分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法
【課題】より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる分光結晶13、波長分散型X線分析装置10および元素分布測定方法を提供する。
【解決手段】分光結晶13は、所定の基準直線を含む基準平面に対して垂直に交わる円弧を連ねた形状を成す内側面を有している。内側面は、基準直線に沿って試料1から検出器14に向かって、円弧の曲率半径が小さくなるとともに、円弧と基準平面とが交わる円弧交点と、基準直線と円弧含有平面とが交わる基準交点とを結ぶ線分と、基準交点から試料1側の基準直線との成す角が小さくなるよう構成されている。分光結晶13は、基準直線が試料1と検出器14とを結ぶ軸に一致するよう配置されている。検出器14が、X線を検出する線状または面状の検出部14aを有し、検出部14aが試料1と検出器14とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう配置されている。
【解決手段】分光結晶13は、所定の基準直線を含む基準平面に対して垂直に交わる円弧を連ねた形状を成す内側面を有している。内側面は、基準直線に沿って試料1から検出器14に向かって、円弧の曲率半径が小さくなるとともに、円弧と基準平面とが交わる円弧交点と、基準直線と円弧含有平面とが交わる基準交点とを結ぶ線分と、基準交点から試料1側の基準直線との成す角が小さくなるよう構成されている。分光結晶13は、基準直線が試料1と検出器14とを結ぶ軸に一致するよう配置されている。検出器14が、X線を検出する線状または面状の検出部14aを有し、検出部14aが試料1と検出器14とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう配置されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線または電子線を試料に照射して発生する蛍光X線または特性X線は、各々の元素によって固有の波長を持つため、これらを測定することにより試料を構成する元素の分析を行うことができる。
【0003】
X線をプローブとするものは、蛍光X線分析装置(X-ray fluorescence analyzer; XFA)と呼ばれる。また、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope; SEM)や電子プローブ・マイクロアナライザー(electron probe micro analyzer; EPMA)にも、電子線励起で発生する特性X線を分析する装置が付属している場合が多い。これら、蛍光X線および特性X線の分析装置には、大きくエネルギー分散型と波長分散型とがある。
【0004】
半導体検出器を用いたエネルギー分散型は、広い立体角で効率よく蛍光X線および特性X線を検出できるメリットがあるが、エネルギー分解能が150eV程度であるため、分析濃度の検出下限が0.1at%程度と高いことや、波長的に近接する蛍光・特性X線を十分に分離できないなどの問題がある。
【0005】
一方、波長分散型は、エネルギー分解能が10eV程度とエネルギー分散型に比べて大きく優れているため、Signal/background比の関係から、検出下限が一桁から二桁向上する。また、蛍光・特性X線のピークが重なり合うこともなくなるため、定量解析が行い易い。さらに、詳細なスペクトル解析により元素分析のみならず、化学状態の評価も可能となる。
【0006】
従来の波長分散型蛍光X線分析装置は、図10に示すように、試料の広い領域に、X線発生源からのX線を照射して励起させ、放出される蛍光X線を、ソーラースリットを通過させ、平板の分光結晶にてBragg反射させた後、シンチレーションカウンターなどのX線検出器で検出する方式が一般的である。この方式では、試料、平板分光結晶、検出器のθ−2θの角度関係を保ちつつ走査することにより、蛍光X線スペクトルを取得する(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
またSEM、EPMAにおける波長分散型分析装置では、収束電子ビームにより直径数百ミクロン以下の領域から発生する特性X線を分析する。図11に示すように、特性X線は、ヨハンまたはヨハンソン型と呼ばれる湾曲結晶のBragg反射により、X線検出器の受光面に集光される。X線発生源、ヨハンソン型湾曲結晶、X線検出器の受光面は、ローランド円と呼ばれる円周上に配置されており、θ−2θの関係を保った精密な角度走査により、スペクトルを取得する。この方式は、概して集中方式と呼び、特性X線または蛍光X線を広い立体角で受けてBragg反射させることにより、効率良く分析できることを特徴とする(例えば、非特許文献2または3参照)。また、X線励起の場合でも、一次X線がスリットで適度に絞られ、蛍光X線源が微小領域に制限されていれば適用できる。
【0008】
しかし、非特許文献1、2および3に記載のような、従来の波長分散型のX線分析装置では、蛍光X線・特性X線発生源、分光結晶、X線検出器のθ−2θの角度関係を保ちながら、精密な角度走査を行う必要があるため、長い測定時間が必要となるという問題があった。また、その間、高出力の電子ビームを照射させ続けなければならないため、試料が損傷することがあるという問題もあった。
【0009】
このような問題を解決するため、測定時間が短く、試料損傷が少ない非走査型の波長分散型X線分析が提案されている。そのようなものとして、図12に示すように、微小X線発生源からの蛍光X線を平板分光結晶でBragg反射させ、蛍光X線の回折パターンを2次元検出器によって測定することにより、蛍光X線スペクトルを2.4eVのエネルギー分解能で求めた実験がある(例えば、非特許文献4参照)。この方式では、蛍光X線・特性X線を集光できないために、それらの測定に必ず2次元検出器を要する。また、平板分光結晶であるために、蛍光X線・特性X線を大きな立体角で受けることが困難である。また、分光結晶によるBragg反射後の蛍光X線・特性X線は角度的に広がりを持って進行していくため、2次元検出器の面積が小さい場合には、検知可能な波長域が狭くなり、効率の面で難点がある。
【0010】
そこで、本発明者らは、「試料」−「検出器」を結ぶ軸に平行な方向のビームの辺の長さを300μm以下に収束させる制御もしくは制限を行ったX線または電子線を試料に照射し、試料から発生する蛍光X線または特性X線を、円筒状結晶表面に対し垂直に結晶方向が制御された、円筒状曲率分布結晶レンズの回折現象を用いて、それぞれの波長ごとに異なる位置に集光させ、それらを2次元または1次元型の位置敏感X線検出器で検出することにより、広い波長範囲の蛍光X線または特性X線スペクトルを一度に測定できるようにした非走査型波長分散型X線分析装置を提案している(例えば、特許文献1参照)。また、図13に示すように、プラズマ励起X線発光の分野では、円錐状の結晶を作製して、2次元X線検出器を使用して分光実験をしている例もある(例えば、非特許文献5参照)。
【0011】
なお、特許文献1に示す円筒状曲率分布結晶レンズは、Si、Ge、SiGe等の単結晶板を結晶の融点近傍温度にて、高温加圧により塑性加工させ、円筒状に成型したものであり(例えば、非特許文献6参照)、理想的な円筒面上に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位が制御されている。また、本発明者らは、特定元素周辺の三次元原子イメージング技術である逆X線光電子ホログラフィーを開発している(例えば、特許文献2参照)。この逆X線光電子ホログラフィーは、例えば、半導体中のドーパントや表面の吸着物の環境構造を三次元的に決定することができ、様々な物質・材料の物性・機能の解明に対し大きな寄与が期待される革新的な評価手法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2008−180656号公報
【特許文献2】特開2006−300558号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】合志陽一、佐藤公隆、「X線分析最前線」、アグネ技術センター、1998年
【非特許文献2】日本表面科学会、「電子プローブ・マイクロアナライザー」、丸善株式会社、1999年
【非特許文献3】桜井健次、「ローランド円半径100ミリの超小型ヨハンソン型蛍光X線分光器の開発」、X線分析の進歩 第35集、2004年、p.201-208
【非特許文献4】S. Hayakawa, Y. Kagoshima, Y. Tsusaka, J. Matsui and T. Hirokawa,“High resolution X-ray fluorescence measurements using a flat analyzer and anX-ray CCD”, J. Trace and Microprobe Technique, 2001年, 19, p.615-621
【非特許文献5】C. Bonte, M. Harmand, F. Dorchiesa, S. Magnan, V. Pitre, and J.-C.Kieffer, P. Audebert and J.-P. Geindre, “High dynamic range streak camera forsubpicosecond time-resolved x-ray spectrometry”, Rev. Sci. Instrum., 2007年, 78, p.043503
