説明

制振装置

【課題】低コストに抑えつつ、通常の風などの外乱による建物の制振と、地震動による建物の制振との双方を行わせることができる制振装置を提供する。
【解決手段】制振装置は、制御モード切替手段14により、地震動検出手段の出力に対応して、風揺れに対応した制御力を演算する第1の演算部11と、長周期地震動に対応した制御力を演算する第2の演算部12のいずれかに制御力の演算を行わせるようにしている。これによって、地震動検出手段にて地震動が検出された場合には、直ちに、制御モード切替手段14が演算部11・12の切替えを行うことで、第2の演算部12にて長周期地震動に対応した制御力を演算し、この制御力に応じて、建物の揺れを抑制する制振機構をコントロールする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、風によって揺れる建物の制振とともに、長周期地震によって揺れる建物の制振を行わせることが可能な制振装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、地震によって発生する建物の振動を制振する装置としては、建物に制御力を与える制振手段と、地震情報に基づいて、必要な制御力を演算する演算手段とを備えるものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。ここで、このような制振装置では、地震発生時においては、有効に作用するものの、風などの通常時に発生する外乱にまで対応することができなかった。そこで、地震に限らず、風などによる外乱も含めて建物の振動を制振する装置が提案されている(例えば、特許文献2、3参照)。これらの制振装置においては、いずれも、演算手段として、地震波などの外乱を大きさや、建物の変位などの応答量に基づいて制御力を演算するための制御ロジックを有し、該制御ロジックに基づいて、制振手段による制御力を時々刻々設定し、建物の制振を行っていた。
【特許文献1】特開2006‐45885号公報
【特許文献2】特開平9‐78882号公報
【特許文献3】特開2003‐58256号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献2、3の制振装置では、例えば、地震以外の風などの外乱に対応する制御ロジックを使用して制御力を演算し、制振手段によって制振させると、地震動のような急激な外乱増大に対応することが困難であった。また、近年高層建物においては、長周期地震動が問題となっており、この長周期地震動が発生した場合には、振動が長時間継続することから、作動振幅が過大となってしまい効果を期待することができなくなってしまう問題があった。また、制御ロジック並びにハード機器を風などの外乱と、地震動と、いずれにも対応可能な構成とするのは、非常に複雑で困難であり、コストが増大してしまう問題があった。
【0004】
本発明は、従来の有していた問題を解決しようとするものであって、低コストに抑えつつ、通常の風などの外乱による建物の制振と、地震動による建物の制振との双方を行わせることができる制振装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために本発明の課題解決手段では、建物の風揺れ、長周期地震による震動といった外乱に対応して、建物の揺れを抑制する制御力を与える制振機構と、地震動の発生を検出する地震動検出手段と、前記制振機構を駆動するための制御信号を出力する制御手段とを備え、この制御手段を、風揺れに対応した制御力を演算する第1の演算部及び長周期地震動に対応した制御力を演算する第2の演算部とを有する制御力演算手段と、前記地震動検出手段の出力に基づき地震動の発生の有無を判断して前記第1の演算部又は前記第2の演算部のいずれかに制御力の演算を行わせる制御モード切替手段と、から構成することを特徴とする。
【0006】
上記のように構成された長周期地震対応制振装置では、地震動検出手段の出力に基づいて地震動の発生の有無を判断し、制御モード切替手段により、地震動検出手段の出力に対応して、風揺れに対応した制御力を演算する第1の演算部と、長周期地震動に対応した制御力を演算する第2の演算部のいずれかに制御力の演算を行わせるようにしている。これによって、地震動検出手段にて地震動が検出された場合には、直ちに、制御モード切替手段が演算部の切替えを行うことで、第2の演算部にて長周期地震動に対応した制御力を演算し、この制御力に応じて、建物の揺れを抑制する制振機構をコントロールすることができる。すなわち、本発明の長周期地震対応制振装置では、風揺れに対応した制御ロジックが第1の演算部に設定され、かつ長周期地震動に対応した制御ロジックが第2の演算部に設定されており、制御モード切替手段によりこれら2つの演算部のいずれかを選択することで、制御ロジックを、風などの外乱と地震動のいずれにも対応させることができ、更にこのような演算部での演算処理を1つのハード機器で実行可能であるので、ハード面での構造簡素化による低コスト化を図ることができる。
