説明

光学フィルターボトムチャンバー

【課題】蛍光色素標識された生物学的試料を蛍光顕微鏡で観察するときの像のS/N比の改善。
【解決手段】生物学的試料を顕微鏡で観察するためのチャンバーであって、該チャンバーの底面の一部又は全体に光学フィルターを含むことを特徴とする上記チャンバー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学的試料を顕微鏡で観察するためのチャンバーに関する。具体的には、該チャンバーは、その底面に干渉フィルターなどの光学フィルターを含むことを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
通常、顕微鏡観察をするために試料となる細胞を配置させるチャンバーは、底面がガラスやプラスチックなど透明な素材のものが使われている。このようなチャンバーは、試料を透過照明系で観察するときに有用である(非特許文献1)。
【0003】
一方で最近では、細胞の生理的活動を測定するために、蛍光色素を利用する蛍光顕微鏡による観察法も頻繁に行われるようになっている(非特許文献2)。蛍光は色素分子から全方向に等しく放出される。しかし通常の顕微鏡では、試料の片側の面に対物レンズを配置するため、その反対側に放出された光は対物レンズに入らず、像を形成するために利用されていない。一般的に蛍光の光量は少ないが、さらにそれらのうちの半分の光を失うことで、像のシグナル/ノイズ比(S/N比)が低下している。
【0004】
【非特許文献1】J. R. Swedlow et al., Live Cell Imaging, p.329-343, 2005, Cold Spring Harbor Laboratory Press
【非特許文献2】J. W. Lichtman & J.-A. Conchello, Nature Methods, Vol. 2, p.910-919, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のとおり、蛍光色素標識された生物学的試料を蛍光顕微鏡で観察する場合の問題点の1つに、像のS/N比が低いという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するための手段を提供するものであり、以下の特徴を有する。
【0007】
すなわち、本発明は、その態様において、生物学的試料を顕微鏡で観察するためのチャンバーであって、該チャンバーの底面の一部又は全体に光学フィルターを含むことを特徴とする前記チャンバーを提供する。
【0008】
本発明の実施形態によれば、光学フィルターが、選択された範囲の波長の光を透過させ、それ以外の光を反射させるフィルターである。
【0009】
本発明の別の実施形態によれば、光学フィルターは、例えばショートパスフィルター、バンドパスフィルター又はロングパスフィルターである。
【0010】
本発明の別の実施形態によれば、光学フィルターによって、顕微鏡の対物レンズと反対側に放出された光が、対物レンズ側に反射され、対物レンズに捕らえられる。
【0011】
本発明の別の実施形態によれば、生物学的試料が蛍光色素で標識された組織又は細胞である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、蛍光色素標識された生物学的試料を蛍光顕微鏡で観察する場合に、像のS/N比を改善する作用効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、チャンバーの底面の一部又は全部を光学フィルターで形成したことを特徴とする、生物学的試料を顕微鏡で観察するためのチャンバーを作成した。光学フィルターは、ある特定の範囲の波長の光を選択的に反射または透過させる性質をもつ。光学フィルターの反射波長帯は、使用される蛍光色素の数に応じて1つ、または複数個あってもよい。
【0014】
ここで、チャンバーの「底面の一部」とは、チャンバーの底面において、底面全体の面積よりは小さく、細胞のサイズよりは大きい面積をいう。この場合、光学フィルターは、好ましくはチャンバー底面の中央部に配置される。
【0015】
本発明で使用される生物学的試料は、顕微鏡観察可能な組織、細胞及びその構成成分(例えば核、染色体、細胞壁、形質膜、小胞体、ミトコンドリア、微小管、核酸、蛋白質、糖など)などを含む。試料は、例えば生きた状態、死滅した状態、凍結された状態などの形態で、光学フィルター上に配置される。細胞は、原核細胞、真核細胞のいずれでもよい。原核細胞は、細菌類、藻類などの細胞であり、また、真核細胞は酵母、担子菌、真菌などの菌類の細胞、脊椎動物や無脊椎動物などの動物の細胞、植物の細胞などを含む。組織、細胞又はその構成成分は、励起光の照射によって光を放出するような蛍光色素によって標識される。
