説明

共振抑制装置及び共振抑制方法

【課題】ノッチフィルタの中心周波数を良好に調整する。
【解決手段】共振抑制装置は、制御系の共振を抑制するために当該制御系に設けられているノッチフィルタ12と、ノッチフィルタ12の中心周波数を更新する中心周波数演算部17と、中心周波数演算部17への入力信号の帯域を制限するための振動成分抽出部14であって、その通過帯域が中心周波数に連動して設定される第1のフィルタを含む振動成分抽出部14と、を備える。通過帯域は中心周波数の修正量が基準を下回る場合に中心周波数に連動して設定されてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノッチフィルタを用いる共振抑制装置及び共振抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、掃引正弦波信号を電動機制御系に入力し、検出手段の信号の絶対値が最大となる掃引正弦波信号の周波数を共振周波数とする電動機制御装置の共振周波数検出装置が記載されている。特許文献2には、検出速度または検出位置を方向フィルタ及び第2ノッチフィルタのそれぞれによりフィルタ処理をして、方向フィルタの出力と第2ノッチフィルタの出力との積に応じて第1ノッチフィルタのノッチ中心周波数を修正することが記載されている。検出速度がハイパスフィルタに入力され、その出力が方向フィルタ及び第2ノッチフィルタに入力される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−134868号公報
【特許文献2】特開2004−274976号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ノッチフィルタの中心周波数は例えば、修正の基礎となる入力信号から抑制されるべき振動成分を見出して、その振動成分に中心周波数を一致させるように修正される。入力信号の帯域を制限することで演算負荷を小さくし得るが、抑制すべき振動成分が入力信号に含まれることをより確実にするためには、帯域を過度に制限することは必ずしも現実的ではない。そのため、例えば制御帯域のみを除いた入力信号が使用される。そうすると、入力信号には所望の振動成分に加えて、それよりも高次の固有振動成分や高周波のノイズ等が含まれて、これらは安定的なノッチ周波数の調整に影響を与えるおそれがある。
【0005】
そこで、本発明は、ノッチフィルタ中心周波数調整のための入力信号の帯域制限と良好な調整との両立を実現し得る共振抑制装置及び共振抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様の共振抑制装置は、制御系の共振を抑制するために当該制御系に設けられているノッチフィルタと、前記ノッチフィルタの中心周波数を更新する中心周波数演算部と、前記中心周波数演算部への入力信号の帯域を制限するためのプリフィルタであって、その通過帯域が前記中心周波数に連動して設定される第1のフィルタを含むプリフィルタと、を備える。
【0007】
この態様によれば、中心周波数演算部への入力信号の帯域を制限するためのプリフィルタの通過帯域がノッチフィルタの中心周波数に応じて設定される。既存のノッチフィルタ中心周波数は抑制すべき振動成分またはその近傍にあることが期待される。よって、中心周波数に連動させることにより、プリフィルタの通過帯域を比較的狭く制限しつつ抑制すべき振動成分を含めることができる。このようにして、抑制すべき振動成分以外の成分を中心周波数演算部への入力信号からなるべく排除し、安定的な調整を実現することが可能となる。
【0008】
本発明の別の態様は共振抑制方法である。この方法は、制御系の共振を抑制するために当該制御系に設けられ、中心周波数が調整可能であるノッチフィルタを使用して当該制御系の共振を抑制する共振抑制方法であって、前記中心周波数の調整に用いられる入力信号の帯域を制限することを含み、その帯域を前記中心周波数に連動させている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ノッチフィルタの中心周波数を良好に調整することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施形態に係る適応ノッチフィルタの構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の一実施例に係るプリフィルタの構成を示す図である。
【図3】本発明の一実施例に係るプリフィルタの設定処理の一例を説明するためのフローチャートである。
【図4】本発明の他の一実施例に係るプリフィルタの構成を示す図である。
【図5】本発明の他の一実施例に係るプリフィルタの構成を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態に係るノッチフィルタの周波数特性の例を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態に係るピークフィルタの周波数特性の例を示す図である。
【図8】本発明の一実施形態に係るノッチ中心周波数ωと係数kとの関係を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態に係るノッチ中心周波数ωの修正の原理を周波数特性として示す図である。
【図10】位相差フィルタにピークフィルタを用いる実施例の中心周波数修正量の平均値を示す図である。
【図11】位相差フィルタに全域通過フィルタを用いる実施例の中心周波数修正量の平均値を示す図である。
【図12】本発明の一実施形態に係る共振抑制装置のシステム構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は、本発明の一実施形態に係る適応ノッチフィルタ10の構成を示すブロック図である。適応ノッチフィルタ10は例えば、任意の制御系における共振を抑制するためにその制御系に組み込まれて使用される。適応ノッチフィルタ10は、ノッチフィルタ12とフィルタ係数調整部13とを含んで構成されている。ノッチフィルタ12は、例えば図6に示される周波数特性を有する公知のフィルタである。ノッチフィルタ12は、中心周波数ωにおいて振幅ゲインに最小値を有しており、中心周波数ωの周波数成分を入力信号τから除去して出力信号τを出力する。ノッチフィルタ12は、複数の周波数成分を除去するよう構成されていてもよく、例えば直列に接続された複数のノッチフィルタを含んでもよい。
