説明

切削工具

【課題】 被覆層のすくい面および逃げ面における特性の微調整が可能であり、強い衝撃がかかるような切削加工においても耐欠損性が高い切削工具を提供する。
【解決手段】 基体2の表面に2層以上の被覆層3が形成され、複数の被覆層3のうちの厚みが厚い2層について、基体2側に形成された被覆層3を下層3L、基体2から遠ざかる側に形成された被覆層3を上層3Uと特定し、下層3Lのすくい面5における厚みをtrL、逃げ面6における厚みをtfL、上層3Uのすくい面5における厚みをtrU、逃げ面6における厚みをtfUとしたとき、trL>tfL、かつtrU<tfUであるスローアウェイチップ1等の切削工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体の表面に被覆層が形成された切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、切削加工を行う切削工具においては、より過酷な条件での切削加工に耐えうる切削工具が求められており、工具の耐摩耗性が高く、かつより高い耐欠損性が求められている。そこで、かかる切削工具においては、表面に被覆層を形成して切刃の耐摩耗性を向上することが行われており、併せて被覆層の耐欠損性を高めることも検討されている。
【0003】
被覆層に関して、すくい面および逃げ面に要求される性能を最適化する方法として、例えば、特許文献1では、耐クレータ摩耗性と耐フランク摩耗性とをともに改善するために、逃げ面に(Ti1−xAl)(0<x≦0.7)の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を、すくい面に(Ti1−yAl)(0<y≦0.7)の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を被覆した切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−41126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のように被覆層の種類自体を変えてしまう方法では、耐クレータ摩耗性と耐フランク摩耗性を最大化するための被覆層の硬度と靭性の微調整が難しく、耐クレータ摩耗性と耐フランク摩耗性の最適化には限界があり、また切削条件によってはすくい面の耐欠損性が低下するという問題があった。また、成膜時にすくい面および逃げ面の順にマスキングを施さなければならず、工程が煩雑であった。
【0006】
本発明は、被覆層のすくい面および逃げ面における被覆層の特性の微調整が可能であり、切削性能に求められるすくい面および逃げ面の性能の最適化が図れる切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の切削工具は、基体の表面に2層以上の被覆層が形成されたものであって、複数の前記被覆層のうちの厚みが厚い2層について、前記基体側に形成された被覆層を下層、前記基体から遠ざかる側に形成された被覆層を上層と特定し、前記下層のすくい面における厚みをtrL、逃げ面における厚みをtfL、前記上層のすくい面における厚みをtrU、逃げ面における厚みをtfUとしたとき、trL>tfL、かつtrU<tfUであることを特徴とする。
【0008】
ここで、上記構成において、0.8≦(trL+trU)/(tfL+tfU)≦1.2であることが望ましい。
【0009】
また、前記下層の前記すくい面と前記逃げ面との交差稜線部に形成される切刃における厚みをtcL、前記上層の前記切刃における厚みをtcUとしたとき、0.9≦tcU/tcL≦1.1であることが望ましい。
【0010】
さらに、前記下層はTi1−a(C1−x)(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上であり、0≦a<1、0≦x≦1である。)からなり、前記上層はAlからなることが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の切削工具によれば、下層のすくい面における厚みtrL、逃げ面における厚みtfL、上層のすくい面における厚みtrU、逃げ面における厚みtfUが、trL>tfLで、かつtrU<tfUであることから、すくい面と逃げ面との被覆層の性能を微調整することができる。つまり、すくい面から欠損や剥離が発生しやすい切削形態において、すくい面での被覆層の欠損や剥離を改善できる。また、逃げ面においては被覆層の耐摩耗性を高く維持できる。
【0012】
ここで、上記構成において、0.8≦(trL+trU)/(tfL+tfU)≦1.2であることが、すくい面および逃げ面における耐摩耗性および耐欠損性を高く維持できる点で望ましい。
【0013】
