説明

加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】冷却後に再加熱処理を行わずに良好な延性、伸びフランジ性および曲げ性を得ることができる、優れた加工性を有する高強度溶融亜鉛めっき鋼板を提供すること。
【解決手段】質量%で、C:0.03〜0.17%、Si:0.01〜0.75%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.080%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.01〜1.20%、Cr:0.3〜1.3%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼組織が、体積率で30〜70%のフェライト、3%未満の残留オーステナイト、および残部のマルテンサイトからなり、マルテンサイトのうちの20%以上が焼戻しマルテンサイトである下地鋼板上に溶融亜鉛めっき層を有する加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、電機等の産業分野で使用される加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。このため、車体材料の高強度化により薄肉化を図り、車体そのものを軽量化しようとする動きが活発である。しかしながら、鋼板の高強度化は成形加工性の低下を招くことから、高強度と高加工性を併せ持つ材料の開発が望まれている。
【0003】
このような要求に対して、これまでフェライト−マルテンサイト二相鋼(Dual-Phase(DP)鋼)や残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用したTRIP鋼など、種々の複合組織鋼板が開発されてきた。例えば、特許文献1では、化学成分および鋼板中の残留オーステナイト量を制御することによるプレス成形性に優れた鋼板が開示されている。また、特許文献2では、化学成分と焼鈍温度からの冷却条件を制御し、マルテンサイトおよび残留オーステナイトの存在位置および体積率と最大径を規定することでプレス加工性に優れた鋼板が得られることが開示されている。特許文献3では、化学成分の規定と焼鈍工程における急速冷却と焼戻し熱処理とによりプレス成形性に優れたDP組織鋼板が得られることが開示されている。さらに、特許文献4では、焼鈍工程においてMS点以下までの急速冷却とその後の再加熱処理によりプレス成形性に優れたDP組織鋼板が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−145892号公報
【特許文献2】特開2002−69575号公報
【特許文献3】特開2004−18911号公報
【特許文献4】特開平6−108152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これら従来技術は、その大半が延性の向上を図るために開発されたものであり、高強度鋼板の成形時における重要な加工性である伸びフランジ性や曲げ性とのバランスの取れた成形性の確保に対しては十分な考慮がなされていない。また、考慮されている場合においても、その効果は十分とはいえなかった。
【0006】
例えば、特許文献1では、TRIP効果の活用により延性は十分に得られるものの、伸びフランジ性に関してはフェライト−マルテンサイト二相鋼よりも劣る。特許文献2では、伸びフランジ性については全く考慮されていない。冷却中に生成したマルテンサイトは硬質であると推測されるため、伸びフランジ性が劣位であることが予想される。特許文献3では焼入れにより生成されたマルテンサイトを焼戻すことでマルテンサイトを軟質化し、フェライトとの硬度差を低減することで伸びフランジ性を改善しているが、一旦室温近くまで水冷(WQ)によって急速冷却し、再加熱を実施しており、特殊な設備が必要である。特許文献4ではMS点以下まで、LnCR=1.1Mneq+1.87(ただし、Mneq=Mn+1.52Mo+1.10Cr+1.41V+100B)の式で示される臨界冷却速度CR(℃/s)以上の冷却速度にて冷却後、再加熱処理を施すことでマルテンサイトを軟化し、伸びフランジ性を改善している。しかしながら、一般的な連続溶融亜鉛めっきラインでは、鋼板を亜鉛浴に入れる際、鋼板温度は亜鉛浴の温度以上でなければならず、MS点以下まで冷却する場合には再加熱処理が可能な特殊設備が必要である。
【0007】
実際のプレス成形等において、優れた成形性を確保するためには、延性に優れるのみでなく伸びフランジ性とのバランスが非常に重要となる。しかしながら、上述したように従来技術ではこれらの両立が十分ではないか、または、両立するために冷却後に冷却停止温度以上に再加熱可能な特殊な装置を具備している必要がある。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、冷却後に再加熱処理を行わずに良好な延性および伸びフランジ性を得ることができる、優れた加工性を有する高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は以下の(1)〜(8)を提供する。
