説明

内燃機関のオイル劣化抑制装置、オイル劣化抑制用フィルム及びその製造方法

【課題】オイル劣化の原因となる酸性物質と、これを中和するアルカリ性物質との接触面積を増大すると共に、製造コストを抑制する。
【解決手段】内燃機関の内部の空間8,9であって、オイル、オイルミスト及びブローバイガスの少なくとも一つが存在する空間の内壁面6A,7Aに、アルカリ性物質を含む多孔性のフィルム20A,20Bを設置する。フィルムが多孔質なのでフィルム内部でも酸性物質とアルカリ性物質とを接触、反応させることができ、接触面積を増大して中和反応を促進できる。また別部品としてフィルムを設置するので、塗布のようなマスキングは不要であり、製造コストを抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のオイル劣化抑制装置に係り、特に、新規なフィルムを用いて内燃機関のオイルの劣化を抑制する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用等の内燃機関において、潤滑油たるオイルの劣化を抑制し、オイルのライフを長期化すると共にオイル交換の頻度を少なくする要請が常に存在する。オイルは使用につれスラッジが徐々に混入し、このスラッジが混入したオイルは粘度増加や添加剤消費により、潤滑剤として十分に機能しにくくなる。このため、オイル中へのスラッジ混入を可能な限り抑制する必要がある。
【0003】
スラッジは、燃料中に含まれるオレフィンやアロマなどと、ブローバイガス若しくは燃焼ガスに含まれるNOxやSOxと、水とを主成分とし、これら主成分が熱や酸の力で反応し、スラッジプリカーサやスラッジバインダといった前駆物質を経て生成される。スラッジは視覚的には泥或いはヘドロ状の物質である。
【0004】
特に、内燃機関内部で結露等によって生じる水と、ブローバイガス中に含まれるNOxやSOxとの反応によってできる酸性物質が、スラッジを生成する際の触媒となる。かかる酸性物質のオイルへの混入は、スラッジの生成を促進し、オイルの劣化を加速すると共に、潤滑油の各機能を低下させる。
【0005】
従来、この酸性物質への対策として、特許文献1においては、アルカリ性物質を含むスラッジ抑制層を、液体としてのオイルが常時行き渡らず且つ気体としてのオイルミストが接触される部位の表面に形成している。これによると、前記酸性物質をアルカリ性物質により中和させることができ、これを以て当該部位の表面にスラッジが生成又は付着されるのを抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−121474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に記載の技術では、スラッジ抑制層の露出表面におけるアルカリ性物質しか酸性物質と接触、反応しないため、アルカリ性物質と酸性物質との接触面積ないし反応面積の増加という点で、課題が依然残されている。
【0008】
また、特許文献1に記載の技術では、アルカリ性物質を分散させた溶液を対象面(例えばヘッドカバー内面)に塗布してスラッジ抑制層を形成しているが、この塗布による方法はマスキングが面倒で、製造コストを増大させる原因となる。しかも、対象面が複雑形状をしていることが多く、前記接触面積の不十分さから広範囲の塗布を実施せざるを得ないことから、かかる問題が一層顕著となる。
【0009】
そこで本発明は、上述の課題に鑑みて創案され、その目的は、酸性物質に対するアルカリ性物質の接触面積を増大し得ると共に、製造コストをも抑制し得る内燃機関のオイル劣化抑制装置、オイル劣化抑制用フィルム及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一の形態によれば、内燃機関の内部の空間であって、オイル、オイルミスト及びブローバイガスの少なくとも一つが存在する空間の内壁面に、アルカリ性物質を含む多孔性のフィルムを設置したことを特徴とする内燃機関のオイル劣化抑制装置が提供される。
【0011】
これによれば、フィルムが多孔質であることから、フィルムの露出表面のみならずその内部でも酸性物質とアルカリ性物質とを接触、反応させることができる。よって酸性物質に対するアルカリ性物質の接触面積を大幅に増大して中和反応を大幅に促進することが可能となる。また、対象面に直接塗布するのではなく、別部品としてフィルムを設置するので、塗布時のマスキングが不要であり、製造コストを抑制できる。しかもフィルムは高効率の中和作用をもたらすので設置面積を低減でき、従って製造コスト抑制に非常に有利である。
【0012】
