説明

切削工具

【課題】 高い靭性と耐熱衝撃性を有するサーメット焼結体からなる切削工具を提供する。
【解決手段】 Tiを主成分とする炭化物、窒化物および炭窒化物の1種以上からなる硬質相11と、CoおよびNiの少なくとも1種からなる結合相14とを含有するサーメット焼結体で構成され、硬質相11は、第1硬質相12と第2硬質相13とからなるとともに、切刃4直下の逃げ面3のサーメット焼結体6の表面において2D法で残留応力を測定した際、第2硬質相13のすくい面2に平行でかつ逃げ面3の面内方向(σ11方向)についての残留応力σ11〔2sf〕が圧縮応力で200MPa以上であり、切刃4直下の逃げ面3のサーメット焼結体6の表面から400μm以上の厚さを研磨した研磨面において2D法で残留応力を測定した際、σ11方向についての残留応力σ11〔2if〕が圧縮応力で150MPa以上であって残留応力σ11〔2sf〕よりも絶対値が小さいチップ1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサーメット焼結体からなる切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、切削工具や耐摩部材、摺動部材といった耐摩耗性や摺動性、耐欠損性を必要とする部材としてWCを主成分とする超硬合金やTiを主成分とするサーメット(Ti基サーメット)等の焼結合金が広く使われている。これら焼結合金についてはその性能改善のために新規材料開発が続けられ、サーメットにおいても特性の改善が試みられている。
【0003】
例えば、特許文献1では、窒素含有のTiC基サーメットの表面部における結合相(鉄族金属)濃度を内部に比べて減少させて表面部における硬質相の存在割合が多くすることによって、焼結体表面部に30kgf/mm以上の圧縮残留応力を残存させて、耐摩耗性、耐欠損性、耐熱衝撃性が向上することが開示されている。また、特許文献2では、WC基超硬合金の主結晶であるWC粒子が120kgf/mm以上の圧縮残留応力を有することによって、WC基超硬合金が高い強度を具備して耐欠損性に優れることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平05−9646号公報
【特許文献2】特開平06−17182号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1のように、結合相の含有量を表面と内部とで差をつけてサーメット焼結体に残留応力を発生させる方法では、サーメット全体に占める結合相の含有比率が小さいために、サーメット全体に対して十分な残留応力がかからず、満足できる靭性の向上効果を得ることが難しかった。
【0006】
また、特許文献2のように硬質相に均一に残留応力をかける方法でも、硬質相の強度を向上させることには限界があった。
【0007】
そこで、本発明の切削工具は上記問題を解決するためのものであり、その目的は、サーメット焼結体の靭性を高めて、切削工具の耐欠損性を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明の第の実施態様は、前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面において2D法で残留応力を測定した際、前記第2硬質相の前記すくい面に平行でかつ前記逃げ面の面内方向(σ11方向)についての残留応力σ11〔2sf〕が圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2sf〕≦−200MPa)であり、
前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面から400μm以上の厚さを研磨した研磨面において2D法で残留応力を測定した際、前記σ11方向についての残留応力σ11〔2if〕が圧縮応力で150MPa以上(σ11〔2if〕≦−150MPa)であって前記残留応力σ11〔2sf〕よりも絶対値が小さいことを特徴とする。
【0009】
ここで、前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面にて2D法で残留応力を測定した際、前記第1硬質相の前記σ11方向についての残留応力σ11〔1sf〕
が圧縮応力で70〜180MPa(σ11〔1sf〕=−180〜−70MPa)であり、
前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面から400μm以上の厚さを研磨した研磨面にて2D法で残留応力を測定した際、前記σ11方向についての残留応力σ11〔1if〕が圧縮応力で20〜70MPa以下(σ11〔1if〕=−70〜−20MPa)であって前記残留応力σ11〔1sf〕よりも絶対値が小さいことが望ましい。
【0010】
また、前記残留応力σ11〔1sf〕と前記残留応力σ11〔2sf〕との比(σ11〔2sf〕/σ11〔1sf〕)が1.2〜4.5であることが望ましい。
【0011】
さらに、前記サーメット焼結体の内部において、前記硬質相全体に対する前記第1硬質相が占める平均面積をS1iとし、前記第2硬質相が占める平均面積をS2iとしたとき、S1iとS2iとの比率(S2i/S1i)が1.5〜5であることが望ましく、前記サーメット焼結体の表面に、前記硬質相全体に対する前記第1硬質相が占める平均面積をS1sとし、前記第2硬質相が占める平均面積をS2sとしたとき、S1sとS2sとの比率(S2s/S1s)が2〜10の表面領域が存在することが望ましい。
【0012】
また、前記S2iと前記S2sとの比率(S2s/S2i)が1.5〜5であることが望ましい。
【0013】
さらに、本発明の第の実施態様は、上記サーメット焼結体からなる基体の表面に被覆層を形成したものであり、前記逃げ面にて2D法で残留応力を測定した際、前記第2硬質相の前記すくい面に平行で前記逃げ面の面内方向(σ11方向)についての残留応力(σ11〔2cf〕)が、圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2cf〕≦−200MPa)であり、前記被覆層を形成する前の前記サーメット焼結体の前記第2硬質相の前記σ11方向についての残留応力(σ11〔2nf〕)に対して1.1倍以上とするものである。
【0014】
また、前記サーメットの表面に被覆層がTi1−a−b−c−dAlSi(C1−x)(ただし、MはNb、Mo、Ta、Hf、Yから選ばれる1種以上、0.45≦a≦0.55、0.01≦b≦0.1、0≦c≦0.05、0≦d≦0.1、0≦x≦1)からの被覆層を被着形成してなることが望ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第の実施態様における切削工具によれば、サーメット焼結体の逃げ面の表面における残留応力σ11〔2sf〕が圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2sf〕≦−200MPa)、サーメット焼結体の研磨面における残留応力σ11〔2if〕が圧縮応力で150MPa以上(σ11〔2if〕≦−150MPa)であって応力σ11〔2sf〕よりも絶対値が小さい。これによって、サーメット焼結体の表面に大きな残留圧縮応力を発生させることができて、焼結体の表面におけるクラック発生時の進展を抑制してチッピングや欠損の発生を抑制することができるとともに、サーメット焼結体の内部における耐衝撃性を高めることができる。
