説明

体温計及びこれを備えた血圧計

【課題】構造が簡単であり、患者の皮膚温と外気温を測定するだけで簡便に当該患者の体温を推定することができる体温計を提供する。
【解決手段】ユーザの皮膚温を検出する第1温度センサと、当該ユーザが居住する環境温度である外気温を検出する第2温度センサ5と、前記第1温度センサで検出した皮膚温及び前記第2温度センサで検出した外気温と、予め求めておいた体温、皮膚温及び外気温の所定の関係式とに基づいて、前記ユーザの体温を推定する制御部とを備えた体温計1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は体温計及びこれを備えた血圧計に関する。さらに詳しくは、ユーザ(患者など)の皮膚温と、当該ユーザが居住する環境温度である外気温とからユーザの体温を求める体温計及びこれを備えた血圧計に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の老齢者人口の増加傾向、及び慢性期病院における療養病床の削減化に伴い、主に高齢の患者の治療及び看護を当該患者の自宅で行う在宅医療のニーズが高まっている。かかる在宅医療の基本は、医療従事者が患者の家庭に出向いて、体調管理の重要な指標である血圧、脈拍、体温、呼吸数などのバイタルサインを測定することである。バイタルサインの測定は、それぞれの測定に一定の時間が必要であるため、その労力が想像以上に大きく、慢性的に不足している医療従事者の業務を増やす要因となっている。
【0003】
このようなバイタルサインのうち体温の測定は、一般に体温計を腋の下に挟んで脇下温を検出することが行われているが、高齢者が測定時の姿勢を維持することが困難な場合が多く、そのため測定途中で体温計を落としてしまうことが少なくない。
【0004】
そこで、腋下温以外の体温として、耳の温度を測定する耳式体温計が提案されている。この耳式体温計は、比較的短時間で体温の測定を行うことができるが、測定姿勢によっては精度に影響が出やすいという問題がある。
【0005】
また、体温を直接測定するのではなく、患者の皮膚温から当該患者の体温を推定する方法が提案されている(非特許文献1参照)。この非特許文献1記載の方法は、患者の皮膚温を検出する温度センサと外気温を検出する温度センサとの間にヒータを配設し、患者の皮膚表面と外気との間の熱流をもとに患者の体温を推定している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M.Yamakage and A.Namiki、”Deep Temperature Monitoring Using a Zero−heat−flow Method”、J Anesth、Vol.17、No.2、pp.108−115(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1記載の体温計は、主に手術室などにおいて患者の体温を測定するために提案されたものであり、装置内にヒータを組み込むなど構造が大掛かりであり、高価である。したがって、在宅医療などにおいて、医療従事者が簡便に患者の体温を測定する用途には適していない。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、構造が簡単であり、患者の皮膚温と外気温を測定するだけで簡便に当該患者の体温を推定することができる体温計及びこれを備えた血圧計を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明の体温計は、ユーザの皮膚温を検出する第1温度センサと、
当該ユーザが居住する環境温度である外気温を検出する第2温度センサと、
前記第1温度センサで検出した皮膚温及び前記第2温度センサで検出した外気温と、予め求めておいた体温、皮膚温及び外気温の所定の関係式とに基づいて、前記ユーザの体温を推定する制御部と
を備えたことを特徴としている。
【0010】
本発明の体温計は、ユーザの皮膚温及び外気温と、予め求めておいた体温、皮膚温及び外気温の所定の関係式とに基づいて当該ユーザの体温を推定することができる。2種類の温度センサと制御部だけでよいので、構造が簡単であり、低コストで作製することができる。また、皮膚温を測定するので、腋下温測定のように患者が測定時に一定姿勢を維持する必要がなく、測定が容易であり、患者に対する負担を軽減させることができる。
【0011】
(2)前記(1)の体温計において、前記第1温度センサ、第2温度センサ及び制御部が共通のハウジング内に設けられており、当該ハウジングのうちユーザの皮膚に当接される面に前記第1温度センサの感温部が配置されていてもよい。この場合、共通のハウジング内に必要な構成を配設することで、体温計の構造を簡略化することができる。
【0012】
(3)前記(2)の体温計において、前記ハウジングをユーザの腕に着脱自在に固定し得る装着手段を更に備えていてもよい。この場合、装着手段を用いてハウジングをユーザの上腕部に装着することで、患者は体温測定のための特別な姿勢をとらなくても、第1温度センサの感温部をユーザの皮膚に当接させることができる。
【0013】
(4)本発明の血圧計は、前記(1)に記載の体温計と、
ユーザの上腕部に装着されるカフと、
前記カフ内に配設されており、ユーザの血圧を検出する圧力センサと
を備えており、
前記第1温度センサの感温部が、前記カフの内側面に配設されていることを特徴としている。
【0014】
本発明の血圧計は、前述した体温計の効果に加え、体温の測定と血圧の測定を並行して行うことができるので、バイタルサインの測定を容易に且つ短時間で行うことができる。さらに、血圧と脈拍は同じ心臓鼓動から測定しているため、ひとつの作業で呼吸数以外の主要なバイタルサインを得ることができる。このため、ユーザの苦痛を軽減させるとともに、医療従事者の業務を効率化することができる。
【0015】
(5)前記(4)の血圧計において、前記第1温度センサの感温部と前記カフの内側面との間に、断熱シートが配設されていてもよい。この場合、第1温度センサの感温部と前記カフの内側面との間に断熱シートを配設することで、前記感温部に対する外気温の影響を軽減させることができ、皮膚温の安定速度が速くなり、その測定精度を向上させることができる。
