説明

力学物性の計測方法および装置

【課題】簡便で信頼性が高く、非接触・非破壊で極微少量の液体や他のソフトマテリアルの表面張力・界面張力及び粘弾性を測定する計測システム及びその装置を提供する。
【解決手段】測定対象物質102を対向する電極103、104間に挿入し、その電極103、104間に電圧を印加することにより電極間に電界を発生させ,対象物質102内部と外部の誘電率差により生ずるマックスウエル応力に伴って現れる物質の変形について、その変形の絶対量から対象物の表面張力ならびに弾性を、また時間変動する電界に追随する変形の運動状態から対象物の粘性を計測する方法及び装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面張力・界面張力ならびに粘性・弾性を測定するための方法及びその装置に係り、印加した電解によって生じるマックスウエル応力を用いて物質を変形することにより、非接触・非破壊で微小量についても適用可能な、かつ迅速な表面張力・界面張力ならびに粘性・弾性の測定方法およびその装置の開発に関する。
【背景技術】
【0002】
表面張力測定および粘弾性測定は、医薬品、塗料、インク、化粧品、化学製品、紙、粘着剤、繊維、プラスチック、ビール、洗剤、コンクリート混和剤、シリコン等の製造過程で、品質管理、性能評価、原料管理、研究開発に必要不可欠な測定技術である。
【0003】
従来知られている表面張力測定法には以下に示すような方法がある。
【0004】
(1)釣り板法、(2)輪環法、(3)接触角測定法、(4)液滴法、(5)最大泡圧法、(6)レーザー散乱法、(7)光の放射圧を用いる方法、である。
【0005】
これらの内、(1)〜(5)に関しては測定装置が市販されている。しかしながら、(1)〜(5)の測定原理では操作が複雑で実験が難しいという欠点があった。また、液体表面や液界面に機械的な接触が必要なため、高温融液や微小領域の表面張力を測定することや、摂動を与えずに秒単位での経時変化を調べることは不可能だった。
【0006】
上記(6)および(7)の方法は、非接触測定が可能なので、秒単位以下での経時変化の測定や特殊環境下の測定などが可能であるが、装置が大掛かりになる点、測定対象物が透明な試料に限られるという欠点から一般的な方法とはいえない。
【0007】
また従来知られている粘性測定法には以下に示すような方法がある。
【0008】
(1)粘度管法、(2)振動子を接触させる方法、(3)表面弾性波を用いる方法、(4)回転子を用いる方法、(5)剛体球を落下させる方法、(6)動的光散乱法、(7)光の放射圧を用いる方法である。
【0009】
これらの内、(1)〜(5)に関しては、対象試料に探触子を接触させて粘性を計測するものであり,試料の汚染などの問題があった。また探触子の融点を越えるような高温領域や腐食性の強い液体には適用できないという欠点があった。
【0010】
またこれらについては数ミリリットルという比較的多量の試料が必要であるという欠点があった。
【0011】
さらに、100000cPを越える粘度を有する高粘性試料については、その粘性測定時間が長時間に渡るという欠点があった。
【0012】
さらに(6)および(7)について測定装置が大掛かりになるという欠点、また透明試料以外には適用できないという困難がある。
【0013】
次に、光の放射圧を用いて対象物の表面張力ならびに粘性を測定する方法及び装置については、例えば、本発明者等による論文「液体表面・界面張力の測定法」(文献1)により知られている。この方法は、光照射により測定対象物表面に非接触で力を与え、それを計測する (Sakai 他 Phys. Rev. E) 。空気中を透過してきた光が試料との表面を通過する際に、空気中と試料内部との屈折率の差異のために光の波長に差が生じる。光の持つ運動量は、単位時間に透過する光のエネルギーを媒質中の光速で除して与えられるため、屈折率の異なる物質が接する表面あるいは界面で生じる光波長の差によって光の運動量に不連続な差が生じる。この差は表面あるいは界面に対する応力となって現れるため、光を試料の表面に照射し、これを透過させることにより表面あるいは界面に対して非接触に応力を印加することができる。
【0014】
印加された応力により対象物質である試料の形状は変化する。その最終的な変化形状は表面あるいは界面が曲がって曲率を持つことによって生じるラプラス圧が、印加された応力とつりあうことにより達成される。このラプラス圧は物質の表面張力あるいは界面張力に、表面あるいは界面の曲率をかけて与えられるものであるから、印加された応力の値ならびにこれにより生じた変形あるいは変形の曲率を計測することにより、表面張力あるいは界面張力の絶対値を計測することができる。
【0015】