また、前記下層の前記すくい面と前記逃げ面との交差稜線部に形成される切刃における厚みをtcL、前記上層の前記切刃における厚みをtcUとしたとき、0.9≦tcU/tcL≦1.1であることが、切刃に要求される耐摩耗性および耐欠損性をともに高く維持する点で望ましい。
【0014】
さらに、前記下層はTi1−a(C1−x)(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上であり、0≦a<1、0≦x≦1である。)からなり、前記上層はAlからなる場合には、すくい面に求められる耐欠損性、耐剥離性と逃げ面に求められる耐フランク摩耗性を改善するための硬度とを最適化した被覆層となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の切削工具の好適例であるスローアウェイチップについての概略斜視図である。
【図2】図1のスローアウェイチップの概略断面図である。
【図3】本発明の切削工具の他の好適例であるエンドミルついての概略横断面図である。
【図4】本発明の切削工具の被覆層を被覆するための成膜装置の一例を示す模式図である。
【図5】図4の成膜装置に試料をセットするセット方法の一例を示す模式図であり、(a)下層を成膜する際のセット方法、(b)上層を成膜する際のセット方法を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の切削工具の好適例であるスローアウェイチップの一例について、概略斜視図である図1、および第1の実施態様のついての概略断面図である図2を基に説明する。
【0017】
図1、2のスローアウェイチップ(以下、単にチップと略す。)1は、概略平板形状からなり、すくい面5である主面と逃げ面6である側面との間の交差稜線部が切刃7として使用される。
【0018】
また、チップ1は、図2の断面図に示すように、基体2の表面に2層以上の被覆層3(3L、3U)が形成されている。そして、複数の被覆層3のうちの厚みが厚い2層について、基体2側に形成された被覆層3を下層3L、基体2から遠い側に形成された被覆層3を上層3Uと特定する。なお、被覆層3が2層で構成されるときはその2層が下層3Lと上層3Uとなる。また、3層以上の多層で構成されるときには、すくい面5および逃げ面6の両方で厚みを測定し、すくい面5および逃げ面6のいずれか厚い方の厚みをその層の厚みとして比較する。
【0019】
ここで、下層3Lのすくい面5における厚みをtrL、逃げ面6における厚みをtfL、上層3Uのすくい面5における厚みをtrU、逃げ面6における厚みをtfUとしたとき、図2の構成では、trL>tfL、かつtrU<tfUとなっている。
【0020】
これによって、すくい面5に強い衝撃がかかるような切削加工においても、被覆層の耐欠損性および耐剥離性が高く、かつ逃げ面に求められる被覆層の耐摩耗性を高くできる。
【0021】
なお、本発明におけるすくい面5および逃げ面6における被覆層3の厚みは、切刃7の付近で増減することがあるので、切刃7の先端位置から1mmの距離だけ離間した位置で測定する。また、切削工具の形状として、図3に示すドリルやエンドミル8のような回転軸を有する形状の切削工具においても、切刃9の先端と回転中心(基体10の中心)とを通る直線Aと逃げ面11とが交差する位置であって2つの逃げ面11の被覆層12の厚みが同じである位置で逃げ面11の厚みを測定し、直線Aに対して平行な直線Bとすくい面13とが交差する位置で被覆層12(上層12U、下層12L)のすくい面13における厚みを測定する。
【0022】
また、0.8≦(trL+trU)/(tfL+tfU)≦1.2であることがすくい面5および逃げ面6における耐摩耗性および耐欠損性を高く維持できる点で望ましい。
【0023】
さらに、下層3L、12Lのすくい面5と逃げ面6との交差稜線部に形成される切刃7における厚みをtcL、上層3U、12Uの切刃7における厚みをtcUとしたとき、0.9≦tcU/tcL≦1.1であることが、切削時の耐摩耗性および耐欠損性を高める点で望ましい。
【0024】
ここで、例えば、下層3L、12LがTi1−a(C1−x)(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上であり、0≦a<1、0≦x≦1である。)からなり、上層3U、12UがAlからなる場合には、すくい面5における被覆層3、12の耐欠損性および耐剥離性と、逃げ面6に求められる耐フランク摩耗性を改善するための硬度とを最適化することができる。
【0025】
例えば、下層3L、12Lが(TiAl)Nで、上層3U、12UがAlの構成からなる場合には、すくい面5、13に強い衝撃がかかるような場合でもすくい面5、13における被覆層3、12の欠損を抑制する効果が高く、逃げ面6、11においては被覆層3、12の耐フランク摩耗性が改善される。
【0026】
