説明

内燃機関の回転数制御装置及びその回転数制御装置を備えた内燃機関

【課題】エンジン回転数に応じて燃料噴射量を調整するエンジン回転数のフィードバック制御によってエンジンの回転数を制御するに際し、負荷変動や加減速指令等の過渡状態における応答性の向上と、エンジンが定常状態にあるときの運転安定性の向上との両立を図ることが可能な燃料噴射動作を実現する回転数制御装置及びその回転数制御装置を備えた内燃機関を提供することにある。
【解決手段】各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク角度が回転するのに要した時間よりその気筒の膨張行程でのエンジン回転数を算出して記憶し、燃料噴射量を決定するために、フィードバックするエンジン回転数として、この記憶した回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで平均した回転数とするに当たって、どの程度まで過去の気筒分まで遡及して平均化するのかをエンジン運転状態に応じて切換える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関(例えばディーゼルエンジン)の回転数制御装置及びその回転数制御装置を備えた内燃機関(以下、エンジンという)に係る。特に、本発明は、所謂回転数フィードバック制御によって燃料噴射量を決定する燃料噴射系の応答性の向上と機関運転の安定性を両立するための対策に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば下記の特許文献1や特許文献2に開示されている多気筒ディーゼルエンジンの燃料供給系として、電子制御によって燃料噴射弁からの燃料噴射量を決定することが行われている。また、この燃料噴射量の決定手法として、エンジン回転数の変動状態に応じて燃料噴射量を調整することも行われている。つまり、必要燃料噴射量を演算する際に、それ以前のエンジン回転数を認識し、この認識したエンジン回転数が目標回転数よりも低い場合には燃料噴射量を増量する一方、このエンジン回転数が目標回転数よりも高い場合には燃料噴射量を減量するといった所謂エンジン回転数フィードバック制御が行われている。
【0003】
これまでのエンジン回転数フィードバック制御の一つとして、各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク軸が回転するのに要した時間より、その気筒の膨張行程でのエンジン回転数を算出して、現エンジン回転数を認識し、この現エンジン回転数と目標回転数とを比較して燃料噴射量を決定することが行われている。以下、このエンジン回転数フィードバック制御を「直前気筒フィードバック制御」と呼ぶ。
【0004】
また、各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク軸が回転するのに要した時間より、その気筒の膨張行程でのエンジン回転数を算出して、直前気筒分から直前以前の気筒分までの平均値を現エンジン回転数であると認識し、この現エンジン回転数と目標回転数とを比較して燃料噴射量を決定することも行われている。以下、このエンジン回転数フィードバック制御を「複数回平均フィードバック制御」と呼ぶ。
【特許文献1】特開2001−41090号公報
【特許文献2】特開2002−371889号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、上述した従来のエンジン回転数フィードバック制御にあっては、以下に述べる各不具合があった。
【0006】
「直前気筒フィードバック制御」を行う場合、目標回転数の変化に対する応答性は向上するが、エンジンが定常運転状態のときに、この制御を行うと、各気筒の燃料噴射量が交互に大小関係を生じてしまい、各気筒間の排気温度のバラツキが大きくなる。図6は、4気筒エンジンにおいて各気筒間での排気温度のバラツキが大きくなった状態の気筒番号と排気温度との関係を示す図である。この図6に示すものでは、第1、第3、第4、第2気筒の順で膨張行程が行われる。ここで、例えば、エンジン負荷が一時的に減少すると、第1気筒での燃料噴射量が減少し、それによってエンジン回転数が減少すると共に排気温度が低下する。そして、次に膨張行程を行う第3気筒では第1気筒でのエンジン回転数の減少を回復すべく、燃料噴射量が増加し、それによってエンジン回転数が増加するとともに排気温度が上昇する。以後、各気筒の燃料噴射量が交互に大小関係を生じてしまい、各気筒間の排気温度のバラツキが大きくなる状態を示している。