【非特許文献6】K. Nakajima, K. Fujiwara, W. Pan and H. Okuda, “Shapedsilicon-crystal wafers obtained by plastic deformation and their application tosilicon-crystal lenses”, Nature Materials, 2005年, 4, p.47-50
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1に記載の円筒状曲率分布結晶レンズを用いた非走査型波長分散型X線分析装置では、同時に複数元素を検出する場合、依然として長い検出器が必要となる。すなわち、円筒状結晶を用いたときの、試料から焦点までの距離Lは、以下の式(1)で与えられる。
【0015】
【数1】
ここで、rsは結晶の曲率半径、dは結晶の格子面間隔、λはX線の波長、nは1以上の整数である。
【0016】
例えば、rs=50mm、Ge(220)面の円筒状結晶を用いた場合、NiからGaまで(Ni、Cu、Zn、Ga)の元素を同時に分析しようと思えば、7cm以上の長さを有する検出器が必要となる。元素数をさらに増やせば、これ以上の長さが必要になる。現在、ダイレクト撮像方式(シンチレーターで変換しないタイプ)のX線CCDは、2cm×2cmのものが最大であり、これを直接、非走査型波長分散型X線分析装置に適用しても、効率よく測定することは難しいという課題があった。また、検出器の面を円筒の中心軸を含むように配置する必要があるため、図14に示すように、検出面に対し入射角が10−20゜程度のかなりの低角となり、スポットが滲みやすく、スペクトルのエネルギー分解能が低いという課題もあった。
【0017】
また、非特許文献5に記載の円錐状の結晶を用いるものでも、大きな立体角でX線を受けられず、効率よく測定することは難しいという課題があった。
【0018】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明に係る分光結晶は、波長分散型X線分析で試料と検出器との間に配置して使用される分光結晶であって、所定の基準直線に沿って、前記基準直線を含む基準平面に対して垂直に交わる円弧を連ねた形状を成す内側面を有し、前記基準直線に沿って前記円弧の曲率が変化するとともに、前記円弧を含む円弧含有平面と前記基準直線との成す角が変化するよう構成されていることを、特徴とする。
【0020】
特に、本発明に係る分光結晶で、前記内側面は、前記基準直線に沿って前記試料から前記検出器に向かって、前記円弧の曲率半径が小さくなるとともに、前記円弧と前記基準平面とが交わる円弧交点と、前記基準直線と前記円弧含有平面とが交わる基準交点とを結ぶ線分と、前記基準交点から前記試料側の前記基準直線との成す角が小さくなるよう構成されていることが好ましい。
【0021】
また、本発明に係る波長分散型X線分析装置は、前記基準直線が前記試料と前記検出器とを結ぶ軸に一致するよう、または、前記基準平面内で前記軸と平行になるよう配置された本発明に係る分光結晶と、前記試料に向かってX線または電子線を照射する光源と、X線を検出する線状または面状の検出部を有し、前記検出部が前記軸に対して垂直を成すよう配置されている前記検出器とを、有していることを特徴とする。
【0022】
以下に、本発明に係る分光結晶およびその分光結晶を利用した本発明に係る波長分散型X線分析装置の原理について説明する。
図1に示すように、円錐状の結晶を用いた場合、X線の発生点(試料)psと集光点pfとを結ぶ軸が、円錐状結晶の中心軸(円錐の頂点と底面の円の中心とを結ぶ軸であって、図1中のx軸と同一の軸)と一致するものとする。この結晶によって回折を生じるX線の波長は、次のBraggの式によって決定される。
【0023】
【数2】
ここで、dは格子面間隔、θは格子面と入射X線とがなす角で、通常Bragg角と呼ばれている。また、λはX線の波長であり、nは正の整数である。X線の発生点psから、lで示される円錐状結晶の弧(円錐の切断円)の部分に照射されるX線は、全て格子面に対する視射角θが等しいため、式(2)から、同一波長λのX線を回折することが分かる。回折したX線は、再び回転中心軸に向かって進行することとなる。この円錐切断円の中心点plからpsまでの距離をL1とする。また、plから集光点pfまでの距離をL2とする。このとき、L1、L2の値を次式で計算することができる。
【0024】
【数3】
ここで、rは結晶の曲率半径、αは結晶表面と回転中心軸とのなす角である。θは、式(2)より、λの関数であることが分かる。
【0025】
図2は、図1に示す円錐状結晶を、適当な厚みに輪切りにしたものの一部を、例として4つ(図2中ではa、b、c、dで表示)配列したものである。なお、ここでは各々の円錐状結晶の一部を、異なる回転中心軸の傾き、そして異なる場所に配置している。βa、βb、βdは、Fで示される検出器の検出面または検出軸(検出部)の法線からの傾きである。なお、円錐状結晶cは、その回転中心軸と検出器の検出面または検出軸の法線とが平行とし(βc=0゜)、図2中には表示していない。また、円錐状結晶a、b、c、dのαを、それぞれαa、αb、αc、αdとする。円錐状結晶a、b、c、dの弧la、lb、lc、ldにおいて、それぞれ波長λa、λb、λc、λdのX線(蛍光X線や特性X線)を反射するものとする。la、lb、lc、ldにおける曲率半径を、それぞれra、rb、rc、rdとする。ここで、λa、λb、λc、λdの関係は、λa<λb<λc<λdとする。
【0026】
図2に示すように、距離ps−pfa、ps−pfb、ps−pfc、ps−pfdは、それぞれ、D/cos(βa)、D/cos(βb)、D、D/cos(βd)と表すことができる。ここで、Dはpsから検出器Fまでの距離である。ただし、βが5゜以下の低角である場合、距離ps−pfa、ps−pfb、ps−pfc、ps−pfdは、全てDと近似することができる。ここで、式(2)、(3)、(4)より、焦点までの距離Dを一定に保ちつつ、λを大きくする場合には、基本的にはrも大きくする必要があることが分かる。従って、λa<λb<λc<λdを満たすには、ra<rb<rc<rdとなる必要がある。また、結晶の位置が、ps(試料)−F(検出器)間の中点であればα=0゜とし、中点から検出器寄りになるに従って、αを大きくする必要がある。また、ps寄りになるに従って、αは小さくする必要がある。このため、αには、αa<αb<αc<αdの関係が必要となる。
【0027】
これにより、図2に示すような、a、b、c、dの4つの円錐状結晶の一部の配置によって、X線の進行方向に対して、比較的、垂直に検出面・検出軸(検出部)が配置されている検出器F上に、異なる4つの波長λa、λb、λc、λdのX線を結像することができる。また、psからFの方向に対して、結晶上での位置の変化とともに、パラメーターα、βおよびrを変えることにより、波長の異なるX線(蛍光X線や特性X線)を、X線の進行方向に対し比較的垂直に結像させることができる。
【0028】
図2では、4つの円錐状結晶の一部を用いているが、さらに多くの円錐状結晶の一部を区分的に配列し、その結晶の幅を小さくしていき、スプライン曲線で補完すると、滑らかな曲面形状を想定することができる。本発明に係る分光結晶および波長分散型X線分析装置では、例えば、図2に示す円錐状結晶cの回転中心軸を基準直線(図2(a)中の、Lb)とし、図2(b)のps(試料)とpf(検出器)とを結ぶ軸を含み紙面に垂直な面(図2(a)の紙面に対応する面)を基準平面とすると、幅を小さくした各円錐状結晶の一部が円弧に対応し、滑らかな曲面が内側面に対応する。
【0029】
このことから、本発明に係る分光結晶および波長分散型X線分析装置は、非走査型であり、走査型のものに比べて、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、測定時間を大幅に短縮することができる。また、検出部(検出面または検出軸)が試料(ps)と検出器(F)とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう、検出器を配置することにより、検出部への入射角が垂直に近くなるため、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる。また、試料(ps)から検出器(F)に向かって、円弧の曲率半径が小さくなるとともに、円弧と基準平面とが交わる円弧交点(図2(a)中の円錐dの場合、Parc)と、基準直線Lbと円弧含有平面とが交わる基準交点(図2(a)中の円錐dの場合、Pb)とを結ぶ線分と、基準交点(Pb)から試料側の基準直線Lbとの成す角が小さくなる場合には、特にそれらの効果が高い。
【0030】
また、図3(a)に示すように、分光結晶の背骨に相当する部分、すなわち、円弧と基準平面とが交わる円弧交点(Parc)を連ねた部分A−Bが直線の場合に比べ、図3(b)に示すように、背骨に相当する部分A−Bを曲げることにより、最大焦点間距離を短くすることができる。このため、図3(b)の場合には、さらに多くの元素を同時に検出することができ、効率がよい。また、検出器を小さくしたり、市販のものを使用したりすることができ、検出器の材料コストを低減できるとともに、装置の小型化を図ることができる。
【0031】
なお、本発明に係る分光結晶は、高精度でX線分析を行うために、内側面に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位が制御されていることが好ましい。また、検出器は、例えば、2次元の面状の検出部を有するものとして、X線CCD(charge-coupled device)やイメージングプレートなどから成り、1次元の線状の検出部を有するものとして、PSPC(position sensitive proportional counter)、PAD(pixel array detector)などから成ることが好ましい。