【0012】
ノッチフィルタ12への入力信号τは例えば、ノッチフィルタ12が適用される制御対象への制御指令である。入力信号τは、当該制御対象からの出力の検出値と所望の目標指令値との誤差に基づき生成されていてもよい。入力信号τは目標指令であってもよい。入力信号τは、当該制御対象からの観測量(例えば、位置、速度、加速度など)であってもよい。ノッチフィルタ12の出力信号τは、当該制御対象への制御入力として使用されてもよい。ノッチフィルタ12のフィルタ係数は、当該制御対象の固有振動数成分を入力信号τから除去するよう調整されている。そのために、ノッチフィルタ12の中心周波数ωは当該制御対象のいずれかの固有振動数成分に一致するよう調整される。
【0013】
フィルタ係数調整部13は、ノッチフィルタ12のフィルタ係数を参照信号rに基づいて修正する。参照信号rは、ノッチフィルタ12が適用される制御対象への制御指令であってもよいし、当該制御対象からの観測量であってもよい。フィルタ係数調整部13は、制御対象の振動により生じた騒音から生成した参照信号rを用いてもよい。そのために、制御対象が発する音を分析して参照信号rを生成する参照信号生成部を設けてもよい。制御対象が発する音を集音して参照信号生成部に供給するためのマイク等の集音器を設けてもよい。このように、フィルタ係数調整部13は、制御対象の振動成分を抽出することのできるいかなる信号を参照信号rとして用いてもよい。
【0014】
フィルタ係数調整部13は、ノッチフィルタ12の中心周波数ωを調整するための中心周波数演算部17を含んで構成されている。この場合中心周波数演算部17は、位相差フィルタ16と、修正演算部18と、を含んでもよく、これらの詳細については後述する。一実施例においては、中心周波数演算部17は、中心周波数ωの現在値にピークをもつピークフィルタを含み、そのピークフィルタを入力信号に作用させて得られる出力信号と入力信号との積に基づいて中心周波数の修正量Δωを演算する。あるいは、中心周波数演算部17は、ピークフィルタの代わりに全域通過フィルタを用いる方法や、特許文献2に記載の方法等、その他の任意の方法で入力信号から中心周波数を演算してもよい。中心周波数演算部17は、中心周波数ωだけではなく、中心周波数ω以外のノッチフィルタ12の係数(例えばノッチ幅やノッチ深さ)を併せて調整してもよい。
【0015】
フィルタ係数調整部13はさらに、中心周波数演算部17への入力信号の帯域を制限するための振動成分抽出部14と、振動成分抽出部14により抽出される帯域を設定するための帯域設定部15と、を含んで構成されている。振動成分抽出部14は、ノッチ中心周波数ωの修正に不要な周波数成分を参照信号rから除去するために設けられている。振動成分抽出部14は、参照信号rを入力として、ノッチフィルタ12により除去すべき周波数成分を含む帯域を含む信号uを出力する。信号uは好ましくは、ノッチフィルタ12により除去すべき周波数成分のみを含む。すなわち、振動成分抽出部14は、ノッチフィルタ12により除去すべき周波数成分を参照信号rから抽出する。
【0016】
ここで、ノッチ中心周波数ωの修正に不要な周波数成分には、中心周波数ωよりも低い周波数領域の周波数成分が含まれる。一般に、参照信号rにおいては、直流成分(言い換えれば0Hzの周波数成分)や、目標指令の主要な周波数成分等の中心周波数ωよりも低域の周波数成分が大きな振幅を有していることが多い。一実施例に係る中心周波数修正方法は現在の中心周波数の近傍で振幅の大きい周波数成分に中心周波数を一致させようとするものである。この場合、参照信号r中の振幅の大きい低域成分に影響されて、中心周波数ωが制御対象の固有振動数成分よりもやや低めに修正される傾向がある。よって、振動成分抽出部14は例えば、制御周波数帯域よりも高い周波数領域を通過帯域とするハイパスフィルタを含むことが好ましい。
【0017】
また、振動成分抽出部14は、中心周波数ωよりも高い周波数領域に含まれる周波数成分(例えば、共振とは無関係のノイズ)を除去するように構成されていてもよい。この場合、振動成分抽出部14は、中心周波数ωとその近傍の周波数成分を含む周波数領域を通過帯域とするバンドパスフィルタを含んでもよい。
【0018】
本発明の一実施形態においては、帯域設定部15は、振動成分抽出部14により抽出される帯域を、ノッチフィルタ12の中心周波数ωに連動して設定する。一実施例においては後述のように、帯域設定部15は、ノッチフィルタ12の中心周波数ωとその修正量Δωに基づいて振動成分抽出部14を調整する。振動成分抽出部14は、中心周波数ωに連動して通過帯域が設定されるバンドパスフィルタまたはハイパスフィルタを含む。言い換えれば、振動成分抽出部14は、中心周波数ωに応じて設定される通過帯域をもつ可変の帯域通過フィルタを含む。なお以下では、振動成分抽出部14をプリフィルタ14とも称する。
【0019】
図2は、本発明の一実施例に係るプリフィルタ14の構成を示す図である。プリフィルタ14は、通過帯域が可変の帯域通過フィルタである第1フィルタ30を含む。また、プリフィルタ14は、入力に第1フィルタ30を作用させる経路と作用させない経路とを選択的に切り換えるためのスイッチ32をさらに含む。なお図2には、スイッチ32が第1フィルタ30を選択している状態を示している。上述のように、プリフィルタ14への入力は例えば参照信号rであり、プリフィルタ14の出力は中心周波数演算部17への入力信号uである。スイッチ32は、例えば帯域設定部15により、中心周波数ωの修正量Δωに基づいて切り換えられる。
【0020】
図3は、本発明の一実施例に係るプリフィルタ14の設定処理の一例を説明するためのフローチャートである。この処理においては、帯域設定部15は、中心周波数ωの修正量Δωが基準を下回る場合にプリフィルタ14の通過帯域を中心周波数ωに連動して設定する。この設定処理は帯域設定部15により、例えば中心周波数ωの更新処理が実行されているときに所定の周期で繰り返し実行される。
【0021】
図3に示されるように、帯域設定部15は、中心周波数ωの修正量Δωが基準を下回るか否かを判定する(S10)。具体的には例えば、修正量Δωの絶対値が所定の判定基準値よりも小さいか否かを判定する。抑制すべき振動成分から中心周波数ωが離れている場合には修正量Δωが比較的大きくなり、抑制すべき振動成分に中心周波数ωが近づくにつれて修正量Δωは小さくなっていくと考えられる。よって、判定基準値を例えば経験的または実験的方法により適切に設定して修正量Δωとその基準値とを比較することにより、中心周波数ωが抑制すべき振動成分の近傍にあるか否かを推測することができる。
