説明

光学物品およびその製造方法

【課題】帯電防止性に優れ、ごみの付着を抑制できる反射防止層を備えた光学物品の製造方法を提供する。
【解決手段】光学物品10は、可撓性の光学基材1の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層3を有し、反射防止層3に含まれる高屈折率層32の表層33は低抵抗化されている。低抵抗な表層33を形成するために、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含む第1の気体をイオン化して用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止機能を備えた、または反射防止機能を付与するための光学物品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
CRT、液晶表示装置、プラズマディスプレイパネル(PDP)等の光学表示装置では、外光の表示画面上への写り込みを低減するために、可視光領域の光に対して反射率の低い反射防止用のフィルム(積層体)を光学表示装置(画像表示部)の前面に設けることが行われる。光学表示装置のみならず、窓ガラス、眼鏡、ゴーグル等においても同様である。
【0003】
また、反射防止フィルムに導電性を持たせることにより、電磁波シールド性能を付与できることも公知である。例えば、電磁波シールド性能を付与した反射防止フィルムをPDPの画像表示部の前面に設けることにより、PDP内部から発生する不要電磁波をシールドすることができる。あるいは、電磁波シールド性能を付与した反射防止フィルムを、無線LANを用いた施設の窓ガラスに貼ることにより、建物の外から侵入してくる電磁波をシールドし、通信の混線を防止することができる。
【0004】
このような反射防止フィルムとしては、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層とが、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層との組み合わせを繰り返し単位として3回以上6回以下繰り返して積層され、さらにその上に高屈折率透明薄膜層が積層された積層構造を有するものが公知である。しかしながら、この反射防止積層体は、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層との組み合わせ回数が3回以上であるため、厚膜になって透明性が低下し、また、成膜工程が増えるため生産性がよくない。一方、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層との組み合わせ回数を減らすと、可視光領域の低波長側および高波長側の光に対する反射率が高くなり、反射率が充分に低くなる光の波長の範囲が狭くなってしまう。
【0005】
このため、特許文献1には、透明基材と、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層とが交互に設けられた導電性反射防止層と、該導電性反射防止層の最外層の高屈折率透明薄膜層に接する低屈折率透明薄膜層とを有する反射防止積層体、およびその反射防止積層体を有する光学機能性フィルタが開示されている。高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層とが交互に設けられた導電性反射防止層に接するように低屈折率透明薄膜層を設けることにより、導電性反射防止層の層数を減らすことができ、結果として、透明性および生産性が向上するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−184849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示された技術において、金属薄膜層は、金、銀、銅、白金、アルミニウム、パラジウム等の金属、これら金属の2種類以上を含んだ合金の層であって、これらのうち、銀、銀を含む合金、銀を含む混合物が好適であるとされている。しかしながら、これらの金属は低コストであるとは言えない。さらに、金は、一般的に密着性が低く、膜の剥れが発生するおそれがある。また、銀は、腐食されやすく、酸化により導電性が低下するといった問題を含んでいる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、可撓性の光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を有する光学物品の製造方法である。この製造方法は、反射防止層に含まれる第1の層であって、表層が低抵抗な第1の層を形成することを有する。この第1の層を形成することは、イオン化した第1の気体を用いて炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む表層(表層域)を形成することを含む。第1の気体は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含む。
【0009】
炭素、シリコンおよびゲルマニウムは、身近な製品の素材、半導体基板の素材などとして使用されており、比較的低コストで入手可能な素材である。イオン化した上記第1の気体を用いて、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む表層を形成することにより、第1の層の表層を低抵抗なものとすることができる。したがって、蒸着などにより反射防止層を成膜する際に用いられる気体を第1の気体に代えたり、反射防止層を成膜する際に用いられる気体に第1の気体を含ませることにより、表面抵抗の低い光学物品を提供できる。このため、帯電防止機能および/または電磁波遮蔽機能などを備えた光学物品であって、反射防止層を含む光学物品を比較的簡単に、また、低コストで製造および提供できる。
【0010】
さらに、この製造方法では、イオン化した第1の気体を用いて、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む表層(表層域)を形成することを含む方法により、低抵抗な表層を含む第1の層を形成している。このため、第1の層の光学的性能に及ぼす影響を最小限に止めることが可能である。すなわち、上記方法により、第1の層の表層という限られた領域の構成を調整できるので、第1の層の光吸収率の低下があるとしても、その光吸収率の低下を反射防止層の光学的性質の許容範囲内に止めるように調整することができる。
【0011】
また、炭素、シリコンおよびゲルマニウムは、それぞれ、さまざまな遷移金属と化合物を形成するが、形成された化合物は、そのほとんどが低抵抗なものである。例えば、イオン化された上記第1の気体を用いることにより、第1の層の表層に、遷移金属カーバイド(遷移金属炭素化合物、遷移金属炭化物)、遷移金属シリサイド(遷移金属ケイ素化合物、遷移金属ケイ化物)、および遷移金属ゲルマニド(遷移金属ゲルマニウム化合物、遷移金属ゲルマニウム化物)のうちの少なくとも1つを形成することが可能である。
【0012】
遷移金属カーバイド、遷移金属シリサイド、および遷移金属ゲルマニドは、それぞれ、低抵抗な素材であり、これに加え、酸に対する耐久性も高い。
【0013】
このように、この製造方法を採用することにより、反射防止層の光学的性能に与える影響を最小限に止めながら、抵抗率(シート抵抗)を下げることが可能である。したがって、反射防止機能に加えて、電磁波シールドや帯電防止効果などを備え、しかも、耐久性の高い光学物品を、経済的に提供することができる。
【0014】
この製造方法において、第1の層が、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む場合、表層を形成すること(表層を形成する工程)に、第1の層の表面にイオン化した第1の気体を照射することを含めてもよい。
【0015】
イオン化した第1の気体を照射すること(照射する工程)は、炭素、ケイ素、ゲルマニウムの少なくともいずれかがイオン化されたもの、またはそれらの化合物の少なくともいずれかがイオン化されたものを、例えば電子ビームとして照射することを含む。電子ビーム(イオンビーム)の照射により、第1の層の表層に、炭素、ケイ素、およびゲルマニウムのうちの少なくとも1つを導入(添加)できる。したがって、典型的には、導入された炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと第1の層に含まれる遷移金属とが反応し、第1の層の表層に、遷移金属カーバイド、遷移金属シリサイド、および遷移金属ゲルマニドのいずれかが形成され、低抵抗な表層を形成できる。