【0032】
本発明に係る分光結晶は、Si、Ge、SiGeのいずれか一つから成ることが好ましい。この場合、X線分析に適した分光結晶を得ることができる。また、本発明に係る分光結晶は、単結晶板を、その融点近傍温度で加圧することにより塑性加工して形成されることが好ましい。この場合、加工精度が良く、高精度でX線分析を行うことができる。また、内側面に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位を容易に制御することができる。
【0033】
本発明に係る分光結晶は、前記内側面の表面に、所定の膜間隔を有する多層膜が設けられていてもよい。この場合、比較的エネルギーが低い軟X線の領域でも、X線分析を行うことができる。多層膜は、例えば、(W/C)n、(Mo/Si)nなどの比較的密度の大きい物質と小さい物質とを組み合わせたものから成っている。
【0034】
本発明に係る波長分散型X線分析装置で、前記光源は、照射するX線または電子線の前記軸に平行な方向の辺の長さが300μm以下であることが好ましい。この場合、エネルギー分解能を高めることができる。例えば、8keVのX線を使用したとき、検出器で5eVの分解能を達成することができる。
【0035】
本発明に係る波長分散型X線分析装置で、前記分光結晶は複数から成り、それぞれ前記内側面の形状が異なっており、それぞれが分光する異なる元素域によるX線が前記検出器で検出されるよう配置されていてもよい。この場合、分光結晶の面積や検出器の大きさの制限により、一つの分光結晶で、一度に広い元素域に亘って全てのX線(蛍光X線や特性X線)スペクトルを測定できないときであっても、複数の分光結晶により、一度に広い元素域に亘って測定を行うことができる。
【0036】
本発明に係る元素分布測定方法は、本発明に係る波長分散型X線分析装置の前記光源から、X線または電子線を前記試料の表面を走査するよう照射し、前記試料のそれぞれの照射位置に対応するX線を前記検出器で検出し、その検出結果と対応する前記試料の照射位置とに基づいて、前記試料の元素分布情報を得ることを、特徴とする。
【0037】
本発明に係る元素分布測定方法によれば、いわゆる元素マッピングを容易に行うことができる。本発明に係る元素分布測定方法は、本発明に係る波長分散型X線分析装置を用いるため、同時に複数の元素を測定することができ、走査型のX線分析装置を用いる場合と比べて、大幅に測定時間を短縮することができる。測定精度を高めるため、光源から照射するX線または電子線は、ビーム径が数ミクロン以下に絞られていることが好ましい。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係る分光結晶に関する、円錐状結晶における分光・集光の原理を示す(a)側面図、(b)正面図である。
【図2】本発明に係る分光結晶に関する、図1に示すパラメーターの異なる4つの円錐状結晶の一部を配置して、一つの面上に集光させる場合の原理を示す(a)側面図、(b)平面図である。
【図3】本発明に係る分光結晶の分光・集光の原理を示す(a)背骨に相当する部分が直線の場合、(b)背骨に相当する部分が湾曲した場合の側面図である。
【図4】本発明の実施の形態の分光結晶および波長分散型X線分析装置を示す側面図である。
【図5】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、試料から検出器までの範囲の側面図である。
【図6】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、試料から検出器までの範囲の斜視図である。
【図7】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、分光結晶が複数の場合の配置例を示す斜視図である。
【図8】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、分光結晶の形状の設計原理を説明する側面図である。
【図9】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、図8に示す分光結晶を用いた(a)5元素を含む試料の蛍光X線集光パターン、(b)集光パターンのX線強度分布を示すグラフ、(c)試料を純元素に変えた場合の蛍光X線集光パターンである。
【図10】従来の一般的な波長分散型蛍光X線分析装置を示す側面図である。
【図11】従来の集中方式による波長分散型特性X線分析装置を示す側面図である。
【図12】従来の平板分光結晶を用いた非走査型の波長分散型X線分析装置を示す斜視図である。
【図13】従来の円錐状結晶を用いた非走査型の波長分散型X線分析装置を示す斜視図である。
【図14】従来の円筒状結晶を用いた非走査型の波長分散型X線分析装置を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、図面に基づき本発明の実施の形態について説明する。
図4乃至図9は、本発明の実施の形態の分光結晶および波長分散型X線分析装置を示している。
図4乃至図6に示すように、波長分散型X線分析装置10は、非走査型であり、光源11とXZステージ12と分光結晶13と検出器14とを有している。
【0041】
図4に示すように、光源11は、Moターゲットを用いた回転対陰極型のX線発生装置から成り、X線を照射可能になっている。光源11は、前方に配置されたスリット15により、ビームサイズを150×150μm2に制限するようになっている。
【0042】
XZステージ12は、分析対象の試料1を設置するようになっている。XZステージ12は、設置された試料1に、光源11からのX線を照射して励起させ、蛍光X線または特性X線を放出させるようになっている。XZステージ12は、光源11に対する角度を調整して、試料1からの蛍光X線の放出方向を調整可能になっている。
【0043】
図4乃至図6に示すように、分光結晶13は、図1乃至図3で説明した原理に基づいた形状を成している。分光結晶13は、Si、Ge、SiGeのいずれか一つから成り、その単結晶板を、その融点近傍温度で加圧することにより塑性加工して形成されている。これにより、分光結晶13は、内側面に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位が制御されている。分光結晶13は、基準直線Lbが試料1と検出器14とを結ぶ軸に一致するよう配置されている。なお、分光結晶13は、5軸ステージに設置され、試料1や検出器14に対する角度を微調節可能になっている。
【0044】
検出器14は、X線CCDから成り、X線を検出する面状の検出部14aを有している。検出器14は、検出部14aが、試料1と検出器14とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう配置されている。
【0045】
次に、作用について説明する。
波長分散型X線分析装置10は、分光結晶13により、試料1から放出される蛍光X線または特性X線を、試料1のX線源を中心とした動径方向に対し、比較的垂直な方向に、波長によってそれぞれ異なる位置に配列させて、焦点を結ばせることができる。それらは直線上に分布し、その強度分布が蛍光X線または特性X線のスペクトルと対応するようになっている。その複数のスペクトルを、検出器14により同時に検出することができる。
【0046】
波長分散型X線分析装置10は、例えば、曲率半径50〜30mmで変化させたGe(110)の分光結晶13を用いた場合には、2〜3cmの範囲で4〜5元素の蛍光X線の焦点を結ばせることができる。このため、検出器14として、市販のX線CCDを使用しても、十分に対応することができる。具体的な一例として、図3(a)に示すように、分光結晶13の背骨に相当する部分A−Bが直線状の場合、Bragg角10.2〜32.7゜の領域に含まれるCrからMoのK線を集光させる、Ge(110)基板を用いた分光結晶13の曲率半径、軸傾きなどのパラメーターを、表1に示す。表1には、曲率半径60〜50、50〜30、30〜20mmの3タイプの分光結晶13を用いた場合の、カバーできる蛍光・特性X線のエネルギー範囲(Bragg角)と分析できる元素の範囲とを示している。
【0047】
【表1】
【0048】
なお、分光結晶13を製造するための形状結晶加工用グラファイト製金型は、例えば、表1に示すパラメーターなどを基に、三次元CADにて図面化し、5軸加工機を用いて作製することができる。
【0049】
このように、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10は、非走査型であり、走査型のものに比べて、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、測定時間を大幅に短縮することができる。これにより、試料1の損傷を防ぐことができる。また、検出部14aが試料1と検出器14とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう配置されているため、検出部14aへの入射角が垂直に近くなり、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる。また、検出器を小さくしたり、市販のものを使用したりすることができ、検出器の材料コストを低減できるとともに、装置の小型化を図ることができる。表1に示す具体的な一例では、焦点距離を20mm程度まで短くすることができ、装置を非常にコンパクトにすることができる。
【0050】
