説明

信号処理装置

【課題】DCノイズに埋もれた信号を検出する。
【解決手段】所定の上限dmaxと、下限dminの少なくとも一方を設け、データの値がdmaxより大きいときはdmaxとする変換、またはデータの値がdminより小さいときはdminとする変換の少なくとも一方の変換を、取得した信号についてのデータ列に施すことで、信号波形に高調波成分を増加させる変更を加える。そして、変換されたデータ列について、周波数解析を行い、得られた解析結果における高調波成分を利用して信号を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、取得したデータ列を処理する信号処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の移動体におけるレーダとして、FM−CWレーダが広く採用されている。このFM−CWレーダでは、ホモダイン方式で受信系を構成する場合に、受信系に使用する基本波ミキサにおけるDC近傍のノイズの影響により、受信系の雑音指数が劣化し、目標の探知距離性能が低下していた。
【0003】
そこで、送信信号または局発信号に変調手段を設け、受信系に使用するミキサに入力される受信信号と局発信号のどちらか一方の周波数を中間周波数分だけオフセットさせてビデオ信号を得ることが提案されている(特許文献1参照)。これにより、DC近傍のノイズの影響が少なくなり、受信系の雑音指数が改善でき、FM−CWレーダにおける目標の探知距離性能の向上を図ることが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−109026号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1では、中間周波数FIFを発生するための発振器が必要になるという問題がある。また、中間周波数FIFが存在しない従来のFM−CWレーダで生じるビート信号をFとすると、このレーダで得られるビート信号はFIF+FまたはFIF−Fとなる。FIF−F>0でないと周波数の折り返しが生じてしまい誤検出の原因になるため、FIF>>Fとする必要がある。従って、ビート信号の周波数が高くなり、A/Dサンプリング周波数も高くする必要があるため、一般的にコストアップになってしまう。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、取得した信号についてのデータ列を処理する信号処理装置において、所定の上限dmaxと、下限dminの少なくとも一方を設け、データの値がdmaxより大きいときはdmaxとする変換、またはデータの値がdminより小さいときはdminとする変換の少なくとも一方の変換をデータ列に施すことで、信号波形に高調波成分を増加させる変更を加え、変換されたデータ列について、周波数解析を行い、得られた解析結果における高調波成分を利用してデータ列に含まれる信号を検出することを特徴とする。
【0007】
また、前記データ列は時間間隔で取得したものであることが好適である。
【0008】
また、前記データ列のデータ間隔は一定であることが好適である。
【0009】
また、前記周波数解析には、FFTを利用することが好適である。
【0010】
また、前記上限dmaxおよび下限dminは、取得した信号の基準値を境として対称な直線または曲線であることが好適である。
【0011】
また、前記dmaxと、dminは、直線であり、取得したデータの最大値、最小値、および平均値のいずれかに基づいて、それぞれデータの最大値より小さい値、データの最小値より大きい値に設定されることが好適である。
【0012】
また、本発明は、送信信号と受信信号を混合して得られるビート信号を所定の時間間隔で取得して得た時系列データを処理する信号処理装置において、所定の上限dmaxと、下限dminの少なくとも一方を設け、データの値がdmaxより大きいときはdmaxとする変換、またはデータの値がdminより小さいときはdminとする変換の少なくとも一方の変換をデータ列に施すことで、データ列の大きさの変化について強制的な変更を加え、変換されたデータ列について、周波数解析を行い、得られた解析結果における高調波成分を利用してビート信号を検出することを特徴とする。
【0013】
また、前記時系列データの時間間隔を一定時間間隔とし、周波数解析にFFTを利用することが好適である。
【0014】
また、変換された時系列データによる周波数解析結果と、変換前の時系列データを周波数解析した結果との違いによってターゲットの存在を判断することが好適である。
【発明の効果】
【0015】
