説明

保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品

【課題】 安全性が高く、品質の損なわれず、保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品を提供すること
【解決手段】 米飯、餅、麺類、パン類その他の炭水化物系加熱加工食品に、エンテロコッカス属乳酸菌を用いて得られる発酵生産物を加工原料の0.1〜5重量%含有させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は保存性に優れた加熱加工食品に関し、さらに詳しくはエンテロコッカス属乳酸菌を用いて得られる発酵生産物を含有することを特徴とする保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に炭水化物系食品は、加熱変性を伴う蛋白系食品と比較すると十分な加熱殺菌が可能であるが、耐熱性のバチルス属細菌の芽胞は100℃においても生き残り、発芽、増殖して腐敗の原因となる。このバチルス属細菌の発芽や増殖を抑えるために、食品に酢酸、乳酸等の有機酸を添加したり、グリシンを高濃度添加したりする技術が実用化されているが、前者は食品本来の味、風味を損ね、後者は特有の甘味を伴う上、食中毒原因菌であるバチルス・セレウスに対しては全く効力がない。気温が高い夏場にはコンビニエンスストアを中心に弁当類、惣菜類には酢酸、乳酸等の有機酸が添加された酸味の目立つ炭水化物系加工食品が陳列されているが、白飯やうどんなど、中性pH域の炭水化物系食品にはバチルス・セレウスによる変敗の危険性がつきまとう。
ある種のエンテロコッカス属乳酸菌がバクテリオシンを産生することは公知であり、広いpH域で使用できる制菌物質も提案されているが(特許文献1)、バチルス属細菌に対しては効果的でなかった。
【特許文献1】特開2003−164276号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
炭水化物系加熱加工食品で常に問題となるバチルス属細菌、特に食中毒の原因菌であるバチルス・セレウスの増殖を中性域で抑え、かつ食品に利用可能で食品本来の味、風味を損ねない物質は現在のところ存在せず、その開発が待たれている。本発明は全てのバチルス属細菌が増殖せず、安全で、しかも味、風味の優れた炭水化物系食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、炭水化物系食品の保存性を改善すべく、種々の発酵食品から乳酸菌を分離し、その菌による発酵生産物を食品に添加して炭水化物系食品中に存在する種々のバチルス属細菌に対する抗菌性を調べた。その結果、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物が、バチルス属細菌に対し特に広い抗菌スペクトルを示すことを発見し本発明を完成した。漬物から分離したエンテロコッカス・フェカリス(寄託番号、FERM P−20388号)を用いて乳清を発酵させた後、濃縮、乾燥して得られた発酵生産物のバチルス属細菌に対する抗菌スペクトルは表1に示す通りである。
【0005】
【表1】