【0016】
(6)前記(4)又は(5)の血圧計において、前記第1温度センサの感温部が、前記圧力センサがユーザの上腕部の動脈付近に配置されたときに当該上腕部の内側面に当接するように、圧力センサの近傍に配設されていてもよい。この場合、第1温度センサによりユーザの上腕部の内側の皮膚温を測定することができる。上腕部の内側の皮膚温は、全身皮膚から算出する平均皮膚温度に比べて外気温の変化に対して安定しており、さらにその変化が線形的であることから、かかる皮膚温に基づいて体温を推定することで、高精度に体温を推定することができる。
【0017】
(7)前記(4)〜(6)の血圧計において、前記第1温度センサの感温部が熱伝導率の高い材質で作製された保護シートで被覆されていてもよい。この場合、保護シートを用いることで、第1温度センサの感温部の損傷や湿分による劣化を防ぐことができる。
【0018】
(8)前記(4)〜(7)の血圧計において、前記第2温度センサ、前記制御部、及び前記カフにエアを供給するエア供給部が本体部内に配設されており、前記本体部は、検出されたユーザの体温及び血圧を表示する表示部を備えていてもよい。この場合、表示部によりユーザの体温及び血圧を容易に把握することができる。
【0019】
(9)前記(4)〜(8)の血圧計において、前記本体部は、外部とのデータの送受信を行うデータ送受信部を備えていてもよい。この場合、ユーザの医療情報の管理や共有化が可能となる。これにより、「急性期」、「亜急性期・回復期」、「慢性期」に分化された地域医療体制において、病院間の連携を容易に図ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の体温計よれば、構造が簡単であり、患者の皮膚温と外気温を測定するだけで簡便に当該患者の体温を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の体温計の一実施の形態の斜視説明図である。
【図2】図1に示される体温計の断面説明図である。
【図3】図1に示される体温計の機能ブロック図である。
【図4】本発明の血圧計の一実施の形態の説明図である。
【図5】核心温度と皮膚温度、外気温の熱勾配を示す図である。
【図6】実験における被験者の温度変化の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を参照しつつ、本発明の体温計及びこれを備えた血圧計の各実施の形態を詳細に説明する。
【0023】
〔体温計〕
図1は、本発明の一実施の形態に係る体温計1の斜視説明図であり、図2は、図1に示される体温計1の断面説明図であり、図3は、図1に示される体温計1の機能ブロック図である。
【0024】
体温計1は、患者などのユーザの腕に装着されて当該ユーザの体温を測定(推定)するものであり、平面がほぼ矩形の箱体からなるハウジング2と、装着手段であるリストバンド3とを備えている。
【0025】
ハウジング2は、合成樹脂で作製されており、ユーザの皮膚温を検出する皮膚温センサ(第1温度センサ)4と、ユーザが居住する環境温度である外気温を検出する外気温センサ(第2温度センサ)5と、検出された皮膚温と外気温に基づいてユーザの体温の推定を行う制御部6と、を備えている。制御部6は、後述するように、皮膚温センサ4で検出した皮膚温及び外気温センサ5で検出した外気温と、予め求めておいた体温、皮膚温及び外気温の所定の関係式とに基づいてユーザの体温を推定する。
【0026】
ハウジング2は、更に、測定結果などを表示するための液晶表示素子からなる表示部7、測定の開始及び停止を指示するための操作ボタン8、及びセンサなどを機能させるための電池(図示せず)を備えている。ハウジング2の底面2aは、装着時にユーザの腕に馴染み易いようにわずかに湾曲して形成されている。
【0027】
皮膚温センサ4は、サーミスタなどからなる。この皮膚温センサ4の感温部4aは、体温計1をユーザの上腕部などの腕に装着したときに当該ユーザの皮膚に当接するハウジング2の底面2aに配置されている。本実施の形態では、ハウジング2の底面2aに形成された開口にステンレス製の薄板9がはめ込まれており、この薄板9の内側面に接して皮膚温センサ4の感温部4aが配設されている。ステンレス製の薄板9は、熱伝導率が高く、ユーザの皮膚温を皮膚温センサ4の感温部4aに効果的に伝達することができる。また、ステンレス製の薄板9を介してユーザの皮膚温を測定することで、皮膚温センサ4の感温部4aの損傷や湿分による劣化を防ぐことができる。
【0028】
外気温センサ5は、サーミスタなどからなり、体温測定時にユーザが居住する場所の気温(環境温度ないし雰囲気温度)を測定する。外気温センサ5は、皮膚温センサ4が配設されたハウジング2の底面2aと対向する当該ハウジング2の表面2bに形成された開口にはめ込まれている。
【0029】
制御部6は、図3に示されるように、外部装置との信号の受け渡しに必要なI/Oインターフェース6aと、演算処理の中枢として機能するCPU6bと、このCPU6bの制御動作プログラムが格納されたROM6cと、前記CPU6bが制御動作を行う際にデータなどが一時的に書き込まれたり、その書き込まれたデータが読み出されたりするRAM6dとから構成されている。
【0030】
リストバンド3は、ゴムなどの弾性体からなる繊維が織り込まれており、少なくとも長手方向に伸縮自在である。したがって、ユーザの腕の太さに応じて、前記ハウジング2を当該腕にフィットするように装着することができる。これにより、ハウジング2の底面2aに配設された薄板9をユーザの皮膚面に隙間なく当接させることができる。リストバンド3は、ハウジング2の対向する側面に公知の手法により固定されている。
【0031】
〔血圧計〕
図4は、本発明の一実施の形態に係る血圧計10の説明図である。この血圧計10には、前述した本発明の体温計が組み込まれており、血圧と同時に体温を測定することができる。
【0032】
