説明

動力損失低減装置

【課題】撥油処理層による動力損失の低減効果が低下することを抑制することのできる動力損失低減装置を提供する。
【解決手段】オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、回転部材の表面に施され、かつ、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、オイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、回転部材がオイル溜まりのオイルに接触する量が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する接触量判断手段(ステップS4)と、回転部材がオイル溜まりのオイルに接触する量が所定値以上であると判断された場合は、マイクロバブル発生装置によりオイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段(ステップS5)とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、動力が伝達されて回転する回転部材と液体との接触による動力損失を低減することのできる動力損失低減装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両に備えられている動力伝達装置は、回転軸、歯車などのように、動力源によって回転駆動される回転部材を備えている。そして、動力源の動力が回転部材を経由して駆動輪に伝達されるように構成されている。一方、これらの回転部材を潤滑および冷却する潤滑油、あるいは回転部材同士を接続・遮断するクラッチ機構の作動油として用いるオイルを、ケーシング内に貯溜するように構成されている。上記のような動力伝達装置においては、回転部材がオイルに浸漬された状態で動力源の動力が回転部材に伝達されると、回転部材とオイルとの摩擦抵抗により動力損失が発生する。このように、オイルに浸漬されている回転部材が回転するときに生じる動力損失を抑制することのできる動力損失低減装置の一例が、特許文献1に記載されている。
【0003】
この特許文献1には動力伝達装置として自動変速機が記載されており、エンジンの動力がトルクコンバータおよび自動変速機を経由して駆動輪に伝達されるように構成されている。この自動変速機は、複数の遊星歯車機構およびこれらの遊星歯車機構の歯車同士を接続・遮断するクラッチが設けられている。一方、自動変速機の構成部品を収容したケーシングの内部にはオイルが貯溜されており、そのオイルにより前記遊星歯車機構が潤滑および冷却されるとともに、そのオイルをクラッチを係合・解放させるための作動油として用いるように構成されている。
【0004】
また、この特許文献1に記載された動力伝達装置においては、クラッチドラムがオイルに接触して回転抵抗が増加することを抑制するために、クラッチドラムに撥油処理が施されている。この撥油処理は、ポリテトラフルオロチレンに代表されるフッソ樹脂(フルオロレジン)を用いた被膜処理であることが記載されている。このような撥油処理を施すことにより、オイルに接触しているクラッチドラムが回転する時に、オイルが短時間で弾かれるためオイル撹拌によるオイルの連れ回り量が減少し、回転抵抗が低減されるとされている。なお、特許文献1に記載されている撥油処理の技術の他の例は特許文献2にも記載されており、回転部材の回転抵抗を低減する技術が特許文献3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−25677号公報
【特許文献2】特開平10−156282号公報
【特許文献3】特開2007−24011号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載されているように回転部材に撥油処理を施すことにより、オイルと回転部材との接触による動力損失を低減するように構成していても、動力伝達装置の状況によっては撥油性が低下することがあった。
【0007】
この発明は、上記の技術的課題に着目してなされたものであり、回転部材に撥油処理を施して動力損失を低減させるにあたり、動力損失を低減させる効果が低下することを抑制することのできる動力損失低減装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために請求項1の発明は、オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、この回転部材の表面に施され、かつ、前記オイルをはじいて前記回転部材とオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、前記回転部材が前記オイル溜まりのオイルに接触する量が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する接触量判断手段と、前記回転部材が前記オイル溜まりのオイルに接触する量が予め定められた所定値以上であると判断された場合は、前記マイクロバブル発生装置により前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0009】
