説明

円筒状部材の溶接部構造

【課題】 この発明は、車軸ケースその他の円筒状部材同士の接合部の強度を向上させる溶接部構造に関する。
【解決手段】 車軸ケースその他の円筒状部材からなる母材同士の突合せ溶接で、環状に1層または複数層の溶接を行う溶接部構造において、環状に連なる溶接部が複数の溶接構成部からなって各溶接構成部の端部が重なる繋ぎ部が複数形成されており、隣接する繋ぎ部の長さを、母材の板厚の3から5倍の範囲内に設定してなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車軸ケースその他の円筒状部材同士の接合部の強度を向上させる溶接部構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車軸ケースのケース本体の長手方向両端部とスピンドルとの溶接接合のように円筒状部材21、22同士の突合せ溶接においては、図5に示すように、通常は円筒状部材21、22の外側のみから溶接を施すため、円筒状部材21、22の内面に未溶着部25が残り、このため溶着部20での板厚L2が母材の板厚L1より短くなるため、継ぎ手効率は1以下となり、溶接部20の強度低下の原因となっている。
これを防止するため、図6に示すような裏当て材(リング状の当金)26を円筒状部材21、22の接合部の内側に追加したり、図7に示すように継ぎ手の一方(図示例では21)と裏当て材26’を一体化した継ぎ手形状を使用し、円筒状部材の外側から溶接する際に裏当て材26、26’まで溶着させることにより、母材となる円筒状部材21、22の未溶着部を無くし、継ぎ手効率を1とすることが行われている。
このような場合には溶着部20の板厚は母材21、22と同じになるが、裏当て材26、26’と母材21、22との隙間が亀裂として作用し、この隙間の底部27、27’に応力が集中する。
【0003】
さらに、円筒状部材21、22及びリング状の裏当て材26、26’を溶接することにより、発生した溶接熱が冷却する過程で、裏当て材26、26’及び溶着金属20の径が収縮し、この変形で図8に示すように、溶接部20の外表面側には圧縮応力が残留し、溶接部20の内表面側には引張応力が残留してしまう。
この溶接後の引張りの残留応力(図8中、一点鎖線で模式的に示す)Sと、前記裏当て材26、26’と母材21、22との隙間の底部27、27’に発生する応力集中が、相乗的に作用して溶接部20の強度を低下させ亀裂などが発生する虞れがあった。
そこで、本出願人は、特願2004−262302の車軸ケースでは、ケース本体とスピンドルの少なくとも一方の接合端部を接合端部に連続する隣接部と比べて上下方向寸法が小さくなるようにして接合部の強度向上を図っている。また、特願2005−161378の溶接部構造及び溶接方法では、筒状部材の少なくとも一方の端部に当金と接触する接触部と、接触部に対して当金から離れる方向に傾斜される傾斜部と、その傾斜部に連続し当金に対して間隔を隔てて配置される段差部とを設け、上記接触部と傾斜部の一部とを覆うように溶接ビートを設けて、接合部の強度を向上させている。
【特許文献1】特願2004−262302
【特許文献2】特願2005−161378
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本出願人は更に鋭意研究開発の結果、この発明を創案したものであって、その主たる課題は、溶接の繋ぎ部を所定間隔で複数設けることで残留応力を小さくして円筒状部材の溶接継ぎ手の強度を向上することにある。
また、この発明では、円筒状部材の溶接継ぎ手の強度を低下させることなく、円筒状部材の板厚を低減し、部品の軽量化と材料費の節減を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、請求項1の発明では、
円筒状部材からなる母材同士の突合せ溶接で、環状に1層または複数層の溶接を行う溶接部構造において、
環状に連なる溶接部が複数の溶接構成部からなって各溶接構成部の端部が重なる繋ぎ部が複数形成されており、