【0016】
ここで、サーメット焼結体の表面における第1硬質相の残留応力σ11〔1sf〕が圧縮応力で70〜180MPa(σ11〔1sf〕=−180〜−70MPa)であり、研磨面における残留応力σ11〔1if〕が圧縮応力で20〜70MPa(σ11〔1if〕=−70〜−20MPa)であって前記残留応力σ11〔1sf〕よりも絶対値が小さいことによって、第1硬質相と第2硬質相の残留応力差によって硬質相自体にクラックが進展せず、かつサーメット焼結体の表面における耐熱衝撃性が向上する点で望ましい。
【0017】
また、前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面にて2D法で残留応力を測定した際、前記第1硬質相のσ11方向についての残留応力σ11〔1sf〕と前記第2硬質相のσ11方向についての残留応力σ11〔2sf〕との比(σ11〔2sf〕/σ11〔1sf〕)が1.2〜4.5であることによって、サーメット焼結体の表面における耐熱衝撃性が高い。
【0018】
なお、前記サーメット焼結体の内部において、前記硬質相全体に対する前記第1硬質相が占める平均面積をS1iとし、前記第2硬質相が占める平均面積をS2iとしたとき、S1iとS2iとの比率(S2i/S1i)が1.5〜5であることが、第1硬質相と第2硬質相との残留応力を制御できる点で望ましい。
【0019】
また、前記サーメット焼結体の表面において、該表面領域における前記硬質相全体に対する前記第1硬質相が占める平均面積をS1sとし、前記第2硬質相が占める平均面積をS2sとしたとき、S1sとS2sとの比率(S2s/S1s)が2〜10である表面領域が存在することが望ましい。これによって、サーメット焼結体の表面における残留応力を所定の範囲に制御することができる。このとき、前記S2iと前記S2sとの比率(S2s/S2i)が1.5〜5であることが、サーメット焼結体の表面と内部の残留応力差が容易に制御可能な点で望ましい。
【0020】
さらに、本発明の第の実施態様によれば、前記逃げ面にて2D法で残留応力を測定した際、被覆層を形成した前記サーメット焼結体の表面部の前記第2硬質相におけるσ11方向の残留応力が圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2cf〕≦−200MPa)であり、被覆層を形成していない前記サーメット焼結体の表面部における前記第2硬質相の残留応力σ11〔2nf〕(第2の実施態様のσ11〔2sf〕に相当)に対して、1.1倍以上とすることにより、サーメット焼結体の表面に所定の範囲の圧縮応力をかけることができてサーメット焼結体の耐熱衝撃性が向上する。その結果、被覆層を形成した切削工具においても耐熱衝撃性および耐欠損性が向上する。
【0021】
また、前記サーメットの表面に被覆層がTi1−a−b−c−dAlSi(C1−x)(ただし、MはNb、Mo、Ta、Hf、Yから選ばれる1種以上、0.45≦a≦0.55、0.01≦b≦0.1、0≦c≦0.05、0≦d≦0.1、0≦x≦1)からの被覆層を被着形成してなることが、サーメット焼結体の表面の残留応力を制御できるとともに、被覆層自身の硬度が高くて耐摩耗性が向上するため望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の切削工具の一例であるスローアウェイチップについて、(a)概略上面図、(b)(a)のX−X断面図であり、すくい面にて残留応力を測定する際の測定部位を示す図である。
【図2】図1のスローアウェイチップを構成するサーメット焼結体の断面についての走査電子顕微鏡写真である。
【図3】図1のスローアウェイチップについて、すくい面から測定したX線回折チャートの一例である。
【図4】本発明の切削工具の第の実施態様の一例であるスローアウェイチップについて、(a)概略上面図、(b)(a)のA方向から見た側面図であり、逃げ面にて残留応力を測定する際の測定部位を示す図である。
【図5】図4のスローアウェイチップについて逃げ面にて測定したX線回折チャートの一例である。
【図6】本発明の切削工具の第の実施態様の一例であるスローアウェイチップについて、(a)概略上面図、(b)(a)のA方向から見た側面図であり、逃げ面にて残留応力を測定する際の測定部位を示す図である。
【図7】表面に被覆層を形成したスローアウェイチップについて、成膜した部分と成膜していない部分での逃げ面におけるX線回折チャートの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の切削工具についてすくい面と着座面が同じネガチップ形状のスローアウェイチップを例とし、(a)概略上面図、(b)(a)のX−X断面図である図1、およびチッ
プ1を構成するサーメット焼結体6の断面についての走査電子顕微鏡写真である図2を用いて説明する。
【0024】
図1、2のスローアウェイチップ(以下、単にチップと略す。)1は、図1(a)、(
b)に示すように略平板状をなし、主面にすくい面2、側面に逃げ面3を配し、すくい面2と逃げ面3の交差稜線部に切刃4を有する形状をなしている。
【0025】
また、すくい面2はひし形、三角形、四角形等の多角形状(図1では、鋭角な頂角が80度をなすひし形形状を例として用いる)をなしており、この多角形状の頂角のうちの鋭角な頂角(5a、5b)はノーズ5として被削材の加工部に当てられて、切削を行う部分となる。
【0026】
チップ1を構成するサーメット焼結体6は、図2に示すように、Tiを主成分とする周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物の1種以上からなる硬質相11と、主としてCoおよびNiの少なくとも1種からなる結合相14とから構成されている。そして、硬質相11は、第1硬質相12と第2硬質相13との2種類から構成される。
【0027】
なお、第1硬質相12の組成は周期表4、5および6族金属元素のなかでTi元素を80重量%以上含有しており、第2硬質相13の組成は周期表4、5および6族金属元素のなかでTi元素の含有量が30重量%以上80重量%未満の割合で構成している。したがって、サーメット焼結体6を走査型電子顕微鏡で観察すると、第1硬質相12は第2硬質相13よりも軽元素の含有割合が多いために黒い粒子として観察される。
【0028】
また、図3に示すように、X線回折測定において、Ti(C)Nの(422)面に帰属されるピークは、第1硬質相12のピークp(422)と第2硬質相13のピークp(422)の2本のピークが観測される。同様に、Ti(C)Nの(511)面に帰属されるピークは、第1硬質相12のピークp(511)と第2硬質相13のピークp(511)の2本のピークが観測される。なお、第1硬質相12のピークは第2硬質相13のピークよりも高角度側に観測される。
【0029】
参考例の実施態様>
ここで、本発明の第1の実施態様によれば、チップ1のすくい面2にて2D法で残留応力を測定した際、第1硬質相12のすくい面2に平行でかつ、すくい面2の中心から測定点に最も近いノーズ5に向かう方向(σ11方向)の残留応力σ11〔1r〕が圧縮応力で50MPa以下(σ11〔1r〕=−50〜0MPa)、特に50MPa〜15MPa(σ11〔1r〕=−50〜15MPa)の範囲内であり、第2硬質相13にかかる残留応力σ11〔2r〕が圧縮応力で150MPa以上(σ11〔2r〕≦−150MPa)、特に、150MPa〜350MPa(σ11〔2r〕=−350〜−150MPa)の範囲内となっている。これによって、2種類の硬質相にそれぞれ異なる大きさの圧縮応力がかかることにより、硬質相11の粒内にクラックが入りにくくなるとともに、硬質相11間の粒界に引っ張り応力がかかってクラックが進展しやすい部分が発生することを抑制できる。これにより、サーメット焼結体6の硬質相の靭性が向上してチップ1の耐欠損性が向上する。