また応力印加後に最終形状に達するまでの時間は、対象物質の粘性により決まる。すなわち粘性が大きいほど変形速度に比例する粘性抵抗が大きくなるために、変形に時間を要する。印加された応力の分布を境界条件として流体の運動方程式を計算し,その結果が実際の変形と一致するようにパラメータの粘性係数を選択することによって、対象物質の粘性を計測することができる。
【0016】
この変形状態の測定については、異なる別の光を用いてその光を変形部分に照射し、反射形状の変化から曲率を求める方法、反射光の位置変化から変形個所の傾きを求める方法、光の干渉を用いて変形を測定する方法などがある。
【0017】
このように光の放射圧によって液体表面・界面あるいはその他のソフトマテリアルの表面・界面に応力を印加し、それに伴って生じる変形を計測することにより変形に対する復元力である表面張力・界面張力・ずり弾性・体積弾性、および抵抗力である粘性を決定する方法は、非接触であるという利点を有している。また一般の表面張力測定法が、変形を与えて生じた応力を計測するという原理に基づいているのに対し、この方法は応力によって生じた変形を計測するという逆の原理に基づいているため、微小な表面張力測定を行えるという利点がる。また光のビーム径程度の領域が測定対象となるために、光の集光により計測領域の空間分解能を1ミクロン程度まで高めることができるという利点もある。
【0018】
しかし光の放射圧による方法は、測定対象物が透明であるものに限られるという欠点が存在した。また光源にレーザーを用い、その収束光学系を組み込む必要があるために小型化が難しいという欠点があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
上記に示したように、これまで一般的に用いられている液体の表面張力測定法ならびに粘性測定法では、対象物質に対し探触子を接触させなければならないという欠点があり,また高粘性試料についてはその計測に長時間を要するという欠点があった。さらに一定精度を得るためにはある程度以上の量の試料が必要であった。また光を用いる方法では、非接触測定という利点は有するものの、その適用範囲は光を吸収・散乱しない透明物質に限られるという制約があった。
【0020】
以上の理由により、従来の原理に基づく手法では,表面・界面張力ならびに粘性といった液体や他のソフトマテリアルについて普遍的な物理量に関して、少量の試料で非接触にかつ迅速にそれらの値を計測することは困難であった。
【0021】
本発明は、上記状況に鑑みて、新しい測定原理に基づき、簡便で信頼性の高い表面張力・界面張力測定ならびに粘性測定のための新しい計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の力学物性の計測方法は、力学的に変形可能な対象物質及びこの対象物質に隣接する物質との界面を横切るように電界を印加し、前記対象物質及び隣接する物質との誘電率の差により生じるエネルギー密度の差から前記界面に働くマクスウエル応力により前記対象物質界面の形状を変形し、その変形から前記対象物質の力学物性を測定することを特徴とするものである。
【0023】
また、本発明の力学物性の計測方法においては、前記電界は、前記界面の両側に対向配置された一対の電極によって印加されることを特徴とするものである。
【0024】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記一対の電極の少なくも一方は針状の電極であることを特徴とするものである。
【0025】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記電界は、時間的に変化する電界であることを特徴とするものである。
【0026】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記時間的に変化する電界は、時間的に変動する包洛線を有する高周波電界であることを特徴とするものである。
【0027】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記対象物質の変形の大きさから前記対象物質の表面張力を測定することを特徴とするものである。
【0028】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記対象物質に時間的に変化する電界を印加し、その結果生ずる変形の時間的変化から対象物質の粘性を測定することを特徴とするものである。
【0029】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記対象物質界面の変形は、光を用いて計測することを特徴とするものである。
【0030】
さらに、本発明の力学物性の計測方法においては、前記対象物質は液体その他のソフトマテリアルであり、前記隣接物質は空気であり、前記力学物性は表面張力、界面張力あるいは粘性であることを特徴とするものである。