好ましくは、前記フィルムが可撓性を有する。このことによって設置対象面の複雑形状にフィルムが追従できるようになり、設置場所の制限を受け難くなり、設置場所の自由度が高まる。
【0013】
好ましくは、前記フィルムが樹脂をさらに含む。
【0014】
このことによってフィルムの自己形状保持性を十分に確保できるようになる。
【0015】
好ましくは、前記フィルムが、前記空間の内方に向けて突出する突出部分を有する。
【0016】
このように突出部分を設けると、フィルムの単位設置面積当たりの表面積ひいては酸性物質との接触面積を増加することができ、フィルムの中和作用を増加することができる。
【0017】
好ましくは、前記フィルムが波形の形状を有する。
【0018】
また好ましくは、前記フィルムが複数の凸部を有する。この場合、前記凸部の断面形状が、半円形、三角形及び矩形の少なくとも一つであるのが好ましい。
【0019】
好ましくは、前記フィルムが複数の穴を有する。このことによってフィルムの表面に加え、穴の内周面(厚み方向の面)でも酸性物質と接触し且つ酸性物質を導入できるようになり、結果的に酸性物質との接触面積を増加し、中和作用を向上することが可能となる。
【0020】
好ましくは、前記フィルムの内部の細孔が、オイル分子より小さく且つ酸性物質の分子より大きいサイズを有する。
【0021】
これによれば、フィルム内部の細孔に酸性物質しか浸入できず、オイルは浸入できなくなる。よってフィルム内部のアルカリ性物質を酸性物質に限って選択的に接触、反応させることができると共に、オイルによるフィルム内部での中和反応の阻害も防止でき、効率的な酸性物質の中和が可能となる。
【0022】
代替的に、前記フィルムの内部の細孔が、オイル分子より大きいサイズを有するのも好ましい。
【0023】
これによると、フィルム内部の細孔にオイルが浸入可能となり、オイルに含まれる油中酸化物も浸入可能となる。よってフィルム内部のアルカリ性物質を油中酸化物と接触、反応させることができ、油中酸化物の中和が可能となる。
【0024】
好ましくは、前記フィルムが、70wt%以下の濃度のアルカリ性物質を含む。
【0025】
最終製品としてのフィルムにおけるアルカリ性物質の濃度が高いほど、高い中和作用が得られる。しかし、アルカリ性物質の濃度が高過ぎるとフィルムが自己形状を保持しづらくなる。本発明者らの試験によれば、約70wt%以下の炭酸カルシウム濃度であれば形状保持性を確保できることが判明している。よって、フィルムにおけるアルカリ性物質の濃度は70wt%以下であるのが好ましい。好ましくは、前記内壁面が、ヘッドカバーの内壁面及びオイルパンの内壁面の少なくとも一つである。
【0026】
ヘッドカバー内の空間では結露水が生じやすく、酸性物質が生成されやすい。よってフィルムをヘッドカバーの内壁面に設置することにより、ヘッドカバー内の空間にできた酸性物質を効果的に中和することができる。他方、オイルパン内の空間にはオイルが貯留されており、当該オイルには酸性物質が混入されてしまうことが多い。よってフィルムをオイルパンの内壁面に設置することにより、オイルに混入している酸性物質を効果的に中和することができる。
【0027】
本発明の他の形態によれば、内燃機関のオイルの劣化を抑制するためのフィルムであって、アルカリ性物質を含み、多孔質に形成されたことを特徴とするオイル劣化抑制用フィルムが提供される。
【0028】
また、本発明のさらなる他の形態によれば、前記オイル劣化抑制用フィルムの製造方法であって、
樹脂と水溶性有機溶剤とアルカリ性物質とを混合し、混合物を生成するステップと、
該混合物を型上に塗布して塗膜を形成するステップと、
該塗膜から前記有機溶剤を除去するステップと
を備えることを特徴とするオイル劣化抑制用フィルムの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、酸性物質に対するアルカリ性物質の接触面積を増大し得ると共に、製造コストをも抑制し得る内燃機関のオイル劣化抑制装置、オイル劣化抑制用フィルム及びその製造方法を提供できるという、優れた効果が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態に係る内燃機関の概略断面図である。
【図2】フィルムの斜視図である。
【図3】走査型電子顕微鏡(SEM)によるフィルムの拡大表面図である。
【図4】走査型電子顕微鏡(SEM)によるフィルムの拡大断面図であり、図3より高倍率のものである。
【図5】フィルム取付方法の一例を示す断面図である。
【図6】フィルム取付方法の他の例を示す断面図である。
【図7】フィルム取付方法のさらなる他の例を示す断面図である。
【図8】フィルムの第1の変形例を示す斜視図である。