【0030】
すなわち、第1硬質相12にかかる残留応力σ11〔1r〕が50MPaよりも大きいと、第1硬質相12にかかる応力が強くなりすぎて、硬質相11の間の粒界等にて破壊が発生するおそれがある。また、第2硬質相13にかかる残留応力σ11〔2r〕が150MPaよりも小さいと、十分な残留応力を硬質相11にかけることができず、硬質相11の靭性を向上させることができない。
【0031】
なお、本発明のすくい面における残留応力σ11〔1r〕、σ22〔1r〕の測定について、測定位置は、サーメット焼結体の内側における残留応力を測定するために、切刃より1mm以上中心側の位置Pで測定する。また、残留応力の測定に用いるX線回折ピークは、図3に示すような2θの値が120〜125度の間に現れる(422)面のピークを用いる。その際、低角度側に現れるピークp(422)を第2硬質相13に帰属されるピーク、高角度側に現れるピークp(422)を第1硬質相に帰属されるピークとして、それぞれの硬質相11の残留応力を測定する。なお、残留応力の算出に際しては、窒化チタンのポアソン比=0.20、ヤング率=423729MPaを用いて算出する。また、X線回折測定の条件としては、鏡面加工したすくい面に、X線の線源としてCuKα線を用い、出力=45kV、110mAの条件で照射して残留応力の測定を行う。
【0032】
なお、すくい面2の切刃4の近傍にて測定した第2硬質相13の残留応力σ11〔2rA〕が、すくい面2の中心にて測定した第2硬質相13の残留応力σ11〔2rB〕よりも絶対値が小さいことが、すくい面2の中心部における耐変形性および切刃4における耐欠損性を両立できる点で望ましい。
【0033】
ここで、図1の工具形状のように、すくい面2にブレーカ溝8のような凹部を有する場合には、凹部以外の平らな部分で測定する。平らな部分が少ないときは、極力応力が加わらないようにサーメット焼結体6のすくい面2を0.5mm厚みだけ鏡面加工して平らな部分を確保した状態で測定する。
【0034】
また、第1硬質相12と第2硬質相13とのσ11方向の残留応力比σ11〔1r〕/σ11〔2r〕は0.05〜0.3、特に0.1〜0.25の範囲内であることが、サーメット焼結体6の靭性を高めるため望ましい。
【0035】
さらに、第1硬質相12のすくい面2に平行でかつσ11方向と垂直ですくい面に平行な方向(σ22方向)についての残留応力が前記第1硬質相にかかる残留応力σ22〔1r〕が圧縮応力で50〜150MPa(σ22〔1r〕=−150〜−50MPa)、特に50〜120MPa(σ22〔1r〕=−120〜−50MPa)の範囲内であり、第2硬質相13のσ22方向についての残留応力σ22〔2r〕が圧縮応力で200MPa以上(σ22〔2r〕≦−200MPa)であることが、チップ1の切刃4に発生した熱による欠損性を示す耐熱衝撃性を高めることができて耐欠損性をさらに向上させることができるため望ましい。
【0036】
また、硬質相11の構成として、第1硬質相12を第2硬質相13が取り囲んだ有芯構造の硬質相11が存在することが、硬質相11の内部で残留応力が適正化されて、有芯構造の硬質相11の周囲にクラックが進展した場合でもこれの進展を抑制することができ、よりサーメット焼結体の靭性を向上させることができるため望ましい。
【0037】
なお、サーメット焼結体の組織は、その内部において、第1硬質相12の平均粒径をd1iとし、第2硬質相13の平均粒径をd2iとしたとき、d1iとd2iとの比率(d2i/d1i)が2〜8となっていることが、第1硬質相12と第2硬質相13との残留応力を制御する上で望ましい。なお、サーメット焼結体6の内部における硬質相11全体
の平均粒径dは0.3〜1μmであることが、所定の残留応力を付与できる点で望ましい。
【0038】
また、サーメット焼結体の内部において、硬質相11全体に対する第1硬質相12が占める平均面積をS1iとし、第2硬質相13が占める平均面積をS2iとしたとき、S1iとS2iとの比率(S2i/S1i)が1.5〜5であることも、第1硬質相12と第2硬質相13との残留応力を制御する上で望ましい。
【0039】
さらに、サーメット焼結体6の表面領域において、該表面領域における硬質相11全体に対する第1硬質相12が占める平均面積をS1sとし、第2硬質相13が占める平均面積をS2sとしたとき、S1sとS2sとの比率(S2s/S1s)が2〜10であることが望ましい。これによって、サーメット焼結体6の表面における残留応力を所定の範囲に制御することができる。
【0040】
また、サーメット焼結体6の内部において、硬質相11全体に対する第1硬質相12が占める平均面積をS1iとし、第2硬質相13が占める平均面積をS2iとしたとき、S1iとS2iとの比率(S2i/S1i)が1.5〜5であることが望ましい。これによって、サーメット焼結体6の内部における残留応力を所定の範囲に制御することができる。
【0041】
<第の実施態様>
本発明の第の実施態様によれば、チップ1の切刃4の直下の逃げ面3においてサーメット焼結体6の表面にて2D法で残留応力を測定した際、すくい面2に平行で逃げ面3の面内方向(以下、σ11方向と称す。)についての残留応力σ11〔2sf〕が圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2sf〕≦−200MPa)であり、逃げ面3のサーメット焼結体6の表面から400μm以上の厚さを研磨した研磨面(以下、単に研磨面と略す。)にて2D法で残留応力を測定した際、σ11方向についての残留応力σ11〔2if〕が圧縮応力で150MPa以上(σ11〔2if〕≦−150MPa)であって残留応力σ11〔2sf〕よりも絶対値が小さい構成となっている。
【0042】
これによって、サーメット焼結体6の表面に大きな圧縮応力を発生させることができて、サーメット焼結体6の表面におけるクラック発生時の進展を抑制してチッピングや欠損の発生を抑制することができる。また、サーメット焼結体6の内部では、衝撃によってサーメット焼結体6が欠損することを抑制できる。
【0043】
すなわち、サーメット焼結体6の表面における第2硬質相13にかかる残留応力σ11〔2sf〕が圧縮応力で200MPaより小さい(σ11〔2sf〕>−200MPa)場合、およびサーメット焼結体6の研磨面における残留応力σ11〔2if〕が圧縮応力で150MPaよりも小さい(σ11〔2if〕>−150MPa)場合には、サーメット焼結体6の表面における残留応力を硬質相11にかけることができず、硬質相11の靭性を向上させることができない。また、残留応力σ11〔2if〕が残留応力σ11〔2sf〕よりも絶対値が大きい(圧縮応力が高い)場合には、サーメット焼結体6の表面において十分な残留応力を硬質相11にかけることができず、サーメット焼結体6の表面におけるチッピングや欠損を抑制することができない。また、サーメット焼結体6の内部における耐衝撃性が低下して、チップ1が欠損する場合がある。
【0044】