【0007】
また、故障等により減筒運転を行う場合には、停止気筒直後の気筒での燃料噴射量が過剰となり、ハンチングが発生する場合がある。図7は、例えば、第1気筒の燃料噴射弁にカーボンフラワーが発生等して、この第1気筒に燃料供給が行われなくなった場合(=減筒運転状態)の機関回転数の変動状態を示している。この図では「♯」は気筒番号を示しており、「TDC」はその気筒のピストンが圧縮行程上死点に達するタイミングを示している。この図7からも判るように、第1気筒の圧縮行程上死点から次の圧縮行程上死点である、第3気筒の圧縮行程上死点に達する際に(図中の範囲t1)、第1気筒での燃焼が十分でないためエンジン回転数が低下する。そして、次の第3気筒に対しては第1気筒でのエンジン回転数低下を回復すべく燃料噴射量が大幅に増量されるため、エンジン回転数が急上昇している(図中の点p1参照)。以後、各気筒の燃料噴射量の変動が大きくなることにより、エンジン回転数の急変が繰返され、ハンチングが発生することを示している。
【0008】
一方、「複数回平均フィードバック制御」を行う燃料噴射系の場合、上述した「直前気筒フィードバック制御」のような不具合は生じないものの、負荷変動や加減速時の目標回転数変更指令に対する応答性が低下する。つまり、各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク軸が回転するのに要した時間より、その気筒の膨張行程でのエンジン回転数を算出して、直前気筒分から直前以前の気筒分までの平均値を現エンジン回転数であると認識し、この現エンジン回転数と目標回転数とを比較して燃料噴射量を決定するため、この急激な負荷変動や加減速時の目標回転数変更指令を反映した制御(燃料噴射量を迅速に増大してエンジン回転数を目標回転数に収束させる制御)を行うまでにタイムラグが生じてしまう。図5(b)は、「複数回平均フィードバック制御」を行う燃料噴射系において指令回転数(目標回転数)が急激に上昇した場合のエンジン回転数の変動状態を示している(図5(a)は指令回転数信号の変化を示している)。この図5(b)からも判るように、指令回転数信号が急激に上昇したとしても実際の指令回転数が上昇するまでにはタイムラグ(図中の時間t2)が生じ、その後も、実際の指令回転数が指令回転数に落ち着くまでに長い時間(図中の時間t3)を要することになる。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的は、負荷変動や加減速指令等の過渡状態における応答性の向上と、エンジンが定常状態にあるときの運転安定性の向上との両立を図ることが可能な燃料噴射動作を実現する回転数制御装置及びその回転数制御装置を備えた内燃機関を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
−発明の概要−
上記の目的を達成するために講じられた本発明の解決手段は、燃料噴射量を決定するための制御手法を、エンジン運転状態に応じて切換えるようにしている。例えば、各気筒間での排気温度のバラツキが小さい運転状態では、急激な負荷変動に追従することが可能な制御手法(「直前気筒フィードバック制御」)によって燃料噴射量を決定し、各気筒間での排気温度のバラツキが大きくなる運転状態では、負荷変動の追従性よりも排気温度のバラツキの抑制を優先する制御手法(「複数回平均フィードバック制御」)に切換えて燃料噴射量を決定するようにしている。
【0011】
−解決手段−
具体的に、本発明は、複数の気筒を有する内燃機関の機関回転数を検知し、この検知された機関回転数が目標回転数に近付くように燃料噴射手段からの燃料噴射量を制御する機関回転数フィードバック制御を行う内燃機関の回転数制御装置を前提としている。この回転数制御装置に対し、各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク軸が回転するのに要した時間より、その気筒の膨張行程での機関回転数を算出してその気筒番号と関連付けて記憶する回転数算出記憶手段と、この気筒番号と関連付けされた機関回転数と目標回転数に基づき燃料噴射量を決定するに当たって、この記憶した回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して平均した回転数を機関回転数としてフィードバックすると共に、内燃機関の運転状態によって遡及気筒数を切換えてフィードバック回転数を算出するフィードバック回転数切換手段を備えさせている。
