説明

信号処理装置、レーダ装置、信号処理プログラム及び信号処理方法

【課題】簡単な構成で、不要信号を抑圧しつつ高速移動ターゲットの検出を可能とする信号処理装置を提供する。
【解決手段】信号処理部は、スイープメモリと、スキャン相関処理部11と、出力切替部12と、を備える。スイープメモリは、アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データを取得する。スキャン相関処理部11は、受信データにスキャン相関処理を施したスキャン相関処理済データを出力する。出力切替部12は、受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、受信データの信号レベルが出力切替閾値未満の場合はスキャン相関処理済データを出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主要には、レーダ装置等に用いられる信号処理装置に関する。詳細には、当該信号処理装置において、受信した信号に含まれる不要な信号を抑圧するための構成に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、レーダ装置において、CFAR処理やスキャン相関処理を行うことにより、クラッタ(不要信号)の信号レベルを抑圧する構成が知られている。ここでスキャン相関処理について簡単に説明する。即ち、ターゲットからのエコーは時間的に安定して検出されるが、クラッタの信号レベルは時間的にランダムに変動する。従って、時間的にランダムに変動する信号を抑圧する処理(スキャン相関処理)を施すことで、ターゲットからのエコーを残しつつクラッタを抑圧することができる。
【0003】
このようなスキャン相関処理を行うレーダ装置は、例えば特許文献1から3に記載されている。
【0004】
しかしながら、上記スキャン相関処理には、高速移動する物標からのエコーが抑圧されてしまうという課題があった。即ち、物標が高速で移動していると、当該物標からのエコーはスキャン毎に異なる位置で検出されることとなり、見かけ上は信号が安定していないように見えてしまう。このため、スキャン相関処理を行うと高速移動物標のエコーが抑圧されて、当該高速移動物標の検出が困難になっていた。
【0005】
この点、上記特許文献1は、移動物標をそれぞれ独立して記憶する相関処理用メモリを備え、相関処理用メモリ毎に面相関処理(スキャン相関処理)を行う構成を開示する。特許文献1は、これにより海面反射等のノイズを除去しながら、移動する物標を正確に識別することができるとする。
【0006】
また、特許文献2は、巡回式デジタルフィルタを備え、フィルタ特性をエコー信号の変化に応じてリアルタイムで変更設定する構成を開示する。特許文献2は、これにより、クラッタ信号を抑圧しながら物標信号が抑圧されるのを防止できるとする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−315439号公報
【特許文献2】特開平8−136641号公報
【特許文献3】特開2002−139562号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の構成は移動物標ごとにメモリを用意しなければならないため、多数の物標についてスキャン相関処理を行おうとすると、必要なメモリ容量が膨大となるとともに計算負荷も増大してしまうという問題がある。また、特許文献2の構成も、信号の立ち上がり又は立ち下がりを判定するとともに、信号が物標かクラッタかを判定し、当該判定結果に基づいて巡回式デジタルフィルタの係数を変更する複雑な処理を行わなければならない。また、特許文献1の構成は、スキャン相関処理を行う前に予めARPA(自動衝突予防援助装置)等によって各移動物標を追尾しておく必要がある。
【0009】
本発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その主要な目的は、簡単な構成で、不要信号を抑圧しつつ高速移動ターゲットの検出を可能とする信号処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0010】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0011】
本発明の第1の観点によれば、以下の構成の信号処理装置が提供される。即ち、この信号処理装置は、受信データ取得部と、スキャン相関処理部と、出力切替部と、を備える。前記受信データ取得部は、アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データを取得する。前記スキャン相関処理部は、前記受信データにスキャン相関処理を施したスキャン相関処理済データを出力する。前記出力切替部は、前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する。