さらに、下層3L、12LがTiCNで上層3U、12UがAlの構成からなる場合には、すくい面5、13において切削時の衝撃によって上層3U、12Uが剥離しやすいという不具合を解消でき、逃げ面6、11においては耐摩耗性が高い被覆層3、12となる。被覆層3、12の組成については求める切削工具の性能に応じて選択することができる。
【0027】
なお、被覆層3、12の組成は、上記組成に限定される訳ではなく、周期表第4、5、6族金属、Al、Siの炭化物、窒化物、酸化物、ダイヤモンド、cBNが好適に適応でき、必要に応じて選択することができる。
【0028】
また、チップ1を構成する基体2、10は、例えば超硬合金、サーメット、セラミックス、ダイヤモンド、cBN等の硬質焼結体からなる。
【0029】
また、上記スローアウェイチップを製造する方法について、図1に示すチップ1の被覆層を被覆するための成膜装置の一例についての模式図である図4を基に説明する。
【0030】
図4は、焼成後の基体2に被覆層3の成膜方法として適応可能なイオンプレーティング装置を示す。詳細な成膜方法の一例について、アークイオンプレーティング成膜装置(以下、AIP装置と略す。)20の模式図である図4を参照して説明する。
【0031】
図4のAIP装置20は、真空チャンバ21の中にNやAr等のガスをガス導入口22から導入し、カソード電極23とアノード電極24とを配置して、両者間に高電圧を印加してプラズマを発生させ、このプラズマによってターゲット25から所望の金属あるいはセラミックスを蒸発させるとともにイオン化させて高エネルギー状態とし、このイオン化した金属を試料(基体2)の表面に付着させて、基体2の表面に被覆層3を被覆する構造となっている。また、図4によれば、基体2は試料支持治具26に設けられた複数の試料支持部28それぞれにすくい面がターゲット25に対向するように載置されてタワー27が複数(図4では試料支持治具26が8セット、タワー27が2セット図示されている。)配置された構成となっている。また、タワー27および試料支持治具26はそれぞれ回転しており、各試料が順にターゲット25に対向して被覆層の厚みは均一となるように配慮されている。この構成によって、各試料の切刃全周の厚みばらつきを小さくできるので、全体の厚みが厚くなっても部分的に欠損しやすい部分ができにくい。
【0032】
さらに、図4によれば、基体2を加熱するためのヒータ29と、ガスを系外に排出するためのガス排出口30と、基体2にバイアス電圧を印加するためのバイアス電源31が配置されている。そして、ターゲット25を用いて、アーク放電やグロー放電などにより金属源を蒸発させイオン化すると同時に、窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスと反応させることにより、基体2の表面に被覆層7が堆積する。
【0033】
なお、ターゲット25としては、例えば、金属チタン(Ti)、金属アルミニウム(Al)、金属M(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素およびSiから選ばれる1種以上)をそれぞれ独立に含有する金属ターゲット、これらを複合化した合金ターゲット、これらの化合物粉末または焼結体からなる混合物ターゲットを用いることができる。
【0034】
本発明によれば、図5に示すように、下層を成膜するときの基体のセット方法と上層を成膜するときの基体のセット位置を変えることによって成膜される被覆層の厚みを調整することができる。具体的には、下層を成膜する際には、すくい面がチャンバの側面とほぼ平行に、かつ逃げ面がチャンバの上面とほぼ平行な向きになるように、試料を90°回転させた状態で成膜する(図5(A)参照)。その後、上層を成膜する際には、逃げ面がチャンバの側面とほぼ平行に、かつすくい面がチャンバの上面とほぼ平行な向きにセットして第2層を成膜する(図5(B)参照)。
【0035】
また、成膜条件として、アーク電流100A以上、バイアス電圧30〜150Vとし、成膜装置内にセットする試料の数を、チップの切刃先端と隣り合うチップの切刃先端との隙間d(d、d)が50〜80mmとなるようにセット位置を調整することによって、すくい面および逃げ面における被覆層の厚みを所定の範囲内に制御することができる。
【0036】
なお、プラズマを発生するためにはアーク放電やグロー放電などを用い、導入ガスとしては窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスを用いることができる。そして、窒素(N)ガスやアルゴン(Ar)ガスを流した状態で成膜する。
【0037】
さらに、本発明の下層と上層の厚みを制御する方法として、上記基体のセット位置を成膜途中で変える方法の他に、基体に第1層を成膜した後に試料をチャンバから取り出して逃げ面側の第1層を研磨加工により薄くし、再度チャンバ内に第1層を成膜したときと同じ向きに試料をセットして、第2層を成膜する方法によっても作製可能である。