【0012】
この特定事項により、機関運転状態に応じた適切なフィードバック回転数を選定することができる。例えば急激な負荷変動が生じた場合には、直前気筒分のみによって燃料噴射量を決定し、この負荷変動に応じた量の燃料をタイミング遅れなく燃料噴射手段から噴射することが可能になる。逆に、定常運転状態等の目標回転数や機関負荷が安定しているときは、直前以前の気筒分まで遡及して平均した回転数によって燃料噴射量を決定し、瞬発的な外乱に対する過敏な燃料噴射量の変動を抑制して安定した機関運転が可能になる。
【0013】
なお、ここで、所定角度とは、ある気筒の圧縮上死点から、その次の気筒の圧縮上死点までの角度を2分の1したものである。
【0014】
以下、フィードバック回転数切換手段によるフィードバック回転数の切換動作について具体的に説明する。
【0015】
先ず、フィードバック回転数切換手段が、フィードバックする平均回転数を算出するための遡及気筒数を機関負荷に応じて、切換える構成としている。このように、機関負荷に応じて、平均化のための遡及気筒数を切換えるので、機関負荷状態に応じた、応答性と安定性の良い運転が実現できる。
【0016】
直前気筒分から直前以前の気筒分までの回転数を平均した回転数をフィードバックするか否かの判定条件としては、機関が定常運転状態か否かでも良い。
【0017】
また、目標回転数の変動に応じてフィードバック回転数を選定するものとしては、フィードバック回転数切換手段が、目標回転数と直前気筒の機関回転数との偏差量に応じて切換えるものである。このとき、偏差量が大きくなれば遡及気筒数を減少し、偏差量が小さくなれば遡及気筒数を増加することにより、目標回転数の変動に追従した燃料噴射量を迅速に得ることができ、急加速ような機関回転数の急上昇が要求される状況にあってはその要求に迅速に応えることができ応答性の良好な運転状態を実現できる。
【0018】
更に、機関負荷の変動に応じてフィードバック制御手法を選定するものとしては、フィードバック回転数切換手段が、機関負荷の変動量に応じて切換えるものである。変動量が大きくなれば遡及気筒数を減少し、変動量が小さくなれば遡及気筒数を増加することにより、負荷変動に追従した燃料噴射量を迅速に得ることができ、特に、機関の低回転運転時に負荷が急激に大きくなって機関回転数が急低下する状況であっても迅速に燃料噴射量を増大させて機関回転数を維持することができるので、機関負荷が変動しても応答性の良い運転を実現できる。
【0019】
加えて、フィードバック回転数切換手段が、減筒運転時には直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して、平均した回転数をフィードバックするものもある。これにより、停止気筒直後の気筒で燃料噴射量が著しく増大して燃料噴射量のハンチングを招いてしまうといったことが回避され、各気筒間での排気温度のバラツキを緩和できる。
【0020】
そして、直前気筒分から直前以前の気筒分までの回転数を平均するに当たって、遡及気筒数を機関気筒数の整数倍とすれば、機関の全気筒の膨張行程での機関回転数が、フィードバック回転数に反映されるため、目標回転数や機関負荷に起因しない、回転変動の影響を緩和できる。
【0021】
また、フィードバック回転数切換手段が、機関のアイドリング運転時、直前気筒の機関回転数をフィードバックすれば、加速指令や機関負荷の変動に対する応答性が向上する。
【0022】
また、フィードバック回転数切換手段が、クラッチ断接信号等から機関負荷の変動を予測した場合に、直前気筒の機関回転数を予め設定された負荷対応期間中フィードバックすれば、負荷変動における機関回転の低下を抑制できる。この場合、負荷対応期間を任意に設定可能とすることが好ましい。これにより、負荷変動が発生してから定常状態に移行するまでの期間が、機種差、個体差や経年劣化等により各機関で異なる場合でも、そのような個別又は経年状態別の調整が可能となる。
【0023】
加えて、上述した各解決手段のうち何れか一つに記載の回転数制御装置を備えた内燃機関も本発明の技術的思想の範疇である。
【発明の効果】
【0024】