血圧計10は、体温計と、ユーザの上腕部に装着されるカフ11と、圧力センサ12とを備えている。体温計は、ユーザの皮膚温を検出する皮膚温センサ(第1温度センサ)14と、ユーザが居住する環境温度である外気温を検出する外気温センサ(第2温度センサ)15と、検出された皮膚温と外気温に基づいてユーザの体温の推定を行う制御部16と、を備えている。制御部16は、後述するように、皮膚温センサ14で検出した皮膚温及び外気温センサ15で検出した外気温と、予め求めておいた体温、皮膚温及び外気温の所定の関係式とに基づいてユーザの体温を推定する。
【0033】
皮膚温センサ14は、サーミスタなどからなる。この皮膚温センサ14の感温部14aは、前記カフ11の内側面(ユーザの皮膚面に当接する側の面)11aに配設されている。本実施の形態では、この感温部14aと前記カフ11の内側面11aとの間に発泡メラミンからなる断熱シート13が配設されている。断熱シート13を配設することで、皮膚温センサ14の感温部14aに対する外気温の影響を軽減させることができ、皮膚温の測定精度を向上させることができる。断熱シート13の厚さは、本発明において特に限定されるものではないが、通常、0.5〜5.0mm程度である。
【0034】
皮膚温センサ14の感温部14aは、前記圧力センサ12がユーザの上腕部の動脈付近に配置されたときに当該上腕部の内側に当接するように、前記圧力センサ12の近傍に配設されている。上腕部の内側の皮膚温は、全身皮膚から算出する平均皮膚温度に比べて外気温の変化に対して安定しており、さらにその変化が線形的であることから、かかる皮膚温に基づいて体温を推定することで、高精度に体温を推定することができる。
【0035】
また、本実施の形態では、皮膚温センサ14の感温部14aが、シリコーンなどの熱伝導率の高い材質で作製された保護シート20で被覆されている。かかる保護シート20を用いることで、皮膚温センサ14の感温部14aの損傷や湿分による劣化を防ぐことができる。
【0036】
外気温センサ15、制御部16及びカフ11にエアを供給するエア供給部21は、平面がほぼ矩形の箱体からなるハウジング22内に配設されている。このハウジング22は、更に、測定結果などを表示するための液晶表示素子からなる表示部17、測定の開始及び停止を指示するための操作ボタン18、及びセンサなどを機能させるための電池(図示せず)を備えている。制御部16は、体温計及び血圧計の両方の制御と情報処理を行う。
【0037】
操作ボタン18の操作により測定開始の指示がなされ、エア供給部21によってカフ11にエアが供給されることで、圧力センサ12及び皮膚温センサ外側の保護シート20が確実にユーザの皮膚と密着し、当該ユーザの血圧及び体温が測定される。
【0038】
〔体温推定方法〕
次に前述した体温計1を用いて測定したユーザの皮膚温と外気温から、当該ユーザの体温を推定する方法について説明する。この推定方法は、図4に示される血圧計10における体温計で測定されたユーザの皮膚温と外気温から、当該ユーザの体温を推定する場合にも適用される。
【0039】
<体温と皮膚温について>
人間は恒温動物であり、自律性体温調整によって体温を精密に調整している。簡単に体温調整の方法を述べると、外気温が上昇したときには皮膚血流量を増加させて、身体内部の熱を外界に放散させ、逆に外気温が下降すると皮膚血流量を少なくして身体の熱を外界に奪われないようにしている。つまり、外気温の変化に対して皮膚表面の血流を調整することで体温を一定に保っている。
【0040】
このような特徴があるため、体温の測定は、一般に核心温度を測定することになっている。核心温度とは、熱産生器官が存在する体中心部の温度のことであり、その温度は高く恒温性が維持されている。通常測定される核心温度として、直腸温、口腔温、腋下温をあげることができるが、これらの部位の温度は必ずしも一致しない。しかし、手術時のようなクリティカルな状況ではない静的な体温レベルを示すものとしては十分であると考えられている。
【0041】
これに対して体熱の放散が行われる皮膚などの体外表面、特に四肢などの末梢体部の皮膚温度は外気温の影響を受け易いため、その温度は低く変温的であることが分かっている。核心温度と皮膚温度、外気温の熱勾配を図5に示す。外気温と核心温度の高低に応じて熱勾配が異なっている。
【0042】
このように皮膚温度は変温的であり核心温度を直接表していないが、人体のうち上腕部、特に上腕部内側の温度は、全身皮膚から算出される平均皮膚温度に比べて外気温の変化に対して安定しており、且つ、その変化は直線的であることが知られている。このような性質を有する上腕皮膚温度から核心温度の推定ができれば、体温測定の負担を軽減させることができ、特に在宅医療において効果的である。
以下、核心温度を体温、上腕皮膚温度を皮膚温と記し、説明を行う。
【0043】
<体温、皮膚温及び外気温の関係>
体中心部と外界間の定常状態の熱移動は、次の式(1)で表すことができる。
λa(θs−θa)+He(Ps−Pa)=λs(θc−θs)・・・・・・(1)
ここでHeは湿性熱放射係数、λa及びλsはそれぞれ乾性熱照射係数及び皮膚組織内熱伝導係数、Ps及びPaはそれぞれ皮膚表面と外気の水蒸気圧、θc、θa及びθsはそれぞれ体温、外気温及び皮膚温である。式(1)の左辺は皮膚表面から外界への熱放散であり、右辺は体中心部から体表面への熱移動を表している。
【0044】
式(1)の湿性熱放散に関する項He(Ps−Pa)は、発汗のない状態であれば無視できることが知られており、この項を無視してθcを説明する式としてまとめると、次の式(2)で表される。
θc=θs+α(θs−θa)・・・・・・(2)
【0045】
ここでα=λa/λsである。皮膚温と外気温が分かっていれば、式(2)に示されるひとつの係数αだけで体温が推定できることが分かる。実際の体温測定において平衡温度に達するまでには、温度センサの応答時間以上の時間が必要とされる場合が多い。そのため、過渡的な応答から、十分に時間が経過した後の皮膚温を推定する必要がある。
【0046】
図4に示されるような実施の形態は、体温計の機能を血圧計に組み込むことで、バイタルサイン測定における作業の手間を削減させる効果を狙っている。そのため血圧の測定時間と同程度の時間で体温の測定が終了することが望まれる。そのときの体温の測定時間をKTとしてサンプリングタイムをT、サンプル数をk=1、・・・、Kとする。
【0047】
【数1】

