので、その後に別のニードルを用いたニードルパンチング処理や熱収縮処理、プレス処理などを行っても、不織布構造体の密度を高くすることが困難になる傾向が強い。ニードルの合計パンチ数が800パンチ/cm2未満では、緻密化が不充分なばかりか、特に異なる繊維ウェブの繊維同士の絡合による不織布構造体の一体化が不充分になり、一方、4000パンチ/cm2を超えると、ニードルの形状にもよるが、海島型繊維のニードルによる切断や割れなどの損傷が目立ち、海島型繊維の損傷が特にひどい場合には、不織布構造体の形態安定性が大幅に低下すると共に緻密さが低下してしまうこともある。
【0053】
得られる不織布構造体および人工皮革用基材の形態安定性や引裂き強力などの力学的物性、厚さ方向における繊維の配向性などの観点からは、繊維ウェブの厚さ全体に渡ってニードルのバーブがより多く作用するのが好ましい。従って、ニードルのパンチ深さは、少なくともニードルの最も先端側にあるバーブが繊維ウェブを貫通するような深さに設定するのが好ましい。特に、バーブが6個のニードルを使用する場合、本発明が目的とするような絡合効果を最大限に発揮させるために、全てのバーブは貫通させないことが好ましい。即ち、最も先端から遠いバーブは繊維ウェブの中に留まるようなパンチ深さでニードルを作用させるのが好ましい。全てのバーブを貫通させると、6個のバーブに引っ掛かった繊維が全て繊維ウェブ内から突き出されてしまうので、本発明が目的とするような緻密な構造が得られなくなってしまう。繊維ウェブを貫通させないバーブの個数は、6個のバーブの内の2個から5個が好ましく、より好ましくは3個または4個である。また、従来にない緻密な構造を実現させるためにも、前記のパンチ数の50%以上のパンチングは、ニードル先端のバーブが繊維ウェブを貫通するパンチ深さに設定するのが好ましく、70%以上のパンチングをニードル先端のバーブが繊維ウェブを貫通するパンチ深さで行うのがより好ましい。但し、パンチ深さを深くし過ぎると、バーブが6個のニードルの場合には前記したように緻密な構造が得られなくなってしまうだけでなく、バーブが1個、2個、3個、4個、5個、あるいは7個、8個、9個、さらには10個以上のニードルの場合においても、即ちバーブの個数に依らず、バーブによる繊維の損傷が顕著になり、極端な場合には繊維が切断し、パンチング跡が不織布構造体の表面に残ることもあるので、ニードル条件はこれらの点にも留意して設定される。ニードルパンチによる絡合処理により得られる不織布構造体の厚さ方向に平行な任意の断面において、該断面にほぼ直交する海島型繊維の断面が好ましくは300〜1000個/mm2、より好ましくは400〜800個/mm2、かつ、繊維ウェブでの存在密度よりは高い存在密度で存在する。
【0054】
ニードルパンチ処理による繊維の損傷や切断を抑制し、またニードルと繊維との強い摩擦により生じる帯電や発熱などを抑制するために、繊維ウェブ製造工程以降、絡合処理工程以前の何れかの段階で油剤を付与するのが好ましい。付与する方法としては、スプレーコーティング法、リバースロールコーティング法、キスロールコーティング法、リップコーティング法などの公知のコーティング法が採用可能であり、中でもスプレーコーティング法が繊維ウェブに対して非接触であり、かつ、繊維ウェブ内に短時間で浸透する低粘度の油剤が使用可能なので最も好ましい。尚、ここでいう繊維ウェブ製造工程以降とは、海島型繊維を溶融紡糸して移動式ネットなどの捕集面上に捕集・堆積させた段階以降のことを指す。本発明において絡合処理前に付与する油剤は1種類の成分からなる油剤でもよいが、異なる効果を有する複数種の油剤を用い、それらを混合して付与するか、順次付与してもよい。本発明において使用される油剤は、ニードルと繊維との摩擦、即ち金属とポリマーとの摩擦を緩和させる滑り効果の高い油剤であり、具体的には鉱物油系の油剤やポリシロキサン系の油剤が好ましく、後者であればジメチルシロキサンを主体とする油剤がより好ましい。ポリシロキサン系で滑り効果の高い油剤を用いる場合には、滑り効果が強すぎてバーブへの引っ掛かりによる絡合効果が局所的に顕著に低下してしまったり、特に、繊維同士の摩擦係数が顕著に低下することで絡合状態の維持が困難になってしまったりするのを抑制する目的で、摩擦効果の高い油剤、例えば鉱物油系の油剤を組み合わせて使用することも好ましい。但し、本発明では海島型繊維の海成分に水溶性ポリマーを用い、海島型繊維を極細繊維束に変成するのに水または水溶液を用いるので、特にポリシロキサン系の油剤は極細繊維束に変成する際に除去されず、人工皮革用基材中の極細繊維表面や高分子弾性体表面に多くが残存しやすい。従って、得られる人工皮革用基材をスエード調人工皮革にする場合には、染色処理などの水浴中処理を行う際に残存する油剤によって処理斑、例えば染色状態が斑状になったりすることがある。あるいは浴中処理などの仕上げ処理後も完全に除去されずに残存すると、立毛繊維の固定状態が弱くなり、ピリングになり易くなったりするなどの弊害を生じる場合がある。従って、特にポリシロキサン系油剤の使用には留意する必要がある。鉱物油系油剤とポリシロキサン系油剤の併用の他にも、摩擦による帯電が顕著な場合には、界面活性剤、例えばポリオキシアルキレン系界面活性剤などを帯電防止剤として併用するのも好ましい。
【0055】