以上の如く、本発明では、燃料噴射量を決定するためにフィードバックする機関回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで平均した回転数とするに当たって、どの程度過去の気筒分まで遡及して平均を算出するのかを機関運転状態に応じて切換可能とし、このフィードバック回転数の選定によって、負荷変動や加減速指令等の過渡状態における応答性の向上と、機関が定常状態にあるときの運転安定性の向上との両立を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、蓄圧配管(所謂コモンレール)を備えた蓄圧式(コモンレール式)燃料噴射装置を備えた4気筒舶用ディーゼルエンジンに本発明を適用した場合について説明する。
【0026】
−燃料噴射装置の構成説明−
先ず、本実施形態に係るエンジンに適用される燃料噴射装置の全体構成について説明する。図1は4気筒舶用ディーゼルエンジンに備えられた蓄圧式燃料噴射装置を示している。
【0027】
この蓄圧式燃料噴射装置は、ディーゼルエンジン(以下、単にエンジンという)の各気筒に対応して取り付けられた複数の燃料噴射弁(以下、インジェクタという)1,1,…と、比較的高い圧力(コモンレール内圧:例えば100MPa)の高圧燃料を蓄圧するコモンレール2と、燃料タンク4から低圧ポンプ(フィードポンプ)6を経て吸入した燃料を高圧に加圧してコモンレール2内に吐出する高圧ポンプ8と、上記インジェクタ1,1,…及び高圧ポンプ8を電子制御するコントローラ(ECU)12とを備えている。
【0028】
上記高圧ポンプ8は、例えばエンジンによって駆動され、燃料を運転状態等に基づいて定められる高圧に昇圧して燃料供給配管9を通じてコモンレール2に供給する所謂プランジャ式のサプライ用の燃料供給ポンプである。
【0029】
各インジェクタ1,1,…は、コモンレール2にそれぞれ連通する燃料配管の下流端に取り付けられている。このインジェクタ1からの燃料の噴射は、例えばこのインジェクタに一体的に組み込まれた図示しない噴射制御用電磁弁への通電および通電停止(ON/OFF)により制御される。つまり、インジェクタ1は、この噴射制御用電磁弁が開弁している間、コモンレール2から供給された高圧燃料をエンジンの燃焼室に向けて噴射する。
【0030】
また、上記コントローラ12は、エンジン回転数やエンジン負荷等の各種エンジン情報が入力され、これらの信号より判断される最適の燃料噴射時期及び燃料噴射量が得られるように上記噴射制御用電磁弁に制御信号を出力する。同時に、コントローラ12はエンジン回転数やエンジン負荷に応じて燃料噴射圧力が最適値となるように高圧ポンプ8に対して制御信号を出力する。更に、コモンレール2にはコモンレール内圧を検出するための圧力センサ13が取り付けられており、この圧力センサ13の信号がエンジン回転数やエンジン負荷に応じて予め設定された最適値となるように高圧ポンプ8からコモンレール2に吐出される燃料吐出量が制御される。
【0031】
各インジェクタ1への燃料供給動作は、コモンレール2から燃料流路の一部を構成する分岐管3を通じて行われる。つまり、燃料タンク4からフィルタ5を経て低圧ポンプ6によって取り出されて所定の吸入圧力に加圧された燃料は、燃料管7を通じて高圧ポンプ8に送られる。そして、この高圧ポンプ8に供給された燃料は所定圧力に昇圧された状態でコモンレール2に貯留され、コモンレール2から各インジェクタ1,1,…に供給される。インジェクタ1は、エンジンの型式(気筒数、本形態では4気筒)に応じて複数個設けられており、コントローラ12の制御によって、コモンレール2から供給された燃料を最適な噴射時期に最適な燃料噴射量でもって、対応する燃焼室内に噴射する(この燃料噴射量の決定手法については後述する)。インジェクタ1から噴射される燃料の噴射圧はコモンレール2に貯留されている燃料の圧力に略等しいので、燃料噴射圧を制御するにはコモンレール2内の圧力を制御することになる。
【0032】
また、分岐管3からインジェクタ1に供給された燃料のうち燃焼室への噴射に費やされなかった燃料やコモンレール内圧が過上昇した場合の余剰燃料は、戻し管11を通じて燃料タンク4に戻される。
【0033】
電子制御ユニットである上記コントローラ12には、気筒番号及びクランク角度の情報が入力されている。このコントローラ12は、エンジン出力が運転状態に即した最適出力になるようにエンジン運転状態に基づいて予め定められた目標燃料噴射条件(例えば,目標燃料噴射時期、目標燃料噴射量、目標コモンレール内圧)を関数として記憶しており、各種センサが検出した現在のエンジン運転状態を表す信号に対応して目標燃料噴射条件(即ち、インジェクタ1による燃料噴射タイミング及び噴射量)を演算により求めて、その条件で燃料噴射が行われるようにインジェクタ1の作動とコモンレール内燃料圧力とを制御している。
