説明

冷間鍛造性およびねじり強度に優れた高周波焼入れ用鋼、およびその製造方法

【課題】鋼部品に成形するときの冷間鍛造性が良好で、しかも高周波焼入れ後における鋼部品のねじり強度を高くできる高周波焼入れ用鋼、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】C:0.4〜0.65%(質量%の意味。化学成分について以下同じ)、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.65%超、2%以下、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.002〜0.1%、Cr:0.30〜3.0%、Al:0.06〜0.50%、B:0.0005〜0.010%、N:0.02%以下(0%を含まない)を含有し、残部は鉄および不可避不純物からなる鋼であり、該鋼は球状化組織を有するものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波焼入れして鋼部品を製造するための鋼に関し、特に部品形状に成形するときの冷間鍛造性が良好で、しかも成形後に高周波焼入れして得られる鋼部品のねじり強度を高められる高周波焼入れ用鋼、およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種機械類に用いられる鋼部品(具体的には、各種歯車伝達装置に利用される歯車等の機械構造部品)には、強度、特にねじり強度の向上が要望されている。ねじり強度とは、ねじり荷重に対する材料の耐性を表す指標であり、ねじり荷重を受ける材料の極限強度を意味している。
【0003】
上記鋼部品は、通常、熱間加工(例えば、熱間圧延や熱間鍛造など)した鋼に、切削加工等を施して最終形状(部品形状)に仕上げて製造される。上記鋼部品の強度を高めるため、その後、焼入れ焼戻し(調質)や浸炭焼入れ等の熱処理が行われている。しかし、近年では、地球環境への負荷を低減すると共に、作業環境を改善するために、焼入れ焼戻し(調質)や浸炭焼入れ等の熱処理に代えて高周波焼入れ処理が行われている。高周波焼入れ処理は、鋼の表層付近のみを急速加熱・冷却する方法であり、短時間で鋼部品の表層部の硬度や疲労特性を高めることができる。高周波焼入れ処理によって鋼部品の強度を、焼入れ焼戻し(調質)浸炭焼入れ等の熱処理を施したときと同程度の強度とするためには、表面硬度を確保しておく必要がある。表面硬度を確保するためには、マルテンサイト変態によって強度が充分向上するように、鋼中のC量を高める必要があった。
【0004】
また、近年では、地球環境への負荷を低減するために、切削加工に代えて冷間鍛造による成形が行なわれている。しかし上述したように、高周波焼入れ処理により強度(内部硬度)を確保するために鋼中のC量を高めると、冷間鍛造性が著しく低下する。
【0005】
高周波焼入れ処理が施される機械構造用鋼の冷間鍛造性を改善する技術が、特許文献1、2に開示されている。これらのうち特許文献1には、Mn量を0.65%以下、Cr量を0.30%未満、Ti量を0.005%未満に制限し、且つBおよびAlを適正量添加することによって、球状化焼なまし後の冷間鍛造性および高周波焼入れ性を改善する技術が開示されている。
【0006】
特許文献2では、球状化焼鈍後に冷間鍛造などの冷間加工によって塑性加工し、次いで高周波焼入れして製造される機械構造用部品の母材となる鋼の化学成分について検討している。この文献では、鋼中のMn量を0.10〜0.60%、Cr量を0.15%以下に調整すると共に、Nb、Al、およびB量を適切に調整することによって冷間加工時における変形抵抗を低くしている。また、この文献には、冷間加工時の変形抵抗を下げるため、球状化焼鈍を施すことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−217143号公報
【特許文献2】特開平11−269601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1、2では、高周波焼入れして得られる鋼部品のねじり強度については考慮されておらず、本発明者らが検討したところ、これらの文献に開示されている鋼部品のねじり強度は低いことが分かった。
【0009】