【0016】
表層を形成すること(表層を形成する工程に)は、イオン化した第1の気体をアシストイオンまたはスパッタイオンとし、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成する遷移金属またはその酸化物を蒸着源として、表層を成膜することを含んでもよい。これにより、第1の層の表面に、遷移金属カーバイド、遷移金属シリサイド、および遷移金属ゲルマニドのいずれかを含む低抵抗な層(表層)を成膜することができる。
【0017】
表層を低抵抗化する組成(遷移金属カーバイド、遷移金属シリサイド、および遷移金属ゲルマニドのいずれか)と第1の層を構成する組成とは、機械的および/または化学的な相違は小さい可能性が高い。したがって、機械的および/または化学的により安定した反射防止層を備えた光学物品を製造し易い。
【0018】
反射防止層の典型的なものの1つは、多層膜である。この製造方法は、さらに、第1の層に重ねて多層膜の他の層を形成することを含んでもよい。炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと、第1の層に含まれる組成とにより化合物が形成される場合には、この化合物を含む表層と第1の層に重ねて形成される他の層との機械的および/または化学的な相違も小さくできる可能性が高く、低抵抗で安定した性能の反射防止層を備えた光学物品を提供できる。
【0019】
光学物品の典型的なものは、反射防止用のフィルム(積層体)である。したがって、この光学物品の製造方法は、光学基材の反射防止層と反対側の面に粘着性の層を形成することを有していてもよい。粘着性の層を備えた光学物品は、表示装置などに容易に貼り付けることができる。
【0020】
本発明の他の態様の1つは、可撓性の光学基材と、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層とを有する光学物品である。この光学物品が有する反射防止層は、表層が低抵抗な第1の層を含み、第1の層の表層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含む第1の気体であってイオン化された気体を用い、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含むよう、形成されたものである。
【0021】
第1の層の表層は、イオン化された気体により炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含むように形成された低抵抗な層である。このため、第1の層を含む反射防止層を備えた光学物品のシート抵抗(抵抗率)を低減できる。したがって、反射防止機能に加え、電磁波シールド、帯電防止などの機能を備えた光学物品を提供できる。また、反射防止層の光学的性能に与える影響を抑制しながら、帯電防止、ゴミの付着防止などの機能が付与された光学物品を提供できる。
【0022】
さらに、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含む第1の気体を用い、これをイオン化して、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含むように形成された表層を含む第1の層は、他の層との剥れが発生しにくい。また、このような表層は、銀などからなる金属薄膜や透明な導電層の1つであるITO層と比較して、酸やアルカリなどの薬品に対して比較的耐久性が高い。
【0023】
第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層、または酸化物層(炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属の酸化物を含む層)であることが好ましい。この場合、典型的には、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと第1の層に含まれる遷移金属とにより低抵抗な化合物が形成される。このため、表層に形成された化合物と第1の層を構成する化合物との間の機械的および/または化学的な相違を小さくできる可能性がある。したがって、機械的および/または化学的により安定した反射防止層を備えた光学物品を提供できる可能性がある。
【0024】
また、表層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと遷移金属との化合物を含むことが望ましい。このような化合物としては、例えば、遷移金属カーバイド、遷移金属シリサイド、および遷移金属ゲルマニドなどがある。表層にこのような化合物が形成されている場合、この化合物は、第1の気体に含まれる炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと、第1の層に含まれる組成とによる化合物であってもよく、あるいは、第1の気体に含まれる炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと、これ(またはこれら)とともに添加された金属との化合物であってもよい。
【0025】
反射防止層の典型的なものの1つは、多層膜であり、第1の層は、多層膜を構成する1つの層である。多層膜を構成する層の典型的なものは酸化物層であり、第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む酸化物層であることが好ましい。反射防止層は、有機または無機の単層であってもよい。
【0026】
光学物品の典型的なものは、反射防止用のフィルム(積層体)である。光学基材の反射防止層と反対側の面に形成された粘着性の層を備えている光学物品は、表示装置などの光学装置やシステムに貼り付けることにより、光学装置やシステムに反射防止機能とともに電磁波シールド機能などを付加できる。
【0027】
光学物品は、粘着性の層により光学基材が貼り付けられた基板を有してもよい。透光性の基板を含む光学物品であって、反射防止機能とともに、電磁波シールド機能などを備えた光学物品を提供できる。
【0028】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を介して光を入力および/または出力するための光学装置とを有するシステムである。このシステムの典型的なものは、CRTディスプレイ、液晶表示装置、プラズマディスプレイパネルなどである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】タイプAの反射防止層を含む反射防止フィルムの層構成を示す断面図。
【図2】タイプAの反射防止層の層構成を示す図。
【図3】図3(A)は、TiO2層(第6層)の表面に炭酸ガスイオンビームを照射している様子を示す図、図3(B)は、TiO2層(第6層)の表層にチタンカーバイドが形成された様子を示す図。
【図4】反射防止層の層構成(タイプA)および評価結果を示す図。
【図5】タイプBの反射防止層を含む反射防止フィルムの構造を示す断面図。
【図6】タイプBの反射防止層の層構成を示す図。
【図7】図7(A)は、ZrO2層(第4層)の表面にTiO2を蒸着源として炭酸ガスイオンビームアシスト蒸着を施している様子を示す図、図7(B)は、ZrO2層(第4層)の表面にチタンカーバイドを含む層(表層)が形成(成膜)された様子を示す図。
【図8】反射防止層の層構成(タイプB)および評価結果を示す図。
【図9】図9(A)は、シート抵抗を測定する様子を示す断面図、図9(B)は、シート抵抗を測定する様子を示す平面図。
【図10】図10(A)は、耐薬品性試験の擦傷工程に使用される試験装置の外観を示す図、図10(B)は、試験装置の内部構造を示す図。
【図11】耐薬品性試験の擦傷工程に使用される試験装置を回転することを示す図。
【図12】耐湿性試験におけるむくみを判定する装置の概略を示す図。
【図13】図13(A)は、サンプル表面にむくみのない状態を模式的に示す図、図13(B)はサンプル表面にむくみのある状態を模式的に示す図。
【図14】液晶表示装置の一例の概要を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の幾つかの実施形態を説明する。図1に、本発明の一実施形態にかかる反射防止フィルムの構成を断面図により示している。反射防止フィルム10は、透光性を有する可撓性の光学基材1と、光学基材1の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層3とを有する光学物品の一例である。図1に示した反射防止フィルム10は、透明なフィルム基材1と、フィルム基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含んでいる。また、この反射防止フィルム10は、さらに、フィルム基材1の反射防止層3と反対側の面に形成された粘着層5を含んでいる。