請求項2の発明は、オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、この回転部材の表面に施され、かつ、前記オイルをはじいて前記回転部材とオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、前記回転部材の回転数が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する回転数判断手段と、前記回転部材の回転数が予め定められた所定値以上であると判断された場合は、前記マイクロバブル発生装置により前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3の発明は、オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、この回転部材の表面に施され、かつ、前記オイルをはじいて前記回転部材とオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、前記オイル溜まりの油温が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する油温判断手段と、前記油温が予め定められた所定値以上であると判断された場合は、前記マイクロバブル発生装置により前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段とを備えていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
請求項1の発明によれば、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に空気が介在されるため、回転部材が動力で回転したときに、回転部材とオイル溜まりのオイルとの接触による摩擦抵抗の増加が抑制され、動力損失を低減できる。また、回転部材がオイル溜まりのオイルに接触する量が予め定められた所定値以上であるか否かを判断し、回転部材がオイル溜まりのオイルに接触する量が所定値以上であると判断された場合は、マイクロバブル発生装置によりオイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させる処理がおこなわれる。この処理により、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に介在される空気量が相対的に多くなり、動力損失の低減効果が低下することを抑制できる。
【0012】
請求項2の発明によれば、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に空気が介在されるため、回転部材が動力で回転したときに、回転部材とオイル溜まりのオイルとの接触による摩擦抵抗の増加が抑制され、動力損失を低減できる。また、回転部材の回転数が予め定められた所定値以上であるか否かを判断し、回転部材の回転数が所定値以上であると判断された場合は、マイクロバブル発生装置によりオイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させる処理がおこなわれる。この処理により、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に介在される空気量が相対的に多くなり、動力損失の低減効果が低下することを抑制できる。
【0013】
請求項3の発明によれば、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に空気が介在されるため、回転部材が動力で回転したときに、回転部材とオイル溜まりのオイルとの接触による摩擦抵抗の増加が抑制され、動力損失を低減できる。また、油温が予め定められた所定値以上であるか否かを判断し、油温が所定値以上であると判断された場合は、マイクロバブル発生装置によりオイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させる処理がおこなわれる。この処理により、回転部材とオイル溜まりのオイルとの間に介在された空気量が相対的に多くなり、動力損失の低減効果が低下することを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】この発明の動力損失低減装置でおこなわれる第1制御例を示すフローチャートである。
【図2】この発明の動力損失低減装置により歯車に伝達された動力の損失を低減するように構成した具体例の模式図である。
【図3】図2に示された歯車の表面に形成された撥油処理層の断面図である。