極細化処理前の緻密化不織布構造体の海島型繊維の存在密度(厚さ方向と平行な任意の断面における、該断面とほぼ直交する海島型繊維の断面の単位面積当たりの個数)は、1000〜3500個/mm2が好ましく、より好ましくは1100〜3000個/mm2、さらに好ましくは1200〜2500個/mm2であり、かつ、絡合処理により得られた不織布構造体の存在密度よりは高い。このような存在密度を有する緻密な構造を得るために、ニードルパンチ処理などの絡合処理の後で、熱風、温水、スチームなどによる湿熱収縮処理を併用する。これらの処理を1種類または複数組み合わせることで、最終的には本発明が目的とする緻密な構造を得ることができる。もちろん、絡合処理や湿熱収縮処理に加えて、プレス処理を行うことも好ましい。プレス処理を絡合処理と併用する場合には、絡合処理の前や後に行ったり、プレス処理しつつ絡合処理を行ったりすればよい。また、湿熱収縮処理と併用する場合には、湿熱収縮処理の前や後に行えばよいが、プレス処理しつつ湿熱収縮処理する方法は収縮状態が不均一になってしまうので好ましくない。
【0056】
ニードルパンチ処理後に行う湿熱処理とは、ニードルパンチ絡合処理後の不織布構造体を、高温高湿雰囲気中で所望の緻密さになるように熱収縮させる処理のことである。例えば、海島型繊維の存在密度が800〜1100個/mm2程度の不織布構造体の緻密さを得る場合、まずニードルパンチ処理により350〜750個/mm2程度まで緻密化させた後で、目標とする緻密さになるよう熱収縮処理するのが好ましい。熱収縮処理のためには、不織布構造体が熱収縮性の成分を含む海島型繊維で形成されている必要があり、また、海島型繊維以外の収縮性繊維を併用して製造した不織布構造体を用いたり、別途製造した収縮性ウェブを積重したりするのも好ましい。熱収縮性の海島型繊維を得るためには、海成分ポリマー、島成分ポリマーの何れか、または両方に、熱収縮性のポリマーを採用して紡糸すればよいが、本発明においては、少なくとも島成分ポリマーとして前記した熱収縮性ポリマーを用いる。湿熱収縮処理の条件としては、少なくとも島成分ポリマーは十分に収縮し、かつ、海成分ポリマーが膨潤・可塑化するが溶出しない温度条件であれば特に限定されず、採用する熱収縮処理方法や処理対象物の処理量などに応じて適宜設定すればよい。例えば飽和水蒸気を連続的に供給することで温度65〜100℃、相対湿度70〜100%に制御した雰囲気中へ導入する方法、および、不織布構造体に海成分ポリマーが膨潤・可塑化するのに十分な量の水を付与した後で、あるいは付与しながら、次の何れかの方法で不織布構造体を加熱して島成分ポリマーを収縮させ、海成分ポリマーを膨潤・可塑化する方法が好ましい例として挙げられる。水分が付与された不織布構造体を加熱する方法としては、所望の温度に制御した雰囲気中へ導入する方法、所望の温度のエアーを不織布構造体に直接作用させる方法、または赤外線などの電磁波を不織布構造体に作用させて不織布構造体を所望の温度に昇温する方法が好ましい例として挙げられる。不織布構造体は面積が広くなると、それ自身の重さの影響などによって熱収縮状態に斑が生じやすくなるので、収縮の開始点や収縮速度を制御する目的で、シート状の不織布構造体の長さ方向、幅方向の位置によって異なる温度に制御することも好ましい態様である。
【0057】
前記のニードルパンチによる絡合処理や熱収縮処理の他に、海島型繊維からなる不織布構造体を目的とする緻密さにするために、後述する高分子弾性体の含浸処理に先立って、必要に応じて、プレス処理を採用するのも好ましい。例えば、海島型繊維の存在密度が1000〜1200個/mm2程度の緻密さを目標とする場合には、まず熱収縮処理までで600〜900個/mm2程度まで緻密化させた後で目標とする緻密さになるようプレス処理すればよい。プレス処理を採用する場合の具体例としては、前記の湿熱収縮処理後の濡れた状態でそのままプレスする方法、湿熱収縮処理して乾燥させた状態でプレスする方法、完全には乾燥させずに一部水分が残っている状態でプレスする方法などが挙げられる。プレス処理する温度としては、湿熱収縮処理や乾燥処理の温度が低下する前に、不織布構造体の表面温度より低温で軟化成分を固化させつつプレス処理する方法、不織布構造体の表面温度より高温で一成分をより軟化させ、また含有水分を蒸発させつつプレス処理する方法などが挙げられる。このような処理方法を採用することで、熱収縮処理に加えてプレス処理による緻密化がほぼ同時に進むので、単にプレス処理のみを実施するよりは均一な緻密化状態を得ることが可能であり、また優れた生産効率を得ることも可能である。海成分ポリマーの軟化温度が島成分ポリマーの軟化温度より好ましくは20℃以上、より好ましくは30℃以上低い海島型繊維を使用すると、熱収縮処理と併用したプレス処理が緻密化により有効である。この場合、海成分ポリマーの軟化温度に近い温度から島成分ポリマーの軟化温度より低く、かつ島成分ポリマーの収縮温度よりは高い温度範囲に加熱することによって、海島型繊維中の海成分ポリマーのみが軟化またはそれに近い状態になって収縮性島成分ポリマーの拘束が弱くなり収縮する。その収縮が十分に進行した後、海成分ポリマーの軟化温度以上の温度で不織布構造体をプレスすると、不織布構造体がより緻密な状態に圧縮され、これを室温にまで冷却すれば所望の緻密な状態で固定された不織布構造体を得ることができる。プレス処理の緻密化以外の利点としては、不織布構造体の表面をより平滑化した状態で固定できる効果が挙げられる。平滑化することにより、本発明の人工皮革用基材における最大の特徴である極細繊維束の極めて緻密な集合状態を、より効果的に得ることも可能である。即ち、人工皮革用基材の表面をより平滑にすることができるので、立毛調人工皮革の製造において、バフィング等の立毛形成処理での研削量をより少なくすることが可能となり、また、銀面調人工皮革の製造においては、基材表面を加熱プレスやバフィング等を行うことなく、平滑で厚さが50μm以下の極めて薄い銀面層を安定的に形成することが可能となる。
【0058】