なお、分光結晶13は、内側面の表面に、所定の膜間隔を有する多層膜が設けられていてもよい。多層膜は、例えば、(W/C)n、(Mo/Si)nなどの比較的密度の大きい物質と小さい物質とを組み合わせたものから成っている。分光結晶13の内側面の表面に、面間隔5nmの人工多層膜を作製して分光に用いたときの、カバーできるエネルギー範囲を、表2に示す。表2に示すように、人工多層膜を使用することにより、比較的エネルギーが低い軟X線の領域でも、X線分析を行うことができる。
【0051】
【表2】
【0052】
また、図7に示すように、分光結晶13が複数から成り、それぞれ内側面の形状が異なっており、それぞれが分光する異なる元素域によるX線が検出器14で検出されるよう配置されていてもよい。この場合、分光結晶13の面積や検出器14の大きさの制限により、一つの分光結晶13で、一度に広い元素域に亘って全てのX線(蛍光X線や特性X線)スペクトルを測定できないときであっても、複数の分光結晶13により、一度に広い元素域に亘って測定を行うことができる。
【実施例1】
【0053】
次に、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10による測定例を示す。
ここでは、分光結晶13としてGe(110)単結晶を用い、Ge(220)回折を利用してNi〜Geまでの元素を集光させられるよう、Bragg角18〜25°に対応する結晶を作製した。
【0054】
分光結晶13に要求される曲面の設計は、三次元CAD(computer aided design)を用いて行った。図8に示すように、試作した分光結晶13は、検出器14の法線方向に平行な背骨を有し、背骨とX線源(試料1)との距離が50mmに配置されることを想定して作製した。このとき、分光結晶13の線源側端部において、Bragg角25.0°のX線を曲率半径50mm、軸傾き0.0°で受けるものとした。この時点で、「試料1(X線源)」−「分光結晶13の線源側端部」−「検出器14」の距離が、107.2mmと決定される。分光結晶13の背骨に対し、各元素に固有のBragg角で入射した蛍光X線が、それに等しい角度で反射し、検出器14上に到達する。この到達点で集光するためには、到達点とX線源とを結んだ線を中心軸とすればよいため、この軸に下ろした垂線が、それぞれの蛍光X線の集光に必要な曲率半径となる。既に、X線源、分光結晶13および検出器14の位置関係が定まっているため、各元素固有のBragg角および結晶の検出器側端部に18.0°で入射するという条件を与えると、曲率半径およびその曲率円(円弧を含む円)における試料1と検出器14とを結ぶ軸と、交差する軸の傾きが自ずと定まる。表3に、試作した分光結晶13の形状を規定する主要なパラメーターを示す。
【0055】
【表3】
【0056】
三次元CAD上で分光結晶13の両端部および各元素に対応した曲率円を描画した後、これらの円と円との間を滑らかに結ぶように曲面を自動生成させることで、曲面形状を決定した。この曲面を有する高温加圧加工用金型を同CAD上で設計し、CADシステムと接続された5軸加工機に情報を送ることで、グラファイトを要求金型形状に加工した。
【0057】
Ge(110)単結晶ウエハを金型に挟み、不活性ガス雰囲気下で融点(938℃)近傍温度まで昇温後、プレスすることでその結晶性を維持したまま、平板単結晶ウエハを所望の分光結晶13の形状へと加工する。本実施例においては、53×49×0.5(厚さ)mmのGe(110)単結晶ウエハを,Ar雰囲気下で900℃に保持した後、50kgfの荷重を金型にかけることにより、高温加圧加工を施した。
【0058】
試料1には5つの元素(Ni、Cu、Zn、Ga、Ge)を含有する合金を用い、これにX線を照射することで蛍光X線を発生させた。合金を励起させるための光源11(X線源)は、Moターゲットを用いた回転対陰極型のX線発生装置であり、X線のビームサイズをスリット15により、150×150μm2に制限した。
【0059】
X線CCDにより測定した、合金に含有される5元素の蛍光X線集光パターンを、図9(a)に示す。図9に示すように、測定されたパターンは、複数の元素からの蛍光X線が別々に集光されており、各元素のKα線がKα1およびKα2に明瞭に分離されている。これらのパターンを、図9(a)の矢印の方向に平均化(積分)したものを、図9(b)に示す。図9(b)の横軸は測定したCCDのチャンネル数を、縦軸は強度(任意単位)を表している。また、試料1を純元素(Ni 99+%、Cu 99.96%、Zn 99.5%、Ge単結晶)に変えた場合の蛍光X線集光パターンを、図9(c)に示す。図9(c)に基づいて、図9(b)のピークを同定している。Cu Kα1ピークの半値幅から、エネルギー分解能は13eV程度と算出することができる。
【0060】
このように、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10によれば、蛍光X線や特性X線の受光立体角が大きく、かつ複数の元素の高分解能スペクトルを同時に検出することができるため、測定時間を飛躍的に短縮することができる。例えば、従来の走査型のX線分析装置に比べて、測定時間を1〜2桁程度短縮することができる。このため、従来は困難であった、低出力であるが高分解能なコールドタイプのFE−SEMでも、波長分散方式を適用することができる。
【0061】
なお、本発明の実施の形態の元素分布測定方法として、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10を使用して、光源11から、X線または電子線を試料1の表面を走査するよう照射し、試料1のそれぞれの照射位置に対応するX線を検出器14で検出し、その検出結果と対応する試料1の照射位置とに基づいて、試料1の元素分布情報を得てもよい。
【0062】
この本発明の実施の形態の元素分布測定方法によれば、いわゆる元素マッピングを容易に行うことができる。従来の走査型の波長分散型の測定装置を使用する場合には、基本的に一度に一元素しか測定できないため、幾つかの元素を同時に測定するには、長い測定時間を要していた。これに対し、本発明の実施の形態の元素分布測定方法では、波長分散型X線分析装置10を用いるため、同時に複数の元素を測定することができ、大幅に測定時間を短縮することができる。なお、測定精度を高めるため、光源11から照射するX線または電子線は、ビーム径が数ミクロン以下に絞られていることが好ましい。
【0063】
また、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10によれば、特定元素周辺の三次元原子イメージング技術である逆X線光電子ホログラフィーを高精度で実施することができる。逆X線光電子ホログラフィーは、特性X線の強度を、試料方位の関数として測定する手法であるが、電子線励起のために制動放射白色X線も同時に検出される。この制動放射X線は、スペクトルのバックグランドとなるため、特に0.1%以下の微量元素の測定を行う場合には、エネルギー分解能が150eV程度の半導体検出器ではホログラフィー測定が困難となる。従来の波長分散型のX線分析装置では、特性X線の受光立体角が小さく、十分な強度が稼げないため、ホログラフィー測定が困難であった。これに対し、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10は、分解能が高いため、そのような微量元素の検出下限を改善することができ、高精度のホログラフィー測定を行うことができる。
【0064】
また、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10によれば、時分割測定が可能な検出器14を用いることにより、反応中の試料のX線スペクトル変化を測定し、リアルタイムで解析することもできる。
【符号の説明】
【0065】
1 試料
10 波長分散型X線分析装置
11 光源
12 XZステージ
13 分光結晶
14 検出器
14a 検出部
15 スリット
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線または電子線を試料に照射して発生する蛍光X線または特性X線は、各々の元素によって固有の波長を持つため、これらを測定することにより試料を構成する元素の分析を行うことができる。
【0003】
X線をプローブとするものは、蛍光X線分析装置(X-ray fluorescence analyzer; XFA)と呼ばれる。また、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope; SEM)や電子プローブ・マイクロアナライザー(electron probe micro analyzer; EPMA)にも、電子線励起で発生する特性X線を分析する装置が付属している場合が多い。これら、蛍光X線および特性X線の分析装置には、大きくエネルギー分散型と波長分散型とがある。
【0004】
半導体検出器を用いたエネルギー分散型は、広い立体角で効率よく蛍光X線および特性X線を検出できるメリットがあるが、エネルギー分解能が150eV程度であるため、分析濃度の検出下限が0.1at%程度と高いことや、波長的に近接する蛍光・特性X線を十分に分離できないなどの問題がある。
【0005】
一方、波長分散型は、エネルギー分解能が10eV程度とエネルギー分散型に比べて大きく優れているため、Signal/background比の関係から、検出下限が一桁から二桁向上する。また、蛍光・特性X線のピークが重なり合うこともなくなるため、定量解析が行い易い。さらに、詳細なスペクトル解析により元素分析のみならず、化学状態の評価も可能となる。
【0006】