【0006】
エンテロコッカス属乳酸菌が産生するバクテリオシンに関しては、エンテロシンAおよびB(J food Microbiol. 70, 291-301(2001))、エンテロシンP(Appl Environ Microbiol. 67, 1689-92(2001))、エンテロシン81(J appl Microbiol. 85, 521-6(1998))、エンテロシンL50AおよびL50B(J Bacteriol. 180, 1988-94(1998))、エンテロシン4(Appl Environ Microbiol. 62, 4220-3(1996))、ムンテイシンKS(Appl Environ Microbiol. 68, 3830(2002)) が報告されているが、バチルス属細菌に対する広範囲な抗菌スペクトルについては未だ報告されておらず、表1に示した抗菌スペクトルのデータは新規、かつ実用上重要なものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、安全性の高い、しかも品質の損なわれない、保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物を添加して得られる保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品を提供するものであり、バチルス属細菌による食品の変敗、食中毒を防止する上で、非常に有用な技術である。
本発明における抗菌性成分であるエンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物は、乳清などの食品素材にエンテロコッカス属乳酸菌を植えた後、適度に発酵させたものである。
【0009】
本発明で使用するエンテロコッカス属菌株は、漬物等の発酵食品から分離することができ、抗菌性物質の生産能を有する菌株である。寄託番号、FERM P−20388号として寄託されているエンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)はその一例である。エンテロコッカス属乳酸菌は、ヒト腸内の常在菌であり、善玉菌として乾燥菌体が機能性食品として市販されている安全な微生物である。
【0010】
エンテロコッカス属乳酸菌を用いて発酵させる食材としては、乳酸菌の生育に必要な栄養源を含む食品素材であれば何を用いてもよいし、必要に応じて糖分等を加えて栄養を補ってもよい。
【0011】
エンテロコッカス属乳酸菌を用いて得られる発酵生産物は、そのまま食材のひとつとして食品に使用することができる。
【0012】
本発明における炭水化物系加熱加工食品とは、炭水化物が食品固形分中の最も大きな割合を占める加熱加工食品であれば限定されない。日本食品標準成分表によれば、食品固形分中の炭水化物の割合は、米飯類 88〜93%、もち 91%、餅菓子90〜93%、うどん 85%、しゅうまいの皮 85%、餃子の皮 84%、中華麺 83%、スパゲッティ 82%、そば 81%、ロールパン 78%、マフィン 76%、食パン 75%、餡 71%、カレールー 46%、豆類(大豆を除く)62〜90%、となっており、これらは本発明で規定する炭水化物が最も大きな割合を占める炭水化物系加熱加工食品に該当する。
【0013】
炭水化物系加熱加工食品の変敗は主として、原材料に付着した好気性の耐熱性芽胞細菌であるバチルス属の芽胞が食品の加熱加工後においても生存し、それが保存中に発芽して増殖することによって起こる。また、近年バチルス・セレウスによる食中毒が増えており、本発明はセレウス中毒対策上からも有益である。
【0014】
例えば、米飯の場合、100℃で炊き上げるため炊飯直後の残存細菌は少数であり、米飯1g中の バチルス芽胞数は1〜10個とみられ、50℃以上に保たれている間はその増殖が抑制されるが、生育好適温度(20〜37℃)になると発芽して増殖しはじめ、夏期には十数時間内に10〜10/gに達し、可食性を失う。バチルス属細菌による変敗は、そのアミラーゼによって米飯を加水分解して軟化し、ネトを生ずるとともに、特有のすえた匂いを発生させる。
【0015】
また、茹で麺、蒸し麺等の麺類では原料の小麦粉中に10〜10/gのバチルス属細菌が存在し、それらのうち加熱処理で死滅しない芽胞が保存中に発芽、増殖して変敗が起こる。
【0016】
さらに、パンでは焙焼中にも内部の温度は100℃を超えないため、バチルスの芽胞が死滅せず、製品になって後、適当な環境で発芽し、ロープと称される変敗が起こることがある。一方、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物は酵母には無作用のため、パンの発酵には悪影響を与えない。また、煮豆や練り餡の変敗もバチルス属細菌の増殖によることが多い。餡及び煮豆には保存料として1g/kgまでのソルビン酸の使用が許可されているが、ソルビン酸はpHが酸性側で有効であり、pHが中性付近の餡や煮豆ではその効果は少ない。
【0017】
本発明のエンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物は、このようなバチルス属細菌の増殖を抑制する効果があり、各種加熱加工食品の品質を損なうこともない。エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物は、一般に加工原料に対し、0.1〜5重量%、好ましくは0.3〜2重量%添加される。添加量が0.1重量%未満では抗菌効果が不十分であり、2重量%、特に5重量%を超えると異味が感じられるようになる。ここで言う発酵生産物の添加量は、乳酸菌発酵醪の濃縮乾燥物を基準としているが、発酵生産物が濃縮された液体の場合もあるし、精製して抗菌力を高めた場合もあり、添加量は一応の目安である。エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物は、そのまま他の食材に混合して製造することができる。
【0018】
本発明の加熱加工食品の製造方法は特に限定されず、常法に従えばよい。また、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物の添加時期も特に限定されない。例えば、米飯では炊飯用の水にエンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物を溶解させて通常の炊飯を行えばよい。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、実施例中一般生菌数は標準寒天培地にて、30℃、48時間培養後に計測した。
【0020】
調製例1(エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物の調製)
脱脂粉乳300g、ブドウ糖200g、炭酸カルシウム100gを10Lの水に加えよく混合した後、オートクレーブを用いて120℃、20分間滅菌処理を行い、冷却後、適量のエンテロコッカス・フェカリス(寄託番号、FERM P−20388号)の培養液を接種し、30℃、2日間発酵させた。次に、炭酸カルシウム、菌体等の不溶物を分子量分画50000の限外濾過膜により除去して清澄な溶液とした後、この溶液を減圧濃縮し、凍結乾燥して発酵生産物の粉末約500gを得た。
【0021】
実施例1、比較例1(白飯)
米900gを水洗し、水1080ml、実施例1で得られた発酵生産物の粉末(以下、発酵粉末と略す)4.5g(生米に対して0.5%)を加え、1.8リットル電気釜で炊飯した(実施例1)。一方、発酵粉末を添加することなく、同様にして、白飯(比較例1)を調製し、両者の保存性を比較した。すなわち、炊き上がった米飯の各々を滅菌容器に移し、30℃にて保存し、経日的に一般生菌数を測定し、表2の結果を得た。
【0022】
【表2】

【0023】
実施例2、比較例2(五目ご飯)
米900gを水洗し、水1080ml、に五目ご飯の素(丸美屋食品工業(株)製)の調味液を加え、更に、実施例1で得られた発酵粉末5gを加えて1.8リットル電気釜で炊飯した(実施例2)。一方、発酵粉末を添加することなく、同様にして、米飯(比較例2)を得、両者の保存性を比較した。すなわち、炊き上がった米飯の各々を滅菌容器に移し、30℃にて保存し、経日的に一般生菌数を測定し、表3の結果を得た。
【0024】
【表3】