【図4】図1のフローチャートで用いるマップの一例である。
【図5】この発明の動力損失低減装置でおこなわれる第2制御例を示すフローチャートである。
【図6】図5のフローチャートを実行した際の効果を説明するマップである。
【図7】この発明の動力損失低減装置でおこなわれる第3制御例を示すフローチャートである。
【図8】図7のフローチャートを実行した際の効果を説明するマップである。
【図9】図7のフローチャートを実行した際の効果を説明する他のマップである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
この発明においては、動力源の動力が伝達される回転部材がケーシングの内部に設けられており、そのケーシングの内部にはオイルが溜められている。このオイルが、前記回転部材あるいは、その他の被潤滑部材に接触させられて、その部材がオイルにより潤滑または冷却される。前記回転部材は潤滑油に接触した状態で回転するように設けられている。より具体的には、回転部材の一部または全部が潤滑油に浸漬されている状態で回転するように構成されている。この発明の回転部材は、動力源の動力を被駆動部材に伝達するための動力伝達要素、動力源の動力を被駆動部材に伝達する機能は備えていないが、前記動力伝達要素と共に一体回転する要素のいずれでもよい。この発明における回転部材の具体例としては、回転軸、歯車、歯車同士の接続・解放をおこなうクラッチの油圧室を形成するシリンダ、プーリ、スプロケットなどが挙げられる。
【0016】
この発明の動力損失低減装置を、車両の動力伝達装置に用いる場合の具体例を、図2に基づいて説明する。車両には、被駆動部材である駆動輪(図示せず)に伝達する動力を発生する動力源(図示せず)が設けられている。この動力源には、エンジン、電動モータ、油圧モータ、フライホイールなどが含まれる。この動力源から駆動輪に至る動力の伝達経路を構成する動力伝達装置がケーシング1の内部に設けられている。この具体例では、動力伝達装置として変速機2が設けられている。
【0017】
この具体例では変速機2として選択歯車式の変速機が示されており、この変速機2は相互に平行に配置された複数の回転軸(図示せず)と、各回転軸に形成された歯車と、歯車と回転軸との間の動力伝達経路を接続または遮断するクラッチ(図示せず)とを有している。この変速機2は、クラッチの接続および遮断を制御することにより変速比が制御されるように構成されている。図2では便宜上、3個の歯車3,4,5が示されている。3個の歯車3,4,5は、それぞれ異なる回転軸に形成されており、各回転軸(図示せず)が相互に平行にかつ、水平に配置されている。前記回転軸の回転中心線(図示せず)は、車両の前後方向または車両の左右方向に沿って配置されているとともに、各回転中心線は異なる高さに配置されている。また、ケーシング1の内部にはオイルが収容されてオイル溜まりA1が形成されている。
【0018】
この具体例では、上記3個の歯車3,4,5のうち、オイル溜まりA1のオイルに接触している2個の歯車3,5の表面には図3に示すような表面処理が施されている。具体的に説明すると、この表面処理は、歯車3,5の側面、歯先面、歯面、歯底などのうち、少なくとも一部に施されている。この表面処理により、オイルをはじく特性を備えた撥油処理層6が形成されている。この撥油処理層6は、例えば、つぎのようにして形成されたものである。まず、歯車3,5の表面に微細な凹部7および凸部8が設けられている。歯車3,5は、金属材料、例えば機械構造用合金鋼により構成されており、その表面にエッチング加工、レーザー加工、ショットブラスト加工などにより凹部7および凸部8が形成されている。この凹部7および凸部8は数μm(マイクロメートル)、nm(ナノメートル)のサイズで形成されている。ここでサイズとは、凹部7の深さ(高さ)方向における凸部8の頂点と凹部7の底との距離である。また、歯車3,5のうち、凹部7および凸部8が形成された部分に低表面張力処理剤が塗布されている。この低表面張力処理剤としては、表面張力が15mN/m以下のもの、例えば、フッ素シランカップリング剤、(フルオロアルキルシラン、フルオロアルキルメタクリレート)またはポリジメチルシリコーンなどを使用する。上記の凹部7および凸部8、ならびに低表面張力剤により、撥油処理層6が構成されている。
【0019】
一方、前記ケーシング1の内部には、オイル溜まりA1のオイルを吸入して吐出するオイルポンプ9が設けられている。このオイルポンプ9は、回転型または往復動型の何れでもよい。このオイルポンプ9は、駆動輪に伝達する動力を発生する動力源の動力、または駆動輪に動力伝達をすることのできない専用の電動モータの動力により駆動されるように構成されている。また、前記ケーシング1の内部にはマイクロバブル発生装置(気泡発生装置)10が設けられている。このマイクロバブル発生装置10は、オイルポンプ9から吐出されたオイルにマイクロバブルを混入させ、そのマイクロバブルが混入されたオイルを排出する機構である。なお、マイクロバブルが混入されたオイルがオイル溜まりA1に戻されるように、油路11が形成されている。この油路11は、ケーシング1に形成された貫通孔、パイプ、ケーシング1の内面などのいずれにより構成されていてもよい。