【0007】
また、本発明の課題解決手段では、前記制御力演算手段の前記第1の演算部及び前記第2の演算部にて、振動の状態を示す状態量に基づき、前記制振機構への制御力の大きさを調整するアクティブ状態と、該制振機構への能動的な制御力付与を停止するパッシブ状態とに切り替えることを特徴とする。
【0008】
上記のように構成された長周期地震対応制振装置では、制御力演算手段の第1の演算部及び第2の演算部にて、振動の状態を示す状態量に基づき、制振機構への制御力の大きさを調整するアクティブ状態から、該制振機構への能動的な制御力付与を停止するパッシブ状態に切り替えるようにしたので、風などの外乱による揺れ、又は長周期地震による揺れが限度を越えた場合に、装置保護のために能動的な制御力付与を停止させることができる。
【0009】
また、本発明の課題解決手段では、前記制御力演算手段の前記第1の演算部及び前記第2の演算部にて、振動の状態を示す状態量に基づき前記制振機構にブレーキをかけて制振動作を強制的に停止させるブレーキ状態に切り替えることを特徴とする。
【0010】
上記のように構成された長周期地震対応制振装置では、制御力演算手段の第1の演算部及び第2の演算部にて、振動の状態を示す状態量に基づき、制振機構にブレーキをかけて制振動作を強制的に停止させるブレーキ状態に切り替えるようにしたので、風などの外乱による揺れ、又は長周期地震による揺れが限度を越えた場合に、装置保護のために制振動作にブレーキをかけることができる。
【0011】
また、本発明の課題解決手段では、振動の一状態量である建物の振動加速度を検出する加速度検出手段を備え、前記制御力演算手段の前記第1の演算部及び前記第2の演算部にて、この加速度検出手段の検出結果に基づき前記制振機構にブレーキをかけて制振動作を強制的に停止させるブレーキ状態に切り替えることを特徴とする。
【0012】
上記のように構成された長周期地震対応制振装置では、制御力演算手段の第1の演算部及び第2の演算部にて、加速度検出手段の検出結果に基づき制振機構にブレーキをかけて制振動作を強制的に停止させるブレーキ状態に切り替えるようにした。すなわち、振動による建物の状態を直接的に示す振動加速度に基づきブレーキ状態に切り替えるようにしたので、激しい地震等によって建物が急激に揺れた場合に、装置保護のためにブレーキをかける動作を即座に実行することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の長周期地震対応制振装置では、風揺れに対応した制御ロジックが第1の演算部に設定され、かつ長周期地震動に対応した制御ロジックが第2の演算部に設定されており、制御モード切替手段により2つの演算部のいずれかを選択することで、制御ロジックを、風などの外乱と地震動のいずれにも対応させることができ、更にこのような演算部での演算処理を1つのハード機器で実行可能であるので、ハード面での構造簡素化による低コスト化を図ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明の実施の形態を図1〜図10に基づいて説明する。図1は本発明に係わる長周期地震対応制振装置100が設置された高層の建物1であり、この建物1の屋上には、アクティブ制振技術が適用されたHMD(ハイブリッドマスダンパー)が制振機構2として設けられている。この制振機構2は、振り子のように揺れる装置振動体である錘を、建物の揺れを打ち消す方向にストロークさせることにより、強風による揺れや、地震後の後揺れといった建物1に対する外乱の影響を低減させるものである。
【0015】
この制振機構2には、前述の錘を建物の揺れを打ち消す方向にストロークさせるための制御力を与える制御盤が、制御手段3として設けられている。また、建物1の屋上と、建物1がある地表上には、振動の状態量を検出するための状態量検出センサ4がそれぞれ設けられている。この状態量検出センサ4としては、例えば、建物1若しくは制振機構2の変位を計測する変位センサ、制振機構2の装置振動体のストローク量を検出するストローク量検出センサ、地盤、建物1若しくは制振機構2の速度を検出する速度センサ、または、地盤、建物1若しくは制振機構2の加速度を検出する加速度センサなどがあり、それぞれの検出データは、制御手段3に取り込まれる。なお、本実施形態の制振装置100では、状態量検出センサ4としては、地震による地盤の加速度を直接検知する地震動検出センサ4Aと、建物1の加速度を検知する建物加速度センサ4Bと、制振機構2のストローク量を検知するストローク量検出センサ4Cとを備えている。また、本実施形態では、地震動検出センサ4Aを、地震動の発生を検出するための地震動検出手段13としている。そして、制御手段3は、この地震動検出手段13として機能する地震動検出センサ4A、並びに、他の振動の状態量を検出する建物加速度センサ4B及びストローク量検出センサ4Cからの検出信号に基づいて、後述する制御を実行する。