【0016】
蛍光色素の例は、以下のものに限定されないが、シアン色素(Cy3、Cy5など)、フルオレセイン系色素(FITCなど)、ローダミン系色素(テトラメチルローダミンなど)などの有機系蛍光色素、GFP(緑色蛍光蛋白質)、Venusなどのオワンクラゲ由来の蛍光蛋白質及びその改変体、蛍光性の量子ドット、NADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)などの細胞自体が持つ自家蛍光成分などである。
【0017】
顕微鏡としては、蛍光顕微鏡、コンフォーカル顕微鏡、多光子励起顕微鏡などが使用可能である。
【0018】
細胞に対して光学フィルター(2)と反対側に配置された対物レンズ(1)を通して励起光(3)が照射され、同じ対物レンズで蛍光像が形成される(図1参照)。
【0019】
光学フィルターは、使用された蛍光色素の特性に応じて、信号として得たい波長領域の蛍光を反射させ、ノイズとなる励起光や測定対象とならない自家蛍光などの波長領域の光を透過させる特性のものを使用する。光学フィルターは、通常、ガラスなどの基板に光を吸収する物質を混ぜるか、あるいは、基板の表面に光学薄膜を成膜するかによって作製される。光学薄膜は、金属薄膜と誘電体薄膜に分けられる。金属薄膜は、波長依存性が少なく、膜厚によって反射率の制御が可能である。一方、誘電体薄膜は、誘電体と基板などとの界面で生じる反射が干渉することにより光の透過特性が変わることを利用するものであり、これは干渉フィルターとも呼ばれる。本発明では、干渉フィルターが好ましい。
【0020】
光学フィルターの例は、ショートパスフィルター、バンドパスフィルター、ロングパスフィルターなどである。ショートパスフィルターは、ある波長より短い波長の光だけを透過することを可能にし、バンドパスフィルターは、特定範囲の波長だけを透過することを可能にし、ロングパスフィルターは、ある波長よりも長い波長の光だけを透過することを可能にする。
【0021】
対物レンズとは反対側に放出された蛍光は、光学フィルターによって対物レンズ側に反射される。反射された光は対物レンズに捕らえられるため、その光を像の形成に有効に利用することができる。一方、励起光や測定対象とならない自家蛍光は光学フィルターを透過するため、対物レンズに入射されない。これにより像のノイズ成分を低減させることができる。このような特性が本発明のチャンバーの利点である。
【0022】
蛍光などの光によって形成される像は、カメラなどの光学検出器を用いて撮影され画像化されうる。
【0023】
チャンバーは、顕微鏡用であれば特に制限されないものとし、例えばガラス製又はプラスチック(又はポリマー)製のものを使用することができる。その底面の一部を覆うように光学フィルターを固定してもよく(図2A)、或いは、実用的に、より広い視野で観察が行えるように底面全体を光学フィルターとしてもよい(図2B)。
【0024】
以下に、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によって制限されないものとする。
【実施例1】
【0025】
光学フィルターとして、特定の波長以下の光を透過させ、それ以上の波長の光を反射させるショートパスフィルターを使用する。このチャンバーを蛍光顕微鏡での蛍光観察に使用する。また、試料として、蛍光蛋白質を発現させた細胞を使用する。光学フィルターとして、この蛍光蛋白質の蛍光特性に合わせ、特定の波長以下の波長域の光を透過し、それ以上の波長域の光を反射させるものを使用する。
【0026】
顕微鏡は、試料の上方に配置された対物レンズを通して励起光の照射、蛍光の観察が行える正立型を使用する。顕微鏡内部に設置されたフィルターにより、試料を特定の波長で励起し、蛍光を取得する。励起光を照射された試料からの蛍光は等方的に放出される。対物レンズ側に放出された蛍光は、そのまま対物レンズによって捕らえられる。また対物レンズと反対側に放出された蛍光は、一旦光学フィルターで反射されてから対物レンズによって捕らえられる。直接対物レンズに捕らえられた蛍光で形成された像と、光学フィルターで反射されてから対物レンズに捕らえられた蛍光で形成された像では、深さ方向にずれがあり、これらが重なった像として観察される。この場合、例えば対物レンズとして開口数が小さく、焦点深度の深いものを使えば、見た目の像のずれは小さくなり観察が容易になる。分解能的には乏しい像になるが、細胞からの総蛍光量を比較する場合などには利用できる。検出器にはカメラを使い、露光状態で画像を取得する。
