説明

動力伝達装置

【課題】軸等の挿入組み付けの際にリップの反転を防止しながら、軸等の回転時に発熱、偏摩耗を抑制し、耐久性を維持することを可能とする。
【解決手段】差動制限カップリング27の外周側にカップリング・カバー9が配置され、カップリング・カバー9の外側から軸方向へ挿入され差動制限カップリング27のハブ・シャフト29に結合されたジョイント部材49を備え、カップリング・カバー9側に支持され主リップ53及び副リップ55がジョイント部材49の外周面に接触しカップリング・カバー9に対し主リップ53が副リップ55よりも軸方向外側に位置するオイル・シール47を備えた動力伝達装置1であって、カップリング・カバー9内で、副リップ55の背面側に対向する変形規制部61をロータ37に一体に設けたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、動力伝達装置に備えられたシール部材として図6に示す特許文献1に記載のものがある。
【0003】
この図6のオイル・シール101は、芯金103に主リップ105及び副リップ107が一体に形成されたものである。このオイル・シール101では、軸109に対し矢印A方向に挿入して装着されるとき、リブ111の存在により副リップ107の反転を防止する。
【0004】
これに対し、図7のように、シール部材113の主リップ105側から軸115を矢印Bのように挿入して組み付けが行われものがある。このような組み付けが行われた場合、ケースの内部側となる副リップ107側の空間が負圧になっても主リップ105が軸115に対する密着を強めるため、主リップ105側の外部から水等を引き込むようなことを防止できる。
【0005】
しかし、軸115を矢印Bのように挿入して組み付けるとき、軸115と主リップ105との間の摩擦力により主リップ105が鎖線図示のように反転して組み付け後の機能が損なわれることがある。
【0006】
この反転を防止するために、図6の従来例と同様に副リップ107にリブを設け、リップの剛性を高めることも考えられる。
【0007】
しかし、リブにより軸方向のみならず径方向の剛性も高くなり、軸115の回転時に発熱、偏摩耗を招き、耐久性が損なわれることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−230363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
解決しようとする問題点は、リップにリブを形成して剛性を高め軸等の挿入組み付けの際にリップの反転を防止すると、リブにより軸方向のみならず径方向の剛性も高くなり、軸等の回転時に発熱、偏摩耗を招き、耐久性が損なわれる点である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、軸等の挿入組み付けの際にリップの反転を防止しながら、軸等の回転時に発熱、偏摩耗を抑制し、耐久性を維持することを可能とするために、第1の回転部材の外周側にケースが配置され、このケースの外側から軸方向へ挿入され前記第1の回転部材に結合された第2の回転部材を備え、前記ケース側に支持され主リップ及び副リップが前記第2の回転部材の外周面に接触し前記ケースに対し前記主リップが前記副リップよりも軸方向外側に位置するシール部材を備えた動力伝達装置であって、前記ケース内に、前記副リップの背面側に対向する変形規制部を設けたことを主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の動力伝達装置では、第1の回転部材の外周側にケースが配置され、このケースの外側から軸方向へ挿入され前記第1の回転部材に結合された第2の回転部材を備え、前記ケース側に支持され主リップ及び副リップが前記第2の回転部材の外周面に接触し前記ケースに対し前記主リップが前記副リップよりも軸方向外側に位置するシール部材を備えた動力伝達装置であって、前記ケース内に、前記副リップの背面に対向する変形規制部を設けた。
【0012】
このため、第2の回転部材をケースの外側から軸方向へ挿入し第1の回転部材に結合するとき、第2の回転部材の外周面と主リップとの間の摩擦により主リップが軸方向のケース内側へ力を受けると、副リップの背面側が変形規制部に当接して主リップの反転を規制することができる。
【0013】