このようにして得られた海島型繊維の存在密度が1000〜3500個/mm2であり、密度が0.34g/cm3以上、好ましくは0.34〜0.85g/cm3、より好ましくは0.45〜0.65g/cm3である緻密化不織布構造体を、極細化処理前または後に、高分子弾性体の水溶液または水分散液に常温で浸漬し、その両面から高分子弾性体の水溶液または水分散液を含浸させる。高分子弾性体の水溶液または水分散液の固形分濃度は5〜40質量%であるのが好ましく、環境負荷が少ないので水分散型エマルジョンを用いるのが好ましい。
【0059】
不織布構造体に含有させる高分子弾性体は、人工皮革用基材に従来用いられているものであれば何れも採用可能であり、具体例としてはポリウレタンエラストマー、アクリロニトリルエラストマー、オレフィンエラストマー、ポリエステルエラストマー、アクリルエラストマーが挙げられ、好ましくはポリウレタンエラストマー、アクリルエラストマーである。
【0060】
ポリウレタンエラストマーとしては、ポリエステルジオール、ポリエーテルジオール、ポリエーテルエステルジオール、ポリカーボネートジオールなどから選ばれた少なくとも1種類の平均分子量500〜3000のポリマーポリオール、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートなどの芳香族系、脂環族系、脂肪族系のジイソシアネートなどから選ばれた少なくとも1種のポリイソシアネート、および、エチレングリコール、エチレンジアミン等の2個以上の活性水素原子を有する少なくとも1種の低分子化合物を所定のモル比で1段階あるいは多段階の溶融重合法、塊状重合法、溶液重合法などにより重合反応させて得た各種のポリウレタンエラストマーが挙げられる。ポリウレタンエラストマー中のポリマーポリオール成分の含有量は15〜90質量%が好ましい。
【0061】
アクリルエラストマーとしては、その単独重合体のガラス転移温度が−90〜−5℃の範囲であり、好ましくは非架橋性であるモノマー、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸n−ヘキシル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシルなどから選ばれた少なくとも1種類の軟質成分、その単独重合体のガラス転移温度が50〜250℃の範囲であり、好ましくは非架橋性であるモノマー、例えば、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸などから選ばれた少なくとも1種類の硬質成分、架橋構造を形成し得る単官能または多官能エチレン性不飽和化合物、または、ポリマー鎖に導入されたエチレン製不飽和モノマー単位と反応して架橋構造を形成し得る化合物、例えば、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレートなどから選ばれた少なくとも1種類の架橋形成性、エチレン性不飽和モノマーを重合反応させて得た各種のアクリルエラストマーが挙げられる。
【0062】
主としてポリウレタンエラストマーからなる高分子弾性体を採用して得られた人工皮革用基材は、風合いや力学的物性のバランスにおいて優れており、さらには耐久性を含めたバランスにおいても優れている点で好ましい。また、アクリルエラストマーを採用して得られた人工皮革用基材は、アクリルエラストマーがポリウレタンエラストマーに比べて極細繊維束への接着性が低く、立毛形成時の立毛固定効果に乏しいので立毛調人工皮革を形成するには不向きだが、含有量に対する風合いの硬化度合いが低いので銀付調人工皮革を形成する場合には特に好ましい。異なる高分子弾性体を混合して含有させたり、異なる高分子弾性体を複数回に分けて別々に含有させたりしてもよく、また、主体となる高分子弾性体以外にも、合成ゴム、ポリエステルエラストマーなどの高分子弾性体を必要に応じて添加した高分子弾性体組成物として含有させてもよい。
【0063】
高分子弾性体の水溶液または水分散液中の高分子弾性体の含有量は、0.1〜60質量%が好ましい。高分子弾性体の水溶液または水分散液には、最終的に得られる人工皮革用基材の性質を損なわない範囲で、染料や顔料などの着色剤、凝固調節剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、蛍光剤、防黴剤、浸透剤、消泡剤、滑剤、撥水剤、撥油剤、増粘剤、増量剤、硬化促進剤、発泡剤、ポリビニルアルコールやカルボキシルメチルセルロースなどの水溶性高分子化合物等の従来の人工皮革用基材に含有させる高分子弾性体液に配合される各種添加剤を適宜配合してもよい。不織布構造体に含有させる高分子弾性体の量は、目的とする用途において必要とされる力学的物性、耐久性、風合いなどに応じて適宜調節すればよいが、含有させる前の不織布構造体の目付けを100としたとき、その1〜80質量%が好ましく、2〜60質量%がより好ましく、5〜40質量%がさらに好ましい。高分子弾性体の含有量が1質量%に満たない場合は、高分子弾性体を均一に含有させるのが困難なので、人工皮革用基材内部における高分子弾性体の含有斑が激しくなり、人工皮革用基材としての品質が安定し難い。一方、高分子弾性体の含有量が80質量%を超える場合は、不織布構造体が極めて緻密であるために、人工皮革用基材の風合いが顕著に硬化する上、ゴム感も強くなるので好ましくない。
【0064】
高分子弾性体の水溶液または水分散液を含浸した不織布構造体は次いでロール・ニップ処理される。この処理により表層部に過剰に付着した高分子弾性体の水溶液または水分散液が搾液される。ロール・ニップ処理は、例えば図1に示したように、不織布構造体1をプレスロール2とバックアップロール3からなるニップロールの間隙を通過させることにより行う。プレスロール2とバックアップロール3のロール間隙はエアシリンダ4により調節して不織布構造体を厚さ方向に変形率45%を超え70%以下、好ましくは55〜70%で変形させる。なお、変形率は
