説明

光触媒酸化チタン膜の高速成膜方法

【課題】
光触媒性能を有する酸化チタン膜を基板を加熱せずに高速成膜できる技術を提供する。
【解決手段】
第1、第2のチタンターゲット121、122に逆位相の交流電圧を印加し、チタンの発光光(500nm)の強度が15%以上20%以下の範囲になるように酸素ガスの流量を制御すると、加熱しなくても光触媒性能を有する酸化チタン膜を高速成膜することができる。交流電圧の周波数は10kHz〜100kHz、

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチタン膜を成膜する技術にかかり、特に、光触媒酸化チタン膜を高速に成膜する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光触媒酸化チタン膜をスパッタリング方法によって成膜すると、大面積に均一な膜厚の酸化チタン膜を形成することができる。また、スパッタリング方法を用いた場合には、下地に設ける活性遮断層や、酸化チタン膜の表面に設ける酸化ケイ素等の親水性薄膜を同じ真空槽内で形成することができる。また、高反射膜や低反射膜も自在に形成することができる。
【0003】
とくに、特開2003−1119号公報に記載されたように、スパッタリング条件をコントロールすることで基板を加熱せずにアナターゼ型光触媒酸化チタン膜が形成されている。これにより、不可能とされてきたプラスチック等の耐熱性に劣る基板上にも光触媒層の形成が可能になる。しかし、その方法では成膜速度が遅く(2nm/分程度)、高コストである。
【0004】
低コストの高速成膜手法としては、例えば特開2003−49265号公報に記載された技術があり、デュアルマグネトロンスパッタリング法とプラズマエミッションモニタリング(PEM)制御を組合わせることで高速成膜を達成している。
【0005】
しかし、この方法は12〜28nm/分と高速ではあるものの、300℃〜600℃の加熱処理を行って光分解活性や超親水性等の光触媒性能を得ており、基板加熱を行わない場合には光触媒性能も示されない。このため、同方法ではプラスチックス等の耐熱性に劣る基材への成膜はできない。
【特許文献1】特開2003−1119号公報
【特許文献2】特開2003−49265号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
光触媒性能を有する酸化チタン膜を基板を加熱せずに高速成膜できる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
スパッタリング法により酸化チタン膜を形成する際、金属チタンのシングルカソードを用いた直流スパッタ、高周波スパッタがあるが、これらは成膜速度が遅くなる。これは、スパッタリングガスとして通常アルゴンを用い、それに酸素ガスを添加することで、金属チタンから酸化チタン膜を生成させているが、酸素ガスを添加することにより金属チタンターゲットの表面が酸化され、スパッタリング効率が極端に低下するためである。
【0008】
この対策として2枚のチタンターゲットに10〜100kHz程度の中周波電力を加え、片方のターゲットがスパッタリングされている時、反対側のカソードに逆バイアスをかけることで、ターゲット表面の帯電を除去し、リアクティブスパッタリングの安定化を実現する技術がある(デュアルマグネトロンスパッタリング法)。
【0009】
このとき、導入する酸素ガスの分量を精密にコントロールすることで、高速成膜しながら、且つ異常放電を防止することができる。
【0010】
また、得られる膜の組成は導入する酸素ガスの割合に敏感であり、酸素ガス導入量が少ない場合には、得られる膜は金属チタンに近づき、光触媒性能が得られなくなる。
他方、酸素ガス導入量が多い場合には、酸化チタン薄膜は得られるものの、成膜速度が遅すぎる。
【0011】
上記課題を解決するため、本願請求項1記載の発明は、真空槽内に第1、第2のチタンターゲットを配置し、前記真空槽内にスパッタリングガスと酸素ガスを導入し、前記真空槽内を大気圧よりも低くした状態で成膜対象の基板と前記第1、第2のチタンターゲットとを相対移動させ、前記第1、第2のチタンターゲットに同じ周波数で180°異なる位相の交流電圧を印加してプラズマを生成し、前記第1、第2のチタンターゲットを交互にスパッタリングし、前記第1のチタンターゲットからのスパッタリング粒子と酸素の反応生成物と、前記第2のターゲットからのスパッタリング粒子と酸素の反応生成物を交互に堆積させ、前記基板表面に酸化チタン膜を形成する酸化チタン膜製造方法であって、前記酸素ガスを導入しないときの前記プラズマ中の波長500nmのチタンの発光光の強度を予め測定しておき、その値を100%としたときに前記チタンの発光光の光強度が15%以上25%以下になるように流量制御しながら前記酸素ガスを導入し、前記第1、第2のターゲットへ交流電圧を印加する酸化チタン膜製造方法である。