ここで、サーメット焼結体6の表面における第1硬質相の残留応力σ11〔1sf〕が圧縮応力で70〜180MPa(σ11〔1sf〕=−180〜−70MPa)であり、研磨面における残留応力σ11〔1if〕が圧縮応力で20〜70MPa(σ11〔1if〕=−70〜−20MPa)であって前記残留応力σ11〔1sf〕よりも絶対値が小
さいことによって、第1硬質相12と第2硬質相13の残留応力差によって硬質相11自体にクラックが進展せず、かつサーメット焼結体6の表面における耐熱衝撃性が向上する点で望ましい。これによって、2種類の硬質相にそれぞれ異なる大きさの圧縮応力がかかることにより、硬質相11の粒内にクラックが入りにくくなるとともに、硬質相11間の粒界に引っ張り応力がかかってクラックが進展しやすい部分が発生することを抑制できる。これにより、サーメット焼結体6の硬質相11の靭性が向上してチップ1の耐欠損性が向上する。
【0045】
また、逃げ面3のサーメット焼結体6の表面にて2D法で残留応力を測定した際、第1硬質相12のσ11方向についての残留応力σ11〔1sf〕と第2硬質相13のσ11方向についての残留応力σ11〔2sf〕と比(σ11〔2sf〕/σ11〔1sf〕)が1.2〜4.5であることによって、サーメット焼結体6の表面における耐熱衝撃性が
向上する。
【0046】
ここで、本実施態様における残留応力の測定について、図4に示すように、測定位置は、サーメット焼結体の内部における残留応力を測定するために、切刃より400μm深さ以上研磨して鏡面状態とした内部の位置Pで測定する。また、残留応力の測定に用いるX線回折ピークおよび残留応力の測定条件は第1の実施態様と同じである。なお、図4には本実施態様における残留応力の測定位置を示し、図5には残留応力を測定する際に用いるX線回折ピークの一例を示す。
【0047】
また、第1硬質相12と第2硬質相13とのσ11方向の残留応力比σ11〔2sf〕/σ11〔1sf〕は1.2〜4.5、特に3.0〜4.0の範囲内であることが、サーメット焼結体6の靭性を高めるため望ましい。
【0048】
<第の実施態様>
本発明の第の実施態様のチップ1は、図6に示すように、サーメット焼結体6を基体とし、その表面に、TiN、TiCN、TiAlN、Al等の公知の硬質膜を物理蒸着法(PVD法)、化学蒸着法(CVD法)等の公知の手法を用いて被覆層7を成膜した構成からなる。
【0049】
ここで、本発明によれば、逃げ面3にて2D法で残留応力を測定した際、第2硬質相13のすくい面2に平行でかつ逃げ面3の面内方向(σ11方向)についての残留応力(σ11〔2cf〕)が、圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2cf〕≦−200MPa)、特に、200〜500MPa、さらに、200〜400MPaの範囲内であり、被覆層7を形成する前のサーメット焼結体6の第2硬質相13の前記σ11方向についての残留応力(σ11〔2nf〕:第2の実施態様におけるσ11〔2sf〕に相当する。)に対して1.1倍以上、特に、1.1倍〜2.0倍、さらには、1.2倍〜1.5倍であることを特徴とする。そのような構成とすることでサーメット焼結体6の表面に所定の圧縮応力を付与させることができてサーメット焼結体6の耐熱衝撃性を向上させるとともに、サーメット焼結体6表面の硬度を高めて耐摩耗性を低下させることなく、チップ1の耐熱衝撃性、耐欠損性を向上させることができる。
【0050】
すなわち、表面が被覆層7にて覆われたときにサーメット焼結体6の第2硬質相13にかかる残留応力が圧縮応力で200MPa未満だと、サーメット焼結体6の表面における強度および靭性が不十分となり、耐欠損性、耐熱衝撃性が不足してしまい、切刃4の欠損やチッピングが発生しやすくなってしまう。
【0051】
また、サーメット焼結体6の表面の第2硬質相13における圧縮応力が被覆層7を被覆していないサーメット焼結体6の表面部における第2硬質相13の圧縮応力に対して1.
1倍よりも小さいと、サーメット焼結体6にかかる残留応力が不十分であるため、硬質相11の間でクラックの進展を防ぐ効果を得ることができず、十分な耐熱衝撃性および耐欠損性を得ることができない。
【0052】
ここで、本実施態様においては、図6に示すように切刃4の直下の逃げ面3の位置Pで残留応力を測定する。また、残留応力の測定に際しては第2の実施態様と同様に測定する。なお、図6には本実施態様における残留応力の測定位置を示し、図7には残留応力を測定する際に用いるX線回折ピークの一例を示す。
【0053】
なお、本発明のチップ1は、サーメット焼結体6の表面に、TiN、TiCN、TiAlN、Al等の公知の硬質膜を被覆したものであるが、物理蒸着法(PVD法)を用いて成膜したものであることが望ましい。具体的な硬質層の種類としては、Ti1−a−b−c−dAlSi(C1−x)(ただし、MはNb、Mo、Ta、Hf、Yから選ばれる1種以上、0.45≦a≦0.55、0.01≦b≦0.1、0≦c≦0.05、0≦d≦0.1、0≦x≦1)からなることが、サーメット焼結体6の表面おける残留応力を最適な範囲とでき、かつ被覆層7自体の硬度が高くて耐摩耗性が向上できるため望ましい。
【0054】
なお、上記実施態様においてはいずれも平板状ですくい面と着座面をひっくり返して使用できるネガチップ形状をしたスローアウェイチップ工具を例として上げたが、ポジチップ形状のスローアウェイチップ、または、溝入れ工具、エンドミルやドリルなどの回転軸を有する回転工具などにも本発明の工具を適用することができる。
【0055】
(製造方法)
次に、上述したサーメットの製造方法の一例について説明する。
【0056】
まず、平均粒径0.1〜2μm、望ましくは0.2〜1.2μmのTiCN粉末と、平均粒径0.1〜2μmのVC粉末と、平均粒径0.1〜2μmの上述した他の金属の炭化物粉末、窒化物粉末または炭窒化物粉末のいずれか1種と、平均粒径0.8〜2.0μmのCo粉末と、平均粒径0.5〜2.0μmのNi粉末と、所望により平均粒径0.5〜10μmのMnCO粉末を混合した混合粉末を調製する。なお、原料中にTiC粉末やTiN粉末を添加することもあるが、これらの原料粉末は焼成後のサーメットにおいてTiCNを構成する。
【0057】
そして、この混合粉末にバインダを添加して、プレス成形、押出成形、射出成形等の公知の成形方法によって所定形状に成形する。次に、本発明によれば、下記の条件にて焼成することにより、上述した所定組織のサーメットを作製することができる。
【0058】
第1の実施態様における焼成条件は、
(a)真空中にて室温から1200℃まで昇温する工程、
(b)真空中にて1200℃から1330〜1380℃の焼成温度(温度Tと称す)まで0.1〜2℃/分の昇温速度rで昇温する工程、
(c)温度Tにて焼成炉内の雰囲気を30〜2000Paの不活性ガス雰囲気に切り替えて温度Tから1450〜1600℃の焼成温度(温度Tと称す)まで4〜15℃/分の昇温速度rで昇温する工程、
(d)30〜2000Paの不活性ガス雰囲気中のまま温度Tにて0.5〜2時間保持する工程、
(e)この焼成温度に保ったまま炉内の雰囲気を真空に変えてさらに60〜90分間保持する工程、
(f)温度Tから1100℃まで冷却速度6〜15℃/分で真空度0.1〜3Paの真
空雰囲気中で真空冷却する工程、
(g)1100℃に下がった時点で不活性ガスを0.1MPa〜0.9MPaのガス圧で導入して急速冷却する工程の(a)〜(g)の工程を順に行う焼成パターンにて焼成する。
【0059】
