説明

分光反射率取得装置及び分光反射率取得方法

【課題】立体形状を有する対象物に対しても、簡便に分光反射率の絶対値を求めることができる分光反射率取得装置を提供する。
【解決手段】物体の分光反射率を取得する分光反射率取得装置であって、分光分布が既知の光源と、光源により照明し、物体の相対分光強度分布を取得する相対分光強度分布取得手段と、相対分光感度が既知の撮像装置と、光源と、撮像装置により物体の拡散反射率を取得する拡散反射率取得手段と、相対分光強度分布と拡散反射率と光源の分光分布と撮像装置の相対分光感度から求めるべき物体の分光反射率の絶対値を算出する分光反射率算出手段とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平坦でない形状を有する対象物の分光反射率を取得する分光反射率取得装置及び分光反射率取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物体の分光反射率は、対象の色を決定する上で重要な要素の一つであり、これを取得することは対象物の色管理を行う上で有用である。分光反射率の取得対象物が接触に弱い物質であったり、あるいは触れることのできない貴重なものである場合、分光反射率取得装と取得対象物を接触させない非接触式の分光反射率取得方法が必要である。
【0003】
非接触式で取得対象物の分光反射率を取得する方法として、主に分光測定器を用いる方法と、マルチバンド撮影を用いる方法がある。分光測定器を用いる方法では、図3に示す原理図の通り、取得対象物(試料)を光源で照明し、その反射光の分光放射輝度を分光放射輝度計により測定し、これを同一箇所に置いた分光反射率が既知の標準白色板の分光放射輝度によって正規化を行うことで分光反射率を求める(例えば、非特許文献1参照)。取得精度は高いが、複数の分光反射率を求めるには時間を要する。
【0004】
一方、マルチバンド撮影を用いる方法は、カメラを用いて複数の分光特性を有するチャンネルの画像を取得し、これを解析することで対象物の分光反射率を求める方法である(例えば、特許文献1参照)。これは、カメラの画素数と同数の点の分光反射率を求めることができる一方、分光放射輝度計を用いた方法に比べて、分光反射率の取得精度は低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3819187号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】大田登著、「色彩工学第2版」、東京電機大学出版局、第5章
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述した非接触式の分光反射率取得方法は、対象物が平面状のものにしか適用できないという問題がある。平面状でない、凹凸のある立体形状を持つ物体に対しては、標準白色板の法線の向きと対象物の法線の向きが異なるため、同一幾何条件における対象物と完全拡散面の分光放射輝度の比を計算することができない。幾何条件が異なる場合、分光反射率は各波長の相対値としてのみ求められ、分光反射率の絶対値に対するスケールの不定性が残ってしまうという問題がある。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、立体形状を有する対象物に対しても、簡便に分光反射率の絶対値を求めることができる分光反射率取得装置及び分光反射率取得方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、物体の分光反射率を取得する分光反射率取得装置であって、分光分布が既知の光源と、前記光源により照明し、前記物体の相対分光強度分布を取得する相対分光強度分布取得手段と、相対分光感度が既知の撮像装置と、前記光源と、前記撮像装置により前記物体の拡散反射率を取得する拡散反射率取得手段と、前記相対分光強度分布と前記拡散反射率と前記光源の分光分布と前記撮像装置の相対分光感度から求めるべき前記物体の分光反射率の絶対値を算出する分光反射率算出手段とを備えたことを特徴とする。