【0031】
この反射防止フィルム10は粘着層5により基板100に貼り付けることが可能である。したがって、反射防止フィルム10が貼り付けられた基板100を光学物品として使用あるいは流通させてもよい。
【0032】
1. 反射防止フィルム
1.1 フィルム基材
フィルム基材1は、透明性および可撓性を備えている基材であればよく、その材質は、例えば、トリアセチルセルロース、ジアセチルセルロース、アセテートブチレートセルロース、ポリエーテルサルホン、ポリアクリル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテル、トリメチルペンテン、ポリエーテルケトン、(メタ)アクリロニトリル等を例示できる。これらの中では一軸又は二軸延伸ポリエステル、特に、ポリエチレンテレフタレート(PET)が、透明性及び耐熱性に優れ、光学的に異方性が無い点で、フィルム基材1として好適なものの1つであるといえる。
【0033】
1.2 ハードコート層(プライマー層)
フィルム基材1の表面に形成されるハードコート層2は、反射防止フィルム10の耐擦傷性を高めるためのものである。ハードコート層2に使用される材料として、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げることができる。ハードコート層2の一例は、シリコン系樹脂である。ハードコート層2は、例えば、金属酸化物微粒子およびシラン化合物を含むコーティング組成物を塗布し、硬化させることで形成することができる。このコーティング組成物にはコロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
【0034】
上記金属酸化物微粒子の具体例は、SiO2、Al23、SnO2、Sb25、Ta25、CeO2、La23、Fe23、ZnO、WO3、ZrO2、In23、TiO2等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子である。コーティング組成物に混合する際には、これらの微粒子を、分散媒例えば水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒にコロイド状に分散させたものを用いることができる。
【0035】
フィルム基材1とハードコート層2との密着性を確保するために、フィルム基材1とハードコート層2との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層を形成するための樹脂としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等が挙げられる。密着性を持たせるためのプライマー層としてはウレタン系樹脂およびポリエステル系樹脂が好適である。
【0036】
ハードコート層2およびプライマー層の製造方法の典型的なものは、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法によりコーティング組成物を塗布し、その後、40〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法である。
【0037】
1.3 反射防止層
ハードコート層2の上に形成される反射防止層3の典型的なものは無機系の反射防止層と有機系の反射防止層である。無機系の反射防止層は、典型的には多層膜で構成され、例えば、屈折率が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交互に積層して形成することができる。層数としては、5層あるいは7層程度である。反射防止層を構成する各層に使用される無機物の例としては、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、TaO2、Ta25、NdO2、NbO、Nb23、NbO2、Nb25、CeO2、MgO、SnO2、MgF2、WO3、HfO2、Y23などが挙げられる。これらの無機物は、単独で用いるかもしくは2種以上を混合して用いる。
【0038】
無機系の反射防止層3を形成する方法としては、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いることができる。
【0039】
有機系の反射防止層の製造方法の1つは湿式法である。湿式法による有機系の反射防止層の製造方法としては、例えば、内部空洞を有するシリカ系微粒子(以下、「中空シリカ系微粒子」ともいう)と、有機ケイ素化合物とを含んだ反射防止層形成用のコーティング組成物を、ハードコート層、プライマー層と同様の方法でコーティングして形成するものが挙げられる。ここで、中空シリカ系微粒子を用いるのは、内部空洞内にシリカよりも屈折率が低い気体または溶媒が包含されることによって、空洞のないシリカ系微粒子を用いた場合と比べて、反射防止層の屈折率がより低減し、結果的に、優れた反射防止効果を付与できるからである。中空シリカ系微粒子は、特開2001−233611号公報に記載されている方法などで製造することができるが、例えば、平均粒子径が1〜150nmの範囲にあり、かつ屈折率が1.16〜1.39の範囲にあるものを用いることができる。
【0040】
有機系の反射防止層の層厚は、50〜150nmの範囲が好適である。この範囲より厚すぎたり薄すぎたりすると、十分な反射防止効果が得られないおそれがある。
【0041】
1.3.1 低抵抗化された表層(表層域)
さらに、本実施形態の反射防止フィルム10においては、反射防止層3に含まれる少なくとも1つの層(第1の層)の表層に対し、イオン化した第1の気体を用い、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン)およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含むようにすることにより、この第1の層の表層を低抵抗化している。図1に示した反射防止フィルム10は7層構成の反射防止層3を有しており、ハードコート層2の側から数えて6番目の層(高屈折率層)32を第1の層とし、この6番目の高屈折率層32の表層33を低抵抗化している。ここで、第1の気体とは、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含むものである。第1の気体の典型的なものは二酸化炭素ガスである。
【0042】
第1の層が、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む場合、第1の層(たとえば、6番目の高屈折率層32)の表面にイオン化した第1の気体を照射することによって、低抵抗な表層33を含む第1の層を得ることができる。イオン化した第1の気体をアシストイオンまたはスパッタイオンとし、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成する遷移金属またはその酸化物を蒸着源として、第1の層(たとえば、6番目の高屈折率層32)の表面に表層33を成膜することによっても、低抵抗な表層33を含む第1の層を得ることができる。これらの処理を行うことにより、第1の層の表層33に、炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む導電性の化合物が生成される。
【0043】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む導電性の化合物の1つは、カーバイドなどと称される有機遷移金属である。カーバイドの例としては、SiC、TiC、ZrC、HfC、VC、NbC、TaC、Mo2C、W2C、WC、NdC2、LaC2、CeC2、PrC2、SmC2を挙げることができる。