(1)質量%で、C:0.03〜0.17%、Si:0.01〜0.75%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.080%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.01〜1.20%、Cr:0.3〜1.3%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼組織が、体積率で30〜70%のフェライト、3%未満の残留オーステナイト、および残部のマルテンサイトからなり、マルテンサイトのうちの20%以上が焼戻しマルテンサイトである下地鋼板上に溶融亜鉛めっき層を有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
(2)質量%でP:0.040%以下を含有することを特徴とする(1)に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
(3)引張試験における局部伸びの均一伸びに対する比が0.8〜1.2であることを特徴とする(1)または(2)に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
(4)質量%で、Nb:0.005〜0.05%、V:0.005〜0.05%、Ti:0.005〜0.05%のうちの1種または2種以上をさらに含有することを特徴とする(1)から(3)のいずれかに記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
(5)質量%で、B:0.0005〜0.003%、Mo:0.01〜0.15%のうちの1種または2種をさらに含有することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の成分組成を有する鋼板を、700〜900℃の温度域で50〜500秒間保持し、引き続いて溶融亜鉛めっき浴に浸漬し冷却するにあたり、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を開始する温度をMS(℃)とした場合に、MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度が5℃/s以下であることを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
(7)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の成分組成を有する鋼板を、700〜900℃の温度域で50〜500秒間保持し、引き続いて溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、その後合金化処理を施した後、冷却するにあたり、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を開始する温度をMS(℃)とした場合に、MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度が5℃/s以下であることを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
(8)MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度が3℃/s以下であることを特徴とする(6)または(7)に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、冷却後に再加熱処理を行わずに良好な延性および伸びフランジ性を得ることができる、優れた加工性を有する高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法が提供される。このため、従来、高強度鋼板の適用が困難であった例えば自動車構造部材等の難成形の部材として適用することが可能となる。さらに、自動車構造部材として本発明の高強度鋼板を用いた場合、自動車の軽量化、安全性向上などに寄与し、産業上極めて有益である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
まず、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板の下地鋼板の成分組成について説明する。以下の説明において、特にことわらない限り、%表示は質量%である。
【0012】
C:0.03〜0.17%
Cは、鋼の強化および焼入れ性を向上させるためには重要な元素であり、フェライトとマルテンサイトおよびベイナイト等からなる複合組織を得るのに不可欠である。引張強度(TS)750MPa以上を得るために0.03%以上必要とする。一方、含有量が多くなると、セメンタイトなどの鉄系炭化物の粗大化が起こりやすくなって局部成形性が劣化するばかりか、溶接後の硬さ上昇が著しくなる。このため、C含有量の上限を0.17%とする。