【0012】
これにより、物標からのエコーの信号レベルが十分大きい場合(当該物標からのエコーが不要信号に埋もれていない場合)については、スキャン相関処理が施されていない受信データを出力することができる。ここで、高速航行できる船舶からのエコー信号レベルは一般的にクラッタレベルよりも高いので、このような高速移動物標からのエコーについては、スキャン相関処理によって信号レベルが抑圧されていない受信データを出力することができる。従って、上記のような簡単な構成により、大部分の高速移動物標からのエコーの信号レベルがスキャン相関処理によって抑圧されてしまうことを防ぎつつ、当該スキャン相関処理によって不要信号のみを抑圧することができる。
【0013】
上記の信号処理装置においては、前記スキャン相関処理は、前記受信データと、当該受信データよりも過去のスキャンで取得された受信データと、の相関をとる処理であることが好ましい。
【0014】
この構成により、信号レベルが時間的にランダムに変動している受信データは、スキャン相関処理によって信号レベルが抑えられる。これにより、ノイズやクラッタ等を抑圧することができる。
【0015】
前記の信号処理装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この信号処理装置は、前記出力切替部から出力されたデータに基づいて物標を追尾する追尾処理部を備える。
【0016】
これにより、高速移動物標を含め、物標を確実に追尾することができる。
【0017】
前記の信号処理装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この信号処理装置は、前記受信データに基づいて、当該受信データの不要信号レベルを求める不要信号レベル推定部を備える。そして、前記出力切替閾値は、前記不要信号レベル推定部が求めた前記不要信号レベルに基づいて決定される。
【0018】
これにより、出力切替閾値を適切に決定することができるので、気象状況等によって不要信号の全体的なレベルが変動しても、物標の検出と不要信号の抑圧を適切に行うことができる。
【0019】
前記の信号処理装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、前記スキャン相関処理部は、過去のスキャン相関処理済データを記憶する過去メモリを備える。そして、前記スキャン相関処理部は、前記受信データと、前記過去のスキャン相関処理済データと、に基づいてスキャン相関処理済データを求める。
【0020】
これにより、スキャン相関処理を適切に行うことができる。
【0021】
前記の信号処理装置は、前記出力切替部が出力したデータに基づいてエコートレイル生成処理を行うエコートレイル生成処理部を備えることが好ましい。
【0022】
これにより、高速移動物標と低速移動物標の両方にトレイルを残すことができる。
【0023】
本発明の第2の観点によれば、電磁波を送信して信号を受信するアンテナと、上記の信号処理装置と、を備えたレーダ装置が提供される。
【0024】
このレーダ装置は、クラッタを抑圧しつつ、高速移動物標のエコーを検出することができる。
【0025】
本発明の第3の観点によれば、以下のような処理を信号処理装置に実行させる信号処理プログラムが提供される。即ち、この信号処理プログラムは、スキャン相関処理ステップと、出力切替ステップと、を含む。前記スキャン相関処理ステップは、アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データに対してスキャン相関処理を施し、スキャン相関処理済データを出力する。前記出力切替ステップは、前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する。
【0026】
これにより、物標からのエコーの信号レベルが十分大きい場合(当該物標からのエコーが不要信号に埋もれていない場合)については、スキャン相関処理が施されていない受信データを出力することができる。ここで、高速航行できる船舶からのエコー信号レベルは一般的にクラッタレベルより高いので、このような高速移動物標からのエコーについては、スキャン相関処理によって信号レベルが抑圧されていない受信データを出力することができる。従って、上記のような簡単な構成により、大部分の高速移動物標からのエコーの信号レベルがスキャン相関処理によって抑圧されてしまうことを防ぎつつ、当該スキャン相関処理によって不要信号のみを抑圧することができる。
【0027】
本実施形態の第4の観点によれば、以下のステップを含む信号処理方法が提供される。即ち、この信号処理方法は、スキャン相関処理ステップと、出力切替ステップとを含む。前記スキャン相関処理ステップは、アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データに対してスキャン相関処理を施し、スキャン相関処理済データを出力する。前記出力切替ステップは、前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する。