隣接する繋ぎ部の長さを、母材の板厚の3から5倍の範囲内に設定してなることを特徴とする。
請求項2の発明では、
円筒状部材からなる母材同士の突合せ溶接で、環状に1層または複数層の溶接を行う溶接部構造において、
環状に連なる溶接部が複数の溶接構成部からなって各溶接構成部の端部が重なる繋ぎ部が複数形成されており、
隣接する繋ぎ部と円筒中心を結ぶ2本の直線の交叉角が、30度から60度の範囲内に設定してなることを特徴とする。
更に、請求項3の発明では、
前記円筒状部材が、中・大型トラック用全浮動式車軸のケースの中央のケース本体の端部の円筒部分と、円筒状のスピンドル部材とからなり、溶接部が前記ケース本体の円筒部分とスピンドル部材同士の突合せ溶接部からなっていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
この発明では、円筒状部材の突合せ溶接部の内表面側に生じる最も大きな応力集中部の引張残留応力を緩和し、圧縮応力に転換する範囲を広くできる。
そこで、円筒状部材同士の溶接部が一定の方向に曲げられるような負荷に対しては、この負荷に対して最も強度上厳しくなる部位の引張残留応力を緩和ないし圧縮に転換した範囲で完全に覆うことにより、この接合部の耐久性を大幅に改善できる。
また、逆に耐久性の改善が必要ない場合には、従来と同じ耐久性を維持しつつ、円筒状部材の材質や板厚を低下させることが可能となる。
従って、いずれの場合も材料費の節減が可能となり、特に板厚を低下させた場合には構造部材の重量を低減でき、車軸ケースなどの車両部材に応用した場合には燃費の向上や、積載量の増加といった商品価値の向上が可能となり、材料資源や燃料の節減を通じた社会環境の改善に貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に、この発明の円筒状部材の溶接部構造の実施の形態を図面を参照しながら説明する。
従来の溶接では、図8に示したように、母材である円筒部材21、22同士の接合部の溶接部20は、開始点20aと終了点20bを重ねる1層とし、溶接の不連続部をなくしている。
【0008】
この溶接部20は、入熱後(溶接後)、溶接線の両側二方向から冷却されるのに対し、開始点20aと終了点20bとが重なった繋ぎ部P20は単一であって、これら二方向と溶接終了点20bの溶接線延長方向からも冷却されるため、溶接が連続する部分に比べて早く冷却される。
このため、繋ぎ部P20の冷却後の残留応力Sは連続部のものに比べて小さくなり、母材21、22と裏当て材26の隙間の底部27の応力集中部(図6参照)をさらに強度低下させる引張りの残留応力も小さくなり、溶接条件によっては圧縮の残留応力となる場合さえある。
【0009】
そこで、この発明では、環状に1層または複数層に溶接される溶接部を、複数の溶接構成部で形成するようにし、各溶接構成部の端部で重なる繋ぎ部を所定の間隔で複数設けることで、溶接部の強度の向上を実現した。
【実施例1】
【0010】
図1は、裏当て材を省略した実施例1の溶接部構造における溶接進行手順(図中、外側の2点鎖線で示す)と、溶接部の内表面側の残留応力(図中、内側の一点鎖線で模式的に示す)Sを説明する図であり、裏当て材は図示省略している(以下、同じ)。
【0011】
図1に示す実施例1の溶接部構造では、一対の筒状部材に図6や図7に示したような裏当て材を追加した突合せ溶接の継手において、環状に形成された溶接部10は、第1溶接構成部1として、突合せ継手の開先に沿って一定方向(図示例では反時計方向)に第1開始点1aから第1終了点1bまで所定の長さ、即ち、後述の残留応力変化部11を形成する範囲までの溶接を行う。
【0012】
次いで第2溶接構成部2として、前記第1開始点1aと重なる位置を第2開始点2aとし、前記と反対方向(図示例では時計方向)に接合部に沿って前記第1終了点1bと重なる位置を第2終了点2bとして溶接を行ない、溶接部10が形成されている。
【0013】
そして、第1開始点1aおよび第2開始点2aの重なった個所の第1繋ぎ部P1から、第1終了点1bおよび第2終了点2bの重なった個所の第2繋ぎ部P2までが残留応力変化部11となっており、その長さが母材の板厚tの3倍から5倍の範囲内の長さに設定されている(図4参照)。