すなわち、上記焼成条件のうち、(b)工程における昇温速度rを2℃/分より速くするとサーメットの表面にボイドが発生する。昇温速度rが0.1℃/分より遅いと焼成時間が長くなりすぎて生産性が大幅に低下する。(c)工程における温度Tからの昇温を真空または30Pa以下の低圧ガス雰囲気とすると表面ボイドが発生する。(d)(e)工程の温度Tの焼成温度での保持をすべて真空または30Pa以下の低圧ガス雰囲気とした場合、温度Tの焼成温度での保持をすべてガス圧30Pa以上の不活性ガス雰囲気した場合、(f)(g)工程の冷却工程をすべて真空または30Pa以下の低圧ガス雰囲気とした場合においては、硬質相の残留応力を制御できない。また、(e)工程の保持時間が60分よりも短いとサーメット焼結体6の残留応力を所定の範囲内に制御することができない。(f)工程の冷却速度が15℃/分より速いと残留応力が高くなりすぎて硬質相間に引っ張り応力が発生する。(f)工程の冷却速度が5℃/分より遅いと残留応力が低くて靭性向上効果が低くなってしまう。さらに、(f)工程における真空度が0.1〜3Paから外れると第1硬質相12と第2硬質相13の固溶状態が変化して残留応力を所定の範囲内に制御することができない。
【0060】
次に、第の実施態様における焼成条件は、上記第1の実施態様における(a)〜(g)工程を経た後、(h)10〜20℃/分の昇温速度で1100〜1300℃まで再度昇温した後、不活性ガスを0.1M〜0.6MPa導入して加圧雰囲気とした状態で30〜90分保持し、その後50〜150℃/分で室温まで冷却する工程の順に行う焼成パターンにて焼成する。
【0061】
すなわち、上記焼成条件のうち、(a)〜(f)工程の条件から外れると第1の実施態様と同じ不具合が生じる。それに加えて、(h)工程を経ないかまたは(h)工程の所定の条件から外れる条件でサーメット焼結体6を焼成すると、残留応力を所定の範囲内に制御することができない。
【0062】
また、第の実施態様における焼成条件は、上記第1の実施態様における(a)〜(f)の工程を順に行う焼成パターンにて焼成する。
【0063】
なお、上記方法にて作製したサーメット焼結体の主面を、所望により、ダイヤモンド砥石、SiC砥粒を用いた砥石等で研削加工(両頭加工)を施し、さらに、所望により、サーメット焼結体6の側面の加工、バレル加工やブラシ研磨、ブラスト研磨等による切刃のホーニング加工を行う。また、被覆層7を形成する場合には、所望によって、成膜前の焼結体6の表面の洗浄等の工程を行う。
【0064】
なお、第の実施態様における作製したサーメット焼結体の表面に硬質層7を成膜する工程を説明する。
【0065】
被覆層7の成膜方法として、化学蒸着(CVD)法も挙げられるが、イオンプレーティング法やスパッタリング法等の物理蒸着(PVD)法が好適に適応可能である。成膜方法の具体的な一例についての詳細について説明すると、被覆層Aをイオンプレーティング法で作製する場合には、金属チタン(Ti)、金属アルミニウム(Al)、金属タングステン(W)、金属シリコン(Si)、金属M(MはNb、Mo、Ta、Hf、Yから選ばれる1種以上)をそれぞれ独立に含有する金属ターゲットまたは複合化した合金ターゲットに用い、アーク放電やグロー放電などにより金属源を蒸発させイオン化すると同時に、窒
素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスと反応させて成膜する。
【0066】
このとき、被覆層7を成膜する前処理として、高バイアス電圧をかけてArガス等の蒸発源からArイオン等の粒子をサーメット焼結体に飛ばし、サーメット焼結体6の表面にたたきつけるボンバード処理を施す。
【0067】
なお、本発明におけるボンバード処理の具体的な条件としては、例えば、まずイオンプレーティング、アークイオンプレーティング等のPVD炉内にて、蒸発源を用いてタングステンフィラメントを加熱することにより炉内を蒸発源のプラズマ状態とする。そして、炉内圧力0.5Pa〜6Pa、炉内温度400〜600℃、処理時間2分〜240分の条件でボンバードを行う条件が好適である。ここで、本発明においては、上述したサーメット焼結体に対して、通常のバイアス電圧−400〜−500Vよりも高い−600〜−1000Vにて、ArガスまたはTi金属を使用してボンバード処理することにより、チップ1のサーメット焼結体6の硬質相11の第1硬質相12と第2硬質相13のそれぞれに所定の残応力を付与することができる。
【0068】
その後、イオンプレーティング法やスパッタリング法で被覆層7を成膜する。具体的な成膜条件として、例えばイオンプレーティング法を用いる際には、被覆層の結晶構造および配向性を制御して高硬度な被覆層を作製できるとともに基体との密着性を高めるために、成膜温度200〜600℃、バイアス電圧30〜200Vを印加することが好ましい。
【実施例】
【0069】
(参考例1)
マイクロトラック法による測定で平均粒径(d50値)が0.6μmのTiCN粉末、平均粒径1.1μmのWC粉末、平均粒径1.5μmのTiN粉末、平均粒径1.0μmのVC粉末、平均粒径2μmのTaC粉末、平均粒径1.5μmのMoC粉末、平均粒径1.5μmのNbC粉末、平均粒径1.8μmのZrC粉末、平均粒径2.4μmのNi粉末、および平均粒径1.9μmのCo粉末、平均粒径5.0μmのMnCO粉末を表1に示す割合で調整した混合粉末をステンレス製ボールミルと超硬ボールを用いて、イソプロピルアルコール(IPA)を添加して湿式混合し、パラフィンを3質量%添加、混合した。
【0070】
その後、加圧圧力200MPaでCNMG120408のスローアウェイチップ工具
形状にプレス成形し、(a)真空度10Paの真空中にて室温から1200℃までを10℃/分で昇温し、(b)引き続き真空度10Paの真空中にて1200℃から1300℃(焼成温度T)までを昇温速度r=0.8℃/分で昇温し、(c)1350℃(温度T)から表2に示す焼成温度Tまでを表2に示す焼成雰囲気にて昇温速度r=8℃/分で昇温し、(d)焼成温度Tにて表2に示す焼成雰囲気、焼成時間tだけ保持した後、(e)焼成温度Tにて表2に示す焼成雰囲気、焼成時間tだけ保持し、(f)温度Tから1100℃まで表2に示す雰囲気、冷却速度で冷却し、(g)1100℃以降を表2に示す雰囲気で冷却して、試料No.I−1〜I−15のサーメット製スローアウェイチップを得た。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
得られたサーメットについて、すくい面を0.5mm厚み研削加工して鏡面状態とした後、2D法(装置:X線回折 BrukerAXS社製 D8 DISCOVER with GADDS Super Speed、線
源:CuKα、コリメータ径:0.3mmφ、測定回折線:TiN(422)面)を用いて第1硬質相と第2硬質相のそれぞれの残留応力を測定した。結果は表4に示した。
【0074】
さらに、走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行い、10000倍の写真にて、内部の任意5箇所について市販の画像解析ソフトを用いて8μm×8μmの領域で画像解析を行い、第1硬質相と第2硬質相のそれぞれの平均粒径と、それらの含有比率を算出した。また、組織観察の結果、いずれの試料も第1硬質相の周囲を第2硬質相が取り囲んだ有芯構造の硬質相が存在していることが確認された。結果は表3に示した。
【0075】
【表3】