【0028】
これにより、物標からのエコーの信号レベルが十分大きい場合(当該物標からのエコーが不要信号に埋もれていない場合)については、スキャン相関処理が施されていない受信データを出力することができる。ここで、高速航行できる船舶からのエコー信号レベルは一般的にクラッタレベルよりも高いので、このような高速移動物標からのエコーについては、スキャン相関処理によって信号レベルが抑圧されていない受信データを出力することができる。従って、上記のような簡単な構成により、大部分の高速移動物標からのエコーの信号レベルがスキャン相関処理によって抑圧されてしまうことを防ぎつつ、当該スキャン相関処理によって不要信号のみを抑圧することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の第1実施形態に係るレーダ装置のブロック図。
【図2】自船周囲の様子を例示する図。
【図3】(a)受信データのグラフを例示する図。(b)スキャン相関処理済データのグラフを例示する図。(c)クラッタ抑圧済データのグラフを例示する図。
【図4】クラッタ抑圧部のブロック図。
【図5】第2実施形態に係るレーダ装置のブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
次に、図面を参照して本発明の第1実施形態を説明する。図1は、本実施形態に係るレーダ装置10のブロック図である。本実施形態のレーダ装置10は、漁船等の船舶に備えられる舶用レーダであり、主に他船等の物標の探知に用いられる。
【0031】
図1に示すように、本実施形態のレーダ装置10は、アンテナユニット20と、信号処理部(信号処理装置)21と、を備えている。アンテナユニット20は、アンテナ1と、検波部2と、A/D変換部(受信データ出力部)3と、を備えている。信号処理部21は、スイープメモリ4と、クラッタ抑圧部5と、二値化処理部6と、追尾処理部7と、を備えている。
【0032】
アンテナ1は、指向性の強いパルス状電波を送信可能であるとともに、物標からのエコー(反射波)を受信するように構成されている。この構成で、パルス状電波を送信してからエコーを受信するまでの時間を測定することにより、物標までの距離rを知ることができる。また、アンテナ1は水平面内で360°回転可能に構成され、パルス状電波の送信方向を変えながら(アンテナ角度θを変えながら)電波の送受信を繰り返し行うように構成されている。以上の構成で、自船周囲の平面上の物標を360°にわたり探知することができる。
【0033】
なお、以下の説明で、パルス状電波を送信してから次のパルス状電波を送信するまでの動作を「スイープ」と呼ぶ。また、電波の送受信を行いながらアンテナを360°回転させる動作を「スキャン」と呼ぶ。
【0034】
検波部2は、アンテナ1が受信した信号を検波して増幅し、A/D変換部3に受信信号を出力する。A/D変換部3は、このアナログ型式の受信信号をサンプリングし、複数ビットからなるデジタルデータ(受信データ)に変換する。ここで、前記受信データの値は、アンテナ1が受信した信号の強度(信号レベル)を示している。A/D変換部3は、前記受信データをスイープメモリ4に出力する。
【0035】
スイープメモリ4は、前記受信データを1スイープ分リアルタイムで記憶することができるバッファメモリである。このように、スイープメモリ4はアンテナユニット20からの受信データを取得しているので、受信データ取得部であると言うことができる。
【0036】
スイープメモリ4には、1スイープの間にサンプリングされた受信データが、先頭アドレスから順に記憶されるように構成されている。従って、スイープメモリ4から受信データを読み出すときの読出しアドレスに基づいて、当該受信データに対応するエコー源までの距離rを求めることができる。一方、アンテナ1からは、当該アンテナ1が現在どの方向を向いているか(アンテナ角度θ)を示すデータが出力されている(図示は省略)。以上の構成で、スイープメモリ4から受信データを読み出す際には、当該受信データに対応するエコー源の位置を、極座標(r,θ)で取得することができる。
【0037】
例として、自船周囲の様子が図2のようであった場合について説明する。図2の状況で、アンテナ角度がθ1のときにスイープメモリから読み出される受信データ系列は、図3(a)のグラフのようになる。グラフの縦軸は受信データの信号レベル、横軸はスイープメモリからの読出しアドレス(即ち、自船からエコー源までの距離r)に対応している。なお、図3のグラフは連続的なアナログ波形のように描かれているが、これは概念的な図であって、実際には、スイープメモリ4から読み出される受信データは離散的なデジタルデータとなっている。
【0038】