しかも、副リップの径方向の剛性は高くならず、軸等の回転時の発熱、偏摩耗を抑制し、耐久性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】動力伝達装置の平断面図である。(実施例1)
【図2】要部の拡大断面図である。(実施例1)
【図3】作用説明に係り(a)は、実施例1、(b)は、比較例のそれぞれ説明図である。(実施例1)
【図4】要部の拡大断面図である。(実施例2)
【図5】要部の拡大断面図である。(実施例3)
【図6】シール部材及び軸の関係を示す断面図である。(従来例)
【図7】シール部材及び軸の関係を示す断面図である。(参考例)
【発明を実施するための形態】
【0015】
軸等の挿入組み付けの際にリップの反転を防止しながら、軸等の回転時に発熱、偏摩耗を抑制し、耐久性を維持することを可能とするという目的を、ケース内の変形規制部により実現した。
【実施例1】
【0016】
[動力伝達装置及びシール部材]
図1は、本発明実施例1に係り、動力伝達装置の平断面図、図2は、要部の拡大断面図である。
【0017】
図1の動力伝達装置1は、例えばフロント・デファレンシャル装置への駆動入力を後輪側へ分配するものであり、フロント・デファレンシャル装置の一方のサイド・ギヤに結合された中間軸3の外周に配置されている。動力伝達装置1のケースとしての分配ケース5は、固定側であるトランスミッション側のケースのベル・ハウジングに取り付けられる。
【0018】
分配ケース5は、ケース本体7に中間壁8及びカップリング・カバー9を備えてケースを構成し、ボルト10により中間壁8がケース本体7に着脱可能に結合され、ボルト11によりカップリング・カバー9が中間壁8に着脱可能に結合されている。カップリング・カバー9には、シール支持部13が形成されている。
【0019】
ケース本体7と中間壁8とで構成された第1の空間部内には、中間軸3の外周に同軸に配置された連結中空軸15がベアリング17,19により回転自在に支持され、この連結中空軸15に直交配置された後輪側出力軸21が回転自在に支持されている。なお、詳細には後輪側出力軸21は、ケース本体7にボルト結合された支持ケース12、14にベアリング16,18を介して支持されている。連結中空軸15には、リング・ギヤ23が取り付けられ、後輪側出力軸21のピニオン・ギヤ25に噛み合っている。
【0020】
前記中間軸3と連結中空軸15との間には、カップリング・カバー9と中間壁8とで構成された第2の空間部内に配置された第1の回転部材であるトルク伝達カップリングとしての差動制限カップリング27が結合されている。したがって、第1の回転部材である差動制限カップリング27の外周側にケースとしてのカップリング・カバー9が配置された構成となっている。差動制限カップリング27は、内外回転部材としてのハブ・シャフト29とクラッチ・ケース31とを有し、ハブ・シャフト29及びクラッチ・ケース31間に伝達トルクを断続調整するメイン・クラッチ33、メイン・クラッチ33の断続調整を制御する電磁石35等が設けられている。
【0021】
したがって、ハブ・シャフト29が一体に回転する中間軸3と連結中空軸15側との間の差動回転を、メイン・クラッチ33の断続調整により制限することができる。
【0022】
前記クラッチ・ケース31は、前記連結中空軸15にスプライン結合され、ハブ・シャフト29は、中間軸3にスプライン結合されている。電磁石35は、クラッチ・ケース31の端部を構成するロータ37にベアリング39を介して相対回転自在に支持され、ピン41によりカップリング・カバー9に回転止め係合されている。電磁石35とカップリング・カバー9との間には、シム43が介設され、軸方向の隙間調整がなされている。
【0023】
前記カップリング・カバー9のシール支持部13には、シール部材としてオイル・シール47が固定され、オイル・シール47がケース側に支持された構成となっている。カップリング・カバー9の外側から第2の回転部材としての右側の前輪車軸と連結するジョイント部材49が軸方向へ挿入され、差動制限カップリング27のハブ・シャフト29にスプライン結合されている。
【0024】
図1,図2のように、オイル・シール47は、芯金51に対し、ゴム製の主リップ53及び副リップ55、ダスト・リップ57が一体に形成され、主リップ53及び副リップ55が前輪車軸49の外周面に接触している。このオイル・シール47は、カップリング・カバー9に対し前記主リップ53が前記副リップ55よりも軸方向外側に位置し、ダスト・リップ57が軸方向外側に位置する。このダスト・リップ57には、前輪車軸49に取り付けられたダスト・カバー59が接している。