【0048】
<係数の推定>
前述したように、体温は外気温の影響を受けた皮膚温として測定することができる。すなわち、皮膚温は外気温と関係があり、外気温、体温、皮膚温を結ぶ係数を見つけることができれば、皮膚温と外気温とから体温を推定することができる。これらの係数を生理的データから得ることは難しいので、本実施の形態では、多数の教師データを用いて統計的に前記係数を求める。
【0049】
また、センサなどの制御と情報処理を行う制御部6のCPU6bのリソースをできるだけ消費しないためにはシンプルな推定式とすることが好ましく、本実施の形態では、体温推定に効果的な係数だけを選択して使用する。このことは、血圧計に体温計を組み込んで血圧と体温の同時取得を行う図4に示される血圧計の場合、1つの制御部で両者の制御と情報処理を行う必要があることから、特に重要である。ここでは、前述した未知ベクトルの求め方とそれらの中から体温推定に有効な変数を選択する方法を説明する。
【0050】
【数2】

【0051】
(4)次に有効な変数の選択を行う。変数選択の目的は、体温推定の有効に働いていない変数を除去することにより推定精度を向上させるとともに計算負荷を軽減させることである。したがって、βlが選択対象の変数となる。
【0052】
選択は、例えば直交表を用いた組合せ法により行うことができ、以下、l≦7の場合としてL8直交表(表1参照)を用いて説明する。
【0053】
【表1】