図3(a)の例では、高速移動物標からのエコーと、低速移動物標からのエコーと、が信号レベルのピークとして現れている。また図3(a)の波形には、物標からのエコー以外にも細かいピークが検出されているが、これらはクラッタやノイズなどの不要信号である。ここで、クラッタとは、海面からの反射波や雨からの反射波など、物標の検出に不要な反射波をいう。
【0039】
クラッタ抑圧部5において、スイープメモリ4から受信データを読み出すと、当該受信データに対して、上記クラッタを抑圧する処理が行われる。なお、クラッタ抑圧部5の構成については後述する。図3(a)のグラフに示す受信データをクラッタ抑圧部で処理した結果(クラッタ抑圧済データ)の例を、図3(c)のグラフに示す。図3(c)の縦軸は、クラッタ抑圧済データの信号レベルである。図3(c)のグラフに示すように、本実施形態のクラッタ抑圧部5は、物標のエコーを示すデータの信号レベルを保ちつつ、クラッタの信号レベルのみを抑圧することができるように構成されている。クラッタ抑圧部でクラッタを抑圧されたデータ(クラッタ抑圧済データ)は、二値化処理部6に出力される。
【0040】
二値化処理部6は、クラッタ抑圧済データの信号レベルと、所定の二値化閾値とを比較することにより二値化を行う。具体的には、二値化処理部6は、クラッタ抑圧済データの信号レベルが二値化閾値以上の場合、「物標がある」ことを示すデータ(例えば「1」)を出力する。一方、クラッタ抑圧済データの信号レベルが二値化閾値未満の場合は「物標がない」ことを示すデータ(例えば「0」)を出力する。二値化処理部6による処理結果(二値化処理済データ)は、追尾処理部7に出力される。
【0041】
追尾処理部7は、二値化処理済データが入力されると、物標のエコーの位置を順次取得して、それぞれの物標に対する追尾処理を行う。追尾処理の詳細については省略するが、簡単に説明すると以下のとおりである。即ち、追尾処理部7は、二値化処理部6から入力された二値化処理済データの平面上の連続性を評価し、空間的にまとまって「物標がある」と判断されているデータを抽出して代表点の座標を得る。当該空間的にまとまっているデータは1つの物標からのエコーを示していると考えられ、前記代表点の座標は当該物標の位置を示している。そして、追尾処理部7は、この代表点の座標を追尾フィルタに入力するとにより、追尾処理を実現する。なお、追尾フィルタには、α・βフィルタやカルマン・フィルタ等が使用される。以上の処理により、追尾処理部7は、各物標の位置や移動方向、移動速度などの情報を取得することができる。
【0042】
次に、図4を参照してクラッタ抑圧部5の構成について詳しく説明する。クラッタ抑圧部5は、図略のCPU、RAM及びROM等からなるハードウェアと、前記ROMに記憶された信号処理プログラムからなるソフトウェアと、から構成されている。
【0043】
前記信号処理プログラムは、本発明に係る信号処理方法を、前記クラッタ抑圧部5が備えるハードウェアを用いて実現するためのプログラムである。具体的には、この信号処理プログラムは、スキャン相関処理ステップと、出力切替ステップと、クラッタレベル推定ステップと、を含んでいる。
【0044】
そして、前記ハードウェアと前記ソフトウェアが協働して動作することにより、前記クラッタ抑圧部5を、スキャン相関処理部11、出力切替部12、クラッタレベル推定部13として機能させることができるように構成されている。以下、図1を参照して詳しく説明する。
【0045】
スキャン相関処理部11には、スイープメモリ4からの受信データが入力されている。スキャン相関処理部11は、過去のデータと最新の受信データとに基づいて、受信データに含まれるクラッタを抑圧する処理(スキャン相関処理)を行う。なお、このスキャン相関処理部11の機能は、前記信号処理プログラムのスキャン相関処理ステップに対応している。
【0046】
以下、スキャン相関処理について簡単に説明する。即ち、物標からのエコーは時間的に安定して検出される信号である一方、クラッタは時間的にランダムに変動する信号である。なおここでいう時間的な安定性は、スキャン間での信号レベルの安定性をいう。即ち、複数スキャンにわたって、アンテナ角度θ、距離rの位置から同じような信号レベルのエコーが安定して検出される場合、当該位置(r,θ)からの信号は時間的に安定していると言える。
【0047】
従って、ある位置(r,θ)からのエコーに対応する受信データに対して低域通過型のデジタルフィルタ処理を施すことにより、当該位置(r,θ)において時間的に安定して検出される信号(物標からのエコー等)を残しつつ、ランダムに変動する信号(クラッタ等の不要信号)を抑圧することができる。この低域通過側のフィルタの一実現方法として、受信データに対して以下の巡回式デジタルフィルタ処理:
r,θ(n)=αXr,θ(n)+(1−α)Yr,θ(n−1) ・・・(1)
を適用することにより、クラッタを抑圧する。以上が本実施形態におけるスキャン相関処理である。ここで、Yr,θ(n)はスキャン相関処理済データ、Xr,θ(n)は最新の受信データ、Yr,θ(n−1)は1スキャン前のスキャン相関処理済データである。また、係数αの範囲は(0≦α≦1)である。