【0013】
Si:0.01〜0.75%
Siは、鋼の加工性を低下させることなく強度を上昇させるのに好ましい元素である。しかし、その含有量が0.01%未満では、伸びフランジ性に有害なパーライト組織を形成しやすくなる上、フェライトの固溶強化能の低下で、形成される組織間の硬度差が大きくなり、伸びフランジ性の劣化を招く。一方、Si含有量が0.75%を超えると、鋼板表面に生成するSi酸化物によりめっき性の低下を生じる。このため、Si含有量を0.01〜0.75%とする。
【0014】
Mn:1.5〜2.5%
Mnは、鋼の強化に有効であることに加え、焼入れ性強化に有効な元素である。Mn含有量が1.5%未満では強度が不十分なものとなるばかりか、焼入れ性の低下により、焼鈍後の冷却中に延性を劣化させるパーライトが形成されやすくなる。また、Mn含有量が2.5%を超えると、溶製された鋼をスラブに鋳造する際、スラブ表面やコーナー部に割れが生じやすくなる。さらに、鋳造時にMn偏析が発生しやすく、焼鈍後の組織においてもこの偏析に起因したバンド状組織が発達し、焼鈍工程以降もこのバンド状組織が残存し、伸びフランジ性に悪影響を及ぼす可能性がある。このため、Mn含有量を1.5〜2.5%の範囲とする。また、熱間圧延および冷間圧延荷重が高くなることを防止する観点からは2.3%以下が好ましい。
【0015】
P:0.080%以下
Pは固溶強化元素としてフェライトの強度を上昇させるのに好ましい元素であるが、加工性およびめっき密着性の点では低いほうが好ましく、そのため本発明では0.080%以下に限定する。好ましくは0.040%以下であり、さらに好ましくは0.015%以下である。
【0016】
S:0.010%以下
Sは鋼の延性を著しく劣化させるため、できるだけ少ない方が好ましく、そのため本発明では0.010%以下に限定する。好ましくは0.005%以下である。
【0017】
sol.Al:0.01〜1.20%
Alは鋼の脱酸のために使用される。このような効果を有効に発揮させるためには、sol.Alとして0.01%添加する必要がある。また、炭化物の生成を抑制する効果や、Ac点を大幅に高める効果もあり、この効果はDP組織を形成する上で有効である。ただし、sol.Alが1.20%を超えてもAl添加の効果が飽和し、不経済となる。このため、sol.Alを0.01〜1.20%とする。
【0018】
Cr:0.3〜1.3%
Crは本発明において重要な元素であり、焼入れ性を高める効果がある他、焼鈍時に所定の温度域を所定の冷却速度で冷却することにより、軟質なマルテンサイト相形成に寄与する効果を有する。このような効果を得るためには、Cr含有量を0.3%以上とすることが必要である。一方、1.3%を超えて含有すると、合金コストが増加する。このため、Cr含有量の範囲を0.3〜1.3%とする。好ましくは、0.5〜0.8%である。
【0019】
Nb:0.005〜0.05%、V:0.005〜0.05%、Ti:0.005〜0.05%のうちの1種または2種以上
Nbは、微細な炭窒化物を形成し、再結晶フェライトの粒成長抑制、焼鈍時のオーステナイト核生成サイトの増加を期待することができ、結果として焼鈍後の延性を向上させることができるため、必要に応じて添加する。このような効果を得るためには0.005%以上含有することが好ましい。一方、0.05%を超えて含有すると、炭窒化物が多く析出し、この析出物が延性を劣化させる。さらに、合金コストの増加を招くばかりか熱間圧延および冷間圧延負荷が増大し、圧延能率が低下し製造コストが増加する問題もある。したがって、Nb含有量を0.005〜0.05%とする。好ましくは0.01〜0.03%である。
Vは、焼入れ性を高める効果があるため、必要に応じて添加する。この効果は0.005%以上で発現するが、0.05%を超えるとこの効果が飽和するばかりか、合金コストの増加を招く。したがって、V含有量を0.005〜0.05%とする。好ましくは0.01〜0.03%である。
Tiは、鋳造時の表面割れの原因であるAlN生成を抑制し、NをTiNとして固定するため、必要に応じて添加する。この効果は0.005%以上で発現するが、0.05%を超えると焼鈍後の延性が著しく劣化する。したがって、Ti含有量を0.005〜0.05%とする。好ましくは0.01〜0.03%である。
【0020】
B:0.0005〜0.003%、Mo:0.01〜0.15%のうちの1種または2種
Bは、オーステナイトからフェライトへの変態を抑制し、硬質なマルテンサイトの生成を促進し、鋼板の強度上昇に寄与するため、必要に応じて添加する。このような効果は0.0005%以上で発現する。しかし、0.003%を超えると、焼入れ向上効果が飽和するばかりか、鋼板表面においてBの酸化物形成により、化成処理や溶融亜鉛めっき性を悪化させる。したがって、B含有量を0.0005〜0.003%とする。好ましくは0.0007〜0.002%である。