従来の波長分散型蛍光X線分析装置は、図10に示すように、試料の広い領域に、X線発生源からのX線を照射して励起させ、放出される蛍光X線を、ソーラースリットを通過させ、平板の分光結晶にてBragg反射させた後、シンチレーションカウンターなどのX線検出器で検出する方式が一般的である。この方式では、試料、平板分光結晶、検出器のθ−2θの角度関係を保ちつつ走査することにより、蛍光X線スペクトルを取得する(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
またSEM、EPMAにおける波長分散型分析装置では、収束電子ビームにより直径数百ミクロン以下の領域から発生する特性X線を分析する。図11に示すように、特性X線は、ヨハンまたはヨハンソン型と呼ばれる湾曲結晶のBragg反射により、X線検出器の受光面に集光される。X線発生源、ヨハンソン型湾曲結晶、X線検出器の受光面は、ローランド円と呼ばれる円周上に配置されており、θ−2θの関係を保った精密な角度走査により、スペクトルを取得する。この方式は、概して集中方式と呼び、特性X線または蛍光X線を広い立体角で受けてBragg反射させることにより、効率良く分析できることを特徴とする(例えば、非特許文献2または3参照)。また、X線励起の場合でも、一次X線がスリットで適度に絞られ、蛍光X線源が微小領域に制限されていれば適用できる。
【0008】
しかし、非特許文献1、2および3に記載のような、従来の波長分散型のX線分析装置では、蛍光X線・特性X線発生源、分光結晶、X線検出器のθ−2θの角度関係を保ちながら、精密な角度走査を行う必要があるため、長い測定時間が必要となるという問題があった。また、その間、高出力の電子ビームを照射させ続けなければならないため、試料が損傷することがあるという問題もあった。
【0009】
このような問題を解決するため、測定時間が短く、試料損傷が少ない非走査型の波長分散型X線分析が提案されている。そのようなものとして、図12に示すように、微小X線発生源からの蛍光X線を平板分光結晶でBragg反射させ、蛍光X線の回折パターンを2次元検出器によって測定することにより、蛍光X線スペクトルを2.4eVのエネルギー分解能で求めた実験がある(例えば、非特許文献4参照)。この方式では、蛍光X線・特性X線を集光できないために、それらの測定に必ず2次元検出器を要する。また、平板分光結晶であるために、蛍光X線・特性X線を大きな立体角で受けることが困難である。また、分光結晶によるBragg反射後の蛍光X線・特性X線は角度的に広がりを持って進行していくため、2次元検出器の面積が小さい場合には、検知可能な波長域が狭くなり、効率の面で難点がある。
【0010】
そこで、本発明者らは、「試料」−「検出器」を結ぶ軸に平行な方向のビームの辺の長さを300μm以下に収束させる制御もしくは制限を行ったX線または電子線を試料に照射し、試料から発生する蛍光X線または特性X線を、円筒状結晶表面に対し垂直に結晶方向が制御された、円筒状曲率分布結晶レンズの回折現象を用いて、それぞれの波長ごとに異なる位置に集光させ、それらを2次元または1次元型の位置敏感X線検出器で検出することにより、広い波長範囲の蛍光X線または特性X線スペクトルを一度に測定できるようにした非走査型波長分散型X線分析装置を提案している(例えば、特許文献1参照)。また、図13に示すように、プラズマ励起X線発光の分野では、円錐状の結晶を作製して、2次元X線検出器を使用して分光実験をしている例もある(例えば、非特許文献5参照)。
【0011】
なお、特許文献1に示す円筒状曲率分布結晶レンズは、Si、Ge、SiGe等の単結晶板を結晶の融点近傍温度にて、高温加圧により塑性加工させ、円筒状に成型したものであり(例えば、非特許文献6参照)、理想的な円筒面上に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位が制御されている。また、本発明者らは、特定元素周辺の三次元原子イメージング技術である逆X線光電子ホログラフィーを開発している(例えば、特許文献2参照)。この逆X線光電子ホログラフィーは、例えば、半導体中のドーパントや表面の吸着物の環境構造を三次元的に決定することができ、様々な物質・材料の物性・機能の解明に対し大きな寄与が期待される革新的な評価手法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2008−180656号公報
【特許文献2】特開2006−300558号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】合志陽一、佐藤公隆、「X線分析最前線」、アグネ技術センター、1998年
【非特許文献2】日本表面科学会、「電子プローブ・マイクロアナライザー」、丸善株式会社、1999年
【非特許文献3】桜井健次、「ローランド円半径100ミリの超小型ヨハンソン型蛍光X線分光器の開発」、X線分析の進歩 第35集、2004年、p.201-208
【非特許文献4】S. Hayakawa, Y. Kagoshima, Y. Tsusaka, J. Matsui and T. Hirokawa,“High resolution X-ray fluorescence measurements using a flat analyzer and anX-ray CCD”, J. Trace and Microprobe Technique, 2001年, 19, p.615-621
【非特許文献5】C. Bonte, M. Harmand, F. Dorchiesa, S. Magnan, V. Pitre, and J.-C.Kieffer, P. Audebert and J.-P. Geindre, “High dynamic range streak camera forsubpicosecond time-resolved x-ray spectrometry”, Rev. Sci. Instrum., 2007年, 78, p.043503
【非特許文献6】K. Nakajima, K. Fujiwara, W. Pan and H. Okuda, “Shapedsilicon-crystal wafers obtained by plastic deformation and their application tosilicon-crystal lenses”, Nature Materials, 2005年, 4, p.47-50
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1に記載の円筒状曲率分布結晶レンズを用いた非走査型波長分散型X線分析装置では、同時に複数元素を検出する場合、依然として長い検出器が必要となる。すなわち、円筒状結晶を用いたときの、試料から焦点までの距離Lは、以下の式(1)で与えられる。
【0015】
【数1】
ここで、rsは結晶の曲率半径、dは結晶の格子面間隔、λはX線の波長、nは1以上の整数である。
【0016】
例えば、rs=50mm、Ge(220)面の円筒状結晶を用いた場合、NiからGaまで(Ni、Cu、Zn、Ga)の元素を同時に分析しようと思えば、7cm以上の長さを有する検出器が必要となる。元素数をさらに増やせば、これ以上の長さが必要になる。現在、ダイレクト撮像方式(シンチレーターで変換しないタイプ)のX線CCDは、2cm×2cmのものが最大であり、これを直接、非走査型波長分散型X線分析装置に適用しても、効率よく測定することは難しいという課題があった。また、検出器の面を円筒の中心軸を含むように配置する必要があるため、図14に示すように、検出面に対し入射角が10−20゜程度のかなりの低角となり、スポットが滲みやすく、スペクトルのエネルギー分解能が低いという課題もあった。
【0017】
また、非特許文献5に記載の円錐状の結晶を用いるものでも、大きな立体角でX線を受けられず、効率よく測定することは難しいという課題があった。
【0018】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明に係る分光結晶は、波長分散型X線分析で試料と検出器との間に配置して使用される分光結晶であって、所定の基準直線に沿って、前記基準直線を含む基準平面に対して垂直に交わる円弧を連ねた形状を成す内側面を有し、前記基準直線に沿って前記円弧の曲率が変化するとともに、前記円弧を含む円弧含有平面と前記基準直線との成す角が変化するよう構成されていることを、特徴とする。
【0020】
特に、本発明に係る分光結晶で、前記内側面は、前記基準直線に沿って前記試料から前記検出器に向かって、前記円弧の曲率半径が小さくなるとともに、前記円弧と前記基準平面とが交わる円弧交点と、前記基準直線と前記円弧含有平面とが交わる基準交点とを結ぶ線分と、前記基準交点から前記試料側の前記基準直線との成す角が小さくなるよう構成されていることが好ましい。
【0021】
また、本発明に係る波長分散型X線分析装置は、前記基準直線が前記試料と前記検出器とを結ぶ軸に一致するよう、または、前記基準平面内で前記軸と平行になるよう配置された本発明に係る分光結晶と、前記試料に向かってX線または電子線を照射する光源と、X線を検出する線状または面状の検出部を有し、前記検出部が前記軸に対して垂直を成すよう配置されている前記検出器とを、有していることを特徴とする。
【0022】
以下に、本発明に係る分光結晶およびその分光結晶を利用した本発明に係る波長分散型X線分析装置の原理について説明する。
図1に示すように、円錐状の結晶を用いた場合、X線の発生点(試料)psと集光点pfとを結ぶ軸が、円錐状結晶の中心軸(円錐の頂点と底面の円の中心とを結ぶ軸であって、図1中のx軸と同一の軸)と一致するものとする。この結晶によって回折を生じるX線の波長は、次のBraggの式によって決定される。
【0023】
【数2】