本発明はこのような事情に着目してなされたものであって、その目的は、鋼部品に成形するときの冷間鍛造性が良好で、しかも高周波焼入れ後における鋼部品のねじり強度を高くできる高周波焼入れ用鋼、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決することのできた本発明に係る高周波焼入れ用鋼とは、C:0.4〜0.65%(質量%の意味。化学成分について以下同じ)、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.65%超、2%以下、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.002〜0.1%、Cr:0.30〜3.0%、Al:0.06〜0.50%、B:0.0005〜0.010%、N:0.02%以下(0%を含まない)を含有し、残部は鉄および不可避不純物からなる鋼であり、該鋼は球状化組織を有する点に要旨を有している。
【0011】
前記鋼は、更に他の元素として、
(a)Mo:1%以下(0%を含まない)、
(b)Ti:0.2%以下(0%を含まない)、Nb:0.2%以下(0%を含まない)、およびV:0.2%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素、
(c)Cu:3%以下(0%を含まない)、および/またはNi:3%以下(0%を含まない)、
(d)Ca:0.005%以下(0%を含まない)、Mg:0.005%以下(0%を含まない)、Li:0.001%以下(0%を含まない)、およびREM:0.001%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素、
等を含有してもよい。
【0012】
本発明に係る高周波焼入れ用鋼は、上記成分組成を満足する鋼を、720〜760℃の温度域に加熱し、この温度域で120〜300分間保持した後、該保持温度から600℃までの温度範囲を12〜20℃/時間の平均冷却速度で冷却することによって好適に製造できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鋼の成分組成を適切に制御し、球状化組織を有する組織とすることによって、鋼を部品形状に成形するときの冷間鍛造性が良好で、しかも高周波焼入れ後における鋼部品のねじり強度を高められる高周波焼入れ用鋼を提供できる。即ち、本発明の高周波焼入れ用鋼を冷間鍛造し、高周波焼入れして得られる鋼部品は、ねじり強度が1600MPa以上となる。また、本発明の高周波焼入れ用鋼を用いれば、冷間鍛造と高周波焼入れを組み合わせて鋼部品を製造できるため、地球環境への負荷を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、セメンタイトの分布状態を示す模式図である。
【図2】図2は、ねじり試験に用いた試験片の形状を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、高周波焼入れして得られる鋼部品のねじり強度を高めたうえで、該鋼部品形状に成形するときの冷間鍛造性を改善するために鋭意検討を重ねてきた。その結果、鋼の成分組成のうち、特に、Mn、Al、B、Cr、およびN量を適切な範囲に制御すると共に、鋼が球状化組織を有するものにすれば、部品形状に成形するときの冷間鍛造性と、高周波焼入れ後の鋼部品のねじり強度の両方を高められる高周波焼入れ用鋼を提供できることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
即ち、高周波焼入れ後の鋼部品のねじり強度を高めるには、鋼の焼入れ性を高める必要がある。鋼の焼入れ性を高めるには、0.65%を超えるMnを添加すると共に、AlとBが鋼中に固溶するようにAlとBの添加量を適切な範囲に制御することが有効である。
【0017】
ところが鋼のねじり強度を高めるためにMnを多量に添加すると、冷間鍛造時に割れが発生し易く、また鋼の変形抵抗が大きくなって、鋼部品形状に成形するときの冷間鍛造性が劣化する。従って部品形状に成形するときの冷間鍛造性を劣化させることなく、高周波焼入れ後の鋼部品のねじり強度を高めることが必要である。
【0018】
そこで本発明者らが鋼の冷間鍛造性を改善する方法について検討したところ、Crを積極的に添加(具体的には、Cr:0.30〜3.0%)することによって球状化組織を有するものにすればよいことが明らかになった。Crは鋼に含まれる炭化物を球状化し、層状セメンタイトの生成を抑制するのに作用するため、冷間鍛造時に割れが発生し難くなる。またCrは、鋼の変形抵抗を低下させて冷間鍛造性を改善する作用を有している。更にCrは、高周波焼入れして得られる鋼部品のねじり強度を高めるのにも作用する。