【0031】
次に、本発明の力学物性の計測装置は、力学物性の試料槽内に蓄えられた液状の対象物質の表面を挟んで対向配置された一対の電極と、これらの電極間に電圧を印加するように接続された電源装置と、この電源装置から供給された電圧により、前記対象物質の表面に生じた変形形状を検出する手段と、を備えたことを特徴とするものである。
【0032】
また、本発明の力学物性の計測装置においては、前記電源装置は、任意波形発生器からの信号を増幅して得られた電圧を、前記一対の電極間に印加することを特徴とするものである。
【0033】
さらに、本発明の力学物性の計測装置においては、前記電圧は、時間的に変化する電圧であることを特徴とするものである。
【0034】
さらに、本発明の力学物性の計測装置においては、前記時間的に変化する電圧は、時間的に変動する包洛線を有する高周波電界であることを特徴とするものである。
【0035】
さらに、本発明の力学物性の計測装置においては、前記対象物質の表面に生じた変形形状を検出する手段は、前記対象物質の表面にレーザー光を照射するレーザー光源と、この光源により照射され、前記対象物質表面で反射されたレーザー光を受光する光ビーム形状検出素子と、を備えたことを特徴とするものである。
【0036】
さらに、本発明の力学物性の計測装置においては、前記対象物質の表面に生じた変形形状を検出する手段は、前記光ビーム形状検出素子により光電変換された電気信号が供給され、前記対象物質の表面形状を表す画像情報を蓄積するとともに、この画像を表示するデジタルオシロスコープと、このデジタルオシロスコープに蓄積された前記画像情報が供給され、表面形状の解析のための信号処理を行うコンピュータと、をさらに備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、電界を対象物質及びその周囲に印加し、これに伴って生じるマックスウエル応力による対象物質の変形を測定することで,表面張力・界面張力ならびに粘性を迅速に,高い信頼性で精度よく,かつ微小量の試料について計測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0039】
図1は本発明に係る表面張力・界面張力または粘性計測方法の原理を説明するための図である。図1に示すように、試料槽101内の液状の対象物質102の表面近傍に一対の電極103、104を配置し、この電極間に電源装置105から電圧を印加する。一対の電極の内の一方の電極103は、対象物質102の表面上方に配置され、他方の電極104は対象物質102の内部に配置され、対象物質102の表面を挟んで互いに対向するように配置されている。
【0040】
すなわち、本発明では、対象物質の表面に変形を誘起するための一定の応力の印加を、対象物質ならびにその周辺に電界を印加することにより行う。対向する電極に電位差を与えると対象物質の内部及び外部に電界が発生し、電気力線は対象物質の表面を貫いて片側の電極から他方の電極を結ぶ。
【0041】
このとき表面あるいは界面をはさんで向き合う二つの媒質の誘電率(自由表面の場合には片方の媒質を空気あるいは真空として扱う)をそれぞれε1、ε2、また両媒質内部の電界大きさをE1,E2とすると、電界の印加時に微小体積内に蓄えられる静電エネルギーは単位体積あたりそれぞれε1E1/2、ε1E1/2となる。エネルギー密度の勾配は力学的な応力(マックスウエル応力)となって現れる。この界面においてはエネルギー密度が不連続的に変化するために、媒質間の表面あるいは界面に有限の応力が現れる。
【0042】
この応力は対象物質の表面形状の変形を誘起する。変形は、変形に伴って表面あるいは界面に生じるラプラス圧が、印加された応力とつりあった状態で静止する。印加した電界及びそれから計算される物質内部のエネルギー密度は既知であり,したがって表面に加わる応力は既知である。ラプラス圧は表面形状と表面張力あるいは界面張力によって一意に決定される。具体的にはラプラス圧は微小な変形に対しては表面の曲率と表面張力あるいは界面張力との積で与えられるため、表面形状あるいは表面の局所的な曲率を計測することにより表面張力あるいは界面張力を計測することができる。
【0043】
電界により応力を印加した後の変形の時間変化は、対象物質の慣性ならびに粘性によって決定される。物質の密度は既知であるため、変形の時間変化を計測することにより対象物質の粘性を計測することができる。
【0044】
図2は対象物質に電界を印加するための電極の形状ならびに電極と対象物質との位置関係を示す。同図(a)は、対象物質102が一方の電極104上にセル106に挿入されて設置される場合、同図(b)は、一方の電極104上に対象物質102が直接塗布される場合、同図(c)は、樹脂107などによりコーティングされた電極104上に対象物質102が塗布される場合、同図 (d)は、一方の電極104を試料槽101内の対象物質102中に挿入した場合をそれぞれ示している。