ここで、dは格子面間隔、θは格子面と入射X線とがなす角で、通常Bragg角と呼ばれている。また、λはX線の波長であり、nは正の整数である。X線の発生点psから、lで示される円錐状結晶の弧(円錐の切断円)の部分に照射されるX線は、全て格子面に対する視射角θが等しいため、式(2)から、同一波長λのX線を回折することが分かる。回折したX線は、再び回転中心軸に向かって進行することとなる。この円錐切断円の中心点plからpsまでの距離をL1とする。また、plから集光点pfまでの距離をL2とする。このとき、L1、L2の値を次式で計算することができる。
【0024】
【数3】
ここで、rは結晶の曲率半径、αは結晶表面と回転中心軸とのなす角である。θは、式(2)より、λの関数であることが分かる。
【0025】
図2は、図1に示す円錐状結晶を、適当な厚みに輪切りにしたものの一部を、例として4つ(図2中ではa、b、c、dで表示)配列したものである。なお、ここでは各々の円錐状結晶の一部を、異なる回転中心軸の傾き、そして異なる場所に配置している。βa、βb、βdは、Fで示される検出器の検出面または検出軸(検出部)の法線からの傾きである。なお、円錐状結晶cは、その回転中心軸と検出器の検出面または検出軸の法線とが平行とし(βc=0゜)、図2中には表示していない。また、円錐状結晶a、b、c、dのαを、それぞれαa、αb、αc、αdとする。円錐状結晶a、b、c、dの弧la、lb、lc、ldにおいて、それぞれ波長λa、λb、λc、λdのX線(蛍光X線や特性X線)を反射するものとする。la、lb、lc、ldにおける曲率半径を、それぞれra、rb、rc、rdとする。ここで、λa、λb、λc、λdの関係は、λa<λb<λc<λdとする。
【0026】
図2に示すように、距離ps−pfa、ps−pfb、ps−pfc、ps−pfdは、それぞれ、D/cos(βa)、D/cos(βb)、D、D/cos(βd)と表すことができる。ここで、Dはpsから検出器Fまでの距離である。ただし、βが5゜以下の低角である場合、距離ps−pfa、ps−pfb、ps−pfc、ps−pfdは、全てDと近似することができる。ここで、式(2)、(3)、(4)より、焦点までの距離Dを一定に保ちつつ、λを大きくする場合には、基本的にはrも大きくする必要があることが分かる。従って、λa<λb<λc<λdを満たすには、ra<rb<rc<rdとなる必要がある。また、結晶の位置が、ps(試料)−F(検出器)間の中点であればα=0゜とし、中点から検出器寄りになるに従って、αを大きくする必要がある。また、ps寄りになるに従って、αは小さくする必要がある。このため、αには、αa<αb<αc<αdの関係が必要となる。
【0027】
これにより、図2に示すような、a、b、c、dの4つの円錐状結晶の一部の配置によって、X線の進行方向に対して、比較的、垂直に検出面・検出軸(検出部)が配置されている検出器F上に、異なる4つの波長λa、λb、λc、λdのX線を結像することができる。また、psからFの方向に対して、結晶上での位置の変化とともに、パラメーターα、βおよびrを変えることにより、波長の異なるX線(蛍光X線や特性X線)を、X線の進行方向に対し比較的垂直に結像させることができる。
【0028】
図2では、4つの円錐状結晶の一部を用いているが、さらに多くの円錐状結晶の一部を区分的に配列し、その結晶の幅を小さくしていき、スプライン曲線で補完すると、滑らかな曲面形状を想定することができる。本発明に係る分光結晶および波長分散型X線分析装置では、例えば、図2に示す円錐状結晶cの回転中心軸を基準直線(図2(a)中の、Lb)とし、図2(b)のps(試料)とpf(検出器)とを結ぶ軸を含み紙面に垂直な面(図2(a)の紙面に対応する面)を基準平面とすると、幅を小さくした各円錐状結晶の一部が円弧に対応し、滑らかな曲面が内側面に対応する。
【0029】
このことから、本発明に係る分光結晶および波長分散型X線分析装置は、非走査型であり、走査型のものに比べて、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、測定時間を大幅に短縮することができる。また、検出部(検出面または検出軸)が試料(ps)と検出器(F)とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう、検出器を配置することにより、検出部への入射角が垂直に近くなるため、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる。また、試料(ps)から検出器(F)に向かって、円弧の曲率半径が小さくなるとともに、円弧と基準平面とが交わる円弧交点(図2(a)中の円錐dの場合、Parc)と、基準直線Lbと円弧含有平面とが交わる基準交点(図2(a)中の円錐dの場合、Pb)とを結ぶ線分と、基準交点(Pb)から試料側の基準直線Lbとの成す角が小さくなる場合には、特にそれらの効果が高い。
【0030】
また、図3(a)に示すように、分光結晶の背骨に相当する部分、すなわち、円弧と基準平面とが交わる円弧交点(Parc)を連ねた部分A−Bが直線の場合に比べ、図3(b)に示すように、背骨に相当する部分A−Bを曲げることにより、最大焦点間距離を短くすることができる。このため、図3(b)の場合には、さらに多くの元素を同時に検出することができ、効率がよい。また、検出器を小さくしたり、市販のものを使用したりすることができ、検出器の材料コストを低減できるとともに、装置の小型化を図ることができる。
【0031】
なお、本発明に係る分光結晶は、高精度でX線分析を行うために、内側面に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位が制御されていることが好ましい。また、検出器は、例えば、2次元の面状の検出部を有するものとして、X線CCD(charge-coupled device)やイメージングプレートなどから成り、1次元の線状の検出部を有するものとして、PSPC(position sensitive proportional counter)、PAD(pixel array detector)などから成ることが好ましい。
【0032】
本発明に係る分光結晶は、Si、Ge、SiGeのいずれか一つから成ることが好ましい。この場合、X線分析に適した分光結晶を得ることができる。また、本発明に係る分光結晶は、単結晶板を、その融点近傍温度で加圧することにより塑性加工して形成されることが好ましい。この場合、加工精度が良く、高精度でX線分析を行うことができる。また、内側面に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位を容易に制御することができる。
【0033】
本発明に係る分光結晶は、前記内側面の表面に、所定の膜間隔を有する多層膜が設けられていてもよい。この場合、比較的エネルギーが低い軟X線の領域でも、X線分析を行うことができる。多層膜は、例えば、(W/C)n、(Mo/Si)nなどの比較的密度の大きい物質と小さい物質とを組み合わせたものから成っている。
【0034】
本発明に係る波長分散型X線分析装置で、前記光源は、照射するX線または電子線の前記軸に平行な方向の辺の長さが300μm以下であることが好ましい。この場合、エネルギー分解能を高めることができる。例えば、8keVのX線を使用したとき、検出器で5eVの分解能を達成することができる。
【0035】
本発明に係る波長分散型X線分析装置で、前記分光結晶は複数から成り、それぞれ前記内側面の形状が異なっており、それぞれが分光する異なる元素域によるX線が前記検出器で検出されるよう配置されていてもよい。この場合、分光結晶の面積や検出器の大きさの制限により、一つの分光結晶で、一度に広い元素域に亘って全てのX線(蛍光X線や特性X線)スペクトルを測定できないときであっても、複数の分光結晶により、一度に広い元素域に亘って測定を行うことができる。
【0036】
本発明に係る元素分布測定方法は、本発明に係る波長分散型X線分析装置の前記光源から、X線または電子線を前記試料の表面を走査するよう照射し、前記試料のそれぞれの照射位置に対応するX線を前記検出器で検出し、その検出結果と対応する前記試料の照射位置とに基づいて、前記試料の元素分布情報を得ることを、特徴とする。
【0037】
本発明に係る元素分布測定方法によれば、いわゆる元素マッピングを容易に行うことができる。本発明に係る元素分布測定方法は、本発明に係る波長分散型X線分析装置を用いるため、同時に複数の元素を測定することができ、走査型のX線分析装置を用いる場合と比べて、大幅に測定時間を短縮することができる。測定精度を高めるため、光源から照射するX線または電子線は、ビーム径が数ミクロン以下に絞られていることが好ましい。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる分光結晶、波長分散型X線分析装置および元素分布測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係る分光結晶に関する、円錐状結晶における分光・集光の原理を示す(a)側面図、(b)正面図である。
【図2】本発明に係る分光結晶に関する、図1に示すパラメーターの異なる4つの円錐状結晶の一部を配置して、一つの面上に集光させる場合の原理を示す(a)側面図、(b)平面図である。
【図3】本発明に係る分光結晶の分光・集光の原理を示す(a)背骨に相当する部分が直線の場合、(b)背骨に相当する部分が湾曲した場合の側面図である。
【図4】本発明の実施の形態の分光結晶および波長分散型X線分析装置を示す側面図である。
【図5】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、試料から検出器までの範囲の側面図である。