【図9】フィルムの第1の変形例の設置状態を示す断面図である。
【図10】フィルムの第2の変形例を製造するための型を示し、(A)は平面図、(B)は正面図である。
【図11】フィルムの第3の変形例を製造するための型を示し、(A)は平面図、(B)は正面図である。
【図12】フィルムの第4の変形例を製造するための型を示し、(A)は平面図、(B)は正面図である。
【図13】フィルムの第5の変形例を示す断面図である。
【図14】フィルムの第6の変形例を示す平面図である。
【図15】フィルムの内部構造の第1の例を示す断面図である。
【図16】フィルムの内部構造の第2の例を示す断面図である。
【図17】フィルムの設置位置に関する変形例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の好適実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0032】
図1には、本発明が適用される内燃機関の断面図が概略的に示されている。図示されるように、エンジン1はシリンダブロック2と、ピストン3と、シリンダブロック2の下部に設けられたクランクケース4と、シリンダブロック2の上部に取り付けられたシリンダヘッド5と、シリンダヘッド5の上部に取り付けられてこれを上方から覆うヘッドカバー6と、クランクケース4の底部に取り付けられてこれを下方から覆うオイルパン7とを備える。本実施形態ではシリンダブロック2とクランクケース4が一体に形成されているが、別体で形成されてもよい。シリンダブロック2にはシリンダ16が画成され、このシリンダ16内にピストン3が昇降可能に配置される。
【0033】
シリンダヘッド5の上方には動弁室8が設けられる。動弁室8は具体的にはシリンダヘッド5とヘッドカバー6により画成され、両者に囲まれた空間からなる。動弁室8には、吸気ポートPi及び排気ポートPeをそれぞれ開閉する吸気弁Vi及び排気弁Veと、吸気弁Vi及び排気弁Veをそれぞれ閉方向に付勢するバルブスプリング(図示せず)と、吸気弁Vi及び排気弁Veをそれぞれ開方向に駆動する吸気カムシャフトCi及び排気カムシャフトCeとが設けられる。動弁室8には図示しないオイル供給口から動弁系潤滑のためのオイルが供給されている。
【0034】
他方、シリンダブロック2の下方にはクランク室9が設けられる。クランク室9は具体的にはシリンダブロック2とクランクケース4とオイルパン7により画成され、これらに囲まれた空間からなる。クランク室9にはクランクシャフトCrが設けられると共に、その底部にはオイルOが貯留される。なおオイルOの油面が傾いて示されるがこれはエンジン1が傾斜して搭載されるからである。
【0035】
吸気通路10にはスロットルバルブ11とエアフィルタ12が設けられている。スロットルバルブ11の下流側にはサージタンク13が設けられ、多気筒内燃機関であるエンジン1の各気筒の吸気ポートPiにサージタンク13から吸気を分配するようになっている。各気筒の排気ポートPeには排気通路(図示せず)が接続される。
【0036】
本実施形態のエンジンは車両用火花点火式内燃機関(具体的にはガソリンエンジン)であり、吸気ポートに燃料噴射するインジェクタInと、シリンダヘッド5に取り付けられた点火プラグ(図示せず)とを有するが、エンジンの種類、気筒数、用途等に特に限定はない。エンジンは圧縮着火式内燃機関(具体的にはディーゼルエンジン)であってもよい。
【0037】
動弁室8とサージタンク13はブローバイガス通路14により接続、連通されている。ブローバイガス通路14は、クランク室9内に流入しオイル落とし通路18を上昇して動弁室8内に入ってきたブローバイガスを、吸気通路10特にサージタンク13に送るための通路である。ブローバイガス通路14の入口部には、吸気負圧ないし負荷に応じて開度が調節されるPCVバルブ15が設けられている。なおPCVとはPositive Crankcase Ventilationの略称である。他方、動弁室8と、スロットルバルブ11より上流側の吸気通路10とは、新気通路17により接続、連通されている。本実施形態では新気通路17はエアフィルタ12の直後の位置に接続されている。
【0038】
オイル落とし通路18は、シリンダブロック2とシリンダヘッド5を上下に貫通する孔からなり、本実施形態では図示の如く複数設けられる。オイル落とし通路18は、動弁系の潤滑を終えてシリンダヘッド5上に滞留したオイルをクランク室9及びオイルパン7へ向けて落とすための通路であると共に、上述のように、クランク室9内に流入したブローバイガスを動弁室8に送るための通路である。
【0039】