【0044】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む導電性の化合物の他の1つは、シリサイドなどと称される遷移金属ケイ化物(金属間化合物)である。シリサイドの例としては、ZrSi、CoSi、WSi、MoSi、NiSi、TaSi、NdSi、Ti3Si、Ti5Si3、Ti5Si4、TiSi、TiSi2、Zr3Si、Zr2Si、Zr5Si3、Zr3Si2、Zr5Si4、Zr6Si5、ZrSi2、Hf2Si、Hf5Si3、Hf3Si2、Hf4Si3、Hf5Si4、HfSi、HfSi2、V3Si、V5Si3、V5Si4、VSi2、Nb4Si、Nb3Si、Nb5Si3、NbSi2、Ta4.5Si、Ta4Si、Ta3Si、Ta2Si、Ta5Si3、TaSi2、Cr3Si、Cr2Si、Cr5Si3、Cr3Si2、CrSi、CrSi2、Mo3Si、Mo5Si3、Mo3Si2、MoSi2、W3Si、W5Si3、W3Si2、WSi2、Mn6Si、Mn3Si、Mn5Si2、Mn5Si3、MnSi、Mn11Si19、Mn4Si7、MnSi2、Tc4Si、Tc3Si、Tc5Si3、TcSi、TcSi2、Re3Si、Re5Si3、ReSi、ReSi2、Fe3Si、Fe5Si3、FeSi、FeSi2、Ru2Si、RuSi、Ru2Si3、OsSi、Os2Si3、OsSi2、OsSi1.8、OsSi3、Co3Si、Co2Si、CoSi2、Rh2Si、Rh5Si3、Rh3Si2、RhSi、Rh4Si5、Rh3Si4、RhSi2、Ir3Si、Ir2Si、Ir3Si2、IrSi、Ir2Si3、IrSi1.75、IrSi2、IrSi3、Ni3Si、Ni5Si2、Ni2Si、Ni3Si2、NiSi2、Pd5Si、Pd9Si2、Pd4Si、Pd3Si、Pd9Si4、Pd2Si、PdSi、Pt4Si、Pt3Si、Pt5Si2、Pt12Si5、Pt7Si3、Pt2Si、Pt6Si5、PtSiを挙げることができる。
【0045】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む導電性の化合物のさらに他の1つは、ゲルマニドなどと称される遷移金属ゲルマニウム化物(金属間化合物)である。ゲルマニドの例としては、NaGe、AlGe、KGe4、TiGe2、TiGe、Ti6Ge5、Ti5Ge3、V3Ge、CrGe2、Cr3Ge2、CrGe、Cr3Ge、Cr5Ge3、Cr11Ge8、MnGe、Mn5Ge3、CoGe、CoGe2、Co5Ge7、NiGe、CuGe、Cu3Ge、ZrGe2、ZrGe、RbGe4、NbGe2、Nb2Ge、Nb3Ge、Nb5Ge3、Nb3Ge2、NbGe2、Mo3Ge、Mo3Ge2、Mo5Ge3、Mo2Ge3、MoGe2、CeGe4、RhGe、PdGe、AgGe、Hf5Ge3、HfGe、HfGe2、TaGe2、PtGeを挙げることができる。
【0046】
1.4 防汚層
反射防止層3の上に撥水膜、または親水性の防曇膜(防汚層)4を形成することが多い。防汚層4の一例は、反射防止層3の上に形成された、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層であり、この層を設けることにより、光学物品(反射防止フィルム)10の表面の撥水撥油性能を高めることができる。
【0047】
フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
【0048】
含フッ素シラン化合物は、例えば、有機溶剤に溶解させて所定濃度に調整した撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)として用いることができる。防汚層4は、この撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を反射防止層3の上に塗布することにより形成することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法などを用いることができる。なお、撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて、防汚層4を形成することも可能である。
【0049】
防汚層4の層厚は、特に限定されないが、0.001〜0.5μmの範囲が適している。より好適なのは0.001〜0.03μmである。防汚層4の層厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので適していない。また、防汚層4の厚さが0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下する可能性がある。
【0050】
1.5 粘着層
粘着層5は、可視光領域の波長の光を透過し、かつ粘着性を有するものである。粘着層5は、光学的性能の観点から、波長500〜600nmの光の屈折率が1.45〜1.7であり、消衰係数がほぼ0であることが好ましい。粘着層5の材料としては例えば、ポリイソプレンゴム、ポリイソブチレンゴム、スチレンブタジエンゴム、ブタジエンアクリロニトリルゴム等のゴム系樹脂、(メタ)アクリル酸エステル系樹脂、ポリビニルエーテル系樹脂、ポリ酢酸ビニル系樹脂、ポリ塩化ビニル/酢酸ビニル系共重合体系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリ塩素化オレフィン系樹脂、ポリビニルブチラーレ樹脂、シリコン系樹脂、ウレタン系樹脂などがある。これらの樹脂に適当な粘着付与剤、例えばロジン、ダンマル、重合ロジン、テルペン変性体、石油系樹脂、シクロペンタジエン系樹脂を適宜添加してもよい。粘着層(接着層)5の膜厚は、1μm以上1000μm以下が好ましく、より好ましくは5μm以上500μm以下である。
【0051】
2. サンプルの製造
2.1 実施例1(サンプルS1)
2.1.1 フィルム基材の選択およびハードコート層の成膜
フィルム基材1としては、屈折率1.57の透明なポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムを用いた。
【0052】
ハードコート層2を形成するための塗布液(コーティング液)を次のように調製した。エポキシ樹脂−シリカハイブリッド(商品名:コンポセラン(登録商標)E102(荒川化学工業(株)製))20重量部に、酸無水物系硬化剤(商品名:硬化剤液(C2)(荒川化学工業(株)製))4.46重量部を混合、攪拌して塗布液(コーティング液)を得た。このコーティング液を所定の厚さになるようにスピンコーターを用いてフィルム基材1の上に塗布してハードコート層2を成膜した。塗布後のフィルム基材1を125℃で2時間焼成した。
【0053】
2.1.2 反射防止層の成膜
電子ビーム蒸着(いわゆるIAD法)によりハードコート層2の上に無機多層膜の反射防止層3を形成した。実施例1の反射防止層3の層構成は、図1に示した二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31とし、酸化チタン(TiO2)層を高屈折率層32とした、7層構成の反射防止層である。以降においては、このタイプの層構成をタイプAと呼ぶ。図2に、タイプAの層構成の各層の組成および厚みを示している。
【0054】
具体的には、ハードコート層2が形成されたサンプルS1を真空蒸着チャンバー(図示せず)内に入れ、真空蒸着チャンバー内の下部に蒸着材料を充填したるつぼを配置し、これを電子ビームにより蒸発させ、真空蒸着法により図2に示したタイプAの構成でSiO2層31とTiO2層32とを交互に成膜した。SiO2層とTiO2層との成膜条件は以下の通りである。
<SiO2層の成膜条件>
真空蒸着(イオンアシストなし)
成膜速度:2.0nm/sec
電子銃の加速電圧:7000V
電子銃の加速電流:100mA
成膜温度:60℃
<TiO2層の成膜条件>
真空蒸着(イオンアシストあり(酸素ガス))
成膜速度:0.2nm/sec
電子銃の加速電圧:7000V
電子銃の加速電流:150mA
2流量:20sccm
成膜温度:60℃
【0055】
2.1.3 低抵抗化
7層構成のタイプAの反射防止層3のうち、第6層(TiO2層)32を成膜後、第7層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置を用い、最上層の高屈折率層である第6層(TiO2層)32の表層33を低抵抗化した。
【0056】
具体的には、第6層(TiO2層)32の表層33に、イオン化した二酸化炭素を照射することにより炭素を添加(導入)して、表層33を低抵抗化した。タイプAの反射防止層3において高屈折率層32に含まれるチタンはカーボン、シリコンおよびゲルマニウムと金属間化合物を形成し、導電性の化合物となる遷移金属である。したがって、高屈折率層32を構成する組成である酸化チタン(TiO2)は、遷移金属の酸化物である。第6層(TiO2層)32の表層33に、イオン化した二酸化炭素ガス(炭酸ガス)を照射することにより炭素(C)を添加(導入)でき、第6層(TiO2層)32に含まれるチタン(Ti)と炭素(C)とを反応させることによりチタンカーバイド(典型的には、TiCであり、その他TiOCなどを含む)を形成できる。ただし、導入された炭素(C)は、全てがチタンカーバイドの生成に寄与するとは限らない。例えば、正孔または電子を生成することにより電荷のキャリアを増やし、表層33の導電率を高めることに寄与する可能性もある。
【0057】