【0048】
以上のスキャン相関処理を実現するためのスキャン相関処理部11の構成について、図4を参照して具体的に説明する。図4に示すように、スキャン相関処理部11は、二次元メモリ(過去メモリ)14を備えている。この二次元メモリは、1スキャン前のスキャン相関処理済データ(上記のYr,θ(n−1))を、アンテナ1回転分(1スキャン分)記憶している。
【0049】
スキャン相関処理部11は、スイープメモリ4から新しい受信データXr,θ(n)を読み出すと、当該新しい受信データXr,θ(n)に対応した(1スキャン前の)スキャン相関処理済データYr,θ(n−1)を,二次元メモリ14から読み出す。そして、スキャン相関処理部11は、上記式(1)の演算を行うことにより、新しいスキャン相関処理済データYr,θ(n)を求める。最後に、当該新しいスキャン相関処理済データYr,θ(n)によって、二次元メモリ14に記憶されている1スキャン前のスキャン相関処理済データYr,θ(n−1)を上書き更新する。
【0050】
以上のようなスキャン相関処理を、図3(a)のグラフに示すような受信データに対して行った結果(スキャン相関処理済データ)を、図3(b)に示す。図3(b)に示すように、スキャン相関処理により、低速移動物標からのエコーの信号レベルを保ちつつ、クラッタを抑圧することができる。これにより、二値化処理部6において、低速移動物標を検出することができる。
【0051】
なお、従来のレーダ装置においては、二値化処理の前処理としてスキャン相関処理を行うということは行われていなかったので、物標からのエコーがクラッタに埋もれているような場合に、当該エコーを二値化処理で検出することができなかった。従って、従来の構成では、クラッタが強い場合に正確な物標追尾を行うことができなかった。この点本実施形態では、上記のように、スキャン相関処理によってクラッタを抑圧したうえで二値化処理を行っている。これにより、クラッタに埋もれた物標エコーであっても、二値化処理部6において検出できるので、追尾処理部7において精度の良い追尾処理を行うことができる。
【0052】
しかしながら、高速移動する物標からのエコーは、見かけ上、時間的に安定していないため、スキャン相関処理を行うと、図3(b)に示すように信号レベルが抑圧されてしまう。従って、二値化処理部6において、高速移動する物標をスキャン相関処理済みデータに基づいて検出できないという問題がある。
【0053】
一方、強いシー・クラッタが発生する海(時化た海)で高速航行できる船舶は、比較的大型の(RCSの大きな)船舶であるため、当該船舶からのエコーの信号レベルはクラッタレベルに比べて一般的に強い。逆に言えば、クラッタが強い場合であっても、当該クラッタの中で高速移動している物標の大多数は、スキャン相関処理を行うことなくクラッタと区別することができる。また、時化でない場合は、比較的小型の(RCSの小さな)船舶でも高速航行することができるが、この場合にはシー・クラッタのレベルが低いので、やはり船舶を示すエコーとクラッタとを容易に区別することができる。つまり、高速航行する船舶からのエコーの信号レベルは、一般的にクラッタレベルよりも高い。このように、高速移動する物標の大部分は、スキャン相関処理を行うことなく検出することが可能である。
【0054】
以上の点を踏まえ、本実施形態のレーダ装置10のクラッタ抑圧部5は、出力切替部12及びクラッタレベル推定部(不要信号レベル推定部)13としての機能も有している。
【0055】
まずクラッタレベル推定部13について説明する。クラッタレベル推定部13には、スイープメモリ4からの受信データが入力されている。クラッタレベル推定部13は、この受信データに基づいて、現在のクラッタレベル(クラッタの強度)を求め、出力切替部12に出力するように構成されている。なお、このクラッタレベル推定部13の機能は、前記信号処理プログラムのクラッタレベル推定ステップに対応している。
【0056】
出力切替部12には、スイープメモリ4からの受信データと、スキャン相関処理部11からのスキャン相関処理済データと、が入力されている。出力切替部12は、受信データの信号レベルに基づいて、受信データ又はスキャン相関処理済データの何れか一方を選択して、クラッタ抑圧済データとして出力するように構成されている。なお、この出力切替部12の機能は、前記信号処理プログラムの出力切替ステップに対応している。
【0057】
具体的には以下のとおりである。まず、出力切替部12は、クラッタレベル推定部13が推定したクラッタレベルよりも大きな値を持つ出力切替閾値を、予め決定しておく。そして、出力切替部12は、スイープメモリ4から受信データが入力されると、当該受信データの信号レベルと出力切替閾値との比較を行う。
【0058】