特に、本実施形態のエンジン1には、オイルの劣化を抑制するためのフィルムが設けられている。フィルムは、エンジン内部の、オイル、オイルミスト及びブローバイガスの少なくとも一つが存在する空間の内壁面に設置され、本実施形態の場合、第1のフィルム20Aがヘッドカバー6の内壁面6Aに設置され、第2のフィルム20Bがオイルパン7の内壁面7Aに設置されている。
【0040】
ここでヘッドカバー6の内壁面6Aは、空間たる動弁室8の内壁面をなし、オイルパン7の内壁面7Aは、空間たるクランク室9の内壁面をなす。動弁室8には、その底部にオイルが溜まっており、オイル上にはオイルミスト及びブローバイガスが存在する。クランク室9にも同様に、その底部にオイルOが貯留され、オイルO上にはオイルミスト及びブローバイガスが存在する。
【0041】
ここでフィルムの詳細を述べる。図2に示すようにフィルム20は、平らな薄板状ないし薄膜状の基本形状を有し、その厚さは調節可能であるが例えば0.1〜1mm程度である。フィルム20は図3,図4に示される如く多孔性であり、可撓性ないし柔軟性を有する。フィルム20は少なくともアルカリ性物質を含み、アルカリ性物質は例えば炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムが例示できるが、他の物質も使用可能である。またフィルム20は、アルカリ性物質同士を結合したりフィルム自体の強度を増すなどの目的で、樹脂が含まれている。樹脂は、熱硬化性樹脂および熱可塑性樹脂のいずれであってもよく、例えばポリウレタン、シリコン、変性シリコン、アクリル、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、エポキシ、ポリエチレン、ポリプロピレンが例示できるが、他の樹脂も使用可能である。樹脂とアルカリ性物質とは分子間力により物理的に付着しており、化学的な結合はしていない。
【0042】
このフィルム20は、可撓性を有するため比較的自由に曲げることができ、また自由な大きさ、形状に切断可能である。図1に戻って、第1のフィルム20Aは、ヘッドカバー6の内壁面6Aの湾曲形状に沿って曲げられた状態で設置され、第2のフィルム20Bは、オイルパン7の内壁面7Aの湾曲形状に沿って曲げられた状態で設置されている。なお、第1のフィルム20Aにおいて、PCVバルブ15及び新気通路17の接続部にはブローバイガス及び新気の流通を許容するための穴が設けられている。
【0043】
フィルム20の取付方法としては、ボルト、リベット等の締結具による取り付けや、接着剤による取り付けが可能である。図5に示す例では、ヘッドカバー6やオイルパン7といった設置対象物30の設置対象面31にフィルム20が重ねられ、複数(一つのみ図示)のボルト32及びナット33によりフィルム20が設置対象物30に固定される。これによりフィルム20が通常の部品と同様に容易に取り付け可能となる。図6に示す例では、設置対象物30に他の部品34がボルト32及びナット33で取り付けられる際、その設置対象物30と他の部品34との間にフィルム20が挟まれ、共締めされる。これによれば追加の締結具や構造変更が不要となる。図7に示す例では、フィルム20が接着剤35により設置対象物30の設置対象面31に貼り付けられる。接着剤35は耐油性、耐高温性及び耐振動性といった特性を備えるものが好ましく、具体的にはシリコーン樹脂系接着剤であるのが好ましい。
【0044】
次に、本実施形態の作用効果を説明する。
【0045】
上記エンジンの内部においては、ブローバイガス中に含まれるNOx及びSOxと、結露等によって発生したりブローバイガス中に含まれたりする水との反応によって、硝酸HNO3及び硫酸H2SO4といった酸性物質が発生し、この酸性物質がスラッジを誘発すると共に、オイルを酸化させて劣化させる。しかしながら、本実施形態によれば、かかる酸性物質を、フィルム20に含まれるアルカリ性物質と反応させて中和させることができ、これによりスラッジの生成及びオイルの劣化を大幅に抑制できる。
【0046】
特に、フィルム20が多孔質であり内部に多数の細孔を有すること、及び内部の細孔が繋がっていることから、フィルム20の厚み方向に反応を進ませられ、フィルム20の露出表面のみならず、その内部でも酸性物質とアルカリ性物質との接触及び反応を生じさせることができる。よって、フィルムの単位面積当たり或いは単位設置面積当たりの接触面積及び反応面積を増加することができ、中和反応を大幅に促進することが可能となる。ここで、フィルムに含まれるアルカリ性物質は時間の経過と共に酸性物質との反応で徐々に消費され、消失していくが、前述したように樹脂とアルカリ性物質とが物理的に付着しており、化学的な結合をしていないことから、アルカリ性物質の消費時及び消費後に樹脂に影響を及ぼすことがない。よって、アルカリ性物質の消費後においても、フィルムの剛性を十分に確保することが可能である。