【0025】
前記カップリング・カバー9内には、前記副リップ55の背面側に対向する変形規制部61が設けられている。詳述すると、副リップ55と一体で連続するゴム製の当接部62が副リップ55の外周側に形成され変形規制部61の端面に対して軸方向に臨んで(対向して)形成されている。この当接部は、平坦面又は曲凸面に形成され、確実に当接規制されることが臨ましい。この変形規制部61は、前記第1の回転部材である差動制限カップリング27の外回転部材としてのロータ37に一体に形成されている。変形規制部61は、ロータ37の端部に周回状に形成され、副リップ55背面との間に隙間を有している。
【0026】
差動制限カップリング27のロータ37は、クラッチ・ケース31が連結中空軸15に軸方向に突当てられることで位置決められ、連結中空軸15は、ベアリング17,19により分配ケース5のケース本体7及び中間壁8に位置決められる。一方、オイル・シール47の取り付け位置は、カップリング・カバー9の周回状凸部9aとオイル・シール47の外面37aとの間の寸法Lにより管理される。この管理により、変形規制部61と副リップ55背面との間の隙間が設定される。
【0027】
この隙間は、前記シム43により調整されている電磁石35とカップリング・カバー9との間の隙間よりも大きく設定されている。
【0028】
したがって、トルク伝達時等に電磁石35がシム43に当接して電磁石35とカップリング・カバー9との間の隙間が無くなっても、変形規制部61が副リップ55背面に接触するのを防止することができる。
[軸の挿入]
動力伝達装置1は、分配ケース5が、トランスミッション側のベル・ハウジングに取り付けられた後に、前輪車軸49の端部がオイル・シール47の内周側に挿入され、ハブ・シャフト29へスプライン結合される。
【0029】
このとき、前輪車軸49の端部外周面と主リップ53との間の摩擦力により、主リップ53がカップリング・カバー9の内方軸方向へ力を受け反転しようとする。このとき、副リップ55の背面側が変形規制部61に当接し、副リップ55が支持されるから、主リップ53の反転を規制することができる。
【0030】
図3は、作用説明に係り(a)は、実施例1、(b)は、比較例のそれぞれ説明図である。図3(a)のように、前輪車軸49の端部がオイル・シール47の内周側に力F1で挿入されると副リップ55の背面側の当接部62が変形規制部61に当接し、副リップ55の背面側にF2の反力が働く。これに対し、(b)では、変形規制部が存在しないため、オイル・シール47の芯金51外周側に反力F2が働く。
【0031】
このため、(b)のオイル・シール47の配置では、主リップ53の反転を招き易いが、変形規制部61が存在する(a)のオイル・シール47の配置では、主リップ53の反転を確実に規制することができる。
【0032】
なお、動力伝達時には、差動制限カップリング27の制御によりカップリング・カバー9内が高温となり圧力が上昇する。この圧力は、電磁石35の配線部芯線間などのブリーザ部分からカップリング・カバー9外へ逃げ、カップリング・カバー9内が高温の大気圧状態となる。このカップリング・カバー9に外部から水がかかるなどして冷えるとカップリング・カバー9内部が負圧となる。
【0033】
このとき、配線部芯線が密であることから外気が急に引き込まれることはないが、主リップ53が前輪車軸49に対して密着するのを強めるため、外部から水等を引き込むことを防止できる。
[実施例1の効果]
本発明実施例1の動力伝達装置1では、差動制限カップリング27の外周側にカップリング・カバー9が配置され、このカップリング・カバー9の外側から軸方向へ挿入され前記差動制限カップリング27のハブ・シャフト29に結合された前輪車軸49とを備え、前記カップリング・カバー9側に支持され主リップ53及び副リップ55が前記前輪車軸49の外周面に接触し前記カップリング・カバー9に対し前記主リップ53が前記副リップ55よりも軸方向外側に位置するオイル・シール47を備えた動力伝達装置1であって、前記カップリング・カバー9内で、前記副リップ39の背面側に対向する変形規制部61をロータ37に一体に設けた。
【0034】
このため、前輪車軸49をカップリング・カバー9の外側から軸方向へ挿入し差動制限カップリング27のハブ・シャフト29に結合するとき、前輪車軸49の外周面と主リップ53との間の摩擦により主リップ53が軸方向のカップリング・カバー9内側へ力を受けると、副リップ55の背面側が変形規制部61に当接して主リップ53の反転を規制することができる。