受信データの信号レベルが出力切替閾値以上の場合は、当該受信データの信号レベルはクラッタレベルよりも十分に大きいということであるから、当該受信データは(クラッタではなくて)物標からのエコーを示していると確実に判断できる。この場合、出力切替部12は、スイープメモリ4からの受信データ(スキャン相関処理を経ていない受信データ)をそのまま二値化処理部6へ出力する。
【0059】
一方、受信データの信号レベルが出力切替閾値未満の場合は、当該受信データが物標からのエコーを示しているのか、クラッタを示しているのかを確実に判断することはできない。即ち、物標からのエコーがクラッタに埋もれてしまっている可能性がある。このような場合、二値化処理部で物標を検出するためにはスキャン相関処理済データが必要であるから、出力切替部12は、スキャン相関処理済データを二値化処理部6へ出力する。
【0060】
以上のように構成されたクラッタ抑圧部5から出力されるデータ(クラッタ抑圧済データ)は、例えば図3(c)に示すグラフのようになる。即ち、スキャン相関処理部11からの出力(スキャン相関処理済データ)に対して、出力切替閾値以上の信号レベルを持つ受信データ(スキャン相関処理を経ていないデータ)を埋め込んだようなデータが、クラッタ抑圧部5から出力される。
【0061】
ここで、前述のように、高速移動する船舶からのエコーの信号レベルは、一般的にクラッタレベルよりも大きい。従って、高速移動物標の大部分については、信号レベルが抑圧されていない受信データ(スキャン相関処理を経ていない受信データ)をクラッタ抑圧部5から出力することができる。これにより、図3(c)に示すように、高速移動物標からのエコーも低速移動物標からのエコーも抑圧されることなく、クラッタのみを抑圧した信号を得ることができる。従って、高速移動物標であっても、後段の二値化処理部6で確実に「物標あり」と判定することができる。
【0062】
以上で説明したように、本実施形態のレーダ装置10は、アンテナ1と、信号処理部21と、を備えている。信号処理部21は、スイープメモリ4と、スキャン相関処理部11と、出力切替部12と、を備えている。スイープメモリ4は、アンテナ1が受信した信号の信号レベルを示した受信データを取得する。スキャン相関処理部11は、受信データにスキャン相関処理を施したスキャン相関処理済データを出力する。出力切替部12は、受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、受信データの信号レベルが出力切替閾値未満の場合はスキャン相関処理済データを出力する。
【0063】
これにより、物標からのエコーの信号レベルが十分大きい場合(当該物標からのエコーが不要信号に埋もれていない場合)については、スキャン相関処理が施されていない受信データを出力することができる。ここで、高速航行できる船舶からのエコー信号レベルは一般的にクラッタレベルよりも高いので、このような高速移動物標からのエコーについては、スキャン相関処理によって信号レベルが抑圧されていない受信データを出力することができる。従って、上記のような簡単な構成により、大部分の高速移動物標からのエコーの信号レベルがスキャン相関処理によって抑圧されてしまうことを防ぎつつ、当該スキャン相関処理によって不要信号のみを抑圧することができる。
【0064】
また、本実施形態において、スキャン相関処理部11は、スキャン相関処理として、前記受信データと、当該受信データよりも過去のスキャンで取得された受信データと、の相関をとる処理を行うように構成されている。
【0065】
この構成により、信号レベルが時間的にランダムに変動している受信データは、スキャン相関処理によって信号レベルが抑えられる。これにより、ノイズやクラッタ等を抑圧することができる。
【0066】
また、本実施形態の信号処理部21は、出力切替部12から出力されたデータに基づいて物標を追尾する追尾処理部7を備える。
【0067】
これにより、高速移動物標を含め、物標を確実に追尾することができる。
【0068】
また、本実施形態の信号処理部21は、以下のように構成されている。即ち、この信号処理部21は、受信データに基づいて、当該受信データのクラッタレベルを求めるクラッタレベル推定部13を備える。そして、出力切替閾値は、クラッタレベル推定部13が求めたクラッタレベルに基づいて決定される。
【0069】
これにより、出力切替閾値を適切に決定することができるので、気象状況等によってクラッタレベルが変動しても、物標の検出とクラッタの抑圧を適切に行うことができる。
【0070】
また、本実施形態の信号処理部21は、以下のように構成されている。即ち、スキャン相関処理部11は、過去のスキャン相関処理済データを記憶する二次元メモリ14を備えるとともに、受信データと、過去のスキャン相関処理済データと、に基づいてスキャン相関処理済データを求める。
【0071】
これにより、スキャン相関処理を適切に行うことができる。
【0072】