【0054】
まず、βlをA列、B列、・・・、G列に割り付ける。このときL、・・・、L行の「1」は、割り付けたβlを使用して体温を推定し、「2」は使用せずに体温を推定する。例えば、Lでは、A列、F列及びG列に割り付けたβlだけを使用して体温を推定する。
【0055】
【数3】

【0056】
ここで、γ=1、・・・、8である。これは各行の推定ばらつきを表している。これから各列βlのばらつきを求める。βlのばらつきが分かれば、ばらつきの小さいβlだけを使用して推定することができる。そのためβlを使用したときのばらつきと、使用しないときのばらつきを次の式(18)、(19)で表す。
【0057】
【数4】

【0058】
〔実験例〕
次に本発明の体温計を用いてユーザの体温を推定した実験例について説明する。
【0059】
<教師データの取得>
最初に被験者80人に対して皮膚温(上腕)と体温(腋下)、及び測定環境下の外気温データを取得した。本実験では、体温を実測式体温計で測定した腋下温度とした。
得られたデータの一例を図6に示す。図6では、サンプリングタイム1[秒]で41点、分解能0.1[℃]でデータを取得した。年齢によって皮膚温と体温との相関が異なる恐れがあることから、幅広い年齢層の被験者を集めた。表2に被験者一覧を示す。なお、被験者における患者の疾患内訳は、呼吸器疾患(8名)、循環器疾患(6名)、消化器疾患(4名)、整形外科疾患(3名)である。なお、一般青年とは、介護士や医者など医療現場で働く労働者のことである。
【0060】
【表2】

【0061】
表2における分類から、学生6、患者8及び一般青年16の合計30人分のデータを抽出し、これらを教師データとした。データの抽出はそれぞれの分類から無作為に行った。
【0062】
【数5】

【0063】
図6より分かるように、上腕皮膚温の温度上昇は緩やかで、比較的短時間で温度平衡に達しているので、係数推定のために利用するデータのサンプリング間隔を5[秒]として、データ点数を9点に減らした上腕皮膚温の時系列データベクトル、及び8点のデータからなる温度変化ベクトルを前記の30人分作成した。
これらのデータをもとに係数の推定と変数の選択を行った結果、表3に示される係数ベクトルを得た。
【0064】
【表3】

【0065】
選択されたβ、β、βは、温度変化ベクトルにおける25[秒]以降の後半の3点である。図6からも分かるように、20[秒]以降はほとんど温度変化が見られないことから、過渡状態以降の比較的平衡温度に近い安定したデータであることが分かる。また、表3の係数αは上腕皮膚からの放熱に関する熱抵抗と同じ意味であり、この項が正の値であれば皮膚温の方が外気温よりも高いことを示している。
【0066】
<推定結果>
表2のデータから教師データに用いた30人を除いた残り50人のデータによって、推定精度を確認した。それぞれの分類における推定精度の標準偏差を表4に示す。
【0067】
【表4】