Moは、焼き入れ性強化に有効な元素であり、フェライト、パーライト変態のノーズを長時間側に移行させるため、焼鈍後冷却中のマルテンサイト生成に有効な元素であり、必要に応じて添加する。その効果を得るためには0.01%以上含有させる必要があるが、0.15%を超えるとその効果は飽和し、さらに合金コストが増加する。したがって、Mo含有量を0.01〜0.15%とする。
【0021】
なお、上記以外の残部はFeおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物として、例えば、Oは非金属介在物を形成し、品質に悪影響をおよぼすため、0.003%以下に低減するのが望ましい。また、他の不純物としてCu、Ni、W、Zr、Sn、Sb等を挙げることができ、これらは通常、不純物として許容される範囲で含有してもよい。
【0022】
次に、本発明の鋼板の金属組織について説明する。
本発明では、引張強度(TS)750MPa以上、かつ、高延性を達成するために、フェライトとマルテンサイトを主相とする。具体的には、体積率で30〜70%のフェライト、3%未満の残留オーステナイト、および残部のマルテンサイトからなり、マルテンサイトのうちの20%以上が焼戻しマルテンサイトである。ここでいうフェライトは、ポリゴナルフェライト、ベイニティックフェライトを指す。
【0023】
フェライト体積率:30〜70%
延性を確保する観点から、フェライト体積率は30%以上とする。また、引張強度を750MPa以上とするには、フェライト体積率は70%以下であることが必要である。したがって、フェライト体積率を30〜70%とする。
【0024】
残留オーステナイト体積率:3%未満
鋼板組織中にオーステナイトが残存すると二次加工脆性や遅れ破壊特性が悪化するため、残留オーステナイトは少ないことが望ましい、残留オーステナイト体積率が3%未満の場合には、これらの悪化の程度は少なく許容できる範囲であるから、残留オーステナイト体積率を3%未満とする。好ましくは1%以下である。
【0025】
マルテンサイト:残部
焼戻しマルテンサイト:マルテンサイトの20%以上
引張強度750MPa以上を確保する観点から、残部をマルテンサイトとする。750MPa以上の引張強度と優れた加工性を両立するためには、マルテンサイトは焼戻しされたものと焼戻しされていないものが共存する必要がある。そして、優れた伸びフランジ性を達成するためには、マルテンサイト全体のうち20%以上は焼戻しマルテンサイトとする。焼戻しマルテンサイトが20%未満では伸びフランジ性向上効果および曲げ性向上効果が発現しない。焼戻しマルテンサイトが90%を超えると、以下に述べる局部伸びの均一伸びに対する比が1.2より高くなり張出し性が低下する。そのため、焼戻しマルテンサイトはマルテンサイトの30%以上90%以下が好ましい。ここで、「焼戻し」とは、マルテンサイト中に過飽和に固溶していたCの一部が炭化物として析出する現象を指す。
【0026】
本発明において、引張試験における局部伸びの均一伸びに対する比が0.8〜1.2であることが好ましい。伸びフランジ性は局部伸びとよい相関があり、優れた伸びフランジ性を得るためには、引張試験における局部伸びの均一伸びに対する比は0.8以上が好ましい。また、0.8未満の場合には曲げ性も低下する。一方、局部伸びの均一伸びに対する比が1.2より高い場合では、張出し性が低下する。
【0027】
本発明においては、以上の下地鋼板上に溶融亜鉛めっき層を形成して溶融亜鉛めっき鋼板とする。その目付量は、要求される耐食性の程度により適宜決定すればよく、特に限定されないが、自動車構造部材に使用される鋼板では、30〜60g/mの範囲が好ましい。また、上述したように溶融亜鉛めっき層は溶融亜鉛めっき処理後、必要に応じて合金化処理を施した合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【0028】
次に、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板の製造工程について説明する。
本発明では、上述の成分組成の鋼を溶製し、鋳造後、熱間圧延する。熱間圧延は、鋳造後直ちに行ってもよいし、一旦冷却し、再び加熱してから行ってもよい。仕上げ圧延終了温度は800℃以上が好ましい。仕上げ圧延終了温度が800℃未満の場合、圧延荷重負荷が増大するばかりでなく、最終圧延の段階で二相組織となり、フェライト粒の著しい粗大化が起こり、冷延、焼鈍を行っても加工性の良い鋼板が得られない場合がある。巻取り温度は冷間圧延時の負荷や酸洗性の観点から400〜700℃が好ましい。
【0029】
次いで、冷間圧延を施す。冷間圧下率は、所望とする冷延板の板厚に応じ、適宜決定することができる。しかし、冷間圧延率が30%未満になる場合には、冷延板に導入される歪が少なく、焼鈍時のフェライトの再結晶粒が大きくなり、延性が低下する。そのため、冷間圧下率は30%以上とするのが好ましい。なお、冷間圧延を施す前に、酸洗を行い、熱延鋼板の表面に形成されているスケールを除去することが好ましい。
【0030】