【0047】
また、対象面に直接塗布するのではなく、別部品としてフィルム20を対象面に設置することから、塗布時のマスキングが不要であり、製造コストを抑制することができる。しかも、フィルム20は可撓性を有するので対象面の複雑形状に追従でき、設置場所の制限を受け難く、前述のように高効率の中和作用をもたらすので設置面積を従来よりも低減できる。従って製造コスト抑制に非常に有利である。
【0048】
図1を参照して、動弁室8の場合、ヘッドカバー6が外気に曝され低温であるため、結露水が生じやすく、この結露水とブローバイガス中のNOx及びSOxが反応して酸性物質ができやすい。しかしながら、この酸性物質を第1のフィルム20Aによって中和することができる。また酸化したオイルが第1のフィルム20Aに飛散して付着することがあるが、このときにも当該付着オイル中の酸性物質を第1のフィルム20Aによって中和することができる。さらに、第1のフィルム20Aが断熱材としても機能し得るため、凝縮水の発生を抑制し、酸性物質の生成を抑制できるメリットもある。他方、クランク室9の場合、その底部に貯留したオイルOに含まれる酸性物質を、オイルO中に浸漬された第2のフィルム20Bによって常時中和することができる。
【0049】
ここで、上記フィルムの製造方法を説明する。まずポリウレタン等の樹脂を、N,N−ジメチルホルムアミド等の水溶性有機溶剤で希釈する。このとき、フィルムの細孔の大きさを調整するため、界面活性剤を加えても良い。次に、この希釈された樹脂に、炭酸カルシウム等のアルカリ性物質を混ぜて混合物を生成し、当該混合物をよく攪拌する。
【0050】
次に、こうしてできた混合物を型の表面に塗布し、塗膜を形成する。図2に示したような平板状フィルムを作製する場合、型は単なる平板、例えば平らなガラス板とすればよい。塗膜の厚さは調節可能である。
【0051】
次いで、塗膜から有機溶剤を除去する。具体的には、例えばアルカリ性物質が炭酸カルシウムの場合は先ず塗膜を型ごと(型から外した状態でも良い)水中に浸漬し、塗膜から有機溶剤を脱離させる。この脱離の際、有機溶剤が通る通り道が発泡形状となるので、当該発泡部分が最終製品における細孔となる。なお有機溶剤は水溶性なので容易に脱離可能である。加熱は不要である。次いで、塗膜を型から外して再度湯又は水で洗い流し、型に接していた面の有機溶剤をも完全に除去する。そしてこの後、塗膜を乾燥させる。これにより最終製品としてのフィルムが完成する。
【0052】
かかる製造方法から明らかなように、型の形状を変えることで、任意の基本形状を有するフィルムが作製可能である。従って、図1に示した第1のフィルム20Aについては、図2に示した平板状フィルム20をヘッドカバー内壁面6Aの形状に合うよう曲げて設置することもできるが、予め、ヘッドカバー内壁面6Aの形状に合った基本形状のフィルムを製造し、変形させずに設置することも可能である。ヘッドカバー自体を型としてフィルムを作製することも可能である。同様のことが図1に示した第2のフィルム20Bについても言える。
【0053】
ここで、最終製品としてのフィルムにおけるアルカリ性物質の濃度が高いほど、高い中和作用が得られる。しかし、アルカリ性物質の濃度が高過ぎると、フィルムが自己形状を保持できなくなるほど脆くなり、崩壊することすらある。この中和作用と形状保持性のバランスについて、本発明者らの試験によれば、炭酸カルシウムとポリウレタンの組み合わせの場合、約70wt%以下の炭酸カルシウム濃度であれば形状保持性を確保できることが判明している。よって、フィルムにおけるアルカリ性物質の濃度は70wt%以下であるのが好ましい。
【0054】
次に、フィルムの変形例について説明する。
【0055】
図8に示す第1の変形例においては、フィルム20Cが波形の形状を有している。図9はこれを第1のフィルム20Aとしてヘッドカバー内壁面6Aに設置した例を示す。この構成では、結果的にフィルム20Cが、動弁室8内に向けて突出する複数の突出部分21を有することとなる。このように突出部分21を設けると、フィルムの単位設置面積当たりの表面積ひいては酸性物質との接触面積を増加することができ、フィルムの中和作用を向上することができる。なお、フィルム20Cは、ヘッドカバー内壁面6Aに接触する複数の所定箇所において、前述したような締結具或いは接着剤等により、ヘッドカバー内壁面6Aに固定されることとなる。この波形フィルム20Cは第2のフィルム20Bにも適用可能である。
【0056】
図10〜図12は、第2〜第4の変形例にかかるフィルム20D〜20Fを製造するための型36〜38を示す。各図において(A)は平面図、(B)は正面図である。