【0020】
上記のマイクロバブル発生装置10としては、例えば、特開2007−240121号公報、特開2007−447号公報、特開2007−209953号公報、特開2007−844号公報、特開平9−207874号公報などに記載されているものを用いることができる。このマイクロバブル発生装置10は、μmオーダー、より詳しくは10〜80μm程度の超微細で均一な気泡(いわゆるマイクロバブル)あるいはそれより更に小さい気泡を発生させる装置である。このマイクロバブル発生装置10で発生したマイクロバブルは、その粒径が小さいことによりオイル中での浮上速度が遅い。さらに、マイクロバブルはコロイドのような性質があって、マイクロバブル同士が相互に合体したり吸収したりしないので、オイル中でマイクロバブルが分離もしくは分散した状態を維持できる。
【0021】
この具体例では、特開2007−240121号公報に記載されているように、オイルに空気が供給されてマイクロバブルが発生する構成になっている。その空気の供給経路に切替弁12が設けられており、切替弁12の開閉を制御することにより、マイクロバブル発生装置10への空気の吸入が実行または停止されるように構成されている。つまり、切替弁12を開放すると、オイルがマイクロバブル発生装置10を通るときにオイル中にマイクロバブルが混入され、マイクロバブルが混入されたオイルが、マイクロバブル発生装置10から排出される。これに対して、切替弁12を閉じるとオイルがマイクロバブル発生装置10を通るときにマイクロバブルは発生せず、マイクロバブルが混入されていないオイルが、マイクロバブル発生装置10から排出される。
【0022】
さらに、車両には電子制御装置13が設けられており、この電子制御装置13には動力源の回転数、車速、加速要求、制動要求、オイルの温度(油温)、車体の傾斜角、回転軸の回転数などを検知するセンサの信号が入力される。この電子制御装置13からは、動力源の出力、変速機2の変速比、マイクロバブル発生装置10、切替弁12などを制御する信号が出力される。このように構成された車両において、動力源の動力が変速機2に伝達されると、歯車同士の噛み合い力によりトルクが伝達され、そのトルクが駆動輪に伝達されて駆動力が発生する。また、歯車3,5がオイルに接触しており、歯車3,5の冷却または潤滑がおこなわれる。さらに、歯車5の回転により掻き上げられたオイルが、オイルに浸漬されていない軸受、歯車、電動機などの被潤滑部に供給されて、その被潤滑部が冷却または潤滑され、そのオイルは自重でオイル溜まりA1に戻る。
【0023】
図2の構成において、回転部材である歯車3,5がオイルに漬けられており、その歯車3,5の回転によりオイルが撹拌されて動力損失が生じるが、その動力損失を抑制するために、前記撥油処理層6が形成されている。具体的には、図3のように撥油処理層6の機能により、オイルA2と歯車3,5の表面との間に空気が介在される。ここでは、便宜上、オイルA2と歯車3,5との間に空気層B1が形成されるものとして説明する。この空気層B1が存在するため、回転する歯車3,5とオイルA2との接触による摩擦抵抗が低減されて、動力損失を抑制できる。ところで、歯車3,5に撥油処理層6が形成されていても、変速機2の使用条件により、撥油処理層6による動力損失の低減機能が低下することがある。そこで、図2に示す動力損失低減装置においては、撥油処理層6による動力損失の低減機能が低下することを抑制するために、マイクロバブル発生装置10を利用することができる。そのための制御例を順次説明する。各制御例では、便宜上、最も下方に配置されている歯車5について説明をおこなう。
【0024】
(第1制御例)
まず、図2の動力損失低減装置において実行可能な第1制御例を、図1のフローチャートに基づいて説明する。この第1制御例は、歯車5がオイル溜まりA1のオイルに接触している量に基づいて、オイルにマイクロバブルを混入させるか否かを決定する。まず、車体の傾斜角が算出され(ステップS1)、かつ、オイル溜まりA1の油温が算出される(ステップS2)。前記回転軸の中心線が車両の左右方向に沿って設けられている場合は、ステップS1では車体の前後方向の傾斜角が算出される。一方、前記回転軸の中心線が車両の前後方向に沿って設けられている場合は、ステップS1では車体の左右方向の傾斜角が算出される。前記ステップS1,S2は同時におこなってもよいし、いずれか一方を先におこない、他方を後におこなってもよい。
【0025】