請求項2記載の発明は、前記第1、第2のチタンターゲットへの投入電力密度を3.2W/cm2以上6.4W/cm2にする請求項1記載の酸化チタン膜製造方法である。
請求項3記載の発明は、前記交流電圧の周波数は10kHz以上100kHz以下にされた請求項1又は請求項2のいずれか1項記載の酸化チタン膜製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
加熱せずに光分解活性や親水性を有する酸化チタン膜が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1の符号10は、本発明方法を適用できる成膜装置を示している。
この成膜装置10は、真空槽11を有しており、該真空槽11の内部には、第1、第2のチタンターゲット121、122が配置されている。第1、第2のチタンターゲット121、122はチタンを主成分としており、ここでは純度99%以上の金属チタンターゲットである。第1、第2のチタンターゲット121、122の片面は、スパッタリングされるスパッタ面である。
【0014】
真空槽11の外部には、スパッタリング電源21が配置されており、第1、第2のチタンターゲット121、122に10kHz〜100kHzの周波数の交流電圧を印加できるように構成されている。第1、第2のチタンターゲット121、122に印加される交流電圧の位相は互いに逆相であり、180°ずれている。従って、一方が正のピーク電圧が印加されるとき、他方には負のピーク電圧が印加される。
【0015】
真空槽11には、真空排気系22と、ガス導入系23が接続されている。
ガス導入系23は、スパッタリングガスボンベ32aと酸素ガスボンベ32bを有しており、各ボンベ32a、32bは流量制御装置33a、33bを介して、真空槽11に接続されており、各ボンベ32a、32bに充填されたスパッタリングガスと酸素ガスを流量制御しながら真空槽11の内部に導入できるように構成されている。
【0016】
第1、第2のチタンターゲット121、122はスパッタリングされるスパッタ面が同じ方向を向けられており、真空槽11の入口35から搬入された基板15は、第1、第2のチタンターゲット121、122のスパッタ面と対面しながら真空槽11内を走行し、出口36から搬出されるように構成されている。
【0017】
スパッタリングを行う場合、真空排気系22によって真空槽11内を予め真空排気しておき、ガス導入系23からスパッタリングガスと酸素ガスを導入し、第1、第2のチタンターゲット121、122に交流電圧を印加すると、第1、第2のチタンターゲット121、122のスパッタ面は、負電圧が印加される間はスパッタリングされ、正電圧が印加される間はアノードとなり、ターゲット表面の帯電が除去される。
【0018】
第1、第2のチタンターゲット121、122に印加される交流電圧は互いに逆相であるから、第1のチタンターゲット121に負電圧が印加され、スパッタリングされている間は第2のチタンターゲット122には正電圧が印加され、第2のチタンターゲット122は正電圧が印加される間はアノードとなりターゲット表面の帯電が除去される。
【0019】
逆に、第1のチタンターゲット121がエッチングされている間は、第2のチタンターゲット122はスパッタリングされている。
従って、第1のチタンターゲット121と第2のチタンターゲット122は交互にスパッタリングされる。
【0020】
第1、第2のチタンターゲット121、122がスパッタリングされると、チタンの原子やその集合物が真空槽11内に放出される。
スパッタリングの際、真空槽11内に搬入された基板15は、第1のチタンターゲット121と対面する位置と、第1のチタンターゲット122と対面する位置とをこの順序で通過する。
【0021】
その移動中は、第1のチタンターゲット121から放出されるスパッタリング粒子と第2のチタンターゲット122から放出されるスパッタリング粒子の両方が基板15に到達できるにようにされており、第1及び第2のチタンターゲット121、122から放出され、基板15表面に到達したチタンの原子やその集合物は、基板15表面で酸素ガスと反応し、酸化チタンが生成される。
【0022】