[1−(ロール間隙/処理前の不織布構造体の厚さ)]×100
で表される。間隙を通過する際の不織布構造体の搬送速度は4〜10m/分であるのが好ましい。ニップロールの材質は間隙の制御が容易であり、撓むことがなければ特に限定されないが、プレスロール/バックアップロールがゴムロール/金属ロールまたは金属ロール/金属ロールであることが好ましい。このロール・ニップ処理により、含浸・凝固した高分子弾性体が不織布構造体の厚み方向に均一に存在する構造が得られる。
【0065】
不織布構造体に含浸した高分子弾性体の水溶液または水分散液は、ロール・ニップ処理後に従来公知の乾式法または湿式法により凝固され、高分子弾性体を不織布構造体内に固定する。ここでいう乾式法とは、溶媒または分散媒を乾燥等により除去することで高分子弾性体を不織布構造体内に固定させる方法全般を指す。また、湿式法とは、高分子弾性体の水溶液または水分散液を含浸した不織布構造体を高分子弾性体の非溶剤や凝固剤で処理したり、感熱ゲル化剤などを添加した高分子弾性体の水溶液または水分散液を含浸後の不織布構造体を加熱処理したりすることにより、溶媒または分散媒を除去するに先立って不織布構造体内に高分子弾性体を仮に固定するか完全に固定させる方法全般を指す。乾式法による凝固は、例えば、不織布構造体を赤外線ヒーターなどの加熱装置により不織布表面温度が70〜100℃の状態で60〜300秒間処理することにより行う。湿式法による凝固は、例えば、湿球温度70〜100℃の調湿温風雰囲気下で不織布表面温度60〜90℃の状態で20〜300秒間処理することにより行う。なお、凝固させた高分子弾性体を完全に固定させるために、溶媒または分散媒を除去した後で加熱処理などのキュア処理を行うことも好ましい。
【0066】
高分子弾性体を含有させる前または含有させた後の不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分ポリマーを除去する方法としては、島成分ポリマーの非溶剤または非分解剤であり、高分子弾性体を含有させた後に除去する場合には、高分子弾性体の非溶剤または非分解剤でもある液体であって、かつ海成分ポリマーの溶剤または分解剤である液体で不織布構造体を処理する方法が本発明において採用される。例えば、海成分ポリマーとして、前記したようなポリビニルアルコールなどの水に可溶なポリマーを用いる場合は、そのポリマーが可溶な温度の温水で除去すればよく、また、海成分ポリマーとして、前記したようなスルホン酸アルカリ金属塩を含有する化合物などを共重合した易アルカリ分解性の変性ポリエステルを用いる場合は、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性分解剤である水溶液を用いて海成分ポリマーが溶解する温度で除去すればよい。このような海成分ポリマー除去処理により、海島型繊維を島成分ポリマーからなる極細繊維束に変成させることで本発明の人工皮革用基材が得られる。極細繊維束の繊度は0.9〜4.9dtexが好ましく、極細繊維の繊度は0.001〜0.6dtexであるのが好ましい。このようにして得られる本発明の人工皮革用基材の目付は、風合いおよび充実感の点で120〜1600g/m2が好ましく、200〜1200g/m2がより好ましい。人工皮革用基材の厚さは用途に応じて適宜選択され、特に限定されないが、好ましくは0.3〜4mm、より好ましくは0.5〜3mmである。
【0067】
上記のようにして得られる本発明の人工皮革用基材は極細繊維束からなる緻密な不織布構造体、および、該不織布構造体に含有された高分子弾性体からなる。該不織布構造体の厚さ方向に平行な任意の断面において、該断面にほぼ直交する極細繊維束の断面が1500〜3000個/mm2の高密度で存在する。該不織布構造体と高分子弾性体の割合(質量比)は好ましくは90/10〜50/50であり、高分子弾性体は不織布構造体(人工皮革用基材)の厚さ方向中間部に偏って分布(表面層よりは中間層の方が高分子弾性体を多く含有する)している。本発明において、高分子弾性体の偏った分布を表す指標として下記式:
偏在度X=A−B
(式中、Aは表面層中の高分子弾性体の平均面積比率(%)、Bは中間層中の高分子弾性体の平均面積比率(%)を表す)
で表される偏在度を用いる。本発明の人工皮革用基材において、該偏在度は−30%以上、−10%未満であり、好ましくは−30%〜−20%である。
【0068】
前記偏在度は(1)高分子弾性体の選択染色(繊維は染まらない染料を選定する)、(2)サンプル断面の走査型電子顕微鏡撮影、(3)走査型電子顕微鏡写真の画像処理(2階調化)、(4)画像解析による高分子弾性体の分布チャート作成、(5)表面層と中間層の高分子弾性体面積比率の計算、(6)偏在度の計算により求めることが出来る。以下に各工程を説明するが、高分子弾性体の分布を正確に示すチャートが得られる限り以下の方法に限定されるものではない。
【0069】
(1)高分子弾性体の染色
厚さ約2.5mmのサンプルを熱水次いで冷水で交互に洗浄する操作を3回繰り返し、洗浄したサンプルを常温で染色液に2〜3分間浸漬する。この間、サンプル内部の高分子弾性体も染色されるようにニップ操作を3回程度繰り返すのが好ましい。染料としては赤色含金染料が染色部分(高分子弾性体)と非染色部分(極細繊維束と空隙)のコントラストが高く、後の画像処理を首尾よく行うことができる。赤色含金染料の例としては田岡化学工業(株)製の“PM Red531などが挙げられる。染色液の染料濃度は約2質量%が好ましい。染色後、サンプルを10g/Lの水性洗剤水溶液を用いて常温で3回程度洗浄し、次いで、