【0019】
また、鋼の変形抵抗を低下させて冷間鍛造性を改善するには、鋼中に固溶しているN量を低減することも有効である。固溶N量を低減するには、鋼中の固溶NをAlNやBNとして固定すればよい。
【0020】
以下、本発明に係る高周波焼入れ用鋼について具体的に説明する。
【0021】
まず、本発明に係る高周波焼入れ用鋼は、フェライト組織中に球状化組織を有している。球状化焼鈍により(詳細は後述する。)、鋼中炭化物が球状化された球状炭化物を含む組織とすることによって、鋼の冷間鍛造性を改善できる。
【0022】
球状化組織の程度として、パーライトを構成する層状セメンタイトの生成が出来るだけ抑制されていることが好ましい。層状セメンタイトは、周囲の組織よりも硬質になるため、冷間鍛造時の鋼の変形抵抗を増大させて冷間鍛造性を劣化させる原因となる。また、層状セメンタイトは、冷間鍛造時に他の組織よりも優先的に破断、分離の起点となりやすく、耐割れ性を劣化させる。本明細書では、層状セメンタイトのなかでも、アスペクト比が約3以上のセメンタイトが3つ以上隣接している層状セメンタイトを、出来るだけ残存させないようにすることにより冷間鍛造性が一層高められるところに着目している。このような層状セメンタイトの面積率は、金属組織全体に対して5%以下であることが好ましく、より好ましくは4.0%以下、更に好ましくは3.0%以下である。
【0023】
ここで「アスペクト比」とは、セメンタイトの長径(最大長さ)と、長径に垂直な方向の短径(最大幅)を測定したとき、長径を短径で除した比(長径/短径)を意味する。
【0024】
また、「隣接している」とは、隣り合うセメンタイト同士の最短距離と、隣り合うセメンタイト同士の各短径のうち短い方の短径とを比べたときに、隣り合うセメンタイト同士の最短距離が小さい状態を意味する。このことを図面を用いて説明する。図1は、セメンタイトの分布状態を模式的に示した図であり、図中、A、B、Cは、夫々セメンタイト、a、b、cは、夫々セメンタイトA、B、Cの短径、L1はセメンタイトAとBの最短距離、L2はセメンタイトBとCの最短距離を示している。
【0025】
まず、セメンタイトAとBに着目する。これらの短径を比べると、セメンタイトAの短径aよりもセメンタイトBの短径bの方が小さい。次に、セメンタイトBの短径bと、セメンタイトAとBの最短距離L1を比べると、最短距離L1の方が小さい。従ってセメンタイトAとBは、隣接していると判定する。
【0026】
次に、セメンタイトBとCに着目する。これらの短径を比べると、セメンタイトCの短径cよりもセメンタイトBの短径bの方が小さい。そしてセメンタイトBの短径bと、セメンタイトBとCの最短距離L2を比べると、最短距離L2の方が大きい。従ってセメンタイトBとCは、隣接していないと判定する。
【0027】
後記する実施例では、試験片を光学顕微鏡で観察倍率400倍で10視野観察し、上記要件を満足する層状セメンタイトの面積率が全金属組織に対して5%以下である場合を、球状化組織を有すると判定した。
【0028】
本発明において所望の特性を有する鋼部品を得るためには、鋼の成分組成も適切に制御する必要がある。以下、本発明の高周波焼入れ用鋼の成分組成について説明する。
【0029】
[C:0.4〜0.65%]
Cは、ねじり強度を確保するために必要な元素であり、0.4%以上含有させることによって、鋼部品として必要なねじり強度(即ち、高周波焼入れ後におけるねじり強度)を確保できる。C量は、好ましくは0.43%以上、より好ましく0.45%以上である。しかしC量が過剰になると、鋼が硬くなり過ぎて冷間鍛造性が劣化する。従ってC量は0.65%以下、好ましくは0.62%以下、より好ましくは0.60%以下とする。
【0030】
[Si:0.01〜0.5%]
Siは、固溶強化により高周波焼入れして得られる鋼部品のねじり強度を高める元素である。また、Siは、固溶Cがセメンタイトとして析出するのを抑制し、冷間鍛造性を改善するのに作用する元素である。また、Siは脱酸元素としても作用する。こうした作用を発揮させるには、Si量は0.01%以上、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上とする。しかしSi量が過剰になると、鋼が硬くなり過ぎて冷間鍛造時に割れが発生し、冷間鍛造性が劣化する。従ってSi量は、0.5%以下、好ましくは0.45%以下、より好ましくは0.40%以下とする。
【0031】
[Mn:0.65%超、2%以下]