【0057】
まず、図10に示す第2の変形例に関して、型36は、平板状の基板39と基板上面に形成された複数の凸部40とを有している。凸部40は半球状に形成され、図示例では平面視において前後左右に等間隔で整列して設けられている。この型36上にてフィルム20Dを作製すると、図示するように、型36の凸部40に対応した半球状ないし断面半円状の複数の凸部22がフィルム20Dに形成される。つまりフィルム20Dが、その基本形状において型36の上面ないし成形面に沿った凹凸形状を有するようになる。
【0058】
こうして出来上がったフィルム20Dを仮に図9に示した如くヘッドカバー内壁面6Aに設置すると、凸部22が、動弁室8内に向けて突出する突出部分21を形成することとなる。これにより、第1の変形例と同様の作用効果を発揮することができる。
【0059】
図11に示す第3の変形例および図12に示す第4の変形例は、第2の変形例に対して型及びフィルムの凸部の形状が異なるのみで、他は同様である。図11に示す第3の変形例では、型37の凸部41及びフィルム20Eの凸部23が、全体において円錐状ないし尖頭状、断面において三角状に形成されている。よってフィルム20Eの基本形状は剣山の如き形状となる。図12に示す第4の変形例では、型38の凸部42及びフィルム20Fの凸部24が断面矩形状に形成されている。これらフィルム20E,20Fも、凸部23,24がフィルム設置状態において前記突出部分21を形成し、第1の変形例と同様の作用効果を発揮する。
【0060】
図13には第5の変形例を示す。この第5の変形例に係るフィルム20Gでは、前記第2〜第4の変形例のようにフィルムを曲がり形状に成形して凸部を形成するのではなく、フィルムの厚さを部分的に増加させることによって凸部25を形成している。具体的には、先に平板状のフィルムを作製しておき、この平板状フィルムの上面に、樹脂、有機溶剤及びアルカリ性物質の混合物を盛り付け、先の有機溶剤除去工程及び乾燥工程を経て、盛り付けた樹脂及びアルカリ性物質の混合物を平板状フィルムに一体化させるようにしている。こうしてフィルム20Gの上面には複数の凸部25が設けられ、図示例では凸部25は断面半円形に形成されている。この第5の変形例も第1の変形例と同様の作用効果を発揮し得る。なお、凸部25の形成方法は上述の方法に限らず、例えば平板状フィルムと別体で作製した凸部25を接着剤で接着しても良い。
【0061】
次に、図14に示す第6の変形例について説明する。この第6の変形例に係るフィルム20Hは、平板状であり、且つフィルム20Hの厚さ方向を貫通する複数の穴26が設けられている。図示例において穴26は正方形状とされ、平面視において前後左右に等間隔で整列して設けられているが、穴の形状、配置方法等は任意である。これら穴26が設けられる結果、フィルム20Hは格子平板状の基本形状を有することになる。
【0062】
このフィルム20Hを対象面に設置すると、空間(例えば動弁室8)内に臨むフィルム20Hの表面に加え、穴26の内周面(厚み方向の面)27においても、酸性物質と接触し且つ酸性物質を導入できるようになる。結果的に酸性物質との接触面積を増加し、中和作用を向上することが可能となる。
【0063】
このフィルム20Hの製造方法については、例えば図2に示した平板状フィルム20に穴明け加工を施して製造することができる。或いは、図12に示した型38を用い、その凸部42の間の基板39上に樹脂、有機溶剤及びアルカリ性物質の混合物を塗布して製造することもできる。当然ながら、図10又は図11に示した型36又は37を用いれば複数の円形の穴を有するフィルムを作製できる。
【0064】
図15及び図16には、フィルムの内部構造に関する例を示す。図15に示す第1の例において、28はフィルム20内部の細孔、40は酸性物質の分子たる硝酸HNO3又は硫酸H2SO4の分子、41はオイル分子を示す。硝酸HNO3の分子量は63、硫酸H2SO4の分子量は98であり、これに対しオイルの分子量は硝酸HNO3及び硫酸H2SO4の分子量より遙かに大きい。従って、オイル分子は、硝酸HNO3及び硫酸H2SO4の分子より著しく大きいサイズを有する。
【0065】
この第1の例では、フィルム内部の細孔28が、オイル分子より小さく、且つ硝酸HNO3及び硫酸H2SO4の分子より大きいサイズを有する。具体的には、細孔28の平均孔径をD1とした場合、当該平均孔径D1は、オイル分子の直径より小さく、且つ硝酸HNO3及び硫酸H2SO4の分子の直径より大きい。従って、細孔28同士を連通する部分も、当該平均孔径D1以下の直径を有するものである。このように細孔28のサイズを調節することは、製造過程における各種条件を調節することにより可能である。