100〜150℃の乾燥機で充分に乾燥する。
【0070】
(2)サンプル断面の撮影
染色したサンプルを任意の箇所で厚さ方向に沿って切断し、得られた断面を走査型電子顕微鏡で撮影する(50〜100倍)。
【0071】
(3)走査型電子顕微鏡写真の画像処理(2階調化)
断面の走査型電子顕微鏡写真を画像処理ソフト(例えば、Medhia Cybernetios社(製)のImagepro Plus)を用いて処理し、高分子弾性体が黒、極細繊維及び空隙が白で表された2階調画像を作成する。
【0072】
(4)高分子弾性体の分布チャート作成
得られた2階調画像を画像解析ソフト(例えば、(有)デジタル・ビーイング・キッズ社(製)のPoplmaging)を用いて処理し、高分子弾性体の厚さ方向分布を示すチャートを作成する(図2参照)。
【0073】
(5)表面層と中間層の高分子弾性体面積比率の計算
図2に示したように、表面および裏面から厚さ方向に0.2mmまでの部分を表面層、表面から0.5〜1.5mmの部分を中間層と定義する。表面層の分布曲線を積分して高分子弾性体の平均面積比率A(%)を求める。同様にして、高分子弾性体の平均面積比率B(%)を求める。
【0074】
(6)偏在度の計算
得られた平均面積比率Aと平均面積比率Bを用いて、上記式:偏在度X=A−Bに従って偏在度Xを計算する。図2に示したチャートから計算した偏在度は−30%である。
【0075】
海島型繊維を切断することなく長繊維のまま用いて人工皮革用基材を製造すると、前記した利点に加えて、従来の人工皮革用基材にはない特徴、例えば、極細繊維束同士の間に形成される空隙サイズが好ましくは70μm以下、より好ましくは60μm以下であって極めて小さく、かつ均一であってサイズ斑が小さい特徴が得られる。これは、
(1)断面積が約350μm2以下(約21μm以下の繊維径)で、かつ扁平化しにくい島数の海島型長繊維から直接得られた長繊維ウェブは、以下の製造工程で嵩高くなり難い不織布構造体を形成すること、
(2)長繊維ウェブはランダムに配置された連続する長繊維から構成されているので、長繊維ウェブを3次元絡合させるニードルパンチング処理を6バーブのニードルを用いて厚さ方向にバーブが貫通するような条件で行うと緻密化と3次元絡合化が極めて良いバランスで進行し、長繊維が十分に高い存在密度で近接して集積された断面を有する不織布構造体が得られること、
(3)海成分として水溶性ポリマー、島成分として熱収縮性ポリマーを使用しているので、熱収縮処理を湿熱環境下で行うと、海成分が瞬時に膨潤、可塑化して島成分が収縮し易くなること、島成分が収縮して繊維径が好ましいレベルまで増大するので海島型長繊維が繊維軸に沿って収縮し易くなること、さらに、従来の海島型繊維の収縮のように、海島型繊維がランダムに動いて近接する海島型繊維を排除することもないこと、また、
(4)海成分を除去する際に、従来の有機溶剤よりは分子サイズが小さくて極性を有する水を溶媒として使用するので、海成分ポリマー内での溶媒分子の拡散速度が比較的速く、また膨潤から溶解に至る過程が安定して起こる。それ故、海成分ポリマーを海島型繊維から順次除去するために液圧や機械応力などを掛ける必要が少ない。従って、従来に比べて極めて緻密化した不織布構造体であっても、極細繊維束間の空隙サイズを拡大させることなく容易に海成分を溶解除去することができること、
などの要因が複合化された結果であると考えられる。
【0076】
極細繊維束間の空隙サイズをより均一にし、より緻密な外観品位の立毛調人工皮革や、より折れシボの細かな銀付調人工皮革を製造するのに適した人工皮革用基材を製造するために、人工皮革製品において表側となる人工皮革用基材表面に、易抽出性高分子の溶液、水分散液または融液を塗布して、易抽出性高分子を固化させることも好ましい。本発明では、後工程であるバフィング処理において、より平滑で均一な立毛表面を得る目的で、人工皮革製品の表側となる表面に高分子弾性体の水分散液を塗布して、高分子弾性体を固化させた後、先に易抽出性高分子を付与していれば、それを溶解等により除去する。次いで、高分子弾性体を付与した面を加圧しつつ研削処理することにより、元の表面から20〜200μm程度の深さまでの領域を研削除去するだけでなく、研削処理後の表面から大凡100〜300μm程度の深さまでの領域の不織布構造を一層緻密化することができる。また、前記した表面への高分子弾性体の付与に先立って、人工皮革用基材の表面や裏面をバフィング処理やカレンダー処理等により平滑化してもよい。得られた人工皮革用基材は、研削処理によって表面が平滑になっているだけでなく、表面から200μmまでの範囲に存在する極細繊維束間の平均空隙サイズが10〜40μmの範囲である極めて均一で緻密な状態になっている。
【0077】
易抽出性高分子の例としては、ポリビニルアルコール、ポリウレタンエラストマー、アクリルエラストマー、ポリエチレングリコール、パラフィンワックス、ポリエチレンワックスなどが挙げられる。高分子弾性体の例としては、ポリウレタンエラストマーやアクリルエラストマーなど、前記した不織布構造体へ含有させる高分子弾性体と同様のものが挙げられる。易抽出性高分子、高分子弾性体の塗布方法の例としては、グラビアロールコーティング法、ロータリースクリーンコーティング法、スプレーコーティング法、リバースロールコーティング法などの公知のコーティング法が採用可能であり、中でもグラビアロールコーティング法が塗布する液粘度と塗布量とのバランス上好ましい。研削処理の例としては、サンドペーパーによるバフィングが挙げられ、サンドペーパーへの加圧レベルは人工皮革用基材の表面状態を観察しながら、また処理後の人工皮革用基材の断面状態を評価しながら適宜調節して最適値を設定すればよい。