【0034】
図2は燃料噴射量を決定するためのコントローラ12の制御ブロックである。この図2に示すように、燃料噴射量の算出は、ユーザが操作するレギュレータの開度信号を指令回転数算出手段12Aが受け、この指令回転数算出手段12Aがレギュレータの開度に応じた「指令回転数(目標回転数)」を算出する。そして、エンジン回転数がこの指令回転数となるように噴射量演算手段12Bが燃料噴射量を演算する。エンジンEのインジェクタ1では、この演算により求められた燃料噴射量で燃料噴射動作が行われ、この状態で回転数算出記憶手段12Cが実際のエンジン回転数を算出し、この実際のエンジン回転数と上記指令回転数とを比較して、この実際のエンジン回転数が指令回転数に近付くように燃料噴射量を補正(エンジン回転数フィードバック制御)するようになっている。ここで、回転数算出記憶手段12Cは、各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク軸が回転するのに要した時間より、その気筒の膨張行程での機関回転数を算出してその気筒番号と関連付けて記憶する。さらに、この算出した回転数を一定分、一時的に記憶しておく。
【0035】
−燃料噴射制御におけるフィードバック回転数の切換手法−
次に、本形態の特徴である燃料噴射制御におけるフィードバック回転数の切換手法について説明する。本形態の特徴とするところは、燃料噴射制御におけるフィードバック回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで平均した回転数とするに当たって、どの程度まで過去の気筒分まで遡及して平均を算出するのかを機関運転状態に応じて切換える点にある。以下、この燃料噴射制御におけるフィードバック回転数を切換えるための構成及びその動作について説明する。
【0036】
図1に示すように、コントローラ12の噴射量演算手段12Bは、フィードバック回転数切換手段12Dを備えている。また、このコントローラ12は、目標回転数判定手段12E、負荷変動判定手段12F、減筒運転判定手段12Gを備えている。
【0037】
上記フィードバック回転数切換手段12Dは、これら判定手段12E〜12Gの出力を受信し、その受信信号に応じて、どの程度の過去の気筒分まで遡及して機関回転数を平均するのかを決定し、フィードバック回転数を切換えて、噴射量演算手段12Bに燃料噴射量決定のための制御動作(演算処理動作)を実行させるようになっている。
【0038】
更に、コントローラ12には、エンジン回転数検出手段100からのエンジン回転数信号が入力されるようになっており、この入力されたエンジン回転数信号を上記回転数算出記憶手段12Cが受けることによってエンジン回転数を算出し、この算出した回転数を気筒番号と関連付けて、一定分、一時的に記憶する。
【0039】
そして、レギュレータ開度に応じた目標回転数に基づき燃料噴射量を決定するに当たって、記憶した回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで平均した回転数を機関回転数としてフィードバックすることによって、上記噴射量演算手段12Bが燃料噴射量を演算により決定する。
【0040】
尚、上記エンジン回転数検出手段100は、エンジンEのクランク軸に回転一体に設けられた図示しないクランク軸同期回転体の外周囲に形成された複数の凸起を電磁ピックアップ式の検出器によって検出し、この検出器を所定枚数の凸起が通過するのに要する時間に基づきエンジン回転数を算出するようになっている。特に、本形態の燃料噴射制御において使用するエンジン回転数は、上記回転数算出記憶手段12Cが、ある気筒の圧縮上死点に達した時点を「基点」として、所定角度を回転するのに要した時間(基点から所定個数分の凸起を検出するのに要した時間)に基づき、算出したものである。なお、所定角度とは、ある気筒の圧縮上死点から、次の気筒の圧縮上死点に達するまでのクランク角度を2分の1したものである。
【0041】
次に、上述した各判定手段12E〜12Gの出力に応じたフィードバック回転数の選定動作について説明する。
【0042】
(A)目標回転数判定手段12Eが目標回転数の変動が収束していると判定し、かつ、負荷変動判定手段12Fが負荷の変動が収束していると判定したときに、機関が定常状態にあると判定し、この場合には、フィードバック回転数として、回転数算出記憶手段12Cが直前気筒の回転数から直前以前の気筒分までの回転数を平均した回転数をフィードバックする。
【0043】