図3(A)および(B)は、第6層(TiO2層)32を第1の層とし、その表層33にチタンカーバイドを形成する様子を模式的に示している。なお、蒸着装置においてイオンビームが照射される状態を示しているので、図1に示した高屈折率層32と、その表層33との関係は本図においては上下反転して示している。二酸化炭素ガス(炭酸ガス、CO2)を流量30sccmで蒸着装置の真空容器(真空蒸着チャンバー)内に導入した。さらに、蒸着装置の条件(低抵抗化条件)を、加速電圧(イオンエネルギー)800V、加速電流(イオン電流)150mAに設定した。これにより、二酸化炭素ガスからCO2+、CO+、C+などを含む炭酸ガスイオンビームを生成し、第6層(TiO2層)32に照射した。炭酸ガスイオンビームの照射時間は20秒とした(図3(A))。
【0058】
炭酸ガスイオンビームは、二酸化炭素を原料として生成したイオンビームであり、二酸化炭素イオンの他、分解生成物である一酸化炭素イオン、炭素イオン、酸素イオンなどが含まれていてもよい。また、炭酸ガスイオンビームには、一価のイオンの他に、二価や三価の多価イオンが含まれていてもよい。炭酸ガスイオンビームを第6層(TiO2層)32に照射することにより、第6層(TiO2層)32の表層33において、TiO2とC(炭素)がミキシングされて化学反応を起こし、典型的には、TiO2の一部がチタンカーバイドとなる。これにより、チタンカーバイド(典型的にはTiC)を含む導電性の表層33が形成される(図3(B))。この方法により第6層(TiO2層)32の表層33に導電性のチタンカーバイドが形成されることは、後述するようにサンプルが低抵抗化(シート抵抗が低下)することで確認されている。
【0059】
第6層(TiO2層)32のうちのどの程度の領域(厚さ、深さ)まで炭素(C)が導入され導電性の表層(導電層)33が形成されるか(典型的にはカーバイドが形成されるか)は、炭酸ガスイオンビームの照射時間、イオンエネルギー(電圧)、およびイオン電流によって決まる。本例の条件では、第6層(TiO2層)32の表層33の数nmの領域内にチタンカーバイドが形成され、導電層として機能すると考えられる。
【0060】
炭酸ガスイオンビームを照射することにより、高屈折率層32の表面の全体あるいは部分にカーバイドを形成することができる。そして、微小な導電領域(低抵抗な領域)の存在により反射防止層3のシート抵抗が低減し、導電性が向上すると考えられる。このため、炭酸ガスイオンビームを照射して低抵抗化(導電化)する層33は薄く数nm程度で十分である。したがって、高屈折率層32の表層33を改質して低抵抗化することが、反射防止層3の光学的な性質(特性)に与える影響は非常に小さい。若干の反射率の上昇が見られる可能性があるが、金属層を形成する場合よりも反射率の上昇ははるかに少ないと予想されている。また、低抵抗化のために導電性の表層33を形成する層は、反射防止層3を構成する多層のうち、最上層の高屈折率層に限定されることなく、いずれかの層でよい。さらに、複数の層の表層にカーバイドを形成してもよい。
【0061】
なお、第6層(TiO2層)32の表層33を低抵抗化した後に、第6層(TiO2層)32に重ねて、最表層(最上層)の低屈折率層(第7層(SiO2層))31を成膜した。
【0062】
この実施例における第6層(TiO2層)32の表層33の低抵抗化の条件は以下の通りである。
<低抵抗化の条件(サンプルS1)>
対象層(第1の層):第6層(TiO2層)
処理:対象層(第6層(TiO2層))の表面への炭酸ガスイオンビーム照射
処理時間:20秒
イオンビームの照射条件
加速電圧(イオンエネルギー):800V
加速電流(イオン電流):150mA
イオンガンへのガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)30sccm
【0063】
2.1.4 防汚層の成膜
反射防止層3を形成した後、ハードコート層2および反射防止層3が形成されたサンプルS1に酸素プラズマ処理を施し、蒸着装置内で、分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、KY−130を蒸発させて、酸素プラズマ処理を施したサンプルS1の反射防止層3の上に防汚層4を成膜した。蒸着時間は、約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施すことにより最終の第7層(SiO2層)の表面にシラノール基が生成されるため、反射防止層3と防汚層4との化学的密着性(化学結合)が高まる。これにより、フィルム基材1の片面にハードコート層2、タイプAの層構成の反射防止層であって1つの層(本例では第6層)の表層が低抵抗化された反射防止層3、および防汚層4を備えたサンプルS1が得られた。
【0064】
2.2 実施例2(サンプルS2)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同様の7層構成(タイプA、図1参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS2を製造した。ただし、第6層(TiO2層)32の表層33の低抵抗化の条件を以下の通りに変更した。
【0065】
本例では、導入ガスとして、炭酸ガスとアルゴンガスとの混合ガスを用いた。炭酸ガスとアルゴンガスとの混合ガスをイオン化することにより炭酸ガスイオンビームとアルゴンイオンビームとが第6層(TiO2層)32の表層33に照射される。アルゴンイオンビームを炭酸ガスイオンビームと併用することは、以下の実験結果に示すように低抵抗化に適しており、TiCの形成を促進するなどの影響が予想される。また、加速電圧値およびイオン照射時間も、それぞれ以下のように変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS2)>
対象層(第1の層):第6層(TiO2層)
処理:対象層(第6層(TiO2層))の表面への炭酸ガスイオンビーム照射
処理時間:120秒
イオンビームの照射条件
加速電圧(イオンエネルギー):800V
加速電流(イオン電流):150mA
イオンガンへのガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)15sccmとアルゴンガス15sccmとの混合
【0066】
2.3 実施例3(サンプルS3)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同様の7層構成(タイプA、図1参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS3を製造した。ただし、第6層(TiO2層)32の表層33の低抵抗化の条件を以下の通りに変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS3)>
対象層(第1の層):第6層(TiO2層)
処理:対象層(第6層(TiO2層))の表面への炭酸ガスイオンビーム照射
処理時間:120秒
イオンビームの照射条件
加速電圧(イオンエネルギー):500V
加速電流(イオン電流):150mA
イオンガンへのガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)15sccmとアルゴンガス15sccmとの混合
【0067】
2.4 比較例1(サンプルR1)
実施例1と同様の製造方法により、実施例1と同様の7層構成(タイプA)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルR1を製造した。ただし、低抵抗化の処理は行わなかった。
【0068】
上記により製造された実施例のサンプルS1〜S3および比較例のサンプルR1について、シート抵抗を測定するとともに、耐薬品性およびむくみの有無を評価した。測定結果および評価結果を、層構成、低抵抗化の条件とともに、図4にまとめて示している。なお、測定方法および評価結果については以下の(4.サンプル評価)において纏めて説明する。
【0069】
3. 異なるサンプルの製造
3.1 実施例4(サンプルS4)
3.1.1 フィルム基材の選択およびハードコート層の成膜
実施例1と同様のフィルム基材1を選択し、実施例1と同様にハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。
【0070】
3.1.2 反射防止層の成膜
さらに、実施例1と同様の蒸着装置を用い、図5に示す5層構成の反射防止層3を形成した。この反射防止層3は、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31とし、酸化ジルコニウム(ZrO2)層を高屈折率層32とした5層構成である。以降においては、このタイプの層構成をタイプBと呼ぶ。図6に、タイプBの層構成の各層の構成および厚みを示している。