【0022】
修正量Δωが基準を上回ると判定された場合には(S10のN)、帯域設定部15は、第1フィルタ30を不使用とするようスイッチ32を切り換える(S12)。図2に示す例で言えば、スイッチ32は下側の経路に切り換えられ、参照信号rがプリフィルタ14の出力としてそのまま中心周波数演算部17に入力される。後述の図4及び図5に示す例においては、通過帯域が固定の第2フィルタ34側にスイッチ32が切り換えられ、参照信号rに第2フィルタ34を作用させて得られた出力が中心周波数演算部17に入力される。
【0023】
修正量Δωが基準を下回ると判定された場合には(S10のY)、帯域設定部15は、第1フィルタ30側にスイッチ32を切り換える(S14)。それとともに、帯域設定部15は、第1フィルタ30の通過帯域を中心周波数ωに連動して設定する(S16)。なお、図3に示す処理においては第1フィルタ30の使用時に通過帯域を設定するようにしているが、帯域設定部15は、修正量Δωと判定基準との比較結果にかかわらず毎回の制御周期で第1フィルタ30の通過帯域を中心周波数ωに連動して演算してもよい。
【0024】
一実施例においては、帯域設定部15は、第1フィルタ30の上側及び下側のカットオフ周波数をそれぞれ中心周波数ωに基づき設定する。これらのカットオフ周波数により定められる通過帯域に中心周波数ωが含まれるように、帯域設定部15は、第1フィルタ30のカットオフ周波数を設定する。その結果、プリフィルタ14は第1フィルタ30で入力信号を処理し、帯域の制限された信号を中心周波数演算部17に出力する。
【0025】
帯域設定部15は、例えば、上側及び下側のカットオフ周波数をそれぞれ中心周波数ωに比例する値に設定してもよい。また、帯域設定部15は、中心周波数ωを通過帯域の中心とするように上側及び下側のカットオフ周波数を設定してもよい。この場合例えば、帯域設定部15は、上側のカットオフ周波数をn×ωに設定し、下側のカットオフ周波数を(1/n)×ωに設定してもよい。nは正の整数であり、好ましくは例えばn=2である。
【0026】
上記の設定処理においては修正量Δωが基準を下回るか否かを毎回の制御周期で判定することにより、修正量Δωがその基準を下回っている間に限ってプリフィルタ14の通過帯域をノッチフィルタ12の中心周波数ωに連動させている。つまり修正量Δωが基準を上回ったときはプリフィルタ14は解除される。こうして、抑制すべき振動成分にノッチフィルタ中心周波数が収束しつつあるときにプリフィルタ14によってその近傍の帯域に入力信号を制限し、良好な調整を実現することができる。
【0027】
なお、これとは異なり、修正量Δωが一旦基準を下回った場合にはそれ以降継続的にプリフィルタ14の通過帯域をノッチフィルタ12の中心周波数ωに連動させるようにしてもよい。このようにすれば、設定処理がより単純となる。
【0028】
プリフィルタ14の通過帯域は、ノッチフィルタ12の中心周波数ωが変化するたびに必ずしも変更されなくてもよい。例えば、帯域設定部15は、プリフィルタ14の前回の調整時点におけるノッチフィルタ12の中心周波数ωの値と現在の値との差があるしきい値を超えて大きくなるまでは変更せず、そのように大きくなったときに、プリフィルタ14の通過帯域を中心周波数ωの現在値に連動させてプリフィルタ14を調整してもよい。
【0029】
図2及び図3に示す実施例においてはスイッチ32を明示しこれを切り換えるようにしているが、本発明の一実施例に係るプリフィルタ14はそのようなスイッチ32を必ずしも含まなくてもよい。例えば、プリフィルタ14は通過帯域が可変の単一の帯域通過フィルタとして構成され、第1の場合には通過帯域を中心周波数ωの現在値に連動させ、第2の場合には通過帯域を予め設定されている固定値とするようにしてもよい。第1の場合は修正量Δωが基準を下回っている場合であり、第2の場合は修正量Δωが基準を上回っている場合であってもよい。
【0030】
他の一実施例においては、プリフィルタ14は少なくとも2つのフィルタを含んでもよい。プリフィルタ14は第1フィルタ30に加えて、通過帯域が中心周波数ωとは独立に設定されている第2のフィルタを含んでもよい。第2のフィルタは、通過帯域が固定されているバンドパスフィルタまたはハイパスフィルタであってもよい。この場合、プリフィルタ14は、中心周波数ωの修正量Δωが基準を下回る場合には第1及び第2のフィルタを入力信号に作用させ、中心周波数ωの修正量Δωが基準を上回る場合には第2のフィルタを入力信号に作用させるよう構成されていてもよい。
【0031】
図4は、本発明の他の一実施例に係るプリフィルタ14の構成を示す図である。図4に示すプリフィルタ14は図2に示す例と同様に、第1フィルタ30及びスイッチ32を含む。プリフィルタ14は第2フィルタ34をさらに含む。第2フィルタ34は通過帯域が固定されているバンドパスフィルタまたはハイパスフィルタであり、スイッチ32の上流側に設けられている。なお第2フィルタ34は信号uに作用するよう第1フィルタ30の下流側に設けられていてもよい。第1フィルタ30と第2フィルタ34とは直列に配列されている。第2フィルタ34は上述のように、制御周波数帯域よりも高い周波数領域を通過帯域とするハイパスフィルタであってもよいし、そのハイパスフィルタに高周波ノイズを除去するためのローパスフィルタを付加したバンドパスフィルタであってもよい。
【0032】
図4に示すプリフィルタ14によれば、スイッチ32が第1フィルタ30を選択した場合には参照信号rに第1フィルタ30及び第2フィルタ34を作用させて得られた信号uが中心周波数演算部17に入力される。一方、スイッチ32が第1フィルタ30を選択していない場合には参照信号rに第2フィルタ34を作用させて得られた信号uが中心周波数演算部17に入力される。スイッチ32は、図3に示す処理と同様に、中心周波数ωの修正量Δωが基準を下回るか否かによって切り換えられる。
【0033】