【0045】
なお、対象物質102が液体ではなく、柔軟性を有する薄膜材料である場合には、薄膜の両側に電極を対向して設置する。
【0046】
次に、電極103、104の形状としては、面状の他に針状、線状などが利用可能ある。針状の電極は試料表面に接近させることにより試料表面の1mm以下のごく狭い領域に電荷を集中させることができるので、対象物質102の局所的な物性を計測する上で有効である。また線状の電極は、線状の表面変形を誘起するために、解析的な理論計算を行いやすい1次元系での計測であるという利点を有する。面状の電極では、広い領域に一様の電界を印加することにより、試料表面及びその近傍の物性を画像として同時に捉えることができるという利点を有する。
【0047】
次に、図3を参照して、電界によって印加される応力の求め方、ならびにこれを用いた表面張力・界面張力ならびに粘性を求めるための変形応答の理論解析について説明する。
【0048】
図3は一対の針状の電極を用いた場合の、計測対象物質と電極の位置関係の一例を示す説明図である。同図において図1に対応する部分には同一の符号が付されている。一方の針状電極104は対象物質102の内部においてその先端が深さd1の場所に位置するように設置されている。他方の針状電極103は、その先端が対象物質102の表面から間隙dを置いて設置される。これらの電極103、104間に図示しないが電源装置により電位差Vが印加された場合、針状電極間において
+E=V
が成り立つ。また媒質を隔てて電束密度の面に垂直な成分が連続であるという要請からEε=Eεが成り立つ。両式を連立させてE、Eを求め、既知のε1、ε2を用いて界面を挟んだ両媒質内部の単位体積あたりのエネルギー密度を計算し、その差から表面あるいは界面に働く応力を知る。
【0049】
次に表面・界面張力及び粘性を求める具体的な方法について説明する。図3において簡単のためにd1=d2とし、また試料の誘電率は真空の誘電率と同程度とする。電場を印加した場合、電極に励起される電荷はほぼその先端部分に集中して帯電すると考えられるため、試料すなわち、対象物質102の表面における電界の強さは
【数1】

【0050】
と表される。ここでrは対向する電極直下から表面に沿って測った距離、qは帯電している電荷量、ε0は真空の誘電率である。これにより生じる応力は、近似的に
p(r)=ΔεE/2 (2)
と表される。表面の変形をξ(r)とすると、平衡状態における表面の形状は
σΔsξ(r)=p(r) (3)
で与えられる.ここでΔは表面方向のラプラス演算子である。この式を解くことによって、表面張力の絶対値を得ることができる。
【0051】
より簡便には、誘起される表面変形の電極直下での曲率半径RはR=σ/p(0)である。この曲率から表面張力を求めることができる。
【0052】
また電極間距離を2dとすると、電場は面に沿った方向におよそd程度の広がりをもつ。試料の粘性をηとすると変形に要する時間τはτ=ηd/σの程度である。この時間より粘性を求めることができる。より厳密には(3)式を解いて得られる表面形状について、ナビエストークス方程式を用いてその後の運動を計算することにより、正確な粘性の値を得ることができる。dを100μm程度、σを0.05程度とすれば、水のほぼ1,000,000倍の粘性であるη=103Pa・sの粘性について、その時定数は秒の程度であり、このような高粘性液体についてもきわめて迅速な測定が可能である。
【0053】
また、印加する電源として、時間的に変化する包洛線を有する高周波電界を印加することもできる。この包洛線としては、例えば、+100Vと−100Vの間で所定の繰り返し周期例えば、100Hzで断続する周波数10kHzの高周波バースト信号である。この場合、たとえ対象物質中に移動可能な電荷が存在していたとしても、印加する交流電場の周期が電荷の移動に要する時間に比べて十分に短時間であれば、電荷の移動により対象物質中に分極が形成されることはなく、電荷の存在は測定結果に影響を与えない。すでに述べたとおり、マックスウエル応力は電場の2乗に比例するために、交流電場によっても同様の計測を行うことが可能である。
【0054】
この変形状態の測定については、異なる別の光を用いてその光を変形部分に照射し、反射形状の変化から曲率を求める方法、反射光の位置変化から変形個所の傾きを求める方法、光の干渉を用いて変形を測定する方法などがある。
【0055】
また電極間に電圧を印加した際に、電極間に流れる変位電流を電流計により測定することにより、電極間の静電容量の時間変化を計測し,これから対象物質の変形を計測する方法がある。
【0056】