【0010】
本発明は、前記相対分光強度分布取得手段は、分光放射輝度計であることを特徴とする。
【0011】
本発明は、前記相対分光強度分布取得手段は、マルチバンド撮影装置であることを特徴とする。
【0012】
本発明は、物体の分光反射率を取得するために、分光分布が既知の光源と、相対分光感度が既知の撮像装置と、相対分光強度分布取得手段と、拡散反射率取得手段と、分光反射率算出手段とを備える分光反射率取得装置における分光反射率取得方法であって、前記相対分光強度分布取得手段が、前記光源により照明し、前記物体の相対分光強度分布を取得するステップと、前記拡散反射率取得手段が、前記光源と前記撮像装置により前記物体の拡散反射率を取得するステップと、前記分光反射率算出手段が、前記相対分光強度分布と前記拡散反射率と前記光源の分光分布と前記撮像装置の相対分光感度から求めるべき前記物体の分光反射率の絶対値を算出するステップとを有することを特徴とする。
【0013】
本発明は、前記相対分光強度分布取得手段は、分光放射輝度計であることを特徴とする。
【0014】
本発明は、前記相対分光強度分布取得手段は、マルチバンド撮影装置であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、立体形状を有する対象物の分光反射率をスケールの不定性なく取得することが可能になるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態の構成を示すブロック図である。
【図2】図1に示す装置の動作を示すフローチャートである。
【図3】分光測定器を用いて分光反射率を測定する原理を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態による分光反射率取得装置を説明する。図1は同実施形態の構成を示すブロック図である。この図において、符号1は、分光反射率取得装置である。符号2は、分光反射率取得装置全体の処理動作を統括して制御するとともに、データ処理を行うコンピュータであり、パソコン等で構成する。符号3は、コンピュータ2による処理データを表示する表示装置であり、ディスプレイ装置等から構成する。符号4は、拡散反射率を取得する拡散反射率取得部であり、カメラ41とカメラ用光源42とから構成する。符号5は、相対分光強度分布を取得する相対分光強度分布取得部であり、分光測定器51と測定用光源52とから構成する。符号6は、立体形状を有する測定対象物である。
【0018】
コンピュータ2は、拡散反射率取得部4と相対分光強度分布取得部5から得られる対象物の拡散反射率の情報と相対分光強度分布情報を処理して対象物の分光反射率の絶対値を求めて表示装置3に表示する。なお、カメラ41の相対分光感度、カメラ用光源42の相対分光分布、測定用光源52の相対分光分布は既知である。
【0019】
以下の説明を簡単にするため、カメラ41のチャンネル数は1とする。また、カメラ41のセンサ応答特性は線形であるとする。また、測定環境は暗室であり、測定用光源52、あるいはカメラ用光源42以外の光源の影響はないものとする。さらに、測定用光源52、あるいはカメラ用光源42は空間的に均一の相対分光分布を持つものとする。
【0020】
次に、拡散反射率取得部4、相対分光強度分布取得部5により、測定対象物6の分光反射率の絶対値を求める原理を説明する。相対分光強度分布取得部5により、得られる情報は、測定用光源52によって照明した測定対象物6の分光強度分布l(λ)である。また、拡散反射率取得部4により、得られる情報は、測定対象物6各点における拡散反射率ρである。ここで、λは波長であり、分光測定器51により得られる波長の範囲で定義され、例えば、可視波長であれば380nm〜780nmである。拡散反射率ρとはカメラ用光源42によって照明された測定対象物6を、カメラ41により撮像した際の画素値のうち、拡散反射光の寄与分dと、対象物と同一の形状を有する仮想的な完全拡散反射物体の画素値dとの比率によって((1)式)定義される。
【数1】