図5は、本発明の他の一実施例に係るプリフィルタ14の構成を示す図である。プリフィルタ14は図4に示す例と同様に、第1フィルタ30、スイッチ32、及び第2フィルタを含む。ただし、図4に示す例とは異なり、図5に示すプリフィルタ14においては第1フィルタ30と第2フィルタ34とが並列に設けられている。すなわち、スイッチ32の切り換えにより、第1フィルタ30と第2フィルタ34のいずれか一方が選択されるよう構成されている。よって、参照信号rに第1フィルタ30または第2フィルタ34を作用させて得られた信号uが中心周波数演算部17に入力される。スイッチ32は、図3に示す処理と同様に、中心周波数ωの修正量Δωが基準を下回るか否かによって切り換えられる。図5に示す実施例によれば、図4に示すように2つの直列のフィルタを信号に作用させる場合に比べて計算量を少なくすることができる。
【0034】
一実施例においては、第1フィルタ30は、直列に接続されているハイパスフィルタとローパスフィルタを含んでもよい。この場合、ハイパスフィルタ及びローパスフィルタの両方のカットオフ周波数が中心周波数ωに連動して設定されてもよいし、いずれか一方のカットオフ周波数が中心周波数ωに連動して設定され他方は固定されていてもよい。例えば、ハイパスフィルタのカットオフ周波数は固定され、ローパスフィルタのカットオフ周波数が中心周波数ωに連動して設定されてもよい。ローパスフィルタのカットオフ周波数はn×ω(好ましくは例えば2ω)に設定されてもよい。ハイパスフィルタは、上述の第2フィルタ34であってもよい。
【0035】
本実施例によれば、中心周波数ωの修正量Δωが判定基準値を下回る場合にプリフィルタ14の通過帯域がノッチフィルタの中心周波数ωに応じて例えば0.5ωから2ωの範囲に設定される。修正量Δωが十分に小さい場合にはノッチフィルタ中心周波数の現在値は抑制すべき振動成分に収束しつつあると考えられる。よって、プリフィルタ14の通過帯域を制限しつつ、その範囲に抑制すべき振動成分を含めることができる。範囲外の振動成分は中心周波数演算部17への入力信号から排除される。これにより、複数の固有振動成分や高周波のノイズが中心周波数調整に及ぼす悪影響を防止または軽減することができる。
【0036】
なお、振動成分抽出部14は、制御対象の入出力特性を表すモデルと目標入力とに基づいて生成される参照信号rに相当する信号と実際の参照信号rとの差を出力する差分演算部であってもよい。この場合、制御対象の入出力特性を表すモデルは、低次の固有振動成分(例えば1次の固有振動数成分のみ)を記述するモデルであってもよい。そうすると、振動成分抽出部14の出力信号は、入力された実際の参照信号rから目標入力及び低次固有振動数成分が除去され、高次の固有振動数成分のみを含むようにすることができる。本発明者の得た知見によれば、中心周波数ωを高次の固有振動数(例えば2次の固有振動数)に一致させたほうが好ましい制御特性を得られることが多い。上述のようにモデルに基づき生成される信号と実際の参照信号rとの差をとることにより、高次の固有振動数成分以外の周波数成分が抑制された信号を簡単に得ることができる。
【0037】
振動成分抽出部14は、上述の可変帯域通過フィルタ、ハイパスフィルタ、バンドパスフィルタ、及び、差分演算部の少なくとも1つを備えるよう構成されていてもよい。逆に、振動成分抽出部14を設けずに、修正演算部18は、参照信号rと参照信号rの位相差フィルタ出力とに基づいてフィルタ係数を修正するようにしてもよい。例えば、中心周波数ωの修正に不要な周波数成分の振幅が小さく修正結果の誤差が小さいと見込まれる場合や、中心周波数ωの修正に不要な周波数成分の振幅が抑制された参照信号rを得られる場合には、振動成分抽出部14を省略してもよい。
【0038】
図1に示されるように、位相差フィルタ16は、振動成分抽出部14の出力信号uを入力として、位相差フィルタ出力信号pを出力する。ここで位相差フィルタ16とは、周波数成分に応じた位相シフトを与えるフィルタをいう。位相差フィルタ16の位相特性は、中心周波数ωを含む局所周波数領域の下限周波数から上限周波数へと入力信号uの周波数が増加するにつれて、出力信号pの位相シフトを第1位相シフトから第2位相シフトへと単調に変化させる。下限周波数よりも低周波数領域においては位相シフトは第1位相シフトに実質的に等しく、上限周波数よりも高周波数領域においては位相シフトは第2位相シフトに実質的に等しい。
【0039】
中心周波数ωの修正を、以下に詳しく述べる中心周波数修正量Δωを用いて行う場合には、位相差フィルタ16の位相特性は、局所周波数領域の下限周波数よりも低周波数領域においては実質的に0度の位相遅れを与え(つまり実質的に位相を遅らせず)、上限周波数よりも高周波数領域においては実質的に180度の位相遅れを与えることが好ましい。位相差フィルタ16の位相特性は、局所周波数領域の下限周波数から上限周波数へと入力信号uの周波数が増加するにつれて、出力信号pの位相遅れが0度から180度へと大きくなっていく。入力信号uの周波数成分が中心周波数ωに等しいときに、出力信号pの位相遅れは90度に等しくなるよう設定されている。
【0040】
好ましい一実施例においては、位相差フィルタ16は、上記の位相特性とともに、局所周波数領域を帯域幅とするゲインピークを中心周波数ωに有する周波数振幅特性を有するピークフィルタであってもよい。この帯域幅(すなわちピーク幅)は、ピークからゲインが所定量(例えば1/√2)減衰する周波数の範囲をいう。ピークフィルタの周波数振幅特性及び周波数位相特性の一例を図7に示す。図7の周波数位相特性に示されるように、位相差フィルタ16は、中心周波数ωにおいて基準位相遅れ(例えば90度)をとり、中心周波数ωの近傍で基準位相遅れよりも十分小さい位相遅れ(例えば0度)から十分大きい位相遅れ(例えば180度)へと変化する位相特性を有する。
【0041】
なお、他の一実施例においては、位相差フィルタ16は上記の位相特性を有する全域通過フィルタであってもよい。全域通過フィルタは全周波数領域においてゲインの値が1である周波数振幅特性を有する。また、位相差フィルタ16は、入力信号uの周波数ωと中心周波数ωとの差に比例して位相遅れを生じさせる位相シフタまたはFIRフィルタであってもよい。
【0042】
修正演算部18は、位相差フィルタ入力信号u及び位相差フィルタ出力信号pに基づいてノッチフィルタ12及び位相差フィルタ16のフィルタ係数を修正する。すなわち、修正演算部18は、ノッチフィルタ12及び位相差フィルタ16の時点nにおけるフィルタ係数を、入力信号u及び出力信号pに基づいて、時点n+1におけるフィルタ係数に更新する。修正演算部18は例えば、次式により中心周波数ωを時点nの値ω[n]を時点n+1の値ω[n+1]に更新する。すなわち、修正演算部18は、中心周波数ωの現在値ω[n]に修正量Δωを加算することにより更新値ω[n+1]を得る。
【0043】
【数1】