【0076】
次に、得られたサーメット製の切削工具を用いて以下の切削条件にて切削試験を行った。結果は併せて表4に示した。
(耐摩耗性評価)
被削材:SCM435
切削速度:200m/分
送り:0.20mm/rev
切込み:1.0mm
切削状態:湿式(水溶性切削液使用)
評価方法:摩耗量が0.2mmに達するまでの時間
(耐欠損性評価)
被削材:S45C
切削速度:120m/min
送り:0.05〜0.05mm/rev
切込み:1.5mm
切削状態:乾式
評価方法:各送り10Sで欠損するまでの時間(秒)
【0077】
【表4】

【0078】
表1〜4より、参考例の範囲外の残留応力を有する試料No.I−7〜I−15では、工具の靭性が十分ではなく、早期に切刃のチッピングや切刃の突発欠損が発生してしまい、十分な工具寿命を得ることができなかった。一方、本発明の範囲内である試料No.I−1〜I−6では、高い靭性を有するため、刃先のチッピングも無く、優れた工具寿命を発揮した。
【実施例1】
【0079】
参考例1の原料を用いて表5の組成に混合し、参考例1と同様に成形して、(a)真空度10Paの真空中にて室温から1200℃までを10℃/分で昇温し、(b)引き続き真空度10Paの真空中にて1200℃から1300℃(焼成温度T)までを昇温速度r=0.8℃/分で昇温し、(c)1350℃(温度T)から表2に示す焼成温度Tまでを表6に示す焼成雰囲気にて昇温速度r=7℃/分で昇温し、(d)焼成温度Tにて(c)工程と同じ焼成雰囲気にて表2の焼成時間tだけ保持した後、(e)真空度10Paの真空中、焼成温度Tにて表2に示す焼成時間tだけ保持し、(f)温度Tから1100℃までArガス0.8kPaの雰囲気中、8℃/分の冷却速度で冷却し、(g)同じ焼成雰囲気のまま1100℃から表6に示す雰囲気のまま800℃で冷却し、(h)表2の焼成雰囲気で1300℃まで12℃/分で昇温して表6に示す保持時間だけ保持した後、表6の降温速度で500℃以下まで降温する再昇温工程を得て、試料No.II−1〜II−13のサーメット製スローアウェイチップを得た。
【0080】
【表5】