【0078】
このようにして得られた人工皮革用基材を、従来の人工皮革製造と同様に、必要により表面と平行に複数枚にスライスし、裏面となる面を研削するなどして厚さを調節したり、裏面となる面や表面となる面に高分子弾性体や極細繊維束の溶剤を含む液体で処理する。その後、少なくとも表面となる面をバフィング処理などの方法により起毛処理して極細繊維を主体とした立毛面を形成させることで、スエード調やヌバック調などの立毛調人工皮革が得られる。また、表面となる面に高分子弾性体からなる被覆層を形成させることで銀面調人工皮革が得られる。
【0079】
繊維立毛面の形成には、サンドペーパーや針布などによるバフィング処理や、ブラッシング処理などの公知の方法を何れも用いることができる。また、このような起毛処理の前あるいは後に、高分子弾性体または極細繊維束を溶解または膨潤させることのできる溶剤、例えば、高分子弾性体がポリウレタンエラストマーであればジメチルホルムアミド(DMF)などを含む処理液、また極細繊維束がポリアミド系樹脂であればレゾルシンなどのフェノール系化合物を含む処理液を起毛処理する表面に塗布してもよい。これにより、高分子弾性体や極細繊維束の接着による極細繊維束の拘束状態、立毛調人工皮革の極細繊維立毛長、表面摩擦耐久性などを微調節することができる。
【0080】
高分子弾性体からなる被覆層の形成には、高分子弾性体を含む液体を人工皮革用基材の表面に直接付与する方法や、一旦離型紙などの支持基材上に該液体を塗布してから人工皮革用基材に貼り合わせる方法などの公知の方法を何れも用いることができる。形成する被覆層に用いられる高分子弾性体としては、前記した不織布構造体に含有させるための高分子弾性体と同様のものなど、従来の銀面調人工皮革の被覆層として公知の高分子弾性体であれば何れも採用可能である。形成する被覆層の厚さは、300μm以下程度であれば本発明の人工皮革用基材と十分に風合いがバランスした銀面調人工皮革を製造可能なので、特に限定されるものではない。本発明の人工皮革用基材の最大の特徴である極細繊維束の緻密な集合状態により得られる極めて平滑で均一な表面層を有する銀面調人工皮革を製造する場合には、厚さが100μm以下程度、好ましくは80μm以下程度、より好ましくは3〜50μm程度の範囲で被覆層を形成するとよく、このような厚さの被覆層を形成することで、極めて細かな天然皮革調の折れシボを有する銀面調人工皮革を得ることも可能となる。
【0081】
本発明の人工皮革用基材は、海島型繊維を極細繊維束に変成した後の何れの段階で染色してもよい。繊維の種類に応じて適宜選択される分散染料、反応染料、酸性染料、金属錯塩染料、硫化染料、硫化建染染料などを主体とした染料を用いた、パッダー、ジッガー、サーキュラー、ウィンスなどの従来の人工皮革の染色に通常用いられる公知の染色機を使用した染色方法が何れも採用可能である。また、染色以外にも、必要に応じて、ドライ状態での機械的もみ処理、染色機や洗濯機などを使用したウェット状態でのリラックス処理、柔軟剤処理、防燃剤や抗菌剤、消臭剤、撥水撥油剤などの機能性付与処理、シリコーン系樹脂やシルクプロテイン含有処理剤、グリップ性付与樹脂などの触感改質剤付与処理、着色剤やエナメル調用コーティング樹脂などの前記した以外の樹脂を塗布する意匠性付与処理などの仕上げ処理を行うことも好ましい。本発明の人工皮革用基材は、極細繊維束が非常に緻密に集合した構造をとっているので、ウェット状態でのリラックス処理や柔軟剤処理は、風合いを著しく改善するので、取り分け銀面調人工皮革において好ましく採用される処理である。例えばリラックス処理であれば60〜140℃程度の温度範囲で界面活性剤を含むような水中で処理することで、天然皮革に勝るとも劣らない柔軟で膨らみ感がありながら、緻密構造がもつ充実感が損なわれていない人工皮革を得ることも可能である。
【実施例】
【0082】
次に、本発明の実施態様を具体的な実施例で説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の部および%は、ことわりのない限り質量に関するものである。
【0083】
(1)平均繊度
不織布構造体を形成している海島型繊維(20個)または極細繊維(20個)の断面積を走査型電子顕微鏡(倍率:数百倍〜数千倍程度)により測定し平均断面積を求めた。この平均断面積と繊維を形成するポリマーの密度から平均繊度を計算した。
【0084】
(2)存在密度
サンプルの厚さ方向と平行な任意の断面について、走査型電子顕微鏡(100〜300倍程度)を用いて、観察面積が合計0.3〜0.5mm2程度になるように、連続した断面領域を観察した。その観察視野において、断面に対してほぼ垂直に配向している海島型繊維あるいは極細繊維束の各断面の個数を数え、その合計個数を観察面積で割ることによりサンプル断面1mm2当たりに存在する海島型繊維あるいは極細繊維束の断面の個数を求めた。このような観察を1種類のサンプルに対して少なくとも5箇所以上行い、最も少ない値をそのサンプルの存在密度とした。
【0085】
(3)密度
サンプルを縦10cm、横10cmに切り出し、重量を小数点2桁まで測定した。次に荷重50g/m2の厚み測定器を使用して5点の厚さの平均を算出し、密度(g/cm3)を求めた
【0086】
製造例
水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の製造