【0071】
SiO2層31の成膜条件は実施例1と同じである。ZrO2層32の成膜条件は以下の通りである。
<ZrO2層の成膜条件>
真空蒸着(イオンアシストなし)
成膜速度:0.4nm/sec
電子銃の加速電圧:7000V
電子銃の加速電流:300mA
成膜温度:60℃
【0072】
3.1.3 低抵抗化
5層構成のタイプBの反射防止層3のうち、ハードコート層2の側から数えて第4番目の第4層(ZrO2層)32を成膜後、第5層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置を用い、最上層の高屈折率層である第4層32の表層33を低抵抗化した。
【0073】
具体的には、第4層のZrO2層32を成膜した後に、イオン化した二酸化炭素をアシストイオンとし、酸化チタン(TiO2)を蒸着源として、ZrO2層の上に表層33を成膜した。あるいはイオン化した二酸化炭素(炭酸ガスイオン)をスパッタイオンとし、これを、酸化チタン(TiO2)を含むターゲットに照射して、このターゲットを用いてスパッタ蒸着を行い、表層33を成膜してもよい。このようにすることにより、チタンカーバイド(典型的には、TiCであり、その他TiOCなどを含む)を含む表層33を成膜することができる。
【0074】
図7(A)および(B)は、第4層32のZrO2層を第1の層とし、その表面にチタンカーバイドを含む表層33を形成(成膜)する様子を模式的に示している。なお、蒸着装置においてイオンアシストにより表層33を形成する状態を示しているので、図5に示した高屈折率層32と、その表層33との関係は本図においては上下反転して示している。
【0075】
表層33の成膜は以下のようにした。酸化チタン(TiO)の顆粒材料を蒸着源とし、これに加速した電子を照射して加熱蒸発させ、蒸発させた酸化チタンを、炭酸ガスイオンビームを用いて、第4層32のベース層(ベース部分)となるZrO2層の上にイオンアシスト蒸着した(図7(A))。なお、蒸着源はTiO(0<X≦2)であってもよい。炭酸ガスイオンビームは、二酸化炭素(CO2)ガス(第1の気体)とアルゴン(Ar)ガスとの混合ガスを、二酸化炭素ガスの流量を15sccm、アルゴンガスの流量を15sccmとして蒸着装置の真空容器(真空蒸着チャンバー)内に導入した。蒸着装置のイオン化条件を、加速電圧800V、加速電流200mAに設定した。
【0076】
炭酸ガスイオンビームをイオンアシストに用いることにより、蒸着源のTiO2に含まれるチタン(Ti)原子と、炭酸ガスイオンビームに含まれる炭素(C)原子とによって、第4層32のベース部分(ZrO2層)の上にチタンカーバイド(典型的にはTiC)を含む表層(カーバイド層)33が形成される(図7(B))。本例では、層厚が7.2nmとなるように、第4層32のベース層(ZrO2層)の上に表層(カーバイド層)33を形成した。第4層32の表層33を成膜した後に、これに重ねて、最表層(最上層)の低屈折率層(第7層(SiO2層))31を成膜した。
【0077】
このように、イオン化した二酸化炭素ガス(第1の気体)をアシストイオンとし、炭素と遷移金属またはその酸化物(ここでは酸化チタン)を蒸着源として、導電性の表層33を成膜することができる。この方法では、ベース層32はZrO2層に限らず、TiO2層などの他の組成の高屈折率層であってもよく、低屈折率層31であってもよい。
【0078】
この実施例における第4層32の表層33の低抵抗化の条件は以下の通りである。
<低抵抗化の条件(サンプルS4)>
対象層(第1の層):第4層のベース層(ZrO2層)
処理:炭酸ガスイオンビームを用いたイオンアシスト蒸着
蒸着源:酸化チタンの顆粒材料
イオンアシスト条件
加速電圧(イオンエネルギー):800V
加速電流(イオン電流):200mA
ガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)15sccmとアルゴンガス15sccmとの混合
表層(チタンカーバイド層)の層厚:7.2nm
【0079】
3.1.4 防汚層の成膜
実施例1と同様に、反射防止層3の上に防汚層4を成膜した。
【0080】
3.2 実施例5(サンプルS5)
実施例4と同様の製造方法により、実施例4と同様の5層構成(タイプB、図5参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS5を製造した。ただし、第4層32の表層33の低抵抗化の条件(表層33の成膜条件)を以下の通りに変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS5)>
対象層(第1の層):第4層のベース層(ZrO2層)
処理:炭酸ガスイオンビームを用いたイオンアシスト蒸着
蒸着源:酸化チタンの顆粒材料
イオンアシスト条件
加速電圧(イオンエネルギー):800V
加速電流(イオン電流):200mA
ガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)15sccmとアルゴンガス15sccmとの混合
表層(チタンカーバイド層)の層厚:5.0nm
【0081】
3.3 実施例6(サンプルS6)
実施例4と同様の製造方法により、実施例4と同様の5層構成(タイプB、図5参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS6を製造した。ただし、第4層32の表層33の低抵抗化の条件(表層33の成膜条件)を以下の通りに変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS6)>
対象層(第1の層):第4層のベース層(ZrO2層)
処理:炭酸ガスイオンビームを用いたイオンアシスト蒸着
蒸着源:酸化チタンの顆粒材料
イオンアシスト条件
加速電圧(イオンエネルギー):800V
加速電流(イオン電流):150mA
ガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)30sccm
表層(チタンカーバイド層)の層厚:7.2nm
【0082】
3.4 実施例7(サンプルS7)
実施例4と同様の製造方法により、実施例4と同様の5層構成(タイプB、図5参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS7を製造した。ただし、第4層32の表層33の低抵抗化の条件(表層33の成膜条件)を以下の通りに変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS7)>
対象層(第1の層):第4層のベース層(ZrO2層)
処理:炭酸ガスイオンビームを用いたイオンアシスト蒸着
蒸着源:酸化チタンの顆粒材料
イオンアシスト条件
加速電圧(イオンエネルギー):1000V
加速電流(イオン電流):200mA
ガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)30sccm
表層(チタンカーバイド層)の層厚:7.2nm
【0083】
3.5 実施例8(サンプルS8)
実施例4と同様の製造方法により、実施例4と同様の5層構成(タイプB、図5参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS8を製造した。ただし、第4層32の表層33の低抵抗化の条件(表層33の成膜条件)を以下の通りに変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS8)>
対象層(第1の層):第4層のベース層(ZrO2層)
処理:炭酸ガスイオンビームを用いたイオンアシスト蒸着
蒸着源:酸化チタンの顆粒材料
イオンアシスト条件
加速電圧(イオンエネルギー):1000V
加速電流(イオン電流):200mA
ガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)30sccm
表層(チタンカーバイド層)の層厚:10.0nm
【0084】
3.6 実施例9(サンプルS9)
実施例4と同様の製造方法により、実施例4と同様の5層構成(タイプB、図5参照)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルS9を製造した。ただし、第4層32の表層33の低抵抗化の条件(表層33の成膜条件)を以下の通りに変更した。
<低抵抗化の条件(サンプルS9)>
対象層(第1の層):第4層のベース層(ZrO2層)
処理:炭酸ガスイオンビームを用いたイオンアシスト蒸着
蒸着源:酸化チタンの顆粒材料
イオンアシスト条件