このステップS1およびステップS2の算出結果に基づいて、油浴率Pが算出される(ステップS3)。この油浴率Pとは、歯車5がオイル溜まりA1のオイルに接触している量を表す。この浴油率は、歯車5がオイル溜まりA1のオイルに接触している量は、歯車5の全表面積のうち、オイル溜まりA1のオイルに接触している部分の面積、歯車5のうちオイル溜まりA1に浸漬されている部分の深さなどから求めることが可能である。そして、歯車5の全表面積のうち、オイル溜まりA1のオイルに接触している部分の面積が相対的に広くなると、浴油率はPが相対的に高くなる。また、歯車5のうちオイル溜まりA1に浸漬されている部分の深さが相対的に深くなると、浴油率Pが相対的に高くなる。
【0026】
このステップS3の処理は、例えば、図4のマップを用いておこなわれる。図4のマップにおいては、横軸に傾斜角が示され、縦軸に油浴率Pが示されており、異なる油温毎に浴油率を表す特性線が示されている。図4のマップのように、傾斜角が相対的に大きくなるほど油浴率Pが相対的に高くなる傾向にある。また、油温が相対的に高くなるほど油浴率Pが相対的に高くなる傾向にある。これは、油温が相対的に高くなると、オイルが膨張して油面が上昇し、油浴率Pが相対的に高くなるからである。一方、車体の傾斜角が相対的に大きくなると、ケーシング1の内部でオイル溜まりA1の位置が偏って油面が上昇し、油浴率Pが相対的に高くなるからである。そして、油浴率Pが相対的に高くなるということは、歯車5がオイル溜まりA1のオイルに接触する量が相対的に多くなり、動力損失を低減する効果が相対的に低くなることを意味する。
【0027】
ついで、ステップS3で算出された油浴率Pが所定値以上であるか否かが判断される(ステップS4)。この所定値は、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができるか否かを、油浴率Pから間接的に判断するための閾値である。この所定値は、実験またはシミュレーションをおこなって求めたものであり、予め電子制御装置13に記憶されている。このステップS4で肯定的に判断されるということは、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができないことになる。
【0028】
そこで、ステップS4で肯定的に判断された場合は、気泡発生装置をONし(ステップS5)、この制御ルーチンを終了する。ここで、「気泡発生装置をON」とは、切替弁12を開放することによりマイクロバブル発生装置10でマイクロバブルを発生させ、マイクロバブルが混入されたオイルを、マイクロバブル発生装置10から排出させる処理である。このステップS5の処理をおこなうと、オイル溜まりA1のオイルにマイクロバブルが混入されるため、空気層B1を相対的に厚くすることができる。したがって、空気層B1の形成による動力損失の低減効果を、予め定められた値以上に確保することができる。
【0029】
これに対して、ステップS4で否定的に判断されるということは、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」が、既に予め定められた値以上確保されていることになる。そこで、ステップS4で否定的に判断された場合は、気泡発生装置をOFFし(ステップS6)、この制御ルーチンを終了する。ここで、「気泡発生装置をOFF」とは、切替弁12を閉じ、オイルにマイクロバブルを混入することなく、マイクロバブル発生装置10からオイルを排出させる処理である。
【0030】
なお、上記の説明においては、車体の傾斜角および油温の両方を用いて油浴率を算出しているが、車体の傾斜角または油温のいずれか一方を用いて油浴率を算出するルーチンにすることもできる。つまり、ステップS1またはステップS2のいずれか一方を経由してステップS3に進むこともできる。また、ステップS2で算出される油温は、オイル溜まりA1の温度を直接用いてもよいし、外気温から間接的に油温を算出してもよいし、動力源の冷却水温度から油温を間接的に算出してもよい。さらに、図2の構成において、オイル溜まりA1の油面の高さを検出するセンサを設け、ステップS1においてオイル溜まりA1の液面の高さを求め、ステップS3ではオイル溜まりA1の液面の高さに基づいて浴油率Pを求める処理をおこない、ステップS2を省略することも可能である。このような制御をおこなう場合、オイル溜まりA1の液面の高さと、浴油率Pとの関係をマップ化して予め電子制御装置13に記憶しておき、ステップS3ではそのマップを用いればよい。
【0031】
この第1制御例は請求項1の発明に対応しており、図1のフローチャートに示された機能的手段とこの発明の構成との対応関係を説明すると、ステップS4が、この発明の接触量判断手段に相当し、ステップS5が、この発明のマイクロバブル発生手段に相当する。
【0032】
(第2制御例)
つぎに、図2の車両で実行可能な他の制御例を、図5のフローチャートに基づいて説明する。まず、オイル溜まりA1のオイルに接触している歯車5の回転数を算出する(ステップS11)。この歯車5の回転数から車速Vを求め、その車速Vが所定値以上であるか否かを判断する(ステップS12)。このステップS12で用いる所定値は、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができるか否かを、車速Vから間接的に判断するための閾値である。この所定値は、実験またはシミュレーションをおこなって求めたものであり、予め電子制御装置13に記憶されている。