また、本実施形態の信号処理プログラムは、スキャン相関処理ステップと、出力切替ステップと、を含む。スキャン相関処理ステップは、アンテナ1が受信した信号の信号レベルを示した受信データに対してスキャン相関処理を施し、スキャン相関処理済データを出力する。切替ステップは、前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する。
【0073】
また、本実施形態の信号処理方法は、スキャン相関処理ステップと、出力切替ステップとを含む。前記スキャン相関処理ステップは、アンテナ1が受信した信号の信号レベルを示した受信データに対してスキャン相関処理を施し、スキャン相関処理済データを出力する。前記切替ステップは、前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する。
【0074】
次に、本発明の第2実施形態について、図5を参照して説明する。図5は、本実施形態に係るレーダ装置100のブロック図である。なお、以下の説明で、上記第1実施形態と同一又は類似の構成については、第1実施形態と同一の符号を付して説明を省略する。
【0075】
本実施形態のレーダ装置100が備える信号処理部41において、クラッタ抑圧部5からのクラッタ抑圧済データは、画像メモリ31に出力されている。この画像メモリ31は、ラスタ形式の二次元画像を記憶可能に構成されている。そして、クラッタ抑圧済データを画像メモリ31に出力する際には、当該クラッタ抑圧済データが示すエコーの平面上の位置を示すアドレスを指定して出力する。これにより、前記二次元画像上にクラッタ抑圧済データがプロットされ、結果として、自船周囲の物標の様子を示すラスタ画像形式のレーダ映像が生成される。
【0076】
画像メモリ31は、画像処理部32を介して表示器33に接続されている。この表示器33はラスタスキャン式のカラー表示装置として構成されており、画像メモリ31に記憶されている前記レーダ映像を表示することができる。このとき、表示器は、二次元画像としてのレーダ映像の各画素を、クラッタ抑圧済データの信号レベルに応じた色で表示する。例えば信号レベルが高いクラッタ抑圧済データは濃い色で、信号レベルが低いクラッタ抑圧済データは薄い色で表示することにより、自船周囲の物標の様子を表示することができる。そして、本実施形態の構成では、クラッタ抑圧済データに基づいてレーダ映像を生成しているので、当該レーダ映像にクラッタが表示されることを抑圧しつつ、高速移動物標のエコーと低速移動物標のエコーを共に表示することができる。
【0077】
また、クラッタ抑圧部5からのクラッタ抑圧済データは、エコートレイル生成処理部34にも入力されている。エコートレイル生成処理部34は、各物標のトレイル(航跡)を示すトレイル画像を生成する。トレイルの生成については公知であるので詳細な説明は省略するが、簡単に説明すると、エコーが通過した位置に「残像」を残したような画像を生成することにより、当該エコーの航跡を示すものである。このトレイル画像は、画像処理部32に出力される。
【0078】
なお、従来のレーダ装置において、クラッタを含む受信データに基づいてトレイルを生成すると、当該クラッタの残像がトレイル画像を覆ってしまうため、物標を示すエコーのトレイルが確認しづらくなるという問題があった。一方、クラッタを抑圧するためにスキャン相関処理を行うと、高速移動物標のエコーまでも抑圧されてしまうため、このスキャン相関処理済データに基づいてトレイルを生成すると、高速移動物標にはトレイルが生成されないという問題があったのである。
【0079】
この点、本実施形態の構成によれば、クラッタを抑圧しつつ、低速移動物標も高速移動物標もトレイルを生成することができる。
【0080】
そして、画像処理部32においては、トレイル画像に対して上記レーダ映像を重畳させて、表示器33に出力する。これにより、トレイルが表示されたレーダ映像を表示器33に表示することができる。レーダ装置のオペレータは、前記レーダ映像に表示されたトレイルを確認することにより、物標の移動方向や移動速度をある程度推定することができる。
【0081】
以上で説明したように、第2実施形態の前記の信号処理部41は、出力切替部12が出力したデータに基づいてエコートレイル生成処理を行うエコートレイル生成処理部34を備えている。
【0082】
これにより、高速移動物標と低速移動物標の両方にトレイルを残すことができる。
【0083】
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
【0084】
本発明の構成は、舶用レーダに限らず、他の用途のレーダ装置にも適用することができる。また、レーダ装置に限らず、例えばスキャニングソナーにも適用することができる。
【0085】
上記実施形態では、クラッタ抑圧部5は、CPU、RAM及びROM等からなるハードウェアと、前記ROMに記憶された信号処理プログラムからなるソフトウェアと、から構成されるとして説明した。これに代えて、スキャン相関処理部11、出力切替部12、クラッタレベル推定部13の一部又は全てを、専用のハードウェアで実現しても良い。
【0086】