加速電圧(イオンエネルギー):1000V
加速電流(イオン電流):200mA
ガス導入:炭酸ガス(二酸化炭素ガス)15sccmとアルゴンガス15sccmとの混合
表層(チタンカーバイド層)の層厚:10.0nm
【0085】
3.7 比較例2(サンプルR2)
実施例4と同様の製造方法により、実施例4と同様の5層構成(タイプB)の反射防止層3を含む反射防止フィルム10のサンプルR2を製造した。ただし、低抵抗化の処理(チタンカーバイドを含む表層の成膜)は行わなかった。
【0086】
上記により製造された実施例のサンプルS4〜S9および比較例のサンプルR2について、以下に示す方法によりシート抵抗を測定するとともに、耐薬品性およびむくみの有無を評価した。測定結果および評価結果を、層構成、低抵抗化の条件とともに、図8にまとめて示している。
【0087】
4. サンプル評価
上記により製造されたサンプルS1〜S9およびR1、R2について、シート抵抗、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)を図4および図8にまとめて示している。なお、これらの測定および評価は、各サンプルS1〜S9およびR1およびR2の反射防止フィルム10に粘着層5を設け、さらに、反射防止フィルム10を透明なガラス基板100の上に粘着層5を介して貼り付けて評価基板101を製造し、それらの評価基板101を用いて行った。
【0088】
4.1 シート抵抗
(1)測定方法
図9(A)および(B)に、各サンプルの表面のシート抵抗を測定する様子を示している。本実施形態では、反射防止フィルム10の表面10Aにリングプローブ61を接触させ、シート抵抗を測定した。測定装置60は、三菱化学(株)製、高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有し、外側のリング電極61aは外径18mm、内径10mmであり、内側の円形電極61bは直径7mmである。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗を計測した。
【0089】
(2)評価
比較例のサンプルR1およびR2の測定結果が示すように、低抵抗化していない場合、シート抵抗の測定値は、5×1013Ω/□である。これに対し、低抵抗化した実施例のサンプルS1〜S9のシート抵抗の測定値は、2×108Ω/□〜2×1010Ω/□であり、抵抗値が比較例に対し、3桁〜5桁(103〜105)程度小さい。すなわち、サンプルS1〜S9においては、シート抵抗が比較例の1/103〜1/105となり、ごみの付着が懸念されるシート抵抗値1×1012Ω/□より十分に低い値となることがわかった。
【0090】
また、全体として、アルゴンガスを合わせて導入したサンプルの方が、シート抵抗が低い傾向がある。例えば、サンプルS8とサンプルS9を比較すると、アルゴンガスを合わせて導入したサンプルS9のシート抵抗が低い。さらに、炭酸ガスイオンビームの照射時間が長い、あるいは、成膜した表層33の層厚の厚い方が、シート抵抗が低い傾向がある。これらは、いずれも、チタンカーバイドが対象層(第1の層)の表層のより深い領域にまで形成されているものと考えられる。このように、アルゴンガスを合わせて導入したり、チタンカーバイドを含む表層の層厚を厚めにしたりすることにより、シート抵抗をさらに低くできる可能性がある。
【0091】
このように、反射防止層3に含まれる1つの層の表面にイオン化した二酸化炭素ガスを照射して表層にカーバイドを生成させる、あるいは、反射防止層3に含まれる1つの層の表面にイオン化した二酸化炭素ガスをアシストイオンとし、酸化チタンを蒸着源としてカーバイドを含む層を成膜することにより、シート抵抗を大幅に低下できることがわかった。
【0092】
光学物品(反射防止フィルム)10のシート抵抗を下げることにより幾つかの効果が得られる。典型的な効果は、帯電防止および電磁遮蔽である。例えば、帯電防止性の有無の目安は、シート抵抗が1×1012Ω/□以下であると考えられており、サンプルS1〜S9は非常に優れた帯電防止性を備えていることが分かる。
【0093】
4.2 耐薬品性および剥離
各サンプルの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行い、反射防止層の剥がれの有無を観察して耐薬品性を評価した。
【0094】
(1)擦傷工程
図10(A)に示す容器(ドラム)71の内壁に、図10(B)に示すように評価基板101を4つ貼り付け、さらに、容器(ドラム)71内に擦傷用として不織布73とオガクズ74を入れた。容器(ドラム)71に蓋をした後、図11に示すようにドラム71を30rpmで30分間回転させた。
【0095】
(2)薬液浸漬工程
人の汗を模した薬液(純水に乳酸を50g/L、塩を100g/L溶解した溶液)を用意した。(1)の擦傷工程を経た評価基板101を、50℃に保持した上記薬液に100時間浸漬した。
【0096】
(3)評価方法
上記の工程を経た評価基板101を従来のサンプルであるサンプルR1およびR2を基準に(リファレンスとして)目視により評価した。判断基準は以下の通りである。
○:基準のサンプルと比較し、傷がほとんど見えず、同等の透明性がある。
△:基準のサンプルに対して傷が見え、透明性が劣る。
×:基準のサンプルに対して層の剥離および多数の傷が見え、透明性が著しく低下した。
【0097】
(4)評価
図4および図8に示すように、低抵抗化した実施例のサンプルS1〜S9の評価はすべて○であり、低抵抗化による剥がれの発生の増加や、耐薬品性能の低下は見られなかった。したがって、実施例のサンプルS1〜S9のように低抵抗化した反射防止層を含む光学物品では、金などの金属薄膜層を採用した構成において懸念される剥がれの心配は少なく、銀などの金属薄膜層を採用した構成において懸念される腐食の心配も少ないと考えられる。
【0098】
4.3 むくみの発生(耐湿性)
(1)恒温恒湿度環境試験
作製した各サンプルを恒温恒湿度環境(60℃、98%RH)で8日間放置した。
【0099】
(2)むくみの判定方法
上記の恒温恒湿度環境試験を経た各サンプルの表面の反射光を観察し、むくみの有無を判断した。具体的には、この測定では、図12に示すように、凸面のガラス基板100の表面にサンプルS1〜S9、R1およびR2をそれぞれ貼り付けて評価基板101を作った。そして、この評価基板101の凸面10Aにおける蛍光灯75の反射光を観察した。図13(A)に示すように、蛍光灯75の反射光76の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定した。一方、図13(B)に示すように、蛍光灯75の反射光77の像の輪郭がぼやけている、またはかすれて観察できるときは「むくみ有り」と判定した。
【0100】
(3)評価
図4および図8に示すように、低抵抗化した実施例のサンプルS1〜S9についてはむくみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。例えば、透明な導電膜であるITO(酸化インジウムと酸化スズとの混合物)を用いてシート抵抗を下げることも考えられるが、ITOは上記の実験でむくみが発生し、酸やアルカリなどの溶液に対して、耐性が乏しいという問題がある。実施例のサンプルS1〜S9のように低抵抗化した反射防止層を含む光学物品では、ITOを採用した構成において懸念されるむくみの心配は少ないと考えられる。
【0101】
5. まとめ
実施例1〜9により得られたサンプルS1〜S9は、シート抵抗が低く、優れた電磁シールド効果および帯電防止効果を備えていることがわかった。したがって、本実施形態の方法を用いることにより、優れた電磁シールド効果および帯電防止効果を備えた反射防止フィルム10が得られると考えられる。
【0102】
また、反射防止層3の少なくとも1つの層の表層をイオン化した二酸化炭素ガスを用いて炭素を含む表層33に改質したり、その層の表面にイオン化した二酸化炭素ガスを用いて炭素を含む表層33を形成したりすることにより、カーバイドを含む低抵抗(導電性)の表層33が形成される。カーバイドは、酸やアルカリに対しての耐腐食性に優れ化学的に安定性が高い。したがって、本実施形態の製造方法によれば、優れた電磁シールド効果および帯電防止効果を備え、しかも、酸やアルカリに対する耐久性の良好な反射防止フィルム10を得ることができる。
【0103】
カーバイドの代わりに、シリサイドやゲルマニドを形成したり、これらを複数含むようにしても、同様に、反射防止層3に含まれる第1の層の表面を低抵抗化できる(低抵抗な表層33を含む第1の層を形成できる)と考えられる。
【0104】