このようなフィードバック回転数の選定により、瞬発的な外乱に対する過敏な燃料噴射量の変動を抑制して安定した機関運転が可能になる。
【0044】
(B)目標回転数判定手段12Eにより判定された目標回転数と回転数算出記憶手段12Cが算出し記憶した直前気筒の回転数との偏差量に応じて、フィーバック回転数を算出するための遡及気筒数を切換える。この際に、偏差量が大きくなれば、遡及気筒数を減少し、つまり、より直前気筒の回転数をフィードバック回転数に反映させ、偏差量が小さくなれば、遡及気筒数を増加し、つまり、より直前以前の気筒の回転数をフィードバック回転数に反映させる。
【0045】
このようなフィードバック回転数の選定により、操縦者のレギュレータ操作等に伴う目標回転数の変動に追従した燃料噴射量を迅速に得ることができ、エンジン回転数の急上昇が要求される状況においてその要求に迅速に応えることができ応答性の良好な運転状態を実現できる。
【0046】
(C)上記負荷変動判定手段12Fがエンジンに掛かる負荷の変動を検知し、その変動信号をフィードバック回転数切換手段12Dが受け、エンジンに掛かる負荷が変動した際、その変動量に応じて、フィーバック回転数を算出するための遡及気筒数を切換える。この際に、変動量が大きくなれば、遡及気筒数を減少し、変動量が小さくなれば、遡及気筒数を増加する。
【0047】
このようなフィードバック回転数の選定により、負荷変動(船舶にあってはクラッチ嵌入や波等の影響によってエンジン負荷が急変動することがある)に追従した燃料噴射量を迅速に得ることができ、特に、エンジンの低回転運転時に負荷が急激に大きくなってエンジン回転数が急低下する状況であっても迅速に燃料噴射量を増大させてエンジン回転数を維持することができるので、エンストを回避することができる。
【0048】
(D)上記減筒運転判定手段12Gが少なくとも何れか一つの気筒での燃焼停止を判定した際、直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して、平均した回転数をフィードバックする。
【0049】
このようなフィードバック回転数の選定により、燃焼停止気筒直後の気筒で燃料噴射量が著しく増大して燃料噴射量のハンチングを招いてしまうといったことが回避され、各気筒間での排気温度のバラツキを緩和できる。
【0050】
(E)さらに、遡及気筒数をエンジン気筒数の整数倍とすれば、エンジンの全気筒の膨張行程での回転数が、フィードバック回転数に反映されるため、目標回転数や機関負荷に起因しない、回転変動の影響を緩和できる。
【0051】
(F)エンジンのアイドリング運転時には、直前気筒のエンジン回転数をフィードバックする。
【0052】
このようなフィードバック回転数の選定により、加速指令や機関負荷の変動に対する応答性が向上する。
【0053】
(G)また、クラッチ断接信号等に基づきエンジン負荷の変動を予測し、直前気筒のエンジン回転数を予め設定された負荷対応期間中フィードバックすれば、負荷変動におけるエンジン回転の低下を抑制できる。この場合、負荷対応期間を任意に設定可能とすることで、負荷変動が発生してから定常状態に移行するまでの期間が、機種差、個体差や経年劣化等により各機関で異なる場合でも、そのような個別又は経年状態別の調整が可能となる。
【0054】
以上のように本形態では、燃料噴射量を決定するためにフィードバックするエンジン回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで平均した回転数とするに当たって、どの程度の過去の気筒分まで遡及して平均を算出するのかをエンジン運転状態に応じて切換可能とし、このフィードバック回転数の選定によって、負荷変動や加減速指令等の過渡状態における応答性の向上と、エンジンが定常状態にあるときの運転安定性の向上との両立を図ることができる。
【0055】
具体的に本形態に掛かる制御動作を実施した場合のエンジンの運転状態(エンジン回転速度の変動、排気温度のバラツキ)について以下に説明する。
【0056】
図7は、例えば、第1気筒の燃料噴射弁にカーボンフラワー等が発生して、この第1気筒に燃料供給が行われなくなった場合(=減筒運転状態)のエンジン回転数の変動状態を示している。この図では「♯」は気筒番号を示しており、「TDC」はその気筒のピストンが圧縮行程上死点に達するタイミングを示している。この図7からも判るように、第1気筒では燃料噴射不良により、膨張行程での燃焼が十分でないため(図中の範囲t1)エンジン回転数が低下する。
【0057】