簡単な信号処理によって、DC近傍のノイズに隠されて検出できない信号の検出をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】レーダの全体構成を示す図である。
【図2】レーダの受信信号、ビート信号、DCノイズを示す図である。
【図3】変換後の受信信号を示す図である。
【図4】周波数解析結果(ビート信号70Hz)を示す図である。
【図5】周波数解析結果(ビート信号50Hz)を示す図である。
【図6】周波数解析結果(ビート信号40Hz)を示す図である。
【図7】受信信号の変換を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
【0018】
図1に、本実施形態にレーダの全体構成を示す。ここでは、一例としてFM−CW方式のホモダイン式とした。
【0019】
発振器10からの送信信号は方向性結合器12を介し送信アンテナ14に供給される。従って、送信アンテナから電波がターゲットに向けて送信される。
【0020】
ターゲットによって反射された電波(反射波)は、受信アンテナ20によって受信される。受信アンテナ20で得られた受信信号は、ミキサ22において、方向性結合器12から供給される送信信号と混合され、差分についてのビート信号が得られ、これがローパスフィルタ(LPF)24において、高周波成分が除去されてA/D変換器26に供給される。A/D変換器26は、受信信号についてデジタル信号に変換し、これを信号処理装置28に供給する。そこで、信号処理装置がデジタルの受信信号について信号処理して、ターゲットを検出する。
【0021】
ここで、このレーダは、FM−CWレーダであり、図に示すように、送信波の周波数が時間軸上で所定の傾きで上昇する上昇フェーズと、下降する下降フェーズからなる信号を繰り返すものであり、送信信号と受信信号はその時間遅れ分のずれに伴う周波数差を有するとともに、ターゲットの相対速度に応じた周波数変化を有している。
【0022】
このようなレーダにおいて、ターゲットまでの距離をRとすると、その反射波によって生じるビート信号の周波数Fは以下のようになる。ただし、ここでは簡単のためにターゲットとの相対速度は無いものとする。
(R)=(ΔF/T)×2R/c
ここで、ΔF/Tは周波数の時間変化、cは電波の伝搬速度である。
【0023】
一方、DCノイズはミキサ22の内部で生じる熱雑音だけでなく、送信波が送信アンテナから受信アンテナに直接またはレドームの反射などによって回り込んだ電波や、送信アンテナで反射された送信信号が方向性結合器を通ってミキサ22に流れること等によって生じるもので、その周波数は等価的な距離Rを用いてF(R)と表され、F(R)に比べて小さいことが普通である。A/D変換器26のサンプリングで取得した受信信号(ビート信号+DCノイズ)の時系列データが一定時間間隔で得られているとすると、取得したデータをFFTで周波数解析することができる。すると、周波数F(R)とF(R)の2ヶ所にピークを生じる。このうちF(R)のピークはターゲットの存在に関わらず常に生じる。一方、F(R)は、ターゲットが存在するときにのみ生じ、この周波数からターゲットまでの距離を推定できる。
【0024】
図4〜6には、F(R)=10Hz、F(R)=70,50,40Hzの3つにそれぞれ設定した場合の周波数解析結果を示している。
【0025】
ターゲットが極めて近距離に存在した場合、図4〜6の「thlなし」の線で示したように、受信信号の周波数解析結果でF(R)とF(R)が異なっていても、そのピークが重なって区別できなくなることがある。これは、ピークがその周波数のみでなくその前後の周波数にも広がってしまうためである。また、サイドローブレベルを下げるためにFFTにウインドウ処理を加えると、ピーク(メインビーム)の幅は一層広がってしまう。このような状況では、ターゲットで生じたビート信号のピーク周波数が検出できず、ターゲットが未検出となってしまう。
【0026】
ここで、図6を代表例として、その受信信号(ビート信号+DCノイズ)、本来のビート信号、DCノイズの時系列データを図2に示す。この受信信号に対し、所定の上限値dmaxと、下限値dminを設定し、受信信号の値がdmaxを上回るときはdmaxとし、dminを下回るときはdminとするデータの上の部分および下の部分をカットする変換処理を行う。ここでは、その時の受信信号の振幅値に0.5,−0.5を掛けた値を上限値dmax,dmin(以下thl0.5とする)とし、その結果得られた変換後の受信信号を図3に示す。
【0027】