【0044】
式1の右辺第2項が中心周波数ωの修正量Δωである。ここで、u[n]及びp[n]はそれぞれ時点nにおける位相差フィルタの入力信号u及び出力信号pを示す。Φ[n]は時点nにおける補正係数である。この補正係数については後述するが、入力信号uの振幅αの影響を緩和するための補正係数である。補正係数Φ[n]は例えば、位相差フィルタ出力信号p[n]の二乗を平滑化したものである。出力信号p[n]は振動成分を含む信号であるから、0または0に近い値をとることがある。よって、補正係数Φ[n]が0または0に近い値となり、中心周波数修正量Δωが過大となることを避けるためには、平滑化処理をすることが好ましい。平滑化処理は例えばローパスフィルタによるものであってもよい。μは、修正量Δωを調整するための修正ゲインである。
【0045】
なお、補正係数は、位相差フィルタ入力信号uの二乗を平滑化したものであってもよい。あるいは、補正係数は、入力信号uと出力信号pとの積puの二乗の平方根であってもよい。この場合、積puの二乗の平方根は平滑化処理がされてもよいし、されなくてもよい。平滑化処理をする場合には、積puの二乗の平方根を平滑化してもよいし、積puの二乗を平滑化して平方根をとってもよいし、出力信号pの二乗及び入力信号uの二乗のそれぞれを平滑化したものの積の平方根をとってもよいし、出力信号pの絶対値及び入力信号uの絶対値のそれぞれを平滑化したものの積であってもよい。
【0046】
修正演算部18は、位相差フィルタ16のフィルタ係数の更新頻度をノッチフィルタ12のフィルタ係数の更新頻度よりも多くしてもよい。例えば、修正演算部18は、位相差フィルタ16のフィルタ係数を毎回の制御周期で逐次更新し、ノッチフィルタ12のフィルタ係数は低頻度に(例えば数回おきの制御周期で)更新してもよい。あるいは、修正演算部18は、制御対象の固有振動数に中心周波数ωが一致したことが確認されてからノッチフィルタ12のフィルタ係数を修正するようにしてもよい。この場合、ノッチフィルタ12は、制御対象からの制御出力を観測することにより、制御対象の固有振動数に中心周波数ωが一致したか否かを判定してもよい。
【0047】
ノッチフィルタ12と位相差フィルタ16の具体例を述べる。位相差フィルタ16の具体例としてピークフィルタを挙げる。図6は、ノッチフィルタの周波数特性の例を示す図である。図7は、ピークフィルタの周波数特性の例を示す図である。ノッチフィルタ12及びピークフィルタがデジタルフィルタである場合には、ノッチフィルタ12の伝達関数G及びピークフィルタの伝達関数Gはそれぞれ式2及び式3で表される。
【0048】
【数2】