図3は、第1気筒のインジェクタ1に故障が発生してこの第1気筒に燃料供給が行われなくなった場合のエンジン回転数の変動状態を示している。この図では「♯」は気筒番号を示しており、「TDC」はその気筒のピストンが上死点に達するタイミングを示している。この図3からも判るように、第1気筒では燃料噴射不良により、膨張行程での燃焼が十分でないため(図中の範囲t1)エンジン回転数が低下する。この場合には、減筒運転と判定され、上述した如く、直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して、平均した回転数をフィードバックする。従って、図7と比較して、第1気筒での低下したエンジン回転数のみがフィーバックされるのでなく、燃焼が正常に行われている第2、4、3気筒のエンジン回転数も反映された回転数がフィードバックされるため、目標回転数との偏差が過大になるのを緩和できる。よって、次に膨張行程を迎える第3気筒に対する燃料噴射量が大幅に増量されることはなく、エンジン回転数は比較的安定に維持されている(図中の点P1参照)。また、その後に膨張行程を迎える第4気筒及び第2気筒に対しても同様である。
【0058】
図4は、定常運転状態における気筒番号と排気温度との関係を示す図である。この場合も、上述した如く、直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して、平均した回転数をフィードバックする。従って、例えば、エンジン負荷が一時的に減少しても、その直後に膨張行程となる気筒での燃料噴射量の過剰な減少を回避できる。よって、気筒間で燃料噴射量が交互に大小関係を生じることを回避できるので、図4で示した如く、各気筒間での排気温度のバラツキを抑制できる。
【0059】
図5は、レギュレータ操作によって指令回転数(目標回転数)が急激に上昇した場合に、遡及気筒数を減少して、より直前気筒の回転数(例えば、直前気筒分のみ)を反映した回転数をフィードバックした場合のエンジン回転数の変動状態を説明するための図である。上述したように、従来の「複数回平均フィードバック制御」では目標回転数が急激に上昇した場合にそれに追従することができなかった(図5(b)参照)。本形態では、このような状況にあっては、より直前気筒の回転数(例えば、直前気筒分のみ)を反映した回転数をフィードバックして燃料噴射制御を行う。このため、図5(c)に示すように、指令回転数信号の急激上昇に対応して実際の指令回転数もタイムラグが殆ど無く迅速に上昇し、その指令回転数も変動することなしに短時間で適正値に安定することになる。
【0060】
−その他の実施形態−
上述した実施形態にあっては、蓄圧式燃料噴射装置を備えた4気筒舶用ディーゼルエンジンに本発明を適用した場合について説明した。本発明はこれに限らず、蓄圧式燃料噴射装置を備えていないディーゼルエンジンや、6気筒ディーゼルエンジン等、種々の形式のエンジンに対して適用可能である。また、舶用エンジンに限らず、車両用や発電機用など他の用途に使用されるエンジンへの適用も可能である。尚、発電機用として適用した場合、エンジン目標回転数は一定値となる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】実施形態に係る蓄圧式燃料噴射装置を示す図である。
【図2】燃料噴射量を決定するための制御ブロック図である。
【図3】実施形態におけるエンジン回転数の変動状態を示す図である。
【図4】実施形態における気筒番号と排気温度との関係を示す図である。
【図5】指令回転数が急激に上昇した場合のエンジン回転数の変化を説明するための図であって、(a)は指令回転数信号を、(b)は「複数回平均フィードバック制御」におけるエンジン回転数の変化を、(c)は「直前気筒フィードバック制御」におけるエンジン回転数の変化をそれぞれ示す図である。
【図6】従来の4気筒エンジンにおいて各気筒間での排気温度のバラツキが大きくなった状態の気筒番号と排気温度との関係を示す図である。
【図7】従来例において第1気筒の燃料噴射弁に故障が発生した場合のエンジン回転数の変動状態を示す図である。
【符号の説明】
【0062】
1 インジェクタ(燃料噴射弁)
12C 回転数算出記憶手段
12D フィードバック回転数切換手段
12E 目標回転数判定手段
12F 負荷変動判定手段
12G 減筒運転判定手段