攪拌機、窒素導入口、エチレン導入口および開始剤添加口を備えた100L加圧反応槽に、酢酸ビニル29.0kgおよびメタノール31.0kgを仕込み、60℃に昇温した後30分間窒素バブリングにより系中を窒素置換した。次いで反応槽圧力が5.9kgf/cm2となるようにエチレンを導入した。2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(開始剤)をメタノールに溶解して濃度2.8g/Lの開始剤溶液を調整し、窒素ガスによるバブリングを行って窒素置換した。上記の重合槽内温を60℃に調整した後、上記の開始剤溶液170mLを注入し重合を開始した。重合中、エチレンを導入して反応槽圧力を5.9kgf/cm2に、重合温度を60℃に維持し、上記の開始剤溶液を610mL/hrで連続添加した。10時間後に重合率が70%となったところで冷却して重合を停止した。反応槽を開放して脱エチレンした後、窒素ガスをバブリングして脱エチレンを完全に行った。
次いで減圧下に未反応酢酸ビニルモノマーを除去しエチレン変性ポリ酢酸ビニル(変性PVAc)のメタノール溶液を得た。該溶液にメタノールを加えて調製した変性PVAcの50%メタノール溶液200gに、NaOHの10%メタノール溶液46.5gを添加してケン化を行った(NaOH/酢酸ビニル単位=0.10/1(モル比))。NaOH添加後約2分で系がゲル化した。ゲル化物を粉砕器にて粉砕し、60℃で1時間放置してケン化を更に進行させた後、酢酸メチル1000gを加えて残存するNaOHを中和した。フェノールフタレイン指示薬を用いて中和したことを確認後、濾別して白色固体を得た。白色固体にメタノール1000gを加えて室温で3時間放置洗浄した。上記洗浄操作を3回繰り返した後、遠心脱液し、乾燥機中70℃で2日間放置乾燥してエチレン変性ポリビニルアルコール(変性PVA)を得た。得られた変性PVAのケン化度は98.4モル%であった。また該変性PVAを灰化した後、酸に溶解して得た試料を原子吸光光度計により分析した。ナトリウムの含有量は、変性PVA100質量部に対して0.03質量部であった。
【0087】
また、上記変性PVAcのメタノール溶液に、n−ヘキサンを加え、次いで、アセトンを加える沈殿−溶解操作を3回繰り返した後、80℃で3日間減圧乾燥を行って精製変性PVAcを得た。該変性PVAcをd6−DMSOに溶解し、80℃で500MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)を用いて分析したところ、エチレン単位の含有量は10モル%であった。上記の変性PVAcをケン化した後(NaOH/酢酸ビニル単位=0.5(モル比))、粉砕し、60℃で5時間放置して更にケン化を進行させた。ケン化物を3日間メタノールソックスレー抽出し、抽出物を80℃で3日間減圧乾燥を行って精製変性PVAを得た。該変性PVAの平均重合度をJIS K6726に準じて測定したところ330であった。該精製変性PVAを5000MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)により分析したところ、1,2−グリコール結合量は1.50モル%および3連鎖水酸基の含有量は83%であった。さらに該精製変性PVAの5%水溶液から厚み10μmのキャストフィルムを作成した。該フィルムを80℃で1日間減圧乾燥した後に、前述の方法により融点を測定したところ206℃であった。
【0088】
実施例1
海成分ポリマーとして上記エチレン変性ポリビニルアルコール、島成分ポリマーとしてイソフタル酸変性ポリエチレンテレフタレート(イソフタル酸単位の含有量6.0モル%)を、それぞれを個別に溶融させた。海成分ポリマー中に等断面積の島成分ポリマーが25個分布した断面を形成できる、多数のノズル孔が並列状に配置された複合紡糸用口金に、該溶融ポリマーを断面における海成分ポリマーと島成分ポリマーの平均面積比が海成分/島成分=25/75となるような圧力バランスで供給し、口金温度250℃でノズル孔より吐出させた。平均紡糸速度が3600m/分となるように気流の圧力を調節したエアジェット・ノズル型の吸引装置で牽引細化させ、約2.4dtexの海島型長繊維を紡糸し、これを裏面側から吸引しつつネット上に連続的に捕集した。ネットの移動速度を調節して堆積量を調節し、さらに80℃に保温したエンボスロールにより線圧70kg/cmで押さえ、目付30g/m2、厚さ方向に平行な断面上に海島型長繊維の断面が約230個/mm2存在し、巻き取りが可能な程度にまで形態が安定化された繊維ウェブを得た。
クロスラッパー装置を用いて繊維ウェブを連続的に折り畳むことにより、14層の層状繊維ウェブにした。次いで、層状繊維ウェブをニードルパンチングにより三次元絡合処理し、海島型長繊維の存在密度が500個/mm2の不織布構造体を得た。
ニードルパンチングは、ニードル番手40番、バーブ深さ40μm、バーブ数1個で正三角形断面のニードルAで、両面側からバーブが厚さ方向に貫通するパンチ深さにて予備絡合、即ち折り畳んだ長繊維ウェブがずれてしまわない程度の絡合を行った後、ニードル番手42番、バーブ深さ40μm、バーブ数6個で正三角形断面のニードルBで、両面側からバーブ3個が厚さ方向に貫通するパンチ深さにて、海島型繊維同士が所望のレベルまで厚さ方向に絡合するように行った。ニードルBでのニードルパンチングは、両面側から合計で1700パンチ/cm2のパンチ数で行った。
次いで、水を不織布構造体に付与した後、この不織布構造体に温度110℃(乾球温度110℃、湿球温度73℃)、相対湿度23%の雰囲気中で湿熱収縮処理を行い、さらに、加熱プレス処理、乾燥して、目付け1300g/m2、密度0.66g/cm3、厚さ方向に平行な断面において、海島型繊維の存在密度が1900個/mm2である極めて緻密な不織布構造体を得た。