【0016】
次に、制御手段3の具体的構成を、図2の機能ブロック図を参照して説明する。この図2に示すように、制御手段3は、制振機構2による制御力を演算する制御力演算手段10と、地震動検出手段13である地震動検出センサ4Aによる検出信号から地震動発生の有無を判断し、制御力演算手段10による制御ロジックを切替させる制御モード切替手段14とを備える。制御力演算手段10は、風揺れに対応した制御力を演算する第1の演算部11と、地震動に対応した制御力を演算する第2の演算部12とから構成されている。第1の演算部11及び第2の演算部12は、制御手段3においてハードを構成するCPUを同一のものとし、制御力を演算する実行プログラムによって区別されるものである。そして、これら演算部11・12では、建物1の風揺れや地震などによる振動の状態に応じて、制振機構2においてモーターにより装置振動体を押す力(F)、すなわち、制振機構2への制御力の大きさを調整するようにしている。より具体的には、第1の演算部11は、風など通常に作用する外乱に適した数1で示される制御ロジックを有している。また、第2の演算部12は、地震動により作用する外乱に適した数2で示される第1の演算部11とは異なる制御ロジックを有している。なお、第1の演算部11と第2の演算部12とは、ハードを構成するCPUをプログラム上、2つに分割することで形成しても良いし、また、異なるCPUに演算部11・12をそれぞれ設けることで、ハード構成自体を異なるものとしても良い。
【0017】
【数1】

【数2】

【0018】
ここで、数1及び数2において、G1〜GNは、通常時対策用ゲイン(任意に設計する定数)であり、G´1〜G´Nは、地震対策用ゲイン(任意に設計する定数)であり、また、X1〜XNは、状態量(建物変位・速度・加速度や装置変位・速度・加速度などの値。計測によって求めたりするものであり、恣意的に決めることはできない数値)である。
【0019】
なお、地震対策用ゲインは、通常時対策用ゲインG1〜GNのそれぞれに、対応する係数α〜αを乗じたものとし、以下の数3で示される制御ロジックとしても良い。この場合、可能であれば、α〜αについてすべて同一の値としても良い。
【0020】
【数3】

【0021】
また、地震動検出手段13としては、上述した地震動検出センサ4Aの他、建物加速度センサ4B、ストローク量検出センサ4C、エレベータに設置されている既設の振動センサ、緊急地震速報などの外部システムなども利用可能である。すなわち、上述した状態量検出センサ4と地震動検出手段13とは、同じでも良いし、また、異なるものでも良く、地震動を直接的または間接的に検出可能なものであれば、いずれの状態量検出センサも地震動検出手段になり得る。
【0022】
次に、制御手段3の制御内容を図3から図5に示すフローチャートを参照して説明する。
ステップS1〜3:まず、図3に示すように、装置が停止状態にある初期状態を最初のステップS1とする。次のステップS2−1にて、地震動検出センサ4Aの出力に基づき地震が発生したか否かを判断し、YESの場合に次の図4に示すステップS3(地震対策用モード)に進み、NOの場合に次のステップS2−2(通常時対策用モード)に進む。すなわち、地震動の発生していない通常時においては、ステップS2−2に進むことになる。ステップS2−2では、建物加速度センサ4Bの出力に基づき建物1が(風などの外乱により)揺れているか否かを判断し、YESの場合に以降の図5に示すステップS11〜15に進み、NOの場合に最初のステップS1に戻る。なお、ステップS2−1にて地震発生は、予め設定した閾値A(例えば、2Gal)を越える加速度が一定時間内に所定サイクルN(例えば、2サイクル)発生したか否かで判断するが、このような閾値を含む判断条件は、これらステップS2−1にて任意に設定可能とする。同様にステップS2−2にて、風などの外乱発生は、建物の加速度が設定値を超えるかどうかで判断する。
【0023】
次に、ステップS3以降地震が発生している場合、並びに、ステップS2−2以降、通常時において地震が発生していないものの風などの外乱が発生している場合について、図4及び図5を参照して、ステップ毎に説明する。