冷間圧延した後、焼鈍処理を施す。焼鈍処理は、焼鈍均熱温度700〜900℃の温度域で50〜500secの時間滞留させることにより行う。引き続いて溶融亜鉛浴に浸漬して溶融亜鉛めっきを施し、その後冷却する。この際に、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を開始する温度をMS(℃)とした場合に、MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度を5℃/s以下とする。好ましくは3℃/s以下である。MS(℃)は下記(1)式を用いて求めることができる。
MS(℃)=540−350×{[C%]/(1−〔α%〕/100)}−40×[Mn%]+30×[Al%]−20×[Cr%]−35×[V%]−10×[Mo%] ……(1)
ただし、[X%]は合金元素Xの質量%([Al%]はsol.Alの質量%)、〔α%〕はフェライトの体積分率(%)を意味する。フェライト分率は、焼鈍後の冷却終了時に、例えばフェライト分率を非破壊で測定することができるセンサーを用いて測定することができる。もしくは、フェライト分率と焼鈍条件との相関を求めた結果より推定してもよい。
【0031】
溶融亜鉛めっき浴に浸漬した後、必要に応じて合金化処理を施し、その後に上記(1)式で得られるMS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度を5℃/s以下、好ましくは3℃/s以下として冷却してもよい。
【0032】
焼鈍均熱温度は、再結晶が起きかつオーステナイト中へのC濃化を促進させるため、オーステナイト+フェライトの二相域の温度以上の700℃以上にする必要がある。一方、焼鈍温度が900℃を超えると、オーステナイト粒径が著しく粗大化し、延性が低下する。このため、焼鈍均熱温度を700〜900℃の範囲とする。好ましくは750〜850℃である。
均熱時間は、50秒未満だと、冷延時のひずみ回復が不十分で所望の特性が得られない。一方、500秒を超えると、効果が飽和し、コストアップの要因となる。このため、均熱時間は50〜500秒とする。
【0033】
溶融亜鉛めっきの条件は特に限定されない。また、その目付量は、上述したように、要求される耐食性の程度により適宜決定すればよく、特に限定されないが、自動車構造部材に使用される鋼板では、30〜60g/mの範囲が好ましい。また、溶融亜鉛めっき処理後に必要に応じて行われる合金化処理は、450〜580℃の温度域に保持することにより合金化することが好ましい。これは、合金化処理温度が580℃を超えて高温となると、めっき層中のFe含有量が15%を超え、めっき密着性や加工性の確保が困難となる傾向にあり、一方、450℃未満では、合金化の進行が遅く、生産性が低下するからである。
【0034】
溶融亜鉛めっき後の冷却の際に、MS〜MS−100(℃)の範囲の冷却速度を規定したのは、この範囲はオーステナイトからマルテンサイトに変態する温度であるばかりでなく、生成したマルテンサイトが焼戻される温度域でもあり、優れた伸びフランジ性および曲げ性を得るためにはこの温度範囲の冷却速度が極めて重要となるからである。この範囲での冷却速度を平均冷却速度で5℃/s以下としたのは、5℃/s超えの場合には、生成したマルテンサイトのうち焼戻しが進行したマルテンサイトの割合が少なく、伸びフランジ性および曲げ性が低いものとなるからである。MS−100℃未満の冷却は放冷、急冷のいずれでもよい。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の実施例について説明する。
表1に示す組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、小型鋼塊とし、次いで1250℃に加熱(保持1h)した後、熱間圧延を施して、板厚3.0mmの熱延板とした。なお、仕上げ圧延終了温度は890℃とした。熱間圧延後、平均20℃/sの冷却速度で鋼板を冷却し、600℃での巻き取りに相当する600℃×1hの熱処理を施した。次に、これら熱延板を酸洗し、板厚1.4mmまで冷間圧延した。この冷延鋼板に、還元性雰囲気(5%H−N)で焼鈍処理を施し、溶融亜鉛中に浸漬し、付着量(片面あたり)50g/mに調整した後、そのまま冷却するかまたは500℃で合金化処理を行った。焼鈍処理条件を表2に示す。このようにして得られた鋼板サンプルについて、引張特性、伸びフランジ特性、曲げ性を評価し、さらに組織調査を行った。これらの結果を表2に併記する。
【0036】
これら評価および調査の内容を以下に示す。
・引張特性:JIS Z 2201に規定のJIS5号試験片を圧延直角方向が引張方向になるように試験片を採取し、JIS Z 2241に準じた引張試験を実施して、引張特性を評価した。
・伸びフランジ特性:日本鉄鋼連盟規格JFST1001−1996に準拠して穴広げ試験を実施し、穴広げ率(%)で伸びフランジ性を評価した。
・曲げ性:JIS Z 2248に基づき、圧延方向と垂直に短冊試験片を切り出し、曲げ半径を変えて180°U曲げを行い、割れの発生しない限界曲げ半径R(mm)で評価した。