出力切替閾値の決定方法としては、適宜の方法を用いることができる。例えば上記のように実際の受信データに基づいて出力切替閾値を決定する構成に変えて、不要信号レベルの理論値に所定のオフセットを加算した値を出力切替閾値として用いる方法でも良い。
【0087】
上記実施形態では、二値化処理を行った後のデータを追尾フィルタに入力している。しかしながら、二値化処理を省略して、多値画像を追尾フィルタに入力するように変更することもできる。
【0088】
スキャン相関処理は、上記の巡回式デジタルフィルタ処理の他、例えばFIRフィルタ等を用いて実現することもできる。
【0089】
第1実施形態のクラッタ抑圧部からの出力は追尾処理、第2実施形態のクラッタ抑圧部からの出力は表示器での表示に用いるものとしたが、これに限定されず、クラッタ抑圧部の出力データは他の様々な用途に利用することができる。
【符号の説明】
【0090】
1 アンテナ
4 スイープメモリ(受信データ取得部)
5 クラッタ抑圧部
10 レーダ装置
11 スキャン相関処理部
12 出力切替部
13 クラッタレベル推定部(不要信号レベル推定部)
14 二次元メモリ(過去メモリ)
21 信号処理部(信号処理装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データを取得する受信データ取得部と、
前記受信データにスキャン相関処理を施したスキャン相関処理済データを出力するスキャン相関処理部と、
前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する出力切替部と、
を備えることを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記スキャン相関処理は、前記受信データと、当該受信データよりも過去のスキャンで取得された受信データと、の相関をとる処理であることを特徴とする信号処理装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の信号処理装置であって、
前記出力切替部から出力されたデータに基づいて物標を追尾する追尾処理部を備えることを特徴とする信号処理装置。
【請求項4】
請求項1から3までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記受信データに基づいて、当該受信データの不要信号レベルを求める不要信号レベル推定部を備え、
前記出力切替閾値は、前記不要信号レベル推定部が求めた前記不要信号レベルに基づいて決定されることを特徴とする信号処理装置。
【請求項5】
請求項1から4までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記スキャン相関処理部は、過去のスキャン相関処理済データを記憶する過去メモリを備え、
前記スキャン相関処理部は、前記受信データと、前記過去のスキャン相関処理済データと、に基づいてスキャン相関処理済データを求めることを特徴とする信号処理装置。
【請求項6】
請求項1から5までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記出力切替部が出力したデータに基づいてエコートレイル生成処理を行うエコートレイル生成処理部を備えることを特徴とする信号処理装置。
【請求項7】
電磁波を送信して信号を受信するアンテナと、
請求項1から6までの何れか一項に記載の信号処理装置と、
を備えたことを特徴とするレーダ装置。
【請求項8】
アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データに対してスキャン相関処理を施し、スキャン相関処理済データを出力するスキャン相関ステップと、
前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する出力切替ステップと、
を含む処理を信号処理装置に実行させることを特徴とする信号処理プログラム。
【請求項9】
アンテナが受信した信号の信号レベルを示した受信データに対してスキャン相関処理を施し、スキャン相関処理済データを出力するスキャン相関ステップと、
前記受信データの信号レベルが所定の出力切替閾値以上である場合は当該受信データを出力し、前記受信データの信号レベルが前記出力切替閾値未満の場合は前記スキャン相関処理済データを出力する出力切替ステップと、
を含むことを特徴とする信号処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−95215(P2011−95215A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251987(P2009−251987)
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(000166247)古野電気株式会社 (441)
【Fターム(参考)】