基板15の表面には、第1、第2のチタンターゲット121、122から交互にチタン原子やその集合物が供給されるため、第1のチタンターゲット121によって形成される酸化チタン薄膜と第2のチタンターゲット122によって形成される酸化チタン薄膜が交互に積層される。
【0023】
第1、第2のターゲット121、122のスパッタリング中は、第1、第2のチタンターゲット121、122から放出されたチタンの原子にはプラズマ化されているものがあり、外殻電子の落ち込みにより特有の色に発光する。
【0024】
真空槽11の内部には、プラズマの発光光を受光する受光装置13が配置されている。該受光装置13は、真空槽11の外部に配置された制御装置20に接続されており、受光装置13に入射した特定波長の光の強度に応じた電圧値の信号を制御装置20に出力するように構成されている。
プラズマ中でのチタンの発光光の波長は500nmであり、受光装置13は波長500nmの光の受光強度を示す電圧の信号を制御装置20に出力する。
【0025】
真空槽11内の酸素ガスの分圧が大きくなると、チタンのスパッタ率は低下し、チタンの発光光の強度は減少し、酸素ガスの分圧が小さくなると、チタンのスパッタ率は増加し、チタンの発光光の強度は増加する。
【0026】
制御装置20には、基準電圧が予め設定されており、受光装置13から入力される信号の電圧を予め設定された基準電圧と比較し、波長500nmの光の強度を示す信号電圧が基準電圧よりも高い場合には酸素ガスを増加させてチタンのスパッタ率を低下させる。逆に、波長500nmの光の強度を示す信号電圧が設定電圧よりも低い場合には、酸素ガスを減少させ、スパッタ率を増加させる。
その結果、プラズマ中に含まれるチタンの割合は常に一定値に保たれる。
【0027】
酸素ガスを導入せず、スパッタリングガスだけを導入して第1、第2のチタンターゲット121、122をスパッタリングしたときの波長500nmの光の強度は予め測定されており、受光装置13の信号電圧は、その場合の光を受光したときに10Vの大きさになるように設定されている。
【0028】
それに対し、制御装置13の基準電圧は2.0Vに設定されており、酸素ガスを導入しないときの値の20%の大きさであり、プラズマ中に含まれるチタンの割合が20%になったときに、受光装置13の信号電圧は2Vになる。
【0029】
制御装置20には、スパッタリング電源21と、酸素ガスの流量制御装置33bも接続されており、第1、第2のチタンターゲット121、122への投入電力や、真空槽11内に導入される酸素ガスの流量は、制御装置20によって変更できるように構成されている。
【0030】
制御装置20により、受光装置13が出力する信号電圧は基準電圧と比較され、出力電圧が基準電圧と等しくなるように酸素ガスの導入量が増減される。
即ち、所定の投入電力でスパッタリングガスだけを導入したときのチタンの発光光の強度を100%とすると、同じ投入電力でスパッタリングガスに加えて酸素ガスを導入したときのチタンの発光光の強度が20%になるように、酸素ガスの導入量が制御される。
【0031】
第1、第2のチタンターゲット121、122への印加電圧の周波数を40kHzにし、チタンの発光光の強度が20%になるように制御しながら、下記条件でスパッタリングを行った。基板とターゲットの間の距離は150mmである。スパッタリング中は基板15は加熱しない。また、酸化チタン薄膜が形成された後も加熱せず、後述する図2〜図5の各測定は、加熱処理をされていない酸化チタン膜を測定対象とした。
【0032】
【表1】

【0033】
各条件で形成した酸化チタン膜表面にメチレンブルー水溶液を接触させながら紫外線を照射して、波長644nmの光の透過率の変化を測定した。
紫外線強度は1mW/cm2、メチレンブルー水溶液の濃度は0.01mmol/l、用いたメチレンブルー水溶液の量は20cc、サンプルサイズは75mm×25mmである。
紫外線照射時間と透過率の関係を図2のグラフに示す。上記各条件で形成した酸化チタン膜は光触媒性能を有している。
【0034】
次に、各サンプル表面に純粋を接触させた状態で紫外線を照射した後の接触角を測定した。紫外線照射強度は1mW/cm2、照射時間は16時間である。
投入電力と接触角の関係を図3のグラフに示す。接触角90°以上を撥水性、90°〜10°が親水性、10°以下は超親水性と呼ばれており、6°〜7°になっているから明らかに超親水性が示されている。
【0035】
次に、表1の投入電力5kWの条件で、膜厚が異なる酸化チタン膜を5種類形成し、メチレンブルー水溶液を接触させた状態で紫外線を照射して波長644nmの光の透過率を測定した。紫外線強度は1mW/cm2、メチレンブルー水溶液の濃度は0.01mmol/l、用いたメチレンブルー水溶液の量は20cc、サンプルサイズは75mm×25mmである。