Mnは、焼入れ性を向上させる元素であり、高周波焼入れ後の鋼部品のねじり強度を向上させるのに必要な元素である。従ってMn量は0.65%超、好ましくは0.80%以上、より好ましくは0.95%以上とする。しかしMn量が過剰になると、焼入れ性が向上し過ぎて鋼が硬くなり、冷間鍛造性が劣化する。従ってMn量は2%以下、好ましくは1.8%以下、より好ましくは1.6%以下とする。
【0032】
[P:0.03%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼に不可避的に含まれる不純物元素であり、P量が過剰になると加工時に割れが発生するのを助長するので、できるだけ低減する必要がある。従ってP量は0.03%以下、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%以下とする。なお、P量を0%とすることは工業的に困難である。
【0033】
[S:0.002〜0.1%]
Sは、鋼に不可避的に含まれる不純物元素であるが、鋼中のMnと結合してMnS系介在物を形成し、鋼の被削性を向上させるのに有効に作用する元素である。こうした作用を発揮させるには、S量は0.002%以上、好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.008%以上とする。しかしS量が過剰になると、MnS系介在物量が増大し、冷間鍛造時の耐割れ性を低下させる。また、この介在物が加工時(例えば、熱間圧延や熱間鍛造など)に加工方向に伸展するため、加工方向に直角な方向の靭性(横目靭性)が劣化する原因となる。従ってS量は0.1%以下、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下とする。
【0034】
[Cr:0.30〜3.0%]
Crは、球状化焼鈍時に炭化物の生成を促進し、これを球状化させて球状化組織の生成に有効に作用し、鋼を部品形状に成形するときの冷間鍛造性を劣化させることなく、高周波焼入れ後の鋼部品のねじり強度を高めるのに作用する元素である。こうした作用を発揮させるには、Cr量は0.30%以上、好ましくは0.4%以上、より好ましくは0.5%以上とする。しかしCr量が過剰になると粗大な炭化物が生成し、冷間鍛造性を劣化させる。従ってCr量は3.0%以下、好ましく2.7%以下、より好ましくは2.5%以下とする。
【0035】
[Al:0.06〜0.50%]
Alは、鋼中に固溶状態で存在することによって球状化焼鈍時に炭化物が成長するのを抑制するのに作用する元素であり、Alを固溶させることによって、粗大な炭化物が生成するのを抑制できる。粗大な炭化物の生成が抑制されることによって、高周波焼入れ後におけるねじり強度を高めることができる。またAlは、Nと結合してAlNを析出し、冷間鍛造時に変形抵抗を増大させるNを無害化するのに有効に作用する元素である。またAlは、脱酸剤としても作用する。こうした作用を発揮させるには、Al量は0.06%以上、好ましくは0.07%以上、より好ましくは0.08%以上とする。しかしAl量が過剰になると、AlNが多量に析出して冷間鍛造性を却って低下させる。従ってAl量は0.50%以下、好ましくは0.4%以下、より好ましくは0.3%以下とする。
【0036】
[B:0.0005〜0.010%]
Bは、鋼中のNと結合してBNとして析出し、鋼中の固溶N量を低減する元素である。固溶N量が低減されることによって、冷間鍛造時の鋼の変形抵抗が低下するため、冷間鍛造性を改善できる。また、BNが析出することによってAlNの析出が抑制されるため、鋼中の固溶Al量を確保でき、高周波焼入れ後における鋼部品のねじり強度を高めることができる。こうした作用を発揮させるには、Bは0.0005%以上、好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上とする。しかしBが過剰になると、鋼が硬くなり過ぎて冷間鍛造性が却って劣化する。従ってBは0.010%以下、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.006%以下とする。
【0037】
[N:0.02%以下(0%を含まない)]
Nは、鋼中に不可避的に含まれる不純物元素であり、N量が過剰になり、固溶N量が増加すると冷間鍛造時の鋼の変形抵抗が増大し、また冷間鍛造時に割れが発生することが助長されるため、できるだけ低減する必要がある。従ってN量は0.02%以下、好ましくは0.018%以下、より好ましくは0.016%以下とする。なお、N量を0%とすることは工業的に困難であり、通常、0.002%程度含有している。