【0027】
底面を光学フィルターにしたチャンバーで培養された細胞と、ガラス上に培養された細胞を同じ条件で観察し、蛍光強度及び背景光強度を比較する。この比較を通して、本発明のチャンバーを使用することによって蛍光像のS/N比が改善されることを確認する。
【実施例2】
【0028】
光学フィルターとして、特定の2つの波長領域の光を反射させ、それ以外の波長の光を透過させるデュアルバンドのバンドパスフィルターを使用する。このチャンバーを蛍光顕微鏡での蛍光観察に使用する。試料として、2種類の蛍光蛋白質を共発現させた細胞を使用する。光学フィルターとして、これらの蛍光蛋白質の蛍光特性に合わせ、各特定の波長域の光を反射し、それ以外の波長域の光を透過させるものを使用する。
【0029】
顕微鏡は、試料の上方に配置された対物レンズを通して励起光の照射、蛍光の観察が行える正立型を使用する。顕微鏡内部に設置されたデュアルバンドのフィルターにより、試料をそれぞれ特定の波長で励起し、蛍光を取得する。励起光を照射された試料からの蛍光は等方的に放出される。対物レンズ側に放出された蛍光は、そのまま対物レンズによって捕らえられる。また対物レンズと反対側に放出された蛍光は、一旦光学フィルターで反射されてから対物レンズによって捕らえられる。直接対物レンズに捕らえられた蛍光で形成された像と、光学フィルターで反射されてから対物レンズに捕らえられた蛍光で形成された像では、深さ方向にずれがあり、これらが重なった像として観察される。この場合、例えば対物レンズとして開口数が小さく、焦点深度の深いものを使えば、見た目の像のずれは小さくなり観察が容易になる。分解能的には乏しい像になるが、細胞からの総蛍光量を比較する場合などには利用できる。検出器にはカラーカメラを使い、露光状態で画像を取得する。
【0030】
底面を光学フィルターにしたチャンバーで培養された細胞と、ガラス上に培養された細胞を同じ条件で観察し、蛍光強度及び背景光強度を比較する。この比較を通して、本発明のチャンバーを使用することによって蛍光像のS/N比が改善されることを確認する。
【実施例3】
【0031】
光学フィルターとして、特定の波長以下の光を反射させ、それ以上の波長の光を透過させるロングパスフィルターを使用する。このチャンバーを多光子励起顕微鏡での蛍光観察に使用する。試料として、蛍光蛋白質を発現させた細胞を使用する。光学フィルターとして、この蛍光蛋白質の蛍光特性に合わせ、特定の波長以下の波長の光を反射し、それ以上の波長の光を透過させるものを使用する。
【0032】
顕微鏡は、試料の上方に配置された対物レンズを通して励起光を照射し、蛍光の観察が行える正立型を使用する。多光子励起法では、蛍光色素に対して複数の光子を同時に照射することでその色素を励起する。通常、多光子励起には高繰り返しのフェムト秒パルスレーザーが光源として用いられるが、多光子励起現象が起こる確率は低く、励起光が収束する光子密度の高い焦点でのみ起こる。したがって、そのとき放出される蛍光は、すべてその点から出たものと考えられる。そのため、光学フィルターに反射されて対物レンズに入った光も、その点の像を形成する光として利用することができる。光源としてチタンサファイアレーザーを使用する。顕微鏡内部に設置されたフィルターにより蛍光を取得する。レーザーをガルバノミラーでX、Y方向にスキャンすることで、その面の蛍光像を取得する。
【0033】
底面を光学フィルターにしたチャンバーで培養された細胞と、ガラス上に培養された細胞を同じ条件で観察し、蛍光強度及び背景光強度を比較する。この比較を通して、本発明のチャンバーを使用することによって蛍光像のS/N比が改善されることを確認する。
【実施例4】
【0034】
直径60mmのプラスチック製のディッシュの底面の中央部の25×36mmの領域を820nm以上の波長を透過させるロングパスフィルターとした光学フィルターボトムチャンバーを作製し、これを多光子励起顕微鏡の蛍光観察に応用した。フィルターの分光特性を図3に示す。このチャンバーに10%の胎児牛血清を加えたダルベッコ改変イーグル培地を入れHeLa細胞を培養したところ、フィルター上にも接着し、正常に増殖することが観察された(図4)。また、蛍光蛋白質の1つであるVenusを発現させ、正立型の多光子励起顕微鏡で観察した。多光子励起顕微鏡システムとしてオリンパス社のFV1000MPE、励起用レーザーとして、コヒーレント社の波長可変フェムト秒チタンサファイアレーザーシステム、Chamereon Ultra-II(パルス幅約140fs、繰り返し周波数80MHz)を使用した。Venusの特性に合わせ、960nmで励起し、495〜540nmの蛍光画像を取得したところ、明瞭な蛍光像が観察され、このチャンバーが培養細胞の蛍光観察に使用できることが示された(図5)。