E エンジン(内燃機関)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の気筒を有する内燃機関の機関回転数を検知し、この検知された機関回転数が目標回転数に近付くように燃料噴射手段からの燃料噴射量を制御する機関回転数フィードバック制御を行う内燃機関の回転数制御装置において、
各気筒の圧縮上死点から所定角度までクランク軸が回転するのに要した時間より、その気筒の膨張行程での機関回転数を算出してその気筒番号と関連付けて記憶する回転数算出記憶手段と、この気筒番号と関連付けされた機関回転数と目標回転数に基づき燃料噴射量を決定するに当たって、この記憶した回転数を直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して平均した回転数を機関回転数としてフィードバックすると共に、内燃機関の運転状態によって遡及気筒数を切換えてフィードバック回転数を算出するフィードバック回転数切換手段を備えていることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、平均回転数を算出するための遡及気筒数を機関負荷に応じて、切換えることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、機関が定常運転状態であると判定した場合、直前気筒分から直前以前の気筒分までを平均した回転数をフィードバックすることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、目標回転数と直前気筒の機関回転数との偏差量に応じて平均回転数を算出するための遡及気筒数を切換えると共に、偏差量が大きくなれば平均回転数を算出するための遡及気筒数を減少し、偏差量が小さくなれば平均回転数を算出するための遡及気筒数を増加するよう構成されていることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項5】
請求項1または2に記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、機関負荷の変動量に応じて平均回転数を算出するための遡及気筒数を切換えると共に、変動量が大きくなれば平均回転数を算出するための遡及気筒数を減少し、変動量が小さくなれば平均回転数を算出するための遡及気筒数を増加するよう構成されていることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項6】
請求項1または2に記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、減筒運転時には直前気筒分から直前以前の気筒分まで遡及して平均した回転数をフィードバックすることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項7】
請求項1〜6のうち何れか一つに記載の内燃機関の回転数制御装置において、
平均回転数を算出するための遡及気筒数を機関気筒数の整数倍とすることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項8】
請求項1または2に記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、機関のアイドリング運転時には直前気筒の機関回転数をフィードバックすることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項9】
請求項2または5記載の内燃機関の回転数制御装置において、
フィードバック回転数切換手段は、機関負荷の変動を予測した場合には直前気筒の機関回転数を所定の負荷対応期間フィードバックすることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項10】
請求項9記載の内燃機関の回転数制御装置において、
負荷対応期間は、任意に設定可能であることを特徴とする内燃機関の回転数制御装置。
【請求項11】
請求項1〜10のうち何れか一つに記載の回転数制御装置を備えたことを特徴とする内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−29089(P2006−29089A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−204347(P2004−204347)
【出願日】平成16年7月12日(2004.7.12)
【出願人】(000006781)ヤンマー株式会社 (3,810)
【Fターム(参考)】