まず、ステップS3以降地震が発生している場合について、図4を参照して説明する。
ステップS3:地震が発生しているとして、制振機構2を「アクティブ状態」にして制振を行う。具体的には、制振機構2にある装置振動体の動きを増幅し、建物揺れを低減する効果を増大させることを目的として、制振機構2においてモーターにより装置振動体を押す力(制御力)(F)を、上述した数2の計算式に基づき、時々刻々算出する。
なお、地震対策用ゲイン設計は、設計用地震動に対して通常の風揺れのゲインを適用したシミュレーションにより、装置振動体ストロークが限界値を超えることが判明した場合には、ゲインG´〜G´を計算しなおし(より小さな値とし、モーターで装置振動体を押す力を小さくする)、再度シミュレーションにより確認する、という作業を繰り返す。これにより地震対策用ゲインを最適な値とする。
【0024】
ステップS4:建物加速度センサ4Bからの出力に基づき、建物1の加速度が予め設定された第1の基準値B1(例えば、20Gal)を越えたか否かを判断し、YESの場合に、建物1に(長周期地震ではない)急激な揺れが生じたとして、ステップS11に進んでブレーキ状態に移行して、直に制振機構2にブレーキを掛け、装置を保護する。一方、NOの場合には、次のステップS5に移行する。
【0025】
ステップS5:建物加速度センサ4Bからの出力に基づき、建物加速度が第2の基準値B2(例えば、1Gal)以下である状態が所定時間T1(例えば、1分間)以上続いたか否かを判定し、YESの場合に、図3に示すステップS1に戻って装置を停止させる。一方、NOの場合には、次のステップS6に移行する。
【0026】
ステップS6:ストローク量検出センサ4Cの出力に基づき、制振機構2のストローク量を検出し、この制振機構2のストローク量が予め設定した第1の境界値C1(例えば、80cm)を越えたか否かを判断し、NOの場合には、アクティブ状態を継続する。一方、YESの場合には、ステップS7の「パッシブ状態」に移行する。
【0027】
ステップS7:地震の振動増大により、制振機構2における装置振動体のストロークが限界に来ているとして、制振機構2への能動的な制御力付与を停止する「パッシブ状態」とする。すなわち、パッシブ状態とすることで、制振機構2の装置振動体では、モータによる振動増幅が行われず、自身が有する振動特性に応じて振動することとなる。このため、制御力の入力によって装置振動体のストロークが過大となることを防止することができる。
【0028】
ステップS8:ステップS4同様に、建物1の加速度が予め設定された第1の基準値B1(例えば、20Gal)を越えたか否かを判断し、YESの場合には、ステップS11に進んでブレーキ状態に移行し、また、NOの場合には、次のステップS9に移行する。
【0029】
ステップS9:建物加速度センサ4Bからの出力に基づき、建物加速度が第3の基準値B3(例えば、6Gal)以下である状態が所定時間T2(例えば、25秒間)以上続いたか否かを判定し、YESの場合に、ステップS3の「アクティブ状態」に戻る。一方、NOの場合には、次のステップS10に移行する。
【0030】
ステップS10:ストローク量検出センサ4Cの出力に基づき、制振機構2のストローク量を検出し、この制振機構2のストローク量が予め設定した第2の境界値C2(例えば、90cm)を越えたか否かを判断し、NOの場合には、パッシブ状態を継続する。一方、YESの場合には、次のステップS11の「ブレーキ状態」に移行する。
【0031】
ステップS11:地震のさらなる振動増大により、制振機構2における装置振動体のストロークが限界を越えて装置構造体に衝突する危険性があるとして、制振機構2にブレーキを掛ける「ブレーキ状態」に移行する。
【0032】
ステップS12:次に、建物加速度センサ4Bからの出力に基づき、建物加速度が第4の基準値B4(例えば、20Gal)以下である状態が所定時間T3(例えば、25秒間)以上続いたか否かを判定し、YESの場合に、ステップS7の「パッシブ状態」に戻る。一方、NOの場合には、「ブレーキ状態」が継続されることになる。
【0033】
なお、上述した地震対応のステップS3〜12では、長周期地震ではない通常の地震が発生した場合にもステップS2−1での判断の後、ステップS3以下の処理が実行される。しかし、長周期地震ではない近距離での地震で、比較的大きな揺れの場合には、ステップS4での判断(ステップS4でのYESの判断)にて、制振機構2に直ちにブレーキが掛かりその制振動作が停止される。これに対して長周期地震では、ゆっくりとした揺れであるために、ステップS4でYESの判断がされず、ステップS4〜6をループし、かつ制振機構2のストローク量が予め設定した第1の境界値C1を越えない範囲内にて、制振機構2のアクティブ制御を行う。