【0025】
実施例3、比較例3(茹でうどん)
中力粉500gに12.5gの食塩と発酵粉末3.5gを水200gに添加したものを加え、混合、成形し、厚さ10mmの麺帯を得、1時間室温で熟成させた後、3段の圧延で3mmの麺帯とし、10番の切歯で切断し、生うどんを得た。これを沸騰水中で茹で上げ、茹でうどんとした(実施例3)。一方、発酵粉末を混合することなく、同様にして茹でうどんを得(比較例3)、それらの保存性を比較した。すなわち、茹で上げたうどんをポリ袋に50gづつ入れたものをそれぞれ10個づつ用意し、室温(25℃)で変敗に至るまでの日数を目視と官能で観察した。結果を表4に示す。
【0026】
【表4】

【0027】
実施例4、比較例4(蒸しパン)
(配合)
薄力粉1000部、液体ショートニング250部、液卵1000部、上白糖900部、粉末チーズ100部、ベーキングパウダー10部、食塩10部、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物10部、キサンタンガム3部、グリアジン10部、温湯300部
(操作)
原料をミキサーに投入、中速で5分間混合し、約2時間ねかせた。これを50gづつ型に入れて30分間蒸し上げ、冷却後ポリ袋に密封した(実施例4)。エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物を含まない群を同様にして作り(比較例4)、両者の保存性を比較した。すなわち、それぞれ10個づつ用意し、30℃で保存し、ネトの発生するまでの日数を調べた。結果を表5に示す。
【0028】
【表5】

【0029】
実施例5、比較例5(練り餡)
さらし餡30部、砂糖40部、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物1部、水130部の処方で練り餡を試作し、初めの重量の1/4を煮詰めた(実施例5)。エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物無添加群も同様にして作って(比較例5)プラスチック製のカップに詰め、30℃にて保存効果を比較した。結果を表6に示す。なお、単位は個/gである。
【0030】
【表6】

【0031】
実施例6、比較例6(フラワーペースト)
コーンスターチ20g、薄力粉35g、脱脂粉乳30g、粉乳20g、マーガリン150g、砂糖250g、キサンタンガム3g、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物3g、水492g、合計1020gの処方でフラワーペーストを試作し、重量ベースで10%分を煮詰めた(実施例6-1)。同様の方法でエンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物1g添加群(実施例6-2)、無添加群を試作し(比較例6)、20℃にて保存し、保存後の一般生菌数(個/g)を測定し、両者の保存性を比較した。結果を表7に示す。
【0032】
【表7】

【0033】
実施例7、比較例7(包装餅)
餅米500gと、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物2gをよく混合した後、餅つき機を用いて餅を調製し、約50gずつポリ袋に脱酸素剤とともに密封した(実施例7)。同様の方法でエンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物無添加群を試作し(比較例7)、両者の保存性を比較した。すなわち、それぞれ10袋づつ用意し、30℃で保存後、バチルスによる白色の変色部の発生するまでの日数を調べた。結果を表8に示す。
【0034】
【表8】

【0035】
実施例8、比較例8(カレー)
玉葱3個、ニンジン1本、豚肉500gを炒め、水1400g、市販のカレールー2種(SBゴールデンカレー、ハウスこくまろカレー;いずれも中辛)を加えて2時間煮込んだ後、エンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物7gを加えてよく混合し、約50gずつポリ容器に分注した(実施例8)。同様の方法で発酵生産物無添加群を試作し(比較例8)、30℃にて保存し、保存後の一般生菌数(個/g)を測定し、両者の保存性を比較した。結果を表9に示す。
【0036】
【表9】

【0037】
実施例9、比較例9(煮豆)
おたふく豆300gに水を加え十分に吸水させた後、少量の水と砂糖50gを加え弱火で約20分間煮る。最後にエンテロコッカス属乳酸菌による発酵生産物3gを加えてよく混合し、約50gずつポリ容器に分注した(実施例9)。同様の方法で発酵生産物無添加群を試作し(比較例9)、30℃にて保存し、保存後の一般生菌数(個/g)を測定し、両者の保存性を比較した。結果を表10に示す。
【0038】
【表10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンテロコッカス属乳酸菌を用いて得られる発酵生産物を含有することを特徴とする保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品。
【請求項2】
エンテロコッカス属乳酸菌がエンテロコッカス・フェカリスである請求項1記載の保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品。
【請求項3】
食品固形分重量中、炭水化物が最も大きな割合を占める請求項1又は2記載の保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品。
【請求項4】
食品が、米飯、餅類、麺類、餡類、パン類、フラワーペースト又はカレーである請求項1〜3の何れか1項記載の保存性に優れた炭水化物系加熱加工食品。

【公開番号】特開2007−23(P2007−23A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−180677(P2005−180677)
【出願日】平成17年6月21日(2005.6.21)
【出願人】(000101215)アサマ化成株式会社 (37)
【Fターム(参考)】