図4は本発明の表面張力・界面張力または粘性を測定するための計測装置の実施形態を示すブロック図である。同図においては、図1の構成要素に対応する部分には同一符号を付している。図示のように、電源401は、任意波形発生器402からの信号を増幅して得られた電圧を、電極103、104間に印加する。一方の電極104は、対象物質101内に浸漬されている。電源401には電圧計403が並列に接続されており、電源401の出力電圧を測定する。また、電源401には電流計404が直列に接続されており、電源401の出力電流を測定する。レーザー光源405は、対象物質102の表面にレーザー光を照射し、対象物質101の表面での反射光が光ビーム形状検出素子406により検出される。この検出された反射光は、ここで光電変換され、変換された電気信号はデジタルオシロスコープ407に供給される。デジタルオシロスコープ407は、光ビーム形状検出素子406の出力信号から、対象物質102の表面形状を表す画像を表示するとともに、その画像信号をコンピュータ408に供給しここで表面形状の解析のための信号処理が行われる。
【0057】
次にこの装置による測定動作を説明する。電源401は任意波形発生器402からの信号を増幅して得られた電圧を、電極103、104に印加する。電極103、104間に生じた電界に伴って対象物質102の表面に応力が生じ、これによって対象物質102の表面が変形する。この変形した対象物質102の表面には、レーザー光源405からのレーザー光が照射され、その反射光を光ビーム形状検出素子406により検出する。光ビーム形状検出素子406により検出された電気信号はデジタルオシロスコープ407により記憶され、表面形状の画像が表示される。また、光ビーム形状検出素子406により検出された電気信号はコンピュータ408に供給され、ここで信号処理、フィッティングを経て表面張力・界面張力ならびに粘性が決定される。
【0058】
ここで、任意波形発生器402からの信号を用いて、103、104間に印加する電圧波形と、光ビーム形状検出素子406による応答の処理方式としては、正弦信号をその周波数を掃引しながら応答信号の振幅と位相を検出するスペクトル計測方式、矩形波・三角波・パルス電場などを印加して応答をフーリエ変化してスペクトルを求める方式などが利用可能である。
【0059】
なお、レーザー光源405からのレーザー光が照射され、その反射光を光ビーム形状検出素子406により検出する代わりに、電圧に応答して流れる電極103、104間の変位電流を計測して、対象物質の変形を計測することも可能である。
【0060】
次に、上記の実施形態に死した測定装置を用いて、いくつかの試料の表面張力・界面張力ならびに粘性を測定した実施例について説明する。
【実施例1】
【0061】
上記の装置で界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)溶液の表面張力を測定した結果を図5に示す。同図はSDS溶液表面における表面変形量と濃度によって変化する表面張力を示す図であり、縦軸は表面変化量に比例する光検出器の出力振幅(相対単位)、横軸は表面張力を示している。図の実線は計算によって求められた理論曲線であり、実験結果とよく一致している。
【実施例2】
【0062】
上記の装置で、標準粘度液について針状の電極を用いて電界を印加し、これに伴って生じる変形を計測した結果を図6および図7に示す。すなわち、図6は標準粘度液(粘度100cP)表面に、矩形型の電界を印加した際の表面の変形の時間応答を示す図で、縦軸は表面変化量に比例する光検出器の出力振幅(相対単位)、横軸は矩形波状の電界を印加した後における変形量が自然対数e分の1に減衰するまでの時間、すなわち、時定数である。実線は標準粘度液の粘性、および電極形状から決まる電界分布を既知のものとして計算された理論曲線であり、実験結果と極めてよく一致していることがわかる。
【0063】
図7は様々な粘度を有する各種の粘度標準試料について、表面変形応答の特徴的時間を測定したものであり、この結果から、変形の時間応答を測定することにより1cP〜1,000,000cPまでの広い領域にわたる粘性係数を精度よく計測できていることがわかる。
【0064】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【0065】
以上、詳細に説明したように、本発明によれば、電界を対象物質及びその周囲に印加し、これに伴って生じるマックスウエル応力による対象物質の変形を測定することで,表面張力・界面張力ならびに粘性を迅速に,高い信頼性で精度よくかつ微小量の試料について計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明に係る表面張力・界面張力あるいは粘性測定法の原理図である。
【図2】本発明に係る表面張力・界面張力あるいは粘性測定法における対象物質と電極の位置関係を示す図である。