・鋼板組織:圧延方向に平行な板厚断面の組織を走査型顕微鏡(SEM)にて観察・撮影した組織写真を用いて画像解析し、フェライトおよびマルテンサイトの体積率を線分法により測定した。残留オーステナイト量については、板厚の1/4の深さに相当する面まで化学研磨した後、この研磨面をX線回折により調査した。マルテンサイト中の焼戻しマルテンサイトの分率は、1%ナイタール液でエッチングした後、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて3000倍で板厚1/4部の組織観察を行い、焼戻された部分を同定し、画像処理により分率測定を行った。
【0037】
表2に示すように、本発明で規定する要件を満足する鋼板は、強度−延性バランス、伸びフランジ性および曲げ性に優れた特性が得られ、めっき性も良好であることが確認された。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の高強度鋼板は、高強度に加え、優れた延性、伸びフランジ性および曲げ性を有しているため、厳しい伸びおよび伸びフランジ加工部、ならびに曲げ加工部に適用することができ、自動車用はもとより、家電および建築など、厳しい加工性が必要とされる分野に好適に使用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03〜0.17%、Si:0.01〜0.75%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.080%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.01〜1.20%、Cr:0.3〜1.3%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼組織が、体積率で30〜70%のフェライト、3%未満の残留オーステナイト、および残部のマルテンサイトからなり、マルテンサイトのうちの20%以上が焼戻しマルテンサイトである下地鋼板上に溶融亜鉛めっき層を有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
質量%でP:0.040%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
引張試験における局部伸びの均一伸びに対する比が0.8〜1.2であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
質量%で、Nb:0.005〜0.05%、V:0.005〜0.05%、Ti:0.005〜0.05%のうちの1種または2種以上をさらに含有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
質量%で、B:0.0005〜0.003%、Mo:0.01〜0.15%のうちの1種または2種をさらに含有することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の成分組成を有する鋼板を、700〜900℃の温度域で50〜500秒間保持し、引き続いて溶融亜鉛めっき浴に浸漬し冷却するにあたり、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を開始する温度をMS(℃)とした場合に、MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度が5℃/s以下であることを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の成分組成を有する鋼板を、700〜900℃の温度域で50〜500秒間保持し、引き続いて溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、その後合金化処理を施した後、冷却するにあたり、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を開始する温度をMS(℃)とした場合に、MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度が5℃/s以下であることを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項8】
MS〜MS−100℃の温度範囲における平均冷却速度が3℃/s以下であることを特徴とする請求項6または請求項7に記載の加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2010−70843(P2010−70843A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−32451(P2009−32451)
【出願日】平成21年2月16日(2009.2.16)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】