【0066】
こうすると、フィルム内部の細孔28には硝酸HNO3及び硫酸H2SO4しか浸入できず、オイルは浸入できない。よってフィルム内部のアルカリ性物質を硝酸HNO3及び硫酸H2SO4に限って選択的に接触、反応させることができると共に、オイルによるフィルム内部での中和反応の阻害も防止でき、効率的な酸性物質の中和が可能となる。
【0067】
他方、図16に示す第2の例において、42はオイルに含まれる油中酸化物の分子を示す。当該油中酸化物の分子42は、オイル分子41と同等のサイズを有する。そしてこの第2の例では、フィルム内部の細孔28が、オイル分子41より大きいサイズを有する。具体的には、細孔28の平均孔径D2がオイル分子の直径より大きい。従って、細孔28同士を連通する部分も、当該平均孔径D2以下の直径を有するものである。
【0068】
こうすると、フィルム内部の細孔28にオイルが浸入可能となり、油中酸化物も浸入可能となる。よってフィルム内部のアルカリ性物質をオイルに含まれる油中酸化物と接触、反応させることができ、当該油中酸化物の中和が可能となる。
【0069】
第1の例の内部構造は、酸性物質が発生しやすい場所に設置されるフィルムに適しており、本実施形態ではヘッドカバー6に設置される第1のフィルム20Aに適している。他方、第2の例の内部構造は、オイルに浸漬されるフィルムに適しており、本実施形態ではオイルパン7に設置される第2のフィルム20Bに適している。
【0070】
図17は、フィルムの設置位置に関する変形例を示す。図示するように、ヘッドカバー6にバッフルプレート44がボルト45によって取り付けられ、これらヘッドカバー6及びバッフルプレート44によって、ブローバイガスBからオイルを分離するための空間たるオイルセパレータ室43が画成されている。ヘッドカバー6及びバッフルプレート44には複数のじゃま板(図は各一つのみ示す)46,47が設けられ、これらじゃま板46,47によって蛇行通路が形成される。この蛇行通路をブローバイガスBが流れるときに、ブローバイガスBからオイルが分離され、オイルが吸気通路10に戻されて燃焼、消費されてしまうのを防止できる。なお、バッフルプレート44には、ブローバイガスBを動弁室8からオイルセパレータ室43に導入するための入口が設けられている。
【0071】
フィルム20Iが、オイルセパレータ室43内に位置するバッフルプレート44の表面に重ねて設置される。図から分かるように、フィルム20Iは、バッフルプレート44をヘッドカバー6にボルト45で取り付ける際、バッフルプレート44とヘッドカバー6の間に挟まれて共締めされる。なおバッフルプレート44のじゃま板47はフィルム20Iの開口部を通じて起立する。
【0072】
このオイルセパレータ室43も動弁室8と同様、ヘッドカバー6が外気に曝されており低温となりやすく結露水が生じやすい。よって酸性物質ができやすい場所であるが、この酸性物質をフィルム20Iによって効果的に中和することができる。またオイルセパレータ室43は、基本的にオイルが流されず、一旦スラッジができるとこれをオイルで洗い流すことが期待できない場所であるが、フィルム20Iを設けたことによってスラッジの生成も大幅に抑制でき、オイルセパレータ室43の内壁面におけるスラッジの付着、堆積を未然に防止できる。なお図15に示した第1の例の内部構造は、当該フィルム20Iにも適している。図1同様、ヘッドカバー内壁面6Aに第1のフィルム20Aを追加して設置することも可能である。
【0073】
以上、本発明の好適実施形態を述べたが、本発明は上記以外の実施形態を採ることも可能である。例えばフィルムの設置場所に関してはオイル、オイルミスト及びブローバイガスの少なくとも一つが存在する空間の内壁面であればよく、例えばオイル通路の内壁面、ブローバイガス通路の内壁面、オイル落とし通路の内壁面、シリンダの内壁面(但しピストンの摺動部は除く)等に設置することが可能である。フィルムの使用に関しては、前述した異なる構造のフィルム20,20A〜20Iを組み合わせて設置することもできる。フィルムの構造に関して、1枚のフィルムの部分毎に異なる構造とすることもできる。フィルムの凸部の断面形状は前述した半円形、三角形及び矩形以外の形状とすることができ、同様にフィルムの穴の形状も矩形及び円形以外の形状とすることができる。
【0074】
本発明の実施形態は前述の実施形態のみに限らず、特許請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が本発明に含まれる。従って本発明は、限定的に解釈されるべきではなく、本発明の思想の範囲内に帰属する他の任意の技術にも適用することが可能である。