図3の受信信号を周波数解析した結果を図6にthl0.5として示す。このように、上下限値thlによるデータカットなしでは1つのピークしか得られないが、thl0.5では約90,140,200,270Hzにピークを生じていることが分かる。これは、ターゲットで生じたビート信号の40Hzの高調波である。さらに、thl0.2とすることにより、DCノイズの影響を少なくすることができ、図6より、約90,135,180,235,285Hzで高調波を生じていることが分かる。なお、高調波の周波数が40Hzの正確に整数倍にならないのはDCノイズが影響しているためと考えられる。
【0028】
DCノイズの影響がより少ない図4のthl0.2では、ターゲットのビート周波数70Hzに対し高調波の周波数は約140,215Hzとなっており、ほぼ2倍と3倍になっている。この結果から、誤差がいくらか含まれるものの、高調波を検知することで、もとのビート信号の周波数を推定することが可能であることが分かる。すなわち、複数の高調波の周波数の差分を検知することで、高調波の周波数自体はシフトしても、比較的正しいターゲットのビート周波数を検知することができる。
【0029】
なお、図4〜6では、thl1.0,thl0.5,thl0.2,thlなしについてそれぞれ示しており、受信信号について、上限、下限を設け、波形に角部を生じさせることで、高調波成分が付加され、この高調波成分の発生箇所に基づいて、ビート信号の周波数70,50,40Hzをそれぞれ取得できることがわかる。
【0030】
さらに、変換された時系列データによる周波数解析結果と、元の時系列データを周波数解析した結果とを比較することで、高調波の有無を判断することができる。すなわち、dmax,dminによりカットしていない信号では、カットによる高調波が基本的に存在しない。そこで、上記比較により、元のビート信号の周波数を高調波と区別することができ、高調波を利用したターゲットの検出をより確実に行うことができる。
【0031】
ちなみに、ターゲットに相対速度が存在する場合、速度をv(m/s)とすると、ビート信号の周波数F(R,v)は以下のようになる。
(R,v)=(ΔF/T)×2R/c+2vf/c
ここで、fは送信波の中心周波数である。このとき、DCノイズの周波数F(R)は変化が無い。
【0032】
このように、相対速度によってビート信号の周波数が変化するものの、その影響はF(R)に近づくかどうかだけで決まり、等価的にRの遠近による違いと同じである。
【0033】
また、A/D変換器26におけるサンプリングで取得した受信信号の時系列データが、何らかの事情で一定時間間隔でなく不等間隔の場合には、周波数解析にFFTが利用できないが、一般的な離散フーリエ変換や高分解能解析手法などを利用することができる。
【0034】
本実施形態は、FM−CWレーダを前提としているが、ドップラ周波数を観測するCWレーダやパルスレーダでも、DCノイズのような常に存在する低周波信号からターゲットの信号を分離して検出したい場合には同様に利用できる。さらに、データ列は時間間隔で取得するのみでなく、周波数間隔や、アンテナの位置を変えて取得したものでも同様に利用できる。
【0035】
図2に示した受信信号データはDCノイズによって平均値は+側にオフセットしている。本実施形態では dmax=−dmin としたが、オフセット量によってはdmaxとdminを個別に設定した方が周波数解析でより良好なSNR(SN比)の結果を得られる可能性がある。そのため、dmaxとdminを、取得したデータの値、特に最大値、最小値、平均値に基づいてSNRを良好にできるように設定することが望ましい。例えば、受信信号の最大値の0.5をdmax、最小値の0.2をdminとしたり、平均値を中心として、振幅に対し0.5,−0.5を掛けた値dmax,dminに設定したりすることが可能である。乗算する定数は、受信波形の山および谷の部分をカットできるように、0.2〜0.7程度の値(1未満)とすることが好適である。また、dmax,dminの一方のみの設定とすることも可能である。
【0036】
なお、上述の実施形態で示した観測時間や信号の周波数は一例であり、レーダによって様々である。
【0037】
このように、本実施形態によれば、データ列を所定の最大値と最小値で制限することにより、データ列に含まれる信号に高調波を生じさせる。そして、この制限を加えた変換後のデータ列を周波数解析することにより、信号の高調波を検出できる。特に、信号の真の周波数は、高調波の周波数間隔から推定できる。
【0038】
また、レーダの受信信号では、FM−CWレーダでターゲットの距離が極めて近い場合や、CWレーダで極めて相対速度が低速な場合において、非常に低い周波数のビート信号を含む受信信号が得られる。この受信信号を周波数解析すると、ターゲットのビート信号のピークが極めて低周波のDCノイズのピークに埋もれて検出できない。しかし、受信信号に上記の変換を加えて、周波数解析を適用すると、低周波のビート信号の高調波を発生させることができ、それを検出することで真の周波数を推定することができる。従って、DCノイズ(低周波信号)に隠されて検出できない信号を検出することができる。