【0038】
本発明に係る高周波焼入れ用鋼の成分組成は上記の通りであり、残部は、鉄およびP、S以外の不可避不純物である。P、S以外の不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。
【0039】
本発明の高周波焼入れ用鋼は、本発明の効果を損なわない範囲で、更に他の元素として、Mo、Ti、Nb、V、Cu、Ni、Ca、Mg、Li、REMなどを積極的に含有させてもよい。
【0040】
[(a)Mo:1%以下(0%を含まない)]
Moは、鋼の焼入れ性を高め、焼入れされていない組織が生成するのを抑制して高周波焼入れ後の鋼部品の強度を高めるのに作用する元素である。こうした作用は、その含有量が増加するにつれて増大するが、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.15%以上である。しかしMoを過剰に含有すると、焼きならし後でも過冷組織(例えば、マルテンサイトなど)が生成して被削性が低下するため、1%以下とすることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.8%以下であり、更に好ましくは0.5%以下である。
【0041】
[(b)Ti:0.2%以下(0%を含まない)、Nb:0.2%以下(0%を含まない)、およびV:0.2%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素]
Ti、Nb、Vは、熱間加工時に結晶粒が異常成長するのを防止し、鋼の靭性や疲労特性が低下するのを防止する作用を有する元素であり、少なくとも任意の1種以上含有することによってこうした作用が発揮される。こうした作用は、その含有量が増加するにつれて増大するが、Ti、Nb、V量は夫々好ましくは0.005%以上、より好ましく0.010%以上含有することが望ましい。しかしこれらの元素を過剰に含有すると、硬質の炭化物が多量に生成して鋼の被削性が低下するので、Ti、Nb、V量は夫々、0.2%以下、好ましくは0.15%以下、より好ましく0.10%以下とする。なお、Ti、Nb、およびVは、単独で含有させてもよいし、任意に選ばれる2種以上を含有させてもよい。
【0042】
[(c)Cu:3%以下(0%を含まない)、および/またはNi:3%以下(0%を含まない)]
CuとNiは、焼入れ性を向上させて高周波焼入れ後の鋼部品のねじり強度を高めるのに有効に作用する元素である。こうした作用は、これらの元素の含有量が増加するにつれて増大するが、CuとNi量は夫々好ましくは0.05%以上、より好ましく0.1%以上である。しかし過剰に含有させると過冷組織(例えば、マルテンサイトなど)が生成し、延性や靭性が低下するので、CuとNi量は夫々3%以下とすることが好ましい。Cu、Ni量は、より好ましくは2%以下、更に好ましくは1%以下である。なお、CuおよびNiは、夫々、単独で含有させてもよいし、両方を含有させてもよい。また両方を含有させる場合の含有量は夫々上記範囲で任意の含有量でよい。
【0043】
[(d)Ca:0.005%以下(0%を含まない)、Mg:0.005%以下(0%を含まない)、Li:0.001%以下(0%を含まない)、およびREM:0.001%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素]
Ca、Mg、Li、およびREMは、MnS等の硫化化合物系介在物を球状化させ、被削性を向上させるのに有効な元素である。こうした作用はその含有量が増加するにつれて増大するが、CaとMg量は夫々好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0010%以上、LiとREM量は夫々好ましくは0.0001%以上、より好ましくは0.0003%以上である。しかし過剰に含有させてもその効果は飽和し、含有量に見合う効果が期待できないので、CaとMg量は夫々好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.0040%以下、更に好ましくは0.0030%以下、LiとREM量は夫々好ましくは0.001%以下、より好ましくは0.0008%以下、更に好ましくは0.0005%以下である。なお、Ca、Mg、Li、およびREMは、単独で含有させてもよいし、任意に選ばれる2種以上を含有させてもよい。
【0044】