得られた緻密化不織布構造体に、ポリカーボネート/エーテル系ポリウレタンを主体とするポリウレタン組成物の水分散液(固形分濃度11質量%)を含浸し、次いで、プレス線圧65kg/cm、変形率50%(必要充分なプレス荷重を掛けて、ロール間隙を緻密化不織布構造体厚みの0.5倍に設定)でロール・ニップ処理した(ニップロール:金属ロール/金属ロール)。次いで、不織布構造体の表面温度が90℃になるような条件で赤外線ヒーターを約1分間作用させることで高分子弾性体を感熱凝固させ、次いで、乾燥、キュア処理を行って高分子弾性体が海島型繊維間の空隙に存在する高分子弾性体含有不織布構造体を得た。
次いで、液流染色機中で95℃の熱水により海島型繊維中のエチレン変性ポリビニルアルコールを抽出除去した後、乾燥して、イソフタル酸変性ポリエチレンテレフタレートの極細繊維束(極細繊維の平均単繊維繊度:0.02dtex)からなる不織布構造体の内部に高分子弾性体が含有された厚さ約1.9mmの本発明の人工皮革用基材を得た。該不織布構造体の厚さ方向に平行な任意の断面において、極細繊維束の存在密度は2600個/mm2であった。
得られた人工皮革用基材の断面において高分子弾性体の存在状態を確認すると表面近傍、中央部および裏面近傍のポリウレタン/不織布構造体(空隙を含む)の比率が概ね1:2:1で推移しており(偏在度:−30%)、厚み方向中間部に偏って分布していた。
得られた人工皮革用基材を公知の方法でスエード調人工皮革に仕上げたところ、風合い、柔軟性および耐摩耗強度に優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の人工皮革用基材は、衣料、靴、バッグ、家具、カーシート、手袋、鞄、カーテンなど広い用途の銀付調人工皮革、スエード調人工皮革などの人工皮革の製造に利用することができる。
【符号の説明】
【0090】
1 不織布構造体
2 プレスロール
3 バックアップロール
4 エアシリンダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極細繊維の繊維束からなる緻密な不織布構造体、および、該不織布構造体に含有された高分子弾性体からなり、下記式で表される高分子弾性体の厚さ方向偏在度Xが−30%以上、−10%未満である人工皮革用基材。
偏在度X=A−B
(式中、Aは表面層中の高分子弾性体の平均面積比率(%)、Bは中間層中の高分子弾性体の平均面積比率(%)を表し、前記各平均面積比率は、人工皮革用基材の厚み方向に平行な任意の断面の走査型電子顕微鏡写真を画像処理し、次いで、画像解析して得た高分子弾性体の厚み方向分布チャートから求めた)。
【請求項2】
人工皮革用基材の厚さ方向に平行な任意の断面において、該断面にほぼ垂直に配向する極細繊維束の断面が1500〜3000個/mm2存在する請求項1に記載の人工皮革用基材。
【請求項3】
下記の工程(a)〜(e):
(a)海成分が水溶性ポリマーおよび島成分が熱収縮性ポリマーからなる海島型繊維を繊維ウェブにする工程、
(b)前記繊維ウェブを絡合処理して不織布構造体を得る工程、
(c)前記不織布構造体を湿熱処理して密度が0.34g/cm3以上の緻密化不織布構造体を得る工程、
(d)前記緻密化不織布構造体にその両面から高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させて高分子弾性体含浸不織布構造体を得る工程、および
(e)前記高分子弾性体含浸不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分を水または水溶液により抽出除去し、海島型繊維を極細繊維束に変成させて人工皮革用基材を得る工程、
または、下記の工程(a)〜(c)、(f)および(g):
(a)海成分が水溶性ポリマーおよび島成分が熱収縮性ポリマーからなる海島型繊維を繊維ウェブにする工程、
(b)前記繊維ウェブを絡合処理して不織布構造体を得る工程、
(c)前記不織布構造体を湿熱処理して密度が0.34g/cm3以上の緻密化不織布構造体を得る工程、
(f)前記緻密化不織布構造体を構成する海島型繊維から海成分を水または水溶液により抽出除去し、海島型繊維を極細繊維束に変成させて極細化不織布構造体を得る工程、
(g)前記極細化不織布構造体にその両面から高分子弾性体の溶液または水分散液を含浸し、不織布構造体の厚み方向変形率45%を超え70%以下でロール・ニップ処理し、次いで、高分子弾性体を凝固させて人工皮革用基材を得る工程
を含む人工皮革用基材の製造方法。
【請求項4】
前記繊維ウェブの厚さ方向に平行な任意の断面において、該断面にほぼ垂直に配向する海島型繊維の断面が100〜600個/mm2の存在密度で存在する請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(b)で得られる不織布構造体の厚さ方向に平行な任意の断面において、該断面にほぼ垂直に配向する海島型繊維の断面が300〜1000個/mm2の存在密度、かつ、前記繊維ウェブでの存在密度よりは高い存在密度で存在する請求項3または4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記密化不織布構造体の厚さ方向に平行な任意の断面において、該断面にほぼ垂直に配向する海島型繊維の断面が1000〜3500個/mm2の存在密度、かつ、前記工程(b)で得られる不織布構造体での存在密度よりは高い存在密度で存在する請求項3〜5のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−58108(P2011−58108A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−206873(P2009−206873)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】