【0068】
学生と患者(高齢者)の推定誤差が小さいことから、年齢による皮膚温と体温との相関に大きな違いがないことが分かる。これに対し、一般青年の推定誤差は大きくなっている。その原因は、一般青年は勤務中の測定となったために、運動による熱産生や測定を行った部屋の温度環境に皮膚温が馴染んでいなかったことなどが考えられる。
【0069】
通常の在宅医療においては、患者が頻繁に温度環境の異なる部屋を移動することは少なく、通常、生活している部屋に血圧計が保管されていることが多い。そのため、運動による熱産生や外気温変化が推定値に影響を与えることは少ないものと考えられる。
以上、上腕における皮膚温から体温(腋下温)を推定する方法について説明したが、実験結果より、前記推定方法は精度が高く十分に使用可能であることが分かる。
【0070】
〔その他の変形例〕
なお、今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、前述した実施の形態の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0071】
例えば、前述した実施の形態では、体温計のハウジングをユーザの腕に取り付ける装着手段として、伸縮自在のリストバンドを用いているが、一端に面ファスナーが縫い付けられた帯状のバンドの他端をハウジングに固定し、当該面ファスナーを用いてハウジングをユーザの腕に取り付けることもできる。
【0072】
また、前述した実施の形態では、皮膚温センサとしてサーミスタを用いているが、熱電対など他の温度センサを用いることもできる。
また、前述した実施の形態では、測定に有効な変数の選択を行っているが、安静な状態にある患者の場合では、かかる選択を行わなくても皮膚温から体温を高精度に推定できることが分かっている。したがって、前記変数の選択は、体温計又は血圧計の用途によっては、実用上、省略することができる。
【0073】
また、前述した実施の形態では、ハウジング内に収容された電池を駆動源にしているが、商用電源から電気の供給を受けるようにしてもよい。
【0074】
また、前述した実施の形態において、制御部に外部とのデータの送受信を行うデータ送受信部を設け、例えば携帯電話などと通信できる機能や、医療クラウドなどのサーバーと直接通信できる機能を付与することもできる。
【符号の説明】
【0075】
1 体温計
2 ハウジング
2a 底面
3 リストバンド(装着手段)
4 皮膚温センサ(第1温度センサ)
4a 感温部
5 外気温センサ(第2温度センサ)
6 制御部
7 表示部
8 操作ボタン
9 薄板
10 血圧計
11 カフ
12 圧力センサ
13 断熱シート
14 皮膚温センサ(第1温度センサ)
15 外気温センサ(第2温度センサ)
16 制御部
17 表示部
18 操作ボタン
20 保護シート
21 エア供給部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーザの皮膚温を検出する第1温度センサと、
当該ユーザが居住する環境温度である外気温を検出する第2温度センサと、
前記第1温度センサで検出した皮膚温及び前記第2温度センサで検出した外気温と、予め求めておいた体温、皮膚温及び外気温の所定の関係式とに基づいて、前記ユーザの体温を推定する制御部と
を備えたことを特徴とする体温計。
【請求項2】
前記第1温度センサ、第2温度センサ及び制御部が共通のハウジング内に設けられており、当該ハウジングのうちユーザの皮膚に当接される面に前記第1温度センサの感温部が配置されている、請求項1に記載の体温計。
【請求項3】
前記ハウジングをユーザの腕に着脱自在に固定し得る装着手段を更に備えている、請求項2に記載の体温計。
【請求項4】
請求項1に記載の体温計と、
ユーザの上腕部に装着されるカフと、
前記カフ内に配設されており、ユーザの血圧を検出する圧力センサと
を備えており、
前記第1温度センサの感温部が、前記カフの内側面に配設されていることを特徴とする血圧計。
【請求項5】
前記第1温度センサの感温部と前記カフの内側面との間に、断熱シートが配設されている、請求項4に記載の血圧計。
【請求項6】
前記第1温度センサの感温部が、前記圧力センサがユーザの上腕部の動脈付近に配置されたときに当該上腕部の内側面に当接するように、圧力センサの近傍に配設されている、請求項4又は5に記載の血圧計。
【請求項7】
前記第1温度センサの感温部が熱伝導率の高い材質で作製された保護シートで被覆されている、請求項4〜6のいずれかに記載の血圧計。
【請求項8】
前記第2温度センサ、前記制御部、及び前記カフにエアを供給するエア供給部が本体部内に配設されており、前記本体部は、検出されたユーザの体温及び血圧を表示する表示部を備えている、請求項4〜7のいずれかに記載の血圧計。
【請求項9】
前記本体部は、外部とのデータの送受信を行うデータ送受信部を備えている、請求項4〜8のいずれかに記載の血圧計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−237670(P2012−237670A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107376(P2011−107376)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(504145283)国立大学法人 和歌山大学 (62)
【Fターム(参考)】