ケイ素(シリコン)およびゲルマニウムは、炭素と同じ第IV族元素であり、同様の電子構造を持ち、周期律表のシリコンの上下に位置する組成である。また、炭素、ケイ素、ゲルマニウムは、ともに、単体でもシート抵抗が小さく、さらに、遷移金属と低抵抗の化合物を形成する。したがって、炭素を含む気体に代えて、ケイ素やゲルマニウムを含む気体を用いても、低抵抗な表層33を得ることが可能であり、化学的および機械的に安定で、帯電防止性能に優れ、ごみの付着を抑制でき、さらに、光学的性質の低下もほとんどない反射防止フィルムを提供できる。
【0105】
また、炭素およびケイ素(シリコン)は、身近な製品に多用されている低コストの素材である。また、ゲルマニウムも、ケイ素(シリコン)とともに半導体基板などの工業材料として多く用いられている。したがって、炭素、ケイ素(シリコン)、または、ゲルマニウムを用いて低抵抗化することにより、低コストで帯電防止性能に優れた反射防止フィルムを提供できる。
【0106】
遷移金属カーバイドを含む表層33を形成する際に適した、イオン化される第1の気体の例、すなわち、第1の化合物群に含まれる種としては、二酸化炭素の他、一酸化炭素、アセチレン、メタン、エタン、四フッ化炭素などが挙げられる。遷移金属シリサイドを含む表層33を形成する際に適した、イオン化される第1の気体の例(第1の化合物群に含まれる種)としては、例えば、シラン(SiH)、四塩化ケイ素(SiCl)、四フッ化ケイ素(SiF)などが挙げられる。遷移金属ゲルマニドを含む表層33を形成する場合の第1の気体の例(第1の化合物群に含まれる種)としては、四塩化ゲルマニウム(GeCl)、ゲルマン(水素化ゲルマニウム、GeH)、四フッ化ゲルマニウム(GeF)などが挙げられる。ここで挙げた気体は、対象層(第1の層)へのイオンビームの照射に用いてもよく、また、イオンアシストガスやスパッタイオンを生成するために用いてもよい。さらに、遷移金属もチタンに限定されるものではない。
【0107】
さらに、表層33を含む層(第1の層)は、反射防止層3を構成する層の最上層の高屈折率層に限定されることなく、いずれの層であってもよい。さらに、複数の層の表層を上記方法(2.1.3および3.1.3参照)により低抵抗化しても、同様の結果が得られると考えられる。
【0108】
上記の実施例で示した反射防止層の層構成は幾つかの例にすぎず、本発明がそれらの層構成に限定されることはない。例えば、3層以下、あるいは9層以上の反射防止層に本発明を適用することも可能である。また、本発明を適用する反射防止層の構成は、TiO2/SiO2、ZrO2/SiO2に限定されることはなく、Ta25/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al23/SiO2などの反射防止層にも本発明を適用できる。
【0109】
さらに、無機系の反射防止層だけでなく、有機系の反射防止層にも本発明を適用することが可能である。例えば、基材の上に有機系の反射防止層を成膜し、この有機系の反射防止層の上に、実施例4のようにして表層33を成膜することにより、有機系の反射防止層を備える反射防止フィルムであっても低抵抗化が図れる。この場合、表層33を形成する前に、イオンビームから有機系の反射防止層を保護するための保護層を当該有機系の反射防止層の上に形成しておくことが好ましい。
【0110】
6. システムの例
図14に、反射防止フィルム10を介して光を入力および/または出力する光学装置を備えたシステムの一例として、液晶表示装置を示している。この液晶表示装置200は、光学装置の一例である液晶パネル201と、液晶パネル201の背後に配置されたバックライト(面光源)202と、液晶パネルの駆動を制御する制御ユニット203と、液晶パネル201の全面に粘着層5を介して貼り付けられた反射防止フィルム10とを備えている。この液晶表示装置200においては、全面に上記反射防止フィルム10を貼り付けているため、外光の表示画面上への写り込みが抑制され、しかも、帯電を防止でき、電磁波もシールドできる。
【0111】
反射防止フィルム10は、上述したように、液晶表示装置の他にも、CRTディスプレイ、プラズマディスプレイパネルなどのシステムに用いることもできる。また、光学表示装置に限らず、窓ガラス、メガネ、ゴーグルなどの光学製品にも用いることができる。反射防止フィルム10を用いることにより、外光の写り込みを抑制し、視認性を向上でき、さらに、帯電防止機能および電磁波遮蔽機能を向上できる。この反射防止フィルム10は、可撓性のフィルムの光学物品としても、剛性の高いガラス基板やプラスチック基板に貼り付けた光学物品としても提供できる。
【符号の説明】
【0112】
1 フィルム基材、 2 ハードコート層、 3 反射防止層
4 防汚層、 5 粘着層
10 反射防止フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可撓性の光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を有する光学物品の製造方法であって、
前記反射防止層に含まれる第1の層であって、表層が低抵抗な前記第1の層を形成することを有し、
前記第1の層を形成することは、イオン化した第1の気体を用いて炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む前記表層を形成することを含み、
前記第1の気体は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含む、光学物品の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含み、
前記表層を形成することは、前記第1の層の表面に前記イオン化した第1の気体を照射することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項3】
請求項1において、前記表層を形成することは、前記イオン化した第1の気体をアシストイオンまたはスパッタイオンとし、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成する遷移金属またはその酸化物を蒸着源として、前記表層を成膜することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、前記反射防止層は多層膜であり、
さらに、前記第1の層に重ねて前記多層膜の他の層を形成することを有する、光学物品の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、さらに、前記光学基材の前記反射防止層と反対側の面に粘着性の層を形成することを有する、光学物品の製造方法。
【請求項6】
可撓性の光学基材と、
前記光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層とを有し、
前記反射防止層は、表層が低抵抗な第1の層を含み、
前記第1の層の前記表層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含む第1の化合物群に含まれる少なくとも1種を含む第1の気体であって、イオン化された前記気体を用い、炭素、シリコンおよびゲルマニウムのいずれかを含むように形成されたものである、光学物品。
【請求項7】
請求項6において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層、または前記遷移金属の酸化物を含む層である、光学物品。
【請求項8】
請求項6または7において、前記表層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと遷移金属との化合物を含む、光学物品。
【請求項9】
請求項6ないし8のいずれかにおいて、前記反射防止層は多層膜であり、前記第1の層は、前記多層膜を構成する1つの層である、光学物品。
【請求項10】
請求項6ないし9のいずれかにおいて、さらに、前記光学基材の前記反射防止層と反対側の面に形成された粘着性の層を有する、光学物品。
【請求項11】
請求項10において、さらに、前記粘着性の層により前記光学基材が貼り付けられた基板を有する、光学物品。
【請求項12】
請求項6ないし11に記載の光学物品と、
前記光学物品を介して光を入力および/または出力する光学装置とを有する、システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−145443(P2011−145443A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5653(P2010−5653)
【出願日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】