【符号の説明】
【0075】
1 エンジン
2 シリンダブロック
3 ピストン
4 クランクケース
5 シリンダヘッド
6 ヘッドカバー
6A ヘッドカバーの内壁面
7 オイルパン
7A オイルパンの内壁面
8 動弁室
9 クランク室
10 吸気通路
11 スロットルバルブ
14 ブローバイガス通路
16 シリンダ
17 新気通路
18 オイル落とし通路
20,20A〜20I フィルム
21 突出部分
22,23,24,25 凸部
26 穴
28 細孔
36〜38 型
40 酸性物質の分子
41 オイル分子
42 油中酸化物の分子
43 オイルセパレータ室
44 バッフルプレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の内部の空間であって、オイル、オイルミスト及びブローバイガスの少なくとも一つが存在する空間の内壁面に、アルカリ性物質を含む多孔性のフィルムを設置したことを特徴とする内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項2】
前記フィルムが、可撓性を有することを特徴とする請求項1記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項3】
前記フィルムが、樹脂をさらに含むことを特徴とする請求項1又は2記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項4】
前記フィルムが、前記空間の内方に向けて突出する突出部分を有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項5】
前記フィルムが、波形の形状を有することを特徴とする請求項4記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項6】
前記フィルムが、複数の凸部を有することを特徴とする請求項4記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項7】
前記凸部の断面形状が、半円形、三角形及び矩形の少なくとも一つであることを特徴とする請求項6記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項8】
前記フィルムが、複数の穴を有することを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項9】
前記フィルムの内部の細孔が、オイル分子より小さく且つ酸性物質の分子より大きいサイズを有することを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項10】
前記フィルムの内部の細孔が、オイル分子より大きいサイズを有することを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項11】
前記フィルムが、70wt%以下の濃度のアルカリ性物質を含むことを特徴とする請求項1乃至10のいずれかに記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項12】
前記内壁面が、ヘッドカバーの内壁面及びオイルパンの内壁面の少なくとも一つであることを特徴とする請求項1乃至11のいずれかに記載の内燃機関のオイル劣化抑制装置。
【請求項13】
内燃機関のオイルの劣化を抑制するためのフィルムであって、アルカリ性物質を含み、多孔質に形成されたことを特徴とするオイル劣化抑制用フィルム。
【請求項14】
請求項13記載のオイル劣化抑制用フィルムの製造方法であって、
樹脂と水溶性有機溶剤とアルカリ性物質とを混合し、混合物を生成するステップと、
該混合物を型上に塗布して塗膜を形成するステップと、
該塗膜から前記有機溶剤を除去するステップと
を備えることを特徴とするオイル劣化抑制用フィルムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−196658(P2010−196658A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−44725(P2009−44725)
【出願日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(501402730)株式会社アドマテックス (82)
【出願人】(598039965)白石工業株式会社 (12)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】