【0034】
また、上述したステップS3〜12は、地震発生に対応した処理であるが、通常時における風などの外乱に対応したステップS13〜22の処理についても処理内容が類似するので以下、相違点についてのみ説明する。まず、アクティブ状態(ステップS13)において、建物1のアクティブ制御用ゲインの設定方法については、上述した数式1に基づき、通常時対策用ゲイン(G1〜GN)を計算し、設計風外乱に対して、建物揺れが所定レベルに低減しているかをシミュレーションにより確認し、低減効果小さい場合は、通常時対策用ゲイン(G1〜GN)を計算しなおし(より大きな値とし、モーターで装置振動体を押す力を大きくする)、再度シミュレーションにより確認する、という作業を繰り返す。
【0035】
次に、ステップS14で、ステップS4と同様に建物1の加速度が予め設定された第1の基準値B1を越えたか否かを判断し、YESの場合には、ステップS21に進んでブレーキ状態に移行する。これにより、上述した長周期地震ではない地震で、比較的大きな揺れの場合には、風揺れ対応のステップS13からS22でも、制御手段3は、制振機構2に直ぐにブレーキをかけて、制振動作を停止させる。また、NOの場合には、次のステップS15に移行する。ステップS15では、建物加速度が第2の基準値B5以下である状態が所定時間T4以上続いたか否かを判定し、YESの場合に、図3に示すステップS1に戻って装置を停止させる。一方、NOの場合には、次のステップS16に移行する。ステップS16では、制振機構2のストローク量が予め設定した第3の境界値C3を越えたか否かを判断し、NOの場合には、アクティブ状態を継続する。一方、YESの場合には、ステップS17の「パッシブ状態」に移行する。なお、「パッシブ状態」における動作は、地震が発生している場合と同様である。
【0036】
次に、ステップ18で、ステップS4と同様に建物1の加速度が予め設定された第1の基準値B1を越えたか否かを判断し、YESの場合には、ステップS21に進んでブレーキ状態に移行する。一方、NOの場合には、次のステップS19に移行する。ステップS19では、建物加速度が予め設定された第6の基準値B6以下である状態が所定時間T5以上続いたか否かを判定し、YESの場合に、ステップS17の「アクティブ状態」に戻る。一方、NOの場合には、次のステップS20に移行する。ステップS20では、制振機構2のストローク量が予め設定した第4の境界値C4を越えたか否かを判断し、NOの場合には、パッシブ状態を継続する。一方、YESの場合には、次のステップS21の「ブレーキ状態」に移行する。なお、「ブレーキ状態」における動作は、地震が発生している場合と同様である。次に、ステップS22で、建物加速度が第7の基準値B7以下である状態が所定時間T6以上続いたか否かを判定し、YESの場合に、ステップS17の「パッシブ状態」に戻る。一方、NOの場合には、「ブレーキ状態」が継続されることになる。
【0037】
なお、アクティブ状態では、地震対策用モードがステップS4〜S6で、通常時対策用モードがステップS14〜S16で、また、パッシブ状態では、地震対策用モードがステップS8〜S10で、通常時対策用モードがステップS18〜S20で、さらに、ブレーキ状態では、地震対策用モードがステップS12で、通常時対策用モードがステップS22で、それぞれ同様の処理を行っているが、互いに異なる処理を行うようにしても良い。また、各処理において設定される判断基準は、適宜、設定変更可能である。
【0038】
ここで、通常時対策用モードで運用しているときに、地震動が来た場合の制御手段3の運用について説明する。通常時対策用の制御パスも、地震対策用の制御パスも、パッシブ状態においては、ともに制振機構2においてモーターにより装置振動体の振幅を増幅させる動作は行わない。すなわち、装置自身が有している振動特性のまま揺れる。
このような理由により、
(1)通常時において、アクティブ状態(図5に示すステップS13での処理)にあるときに、地震動発生が検知された場合、図2に矢印(イ)で示すように、即座に地震対策用のアクティブ状態(図4に示すステップS3での処理)に切り替える。一般的に地震対策用のアクティブ制御ゲインは、通常時対策用のアクティブ制御ゲインに比べ小さいため、すなわち、モーターにより装置振動体振幅を増幅させる力が小さいため、安全である。
(2)通常時において、パッシブ状態(図5に示すステップS17での処理)にあるときに、地震動発生が検知された場合、図2に矢印(ロ)で示すように、即座に地震対策用のパッシブ状態(図4に示すステップS7での処理)に切り替える。制御パスの位置が変わるだけであり、装置に与える影響はない。