【0049】
【数3】

【0050】
ノッチフィルタ12のフィルタ係数は式4で表され、ピークフィルタのフィルタ係数は式5で表される。ここで、ωはノッチフィルタ12の中心周波数である。ζ、ζはそれぞれ中心周波数ωにおけるゲインピークとノッチ幅とを決めるためのパラメタである。Tsはサンプリング時間である。ζは、ピークフィルタのピーク幅を決めるためのパラメタである。
【0051】
【数4】

【0052】
【数5】

【0053】
この具体例の場合、修正演算部18はまず、式1により中心周波数の更新値ω[n+1]を求め、この更新値を用いて式4及び式5の各フィルタ係数を更新する。なお、式5に表されている係数lについては初期値のまま固定して更新しないようにしてもよいし、中心周波数の更新頻度よりも低い更新頻度で更新するようにしてもよい。係数lを更新しない場合には、中心周波数ωの変化によりピークフィルタのピーク幅が変化することになる。係数lの更新頻度を少なくする(あるいは行わない)ことにより、修正演算部18における計算量を小さくすることができる。
【0054】
また、ノッチフィルタ12とピークフィルタの他の例を述べる。ノッチフィルタ12及びピークフィルタがデジタルフィルタであり、かつ中心周波数ωにおけるゲインが−∞dBである場合には、ノッチフィルタ12の伝達関数G及びピークフィルタの伝達関数Gはそれぞれ式6及び式7で表される。なお式7は式3と同一である。各フィルタ係数は、式8で表される。
【0055】
【数6】