本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有するのがよい。
【0045】
次に、本発明に係る高周波焼入れ用鋼を好適に製造できる方法について説明する。
【0046】
本発明の高周波焼入れ用鋼は、上記成分組成を満足する鋼に球状化焼鈍(球状化熱処理)を施すことによって製造できる。
【0047】
球状化焼鈍は、上記成分組成を満足する鋼を、例えば、720〜760℃の温度域に加熱し、この温度域で120〜300分間保持した後、該保持温度から600℃までの温度範囲を12〜20℃/時間の平均冷却速度で冷却することによって製造できる。
【0048】
[加熱加工]
上記成分組成を満足する鋼は、720〜760℃の温度域に加熱する。この温度域に加熱することによって、セメンタイトをオーステナイトに固溶させることができるため、層状セメンタイトの生成を抑制でき、球状化組織を有する鋼にできる。
【0049】
即ち、加熱温度が720℃未満では、鋼中のセメンタイトが充分にオーステナイトに固溶せず、層状セメンタイトが多く生成するため冷間鍛造時に割れが発生して冷間鍛造性が劣化する。従って加熱温度は720℃以上、好ましくは725℃以上、より好ましく730℃以上とする。しかし加熱温度が760℃を超えると、後述する保持後の冷却時にセメンタイトが成長し過ぎて粗大なセメンタイトが生成し、高周波焼入れ時後におけるねじり強度が低下する。従って加熱温度は760℃以下、好ましくは755℃以下、より好ましくは750℃以下とする。
【0050】
[保持工程]
上記温度域に加熱した後は、この温度域で120〜300分間(2〜5時間)保持する。保持時間が120分未満では、鋼を充分に均熱化できず、鋼の一部が720℃未満となり、オーステナイトに固溶しないセメンタイトが増加し、層状セメンタイトを形成して冷間鍛造性が劣化する。従って保持時間は120分以上、好ましくは135分以上、より好ましく150分以上である。しかし保持時間が300分を超えると、セメンタイトが保持後の冷却時に成長する際に核となるセメンタイトも固溶と再析出を繰り返して成長するため、冷却時に粗大なセメンタイトが生成し易くなり、高周波焼入れ後における鋼部品のねじり強度を劣化させてしまう。従って保持時間は300分以下、好ましくは285分以下、より好ましくは270分以下とする。
【0051】
[冷却工程]
上記温度域で保持した後は、該保持温度から600℃までの温度範囲を12〜20℃/時間の平均冷却速度で冷却する。平均冷却速度が12℃/時間未満では、冷却時にセメンタイトが成長し過ぎて粗大なセメンタイトが生成し、高周波焼入れ後における鋼部品のねじり強度を低下させてしまう。従って平均冷却速度は、12℃/時間以上、好ましくは13℃/時間以上、より好ましく14℃/時間以上とする。しかし平均冷却速度が20℃/時間を超えると、冷却時に層状セメンタイトが生成し、冷間鍛造性を劣化させてしまう。従って平均冷却速度は20℃/時間以下、好ましくは19℃/時間以下、より好ましくは18℃/時間以下とする。
【0052】
ここで、「該保持温度から600℃までの温度範囲」の「該保持温度」とは、上記温度域で均熱保持したときの温度を意味する。例えば、750℃で保持したときは、750℃から600℃までの温度範囲を意味する。この温度範囲における冷却は、一定の冷却速度で冷却してもよいし、冷却速度を適宜変更して冷却してもよい。
【0053】
600℃まで冷却した後は、常法に従って冷却することによって本発明に係る高周波焼入れ用鋼を製造できる。このときの平均冷却速度は、通常、おおむね0.1〜5℃/秒であり、上記「該保持温度から600℃までの温度範囲」における平均冷却速度とは相違する。即ち、上記保持温度から室温までは少なくとも二段階以上の冷却速度で冷却すればよい。
【0054】
得られた高周波焼入れ用鋼は、冷間鍛造を行って最終形状(部品形状)に仕上げる。その後、高周波焼入れ処理を行うことによって鋼部品を製造できる。高周波焼入れの条件は特に限定されず、公知の条件を採用できる。高周波焼入れ時の周波数は、例えば、30〜150kHzとすればよい。
【0055】
鋼部品としては、例えば、自動車用変速機や作動装置をはじめとする各種歯車伝達装置に利用される歯車、シャフト、プーリーや等速ジョイント等、更にはクランクシャフト等の機械構造部品が挙げられる。
【0056】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0057】