【0035】
しかも、副リップ55の径方向の剛性は高くならず、前輪車軸49の回転時には、主リップ53及び副リップ55が前輪車軸49の外周面に適度な剛性で接触することができる。このため、前輪車軸49回転時のオイル・シール47等の発熱、偏摩耗を抑制し、耐久性を維持することができる。
【実施例2】
【0036】
図4は、本発明の実施例2に係り、図2に対応する要部の拡大断面図である。なお、基本的な構成は同一であり、対応する構成部分には同符号を付し、重複した説明は省略する。
【0037】
図4のように、本実施例の変形規制部61Aは、差動制限カップリング27のハブ・シャフト29に一体的に形成されている。
【0038】
変形規制部61Aは、一端に圧入部57Aaが段付き状に形成され、この圧入部57Aaにおいてロータ37端部外周に軽圧入され、一体的となっている。変形規制部61Aと副リップ51背面側との間の隙間設定は、実施例1同様である。
【0039】
したがって、本実施例では、変形規制部61Aの材質、形状等設定自由度を広げることができる。その他、本実施例においても実施例1同様な作用効果を奏することができる。
【実施例3】
【0040】
図5は、本発明の実施例3に係り、図2に対応する要部の拡大断面図である。なお、基本的な構成は同一であり、対応する構成部分には同符号を付し、重複した説明は省略する。
【0041】
図5のように、本実施例の変形規制部61Bは、オイル・シール47Bの芯金51Bに形成して分配ケース5内に形成する構成とした。この変形規制部61Bは、実施例1,2と異なり固定系である芯金51Bの一部を周方向所定間隔で副リップ43側へ切り起こして形成した。
【0042】
変形規制部61Bと副リップ51背面との間の隙間設定は、実施例1と同一の大きさにしても良いが、隙間設定をしなくてもよい。
【0043】
したがって、本実施では、オイル・シール47B単独で変形規制部61Bを構成することができる。その他、本実施例においても実施例1同様な作用効果を奏することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 動力伝達装置
9 カップリング・カバー(ケース)
27 差動制限カップリング(第1の回転部材)
47,47B オイル・シール(シール部材)
49 前輪車軸(第2の回転部材)
53 主リップ
55 副リップ
61,61A,61B 変形規制部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の回転部材の外周側にケースが配置され、このケースの外側から軸方向へ挿入され前記第1の回転部材に結合された第2の回転部材を備え、
前記ケース側に支持され主リップ及び副リップが前記第2の回転部材の外周面に接触し前記ケースに対し前記主リップが前記副リップよりも軸方向外側に位置するシール部 材を備えた動力伝達装置であって、
前記ケース内に、前記副リップの背面側に対向する変形規制部を設けた、
ことを特徴とする動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1記載の動力伝達装置であって、
前記変形規制部は、前記第1の回転部材に一体又は一体的に形成された、
ことを特徴とする動力伝達装置。
【請求項3】
請求項2記載の動力伝達装置であって、
前記第1の回転部材は、内外回転部材を有し伝達トルクを断続調整可能なトルク伝達カップリングであり、
前記第2の回転部材は、前記内回転部材に結合され、
前記変形規制部は、前記外回転部材に設けられた、
ことを特徴とする動力伝達装置。
【請求項4】
請求項1記載の動力伝達装置であって、
前記シール部材は、芯金に前記主リップ及び副リップが一体に形成され、
前記変形規制部は、前記芯金に一体に形成された、
ことを特徴とする動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−58555(P2011−58555A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−208417(P2009−208417)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(000225050)GKNドライブラインジャパン株式会社 (409)
【Fターム(参考)】