【0056】
【数7】

【0057】
【数8】

【0058】
この例においても、修正演算部18はまず、式1により中心周波数の更新値ω[n+1]を求め、この更新値を用いて式8の各フィルタ係数を更新する。なお、式8に表されている係数l、lについては初期値のまま固定して更新しないようにしてもよいし、中心周波数の更新頻度よりも低い更新頻度で更新するようにしてもよい。係数l、lを更新しない場合には、中心周波数ωの変化によりノッチフィルタのノッチ幅及びピークフィルタのピーク幅が変化することになる。係数l、lの更新頻度を少なくする(あるいは行わない)ことにより、修正演算部18における計算量を相当小さくすることができる。
【0059】
なお、係数l、lを中心周波数ωと同様の頻度で逐次更新する場合においては、中心周波数ω(または係数k)に対応する係数l、lのテーブルを予め計算して準備しておくことにより、修正演算部18における計算量を低減することができる。修正演算部18は、記憶部(図示せず)に記憶されているテーブルを参照することにより、中心周波数(または係数k)の更新値に対応する係数l、lを求めることができる。
【0060】
図8は、中心周波数ωと係数kとの関係を示す図である。ここで、サンプリング時間Tsは4msとしている。図示されるように、中心周波数ωが増加するにつれて、係数kは単調に減少する。そこで、式1により中心周波数ωを更新する代わりに、修正演算部18は、次式により係数kを直接更新するようにしてもよい。式9は式1と同様であるが、修正ゲインについては係数kを調整するための修正ゲインμに置き換えられている。
【0061】
【数9】

【0062】
よって、修正演算部18は、位相差フィルタ入力信号u及び位相差フィルタ出力信号pに基づいて係数kを直接修正する。すなわち、修正演算部18は、時点nにおける係数k[n]を、入力信号u及び出力信号pに基づいて、時点n+1における係数k[n+1]に更新する。
【0063】
続いて、本発明の一実施形態における中心周波数ωの修正の原理について説明する。簡単のため、位相差フィルタ16への入力信号uを振幅αで周波数ωの単一周波数成分の正弦波であると仮定する。このとき位相差フィルタ16の入力信号u及び出力信号pは、式10で表される。ここで、位相差フィルタ16の振幅ゲイン及び位相シフトをそれぞれ|G(jω)|及びφ(ω)と表記している。
【0064】
【数10】

【0065】
一実施例においては中心周波数修正量Δωは位相差フィルタ16の入力信号uと出力信号pとの積puに依存するよう定められている。積puの平均値E[pu]は式11で表される。
【0066】
【数11】

【0067】
上述のように、位相差フィルタ16の位相特性は、中心周波数ωを含む局所周波数領域の下限周波数から上限周波数へと入力信号uの周波数が増加するにつれて、出力信号pの位相シフトを第1位相シフトから第2位相シフトへと単調に変化させる。中心周波数ωにおいては、第1位相シフトと第2位相シフトとの間の基準位相シフトをとる。図7に示される例においては、位相差フィルタ16は、中心周波数ωにおいて基準位相遅れ(例えば90度)を与え、中心周波数ωの近傍の低周波数領域では基準位相遅れよりも小さい位相遅れを与え、中心周波数ωの近傍の高周波数領域では基準位相遅れよりも大きい位相遅れを与える位相特性を有する。
【0068】
よって、中心周波数ωにおいて符号決定係数cos(φ(ω))はゼロとなり、入力信号uの周波数ωが中心周波数ωよりも小さい場合に符号決定係数は正の値となり、入力信号uの周波数ωが中心周波数ωよりも大きい場合に符号決定係数は負の値となる。これをまとめると、式12で表される。
【0069】
【数12】

【0070】
したがって、積puの平均値E[pu]は、cos(φ(ω))を符号決定係数として有すると言える。符号決定係数cos(φ(ω))は、位相差フィルタ16の出力信号pの位相シフトφ(ω)に応じて中心周波数修正量Δωの平均値の符号を決定する。式11からわかるように、平均値E[pu]の符号決定係数cos(φ(ω))以外の部分は明らかに正の値であり、周波数成分によらず符号が一定となる符号一定部分である。平均値E[pu]は、符号一定部分と符号決定係数との積で表されている。
【0071】
すなわち、積puの平均値E[pu]の符号は、位相差フィルタ16への入力信号uの周波数ωと中心周波数ωとの大小関係で決まる。入力信号uの周波数ωが中心周波数ωよりも小さければ積puは正の値となり、入力信号uの周波数ωが中心周波数ωよりも大きければ積puは負の値となる。したがって、式13に表されるように、積puを中心周波数修正量とする漸化式を用いて中心周波数ωを更新することにより、ノッチフィルタ12の中心周波数ωを入力周波数ωへと一致させることが可能となる。
【0072】
【数13】

【0073】
入力周波数ωが制御対象の固有振動数成分である場合には、ノッチフィルタ12の中心周波数ωを固有振動数成分に一致させることができる。このようにして、ノッチフィルタ12の中心周波数ωを制御対象の固有振動数成分へと自動的に調整することができる。
【0074】
さらに好ましくは、中心周波数修正量Δωに補正係数を導入することにより、入力信号uの振幅αの影響を緩和または排除することが可能である。式12からわかるように、積puは入力信号uの振幅αに依存する。式14は、中心周波数修正量Δωに補正係数Φ[n]を導入した場合における中心周波数ωを更新する漸化式である。
【0075】
【数14】

【0076】
ここで、補正係数Φ[n]をμ/Φ[n]と書きかえれば、式14は式1に一致する。一例として上述のように、Φ[n]を位相差フィルタ出力信号p[n]の二乗を平滑化したものである場合を説明する。平滑化は例えば、カットオフ周波数ωcpを有するローパスフィルタで出力信号p[n]の二乗を処理することで行う。そうすると、Φ[n]の平均値は式15により与えられる。
【0077】
【数15】

【0078】
よって、補正係数により補正された中心周波数修正量の修正演算1回あたりの平均値E[Δω]は式16で与えられる。式16からわかるように、平均値E[Δω]は入力信号uの振幅αに依存しない形式で表される。よって、中心周波数修正量Δωに補正係数を導入することにより、入力信号uの振幅αの影響を排除することができる。
【0079】
【数16】