【0081】
【表6】

【0082】
得られたサーメットについて、逃げ面を0.5mm厚み研削加工して鏡面状態とした後、実施例1と同じ2D法を用いて逃げ面における第1硬質相と第2硬質相のそれぞれの残留応力を測定した。また、実施例1と同じ条件で、第1硬質相と第2硬質相のそれぞれの平均粒径と、それらの含有比率を算出した。また、組織観察の結果、いずれの試料も第1硬質相の周囲を第2硬質相が取り囲んだ有芯構造の硬質相が存在していることが確認された。結果は表7、8に示した。
【0083】
【表7】

【0084】
【表8】

【0085】
次に、得られたサーメット製の切削工具を用いて以下の切削条件にて切削試験を行った。結果は併せて表9に示した。
(耐摩耗性評価)
被削材:SCM435
切削速度:200m/分
送り:0.20mm/rev
切込み:1.0mm
切削状態:湿式(水溶性切削液使用)
評価方法:摩耗量が0.2mmに達するまでの時間
(耐欠損性評価)
被削材:S45C
切削速度:120m/分
送り:0.05〜0.05mm/rev
切込み:1.5mm
切削状態:乾式
評価方法:各送り10Sで欠損するまでの時間(秒)
【0086】
【表9】

【0087】
表5〜9より、(h)工程を経ることなく焼成した試料No.II−7、(c)工程の焼成雰囲気を真空とした試料No.II−8、(h)工程の焼成雰囲気を真空とした試料No.II−9、(h)工程の保持時間が90分より長かった試料No.II−10、(h)工程の降温速度が90分より長かった試料No.II−11では、いずれもσ11〔2sf〕が圧縮応力であったが絶対値が200MPaよりも小さく、耐欠損性および耐摩耗性とも悪かった。また、(h)工程の降温速度が30分より短かった試料No.II−12では、σ11〔2if〕が圧縮応力であったが絶対値が150MPaよりも小さく、これも耐欠損性および耐摩耗性とも悪かった。さらに、焼結体の表面すべてを研磨してσ11〔2sf〕が圧縮応力であったが絶対値が200MPaよりも小さく、かつσ11〔2sf〕とσ11〔2if〕とが同じである試料No.II−13でも耐摩耗性が低かった。
【0088】
これに対して、σ11〔2sf〕が圧縮応力で絶対値が200MPa以上(σ11〔2sf〕≦−200MPa)で、σ11〔2if〕が圧縮応力で絶対値が150MPa以上(σ11〔2if〕≦−150MPa)である試料No.II−1〜II−6では、耐摩耗性が高く、かつ耐欠損性も高いものであった。
【実施例2】
【0089】
参考例1の原料を用いて表10の組成となるように混合し、参考例1と同様に成形し、(a)真空度10Paの真空中にて室温から1200℃までを10℃/分で昇温し、(b)引き続き真空度10Paの真空中にて1200℃から1300℃(焼成温度T)までを昇温速度r=0.8℃/分で昇温し、(c)1350℃(温度T)から表11に示す焼成温度Tまでを表11に示す焼成雰囲気にて昇温速度r=8℃/分で昇温し、(d)焼成温度Tにて表11に示す焼成雰囲気、焼成時間tだけ保持した後、(e)焼成温度Tにて表11に示す焼成雰囲気、焼成時間tだけ保持し、(f)温度Tから1100℃まで真空度2.5Paの真空雰囲気にて15分/℃の冷却速度で冷却し、(g)1100℃以降を窒素(N)200Paの雰囲気で冷却して、サーメット焼結体を得た。
【0090】
【表10】

【0091】
【表11】

【0092】
得られたサーメット焼結体に対して、実施例2と同様に被覆層を成膜する前の第2硬質相13の残留応力(σ11〔2nf〕)を測定した。結果は表15に示した。さらに、得られたサーメット焼結体に研削による両頭加工、ダイヤモンド砥粒を用いたブラシ加工またはアルミナ砥粒を用いたブラスト加工によるホーニング加工、酸−アルカリ溶液−蒸留水による洗浄を施した。なお、試料No.III−5については、サーメット焼結体の側面
を含む表面全体についてダイヤモンド砥石を用いて研磨加工を施し、サーメット焼結体の表面部を除去した寸法精度の高いG級チップとした。
【0093】
次に、得られたサーメット焼結体の表面にアークイオンプレーティング法を用いて表12の成膜条件で表13の膜構成の硬質層を形成し、試料No.III−1〜III−15のサーメット工具を作製した。
【0094】
【表12】