(3)通常時において、ブレーキ状態(図5に示すステップS21での処理)にあるときに、地震動発生が検知された場合、図2に矢印(ハ)で示すように、即座に地震対策用のブレーキ状態(図4に示すステップS11での処理)に切り替える。制御パスの位置が変わるだけであり、装置に与える影響はない。
【0039】
反対に、地震対策用の制御パスにあるときに、風揺れが生じても、通常、風揺れの変動は台風の通過に伴って変遷していくように気象変化に応じて長時間にわたるため、地震動が去るのを待ってから、通常時対策用の制御パスに切り替えればよい。仮に、台風時のような風が非常に強い状態で、装置が稼働し、地震動が発生した場合でも、上記(1)〜(3)の切り替えを行い、地震動停止を待ってから、通常時対策用の制御パスに戻せばよい。
【0040】
一方、地震対策用のアクティブ状態にあるときに、図3に示すステップS2−1で検知される地震発生状況が『地震発生無し』、あるいは、地盤加速度が閾値A以下で所定時間T3以上継続する場合、図2に矢印(二)で示すように、即座に風揺れ対策用のアクティブ状態(ステップS13での処理)に切り替える。
【0041】
そして、以上のように構成された制振装置100の挙動をシミュレーションした結果を図6〜図10に示す。なお、このシミュレーションの条件は、制振機構2であるHMDの設置台数を2台、質量185トン、振動数0.195Hz、減衰定数5・2%、制御ストローク170cmである。また、このシミュレーションは、図6に示す東海沖地震波(最大加速度:8.36Galに調整、観測地:横浜)を想定したもので、本発明の制振装置100において、通常時の風揺れ用(通常時対策用)のモードで地震の制振を行った場合の結果が図7及び図8に、また、地震対策用のモードで地震の制振を行った場合の結果が図9及び図10にそれぞれ示されている。すなわち、図6に示す振動を発生させた場合に、通常時の風揺れ用のモードでの制振では、図7及び図8で示すように、風揺れ用のゲインを使用しているために制振機構2における装置振動体のストロークがオーバーストロークとなり、装置が停止してしまった。一方、地震対策用のモードでの制振では、図9及び図10に示すように、地震対策用のゲインを使用しているために制振機構2における装置振動体のストロークが限界内に収まって、ほぼオーバーストロークとならず、継続した制振効果が得られることが確認された。そして、このような地震対策用のモードでの制振が行われた結果、非制振の場合と比較して、最大絶対振動加速度応答が63%低減されたことが確認された。
【0042】
以上詳細に説明したように上記実施形態に示される制振装置100では、制御モード切替手段14により、地震動検出手段13である地震動検出センサ4Aの出力に対応して、通常時の風揺れに対応した制御力を演算する第1の演算部11と、長周期地震動に対応した制御力を演算する第2の演算部12のいずれかに制御力の演算を行わせるようにしている。これによって、地震動検出手段13にて地震動が検出された場合には、直ちに、制御モード切替手段14が演算部11・12の切替えを行うことで、第2の演算部12にて地震動、特に、長周期地震動に対応した制御力を演算し、この制御力に応じて、建物1の揺れを抑制する制振機構2をコントロールすることができる。すなわち、上記実施形態に示される制振装置100では、風揺れに対応した制御ロジックが第1の演算部11に設定され、かつ長周期地震動に対応した制御ロジックが第2の演算部12に設定されており、制御モード切替手段14により2つの演算部11・12のいずれかを選択することで、制御ロジックを、風などの外乱と地震動のいずれにも対応させることができ、更にこのような演算部11・12での演算処理を1つのハード機器でも実行可能であるので、ハード面での構造簡素化による低コスト化を図ることが可能となる。
【0043】
また、上記制振装置100では、制御力演算手段10の各演算部11・12にて、長周期地震の状態を示す状態量に基づき、制振機構2へ能動的制御力を付与するアクティブ状態から、該制振機構2への能動的な制御力付与を停止するパッシブ状態へ切り替えるようにしたので(ステップS3〜6)、風による揺れ、又は長周期地震による揺れが限度を越えた場合に、装置保護のために能動的な制御力付与を停止することができる。
【0044】
また、上記制振装置100では、制御力演算手段10の各演算部11・12にて、長周期地震の状態を示す状態量に基づき、制振機構2にブレーキをかけるブレーキ状態に切り替えるようにしたので(ステップS3〜8)、アクティブ状態からパッシブ状態への切り替えと同様、風による揺れ、又は長周期地震による揺れが限度を越えた場合に、装置保護のために制振動作にブレーキをかけることができる。