【図6】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、試料から検出器までの範囲の斜視図である。
【図7】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、分光結晶が複数の場合の配置例を示す斜視図である。
【図8】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、分光結晶の形状の設計原理を説明する側面図である。
【図9】図4に示す分光結晶および波長分散型X線分析装置の、図8に示す分光結晶を用いた(a)5元素を含む試料の蛍光X線集光パターン、(b)集光パターンのX線強度分布を示すグラフ、(c)試料を純元素に変えた場合の蛍光X線集光パターンである。
【図10】従来の一般的な波長分散型蛍光X線分析装置を示す側面図である。
【図11】従来の集中方式による波長分散型特性X線分析装置を示す側面図である。
【図12】従来の平板分光結晶を用いた非走査型の波長分散型X線分析装置を示す斜視図である。
【図13】従来の円錐状結晶を用いた非走査型の波長分散型X線分析装置を示す斜視図である。
【図14】従来の円筒状結晶を用いた非走査型の波長分散型X線分析装置を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、図面に基づき本発明の実施の形態について説明する。
図4乃至図9は、本発明の実施の形態の分光結晶および波長分散型X線分析装置を示している。
図4乃至図6に示すように、波長分散型X線分析装置10は、非走査型であり、光源11とXZステージ12と分光結晶13と検出器14とを有している。
【0041】
図4に示すように、光源11は、Moターゲットを用いた回転対陰極型のX線発生装置から成り、X線を照射可能になっている。光源11は、前方に配置されたスリット15により、ビームサイズを150×150μm2に制限するようになっている。
【0042】
XZステージ12は、分析対象の試料1を設置するようになっている。XZステージ12は、設置された試料1に、光源11からのX線を照射して励起させ、蛍光X線または特性X線を放出させるようになっている。XZステージ12は、光源11に対する角度を調整して、試料1からの蛍光X線の放出方向を調整可能になっている。
【0043】
図4乃至図6に示すように、分光結晶13は、図1乃至図3で説明した原理に基づいた形状を成している。分光結晶13は、Si、Ge、SiGeのいずれか一つから成り、その単結晶板を、その融点近傍温度で加圧することにより塑性加工して形成されている。これにより、分光結晶13は、内側面に対し垂直に、少なくとも0.1度以下の精度で結晶の方位が制御されている。分光結晶13は、基準直線Lbが試料1と検出器14とを結ぶ軸に一致するよう配置されている。なお、分光結晶13は、5軸ステージに設置され、試料1や検出器14に対する角度を微調節可能になっている。
【0044】
検出器14は、X線CCDから成り、X線を検出する面状の検出部14aを有している。検出器14は、検出部14aが、試料1と検出器14とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう配置されている。
【0045】
次に、作用について説明する。
波長分散型X線分析装置10は、分光結晶13により、試料1から放出される蛍光X線または特性X線を、試料1のX線源を中心とした動径方向に対し、比較的垂直な方向に、波長によってそれぞれ異なる位置に配列させて、焦点を結ばせることができる。それらは直線上に分布し、その強度分布が蛍光X線または特性X線のスペクトルと対応するようになっている。その複数のスペクトルを、検出器14により同時に検出することができる。
【0046】
波長分散型X線分析装置10は、例えば、曲率半径50〜30mmで変化させたGe(110)の分光結晶13を用いた場合には、2〜3cmの範囲で4〜5元素の蛍光X線の焦点を結ばせることができる。このため、検出器14として、市販のX線CCDを使用しても、十分に対応することができる。具体的な一例として、図3(a)に示すように、分光結晶13の背骨に相当する部分A−Bが直線状の場合、Bragg角10.2〜32.7゜の領域に含まれるCrからMoのK線を集光させる、Ge(110)基板を用いた分光結晶13の曲率半径、軸傾きなどのパラメーターを、表1に示す。表1には、曲率半径60〜50、50〜30、30〜20mmの3タイプの分光結晶13を用いた場合の、カバーできる蛍光・特性X線のエネルギー範囲(Bragg角)と分析できる元素の範囲とを示している。
【0047】
【表1】
【0048】
なお、分光結晶13を製造するための形状結晶加工用グラファイト製金型は、例えば、表1に示すパラメーターなどを基に、三次元CADにて図面化し、5軸加工機を用いて作製することができる。
【0049】
このように、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10は、非走査型であり、走査型のものに比べて、より多くの元素を同時に効率よく検出することができ、測定時間を大幅に短縮することができる。これにより、試料1の損傷を防ぐことができる。また、検出部14aが試料1と検出器14とを結ぶ軸に対して垂直を成すよう配置されているため、検出部14aへの入射角が垂直に近くなり、スペクトルのエネルギー分解能を高めることができる。また、検出器を小さくしたり、市販のものを使用したりすることができ、検出器の材料コストを低減できるとともに、装置の小型化を図ることができる。表1に示す具体的な一例では、焦点距離を20mm程度まで短くすることができ、装置を非常にコンパクトにすることができる。
【0050】
なお、分光結晶13は、内側面の表面に、所定の膜間隔を有する多層膜が設けられていてもよい。多層膜は、例えば、(W/C)n、(Mo/Si)nなどの比較的密度の大きい物質と小さい物質とを組み合わせたものから成っている。分光結晶13の内側面の表面に、面間隔5nmの人工多層膜を作製して分光に用いたときの、カバーできるエネルギー範囲を、表2に示す。表2に示すように、人工多層膜を使用することにより、比較的エネルギーが低い軟X線の領域でも、X線分析を行うことができる。
【0051】
【表2】
【0052】
また、図7に示すように、分光結晶13が複数から成り、それぞれ内側面の形状が異なっており、それぞれが分光する異なる元素域によるX線が検出器14で検出されるよう配置されていてもよい。この場合、分光結晶13の面積や検出器14の大きさの制限により、一つの分光結晶13で、一度に広い元素域に亘って全てのX線(蛍光X線や特性X線)スペクトルを測定できないときであっても、複数の分光結晶13により、一度に広い元素域に亘って測定を行うことができる。
【実施例1】
【0053】
次に、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10による測定例を示す。
ここでは、分光結晶13としてGe(110)単結晶を用い、Ge(220)回折を利用してNi〜Geまでの元素を集光させられるよう、Bragg角18〜25°に対応する結晶を作製した。
【0054】
分光結晶13に要求される曲面の設計は、三次元CAD(computer aided design)を用いて行った。図8に示すように、試作した分光結晶13は、検出器14の法線方向に平行な背骨を有し、背骨とX線源(試料1)との距離が50mmに配置されることを想定して作製した。このとき、分光結晶13の線源側端部において、Bragg角25.0°のX線を曲率半径50mm、軸傾き0.0°で受けるものとした。この時点で、「試料1(X線源)」−「分光結晶13の線源側端部」−「検出器14」の距離が、107.2mmと決定される。分光結晶13の背骨に対し、各元素に固有のBragg角で入射した蛍光X線が、それに等しい角度で反射し、検出器14上に到達する。この到達点で集光するためには、到達点とX線源とを結んだ線を中心軸とすればよいため、この軸に下ろした垂線が、それぞれの蛍光X線の集光に必要な曲率半径となる。既に、X線源、分光結晶13および検出器14の位置関係が定まっているため、各元素固有のBragg角および結晶の検出器側端部に18.0°で入射するという条件を与えると、曲率半径およびその曲率円(円弧を含む円)における試料1と検出器14とを結ぶ軸と、交差する軸の傾きが自ずと定まる。表3に、試作した分光結晶13の形状を規定する主要なパラメーターを示す。
【0055】
【表3】
【0056】
三次元CAD上で分光結晶13の両端部および各元素に対応した曲率円を描画した後、これらの円と円との間を滑らかに結ぶように曲面を自動生成させることで、曲面形状を決定した。この曲面を有する高温加圧加工用金型を同CAD上で設計し、CADシステムと接続された5軸加工機に情報を送ることで、グラファイトを要求金型形状に加工した。
【0057】
Ge(110)単結晶ウエハを金型に挟み、不活性ガス雰囲気下で融点(938℃)近傍温度まで昇温後、プレスすることでその結晶性を維持したまま、平板単結晶ウエハを所望の分光結晶13の形状へと加工する。本実施例においては、53×49×0.5(厚さ)mmのGe(110)単結晶ウエハを,Ar雰囲気下で900℃に保持した後、50kgfの荷重を金型にかけることにより、高温加圧加工を施した。
【0058】
試料1には5つの元素(Ni、Cu、Zn、Ga、Ge)を含有する合金を用い、これにX線を照射することで蛍光X線を発生させた。合金を励起させるための光源11(X線源)は、Moターゲットを用いた回転対陰極型のX線発生装置であり、X線のビームサイズをスリット15により、150×150μm2に制限した。
【0059】