【0021】
また、測定用光源52の相対分光分布ewm(λ)、カメラ用光源42の相対分光分布ewc(λ)、カメラ41の分光感度s(λ)はそれぞれ既知であるので、測定対象物6の分光放射輝度lom(λ)は(2)式で表される。
【数2】

ここで、ρ(λ)は取得対象の分光反射率である。また、定数kは測定対象物6の反射光および光源の分光分布が相対値でのみ与えられたことによる分光反射率のスケールの不定性である。定数kを求めることで、(3)式により測定対象物6の分光反射率ρ(λ)を計算することができる。
【数3】

【0022】
次に、カメラの撮像をモデル化することにより、測定対象物6の画素値dおよび仮想的な完全拡散反射物体の画素値dはそれぞれ(4)式、(5)式によって定式化される。
【数4】

ここで、loc(λ)はカメラ用光源42が照射されたときの測定対象物6からの反射光の分光放射輝度lwc(λ)はカメラ用光源42が照射されたときの、測定対象物6と同一位置に同一形状を有する仮想的な完全拡散反射物体からの反射光の分光放射輝度である。また、積分区間visはカメラ41の分光感度が0でないとみなされる波長範囲(例えば、可視光カメラの場合、380nm〜780nm)である。
【0023】
次に、測定対象物6の反射特性として、拡散反射成分のみが観測される場合、loc(λ)およびlwc(λ)はそれぞれ(6)式、(7)式と表すことができる。
【数5】

ここで、定数qは光源の分光分布が相対値で与えられていることに起因するスケールである。
【0024】
(3)式、(6)式および(7)式を(4)式、(5)式にそれぞれ代入して、(8)式、(9)式が得られる。
【数6】