【0038】
また、成膜方法としては上述したイオンプレーティング法等の物理蒸着法(PVD法)以外にも化学蒸着法(CVD法)を好適に採用することもできる。
【実施例】
【0039】
WC粉末、Co粉末、Cr粉末およびVC粉末を混合し、溝入加工用スローアウェイチップ(京セラ製スローアウェイチップ型番GMM3020-040MW)のチップ形状にプレス成形し、焼成して研削加工およびホーニング加工を行った。その後、図4の状態で試料を成膜装置内に載置して、窒素(N)ガスをチャンバ内に導入して表1の条件でPVD法によって表1に示す厚みの被覆層を成膜してチップを作製した(試料No.1〜6)。また、なお、チップ基体のセットは下層を成膜する際は逃げ面がターゲットに対向する向き(図5(A)の向き)でセットして成膜し、上層を成膜する際は表1に示すように試料によってはセットの向きを変えて成膜した。なお、試料No.3については下層を成膜する前にTiN層を0.5μmの厚みで成膜した。
【0040】
得られたチップの断面を観察して、被覆層の下層と上層を特定し、それらのすくい面、逃げ面および切刃における厚みを測定した。結果は表2に示した。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
そして、このチップをホルダに装着して以下の切削試験を行い、切削性能評価を行った。
切削方法:溝入れ、横引き用加工
1パス毎に0.03mm/toothずつ送りを上げていく端面高送り断続加工
被削材 :SCM440(φ188→φ138迄加工、5mm−4本溝)
切削速度:100m/min
送り :0.1mm/tooth→0.58mm/tooth
切り込み:1.5mm
切削状態:湿式
評価方法:断続切削を行い、切れ刃に欠損が生じる最大送り量を評価した。結果は表3に示した。
【0044】
【表3】

【0045】
表1〜3の結果から明らかなように、下層と上層のすくい面および逃げ面における厚みが同じ試料No.4、下層も上層も逃げ面の厚みがすくい面の厚みよりも厚い試料No.5、および下層も上層も逃げ面の厚みがすくい面の厚みよりも薄い試料No.6では、いずれも耐摩耗性および耐欠損性の両方を高くすることはできなかった。
【0046】
これに対して、本発明に従い、下層は逃げ面が厚く、上層はすくい面が厚い試料No.1〜3では、いずれも耐欠損性および耐摩耗性ともに優れたものであった。
【符号の説明】
【0047】
1 スローアウェイチップ(チップ)
2、10 基体
3、12 被覆層
3L、12L 下層
3U、12U 上層
5、13 すくい面
6、11 逃げ面
7、9 切刃
8 エンドミル
20 アークイオンプレーティング成膜装置(AIP装置)
21 真空チャンバ
22 ガス導入口
23 カソード電極
24 アノード電極
25 ターゲット
26 試料支持治具
27 タワー
28 試料支持部
29 ヒータ
30 ガス排出口
31 バイアス電源
rL 下層のすくい面における厚み
fL 逃げ面における厚み
rU 上層のすくい面における厚み
fU 逃げ面における厚み

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体の表面に2層以上の被覆層が形成された切削工具であって、複数の前記被覆層のうちの厚みが厚い2層について、前記基体側に形成された被覆層を下層、前記基体から遠い側に形成された被覆層を上層と特定し、前記下層のすくい面における厚みをtrL、逃げ面における厚みをtfL、前記上層のすくい面における厚みをtrU、逃げ面における厚みをtfUとしたとき、
rL>tfL、かつtrU<tfUであることを特徴とする切削工具。
【請求項2】
0.8≦(trL+trU)/(tfL+tfU)≦1.2であることを特徴とする請求項1記載の切削工具。
【請求項3】
前記下層の前記すくい面と前記逃げ面との交差稜線部に形成される切刃における厚みをtcL、前記上層の前記切刃における厚みをtcUとしたとき、
0.9≦tcU/tcL≦1.1であることを特徴とする請求項1または2記載の切削工具。
【請求項4】
前記下層はTi1−a(C1−x)(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上であり、0≦a<1、0≦x≦1である。)からなり、前記上層はAlからなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか記載の切削工具。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−172972(P2010−172972A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15271(P2009−15271)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】