【0035】
細胞を試料とした場合、発現された蛍光蛋白質、あるいは外部から導入した蛍光色素の量は細胞間でばらついてしまう。そこで、このチャンバーを使用したときの蛍光の回収効率は、より一定の蛍光を発する蛍光ビーズを試料として行った。蛍光ビーズとしてPolysciences社のFluoresbrite Plain Microspheres, 10.0μm, YGを使用した。このビーズは10.0μm径で、一光子励起では励起最大が445nm、蛍光最大が500nmという特性をもつ。このビーズをチャンバーに加えたハンクス平衡塩溶液内に散布し、フィルター上に落ち着いたものの蛍光を多光子励起顕微鏡で観察した。対物レンズはオリンパス、水浸、LUMPlan Fl/IR, 40x/0.80を使用した。励起レーザーの波長は850nmとし、495〜540nmの蛍光画像を取得した。使用したフィルターの特性から、励起光はこれを透過し、ビーズからの蛍光は反射させることができる。対照として底面の一部をスライドグラスとしたガラスボトムチャンバーでも同様に画像を取得した。画像内の蛍光ビーズの領域の平均蛍光強度を測定した結果、光学フィルターボトムチャンバーでは2865±77(平均±標準偏差,n = 10)、ガラスボトムチャンバーでは1527±41(平均±標準偏差,n = 10)という値が得られ、光学フィルターボトムチャンバーが2倍近くすぐれた蛍光回収効率をもつことが示された(図6)。図7に蛍光ビーズの蛍光像およびその蛍光強度分布を三次元的に示したグラフを示す。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により、顕微鏡による組織又は細胞の像の精度が向上する。このことは、生体試料の分析の分野において寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】この図は、光学フィルター上の生物学的試料(蛍光標識を有する)に対し、その上方に配置された対物レンズを通して励起光を照射したときの光の放射を示す模式図である。実際には、蛍光が起こっているすべての点から光が放射されている。
【図2】この図は、本発明のチャンバーを例示的に示す。Aは、その底面の一部に光学フィルターを含むチャンバーを示し、また、Bは、その底面の全体に光 学フィルターを含むチャンバーを示す。
【図3】この図は、フィルターの透過率を示す。
【図4】光学フィルター上に培養されたHeLa細胞を示す。
【図5】光学フィルター上に培養されたHeLa細胞の蛍光像を示す。
【図6】光学フィルターボトムチャンバー(本発明)とガラスボトムチャンバー(対照)での蛍光ビーズの蛍光強度の比較を示す。
【図7】光学フィルターボトムチャンバー(本発明;下パネル)とガラスボトムチャンバー(対照;上パネル)での蛍光ビーズの蛍光像(左)と強度分布(右)を示す。
【符号の説明】
【0038】
1. 対物レンズ
2, 7及び8. 光学フィルター
3. 励起光
4. 試料
5.蛍光
6. ガラス


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物学的試料を顕微鏡で観察するためのチャンバーであって、該チャンバーの底面の一部又は全体に光学フィルターを含むことを特徴とする前記チャンバー。
【請求項2】
光学フィルターが、選択された範囲の波長の光を透過させ、それ以外の光を反射させるフィルターである、請求項1に記載のチャンバー。
【請求項3】
光学フィルターが、ショートパスフィルター、バンドパスフィルター又はロングパスフィルターである、請求項2に記載のチャンバー。
【請求項4】
光学フィルターによって、顕微鏡の対物レンズと反対側に放出された光が、対物レンズ側に反射され、対物レンズに捕らえられる、請求項1〜3のいずれか1項に記載のチャンバー。
【請求項5】
生物学的試料が、蛍光色素で標識された組織又は細胞である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のチャンバー。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−175728(P2009−175728A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333720(P2008−333720)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】