【0036】
紫外線照射時間と透過率の関係を図4のグラフに示す。図中、0nmは、酸化チタン膜が形成されていないガラス基板の表面にメチレンブルー水溶液を接触させながら紫外線を照射した場合である。膜厚が厚い方が分解能力が高いことが分かる。
【0037】
次に、投入電力5kWで形成した上記5種類の膜に純水を接触させ、紫外線を照射した後の接触角を測定した。紫外線照射強度は1mW/cm2、照射時間は16時間である。
膜厚と接触角の関係を図5のグラフに示す。全ての酸化チタン膜の接触角が6°〜7°であり、超親水性となっている。
【0038】
以上は、スパッタリング中のチタンの発光光の強度が、酸素ガスを導入しないときのチタンの発光光の強度の20%になるように酸素ガス導入量を制御したが、本発明は20%に限定されるものではなく、20%よりも小さい値の場合や20%よりも大きい値の場合も加熱なしで光分解活性や超親水性等の光触媒性能を有する酸化チタン膜が形成されている。
【0039】
ただし、15%未満の場合や25%を超える場合は、酸素ガスが過剰なため成膜速度が低下したり、又は放電が安定しなくなるため15%以上25%以下の範囲が好ましい。
【0040】
また、上記は40kHzの周波数の交流電圧を第1、第2のチタンターゲット121、122に印加したが、10kHz以上100kHz以下であれば、正電圧が印加されている間に第1、第2のターゲット121、122表面が帯電除去され、酸化物の安定成膜が可能である。
【0041】
スパッタリングガス圧力としては、表1に記載した圧力範囲よりも広く、6mtorr以上30mtorr以下の範囲で加熱なしで光分解活性や超親水性等の光触媒性能を有する酸化チタン膜が形成されると予想される。
【0042】
また、上記各例ではスパッタリングガスにアルゴンガスを用いたが、他の希ガスも用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明を実施できる成膜装置の一例
【図2】紫外線照射時間と透過率の関係を示すグラフ
【図3】投入電力と接触角の関係を示すグラフ
【図4】紫外線照射時間と透過率の関係を示すグラフ
【図5】膜厚と接触角の関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0044】
11……真空槽
121、122……第1、第2のチタンターゲット
15……基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内に第1、第2のチタンターゲットを配置し、
前記真空槽内にスパッタリングガスと酸素ガスを導入し、前記真空槽内を大気圧よりも低くした状態で
成膜対象の基板と前記第1、第2のチタンターゲットとを相対移動させ、
前記第1、第2のチタンターゲットに同じ周波数で180°異なる位相の交流電圧を印加してプラズマを生成し、前記第1、第2のチタンターゲットを交互にスパッタリングし、前記第1のチタンターゲットからのスパッタリング粒子と酸素の反応生成物と、前記第2のターゲットからのスパッタリング粒子と酸素の反応生成物を交互に堆積させ、前記基板表面に酸化チタン膜を形成する酸化チタン膜製造方法であって、
前記酸素ガスを導入しないときの前記プラズマ中の波長500nmのチタンの発光光の強度を予め測定しておき、その値を100%としたときに前記チタンの発光光の光強度が15%以上25%以下になるように流量制御しながら前記酸素ガスを導入し、
前記第1、第2のターゲットへ交流電圧を印加する酸化チタン膜製造方法。
【請求項2】
前記第1、第2のチタンターゲットへの投入電力密度を3.2W/cm2以上6.4W/cm2にする請求項1記載の酸化チタン膜製造方法。
【請求項3】
前記交流電圧の周波数は10kHz以上100kHz以下にされた請求項1又は請求項2のいずれか1項記載の酸化チタン膜製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−130425(P2006−130425A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−323117(P2004−323117)
【出願日】平成16年11月8日(2004.11.8)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【出願人】(390005267)YKK AP株式会社 (776)
【Fターム(参考)】