(8)式、(9)式を(1)式に代入すると、(10)式が得られる。
【数7】

(10)式を変形して、求めたいスケールkは(11)式で表せる。
【数8】

【0025】
以上より、(11)式を(3)式に代入して、取得対象の分光反射率ρ(λ)は(12)式で表すことができる。
【数9】

om(λ)、ρ(λ)は取得済み、ewm(λ)、ewc(λ)、s(λ)はそれぞれ既知であるため、(12)式を計算することにより測定対象物6の分光反射率を算出することが可能である。
【0026】
次に、図2を参照して、図1に示す分光反射率取得装置1において、前述の原理に基づき、立体物の分光反射率を取得する動作を説明する。図2は、図1に示す分光反射率取得装置1の動作を示すフローチャートである。
【0027】
まず、カメラ41、カメラ用光源42、コンピュータ2を用いて、測定対象物6の各点における拡散反射率を求める(ステップS1)。これは、照度差ステレオ法やMulti−View Stereo法等の公知の手法を用い、撮影画素値から測定対象物6の各点における法線情報と拡散反射率を分離することで取得を行う。すなわち、カメラ用光源42を測定対象物6に照射し、カメラ41で測定対象物6を複数撮影し、コンピュータ2は記録された画像群を処理して拡散反射率ρを求める。
【0028】
次に、コンピュータ2は、取得した拡散反射率ρの結果を表示装置3に表示する(ステップS2)。続いて、コンピュータ2は、分光反射率を求めたい箇所(例えば、測定点61)をユーザに指示させて、指示された測定点61に対応する拡散反射率を保存する(ステップS3)。
【0029】
次に、分光測定器51、測定用光源52、コンピュータ2を用いて、測定点61の分光放射輝度を求める(ステップS4)。測定用光源52を測定対象物6に照射し、分光測定器51で測定点61の分光放射輝度lom(λ)を取得し、コンピュータ2内に記録する。
【0030】
次に、コンピュータ2は、測定点61における拡散反射率、および分光放射輝度から、(12)式に基づき、分光反射率ρ(λ)を算出する(ステップS5)。そして、コンピュータ2は、算出した分光反射率を表示装置3に表示して(ステップS6)、終了する。
【0031】
前述した実施形態は本発明の一例を示したものであり、本発明はこれに限定されるべきものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、適宜の変更または改変を行っても良い。例えば、拡散反射率の取得方法として光源とカメラによる照度差ステレオ法を用いるとしたが、これに限定されることではなく、レーザレンジセンサなどの別の形状取得手法を用いて拡散反射率を推定しても差し支えない。
【0032】
また、測定点の分光強度分布を取得する方法として分光測定器51を用いるとしたが、これに限定されることではなく、マルチバンドカメラを用いて測定対象物6の分光強度分布画像を取得しても差し支えない。また、カメラ用光源42および測定用光源52の分光分布が各々異なるものとしたが、処理データ削減のために同一の光源を用いても良い。
【0033】
また、取得環境が暗室であるとしたが、これに限らず、反射率取得時および分光取得時の分光分布を分光放射輝度計により取得の度に求めても良い。また、制御用コンピュータと画像処理用コンピュータを別々の構成をとっても良い。
【0034】
また、カメラのチャンネル数を1としたが、RGBの3チャンネルカメラを用いて各チャンネルの反射率を用いることで分光反射率の絶対値を求めてもよい。ただしこの際、各チャンネルの分光感度が既知である必要がある。
【0035】
以上説明したように、物体の分光反射率を取得するために、分光分布が既知の光源と、相対分光感度が既知の撮像装置とを備え、光源により照明した物体の相対分光強度分布を取得し、光源と撮像装置により物体の拡散反射率を取得し、取得した相対分光強度分布と拡散反射率と光源の分光分布と撮像装置の相対分光感度から求めるべき物体の分光反射率の絶対値を算出するようにしたため、立体形状を有する対象物の分光反射率をスケールの不定性なく取得することが可能になる。
【0036】
なお、図1におけるコンピュータ2の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより分光反射率取得処理を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムが送信された場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリ(RAM)のように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。
【0037】
また、上記プログラムは、このプログラムを記憶装置等に格納したコンピュータシステムから、伝送媒体を介して、あるいは、伝送媒体中の伝送波により他のコンピュータシステムに伝送されてもよい。ここで、プログラムを伝送する「伝送媒体」は、インターネット等のネットワーク(通信網)や電話回線等の通信回線(通信線)のように情報を伝送する機能を有する媒体のことをいう。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。さらに、前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0038】
平坦でない形状を有する対象物の分光反射率を取得することが不可欠な用途に適用できる。
【符号の説明】
【0039】
1・・・分光反射率取得装置、2・・・コンピュータ、3・・・表示装置、4・・・拡散反射率取得部、41・・・カメラ、42・・・カメラ用光源、5・・・相対分光強度分布取得部、51・・・分光測定器、52・・・測定用光源、6・・・測定対象物、61・・・測定点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体の分光反射率を取得する分光反射率取得装置であって、
分光分布が既知の光源と、
前記光源により照明し、前記物体の相対分光強度分布を取得する相対分光強度分布取得手段と、
相対分光感度が既知の撮像装置と、
前記光源と、前記撮像装置により前記物体の拡散反射率を取得する拡散反射率取得手段と、
前記相対分光強度分布と前記拡散反射率と前記光源の分光分布と前記撮像装置の相対分光感度から求めるべき前記物体の分光反射率の絶対値を算出する分光反射率算出手段と
を備えたことを特徴とする分光反射率取得装置。
【請求項2】
前記相対分光強度分布取得手段は、分光放射輝度計であることを特徴とする請求項1に記載の分光反射率取得装置。
【請求項3】
前記相対分光強度分布取得手段は、マルチバンド撮影装置であることを特徴とする請求項1に記載の分光反射率取得装置。
【請求項4】
物体の分光反射率を取得するために、分光分布が既知の光源と、相対分光感度が既知の撮像装置と、相対分光強度分布取得手段と、拡散反射率取得手段と、分光反射率算出手段とを備える分光反射率取得装置における分光反射率取得方法であって、
前記相対分光強度分布取得手段が、前記光源により照明し、前記物体の相対分光強度分布を取得するステップと、
前記拡散反射率取得手段が、前記光源と前記撮像装置により前記物体の拡散反射率を取得するステップと、
前記分光反射率算出手段が、前記相対分光強度分布と前記拡散反射率と前記光源の分光分布と前記撮像装置の相対分光感度から求めるべき前記物体の分光反射率の絶対値を算出するステップと
を有することを特徴とする分光反射率取得方法。
【請求項5】
前記相対分光強度分布取得手段は、分光放射輝度計であることを特徴とする請求項4に記載の分光反射率取得方法。
【請求項6】
前記相対分光強度分布取得手段は、マルチバンド撮影装置であることを特徴とする請求項4に記載の分光反射率取得方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−78221(P2012−78221A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−224075(P2010−224075)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】