【0095】
【表13】

【0096】
得られた工具について、逃げ面の切刃直下の位置で、2D法(上記と同様の測定条件)を用い被覆層の表面から第2硬質相の残留応力(σ11〔2cf〕)を測定した。結果は表15に示した。さらに、実施例1と同様にして、第1硬質相と第2硬質相のそれぞれの平均粒径と、それらの含有比率を算出した。結果は表14に示した。
【0097】
【表14】

【0098】
次に、得られたサーメット製の切削工具を用いて以下の切削条件にて切削試験を行った。結果は併せて表15に示した。
(耐摩耗性評価)
被削材:SCM435
切削速度:250m/分
送り:0.20mm/rev
切込み:1.0mm
切削状態:湿式(水溶性切削液使用)
評価方法:摩耗量が0.2mmに達するまでの時間
(耐欠損性評価)
被削材:S45C
切削速度:120m/分
送り:0.05〜0.05mm/rev
切込み:1.5mm
切削状態:乾式
評価方法:各送り10Sで欠損するまでの時間(秒)
【0099】
【表15】

【0100】
表10〜15より、本発明の範囲外の残留応力を有する試料No.III−8〜III−15
では、工具の靭性が十分ではなく、早期に切刃のチッピングや切刃の突発欠損が発生してしまい、十分な工具寿命を得ることができなかった。一方、本発明の範囲内である試料No.III−1〜III−7では、高い靭性を有するため、刃先のチッピングも無く、優れた工具寿命を発揮した。
【符号の説明】
【0101】
1 チップ(スローアウェイチップ)
2 すくい面
3 逃げ面
4 切刃
5 ノーズ
6 サーメット焼結体
8 ブレーカ溝
11 硬質相
12 第1硬質相
13 第2硬質相
14 結合相
σ11方向
すくい面に平行でかつ、すくい面の中心から測定点に最も近いノーズに向かう方向σ22方向
すくい面に平行でかつσ11方向に垂直な方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tiを主成分とする周期表第4、5および6族金属のうちの1種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物の1種以上からなる硬質相と、
主としてCoおよびNiの少なくとも1種からなる結合相と
を含有するサーメット焼結体から構成され、すくい面と逃げ面との交差稜線部を切刃とした切削工具において、
前記硬質相は、第1硬質相と第2硬質相との2種類からなるとともに、
前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面において2D法で残留応力を測定した際、前記第2硬質相の前記すくい面に平行でかつ前記逃げ面の面内方向(σ11方向)についての残留応力σ11〔2sf〕が圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2sf〕≦−200MPa)であり、
前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面から400μm以上の厚さを研磨した研磨面において2D法で残留応力を測定した際、前記σ11方向についての残留応力σ11〔2if〕が圧縮応力で150MPa以上(σ11〔2if〕≦−150MPa)であって前記残留応力σ11〔2sf〕よりも絶対値が小さい切削工具。
【請求項2】
前記切刃直下の前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面にて2D法で残留応力を測定した際、前記第1硬質相の前記σ11方向についての残留応力σ11〔1sf〕が圧縮応力で70〜180MPa(σ11〔1sf〕=−180〜−70MPa)であり、
前記逃げ面の前記サーメット焼結体の表面から400μm以上の厚さを研磨した研磨面にて2D法で残留応力を測定した際、前記σ11方向についての残留応力σ11〔1if〕が圧縮応力で20〜70MPa以下(σ11〔1if〕=−70〜−20MPa)であって前記残留応力σ11〔1sf〕よりも絶対値が小さい請求項記載の切削工具。
【請求項3】
前記残留応力σ11〔1sf〕と前記残留応力σ11〔2sf〕との比(σ11〔2sf〕/σ11〔1sf〕)が1.2〜4.5である請求項または記載の切削工具。
【請求項4】
前記サーメット焼結体の内部において、前記硬質相全体に対する前記第1硬質相が占める平均面積をS1iとし、前記第2硬質相が占める平均面積をS2iとしたとき、S1iとS2iとの比率(S2i/S1i)が1.5〜5である請求項乃至のいずれか記載の切削工具。
【請求項5】
前記サーメット焼結体の表面に、前記硬質相全体に対する前記第1硬質相が占める平均面積をS1sとし、前記第2硬質相が占める平均面積をS2sとしたとき、S1sとS2sとの比率(S2s/S1s)が2〜10の表面領域が存在する請求項記載の切削工具。
【請求項6】
前記S2iと前記S2sとの比率(S2s/S2i)が1.5〜5である請求項または記載の切削工具。
【請求項7】
前記サーメット焼結体からなる基体の表面に被覆層を形成して、
前記逃げ面にて前記被覆層の表面から2D法で残留応力を測定した際、前記第2硬質相の前記すくい面に平行でかつ前記逃げ面の面内方向(σ11方向)についての残留応力(σ11〔2cf〕)が、圧縮応力で200MPa以上(σ11〔2cf〕≦−200MPa)であり、かつ、被覆層を形成する前の前記サーメット焼結体の前記第2硬質相の前記σ11方向についての残留応力(σ11〔2nf〕)に対して1.1倍以上である請求項記載の切削工具。
【請求項8】
前記被覆層がTi1−a−b−c−dAlSi(C1−x)(ただし
、MはNb、Mo、Ta、Hf、Yから選ばれる1種以上、0.45≦a≦0.55、0.01≦b≦0.1、0≦c≦0.05、0≦d≦0.1、0≦x≦1)からなる請求項記載の切削工具。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−78840(P2013−78840A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−245549(P2012−245549)
【出願日】平成24年11月7日(2012.11.7)
【分割の表示】特願2010−522734(P2010−522734)の分割
【原出願日】平成21年7月29日(2009.7.29)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】