【0045】
特に、上記制振装置100では、制御力演算手段10の各演算部11・12にて、建物加速度センサ4Bで検出される振動の一状態量を示す振動加速度に基づき、制振機構2をアクティブ状態からブレーキ状態に切り替えるようにした。すなわち、風揺れや長周期地震動などによる建物1の振動状態を直接的に示す状態量に基づき、制振機構2をアクティブ状態からブレーキ状態に切り替えるようにしたので(ステップS4・8)、激しい地震によって建物が急激に揺れた場合に、装置保護のためにブレーキをかける動作を即座に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明に係る実施形態の制振装置の全体構成を示す概略図である。
【図2】本発明に係る実施形態の制振装置において、制御手段の構成を示す機能ブロック図である。
【図3】本発明に係る実施形態の制振装置において、制御手段による制御内容を示すフロー図である。
【図4】本発明に係る実施形態の制振装置において、制御手段による制御内容を示すフロー図である。
【図5】本発明に係る実施形態の制振装置において、制御手段による制御内容を示すフロー図である。
【図6】東海沖地震を想定した振動を示すグラフである。
【図7】東海沖地震想定時において、本発明に係る実施形態の制振装置の通常時対策用モードで制振させた場合の装置設置階絶対加速度を示すグラフである。
【図8】東海沖地震想定時において、本発明に係る実施形態の制振装置の通常時対策用モードで制振させた場合の装置振動体ストローク量を示すグラフである。
【図9】東海沖地震想定時において、本発明に係る実施形態の制振装置の地震対策用モードで制振させた場合の装置設置階絶対加速度を示すグラフである。
【図10】東海沖地震想定時において、本発明に係る実施形態の制振装置の地震対策用モードで制振させた場合の装置振動体ストローク量を示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
1 建物
2 制振機構
3 制御手段
4 状態量検出センサ
4A 地震動検出センサ
4B 建物加速度センサ
4C ストローク量検出センサ
10 制御力演算手段
11 第1の演算部
12 第2の演算部
13 地震動検出手段
14 制御モード切替手段
100 制振装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の風揺れ、長周期地震による震動といった外乱に対応して、建物の揺れを抑制する制御力を与える制振機構と、
地震動の発生を検出する地震動検出手段と、
前記制振機構を駆動するための制御信号を出力する制御手段と、を備え、
この制御手段は、風揺れに対応した制御力を演算する第1の演算部、及び長周期地震動に対応した制御力を演算する第2の演算部とを有する制御力演算手段と、
前記地震動検出手段の出力に基づいて地震動の発生の有無を判断し、前記第1の演算部又は前記第2の演算部のいずれかに制御力の演算を行わせる制御モード切替手段と、を具備することを特徴とする長周期地震対応制振装置。
【請求項2】
前記制御力演算手段の前記第1の演算部及び前記第2の演算部では、振動の状態を示す状態量に基づき、前記制振機構への制御力の大きさを調整するアクティブ状態と、該制振機構への能動的な制御力付与を停止するパッシブ状態とに切り替えることを特徴とする請求項1に記載の長周期地震対応制振装置。
【請求項3】
前記制御力演算手段の前記第1の演算部及び前記第2の演算部では、振動の状態を示す状態量に基づき、前記制振機構にブレーキをかけて制振動作を強制的に停止させるブレーキ状態に切り替えることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項に記載の長周期地震対応制振装置。
【請求項4】
振動の一状態量である建物の振動加速度を検出する加速度検出手段を備え、
前記制御力演算手段の前記第1の演算部及び前記第2の演算部では、この加速度検出手段の検出結果に基づき、前記制振機構にブレーキをかけて制振動作を強制的に停止させるブレーキ状態に切り替えることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項に記載の長周期地震対応制振装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−155899(P2009−155899A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−335106(P2007−335106)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】