【0033】
このステップS12で肯定的に判断されるということは、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができないことになる。これは、車速Vが所定値以上であると、歯車5の回転により発生する遠心力、および遠心油圧が相対的に高くなり、空気層B1が押し潰されて相対的に薄くなるからである。ここで、車速と、空気層B1による動力損失の低減効果との関係を、図6のマップにより説明する。このマップにおいては、横軸に車速が示され、縦軸に動力損失の低減効果が、抵抗低減率(摩擦抵抗の低減率)で示されている。図6のマップから分かるように、車速が所定値未満では、抵抗低減率が所定値に維持され、車速が所定値以上になると、抵抗低減率が所定値よりも低くなる。これは、動力損失の低減効果が低下することを意味する。
【0034】
そこで、前記ステップS12で肯定的に判断された場合は、気泡発生装置をONし(ステップS13)、この制御ルーチンを終了する。このステップS13の処理は、図1のステップS5の処理と同じであり、ステップS5の場合と同じ作用により、空気層B1の形成による動力損失の低減効果を、予め定められた値以上に確保することができる。
【0035】
これに対して、ステップS12で否定的に判断されるということは、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」が、既に予め定められた値以上確保されていることになる。そこで、ステップS12で否定的に判断された場合は、気泡発生装置をOFFし(ステップS14)、この制御ルーチンを終了する。このステップS14の処理は、ステップS6の処理と同じである。なお、上記の説明においては、ステップS12で車速Vが所定値以上であるか否かを判断しているが、その判断に代えて回転数が所定値以上であるか否かを判断し、回転数が所定値以上であると判断されたときにステップS13に進み、回転数が所定値未満であると判断されたときにステップS14に進むルーチンとすることもできる。
【0036】
この第2制御例は請求項2の発明に対応しており、図5に示された機能的手段とこの発明の構成との対応関係を説明すると、ステップS12が、この発明の回転数判断手段に相当し、ステップS13が、この発明のマイクロバブル発生手段に相当する。
【0037】
(第3制御例)
つぎに更に他の制御例を図7のフローチャートに基づいて説明する。まず、オイル溜まりA1の油温Tを算出し(ステップS21)、この油温Tが所定値、例えば80℃以上であるか否かを判断する(ステップS22)。このステップS22で用いる所定値は、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができるか否かを、油温から間接的に判断するための閾値である。この所定値は、実験またはシミュレーションをおこなって求めたものであり、予め電子制御装置13に記憶されている。
【0038】
このステップS22で肯定的に判断されるということは、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができないことになる。これを具体的に説明すると、オイルの温度が相対的に高くなると表面張力が低下して、撥油処理層6の微細な凹部7にオイルA2が進入しやすくなる。すると、空気層B1が薄くなり撥油処理層6の撥油性が低下して、動力損失の低減効果を、予め定められた値以上確保することができなくなるからである。ここで、油温と表面張力との関係を、図8のマップにより説明する。このマップにおいては、横軸に油温が示され、縦軸に表面張力が示されている。図8のマップから分かるように、油温が80℃未満では、表面張力が所定値以上であり、油温Tが所定値、例えば80℃以上になると、表面張力が所定値よりも低くなる。これは、油温が80℃以上になると、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」を、予め定められた値以上確保することができないことを示す。
【0039】
そこで、前記ステップS22で肯定的に判断された場合は、気泡発生装置をONし(ステップS23)、この制御ルーチンを終了する。このステップS23の処理は、ステップS5の処理と同じであり、前述と同様に、空気層B1の形成による動力損失の低減効果を、予め定められた値以上に確保することができる。このステップS22の制御により得られる効果を図9のマップに表す。図9のマップでは、横軸に油温が示され、縦軸に動力損失の低減効果が低減率で示されている。油温が80℃以上である場合は、マイクロバブル発生装置10でマイクロバブルをオイル中に混入すると、抵抗率が実線のように維持される。これに対して、油温が80℃以上である場合は、マイクロバブル発生装置10でマイクロバブルをオイル中に混入しないと抵抗率が破線のように低下する。