下記表1に示す化学成分組成の鋼(残部は鉄およびP、S以外の不可避不純物)150kgを真空誘導炉で溶解し、上面:φ245mm×下面:φ210mm×長さ:480mmのインゴットに鋳造し、以下の条件で熱間鍛造してφ45mmの丸棒とした。
【0058】
[熱間鍛造条件]
上記インゴットを1200℃に加熱後、熱間鍛造してビレット(155mm角)を得てから冷却した。続いてビレットを1200℃に加熱した後、熱間鍛造してφ45mmの丸棒としてから空冷した。
【0059】
次に、得られた丸棒を長さ150mm毎に切断して供試材を作製した。
【0060】
次に、得られた供試材を、下記表2に示す加熱温度に加熱し、この温度で下記表2に示す時間保持した後、該保持温度から600℃までの温度範囲を冷却して試験片を作製した。この温度範囲における平均冷却速度を下記表2に示す。
【0061】
下記表2に示したNo.20は下記表1に示した鋼種rを用いた例であり、この鋼種rは、JIS G4805に規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材(SUJ2)に相当している。
【0062】
得られた試験片について、下記に示す手順で層状セメンタイトの面積率を観察した。
【0063】
(層状セメンタイトの観察)
上記試験片のD/4位置(Dは試験片の直径)を光学顕微鏡で観察倍率400倍で10視野観察し、画像解析して全金属組織に対する層状セメンタイトの合計面積率を測定した。観察視野1視野の大きさは、縦175μm×横225μm(面積は39375μm2)である。本実施例では、層状セメンタイトの合計面積率が、全金属組織に対して5%以下である場合を、球状化組織を有すると判定した。球状化組織を有するものを判定「○」、球状化組織を有さないものを判定「×」として判定結果を下記表2に示した。また、全金属組織に対する層状セメンタイトの合計面積率を下記表2に併せて示した。なお、母相組織は、いずれもフェライトであった。
【0064】
次に、得られた試験片の冷間鍛造性およびねじり強度を評価した。
【0065】
試験片の冷間鍛造性は、(a)プレス機を用いて試験片を60%圧縮したときの割れ発生の有無と、(b)60%圧縮したときの変形抵抗で評価した。
【0066】
(冷間鍛造性の評価)
(a)上記試験片を切削加工して直径:20mm×長さ:30mmの円柱状試験片を作製し、プレス機を用いてこの円柱状試験片を60%圧縮した。60%圧縮した後、円柱状試験片を目視で観察し、割れ発生の有無を調べた。結果を下記表2に示す。
【0067】
(b)上記60%圧縮したときに、割れが発生しなかった試験片については、60%圧縮時の変形抵抗を下記表2に示す。本実施例では、変形抵抗が900MPa以下のものを合格とした。
【0068】
(ねじり強度の評価)
上記試験片(丸棒)を切削加工して図2に示すねじり試験片を作製した。この試験片に周波数40kHzの高周波焼入れを施した後、ねじり試験を実施してねじり強度(静的ねじり強度)を測定した。測定結果を下記表2に示す。本実施例では、ねじり強度が1600MPa以上のものを合格とした。
【0069】
下記表1、表2から次のように考察できる。No.1〜5、8〜18は、本発明で規定する要件を満足している例であり、冷間鍛造性に優れており、しかも高周波焼入れ後におけるねじり強度が高くなっている。
【0070】
No.6〜7、19〜27は、本発明で規定する要件を満足していない例であり、冷間鍛造性またはねじり強度の少なくとも一方が劣化している。
【0071】
ここでNo.5〜7について詳細に考察する。No.5〜7は、同じ鋼種を用い、加熱温度、または保持温度から600℃までの平均冷却速度を変化させた例である。これらのうちNo.6は、上記加熱温度が本発明で規定する範囲よりも低い例であり、層状セメンタイトが多く生成して球状化組織を得られていない。従って冷間鍛造時に割れが発生して冷間鍛造性が劣化している。No.7は、上記平均冷却速度が本発明で規定する範囲を超えて大きい例であり、冷却時に層状セメンタイトが生成したため、鋼は球状化組織にならず、冷間鍛造時に割れが発生している。従って冷間鍛造性を改善できていない。これらに対し、No.5は、上記加熱温度、および上記平均冷却速度を適切に制御しているため、鋼は球状化組織となり、冷間鍛造性が良好で、しかも高周波焼入れ後におけるねじり強度が高くなっている。
【0072】