X線CCDにより測定した、合金に含有される5元素の蛍光X線集光パターンを、図9(a)に示す。図9に示すように、測定されたパターンは、複数の元素からの蛍光X線が別々に集光されており、各元素のKα線がKα1およびKα2に明瞭に分離されている。これらのパターンを、図9(a)の矢印の方向に平均化(積分)したものを、図9(b)に示す。図9(b)の横軸は測定したCCDのチャンネル数を、縦軸は強度(任意単位)を表している。また、試料1を純元素(Ni 99+%、Cu 99.96%、Zn 99.5%、Ge単結晶)に変えた場合の蛍光X線集光パターンを、図9(c)に示す。図9(c)に基づいて、図9(b)のピークを同定している。Cu Kα1ピークの半値幅から、エネルギー分解能は13eV程度と算出することができる。
【0060】
このように、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10によれば、蛍光X線や特性X線の受光立体角が大きく、かつ複数の元素の高分解能スペクトルを同時に検出することができるため、測定時間を飛躍的に短縮することができる。例えば、従来の走査型のX線分析装置に比べて、測定時間を1〜2桁程度短縮することができる。このため、従来は困難であった、低出力であるが高分解能なコールドタイプのFE−SEMでも、波長分散方式を適用することができる。
【0061】
なお、本発明の実施の形態の元素分布測定方法として、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10を使用して、光源11から、X線または電子線を試料1の表面を走査するよう照射し、試料1のそれぞれの照射位置に対応するX線を検出器14で検出し、その検出結果と対応する試料1の照射位置とに基づいて、試料1の元素分布情報を得てもよい。
【0062】
この本発明の実施の形態の元素分布測定方法によれば、いわゆる元素マッピングを容易に行うことができる。従来の走査型の波長分散型の測定装置を使用する場合には、基本的に一度に一元素しか測定できないため、幾つかの元素を同時に測定するには、長い測定時間を要していた。これに対し、本発明の実施の形態の元素分布測定方法では、波長分散型X線分析装置10を用いるため、同時に複数の元素を測定することができ、大幅に測定時間を短縮することができる。なお、測定精度を高めるため、光源11から照射するX線または電子線は、ビーム径が数ミクロン以下に絞られていることが好ましい。
【0063】
また、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10によれば、特定元素周辺の三次元原子イメージング技術である逆X線光電子ホログラフィーを高精度で実施することができる。逆X線光電子ホログラフィーは、特性X線の強度を、試料方位の関数として測定する手法であるが、電子線励起のために制動放射白色X線も同時に検出される。この制動放射X線は、スペクトルのバックグランドとなるため、特に0.1%以下の微量元素の測定を行う場合には、エネルギー分解能が150eV程度の半導体検出器ではホログラフィー測定が困難となる。従来の波長分散型のX線分析装置では、特性X線の受光立体角が小さく、十分な強度が稼げないため、ホログラフィー測定が困難であった。これに対し、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10は、分解能が高いため、そのような微量元素の検出下限を改善することができ、高精度のホログラフィー測定を行うことができる。
【0064】
また、分光結晶13および波長分散型X線分析装置10によれば、時分割測定が可能な検出器14を用いることにより、反応中の試料のX線スペクトル変化を測定し、リアルタイムで解析することもできる。
【符号の説明】
【0065】
1 試料
10 波長分散型X線分析装置
11 光源
12 XZステージ
13 分光結晶
14 検出器
14a 検出部
15 スリット
【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長分散型X線分析で試料と検出器との間に配置して使用される分光結晶であって、
所定の基準直線に沿って、前記基準直線を含む基準平面に対して垂直に交わる円弧を連ねた形状を成す内側面を有し、前記基準直線に沿って前記円弧の曲率が変化するとともに、前記円弧を含む円弧含有平面と前記基準直線との成す角が変化するよう構成されていることを、
特徴とする分光結晶。
【請求項2】
前記内側面は、前記基準直線に沿って前記試料から前記検出器に向かって、前記円弧の曲率半径が小さくなるとともに、前記円弧と前記基準平面とが交わる円弧交点と、前記基準直線と前記円弧含有平面とが交わる基準交点とを結ぶ線分と、前記基準交点から前記試料側の前記基準直線との成す角が小さくなるよう構成されていることを、特徴とする請求項1記載の分光結晶。
【請求項3】
Si、Ge、SiGeのいずれか一つから成ることを、特徴とする請求項1または2記載の分光結晶。
【請求項4】
単結晶板を、その融点近傍温度で加圧することにより塑性加工して形成されることを、特徴とする請求項1、2または3記載の分光結晶。
【請求項5】
前記内側面の表面に、所定の膜間隔を有する多層膜が設けられていることを、特徴とする請求項1、2、3または4記載の分光結晶。
【請求項6】
前記基準直線が前記試料と前記検出器とを結ぶ軸に一致するよう、または、前記基準平面内で前記軸と平行になるよう配置された請求項1、2、3、4または5記載の分光結晶と、
前記試料に向かってX線または電子線を照射する光源と、
X線を検出する線状または面状の検出部を有し、前記検出部が前記軸に対して垂直を成すよう配置されている前記検出器とを、
有していることを特徴とする波長分散型X線分析装置。
【請求項7】
前記光源は、照射するX線または電子線の前記軸に平行な方向の辺の長さが300μm以下であることを、特徴とする請求項6記載の波長分散型X線分析装置。
【請求項8】
前記分光結晶は複数から成り、それぞれ前記内側面の形状が異なっており、それぞれが分光する異なる元素域によるX線が前記検出器で検出されるよう配置されていることを、特徴とする請求項6または7記載の波長分散型X線分析装置。
【請求項9】
請求項6、7または8記載の波長分散型X線分析装置の前記光源から、X線または電子線を前記試料の表面を走査するよう照射し、前記試料のそれぞれの照射位置に対応するX線を前記検出器で検出し、その検出結果と対応する前記試料の照射位置とに基づいて、前記試料の元素分布情報を得ることを、特徴とする元素分布測定方法。
【請求項1】
波長分散型X線分析で試料と検出器との間に配置して使用される分光結晶であって、
所定の基準直線に沿って、前記基準直線を含む基準平面に対して垂直に交わる円弧を連ねた形状を成す内側面を有し、前記基準直線に沿って前記円弧の曲率が変化するとともに、前記円弧を含む円弧含有平面と前記基準直線との成す角が変化するよう構成されていることを、
特徴とする分光結晶。
【請求項2】
前記内側面は、前記基準直線に沿って前記試料から前記検出器に向かって、前記円弧の曲率半径が小さくなるとともに、前記円弧と前記基準平面とが交わる円弧交点と、前記基準直線と前記円弧含有平面とが交わる基準交点とを結ぶ線分と、前記基準交点から前記試料側の前記基準直線との成す角が小さくなるよう構成されていることを、特徴とする請求項1記載の分光結晶。
【請求項3】
Si、Ge、SiGeのいずれか一つから成ることを、特徴とする請求項1または2記載の分光結晶。
【請求項4】
単結晶板を、その融点近傍温度で加圧することにより塑性加工して形成されることを、特徴とする請求項1、2または3記載の分光結晶。
【請求項5】
前記内側面の表面に、所定の膜間隔を有する多層膜が設けられていることを、特徴とする請求項1、2、3または4記載の分光結晶。
【請求項6】
前記基準直線が前記試料と前記検出器とを結ぶ軸に一致するよう、または、前記基準平面内で前記軸と平行になるよう配置された請求項1、2、3、4または5記載の分光結晶と、
前記試料に向かってX線または電子線を照射する光源と、
X線を検出する線状または面状の検出部を有し、前記検出部が前記軸に対して垂直を成すよう配置されている前記検出器とを、
有していることを特徴とする波長分散型X線分析装置。
【請求項7】
前記光源は、照射するX線または電子線の前記軸に平行な方向の辺の長さが300μm以下であることを、特徴とする請求項6記載の波長分散型X線分析装置。
【請求項8】
前記分光結晶は複数から成り、それぞれ前記内側面の形状が異なっており、それぞれが分光する異なる元素域によるX線が前記検出器で検出されるよう配置されていることを、特徴とする請求項6または7記載の波長分散型X線分析装置。
【請求項9】
請求項6、7または8記載の波長分散型X線分析装置の前記光源から、X線または電子線を前記試料の表面を走査するよう照射し、前記試料のそれぞれの照射位置に対応するX線を前記検出器で検出し、その検出結果と対応する前記試料の照射位置とに基づいて、前記試料の元素分布情報を得ることを、特徴とする元素分布測定方法。
【図1】
【図10】
【図11】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図14】
【図10】
【図11】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図14】
【公開番号】特開2011−95224(P2011−95224A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−252190(P2009−252190)
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
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