【0040】
一方、ステップS22で否定的に判断されるということは、「空気層の形成により発生する動力損失の低減効果」が、既に予め定められた値以上確保されていることになる。そこで、ステップS22で否定的に判断された場合は、気泡発生装置をOFFし(ステップS24)、この制御ルーチンを終了する。ステップS24の処理は図1のステップS6の処理と同じである。なお、ステップS21で算出される油温は、オイル溜まりA1の温度を直接用いてもよいし、外気温から間接的に油温を算出してもよいし、動力源の冷却水温度から油温を間接的に算出してもよい。
【0041】
この第3制御例は請求項3の発明に対応しており、図7のフローチャートに示された機能的手段と、この発明の構成との対応関係を説明すると、ステップS21,S22が、この発明の油温判断手段に相当し、ステップS23が、この発明のマイクロバブル発生手段に相当する。
【0042】
前記第1制御例ないし第3制御例は、いずれか1つを選択しておこなってもよいし、複数の制御例を並行しておこなってもよい。複数の制御例を並行しておこなう際には、ステップS4またはステップS14またはステップS11またはステップS22のうち、少なくとも1つのステップまたは全てのステップで肯定的に判断された場合に、マイクロバブル発生装置10でマイクロバブルを発生する処理をおこなうようにすればよい。なお、図2に示された構成と、この発明の構成との対応関係を説明すると、歯車3,5がこの発明の回転部材に相当する。なお、前記マイクロバブル発生装置10および切替弁12は、ケーシング1の外部に設けられていてもよい。
【符号の説明】
【0043】
3,5…歯車、 6…撥油処理層、 10…マイクロバブル発生装置、 A1…オイル溜まり、 A2…オイル、 B1…空気層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、この回転部材の表面に施され、かつ、前記オイルをはじいて前記回転部材とオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、
前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、
前記回転部材が前記オイル溜まりのオイルに接触する量が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する接触量判断手段と、
前記回転部材が前記オイル溜まりのオイルに接触する量が予め定められた所定値以上であると判断された場合は、前記マイクロバブル発生装置により前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段と
を備えていることを特徴とする動力損失低減装置。
【請求項2】
オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、この回転部材の表面に施され、かつ、前記オイルをはじいて前記回転部材とオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、
前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、
前記回転部材の回転数が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する回転数判断手段と、
前記回転部材の回転数が予め定められた所定値以上であると判断された場合は、前記マイクロバブル発生装置により前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段と
を備えていることを特徴とする動力損失低減装置。
【請求項3】
オイル溜まりのオイルに接触された状態で動力が伝達されて回転する回転部材と、この回転部材の表面に施され、かつ、前記オイルをはじいて前記回転部材とオイルとの間に空気を介在させる撥油処理層とを有する動力損失低減装置において、
前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生装置が設けられており、
前記オイル溜まりの油温が予め定められた所定値以上であるか否かを判断する油温判断手段と、
前記油温が予め定められた所定値以上であると判断された場合は、前記マイクロバブル発生装置により前記オイル溜まりのオイルにマイクロバブルを混入させるマイクロバブル発生手段とを備えていることを特徴とする動力損失低減装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−117523(P2011−117523A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274869(P2009−274869)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】