No.19は、Cr量が少なく、Al量が少なく、Bを含有していない例であり、層状セメンタイトが多く生成して球状化組織が得られていない。従って冷間鍛造時に割れが発生して冷間鍛造性を改善できておらず、また高周波焼入れ後におけるねじり強度が低下している。No.20は、JIS G4805に規定されるSUJ2相当鋼であり、C量が多く、Mn量が少なく、Al量が少なく、Bを含有していないため、冷間鍛造時に割れが発生して冷間鍛造性を改善できておらず、また高周波焼入れ後におけるねじり強度が低下している。No.21は、Si量が多過ぎる例であり、層状セメンタイトが多く生成して球状化組織が得られていない。従って鋼が硬くなり過ぎて冷間鍛造時に割れが発生し、冷間鍛造性を改善できていない。
【0073】
No.22は、Cr量が少な過ぎる例であり、層状セメンタイトが多く生成して球状化組織が得られていないため、冷間鍛造時に割れが発生して冷間鍛造性を改善できておらず、また高周波焼入れ後のねじり強度も改善できていない。No.23は、Crを過剰に含有しているため、鋼の変形抵抗が大きくなり、冷間鍛造性を改善できていない。冷間鍛造性を改善できていない理由は、粗大な炭化物が生成しているためと考えられる。No.24は、Cr量が少なく、Al量が多過ぎる例であり、層状セメンタイトが多く生成して球状化組織が得られていない。従って冷間鍛造時に割れが発生し、冷間鍛造性を改善できていない。No.25は、Cr量が少なく、B量が多く、N量が多いため、層状セメンタイトが多く生成して球状化組織が得られていない。従って冷間鍛造時に割れが発生し、冷間鍛造性を改善できていない。No.26は、Alを過剰に含有する例であり、冷間鍛造時に割れが発生し、冷間鍛造性が劣化している。冷間鍛造性を改善できていない理由は、AlNが多量に析出したため、鋼が硬くなり過ぎたからと考えられる。No.27は、Bを過剰に含有する例であり、冷間鍛造時に割れが発生し、冷間鍛造性が劣化している。冷間鍛造性を改善できていない理由は、BNが多量に析出したため、鋼が硬くなり過ぎたからと考えられる。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.4〜0.65%(質量%の意味。化学成分について以下同じ)、
Si:0.01〜0.5%、
Mn:0.65%超、2%以下、
P :0.03%以下(0%を含まない)、
S :0.002〜0.1%、
Cr:0.30〜3.0%、
Al:0.06〜0.50%、
B :0.0005〜0.010%、
N :0.02%以下(0%を含まない)を含有し、
残部は鉄および不可避不純物からなる鋼であり、
該鋼は球状化組織を有することを特徴とする冷間鍛造性およびねじり強度に優れた高周波焼入れ用鋼。
【請求項2】
更に他の元素として、
Mo:1%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1に記載の高周波焼入れ用鋼。
【請求項3】
更に他の元素として、
Ti:0.2%以下(0%を含まない)、
Nb:0.2%以下(0%を含まない)、および
V :0.2%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有するものである請求項1または2に記載の高周波焼入れ用鋼。
【請求項4】
更に他の元素として、
Cu:3%以下(0%を含まない)、および/または
Ni:3%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の高周波焼入れ用鋼。
【請求項5】
更に他の元素として、
Ca :0.005%以下(0%を含まない)、
Mg :0.005%以下(0%を含まない)、
Li :0.001%以下(0%を含まない)、および
REM:0.001%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の高周波焼入れ用鋼。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の成分組成を満足する鋼を、
720〜760℃の温度域に加熱し、この温度域で120〜300分間保持した後、
該保持温度から600℃までの温度範囲を12〜20℃/時間の平均冷却速度で冷却することを特徴とする冷間鍛造性およびねじり強度に優れた高周波焼入れ用鋼の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−201984(P2012−201984A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71071(P2011−71071)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】