【図3】本発明に係る表面張力・界面張力あるいは粘性測定法における対象物質と電極の位置関係、および印加される応力を求めるための原理を示す図である。
【図4】本発明の表面張力または界面張力測定装置の実施形態を示すブロック図である。
【図5】図4に示す装置により、ドデシル硫酸ナトリウム水溶液表面の表面張力と表面変形量を測定した結果を示す図である。
【図6】図4に示す装置により、粘度標準液における、矩形電解印加時の表面の変形の時間応答を測定した結果を示す図である。
【図7】図4に示す装置により粘度測定の際に用いる各種粘度標準試料の粘性と、表面変形応答の時定数の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0067】
101…試料槽、102…対象物質、103、104…電極、105…電源装置、401…電源、402…任意波形発生器、403…電圧計、404…電流計、405…レーザー光源、406…光ビーム形状検出素子、407…デジタルオシロスコープ、408…コンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
力学的に変形可能な対象物質及びこの対象物質に隣接する物質との界面を横切るように電界を印加し、前記対象物質及び隣接する物質との誘電率の差により生じるエネルギー密度の差から前記界面に働くマクスウエル応力により前記対象物質界面の形状を変形し、その変形から前記対象物質の力学物性を測定することを特徴とする力学物性の計測方法。
【請求項2】
前記電界は、前記界面の両側に対向配置された一対の電極によって印加されることを特徴とする請求項1記載の力学物性の計測方法。
【請求項3】
前記一対の電極の少なくも一方は針状の電極であることを特徴とする請求項2記載の力学物性の計測方法。
【請求項4】
前記電界は、時間的に変化する電界であることを特徴とする請求項2記載の力学物性の計測方法。
【請求項5】
前記時間的に変化する電界は、時間的に変動する包洛線を有する高周波電界であることを特徴とする請求項4記載の力学物性の計測方法。
【請求項6】
前記対象物質の変形の大きさから前記対象物質の表面張力を測定することを特徴とする請求項5記載の力学物性の計測方法。
【請求項7】
前記対象物質に時間的に変化する電界を印加し、その結果生ずる変形の時間的変化から対象物質の粘性を測定することを特徴とする請求項5記載の力学物性の計測方法。
【請求項8】
前記対象物質界面の変形は、光を用いて計測することを特徴とする請求項6または7記載の力学物性の計測方法。
【請求項9】
前記対象物質は液体その他のソフトマテリアルであり、前記隣接物質は空気であり、前記力学物性は表面張力、界面張力あるいは粘性であることを特徴とする請求項1記載の力学物性の計測方法。
【請求項10】
試料槽内に蓄えられた液状の対象物質の表面を挟んで対向配置された一対の電極と、これらの電極間に電圧を印加するように接続された電源装置と、この電源装置から供給された電圧により、前記対象物質の表面に生じた変形形状を検出する手段と、を備えたことを特徴とする力学物性の計測装置。
【請求項11】
前記電源装置は、任意波形発生器からの信号を増幅して得られた電圧を、前記一対の電極間に印加することを特徴とする請求項10記載の力学物性の計測装置。
【請求項12】
前記電圧は、時間的に変化する電圧であることを特徴とする請求項11記載の力学物性の計測装置。
【請求項13】
前記時間的に変化する電圧は、時間的に変動する包洛線を有する高周波電界であることを特徴とする請求項12記載の力学物性の計測装置。
【請求項14】
前記対象物質の表面に生じた変形形状を検出する手段は、前記対象物質の表面にレーザー光を照射するレーザー光源と、この光源により照射され、前記対象物質表面で反射されたレーザー光を受光する光ビーム形状検出素子と、を備えたことを特徴とする請求項13記載の力学物性の計測装置。
【請求項15】
前記対象物質の表面に生じた変形形状を検出する手段は、前記光ビーム形状検出素子により光電変換された電気信号が供給され、前記対象物質の表面形状を表す画像情報を蓄積するとともに、この画像を表示するデジタルオシロスコープと、このデジタルオシロスコープに蓄積された前記画像情報が供給され、表面形状の解析のための信号処理を行うコンピュータと、をさらに備えたことを特徴とする請求項14記載の力学物性の計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−153535(P2006−153535A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−341574(P2004−341574)
【出願日】平成16年11月26日(2004.11.26)
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【Fターム(参考)】