【0080】
図9は、本発明の一実施形態に係る中心周波数ωの修正の原理を周波数特性として示す図である。図9は、式16に示される平均値E[Δω]について、ゲインを1/|G(jω)|とし、位相をφ(ω)として作成したボード線図である。なお、図9に示されるボード線図は、一例として位相差フィルタ16を図7に示すピークフィルタとしたときのものである。係数μは簡単のため、μ=1としている。図9に示されるように振幅特性については、ピークフィルタのゲインピークに対応するノッチが現れている。位相特性についても、ピークフィルタの位相特性に対応する位相特性が示されている。
【0081】
図10は、位相差フィルタ16にピークフィルタを用いたときの中心周波数修正量の平均値E[Δω]を示す図である。図10に示される平均値E[Δω]は、式16に示される補正済修正量である。図10に示されるように、修正量平均値E[Δω]は、中心周波数ωの近傍だけではなく、ゼロ近傍からナイキスト周波数ωnyq(サンプリング周波数の1/2)の近傍にわたる広範な周波数領域において、中心周波数ωと入力周波数ωとの偏差に対し直線的に変化していることがわかる。つまり、ナイキスト周波数ωnyq以下の帯域において、中心周波数修正量の平均値E[Δω]は、中心周波数ωと入力周波数ωとの偏差に実質的に比例している。
【0082】
このため、中心周波数ωと入力周波数ωとの偏差に応じた修正量Δωを得ることができる。つまり、適応ノッチフィルタ10により抑制すべき周波数ωからノッチ中心周波数ωが離れているほど更新時の修正量Δωが大きくなる。よって、少ない更新処理の反復回数で中心周波数ωを入力信号uの周波数ωへと近づけることができる。また、抑制すべき周波数ωに中心周波数ωが近づくほど修正量Δωが小さくなる。よって、入力信号uの周波数ωの近傍で中心周波数ωを更新するたびに中心周波数ωが振動的に変化することを防ぐことができる。中心周波数ωを入力信号uの周波数ωへとすみやかに一致させることができる。
【0083】
また、位相差フィルタ16をピークフィルタとしたことにより、中心周波数ωを入力信号uの周波数ωに一度一致させたあとは、中心周波数ωをその周波数ωに留まらせるようにすることができる。位相差フィルタ16がピークフィルタであるため、中心周波数ωにおいて振幅が大きく増幅される。よって、中心周波数ωから乖離している他の周波数成分が入力信号uに含まれていたとしても、既に一致している入力信号uの周波数ωから他の周波数に向けて中心周波数ωが離れていきにくくなる。したがって、中心周波数ωの初期値から入力信号uの周波数ωに一致させるまでは比較的大きな修正量により速やかに行うことができるとともに、一旦一致したあとはその周波数ωに中心周波数ωを束縛することができる。また、経時変化等の何らかの要因で周波数ωが緩やかに変化することがある。このようなドリフトが生じた場合には中心周波数ωを追従させることができる。
【0084】
例えば、入力信号uの周波数振幅特性にピークを有する周波数成分が複数含まれる場合には、他の周波数成分に比べて一致させようとしている周波数成分に近い値に中心周波数の初期値を設定して中心周波数の更新処理を行う。このようにすれば、一致させようとしている周波数の振幅に比べて他の周波数の振幅がきわめて大きくない限り、中心周波数ωを所望の周波数に一致させ、その周波数に留まらせることができる。
【0085】
本発明者の得た知見によれば、図12に示す制御システムにおいては中心周波数ωをモデルに含まれない高次の固有振動数に一致させることにより、好ましい制御特性を得られることが多い。このため、中心周波数の初期値をできるだけ高い周波数に設定して中心周波数の更新処理を行うことが好ましい。位相差フィルタ16の入力信号uには、制御入力に起因する低周波成分や1次の固有振動数成分などの高次の固有振動数より大きな振幅を有する成分が低帯域に存在することが多いからである。
【0086】
図11は、位相差フィルタ16に全域通過フィルタを用いたときの中心周波数修正量の平均値E[Δω]を示す図である。この全域通過フィルタは、図7に例示されるピークフィルタと同一の位相特性を有し、周波数振幅特性は全周波数でゲインが1となる。よって、式16において|G(jω)|を1とすることにより、全域通過フィルタの修正量平均値E[Δω]を得ることができる。
【0087】
図11に示されるように、修正量平均値E[Δω]は中心周波数ωの近傍において負の最小値から正の最大値へと切り替わっている。修正量平均値E[Δω]は、中心周波数ω近傍の切替範囲よりも低い周波数領域においては負の最小値でほぼ一定であり、中心周波数ω近傍の切替範囲よりも高い周波数領域においては正の最大値でほぼ一定である。このため、中心周波数ωと入力信号uの周波数ωとの差がある程度の大きさであると、中心周波数修正量Δωの大きさは概ね一定となる。よって、中心周波数ωの時間変化は振動的になりやすいと考えられる。したがって、中心周波数ωの振動的な時間変化を避けることを重視する場合には、位相差フィルタ16にピークフィルタを採用することが好ましい。なお、中心周波数ωの振動的変化を許容することができる制御対象に適応ノッチフィルタ10を適用する場合には、全域通過フィルタを位相差フィルタ16に採用してもよい。
【0088】
なお、一実施例においては、入力信号uの周波数ωと中心周波数ωとの差に比例して位相遅れを生じさせる位相シフタまたはFIRフィルタを位相差フィルタ16としてもよい。この場合、中心周波数ωがナイキスト周波数の1/2近傍の場合に、修正量平均値E[Δω]はピークフィルタを用いた場合と同様になる。しかし、中心周波数ω がナイキスト周波数の1/4以下のときはナイキスト周波数の3/4以上の領域で修正平均値E[Δω]は、中心周波数ωと入力周波数ωとの偏差に対して直線的に変化しなくなり、中心周波数ωがナイキスト周波数の3/4以上のときはナイキスト周波数の1/4以下の領域で修正平均値E[Δω]は、中心周波数ωと入力周波数ωとの偏差に対して直線的に変化しなくなる。
【0089】
上述の実施例においては位相差フィルタ16の入力信号uと出力信号pとの積puに依存する中心周波数修正量Δωを用いているが、本発明はこれに限られない。例えば、入力信号uの符号と出力信号pとの積に依存する中心周波数修正量Δωを用いてもよい。この場合、補正係数Φ[n]としては例えば、出力信号pの絶対値を平滑化したものを用いることが好ましい。
【0090】
図12は、本発明の一実施形態に係る共振抑制装置のシステム構成を示すブロック図である。電動機20は負荷22を駆動する。電動機20は例えば、産業用ロボットや射出成型器、建設機械、精密位置決めステージ等の共振により制御特性に制限が生じ得る装置に組み込まれている電動機である。検出器24は電動機20の出力を測定する。検出器24は例えば、電動機20の検出速度ωを測定する速度検出器である。
【0091】
共振抑制装置の速度指令生成部(図示せず)は、速度指令ωdirを決定する。速度制御部26は、電動機20への速度指令ωdirに対する検出速度ωの誤差に基づき電動機20へのトルク指令信号を生成する。速度制御部26は、速度指令ωdirと電動機20の検出速度ωとの差を0にして検出速度ωが速度指令値ωdirに追従するようにトルク指令τを出力する。速度制御部26は例えば、速度指令ωdirと電動機20の検出速度ωとの差分ωdir−ωの比例積分した結果をトルク指令τとして出力する。
【0092】
ノッチフィルタ12は、トルク指令τから中心周波数ωの周波数成分を除去して新たなトルク指令τを出力する。中心周波数ωは電動機20と負荷22とを含むシステムの固有振動数ωの周波数成分に一致しているので、ノッチフィルタ12は、その固有振動数成分を除去した新しいトルク指令τをトルク制御部28に出力する。トルク制御部28は、ノッチフィルタ12の出力信号に基づき電動機20を制御する。トルク制御部28は、トルク指令τに一致するトルクτを電動機20が出力するように電動機20への供給電流を制御する。このようにして、電動機20の速度制御が行われる。
【0093】
フィルタ係数調整部13は、図1を参照して説明したように、振動成分抽出部14と、位相差フィルタ16と、修正演算部18と、を含む。フィルタ係数調整部13は、検出速度ωを参照信号rとして使用している。フィルタ係数調整部13は、ノッチフィルタ12の中心周波数ωが速度ωに含まれる振動周波数に一致するよう、ノッチフィルタ12及び位相差フィルタ16の係数を修正する。
【0094】
電動機20の出力するトルクτにシステムの固有振動数ωが含まれていると、電動機の駆動によってシステムの固有振動が励起されて共振が発生する。速度制御部26とトルク制御部28との間にノッチフィルタ12を挿入し、速度制御部26の出力τから固有振動数ωの成分を除去してトルク制御部28への入力トルク指令τを生成することにより、共振を抑制することができる。仮に、ノッチフィルタ12の中心周波数ωがシステムの固有振動数ωから乖離している場合には、共振が発生して検出信号ωにシステムの固有振動数ωの成分が含まれる。この場合、適応ノッチフィルタ10のフィルタ係数調整部13は検出信号ωを参照信号rとして用いているから、中心周波数ωをωに一致させるように自動的に調整することができる。
【0095】
なおこの実施例では速度制御部26とトルク制御部28との間にノッチフィルタ12を設け、速度制御部26からのトルク指令をノッチフィルタ12への入力として説明している。しかし、他の実施例においては速度指令、検出速度、または誤差信号をノッチフィルタへの入力として使用してもよい。すなわち、ノッチフィルタは、速度制御部への入力信号、当該入力信号を生成するための信号、及び速度制御部からのトルク指令信号のいずれかを入力としてもよい。例えば、図12に示される構成においてノッチフィルタ12は、検出器24の後段、すなわち検出器24と速度制御部26との間に設けられてもよい。あるいはノッチフィルタ12は、速度指令生成部の後段、すなわち速度制御部26の前段に設けられてもよい。このようにしても同様に振動を抑制することが可能である。
【符号の説明】
【0096】
10 適応ノッチフィルタ、 12 ノッチフィルタ、 13 フィルタ係数調整部、 14 振動成分抽出部、 15 帯域設定部、 16 位相差フィルタ、 17 中心周波数演算部、 18 修正演算部、 20 電動機、 22 負荷、 24 検出器、 26 速度制御部、 28 トルク制御部、 30 第1フィルタ、 32 スイッチ、 34 第2フィルタ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御系の共振を抑制するために当該制御系に設けられているノッチフィルタと、
前記ノッチフィルタの中心周波数を更新する中心周波数演算部と、
前記中心周波数演算部への入力信号の帯域を制限するためのプリフィルタであって、その通過帯域が前記中心周波数に連動して設定される第1のフィルタを含むプリフィルタと、を備えることを特徴とする共振抑制装置。
【請求項2】
前記通過帯域は前記中心周波数の修正量が基準を下回る場合に前記中心周波数に連動して設定されることを特徴とする請求項1に記載の共振抑制装置。
【請求項3】
前記プリフィルタは、通過帯域が前記中心周波数とは独立に設定されている第2のフィルタをさらに含み、前記中心周波数の修正量が基準を下回る場合には第1のフィルタ、または第1及び第2のフィルタを前記入力信号に作用させ、前記中心周波数の修正量が基準を上回る場合には第2のフィルタを前記入力信号に作用させることを特徴とする請求項1または2に記載の共振抑制装置。
【請求項4】
前記中心周波数演算部は、前記中心周波数の現在値にピークをもつピークフィルタを含み、該ピークフィルタを前記入力信号に作用させて得られる出力信号と前記入力信号との積に基づいて前記中心周波数の修正量を演算することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の共振抑制装置。
【請求項5】
制御系の共振を抑制するために当該制御系に設けられ、中心周波数が調整可能であるノッチフィルタを使用して当該制御系の共振を抑制する共振抑制方法であって、
前記中心周波数の調整に用いられる入力信号の帯域を制限することを含み、その帯域を前記中心周波数に連動させていることを特徴とする共振抑制方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2012−108610(P2012−108610A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−255211(P2010−255211)
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】