【0039】
ここで、上述の例では、上限dmax,下限dminをそれぞれ1つの一定値としたが、必ずしも固定値でなくてもよい。
【0040】
図7には、上限dmax,下限dminを一定値ではなく、変動値とした例を示してある。(A)では、上限dmax,下限dminを斜めの線としている。(B)では、信号とは周波数の異なる(この例では周波数が大きなものを採用しているが、周波数の小さいものを採用してもよい)サイン波としている。このように、上下限を決定して、それを超えた値を上限値、下限値に置き換えることで、上述した一定値の場合と同様の効果が得られる。この場合、上限と、下限は、基準値(0)を境に対称とすることが好ましい。また、基準値の線の所定の一点を基準に上限と下限を点対称とすることも好適である。
【符号の説明】
【0041】
10 発振器、12 方向性結合器、14 送信アンテナ、20 受信アンテナ、22 ミキサ、26 A/D変換器、28 信号処理装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
取得した信号についてのデータ列を処理する信号処理装置において、
所定の上限dmaxと、下限dminの少なくとも一方を設け、
データの値がdmaxより大きいときはdmaxとする変換、またはデータの値がdminより小さいときはdminとする変換の少なくとも一方の変換をデータ列に施すことで、信号波形に高調波成分を増加させる変更を加え、
変換されたデータ列について、周波数解析を行い、得られた解析結果における高調波成分を利用してデータ列に含まれる信号を検出する信号処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の信号処理装置において、
前記データ列は時間間隔で取得したものである信号処理装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の信号処理装置において、
前記データ列のデータ間隔は一定である信号処理装置。
【請求項4】
請求項3に記載の信号処理装置において、
前記周波数解析には、FFTを利用する信号処理装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1つに記載の信号処理装置において、
前記上限dmaxおよび下限dminは、取得した信号の基準値を境として対称な直線または曲線である信号処理装置。
【請求項6】
請求項5に記載の信号処理装置において、
前記dmaxと、dminは、直線であり、取得したデータの最大値、最小値、および平均値のいずれかに基づいて、それぞれデータの最大値より小さい値、データの最小値より大きい値に設定される信号処理装置。
【請求項7】
送信信号と受信信号を混合して得られるビート信号を所定の時間間隔で取得して得た時系列データを処理する信号処理装置において、
所定の上限dmaxと、下限dminの少なくとも一方を設け、
データの値がdmaxより大きいときはdmaxとする変換、またはデータの値がdminより小さいときはdminとする変換の少なくとも一方の変換をデータ列に施すことで、データ列の大きさの変化について強制的な変更を加え、
変換されたデータ列について、周波数解析を行い、得られた解析結果における高調波成分を利用してビート信号を検出する信号処理装置。
【請求項8】
請求項7に記載の信号処理装置において、
前記時系列データの時間間隔を一定時間間隔とし、周波数解析にFFTを利用する信号処理装置。
【請求項9】
請求項7または8に記載の信号処理装置において、
変換された時系列データによる周波数解析結果と、変換前の時系列データを周波数解析した結果との違いによってターゲットの存在を判断する信号処理装置。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれか1つに記載の信号処理装置において、
前記上限dmaxおよび下限dminは、取得した信号の基準値を境として対称な直線または曲線である信号処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−52958(P2012−52958A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196889(P2010−196889)
【出願日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】