【0014】
ここで、残留応力変化部11の間隔が母材の板厚tの3倍未満の場合には間隔が狭すぎて効果的に引張残留応力を低下できず、5倍を超える場合には残留応力変化部が分断して生じてしまうので引張残留応力を低下できない欠点がある。
【0015】
この様に繋ぎ部の間隔を所定の長さに設定することにより、各繋ぎ部の近傍には残留応力の低い範囲を連続的に発生させ、あるいは圧縮の残留応力となる範囲が繋がって広い範囲となる。
そこで、これら繋ぎ部間に形成される残留応力変化部11を、母材となる筒状部材の溶接継手の応力的に厳しい位置を覆うように配置することで、溶接部の強度を向上できる。
【0016】
例えば、母材となる筒状部材として、図9に示すような車軸ケース6の中央に設けられるケース本体6aと、その両端に溶接されるスピンドル部材6bとの溶接接合に適用する場合には、応力的に厳しいのは上下曲げで引張応力の発生する最下部となるので、近くに隅肉溶接されているブレーキ取付用のリング状ブラケットなどは全周溶接を避けて、最下面側90度ないし120度の範囲を未溶接としている例がある。
【0017】
しかし、スピンドル突合せ溶接部を未溶接とすると接合される断面積が減少してより強度が低下してしまう上、内部のギヤ用潤滑油が漏れ出てしまい、現実的でない。
したがって、この発明を車軸ケースのスピンドル溶接部に適用する場合には、溶接の複数の繋ぎ部からなる残留応力変化部11が車軸ケースの最下面近傍に配置されるように形成することが好ましい。
【実施例2】
【0018】
前記実施例1では、円筒状部材の接合部にした溶接が一層で、溶接個所の繋ぎ部が2箇所の場合を説明したが、この発明では、溶接が複数層のものや、繋ぎ部が3個所以上の場合であっても同様の効果が得られる。
【0019】
図2に示す実施例2の溶接部構造は、溶接部10が複数層の場合の一例を示す。
この溶接部構造では、第1溶接構成部1が、第1開始点1aから第1終了点1bまで、一定方向(図示例では反時計方向)に一定長さ、即ち、残留応力変化部11を形成する個所まで溶接される。
次いで、第2溶接構成部2として、第1終了点1bと重なる位置に第2溶接構成部の第2開始点2aを設定し、第1溶接構成部1と逆方向(図示例では時計方向)に1回転して溶接し第2開始点2aと重なる位置を第2終了点2bとする。
【0020】
次いで、第3溶接構成部3として、該第2終了点2bと重なる位置に第3溶接構成部の第3開始点3aを設定し、第2溶接構成部2とは逆方向(反時計方向)に溶接して前記第1開始点1aと重なる位置を第3終了点3bに設定する。
この場合の第1開始点1aと第3終了点3bの重なる繋ぎ部P1と、第1終了点1b、第2開始点2a、第3開始点の重なる繋ぎ部P2との間が残留応力変化部11となり、図示省略の母材の厚みの3から5倍の範囲内の長さに設定される。
【実施例3】
【0021】
図3に示す実施例3の溶接構造では、溶接部が1層であって、繋ぎ部が3個所の場合の一例を示す。
この溶接構造では、第1溶接構成部1の第1開始点1aから一定方向(図示例では反時計方向)に一定長さ、即ち、第1の残留応力変化部11を形成する個所まで溶接し第1終了点1bとする。
【0022】
次いで、前記第1開始点1aから反対方向(図示例では時計方向)に一定長さ、即ち、第2の残留応力変化部12を形成する個所まで離間した位置に第2溶接構成部の第2開始点2aが設定され、一定方向(図示例では反時計方向)に前記第1開始点1aと重なる位置まで溶接して第2終了点2bが設定される。
【0023】
次いで、第3溶接構成部3の第3開始点3aが、前記第1終了点1bと重なる位置に設定され、一定方向(図示例では反時計方向)に溶接して前記第2開始点2aと重なる位置に第3終了点3bが設定される。
これにより、第2開始点2aと第3終了点3bとの第3の繋ぎ部P3と、第1開始点1aと第2終了点2bとの第2の繋ぎ部P2と、第1終了点1bと第3開始点3aとの第1の繋ぎ部P1とが形成される。
【0024】
この場合、隣接する繋ぎ部の間隔、即ち第1と第2の繋ぎ部との間隔P1−P2が第1の残留応力変化部11となり、第2と第3の繋ぎ部との間隔P2−P3が第2の残留応力変化部12となり、残留応力変化部11、12のそれぞれが母材の厚みの3から5倍の範囲内の長さに設定される。
上記実施例では繋ぎ部を3個所としたが、3個所以上に繋ぎ目を設けてもよい。
【0025】
上記実施例では、隣接する繋ぎ部の間隔を母材の厚みの3から5倍の長さの範囲内に設定したが、この発明では、図4に示すように、隣接する繋ぎ部(残留応力変化部)と円筒部材の円筒中心を結ぶ直線の交叉角が30〜60度の範囲内の場合にも同様の効果を奏することが確認できた。
【0026】
上記実施例では、円筒状部材同士を突合せ溶接する場合について例示したが、この発明では、図9に例示するような中、大型トラック用の全浮動式車軸ケースなどの車軸ケースにおいて、中央部となるケース本体と、該ケース本体の円筒状両端部と、両端の円筒状のスピンドル部材との突合せ溶接に適用できることは勿論、その他、各種の円筒状部材同士を突合せ溶接する場合に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例1の溶接部構造における溶接進行手順と内表面側の残留応力を模式的に示す説明図である。
【図2】実施例2のの溶接部構造における溶接進行手順と内表面側の残留応力を模式的に示す説明図である。
【図3】実施例3のの溶接部構造における溶接進行手順と内表面側の残留応力を模式的に示す説明図である。
【図4】残留応力変化部の範囲を模式的に示す説明図である。
【図5】(a)は従来の円筒状部材を母材とする突合せ溶接を示す図、(b)は(a)のB−B線断面図である。
【図6】裏当て材を追加した場合の溶接構造を示す断面図である。
【図7】一方の母材に裏当て材を一体形成した場合の溶接構造を示す断面図である。
【図8】従来の溶接部構造における溶接進行手順と内表面側の残留応力を模式的に示す説明図である。
【図9】車軸ケースを示す正面図である。
【符号の説明】
【0028】
1 第1溶接構成部
1a 第1開始点
1b 第1終了点
2 第2溶接構成部
2a 第2開始点
2b 第2終了点
3 第3溶接構成部
3a 第3開始点
3b 第3終了点
6 車軸ケース
6a ケース本体
6b スピンドル部
10 溶接部
11 (第1の)残留応力変化部
12 第2残留応力変化部
P1 第1繋ぎ部
P2 第2繋ぎ部
P3 第3繋ぎ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状部材からなる母材同士の突合せ溶接で、環状に1層または複数層の溶接を行う溶接部構造において、
環状に連なる溶接部が複数の溶接構成部からなって各溶接構成部の端部が重なる繋ぎ部が複数形成されており、
隣接する繋ぎ部の長さを、母材の板厚の3から5倍の範囲内に設定してなることを特徴とする溶接部構造。
【請求項2】
円筒状部材からなる母材同士の突合せ溶接で、環状に1層または複数層の溶接を行う溶接部構造において、
環状に連なる溶接部が複数の溶接構成部からなって各溶接構成部の端部が重なる繋ぎ部が複数形成されており、
隣接する繋ぎ部と円筒中心を結ぶ2本の直線の交叉角が、30度から60度の範囲内に設定してなることを特徴とする溶接部構造。
【請求項3】
円筒状部材が、中・大型トラック用全浮動式車軸のケースの中央のケース本体の端部の円筒部分と、円筒状のスピンドル部材とからなり、溶接部が前記ケース本体の円筒部分とスピンドル部材同士の突合せ溶接部からなっていることを特徴とする請求項1または2に記載の溶接部構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−313530(P2007−313530A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144727(P2006−144727)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(390001579)プレス工業株式会社 (173)
【Fターム(参考)】